不法行為法改正の課題〔I〕
著者名(日)
三沢 元次
雑誌名
東洋法学
巻
46
号
2
ページ
37-74
発行年
2003-03-01
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00000183/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja不法行為法改正の課題
〔1〕三
沢
一兀次
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目 次 @ 無過失責任概念の確立と必要性 ㈲ 法人無過失責任論 @ 差止の必要性 ㈲ 差止請求権の根拠 e 差止請求権の必要性と根拠 三 被害者の具体的救済の課題 日 過失責任主義の間題点 口 七二二条の問題点 e 金銭賠償の原則と間題点 二 損害賠償法の課題 一 はじめに不法行為法改正の課題 〔1〕 (コ (b)(a) (コ (b)(a) ω 判例の動向 ⑧ 判例の現状と傾向 ⑬ 学説の動向 原状回復的救済論 原状回復的救済の不可欠性 原状回復請求権の法的根拠 ω 七〇九条の権利侵害の意義 ② 民法継受とドイツ・フランス民法の精神 民法上の根拠と解釈 四一七条新解釈の提案ω 条文上の根拠肛D ︹以下次回に続く︺ 38
はじめに
民法制定からすでに百十余年を経過し、その間の時代の流れや社会実態の激変、そして人間関係の変質や高度 工業化社会の出現と情報化社会へと、かつて想像もされなかった世界的変革の中で、大きな改正もなく機能して いる我民法典にまさしく驚嘆を憶えるところである。勿論時の流れや状況に対処すべく民法を補強する多数の特 別法の制定や、学説や解釈の補充或いは判例による法創造と運用で、今日迄それ程の支障もなく何とか法の秩序 と正義と体面を維持してきた。しかしながら、そこには次第に埋め難い溝と法の欠鉄する部分や特別法では補填の出来ない場合も生じてきて、 このような彌縫策では時代に対応しきれない状況も惹起しており、法学徒の解釈能力や裁判実務の運用能力を超 える部分も生じてきている。 この事は民法全編の課題でもあり、ローマ法以来の人間の英知と伝統を活かし、更に次の時代に引き継がれる べき私法の原則法たる民法典の発展改正が望まれるところである。 そこで今回は、不法行為法の分野に限って、今後に期待される改正の方向性ないし間題点を探り、時代の推移 と社会実態に対応し法の理念を保つ法創造への課題を明らかにせん事を試みるものである。 二 損害賠償法の課題
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e 金銭賠償の原則と問題点 @ 不法行為における損害の賠償は金銭賠償を原則とし、これが被害者にとって最も有効且便宜としてきた従 来の通説・判例は、近来の不法行為現象の多様化と複雑化に対処しえなくなってきている。すなわち今日迄の社 会・経済実態を支えてきた不法行為法と損害賠償の理論的破綻の現実と、被害者の具体的な救済及び社会的正義 の必要性から、新たな解釈の方向と手段の模索が不可欠と言いえよう。 また、不法行為が裁判の結果認められれば、金銭によってのみそれを賠償すれば良いという金銭賠償の原則は、 弱者切り捨ての強者の論理であって、紛争解決の手段として衡平でも妥当でもなく、不法行為の防止の効果に役 39不法行為法改正の課題 〔1〕 立っていない事も明らかになってきた。確かに通説・判例が近代資本主義制度とその発展に大きく寄与し、金銭 賠償の原則が最も適した救済方法として多くの実益を挙げえたし、社会の急激な発展や経済ないし産業優先等現 実の社会実態の中で止むをえない点も存したと思われる。 そこで今後の損害賠償の方向と在り方を探るために、現行民法及びその解釈・運用の論理的な誤りとその実態 を明らかにし、今後の在るべき必要性と可能性を明らかにせんとするものである。 ㈲ 通説的見解が﹁不法行為の制度は、違法行為からすでに生じた損害の填補をさせるものであって、現にな されている違法行為の停止︵妨害排除︶ないし将来なされるべき違法行為の予防︵妨害予防︶の請求権は、不法 行為から直接に発生はしない﹂とし、その理由は、﹁いやしくも権利である以上侵害に対しては妨害排除請求権が あるとか、不法な侵害に対してはその排除が認められなければならないとかいうことは、理論的にありえない。﹂ ︵−︶ として金銭賠償の原則を強く擁護してきた。 この通説的見解並びにそれに追随した多くの学説・判例が多数の悲劇を生みだし、社会を間違った方向に導い てしまった点は後に論証するところである。 通説において、権利である以上当然侵害の排除が認められなければならないという事は理論的にありえないと し、その理由は権利ないし利益の種類によって救済の程度の差が生じ、どこまで救済を認めるかは立法政策の間 題とする。これはパンデクテン法学の特色を承継する我民法の物権・債権という権利の差異ないし区分を前提と しているようであるが、権利ないし利益の種類や性質の差異があり、その保護の程度に差異の生ずる点も、また 40
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立法政策による対応の必要性も当然の事である。さればこそ、侵害の態様にも被害の状態にも種々あって、その 救済のあり方にも必要に応じた適切な形態や保護の態様を認めるべきであろうし、ここで間題となる不法行為H 加害現象に対する対処にはむしろ不可欠な態様・救済となるのが、妨害排除請求であろう。確かに物の滅失や生 命侵害の如くその回復や再生は不能となる侵害では金銭賠償による填補ないし救済しかなしえないとしても、必 ずしもかかる侵害結果ばかりでなく、場合によっては継続的侵害の停止や回復可能の請求の如く、不可欠な侵害 状態への対応の必要性が認められるべきであろう。 また権利を認める理論的前提として、あらゆる侵害に対しそれを放置しておく事なくその排除なり停止なりの 権能を認めるのでなければ、それこそ権利そのものを否定する結果となる。 @ 今日権利侵害ないし違法行為が不法行為を構成した場合、当然に加害者は七〇九条以下の規定に従い、そ の損害を賠償しなければならず、通説・判例はあくまで四一七条準用による金銭賠償しか認めない。しかしなが ら、生命侵害のような回復不能な加害の場合に限らず、侵害の態様によって他の必要な救済も可能となる。例え ば現に権利の侵害がなされそれが継続している場合に、被害者はただ侵害状態を傍観すべきで、それが後に裁判 で不法行為と評価されれば金銭による賠償で救済されるとするのが法の論理とするのであろうか。 不法行為の効果として民法の認める金銭賠償の原則は、有責違法な加害者に対しその責任を追及し、結果的に 被害者は金銭のみで救済されるとされてきた。これは結果責任の追及であり事後救済のためのものであり、必ず しも被害者に必要なそして十分な救済とはならない事が明臼となった。権利一般の原則として消極的・外在的効 41不法行為法改正の課題 〔1〕 力としての事後救済のみならず、積極的・内在的な効力として侵害排除や再発防止がなしえなければ、権利を認 める前提要件を否定することになる。 民法上も正当防衛及び緊急避難による自力救済︵七二〇条︶を認め緊急事務管理︵六九八条︶では排除が違法性 を阻却するが、これらはあらゆる権利侵害や不法行為に対する排除力の生ずる根拠の存する事を示している。 