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アジアの動向 シベリア開発 1965

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アジアの動向 シベリア開発 1965

著者

アジア経済研究所

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

シリーズタイトル

アジア動向年報

雑誌名

アジアの動向1965年版

発行年

1965

出版者

アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00052004

(2)

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ア ジ ア 経 済 研 究 所

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シベリア開発/倉前義男

この「アジアの動向

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年は,月

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「アジアの動向」を各国別に

1冊にまとめ,

さらに総

目次,年表,諸統計索引等を追録したものです。

今後,毎年刊行を予定しておりますので,国際政治

経済の焦点になっているアジア諸国の動きを適確に把握

する基礎的資料として,月刊「アジアの動向」とあわせ

てご利用ください。 国別シリーズ: 1965年韓国/中国/インドシナ/フィ リピン/タイ/マレーシア ・シンガポール/インドネシ ア/ピノレマ/インド/ノξキスタン/シベリア開発

(4)

シベリア開発 ・

1

9

6

5

年の回顧と展望...( i)

年 表 (1

9

6

5

〔 解 説 〕

コスイギン首相の北ベトナム訪問(2月) ••...•••••••••.••..••.••..•••••• 48 世界共産党協議会議開催( 3月) •..•••••••• •.•••.•••••••••.••.•.•.••.• 121 国家物価委員会設置( 8月) •••.•..••••.••.•.•.•.•..•••.••.••.•.•••••• 255 今年度も農業不振の見通し強まる( 8月) •••..••.•.••.••.•.••••••••••.. 256 資源分布のアンバランス...: ..•.•...•.•.•.•....•.. 256 訪ソ経済使節団の成果( 9月) •••••••• •••••..••.•••.•••.•..•••.••••••. 281 通産当局ソ連原油輸入拡大を考慮(9月)•••••••.••••••••••••••••••••.• 282 チュメーニ油田開発と日本の態度(9月) ..••••.•.••••..•••••..•••••••• 283 ソ連邦最高会議開催 (10月) •• ••.••••••.•• ••.•••..•••.•....••.•.•.•••• 301 米ソ成長率論争(10月) .•••.•.•••••••••.••.•••••••.•••••• ••••••••••.• 302 処女地開墾のツエリンヌイ地方廃止 (10月) •••.•.•.••••.•.•••.•.•.••••. 303 日ソ聞の諸問題(11月) ••.•• •••••..••••..•..••.•••.•.•...•.•...•••.•• 323

〔主要事項〕

コスイギン首相フランス情報相と会談( 1月) ...3 ソ連インドネシアの国連脱退を支持せず(1月) ...4 受注生産方式の全ソ的採用(

1

月) ...

4

モンゴーノレの粛正事件とシェレーピンの訪問

C

1

月) ...

6

64年の工業生産の伸び低下( 1月) ...6 南部シベリア鉄道の開通(1月) ...7 カナダ小麦の買付(2月) • ・ ・ ・ ・ • ・ ・ ・ • • ・ ・ ・ ・ • ・ • • • • • ・ • ・ •. ・ • •••.•••..••••••.• 50 ノレイセンコ教授解任(2月) • • • • • • ・ ...• ・ • ・ • • ・ ・ • • • • • • ・ • ・ • .. ・ •....•••.•.••• 50 日ソ貿易議定書調印(2月) .••••• ••..•.•••••.•••..•••••.•.•.•.•.••.•.••

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o

コスイギン首相北朝鮮訪問(2月) • • • ・ • • ・ • • • • • • ・ • • • ・ ・ ・ • • ....•....• •••..• 51 世界党会議準備会議,協議会議に名称変更(2月) ・ • • • • •• ・,•..••.••..••.•. 51

(5)

目 次 政府行政機構改革(3月) ••••••••••...•..•••••.••••.• .•••...•... 122 北ベトナム爆撃問題でソ連政府声明

C

3月) ••• •••.•••••••• , •.•.• , •.•••. 123 モスクワの反米デモ(3月〉..............................二...123 ユーゴ筋“クレムリンの動揺”を示唆(3月) •••••••.••••••.••.•.•••••. 126 ソピ、エト地方選挙実施さる C3月) ••.••.••••.••••• ••••.•••••••.••.•••• 127 党中央委員会開催(3月) ••••••••••••••••••••••••••• •.•••••••.••..••• 129 日ソ漁業交渉妥結(3月) •.•.••••••••••.••••.•••.••••.•.•••..•••••••. 130 アジア地域における大量叙勲(3月) •.•••••••••..•.•.••.•••••••.•..•.. 130 日ソ漁業交渉調印と赤城農相の訪ソ(4月) .••••.•••.•••.••••• •.••••..• 175 一連の農業政策とシベリア開発(4月) •••. •••.•••••.•••••••.••.••.•.•. 176 紅旗の非難とクレムリンの苦悩(5月) • • • • ・ • • • • • ・ • • •. •• ・ •••.•.•.•.•.•. 207 ジューコフの名誉依復(5月) •••••.•••••••...•••...•••..••.•••••.•••• 208 難航する新5ヵ年計画の立案(6月) .••• •••••••• •.•••••••••.•••••.•.•• 239 党中央委総会,党大会延期か(6月) •..•.••.•.•.• •••••• •••••••••.••••• 239 第 2 回A•A会議延期( 6 月) •.•••.•••.••• •.•.••••••••••.•••••••••••.•• 241 上半期国民経済の実績(7月) • ・ • • • • • • ・ • • • ・ ・ • • ・ ••.. • .••••••.•.•.•••.•. 257 西シベリア製鉄所,鉄鉱石の不足を訴えるく7月) .•.•••.••••.•.••••••.• 258 三木通産相コスイギン首相会談(7月) ..••••••.•••••••.••••.•••••••••. 258 第2回モスクワ見本市の開催(7月) ••••..•.•.•••.••••••.•.•.••••••••• 258 国際分業方式を日本にも提案か(8月) ..••••••••••••••••.••••••••••• •• 259 出光興産ソ連石油買付交渉(8月) •• •••••.•.••.••.••••••••••.•• ••••••• 259 世界最大のアクリノレプラント輸出(8

..•.

•••

••.••••.•••••••.••••.

259 党中央委総会開催(9月) ...285 ゴ、スパンク総裁リーベノレマン論文に反対(9

•••••

•••.•••.••

••..•

287 プラウダ編集表更迭(9月) ・ ・ • • ・ ・ • • • • • • • • • • • • ・ •••••.•.•••••..•••••.•• 287 対ソ輸出8年の延べ払い(9月) .••.••••••••..••.•.••.•••••••••••••.•. 289 シベリア開発計画遅れる(10月) .•••.•..••.•••••.•.•••••••.••.••.••••• 304 今後5年間の日ソ貿易目標額 (10月) •• .•••.••••••..••.•• •••••.•••••.•. 305 日ソ漁業技術協力(10月) •••••••..•••.••••.••.•.•••••.••.•••••.•••.•• 306 日ソ航空交渉(10月) •..••.••..•.•.•..•.•••••••••••••••••••• ••••.••• • 307 FS技術導入かく10月)•..••.••••••••••..••..••..•••.•••••..••••..••••• 308 コミンテルン第7.回大会30周年記念会議 (10月) ..•.•.•••...•••••• , ••. •• 308 2

(6)

