問題 1: 陽子−反陽子原子
実験的,および理論的研究によると,陽子(p)や電子(e)のような素粒子 にはそれぞれ,「反粒子」とよばれる粒子が存在する.一般に,反粒子は,対 応する素粒子と同一の質量をもっているが,ただ一つの性質において異なって いる.例えば,「反電子」(「陽電子」ともいう)は正の電荷をもち,「反陽 子」(p-)は負の電荷をもった粒子である.「反物質」とは,これらの反粒子 からできている物質をいうが,ごく最近まで,反物質の存在は観測されたこと がなかった.ところが,2002 年に,反陽子と陽電子からなる「反水素」が実 験室で合成されたと報じられた(雑誌「ネイチャー」419 巻,456 ページ) . さて,もっと面白い原子は,陽子と反陽子が結合した原子( pp-)だろう. pp- 原 子が水素原子と同じように振舞う原子であると仮定して,以下の問いに答えな さい.
(a)pp- 原子のイオン化エネルギーと Bohr 半径を求めなさい.
(b)pp- 原子の電子的基底状態から第一励起状態への遷移に必要な光の波長を 求めなさい.
問題 2: アヌレン
X 線結晶構造解析法という手法によって,[18]アヌレン(C 18 H 18 )の結晶構造 が決定されている(1965 年刊の雑誌「アクタクリスタログラフィカ」19 巻,
227 ページ) .次の図は,この分子の平均的な分子平面上の電子密度分布を表
したものである;図の等高線は,1 電子/Å 3 の間隔で引かれている.
また,[18]アヌレンの吸収スペクトルも研究されている.この分子の吸収極大 の位置は「環内の粒子」模型を用いて推定することができる.すなわち,円形 の井戸の中を運動する粒子のエネルギーは,E h N
n
m L
e
=
2 222 で与えられる.ここで,
h はプランク定数,m e は電子の質量,L は電子が運動する円周の長さである.
また,N は量子数とよばれ,整数値 0,±1,±2,±3, をとる.(同じエ ネルギーを与える量子数が n 個ある場合,そのエネルギーレベルは「 n 重に 縮重」しているというが,)円形の井戸の中を運動する粒子の場合,エネルギ ーがゼロのレベルを除いて,それぞれのエネルギーレベルは2重に縮重してい る.炭素原子間の平均結合距離が 1.40 Åに等しいとして,[18]アヌレンの最も 低い電子遷移に必要な光の波長を決定しなさい.
問題 3: 化学結合:分子性カチオン O
22+O 2 2+ は,そのような分子の存在は期待できないことから,一風変わった分子 といえる.二個の O + カチオンが接近すれば互いに反発するに違いないので,
系全体のエネルギーは上昇し O 2 2+ の生成は不可能であると思うのはもっとも
なことだろう.ところが,1960 年代初頭にはすでに,分子性カチオン O 2 2+ が
実験的に観測されている.このことは,クーロン反発力は短い距離において重
要ではあるが,共有結合力は非常に強く,実際に系全体を安定化させているこ
とを意味している.それぞれの O + 上にある3個の不対 p 電子の結合によって
三重結合が形成され,[O≡O] 2+ となっている.この分子のポテンシャルエネル
ギー曲線を下のグラフに示したが,その特殊な形から,しばしば「火山型ポテ
ンシャル」と呼ばれている.
次の問いに答えなさい.
1. 2個の O + カチオンが衝突して O 2 2+ を生成するために必要な運動エネ ルギーの最小値はいくらか.
2. O 2 2+ は熱力学的に安定であるか? はい□ いいえ□
3. O 2 2+ は速度論的に安定(準安定)であるか? はい□ いいえ□
4. O 2 2+ を解離させるために必要なエネルギーはいくらか?
5. O 2 2+ はエネルギー貯蔵のために用いることができるだろう,と言われ ている.それが本当ならば, O 2 2+ 一分子あたりに貯えられるエネルギーは いくらか?
6. O + −O + 結合の長さはいくらか?
7. 2個の O + カチオンが O 2 2+ を生成するためには, O + カチオンはどの くらいまで接近する必要があるか?
問題 4: 電気化学:ニッカド電池
密閉型 Ni−Cd 電池(ニッカド)は,コードレス電気器具,携帯電話,デジタ
ルビデオカメラ,電卓などの携帯用機器に広く用いられている.Ni−Cd 電池は 経済的であり,寿命も長く,低温あるいは高温でも優れた性能を発揮する.ま た,維持管理の必要もなく, 2000 回も再充電することができる.典型的な密
閉型 Ni−Cd 電池は,次の2つの半電池から成り立っている:
Cd(OH) 2 (s) + 2e
−→ Cd(s) + 2OH
−E 1 0 = −0.809 V 2NiO(OH) (s) + 2H 2 O + 2e
−→ 2Ni(OH) 2 (s) + 2OH
−E 2 0 = +0.490 V ここで,E 1 0 ,E 2 0 は 25 ℃における標準還元電位である.次の問いに答えなさ い.
1. 正極ではどちらの反応が起こるか? その電位を表すネルンストの式 を書きなさい.
2. 負極ではどちらの反応が起こるか? その電位を表すネルンストの式 を書きなさい.
3. 電池が放電する時に自発的に起こる反応を表す化学反応式を書きなさ い.
4. 25 ℃における電池の起電力 E を計算しなさい.
5. 名目上の容量が 700 mAh である携帯電話の Ni−Cd 電池に含まれる Cd
の質量はいくらか.
