岡山大学経済学会雑誌
3 0 ( 3 ), 1 9 9 9,2 4 7 ‑2 7 0
欧米 にお ける転化問題論争 の現局面
‑
1 9 9 0
年代の研究を中心に‑和 田 豊
Ⅰ.課題の設定
マル クス派の社会科学が
1 9 7 0
年代の初頭に 「マル クス ・ルネサ ンス」 と形 容 され る高揚を迎えてか ら,すでに四半世紀が経過 している.この間に,質 本主義世界の混迷は一段 と深 まったかにみえるが ,裏面では社会主義圏の行 き詰 ま りと崩壊があった .社会主義の体制原理が資本主義体制 (資本制) の 矛盾にたいす るアンチテーゼであった ことを想起すれば,こ うした事態の推 移はいずれ も,マル クス派社会科学に とって資本制の本質認識 の再検討を迫 るもの といえる.史的唯物論に もとづ くマル クス派社会科学の中核は経済学 であ り,資本制を分析対象 としたマル クス派経済学 の理論分野におけ る最大 の争点は,今 日もなお,労働価値理論 と価格現象の接点に横たわ る 「転化問 題」である(1).転化問題にかん して ,筆者は以前に主 として
1 9 8 0
年代 までの諸研究を念頭 に置いた論点整理を試みた ことがあるが(2),小稿では,その後の欧米 の諸研 究か ら幾つかの特徴的な議論を取 り上げて,最近 の研究動 向にたいす る評価(1)周知 の ように 『資本論』で 「転化」 と呼ばれ る理論展開は至 る所にみ られ るが ,本稿 では もっぱ ら 「価値の生産価格への転化」の問題を 「転化問題」 と呼ぶ .
‑ 24 7 ‑
と展望を与えたい.あらか じめ概略を述べれば
,9 0
年代の諸研究は,おおむ ね8 0
年代 までに出揃 った幾つかの着想を発展 させ る形で行われている.しか しなが ら,それ らは,必ず しも転化問題にかんす る共通認識 の確立に向か っ てそれぞれの着想の積極面を掘 り起 こす方 向では進め られていない し,とき お り提 出され る新説に も,従来の諸研究に取 って代わ る新たな潮流を形成す るは どの内容は認め られない.転化問題論争は,潜在的には問題解決に役立 つ鍵を随所に秘めなが ら,表面的には停滞 と混迷 の局面を通過 している,と い うのが ここでの結論である.Ⅰ.
「新 た な ア プ ローチ」 をめ ぐって1 9 7 0
年代の転化問題論争の賦活剤がSt e e d ma n
に代表 され る新 リカー ド派 の労働価値不要論であった とすれ ば,80
年代 のそれ はDu m昌 n i l ,Li p i e t z
,Fo l e y
らに よって提 出 された 「新たなアプ ローチ」 であ った.9 0
年代 の論争 は,この双方を視野に入れて展開 されているが,取 り扱いの比重は,年代的 に新 リカー ド派 よ りも後に現れ ,労働価値理論の内部で枠粗みの変更を求め た 「新たなアプ ローチ」の側に片寄 りつつある.本節では,現局面 の転化問 題論争を 「新たなアプ ローチ」にたいす る最近の評価にみたい.「新たなアプローチ」にかん しては,筆者の旧稿を含め内外に数多 くの紹 介があるが,その後の議論をフ ォローす るさいの便宜 のために,いまいちど 彼 らの主張を要約 してお こう.
Du m昌 n i l ,Li p i e t z ,Fo l e y
らが提出 した 「新 たなアプローチ」は,基本的に 次の二つの想定に もとづいている.(2)拙稿 「欧米における生産価格論の新潮統一 「ポス ト マル クス ・ルネサ ンス」ぺの胎 動‑」(名古屋大学 『経済科学』第
3 6
巻第4
号,1 9 8 9
年)お よび同 「生産価格論における 総計一致命題の 「復活」 と止揚一新たな枠範みの形成にむけて‑」(岡山大学経済学会 雑誌』第2 1
巻第3
号 ・第2 2
巻第1
号,1 9 8 9
年11月・1 9 9 0
年5
月).欧米 におけ る転化 問題論争 の現局面 745
i)総価値生産物‑総収入 とい う総計一致関係が成 り立つ . ii)労働力の価値は貨幣賃金が表す抽象的労働量で与えられ る.
この うち, i)の想定は,た とえば1
961
年の森嶋・Seton論文(3)において示 吸されているので,Dum6nil,Lipietz,Foleyらの創見 とはいえない.また, 問われればマルクスもこれを肯定 したであろ うことは,『資本論』 中の さま ざなな叙述か ら推 し量 ることができる(4).しか し,これが 「新たな アプ ロー チ」の登場 とともに脚光を浴びるようになった ことは確かである.Dum6nil に よれば,伝統的な総計一致命題である総価値‑総生産価格や総剰余価値‑総利潤に代えて総価値生産物 ‑総収入を想定す る根拠は,新価値部分の大 き さが これを形成す る生産過程における直接労働に よって与えられるのにたい して,生産手段か ら移転 された価値部分はその時々の支配的な生産条件のも とで不断に再評価 されざるを得ないこと,剰余価値部分の大 きさは賃金を受 け取 った労働者の消費選択に よって影響を受けること,所得の二重計算を回 避す るためには総生産ではな く純生産に注 目す る必要があること,な どであ る.他方, ii)の想定は,労働力の価値を労働者の消費バ ン ドルの価値で与 える伝統的な規定‑の批判を意味 している.その根拠 として,Lipietzは,伝 統的な労働力価値の親定では生産価格体系において貨幣賃金率が一定であっ ても利潤率が労働者の消費選択次第で変化 して しまうが,労働者の消費構造 よ りも生産の構造を利潤 と価格の規定的要因 とみるほ うが 「マル クスの直
(3)M.MorishimaandFSeton,̀Aggregation in LeontiefMatricesandtheLabour TheoryofValue'(Econometrica,vol.2g,no.2,1961).
(4) 『資本論』では,黄金 と利潤 (お よび地代)が 「諸商品の価値の うち,一 日間または 一年間につけ加えられ る労働者たちの総労働がそれに実現 され る部分の全体
」(
『資本 論』第3巻 ,新 日本出版社版,1465頁)の分かれたものだ とい う認識が一貫 して堅持 さ れ,
「生産価格にたいす る労賃の一般的変動の影響」 (同上書 ,第2編第11章)や 「諸収 入 とその源泉」(同上書 ,第7編)が分析 されている.「諸商品の価値の うち,一 日間ま たは一年間につけ加えられる労働者たちの総労働がそれに実現 される部分の全体」は,『資本論』第 1巻 ・第2巻のター ミノロジーでは 「価値生産物」にほかならない.
