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〈史料紹介〉新収中井家店則・自戒・遺訓史料

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滋賀大学経済学部附属史料館研究紀要 第三十八号 一六 ︻史料紹介︼

新収中井家店則・自戒・遺訓史料

      宇佐美

英機

 ここで翻刻・紹介する史料は、いずれも本年新たに収集されたも のであり、これまで学界ではその存在が知られていなかったもので ある。中井源左衛門家の家訓・店則類は、江頭恒治﹃近江商人中井 家の研究﹄九四〇∼九四二頁において、﹁中井家々法関係史料目録﹂ として三二点が記されている。これらの中には、現在その所在が不 明なものもある一方、その目録には採録されていない店則も存在す ることが、史料目録作成事業の中で明らかとなっている。江頭氏に よれば、中井家の店則で最も古い年紀のものは、天明六年︵一七八 五と月の本家から仙台店に宛てた﹁店定心申渡シ絵描﹂︵目録番号 8234・以下同じ︶だとされている。しかし、すでに明和八年︵一 七七一︶七月付けのものが存在することが判明し︵8232・171       ︵1︶ 65︶、それらは翻刻・紹介している。そのおり、報告書では次のよ うに記しておいた。   ところで、江頭氏は、﹁中井家の店則中で最も完備せりと思わ   れる、いわゆる﹃光基吊目﹄﹂を著書のなかで翻刻されている   ︵九三三∼九三九頁︶。しかし、この店則は、今回の史料整理に   際してもその伝存を確認することができなかった。少なくとも、   ﹁中井源左衛門家文書﹂が附属史料館に搬入された時点で、す   でに所在が分からなくなっていたことは明らかなので、今後と   も意識的に所在確認の調査を継続したいと考えている。  ﹁中井源左衛門家文書目録﹂を刊行した時点では、﹁光基掟目﹂ を初めとして我々が掌握していた所在不明な史料は十点ほどであっ た。そして、目録を刊行してから念のために調査を実施したところ、 思いがけない量の伝来史料を発見したことは、本誌に収録した拙稿 で述べている通りである。これらの新発見の中井家伝来史料のなか で我々の目を引いたのは、その存在を知らなかった店則であった。 もちろん、その他の史料も存在を知らなかったのであるから、全て に驚かされたのはいうまでもない。予備調査を行った時点では、史 料の冒頭から読み進めたが、最初は﹁光基掟目﹂の原本だと思えた が、後半部の条規や宛先が異なることが明らかとなり、その時点で これまで未知の店則であることが確認できた。  江頭氏の紹介している﹁光基掟書﹂は全四三条からなり、﹁中井 屋岩之介店中江﹂宛てている。これに対して、ここで紹介するもの ︵史料一︶は全四九条あり、﹁日野屋源右衛門店中江﹂宛てている。前 者が大坂出店の店名前、後者が京都出店の店名前であることは明ら かなので、同時期に各店に宛てて同様の店則が出された可能性も残 っている。双方の条文は、前者の第三八条、後者の第三九条までは、 若干の違いはあるがほとんど同一の内容となっており、前者の第三 九条以下が﹁質方丘事﹂とされ、後者の第四〇条以下が﹁買道筋之 事﹂とされているところが大きな違いである。しかし、京都出店も また質方をもっていることもあり、その点に関しては共通している。 京都出店で特に定められている生糸売買に関する条文が大坂出店に は定められていないことが条文数の違いとなっている。

