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日本における会計基準の
現状と今後の展望
株式会社クロスフィールド
足立
悠也
All rights reserved Crossfields Co., Ltd. ©, 2014 ( 2 / 6 ) はじめに はじめに はじめに はじめに “会計”は、よく“企業の業績をはかるためのものさし”だと説明されます。すなわち、 業種や規模が異なる企業であっても、会計のルールが同じであれば、その業績を同じレベ ルで表現することができます。そして、会計のルールを規定しているのが、本稿の対象で ある“会計基準”です。 さて、日本の会計制度に目を向けると、適用できる会計基準がもともと 3 つも存在して いました。それだけでも、なぜ同じ国なのに 3 つもあるのか、という疑問が生じますが、 それに加えて、2013 年 6 月には、国内の会計基準は今後 4 つに増える方針で議論が進ん でいることが、新聞等で報道されるようになりました。なぜ、国内だけでこれほど多くの “ものさし”、つまり会計基準が存在しているのでしょうか。本稿では、その理由を整理す るとともに、新たに増えようとしている 4 つ目の会計基準にフォーカスを当てて、今後の 日本における会計基準のあり方を展望することを目的としています。 (1 (1 (1 (1)))会計基準の役割)会計基準の役割会計基準の役割会計基準の役割とととと日本の会計制度日本の会計制度日本の会計制度 日本の会計制度 まずは、基本に立ち返り、会計基準のそもそもの役割を考えてみましょう。 企業は、定期的に“財務諸表” 1 を作成し、投資家(株主や債権者だけでなく、どの企業 に投資しようか迷っている人も含みます)に対して、自身の経営成績や財政状態を報告し ます。投資家は、投資に関する意思決定を行う際に様々な情報を参考にしますが、その中 でも大きなウエイトを占めるのが、財務諸表がもたらす財務情報です。“経常利益”、“純利 益”など収益性を表す指標や、“流動比率”、“自己資本比率”など財務安定性を表す指標な どが代表的な例です。 そして、財務諸表を利用して投資意思決定を行う際に重要なポイントとなるのが、“比較 をすること”です。主に、過去との比較(時系列比較)と、同業他社との比較(企業間比 較)の 2 種類がありますが、比較を行うための前提として、“共通の会計基準を用いている こと”が求められます。 そんな中、日本では、上場企業等が適用する会計基準として、以下の 3 種類が認められ ています。 ① 日本会計基準 ② 米国会計基準 ③ 国際財務報告基準(IFRS) さらに、これらに加えて、日本の会計基準設定主体である企業会計基準委員会(ASBJ) は、現在、④日本版 IFRS(J-IFRS)設定の議論を進めています。これが実現すると、日 本企業が適用できる会計基準は、4 つにまで増えることになります。 さて、会計の重要なポイントとしてさきほど挙げた“比較をすること”、“共通の会計基 準を用いていること”を踏まえると、適用できる会計基準が増えるという状況は、比較の 妨げとなる可能性があり、投資家の混乱を招いてしまうように思えます。つまり、会計の 本来のあり方から逆行しているように見えます。複数の会計基準が適用可能であり、かつ、 更に増えようとしている、日本はなぜこのような状況下にあるのでしょうか。 (2 (2 (2
(2)))米国会計基準と)米国会計基準と米国会計基準と米国会計基準とIFRSIFRSIFRSIFRSの存在の存在 の存在の存在
まず、日本基準だけでなく、すでに②米国会計基準と③IFRS の適用が認められている点 を整理しましょう。
1 「現時点でどれだけ資産や負債を持っているか」という情報を提供する“貸借対照表”や「当期にどれだけ稼いだか」を表す“損益計算