‑2 4 9
‑観」に近いと述べている.以上の二つの想定は,結果的に結合 されて転化問 題にたいす る独 自なアプ ローチを形づ くってはいるが,内容的には相互に独 立 した発想なので,いずれか一方を単独で採用す ることも可能である.とは いえ, i)とii)が結合 された場合には,そ こに一つの新 しい含意が もた ら され る.それは, i)で想定 された総価値生産物 ‑総収入に加えて,総剰余 価値 ‑総利潤が同時に成立す ることである.
この点を確認す るために,生産的な技術を持 ったn部門経済を想定 し,早 純化のために固定資本 ・結合生産 ・菅惨財 ・非生産的部門 ・複雑労働 ・労働 者貯蓄 ・土地所有 ・外国貿易等を捨象す る.そ して
,A
を生産手段の投入係数行列,lを直接労働 の投入係数ベ ク トル
,
W を貨幣賃金率,t1を価値ベ ク ト ル,P を生産価格ベ ク トル,rを均等利潤率,xを稔生産ベ ク トル,mを貨 幣1単位が表す価値 (貨幣価値),e
を剰余価値率 とし,A,i,
W,x,mを 所与 (ただ しwm< 1)
とす ると,V,p,
T,e
がV‑v A+i
p‑( 1 +r )
(わA+wl )
Lx:
‑mp( IPA) x 1‑t t J m
匡電
②
③
l L I J 〃
④に よって求め られ る.ここで,①式か らV(I
‑A)‑
tだか ら,③式は価値 と 価格 の 「次元の相違」 に考慮 した総価値生産物 ‑総収入である.また ,③式 か ら 桝 を求めて④式に代入 し変形す るとp (I
‑
A)x‑wk wh となるが ,②式か らp( I‑A) N ‑ W血 +r bA+wl ) x
欧米における転化問題論争の現局面 747
となって
p( I‑A) x
は総収入であるか ら,剰余価値率e
が生産価格でみた利 潤 ・賃金比率に等 しい .そ して,③式の両辺か らwmh を引けば,総剰余価 値 ‑総利潤(l‑
wl ) 〟‑r ( pA + wt ) x
が成 り立つ ことがわか る.ただ し,組価 値 ‑総生産価格 は一般 に成立 しな い.それは,①式の両辺に
x
を掛けて得 られ る総価値v x
の式中の項v
Ax と,②式の両辺に ∬ を掛けて得 られ る総生産価格px
の式中の項p
Ax が, 一致す る保証がないか らである.さて,以上の ような転化問題 の 「解決」にたいす る反応には,どの ような ものがあるだろ うか .
campbellは
,
「新たなアプ ローチ」は転化問題を解決 してお り,その提案 は経済学的に妥当性 のある唯一のもので,この問題にかんす るマル クスの議 論 とも整合的である,と考 えている(5).campbellに よれば,マル クス以来の価値か ら生産価格への移行は二つの
恒 仙 ̲ F r
̲l
(価格形態)
生産 の中で形成 された価値 (結合 された労働時間の直接表現)
(再分配)
≡:≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡コ
[ 室 垂可
(価格形態) 再分配 された価値 (再分配 された労働時間) 図1 Campbellの枠魁み
(5)A.Campbell,̀TheTransformationProblem:A SimplePresentationofthe"New Solution"I(Review ofRadicalPoliticalEconomics,vol.29,no3,1997)・な お , campbell自身は,本稿 のい う 「新たなアプ ローチ」を 「新たな解法」と呼んでいる.普 た ,貨幣賃金率を所与 とし,価値を価格に変換す る係数を導入 してその方程式体系を示
しているが ,先に紹介 した式展開 と本質的に同 じなので省略す る.
12 5 1 ‑
ことを問題に している.一つは,生産価格が諸資本の競争に よる価値の再分 配 (移転)の結果 もたらされることであ り,いま一つは,労働時間で計量 さ れる価値を ドルや金のオンスで計量 される価格‑関係づけることである.い 普,価値に比例 した価格を直接価格 と名づけると,二つの問題は図 1のよう に表 され,マルクスが 『資本論』第
1
巻で語 っていた価値 と直接価格の関係 が,
『資本論』第3
巻では再分配 された価値 と生産価格の関係 として存在す ることがわかる.そ こで,再分配の過程では次のような二重の総計一致が成 立 していなければならない.総価値‑総再分配価値 総直接価格‑総生産価格
そ して,マルクスが主張 した総剰余価値‑総利潤 も,た とえば 剰余価値の価格形態‑総利潤
として検討 しなければならない.
その うえで,周知のように総直接価格‑総生産価格 と剰余価値の価格形態
‑総利潤は一般に両立 しないが,その理由は,総直接価格‑総生産価格の式 が,「GDPを計算するときにはあらゆる経済学者が回避す るよ うに訓練 さ れ」(6)てお りマルクスも回避す る必要に気づいていた 「二重計算」を,本質的 に含んでいるか らである.Campbellは,この点を表1の ような数値例で示
表1 Campbellの数値例
\
不変資本 直 接 価 格可変資本 剰余価値 総価値 不変資本 生 産 価可変資本 利潤格 総価値1ポ ン ド
の亜麻糸
0
2 2 40
2 1 31ヤー ド
の亜麻布 4 1 1 6 3 1 2 6
(6)Campbell,前掲論文,65頁
欧米における転化問題論争の現局面 749 している.それに よれば,直接価格の場合の利潤率が亜麻糸部 門
100
パ ーセ ン トにたい し亜麻布部門20
パーセン トなので,資本は亜麻布部門か ら亜麻糸 部門‑移動 して生産価格が成立す る.その場合 ,両部門の利潤率は5 0
パーセ ン トにな り,生産 の中で形成 され る剰余価値の価格形態 (直接価格) の総計 は3
,再分配 され る剰余価値 の価格形態 (生産価格) の総計 も3
で等 しい.また ,純生産にかんす る直接価格 と生産価格 もともに
6
で等 しいが ,総生産 にかん しては,直接価格が1 0
であるのにたい し生産価格は9
とな っている, この ような不一致が生 じるのは,亜麻糸の利潤の減少が亜麻糸の産 出価格を 低下 させ るだけでな く,亜麻布の投入価格を も低下 させ るか らである.言い 換えれば,亜麻糸の利潤 の減少が二重 に計 算 され てい るか らにはかな らな い.したが って,Campbellに よれば,総生産ではな く純生産に注 目して総計 一致を捉える 「新たなアプ ローチ」は正当であ り,それ こそが ,転化過程を 価値の再分配の過程 としてモデル化 しようとしたマル クスの意図に沿 うもの である.これにたい して,「新たなアプ ローチ」に よる解法を 「新 リカ‑ ド派の解法 の未熟な定式化」(7)と批判す るのは,Sinhaである.
