集団安全保障体制序説(三) : ウッドロー・ウィルソンと「ニュー・リパブリック」の場合
21
0
0
全文
(2) 第一章 集団安全保障体制を生みだしたもの. 前章で見たように、﹃ニュー・リパブリック﹄の編集者たちとウッドロー・ウィルソンとを結びつけていたものは、戦. 後の国際秩序に対する共通のヴィジョンであり、それは、後年、集団安全保障体制とよばれるにいたった新しい国際秩序. 維持の方式にほかならなかった。両者は、孤立を放棄したあとのアメリカの安全と世界の平和を、集団安全保障体制に賭 け、その樹立をめざしていたのである。. それではいったい、両者が戦後の国際秩序維持の方式としてもっていた共通のヴィジョン 集団安全保障体制iを、 かれらの意識のなかに生みだしていたものは、なんであったのか。. この問題を解くまえに、ここでは、コトバの無用の混乱を防ぐために、集団安全保障体制︵Oo臣9おωΦ8旨図ω遂39︶. の意味を定義しておきたいと思う。. アイノレイノコこスト ホリノヨ. 一般に、一国がとりうる安全保障政策には、大別して二種類の政策がある。ひとつは、孤立政策︵房9蝕8幹℃畠亀︶と コラホレ ノヨニスト ポリノし. よびうるものである。それは、他国から防衛上の援助もうけず、また他国に防衛上の援助も与えない政策である。そして. いまひとつは、協力政策︵Oo蔚び9器9翼勺呂身︶とよぶことのできるものである。それは、他国からまさかの時に、援助. をt通常それは相互的軍事的なものなのだがーうけることが、その国の防衛政策の根幹のひとつとなっている政策で ある。しかもこの協力政策は、次のふたつに分類することができる。. ロ. 第一は、同盟政策︵>田磐8勺○一一2︶ないし集団防衛政策︵Oo臨&話O臥窪8℃○浮鴇︶の名でよぶことのできるものであっ. て、それは、一九二〇年に国際連盟がでぎるまで、孤立政策をとらなかった国が、相互援助の名のもとにとっていた政策 である。そしてこの同盟政策は、次のような特色をもつ。. 第一に、外交上の用心のために条約のなかで明示されない場合もあるが、条約の当事国には周知の敵対国があることを. 一84一・. 説 論.
(3) 論説集団安全保障体制序説(三) (進藤). 前提としている。第二にそこでは、一般に同盟国は、臼分たちが避けようとしている危険を、地理的に明示し、したがっ て、まさかのときに備えて軍備を整備したり戦略を考察したりする。. ところで、協力政策の第二は、いわゆる集団安全保障政策とよばれるものである。それは、国際連盟にその最初の例を. 見るものであり、自国に敵対的な国であろうと、友好的な国であろうと、侵略行為を犯した国に対しては、他のすべての. 国がたちむかうことを基本としている。ところで、この集団安全保障政策は、次のふたつのことを前提としている。すな. わち、第一に、あらゆる侵略国は他のすべての国の敵であるということである。なぜなら、そこでは、国際社会の法と秩. 序を犯すことは、たとえ間接的であろうと、あらゆる国の安全と平和を害するもとと考えられているから。そして第二に. その結果、あらゆる国は、侵略の犠牲国を守ることに﹁国家的利益﹂をもっているということである。たとえ、そうする. ︵ 2 ︶. ことによって、自国が、信頼しうる友好国と敵対するような場合でも、あるいは自国と敵対的な関係にある国と手を結ば なければならないような場合でも。. しかし、同盟政策も、集団安全保障政策も、ともに、協同政策として、孤立政策とは区別される次のふたつの共通性を. もっていることに注意したいと思う。第一は、相互防衛の義務を負う点であり、第二は、自国の防衛力を他国のカによっ て補完しうるという点である。. 以上が、一国のとりうる安全保障政策という観点から見た場合の、政策の分類であり、その定義である。. それでは、こうした政策を、国際秩序維持の方式という視点から見るとどうなるだろうか。. まず、同盟政策の場合、それは、それが本来対抗的な性格をもっているために、ある国が同盟政策をとれば、その国と. 同盟政策を結んでいる国のあいだに、それに対抗的な新たな同盟関係が生まれやすい。そのために、同盟政策は、いわゆる. 同盟体制︵>田き8ω誘冨B︶とよばれるものを、一般に生むのである。イニス・クロード・ジュニア︵獣ωΩ窪留しこは、. その体制のもっている、政治の力学に着目し、﹁勢力均衡システム︵ゆ巴き89℃○≦Roっ蕩おB︶﹂あるいは、﹁システムと. 一85一.