-日 次 10月草命48周年記念式典(11月) •.•..•.•..•..•...•.•.•..•...•....•. 329 クレムリン首悩部と西側要人との接触頗繁(11月〉 ・・・・・・・・・・・・γ ・・・・・・・・ 330 中ソ論争の公然たる再開(11月) • ...•• ••...•. •••..••..•.•.•.•...•.•• 331 東欧との意見調整難航か(11月) ...•..•...••..•.•••..•...•.••..• 332 66年度予算案承認さるく11月) •• ••••....•.•.•.•••..•...•.•....••.•.•.. 333 エプレーモフ M.T.副首相に任命(11月) .•.•...•...•.•..••••.•...• 334 64年の中ソ貿易大幅減少(11月) •...•..•.•••.•.••...•.••....•...• 334 白金売却を一時停止(11月) ...•• •...•....•.•••. •••.•.•.••.•••...•.•.. 334

プラクダ紙「手

JI潤方式の来年導入

J

を報道(11月) •.•..••••..•.•... 334 ソフホーズの経営革新(11月) ... 335 アフガニスタンの道路建設援助(11月) •.•••.••••....••...•...•. 335 アジア開銀へのソ連参加望み薄(11月) ..•....•.•.•.•...•.•..•• 336 米・ソミサイノレの現状(11月〉 ..•.••..•.•..•.•.•...•...•.••....•..•... 336 米ソ文化交流停滞(11月) ..•.•••.•...••...•...•.•. 337 ワシントン・ポストのモスクワの支局閉鎖(11月) •.•.•...•...•.•.• 338 日ソ聞の重要諸事項(12月) ..•.•.•..••.•.•...•...•...••....•..•..• 349 ソ連共産党中央委員会総会(12月) ...•.•••.•.••.•.•....•...•.••.••.•.• 357 第 6回ソ連最高会議第七会期(12月) .•...•...•. , ....•.•.•...•... 357 米ソ関係の冷却(12月) ...•...•••.•..••.•..•...••.•.•.•.•...•.•. 361 アパカン=タイシェット鉄道,’正常運転に入る(12月) ...•...•.••.•.•.•. 362 一連の金融制度改革(12月) .•....• ...•.•..• ••...•••...•..• 363 イタリアのオリベッティ社,ソ連と技術協力(12月) ・ ・ ・ ・ • ・ • ·• ・ ・ ・ •..•.•.. 364 ワノレシャワ条約機構の足並み調整(12月) ....•.•...••••..••...•..• 365 ハパナ会議に意欲(12月) ....•.••..•.••.•...•...•••.••..•••...••.. 366 日ソ問の諸事項(12月) ..・ ••• • ・ ..••...•...•.•.••...•... 366

〔 日 誌 〕

1月( 8) 2月(57) 3月 (131) 4月 (179) 5月(212) 6月(243) 7・8月(260)' 9月(289) 10月(309) 11月(339) 12月(349)

〔 資 料 〕

シベリアの労働力問題., ・ ・ ・ ・ .. ・ ・ ・ ・ .. ・ ...•... , ... ,42 - 3ー

(7)

目 次 トルクメン共和国の経・済建設計画...43 受注生産方式採用...43 電力発展に高いテンポを...44 アパカンニタイシェット鉄道開通の意義 ...44 巨大な原子力...45 東シベリアの学術センター... 114 東シベリアのハカシアの石炭... 115 チュメーニの将来...166 大学は優秀な新入生を待望んでいる...166 1964年におけるモンゴル人民共和国国民経済計画の成果 .・.• .••....•.•.... 167 シベリアの石油問題...196 ケメロボでの自動車列車による石炭の集中輸送.................、... 197 化学地方,東シベリア...197 遅れたソ連の自動車工業... 198 農作物の買付価格引上... 199 1956年第l・四半期におけるソ連工業の成果・• ・ ・ ・ ・ • ・ ・ ・ • ・ ・ • ・ • ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ .. ・ .. 200 エニセイ河航行従業員の努力... 235 サハリンの経済開発状況・・ • ・ • ・ ・ ・ • ・ • ・ • ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・: ・ ・ •.. • •.•...••... 254 10月最高会議の採択した機構改革と新人事・• ・ ・ • ・ ・ • • ・ ・ • ・ • ・ ・ • • ・ ・ ・ .•...•... 319 東部諸地域における石油・天然ガスの開発と パイプライン建設に関する諸情報・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ • ・ ・ ・ • ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ • .•...•... 385 ソ連邦政府機構....................................................(巻末〉

〔諸

計〕

〔経済一般〕 64年の工業生産の伸び( 6) 英国化学工場プラント輸出( 9) 「受注生産方式」全国的に採択(11) ソ連の国連滞納金(11) 64年のソ連 の対外援助額 (12) ソ連の兵力(17) ソ連,印度製鋼所建設 (17) 米国, ソ連へ大豆輸出(17) 64年のソ連経済開発計画実績(18) 日・ソ貿易交渉 (23) ソ連鉄くず輸入(24) ソ連パルプ。材輸入交渉(24) 日本パノレプ,ソ 連へ技術輸出(25) 日・ソ貿易交渉第14回本会議(26) 日・ソ貿易突渉(27) 65年の鉄道建設計画(30) 電力発展(44) 巨大な原子力(45) 日ソ貿易 議定書調印(50) カナダ,ソ連小麦800万ドル(57) 軍事費削減(80) モ - 4ー

(8)

日 次 スクワ州裁判所,交通事故禍の日本人への慰謝料支払い(91) 日ソ貿易交渉 の主要品目(98) 水産庁,昨年の漁獲実績をソ連に通報(100) 日ソ貿易品 目表(100) 日ソ貿易,輸出入合計で初めて4億ドノレ超過 (100) 写真植字 機プラウダへ納入 (100) ソ連材の商談(104) 化学工業への投資抑制(113) ソ連鉄鋼生産(113) ソビエト地方選挙(127) 党中央委員会総会(3月24

26日) (129) ソ連,

H

本の観光客誘致に積極的 (133) 40年度ソ連材輸入 (136) ソ連医薬品代表団来日 (137) 出光石油,ソ連石油輸入の増量と値引 きを要請 (139) 40年分,ソ連向け特殊鋼材 (140) ソ連へ座席予約装置 (260) ソ連の漁獲高(143) 日ソ「たらばがに」で合意(143)

H

ソ,サ ケ,マス交渉妥結 (148) ソ連の大衆自動車の仕犠 (150) ソ連の金売却 (161) ソ連の工業生産 (171) 丸普石油, ソ連石油50万トン輸入 (191) 全漁連, Y連からA重油70万トン (193) ソ連のテレビ生産(229) ソ連の ラジオ・電子工業(231) 対ソ繊維輸出(252) 上半期国民経済の実績(257) ソ連石油買付け交渉(259) 第2閉そスクワ見本市(258) 通産当局ソ連原 油輸入拡大を考慮(282) 米 Y,成長率論争(302) 日ソ・貿易,往復25