Sinhaに よれば 「新たなアプローチ」 には,転化問題 の伝統的な定式化 を 批判 したネガテ ィブな側面 と,それに取 って代わ る自らの解法を提 出 したポ ジテ ィブな側面 とがある.前者は総生産 レベル の総計一致 命題 にた いす る
「二重計算」の指摘にかかわ り,後者は貨幣賃金を所与 とした労働力価値の 規定を基礎に している.この うち,総直接価格 ‑総生産価格の背後に 「二重 計算」が存在す るかの ようにい うのは,転化問題がすべての部門で同一の生 産期間を想定 していることを理解 していないか らだ,とSinhaは主張す る.
ある部門の産 出 としてもた らされた生産物 は,同期に他の部門の生産手段 と
(7)A.Sinha,'TheTransformationProblem:aCritiqueofthe'<New Solution"'(Review ofRadz'calPolzlticalEconomz'cs,vol.29,no.3,1997),54頁 .
‑253‑
なることはできない.た とえばt期の生産に使われ る原材料は, t‑1期に 生産 されていなければな らない. したが って,この部分の価値 も
,
七期に形 成 された価値が二重に計算 された ものではな く, t‑ 1期か ら与えられた価 値が費消 された もの と考 えなければならない.貨幣賃金に よる労働力価値 の規定については,Si
nhaは,そ うした規定 で
は価値が価格か ら独立に (ない しは先行 して)決定 されな くなる うえに,拷 取率が資本家の消費パ ターンの影響で変動 して しま う,といって反対 してい る.いま,経済全体 で支出され る直接労働量が一定であることを前提 し,た とえば資本家消費のパ ターンが資本構成の高い部門の生産物に傾斜す るとす れば,そ うした生産物が縮生産中で占める構成比 も上昇 し,総生産価格は増 大す るであろ う.支出され る直接労働量が一定であるに もかかわ らず総生産 価格が増大すれば,
「貨幣価値」が下が り,所与の貨幣賃金 のもとでの剰余価 値率は低下す るであろ う.これは,封建社会において 自分の土地 と領主の土 地 でそれぞれ週に3日ずつ働 く農民の搾取率が,彼が領主の土地 で何 を生産 す るかに依存す るとい うに等 しい.しか し,搾取 の概念が生産 と同時に有効 にな り,必要労働時間の規定が価格に依存 しない ことは,マル クス体系にお いては極めて重要である.また ,転化問題 は,労働者 と資本家 の間の純生産 物の分配 よりも部門間の価値 のフローにかんす るもので,ある生産循環 と次 の生産循環の間に横たわ る商品流通の経路に属す る.そのさいに,マル クス 派の理論は,労働力の価値が商品交換体系 の外部 で社会 的 ・歴史 的諸 力 に よって規定 され ると想定 しているので,賃金が貨幣 タームで支払われ るのか 実質 タームで支払われ るのかは重要でない.「新たなアプローチ」にたいす る
Campbe
llの評価 とSi nhaの評価は,こ
の ように対極的であるが,そのいずれに も与せず ,転化問題‑の 「新たなア プ ローチ」 の貢献を認めなが ら最終的には別の道を 目指す立場 もある.た と えばFi l ho
は,TuganBa r a l l O WS k y
やBo r t ki e wi c z
以来 の一般均衡論的なア プローチにたい し,Dum6ni l
やFo l e yらの 「
新たなアプ ローチ」をマル クス欧米における転化問題論争の現局面 751 価値論の非均衡論的な解釈の一つ として位置づけ,検討 している(8).
「新たなアプ ローチ」 にかん して
Fi l hoが肯定的に評価す る点は,純生産
を対象 とした転化操作 ,貨幣価値 の規定 ,労働力価値の規定である.Fi l ho
に よれば,純生産を対象 とした転化操作は,生産手段価値の 「二重計算」を回 避す ることに よって,労働 のみが価値を形成す るとい うマル クス価値論の核 心に焦点を当てることを可能に している.これは,転化問題‑の伝統的なア プローチでは前面に打ち出されなか った点である.また,総直接労働 と総純 生産価格の比 として与え られ る貨幣価値は,貨幣の本質が抽象的労働にたい す る支配にあることを示す もので,一般化 されれば価格 とは抽象的労働にた いす る商品所有者の請求権だ とい う把握を導 く.これは,均衡や貨幣商品の 存在 とは無関係に妥当す る概念なので,今 日の資本制を分析す るさいにも役 立つ .さらに,この貨幣価値 と貨幣賃金率の横 として与えられる労働力価値 は,賃金を固定的な労働者消費バ ン ドルで捉え,均等利潤率が基礎部門のみ に依存す ると主張す る新 リカー ド派 とは異な って,すべての商品の生産が均 等利潤率に影響す るとい うマル クスの結論を活かす ことができる.Fi l hoは,「
新たなアプローチ」が ,こ うした特徴に よって総計一致2
命題 を証 明の不要な恒等式に変 え,転化問題にかんす る理論的発展を阻害 してき た微細 な問題の幾つかを解消す る力を もった ことを高 く評価す る反面で,そ の弱点 も指摘 している.それは,一言でいえばその価格把鐘が生産過程では な く流通過程を基礎 としてお り,実体 (価値) と表現形態 (価格) を同一視 していることである.マル クス本来の論理的方法を正 し く認識 すれ ば,「新 たなアプローチ」の手に した総計一致2命題 は,諸変数の定義替えに帰せ ら れ るような ことはな くな り,「分析 の抽象度 に応 じてその意味が移 り変わ る(8)A.S.Filho,̀The Value ofMoney,the Value ofLabourPowerand the Net Product:an Appraisalofthe "New Approach" to the Trasformation Problem (A FreemanandG.Carchedieds,MarヱandNow‑Equilibrium Economics,Edward Elgar,1996).
