博 士 ( 農 学 ) 鈴 木 克 昌
学位論文題名
Metabolomics of Rice Root Exudates (イネ根分泌物のメタボロミクス解析)
学位論文内容の要旨
植 物は その 光合 成産 物の う ち5〜 30%と 、相当な部分をthizodepositionとして根 から放出するこ とが知られている。それら根分泌物は周辺環境の物理化学的改変や根の先 端の保護など、 様々な役割を持っと考えられている。特に生物的影響のなかでも大きなも のとして根圏効 果が挙げられる。これまでの研究で、根分泌物による根圏微生物叢への影 響として真菌′ 細菌の群集構造や、微生物の機能遺伝子の分布が変化することが知られて いる。また、植 物はストレス耐陸機構の一環として根分泌物を介した根圏微生物やアーバ スキュラー菌根 菌(AMF)との共生を行ってい る。それらの貧栄養条件下での養分獲得にお いて欠かせない 共生機構は、根から放出される多くのシグナル伝達物質によって制御され ていると推定さ れる。しかし、根分泌物の多くは微生物によって容易に分解される化合物 から構成されて おり、無菌的栽培が困難なためもあり、これまで詳細な分析がなされてこ なかった。有機 酸やアミノ酸、各種の二次代謝産物などといった、根圏に存在する特定の 化合物を対象と した研究例はいくっかあるが、根分泌物全体について網羅的な解析を行つ た例はこれまで 認められなぃ。そこで本研究ではまずイネを無菌的に水耕栽培する手法を 確立した。これ により微生物の混入による影響無しに根分泌物を効率よく回収することが 可能になった。 この系を用いて、異なるりン(P)栄養条件下で栽培したイネ幼植物体の水 耕 培養 液か ら根 分泌 物を回収し、gas chromatography‑mass spectrometry (GC‑MS)、お よ びultra performance liquid chromatography (UPLC)/TOF‑MSといったメタボロミク ス的手法によっ て以下の解析を行った。
無菌水耕栽培法の確立
従来 用い られ てい た無 菌 水耕 栽培 法で は植 物種 の要 求に より 水耕 培養 液への通気 を要すること、また植物二個体あたりの占 有スペースが大きいことなどから、複数処理、
多反復での実験には不適当であった。そこ で我々は1)通気が不要であること、2)1個体が 比較的小型であること、の2条件を満たす植物種として、イネ(Oryza sativa L.)の幼植物 体を選定した。表面殺菌したイネ(O. sativaL.cv. Nipponbare)の種子をMS‑ gelrite平板 培地 に播 種し て暗 所に2日間静置して発 芽させた後、人工気象器に移し、水耕培養液を4 日 ご と に 交 換 し なが ら生 育さ せた 。栽 培に は500 mL容 の保 存ビ ンま たは50 mL容の 試 験管を用いた。栽培装置の上部は滅菌済み のポリプロピレンフイルムで覆い、一部を通気 可能 な紙 片で 置換 した 。無 菌 状態 は、 市販 の1/10強度に希釈したSCD培地に水耕液を添 加して確認した。今回確立した栽培手法は 、既存の安価な装置の組み合わせで作成可能で ある。以上のように、無菌水耕系を確立す ることにより、根分泌物の正確な測定が可能と な っ た 。 ま た こ の 系 に よ り 、 微 生 物 接 種 の 効果 も明 確に する こと が可 能 とな った 。 GC‑MSによ る解 析
根 分泌 物に 含ま れる 化合 物の 中で も主 に一 次代 謝産 物 につ いて 解析するため、主
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とし て低 分子 量帯 域、m/z50・600の 化合 物を対象としたGC.MS分析 を行った。前項で 確立した手法を用いてイネをP欠乏条件(−P)およぴ標準条件(対照区、十P)下で無菌的に水 耕 栽 培 し た 。 処 理4日 目 お よ ぴ8日 目 に 水 耕 培 養 液 を 交 換 す る 際 に25mLの う ち5mL を回 収し て凍 結乾 燥し 、残 渣を100pLの超 純水に再懸濁した後再度凍 結乾燥し、乾固物 を100江Lの冷 メタ ノー ルで 溶出 する こ とで50倍 に濃 縮し た。GC.MSに おいては、水耕 培養 液か ら多 数の 糖やアミノ酸を含む78の主要ピークが検出され、そ のうち70の同定/
