岡山大学経済 学会雑 誌30(4),1999,213‑237
転化問題 にお ける総計一致 諸命題 の実在的意義
和 田 豊
Ⅰ.課題の設定
総価値 ‑総生産価格 ,総剰余価値‑総利潤の
2
命題は,マル クスが 「一般 的利潤率 (平均利潤率)の形成 と商品価値の生産価格‑の転化」(1)を分析する 際に主張 し,
「価値法則に よる価格および価格運動の支配」(2)の基礎をなす と 考えた ものだが,Bortkiewicz以来の研究史の中でその同時成立が否定 され た後は(3),いわゆるマル クスの基本定理を中心 とした価値量に よる価格量 の「対応的遠隔操作的」(4)制約命題に道を譲 ったかにみえた.ところが
,1 9 8 0
年 代に入 って学界の一部に,総計一致2
命題の同時成立を擁護す る試みや,純 生産の価値 と価格に注 目した第3
の総計一致命題を導入する試みが復活 し, それ らの試みをめ ぐる議論の応酬が,今 日では総計一致命題そのものの意義(1)K.マル クス 『資本論』 (新 日本出版社,1997年)第3巻第2篇第9章 .なお
,
『資本 論』において 「転化」 と呼ばれ る理論展開は他の箇所 でもみ られ るが ,本稿 では もっぱらこの間題を 「転化問題」 と呼ぶ . (2)K.マル クス,前掲書,300貢 .
(3)1960年代初頭 までの第 1次転化 問題論争 にか ん しては ,さ しあた りP.M.Sweezy 編 ,玉野井芳郎 ・石垣博美訳 『論争 ・マル クス経済学』(法政大学出版局,1969年),伊 藤誠 ・桜井毅 ・山 口重克編訳 『論争 ・転形問題』 (東京大学出版会,1978年),石垣博 美 ・上野 昌美編訳 『転形論 アンソロジー』 (法政大学 出版局,1982年)を参照 . (4)大島雄一 『価格 と資本 の理論』増補版 (未来社,1974年),323真.
‑
2 1 3 ‑
1156
を問い直す動 きにつながっている(5).
小稿の 目的は,こうした研究動向を踏 まえて,マルクス派価格理論におけ る総計一致命題の意義を再検討 し,現時点での私見を述べ ることである.蘇 論を先取 りすれば,筆者は,第 1に,価値 と生産価格の規定 として,同一の 実物連関を前提に しつつ相互に独立 したオーソ ドックスな連立 1次方程式の 体系を基本的に堅持す る.第
2
に,給価値 ‑総生産価格 の命題 を労働時間 タームで捉え,その成立を想定す る.第3に,絞価値 ‑総生産価格の成立を 想定 した場合に不可避 となる残 りの総計一致命題の不成立を,ある種の不等 労働量交換の余地が現実に生 じる証 しと考える.これ らを裏面か ら言い換え れば,価値 と生産価格のいずれかに他方を混入させる 「新たなアプローチ」
や価値 と生産価格の間で実物連関の変化 を想定す る 「競争転化」論 を採 ら ず,総計一致命題の意義を全面的に否定す る 「次元の相違」論に与せず ,紘 計一致諸命題の両立不能を労働価値理論の破綻 と決めつける一部論者の思い 込みを正す とい うのが,本稿の基本的な立場である(6).Ⅱ.
総計一致諸命題 の両立否定論いわゆる転化問題の研究史の中で検討の対象 とされてきた総計一致命題に
(5)本稿 と同時期に書かれた拙稿 「欧米における転化問題論争の現局面‑1990年代 の研 究を中心に‑」(『岡山大学経済学会雑誌』第30巻第3号,1999年3月予定)では,総計 一致命題に限定せずに最近の転化問題論争の特徴を考察 している.
(6) こうした立場は,同 じ問題を扱 った筆者の旧稿の一部にたいす る自己批判 と軌道修 正を意味 している.和 田豊 「欧米におけ る生産価格論 の新潮流‑ 「ポス ト ・マル ク ス ・ルネサンス」‑の胎動‑」(名古屋大学 『経済科学』第36巻第4号,1989年),同
「生産価格論におけ る総計一致命題 の 「復活」 と止揚一新 たな枠阻み の形成 にむけ て‑」(『岡山大学経済学会雑誌』第21巻第3号 ・第22巻第 1号,1989年11月・1990年5 月),では,おもに 「マル クスの基本定理」を念頭に置いて,価値量 と生産価格量の対応 関係をいかなる総計一致命題か らも独立に論証可能であると考 え ,総計一致命題 に生 産価格体系を正規化す ること以上の実質的意義を認めていなか った .
‑21 4‑
転 化 問題 におけ る総計 一致諸 命題 の実 在 的意 義 1157
は,総価値 ‑総生産価格 ,総剰余価値 ‑総利潤 ,総価値生産物 ‑総収入の三 つがある(7).すでに述べた ように,前の2命題がマル クス自身の解 法 に含 ま れて論争を惹起 したのにたい し,最後の命題は,1980年代に登場 した 「新 し いアプ ロ‑チ」 のもとで強力に主張 されて広 まった.しか し,この着想は, 1961年 の森嶋・Seton論文(8)において も示唆 されてお り,遡ればやは りマル クスの 『資本論』に行 き着 くものである(9).
三つの総計一致命題が ,どれ も現実離れ した特殊な条件が満た されない限 り他の
2
命題 と両立不可能であることは,長期に渡 る論争の中でさまざまな 角度か ら幾度 とな く指摘 されてきた .その ことを再確認す るために,いま生 産的な技術を持 ったn部門経済を想定 しよう.単純化のために,固定資本 ・ 結合生産 ・曹惨財 ・非生産的部門 ・複雑労働 ・労働者貯蓄 ・外国貿易等の諸 問題を捨象す る.そ して,A
を生産手段の投入係数行列,
Jを直接労働の投 入係数ベ ク トル,d
を労働1単位当た りの実質賃金バ ン ドル,
Vを価値ベ ク トル,p
を生産価格ベ ク トル,rを均等利潤率,x を総生産ベ ク トル とす る と,オーソ ドックスな価値決定式 と生産価格決定式はV‑l J A+i
p‑(
i+
r)p(A +dl)(7)前掲拙稿では 「新価値 ‑総付加価値」 としていたが ,誤解を避け るため 『資本論』の ター ミノロジーに戻す ことに した .
