環境常在細菌が有する極貧栄養環境への新規適応機
構に関する研究
著者
稲葉 慎之介
号
17
学位授与機関
Tohoku University
学位授与番号
生博第402号
URL
http://hdl.handle.net/10097/00127808
東北大学第64号
博士論文内容の要旨及び
審査結果の要旨
生 命 科 学 第 17 集(課程博士)
(令和元年度授与)
東 北 大 学
令 和 元 年 度
氏 名
学 位 の 種 類
学 位 記 番 号
学 位 授 与 年 月 日
学 位 授 与 の 要 件
研 究 科 , 専 攻
論
文
題
目
博士論文審査委員
いなば しんのすけ稲葉 慎之介
博士(生命科学)
生博第402号
令和2年3月25日
学位規則第4条第1項該当
東北大学大学院生命科学研究科
(博士課程)生態システム生命科学専攻
環境常在細菌が有する極貧栄養環境への新規適応機構に関す る研究(主査) 教授 永田 裕二
准教授 三井 久幸
准教授 大坪 嘉行
論文内容の要旨
自然環境で生息する細菌は、温度変化、高塩濃度、乾燥、栄養源の不足など、常に様々な環境 ストレスに直面している。特に栄養条件は、激しく変動し、かつ基本的には枯渇状態である場合 が多いと考えられることから、環境常在細菌が対処すべき重要な問題である。一般的に、細菌は 栄養条件が好ましくない環境下では、緊縮応答により代謝活性を低下させ、さらには、グラム陰 性細菌の休眠状態への移行や、グラム陽性細菌の胞子形成など、生命維持にかかるコストを極力 抑え、「耐え忍ぶ」ことで対処していると考えられており、それら機構についても多くの知見が 蓄積されている。一方、低栄養条件でも生理活性を維持し、積極的に増殖する細菌の存在は認知 されているものの、その機構に関しては未解明な点が多い。本研究では、このような栄養源が制 限された環境においても従属栄養細菌が増殖する現象に着目した。 当研究室では、典型的な好気性従属栄養細菌でAlphaproteobacteriaに属するSphingobiumjaponicum UT26株の難分解性環境汚染物質である有機塩素系殺虫剤 -hexachlorocyclohexane 分解資化能に着目した研究を長年行ってきた。本株は、全ゲノム配列が決定され、遺伝子操作系 が確立されており、関連情報も蓄積されていることから、環境細菌の環境適応・進化機構の解明 を目指した研究の優れたモデル細菌である。
先行研究により、UT26株のトランスポゾン突然変異株の中から、炭素源非添加の無機塩固体 培地でCO2固定を伴ってコロニー形成する(oligotrophic表現型)株が見出され、推定
Zn-dependent alcohol dehydrogenase (ADH) 遺伝子 (adhX) の高発現が本表現型の直接の要 因であることが示された。本研究では、adhX依存的なoligotrophic表現型の (i) 環境細菌におけ る意義と、(ii) 機構解明を目的とした。 I. adhX依存的なoligotrophic 表現型の環境細菌における意義 UT26 株の adhX 近傍領域の解析により、 adhXは UT26 株染色体上のトランスポゾンに 囲まれた領域に存在していた。また、当該領域 と高い相同性を示す領域はUT26 類縁菌株にも 存在し、それら領域はプラスミド上に存在する 場合が多いことから、adhX を含む領域が環境 中で水平伝播している可能性が示唆された。そ こで、UT26 株由来のadhX 高発現プラスミド を他細菌株に導入したところ、UT26 類縁菌株 の み な ら ず 、 系 統 的 に 離 れ た Betaproteobacteriaに属する株でもadhX高発
現によるoligotrophic 表現型を示す株が存在した (図 1)。すなわち、adhX依存的なoligotroph 表現型がより普遍性の高い現象であることが示唆された。
一方、そもそもadhX高発現株はトランスポゾン突然変異株の中から見出された株であり、こ れまでの研究では、人工的にadhXを発現させた際のoligotrophic 表現型について検討を行って
図1. 他細菌株でのadhX 依存的な oligotrophic 表現型の検討 -:空ベクター導入株 +:adhXUT26高発現株
いた。すなわち、adhX 依存的な oligotrophic 表現型の本来の意義は不明であった。そこで、 oligotrophic 表現型を示す突然変異が野生株でも起こり得るのか、変異型 dnaQ を用いた hypermutator 株で検討した。その際、UT26 野生株だけでなく、adhXを破壊したUT26DAX 株でも検討した。その結果、UT26 hypermutator 株では当該表現型を示す sub-population が培 養 5 日目で出現し、検討した全ての単離株で adhX が高発現していた。一方、UT26DAX hypermutator 株では 3 週間の培養期間中で当該表現型株は全く取得できなかった。以上、 oligotrophic 表現型は自然突然変異で生じ得ること、および、その出現にはadhXが必須である ことを明示した。