30億ドノレを目標(305) 64年の中ソ貿易 (334) 米ソ・ ミサイノレの現状(336) 第6回ソ連最高会議第七会期(357) 日ソ繊維商談(368) 66年のナホトカ 航路(370) フィシュミーノレ買付け(371) イタリア,化学プラント対ソ輸 出(375) ソ連の北ベトナム援助(383) 〔極東,東シベリア〕 鵬洋丸,ソ連領海へ魚肉共同加工(25) アムーノレ河に永 上鉄道(29) ヤクート自治共和国の民間航空(30) チタ=クリチカ問定期 航空路(31) マガダンナト|の漁獲量(37) ウラン・ウデ石灰工場(34) 沿海 州の漁獲量(37) カムチャッカ州漁夫のノルマ(37) ドクノレージパ・漁業 コノレホーズのノルマ(38) 沿海地方ソビエト選挙の準備(93) 沿海地方で アメリカ映画好評(94) チタ州ソビエト選挙準備(95) ソ連,サケマス昨 年度実績を通告(101) エニセイ河船舶(106) ブラゴベシチェンスクの大 豆(108) 日ソ漁船の共同作業(109) 極東海域のこんぶ(109) ノ、カシヤ の石炭(115) アンガノレスク市の近況(112) カムチャッカの漁獲(117) 日ソ共同のミーノレ加工事業(137)クラスノヤノレスク水力発電所建設工事(153) ナザロボ GRES(153) 極東漁業急テンポで発展(158) カムチャッカ海域 漁業(159) カムチャッカ漁業(160) クラスノヤノレスク=フノレンゼ関空路 (163) チュコトカの採金地へブ、ノレドーザ}を空輸 (183) コノレシニハ採鉱

-

(9)

5-日 次 富化コンビナート (184) タジック共和国で農業競争(188) マガダン州の 馴鹿(187) アムール河のフェリー ・ボート(215) ヤクート・ダイヤモン ド産地の発展(219) ノ、ノξロフスク地方の大豆播き(219) カムチャッカの 夏季漁期(220) 輿凱湖付近の米作(220) カムチャッカ西海岸の漁業(222) 沿海地方のビート(222) マガダン・コルホーズのニシン(223) カンスク 市の織物工場(224) ソ連極東物産展(232) エニセイ河航行(235) ウラ ジポストークから日本向け木材(246) ブラック水力発電所からの高圧送電線 (248) カンスク・アテンスク炭田(248) マガダン金鉱で大きな金塊(248) プレーヤ炭田(249) カムチャッカのジャガイモ栽培(250) 極東の畜産 (250) サハリンの経済開発(254) ブリヤート自治共和国のセメント,スレ ート工場(265) オホック海の練漁(266) イガノレカ港から木材輸送船団 (267) 極東鉄道南サハリン線区の成績(270) レナ=ピリュイ自動車道 (270) ハカシヤ鉄鉱山(273) ブラック=クラスノヤルスク問第2高圧送電 線(275) プリヤート語教科書(276). イノレクーツク州の収穫(294) イノレ クーツク付近の茸・野イテゴ農作(294) イノレクーツク水力発電所の近況(296) 北氷洋の船団(297) 沿海地方の米作(299) アムーノレ州の畜産(311) ハ パロフスク野菜倉庫(311) イノレクーツク州の粒穀供出(314) クラスノヤ ノレスク地方工場(318) ザパイカリエ工炭鉱(315) 沿海地方の炭鉱開発 (342) ワラン ・ウデ付近の炭抗(345) アムーノレ河の氷上漁業(344) 、ノノく ロフスク市のタクシー (346) ブラック水力発電所17番目の発電機稼動(348) ワラジポストークの漁獲(379) クラスノヤルスクの燐鉱(379) プラーツ ク水力発電所第17号発電機(384) 西カムチャッカのすけそうだら買付け(384) 〔西シベリア ・ウラル〕 チュメ一二、油田へ冬季自動車道路(32) シャイム=チ ュメーニ石油ノξイプライン(33) タゾフスコエ=ノリリスク問ガスパイプラ イン(34) ベーロボのコークス炭坑建設(34) クズパスのトシウシンスク のコークス炭坑(34) シベリアの労働力の問題(42) タウダ=ソートニク 鉄道建設 (106) チュメーニ地区パイプライン綱(110) ワスチ ・バノレイク =オムスク石油輸送(110) マグニトコノレスクに新冷間圧延工場(112) ク ズパスのラスパド水力炭坑(155) チュメーニの将来(166) イノレトゥイシ 河の航行 (183) イノレトゥイシ河の原油輸送(185) チュメーニ州の新油田 マモントフスコエ (184) レーニンスク ・クヌネッキー水力採炭の高い労働生 産性(185) ウラノレ ・ターボモーター工場(189) ノボアノレタイスク鉄筋べ - 6ー

(10)

トン工場(190) 原油輸送(214) 目 次 イノレトゥイシ河の航行(214) チュメーニから河川による 西シベリア鉄道重量列車(216) トロイック国営地区火力 発電所(2p) クズパス炭田(218) アノレタイ地方の農業(219) マルタイ 地方の農繁期(220) ノミノレナウノレ付近春蒔(222) マノレタイのビート(223) 商シベリア最南部の砂漠に大きな防風林(223) イノレトゥイシ河舶局の拡張 (246) アノレタイ農民粒穀揺種(249) アルタイ地方の農業(250) 西シベ リア製鉄所,鉄鉱石の不足(258) ノボシピリスク発電機製作工場(261) オ ピ河の原油輸送(261) シャイム=チュメーニ石油パイプライン(261) ス ベルドロフスク電力重機械製作工場(267) コンダ河ヘ鉄道建設(268) 中 部ウラノレ諸企業 7ヵ年計画を遂行(268) スペルドロフスク州工業の発展 (271) 中部ウラルの食品工業建設(272) トミ・ウーシンスキー火力発電所 出カ(272) チュメーニ付近の収穫(272) クズネック冶金コンピナート (275).クズネック冶金コンビナート(276) チュメーニ油田開発と日本の態 度(283) ウラノレの穀物収穫(293) オピ・イノレトゥイシ・両河原油タンカ ー船団(294) ウスチ・パノレイク=オムスク間石油パイプライン(296) ア ノレタイ地方のビート(297) ノボシピリスク州の春時耕起(298) チュメー ニで今年 7番目の油田発見(299) ノボクズネックの電気製鋼工場(311) ウ ノ、一油田搾井班の成功(311) チュメーニ原油採掘量(312) チュメーニ油 田の実績(312) ノボシピノレスク州の畜産(313) 西シベリアの石炭増産 (315) オピ河の貨物輸送(317) チュメーニのパイプ空輸(346) ノボケ メロボ化学コンピナート(384) チュメーニ開発(385) 東部諸地域のパイ プライン(386) ウスチ ・パノレイク=オムスク問ノミイプライン(386) 〔カザフヌタン・中央アジア〕 アシハバード綿織コンビナート(35) ウズベク 共和国の建設(96) カラガンダ=カラガイノレイ鉄道(105) クズベクスタン のホドベクスタンのホドジケント付近の建設(108) カザフスタンのコルホ ーズとソフホーズ( 108) タジク共和国棉花増産( 109) サランスク・タイ ヤ再生工場(112) チヤノレジョウ過燐酸工場(112) カザフスタンのエノレマ ーク付近の建設(113) アジア地域における大量叙勲(130) 労働者の不法 解雇事件にひん発(95) ケノレキドン・ダム第 2JI頂主事(153) エノレマーク 国営地区火力発電所( 153) リサコフスクの鉄鉱床開発(155) アシハバー ド紡績織物工場( 157) ツェリンヌイ地方の春蒔準備立遅れ (158) ワスベ ク共和国の綿花(159) カザフスタンの農業機械(160) カラガンダ炭抗全

7

(11)

