- 46 -
代謝制御によるポリ-γ-グルタミン酸生産の最適化
廣藤祐史*1
Optimization of the poly-gamma-glutamic acid production by metabolic pathway control
Yushi Hirofuji
液体培地におけるポリ-γ-グルタミン酸(
PGA
)の生産が非常に不安定である納豆菌を対象として,培養条件 によって代謝を制御し,PGA
の生産安定性を向上させることを試みた。養分の枯渇と再投与,温度変動などのス トレスを与えることでPGA
の収量が大幅に向上することを見出し,この現象はPGA
分解酵素群の抑制によっても たらされていることが,γ-グルタミルトランスペプチダーゼ活性の変化から示唆された。1 はじめに
ポリ-γ-グルタミン酸(以下
PGA
と略記する)は
1937
年にBacillus anthracis
の菌体表面を覆う夾膜の 構成成分として発見された 。その後,1)PGA
は納豆菌Bacillus Bacillus
を含むある種の 属細菌とその近縁種(
, , )
subtilis Bacillus licheniformis Bacillus megaterium
など によって生産されることが数多く報告されてきた 。2)これらの
PGA
の多くは数十万から200
万程度の分子 量を有するのに対して,本研究が対象とした納豆菌は-グルタミン酸と -グルタミン酸からなる,分
D L
。 子量が
300
万を超える極めて巨大なPGA
を生産する, , , ,
PGA
は化粧品 医薬品 食品の他に 水質浄化剤, ,
コンクリートのひび割れ防止剤 砂漠緑化用保水材料 結露防止剤など幅広い用途が提案されており,近年注 目を集めている 。これらの用途の多くにおいて,分2)
子量が大きいことは機能性の強化に繋がるうえに,納 豆菌由来の
PGA
は食経験に裏打ちされた安全性の点 でも,他菌種が生産するPGA
よりも優れている。し かし,納豆菌を用いた液体大量培養によるPGA
生産 は,他菌種を用いたPGA
生産と比較して極めて不安, 。
定であり 実用的な生産方法が確立されていなかった は と呼ばれる膜結合酵素系によって
PGA PgsBCA
生 産 さ れ て お り ,
PgsBCA
を コ ー ド す る 遺 伝 子 は で ある。 は フ ェロモンによるpgsBCA pgsBCA ComP
の制御下にあり,対数増殖期の終期か
Quorum Sensing
ら定常期の初期に発現することが報告されている 。3)
の直下には -グルタミン酸と -グルタミ
pgsBCA D L
ン酸の結合を切断して分子量10万から50万に断片 化する γ-PGA分解酵素
YwtD
を コードする遺伝子,
ywtD
が 存在することが報告 されて おり ,4 )PGA
の生産安定性は様々なPGA
分解酵素群が生成するこ とによって損なわれているものと考えられる。これに 対処することを目的として,ywtD
とγ-グルタミル トランスペプチダーゼ(GGT
)の生産に係わる遺伝子 を破壊し, 高生産株を得る方法が特許としてggt PGA
公開されている 。また,5)
YwtD
以外の分解酵素に着 目し,PGA
を分子量10万に断片化する酵素ポリグ ル タミン酸ハイドラーゼ(PghA
) の生産に係わる遺 伝子pghA
とggt
を同様に破壊してPGA
高生産株を得 る方法も特許として公開されている 。本研究は納豆6)菌内部の代謝を制御する培養条件を見出すことによっ て
PGA
分解酵素群の発現を抑制し,遺伝子破壊等に よらず,納豆菌を用いた高分子量PGA
の安定生産手 法を確立することを目的として検討を行った。2 研究,実験方法 2-1 使用菌株
Bacillus subtilis
本研究が検討の対象とした納豆菌はに分類され,
PGA
の生産に培地中のグルタミン酸と ビオチンを要求することを特徴とする食用発酵細菌で ある 。納豆製造業者の間では,納豆菌は遺伝的に不7)安定であり,継代培養によって粘質物生産能を容易に 喪失することが古くから知られている 。このため,3)
一部の大手業者を除き,国内における納豆生産には種 菌業者(成瀬発酵化学研究所,高橋祐蔵研究所,宮城 野納豆菌製造所など)が供給する種菌が使用されてい る。本テーマでは,市販納豆から分離した保存菌株の 胞子を使用し,
10
6cfu ml /
と なるように,PGA
生産培 地に接種した。福 岡 県 工 業技 術 セン ター 研 究 報 告 No.14(2004)
*1 生物食品研究所
- 47 - 2-2 培養装置