‑2 55 一
ような諸変数 自体の転化 の反映であるがゆ えに成 り立つであろ う」(9)とい う のが
Fi l hoの展望である.
Fi l hoの論文には,純生産を対象 とした転化操作や生産手段 の価値 をそ の
再生産 のための社会的必要労働で規定す る方法が 「新たなアプ ローチ」の創 見であるかの ような印象を与える叙述があって,転化問題の研究史を知 る読 者には一抹 の不安を与えるのだが,ともすれば全部否定か全部肯定にな りが ちな 「新たなアプローチ」 の評価にさい して,そのいずれに も陥 らない姿勢 は貴重な もの といえ よう.Ⅲ.
「新たなアプ ローチ」 以外 の試み8 0
年代 までの転化問題論争に現れたマル クス派の分析 は,もとよ り 「新た なアプ ローチ」のみではない.そ こには 「新たなアプ ローチ」以外に も独 自 の着想を もった さまざまな分析が存在 して,それぞれの研究潮流を形成 して きた .それ らは当然,9 0
年代の研究に も受け継がれている.また ,既成の理 論展開か ら1
歩を踏み出 して独 自の枠阻みを構築 しようとす る努力 も,途絶 えたわけではない.本節では,こうした 「新たなアプローチ」以外 の試みに 注 目してその現状をみたい .手始 めに
,89
年 に公表 されたSz ums ki
の論文(10)をめ ぐって,91
年 にSz ums kiと Dum昌ni l ,Lさvyの間で交わ された論争を取 り上げ よう.
論争 の発端にな った論文 の中で,Sz
ums ki
は,総計一致2
命題が両立 しな い ことを率直に認め ,重要な ことは総生産 ・純生産 ・賃金 ・利潤 のそれぞれ の総計の労働価値が転化を通 じて変化 しない ことだ と述べている.そ して,(9)Filho,前掲論文,133頁.
(10)J,SSzumski,'TheTransformation Problem Solved?I(CambridgeJournalof Economics
,v o
l.13,n o
3.1989).欧米における転化問題論争の現局面
7 5 3
価値体系は利潤率が均等でない価格の もとで も成立す ることと 「利潤率均等 化への傾 向はたんに傾 向に とどまる」(ll)ことを理 由に 「一般転化問題」 を設 定 し,生産価格が成立す るケースをその特殊問題 と位置づけている.ここで
「一般転化問題」とい うのは,「一定期間に渡 ってその営みが記録 されている 現実の貨幣経済 (資本主義ない しは市場経済 ・中央 計 画経済 ・混合経済 な ど)であれば,どの ような経済で も,それに対応す る純粋な労働価値論経済 に一意に遡 ることができることを示す こと」(12)である.「純粋な労働価値論経 済」は,いわゆる価値価格が支配す る観念的な経済であるが ,もしも人 々が 労働時間を計算単位 として用 い,すべての財やサービスがそれに含 まれ る労 働時間に応 じて売買 され るとい う原理を実施す ることにすれば,現実の経済 をその ように機能 させ ることは (実際上の困難は多 々あるが)理論的に可能 である.そ して,「一般転化問題」の課題が特殊な条件に依存せずに遂行可能 であることが示 されれば,現実の経済は,すべて 「純粋な労働価値論経済」
か らの歪み として捉 えることができると考 えられている.「いか な る経済体 制 も,それに特有な仕方で魁織的 ,自発的ない しは偶然に価値法則 の働 きを 歪めた ものと解釈できる」(13).「経済科学 の最重要な 目的の一つ とされ るべ き は,こうした歪み とそれが諸社会 の経済的パ フォーマ ンスに与える影響の研 究である」(14).したが って,Sz
ums ki
が転化問題解決の基軸に据 えるのは ,1 9 6 1
年の森嶋・Se t o n
論文以来の 「逆転化」 の発想である.Sz ums ki
は,投入産 出表を利用 して,現実の任意の価格体系か ら価値体系‑ の 「逆 転 化 」 が 可 能 で あ る こ とを 示 して い る .そ れ に か ん して は
Dum6ni l
とLevyが行 った手際の よい紹介があるので
(15),ここでは彼 らの柘 介を もとに してSz ums ki
の分析を確認 してお こう.まず ,価値体系は(l
l )Sz u ms k i
,前掲論文,44 5
頁( 1 2 )Sz u ms k i
,前掲論文,43 4
頁( 1 3 )Sz u ms k i
,前掲論文,44 8
頁( 1 4 )Sz u ms k i
,前掲論文,44 8
頁‑257‑
V‑v A+l
これは既 出の①式 と同一である.いま,(必ず しも生産価格 でない)価絡 p と総生産 x の任意の魁を考え,価値 1単位 の貨幣表現をスカラーFLで表す . また,ベ ク トルpと x の成分を対角成分 とす る対角行列をそれ ぞれ
P
とX
とし,p
の成分の逆数を対角成分 とす る対角行列をP
1とす ると,⑧式はFLVP l px ‑
〃v P
11pA
X+
FLLX} ー ‑ ′ \一一一・一・一一・・・・ 一 ‑
[ a] [ b] [ a] [ C] [ d]
の ように変形できる.⑨式の [a]は,価格で計 られた任意の商品バ ン ドル が価値で表現 され るために掛け られなければならないベ ク トルで,その成分 は各商品の価値 と価格の比 とな っている.Szumskiの 「逆転化」の核心は,
[a]を未知数ベ ク トル として⑨式を解 くことである.ただ し,通常の投入 係数分析 と異なって,Szumskiは,自部門内‑の生産手段の投入を価値や価 格を もたない とい う理 由で無視 している.そ して,分析が事後的かつ貨幣的 なもので,生産係数 ,均衡 と不均衡 ,単一の回転期間 といった仮定や概念は 不要であることや ,結合生産 ,負の利潤 ,負の資本蓄積等のケースが許容 さ れ ることを主張 している.なお,Szumskiは,「逆転化」の次に通常の転化 も 論 じているが,転化後 の価 格体 系 を資本制 下 の生産価 格体 系 に限定 せず ,
「純粋な労働価値論経済」や中央計画委員会が存在す る場合の価格体系を舌 めている点 と,利潤率計算の分母 となる資本額を現在時点の再生産価格で再 評価す ることの非現実性を鋭 く指摘 している点が特徴的である.