過去における各種公害や生活妨害で、例えば騒音・振動・水質汚濁・土壌汚染・悪臭等はどんどん排出・伝播 させても、その行為が結果的に違法となれば或いはそれが原因で疾病人が生ずれば、はたまた被害者が訴訟で勝 てば損害金を支払えば良いともし考えられているとすれば、そしてこれが民事責任として何らの罰則の効果も生 じないのなら、これこそ不法行為を助長し公害をまきちらし、被害者の犠牲のもとに加害者を利する結果となる であろう。 民法は私法の原則法としてその基本的な役割を担いつつ、特殊・具体的な私的関係をも規律しており、不法行 為の規定も両面の役割を持つものである。 例えば特別法たる不正競争防止法一条ノニ第二項・鉱業法一一一条・特許法一〇〇条一〇六条一九六条以下・ 商標法三六条七八条以下等においてそれぞれの妨害の態様に応じ差止や原状回復的救済を認めるのみならず、時 にこれら権利への侵害は犯罪と同様刑罰の対象となる程厳格な保護と救済を図っている。これら特別法によって 保護せられる権利より、民法上の権利一般が不法行為にさらされた場合それら以上の保護・救済を要しない次元 の低い或いは微弱な権利であるとは到底理解しえない事である。勿論特別法において救済せられるのは特別の理 42
由が存するとしても元来これらの権利もほぼ民法より派生し分離独立せられた経緯からみても、私法上の権利一 般を保護する民法の原則的規定が、かかる基本的権能と役割を放棄し救済手段を否定するとする事は、法の理念 に背違し許されない事ではなかろうか。
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⑫ 七二二条の問題点 @ 民法七ニニ条は不法行為による損害賠償に四一七条を準用している。 この四一七条の規定は金銭賠償の原則を定めるものであるが、これは本来債務不履行︵四一五条︶の結果生ずる 損害賠償の規定である。債務不履行は当事者の合意即ち契約関係等が存した後に、履行遅滞・履行不能・不完全 履行等の結果生ずる債務不履行による損害の発生を填補する事を目的としており、おまけにその前提として民法 は四一四条において履行の強制を予定している。 この準用は異質の法律要件を混在させ、本来的に準用そのものが間違いであり、別途不法行為の中に規定を設 けるべきであったと思われる。 更に四一七条は、契約等の合意を前提としているからその損害賠償としての金銭賠償は﹁別段の意思表示﹂を 予定していて、その意思表示なき時の賠償方法である。即ち別段の意思表示として、例えばXの土地に代えYの 土地を引渡す場合のある事の合意があれば、その約束に従えという事となり、金銭賠償でなく履行の強制の対象 ともなる。 43不法行為法改正の課題 〔1〕 不法行為の場合においては、継続的ないし回帰的な侵害でない一般的不法行為は、突発的ないし一時的な加害 によって侵害が終了するものであるから、ここで言う別段の意思表示を事前になすのは不可能であり、無意味な 規定とされている。その意味で七二二条が四一七条を準用すべきではなく、本来七〇九条以下において不法行為 に適した損害賠償の規定を設けるべきであった点、立法者の間違いという事になるのであろうか。 ⑥ 最高裁による四一六条の不法行為への準用と問題点 四一六条は契約責任についての損害賠償の範囲として、債務不履行によって生ずる通常損害及び特別損害につ いて規定している。 これを不法行為に類推適用する判例は﹁不法行為二因リテ生ズル損害ハ、自然因果関係ヨリ論ズルトキハ、通 常生ジ得ベキモノナルト特別ノ事情二因リテ生ジタルモノナルトヲ間ハズ、又予見シ若ハ予見シ得ベカリシモノ ナルト否トヲ論ゼズ、加害者ハ一切ノ損害二付責二任ズベキモノト謂ハザルヲ得ズト錐、其ノ責任ノ範囲広キニ 過ギ加害者ヲシテ無限ノ負担二服セシムルニ至リ吾人ノ共同生活二適セズ、共同生活ノ関係二於テ其ノ行為ノ結 果二対スル加害者ノ責任ヲ間フニ当リテハ、加害者ヲシテ一般的二観察シテ相当ト認メ得ル範囲二於テノミ其ノ 責二任ゼシメ、其ノ以外二於テ責任ヲ負ハシメザルヲ以テ、法理二合シ民法第七〇九条以下ノ規定ノ精神二適シ タルモノト解スベキモノナレバナリ。然リ而シテ、民法第四一六条ノ規定ハ、共同生活ノ関係二於テ人ノ行為ト 其ノ結果トノ間二存スル相当因果関係ノ範囲ヲ明ニシタルモノニ過ギズシテ、独リ債務不履行ノ場合ニノミ限定 セラルベキモノニ非ザルヲ以テ、不法行為二基ク損害賠償ノ範囲ヲ定ムルニ付テモ同条ノ規定ヲ類推シテ其ノ因 44
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果律ヲ定ムベキモノトス。而シテ物ノ通常ノ使用収益二因リテ得ベキ利益ノ喪失ハ不法行為二因リテ通常生ズベ キ損害ヲ包含スルモノナレバ、被害者ガ物ノ特殊ノ使用収益二因リ得ベカリシ利益ヲ失ヒタリシトシテ之ガ賠償 ヲ請求スルニハ、民法第四一六条第二項ノ規定二準拠シ、不法行為ノ当時二於テ将来斯ル利益ヲ確実二得ベキコ トヲ予見シ又ハ予見シ得ベカリシ特別ノ事情アリシコトヲ主張シ且立証スルコトヲ要スル﹂。として、この判決に よって不法行為による損害賠償に四一六条の類推適用を認めるリーディング・ケースとなり、その後の判例法の ︵2︶ 形成の役割を果し現在も最高裁において支持されている。 ところでこの相当因果関係理論は、加害行為によって現実に生じた損害のうち、当該の場合に特有な損害を除 き、当該加害行為があれば通常生ずるであろう損害を賠償の対象とするものである。しかし不法行為では、契約 関係と異なり特別な債権債務で結合されない当事者間で、おまけに突発的に発生するものである。何が通常損害 であるのか、また特別損害が予見可能性にかかわらしめられている点、不法行為には不可能な概念構成となり、 まさしく不合理となる。 七二二条の間題点でも述べたように、これも本来七〇九条以下において規定を設けるべきもので、規定の欠鉄 として立法者の誤りと言わざるを得ないが、更に安易な類推適用という法の運用にも問違いがあったのではなか ろうか。 不法行為の成立要件として、何が原因で損害が発生したのか︵原因と結果の関係︶と、どこまで損害賠償の対 象として救済すべきなのか︵対象と救済範囲︶を明確に区別し、更に特別損害は後に述べるように加害の悪性の 45不法行為法改正の課題 〔1〕 程度や賠償範囲の拡大性、及び懲罰的な責任性の側面から再検討すべき時であろう。 日 過失責任主義の問題点 @ 無過失責任概念の確立と必要性 qD 不法行為の成立要件として故意・過失の存在を必要とし、これを過失責任の原則として通説・判例は支持 している。その理由は﹁原因主義ガ厳二失シテ各人ノ活動ノ妨害ヲ為シ実際ノ生活二適セサルコトハ多数ノ立法 例二於テ確認スル所ニシテ学説トシテ正当ナルベシト錐モ立法上二於テハ固ヨリ採用スルコトヲ得サル理論タル ニ過キサルニ因リ本案ハ既成法典ノ如ク過失主義二従フモノニシテ故意又ハ過失ノ存セサル限リハ賠償ノ責任ヲ ︵3︶ 生セサルモノトス﹂としている。 現代社会において個人というよりむしろ企業が、科学技術の発達と大量生産・大量消費や広域活動の活発化等 産業構造の変化に伴い、各種の事業活動が様々な危険性を包蔵しまた大規模化等によって、かつては予想もされ なかった事故や危険を多発させ、従来の過失責任の原則での社会的正義や公平の観念では対処しきれない多様な 社会となっている。更に大規模で複雑な施設・設備等に関連して生ずる事故や災害にあっては、原因者側に過失 があったことの立証が不可能となるケースも増加している。 昨今危険責任ないし報償責任の理論と根拠から次第に無過失責任の妥当性も認められ、各種の特別法の制定も みられるところとなり、特に近年の例として﹁製造物責任法﹂の成果が注目されるところであり、一応妥当で公 46
