博 士 ( 理 学 ) 陸 榕
学位論文題名
Structure and Specific Biological Activities of Chinese Lacquer Polysaccharides
(中国産漆多糖類の構造と生理活性)
学 位 論 文 内容 の 要 旨
1.はじめに
漆 は美し い塗膜 を形成 し優れ た耐久性 を示すので、アジアでは古くから漆器の材料として用いられてい る 。漆は 酵素重 合、酸素 酸化重 合によ り塗膜 を作る唯一の天然物なので次世代の塗料として注目されてい る 。漆は 主にウ ルシオ― ル、ラ ッカー ゼ酵素 、糖タンバク、多糖類から構成される。ウルシオ―ルの構造 やラッカーゼ酵素によるウルシオ―ルの重合機構などの研究は数多くあるが多糖類の研究例はあまりない。
日本や中国では漆の葉、花、実などを漢方薬として使用している。
漆 多 糖 類 は 、1963年 に 小 田 ら に よ る 酸 分 解 法 によ る 構 成 単糖 の 同 定 、1984年 に 大 島 、熊 野 谿 ら に よるメ チル化 分析法で 部分化 学構造 が推定 された。そこで本研究では、これまでにあまり研究例のない 漆 多 糖 類の 簡 便な 漆構造 解析手 段を確 立ため にNMRスペ クトル を測定 した。 粘度を測 定し、 溶液中 での 構 造 に つい て 検討 した。 さらに 、血液 に対す る生理 活性、抗 腫瘍性 、抗HIV作用など を調ベ 、漆多 糖構 造と生理活性との関係を解明することを目的とした。
2.中国産漆多糖類のNMRによる構造解析
漆 多 糖 は 中 国 産 漆 樹 液 か らSephadexカ ラ ム で 分 離 、 精 製 し た 。GPC測 定に よ り8万6千 と2万3千 の 分 子量 に25モル % と75モ ル % の 割合 で2つ の ピ ーク が 存 在 した が分 離困難 なため このま ま用いた 。 す で に大 島 ら によ って高 度な分 枝構造 を持つ 酸性多 糖である ことが 明らか にされ ている がNMRスペ クト ル の 測定 に よ る構 造解析 は行わ れてい 顔い。13C、1Hスペ クトル では数 多くの シグナ ルが存 在しこの ま ま で は帰 属 困 難で あった 。そこ で、種 々の二 次元NMRを 用いて 構造解 析を行 った。一 次元ス ペクト ルで カ― ボンシ グナル のC1領域 が分離 して現 れたの で、これ までの 小田、 大島ら の構成 糖やメ チル化分析の 結果 を考慮 して、 単糖・ オリゴ 糖の文献 値化学 シフト を詳細 に検討 し主成分はD‐ガラクトースであり、
4‐〇‐メチル‑D‑グルクロン酸、D‐グルクロン酸、L一アラビノ―ス、L−ラムノースからなると考えた。C1シ グ ナ ルを 帰 属 し 、カ ー ボ ン とプ ロ ト ン シグナ ルの相 関が現 れるHMQCス ペクト ルから 対応す るH1シグ ナ ル を 帰属 し た 。プ ロトン ープロ トン相 関が現 れるDQF―COSYスペク トルか らH2シグ ナルを 同定し た。H2 か らH3の 帰 属 はシグ ナルの 重詮り のため 不可能 であっ たので 、NMRバル スのミ キシン グ時間 を変化さ せ る こ とで プ ロ ト ンの 遠 隔 カ ップ リ ン グ が観 測 で き るTOCSYス ペク トル を測定 した。 各単糖 成分のHlと H2、H3、H4、H5ま で の シ グ ナ ル を そ れ そ れ 検 出 す る こ と が 出 来 た 。 こ の 結 果 か らHMQCス ベ ク ト ルに より対 応する カ―ボ ンシグ ナルを帰 属した 。