-目 次 連邦記録 (184) カラガンダの新コース炭田(184) マングィシラク半島の 油田(185) ツエリンヌイ地方の修理工場(190) タジック共和国の建設 (212) ギノレギス共和国の産業(212) アシハバードで新図書館(213) タ ジック共和国の党中央委員会(214) キノレギス共和国の党中央委員会(214) フルンゼ=オシ間道路(216) カラクームイ運河の航行(216) フェルガナ 州の電化計画(217) ワアシ河ヌクレク水力発電所(217) カザフスタンで ソバの播種(219) タジック共和国の養蚕(219) キノレギス共和国のビート 作付(?20) ツェリノグラード地方の春蒔(221) スイル ・ダリア河流域の 米作(221) タジック共和国潅概工事(222) タシケント・ケーブノレ工場 (224) タジクスタンの8年制教育(244) カザフスタンの工業生産(245) カラクゥム運河の航行(246) ウズベクスタンの潅瓶(247) マング、ィシラ ク油田の将来(248) カラガンダ炭抗出炭(248) ブハラニアルマ・アタ問 ガス ・パイプ・ライン(249) ウスチ・カメノゴルスクの鉛・亜鉛コンピナー ト(225) クスベクスタンの収穫(260) クゥムサンギノレ台地のポンプ・ス テーション工場(261) ネピト・ダク2 クラスノボドスク高圧送電線(262) カラクームイ人工湖(264) タシケントニチムケット高圧送電線(266) カ ザフスタンの軽工業(268) アンジャン州のトウモロコシ収穫(268) クス タナイ付近の収穫(273) ワフシ水系電力の送電(274) クズベクタンの棉 花収穫(275) タジック共和国粒穀供出(276) ウズベック・ステップの地 下ガス貯蔵所(278) 東部カザフスタンの収穫不成績(278) ブハラ=アノレ マ・アタ問ガス・パイプ・ライン(290) 南カザフスタンの棉花収穫(290) 中央アジアの棉花(290) カザフスタン南部の米作(292) カザフスタン北 部イシム河の航運(295) カザフスタン南部の棉花(296) ナマンガン油田 の開発(312) アグスイクス鉱山(312) エキパストゥズ炭鉱(314) サマ ノレカンド州の棉花(317) フェルガナ州の棉花(340) パブロダノレ市の牛乳 工場(344) タシケント国営地区火力発電所出力(345) ウズベキスタンの 米作(346) ドゥシャシベ熱電力併給火力発電所(375) マングイシラク油 田の発展(379) カザフスタンの火力発電所(377) ノレードヌイ鉄鉱山(379) ソコロボ・サノレパイスキー鉄鉱床(380) チャルジョウ過燐酸塩工場(383) 8

(12)

-ソ連邦アジア地域における経済開発の動向

1

965年 の 回 顧

1

9

6

5

年のソ連邦アジア地域をめぐる諸問題では,ソ連政府の積極的な対日

政策に支えられて,

《シベリア開発への日本の協力》という命題が世上の関

心と話題をさらった。勿論,この問題がこれ程に日本朝野の関心を集めた理

由が,深刻な現下の不況に起因していた事はいうまでもないが,一面,広大

な未開の天地を開発するという夢が刺戟をあたえた事も無視できまい。

このような積極的な対日接近工作が,主としてソ連経済の直面しつつある

苦悩に端を発している所ーから,今後,ソ連がとろうとしている内外の重要政

策が注目の的となった。それを要約すれば,『《中央集権化》と《重工業重視》

《冷戦強化》《通常兵力の拡充》の方向へ,クレムリンの基本路線が次第に傾

斜し,人事異動も機構改革も主として,その線に沿ったものとなった

左い

うことになろう。

それがための緊急要請として,沈滞気味のソ連経済に活を入れる必要に迫

られ,遂に「資本主義的Jな経済刺戟政策さえも敢て採用するという思い切

った方策を打出したのである。勿論,これは北京の激しい反援と噺駕にさら

されたが,このような非難はもとより覚悟の上の事であった。また,農業の

慢性的な不振は依然として打開されないままに停滞を続け,それが首脳部の

足を引きずる“くびき”となって,その行動の自由を妨げている実情である。

一方,ソ連民衆の生活向上の欲求はますます無視できなくなっている。

1

9

6

6

年度の一人あたり国民所得の伸びの目標を6.5%

と設定したり,農業投資

1

3

2

億ルーブノレという史上最高の支出を行うと発表した(1

2

月最高会議〉こ

となどが,そのあらわれである。また,

6

6

年度の

6

億ノレーブノレ程度の軍事支

出増大が,ソ連軍の通常兵力強化に,果してどれほどの寄与をなし得るか,

この点も疑問であるが,ソ連の軍事予算は別な項目に分散して陰蔽されるの

が常であるから,実際の軍事費増額はもっと大きいのではないかという推測

もある。しかし,たとえ,それが事実であったとしても,米国と対決する気

- 1 - 1 一

(13)

シベリア開発(12月〉

構えは汲みとれぬ程度のものにすぎない。

それゆえ,強硬派が拾頭したとしても,それはソ連自身の内部にかかえて

ヤる諸問題を,いささか“こわもて”で解決してゆこうとする統制強化派の

路線が主流にのし上ったというにすぎないと見るべきであろう。今後ベトナ

ムの戦火が若干拡大し,たとえ米中の正面衝突になっても,ただちに米ソの

対決にまで進むことにはならないであろうし,日ソ間の貿易やシベリア開発

への話し合いも,従来どおり,ムードだけが先行した形で,実際の話は徐々

に進められてゆくと予想して大過ないで、あろう。

日ソ聞の諸問題

C

1

)

日ソ航空交渉

シベリア上空の解放をめぐる話題の日ソ間航空交渉は,

1

0

月 7

日から東京

において幕をあけ,双方の主張を織りこみながら折衝が続けられたが,結局,

日本政府はシベリア上空の解放時期について, 2年後というソ連側の明確な

約束条文記載なしに,とりあえず 2ヵ年間の暫定運航協定を結ぶことに意を

決し,

1

9

6

6

年の新年早々,調印の運びとなった。もし,

2

年経過した後も,

ソ連がシベリア上空を日本機に解放しない場合,暫定協定は破棄される可能

性も残されている。

使用される飛行機は暫定運航期間中は,ソ連機を乗員つきで日本がチャー

ターし,これに日本側の乗員,スチュワーデス等を同乗させるというもので,

日本籍飛行機のモスクワ乗り入れは,シベリア上空が解放されるまで持越さ

れる事となった。

(2)

日ソ関長期貿易交渉

1

9

6

5

年の日ソ貿易は

2月 5

日,議定書の調印がおこなわれ,輸出入合計約

3

6

0

0

0

万ドルであったが,それに続く

1

9

6

6

70

年の日ソ関長期貿易交渉杭

1

2月 9

から,東京において開始され,年内に大略の合意に達し,

1

9

6

6

年早

々に調印がおこなわれる事となった。取引額は結局,しぶいものとなり,急

速な伸張は実現されそうにない。その理由は,ソ連からの買入れ品目が不足

している事で,日本側としては原油輸入の拡大を希望しているが,ソ連の原

油生産の伸び率が最近鈍ってきた反面,ソ連圏内での石油需要が急増しつつ

一一 11 - - 2ー

(14)