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 作成年次は記されていないが、大坂出店は文化三年︵一八〇六︶に 創設され、文久三年頃一八六二︶に別家日野屋甚兵衛店に移行される 期間に存在したものである。一方、日野屋源右衛門名の京都出店は、 嘉永二年二八四九︶に創設され昭和十三年︵一九三八︶まで存在した 店である。これらの店名前の出店存続期間を勘案すると、両店則が 作成されたのは、嘉永二年置ら文久三年の間だということになる。 しかし、日野屋源兵衛名で開設された京都出店は、嘉永五年に箏糸 問屋仲間に加入すると同時に日野屋源右衛門名に改めたこと、文久 元年に光基は隠居していることを勘案すると、最大の年次幅は嘉永 五年から文久元年の間の出来事であったといえる。恐らくは、京都 出店が和糸問屋仲間に加入したことにともなって制定された可能性 が高いのではないだろうか。  次に、五代目当主の光康が記した﹁護身語ケ条﹂︵史料二︶は、こ れまで未知のものであった。彼が当主として制定した店則が伝来す ることは、目録作成時に明らかとなっているが、自分自身への戒め として、また、当主としての自覚を持つために染筆していることが 注目される。彼自身は、父が心ならずも隠居した後を受けて仙台店 当主として経営危機を乗り越えて行くことになったが、それは二十 三歳のことであった。幕末・維新の激動期にあって、仙台藩による 十五万両を超える旧債の踏み倒しをともなう経営再建は、並大抵の ことではなかったと思われる。そして、明治四年︵一八七一︶には光 基の死去も重なっていた。このような状況の中で光康は、中井家当 主としての自覚を深め染筆へと向かったのではないだろうか。歴代 当主の精神世界を比較する上でも貴重な史料だと判断している。  最後に、﹁金持商人一枚起請文﹂︵史料三︶は、初代源左衛門良祐が 遺した遺訓であるが、生涯に何度か書き改めたものが残されている。 この遺訓は、数多く残されている﹁近江商人﹂の家訓・店則類でも 最も引用度が高く、 一般的にもよく知られたものであることは周知 のところであろう。中井家に伝来された中で最も整ったものは、 ﹁金持商人一枚起請文﹂と題書され、﹁文化元年甲子夏翌翌中井光昌 押書﹂の奥書があり、また、本文末尾に﹁八十九歳翁良祐か所存を 記畢﹂と書かれているものである。これは軸装されて伝来している。 原史料の写真は﹃近江商人中井家の研究﹄の口絵に収められている 他、いくつかの文献でも再録されている。最近のものでは、小倉榮 一郎﹃近江商人の理念﹄︵七一頁、サンライズ出版、二〇〇三年︶で も確認できる。今回、史料館に収蔵されたものは、題書はなく、ま た、本文末尾の記述も異なっているものである。しかも、文化二年 に光昌によって書かれたものである。しかし、何より貴重なことは、 版木に認められているということである。これは、拓本を取った上 で、それらを配賦する目的があったと推測できる。搬入時に確認し た時、すでに拓本が取られていた痕跡が残っているので、ほぼ推測 は正しいものと考えている。これと同文のものは、江頭氏が﹃日野 町志﹄収載のものと同じだとして前掲三九〇九頁に翻刻されている。 しかし、翻刻されている史料の年月は﹁文化二型正月﹂の日付とな っており、﹁男光昌国書﹂も記されていないものである。今回、こ こに紹介する版木からの翻刻は、恐らくこの文体のものが最も巷間 に流布した可能性が高いと考えられるものであるゆえ、価値あるも のといえる。 新収﹁中井家﹂店則・自戒・遺訓史料 一七