推定 に成 功し た。 また、GC.MSで検出、同定されたピークエリア値に ついて主成分分析
(PC心、正交偏最小二乗法弁別分析くo‐PLS‐D心といった多変量解析を行った。PCAでは 8日 目に お いてP処 理の影響が明瞭ではなかった。これは栽培日数の経 過による影響が大 きか った ためP処理 の影 響が 不明 瞭に なっ たと考えられる。そこで0.PLS―DAによる解 析を 実施 した 。こ れはP処理 、栽 培日 数の それぞれに応答する成分を 抽出した上で判別 分析 を行 うも ので ある 。こ れに より4日目 、8日目のいずれにおいてもP処理による分離 が明確になった。その際、Y‐アミノ酪酸(GAB鋤、単糖の一種およぴ未同定の2化合物が P処理に応答して有意に変動していることが明らかになった。
UPLC/TOF‑MSによる解析
分 子 量 帯 域m/z 100‑1000を 対 象 と し たUPLC/TOF‑MSに よ り 、GC‑MSで は 検 出 不可能な高分子量帯域の化合物についても分析を行った 。前項と同様にP欠乏条件(‑P) お よぴ標準条件(対照区、+P)下で無菌的に水耕栽培したイネの水耕培養液から処理4日目 お よ ぴ8日 目 に 根 分 泌 物 を 回 収 し た 。100 FLLの メタ ノー ルに 溶出 し たサ ンプ ルを 、 UPLC/TOF‑MSによ る分 析に 供し た。 検出 され たtotal ion chromatography (TIC)に つ い てMarkerLynxlMを 使 用 し てPCAを 行 っ た。ESI positive modeで 検 出さ れた ピー ク 群 はPCAによ ってP処理 およ び栽 培日 数に 応じ て明 瞭な 分離 を 示し たが、栽培日数の経 過 による変動の方がより顕著であった。ESI negative modeで検出されたピークについて は 良好な分離が見られなかったため、以後の解析からは割 愛した。ESI positive modeで 検 出 さ れ た6481の ピ ー ク の う ち 、PCAに おい て0.05以 上の 有意 差を 示し た704のピ ー ク に つい てさ らに 解析 を行 い、P処理 およぴ栽培日数によって25%以上の増減を示した ピ ーク群を可視化した。両処理に対して応答したグループ の中で最大のものは、P処理の 有 無 に関 わら ず処 理8日目 で増 加 した163のピ ーク 群で あっ た 。次 に大きかったのは、
処 理4日 目に おい て−P処理 によ り増 加し た140のピーク群であっ た。また、これら処理 や 栽 培 日 数 に 応 じ て 変 動 し た ピ ー ク 群 に つ い て 元 素 組 成 の 推 定 を 行 っ た 。 今回 確立 され たイ ネ幼 植 物体 の無 菌栽 培手 法の 活用 によ り、 根分泌物の無菌的回 収およぴ網羅的分析が可能になった。本研 究ではイネの根分泌物に含まれる化合物におい て 、GC‑MSではP処 理に 応じ て変 動し た 化合 物は4種 であ り、 栽培 日 数の 経過 に伴 って 58種 の化 合物 が変動したのと比較し て少数であった。対照的に、比較的高分子帯の化合 物 を 対 象 と す るUPLC/TOF‑MSで は 、 多 数の ピー クがP処 理に 応答 し て変 動し た。 この 分 析 か ら 、根 分泌 物のP処理 に対 する 反応 は、 低分 子領 域くGC‑MS)より も高 分子 領域 (UPLCITOF‑MS)で顕 著で ある こと が明 らか となった。根分泌性の一次代謝産物(比較的 低分子量)は周辺微生物によルエネルギー 源や構成化合物として利用されるが、主として 生育段階により大きく変動し、P栄養条件などの周辺環境の影響をさほ ど受けなぃと考え られる。一方、根分泌性の二次代謝産物(比較的高分子量)は周辺へのシグナル伝達や根圏 における植物・微生物共生関係に影響を及 ぼす可能性があり、P栄養条 件により敏感に反 応してその構成を変化させることが示され た。したがって、これら網羅的な解析により、
