ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著『ドイツ昔話集』(一八五七)試訳(その三) 鈴木滿訳・注・解題
お断り
編著者ルートヴィヒ・ベヒシュタインに関しては、鈴木滿訳・注・解題「ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著『ド イツ 昔 メルヒェン 話 集』 (一八五七)試訳(その一) 」( 「人文学会雑誌」第四〇巻第四号、二〇〇九 ・ 三月)の「まえがき」をご 参照ください。 なお、目下のところ底本としては ヴァルター・シエル フ (( ( の注とあとがき付きで、ルートヴィヒ・リヒターの一八七葉の挿絵が入った下記Ludwig Bechstein: Sämtliche Märchen. Wissenschaftliche Buchges
ellschaft. Darmstadt (972. と共に ハンス=イェルク・ウタ ー (2 ( 編の下記 L ud w ig B ec hs te in : M är ch en bu ch . N ac h de r A us ga be v on ( 85 7, te xt kr itis ch r ev id ie rt un d du rc h R eg ist er
『ドイツ
昔
メルヒェン話
集』
(一八五七)試訳(その三)
鈴木滿
訳・注・解題
ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著
erschlossen. Herausgegeben von Hans-Jörg Uther. Eugen Diede
richs Verlag. München
(997. をも用いている。 後 者 は Ludwig Bechstein Märchen と し て 二 巻 本。 第 一 巻 が D M B ( 一 八 五 七 )。 た だ し 挿 絵 は 一 切 無 い。 第 二 巻 は NDMB 。「世界の民話」 Die Märchen der Welitliteratur (略称 M d W )シリーズの一つである。共に簡単ながら、 古 語、 方 言 な ど ド イ ツ 語 圏 の 一 般 読 者 に と っ て 難 解 な 語 彙 一 覧 が、 収 録 さ れ た 昔 メ ル ヒ ェ ン 話 番 号 別 に 付 い て い る。 シ ェ ル フ 注 釈 テ キ ス ト に は 稀 な が ら 存 在 し た 誤 植 が、 こ ち ら で は 訂 正 さ れ て い る。 M d W の 方 針 に 従 い、 全 て の 昔 メ ル ヒ ェ ン 話 の 注 中 に A T 番 号 と そ の タ イ ト ル( A T の 英 語 タ イ ト ル で は な く ド イ ツ 語 で ) が 必 ず 示 さ れ て い る。 更 に、 全 て の 昔 メ ル ヒ ェ ン 話 に 番号が付されている。 ただし、注自体はシェルフ注釈テキストの方が遥かに詳細なので、両テキストを相互に補完させるのがよろしかろ う。 ちなみに訳文中の[ ]内、その他の部分の〔 〕内は訳者の補足である。 訳注・解題略記号凡例 AT アンティ・アールネ/スティス・トンプソン編著『民話の話型』 Antti Aarne / Stith Thompson: The Types of the Folktale. Suomalainen
Tiedeakatemia. Academia scientiarum Fennica. Helsinki
(964. A T U ハ ン ス = イ ェ ル ク・ ウ タ ー 著『 国 際 的 民 話 の 話 型 』 Hans-Jörg Uther: The Types of Internatinal Folktales. A Classification and Bibliography.
3 Vols. Academia scientiarum Fennica. Helsinki 2004.
A T の増補改訂版。 BP ヨハンネス・ ボ ルテ/ゲオルク・ポリーフカ編著『 KHM 注釈 』 Herausgegeben von Johannes Bolte / Georg Polívka: Anmerkungen zu
den Kinder- und Hausmärchen der Brüder Grimm.
5 Bde. Georg Olms Verlagsbuchhandlung. Hildesheim
(963. DMB (一八四五) ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著『ドイツ 昔 メルヒェン 話 集』
Ludwig Bechstein: Deutsches Märchenbuch
(
1845
ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著『ドイツ昔話集』(一八五七)試訳(その三) 鈴木滿訳・注・解題 DMB (一八五七) ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著『ドイツ 昔 メルヒェン 話 集』
Ludwig Bechstein: Deutsches Märchenbuch
( 1857 ). DS グリム兄弟編著『ドイツ伝説集』
Brüder Grimm: Deutsche Sagen.
第一巻(一八一六) 。第二巻(一八一八) 。 E M ク ル ト・ ラ ン ケ 創 始 / ロ ル フ・ ヴ ィ ル ヘ ル ム・ ブ レ ー ド ニ ヒ 編『 昔 メ ル ヒ ェ ン 話 百 科 事 典 』 Begründet von Kurt Ranke. Herausgegeben von Rolf W ilh elm B re dn ich z us am m en m it H er m an n B au sin ge r: E nz yk lo pä die d es M är ch en s: H an dw ör ter bu ch z ur h ist or isc he n un d ve rg lei ch en de n
Erzählforschung. Walter de Gruiter. Berlin [u.a.]
(977-. H d A ハ ン ス・ ベ ヒ ト ル ト = シ ュ ト ロ イ ブ リ 編『 ド イ ツ 俗 信 事 典 』 Herausgegeben von Hanns Bächtold-Sträubli: Handwörterbuch des deutschen Aberglaubens.
(0 Bde. Walter de Gruiter. Berlin / New York
(987. H d M 『ドイツ 昔 メルヒェン 話 便覧』
Handbuch des deutschen Märchens.
このうち二巻のみが一九四〇年までに刊行された。 EM の前身。 K H M グ リ ム 兄 弟 編 著『 子 ど も と 家 庭 の た め の 昔 メ ル ヒ ェ ン 話 集 』 Kinder- und Hausmärchen gesammelt durch die Brüder Grimm. 初 版 第 一 部 (一八一二) ・第二部(一八一五) 。決定(第七)版(一八五七) 。 M d W 「 世 界 の 民 話 」 Die Märchen der Weltliteratur. Begründet von Friedrich von der Leyen. Herausgegeben von Kurt Schier und Felix
Karlinger. Eugen Diederichs Verlag. Düsseldor-Köln.
NDMB (一八五六) ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著『新ドイツ 昔 メルヒェン 話 集』
Ludwig Bechstein: Neues deutsches Märchenbuch
( 1856 ). V d D ヨ ー ハ ン・ カ ー ル・ ア ウ グ ス ト・ ム ゼ ー ウ ス 著『 ド イ ツ 人 の 民 話 』( 一 七 八 二 ─ 八 六 ) Johann Karl August Musäus: Volksmärchen der Deutschen. 5 Teile.
