頻発インシデント対策
特集 人工呼吸器の目的は,高濃度酸素の投与,ガ ス交換の改善および呼吸仕事量の軽減です。気 管チューブは,その重要な役割の橋渡しをして います。気管チューブにひとたびトラブルが生 じると,場合によっては生命に危険を及ぼす可能 性があります。そのため,できるだけ気管チュー ブのトラブルは回避しなければいけません。事故抜管と自己抜管
気管チューブのトラブルで最も緊急度が高い 問題は,チューブの閉塞または,計画外抜管で す。どちらも人工呼吸器から換気(酸素)を得 られず,生命に危険を及ぼす可能性があります。 計画外抜管には,体位変換などの処置中に誤っ て抜けてしまう「事故抜管(accident-extuba-tion)」と,患者自身で気管チューブを抜いて しまう「自己抜管(self-extubation)」があり ます。2004年に日本集中治療医学会危機管理 委員会・看護部会から,「事故抜管などのICU におけるインシデントの現状と予防策」に関す るアンケート調査の報告1)がありました。そ れによると,139施設中計画外抜管は3%未満 で,計画外抜管の多くが自己抜管であったと報 告されています。なぜ計画外抜管がよくないのか?
抜管というイベントは,生体の①上気道系,気管チューブ
里井陽介
那覇市立病院 集中治療室 集中ケア認定看護師 2007年那覇市立病院入職後,急病センター配 属,2012年ICU配属。2013年,集中ケア認定 看護師を取得。現在に至る。 ②呼吸器系,③循環器系に生理学的変化を及ぼ します(表1)。 このような生理学的変化は,計画外抜管の際 だけでなく,ウィーニングを進めていって通常 どおりに行われる計画的な抜管であっても起こ り得ます。しかし計画外抜管では,計画的な抜 管と背景が多少異なるため,生理学的変化のリ スクが増大すると考えられます。■
上気道に対する問題
気管チューブのカフが膨らんだまま抜管され ると,カフが喉頭を傷つけるために喉頭損傷の リスクが高まります。喉頭損傷は,挿管期間が 長期間であったり,比較的太い気管チューブが 留置されたりしている時に発生します。抜管後 から吸気時喘鳴(stridor)が発生した場合は, 喉頭損傷を疑います。挿管期間が48時間以上 の患者の約半数で,何らかの嚥下障害を来す可 能性があります2)。さらに,意識レベルの低下 も認める場合には誤嚥のリスクが増大します。■
呼吸器に対する問題
計画外抜管が高いPEEPの設定時に起こった 場合は,ウィーニング後の抜管により,急激に 胸腔内血液容量(心臓と肺の血液容量)や肺血現場対応策1
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計画外抜管と計画的抜管は,生理学的変
化に差がある。
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計画外抜管は,浅い鎮静,夜間や人工呼
吸離脱中に発生しやすい。
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計画外抜管を防ぐためには,鎮静や身体
抑制のみではなく,いくつもの対策を複
合的に行わなければならない。
ここがポイント!抜管によって起こる生理学的変化
表1
竹内広幸他:抜管のすべて,Part1 抜管総論,INTENSIVIST,Vol.4, No.4,P.677 ∼ 685,2012.を参考に作成 ①上気道……誤嚥,喉頭痙攣,喉頭損傷 ②呼吸器系……気管支痙攣,胸腔内血液容量・肺血 管外水分量の変化,機能的残気量の減少 ③循環器系……静脈環流量の増加,収縮期左室壁内 外圧差の減少(図1)管外水分量が増加します。つまり,急激に肺胞 内の水分および心臓内の血液が増えた結果,肺 コンプライアンスの低下から呼吸仕事量が増大 する恐れがあります。 PEEPを付加すると,肺胞が開き,機能的残気 量が増加し酸素化の改善を図ることができます が,抜管によって肺胞が虚脱してしまうため,酸 素化の悪化を招く可能性があります。また,抜 管操作によって気管支に刺激が加わり,気管支 痙攣が誘発される可能性があります。気管支痙 攣の危険因子として,喫煙歴,喘息歴,COPD, 浅い鎮静などが挙げられます。
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循環器系の問題
前負荷および後負荷の増加が問題となります。 人工呼吸器によって胸腔内圧が陽圧になるため, 心臓へ戻ってくる血液の静脈還流は減少します。 右心室は減量されて還ってきた血液量を拍出す ればよいので,負荷が減少します(前負荷の減 少)。また,人工呼吸器は肺へ陽圧をかけて肺 を膨らませます。その膨らむ力で,隣接する左 心室を圧迫します。左心室が肺から押されるこ とで,左心室は血液を拍出する仕事量が減少し ます(後負荷の減少)。抜管に伴ってこれらの 前負荷および後負荷が解除されることで,心仕 事量は増大することが考えられます(図1)。 心機能が低下している患者では,この変化が顕 著に現れることがあります。■