(8)M MorishimaandF.Setom,̀AggregationinLeontiefMatricesandtheLabour TheoryofValue'(Econometrica,vol.29,no2,1961)
(9)マル クスは ,賃金 と利潤 (お よび地代)が 「諸商品の価値 の うち,一 日間または一年 間につけ加えられ る労働者たちの総労働がそれに実現 され る部分の全体」(『資本論』第 3巻 ,新 日本 出版社版,1465貢)の分かれた ものだ とい う認識を一貫 して堅持 し,「生産 価格にたいす る労賃 の一般的変動の影響」(同上書 ,第2編第11章)や 「諸収入 とその源 泉」 (同上書 ,第7編)を分析 している.「諸商品の価値 の うち,一 日間または一年間に つけ加えられ る労働者たちの総労働がそれに実現 され る部分の全体」は,『資 本論 』第
1巻 ・第2巻のター ミノロジーでは 「価値生産物」 にはかな らない.
‑2 1 5 ‑
1158
これを前提 として,総価値 ‑総生産価格は
( t l A+l ) x‑( 1 +r ) p( A+dl ) x
給剰余価値 ‑総利潤は( l ‑v dl ) x‑r p( A + dl ) x
総価値生産物 ‑総収入はh ‑pdL K+r p( A+dl ) x
まず ,総価値 ‑総生産価格 と総剰余価値 ‑総利潤が両立す るための条件を みるために ,④式を③式に代入 して整理すれば
(V‑p)(A
+dl ) x‑ 0
したが って,諸部門の生産量が正なら,この2命題が同時に成立す るのは i)すべての商品についてそれぞれの価値 と生産価格が等 しい場合
ii)諸商品の価値 と生産価格の禾離が各部門の生産
1
単位 当た り投下資本の レベルで相殺 され る場合iii)各部門の生産 1単位当た り投下資本の レベルで残 された価値 と生産価格 の蔀離が経済全体 (社会的総生産 の レベル)で相殺 され る場合
のいずれか となる、
正の均等利潤率 (すなわち正の剰余価値率) の存在を前提 とすれば, i) の場合の必要条件 (十分条件 でもある)は,資本の有機的構成がすべての部 門で同一であることである(10).
i)の必要条件が満た されていない ことを前提 とすれば, ii)の場合の必
(10)M Morishima,Marx'sEconomics,CambridgeU PU1973,高須賀義博訳 (東洋経済 新報社,1974年),第7章,参照.
‑2 1 6
‑転化 問題 におけ る総計一致諸命題 の実在 的意義 1159
要条件は
,
2:を未知数 とす る同次連立1
次方程式Z( A+dl ) ‑0 .
が非 自明な解を もつ ことである.これは,行列
A+dl
の階数がn⊥
1以下 の場合であ り,諸部門の拡大投入係数ベク トルが相互に 1次従属 の関係にあ ることを意味す る(ll).ただ し, A+dl
の階数がn‑
1以下 であって も,価 値決定式 と生産価格決定式に よって与えられ るV‑p
が⑦ の解 である保証は ないか ら,これが十分条件であるとはいえない.i) お よびii)の必要条件が満た されていない ことを前提 とすれば,iii) の場合の必要条件 (十分条件で もある)は,x がほかならぬ(9式を満たす よ
うに決 まることである.
次に,組価値 ‑総生産価格 と総価値生産物 ‑総収入の両立条件をみ るため に,⑤式を③式に代入 して整理すれば
( V‑p) Ax ‑0
したが って,諸部門の生産量が正な ら,この
2
命題が同時に成立す るのは i)すべての商品についてそれぞれの価値 と生産価格が等 しい場合i v)
諸商品の価値 と生産価格の禾離が各部門の生産1
単位当た り不変資本 の レベルで相殺 され る場合Ⅴ)各部門の生産 1単位 当た り不変資本の レベルで残 された価値 と生産価格 の蔀離が経済全体 (社会的総生産の レベル)で相殺 され る場合
のいずれか とな る.
i)の場合の必要条件は ,すでにみた.
i
)の必要条件が満た されていない ことを前提 とすれば,i v)
の場合の必(ll)森嶋 ,前掲書 ,第7章 ,参照 .なお,一般に行列の1次独立な行ベ ク トルの最大数 と 1次独立な列ベク トルの最大数は,いずれもその行列の階数に等 しい.
‑217‑
1160
要条件は
,
Zを未知数 とす る同次連立1次方程式z A ‑ 0
が非 自明な解を もつ ことである.これは,行列
A
の階数がn‑
1以下 の場合 であ り,諸部門の投入係数ベ ク トルが相互に1
次従属の関係にあることを意 味す る.ただ し,A
の階数がn‑
1以下であって も,価値決定式 と生産価格 決定式に よって与えられ るV‑p
が⑨の解である保証 はないか ら,これが十 分条件であるとはいえない.i
)お よびi v)
の必要条件が満た されていないことを前提 とすれば,Ⅴ)
の場合の必要条件 (十分条件でもある)は,ガ がほかな らぬ⑧式を満たす ように決 まることである.
さらに,総剰余価値 ‑総利潤 と総価値生産物 ‑総収入の両立条件をみ るた めに ,⑤式を④式に代入 して整理すれば
( vIP) dL r‑ 0
したが って,諸部門の生産量が正なら,この2命題が同時に成立す るのは i)すべての商品についてそれぞれの価値 と生産価格が等 しい場合 v
i)諸商品の価値 と生産価格の蔀離が各部門の生産1単位 当た り可変資本の レベルで相殺 され る場合
v i i
)各部門の生産 1単位当た り可変資本の レベルで残 された価値 と生産価格 の禾離が経済全体 (社会的総生産の レベル)で相殺 され る場合のいずれか となる.
i) の場合の必要条件は,すでにみた,
i)の必要条件が満たされていないことを前提 とすれば,vi)の場合の必 要条件は
,
Z を未知数 とす る同次連立1
次方程式z dl‑
0‑2 1 81
転化問題における総計一致諸命題の実在的意義 1161
が非 自明な解を もつ ことである.これは,行列
d
tの階数がn‑ 1以下 の場 合であ り,諸部門の生産 1単位当た り労働者消費ベ ク トルが相互に 1次従属 の関係にあることを意味す る.ただ し,d
Eの階数がn‑ 1以下であって も, 価値決定式 と生産価格決定式に よって与えられ るvI
P が⑪の解である保証 はないか ら,これが十分条件であるとはいえない.i
) お よびvi)の必要条件が満た されていないことを前提 とすれば,vii) の場合の必要条件 (十分条件でもある)は,∬ がほかな らぬ⑲式を満たす ように決 まることである.