二三
べっぴんさんの花嫁御寮
昔 む か し、 可 愛 ら し い 田 舎 娘 が、 飼 っ て い る 牝 牛 の 餌 を 集 め に 森 に 入 っ た。 何 の 懸 念 も な く の ん び り 草 を 刈 っ て い た と こ ろ、 突 然 四 人 の 盗 賊 が 現 れ、 こ の 子 を 取 り 囲 み、 情 け 容 赦 も あ ら ば こ そ、 む り や り 一 緒 に 連 れ 去 っ た。 娘 は 思 う さ ま 叫 び、 も が き、 哀 訴 嘆 願 し た ん だ け ど ね。 盗 賊 た ち は 少 女 の ふ る さ と か ら 遠 く 離 れ た 小 お 暗 ぐら い 森 の 中 に 家 を 一 軒 持 っ て い て、 こ こ に 屯 たむろ し て い た。 連 中 が 略 奪 に 出 か け る と き は、 い つ も 少 な く と も 何 人 か が 留 守 番 役 で 残 る。 さ て、 盗 賊 た ち は、 ふ る さ と か ら 攫 さら っ て 来 た こ と は 別 と し て、 そ れ 以 上 娘 に 危 害 は 加 え な か っ た。 彼 女 は 煮 炊 き、 洗 濯 と い っ た い ろ ん な 家 事 を や ら な け れ ば な ら な か っ た。 そ れ 以 外 は ま ず ま あ 安 楽 な 暮 ら し だ っ た が、 い つ も 厳 重 に 見 張 ら れ て い た。 と こ ろ で 盗 賊 た ち は こ の 子 に、 べ っ ぴ ん さ ん の 花 嫁 御 寮、 と 名 前 を 付 け た の さ。 さ て、 こ ん な 具 合 に 娘 は も う 何 年 か 盗 賊 の 棲 す み か 処 で 過 ごルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著『ドイツ昔話集』(一八五七)試訳(その三) 鈴木滿訳・注・解題 していたところ、ある時大きな 仕 や ま 事 が企まれ、こいつをうまくやり遂げたければ、一味徒党が総勢で掛からなくっち ゃならない、というしだいになった。 娘は盗賊の巣窟での暮らしにどうやらすっかり馴染んだ様子で、これまでついぞ逃げ出そうとしたこともなかった し、実際の話、人の住まない森を抜ける道を見つけるのは難しくもあるし──そう首領は考えた──今回は一人きり、 見張り無しで森の家に残されることになった。でも、盗賊たちがいなくなった途端、べっぴんさんの花嫁御寮は、ど う し た ら 見 咎 め ら れ ず に 逃 げ 出 せ る か、 思 案 に 耽 っ た。 急 い で 藁 人 形 を 拵 こしら え、 日 頃 着 て い た 服 を 着 せ、 被 っ て い た 頭巾を被らせた。自分はというと、頭のてっぺんから足の先まで蜂蜜を塗りたくり、それから[羽根布団の中身の] 羽根の中をごろごろ転げ回ったので、どこのだれやら皆目分からなくなってしまって、奇妙 奇 き 天 て 烈 れつ な鳥みたいに見え た。元の衣装を纏った人形は玄関の上の窓の一つに寄せ掛け、外を覗かせた。もっとも顔は隠しておいたけど。それ が済むと雲を霞と一目散。 娘が逃亡を計画しているんじゃないか、と首領がふっと思いついたのか、それとも何か忘れ物でもあったのか、い や、とにかくね、やっこさん、手下の盗賊を数人家へ帰したもの。てなわけで、羽根の生えたへんてこりんはこいつ らに途中でばったり出くわしちまった。でも、盗賊たちは、これはだれだか見分けがつかないが仲間の一人だ、と思 い込み、げらげら笑って、こう問い掛けた。 「どけ行く、どけ行く、羽根袋どん、 べっぴんさんの花嫁御寮はいったい何をしてござ る (3 ( 」。
まさにそのご当人のこちらはびっくり仰天したけれど、勇気を奮い起こし、作り声でこう返辞。 「あの子はうち中掃除して、 窓から外を眺めているでし ょ (4 ( 」。 こうして盗賊たちの目を紛らわせ、うまく森から抜け出しもして、娘はとある村に辿りつき、着る物を買い、風呂 にも入った。それから長旅をしたあげくだったけれど、無事息災でふるさとに戻った。それに、盗賊の棲処にあった 飛び切り上等の品物を、置いてきぼりにしたりしないでお給金代わりに戴いて来たから、裕福な暮らしもできたし、 やがて頼もしい若者と結婚した。 例の盗賊たちだけどね、家が目に入ると、べっぴんさんの花嫁御寮の姿が窓際に見えたから、もう遠くから挨拶し てこう叫んだもの。 「やあ、ごきげんよう、べっぴんさんの花嫁御寮、 嬉しそにおらっちを眺めてるだ な (5 ( 」。 でも挨拶に何のお返しもなかったので、盗賊たちは 怪 け 訝 げん に思った。もっと近寄ると、べっぴんさんの花嫁御寮が眠 っているんじゃないか、と考えた。大声を挙げたけれど、その甲斐もなく、娘は目を覚まさない。戸を開けろ、と言 いつけたけれど、その甲斐もない。どんなにどんどん叩いても、どんなにがなっても、どんなに叫んだり罵ったりし
ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著『ドイツ昔話集』(一八五七)試訳(その三) 鈴木滿訳・注・解題 ても無駄。とどのつまり、かんかんになって扉をぶち壊し、階段をどっと駆け上がり、べっぴんさんの花嫁御寮をむ んずと捉まえたが、腕に抱いたは藁人形。そこで盗賊たち慨嘆しきり。 「あばよ、道中ご無事でな、べっぴんさんの花嫁御寮、 女を信用するやつはとんちき間抜けもいいとこ さ (6 ( 」。 解題 原題
Die schöne junge Braut.
K H M 四 六「 フ ィ ッ チ ャ ー の 鳥 」 Fitchers Vogel ( 金 田 訳「 ま っ し ろ 白 し ろ と り 鳥 」) は「 青 髭 」 の 類 話 だ が、 魔 法 使 い フ ィ ッ ツ ェ・ フ ィ ッ チ ャ ー Fitze Fitcher の家からこうした恰好で逃げ出した花嫁は、途中で行き逢った当の花婿をもうまうまとごまかす。
二四
七羽の鴉
世の中には不思議なことがとってもたくさんあるものだけど、昔むかし、ある貧しい女が一度に七人男の子を産ん だのさ。ぼうずたちは皆元気ですくすく育った。女は何年か経つとまた女の子を一人授かった。ご亭主はすこぶる働 き者で、せっせと仕事に精を出したので、職人が入り用な人たちは喜んで雇ってくれた。そこで 大 おお 人 にんずう 数 の一家をまと もに養えたばかりでなく、 倹 つま しく所帯を切り回したお蔭で 健 け な げ 気 なおかみさんが万一に備えての貯えも残せる ほ どの稼 ぎもあった。けれどもこの実直な父親は働き盛りの歳で死んでしまい、可哀そうな後家さんはすぐに切羽詰ってしま った。だって、彼女には、八人の子どもを食べさせ着せることができる ほ どの実入りはなかったからね。かてて加え て七人の少年たちはどんどん大きくなり、ますますたくさんのものが必要になった。その上母親の最大の悲しみの種 は連中が腕白になる一方だったこと、いやそれどころか、乱暴者のろくでなしになってしまったことだった。哀れな 女は自分を苦しめ悩ますもろもろのことに我慢も尽きてしまいそう。それでもなんとか子どもたちを善良実直に 躾 しつ け よ う と し た が、 硬 軟 い ず れ の 手 段 も 実 を 結 ば ず、 男 の 子 た ち の 心 は 頑 かたく な な ま ま。 そ う い う し だ い で あ る 日 の こ と、 と う と う 堪 忍 袋 の 緒 が ぷ っ つ り 切 れ、 こ う 言 っ た の だ。 「 あ あ、 こ の 性 悪 の 鴉 こ ぞ う ど も、 お ま え た ち、 七 羽 の 真 っ 黒 け な 鴉 に な っ て、 飛 ん で っ ち ま え ば い い。 あ た し が 二 度 と 再 び 顔 を 見 な い で 済 む よ う に 」。 す る と す ぐ さ ま 七 人 の 男の子たちは鴉になって、窓から外へ飛んで行き、姿を消し た (7 ( 。 さてそれからというもの、母親は一人きりの女の子とともにまことに平穏無事な暮らしを送りもし、入り用以上に 稼ぎもした。そして女の子は可愛らしい、気立てが好く淑やかな乙女に成長した。でもまあ何年か過ぎると母親も娘 も七人の兄弟たちに逢いたくって逢いたくって堪らなくなった。そうしてよく彼らのことを話題にし、あの子たちがルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著『ドイツ昔話集』(一八五七)試訳(その三) 鈴木滿訳・注・解題 帰って来てくれたらねえ、りっぱな若者になっていればねえ、あたしたち、働いて良い暮らし向きになって、お互い とっても楽しくやれるだろうに、と話しては泣くのだった。