その他の問題
鎮静剤を使用し意識レベ ルが低下している場合は, 自発呼吸のみでガス交換が 十分に行われなければ,再 挿管を余儀なくされること もあります。事故抜管vs自己抜管
計画的な抜管より計画外 抜管の方が再挿管率は高く,事故抜管では再挿 管率が高かったという報告があります。 一方で,患者自身で抜管する自己抜管が計画外 抜管は大半以上を占めていますが,その半数以 上で再挿管の必要はなかったとされています3)。 自己抜管は,呼吸器の離脱中に発生することが 多く,抜管を予定していた日の前日から当日に かけて多く見られる傾向にありました。抜管を 予定している日の前日ということは,浅い鎮静 で管理する傾向にあったり,抜管の予定が立て られるほどに病態が改善していたりする可能性 があります。つまり,病態が改善していたため に抜管後に生理学的変化が起こっても生体が耐 えられたのではないかと考えることができます。 2005年に,日本集中治療医学会危機管理委 員会,日本集中治療医学会看護部会から「事故 抜管などのICUにおけるインシデントの現状と 予防対策」に関するアンケート調査の報告があ りました1)。日本では,自己抜管の再挿管率は 施設によってバラバラであり,再挿管率が40% 未満であったと答えた施設が多くありましたが, 80%以上再挿管をしている施設も17%ありま した。自己抜管後の半数以上のケースで合併症 は生じていないようですが,27%以上の施設 で呼吸器合併症を来したと答えていました。自 己抜管は,6割以上の施設でウィーニング中に抜管によって起こる生理学的変化(循環)
図1
前負荷の増加 後負荷の増加 ①抜管によって陽圧が解 除される ②自発吸気(陰圧)によっ て肺に空気が流入して くる ③吸気による陰圧は上大 動脈,下大静脈の血液 も引く力がある ④静脈環流が増加する ⑤静脈から心臓へ戻る血 液が増える。前負荷の 増加 ①人工呼吸器(陽圧) によって肺に空気を 送る ②肺が陽圧で膨張 ③肺が膨らむ力で心臓 を加圧する ④心収縮の仕事量が軽 減する ⑤抜管すると上記の効 果がなくなり,後負 荷が増加起こったと回答していました。 自己抜管は,浅い鎮静管理を行っている時や, 抜管を予定している日の前日から当日にかけて 起こりやすく,さらに,呼吸器合併症を来す可 能性が高いことが分かります。前述しましたが, 自己抜管によってカフが膨らんだまま抜管する ことで,誤嚥,喉頭痙攣,喉頭損傷,気管支痙 攣などの呼吸器合併症が発生したのではないか と考えられます。
計画外抜管の要因
計画外抜管の主な要因には,患者側の要因と 患者側以外の要因があります。また,患者側の 要因として,鎮静が不十分で体動が激しい場合 や,現状が理解できず安全帯を使用している場 合があります。さらに,患者側以外の要因とし て,経口挿管である場合やチューブの固定が不 十分な場合があります。■
患者側の要因
◎
鎮静が不十分な場合
人工呼吸器装着中の患者に必ずしも鎮静は必 要ではありません。しかし,興奮状態にある患 者に関しては,鎮静深度が不十分であると自己 抜管のリスクが増大します。患者が気管チュー ブを不快に感じ,顔を左右に振る場合は,呼吸 器回路に張力がかかりチューブの位置がずれて しまうことがあります。◎
抑制が必要な状況の場合
抑制が必要な状況とは,患者が正常な判断能 力を失っていたり,精神的に不安定であったり する状態であり,このような状態の時には計画 外抜管の危険性が増加します。■
患者側以外の要因
◎
経口挿管である
一般的に,経口挿管は経鼻挿管より,快適性 および固定性で劣ると言われています。経口挿 管であった場合は,口腔の不快感が増加し,自己 抜管のリスクが増えます。また,分泌物の影響を 受けやすく固定性が悪くなる可能性があります。◎
チューブの固定が不十分,位置が浅い
唾液や鼻腔からの分泌物がテープに付着する と,粘着性が低下します。テープ固定が不十分 だと,体位変換時や強い咳嗽の時に気管チュー ブが移動しやすくなり,事故抜管のリスクが増 大します。また,呼吸器回路を固定しないと, 回路自体の重みで気管チューブにテンションが かかり固定がずれてしまいます。さらに,下顎 もテープで固定する四面固定法では,開口動作 によってテープがずれることがあります。どのような対策をとるか
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計画外抜管は鎮静管理を適切にすると
防げるのか?