All rights reserved Crossfields Co., Ltd. ©, 2014 ( 3 / 6 ) 前提として、日本基準は、海外(特に米国)の会計基準を後追いしてきた色が濃いため、 海外における日本基準の存在感は、あまり大きくありません。それを表す事象として、例 えば、米国では、日本基準に基づき作成した財務諸表は認められていません。つまり、米 国に上場している日本企業は、日本基準ではなく米国会計基準に基づき財務諸表を作成す ることが義務付けられています(一方で、IFRS による作成は認められています)。そのた め、日本の規定はそうした日本企業に配慮し、米国会計基準で作成された財務諸表を、日 本市場に対して提出することを認めています 2 。すなわち、改めて日本基準に基づいた財務 諸表を作り直す、ということは要請していません。 他方で、エンロン事件 3 以降、米国基準に対する信頼が低下しました。その代わりに、急 激に存在感を増したのが、ヨーロッパ(EU)が中心となって作成された IFRS です。IFRS は、世界的に広まってきており、その流れを受けて、日本でも、2010 年 3 月期から任意 適用が開始されました 4 。なお、2013 年 6 月時点で 14 社が IFRS に基づき財務諸表を作 成しています。 現状は、日本基準という独自の会計基準を持ちつつも、上記のとおり、それをもって国 際市場で推し進めることは難しい状況です。そのため、国際的な潮流に合わせて、米国、 ヨーロッパがそれぞれメインで作成した他国基準の適用も一部認めています。その結果、 既に 3 つの会計基準が存在しているのです。 (参考)表1.米国及び日本市場における各会計基準の適用可否) 日本基準 米国基準 IFRS 米国市場
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外国企業のみ適用可能 日本市場○
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米国基準に基づいた財務諸表を SEC に提出しているケースが該当△
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一定要件を満たせば任意適用可能 13年 5 月時点で 20 社 (3 (3 (3(3))J))JJJ--IFRS--IFRSIFRSIFRSの意義の意義の意義の意義
次に、④J-IFRS について、その位置付けを確認します。 前述の通り、日本において①~③の 3 つの会計基準が認められている中で、2013 年 6 月、企業会計審議会(金融庁の中の組織)は、「国際会計基準(IFRS)への対応のあり方に 関する当面の方針」(以降、「当面の方針」といいます)を公表しました。この「当面の方 針」において、J-IFRS の趣旨に関する記述がされていますので、少し抜粋します。 このような状況の下で、ピュアなIFRSのほかに、我が国においても、「あるべきI FRS」あるいは「我が国に適したIFRS」といった観点から、個別基準を一つ一つ 検討し、必要があれば一部基準を削除又は修正して採択するエンドースメントの仕組み を設けることについては、IFRS任意適用企業数の増加を図る中、先般の世界金融危 機のような非常時に我が国の事情に即した対応を採る道を残しておくことになるなど、 我が国における柔軟な対応を確保する観点から有用であると考えられる。 また、エンドースメントされたIFRSは、日本が考える「あるべきIFRS」を国 2⼤蔵省令である「連結財務諸表の⽤語、様式及び作成⽅法に関する規則」第 95 条が該当します。なお、本省令は、我が国における “一般に公正妥当と認められる会計処理の基準(GAAP)”を構成するものと考えられます、 3⽶国を代表する優良企業とされたエンロン社が、巨額の粉飾決算を⾏っていた事件であり、本事件を扱ったドキュメンタリー映画が制作さ れるほど、インパクトの⼤きいものでした。この事件をきっかけに、⽶国会計基準の信頼性が疑われる事態となりました。 4⼤蔵省令である「連結財務諸表の⽤語、様式及び作成⽅法に関する規則」第 93 条が該当します。