シベリア開発 (12月〉

あるので,日本向け原油輸出量をにわかに増加させる事は困難とみられる。

ソ連と取引している西欧諸国もソ連からの買物難に悩んでおり,結局,日本

と同じようにソ連原油の質入れ拡大を希望している実情であり,不足がちな

ソ連原油の輸出余力をますます逼迫させている。それゆえ, 5年後にソ連原

油約

1000

万トンを輸入したいという日本側の意向の実現には,相当な困難が

予想される。

〈注〉 I. 1965年におけるソ連原油および石油製品の自由閤向け輸出総量は約3200 万トン(内,日本は約470万トン〉であったとみられているが, 1970年におけるソ 連の自由閤向けの輸出能力は約3800万トン前後と予想され,僅か600∼800万トン 程度の増加しか望めない模様である(7頁の第1表を参照されたい〉。 II.極東地域の鉄鉱石資源のうち,開発の可能性あるものは,目下のところア ムーノレ州ゼーヤ河の支流ガリ河のほとり,ガリンスコエ鉱床のみで,工業鉱量7500 万トン,品位約47%程度のものといわれている。しかし,この鉱床はシベリア鉄 道本線から 150km程北方に位置.しており,本格的開発には鉄道の敷設が必要であ る。しかも,ガリンスコエへの入口であるアムール州のスウォボードヌイ駅まで はナホトカ港から鉄路で・約1400kmも離れているので,山元から港まで‘は約1600km の長距離となる。現在,豪州,印度,その他で開発されつつある鉄鉱山は,大む ね港湾から350km以内の距離にあり,しかも大型船の就航によって海上輸送費が鉄 道運賃に比べて格段に安い点〈約7分の1から10分の1)を考慮するとき,ガリ ンスコエの鉄鉱石を山元で60%以上の品位に処理して, 日本へ輸入しようという 計画も,ソ連側に思い切った値引き輪出の決心があればともかく,今後相当な曲 折が予想されそうである。

m

.極東の木材資源輸入も,日本側には拡大の用意があるが,肝心のソ連側に,

現地での伐採,積出港までの集荷,労働力の不足などの面で,急速な増大を困難 にする条件が存荘するようである。そのため,最近のソ連材は品質が落ち,日本 側業者の不評を貿っている。

このように,原油,鉄鉱石,木材という三大輸入品目の拡大が急に望めな

いという事情から,今後

5

ヵ年間の日ソ貿易額は, 25

30

億ドノレ程度のもの

に落着きそうである。とくにソ連は輸出,輸入額を毎年,均衡させるという

原則を堅持しているので,これも,貿易量の飛躍を困難ならしめる

因とな

っている。

以上のような事情から,今年の後半に入って北樺太の天然ガス商談が,突

然,スポットライトを浴びて登場してきた。これは,日本が開発に必要な資

材を長期延払いで提供し,その見返りとして,液化天然ガス(

L

M G

)を裏目

- 3 - 111mー

(15)

シベリア開発(12月〉

本の新潟などに輸入しようというもので,この案は,発展の可能性を

含む計

画であるといえよう。

(3)

日ソ間の人的交流

この

1

年間の日ソ問の人的交流には注目すべきものが多かった。とくに公

的な性格を帯びた交流が少なくなく,それを列挙してみると,赤城農相訪

(5

月上旬〉,永野鉄鋼使節団訪ソ(

6

月下旬〉,三木通産相訪ソ(

7

月上旬〉,

植村経済使節団訪ソ(

8

月下旬∼

9

月上旬〉。このうち,

とくに植村甲午郎

氏を団長とする使節団の訪ソが最も注目を集めた。中でもコスイギン首相

が,植村ミッションに対し,西シベリアのチュメーニ油田の開発に協力して

くれるよう提案した事が,今年度,最大の話題を投げかけた。

昭和

4

1

年には,外相の訪ソも予定されており,日ソ接近ムードは当分続き

そうであるが,これにつき,北京筋は漸次,強い反搬の色を示しはじめてい

(4)

シベリア開発と日本の協力問題

シベリア開発といっても,

ソ連の考えている事は,太平洋岸から

5

0

0

0

7

0

0

0

k

m

以上離れた西シベ

リア低地の開発の事であり,現下の日本がこれに関

与する事の可否は,常識的にいっても問題が多い。まして,ソ連側の態度が,

表面的なムードとは裏腹に,実際は

p

きわめて妥協のないものである以上,

実現の可能性は少いといってよいであろう。かりに,パイプライン用の鋼管

の輸出などが実現するとしても,ソ連側の要求する決済の条件は,決して甘

いものではないであろう。

5年後にチュメーニの原油が大量に採取できるよ

うになったと仮定しでも,ソ連全体として,西側自由圏へ輸出を拡大しうる

量は

6

0

0

8

0

0

万トン以内とみられるので,日本がそのわけ前にあづかる率を

たとえ

2

分の

l

としても,せいぜい

3

0

0

4

0

0

万トン位であり,

1

9

7

0

年以後

1

0

0

0

万トンの原油輸入をおこな

う事が可能かどうか保証の限りではない(

7

頁の第 1表参照〉。

その他,鉄鉱石,木材,北樺太の天然ガス,銅鉱石など,買物としてとり

あげられているものもそれぞれに問題をかかえている。

しかし,いろいろのネックはあるにしても,日本のシベリア開発への参加

は徐々に実現していくであろう。

IV 一一 - 4ー

(16)

シベリア開発(12月〉

7

ヵ年計画の反省と新

5

ヵ年計画の模索

(

1

) 重点的なエネルギー資源開発とその背景

1

2

月 7

日の最高会議における報告の中で,コズプランのパイバコフ議長は

1966年の経済計画では,とくに西シベリアのチュメーニ州、!と,カザフスタ ンのマングィシラク半島(カスピ海東岸〉の新しい石油とガスの積極的開発 に重点を向ける事になった。これらの地域は,ソ連の将来の石油 ・ガス工業 発展に決定的な意義を持っている

J

と述べた事は,今後のソ連のエネルギー 対策の方向を示すものとして重要な意味をもっている。 西シベリア低地に石油資源が発見され,それに対する開発がはじまったの は,ごく最近のことであり (1960年コンダ河上流で最初の石油が自噴した〉,カザ フスタンのカスピ海東岸のマング、イシラクの石油資源開発に手がつけられた のは, 西シベリア低地のそれよりも新しい(1961年油田発見, 65年はじめて少 量の採油開始〉。にもかかわらず, この両地区が極めて有望な資源を埋蔵して いることと,何よりも距離的に,ロシア本土,つまり欧露の工業地帯に近い という利点から,急速に重点がかけられるようになってきたのである。西シ ベリア低地のいわゆるチュメーニ油田は,きびしい自然条件に妨げられて, 一時は投資効果を疑う芦も出たが,今や,ワラノレと欧露ヘの石油,天然ガス の供給源として大きくクローズアップされるに到った。 ぐ注〉 しかしながら,開発に必要な資材の輸送には相当苦しめられ,ヘリコプター を使用してまで必要な資材を運んでおり,最近では飛行船を利用した資材輸送計 商まで立案されている有様である。それは人跡未踏の湿地帯のため,容易に近づ けない地域に多くの油田が分布しているからである。今や,この輸送上のネック を解消するため,すではシャイム=チュメーユ聞の石油ノξイプライン約400kmが 完成し,ウスチ・ノミノレイク=オムスク間約1000km強の石油パイプラインが着工さ れ,ついでメギオン=アシジエロ ・スウジェンスク間約1200kmの石油パイプライ ンも立案されつつある。一方,イグリム=セーロフ(ウラノレ〉聞のガス・パイプ ラインも来年中には完成するといわれ,ウラノレのイブデリ駅からハントワイ ・マ ンシースクのコンダj駅まで220kmの鉄道も蛍業に入ろうとしており,また,チ品 メーニニトボリスクエスノレグート間の鉄道建設も11月に着工,アバカン=タイシ ユト鉄道の建設に従事していた建設集団が続々現地へ到着しつつあると伝えられ ている。これらの情報を綜合するとき,チュメーニ油田に寄せるクレムリンの期 待は並々でない事が判明しよう。 殊 に , 最 近,欧 露 に お け る エ ネ ル ギー不足が深刻化している事や,投資効 - 5ー 一− V