問題 5: ボイラー
中規模のアパートには,寒い時季に温水を供給するために加熱炉(ボイラー)
が備え付けられている.このボイラーの加熱出力は 116 kW である.建物には 加熱用の油を貯蔵するタンクが付属しており,その貯蔵容量は 4 m 3 である.そ の油は主に重い液体の飽和炭化水素から成っているが,その燃焼エンタルピー
(燃焼熱)は 43000 kJ/kg であり,密度は約 0.73 g/cm 3 である.
1.タンクをいっぱいにすると,ボイラーはどのくらい連続して運転できるか?
A. 5 時間 B. 2.2 日 C. 12 日 D. 3.3 週間 E. 2.1 ヶ月
2.ボイラーを運転している時,発生して大気に放出される CO 2 の量は,一時 間あたりおよそいくらか?
A. 300 g B. 1 kg C. 5 kg D. 10 kg E. 30 kg
問題 6: 硝酸アンモニウム
化学入門者向けの初歩的なデモンストレーションのひとつに,熱的に孤立し た容器中で水と硝酸アンモニウムを混合する実験がある.この問題では,初期 温度がいずれも 0℃の水 1kg と硝酸アンモニウム 80 g を混合する.系の最終的 な状態を決定せよ.
以下の数値が与えられている:液体状態の水の熱容量 76 J mol -1 K -1 ,水の融 解エンタルピー変化 6.01 kJ mol -1 ,硝酸アンモニウムが水に溶解するときのエ ンタルピー変化 25.69 kJ mol -1 ,水の凝固点降下定数 1.86 K kg mol -1 .
[訳者註:硝酸アンモニウム(固体),硝酸アンモニウム溶液(液体)の熱容量は水 と同じであるものとする. ]
●最終的な温度は次のうちどれか:
A. 1.86 K, B. 3.72 K, C. 3.72 ℃, D. 1.86 ℃, E. − 3.72 ℃, F. − 3.72 K, G.
1.86 K, H. − 1.86 ℃, I. − 3.83 ℃.
●最終的な系の状態はどのようになっているか:
A. 一つの液相と一つの固相, B. 一つの液相と二つの固相, C. 一つの液相, D. 一 つの固相,E. 二つの液相,F. 二つの固相,G. 二つの液相と一つの固相.
●混合過程は次のうちどのようなものか(該当するものすべてを選べ):
誘導過程,瞬間過程,可逆過程,不可逆過程,いかなる方法によっても成分の 分離が不可能な過程,断熱過程,非断熱過程,等圧過程,等温過程,等容過程,
等エンタルピー過程,等エネルギー過程.
●系のエントロピー変化( ∆ S)は次のどれか:
A. >0. B. =0, C. <0, D. 決定不可能.
問題 7: 二酸化炭素
CO 2 消火器は 1 気圧よりも高い圧の CO 2 が入っている円筒形の缶である.
CO 2 について以下の数値が与えられている [NIST Webbook of Chemistry, CRC より引用]:臨界点 P c = 73.75 bar,T c = 304.14 K; 三重点 P 3 = 5.1850 bar, T 3 =
216.58 K.室温を 25℃と仮定せよ.
1. 消火器中で固体の CO 2 と液体の CO 2 が共存するのに必要な圧力はいくら か?:
A. 2 bar, B. 5.185 bar, C. 20 bar, D. 73.8 bar, E. どんな圧力でも不可能.
2. 消火器中で気体の CO 2 と液体の CO 2 が共存するのに必要な圧力はいくら か?:
A. 約 2 bar, B. 5.1850 bar, C. 約 20 bar, D. 約 63 bar, E. 73.8 bar, F. 約 100 bar, G. どんな圧力でも不可能.
問題 8: 鉄の結晶
α -Fe として知られる鉄の結晶構造は,辺の長さが 2.87Åの体心立方(bcc)単位 格子を持つ.この 25℃における密度は 7.86 g/cm 3 である. γ -Fe は,より高温で みられる別の結晶構造で,辺の長さが 3.59Åである面心立法(fcc)単位格子を持 つ.
(a) α -Fe 中の鉄原子が体心対角線において互いに接していると仮定して, α -Fe 中の鉄の原子半径を計算し,アボガドロ数を概算するのに上に示した数値を用 いよ.
(b) γ -Fe 中の鉄原子が面対角線において互いに接していると仮定して, γ -Fe 中の 鉄の原子半径および γ -Fe の密度を計算せよ.
(c) 鉄以外の格子間原子が α -Fe の立方格子面の中心[すなわち,(1/2, 0, 1/2)とい う小数座標の位置]にちょうどはまり,単位格子の中心にある鉄原子の表面にち ょうど接触すると仮定する.この格子間原子の半径はいくらか?
(d) (c)と同様の方法で γ -Fe の単位格子の中心にちょうどはまる格子間原子の半
径を計算せよ.
(e) 炭素原子の半径は 0.077 nm であるが,問題(c)および(d)で計算された格子間
原子の半径と比べてどの程度大きいか?
(f) 立方構造の(200)格子面は,その軸の辺の中央で切り取った面に一致する (図 を参照せよ).ある単色光の X 線を α -Fe の結晶に照射したところ,(200)面によ る回折角が 32.6°となった.この X 線の波長を求めよ.
図. 立方晶の(200)面
問題 9: シクロデキストリン
シクロデキストリンは通常 6,7 または 8 個のグルコース単位が環状になった 糖類の一種で,それぞれ α , β , および γ −シクロデキストリンと呼ばれている.
β −シクロデキストリン(酸素原子は赤で,炭素原子は黒で示してある)
これらの形状は先端を切り落とされた円錐状であり,内部の疎水性の孔と,水 酸基が並ぶ親水性の外部からなる.
多くの疎水性分子がこの内部の孔にはまりこんで,包接化合物を作る.
単位格子(太線)