Dum昌nilは,自らが主唱者の一人である 「新たなアプ ローチ」の主張を再 確認 しつつ,L昌vyと共同でSzumskiの論文を検討 した .
DumさnilとL6vyは,転化問題にかんす る諸見解 の分類を行い,マル クス
(15)G.DumenilandD.L昌vy,̀szumskl'svalidationoftheLabourTheoryofValue:a Comment'(CambridgeJournaloJEconomics.vol.15,no.3,1991).
欧米における転化問題論争の現局面 755
の総計一致2命題が一般的に同時成立 しない限 り解決不可能 とす る立場 と, 価値 と価格の間で一方の諸変数の組か ら他方の諸変数の魁を導出できれば よ い と考える立場に大別 した上で,後者を さらに生産価格の計算が価値に依存 す るか どうかが問題だ と解す る新 1)カー ド派の立場 と,生産価格 と価値が相 互に導 出可能であることを示せれば よい と解す る立場に二分 している.この 分類に よれば,Szumskiが属す るのほ最後の類型である.
しか しなが ら,Dumさnilとしきvyに よれば,マル クスの労働価値理論は彼 の労働過程の分析か ら得 られた もので,史的唯物論に結びついてお り,それ が資本制下の搾取の解明に とって もつ有用性は生産価格の導出 とい う領域を 造かに越 えている̲また,Szumskiも (それがDum昌nilの理論展開の中心で あることは無視 して)Foleyの論文に存在す る見解 として同意 している よ う に,マル クスの分析 した価値形態は必ず しも生産価格に限定 されない.した が って,転化問題 として解決すべ き問題 は ,もともと存在 しない .そ こで Szumskiの分析をみると,投入産出表か ら労働実体が計算できた として も, 労働価値理論の正当性が論証 できた とはいえない . したが って,「Szumski は投入産 出表か ら価値を計算す る手法の一つを提出 したにす ぎない」(16)とい
うのが ,彼 らの主要な結論である.DumさnilとL6vyは,これに加えて,投 入産 出行列が正 とい うSzumskiの想定は,彼 の主張に反 して,結合生産が存 在 しない場合にのみ正当化 され ることを指摘 している.
Szumskiは,この ようなDumさnilとLさvyの評価に反発 し,「新たなアプ ローチ」にたいす る批判を含めて,次の6点の所見を寄せている(17).
i)転化問題は確かに存在す る.
ii)自分の研究は,利潤 の本質 と再分配のメカニズ ムを理解す るために労働
(16)G.Dum昌nilandD.Lさvy,前掲論文,359頁 .
(17)J.S.Szumski,∫onDumbnilandL6vy'sDenial oftheExistenceoftheSo‑called TransformationProblem・aReply'(CambridgeJournalofEconomics.vo115,no.3, 1991).
‑2 5 9
‑価値理論が正当な抽象であ り,適切 な ツールであることを論証 してい る.自分の解法が,現実に発生 しうる負の利潤を許容 し,それを労働価 値のタームで解釈可能に した ことは,重要で独創的な研究成果である.
ただ し,そ こで計算 されているのは価値ではな く価値の価格である.価 値は,実際に計算され るのではな く,貨幣で表現 された現実のフローを 価値の貨幣価格で除 した後に得 られるものである.
iii)自分が転化を必然性ではな く可能性 として考えていることは,Dum6ni
l
とLさvyの指摘通 りである.とい うのは,
「純粋な労働価値論経済」を実 現す ることはできないか らである.i v)搾取率は,名 目タームではな く労働者の実質的消費にもとづいて規定 さ
れるべきである.とい うのは,労働者がその貨幣所得を現実の財やサー ビスに支出しなければ,彼 らは自らが搾取 されるために貢献 しているだ けになるか らである.Ⅴ)結合生産の場合や負の純生産の場合にも 「逆転化」の計算が可能である ことは,数値例を用いても示す ことができる.
v
i)
Dum昌ni
lらの 「新たなアプローチ」に同意できるのは,基本的な対応関 係は社会的労働時間と純生産物の価値 との間に設定 されるべ きだ と主張している点だけである.
以上の遣 り取 りでは
,Dum6ni
lとL6vy
の側がSz ums ki
の主張の最大の特 徴を捉え損なっているように思われる.解決 されるべ き転化問題が存在す る か否かの応酬は,転化問題の課題設定にかんする共通の了解が存在 しない限 り,すれ違いに終わ らざるを得ない.また,労働価値理論の基礎は労働過程 の分析 に あ るので 「転 化 」 に よって証 明 され る もの で は な い とい うDum6ni
lとしきvyの主張は,必ず しもSzums ki
‑の的を射た批判 となってい ない.Sz ums ki
は,労働に よる交換価値の実体競走 自体の正当性を問 うとい うよ りは ,価格分析 におけ るその有効性 を問題 に しているか らである .Sz ums ki
の議論の中で焦点を当てるべ きは,通常 の転化 の分析 に先行 して欧米における転化問題論争の現局面 757
「逆転化」 の段階が設定 され ている点 であ った .DumさnilとLさvyは , Szumskiの 「逆転化」のテクニカルな手法にたいする指摘は行 っているが, 分析の
1
段階 としての 「逆転化」が有す る方法的意味を本格的に検討 してい ない.彼 らの作成 した転化問題論争の系譜で,価値か らの生産価格の導出と 生産価格か らの価値の導出が同一分類 とされていることは,この点で象徴的 である.8 0
年代にDumさnilらの 「新たなアプローチ」とは一線を画 し,不可逆的な 時系列の中で継起的に行われる投入 と産出を基礎 として転化過程を捉える独 自の潮流を形成 したCarchediは,95年 と96
年に相次いで公表 された Haan との共同論文で,自らの主張に向け られた 「無限後退批判」に反論す ると同 時に,
「再生産価格」を基礎 とした生産価格の規定や 「諸商品の貨幣価格に照 応 した社会的労働量の計算方法」を提示 している(18).ここで 「無限後退批判」 とは,価値や生産価格の計算に際 して生産手段や 労働力の大 きさを投入時点の原価で計上す る方法では,無限に過去のデータ に遡 らな くてほならないので計算が事実上不可能になるとい う批判を指 して いる.これにたい して,CarchediとHaanは,すべての社会現象は現在 と過 去の諸現象に親定 されてお り,それ らを分析す るときには分析の範囲 と目的 に応 じて起点を選択 しなければならない,と指摘 している.そ して,連立方 程式による投入価格 と産出価格の同時決定を,生産 と分配の時系列的な繋が
りを無視す るものとして拒否 している.