(17)

-シベリア開発 (12月〉 率の点から東シベリアや極東の開発は当分,手控えても,チュメ ーニ州の開 発に努力を傾ける決意とみてよい。新

5ヵ年計画にもそれは当然

,もりこま れてくると思われるが,とくにこれらの計画の中で,メギオン=アンジエロ ・ スゥジェンスク間の石油ノ々イプラインは,チュメーニ石油主極東へ送るパイ プになるもので,将来,このラインの建設に日本の参加を求めてくる可能 性 も予想される。 一方,カザフスタンのマングイシラク油田も,モスクワからの直線距離は 約2

000km

閣で,チュメ ーニ油田とほぼ同距離,もしくはやや近い所に存在し ている。これから見るとき,ソ連の政策立案者達は,モスクワを円の中心に おき,半後

2

0

0

0

k

m

の円を描いた圏内に,次の新

5ヵ年計画の建設の重点をお

くつもりではないのかと予想される。

7ヵ年計画がフノレシチョアの大風呂敷

的傾向に流れ,各方面で計画倒れになった経験にこりて,今次の新

5ヵ年計

画は,あくまで現実的で,実現可能な,ひかえ目なものになろう。

ソ述における石油需給の推移を眺めてみるとき,次の第 1表の様な数字が得 られる。これをみると,ソ速が次の新5ヵ年計画の石油生産の伸び率を年平均約 8 %として立案している事が判明しよう。 これに対し, 1959

64年におけるソ連原油生産の増加率は年平均12%以上,工 業総生産の増加率は年平均 9 %,ソ連倒内における石油消質量:の増加事は年平均 9.4%であった。つまり, 〈工業生産に必要なエネルギー似である石油の供給が どの程度に

N

1

びるか〉という事が,結果的に工業総生産の伸びを決定している。 その意味で, クレムリン首脳が 《新5ヵ年計画で原油生産の伸びを年平均8 %と 予定》しているという事は,工業総生産の伸び率及び石油消費高の伸び率を年平 均8 %以下に抑えようとしている証拠で、はなかろうか。 しかし,過去数年間,年平均 9.4%の高率を示してきた消費量の仲びを,急に 抑えることは禿難であろう。そこで,ここでは年平均8.5%として予測してみる。

1

表に示す1

9

7

0

年における原油生産高はチュメーニとマングイシラクの 両 油田の開発が順調にすすみ,年間約2

50

0

方トンの原油を産出するものと予 定しての数字である。それゆえ,もし,この両油の開発が停滞するような事 になれば,ソ連のエネルギー政策は破綻をきたすことになる。その時のしわ ょせは, 「国内消費を抑える」か 「共産圏への輸出削減

J

もしくは「自由圏 への輸出削減」以外に方法はない。しかし,①国内消費の伸びを大幅に抑え るとなれば,当然,新

5ヵ年計画の達成は困難に直面しよう。またもし

,② 一一 Vl −ー - 6ー

(18)

シベリア開発(12月〉

ソ連における石油需給の推移

∼一一∼ ∼ ∼ 年 次 | | | I 9 . I 1965C推定) | ∼∼∼‘∼∼ー‘i I I |約1 億3000万トン|約 2 億4~00万トン | 約 3 億~500万トン | !/ポリヤンスキ−\ ICノξイバコフ報告) 盆| |{報告 )|/年平均 8 %の増、

I

I

l

1

加率見込 / |約 l億0900万トン

i

約 1億8500万トン|約 2億8000万トン 量

l

| |/年平均 8.5 %の

X

I

I

I

\増加見込 /

杭 抑 制

即 ンJ 200万トン

l

原 油 ・ 製 品 輸 出 高

i

約2500万トン| 約6000万トン| 約7600万トン 共 産 圏 向 け

i

I

約2800万トン

i

約3800万∼ 3600万トン 約3800万∼ 4000万トン 第

l

i表 1970(推定) 出 l 韮 油 石 費 消 け カ = 見 ン鍛 ト実 万 期 。 ∞ 半定 位上推 約 り 川 町 ょ け 向 閣 由 自

共産圏への輸出を削減すれば,離れがちな東欧諸国の西への傾斜をますます

促進するであろうし,③自由圏への輸出を削れば,今,ツ連にとって必要不

可欠な西側のプラントはじめ生産財の輸入が削られることになろう。ソ連首

脳部がチュメ

ニとマングィシラクの開発に異常なまでの熱意を見せている

のも首肯できる

o 1950

年代の原油生産量は,年々

14%

にものぼる急激な増加率を

示していた

原油生産と工業生産の増加率対比 ︸ 一 一 ご︶ 5 一 一 ︶ 一

4

⋮ 吻 一 日 明 一

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町 一 阪 駅 一 氏 リ 司 コ 三 日 一 r 人ム IAU 品 別 一 r ・ ・ ブ ヰ 1

一 ︵ 一

8G3

︵ 一

8

何 回 一 一 ︶ 一 4 ︶ 一 齢 蝋 / 一 5 一

7

定 一 4 ・ 定 一 計 3 伴貴 一 6 一

8

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9

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9

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一 一 四 n o

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一 7 一 7

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一 A U 一 n t 一 司 4 つ ん 一 ・ 一 ・ 一

6

一 2 一 日 一 9 一 円 r U ︸ ハ 可 u h 胃 ム 自 v 一 Q U 一 司 4 一 Q d 一 1 一

7

5

A U − − − − v 氏 U 一 4u I 一 n y 一 A H d 一 4 一 3 一 4 一 Q J 一・ 一 ・ 一 一 5 一

4

一 9 一 日 一 一 1 一 Q d 一 q o 凸 O 一 ・ 一 ・ 一

5

5

一 1 一 O

i

年 二 量 仇 量 仇 一 産仇 ∼ 一 産 率 費 率 一 生 率 \ 一 生 加 消 加 ↑ 総 加 \ 一 油 増 油 増 一 業増 \ 一 原 年 石 年 一 工 年 第2表 一 − Vll一一 7

(19)
(20)