少女の胸にはこうして兄さんたちに焦がれる気持ちがま す ま す 膨 れ 上 が っ た の で、 あ る 時 母 親 に こ う 切 り 出 し た。 「 母 さ ん、 あ た し を 旅 に 出 し て く だ さ い な。 そ し て お 兄 ち ゃんたちを探させて。そうすりゃあたし、お兄ちゃんたちを悪い道から引き戻して、母さんにお渡しします。お歳を 取ってからの誉れと歓びのもとになるようにね」 。母親の返辞。 「おまえって ほ んとに好い子だね。そういう殊勝なこ とをやってのけようってのを、あたしにゃ止められないし、止めるつもりもない。旅に出るがいいよ。神様のご加護 が あ り ま す よ う に 」。 そ う 言 う と、 娘 に ち い ち ゃ な 黄 き ん 金 の 指 環 を 渡 し た。 こ れ は 兄 た ち が 鴉 に 変 身 さ せ ら れ た 時、 女 の子が指に 嵌 は めていたものだった。 乙 女 は す ぐ さ ま 仕 度 を 調 え、 旅 に 出 た。 い や も うほ ん と に 遠 く の と おく ま で 彷 さ ま よ 徨 っ た け れ ど、 長 い こ と 兄 さ ん た ち の 消 息 は 一 向 分 か ら な か っ た。 で も や が て と あ る と て も 高 い 山 の 麓 に や っ て 来 た。 そ の 頂 に は 一 軒 の ち っ ぽ け な 小 屋 が あ っ た。 娘 は 下 で 座 り 込 ん で 休 み、 物 思 い に 耽 り な が ら 小 屋 を 見 上 げ た。 こ れ は 鳥 の 巣 の よ う に 見 え も し た。 砂 利 と 粘 土 を 捏 こ ね 合 わ せ て 作 っ た み た い に 灰 色 だ っ た か ら。 ま た、 人 間 の 住 ま い の よ う に も 思 わ れ た。 お 兄 ち ゃ ん た ち は 上 の あ そ こ に 住 ん で る ん じ ゃ な い か し ら、 と 乙 女 は 考 え た。
とどのつまり、その小屋から七羽の黒い鴉が飛び出すのを見届けもしたので、この推量は更に強まった。で、山に登 ろうと喜び勇んで出発したものの、山頂へと辿る道は奇妙な、鏡のようにつるつるする石が敷き詰められていて、 大 おお 骨 ぼね 折って少し登るたんびに、つるりと滑ってまた下に転げ落ちるのだった。そこで娘はがっかりして、どうしたら 攀 よ じ登れるか途方に暮れた。その時一羽の白い 雁 がん を見掛けたので、こう思案したもの。おまえの羽根があたしにあれば、 すぐに上へ行けるんじゃないかな、って。それからこうも考えた。あの鳥の羽根を切り取れないかな。そうよね、そ したら助かるわ、って。そこで綺麗な雁を捕まえると、羽根とそれから脚も切り取って、これを体に縫い付けた。そ してね、試しに飛んでみると、とっても見事に、軽軽と、上手にできたんだよ。飛ぶのに疲れると、雁の脚でいくら か歩いた。それでも二度と滑ったりしなかった。こうして乙女はさっさとしかも安楽に、長いこと行きたくて堪らな かった目的地へやって来た。頂上に着くと、小屋の中に入った。でも、この小屋、 ほ んとに小さかった。中にはちっ ぽけな小机が七つ、小椅子が七つ、小寝台が七つあった。部屋には七つの小窓が付いていて、 煖 だん 炉 ろ の中には小皿が七 枚置いてあり、その上に 炙 あぶ った小鳥と鳥の卵を 茹 ゆ でたのが載ってい た (8 ( 。好い子の妹は長旅でくたびれていたので、ち ゃんと体を休めることができるのを喜んだ。それにお腹も空いていた。そこで七枚のお皿を煖炉から出し、それぞれ からちょっとづつ食べ、それぞれの椅子にちょっとづつ座り、それぞれの寝台にちょっとづつ横になり、最後の寝台 で寝入ってしまい、七人の兄さんたちが帰って来るまでそこをずうっと動かなかった。兄さんたちは七つの窓から部 屋に飛んで入って来、めいめいのお皿を煖炉から出し、食べようとしたが、それがもう食べかけなのに気が付いた。 さてそれから横になって寝ようとしたところ、寝具が乱れているのが分かった。そのうち兄弟の一人が大声を挙げて こう叫んだ。 「あれまあ、娘っ子がぼくの寝台で寝ているぞ」 。他の兄弟たちは急いでそこへ駆け寄ると、すやすや眠 っている乙女をびっくり仰天して見つめた。そして代わるがわる「これがぼくらの妹だったらなあ」と言ったが、ま
ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著『ドイツ昔話集』(一八五七)試訳(その三) 鈴木滿訳・注・解題 た ま た 代 わ る が わ る こ う 叫 ん だ。 「 そ う さ、 そ う だ よ、 こ れはぼくらのちいさな妹さ。 あの子はこんな髪をしてたし、 こんなちいさな唇だった。それに、 今一番ちっちゃい指に 嵌めてるこんなちっちゃい指環を、 あの頃一番大きな指に 嵌 め て た じ ゃ な い か 」。 そ う し て 皆 歓 声 を 挙 げ、 だ れ も か れもちいさな妹に 接 くちづけ 吻 した。 でもこちらはぐっすり寝込ん でいたので、なかなか目を覚まそうとしなかった。 とうとう乙女がお目目を開けると、 七羽の真っ黒けな兄 さ ん た ち が 自 分 が 寝 て い る 寝 台 の 周 り に 留 ま っ て い る の を見た。そこで妹が言うことには「まあまあ、 逢えて ほ ん とに嬉しいわ、 お兄ちゃんたち。ようやっと見つけられた のは神様のお恵みのお蔭だわ。 お兄ちゃんたちを探すため、 長くて辛い旅をしたの。 そうして掛けられた呪いから連れ 戻そう、 って思ったの。ええ、 ええ、 今後もう母さんを怒 ら せ た り し な い で、 あ た し た ち と 一 緒 に せ っ せ と 働 い て、 母 さ ん が お 歳 を 取 っ て か ら の 誉 れ と 歓 び の も と に な ろ う、 っ て い う 気 な ら ね 」。 妹 が こ う 話 し て い る 間 兄 弟 は わ ん わ ん 泣 い た が、 そ れ か ら こ う 言 っ た。 「 そ う と も、 優 し い 妹、
ぼくたち改心するよ。そして二度と再び母さんを苦しめたりはしない。ああ、鴉になってからというもの、ぼくたち、 惨めな暮らしを送ってるんだ。この小屋を作る前は、飢えと寒さで今にも死にそうだったことがよくあった。その上 後 悔 が 夜 も 昼 も ぼ く た ち を 苛 さいな ん だ も の。 だ っ て ね、 ぼ く た ち、 処 刑 さ れ た 哀 れ な 罪 び と の 死 骸 を 喰 わ な き ゃ な ら な かったん だ (9 ( 。そのせいで罪びとの無惨な最期がいやおうなく身に沁みたのさ」 。 妹は、兄さんたちがとうに悔い改めていて、いかにも殊勝な心柄でこう語ったので、嬉し泣きをし、こう叫んだ。 「 あ あ、 こ れ で な に も か も め で た し だ わ。 お 兄 ち ゃ ん た ち が お う ち に 帰 り、 母 さ ん が お 兄 ち ゃ ん た ち の 改 心 し た こ と を聞いたら、心の底から許してくれて、また人間に戻してくれるでしょ」 。 さ て、 兄 弟 が ち い さ な 妹 と ふ る さ と へ 旅 立 と う と し た 時、 木 の 小 箱 を 開 け な が ら ま ず こ う 言 っ た。 「 い と し い 妹、 ここに幾つもある綺麗な黄金の指環ときらきら輝く宝石をお取り。みんなぼくたちが外でだんだんに見つけたものな んだよ。そしておまえの前掛けに入れてうちへ運んでおくれ。なにしろこれがあればぼくたち、人間になっても金持 ちでいられるもの。鴉のぼくたちはこれが綺麗に光るから集めただけだけど」 。 ちいさな妹は兄さんたちの言う通りにし、自分でもそうした綺麗な装身具を嬉しがった。ふるさとへの道中、鴉の 兄さんたちは代わるがわるちいさな妹を乗せて飛び、やがて母親の住まいに着いた。住まいに着くと、窓から飛び込 んで、母親に許してくれるよう懇願し、これからは好い子でいる、と誓った。妹も一緒になって哀訴嘆願の口添えを した。母親は嬉しいやらいとしいやらで胸が一杯になり、七人の息子たちを許してやった。そこで皆また元の人間に 戻ったが、いずれ劣らず背が高く優雅な、まことに器量のよろしい、花も盛りの若者だった。一同はありがたくって 堪らず、善良な母親と優しい妹を抱き締め、接吻した。その後間もなく七人兄弟は七人のうら若く淑やかな女性を 娶 めと り、大きく素晴らしい家を建てた。 ほ ら、あの装身具類を売ってどっさりお金を手に入れてたんでね。新居の最初の
ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著『ドイツ昔話集』(一八五七)試訳(その三) 鈴木滿訳・注・解題 奉献 式 ((( ( は兄弟七人合同のご婚礼だったんだ。 それから妹もりっぱな男と結婚した。もっとも兄さんたちがやいのやいのとせがんだので、それからもずうっと皆 のところで暮らさなきゃならなかったけど。 こういうしだいでそれからも善良な母親は子どもたちのお蔭で楽しく世を送り、老年に至るまで愛情籠めてかしず かれ、恭しく孝行してもらったのだった。 解題 原題
二五
婚礼の客お三方
昔むかしのことだけど、ある村の百姓屋敷に飼われている犬が三 匹 ((( ( いてな、お互い仲良く近所付き合いをしておっ た。で、あるお百姓の家で豪勢な婚礼が挙げられることになったげな。これには老いも若きも招待され、鍋でことこ と 煮 た り、 竈 かまど で こ ん が り 焼 い た り、 ぐ つ ぐ つ 茹 ゆ で た り、 じ り じ り 炙 あぶ っ た り で、 村 中 に 旨 そ う な 匂 い が 漂 っ た。 三 匹 の犬は寄り集まって、この芳香をくんくん嗅ぎ、自分たちも婚礼に出掛けたいもの、そして何か手に入らないか、試 してみたい、と相談。だけど、無用に人目を引くのは避けたい、三匹一緒に同時にじゃなくって、一匹づつ、次次に 行こうや、と衆議一決した。 一番目は家畜の解体小屋に入り込み、大きな肉切れを急いでぱっくりやらかし、とっとこ逃げ出そうとしたが、と っ捉まってしたたかにぶちのめされ、くわえていた肉をひったくられた。 こうして腹を空かせたまま、打ち身を負って百姓屋敷のお隣さん連のところに引き揚げて来ると、好い 報 しら せに 飢 かつ え て い た こ ち ら は、 「 さ あ て、 そ れ で い っ た い ど う だ っ た、 ど ん な あ ん ば い だ っ た か ね 」 と 訊 い た も の。 で も、 ふ る ま わ れ た 婚 礼 の ご 馳 走 は す ご く ((( ( 塩 しょっ 辛 から い 棍 棒 肉 ス ー プ 汁 だ っ た、 と 本 当 の こ と を 白 状 す る の は 恥 ず か し か っ た 犬 は「 た っ ぷ り 戴いたよ。だけどあそこじゃすごいもんでなあ、固いのや柔らかいのを喰らわにゃならん」と答えた。 これを聞いた仲間たちは、婚礼では皆がどんがらがっちゃと飲み食いしていて、固いのやら柔らかいといった肉や 骨などの美味しい余り物が落っこってるんだ、と思い込んだ。そこで二番目の犬が全速力で婚礼をやっている家へす っ飛んで行き、うまく台所に潜り込んで、見つかったものをせしめた。──ところが帰り道が見つからないでいるう ちに見咎められてしまい、深鍋一杯の煮えくり返った熱湯を背中にぶっ掛けられたので、そこから飛び出した時には、ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著『ドイツ昔話集』(一八五七)試訳(その三) 鈴木滿訳・注・解題 水から上がった 尨 むく 犬 いぬ みたいに、もうもうと湯気を立てていた。で も、火傷がおっそろしく痛かったので、歯を食いしばって 堪 こら えた もの。さて、二匹の仲間が待ち受けている農場に戻ると、すぐに 「さあて、それでどんなあんばいだったかね」と訊かれた。 「たっ ぷ り 戴 い た よ 」 が 返 辞。 「 だ け ど あ そ こ じ ゃ 熱 い ((( ( の な ん の、 冷 た いのや熱いのを喰らわにゃならん」 。 そこで三匹目の犬は考えた。こりゃあ、婚礼のお客たちはご馳 走に掛かり切りで、冷たい食べ 物や熱い食べ 物が代わるがわるお 目見えするんだな、食いっぱぐれたく ないもんだ、少なくとも、 さくさく、ぼろぼ ろ ((( ( したお菓子が出される お デ ザ ー ト 食後 には間に合わな く っちゃ、とね。できる限り急いで行ってみたが、家に入った途 端、だれかがとっ捉まえ、部屋の扉の間に尻尾をぎゅっと挟み込 み、くたくた、ぼろぼろに打ちのめしたので、とうとう尻尾の皮 が剥がれ落ちた犬は、大恥かいて遁走した。 「 さ あ て、 そ れ で あ ん た、 婚 礼 じ ゃ あ ど ん な あ ん ば い だ っ た 」 と友だち連が訊ねた。めいめい心中にたにたしながらね。罰を受 けた犬は、皮の剥げた尻尾を目に留まらないように両脚の間に挟 み、何事もなかったふりをしていわく「たっぷり戴いたよ。ほ ん
とにすごかったな。随分たくさんぼろぼろにありついた。だがの、毛を置いて来にゃ[手痛い目に遭わにゃ]ならん かっ た ((( ( 」。 さて、それからも長いこと、三匹の犬は、婚礼の 肉 ス ー プ 汁 が、婚礼の 掛 ブ リ ュ ウ エ け汁 が ((( ( 、婚礼のお菓子が、自分にどんな味がし たか、てんでにとっくり思い返した。三匹とも炙り肉の匂いだけは思う存分 嗅 か いだんだけどなあ。 解題 原題
Die drei Hochzeitgäste.
ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著『ドイツ昔話集』(一八五七)試訳(その三) 鈴木滿訳・注・解題
二六
涙の小壺
昔むかし、母親と子どもがいた。母親はたった一人のこの子を心底愛しており、この子なしには生きていられなか っ た。 し か し 主 しゅ は 大 い な る 病 やまい を 送 り た ま う た。 病気は子どもたちの間に蔓延して猛威をふるい、 この子にも取り 憑 つ いたので、子どもはどっと寝込 んでしまい、治る見込みはなくなった。三日三晩 というもの母親は愛児の傍らで眠ることなく泣い てお祈りをし続けたが、子どもは亡くなった。こ の世で独りっきりになった母親は、強烈で言いよ う の 無 い 苦 悩 に 苛 さいな ま れ、 飲 み も 食 べ も し な い で 泣いた。またもや三日三晩ひっきりなしに泣き通 し、子どもの名を呼び続けた。三夜目、こうして 深い 懊 おう 悩 のう に閉ざされて座り、子どもが死んだ場所 で泣き濡れ、気を失わんばかりに苦しみに茫然と していると、扉が音もなく開いた。母親はぎょっ とした。目の前に立っていたのは死んだわが子だ ったから。子どもは至福の小天使になっていて、無 む く 垢 そのもののように甘い微笑みを浮かべ、 御 ご 変 へん 容 よう のキリストのように麗しかっ た ((( ( 。けれどもちいちゃな手に小壺を 持っており、これが今にも溢れそう。そして子どもはこう言った。 「ねえ、お母ちゃま、もうぼくのこと泣かないで。 ほ らね、この壺の中のはお母ちゃまの涙なの。ぼくを思って流したね。悲しみの天使がそれを集めてこの壺に入れた んだ。お母ちゃまがもう一滴でもぼくのことで涙を流したら、この小壺は溢れちゃうでしょ。そしたらぼくはお墓の 中で休めないし、天国に救われないの。だからね、お母ちゃま、もうぼくのこと泣かないで。だって、ぼくは天に召 さ れ て、 幸 せ で、 天 使 が 遊 び 相 手 な ん だ も の 」。 死 ん だ 子 ど も は こ う 言 っ て 姿 を 消 し た。 そ れ か ら と い う も の、 母 親 は、子どものお墓での安息と天国での浄福を妨げないよう、少しも涙を流さなかった。 解題 原題 Das Tränenkrüglein. KHM 一〇九「経かたびら( 屍 し 衣 い )」 Das Totenhemdchen のように、母親の涙で子どもの(死者に着せて埋葬する長くて白い)屍衣が濡れる の で 子 ど も が 安 ら げ な い、 と か、 こ こ で の よ う に、 も う す ぐ 溢 れ そ う な 涙 の 小 壺、 と か、 柩 ひつぎ の 中 が そ の つ ど 血 で 一 杯 に な る の で、 こ れ 以 上 自 分 を 悼 ん で 泣 か な い で、 と 頼 む 死 者 に つ い て の 伝 説 が あ る。 ベ ヒ シ ュ タ イ ン 在 世 当 時、 こ う し た 伝 説 は 民 間 に 口 承 さ れ て い た ば か り か、 頻 繁 に 文 学 の 素 材 と さ れ て 広 ま っ て い た。 た と え ば、 ア ー デ ル ベ ル ト・ フ ォ ン・ シ ャ ミ ッ ソ の「 母 と 子 」( 一 八 三 〇 ) Adelbert von Chamisso: Die
Mutter und das Kind
ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著『ドイツ昔話集』(一八五七)試訳(その三) 鈴木滿訳・注・解題
二七
雌
めん鶏
どりちゃん
と
雄
おんどり鶏
ちゃんの話
昔むかしのその昔、雌鶏ちゃんと雄鶏ちゃんがおりました。一緒に 胡 く る み 桃 山に出掛けてね、胡桃の 実 ((( ( を探したの。雄 鶏ちゃんが雌鶏ちゃんに言うことにゃ「きみが胡桃を見つけたら、ひとりで食べたりしないでさ、ぼくに半分くれな く ち ゃ。 で な い と、 息 が 詰 ま っ て 死 ん じ ゃ う ぞ 」。 で も、 胡 桃 を 見 つ け た 雌 鶏 ち ゃ ん は ひ と り で そ れ を 食 べ た ん だ。 そ し た ら、 核 さね が ち っ ち ゃ な 咽 喉 に 嵌 は ま り 込 ん じ ゃ っ て、 窒 息 し そ う に な っ た の で、 怖 く な っ て 叫 ん だ の。 「 雄 鶏 ち ゃ ん、 雄 鶏 ち ゃ ん、 急 い で 泉 の お 水 を 持 っ て 来 て。 で な い と、 息 が 詰 ま っ ち ゃ う 」。 そ こ で 雄 鶏 ち ゃ ん は 泡 喰 っ て 泉 に 行 っ て こ う 言 っ た。 「 泉 や、 泉、 お 水 を お く れ。 雌 鶏 ち ゃ ん に あ げ る ん だ。 あ の 子 は あ そ こ の 胡 桃 の 山 で、 今 に も 窒 息 し そ う な の 」。 す る と 泉 が 返 辞 し た。 「 ま ず ま あ、 花 嫁 の と こ に 行 き、 ぼ く に 花 はな 冠 かんむり を ((( ( 持 っ て 来 て 」。 そ こ で 雄 鶏 ち ゃんは花嫁のところに急いで走って行って「花嫁さん、花嫁さん、花冠をくださいな。その花冠を泉にあげれば、泉 は ぼ く に お 水 を く れ る。 お 水 は 雌 鶏 ち ゃ ん に あ げ る ん だ。 あ の 子 は あ そ こ の 胡 桃 の 山 で、 今 に も 窒 息 し そ う な の 」。 けれども花嫁はこう返辞。 「まずまあ、靴屋のとこへ行き、わたしのお靴を取って来て」 。そこで雄鶏ちゃんは靴屋に 行 く と、 靴 屋 は こ う 返 辞 し た。 「 ま ず ま あ 牝 豚 の と こ に 行 き、 わ し に 脂 を 持 っ て 来 て 」。 す る と 牝 豚 は こ う 言 っ た。 「まずまあ牝牛のとこへ行き、あたしにお乳を持って来て」 。すると牝牛はこう言った。 「まずまあ 牧 まき 場 ば のとこに行き、 あ た し に 草 を 持 っ て 来 て 」。 ─ ─ 雄 鶏 ち ゃ ん が 牧 場 に 行 っ て、 牧 場 に、 草 を お く れ、 と 言 う と、 牧 場 は と っ て も 親 切 で、お花と草をたくさんくれた。急いでこれを牝牛にあげると、牝牛は代わりにお乳をくれた。お乳をあげるとその 代わり牝豚は脂をよこしてくれて、靴屋はそれを革に塗り、すぐさま花嫁のお靴を渡した。お靴の代わりに花嫁はに こにこ花冠をくれ、それを雄鶏ちゃんが泉に渡せば、泉は即座に澄み切ったお水を、雄鶏ちゃんが持って来た小桶にざあざあ流してくれた。雄鶏ちゃんは走りに走り、胡桃の山に引き返す。 だけど雌鶏ちゃんのとこに着いたら、雌鶏ちゃんは息が詰まって死んで いた。雄鶏ちゃんは悲しくって堪らずコケコッコーと高らかに啼き、そ れを聞いた近辺の動物たちはだれもかれもが集まって来て、雌鶏ちゃん を 悼 いた ん で 泣 い た。 二 は つ か 十 日 鼠 が 六 匹 で 霊 れい 柩 きゅう 車 しゃ を 造 っ て く れ て、 そ れ に 亡 くなった雌鶏ちゃんを寝かせ、その前に自分たちが繫がれて、車を 牽 ひ い て行ったのさ。さて、一同が、これすなわち、雄鶏ちゃんと、亡くなっ た雌鶏ちゃんと、二十日鼠と霊柩車が、がたごと進んで行くうちに、狐 が そ こ へ や っ て 来 て、 「 ど こ へ 行 く ん だ、 雄 鶏 ち ゃ ん 」 と 訊 い た も の。 ─ ─「 雌 鶏 ち ゃ ん の 埋 葬 に 」。 ─ ─「 そ れ じ ゃ、 お い ら が 埋 葬 を し て や る ぞ、 こ の 間 抜 け や ろ う 」。 そ う 狐 は ど な り つ け、 雌 鶏 ち ゃ ん を 食 べ ち ゃった。だって死んだばかりだもんね。そうしてお腹に埋葬したのさ。 雄 鶏 ち ゃ ん は 大 声 で 嘆 き 悲 し み、 こ う 言 っ た。 「 そ れ じ ゃ あ ぼ く も 死 ん じゃって、雌鶏ちゃんの傍に行きたいよう」と。──「それじゃあそう し て や ろ う か ね 」、 狐 は 言 っ て、 雄 鶏 ち ゃ ん を ぱ っ く り 喰 っ て し ま っ た の で、 雄 鶏 ち ゃ ん は 雌 鶏 ち ゃ ん の と こ へ 行 っ たわけ。そこで二十日鼠たち、雄鶏ちゃんを悼んで泣くと、狐はこう考えた。こいつら、やっぱり死にたいんだな、 と。そこでごっくり丸呑みにする。でも、この二十日鼠たち、霊柩車を牽いていたから、霊柩車も一緒に呑み込んだ ん だ。 そ こ で 車 の 轅 ながえ が ((( ( ね、 狐 の 心 臓 を 突 き 破 り、 狐 は こ ろ り と ひ っ く り 返 り、 四 本 の 脚 を つ っ ぱ ら か し た。 小 鳥 が
ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著『ドイツ昔話集』(一八五七)試訳(その三) 鈴木滿訳・注・解題 一羽 し リ ン デ なの木 の ((( ( 枝に止まってこう 囀 さえず ったよ。 「お狐さんがくたばっ た ((( ( 。お狐さんがくたばった」って。 解題 原題
二八
穀物の穂
昔むかしね、こんな時代があったんだよ。でも、これ、もう考えられないくらい前の前のことでね、その頃はさあ、 どの穀物だってそうだったんだけど、穀物の茎にはね、全部 黄 こ が ね 金 色の穂がくっついていてさ、地面までびっしりだっ たんだ。貧乏とか飢饉なんて無かった、決して、決してね。これすなわち黄金時代だったってわけ。そこで人間はだ れもかれも大喜びで満腹したし、穀物を 啄 つい ばむのが好きな鳥たち、鶏とか鳩とかその他いろんなのにたっぷり餌が見 つかった。 でも人間の中には、感謝ってことを知らない、神様を忘れてる 没 も 義 ぎ 道 どう な連中がいてね、こういう素晴らしくありが たい神様の賜物、大事な穀物を 屁 へ とも思わなかったんだ。で、ちっちゃな子たちが手足を汚すと、ぎっしり実った穂 の束を使って、子どもたちを綺麗に拭いて、その穂をぽいと 堆 たい 肥 ひ の山に 抛 ほう り投げるなんていう女どもがいたりした。 また、下女たちはぎっしり実った穂で拭き掃除をし、男の子や小さな女の子は大事な穀物畑で縦横無尽に追っ掛け合 いやら摑み合いをし、中では隠れんぼ、上では転げ回って、めちゃくちゃに踏みにじった。食べ物として人間に、飼 料として家畜に穀物をお与えになったのであって、悪ふざけで台無しにさせようためではない神様は、つくづくお嘆 きあそばし、これはもう改めよう、黄金時代は終わりにいたそう、とお考えになった。 そこで神様は、それからというもの、茎にはそれぞれたった一つしか穂が付かないようになさった。人間に対して は、大事な穀物をもっと心を籠めて扱うことを学ぶように、それから、罪の無い動物たちのためには、それでもなん とか餌が授かるように、とね。人間だけのことだったら、一つの穂でも戴く値打ちはなかったんだけど。 その時から飢饉とか、物価高とか、貧乏とかが世の中に誕生。 ほ んのときたま、めったにあることじゃなかったけルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著『ドイツ昔話集』(一八五七)試訳(その三) 鈴木滿訳・注・解題 ど、神様はそこここで、たく さん、たく さん穂の 付いた奇蹟の茎を生やして、穀物というものはか つてはどんなだったか、ご自分に何がおできにな るか、人間たちにお示しになる。そこで、民衆の 間にはこんな古い預言が伝えられている。長い年 月が経ってからいつの日にか、いと高き処には栄 光、神にあれ。地には平和、なべ ての人人の間に 優 し み と 祝 福 と 愛 の あ れ か し ((( ( 、 と の 天 使 の 御 み 詞 ことば が成就すると、大地は再び神によって覚醒され、 根元まで穂がぎっしり付いた茎を実らせるように なる。けれどもわれらのうちだあれも生きてそれ にめぐり合うことはない、と。 解題 原題 Die Kornähren.