さて,総計一致諸命題 の両立否定論は,以上の三つの場合の諸条件がいず れ も非現実的で一般性を欠 くと判断す るところに成立す る.そ して,この判 断を受け入れれば,総計一致命題 にたいす るスタンスは
i) どれか一つの総計一致命題にのみ経済学的な意義を認める か ,あるいは
ii) どの総計一致命題に も経済学的な意義を認めない かのいずれか とい うことになる.
i) のスタンスは,総価値 ‑総生産価格 ,総剰余価値 ‑総利潤 ,総価値生 産物 ‑総収入のいずれを堅持すべ き命題 と考えるかに よって,三つに分岐す る.た とえば
1 9 4 2
年のSweezyの著書を起点 として6 0
年代初頭 まで続いた第1
次転化問題論争の中では,W internitzが総価値 ‑総生産価格,Meekが総 剰 余価値 ‑総利潤 ,森 嶋 ・Setonが総価値 生産物 ‑総 収入 を想定 して い る(12).彼 らは,必ず しも自らの想定す る総計一致命題 の論拠や含意に完全に(12)P.M.Sweezy,The Theory oJ CapitalistDevelopment,Monthly Review Press, 1942,Chapter7,J.Winternitz,̀valuesand Prices:A Solution ofthe So‑called TransformationProblem'(EconomicJounzal,June1948),RL Meek,'SomeNotes ontheTransformationProblem'(EconomicJournal,March1956),以上の邦訳は伊藤
誠 ・桜井毅 ・山口重克編訳,前掲書に所収,およびM.MorishimaandF.Seton,前掲 論文,参照.
‑2 1 9‑
1162
気づいているとはいえないが,総価値‑総生産価格は諸商品の価値か ら燕離 した生産価格が不等労働量交換をもたらす ことを,総剰余価値 ‑総利潤は資 本の獲得する利潤が労働者階級の搾取にもとづ くことを,総価値生産物 ‑紘 収入は諸階級の獲得する所得が最終的にはすべて労働者階級の行 う生産的労 働に よって形成 されることを,それぞれ示すために必要ない しは好都合な命 題 と考えられている.
これ らにたいして, ii)のスタンスは,やは り第 1次転化問題論争に登場 したDickinsonの指摘に端を発す るといわれ る(13).その特徴は,労働時間で 測 られる価値 と円や ドルのような通貨単位で表示 される価格 との比較は 「次 元の相違」が存在するか ら無意味であるとし,労働価値理論に固有の分析は 稔計一致命題抜 きで実質的に可能だと考える点にある,
Ⅲ.総計一致諸命題の両立諭
総計一致諸命題の両立否定論は,諸命題の両立条件の分析 とい う点ではき わめて強固な論証の構造を持 っているので,その内部的な欠陥を突 くことは ほとんど不可能である.したがって,総計一致諸命題の両立論は,大半が両 立否定論において前提 とされた分析の枠魁みそのものに何 らかの変更を加え る試み となっている.,今 日までに提出された両立論は,おおむね次の 4採型 に分類することができる‖4).
i)生産価格規定変更型 (マル クス転化論の原型) ii)価値裁定変更型
(13)H.D.Dickinson,̀A CommentonMeek'S"NoteontheTransformationProblem"‑
(EconomicJournal,December1956),伊藤誠 ・桜井毅 ・山口重克編訳 ,前掲書に所収 , を参照 .
(14) i)〜iii)の諸頬型は,それぞれの呼称は異なるが,前掲拙稿 「生産価格論における 総計一致命題の 「復活」 と止揚」 で も解介 してい る.
‑2 2 0
‑転化問題における総計一致諸命題の実在的意義 1163
iii)剰余価値率規定変更型 iv)部門構成変化型
i)の生産価格規定変更型は,生産価格式 中の費用価格部分を価値のまま で計上す るもので,その式は次の ようになる.
V‑l J A+l
p ‑(
i+r ) V( A+dt ) ( I‑v dl )x
この場合には,総価値 ‑総生産価格 ,総剰余価値 ‑総利潤 ,総価値生産物 ‑ 総収入の3命題すべてが同時に成立す る.すなわち,⑲式か ら
( l‑v dl ) x‑r v( A+dl ) x
が得 られ るが,これは生産価格規定変更型におけ る総剰余価値 ‑総利潤には かな らない.⑬式の両辺に右か ら ガを掛けて⑮式 と⑫式を考慮す ると,総価 値 ‑総生産価格
V X=PX
も得 られ る.さらに,この⑲式の両辺か ら
v
A∬ を引いて⑫式 と⑬式 を考慮 すれば,総価値生産物 ‑総収入L x : ‑p( I‑A) x
⑰の成立 も明らかである.
この ような生産価格規定変更型は,元来は 『資本論』第
3
巻において,費 用価格部分の生産価格化が遂行 されていない点で不完全であるとい う自覚を 伴いつつ ,いわば分析上の1
次接近 として採用 されていたのだが,1 9 8 0
年代 に入 って,生産価格体系を無時間的な同時決定 の枠阻みではな く投入 ・産 出‑2 2 1 ‑
1164
の現実の流れに沿 った不可逆的 ・継起的な規定関係の連鎖の中で捉え ようと す る試みが推進 され るようになると,投入時点の価格体系 と産 出時点の価格 体系が異なることを示唆 した貴重な理論的貢献 として,一部の論者か ら積極 的に評価 され るようにな った(15).
ii)の価値規定変更塾は,生産価格式中の費用価格部分を価値のままで残 した生産価格規定変更型 とは対称的に,価値式中の投下資本部分を生産価格 で計上す るもので,その式は次の ようになる(16).
V
‑p( A + dl ) + i‑pal
p‑(i+ r ) p( A+dl )
( l
‑pal)
xr=
p
(
A+dl)xここでは,均等利潤率は,②式 と同一 の⑲式か ら相対生産価格 とともに求め られ る.したが って ,⑳式は,与え られた均等利潤率のもとで価値規定変更 型における総剰余価値 ‑総利潤
( l‑pal )x‑r p( A+dL ) x
(15)∫.Ernst,̀simultaneousValuationExtirpated:A ContributiontotheCritiqueofthe Neo‑RicardianConceptofValue'(Review ofJhdicalPoliticalEconomics,vol.14, no2,1982),B.Fine,̀A DissentingNoteontheTransformationProblem'(Economy andSociety,vol.12,no4,1983)お よ び 同 Theoriesof theCapitalistEconomy, EdwardArnold,1982,見野貞夫訳 (多賀 出版,1984年),第8章,G,Carchedi,̀The LogicofPricesasValues'(Economy and Society,vol.13,no4,1984),E.Mandel, 'Gold,MoneyandtheTransformationProblem'(E.MandelandA.Freemaneds., Jucardo,Marx,Sra〃a.Verso,1984).