All rights reserved Crossfields Co., Ltd. ©, 2014 ( 4 / 6 ) 際的に示すこととなることから、今後引き続きIASBに対して意見発信を行っていく 上でも有用である。ただし、会計基準の国際的な調和を図る観点から、我が国が行うエ ンドースメントが前向きな取組みであるということについて、国際的な理解を得ながら 進めていく必要がある。 以上、引用した文中では、手を加えていない元のままの(ピュアな)IFRS だけではなく、 自国に合わせて一部内容を修正・承認した、すなわちエンドースメントした IFRS を持って おくことことのメリットが主張されています。エンドースメントにおいて修正する具体的 な対象としては、のれんの償却 5 や開発費の計上 6 など、現行の日本基準と IFRS で会計処理 が異なる分野が該当すると考えられます。すなわち、J-IFRS とは、現行の日本基準と IFRS の中間的(とはいえ、あくまでもベースは IFRS なので、ある程度 IFRS 寄り)な位置付け の会計基準となりそうです。 そして、J-IFRS 策定のメリットとして挙げられているのが、①非常時の柔軟な対応が可 能になる、②IASB(IFRS の作成などを行う民間の機関)に対する意見発信に有用である といった内容です。この点、特に②のメリットについては、2013 年 6 月に自民党が公表 した「国際会計基準への対応に関する提言」 7 (以下、「自民党提言」といいます)の内容と 合致していることに注目する必要があります。「自民党提言」でも、IFRS 策定への発言権 を確保することが必要不可欠である旨が強く主張されています。J-IFRS の大きな意義とし て、“IFRS 策定に関して、将来にわたる国際的な発言権を確保するためのツール”である ことが期待されているようです。 (4 (4 (4 (4)))今後の展望)今後の展望今後の展望 今後の展望 ここまで、日本で適用される会計基準が 4 つにまで増えようとしていることの背景を整 理してきました。すなわち、日本基準が海外市場で通用しないという事実を受けて米国基 準が認められ、その後米国基準の信用低下、および会計のさらなる国際化を受けて IFRS の 任意適用が開始されました。そして、今後はその IFRS に対して“我が国に適した”形へ修 正した J-IFRS を加えるべく、だいたい月に 1 回のペースで専門家が集って検討会を実施 しています。今後のスケジュールとしては、IASB が 2012 年 12 月 31 日までに公表し た基準については、個別基準に関する検討の開始から概ね 1 年、すなわち、2014 年の秋 頃までにエンドースメント手続きを完了することを目指しているようです 8 。 それでは、日本の会計基準が 4 つになった後、会計基準のあり方はどのように変容して いくのでしょうか。 結論としては、上記 4 つの基準が 1 つの基準、すなわち、“日本の意見がきちんと反映さ れたピュア IFRS 9 ”に収斂する方向で(紆余曲折はあるものの)進んでいくことになると 思われます。これについて、少し詳しく述べていきます。 まず、4 つの会計基準が混在している状況は、好ましくありません。(1)で述べた通り、 会計にとって非常に重要なポイントである“比較すること”の妨げとなるからです。「当面 5 ブランド価値を表す“のれん”は、⽇本基準では一定年数にわたり定期的に償却(費⽤処理)するのに対して、IFRS では定期的な償却 は⾏わず、減損の対象とする(価値が毀損したと判断した時点で、その分を損失処理する)規定となっています。 6 “開発費”は、⽇本基準では発⽣した時点で一括費⽤処理を⾏います。一⽅、IFRS では一定の要件を満たす(=将来の利益に直接 結びつく可能性がかなり高い)ものについては資産計上が認められます。 7 ⾃⺠党 Web サイト 政策トピックス:https://www.jimin.jp/policy/policy_topics/121542.html 8 財務会計基準機構 Web サイトの第 168 回の委員会議事に、IFRS エンドースメントのプロジェクト概要が記載されています。 https://www.asb.or.jp/asb/asb_j/minutes/20130710/20130710_index.jsp