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滋賀大学経済学部附属史料館研究紀要 第三十八号 一八 ︹付記︺  史料の翻刻は、﹁金持商人一枚起請文﹂は青柳周一が行い、他の 史料は宇佐美英機が行った。なお、本稿は平成十六年度科学研究費 補助金﹁近世・近代商家活動に関する総合的研究﹂︵基盤研究 ︵B×2︶・代表者宇佐美英機︶の研究成果の一部である。    凡 例 一、翻刻にあたっては、漢字・片仮名は原文通りとした。 一、原文中の文字は、原則として新字体とした。 一、変体仮名は、者︵は︶・而︵て︶・茂︵も︶・江︵え︶・与︵と︶を残した。 一、原文中、明らかな誤字・宛字については︵ママ︶と傍注した。 史料一     掟目 一御公儀様御法度之趣急度相守可申事 一火之用心第一太切二いたし、相互二気を付可申事  但、毎夜臥候節、支配人蔵々相盛り掘り首相立直申事 一家法相背幅者有之候ハ\、不慮上下急度異見可昌昌、尤業体之外 諸色相粗壁抱候品、柳たりとも売買仕上儀堅法度、若相背候者候 ハ、、主人分ハ糺明之上、嫡子者名跡相除押込二可致、別家ハ差 引通用不及申、暖簾取上出入二型可申、支配人ハ直様暇踊出し、 永々勘気可申付候、 右掟之儀ハ馨柳之儀たり共用捨相成不申候条、銘々急度相守可申 事 一奉公人たる者第一励忠勤、親孝行、傍輩中子供二瀬まて細分陸敷、  人之妨二相成候儀を不等、柳人二疑を不受様相慎、相互立身出精 可致候、次二主人分不身持不行跡又ハ家法不正儀有之候ハ、、何 事二よらす得与致相談、濫立相器候迄雪害可弔事  附、子供等無油断算筆精出し稽古可致候、猶又毎朝人より先に   起、倉敷勝手廻りとも隅々二念を入、ふきはき掃除いたし、   神仏様江沼燈明献可申候、子供之内右単声惰弱二身を持候得    ハ、立身出精不二もの二候、讐其中等博もの相出暇導出し候   連、貫主人為差手支いたすものこ茂無之、又其者ハ主恩相背   候天罰難遁、終二者生涯一身之置処茂なく成果候儀不敏之至    り、是ミな子供之内右不覚悟故二候、且金銭之徳井物之冥加    を能々相弁候得者無益成事二者一銭茂費されぬもの二候、可   恐可慎、人皆相互之儀憐慰を加江、朝夕可異見致事 一宗而店用諸相談事、大小となく頭立候者共打寄、無隔意衆評決談 取斗可申事 一正金貸堅法度之画 一何事によらす請負請判仕候儀相成不申、急度相守可申事 一諸事呂物買置法度之事、万一買置不申而不叶時節候ハ\一統申談、 猶又本家江茂相談之上取斗可申候、 一了簡二而決層相調申問鋪候 単 一諸帳面本帳江写竪子節、巨細こ写取、讐幾年相即候とも相引候様 記帳可致候、余事ト違不分明二而者申訳不相立候、且又〆り役再

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 調合判可中事  附、両替通帳錠前付引出し喜入置、遡り役支配人持前たるへく    候、尤両替右差引調申参候ハ、、直様元帳与引合藩中候、猶    又当坐出入差引帳〆り役立会、隔日無害可仕事 一商凶事少茂無油断出精可致候、不景気なとN申立不勘定ハ、不精 故二階間、暫時茂無油断出精可慶事  附、店用手透之節ハ、面々何なりとも手仕事いたし、必県官い    たす間鋪、半身之冥加与申ものこ候、紅雲居候得ハ種々之煩   脳おこり、又ハ別宅曲節身為二不相成立、此意能々相考可申   候、且又昼夜とも用磯之節、子供ハ算筆精出し、四つ時限相   臥可申候、深更迄無益之雑談又ハ良将等仕間敷事 一日勤之別家とも井勤仕之面々、讐柳之事たり共自分商買堅法度之 事  附、馨被頼事たりとも商買物取次迄茂無用之事、尤皇家二相成   候分ハ格別、併夫蓮茂本家届之上取次可致事 一買物代金仕掛、利足等之儀最初右致応対置、定之通り無利なる払 方三間時候、井買先右附落等有之候ハ、、得与吟味之上相黒糖申、 打捨置申間敷候事 一店二罷在候内、遊芸相習候事、堅法度 一望用小道具銀細工之品、何二よらす相用候事、法度 一諸雑用物等少之もの二而茂致倹約、無益之失費無之様相互二気を 付可申事  附、通付之分、其度毎見合候様下膨、通帳無三分ハ諸色可塑現   買候、右ハ〆り人支配人差図可為持前事 一店用自分用二而他行仕候節、支配人江相断聞届之上出行可申、尤 支配人子供二野迄行先刻限申置、無遅滞罷帰り可申、及遅刻候  ハ\人を以朝倉可忍事  附、何事二よらす出先二階見物事二立寄申問敷事 一自分入用脚立相求度候ハ\、〆り役支配人耳癖ひ道申出差図之糸 取斗可申候、夫迫茂分限不相応画品堅法度、万一致所持候ハ\、 見当り次第取上可申事  附、奉公人親元江店右金子貸出候儀法度、尤親之難渋二而無拠   願出候時ハ、本家蛸壷土取斗可申事 一膳店支配之者江別家強者右会尺方之儀、型付を以礼節相馬可申、 余ハ右順儀を以礼式可有之事 一傍輩中応対之儀、階寒行儀正敷応列候様可翼翼、猶又奉公人たる もの風俗第一二候条、衣類井髪結振等こふとふ二可相嗜事 一家内之者病気等之節、相互日々容子相々、薬療方階分真実に世話 可致事  附、月々無齢鰹灸治可致候 一精進日章御逮夜葉越慎可申、尤当日弐百銅宛施行三極候、三筆山 御当日ハ一昼夜店中精進ハ不及申、清浄二相慎、御酒御洗米可奉 献事 一賄日月六斎二可限事、尤外皆々之者罷越畑共、別段之菜物相為無 用候  但、主人分在店中可為同様事 一望日六斎二連、勘定相済秘画、店中打寄、肴ハ一種二限り、酒可 相用候事 新収﹁中井家﹂店則・自戒・遺訓史料 一九