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平な対応が図られているように見うけられると言いえよう。しかしこのような特別法を対処的に増加させるだけ の彌縫策では、対応しきれない現代社会の多岐的な各種現象を直視し、法の論理の確立と整備を図るべき時であ る。 そこで今回特に企業による事故と災害や近隣に与える危険・拡大する被害や損害に対し、ますます必要となっ ていき且今後対応していけるべき法の理論日企業責任における無過失の根拠について、その必要性と法的根拠を 明確にせんと試みるものである。 ㈲ 法人無過失責任論 qD 我民法は過失責任を原則とし、学説・判例において危険責任及び報償責任の理論を用いて企業責任につい ての過失理論を修正せんと努力し、殊に公害訴訟において加害行為と被害発生との因果関係の立証に関わり、被 害者側の立証責任の軽減に努めている。 法人の権利能力及び不法行為能力は、通説である法人実在説で組織体説を前提として自然人と同等なものとし て扱われ、特に自然人に特有なもの以外の各種の能力を認められている。﹁個人以外にこれと同様に、一個独立の ︵4V 社会的作用を担当することによって、権利能力の主体たるに適する社会的価値を有するもの﹂とされている。そ して理事その他の代理人がその職務を行うにつき他人に加えた損害の賠償責任も生ずる事となる︵民法四四条︶。 この法人の能力の本質は何か。またこの企業の不法行為責任は、民法七〇九条以下に定める一般不法行為の要件 を備える事で、自然人と対等の立場に置かれた能力として認められているが、はたしてそれが妥当とされる根拠 47不法行為法改正の課題 〔1〕 は何であるのか、ここでは特に責任能力と過失論について検討してみよう。 ② 現代社会に最も影響力をもち大きな活動能力を有する株式会社において、その意思決定機関と執行機関の 分離の不可欠性はともかくとして、意思決定の最高機関たる株主総会は、単に利潤追及を目的とした出資人の集 合体であり、それも社員相互は全く未知で関りを持ちえない多数人の存在でしかない。これらの株主がその意思 決定に対しどれだけの社会的責任の自覚を有しうるものか、また執行機関のいかなる行為にも出資の限度の責任 しか有しない社員に、執行機関の社会的行為に対しどれだけの責任をいかに及ぼしまた負いうるのか。他方で執 行機関は総会のなおざりなのはやむを得ないとしても、それだけにいかなる手段を講じてでも最大級の利益をあ げるべく全力をつくす責任を株主に対して負っている。これこそ人の集合体の組織としての特性と可能性であり、 自然人の如き個としての一貫性ないし倫理感とか理性は存在せずまた不変的な責任観念も有しえず、これこそ企 業の発展の原動力としての可能性でもあるが、この点で自然人と全く異質の存在性を証明している。企業の社会 的実在性の本質は、諸種の要因とその実態や可能性・変質性を明確にし、企業意思とその実行の過程や結果の影 響等を分析検討してこそ、その独自の存在としての再評価をなし独自の現代的な価値基準や不法行為能力を与え うるものであり、その上でその責任論を論ずべきかと思われる。 企業体は自然人としての人間とは全く異質の存在で人の集合組織であり、これを自然人と同等・同質の社会的 実在として扱い、少なくとも相互の過失の責任を等値し対等として、立証責任や賠償責任とその能力等を平等と 認め対等に扱っている法の論理は不合理ではなかろうか。まさに自然人と違った実在としての企業の異質性及び 48
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近来の変容性を認識せず、社会的作用の担当能力があるとして自然人と対等同質の権利能力と不法行為能力を認 めてきた点に重大な誤りがあったようである。企業はまさしく組織体としての実在性とその能力・価値・責任等 を多面的に分析し論証し自然人と異質な社会的有機的存在である事を明確にすべき時期である。特に独立の社会 的作用の担当者として社会的価値があると錯覚し、利点のみを強調し優遇してきた結果、各種公害をはじめ企業 犯罪・環境汚染や破壊等、個人としての自然人ではなしえない予測もしがたい害悪を社会に或いは世界にもたら してしまったのではなかろうか。 従来の過失論と因果関係の立証責任の間題は、本来自然人を対象に組み立てられてきたものであり、企業と自 然人とを等値すべきでない部分即ち異質性なり異次元的存在性なりが明臼となれば、少なくともここで間題とさ れる過失の立証責任は常に加害者である企業の側に転換せしめ被害者たる自然人の立証責任を免責しうるのみな らず、ここに法人無過失責任導入の根拠の可能性を見い出しうる。 企業の社会的実在性は、企業が独立の存在として社会的作用を担当するに適した社会的価値がある点に根拠づ けられるとする。しかしはたして多くの企業にその価値と能力のある事の論証が可能であろうか。確かに国家・ 公共団体を始めとする公共的公益法人や社会福祉を目的とする財団・社団等、社会的使命と役割を担ってその存 在価値も有用性も認めうるものも多いであろう。また各種公益事業や優良企業が多数実在し、社会的役割と責任 を果し、国家社会のみならず国際的な発展平和に貢献している場合の多いのも事実である。ところが一方企業の 社会的使命の自覚さえ疑わしく、利潤の追及と競争の論理のみに従い倒産の危険にさらされるが故に他を顧りみ 49不法行為法改正の課題 〔1〕 ない企業の不正・不法も増加している。近時の雪印・日本ハム・産業廃棄物の不法投棄・三菱自動車の二〇年に 及ぶ欠陥リコール隠し、JCO事故・東電の原発損傷に関する隠ぺい体質等の事例では、まさしく企業の性悪説 を確認できるような責任と自覚の欠如がはなはだしいものである。 自然人に故なく加害をなした場合、国家公共団体と言えども許されず、もっぱら社会的使命を果す為であって もまた不可抗力であったとしても、無過失の責任を負担し被害者の救済が必要となる。まして自己の利益の追及 のみを目的として活動している一般企業に、自然人と社会生活の安全を脅かし被害を与える事の正当な抗弁すな わち無過失に伴う免責を、権利として認める事の不自然さはまさに法の論理とは認めえないであろうし、そもそ も自然人に害悪を及ぼす危険な企業は本来存在すべきでなく、ここに企業無過失責任論の理論的根拠があると確 信する。 この企業無過失責任論を立証する一つとして、先年制定された製造物責任法において、従来の不法行為におけ る過失責任の原則が、安全性を欠いた製品たる危険な欠陥製品による被害U即ち危険責任の法理に置き換えられ、 ここに民法法理の重大な転換がなされた事でも実証されているだろう。またここでは仮に無過失の立証をしても、 企業は免責されない事となる。 今日危険な企業活動は単に近隣に被害をもたらすだけではなく、商品の大量生産と大量販売や流通機構の整備 等によりその危険性と被害を拡散し、且永続的な未知の危険をもたらすような環境ホルモンの被害等も増加して いる。更に水質汚濁・食品や薬品公害等の国内的な被害のみならず、海洋汚染・酸性雨・フロンに伴うオゾン層 50