しか しながら,CarchediとHaanは,生産手段の価値や費用価格を,単純 に過去の投下労働量や購入時の価格で計上 しているわけではない.彼 らの定 義に よれば,産出の生産価格は,諸投入の 「再生産価格」 とこれに 「債 向的
(18)G.CarchediandW.deHaan.̀From ProductionPrices to Reproduction Prices (Capital& Class,no.57,1995)お よ び 同 ̀The Transformation Procedure:a Non‑equilibrium Approach'(A.FreemanandG.CarchediedsH前掲書).
‑2 61 ‑
利潤率」を乗 じた ものの和 として求められ る.諸投入の 「再生産価格」 とい うのは,平均的生産性を もつ資本に よって生産のために現実に投下 された生 産手段 と労働力の (購買時点の)市場価格 のことで,生産価格や補填価格 と は異なる.また,「傾 向的利潤率」は,技術的競争 と資本移動の結果 ,諸資本 の利潤率が傾 向的に均等化す ることによって得 られ る利潤率の ことで,実質 的には平均利潤率 といって もよいであろ う.
Ca r che di
とHa a n
が ,産 出が商 品 として販売 され る時点の市場価格の成立を滞在的社会的価値 の現実化 とい う意味で 「現実的転化」 と呼び ,市場価格か ら生産価格が形成 され る過程を「傾向的転化」 と呼んで区別 した ところか ら,この ような表現になった もの と思われ る.
次に
,Ca r c he di
とHa a n
が提示 した 「諸商品の貨幣価格に照応 した社会的 労働量の計算方法」は,前提条件やその変化の説 明に不明瞭な箇所があって 若干錯綜 した印象を与 えるが ,骨子は次の ようなものである.すなわち,い 普,
t2時点の流通貨幣総量をM(t 2 )
,生産的労働者の貨幣賃金 と利潤 の和 をMWP
(t
2)としてM( t
2)‑α
(t
2)×MWP
(t
2)とすると,M(
t
2)とMWP
(t
2)は経験的に既知 なので,α(t
2)の値が得 られ る.次いで,このα(
t
2)を前提 とし,t2時点の社会的総生産に含 まれ る総 労働 をTLC
(t
2),そ の うちの生産期 間( t
l‑t
2)中に新 たに含 まれた労働 をNLC
(t2)とす ると
TLC
(t 2
)‑α( t 2
)×NLC
(t
Z) ⑪NLC
(t
2)は経験的に測定可能であるから,TLC(t2)の大 きさが求 め られ る.そ こで
M( t 2 )
‑β
(t 2
)×TLC
(t
2)欧米における転化問題論争の現局面
7 5 9
とお くと,β(t
2)の値が決定 され る.⑲式か ら得 られ るα( t
2)を⑪式 に代入 し,そ うして求め られたTLC( t
2)を⑫式 に代 入 して変 形す る と,β( t
Z)はMWP
(t
2)をNLC
(t
2)で割 った ものであることがわか る.これは結局 ,社会的 純生産にかん してみた投下労働 1時間当た りの平均価格 (ない しは利潤部分 を含む平均所得)であって,「新たなアプ ローチ」に登場す る 「貨幣価値」の 逆数にはかな らない.さて,いま,ある商品bが商品 a
と直接労働の一定量 を投入 して産 出され,t2時点で販売 され るとしよう.b
に含 まれ る総労働 をLCb
(t
2),b
に新たに含 まれた労働をNLCb
(t
2), aか らb
に移転 された労働 をLTb
(t
2),b
の販売を通 じて実現 され る労働をLARb
(t
2),bの市場価格を MPb
(t
2),bの生産価格を PPb
(t
Z),bの販売を通 じて傾 向的に実現 され る労
働をLTRb
(t
2)とす るとLCb
(t
2)‑NLCb
(t
2)+ LTb (
t2)LARb
(t
2)‑MPb
(t
2)/β
(t
2)LTR。
(t Z
)‑PP。
(t
2)/β
(t
2)Car chedi
とHaanは,価格形成 メカニズムを通 じた労働 の取得関係において
商品に含 まれた労働 と商品の販売に よって実現 された労働の差が生ず る場合 に,これを不等価交換 と定義す る.そ して,た とえば商品bの販売 (
購買) に固有な不等価交換を現実的不等価交換 と傾 向的不等価交換に分け ,前者はLARb
(t
Z)‑LCb (
t2),後者はLTRb
(t
2)‑LCb
(t
2)に よって求め られ る と して いる.Car chedi
とHaanは,さらに,技術変化が存在す る場合に,個別の資本に
とっては価値 の破壊や創造が存在す るが,社会的な観点か らは価値保存則が 堅持 され ,価値の再分配のみが存在す ると述べている.現実の価格現象を各 種 の不等価交換 (不等労働量交換)に よって説 明す ることが,彼 らの一貫 し たスタンスであると思われ る.‑2 6 3
‑前節で採 り上げたFilhoもまた,「新たなアプローチ」の検討を越えて自ら の積極説を提出 している.
それに よれば,Filhoは,Fineの主張を受け継いで資本の有磯的構成 と価 値構成を区別 し(19),この区別に対応 してマルクスの転化論が本来
2
段階の構 成をもっていると考える(20).第 1段階は,生産手段価値の生産価格‑の転化 が行われていない段階であ り,第2段階は,生産手段価値の生産価格‑の転 化が行われた段階である.Filhoに よれば,第 1段階の想定は,マル クスの分 析の不徹底 さの表れ と見なされるべきではな く,生産価格の概念を導出する うえで適切な手続 きであった.「とい うのは,それに よって,原因 (生産にお ける労働の遂行 と剰余価値の抽出に よる搾取)が結果 (部門間で均等化する 傾向のある正の利潤率の存在)か ら分離 され るからである.」(21)Filhoは,こうした第1段階の転化をn資本m財 ・価格 ターム ・投下資本 構成の百分率表示 とい う前提で定式化 し,総価値‑総生産価格 と総剰余価値
‑総利潤の両立や資本の有琴的構成 と価値か らの生産価格の轟離の関係にか んするマル クスの諸命題の成立を確認 している.Filhoの方法的特徴 は ,坐 産手段価値の生産価格‑の転化が生産価格の 「計算」に とって有する意義を 否定することな く,その前段階でマル クス型転化論に固有な分析的意義が存 在す ることを主張 した点に見出される.