特別な根分泌化合物が放出され、根圏機能 を改良していると推定された。特に、分泌され た二次代謝産物の種類が多いことから、微 生物の栄養源というよりは何らかのシグナル機 能を持つ化合物が分泌されていると推定さ れた。これらの知見は今後、植物根‐微生物間 相互作用の解明に大きな進展をもたらすと 期待される。
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学位論文審査の要旨 主査 教 授 大崎 満 副査 教 授 松井 博和 副査 助 教 渡部 敏裕 副査 准教授 松浦英幸
学位論文題名
Metabolomics of Rice Root Exudates
(イネ根分泌物のメタボロミクス解析)
本 論 文 は56頁 、 参 考 文 献1報 、 図25、 表6か ら 構 成 さ れ た 英 語 論 文 で 、 他 に 参 考 論文 が1 報 付属している。本論文の目的 は、根からの分泌物を解析 するために、1)無菌培養系を開発し、
2) 分泌された、一次代謝産物 (比較的低分子量)と二次代 謝産物(比較的高分子量)の網羅的機 器 分析法を開発し、3)それら を用いて、リン栄養が根分泌物に及ばすメタポロミクス解析をおこな う ことにある。
植 物は 光合 成 産物 のう ち相当部分をthizodepositionとしてその 根から放出することが知ら れ て い る 。そ れら 根分 泌物 に は周 辺環 境の 物 理化 学的 改変 や根 の 先端 の保 護、 植物 根 圏微 生物 叢の変化などさまざまに 作用すると考えられている 。しかし、分泌物の多くは微生物によって容易 に分解されてしまうため 、これまで詳細な分析がな されてこなかった。本研究ではまずイネを無菌 的に水耕栽 培し、微生物の影響無しに 根分泌物を効率よく回収する 手法を確立した。っぎに、 異 な る り ン(P)栄 養 条 件 下 で 栽 培 し た イ ネ 幼 植 物 体 の 水 耕 培 養液 から 根 分泌 物を 回収 し、gas chromatography‑mass spectrometry (GC―MS)、およびultra perfomanCeliquidChromatography
(UPLC)/TOFーMSと い っ た メ タ ボ ロ ミ ク ス 的 手 法 に よ っ て 以 下 の 解 析 を 行 っ た 。 無 菌水耕栽培法の確立
従 来の 無菌 水耕 栽培 法 では 水耕 培養 液 への 通気 を要 すること、また一個体あ たりのスペース が 大きいことなどから、複数処 理、多反復での実験には不適当であった。そこで、1)通気が不要で あ ること、2)1個体が比較的小 型であること、の2条件を満たす植物種として、イネ(Oryza sativaL cv. Nipponbare)の幼 植物 体を 選定 し た。 表面 殺菌 し たイ ネ種 子をMS平 板 培地 に播 種し て2日 間 発 芽さ せた 後、 水耕 培 養液 を4日ご とに 交換 しな が ら生 育さ せた 。 栽培 には500 mL容の保存 ビ ン また は50 mL容の 試験 管を 用いた。栽培装置の上 部は滅菌済みのポリプロピ レンフイルムで 覆 い 、 一 部 を 通 気 可 能 な 紙 片 で 置 換 した 。無 菌状 態 は、 市販 の1/10強 度 に希 釈し たSCD培 地 に 水耕液を添加して確認した。 以上のように、無菌水耕系を確立することにより、根分泌物の正確 な 測定が可能となった。またこ の系により、微生物接種の効果も明確にすることが可能となった。
GC―MSによる解析
根 分 泌物 に含 ま れる 化合 物の 中で も 主に 一次 代謝 産 物に つい て解 析す る ため 、GCーMS分析 を行 った。前項で確立した手法を 用いてイネをりン欠乏条件(‑P)および標準条件(対照区、+P)下 で 無 菌 的 に 水 耕 栽 培 し た 。 処 理4日 目 お よ び8日 目 に 水 耕 培養 液を 交換 す る際 にそ の一 部を