二九
兎
と
狐
兎と狐が一緒に旅をした。冬枯れ時で、 青物は何一つ生えておらず、 野原 に は 生 き 物 一 匹 見 当 た ら な か っ た。 「 こ り ゃ あ 腹 の 空 く 天 気 だ て 」 と 狐 は 兎 に言った。 「 五 ご 臓 ぞう 六 ろっ 腑 ぷ がごろごろ鳴るわな」 。── 「全くさね」 と兎は応じた。 「 ど こ も か し こ も 切 り 詰 め 所 じ ょ た い 帯 っ て や つ ((( ( 。 口 に 突 っ 込 む こ と が で き た ら、 あ たしゃ、自分の 匙 さじ だって喰っちまいたい」 。 こ う し て 空 き っ 腹 で ぽ く ぽ く 歩 き 続 け て い る と、 遠 く か ら 百 姓 娘 が 一 人、 こっちへやって来るのが見えた。この子は手籠を提げており、 籠からなんと も 好 い 匂 い が 狐 と 兎 に 漂 っ て 来 た。 焼 き 立 て の 丸 ゼ ン メ ル 麪 麭 の ((( ( 香 だ っ た。 「 な あ、 お い 」 と 狐。 「 お ぬ し、 横 っ ち ょ に す っ 転 が っ て、 死 ん だ ふ り を し ろ や い。 あの娘っこが籠を置いて、 哀れなおぬしの毛皮を手に入れようと──なにせ 兎の皮は手袋になるでな──おぬしを持ち上げようとしたら、 その隙に、 お いら 麪 パ ン 麭 籠を 掻 か っ 攫 さら って、おらっちの元気付けにする」 。 兎は狐の言う通り、 ひっくり返って死んだふりをし、 狐は雪の吹き溜まり のうしろに身を伏せた。やって来た娘は、 四本の脚をつっぱらかしている死 んだばかりの兎を目にすると、 まずちゃんと籠を下に置き、 それから兎に 屈 かが みこんだ。その途端、 狐はさっと飛び出し、 籠をぱくっとくわえ、 雲を霞とルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著『ドイツ昔話集』(一八五七)試訳(その三) 鈴木滿訳・注・解題 逃げ去った。兎もすぐさま生き返り、 急いで道連れのあとを追っかけた。ところが あちらは全然立ち止まらず、 麪 パ ン 麭 を 頒 わ け合う気配もあらばこそ、 自分だけで平らげ ちまおうという様子だった。それと看て取った兎は大いに気を悪くした。さて、 二 匹 が 小 さ な 池 の 近 く に 来 る と、 兎 は 狐 に こ う 呼 び 掛 け た。 「 ど う だ ろ う ね え、 あ た しら、 ご馳走用の魚を手に入れるってのは。そしたらお偉いさん方みたいに魚と白 麪 パ ン 麭 が揃うわけだ。 あんたの尻尾をちょいと水ん中に垂らしてごらんよ。 そうした ら、 今時やっぱりたんと喰う物のない魚どもがそいつにかじりつくだろうぜ。だけ どさっさとおやりよ。池が凍りつかないうちにさ」 。 狐 は 合 点 し て、 今 に も 凍 り つ き そ う な 池 の 畔 ほとり に 行 き、 尻 尾 を 中 に 垂 ら し た。 ほ ん の 僅 か 経 つ と 狐 の 尻 尾 は か ち か ち に 凍 り つ い た。 す る と 兎 は 麪 パ ン 麭 籠 を せ し め、 丸 ゼ ン メ ル 麪 麭 を 一 つ、 ま た 一 つ と、 悠 悠 閑 閑、 落 ち 着 き 払 っ て む し ゃ む し ゃ や り な が ら、 狐 に 向 か っ て こ う 言 っ た。 「 氷 が 融 け る ま で 待 っ て て お く れ。 春 に な る ま で 待 っ て て お く れ。 氷 が 融 け る ま で 待 っ て て お く れ 」。 そ れ か ら す た こ ら さ っ さ と 逃 げ 出 し た。狐は、鎖に繋がれた怒ったわん公よろしく、その後姿に吠えついた。 解題 原題
Der Hase und der Fuchs.
三〇
勇ましい横笛吹
き
((( ( 昔むかし、横笛を吹かせたら名人芸の楽士があった。そこで世間を遍歴して回り、いろんな村や町で笛を吹いては、 それで暮らしを立てていた。この男はそんな具合で、ある日の夕暮れ時、とある 借 パ ハ タ ー 地契約人 の ((( ( 百姓屋敷に行き当たり、 そこに泊めてもらうことにした。なにしろ夜にならないうちに次の村へ辿り着くことはできなかったので。借地契約 人に親切に迎えられたのはいいが、一緒に食事をし、ご飯が済んだあとちょっと何曲か笛を演奏しなきゃならなかっ た。楽士がこれを済ませて窓から外を覗くと、月明かりで ほ んの近くに古いお城があ る ((( ( のが見えた。どうやら一部は 崩 れ て い る 様 子。 「 あ れ は ど う い う お 館 で、 ど な た の 持 ち 物 で す か 」 と 借 地 契 約 人 に 訊 く と、 相 手 は こ ん な 物 語 を し た。何年も何年も前のこと、あそこにとても金持ちだが、なんともごうつくばりの伯爵が住んでいた。伯爵は 下 しもじも 下 を ひ ど く 苛 め、 貧 乏 人 に 施 し を し た こ と な ん ぞ あ ら ば こ そ、 と う と う 跡 継 ぎ が い な い ま ま 亡 く な っ た。 ( け ち ん ぼ だ か ら つ い ぞ 結 婚 し な か っ た せ い )。 そ の 後 一 番 近 い 親 戚 が 財 産 を 手 に 入 れ よ う と し た が、 鐚 びた 一 い ち も ん 文 見 当 た ら な か っ た。 だ から、伯爵が宝を埋めてしまったらしい、それは今でもあの古いお城に隠されてるかも、ともっぱらの評判。もうた くさんの人間が宝探しのために古城に出掛けたのだが、帰って来る者がだれ一人いない。そこでお 上 かみ は古城への立入 りを禁止し、国中の人間全部に厳しくこれを警告した、とね。 楽士は注意深く耳を傾け、借地契約人の話が終わると、自分もあそこに行きたくてむずむずする、自分は勇ましく て、ぞっとするって何のことだか分からないくらいだから、と言った。借地契約人は、若い命は大事にしなきゃなら ない、お城に行ってはいけない、と一所懸命、果ては 跪 ひざまず かんばかりに頼んだが、哀訴嘆願も役には立たず、楽士は びくともしなかった。ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著『ドイツ昔話集』(一八五七)試訳(その三) 鈴木滿訳・注・解題 借 地 契 約 人 の 二 人 の 下 男 が 二 つ の 角 ラ ン タ ン 灯 に 火 を つ け て、 勇 ま し い 楽 士 を 不 気 味 な 古 城 ま で 送 っ て 行 く 羽 目 に な っ た。 城 に 着 く と 楽 士 は 下 男 た ち を 角 ラ ン タ ン 灯 一 つ と と も に 帰 し て や り、 自 分 は も う 一 つ を 手 に し て 勇 敢 に 高 い 階 段 を 昇 っ て 行 っ た。 昇 り き る と 大 き な 広 間 に 入 っ た が、 広 間 を 廻 めぐ っ て 幾 つ も の 扉 が あ っ た。 楽 士 は 最 初 の 扉 を 開 け て 中 に 入 り、 そ こ に あ っ た 古 風 な 卓 テ ー ブ ル 子 の 前 に 腰 を 下 ろ し、 そ の 上 に 灯 り を 置 い て、 横 笛 を 奏 で た。 借 地 契 約 人 の 方 は と い う と 一 晩 中 心 配 で 心 配 で 眠 れ ず、 何 度 も 窓 か ら 外 を 眺 め、 あ ち ら で 客 人 が ま だ 音 楽 を や っ て い る の を 聞 く た び に、 言 い よ う も な く 喜 ん だ。 け れ ど も 自 分 の と こ ろ の 壁 掛 け 時 計 が 十 一 時 を 鳴 ら し、 笛 の 演 奏 が 止 ん で し ま う と、 ひ ど く び っ く り し て、 幽 霊 だ か 悪 魔 だ か、 あ る い は そ の 他 の、 城 に 巣 食 っ て い る 代 物 が き っ と あ の 好 青 年 の 頸 根 っ こ を 捻 ひね っ て し ま っ た に 違 い な い、 と 思 い 込 ん だ。 さ て、 こ