の破壊と温暖化・有害有毒物質による汚染商品の輸出等、地球環境の汚染や破壊の原因が特に先進国としての日 ︵5︶ 本の企業活動と生産活動によってもたらされた責任を自覚すべき時である。 特に最近企業の社会的責任︵CSR︶への認識が高まっており、セリーズの原則等にも見られるように、企業 活動と世界戦略でも、今後の重要課題となるであろう。 ︵1︶ 加藤一郎﹁不法行為﹂一二三頁、我妻栄﹁事務管理・不当利得・不法行為﹂新法学全集一九七頁。 ︵2︶ 大連判・大一五・五・二二民集五巻三八六頁、最判昭四八・六・七民集二七巻六号六八一頁、最判昭四九・四・ 二五民集二八巻三号四四七頁。 ︵3︶ 民法修正案理由書附質疑要録下七〇八条二頁、幾代・徳本﹁不法行為法﹂四頁。 ︵4︶ 我妻栄﹁民法総論﹂二六頁。 ︵5︶ 拙稿﹁懲罰的損害賠償論﹂東洋法学第三六巻第二号六六頁。
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(1)(a)() 三 被害者の具体的救済の課題 差止請求権の必要性と根拠 差止の必要性 今日通説・判例の認める金銭賠償の原則だけでは、 不法行為における被害者の具体的救済が不十分であり、 51不法行為法改正の課題 〔1〕 他面権利の否定につながり強者を利する論理である事が明臼となったのは、先に述べた通りである。権利一般の 原則として、単に金銭で賠償すれば良いという事後救済の消極的・外在的効力のみならず、違法・不当な侵害に 対する積極的・内在的効力が当然存するはずである。すなわち侵害状態の惹起と共に本来排除力が生じるもので、 権利侵害ないし妨害状態は放置し事後においてそれらの行為が有責違法と裁判所が判断し不法行為となれば金銭 賠償で済むとするのではなく、可能な限り直ちに妨害排除としての差止や侵害除去の権利が生ずべきは自明の論 理である。 これについてその差止請求権の法的根拠として次のような立場から論じられていた。④物権的請求権・物権化 ︵6︶ ︵7︶ ︵8︶ ︵9︶ した借地権に求める説・◎不法行為説・㊦人格権説・e環境権説等で論じられてきたが、未だ論議の決着がつい ︵−o︶ ていない状態にある。 しかしながら近年の傾向は差止請求権の必要性を是認する学説も増加し、その必要性の要件や範囲についても ︵1 1︶ 次第に明確なものとなりつつある。 そこで具体的にいかなる場合に差止を認めるべきか、そしてその法的根拠はいかなるものか、を明確にすべき であり、次に整理してみよう。 ④ 公害のように煤煙・臭気・騒音・土壌汚染・水質汚濁等の排出伝播等によって周囲の生活環境を悪化させ、 人々の健康やその他の生活に各種の妨害ないし悪影響を及ぽす場合。ここでの加害状態は継続的・反復的なもの であり、差止を認めなければ被害の拡大ないし増大させ被害が深刻となり、また被害者の救済をより困難にする 52
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︵12︶ 恐れのある場合である。 ◎ ④のような広範囲ないし多数人に被害を及ぼさないけれども、産業廃棄物業者による反復的な不法投棄・ 産廃処理業者によるダイオキシンの排出被害・薬品や有害物質による大気や水質汚染・近隣への振動等の加害行 為への差止請求の必要性。 ㊦ すでに立法化されて解決している場合もあるが、例えばストーカーに対する名古屋地裁の六項目にわたる 仮処分で、男に禁じられた行為は、車の追跡・自宅や勤務先への訪間や付近のはいかい・自宅や勤務先への電話・ 物品・文書の送付・車への張紙等で、女性の将来にわたって予想される著しい損害を避けるための差止の場合で ︵13︶ ある。或いはドメスティック・バイオレンスのような緊急避難処置の必要な場合等である。 ㈲ 差止請求権の根拠 ω 判例の動向 初期の判例においては﹁不法行為二因ル単純ナル損害賠償ノ請求ナル以上ハ其賠償方法ハ 必ズ金銭ノ賠償二依ルベキモノニシテ⋮⋮金銭以外ノ給付ヲ以テ賠償方法ト為スコトヲ許サザルコトハ民法七二 二条同四一七条ノ規定スル所ナリ﹂とし、或いは﹁損害ノ賠償ハ別段ノ意思表示ナキトキハ金銭ヲ以テ其額ヲ定 ムベキコト民法第四一七条二規定スル所ナルガ故二賃借人ハ其占有二係ル賃借物ヲ他人ノ為メ不法二占有セラレ タル場合二於テモ占有権二基ク訴二依リ其物ノ返還ヲ請求スルハ格別賃借権若クハ損害賠償請求権二依リ之ノ引 渡ヲ請求スルコトヲ得ベキニアラザルナリ﹂と判示している。その後、﹁権利者ガ自己ノ為メニ権利ヲ行使スルニ 際シ之ヲ妨クルモノアルトキハ其妨害ヲ排除スルコトヲ得ルハ権利ノ性質上困ヨリ当然ニシテ、其ノ権利力物権 53不法行為法改正の課題 〔1〕 ︵14︶ ナルト債権ナルトニョリ其適用ヲ異ニスベキ理由ナシ﹂として賃借権に基づく妨害排除の請求を認めた。 その後債権に基づく妨害排除請求を否定する判決或いは救済に動揺を示しながらも具体的救済を図ろうと努力 する判決もあった。次に多数の被害者が健康に影響を及ぽす程度の被害を受け居住地・住居を生活活動の場とし て利用することが困難となる蓋然性が高い場合には、その被害は金銭的補償によって回復しうる性質のものでは ないとし、受忍限度論によって差止を認めた。また人格権の内容をなす利益は人間として生存する以上当然に認 められるべき本質的なものであって、これを権利として構成するに何らの妨げなく実定法の規定をまたなくとも 当然に承認されるべき基本的な権利であるというべきであるとし、このような人格権に基づく妨害排除および妨 ︵15︶ 害予防請求権が私法上の差止請求権の根拠となりうるものとして、大阪空港騒音事件はその差止が認められた。 そして利川製鋼差止請求事件の判決で注目すべき論理が展開された。すなわち﹁およそ何人であれ、この地上 に生を享けている以上、平穏で快適かつ健康な生活を営む利益が保障されなければならない事は条理上当然であ る。従って右利益が違法・有責な他人の行為によって侵害されその侵害の程度が著しく、且このような侵害が将 来にわたって継続する高度の可能性が存在する場合には、被害者としては特段の免責事由の存在しない限り即ち 侵害行為の社会的有用性・差止により加害者の蒙る損害の大きさおよび加害者の防除措置に対する努力等が右侵 害避止義務を免責する程度のものでない限り加害者に対し一定の限度で右侵害の差止を請求しうるものと解すべ きである。過去における違法有責な行為に対する被害者の損害賠償請求権を規定している民法第七〇九条がこの ような当然の事理を否定する趣旨を含んでいるものと解されるべきではない。﹂として、損害賠償と共に差止請求 54
︵16︶ を認めたものである。 この判決の如く七〇九条と正面から取り組み、その条理を当然の根拠とし且七〇九条に差止請求の法的根拠を 求めんとする点に特色を有し、このような論理的根拠の追及を今日まで看過してきたようである。