さら に、結 合2っま たは3つ 隔てた カーボ ンまたはプロ トンシグナルを観測することができるHMBCスペクトルから4一く冫‐メチル‐グルクロン酸のメチルプロトン シ グ ナル よ り4位力 ―ポン シグナ ルを帰 属し、 そこか ら3位と5位のプ ロトン シグナル を帰属 した。 これ はHMQCス ベ ク ト ル の 結 果 と 一 致 し た 。 続 い てDQF‑C○SYス ペ ク ト ル の 各H1とH2シ グナ ル の カ ップ リング定数を調ベ、主鎖である1,3 ‑D‑ガラクトビラノースはJ1,2 7.2 Hz、4‑0 ‑メチル‐グルクロン酸は 9.0 Hz、 グルク ロン酸 は8.1 Hzを持 ちB結合 してい ること が明ら かになった。また、側鎖末端に存在する
‑ 35一
L‐ アラピ ノ―ス 、L‐ラムノ―スはJ1.2 3.6 Hz以下になりQ結合であることが分かった。構成糖比をHl プロトンシグナルの積分値から計算し、D‑ガラクトース、4‐〇‐メチル‑D‑グルクロン酸、D‐グルクロン酸、
L‐ ア ラ ビ ノ ― ス 、L− ラ ム ノ ― ス は そ れ そ れ6 2.0% 、28.0% 、3.2% 、2.8%、4.0% で あ り、 メ チル化分析の結果とよく一致することが分かった。
以 上の結 果は、 分校の 数や分枝 に含ま れる糖鎖の長さまでは知ることは不可能であったが、全体の構造 を 調 べ ると き 、NMR測定 が漆多 糖類の 構造解 析にとっ て有効 な手段 である ことを 示し、 構造と 機能と の 関 係 を 調べ る 上で用 いること が出来 ること を明ら かにし た。こ のNMR解析 結果を 基にし て日本 、台湾 、 ベ トナム 、ピルマ 、カン ボジア などの 漆多糖 類の13Cス ペクト ルを測定し、漆多糖の構造が大きく違うこ とを初めて明らかにした。
3.粘度 測定によ る漆多 糖の水 溶液中 での構 造
純水お よび食 塩水中で 粘度測 定を行 った。水溶液中では漆多糖の濃度を9.6 mg/mlから徐々に減じて測 定した。 濃度が 薄くな ると還 元粘度 は急上 昇し高 分子電 解質の性 質を示 した。1.0x 10‑4N,2.Ox10‑4N の希食塩 中では 多糖濃 度0.5 mg/mlま では粘 度が徐 々に上 昇しさ らに薄い濃度になると急激に減少するこ とが分か った。2.0 x10‑3N|0.01N,0.5N|1N食塩中 では多糖 濃度が 薄くなるに従い還元粘度も直線的に 減少した 。還元 粘度が 最も小 さくな った0.5N食 塩中で の固有 粘度は 濃度0への補外から[川=0.085 dI/g と計算で きた。 純水中 の固有 粘度は 粘度曲 線から は計算 出来なか ったのでFuossの式に従って縦軸の値か ら【川= 0.65 dI/gで あること が分か った。
さらに2Nから5Nま での食塩7Jk中で粘度を測定すると、今度は粘度が徐々に上昇するという結果を得た。
これはア ルギン 酸やヒ アルロ ン酸な どの直 鎖状多糖や一般の高分子電解質にはない性質である。漆多糖は 複雑な分 枝構造 を取っ ており 分枝末 端にグ ルクロン酸が結合している。この分枝の内部に対カチオンであ るNaイ オン が 入 り 込む た め に 分枝 鎖 が 押 し広 げ ら れ 、結 果 と し て粘 度 に 反 映す る も のと 推定し た。
以上の ように 詳細な粘 度測定 結果か ら、漆多糖類は、分枝構造に由来する特異凝粘度挙動を示すことを 明 ら か に で き 、 分 子 量 を 考 慮 し 広 が っ た 構 造 で 存 在 し て い る こ と が 示 唆 さ れ た 。
4‐漆 多糖類 の生理 活性
漆は 血行の 改善や 内蔵機 能の強 化、傷 の治療 などの漢方薬として中国や日本では昔から使われている。