ちらはというと、怖さなんぞ感じないで演奏に耽っていたのだが、借地契約人のところではあまり食べなかったので、 とうとう空きっ腹になってしまい、部屋の中をあちこち歩いて、見て回った。すると茹でてない 扁 ひら 豆 まめ が ((( ( 一杯入った鍋 があるのに気付いた。別の 卓 テーブル 子 には水をたっぷり 湛 たた えた容れ物、塩の入った容れ物、それから一 壜 びん の葡萄酒があった。 そ こ で 急 い で 水 を 扁 豆 に 注 ぎ、 塩 を 加 え、 薪 たきぎ も 傍 に あ っ た か ら 煖 だん 炉 ろ に 火 を 起 こ し、 扁 豆 の 羹 シチュウ を 煮 た。 羹 シチュウ が 煮 え る間、葡萄酒の壜を空にし、それからまた笛を奏でたもの。扁豆が煮えると、それを火から下ろし、 卓 テーブル 子 の上に用意 されていた皿によそい、元気 潑 はつらつ 溂 これにむしゃぶりついた。時計を見ると十二時頃。すると突然ばたんと扉が開き、 二人ののっぽで黒装束の男たちが部屋に踏み込んで来たが、棺が一つ載っている棺台を担いでいた。こやつらはこれ を一言も言わず、平然と食事を続けている楽士の前に置くと、来た時と同様音も立てずに扉から外へ出て行った。二 人がいなくなると、楽士はぱっと立ち上がって、棺を開いた。中に横たわっていたのは、ちっぽけで 皺 しわ くちゃ、白髪 白髯の年取った小人だった。けれども若者はびくともせず、小人の体を引っ張り出すと、煖炉の前に置いた。そして、 暖まったかな、と思うと、生気が戻った。そこで楽士は扁豆をあてがってやり、一所懸命この小人の面倒を見た。い やもう、おっかさんが子どもにうまうまさせてやるような具合にね。すると小人は完全に元気になって、若者に「わ しについて来い」と言った。小人が先に立ったが、若者は 角 ランタン 灯 を手に取り、平気の平左で後をついて行った。小人は 案内して高い崩れた階段を下り、とうとう二人は地下深い、ぞっとするような丸天井の穴蔵に着いた。 こ こ に は 金 が 大 き な 山 に 積 ん で あ っ た。 小 人 は 若 者 に こ う 言 い 付 け た。 「 こ の 山 を 丁 度 真 っ 二 つ に な る よ う 分 け る の じ ゃ。 し た が、 何 も 後 に 残 ら ぬ よ う に な。 さ も な く ば、 わ し は お ぬ し の 命 を 貰 い 受 け る ぞ 」。 若 者 は に っ こ り し た だけで、すぐさま二つの大きな 卓 テーブル 子 の上へ、あちらへ、またこちらへと数え始め、僅かの間にその金を大きく二つに 分けた。が、しかし、最後にクロイツァー銅 貨 ((( ( が一枚残ってしまった。でもちょいと思案してから、 懐 ポケット 中 小 ナ イ フ 刀 を出す
ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著『ドイツ昔話集』(一八五七)試訳(その三) 鈴木滿訳・注・解題 と、刃をクロイツァー銅貨の上に置き、ありあわせた槌を振るって二つに切り割った。さて、楽士が半分をこちらの、 も う 半 分 を あ ち ら の 山 へ 投 げ る と、 小 人 は 上 上 の ご 機 嫌 に な っ て、 こ う 言 っ た。 「 お ぬ し、 見 上 げ た 男 だ の。 お ぬ し はわしを救うてくれた。もう何百年もわしは貪欲な根性から掻き集めた自分の宝を見張らにゃならなんだ。だれかが この金をうまく真っ二つに分けてくれるまではなあ。これまでだれ一人やってのけられた奴はおらんかった。それで わしは連中を残らず絞め殺さにゃならなんだ。さて、このうち一山はおぬしのもんじゃ。もう一山の方は貧民どもに 頒 わ けてやってくれい。ありがたい 御 ご 仁 じん だて、おぬしはわしを救うてくれたのじゃ」 。そう言うなり小人は消え失せた。 若者は階段を昇り、前の部屋に戻ると、愛用の横笛で幾つか楽しい小曲を吹いた。 楽士がまた演奏しているのを聴いて借地契約人は喜び、翌日ごく早朝に城に上がって行き(というのも日中はだれ で も 入 れ た の で )、 嬉 し さ 一 杯 で 若 者 を 迎 え た。 こ ち ら は 相 手 に一部始終を物語り、それから自分の財宝のところに降りて行 き、小人の指図通りにして、半分を貧民たちに頒け与えた。そ れから古い城を取り壊させたが、間もなく元の場所に新しいの が建ち、金持ちになった楽士がここに住んだ。 解題 原題
Der beherzte Flötenspieler.
A T U 三 二 六「 ぞ っ と す る と は 何 か 覚 え た が っ た 若 者 」 The Youth who
三一
兎番
と
王女
あ る お 金 持 ち の 王 様 に と て も 綺 麗 な姫君がいた。 王女が結婚しようと思 った時、 名乗り出た求婚者たちは全員、 あ る 緑 の 草 地 に 集 ま ら な け れ ば な ら なかった。 そこでお姫様は 黄 き ん 金 の 林 りん 檎 ご を何度か空高く 抛 ほう り投げた。 それを受 け 留 め て ((( ( 、 そ れ か ら わ ら わ 自 みずか ら が 出 す 三 つ の 難 題 を 思 い 切 っ て や っ て み よう、 というお方こそわらわを 娶 めと って しかるべし、 ってのがそのお言葉。さ て 林 檎 を 受 け 留 め た 男 は た く さ ん い た。 最後は美青年で勇敢な羊飼いの若 者だった。 でもだあれも三つの難題を 解決することはできないままで、 とう とう、 求婚者のどんじりで、 しかも一 等 身 分 が 低 い 羊 飼 い の 若 者 の 番 に な
ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著『ドイツ昔話集』(一八五七)試訳(その三) 鈴木滿訳・注・解題 った。最初の問題。王様はある家畜小屋に兎を百羽飼っている。これを草地に放して、番をして、夕方また元に戻す、 それで一番目の課題をこなしたことになる。これを聞くと、羊飼いの若者はこう言った。まず一日そのことを思案し とうございます、でも二日目になったら、それを思い切ってやってみるかどうか、ちゃんと決心いたします、てね。 さあて、羊飼いの若者は山の中をうろつき廻り、しょんぼり沈み込んだ。だってさ、やってみなくちゃならない企て に 気 き 後 おく れしたんだもの。すると一人の婆様に出くわした。婆様はなんでしょげているのか訊いたものさ。こちらはこ う 答 え た。 「 あ あ、 だ れ も お い ら の こ と 助 け ら れ っ こ あ り ま せ ん 」 と。 白 髪 の 婆 様 い わ く「 は な っ か ら そ う 決 め 込 む も ん じ ゃ な い。 お ま え さ ん の 悩 み 事 を 話 し て ご ら ん な。 も し か す る と 助 け て あ げ ら れ る か も 知 れ な い 」。 で、 例 の 難 題を話すと、婆様は小さな笛を一つくれてこう言った。 「これを大事に持っておいで。役に立つだろうよ」 。そして若 者 が あ り が と う を 言 わ な い う ち に、 姿 を 消 し て し ま っ た。 さ て、 気 も 晴 れ 晴 れ と 王 様 の 許 へ 行 き、 「 お い ら は 兎 の 番 をします」と言上すると、兎どもは家畜小屋から放された。でも、びりの兎が外へ出た時には、最初のはもう見えな くなっていた。雲を霞と逃げちゃったんでね。若者の方は野原へ行って、緑の丘の上に座り込み、どうしたらよかろ う、と考えた。その時もらったあの小さな笛のことを思いついた。急いで取り出して、ぴいっと吹くと、百羽の兎が 皆ぴょんぴょこ戻って来て、緑の丘の若者の周りで楽しそうに草を 食 は んだ。 けれど、王様とお姫様は、羊飼いがこの難題を片づけて姫君を手に入れるなんてことは、てんから問題にしていな かった。なにしろ若者はつまらない貧乏人で、高貴な生まれじゃないんだから。で、兎番が群を一匹残らず小屋に戻 せないようにしよう、と策略を廻らした。 そこで王女が出掛けて行った。あらかじめ 扮 ふんそう 装 して、若者が気がつかないように顔も変えてね。でもこちらは、お 姫 様 だ っ て 分 か っ た ん だ よ。 さ て、 兎 が 全 部 揃 っ て い る の を 見 た 王 女 は こ う 訊 い た。 「 ね え、 こ こ で 兎 一 羽 買 え な い
か し ら 」。 若 者 い わ く「 売 る 兎 は な い。 で も 稼 い で 手 に 入 れ る こ と な ら で き る 」。 そ こ で 王女は更に訊いた。 「それってどういうこと」 。 若者「あんたが身を任せておいらの恋人にな っ て、 お い ら と う っ と り す る よ な 羊 飼 い の 一 ひ と と き 刻 [ 甘 い 愛 の 一 刻 ] ((( ( を 過 ご し て く れ た ら ね 」。 お 姫 様 は い や だ っ た。 だ け ど、 ど う し ても兎は欲しいし、相手は、そうでなくっち ゃやらない、って言うものだから、とうとう しぶしぶ承知した。若者は王女をたっぷり抱 き締めたり 接 くちづけ 吻 したりしてから、兎を一羽捉 まえて、彼女のちいちゃな手籠に入れてやっ た。そこであちらは立ち去った。ものの十五 分も離れた頃、若者が小さな笛を一吹きした。 するとたちまち兎は手籠の蓋を押し開けて、 外へ飛び出し、またぴょんぴょこ戻って来た。 ほ どなく今度は王様が身を 窶 やつ してやって来 た。でも若者には王様だって分かったんだ。
ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著『ドイツ昔話集』(一八五七)試訳(その三) 鈴木滿訳・注・解題 王 様 は 驢 馬 に 乗 り、 籠 を ぶ ら ぶ ら ぶ ら 下 げ て い た。 で、 こ う 訊 い た。 「 兎 を 一 羽 売 っ て も ら え ん か の 」。 「 い い や、 売 らない。でも稼ぐなら一羽やる」って若者はずけずけ応対した。 「そりゃどういう意味だね」と王様。 「あんたがここ で驢馬の尻尾の 下 ((( ( に 接 くちづけ 吻 すれば」と若者が始めた。 「そうすりゃ一羽あげようよ」 。そんなこと王様はしたくなかった。 で、一羽売ってくれれば、ずっしりとお金を払おう、と申し出た。でも若者は譲らない。そこで王様は、兎がお金じ ゃ手に入らない、と看て取って、とうとうしぶしぶ承知し、驢馬の尻尾の下にぶちゅっと思うさま接吻した。そうい うしだいで兎が一羽捉まり、驢馬に付けた籠に入れられ、国王は立ち去った。でもあちらがまだそれ ほ ど行かないう ちに、若者が笛を吹くと、兎が籠からぴょんと跳ね出し、戻って来た。この後王様はお城に帰り着いてこう言った。 「 た ち の 悪 い 若 造 じ ゃ。 余 は 一 羽 も 手 に 入 れ ら れ な か っ た 」。 何 を や ら か し た の か は 言 わ な ん だ が。 「 え え 」 と 王 女 が 返辞。 「私もそうでしたの」 。でも、自分が何をつかまつったのか、これも告白しなかった。夕方になると、若者は番 をした兎を連れて戻り、数を王様の前で数え、百羽全部を家畜小屋に入れた。 そ こ で 王 様 は 口 を 切 っ た。 「 最 初 の 問 題 は 片 付 い た。 今 度 は 二 番 目 に 取 り 掛 か ろ う。 よ う 聴 け。 余 の 穀 物 倉 に 豌 え ん ど う 豆 が ((( ( 百マー ス ((( ( 、 扁 ひら 豆 まめ が ((( ( 百マースある。余はこれを一緒にぶちまけ、よおく混ぜ合わせた。そちがこれを一夜のうちに灯 りなしで 選 よ り分ければ、二番目の問題を済ませたことになる」 。若者いわく「できますよ」 。そこで彼は穀物倉に閉じ 込められ、扉には固く錠が下ろされた。さて、お城中の人たちがすやすや寝入ると、若者は小さい笛を吹いた。する と 何 千 も の 蟻 が 這 っ て 来 て、 長 い こ と う よ う よ う じ ゃ う じ ゃ 蠢 うごめ い て い た が、 と う と う 豌 豆 は 混 じ り け な し の 一 山、 扁 ひら 豆 まめ も混じりけなしの一山に積み上げられた。翌朝早く王様が検分すると、難題は解決されていた。王様は蟻には気 付かなかった。またいなくなっていたからね。王様は不思議で堪らず、若者にどうしてこれができたのか分からなか っ た。 だ も ん で、 こ う 言 っ た。 「 で は そ ち に 三 番 目 の 問 題 を 申 そ う。 今 夜 大 き な 部 屋 一 杯 の 麪 パ ン 麭 を 食 べ 尽 く し て、 何
一つ残らぬようにすれば、三番目の問題をやってのけたことになる。さすれば余の息女をそちに遣わそうぞ」 。 暗くなると若者は 麪 パ ン 麭 貯蔵庫に入れられた。ここには 麪 パ ン 麭 がぎっしり詰まっているので、彼が入った戸口の傍がち ょっと空いているだけだった。でも、お城中の人たちがすやすや寝入ると、若者はまたしても小さな笛を吹いた。す ると、気味悪い ほ どたくさんの鼠が現れた。夜が明けると、 麪 パ ン 麭 は 悉 ことごと く喰い尽され、なんと、 麪 パ ン 麭 屑一かけら残っ ていなかった。こちらはというと扉をどんどん叩いて叫んだ。 「開けておくれ。お腹が空いた」 。てなあんばいで三番 目の難題もおしまい。 ところが王様は更にこうのたもうた。 「袋一杯[たくさん]の 法 ほ ら 螺 噺 ばなし を余らに語って愉しませてくれい。さすれば 余の息女をそちに遣わそうぞ」 。そこで若者はしゃべり始め、半日もの間 突 とっ 拍 ぴょう 子 し もない法螺噺をしたが、袋は一向一 杯にならなかった。そこでとうとうこう語った。 「おいらは、 許 いいなづけ 嫁 のとっても可愛いお姫様ともう羊飼いの一刻を過 ご し た ん で す よ 」。 こ の 言 葉 を 聞 い て 王 女 は 火 の よ う に 真 っ 赤 に な っ た。 王 様 は ま じ ま じ と 姫 君 の 顔 を 見 詰 め、 法 螺 噺ということではあったが、それを信じ、それがどこでどう起こったのか、思い描いた。それから「だが、袋はまだ 一 杯 で は な い ぞ 」 と 大 声 を 挙 げ た。 す る と 若 者 は こ う 口 を 切 っ た。 「 王 様 に お か れ ま し て も 驢 馬 の で す ね、 驢 馬 の ……」 。 ─ ─「 一 杯 じ ゃ。 一 杯 じ ゃ。 袋 の 口 を 縛 れ 」 と 王 様 は 叫 ん だ。 だ っ て 恥 ず か し く て 恥 ず か し く て、 や ん ご と ないお唇からいかなるご恩寵が驢馬のやつめに下しおかれたのか、おおっぴらにしたくなかったんだもの。なにしろ、 宮廷中の人間が環になって周りを取り巻いていたんでね。こういうわけで羊飼いの若者と姫君のご婚礼が執り行われ、 お祝いは十四日の間続いた。これがとっても素晴らしく、楽しかったので、語り手のわたしも、それにご招待されて たらなあ、って思いますよ。
ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著『ドイツ昔話集』(一八五七)試訳(その三) 鈴木滿訳・注・解題 解題 原題
Der Hasenhüter und die Königstochter.
A T U 五七〇「兎の番人」 The Rabbit-Herd.
三二
月の中の男の
昔
メルヒェン話
昔むかしの大昔のこと、ある男が大事な日曜 日 ((( ( の朝森へ出掛けて木を 伐 き り、でっかい 薪 まきたば 束 を拵え、これを縛り、背 負い梯 子 ((( ( を差し込んで薪束を背負い、家へ担いで行った。 途中で日曜日の晴れ着を着た立派な男に出逢った。どうやら教会へお参りに行くところらしかったが、立ち止まる と、薪束を担いでいる男に話しかけて、こう言った。 「世の中じゃ日曜日だってこと、ご存じないのかな。この日は、 この世界とあらゆる動物たち、それから人間をお創りになってから、神様がお休みになられたのだ。第三の戒 め ((( ( に、 こ の 祝 日 を 聖 別 せ よ、 と 書 か れ て い る こ と を ご 存 じ な い の か な 」。 こ う 訊 い た の は 実 は 神 様 ご 自 身 だ っ た の だ。 け れ ど も 木 を 伐 っ た 男 は 強 情 っ 張 り だ も ん で こ う 答 え た。 「 こ の 世 の 日 曜 日 だ ろ う と 天 国 の 月 曜 日 だ ろ う と、 そ ん な こ と、 わ し に 何 の 拘 かか わ り が あ る。 そ れ に あんたに何の拘わりがある」 。 「 そ れ で は そ な た は 永 遠 に 粗 そ だ 朶 の 束 を 背 負 っ て い る が よ い 」 と 神 様 は お っ し ゃ っ た。 「 そ し て、 こ の 世 の 日 曜 日 は そ な た に 全 く 無 価 値 な の だ か ら、 今 後 永 とこし え に 月 曜 日 で い て、 月 の 中 に 立 ち、 日 曜 日 に 仕 事 を し て こ れ を 穢 けが す 人 人に対する警告の 徴 しるし となるがよい」 。 そ の 時 か ら 今 ま で ず う っ と 月 の 中 に は 薪 束 を 背 負 っ た 男 が 立 っ て い る ((( ( 。 多 分 常 とこ 永 と わ 久 にそうやっているだろう。ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著『ドイツ昔話集』(一八五七)試訳(その三) 鈴木滿訳・注・解題 解題 原題
Das Märchen vom Mann im Monde.
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