(16)R D Wolff,A CallariandB.Roberts,̀A MarxianAlternativetotheTraditional ''TransformationProblem"I(Review oJRadicalPolz'ticalEconomics,vol,16,no.2 and3,1984),B.Roberts,̀MarxandSteedman・SeparatingMarxismfrom "Surplus Theory"I(Capz'talandClass,no32,1987),大石堆爾 『マル クスの生産価格論』 (創風 社,1989年).なお,大石の理論展開は部門集計量 レベルの数値例を用 いている.
‑222 一
転化問題における総計一致諸命題の実在的意義 1165
が成立す るように,生産価格の絶対水準を正規化す るもの といえ よう.そ し て,⑲式の両辺に右か ら ガを掛けた ものに㊧式を代入 して整理すれば,総価 値生産物 ‑総収入を表す⑰式が得 られ ,⑳式に さらに⑬式を考慮すれば ,総 価値 ‑総生産価格を表す⑯式 も同時に得 られ る.
この ような価値規定変更型は,諸商品の価値が個別的な投下労働その もの ではな く市場における評価量であるとい う側面を強調 し,投下資本の市場に おける評価量が ,新たな生産過程 (価値実体 の形成過程) の開始に先立 って 与えられ る点に注 目した見解である.生産価格を社会的平均的投下労働 と較 べて量的な意味でもよ り完成 された価値形 態だ と考 え る立場 は , しば しば ルービン派 と呼ばれ る(17).同時に この類型は,資本投下か ら生産をへて商品 の販売にいた る資本循環の諸段階を時系列的に追跡 している点では, i)の 生産価格規定変更型 と類似の発想に もとづ き,投下資本 の一部である労働力 価値 とこれか ら得 られ る剰余価値率が生産価格をベース としている点では, iii)の剰余価値率規定変更型 と共通の特徴を もつ .
iii)の剰余価値率規定変更型は,剰余価値率を生産価格次元の利潤 ・賃金 比率で与えるもので,その式は次の ようになる(18).
V‑v A+l
p‑
(1+r )
(カA+wl)(17)R.Bellofiore,̀A MonetaryLaborTheoryofValue'(Review ofRadicalPoliかcal Economics,vo121,no1and2,1989)は,Rubinその人と 「ルービン派」の同一視を戒
め てい る.
(18)A Lipietz,EThe SoICalled ''Transformation Problern" Revisited'(Journal oJ EcoTZOmicTheory,vol.26,no2,1982),D K Foley,'TheValueofMoney,TheValue ofLaborPowerand the Marxian Transformation Problem'(Review of Radical Political Economics, vol,14,no.2, 1982), D.K.Foley,Understanding Capital, HarvardUniversityPress,1986,G Dumさnil,̀BeyondtheTransformationRiddle.A LaborTheoryofValue'(ScienceandSociety,vo147,no.4,1983‑84).
‑
2 2 3 ‑
1166
L r
‑wh +rbA+wl ) x ( l‑wl ) x
ここで,紺 は貨幣賃金率を表す .生産価格を決定す る⑳式は,費用価格中の 労働 コス トが労働者の消費額 ではな く貨幣賃金額で計上 されている点がオー ソ ドックスな②式 と異なる.⑳式は,総価値生産物‑総収入を表す .⑳式は 剰余価値率eの決定式だが,やは り可変資本の大 きさが価値量ではな く賃金 総額 となってお り,⑳式を考慮すれば,eは生産価格でみた利潤 ・賃金比率 に等 しくなることがわかる.そ して,この体系では,生産価格pと均等利潤 率
r
が,貨幣賃金率 W と剰余価値率e
を所与 として求められる.また,㊨式の両辺か ら
w
h を引けば,剰余価値率規定変更型における総剰余価値 ‑ 総利潤を表す( ト wl ) x‑r bA + wl ) x
も得 られる.しか し,総価値‑総生産価格は一般に成立 しない.それは,㊨
式の両辺に x を掛けて得 られる総価値
v x
の式中の項v
Ax と,⑳式の両辺 に x を掛けて得 られる総生産価格pxの式中の項pAx が一致す る保証が, 存在 しないからである.このような剰余価値率規定変更型は,基本的には二つの主張の うえに構築 されている.第
1
は,国民所得の計算 と同様に,総価値や総生産価格の計算 に際 しては生産手段部分の二重計算を排除 しなければならない,とい うこと である.第2
は,労働者は賃金を現物給付 ではな く貨幣 の一定量 で支払わ れ ,受け取 った貨幣を 自由に支出ない し貯蓄できるのだから,労働力の価値 を特定の賃金財バ ン ドルの価値で与えるのは不適切だ,とい うことである.i v)
の部門構成変化型は,価値から生産価格への転化過程で各部門の生産 量が複数の総計一致命題を両立 させるように変化す ると考えるもので,第 Ⅰ‑2 2 4‑
転 化 問題 に おけ る総計一 致諸 命題 の実在 的意義 1167
節で列挙 した両立条件 のiii), V),vii)に注 目した立場である.しか しなが ら,複数の総計一致命題を常に満たす ように部門生産量を変化 させるメカニ ズムを,一定程度以上の現実性を もって具体的に示す ことは容易ではない.
したが って,純粋な部門構成変化型の定式はいまだ完成 されてお らず ,基本 的には他の諸類型に属す る試みの中に意識的ない しは無意識的に この類型の 着想が混在 している,とい うのが現状であるように思われ る.ただ し,価値 か ら生産価格‑の転化過程 で生産量を可変 とす る想定 自体は,価値次元の部 門利潤率格差に誘発 された資本の部門間移動 とい う形でマル クス以来それな りの現実性を認め られて きた ものなので,今後は,よ り純化 された部門構成 変化型の主張が登場す る可能性 も否定できない(19)
Ⅳ.