シベリア開発 (12月〉 そ れ が , 最 近 , に わ か に 鈍 り は じ め た 事 で , ソ 連 の 計 画 に 若 干 の 狂 い を 生 ぜ しめたようである。 〈注〉 1959年から始まった7ヵ年計画の初頭には,モスクワから直線距離4000kmの 線までを大規模建設の間内に合めていた。この綜はほぼパイカノレ湖=アンガラ河 水系まで達するので,プラーツク水力発電所:,クラスノヤノレスクのアノレミ工場や, タイシエツト鉄鋼基地,オムスク=アンププルスク問のノξイプライン,アンガルス クの精油工場,などの構位、も主としてこの時の立案であった。 しかし, 2年穏で この案が非現実的なものである事が暴露され, 1961年 1月の党中央委総会の席で フノレシチョフ前首相は次のように述べて,計樹立案の失敗を認めた。 「われわれは自分の問の資源のあり方を充分心得ているとはいえない。も し,もっとよく事情をのみこんでいたら,資力をまづ中央アジアの方へ向けて, シベリアへまっさきに乗り込むような“へマ”はしなかったろう

J

この発言の後,極東や東シベリアに向けられていた投資予定の相当部分が,中 火アジアとカザフスタンの方へ流用されたとみられる。その額は判然しないが, 15∼20%という説もあり,所によっては70%という数字さえ見えている(1964. 12. 13 pravda,本誌1964年12月号参考資料〉。 このため,タイシエツトの鉄鋼基 地は完全に立消え,西シベリア冶金工場建設も高炉1基のみで終った。そしてプ ラーックの大発電所が完成しても,その電力を使用する工場はまだ出来ていない 有様となった。フノレシチョフは61年以降モスクワからの距離3000kmの圏まで,そ の大風呂敷を修正縮少したのである。この闘はその円弧内に四シベリアのクズパ ス地方と中央アジアまでを包合している。しかし, 7ヵ年計画の総決算は,この 3000km閣の開発さえも現在のソ連経済にとっては非効率であると判定を下したの ではなかろうか。次の新5力年計画ではモスクワ中心2000km閥まで,その規模は 縮少されると予想して良いであろう。

(

2

)

7ヵ 年 計 画 の 実 績

注 目 の

7ヵ 年 計 画 は 今 年 を も っ て 終 了 し た の で あ る が , こ れ が ど の よ う な

結 果 に 終 っ た か , そ の 最 終 的 な し め く く り は 多 分,1966年 3月 の 第23回 党 大 会 に お い て 報 告 さ れ る も の と 予 想 さ れ る 。 今 ま で , 党中央 委 総 会 や 最 高 会 議 の席上,政府や党の責・任者が述べた報告 や , そ の 他 各 種 資 料 の 中 か ら

7ヵ年計画に関したものを拾ってみると,大略,

次 の よ う な 結 論 が 引 き 出 せ そ う で あ るo 1. 農 業 は

7ヵ 年 計 画 に よ っ て70%

の 成 長 率 を 予 定 さ れ て い た に も か か わ ら ず , 実 績 は 僅 か に

10

%

に す ぎ な か っ た 。 殊 に,最 近 の

5ヵ 年 間 の 年 平

均 成 長 率 は 僅 か 1.9% に と ど ま っ た (1965年 3月党中央委総会,ブレジネフ報 - 9 ー lX

(21)

-シベリア開発(12月〉 告〉。 (注〉 7ヵ年計画中にソ述人口は2億0880万人から2億2910万人と約l割近く増加 したので, 10%の生産拡大は事実上帳消しになっている。 第3表

農業(総58生年産=発10展0)指 数 鉱物(1肥00万料ト生ン産)高 1ヘクタールあたり 収穫量(トン) 59 100.4 129 1.04 60 103 139 1.09 61 106 153 1.0ヴ 62 108 173 1.09 63 99 199 0.83 64 110 256 1.13 65

3

印 伺

(7ヵ年計画.目標 170)

一 揖 一 一 一 一 ー

4

|コルホ}| トラクタ|農村貨物 |全作付面積仰い 縮|扮 臨 時 高

年よ\

O

了日立川口

I

:

:

:

I

T

(注) I. 1965年l月 l日現在の乳牛数はコノレホーズ,ソフホーズその他国営企業 の所有するもの2260万語し農民の私有するもの1610万頭で,約42%が私有になっ ている。 II. 1959年より65年までの聞に国家総投資額の7.5%が農業に投資された。

m

.

コルホーズ数は1958年から64年にかけて大巾に減少した。これは,コルホ ーズを統合してソフホーズ化しようという政策によるものであるが,この結果, 余りに農業企業が大型化して管理困難に陥いったので, 今後,コノレホーズのソフ ホーズ化は差控える事になった(ブレジネフ第一書記の言〉。一方,「農地を数人 単位のグループに配分せよ

J

という主張も現われはじめた(65.8.7付コムソ モルスカヤ・プラウダ紙〉。

2

.

7

ヵ年計 画 に お け る 工 業 生 産 の目標 達 成 率 は 次 の よ う な も の に な り そ う で あ る く1965年9月党中央委総会コスイギン報告, 10月革命記念集会ポリヤ ンスキ}報告,その他資料〉。

X 一四 - 10ー

(22)

I ' ‘,, シベリア開発 (12月) 第5表 年 間 生 産 目 標

I

7一カ年一計一画目戸 |;目7嬰ヵ盟年計主画盟修旦正上

達 成 見 込 工業総生産増加率(%) 80 84 電 力(億K W H) 5,000

5,200 5,200

以上

5,090 銑 鉄(万トン) 6,500

7,000 7,200

7,300 6,580 組 鋼(万トン) 8,600

9,100 9,500

9,700 9,000 石 炭(トン) 496,000,000 576,000,000 石 油 採 掘 量 ( ト ン ) {23附240 000} 240'ODO' 000 242,000,000 ガ ス 採 取

i

註(億m3) 1,500 1,300 機械・金属加工(倍) 約 2.0 '1,5 2.4 化 学 工 業 い ) 約 3.0 約 2.5 軽 工 業(/I) 約 1.5 1.5 食 品 工 業 (/I) 来守 1.7 1.5 金属切削工作機(台) 138,000 190,000

200,000 184,000 自 動 車(" ) 511,000 750,000

856,000 612,000 皮 靴(足) 356,000,000 515,000,000 477,000,000 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 第6表 工業生産の前年比成長率(%〉 設 非 機 金 械属 化芸 全 土工 業 臨 時 レ ギ ー 建工業材 製木材紙 軽業工 ;食品 (発電);(燃料) 冶 金 加 工 工 !工業 一 一 一 . ’ . . −一 59 11.4 9 9 15 10 22 9 9 [ 11 60 9.5 8 10 16 12 18 7 8 [ 4 61 9.1 7 10 16 14 12 5 5 7 62 9.7 8 9 15 15 9 6 4 9 63 8.1 10 9 13 16 8 7 2 j 5 64 7.1 12 7 8 9 15 8 6 3 : 2 65 '( 上実(計半績画期8.91.)3

I

)

ll 7 8 9 14 10 5 10 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 ・ ー ー ・1965年は l

9月実績よりの推計。 ・1959

65年の全工業生産の平均成長率は約9 %。 (注〉 雇用人口(1963年,米国の推計〉

工 業

2町 人 農 業 6627万人 3. 1959

年から

1965

年までの国民一人あたりの年平均実質所得増加率

- 11ー 一一 Xl ・ー

(23)

シベリア開発 (12

は,約

3

.

2

3.3%

であった(6

5年12

月最高会議パイバコフ報告〉。

4

.

衣料品などの消費財に移しい滞貨を生じ,

6

5

9

2

日のイズベス

チャ紙はその額を

2

5

億ノレーブノレ(

1

兆円〉と報じた。これは《品質−劣悪,

流行おくれ》などが原因で,中央計画化の失敗を示している。

5

.