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滋賀大学経済学部附属史料館研究紀要 第三十八号 二〇  但、弐拾歳以下之者酒たはこ相用候儀、法度 一十月廿日  二月十日 蛭子講内祝可致候、倹約中家噴煙吸物一つ、糞溜三種二限、夜分 相祝可申事 一有明あんとふ勝手与店之境一ニケ所差置重藤、其外あふら蝋燭紙  屑等都而不始末不相成様、面々心を付設申事 一諸国当店音進之衆被相尋候節、応其人見斗饗応可申、併畢寛当店 得意ト申二茂無之候条、上客寸分諸三廻り善事案内一通二而宜候、 其外諸店之者罷出候節、家内可為同様候  附、初登中登之もの逼南中、無益之散財無之様活魚添心墨致候、    且路用金着店則預り置、応入用相渡可申、不筋心遣道二候    ハ、相野墨黒時候 ↓衣類、伊勢大和河内木綿嶋、綿太織二可善事  附、支配人ハ太織異類迄絹裏出組申事、絹布ハ法度、八ケ年在   勤以後青梅嶋木綿裏京機迄免可申事 一帷子、加賀越前嶋二可当事  附、支配人ハ奈良晒越後嶋迄免可申事、八ケ年以後高宮朽木嶋   迄免可申事 一羽折、木綿嶋綿太織外呂綿二可限、夏衣ハ布小紋紬織まて免可申 事  附、支配人ハ小紋絹迄免可申事 一紋付臣事、法度  附、支配人ハ免可申事 一帯、木綿小倉綿太織絹太織外呂綿迄二可野面  附、支配人ハ博多號経由迄免可申事   在勤七ケ年迄之者、帯ハ無地小倉日限、八ケ年目右他行之節    斗花色絹帯免可申、聴色嶋類、法度 一錠前付之箱致所持候事、堅法度  附、支配人一中可申事 一印籠巾着下ケ候事、堅法度  附、支配人ハ免可申事 一他行之節、脇差重富事、支配人之指図を受可申事、有合候とも分 限不相応之品、堅法度 一手代品初登いたし候迄羽折着用無用福富 一環もの、もみ皮緒塗下駄夏足袋、法度  附、支配人ハふすへ皮緒相免可申、尤一重雪駄二可限、子供者   竹皮緒二可善事 一雨傘、支配人ハ並無印可可用、其他ハ番傘たるへく事  附、日傘ハ支配人たりとも、堅法度 一洗湯風呂、夏ハ毎夜相建候共三季ハ三日目五日目見斗相建徳申候、 尤七つ時右暮過迄二手操次第、誰彼となく入仕舞可申事   買道筋之事 一仲ケ問掟之儀、堅相守可申事 一諸代呂物紛失無之様、毎月五日二可致吟味事 一生糸売渡候ハ\無遅滞相届ケ、代金定日無相違受取可申事  附、代金延引之御方江ハ致取引間毒素 一生糸売渡候先柄内証勝手向、且実綿実之処篤与聞合遡上、 取引相