転化 問題分析 の枠阻み前節では,総計一致諸命題 の両立論が両立否定論の枠魁みを どの ように改 変 しようとしているのかをみた .本稿 の冒頭で述べた ように,筆者はそ うし た両立論の試みに反対であ り,転化問題 の考察では,相互に独立 した連立
1
次方程式に よって記述 され る価値 と生産価格のオーソ ドックスな規定を基本 的に堅持すべ きだ と考 えている.その論拠を これか ら明らかに しよう.さまざまな価値 と生産価格の規定の中で,いかなる規定が最適であるのか を議論す るには,は じめに転化問題が何を課題 としているのかを明確にす る 必要がある.い うまで もな く,それは,資本制経済の再生産を分析す る際の 基準をなす諸部門利潤率均等の価格体系 (生産価格体系)の成立条件や意味
(19)部門構成変化型 の発想は ,た とえば価値規定変更型に分類 した大石雄爾 の理論 展 開 に混在 している.また ,斎藤正美 「生産価格を集計量で表す ことの限界について一井上 英雄氏の 『価値な らびに生産価格の均衡式』を素材 として‑」 (『政経研 究』 第67号 , 1996年),お よび同 「輸 出におけ る超過利潤 と総計一致2命題」(『経済理論学会年報』第 33集,1996年)において も論 じられている.
‑2 2 5 ‑
1168
杏,諸商品の交換価値 の唯一の究極的実体をそれ らの投下労働に求める理請 (労働価値理論)に もとづいて分析す ることである. したが って,その際に は分析 の前提 として,交換価値 の実体規定や実体規定 と価格形態 との一般的 関連が,あらか じめ明 らかにされていなければな らない.
この ような問題は,『資本論』では
,
「商品の二要因」 と 「労働の二重性」を論 じた第
1
巻第 1章 の最初の2
節および 「労働過程 と価値増殖過程」 と題 された第5章で中心的に扱われている.それに よれば,交換価値 の究極的な 実体は,特定の価格水準には左右 されず ,人間の労働を唯一 の主体的 ・根源 的生産要素 とみる分析視角 (労働過程論の視角)に よって選定 され るもので ある.もとより 『資本論』 には,のちに 「蒸留法」 と名づけ られた論理的に 破綻 した実体規定の手続 きもみ られ るが ,それはマル クスの理論 の積極面で はない(20).また,随所に置かれた 「等価交換」 の想定は,資本制下 の現実的 傾 向ではないことを熟知 した上でのものであった .ところが,こうした点が ,転化問題論争においては往 々に して見失われて きた ように思われ る.その ことは,たとえば転化問題を労働価値理論 の正当 性 もしくは不当性を明らかにす る試金石だ とす る主張(21)や ,投下労働にたい す る社会的評価が量的には生産価格水準に よって表 され る とい う主張(22)の 中に窺われ る.これにはマル クス自身の理論構成や叙述に残 された酸味 さや 不徹底 さも大いに責任があるが ,そ うした主張においては
,
「商 品価値 の生 産価格‑の転化」が ,本来 ,労働に よる交換価値 の実体規定そのものの当否 が判定 され る場ではな く,そ うした実体規定にもとづ く価格水準分析 の有用 性が問われ る場であることが理解 されていない.また,商品交換には交換価(20)労働に よる交換価値 の実体規定は ,論理的には,いわゆる 「蒸留法」に よって価格現 象か ら必然的に導かれ るものではない.
(21) この ような主張は ,労働価値理論をめ ぐる論争において マル クス派 と非 マル クス派 の双方か ら行われた .
(22)これは,前節でも触れたル‑ビン派の主張である.
一2 2 6
‑転化問題における総計一致諸命題の実在的意義 1169
倍 の実体に照 らして等量交換の場合 と不等量交換の場合があ りうる,とい う 単純な場合分けの論理が尽 くされてお らず ,投下労働にたいす る社会的評価
と価格水準の区別ができていない.投下労働を交換価値の究極的実体 とす る 視角か らみて,生産価格下 の交換が一般に不等労働量交換 となる事実は, じ つは理論的にまった く差 し障 りのない ことであって,投下労働量 の異なる商 品 と商品 (貨幣)の間に も直接 ・間接に交換は成立 し,交換 され る諸商品の 投下労働は,必ず しもそれ と同等の労働支配力を獲得 できないままに社会的 分業 の一環であることを立証 されてゆ くのである.筆者の理解では,マル ク スの生産価格論が リカー ドゥのそれにたい して有す る最大の優位性は,労働 に よる交換価値 の実体規定 と等量交換 アプ ローチの間に認め られ る理論的矛 盾を,その実体規定を放棄す るのではな く,不等量交換 アプ ローチを採用す
ることに よって克服 しようとした点に こそ認め られ る.
一方 ,転化問題の課題は ,生産価格体系 と市場価格 ・市場利潤率 との関係 において も明確化 されなければな らない.この点にかん しては,『資本論』第
3
巻第1 0
章に しば しば 「市場価値論」 として論議 の対象 とされてきた錯綜 し た叙述がある.しか し,マル クスが ,いわゆ る 「競争論」 の広大な領域に属 す る分析をまとまった形で提示 しなか った上に,生産価格 の概念を諸資本の 部門間移動に よる諸部門利潤率の均等化 とい うシ ミュレーシ ョンに よって導 出 していたために,転化問題 の解決には,生産価格体系が市場価格 ・市場利 潤率の運動の中か ら形成 され ることが論証 されな くてはな らない,とい う誤 解が蔓延 してきた .しか しなが ら,転化問題 の解明に必要 とされ る生産価格体 系 は ,市場価 格 ・市場利潤率の もとで展開 され る諸資本 の現実的な競争過程か ら抽象 され るものではな く,特定の使用価値生産に固執せずに利潤率最大を追求す る資 本の本質的特性か ら演辞 され るものなのである.生産価格体系が もともとこ の ような清祥的性格を もっていた ことは,マル クスが生産価格の概念を導出 した際の起点が市場価格 ・市場利潤率ではな く価値価格 とその もとでの諸部
一2 2 7‑
1170
門利潤率 (価値利潤率)であった ことや ,その際に想定 された諸資本の部門 間競争 (移動)が不均衡を累積す ることな く一方的に均等利潤率の成立に向 か っていた ことか らも納得 され よう.転化問題に登場す る生産価格の規定が この程度 の抽象度で十分なのは,転化問題がそれ以上の具体的な分析課題を その範囲に含んでいないか らにはかならない.そ こで行われ るべ きことは, 資本が市場経済を包摂す ることに よって成立す る資本制一般 レベルの再生産 の基準価格体系 (生産価格体系)を,資本に よる包摂を捨象す ることに よっ て得 られ る市場経済一般 レベルの再生産 の基準価格体系 (価値価格体系) と 比較す ることである.そ して,労働に よる交換価値 の実体規定を前提にす る と,二つの価格体系の間の乗離は何 らかの不等労働量交換の発生を意味す る ものとして捉 えられ る.また,それぞれの価格体系に よって表 され る交換価 値 の諸部分の源泉を突 き止めることも可能になる.一言でいえば,資本制一 般に固有な不等労働量交換の抽出が ,転化 問題 に固有 の課題 なので あ る.