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︵6︶ 我妻﹁物権法﹂一七六頁、川島﹁民法1﹂二〇〇頁、舟橋﹁物権法﹂三六頁。 ︵7︶ 加藤﹁不法行為﹂二九二頁、加藤編﹁公害法の生成と展開﹂加藤二〇頁。 ︵8︶ 加藤編前掲、幾代二九八頁。 ︵9︶ 中井美雄﹁不法行為﹂一七〇頁以下。 ︵lo︶ 幾代・徳本﹁不法行為法﹂三一八頁。 ︵11︶ 幾代・徳本前掲三一五頁。 ︵正︶ 加藤編﹁注釈民法⑲﹂一六八頁。 ︵13︶ 朝日新聞一九九九・十一・十七12版一五頁。 ︵14︶ 大判明三七・十二・十九民録十輯一、六四一頁、大判大十・二・十七民録二七輯三二六頁、大判大十・十・十五 民録二七輯一、七八八頁。 ︵正︶ 広島高昭四八・二・十四判時六九三号二八頁、大阪高昭五〇・十一・二七判時七九七号三六頁。 ︵16︶ 名古屋地判昭四七・十・十九判時六八三号二一頁。 ω 判例の現状と傾向 ①差止を認めんとする下級審判例も次第に増加してきたが、その類型なり根拠なりも変化しており概ね次の ようなものである。④物権的請求権説。所有権・占有権等の物権を有する者が、物権の行使を妨害している者に 55不法行為法改正の課題 〔1〕 対しての妨害の排除・予防の請求を認めるケースであり、占有訴権︵民一九八条∼二〇一条︶・所有権等の本権に基 づく権利︵民二〇二条︶或いは最近抵当物件を不法占有する者に対し抵当権者が明渡請求を有するとする判例や、 対抗力を有する債権特に建物所有を目的とする土地及び建物の賃借権等に妨害排除を認めるケースも増加してい ︵17︶ る。 ◎人格権説。名誉殿損・信用殿損︵民七二一二条︶・プライバシー・パブリシティ・肖像権及び人格権一般に基づ く差止を認めるケースであり、場合により謝罪広告・駿損にかかる物の撤去・廃棄の請求・名誉信用の回復等広 ︵18︶ い被害の回復を認める。㊦不法行為説。煤煙・臭気・振動・土壌汚染等によって、周囲の生活環境を悪化させ人々 の健康被害やその他の生活に各種の妨害ないし悪影響を及ぽすいわゆる公害等について、そこでの継続的な侵害 行為や加害状態を除去する必要から認めるケースであり、違法性や過失と因果関係の議論もあるが最近の傾向と ︵19︶ して差止を認めるものが増加している。e環境権説。これは良き環境を享受しかつこれを支配しうる権利として の環境権が侵害された場合、環境権を基礎にして差止を求めんとするものである。しかしこの説に対しては、実 定法上の根拠に乏しいことや権利としての内容や外延があいまいであり、権利者の範囲もはっきりせず、差止の ︵20︶ 根拠となる排他的な権利として認める事はできないとの批判も強く、これを認めた判決は下級審でも存在しない。 ㊥特に最近注目されるのは、大気汚染公害での有害物質の排出差止命令として尼崎公害訴訟及び同様の名古屋南 部大気汚染訴訟である。尼崎訴訟では、自動車の排ガス等による大気汚染に苦しむ尼崎市の公害病認定患者と遺 族ら三百七十九人が、阪神間を結ぶ国道2号と同43号、阪神高速道路を設置・管理する国と阪神高速道路公団を 56
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相手に、一定水準を上回る大気汚染物質︵浮遊粒子状物質・二酸化窒素等︶の排出差止と計約九十二億円の損害 賠償を求めた。これに対し、原告のうち五十人について排ガスと一部の健康被害との因果関係を認定し、国と公 団に計約三億三千万円の支払と、国と公団は国道43号の沿道五〇メートルで、浮遊粒子状物質について一日平均 値で一立方メートルあたり○・一五ミリグラムを超える大気汚染物質を形成してはならないとした。自動車排ガ ︵瓢︶ スに含まれる有害物質の排出差止の必要性を道路公害裁判史上初めて認める画期的な司法判断である。その後原 告住民側と国・公団側が同年十二月八日に和解する方向で合意し、国側が大型車の交通規制の必要性に言及して 大気汚染対策を約束する一方、原告側も一審神戸地裁判決で認められた約二億円の損害賠償の請求権を放棄する。 一審判決が認めた差止請求については、和解成立後に原告側が放棄するという当事者間の合意で、提訴以来十二 年ぶりに終結した。また名古屋南部大気汚染訴訟では、工場排煙と自動車排ガスによる複合汚染で気管支ぜんそ くにかかった等として、名古屋市と愛知県東海市の公害病認定患者と遺族ら百四十五人が、中部電力等企業十社 と国道を管理する国を相手に計約四十二億円の損害賠償と汚染物質の排出差止を求めた。これに対し、死者を含 む患者九十六人について工場排煙と健康被害の因果関係を認め、また国道23号の沿道に住む三人については排ガ スとの関係も認めた。そして企業十社に連帯して計約二億九千万円・国に計約千八百万円の損害賠償を認め、更 に国の道路沿道の排ガス防止策は不十分として、同年一月の尼崎判決に続き排ガスに含まれる浮遊粒子状物質 ︵22︶ ︵SPM︶について一定濃度を上回る排出差止を命じた。これにより十一年に及ぶ訴訟も後は企業側及び国側との 和解交渉が注目される。 57不法行為法改正の課題 〔1〕 ︵17︶ ハ18 ) ︵19︶ パ パ パ
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) ) ) 朝日新聞二〇〇〇・十一・二七夕刊一頁。 朝日新聞二〇〇〇・一・三一夕刊一頁。 中井美雄﹁不法行為﹂一七一頁、法律文化社。 ごみ焼却場禁止東高判昭五七・八・二五、訟務月報二九巻三号三四五頁。 騒音公害東京高判平元・八・三〇判時一三二五号六一頁。振動差止大阪高判平四・二・二〇判時一四一五号三頁。 三・九・二六判時一四〇〇号三頁。 最大判昭六丁六・十一民集四〇巻四号八七二頁、大阪地判平六・四・二七判時一五一五号二六頁、東京高判平 京高判平八・三・一八判夕九二八号一五四頁。 最大判平十一・十一・二四民集五三巻八号一八九九頁、東京高判平元・九・二七判例時一三二六号二一〇頁、東 58 ㈹ 学説の動向 ① 学説も判例と同様諸説にわかれ、差止請求権の根拠づけに動揺もみられ変化してきたが、それらについて 整理すると次の如くである。 物権的請求権に根拠づける学説は、物権的請求権は物権侵害があれば当然に妨害排除の態様に応じて救済され ︵23︶ る事となり︵民法一九八条∼二〇〇条︶、これと同様に権利侵害に対する差止請求を可能とするものである。しかし 物権的請求権説では、被害者が物権を有していない場合や物権化しない債権あるいはその他の権利侵害に差止請 求を適合させえない欠陥を認めなければならない。 不法行為に直接結びつける学説は、当初の頃から主張されてきたが、七〇九条の本来の機能とするものや受忍 ︵24︶ 限度と比較衡量して認めんとするもの等がある。東洋法学
環境権説は、大気・水・日照・通風・静穏等の自然的利益が人問の生活に欠く事のできないものであり、これ ら環境への汚染や加害を排除する権利が個人に私権として与えられているとするものである。しかしながら、こ の説では環境権の私権性があいまいであり、また実定法上の根拠もなく、未だ環境権概念の不明確さと民法不法 行為との接点も十分に検討されておらず、論理的根拠としては不適当なものである。 人格権説では、生命・身体等への侵害は人格権への侵害であり、この人格に基づいて差止を請求できるし、人 格権そのものの明文規定は存しないが、生命・身体・名誉等の人格的利益が法的に保護される事は、実定法上も ︵25V 確認されており支持する学説・判例も多いところである。確かに氏名権・肖像権・名誉・プライバシー等各種の 人格権を侵害する行為が継続する場合には、直接の明文規定はなくとも差止を認められ、これらは明文規定をも つ著作者人格権・商号権等と同様でその救済の必要なのは当然である。 ②そこで筆者は不法行為の効果としてその根拠を認めんとするものであり、以下にその概略を示すが、これ については次に論ずる原状回復的救済の法的根拠と共通するものでもあり、また既に拙稿においても論じたもの ︵26︶ であるのでそちらを参照されたい。 差止請求権の必要性は、私法上の権利に対する侵害行為が現実に進行し、ないしは反復的・回帰的に継続する 加害を停止させて、さらなる被害の拡大を防止しあるいは侵害の進行で被害が深刻化して救済を困難にしたり不 可能とさせないためにも、現実の加害を差止める事が不可欠である点にある。七〇九条に言う﹁権利の侵害﹂と は、すでになされた過去の侵害は当然であり、現在も継続している侵害およぴ反復的・回帰的になされている侵 59不法行為法改正の課題 〔1〕 害を当然に含んでいる。