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始可申事  附、右等野分雪平常二咄々聞合心得旧離申事 一生糸為登之御客方御出之節ハ、応商買高饗応可申事二候得共、夫 蓮茂肴三種吸物一つ二可限事  附、出振舞、法度 一質方之儀ハ宗而人々預り品与申太切二取曖、損不申様可致候、第  一置主方二者難替太切之品与申処推斗、且ハ御蔭を以致相続候徳 沢相考、精々太切二可致事  附、竈甲物銀細工其外小物高価之品、錠前付引出し江入置、念   を入太切二出し入可致候 一価不足之呑込貸、法度之事  附、讐無拠入魂先 被相頼、間違無之事たりとも決而無用二塁 一流之品取調断相立候分、頭立候者共立会、代呂葉組西元銀高記帳、 猶又元直相入時節相冶考、買先江為相見、直段引合次第売捌可申 候、尤代銀引替二品物相渡可申事  附、春秋流月〆江相出し、何程之歩廻り二相成候哉相顕可申候、   尤引合改方帳消等ハ〆り役支配人可面持前事 一月〆毎月々頭二無遅滞相納可申事 一質取引之衆中、階分町暉二取曖、都而不作法無意様面々礼節相守 可申事  附、前夜取引先右出しもの頼被置候呑込事有之土中、、置主方   手鷹野不相選挙出し置可申事 右之条々堅相守可申候、唯人者忠孝之道暫茂不可忘、兎角相互二陸 新収﹁中井家﹂店則・自戒・遺訓史料 敷して家業無油断相勤、永々致繁昌候様之勘弁第一也、毛書励忠勤、 不奢不貧者者蒙天道幽暗、忠孝早道 日夜不可忘者也   月  日      日野屋源右衛門        店中江 史料二 護身語ケ総 論 断 克 己 二叶、老後子孫繁昌無言候条、    江州日野        本 家         光茂︵花押︶ 一仙店元方者古手繰綿商売也 一仙店日野屋源五郎名前店者呉服木綿商売也 精細店者生糸預り質商売也 右三店商売之外、如何程多利之商売有之候共、一切関係堅禁制之 事、右三店之業体を相守可申、縦令両三年之店卸不算当続候共、 弥々堅固二相守、勉強いたし必中外商に気を移し間敷候事、是一 家立不立之肝要也、朝夕少茂不可忘事 一儲候ハ、油断せす益取締可申事 二一

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滋賀大学経済学部附属史料館研究紀要 第三十八号 二二  但し、在来之商道こて損いたし候共、力落すへからす、益々勉  強可致事 一取引先見分太切真実を以取引可致事  但、朋友も同断之事 一業体二勉励之事  仙店詰  一ケ年壱度勤仕  京店詰  一ケ年二半・月つ︾勤 右癬筆致問敷事 一店々奉公人名前日々心に六畜申事 一主従一致一大事也、主従之間にて少しにても疑念又偽言欠引等有 之者、滅家之基二候問、信義を以諸事無服臓可申談事 一別家勤仕之者井家内之ものより風諌等申出候ハ、島々聞分、己不 都合なと者速二可改事、必我意を募申問習事 一老分之者太切こいたし物事無大小相談可致、老人へ者面倒とて無 相談にて物事取計候ハ、、破之基と量産成間、此儀太切之事 一謹慎忍耐⋮大一百事 一口者是禍之門、可恐可慎事  但、他人右被談有之候ハ\即答致海胆、熟与島之上返事可致、  是非即答不致者不急候ハ\、かはや可行事、是或老人より聞置