刻 々と変動す る市場価格の もとでいかなる不等労働量交換が積み重な ってゆ くのかを追跡す ることは,大切な課題ではあるが ,転化問題 の解明の先にあ る問題である.市場で観察 され る現実価格である市場価格は,不等労働量交 換を引き起 こすあらゆ る諸要因が重層的に作用 した結果なので,それ らの諸 要因を一つ一つ分析 した後でなければ,十全に把握す ることはで きない.逆 に,いきな り市場価格か ら出発 したのでは,不等労働量交換を引 き起 こす諸 要因を仕訳す るための基準を欠いて右往左往せざるを得ない.
転化問題 の課題を以上の ように限定す るところか ら,価値 と生産価格の規 定が同一の実物連関を前提 として与えられなければな らない ことがわか る.
また ,価値規定の中に生産価格規定を混入 させた り,生産価格規定の中に価 値規定を混入 させることは匡まなければな らない こともわか る.
いま,か りに価値体系 と生産価格体系がそれぞれ異なる実物連関
A,B
を 前提に していると想定 しよう.そ こで成立す る価値体系 と生産価格体系が量 的に異なる水準であった とした ら,この水準の相違はいったい何を意味す る‑2 2 8‑
転化問題における総計一致諸命題の実在的意義 1171
のだろ うか .それは,もはや必ず しも不等労働量交換の存在を示す もの とは いえない.なぜならば ,実物連関
A
と実物連関B
における諸商品の生産諸条 件が異なっているとすれば ,価値体系のもとで売買 された商品 と生産価格体 系のもとで売買 された商品は,使用価値 は同一で も投下労働が異なる可能性 があるか らである.こ うした難点を回避す るために,それぞれの実物連関の もとで投下労働の計算を行 った り,実物連関A
と実物連関B
の生産諸条件が 同一だ と仮定す るのであれば,それは,価値体系 と生産価格体系に異なる実 物連関を割 り当てた当初の想定を放棄 した も同然である.あるいは,価僧体 系 と生産価格体系に異なる実物連関を割 り当てるのは,転化問題 の課題が不 等労働量交換の抽出ではな く生産価格体系の形成過程 の分析だか らだ ,とい う反論がなされ るか も知れない.しか し,すでに述べた ように,生産価格体 系が現実に形成 され る過程は,時 々の市場価格 と市場利潤率を呪んだ諸資本 の運動の過程 であって,価値体系を起点 とす る諸部門利潤率の均等化過程で はあ り得ない.また,か りに実物連関A と実物連関Bがそれぞれ同一経済の 第t‑1期 と第 七期の状態であるとして も,第 七期の生産価格体系が現実に 形成 され る起点は,第七‑1期の生産価格体系であって価値体系ではない.したが って,転化問題の名のもとに価値体系 と生産価格体系の関連を分析 し なが ら,生産価格体系の形成過程の分析が転化問題の課題だ と考えることに は無理がある.さらにまた ,価値体系 と生産価格体系を時系列的に位置づけ ることの根拠 として,生産価格体系は諸商品の生産過程で投下 された諸労働 が これに続 く流通過程 で評価 され ることに よって形成 され るものだ とい う主 張がなされた とすれば,それは事実上 ,両体系を同一の実物連関を前提 とし た重層的関係 として捉えていることになる.なぜなら,経済全体でひ とまと ま りの実物連関が成立す るのは,少な くとも一つ以上の生産過程 とこれに続
く流通過程を前提 としているか らである.
次に,価値規定 と生産価格規定の混在が不等労働量交換の抽出を妨げるこ とも,容易に確認できる.た とえばいま,価値体系が生産価格 レベルで決定
‑2 2 9
‑1172
された数量の助けを借 りて規定 されているとす ると,そのことは,生産価格 を規定す る諸条件のすべてが価値 の規定にも影響を与えていることを意味す る.ところで,生産価格を規定す る諸条件の中には諸商品の生産価格を投下 労働か ら蔀離 させ る条件が含 まれているか ら,これ らの諸条件は,価値体系 を投下労働か ら禾離 させる役割を も同時に果 た してい る ことにな る. した が って,価値体系 と生産価格体系の双方に関与 している条件に起因す る不等 労働量交換を両体系の蔀離 とい う形で捉 えることは,不可能ない しは不完全 にな らざるを得ない.資本制一般に固有の不等労働量交換を純粋に抽 出す る ためには,比較すべ き価格 (交換価値)体系の一方は資本制一般に固有の諸 条件を導入 して構築 し,他方は資本制一般に固有の諸条件を排除 して構築す
ることが不可欠なのである.
転化問題の課題にかんす る以上の議論を踏 まえれば,前節でみた総計一致 諸命題 の両立論がいずれ もその枠阻みに基本的な難点を もっ ことは明らかで あろ う.生産価格裁定変更型 では生産価格規定に価値規定が混入 してお り, 価値規定変更型 と剰余価値率規定変更型では価値規定に生産価格規定が混入 している.また,部門構成変化型では価値規定の前提 となる実物連関 と生産 価格規定の前提 となる実物連関が異なっている.さらに ,これ らの基本類型 の複合型においてはその難点 もまた複合的に現れ る.
Ⅴ.
総計一致諸命題 の意義第2節でみた ように,オーソ ドックスな価値 と生産価格の親定 を採用する 場合には,転化問題 の解明のためにいかなる総計一致命題の成立を も想定 し ない立場が存在す る.しか しなが ら,資本制 に固有の不等労働量交換の抽出 とい う分析 目的に とって,総計一致諸命題 は重要な意義を もっている.そ し て,とくに留意すべ きことは,総計一致諸命題の意義は,それが成立す る場 合にだけ見出され るものではない とい うことである.総計一致命題には,そ
‑230‑
転化問題における総計一致諸命題の実在的意義 1173
れが成立す る場合にも成立 しない場合に も,それな りの意味がある.