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回 収し て凍 結乾 燥 し、 乾固 物を メ タノ ールで抽出して50倍に濃 縮した。GC―MSにおいては多 数 の 糖や アミ ノ酸 を含む78の主要ピー クが検出され、そのうち70の 同定/推定に成功した。また 、 GC―MSで検 出、 同 定さ れた ピー ク エリ ア値 にっ いて 主 成分 分析(PCA)、正交偏最小二乗法弁 別 分析(OーPLS―DA)といった多変量解析 を行ってりン(P)処理および 栽培日数の影響を抽出した。
PCAで は8日 目 に お い てP処 理 の 影 響 が 明 瞭 で は な か っ た が 、0―PLSーDAの 導 入 に よ り4日 目、8日目の いずれにおいてもP処理によ る分離が明確になった。
UPLC/TOFーMSによる解析
GC―MSで は 検 出 不 可 能 な 高 分 子 領 域 の 化 合 物 に つ い て 、UPLC/TOF―MSに よ る 分 析 を 行 った。前項と同様にりン 欠乏条件(‑P)および標準条件 (対照区、+P)下で無菌的に 水耕栽培したイ ネ の 水 耕 培 養 液 か ら 処 理4日 目 お よ び8日 目 に 根 分 泌 物 を 回 収 し 、UPLC/TOF―MSで 検 出 さ れたtotal ion chromatography (TIC)についてPCAを行 った。ESI positive modeで 検出されたピ ー ク 群 はPCAに よ っ てP処 理 お よ び 栽 培 日 数 に 応 じ て 明 瞭 な 分 離 を示 した が、 栽培 日 数の 経 過 に よ る 変 動 の 方 が 顕 著 で あ っ た 。 検 出 され た6481の ピ ーク のう ちPCAに ねい て0.05以上 の 寄与 率を 示し た704の ピ ーク につ いて さら に 解析 を行 い、P処 理お よび 栽 培日 数に よって25%以 上の増減を示したピーク 群を可視化した。両処理に対 して応答したグループの中で最大のものは、
P処 理 の 有 無 に 関わ ら ずD8で増 加し た163の ピー ク 群で あっ た。 次 に大 きか った のは 、D4に お いてーP処理により増加し た140のピーク群であった。
今 回確 立さ れた イネ 幼 植物 体の 無菌 栽培 手 法の 活用 によ り 、根 分泌 物の 無菌 的 回収 およ び 網 羅 的 分 析 が 可 能 に な った 。GCーMSに おい てはP処 理に 応じ て 変動 する 化合 物 は栽 培日 数の 経 過 に 伴 う 変 化 と 比 較 して 少数 で あっ たの に対 し 、UPLC/TOF―MSで は 多数 のピ ーク がP処理 に応 答して変動することが示唆 された。これにより、根分泌性のー次代謝産物(比較的低分子量)
は周 辺微生物によルエネルギー 源や構成化合物として利用さ れるが、主として生育段階 により大 きく 変動し、P栄養条件などの周 辺環境の影響をさほど受け ないと考えられた。一方、根分泌性の 二 次 代謝 産物 (比 較的 高 分子 量) は周 辺へ のシグナル伝達や根 圏における植物ー微生物共生 関 係 に 影響 を及 ばす 可能性があり、P栄 養条件により敏感に反応し てその構成を変化させること が 示さ れた。したがって、これら 網羅的な解析により、特別な根分泌化合物が放出され、根圏機能を 改良 していると推定された。特 に、分泌された二次代謝産物 の種類が多いことから、微 生物の栄 養源 というよりは何らかのシグ ナル機能を持つ化合物が分泌されていると推定された。これらの解 析 法 の確 立と それ によ っ て得 られ た知 見は 今後、植物根―微生 物間相互作用の解明に大きな 進 展を もたらすと期待される。
よ って、審査員一同は、鈴木 克昌が博士(農学)の学位を 受けるのに十分な資格を有 するもの と認 めた。
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