 秘伝也

一初対面工人に気をつけ言語黒血事  但し、初而之他家へ行とき者、其主人当意不知者不可行事 一食者飢を凌ため、衣者寒を凌ため、家者風雨を凌ためと発心早事 一無大小物事始心掛太出講事 一金銀貸借心得太切之事   但、返金見詰無之者何程問ケ敷とも借ましき事、借金者由断之   基、また身をきる刃と可恐事 一其身一己之了簡にて小事たり共取行致問敷、其身了簡にて工夫付  不申者其知人々々に相談いたし、必一己之計にて押付取計業間敷  事 一細小にこΣろを付、少しも忽にすへからす事 一諸事人之請合に立ましく、無余儀受人に立候時者心得方太切、跡  にて悪敷参り候時如何与勘考いたし、考不昔者あく迄も断之事   但、断申、其人立腹いたし候共、断然と可断事 一人にほれましき事 一己之好事悪敷心得可山事 一人之言語に気を付可申事   但、如何程面白申とも蛸壷を移ましき七 一小利を求右入費を省を要ス 一諸用事無大小不捨置、其日々々にいたし、明日と延すへからす事   但、由断大敵と可心得事 一安直物とて買置ハ却而無益、以来買置物法度之事 一下人之申事たりともこ︸ろを用可聞取事 一家に老人ある者宝也、太切にいたし可申事 一諸品物丁寧二取扱、品だし候ハ、用済直二仕舞置可申事 一家車中奇麗響いたし可申事 一可恐々々可慎燦々者一婦人也 右之条々朝夕訓読堅相守、暫時も不可手事

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明治七甲戌年四月    明治七甲戌年 同十六年迄十ケ年間 一他犯を禁ス 一木戸ある見物事を禁ス 一諸道具一切不用之品買置を禁ス 一食好を禁ス   但し、病気之節者格別 一遊所家へ行を禁ス   但し、無拠付合にて行不申ハ南下迄も、   申節者格別 一囲碁将基等之勝負之楽を禁ス 一午前十二時迄者無用之他出を禁ス         ︵ママ︶   神社仏閣参詣ハ甲朝之事 右七ケ条堅相守勤慎可致繕事  明治七年   甲羅五月一日 光康謹言 再三ハ断申、弥免し不 光康謹相守  三十六歳    十善戒法語 色身壮健長寿にして世に住するは不殺生戒意思慶也 住処禄直垂て安楽に住するは忌門盗戒之余慶也 男女親愛し子孫継嗣絶せす家門和合するは不邪婬戒之余慶也 号令国に行われ言教家二行ハル\は不妄語戒之余慶也 股重徳を成し人天掃■するは不綺語戒之余慶也 幼二して父母親春愛念し長して家属親近し老而児孫孝順ナるは不悪 口戒之余慶なり 国にあって四境乱れす家二在て睦敷ハ不両舌戒之余慶也 財宝用ひて余あり封彊饒二足ル山海其利多ク万国貢献スルハ不貧富 戒之余慶也 身膣威厳顔貌端正万民畏れて親ミ懐て而も侮ラスは不瞳髪長海産慶 也 冥二神祇守護し顕に万国推戴し国々二災害なく身心憂戚なきは不邪 見戒之余慶也 史料三  もろくの人々沙汰し申さる︾ハ、金溜る人を運のある、我は運 のなき杯と申ハ、愚にして大なる誤なり、運と申事ハ候達す、金持 にならんと思はハ、酒宴遊興奢を禁し、長寿を心掛、始末第一に商 売を励むより外に子細ハ候ハす、此外に貧欲を思ハ、先祖の憐ミに 者つれ、天理にもれ候へし、始末と吝きの違あり、無智の輩ハ同事 とも思ふへきか、吝光りハ消うせぬ、始末の光明満ぬれ者、十万億 土を照すへし、かく心得て行ひなせる身に者、五万十万の金の出来 るは疑ひなし、但運と申事の候て、国の長者とも論る玉江は、 一代 にてハ成かたし、二代三代もつ︾いて善人の生れ出る也、それを祈 新収﹁中井家﹂店則・自戒・遺訓史料 二︼二

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         滋賀大学経済学部附属史料館研究紀要 第三十八号

候にハ、陰徳善事をなさんより全別儀候ハす、滅後の子孫の奢を防

んだめ、愚老か所存を書記畢

文化乙丑正月  九十翁中井良祐識     男光昌敬書︵印︶

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