三つの総計一致命題 の中で筆者が成立を想定す るのは,基本的に総価値 ‑ 総生産価格である.ただ し,労働時間の一定量である価値 と貨幣の数量であ る価格をそのまま等置す ることが無意味であることはい うまで もない.商品 の生産に投下 された諸労働 (投下労働)を交換価値の唯一の究極的実体 とす る分析視角 (労働過程論 の視角)か らみて,意味のある等置は,総生産価格 をそれに よって表 され る支配可能な労働量 (支配労働) に変 換す る ことに よって得 られ る労働時間 タームの総計一致である.もとよ り市場経済におけ る諸商品の投下労働は必然的に価格 とい う現象形態を とるのだか ら,分析 の 入 り口の段階でいわゆ る価値価格 と生産価格の間で価格 タームの総計一致を 想定す ることはいっこうに構わない.しか し,価値価格 と生産価格の禾離の 意味を論ず る段階では,マル クス派の分析は結局の ところ労働時間タームに 下 向 してゆ く.以下では,この本質的分析 の レベルで等置が労働時間ターム で行われ ることを明確にす るために,総価値 ‑総生産価格に代 えて総労働価 値 ‑総生産価格価値を用いることに しよう.
総労働価値 ‑総生産価格価値の成立を想定す るのは,それが生産価格体系 の成立に伴 って発生す る不等労働量交換を もっとも包括的に捉 えた命題だか らである.そのことを理解す るには,そ もそ も不等労働量交換 とは何である のかを再認識す るところか ら始める必要がある.不等労働量交換は一般に, 商品流通の背後で異なる量 の労働にたいす る支配力が相互に移転 され る現象 を指 している.そ こで支配の対象 となる労働は,商品の流通過程 ではな く生 産過程 で投下 された ものであって,交換 の条件 (交換比率 ない しは価 格水 準)に よって増加 した り減少 した りは しない.いま,ある価格体系の成立が その未成立の場合には存在 しなか った新たな不等労働量交換を もた らす こと を遺漏な く記述 しようとすれば,そのためには,その価格体系のもとでの諸 商品の支配労働を,その価格体系を成立 させ る固有の諸要因を排除 して構築 された価格体系の もとでの諸商品の支配労働 と量的に比較 しなければな らな
12 3 1 ‑
1174
いが,その場合の諸商品の生産条件 と生産量 (実物連関)紘,分析対象 とさ れた現実の経済ない しは理論的に想定 された経済にかん して,分析対象 とさ れた期間に応 じて与えられるものである.二つの価格体系の背後にある実物 連関が同一であれば,そのもとでの投下労働量 も同一であ り,したがって支 配労働量 も同一でなければならない.前節で述べた ように,価値体系 (正確 には価値価格体系ない しは労働価値価格体系) と生産価格体系は,このよう な意味での同一の実物連関を前提 とした二つの価格体系であるので,そのも とで支配労働の総計である総労働価値 と総生産価格価値は等 しいと想定 され るのである(23)
他方 ,総剰余価値 ‑総利潤や総価値生産物 ‑総収入 といった他の総計一致 命題を (労働時間タームで)想定 したのでは,生産価格体系のもとで発生す る資本制に固有の不等労働量交換を遺漏な く記述することができない.とい うのは,か りに総剰余価値‑総利潤か総価値生産物‑総収入が成立す るとす れば,第
2
節で確認 した ように,総労働価値 ‑総生産価格価値 (総価値‑紘 生産価格)はもはや成 り立たない.総労働価値‑総生産価格価値が成 り立た ないとすれば,生産価格体系の成立に伴 って生ず る総労働価値 と総生産価格 価値の差の由来を説明す るとい う新たな課題が発生す る.この差が何 らかの 不等労働量交換の結果であるとすれば,それは取 りも直 さず総生産価格に対 応す る労働時間タームの総計一致命題 (総労働価値 ‑総生産価格価値)を当 初から想定すべきだった ことを意味す る.また,この差が不等労働量交換以 外の原因によって説明されるとすれば,それは生産価格の表す交換価値の少 な くとも一部が労働以外の実体ない し源泉をもつ ことになって,労働価値理 論の根幹が崩れて しま う.(23)筆者は,労働価値 は正確には市場経済一般の レベルで形成 され る支配 労働 の一種 で あると考 えている.真の投下労働は ,厳密にいえば個 々の商品の生産に歴史的に支 出さ れた諸労働の和以外にはあ り得 ない.これは,いわゆ る個別価値 よ りもは るか に個別 的 ・現実的である.
‑232 ‑
転化問題における総計一致諸命題の実在的意義 1175
この点にかん して予想 され る有力な異論は,総生産価格価値が総労働価値 と一致 しないのは 「労働にたいす る社会的評価換え」が行われたか らだ ,と い うものであろ う.しか しなが ら,そ もそ も私的に投下 された労働が 「社会 的な評価」を受けた結果 ,実際の労働時間 よ りも多量 (少量) の労働 として 通用す るとい うマル クス派の価値論で多用 され る表現は,いったい どの よう な現実を指 し示す ものだろ うか .さらに,い ったん社会的に評価 された労働 が 「社会的な評価換え」の結果 ,以前 よ りも多量 (少量) の労働 として認め られ るとい う表現は,どの ような事態に対応 した ものだろ うか .端的にいえ ば,これ らはすべて,当該商品の投下労働量を市場でそれ と交換可能な他の 諸商品の投下労働量 と比較 して,その大小関係を述べているのである.商品 の投下労働は,その生産に必要 とされた諸労働が労働主体の立場か ら捉え ら れた場合にそ う呼ばれ るので,同 じ労働が所有主体ない しは消費主体の立場 か ら捉 えられた場合には支配労働 と呼ばれ る.しか し,こうした立場の変化 に伴 う呼称 の変化は,生産に必要 とされた労働量 自体 を決 して変 化 させ な い.さらに,各商品の投下労働は,その商品 と引 き換 えに市場で交換可能な 諸商品の投下労働 (すなわち最初の商品の側か らいえば支配労働)が どれだ けの量であって も決 して変化 しない.したが って,それ らを経済全体で集計 した総投下労働は,いかな る価格体系が成立 しようと一定で,かつ総支配労 働に定義上等 しい.「労働にたいす る社会的評価換え」 に よって総 生産価格 価値が総労働価値か ら蔀離す るとい う主張は,こうして論理上 も現実に も成
り立ち得ない神秘主義であることがわかる.