「事故抜管などのICUにおけるインシデント の現状と予防対策」に関するアンケート調査の 報告1)では,自己抜管を防ぐ有効な手段は「適 切な鎮静管理」と答える施設が多くありました。 ここで言う「自己抜管を防ぐ適切な鎮静管理」 とは,患者が動くことができないような深い鎮 静深度を保つことであると考えます。事実,ア ンケート調査報告では,自己抜管は,鎮静深度 が深い時には起こっていません。しかし,深い 鎮静管理は合併症のリスクが高く,人工呼吸期 間が延長することが報告されています。 そのため,現在では,人工呼吸中の鎮静管理 は不要な鎮静を減らす目的で,浅く鎮静したり, 1日1回鎮静を中断したりする傾向にあります。 その反面,鎮静を浅くしたり,鎮静を中断し必 要性を再評価したりすることは,「不穏・興奮の 状態」を助長する可能性もあります。 また,アンケート調査の報告でも「平静・平 穏な状態」または,「呼べば開眼する程度の鎮 静」でも自己抜管は発生しています。必要とさ れる鎮静のレベルは患者のストレスの状態や,せん妄などの精神状態により異なるため, 共通の「至適鎮静レベル」は現在は明らか にされていません。 当院では,人工呼吸中の患者の鎮静評価 を行う際は,Richmond agitation-sedation scale(RASS)(表2)を用いています。鎮 静スケールを用いることによって,スタッ フ間で患者の鎮静深度を共通認識すること ができます。RASSのスコアが-2から0の 比較的浅い鎮静で経過している場合は,同 勤務帯のスタッフにも情報共有を行います。 もし,他の患者へ対応している時は,スタッ フへ声かけを行い,鎮静の浅い患者の観察を してもらうようにしています。このように, 誰かの目が届くように配慮を行っています。
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鎮痛管理も忘れずに
人工呼吸中の患者は,気管チューブ留置 による疼痛を感じています。また,疾患や 手術による創部痛,長期臥床による背部痛 など多くの原因で快適性を得られていない ことあります。疼痛は,せん妄を誘発させ る因子の一つです。そのため,人工呼吸中 は鎮痛薬の投与が必要になります。疼痛の 評価として,コミュニケーションが取れる時 には,視覚アナログ尺度(visual analogue scale:VAS),数値評価スケール(numeric rating scale:NRS)を利用し(図2),コ ミュニケーションが取れない場合は,be-hav ior al pain scale(BPS)(表3)などの スケールを用いて疼痛の評価を行います。 スケールを用いて,患者が気管チューブに よる疼痛を感じていないか評価することも 必要です。■
経鼻挿管と経口挿管どっちを選択?
(表4) 経鼻挿管は,経口挿管に比べて径の細い
Sessler CN, Gosnell MS, Grap MJ, et al:The Richmond Agitation-Sedation Scale: validity and reliability in adult intensive care unit patients. Am J Respir Crit Care Med 166:1338-1344, 2002.
RASSによる鎮静の評価
表2
スコア 用語 説明 +4 +3 +2 +1 0 −1 −2 −3 −4 −5 好戦的な 非常に興奮した 興奮した 落ち着きのない 意識清明な 落ち着いている 傾眠状態 軽い鎮静状態 中等度鎮静状態 深い鎮静状態 昏睡 明らかに好戦的な,暴力的な,ス タッフに対する差し迫った危険 チューブ類またはカテーテル類を自 己抜去;攻撃的な 頻繁な非意図的な運動,人工呼吸器 ファイティング 不安で絶えずそわそわしている,し かし動きは攻撃的でも活発でもない 完全に清明ではないが,呼びかけに 10秒以上の開眼及びアイ・コンタ クトで応答する 呼びかけに10秒未満のアイ・コン タクトで応答 呼びかけに動きまたは開眼で応答す るがアイ・コンタクトなし 呼びかけに無反応,しかし,身体刺 激で動きまたは開眼 呼びかけにも身体刺激にも無反応 ステップ1:30秒間患者を観察する。視診のみ(スコア0∼+4 を判定) ステップ2: 1)大声で名前を呼ぶか,開眼するように言う 2)10秒以上アイコンタクトができなければ繰り返す(スコア −1∼−3を判定) 3)動きが見られなければ,身体刺激を行う(スコア−4,−5 を判定)VRSおよびNRSの使用方法
図2
1)視覚アナログ尺度
(visual analogue scale:VAS)痛み
なし 耐えられない痛み
2)数値評価スケール
(numeric rating scale:NRS)0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 100mmの水平な直線上に痛みの程度を患者に印をつけ てもらい,その長さをもって痛みの程度を数値化する 使用方法 0から10までの11段階の数字を用いて,患者自身に痛 みのレベルを数字で示してもらう 使用方法
チューブを用いるため,気道抵抗が大きくなる ことに加え,鼻腔に長期間留置することで副鼻 腔炎を合併する危険性があることから,最近で は経鼻挿管を選択することが少なくなっていま す。インシデント対策として経鼻挿管を選択す ることはあまりありません。