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多くの人に教えられ、多くの人に支えられ

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Academic year: 2021

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全文

(1)

多くの人に教えられ、多くの人に支えられ

著者

佐藤 博

雑誌名

東北医学雑誌

131

1

ページ

11-12

発行年

2019-06

URL

http://hdl.handle.net/10097/00128822

(2)

1 ―

最  終  講  義

― 2019年 2 月 8 日 : 医学部百周年開設記念ホール 星陵オーディトリアム講堂

多くの人に教えられ,多くの人に支えられ

東 北 大 学 教 授 佐  藤     博

(3)

2 略 歴 昭和 54 年 3 月  東北大学医学部医学科卒業 昭和 54 年 6 月  岩手県立磐井病院勤務(内科・研修医) 昭和 56 年 4 月  東北大学大学院医学研究科研究生 昭和 56 年 5 月  東北大学医学部附属病院医員(研修医) 昭和 56 年 12 月  東北大学医学部附属病院医員(第二内科) 昭和 63 年 4 月  岩手県立中央病第二内科医長 平成 元 年 4 月  東北大学医学部附属病院助手(第二内科) 平成 11 年 4 月  東北大学医学部附属病院講師(第二内科) 平成 15 年 11 月  東北大学病院講師(腎・高血圧・内分泌科) 平成 19 年 1 月  東北大学大学院医学系研究科腎・高血圧・内分泌学分野准教授 平成 22 年 4 月  東北大学大学院薬学研究科臨床薬学分野教授 平成 31 年 3 月  退職

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佐藤 ─ 多くの人に教えられ,多くの人に支えられ 東北医誌 131 : 11-12, 201911

最終講義

多くの人に教えられ,多くの人に支えられ

Taught by Many Mentors, and Supported by Many People

佐  藤     博 東北大学大学院薬学研究科 臨床薬学分野 は じ め に 私は平成 22 年から薬学研究科に籍を置いています が,それまでは第二内科および腎・高血圧・内分泌学 分野に所属しておりましたし,薬学研究科異動後も医 学系研究科の協力講座教員として星陵地区で様々な形 でお手伝いをさせてまいりました.また実際のところ, 昭和 48 年に東北大学に入学して以来,その大半を過 ごしてきた星陵地区には人一倍の愛着を持っておりま す.今回このように最終講義の機会をいただきました ことに本当に感謝しております. 初期研修医時代 私は,医学部卒業後に岩手県立磐井病院内科で 2 年 間の初期研修を行いました.研修先を決めたのは卒業 直前の「正月明け」だったと記憶しています.前年の 7月か 8 月くらいまでに進路を決める同級生達が多い 中,直前まで決まらなかったのは自分だけだったかも しれません.磐井病院を志望した理由は自分でも定か ではありませんが,何となく「忙しくない病院」とい うイメージがあったので余裕を持ちながら研修ができ るのではないかと考えた気がしますし,「木村力夫先 生という優秀な指導医が居るらしい」という情報も得 ていました. その木村先生には,2 年間の間に「医者として必要 なことの全て」を教えていただきました.どんな緊急 事態でも慌ててはいけない,そのためには予め起こり うることを予測しておく,仕事にメリハリをつける, 休む時は休む,等々です. また,自分の予想に反して,磐井病院は途轍もなく 忙しい病院でした.脳卒中,心筋梗塞,吐血,下血, ありとあらゆる急患がひっきりなしに飛び込んでくる ため,夜勤で出勤してきた看護師さん達が自ら用意し てきたお弁当を食べる時間が取れないことが日常茶飯 事でした.なぜ誰もが文句を言わずに働くのかが自分 は不思議でなりませんでしたが,3 年後に行われた同 門会の席で看護師さん達から「お医者さんも含めて皆 が忙しいからですよ」と聞かされ,「なるほどそうか」 と,世の中の真理の一端を知らされる気がしました. 第二内科医局で 磐井病院での初期研修を終えたあとは東北大学第二 内科に入局し,腎臓病の勉強をすることになりました が,ここで,当時のグループリーダーであった斉藤喬 雄先生に,腎臓病の病態・診断・治療のみならず,そ の後の人生の糧となるべき重要なことを幾つも教えて いただきました.絶対に諦めない忍耐力,決して物事 を断定的に扱わない慎重さ,そして単に医学知識に留 まらない総合力の獲得,等々がそれにあたります. また,斉藤先生には,日本語,英語を問わず,あり とあらゆる文章を徹底的に直されました.私自身,小 学校から大学に至るまでずっと日本語(国語)と英語 を学んできましたし,成績も悪くありませんでした. でも,斉藤先生に文章を直される度に,「如何に自分 の語学力が乏しいか」を思い知らされるのでした. 当時の助教授だった古山隆先生からも同じように随 分と文章を直されました.そして入局して 2 年目のこ とだったでしょうか,古山先生から,「君は京極芳夫 先生について電顕をやりなさい」という指示を受け, さらに ① 悪性腫瘍に伴う膜性増殖性腎炎(MPGN) 的形態像の詳細を明らかにせよ,② 希少疾患である 「MPGN II 型」を見つけよ,という 2 つの具体的なテー マをいただきました.最初のテーマは上手く「モノに する」ことが出来ず,2 年後輩の大高徹也先生に後を 引き継いでもらうことになりましたが,2 番目のテー マは,補体グループの清野仁先生の導きがあって首尾 よく事が進み,その内容を国際誌に掲載することがで きました1)