なぜなら権利一般の原則として消極的・外在的な効力として事後救済と行為の違法性に よる救済のみならず、積極的・内在的な効力として侵害排除や妨害予防の請求がなしえないとするならば、それ は権利を認めた前提条件を認めない、ないし権利そのものを否定する事になるであろう。そのためにこそ手続法 上も仮処分手続を定めて、権利の具体的・緊急的救済を可能としているのである。この点についても次の原状回 復的救済の法的根拠のところで詳述する。 60 ︵23︶ 舟橋諄一﹁物権法﹂三六頁。 ︵24︶ 加藤一郎﹁不法行為﹂二二二頁。四宮和夫﹁不法行為﹂四七五頁。平井宣雄﹁債権各論11﹂一〇七頁。幾代・徳 本﹁不法行為法﹂三〇七頁。 ︵25︶ 幾代・徳本﹁不法行為法﹂=二七頁。大阪地判昭四九・二・二七判時七二九号三頁。大阪高判平四・二・二〇判 時一四一五号一頁。 ︵26︶ 拙稿﹁不法行為における原状回復的救済論﹂東洋法学二四巻一号。 ⑫ 原状回復的救済論 @ 原状回復的救済の不可欠性 qD 不法行為の効果としての損害賠償の方法には民法が認めるとする金銭賠償主義と、ドイツその他の国で認 める原状回復主義とがあり、わが民法では名誉駿損︵七壬二条︶の場合を除いて原状回復的救済を認めないとする ︵27V のが通説・判例の立場である。その理由は七二二条が四一七条を準用する当然の結果であるとし、また不法行為
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︵28︶ の場合は、すでに侵害された結果の救済であり原状回復はありえないとされてきた。 しかしながら、最近の不法行為現象の多様化・複雑化は単に金銭による結果的救済では、被害者の実際的な救 済として不十分・不公平となる場合も生じてきた。そこで本稿は、民法上この原状回復的救済の、実際的な必要 性及び民法上の理論的根拠並びに解釈上の是否について明確にせんと試みるものである。 まず問題となるのは﹁原状回復は不能﹂とする考え方の当否である。一度生じた事を全く起らなかったとする 事は不可能であり、不法な侵害により物の滅失や被害者を死亡させた場合に物の回復や生命の再生は全く不能な 事は明らかである。しかしながら不法行為において生ずる被害はこのような回復不能な状態ばかりではなく、本 質的に同じ状態や価値の回復が可能な場合や、具体的には種々の侵害状態や加害段階があり、侵害の状態や被害 の結果はいちがいに断じえない多様な現象があり、原状回復的救済や差止の必要且不可欠な場合も存在する。こ のような状態を無視し一律に原状回復は不能としたり、或いは事物の混雑をきたすから金銭賠償が良いとしてき ︵29︶ た学説・判例は大きな誤謬を犯し、その責は重大である点は既に指摘してきた通りである。 次に原状回復は物理的に不可能と通説・判例は指摘するが、近年社会的実態として原状回復が実際上必要とさ れる現象が増加してきており、この事こそ原状回復的救済の可能性と不可欠性を如実に示すものであり、以下に その実例をまとめてみよう。 ④ 最近いたる所で産業廃棄物の不法投棄間題が話題となっているが、青森・岩手県境にある国内最大規模の 産廃不法投棄の処理に向け国と両県が対応し始めた。原野に埋められた産業廃棄物は八二万立方メートルで、内 61不法行為法改正の課題 〔1〕 容は廃プラスチック・期限切食品・堆肥・廃油入りドラム缶等雑多なもので、ダイオキシンも検出された。これ らの撤去には数百億円が必要とみられ、ごみを出した排出企業に費用負担を求めうるかその責任も問題となって いる。北東北三県岩手・青森・秋田では、不法投棄対策として合同で産業廃棄物税および排出企業への課徴金制 度を導入し、原状回復のための撤去等の対応を図っているし、同様の動きは三重県・鳥取県・九州等でもみうけ ︵30︶ られるところである。 ◎ 群馬・新潟県境の谷川岳の山頂近い避難小屋﹁雇ノ小屋﹂を改築したときの建築廃材四・六トンが、小屋 近くに埋められたケースでは、周辺は上信越高原国立公園の特別地域で環境省は自然公園法違反として小屋を建 てた群馬県に対し原状回復と再発防止を指導したが、これは国と県との行政的対処ではあるが、同様の現象は各 ︵31︶ 地で見られ、これも本来は不法行為の救済としての原状回復の間題であろう。 ㊦ 大阪府能勢町にあったごみ焼却施設﹁豊能郡美化センター﹂で起きた高濃度ダイオキシン汚染事件につい て。住民約千百人が焼却施設を建設した三井造船と施設の運転管理を受託した三造環境エンジニアリングに対し、 大阪府公害審査会に公害調停を申請した結果、企業側が施設を運営する豊能郡環境施設組合や住民側に総額七億 五千万を支払う事や、施設組合が今後二十年間、血中ダイオキシン濃度の測定を含む住民の健康調査を続ける事 などが盛り込まれた調停が成立した。能勢町のダイオキシン汚染間題では、すでに焼却施設﹁豊能郡美化セン ター﹂の解体工事が始まっており︵一九九九年六月十五日朝日新聞︶、施設内の一リットル当り三ミリグラムのダ イオキシンが含まれた廃液や一グラム当り五千二百万ピコグラムが検出された汚染土が残され、高濃度汚染物は 62
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二百ー三百トンあると見込まれ二百リットル入りドラム缶千五百本に詰め込まれる。今後周辺土壌の無害化処理 ︵32︶ や元従業員の健康被害・住民の健康調査や周辺土壌の除却・覆土等を含めた原状回復が課題となる。 e 香川県土庄町の豊島には、八三年頃から業者が運び込んだ自動車破砕くず等あらゆる産廃約五十万トンの 有害廃棄物の山があり、この処理に関し地元住民側対産廃業者と香川県の指導監督責任との対立に関わり、国の ︵33︶ 公害調停を両者が受諾し解決された。ここでは長期にわたる有害廃棄物による多くの被害に苦しんできた住民達 の苦情及び損害と救済更には今後の産廃物撤去が課題となった。また排出企業の原状回復責任を盛り込んだ改正 廃棄物処理法へも、あるいは今後の産廃不法投棄間題やゴミ間題の処理に重要な影響を与える先例ともなった。 これは先にも述べた大阪府能勢町での汚染問題や埼玉県所沢市での産廃焼却炉の操業停止間題の解決等にも影響 を及ぼすことになるだろう。また豊島ではその後、隣接する直島に処理施設を設けて産業廃棄物の分解処理を十 数年がかりで行う事になり、豊島の廃棄物の撤去による原状回復的救済が行われる事となった。 ㊥一九九九年九月三十日、茨城県東海村の民間ウラン加工施設﹁JCO﹂で国内初の臨界事故が生じ、作業 員二名が死亡し周辺住民が被曝し近隣に大きな被害をもたらした危険きわまりない事故である。事故の直接原因 は裏マニュアルやバケツでのウラン処理に象徴される安全管理の軽視にあり、民間企業の効率最優先ゆえの手抜 きを見過ごしてきた監視・監督体制の不備等であろう。この間題は未だ係争中でもあり、様々な視点から今後生 ずる課題について検討する必要があると思われるが、未だソ連のチェルノブイリ事故での汚染対策や子供達の被 害の継続多発に比し、事故のわりには被害が予想を越えなかった点だけでも幸いであった。しかし今後もいつど 63不法行為法改正の課題 〔1〕 こで発生するかも知れない重大事故の危険もあり、今後の対応と安全管理の必須なのは言うまでもない。ところ で間題は、原子力核汚染の処理と今後の被害の防止である。