葉、 花、実 などが 漢方葉 として 使われ、 単糖、 オリゴ糖、多糖などの糖類が含まれていることから、本研 究で は、漆 多糖類 に着目 して生 理活性を 調べた 。はじめに牛の全血(血しょう)を用いる血液凝固試験を 行っ た。漆 多糖は 酸性多 糖であ るにもか かわら ず抗凝血作用とは逆に血液の凝固を促進する作用であるこ とを 見出し た。特 異顔分 枝構造 がぃずれ かの血 液凝固因子を活性化していると考えた。次に、漆多糖の主 鎖は1,3 ‑p‑D‑ガラクトビラナンであり抗腫瘍性を示すレンチナンやシゾフィランなどと同じ主鎖結合様式 を 持 って い る の でラ ッ ト を 用い る サ ル コ― マ180腫瘍 退行試 験を行 った。各5ひきづ っのラ ットに サル コ ー マ180腫 瘍 細胞 による 腫瘍を 発生さ せ、漆 多糖を 種々の 濃度で腹 腔内注 射およ び経口 投与し た。対 照実 験とし てレン チナン および 何も投与 しない 空試験も行った。この試験系はレンチナンの効果が最も高 く 現 れ る 試 験 系 で あ る 。 腫 瘍 発 生 の7日 目 か ら1週 間 多 糖 を 投 与 し 、 第7、9、11、14、16、18、 21、28、35日 目 ま で 観測 を 続 け 、そ れ そ れ の日 数 の ラ ット の 腫 瘍 の重 さ を 測 った 。 何 も しないラ ッ ト の グル ー プ で は平 均20gの 腫瘍 が 発 生 した が 、 漆 多糖 を1mg/kg腹 腔 内 投与 し た ラ ット の 腫瘍は10 gとな り有意 な差が あるこ とが分 かった 。さらに レンチ ナンで は経口 投与すると全く効かないのに対し漆 多糖 では経 口投与 でも腫 瘍委縮 効果が認 められ た。
漆多 糖 を 硫 酸化 す る こ とに よ っ て 抗HIV作 用 、 抗凝 血 作 用 を調 べ た。抗HエV作用 は、カ ―ドラン 硫 酸 と 比 較 し た 。 す な わ ちHIVの 増 殖 を50% 抑 制 す る 濃 度 (EC50) と 細 胞 毒 性(cc50) で 評 価 す る と 、 分 子 量 や 硫 酸 化 度に よ り 、EC50 0.5 yg/ml,CC50 =457〜>1000 yg/mlと な ル カ― ド ラ ン 硫酸 (EC50 0.13 yg/ml, CC50 >1000 yg/ml)と 同程度 の低毒 性で高 い活性 を持つ ことを 明らかに した。
抗凝 血作用 は、ア メリカ 薬局方 ヘバリ ンカ価 検定法に従って牛血しょうを用いて試験したところ9〜 15 un rt/mgで ある。 硫酸化 度に比 例し、 硫酸化度 が高くなると抗凝血作用も上昇したが、標準デキストラン
― 36―
硫酸23 unit/mgと比較して低い値になった。硫酸化しない漆多糖は細胞毒性は低かったが(CC50 冫 1000 yg/ml)、抗HIV活性は認められなかった。漆多糖の分枝構造による血液凝固促進作用と硫酸基 による抗凝血作用が拮抗して低い抗凝血作用を示すものと推定した。
‑ 37一
学 位 論 文 審 査の 要 旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 助教授 助教授
西村 中田 吉田 佐々木
紳一郎 允夫 孝 直樹
学位論文題名
Structure and Specific Biological Activities of Chinese Lacquer Polysaccharides
(中 国 産 漆多 糖 類 の構 造 と 生理 活 性)