丸 菱 バ イ オ エ ン ジ
MDL300
型 ( 槽 容 積3l
) 及 び( ) 。
MSJ-U2-50L
型 槽容積50 l
ファーメンターを用いた2-3 培地組成
生産培地組成を表-1に示した。メイラード
PGA
A B
反応による培地の褐変を防止するため, 培地と 培地を別々に加圧蒸気滅菌(
121
℃,20
分間)したも のを無菌的に混和して生産培地とした。納豆菌による の生産は,炭素源を原料として 回路のα-PGA TCA
ケトグルタル酸から生成したグルタミン酸が使われ,
培地中のグルタミン酸は
PGA
の生成に直接は関与し ないものの,PGA
の合成を大幅に促進することが報 告されている 。本研究が採用した培地組成も,同様8)の理由で
PGA
の生産原料であるグルコースとPGA
の 生産を促進するグルタミン酸を含む構成とした。表-1 培地
1l
当たりの組成 培地( )A 900ml
グルタミン酸ナトリウム1水和物
20.0
g リン酸2水素カリウム2.5 g
リン酸水素2ナトリウム12水和物1.7
g塩化ナトリウム
0.5
g培地( )
B 100ml
グルコース
20.0
g硫酸マグネシウム7水和物
0.5
gビオチン
0.1
mg2-4 培地粘度の測定
培地中の
PGA
蓄積量の指標として培地の見掛け粘。 ( , )
度を測定した 粘度は
B
型粘度計 東京計器BL
型30 No.2
によって測定し 測定回転数は,
rpm
に固定して ローターを使用した。No.2
ローターの測定限界を超。 える粘度の培養液については
No.3
ローターを用いた2-5 培養に伴う培地組成の時間変化の検討
型ファーメンターを用いて,培養温度
MSJ-U2-50L
℃におけるグルコースとグルタミン酸ナトリウム
37
の濃度変化を検討した。グルコース濃度はグルコース
Ⅱ-テストワコー,グルタミン酸濃度はヤマサ -
C L
グルタミン酸測定キットを用いて測定した。攪拌翼に は2段6枚羽根ディスクタービンを採用し,培養液量
35 l
,攪拌回転数110 rpm
,通気速度30 l/min
の条件で80
( )。
時間に渡って培養を行った
pH
制御は行っていない2-6 流加培養の検討
型ファーメンターを使用して,流加培
MSJ-U2-50L
養が
PGA
生産に与える影響を検討した。培養の進行 に伴って消費されるグルコースを補給するために29
時間経過時点で濃度2.0
%相当量のグルコースを流加 した。攪拌翼には2段6枚羽根ディスクタービンを採用し,培養液量
35 l
,培養温度は37
℃,攪拌回転数120 rpm
,通気速度30 / l min
の条件で培養を行った(pH
制御は行っていない 。)また,炭素源が
PGA
生産に与える影響を検討する ため,同様の培養条件においてグルコースが完全に枯( )
渇し
pH
が上昇した状態65
時間30
分及び137
時間 で,2.0
%相当のグルコースを流加した。2-7 納豆菌の至適培養条件の検討
属細菌による の生産は ℃で行われ
Bacillus PGA 37
るのが通例であるが,市販納豆の製造は
40
℃前後の 高温で行われる。納豆菌の至適培養条件を定めること は培養効率を向上させるために重要であるため,納豆 菌の至適生育温度を検討した。至適生育温度の検討は 型ファーメンターによって行い,攪拌翼にはMDL300
2 段6 枚羽 根 ディス ク ター ビン を使 用し て培養 液量
, , ,
2 l
攪拌回転数120 rpm
通気速度2 / l min
の培養条件で, , , ℃の培養温度において,培養開始か
35 40 45 50
ら
pH
が低下を始めるまでの経過時間を調べた。2-8 ストレスの組み合わせがPGA生産に与える影響
納豆菌の至適培養条件を検討したところ,生育至適 温度とPGA
生産至適温度が相違していたことから,の生産が開始される対数増殖期後期から定常期
PGA
初期までは至適生育温度である
45
℃で培養し,その 後培養温度を37
℃に変更することによって,PGA
分 解酵素群の生成を抑制することを試みた。また,合わ せてグルコース流加とpH
制御を行い,PGA
生産量と 生産速度の改善を試みた。培養はMSJ-U2-50L
型ファ ーメンターで行い,攪拌翼はフルゾーン翼を使用して 培養液量35 l
,攪拌速度80 rpm
,通気速度30 / l min
の条 件で行った。pH
制御はアルカリの流加のみで行い,1 N
水溶液により に制御した。
NaOH pH=6.9
2-9 ストレスが分解酵素活性に与える影響の検討
炭素源の枯渇と再投与や温度変動などの外的ストレ スが,実際にPGA