特にここで課題となる原状回復的救済の点で、被害 住民達の今後の健康管理は当然の事ながら、すでにどのような対応がなされているか定かではないが、施設の解 体・撤去をはじめ土壌や近隣地域の汚染への対応殊に除染や覆土による原状回復が可能なケースと思われる。 0 その他にもPCBやカドミウム或いはトリクロロエチレンやダイオキシンによる土壌汚染や水質汚濁や環 境ホルモンヘの対策対応が不可欠となっている。例えば千葉県君津市では八七年に半導体工場で使われた有機塩 素系溶剤︵トリクロロエチレン︶による地下水汚染が内箕輪地区で発生し、市での汚染拡散防止や浄化対策を進 めた。今年三月には長野県岡谷市でも二ニカ所の市の井戸でトリクロロエチレンやテトラクロロエチレンが環境 ︵3 4︶ 基準を超え土壌や地下水の汚染が発生した。また強い毒性が指摘されているポリ塩化ビフェニール︵PCB︶は、 有機化合物の一種で不燃性・絶縁性に優れ、トランス・コンデンサの電気絶縁油・ノーカーボン紙等に使用され ている。一九六八年にカネミ油症事件が起き製造中止になったが、高電圧用のトランスとコンデンサの保管が全 国で二十万台余りあり、そのうち約三千台が紛失しその他にも産業廃棄物として捨てられてしまったものもある ︵35︶ と言う。 以上述べてきた例証は、現実に不法行為として加害がなされその結果的救済として通説・判例の示す金銭賠償 だけでは具体的救済として不十分・不完全なものとなるものであり、結果的救済としても﹁原状回復的救済﹂が 可能なケースであり且原状回復が不可欠な例であろう。通説・判例が原状回復は無用・不可能としてきた事の誤 64
りが明自となってきた。またPCBやダイオキシンも現在では不可能であるかもしれないが、いずれ分解・解毒 も可能となると思われるし、いずれにしてもこれら汚染の浄化が必須であり、これこそ原状回復の不可欠性が認 められるところである。 ハ パ ハ
292827
V ) ) パ パ パ パ パ パ 35 34 33 32 31 30 ) ) ) ) ) ) 朝日新聞二〇〇〇・五・二三・十二版一頁。 朝日新聞二〇〇二・三・一四・十二版三七頁。 朝日新聞二〇〇〇・五・二六・十二版三頁。 朝日新聞二〇〇〇・六・一七・十二版三七頁 朝日新聞二〇〇二・八・二六・十二版三四頁。 朝日新聞二〇〇一・一一・二・十二版三七頁、朝日新聞二〇〇二・八・二五・十二版・三頁。 拙稿﹁不法行為における原状回復的救済論﹂東洋法学二四巻一号。 民法修正案理由書四一六条・七二一条、宗宮﹁不法行為﹂三五三頁、大審判大十・二・十七民録二七輯三二七頁、 我妻栄﹁事務管理・不当利得・不法行為﹂一九七頁。 加藤一郎﹁不法行為﹂二一五頁、平井﹁債権各論H﹂一〇八頁、幾代・徳本﹁不法行為法﹂三〇〇頁。東洋法学
㈲ 原状回復請求権の法的根拠 qD 七〇九条の権利侵害の意義 従来の通説・判例は、﹁権利侵害﹂を侵害結果と捉え、過去の損害への賠償と限定し、それ故差止や原状回復を ︵36︶ 不能として、金銭賠償による既発生の損害の填補が妥当なものと考えてきた。この学説の後、ほとんどの学説・ 65不法行為法改正の課題 〔1〕 判例がこれに追従してしまったのが、今日迄影響し具体的な救済としての差止や原状回復を不可能にしたと思わ れる。 そこでこの権利侵害の意義を再度考察し、明確にする事が必要と考えられる。すなわち、﹁権利を侵害した者﹂ とは、@すでに﹁完了した侵害﹂として通説の認める状態の場合と、⑤その侵害が現在も﹁進行中﹂ないし﹁継 続中の侵害﹂の場合、および◎再度﹁反復的﹂ないし﹁回帰的な侵害﹂の場合が生じるものである。 ここで間題となるのは、⑤の侵害の進行中ないし継続中の場合で、未だ侵害が完了していない場合であり、一 回の加害行為でそれによる損害発生で完結するコ回的不法行為﹂に対し、加害行為自体あるいはその結果であ る損害が進行拡大、ないし同じ状態のまま継続する﹁継続的不法行為﹂の場合である。 またこの継続的不法行為にも、①工場から河川へ汚染物質の排出が開始され水質汚濁の一般的な環境悪化・土 壌汚染を引き起した後身体等にその物質が影響して、健康被害として顕在化し継続するタイプと、②不法占拠の ように不法行為の時に直ちに損害が顕在化し、その後も同様の加害行為が継続するタイプ、更には③事故の後一 ︵37︶ 定期間が経過した後、重大な後遺症が顕在化する場合のタイプ等に分けられる。 このような継続的不法行為においては、加害結果が進行し放置しておけば損害が新たに発生したり被害が拡大 し、救済がより困難となったり、結果的に救済が不可能になってしまうケースである。先にみた産業廃棄物の不 法投棄や、PCB・ダイオキシン・トリクロロエチレン等による土壌や水質汚染と拡大の場合等も該当する例で もある。 66
この継続的不法行為はまさに﹁他人の権利を侵害した者﹂の場合に該当し、七〇九条がこれらに対する救済を 予定しているものであり、単に結果的にそれも裁判で負けたら金銭を支払えば良いとする通説・判例では被害者 の具体的救済を放置して被害を拡大し、おまけに長期間を要する無用な裁判で苦痛をしいられる被害者には、法 も正義も認められていない事になる。この通説・判例がいかに加害者側にそれも特に大事故を生ぜしめた加害企 業にとって有利に作用し、加害行為の発生や継続に加担し結果的に公害等を増加させたか、そしてそれが大気汚 染・水質汚濁・海洋汚染・土壌汚染・環境ホルモンの拡散悪化に寄与し回復しがたい結果をもたらしてしまった かを反省すべき時であり、この差止や原状回復の可能な場合にそれを認める事こそ、これらの継続的不法行為の ︵38︶ 防止や予防に有効である事を認識すべきであろう。 ハ ハ パ
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) ) ) 我妻栄﹁事務管理・不当利得・不法行為﹂新法学全集一九七頁。 吉村良一﹁継続的加害・継続的被害﹂ジュリスト乞〇一一二六・二一九頁。 三沢元次﹁不法行為における原状回復的救済論﹂東洋法学第二四巻一号。東洋法学
② 民法継受とドイツ・フランス民法の精神 ドイツ民法は第一次的に不法行為における原状回復請求権を認め、賠償義務を生ぜしめる事実が発生しなかっ たならば存したであろう状態をつくりだす事とし、原状回復が不能または賠償として不十分な場合および不相当 な費用を要する場合においては金銭賠償を可能とする。このような原状回復の原則を認める理由としては、近代 67不法行為法改正の課題 〔1〕 ヨーロッパ諸国の立法の原則と傾向に基づくのみならず、原状回復の義務を負わせる事、∪一ΦくR臣畠9鑛N昌 Z簿葺巴お呂εぎづを第一に含んだ回復義務≦一8段冨お邑一琶鵯鳳ぼ耳の原則は、事物それ自身の性質を有し法 の論理に一致する。この原則を否定する一般的規則は、ある時は債務者に対しまたある時は債権者に対し不公平 になるとし、原状回復こそ﹁法の論理﹂に合するのみならず最も完全な賠償でもある。このような原状回復とは 具体的には、例えば侵奪された物の返還や権利の再設定また物の殿損の回復や継続的な不法行為悪意ある震動の 停止等である。しかしながら、不法行為における賠償が原状回復を最も適する救済としても、全ての場合に原状 回復でなければならないとする事は実際上不便が生じる事となり、ドイツ民法も多くの例外を認めている。例え ば賠償権利者は身体傷害または物の殿損については原状回復に代えてこれに必要な金銭を請求する事もできる が、ただこの場合における金銭による賠償は原状回復の一態様として認められる。また原状回復のため相当の期 間を指定した時の期間の徒過や原状回復の不能等の場合である。このような原状回復を原則として認めながらも これは必ずしも被害者に有利とならない場合もあり、またドイツ的合理主義から富みに金銭賠償の事例の増加も みられるところである。 また不法行為の予防のための不作為の訴すなわち原状回復としての不作為の訴は、継続的不法行為において現 に発生している侵害を除去するためのものは認めるが、不法行為を予防するための不作為の訴は物権侵害の如き ︵39︶ 場合は当然としながらも、単なる利益保護のためには否定される。 フランス民法一三八二条は﹁他人に損害を惹起せしめる人の行為は如何なる行為と錐も、それが生じた原因た 68