9 0
年代の転化問題論争では,以上のはかにもさまざまな独 自の見解がみ ら れ る.た とえば,DixonとKayは,『資本論』の価値理論には価格か ら始め て分配の分析に拡張する理論のはかに,分配を起点にす る第2の理論があっ(19) 「資本の有機的構成」は当該部門の技術的構成を価値 タ‑ムで捉えた もの とされ ,請 投入の価値が変化 した場合の彫響を受けない点で 「資本の価値構成」とは異なる概念 と されている.B.Fine,̀A DissentingNoteontheTransformationProblem'(Economy andSociety,vol.12,no.4,1983)を参照 .
(20)A S.Filho,̀AnAltemativeReadingoftheTransformationofValuesintoPrices ofProduction'(Capital&Class,no.63,1997).
(21)Filho,前掲論文,126真.
欧米における転化問題論争の現局面 761 て,後者はほとん ど気付かれていないがBohm‑Bawerk以来のマル クス批判 に よるダメージを免れていると主張 している.McGloneとKlimanは,総価 値生産物‑給収入の想定を支持 しなが ら,交換 に よる価値 の再分配に よっ て,不変資本価値がいかにその物的要素である生産手段の価値か ら轟離する かを示 さなければならないと考えている.Rodriues‑Herreraは,価値は社会 的労働の貨幣形態であ り,貨幣に よって表 される価値 と貨幣に含 まれ る価値 とは轟離するか ら,不変資本価値 と価値生産物はいずれ も価格変化の影響を 受けると述べている.Rodriues‑HerreraはまたRamos‑Martinezとともに, 諸商品の価値 と価格は質的にも量的にも資本主義的競争 とい う同 じ過程の結 果 として決定 されるのがマル クスの考え方だ と指摘 して,価値 と生産価格を 二つの独立 した体系 として扱 うことに反対 している.Skillmanは,価値価格 が産業資本の確立後においてもそれ以前の利子生み資本や商業資本の時代に おいても非現実的だった ことを指摘 し,産業資本のもとにおける労働 と労働 力の区別の意義を,搾取 と利潤の説明にではな く,利子生み資本や商業資本 に よる剰余労働の間接的搾取の困難化ない しは不効率化を克服す る可能性を もたらした点に求めている(22).
しか し,これ らは概 して転化問題論争における既存の諸見解の含意や限界 にかんす る理解が不十分で,叙述の明噺さの水準 も低いところか ら
,8 0
年代 に登場 した幾つかの研究がそれぞれに新たな研究の潮流を形成 したときに匹(22)W DixonandG.Kay,'Marx'sTheoriesofValue aResponsetoCartelierand Willia.ms'(CambridgeJournalofEconomics,vo119,no.4,1995).T.McGloneand A.Kliman,一oneSystem orTwoフTheTransformation ofValuesinto Pricesof ProductionversustheTransformationProblem'(A.FreemanandG.Carchedieds,前 掲書),A Rodriguez‑Herrera,̀Money,the Postulates of lnvariance and the TranformationofMarxintoRicardo'(A.FreemanandG Carchediedsり前掲書), A.Ramos‑MartinezandA.Rodriguez‑Herrera,LTheTransformation ofValuesinto Prices of Production:a Different Reading ofMarx's Text'(A.Freeman and G.Carchediedsリ前掲書),G.L Skiuman,̀Marxian Value Theory and the Labor‑LaborPowerDistinction'(Science&Society,vol.60,no4,1996‑97).
一 再 2 6 5
‑敵するインパ ク トは,期待す ることができないように思われる.
Ⅳ.
評価 と展望
9 0
年代の論争に限ったことではないが,転化問題の研究史を振 り返 るたび に思い知 らされるのは,転化問題の主要な課題が何であるのかについての共 通認識が,諸論者の間に欠けているとい うことである.一方には,価値の生産価格‑の転化を,資本の利潤の源泉が労働者の生み 出 した剰余価値であることを論証する理論展開の一環 として位置づける認識 がある.「マルクスの基本定理」の成立を価値体系 と生産価格体系 の間で証 明する作業は,そ うした理論展開の中核をな している.また,本稿でも取 り 上げた 「新たなアプローチ」は,剰余価値 と利潤の関係を価値生産物 と所得
(収入)の関係に拡張することに よって,マク.ロ的な集計量 レベルでの階級 間の分配関係を分析するための より一般的な枠鮭みを捷供 している.
他方では,価値の生産価格‑の転化の分析を,文字通 りに価値体系を起点 とした生産価格体系の形成過程の分析 と解す る認識がある.これには,生産 価格体系の形成過程を資本制の歴史的生成 と重ね合わせる 「歴史的転化」論 と,資本制における生産価格体系の存在条件や意味を理論的に解明する 「袷 理的転化」論があ り,今 日までの研究史において基本的な正当性を勝ち得た のは後者である.「論理的転化」論には,価値体系に剰余価値の均等配分操作 を繰 り返 して生産価格体系 (正確には生産価格価値体系)‑の収束を証明す る 「逐次転化」論 も含 まれるが,中心をなすのは,諸商品の価値 と生産価格 の諦離を投下労働 と支配労働の不一致 として把握する不等価交換 (不等労働 量交換)論である.本稿で霜介 した諸研究の中では
,Sz ums ki
やCar c he di
と
Ha a n
がこちらの課題認識を基調 としている.もとより転化問題の課題にかんする二つの認識は,多かれ少なかれ大半の 研究に含 まれてお り,いずれか一方を正 しいものとして選択する二者択一の
欧米 におけ る転化 問題論争 の現局面
7 6 3
関係にあるのではない.資本制が市場経済 の 1類型 であ り,市場経済が私 的 ・分散的な商品交換に支えられている以上 ,諸階級間の分配関係は諸商品 の価格決定を基礎に して成立するが,反面ではマクロ的な分配関係がさまざ まな経路を通 じて諸商品の価格決定に影響を与 えてい るか らである。 しか し,いずれが転化問題の主要な課題か といえば,明らかに第2の課題であろ う.利潤の源泉が労働者の生み出 した剰余価値であることや総価値生産物 と 総収入の対応関係は,生産価格 とい う特定の価格体系を前提にすることな く 一般的に論証可能な事柄であって,転化問題の分析においては,一般的に論 証済みのそ うした関係を具体的な状況で確認する (もしくは具体的な状況‑
適用する)にとどまる.そ して,この確認 もしくは適用が転化問題の課題の 一部 としてなぜ必要 とされ るのか といえば,それは取 りも直 さず諸商品の価 値 と生産価格の轟離に伴 う不等労働量交換を抽出す るためなのである.