(4) しての勢力均衡﹂とそれをよんでいる。けだし、同盟体制は、秩序維持の原理として、いわゆる勢力均衡の原理によって. ︵3︶ いるのであるから。. 他方、集団安全保障政策の場合、それは、国際秩序維持の方式という視点から見るなら、﹁集団安全保障体制︵OO臣&お ︵4︶ Φ盆ユ曙ω遂$B︶﹂とよびうるものを生みだすことは、いうまでもない。. ところで、すでにふれたように、集団安全保障体制は、歴史上、国際連盟のなかにはじめてその例を見るのだが、その. 国際連盟こそ、ウッドロi・ウィルソンと﹃ニュー・リパブリック﹄の編集者たちが、第一次世界大戦後の国際秩序維持 の方式として、熱心に唱導していたものにほかならなかったのである。. それでは、それぞれ、政府レヴェルと民問レヴェルにあって、集団安全保障体制の構築を熱心に唱導していた、ウィル. ソンと編集者たちの意識の底には、いったい、なにがあったというのだろうか。いったいなにが、かれらの意識の底で、 かれらに集団安全保障体制の構築を唱導させていたのか。. すでに、両者が、集団安全保障体制という共通のヴィジョンのもとに接近する過程を、アメリカ外交の文脈のなかでと. らえたいま、集団安全保障体制を生みだした共通の価値観を、ふたたび、大統領と編集者たちに焦点をあてることによっ てさぐりだしてみよう。. ウィルソンと﹃ニューリパフリック﹄の編集者たちが共有し、そして両者に集団安全保障体制を唱導させた、共通の価 値観として、わたしたちは、次の四つの価値観を抽出したいと思う。. 四つの価値観とは次のようなものである。すなわち、第一に、同盟政策と同盟体制に対していだいていた不信という、. 共通の心情、第二に、国際関係の原理として国際主義の原理をとるべきであるという共通の論理、そして第三に、政治の. 世界ではたすべき力の役割に対してもつにいたっていた共通の認識、そして最後に、両者が世論に対してもっていた共通. の期待、がそれである。そこで、以下四節にわたって、両者が共有していたこの四つの価値観を順次見ていくことにしよ. 一86一一. oo. 説. 論.
(5) 集団安全保障体制序説(三) (進藤). うo. 第一節共通の 心情. ウッドロー・ウィルソンが同盟政策と同盟体制とに対して、抜きがたい不信感をもっていたことに明らかである。その. 不信感を、ウィルソンは、一九一四年五月十六日、国民にむけて次のように語っている。. ﹁われわれがもつれた同盟︵国日o。おぼ鵬>田き8︶から自由でありっづけなければならないとワシントンがいったのは、. 束の間の、一時的な事情のためばかりではなかった。それは、どの国もまだアメリカと同じ方向を向いて歩いていないと. いうことを、かれが知っていたからであった。われわれは、われわれと違った道を行く人々と同盟を結ぶことはできない。. われわれの力と尊厳にかけて、またわれわれ自身の目的への自信と明確さにかけて、われわれは、世界のどの国とも、同. 盟を結ぶ必要はないし、また結ぶべきではない。正しい者、みずからの政策を決定するのに良心を賭けている者、利益よ ︵1︶ りも名誉を重んじる者、そのような者は同盟を必要としないのである。レ. ウィルソンは、同盟政策と同盟体制に対してこうした心情を、その後ももちつづけていた。そしてかれは、この同盟休. 制を否定したところに、新しい国際連盟の時代が始まるのだと、一九一九年九月二〇Rにこう力説している。. ﹁ご存知のように、そしてよくいわれているように、ワシントンはわたしどもに、もつれた同盟に入るなと忠告してい. たのである。⋮⋮。われわれがすでにあとにした時代は、同盟の時代であった。それは勢力均衝の時代であった。それは、. ﹃各国が自分のことだけを考えるか、あるいはまた世界の平和を確保するために、または世界の力弱き地域を支配するた. めに、他の一国または数国と同盟する﹄という時代、つまり同盟の時代であった。国際連盟の計画は、こういうもっれた ︵2︶ 関係を解きほぐすための大いなる過程にほかならないのである。﹂. 疑いもなく、ウィルソンにおける国際連盟tつまり集団安全保障体制tの発想は、同盟体制に対する否定にその源. 一87一.
(6) をもっていたのである。だが、なぜかれは、同盟体制を嫌悪し、それを否定しようとしていたのか。. それは第一に、かれが、同盟体制のいわば道義性に疑惑をもっていたからであり、そして第二に、同盟体制のいわば有. 効性に疑惑をもっていたからであるといえるだろう。そこで次に、まず、この第一の理由がなんであったかを検討してみ たいと思う。. 同明皿体制の道義性に対するウィルソンの疑いは、同盟体制がかれの政治哲学であるリベラル・デモクラシーのなかでと ︵3︶ らえられていたからなのだと推察することができる。一般に、リベラル・デモクラシーは、個人の自由の保護と、被治者 ︵4︶ の同意にもとずく統治とに、価値をおく政治哲学であるといえるが、かれのイメージのなかで、同盟体制は、そのりベラ ル・デモクラシーの原則に反する体制としてとらえられていたのである。. じっさいヨーロッパ国際社会の成立以来、同盟体制ーしばしば勢力均衡という名で呼ばれることが多かったのだがt. は、リベラル・デモクラシーの原則に反するような醜い記録を、その歴史にしるしてきていた。たとえば、︸七七二年か. ら一七九五年にかけての三度にわたるポーランド分割の歴史がそれである。プロシアとロシアとオーストリアの君主たち. は、中欧の﹁カの均衡﹂をはかるという名目のもとに、アウグスト三世なきあとのポーランドを、三度にわたって分割し ︵5︶ あい、独立国家としてのポーランドを消滅せしめるにいたっていたのである。あるいはまた、オーストリア・ハンガリー. 帝国内の少数民族抑圧の例がそれである。そこでは、マジャール民族やスロヴァク民族たちは、ヨーロッ。バの﹁カの均. 衡﹂を守るという名目のもとに、民族としての臼決を認められず、長いあいだ、被抑圧民族としての辛酸もなめなくては ならなかったのである。. ︵6︶. このように、﹁力の均衡﹂の原理に支えられた同盟体制は、被治者の同意を無視し、個人の臼由を剥奪するような記録 ︵7︶. を、その歴史に残していた。そして、それは、ジヨン・ハーツ︵ざぎ頃Φ邑をはじめ、多くの学者が指摘するところでも ある。. 一88一・. 説 論.