さて ,想定すべ き総計一致命題が総労働価値 ‑給生産価格価値 (総価値 ‑ 総生産価格) であるとすれば,総剰余価値 ‑総利潤や総価値生産物 ‑総収入 といった他の総計一致命題 の (労働時間タームでの)成立が一般に否定 され ることは,繰 り返す まで もない.しか しなが ら,この ことは,しば しば主張 され るように総生産 レベルで総計一致命題を想定す ることの誤 りを証 明す る もので もなければ,労働価値理論そのものの破綻を物語 るもので もない.そ
‑233‑
1176
れ どころか,それは,諸資本間での 「剰余価値の再分配」 とい う周知の不等 労働量交換 とは別種の不等労働量交換が,生産価格体系の形成に伴 って現実 に生 じることを意味 しているのである.すなわち,労働時間タームでみた総 剰余価値 ‑総利潤の不成立は,労働者階級 と社会的総資本の所得に よってそ れぞれ潜在的に支配可能な労働量が,価値価格体系 と生産価格体系のもとで は異なることを示 している.同 じく,労働時間夕‑ムでみた総価値生産物 ‑ 総収入の不成立は,潜在的に支配可能な労働量でみた社会的総資本中の不変 資本部分 と純生産部分の構成比が,価値価格体系 と生産価格体系のもとでは 異なることを示 している.
同一の実物連関を前提に した二つの価格体系の間で このような違いが生ず ることは,何 ら不思議なことではない.そのことを簡単な数値例で確認 しよ ら.いま,ある経済で2種類 の商品 Ⅹ,yが各10単位ずつ存在 し,二つの商 品の
亀A,B
に分けられていると仮定する.A
はⅩ商品2
単位 とy商品6
単 位,BはⅩ商品8単位 とy商品4単位を含む .xとYの労働価値はそれぞれ 5と5,生産価格価値はそれぞれ6と4であるとすれば,総労働価値 ‑総生産 価格価値‑100だが,AとBの労働価値はそれぞれ40と60,生産価格価値はそ れぞれ36と64で異なる.さらに,Aの労働価値40はⅩ商品だけでいえば8単 位に相当するのにたい して,その生産価格価値36はⅩ商品く6単位分にすぎな い.つま り,諸商品の総量にかん して総計一致が満たされていても相対価格 が変化すると,変化前 と同一の商品数量が有する支配労働量は変化するし, 変化後の支配労働量をもたらす商品数量 も変化前 と比べて異な りうる.それ は,た とえば労働者階級の賃金に注 目してみると,価格体系の変化の後でも ち ょうど以前 と同一の諸商品を購入することができ,かつ購入可能な諸商品 の数量が異なっているとい う事態である.この場合 ,生産価格体系下 の利 潤 ・賃金比率が剰余価値率か ら蔀離 し,それに伴 っていわゆる必要労働時間 と剰余労働時間の大 きさもまた両体系間で異なる。労働者階級は,労働力の 販売 (賃金の獲得) と生活手段の購買 (賃金の支出)の両過程でこの ような‑2 3 4 ‑
転化 問題 におけ る総計一致諸命題 の実在的意義 1177
不等労働量交換 (労働価値通 りでない交換)を行 うことに よって,以前 と同 じ消費水準を維持 しうるのである。
最後に,総労働価値 ‑総生産価格価値の想定におけ る難点 として一部の論 者か ら指摘 されている 「二重計算」について触れ よう.この問題にかん して は,特殊な前提のもとで価値体系 と生産価格体 系 の計 算 を行 えば 「二重計 算」の心配はない,とい う類 の反論 もみ られ る(24). しか し,価値体系 と生産 価格体系の計算は,最終的には可能な限 り一般的な諸条件のもとで行われ る べ きであ り,その場合に総労働価値や総生産価格価値 の中に生産手段部分の
「二重計算」が存在す ることは否定で きない .否定 され るべ きは , じつ は
「二重計算」を回避すべ きことであるかの よ うに考 え る こと自体 なのであ る.た とえば生産手段 としての販売時に 「社会的な評価」 を受けた商品の投 下労働が,それを投入 して生産 された商品の販売時に
2
度 目の 「社会的な評 価」を受け ることは,架空の計算ではな く,市場経済におけ る現実の関係で ある.生産手段に限 らず一般に商品は,それが価格を付 されて市場で売買 さ れ るたびに,不等労働量交換ない しは (特殊 なケースでは)等労働量交換を 経験す る.そ して,その投下労働は,繰 り返 し新たな支配の対象 とされてゆ く.したが って,経済全体 でみれば,あたか もノ、イパ ワー ドマネーとマネー サプライの関係の ように ,厳密な意味での総投下労働か らその幾倍かの総支 配労働が形成 され るとみ るのが正 しい.厳密な意味での総投下労働が交換価 値の究極的実体をなす とすれば,交換価値 の直接の実体をなすのは倍加 され た総支配労働なのである(25),転化問題の本来の課題が ,たんにマクロ的集計(24)た と え ば A.Sinha,̀The Transformation Problem.a Crltique ofthe "New Solution"メ,(Review ojRadicalPoliticalEconomics,vo129,no.3,1997)は,転化問題 は全部門の生産期間が同一であることを想定 してお り,産 出 として現れた生産手段 は 同期の他の商品の生産には投入されないので,「二重計算」の指摘は単純な概念上 の誤 解にもとづ くものだ と主張 している.
(25)このことは,個 々の商品の投下労働が立場を換えれば支配労働 であ って両者は実体 的に同一であることと矛盾 しない.
‑235‑
1178
量 レベルで所得分配を分析す ることではな く,その基礎 となる諸商品の価格 水準を不等労働量交換 の重層 と して解 明 してゆ く作業 の一環 で あ る限 り,
「二重計算」 (あるいは 「三重計算
」
「四重計算」等 々)は行われてな らない どころか,行われなければな らない手続 きだ といえ よう.以上 ,本稿では一貫 して,転化問題 の解決には総価値 ‑総生産価格を労働 時間タームで想定す ることが必要であることを主張 して きた .「労働過程論 の視角」か ら行われ る価格分析は,いわゆ る価値法則に よる価格支配の諸側 面を定性的に解明す ることに満足す るのではな く,諸商品の価格水準が ,さ まざまな レベルでさまざまな不等労働量交換を引 き起 こす諸要因が複合的に 作用 した結果であることを,定量的に分析す る方 向で進め られなければな ら ない,とい うのが筆者の基本的な立場である(26)
(26)酒井凌三 「総計一致命題 とその意義」(『名古屋学院大学論集 (社会科学篇)』第27巻第 3号,1991年)は,総剰余価値 ‑総利潤 の不成立が ,相対価格の変化に伴 って同一 の剰 余生産物 にたいす る相対評価が変化す る以上、当然であることを明確に指摘 している.
しか し,総剰余価値 と総利潤の不一致 に よって ,剰余価値 (剰余労働)のたんなる再分 配 とは異なる種類 の不等 労働量交換 の可能性 が生 じる点 を氏 が認 め てい るのか否 か は,判然 としない.