鉄道輸送に必要な配車計画が,完全に調整されていないため,重要

貨物を積んだ貨車

7

万∼

8

万輔が,各地の引込線で長時間(ときには

3

間も〉放置され,また空になっている倉庫がある一方では,貴重な機械部

品などが野外に雨ざらしにされている所もあるという。

1

1

月1

4

日イズベス

チャによると,例えばウラノレのマグヱトゴ、ノレスクとチェリヤピンスクの両

コンビナートだけで,

2000

輔の貨車が積荷のまま滞留しており,各駅の倉

庫やフ。ラットホームの滞貨は

3

3

0

万トンにのぼり,遂に,モスクワ,キエ

フ,レニングラード,オデッサ,ロストフ, ドネプロペトロフスク等の各

駅では,貨物の受け入れを中止したと伝えている。このような現象は,明

らかに管理機構の非能率の証左であり,プログラミングと管理の技術が,

輸送量の増大についていけなかった事を示している。

6

.

7

ヵ年計画のはじめの

5

年間

(

1

9

5

9

6

3

年〉

に東部に投資された額

は次のようなものであった。

0

極東,東シベリア約

1

6

0

億ルーブ

O

西シベリア,ウラノレ約

240

億ノレーブ、ノレ,

0

全 連 邦 約

1

6

3

0

億ルーブノレ

これでもわかる通り,エニセイ河以東の極東と東シベリア地域へは,全

国家投資の約

10%

が投入されたにすぎず,この地域の産業の占める比率も,

7ヵ年計画前と大差のない状態にとどま

っている。全般的な

印象として,

シベリアの開発は最初の意気込みが,次第にしぼみ,目標から平均して

3

年,部門によ

っては約 5年のおくれを生じているとみてよいであろう。

7

.

東部における鉄道建設をみると,

7

ヵ年計画期間中に南部シベリア

鉄道と中部シベリア鉄道が完成した。南部シベリア鉄道は

3

0

年前から着手

されていたものであったが,そのうち,最後の区間であったアパカン=タイ

シェト間の工事が

7ヵ年計画で完成し,

1

2

月に正式運転に入ったもので

ある。また,中部シベリア鉄道もその最後の区間として残っていたクズイ

トウ=イノレトゥイシスコエ間が

1

1

月に正式営業に入

った。これによっ

ーー 玄11- -12

(24)

-.

シベリア開発(

1

2

月〉

て,東部諸地域の輸送は大幅に増強された。また, 7ヵ年計画中に完成した

鉄道電化工事の総延長は全ソ連で l

5

0

0

0

k

m

に及んだ、と伝えられている。

また, 65

年1

1

月に着工されたチュメ

ニ=スノレグ

ト鉄道は,将来の北

部シベリア鉄道〈チュメーニ=スルグート=コノレパシエボ=エニセイク=ピチム 二アノレダンニコムソモリスク・ナ・

7

ムーレ=ソフ ・ガ ワ ニ 〉 の 最 初 の 建 設 区 間

であると宣伝されているが,この北部シベリア鉄道の完成は今後20

年の期

間を必要とするであろう。

一連の機

構改革と企業管理方式の改善

3

, 9月

, 1

2

月の 3回にわたって開かれた党中央委総会と, 1

0

月と 1

2

に開催された最高会議によって,政府機構や経済管理機構の大幅な改組が承

認採択され,それに伴なって企業管理や計画立案の方式も大きく改革される

事になった。とれらの改革の主な事項を列記してみよう。

1.

フノレシチョフ前首相が実施した地方分権的な地域別管理機構を廃止

し,再び中央集権的な部門別管理機構に復帰した。

(注〉 1. 最高凶民経済会議,ソ連邦ソフナノレホーズ,各共和国ソフナルホー ズ,各地域別ソフナノレホーズを廃止した。 2. 工業関係の全連邦省,もしくは連邦共和国省27省を設置した。 3. ゴスプランの権限を拡大した。

2

.

中央集権の行き過ぎをチェックする意味で,各共和国の閣僚会議に

新分野の権限を与えた。

第7表 改組された経済管理機構 (1965年10月) ソ連邦閣僚会議 (ソ連邦〉 | 全 連 邦 省 |

!

連 邦 共 和 国 省 |(ソ連邦) | 〈共和国〉

I

連 邦 共 和 国 省 | 1

業 - 13 -ノ ム 業 一 −x m

(25)

-シベリア開発(12月) (注〉 1. ソ述邦閣僚会議下のく・連邦共和国・省〉またはく連邦共和国・凶家 委員会〉 を通じて,各共和国閣僚会議に属するく述邦共和国・省〉 または く連邦共和国 ・総局〉に,自主性の巾を持たせるという方針をとった。

3

.

企業の経済的自主性を拡大し,天下り的指標を少なくする。

(注) 1. ゴ

t

業の独立採算制ー経済計算(Khozyaystvennyyraschet)ーを強化 2. 企業や労働者に物質的刺激を与えるために,報奨・金制度を拡大

3

.

企業問の契約不履行によって生じた損害は,責任をとるべき企業に弁 償させるようにした。

4

.

企業の自主性が野放図に走る事をチェックするため,生産財供給配

分の権限を新設の《資材

技術供給》連邦共和国

国家委員会に与えた。

〈注〉 1. 〈資材と技術〉の供給,つまり生産財の配分という重要な機能は従 来,ソフナノレホーズに持たされていたのであるが,各級のソフナルホーズを 解体することになったので,この機能を《資材・技術供給》閤家委員会に移 したものである。 2. 消費財の供給配分は国営商業機関に委ねられているが,生産財の配分 は,まだ,商業機関には委せず,あくまで閣僚会議の統制のもとにおき,中 央集中的な計画によって割当ててゆこうとするものである。 3. 「企業問の直接契約によって,生産財の配分をおこなうべきであるj というネムチノフ等数理経済学者の構想、は,まだ実現に安IJらなかった。

5

.

経済的刺戟方式へ転換するために価格形成方法を改善する。

(注〉 1. このために,ゴスプラ γ付属の《物価》国家委員会が設けられた。 2. 1966年1月1日までに,工業製品の卸売価格を再検討するための基本 的方針を立案提起すべき任務が《物価》委員会に与えられた。 3. 新価格は1967

68年に実際に導入される予定。

6

.

これらの改組を一挙に実施する事は困難であるし,混乱を招くので,

とりあえず66

年度の計画と予算は従来のソフナノレポーズ機構のままで立案

編成し,機構の改組は

66

年中に実行に移される。

大体,以上の如き内容のものであったが,これらの措置が

方では《ソ連

経済の質的変化,ひいてはソ連の信条たるマルクス・レーニン主義そのもの

の修正を意味するものか否か》という広範な論戦を巻きおこした。しかし,

現実的にはこれら一連の措置が果して沈滞気味のソ連経済に活力を与えるも

のになり得るか否かという点こそ,世界の耳目の集まる所であろう。

(注〉 アイザック ・ドイツチャーの論説“TheUSSR between the XX and XXIII party Congresses,,「世界

J

1966. 2月号参照。

参照

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端を示すものである。 これは漸江省杭州市野下人 民公社に関する 1958

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出版者 日本貿易振興機構アジア経済研究所/Institute of Developing Economies (IDE‑JETRO) .

権利 Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア 経済研究所 / Institute of Developing.

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国際図書館連盟の障害者の情報アクセスに関する取

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