All rights reserved Crossfields Co., Ltd. ©, 2014 ( 5 / 6 ) の方針」の中でも、「4基準の並存状態は、大きな収斂の流れの中での一つのステップと位 置付けることが適切である」とあり、あくまでも過渡期の中での一時的な状態だとされて います。会計は経済社会における重要なインフラですから、拙速に事を運ぶのは危険です が、最終的には 1 つの基準への収斂を目指すべきでしょう。 日本にとって、1 つの基準を選ぶとすれば、やはり自国の日本基準になります。しかし、 (2)で述べた通り、日本基準は世界的にあまり強い立場ではありません。ここにきて日 本基準 1 つに立ち戻るのは、これまでの経緯、すなわち、海外基準を受け入れ、かつ、日 本基準についてもコンバージェンスを重ねてきたことを踏まえると、考えにくいことです。 一方で、ピュア IFRS をそのまま受け入れることも、難しいでしょう。そもそも、“ムービ ング・ターゲット”と呼ばれるほど改訂が頻繁に行われている(=成熟していない)基準で すから、無批判に受け入れることには大きいリスクが伴います。 そこで、既存の IFRS をベースに、日本の主張を込めた新たな基準を作成するという選択 になります。そのために、(3)で述べた通り、“我が国に適した”IFRS、すなわち、J-IFRS の作成にあたっており、その大きな意義は、IFRS 策定における国際的な発言権を確保する ことです。
J-IFRS の話から少し離れますが、IFRS 策定側として影響力を持つには、ピュア IFRS の適用が自国内で一定程度広まっていることが求められます(「自民党提言」の中でも触れ られています)。それを受けて、「当面の方針」では、J-IFRS 作成と並ぶ大きな方針として、 “IFRS 任意適用要件の緩和”が掲げられています。すなわち、現在は、①上場しているこ と、②IFRS による連結財務諸表の適正性確保への取組・体制整備をしていること、③国際 的な財務活動又は事業活動を行っていること、という 3 つの要件をすべて満たさないと任 意適用ができませんが、この要件のうち、①③の 2 つを撤廃することで、任意適用のため のハードルを低くし、IFRS 適用企業を増やそうとしています。 こうした方針に歩調を合わせるように、2014 年 1 月から東京証券取引所が「JPX 日経 400」 という指標を新たに導入します。この指標は、構成銘柄(400 社)を選出するた めの判断基準の中に、IFRS を採用している(もしくは採用することを決定している)こと を含んでいます。東証の Web サイトによれば、JPX 日経 400 は「投資家にとって投資魅 力の高い会社」で構成されており、IFRS 適用を明確にプラス要素として捉えています。こ れは、IFRS の適用範囲を拡大させたいという意図が反映されたものではないかと思います。 話を戻しますが、今後の展望としては、まず上述の通り J-IFRS 作成やピュア IFRS 適用 拡大を通じて、IFRS 策定における発言権を確保します。その上で、日本の考えが反映され た J-IFRS を通じ、ピュア IFRS 自体に日本の考えを反映することを目指すことになると思 われます。その結果、うまく反映されれば(ピュア IFRS を J-IFRS に近づけることができ れば)、日本としても、会計基準をピュア IFRS1 つに統一しやすくなるでしょう。そうい った意味で、J-IFRS 作成作業は、日本にとってかなり重要な位置付けになるのではないか と思います。 これまでは、他国基準の動向をウォッチし、他国基準に合わせて日本基準も改定する、 という受け身の姿勢が長い間続いてきましたが、今回の J-IFRS 作成を機に、基準策定側と して積極的に関与できることが望ましいと思います。もちろん、IFRS に関する議論は非常 に利害関係者(関係国)が多いので、そう簡単にいくものではありませんが、今後、どれ ほど日本の意見が受け入れられるのか、J-IFRS 作成の段階から、期待をもって見ていきた いと思います。 おわりに おわりに おわりに おわりに 以上、拙い文章で恐縮ではありますが、日本において、会計の“ものさし”である会計 基準が 4 つにまで増えようとしている状況をきっかけに、J-IFRS の位置付け、そして将来 の姿の展望について述べてきました。近年、欧州での経済危機や日本の震災などもあり、
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IFRS に関する議論が下火になっていたのは事実ですが、2013 年は再び議論が加速するき っかけとなる年だったのではないでしょうか。今後も継続的に IFRS を巡る動向をチェック していく必要がありそうです。