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る過失︵貯旨Φ︶ある者をしてその損害を賠償すべき義務を負わしめる﹂と規定し、不法行為の効果としての損害 賠償義務を定めている。しかしながら賠償方法に関する規定は存在しないが、学説は法律が損害賠償の義務のみ を述べている事からは、不法行為の継続の中止を訴ええないと結論する事はできないとして、金銭賠償以外の救 済手段すなわち原状回復的救済を認めている。具体的には我民法における如くの債務不履行による損害賠償に関 する規定の適用もなく、もっぱら裁判官の裁量によって定むべきものと考えられている。そして損害賠償は原則 として金銭賠償によるとしながら裁判所はその権限によって他の損害賠償の形式として原状回復請求を認めてい ︵40︶ るし、更に将来に対する予防の手段も加害状態継続防止の命令によってなしうるものとする。 このようにドイツ法やフランス法で原状回復を当然としているが、我民法がこれらドイツ法・フランス法を継 受に際し原状回復の制度を全く否定し、独自の金銭賠償主義を定立せしめんとしたのか、あるいはフランス法的 にその事に沈黙しただけなのかはともかく、その継受に際しドイツ・フランス民法で認める原状回復の精神まで をも全く払拭しえなかったのではなかろうか。 また、当時におけるヨーロッパ各国での民法および法思想の潮流にも見受けられる傾向であり、次のような例 がある。 ポルトガル民法では﹁ω原状回復が不可能な場合、原状回復が損害を完全には除去しない場合、または債務者 に加重な負担となる場合には、常に金銭による損害賠償が命じられる﹂︵五六六条1︶、として原状回復を原則と定 めており、またオランダ民法でも﹁ω裁判官は、不法行為の差止の訴えを、この行為が重大な社会的利益に基づ 69不法行為法改正の課題 〔1〕 いて受忍されなくてはならないという理由によって退けることができる。被害者は権限の喪失に応じて、損害賠 償の権利を有する。﹂︵一六八条1︶。そしてイタリア民法では﹁ω被害者は、原状回復の全部または一部が可能で ある場合には、それを求めることができる。⑭ただし、裁判所は、原状回復が債務者にとって過剰に負担となる 事が明らかとなった場合には、反対価値の給付による損害賠償のみがなされる事を命じる事ができる︵二〇五八 ︵41︶ 条︶﹂として原状回復を原則として認めている。 ︵3 9︶ 一胃8N”くR嘗曽鵬二質αd震Φoげ計ロρo oo。国昌磯Φ一ヨ餌づPぴΦ一ω寅仁&昌磯ΦHωパoBヨ①耳舘墜ヨωO切一Wρ目↓の芦N。ψ 一①o oO賠 ︵40︶N餌魯畳餌−90日ρ=磐き但魯αのω律きNo一く騨8窪ω︸ωρ戸貿一伊ω●蕊N.︾∪80ヌ一①ω○σ凝呂o昂℃“ρ ︵41︶窪田充見編訳﹁ヨーロッパ不法行為法﹂五八六頁・五三四頁・五一七頁。 70 日 民法上の根拠と解釈 @ 四一七条新解釈の提案臼 ① 従来の通説・判例は、不法行為がすでに過去の侵害行為であって差止や原状回復が不可能と判断してきた 誤りが、今日迄被害者にとって不公平で差別的な救済しかしてこなかった事を認識し反省しなければならない。 そしてすでに明らかとなった如く、継続中や進行中の不法行為の差止の不可欠性や、産業廃棄物の不法投棄や水 や土壌の汚染、医療事故の再手術等、原状回復の必須な事も証明された。 そこで、この原状回復や差止請求権を民法典が予定していたであろう事と、法の論理と精神からも認めうると
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ころである点を証明してみよう。 民法七二二条は、不法行為による損害賠償に民法四一七条を準用し、そこで損害賠償は別段の意思表示なきと きは金銭を以てその額を定むと規定している。 この四一七条は本来債務不履行の場合の一規定としての損害賠償の方法として規定されており、当事者が初め から債権債務関係において結合され、あらかじめその不履行の可能を予測しうるのであるから、それに対する賠 償方法の意思表示は可能であり、それ故﹁別段の意思表示﹂による損害の填補を予定しうる事及びそれを予定し なかった場合の賠償方法を規定したものである。 不法行為の場合において、例えば物の滅失や生命侵害の場合の如く、滅失した物の回復や生命の再生は不能で あり、かかる場合の損害填補は金銭による賠償救済が妥当となる。しかしながら、継続中の不法行為の差止の不 可欠性や、不法投棄・水や土壌の汚染等の原状回復の必須な場合の存する事はすでに証明されたが、これらの場 合に金銭賠償しか認めない不合理も実証された。 債務不履行の場合には、その不履行の予測可能ないし必要性のため事前の意思表示を以て﹁別段の意思表示﹂ をなし、その履行の確保のため或いは不履行に際しての損害を防止する事が出来うるのであるが、不法行為に関 してはかかる事前の意思表示は、例えば継続的ないし回帰的不法行為の如く、反復する不法行為の際の救済方法 として﹁事前の意思表示﹂をなすという特殊な場合以外は不能の事である。 そこで四一七条における﹁別段の意思表示﹂は必ず﹁事前の意思表示﹂であらねばならぬかという事であるが、 71不法行為法改正の課題 〔1〕 債務不履行に際してはともかく、不法行為においては先にみた様に特殊な場合を除いて﹁事前﹂たる事はなく、 不法行為では救済可能な場合が限定せられるとしても﹁事後における意思表示﹂と解して不都合はないのではな かろうか。 すなわち﹁別段の意思表示﹂は必ずしも﹁事前の意思表示﹂なる必然性はなく、債権債務関係においてさえ﹁事 後の意思表示﹂の可能な場合もある。例えば債務不履行に際し債権者は履行の強制︵四一四条︶によってその債務 履行を促しまた双務契約ならば解除︵五四〇条︶による原状回復︵五四五条︶を可能とし、これらによる救済の不 能・無用に際し最終的にすわなち﹁別段の意思表示﹂なき場合に金銭賠償による損害の填補に至る事になる。 そうだとすれば、債務不履行でさえかかる厳格性を以てその責任の追及と被害者の十分な救済を目指している のに、より不法性の強いないし違法性の程度の大きい不法行為の加害者に最も簡便で有利な方法であり、他方被 害者にとって不公平で必ずしも十全でない救済となる金銭賠償しか認めないとするのは、ここにも金銭賠償の原 則の不合理を示す根拠があると言いえよう。 ここで﹁別段の意思表示﹂を事後における意思表示を含ましめる事によって、不法行為における被害者の意思 表示による侵害行為の差止や妨害の排除を認めうる事となり、ここに被害者救済の法的根拠が明臼となる事を証 明できるものである。またこれによって、今日まで不十分不完全であった不法行為における救済で、差止請求並 びに原状回復的救済が可能となり、この救済の厳格化がこれから社会に生ずる多様な不法行為現象と各種の被害 者救済に十分対応しうると共に、不法行為の防止にも役立つ事となるであろう。 72