それでは,転化問題の主要課題である生産価格体系下の不等労働量交換の 抽出には,いかなる点を踏 まえることが必要であろ うか(23).
第
1
は,個 々の商品交換がいかに不等労働量交換 となろ うと,経済全体で みれば総支配労働が総投下労働か ら爺離す ることはあ り得ないとい うことで ある.これは,諸商品の支配労働は立場を変えればそれぞれの投下労働には かならず ,商品の生産に投下 された諸労働である投下労働が商品交換 自体に よって増減す ることはないか らである.これにたい して予想 される反論は, 諸商品の投下労働にたいす る 「社会的な評価」ないしは 「再評価」はさまざ まな水準であ りうる,とい うものであろ う.しか し,私的に投下 された労働 が 「社会的な評価」ない しは 「再評価」を受けた結果 ,実際の労働時間 より も多量 (少量)の労働 として通用するとい う表現が記述 している実体は何か(23)以下の点にかんする詳細は,本稿の姉妹編 として同時期に書かれた拙稿 「転化問題に おける総計一致諸命題の実在的意義」(『岡山大学経済学会雑誌』第30巻第4号,1999年
3月予定)を参照 .
‑2 6 7一
といえば,それは,当該商品の投下労働量がそれ と交換可能な他の諸商品の 投下労働量 よりも大 (小)だ とい う関係にはかな らない.労働にたいす る
「社会的な評価」や 「再評価」に よって諸商品の価格の表す総支配労働が変 化す るとい う主張は,論理上 も現実にも起 こり得ない神秘主義である.
第
2
は,第1
の点か ら従 うことだが,新たな価格体系のもとで発生する不 等労働量交換を記述 し尽 くそ うとすれば,記述 しようとす る不等労働量交換 をすべて包含 した総計一致命題の成立を想定することが必要だ とい うことで ある.具体的には,た とえば価値価格体系下の総支配労働 と生産価格体系下 の総支配労働が,いずれ も同一の実物連関のもとで与えられる総投下労働に 等 しいとい う形で一致する.したがって,転化問題の分析において堅持 され るべ き総計一致命題は,「新たなアプローチ」の主張な どとは異なって,総価 値‑総生産価格でなければならない.総価値‑総生産価格が成立するとすれ ば,周知のように総剰余価値‑総利潤や総価値生産物‑総収入は成立 しない が,それ らの不成立は,じつはマクロ的集計量でみた労働者階級 と社会的総 資本の間の所得分配や不変資本部分 と純生産部分の構成比の変化 として現れる不等労働量交換の存在を示唆 しているのである.\
第
3
は,価値体系や生産価格体系の規定において投入 と産出の同時決定が 行われ ることの限界 と意義を,正 しく押さえることである.すでにみた よう に,オーソ ドックスな連立方程式体系では投入 される生産手段や労働力の価 値や費用価格を,産出され る商品の価値や生産価格を用いて与えるが,生産 手段や労働力の価値や価格が投入時点 と産出時点 とで異なる可能性があるこ とは,何人も否定できない.したがって分析の 目的が,分析対象 とされた諸 商品をめ ぐる過去か ら現在までのあらゆる不等労働量交換の影響を抽出す る ことだ とすれば,価値体系や生産価格体系の規定は,歴史的過去‑ほ とん ど 無限に遡及 して行かなければならな くなる.しか し,そのような計算は現実 に困難であるばか りでな く,必ず しも分析の 目的に沿 うものでない.か りに 転化問題の分析 目的が,現存する経済の諸条件 (生産 と分配の諸条件)のも欧米における転化問題論争の現局面
7 6 5
とで生産価格体系が成立す ることに よって,いかなる不等労働量交換が発生 するかを純粋に抽出することであるとすれ ば ,現存 しない過去 の諸条件 に よって引き起 こされる不等労働量交換の影響は,分析の基準 として用いる総 価値や総生産価格の規定か ら完全に排除 されなければならない.この場合に は,現存す る生産 と分配の諸条件を前提 とした無時間的な同時決定 の体系 が,単なる計算上の方便ではな く,積極的意義をもって くる.そ して,現存 しない過去の諸条件に よって引き起 こされる不等労働量交換は,理論的に計 算 された生産価格体系 と現実に市場で観察 され る諸価格 との差異を引き起 こ す要因の一つ として,間接的にその影響が推定 されるのである.転化問題の主要課題を以上のように捉えるとすれば,本稿で取 り上げた諸 論者にたいす る基本的な評価 もまた 自ずか ら明らかであろ う.
すなわち,「新たなアプローチ」は,マクロ的な集計量 レベルで階級間の分 配関係を分析す るために好都合な枠魁みを考案す ることはできたが,転化問 題の主要課題を認識できなか ったばか りか,不等労働量交換の分析のために 想定すべ き総計一致命題を取 り違えて しまった .この ことは,Dumさ
ni l
とLる vyが Sz ums ki
にたい して,本当は転化問題など存在 しないと言い放 った ことに象徴的に表 されている.しか し,「新たなアプローチ」を包括的に検討 したFi l ho
や これを手厳 しく批判 したはずのSi nha
は,この点をさほ ど問題 視 しないままに終わ っている.他方 ,「新たなアプローチ」とは立場を異にす るSz ums ki
やCar c he di
とHa anは,具体的な理論展開は違 うものの,転化
問題の主要課題をはるかに的確に認識 している.しか し,彼 らの理論はいず れ も,価値体系 と生産価格体系のオーソ ドックスな連立方程式による決定が 不等労働量交換の分析に とって有する意義を過小評価 している.転化問題は何 よりも,資本制的な再生産の基準 として想定 され る諸価格の 水準を資本制に固有な不等労働量交換の結果 として解明す る問題であ り,現 存の経済の諸条件をもとに して理論的に構築 された労働価値および生産価格 の両体系 と歴史的 ・継起的な諸労働相互の連関は,そ うした分析の一環 とし て二者択一の形ではな く重層的に統合 されなければならないのである.