近 年 、 漆 に 関 す る 研 究 が 盛 ん に 行 わ れ て い る 。 し か し 、 そ の 多 く は ウ ル シ オ ー ル の 構 造 や ラ ヅ カ ― ゼ 酵 素 に よ る ウ ル シ オ ― ル の 重 合 機 構 な ど の 目 的 と し て お り 、 漆 多 糖 類 の 医 薬 と し て の 研 究 例 は 未 開 拓 の 分 野 で 、 今 後 の 発 展 が 待 た れ て い る 状 況 に あ る 。 本 論 文 は 、 こ の よ う な 現 状 に あ る 漆 多 糖 類 に つ い て 、 一 次 元 及 ぴ 二 次 元NMRを 用 い て 、 漆 多 糖 の 構 造 を 解 明 し た 。 粘 度 を 測 定 し 、 溶 液 中 で の 構 造 に つ い て 検 討 し た 。 さ ら に 、 血 液 に 対 す る 生 理 活 性 、 抗 腫 瘍 性 、 抗HIV作 用 な ど を 調 ベ 、 漆 多 糖 の 構 造 と 生 理 活 性 と の 関 係 を 解 明 す る こ と を 目 的 と し た も の で あ る 。
1)漆多糖 類のNMRによる 構造解 析
漆 多 糖 は 中 国 産 漆 樹 液 か ら 分 離 、 精 製 し た も の を 用 い た 。 種 々 の 二 次 元NMRを 用 い て 構 造 解 析 を 行 っ た 。 一 次 元 ス ペ ク ト ル でC1領 域 が 分 離 し て 現 れ た の で 、 単 糖 ・ オ リ ゴ 糖 の 文 献 値 化 学 シ フ ト を 詳 細 に 検 討 し 主 成 分 はD‑Galで あ り 、4− 〇 ―Me‑D‑GlcA、D‑GlcA、L・ Ala、 L‑Rhaか ら な る と 考 え た 。C1を 帰 属 し 、HMQCでH1を 帰 属 し た 。DQF‑COSYか らH2 を 同 定 し た 。H2か らH3の 帰 属 は シ グ ナ ル の 重 な り の た め 不 可 能 で あ っ た の で 、NMRバ ル ス の ミ キ シ ン グ 時 間 を 変 化 さ せ る こ と で プ ロ ト ン の 遠 隔 カ ッ プ リ ン グ が 観 測 で き るTOCSY を 測 定 し た 。 各 単 糖 成 分 のH1とH2、H3、H4、H5ま で の シ グ ナ ル を そ れ そ れ 検 出 す る こ と が 出 来 た 。 こ の 結 果 か らHMQCに よ り 対 応 す る カ ー ボ ン シ グ ナ ル を 帰 属 し た 。 さ ら に 、 結 合2っ ま た は3つ 隔 て た カ ― ポ ン ま た は プ ロ ト ン シ グ ナ ル を 観 測 す る こ と が で き るHMBC か ら4‑O‑Me‑D‑GlcAの メ チ ル プ 口 卜 ン シ グ ナ ル よ りC4を 帰 属 し 、 そ こ か らH3とH5を 帰 属 し た 。 こ れ はHMQCの 結 果 と 一 致 し た 。 続 い て DQF―COSYス ペ ク ト ル の 各H1とH2シ グ ナ ルの カップ リング定 数を調ベ 、主鎖 である1,3ーD‐GaIPはJ1.2 7.2Hz、4‐〇‐Me‐D‐G|幽は 9.0Hz、D―G|cAは8.1Hzを 持 ち6結 合 し て いる こ と カs明 ら かに な っ た。 ま た 、側 鎖 末 端 に 存 在 するL‐Ala、L‐RhaはJ1.2 3.6Hz以 下に な りQ結 合 で ある こ と が 分か った。構 成糖比 を H1の積 分 値 から 計 算 し、D‐Ga| 、4‐〇 ‐Me‐D‐GIcA、D‐GalA、L−Ala、L‐Rhaはそ れそれ 62.0%、28.0% 、3.2% 、2.8%、4.0%で あり、メ チル化 分析の結果とよく一致することが分
ー 38 ‑