(5)

12 佐藤 ─ 多くの人に教えられ,多くの人に支えられ 慶応大学病理学教授・坂口弘先生の教え 当時の私は,時間さえあれば朝から晩まで腎疾患の 電顕写真を撮影していましたが,得られた所見の解釈 に困ることがしばしばでした.正確な読影のためには 数多くの経験が必要であり,さすがの斉藤先生,古山 先生もこれには「お手上げ」の様子でした.でも,斉 藤先生は,すぐさま当時の腎臓病理界の第一人者であ る慶応大学病理学教授・坂口弘先生に連絡を取り,「東 京に出向いてもらえば直接教えますよ」という約束を 取り付けて下さいました.というわけで,概ね 3 ヶ月 ごとに,その期間内に撮った電顕写真をドッサリと鞄 に詰めて東京・信濃町の坂口先生のお部屋に伺い,個々 の症例について集中的に指導を受ける機会に恵まれる ことになりました. こと腎臓の電顕診断に関して,坂口先生はまさに「神 様」のような存在でした.私が提示した写真を見るや 否や,すぐさま異常所見を指摘され,立ちどころに診 断を下すのでした.しかも,その診断根拠となる内容 を理路整然と説明して下さるので,最初は「ズブの素 人」だった私も,何度か説明を聞いているうちに,自 身の電顕診断能力が徐々に向上していくのを実感する ことができるのでした. 信濃町へ伺った回数は全部で 7,8 回だったと記憶 しています.1 回あたり大体 2 時間でしたので,トー タルしても 15,16 時間程度しか指導を受けなかった ことになりますが,実際には何年間も坂口先生の教室 に内地留学して,何から何まで教えていただいたよう な感覚があります. 坂口先生は,私には常に笑顔で接して下さいました が,実は「学問に厳しいだけでなく人にも厳しい」「嫌 いな人とは全く口も利かない」という性格をお持ち だったようです.そういうことを後から聞かされた私 は,それを知って思わず身を竦めてしまいましたが, 「口を利いてもらえた自分は幸運だった」と安堵して おります. 坂口先生には幾つかの口癖がありましたが,その中 でも「珍しい症例を経験したら,それを報告する権利 があるのではなく,報告する義務がある !」,その一 言がいつまでも私の心に残っています. 多くの人に支えられ 最初の部分に書かせていただきましたように,病棟 や外来では,多くの看護師さんとスタッフの方々に支 えられました.とくに食事の時間も惜しんで献身的に 働く看護師さんの姿には感嘆させられ通しでした. 研究の場面でも,テクニシャンの方々,事務作業を 手伝ってくれた方々…,いくら感謝しても感謝しきれ ないものがあります. 人間は一人では生きていけません.私も,いろいろ な人に教えられ,いろいろな人に助けられ,そしてい ろいろな人に無理なお願いをしながら何とか責務を果 たしてきたように思います.そして,これからもまた 多くの方々のお世話になりながら,次の立場を全うし ていくことになるだろうと思っています. 学生時代から含めるとトータル 46 年の長きにわた り私を支えてくれた東北大学に改めて感謝いたしま す. 文   献

1) Sato, H., et al. (1987) Dense deposit disease ; its possible pathogenesis suggested by an observation of a patient. Clin. Nephrol., 27 : 41-45.

参照

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