さらに、(i) これら UT26 hypermutator 株由来の oligotrophic 表現型突然変 異株のadhX上流域には変異が生じていないこと、(ii) adhX上流域を広宿主域プロモーター検 索ベクターのレポーター遺伝子上流に挿入したプラスミドを UT26 hypermutator 株由来の oligotrophic 表現型株に導入すると、野生株に導入した場合より高いレポーター活性を示したこ と、から、発現抑制因子の脱抑制変異によりadhX高発現突然変異が生じている可能性が強く示 唆された。一方、hypermutator 株でない UT26 株を炭素源非添加の無機塩固体培地で培養した 場合でも、低頻度ながらspontaneous に oligotrophic 表現型を示す突然変異株が出現すること を見出した。そこで、これら突然変異株を複数単離し、ゲノムリシークエンスを実施した。その 結果、推定二成分制御制御因子をコードする遺伝子などの十数種類の遺伝子に突然変異が生じて いた。現在、これらの突然変異とoligotrophic 表現型との関連性を検討している。
II. adhX依存的なoligotrophic 表現型の機構解明
AdhX 産物の機能について検討した。まず、His タグを付与した AdhX、および推定 NAD+結
合ドメインを構成するアミノ酸残基に変異を導入した3種の変異型AdhX(C42A)、AdhX(H43R)、 AdhX(T44A)を大腸菌で高発現・精製し、ADH 活性を測定した。その結果、AdhX は methanol, ethanol, 1-propanol, 2-propanol に対して ADH 活性を示した。また、AdhX(H43R)は AdhX よ り弱いADH 活性を示したが、AdhX(C42A)と AdhX(T44A)は ADH 活性を示さなかった。次に、 AdhX、および3種の変異型 AdhX をそれぞれ高発現する UT26DAX 株を作製し、これら株の oligotrophic 表現型を14CO2 incorporation assay ならびにプレート上のコロニー画像のイメー
ジングによる新規手法を用いて定量的に評価した。その結果、AdhX(H43R)発現株は野生型 AdhX 発現株より弱いoligotrophic 表現型を示し、AdhX(C42A)と AdhX(T44A)発現株は当該表 現型を示さなかった。これらの結果から、(i) adhXが実際にADH 活性を有するタンパク質をコ ードすること、(ii) AdhX の ADH 活性の強さと oligotrophic 表現型との間の相関関係があるこ と、を明示した。 一方、先行研究で、UT26 adhX高発現株のトランスポゾン突然変異株ライブラリーの解析か ら、ピルビン酸/リン酸ジカイネース、アセチル CoA シンテターゼ、イソクエン酸リアーゼをコ ードすると推定される遺伝子がoligotrophic 表現型に必須な遺伝子として同定されていた。これ らの遺伝子の推定機能と、UT26 株のゲノム配列情報からホスホエノールピルビン酸カルボキシ ラーゼ (PPC)による CO2固定を伴うグリオキシル酸回路が本表現型を司る中心的な機構である と推定された。そこで、本回路に必須な推定PPC 遺伝子とリンゴ酸シンターゼ遺伝子をそれぞ れ破壊した adhX 高発現株を作製した。しかし、両破壊株は oligotrophic 表現型を示し、他の
CO2固定を伴う過程がoligotrophic 表現型で機能していると示唆された。
以上、本研究により、adhX依存的なoligotrophic 表現型が、少なくとも UT26 株類縁細菌群 では重要な極貧栄養環境適応機構の一つであることを明示すると共に、他の環境常在細菌でも同 様の極貧栄養環境適応機構が機能している可能性を示した。また、adhX高発現突然変異が発現 抑制因子の脱抑制による突然変異で起こることが強く示唆された。一方、adhXが実際に ADH 活性を有するタンパク質をコードし、AdhX の ADH 活性の強さと oligotrophic 表現型との間の 相関関係があることを明示した。さらに、PPC による CO2固定を伴うグリオキシル酸回路以外
論文審査結果の要旨
好気性従属栄養細菌の
Sphingobium japonicum
UT26株は有機炭素非添加の無機塩最小固 体培地では生育できない。しかし、先行研究で本株のトランスポゾン突然変異株の中から、 当該条件でCO2固定を伴ってコロニー形成する(oligotrophic表現型)株が見出され、その後の解析で推定alcohol dehydrogenase (ADH) 遺伝子 (
adhX
) の高発現が本表現型の直接 の要因であることが示された。本研究では、本現象を解析することで、環境細菌の低栄養 環境適応に関する知見を得ることを目的とした。adhX
UT26高発現プラスミドを様々な環境細菌に導入したところ、UT26 類縁株に加え、系統的に離れた株でもoligotrophic 表現型を示し、本現象が比較的普遍性の高い現象である と示唆された。一方、UT26 株の自然突然変異で oligotrophic 表現型株が生じること、当該 突然変異株の出現には