分解酵素の活性に影響を与えてい るかを確認するため,酵素活性を測定した。納豆菌が 有するPGA
分解酵素としてはYwtD
,PghA
とGGT
の 3種が報告されている。YwtD
とPghA
は膜結合型酵 素であり,単離・精製に成功した例がなく,測定が困 難である。GGT
は培地中に分泌される酵素であり測 定が容易であるため,培地中のGGT
活性で分解酵素 活性の変化を検討した。GGT
活性はγ-グルタミル-
p
-ニトロアニリド基質法によって測定した 。9)福 岡 県 工 業技 術 セン ター 研 究 報 告 No.14(2004)
- 48 -
福 岡 県 工 業技 術 セン ター 研 究 報 告 No.14(2004)
3 結果と考察
3-1 培養に伴う培地組成の時間変化
図- 1に 培 養の進 行 に伴 うグ ルコ ース の濃度 変化 を,図-2にグルタミン酸ナトリウムの濃度変化を示 した。グルコース濃度は対数増殖期後期にあたる
12
時間経過時点から低下を始め,約70
時間で全量が消 費された。グルタミン酸ナトリウムは対数増殖期後期 に急減するものの,以後消費されず一定の濃度を保っ た。グルコースが枯渇するとグルタミン酸の消費が開 始され,pH
の上昇を伴いながら濃度が低下した。図-1 培養の進行に伴うグルコース濃度の変化
図-2 培養の進行に伴うグルタミン酸濃度の変化 これらの結果は,
Bacillus subtilis IFO3555
は炭素源 の存在下ではグルタミン酸を消費しないが,グルタミ ン酸の存在がPGA
の生産量を著しく増強するというKunioka
の 報 告 と 一 致 す る8 )。Kunioka
は ま た ,PGA
が培地中のグルタミン酸からではなく,炭素源から菌 体内で合成されたグルタミン酸を原料として合成され ることを報告しており,納豆菌についても同様の機序 でPGA
の生産が行われていることが推察される。なmPa s
お,80時間経過時点の培養液の見掛け粘度は80 ・
であった。3-2 流加培養がPGAの生産に与える影響
グルコース濃度を維持することを目的として流加培 養を行った場合の経過を図-3に示した。
29
時間経 過した時点でグルコースを流加した場合,70
時間経 過後の見掛け粘度は60mPa s ・
であった。これに対して,一旦グルコースを枯渇させた後にグ
0 5 10 15 20 25
0 20 40 60 80 100
time[h]
Glucose[g/l]
0 5 10 15 20 25
0 20 40 60 80 100
time[h]
Na-Glutamate[g/l]
図-3 グルコース流加培養の経過(その1)
ルコースを流加した場合の経過を図-4に示した。1 回目の流加を行った時点で培養液粘度は
10mPa s ・
で215 190
あったが,2回目の流加直前の粘度は
mPa s ・
, 時間経過後の粘度は1,810mPa s ・
に達した。この結果 は,PGA
蓄積を阻害していたPGA
分解経路がグルコ ースの枯渇によってさらに強く発現し,グルコースの 流 加に よっ て 逆に強 く 抑制 され たた め, 結果と して 合成経路が優勢となり,高濃度の 蓄積をもPGA PGA
たらしたことを示唆するものと考えられる。
図-4 グルコース流加培養の経過(その2)
3-3 納豆菌の至適培養条件
培養温度が
pH
の低下開始時間に与える影響を図-5に示した。
の低下開始時間は培養初期の菌体増殖速度を反
pH
図-5 納豆菌の至適生育温度
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9
30 35 40 45 50 55 60
培養温度[℃]
pH低下開始時間[h]
流加
流加 流加
DO
ORP
Air
Temp
Agit
pH
DO
ORP
pH
Agit Temp
Air
- 49 -
福 岡 県 工 業技 術 セン ター 研 究 報 告 No.14(2004)
映する。納豆菌の至適増殖温度は,今まで採用してき
37 45 37 45
た ℃ではなく ℃であった。しかし, ℃と
℃で
PGA
の生産を試みた結果,45
℃では菌体の増殖, 。
は良好であるものの
PGA
が全く蓄積されなかった これらの結果は,45
℃ではPGA
分解酵素系の発現 が増強されるため,PGA
が蓄積されないことを示唆 しており,3-2項の結果と合わせて考えれば,適切 な段階で培養温度を45
℃から37
℃に切り替えること によってPGA
分解酵素系の発現を抑制し,PGA
の生 産効率を高めることを期待できる。3-4 ストレスの組み合わせがPGA生産に与える影響
培養温度の切り替えとグルコースの流加を組み合わ せて行った場合の培養経過を図-6に示した。図-6 複合ストレスが
PGA
生産に与える影響温度は溶存酸素濃度(
DO
)が飽和濃度の7割程度 となる培養開始から7時間が経過したときに,45
℃37 pH
から ℃に切り替えた。グルコースは枯渇に伴う の上昇を指標として
37
時間が経過したときに流加し た。培養液粘度は27
時間で610 mPa s ・
,37
時間で と急 速に増加し,グル コース流加後も順1,820mPa s ・
44 2,420 50 3,200
調に増加して 時間で
mPa s ・
, 時間で に達した。3-3項で推察したとおり,温度のmPa s ・
変動もグルコースの枯渇と再投与と同様に
PGA
生産 の安定化に極めて有効であることが確認された。3-5 ストレスがPGA分解酵素の活性に与える影響
培養条件が培地中のGGT
活性に与える影響を表-2から表-4に示した。表-2に明らかなように,グ ルコースを流加することによって
GGT
活性は有意に 低下した。しかし,培養温度の変更はGGT
活性を増 強する効果を示した(表-3 。培養温度の変更とグ) ルコースの流加を合わせて行った場合もGGT
活性は 全体的に高い値を示したが グルコースの流加は,GGT
流加
DO
Agit ORP
Air
Temp
活性を有意に低下させた。
YwtD
とPghA
活性を評価 していないため,PGA
分解酵素群の抑制の裏付けと しては不完全ではあるが,培養条件によってPGA
分 解酵素の生産が抑制されていることが示唆された。表-2
GGT
活性の変化(
37
℃, 52:05:
グルコース流加, 101:00
終了, 120mPa s
・)7:30 11:15 24:00 52:00 56:30 59:30 72:30 101:00
時間[h:m]GGT
[IU l/
]0.0 0.2 2.3 2.4 1.8 1.4 4.5 5.5
表-3GGT
活性の変化(
45
℃→37
℃(7:00 , 24:00
) 終了, 450mPa s
・)7:30 11:15 24:00
時間[h:m]
GGT
[IU l/
]0.0 0.4 11.9
表-4GGT
活性の変化(
45
℃→37
℃(7:00 ,34:40:
) グルコース流加,53:00
終了。1,200
mPa s・)6:50 8:30 11:30 34:30 38:00 41:30 53:00
時間[h:m]GGT
[IU l/
]0.0 1.2 3.3 12.2 10.8 8.7 12.8
4 まとめ
納豆菌による
PGA
生産の安定性を向上させること を目的として 代謝を培養条件によって制御して,PGA
分 解 酵 素 群 の 生 成 を 抑 制す る 方 法 を検 討 し た。PGA
の原料となるグルコースをいったん枯渇させてから再 度流加することにより,PGA
分解酵素群の生成を抑 制してPGA
の収量を大幅に向上させられることが明 らかとなった。また,培養温度を生育至適温度から生 産至適温度へ変動させることによっても同様の効果が 得られることが明らかとなった。両者を組み合わせる ことによって生産効率を大幅に改善することが可能で あり,これらのストレスはPGA
分解酵素群の発現を。 抑制していることが
GGT
活性の変化から示唆された5 参考文献
1 G.Ivanovics and V.Bruckner, Z.Immunitatsforsch Exp.
) ( )Ther., 90, pp.304-318 1937
2 F.B.Oppermann-Sanio and A.Steinbuchel, Naturwissen-
) ( )schaften, 89, pp.11-22 2002
3 T.Nagai, L.-S.Phan Tran, Y.Inatsu and Y.Itoh, J.Bacteriol.,
) ( )182, pp.2387-2392 2000
4 T.Suzuki and Y.Tahara, J.Bacteriol., 185, pp.2379-2382
) (2003
))特開 号
5 2003-235566
)特開 号
6 2003-230384
7
) 藤 井 久 雄,
日 本 農 芸 化 学 会 誌, 36, pp.1000-1004
(1962
)8 M.Kunioka, Appl.Microbiol.and Biotechnol., 44, pp. 501-
) ( )506 1995
) ( )
9 G.Szasz, Clin.Chem. 15, p.124 1969
pH