(7) 集団安全保障体制序説(三) (進藤). たとえば﹂・ハーツはこういう。. ﹁勢力均衡システムは、ときにある国の独立を保持したり、これまで存在していた単位よりもより自由主義的な国家の. 統一をつくるのを支援したりすることもあったが、しかし、それはまた、反動的な権力や体制の維持とか、ある民族を抑. 圧する国家の存続とかに、ひんばんに文援の手を与えていた。またときにそれは、一国の独立を剥奪することさえしてい ︵8︶ たのである。﹂. ︵9︶ そして、リベラル・デモクラシーをその政治哲学とする﹁歴史家﹂ウイルソンが、同盟体制がしるしたそうした歴史を、. 痛恨の心をもって読んでいたことは疑いがなかろう。そしてこの点でかれは、十九世紀ヨーロッパのリベラルたちの心情. と、軌をいつにするものをもっていたのである。たとえば、そのリベラルたちの心情は、ジョン・ブライト︵ざぼ甲蒔ぼ︶. のつぎのようなコトバにあらわれている。 ﹁⋮⋮勢力均衡の理論がこの国にもたらした苦痛を記録している書物を、つま. びらかに調べるなどということは、とても人間性をもった人間にはできない相談です。勢力均衡を思い浮べると、わたし. にはそれは、化物のような幻想∼それは、百七十年ものあいだこの国であがめたてまつられていながら、この国に負債 ︵10︶ と税金を残し、数十万のイギリス人を犠牲にし、数百万の家庭を荒廃させてきたのです⋮−.。﹂. じつさいウイルソンもまた、こうした心情の枠組のなかで、同盟体制をつぎのように、国民の前でえがいている。古い. 体制のもとでは﹁ひとにぎりの貴族たちが、人民に相談もせず人民の運命を決めることができたのであり、人民を、ヨー. ロッパぢゅうを舞台にして戦われる野心のゲームのなかのあやつり人形か将棋の駒のように用いることができたのであり ︵11︶. ます﹂と。. 疑いもなく同盟体制は、その原理において、﹁力の均衡﹂の保持のために、個人の自由を奪い、被治者の同意を無視せ. ざるをえない国際秩序維持の体制として、かれのイメージのなかでとらえられていたのである。. そしてさらに、そのかれのイメージのなかで同盟体制は、貴族たちのあいだで秘密裡にとりかわされる策略と陰謀を意. 一89一.
(8) 味し、無力な人民を取引し、軍国主義的な専制君主の野心のために人民を犠牲にする、あの秘密外交と結びついていた。. 同盟体制を、秘密外交と結びつけて考えるかれのイメージは、大戦の原因を語るつぎのようなコトバにあらわれている。. かれはいう。この戦争の原因は﹁特定のなにかではなく、一般的なあらゆるものにあったのであります。ヨーロッ。バには、. 相互の疑念があり、それぞれの国が行おうとしていることに関する憶測のやりとりがあり、同盟と了解が織りなされ、陰. 謀と密偵の網の目がはりめぐらされ、そしてそれが今日、海のかなたの全人類社会を網の目のなかにもつれこませること となったのであります。﹂. ︵12︶. ﹁一般的なあらゆるもの﹂、ウイルソンはそれを戦争の原因として、指摘しながら、みずからのイメージのなかにある、. 同盟体制と秘密外交との結びつきをえがいていた。そして、その﹁一般的なあらゆるもの﹂に、つまり、これまで支配的. であった外交のシステムと外交のありかたを含めたものに大戦の原因があると指摘していたのである。そしてそれを、否. オ ルドニプイプロマノヒ. ニュ﹂一アィプ昌ノー ︵13︶. 定したところに、新しい時代の外交がはじまらなくてはならないと主張していたのである。じつにそれは、﹁旧外交﹂を. 否定した﹁新外交﹂の提唱ではあった。そして、かれの主張する﹁新外交﹂において、国際秩序維持の機能をになうもの が集団安全保障体制であったことはいうまでもない。. こうして、ウイルソンのイメージのなかで、同盟体制は、同盟体制1ーリベラル・デモクラシーの無視︵小国の権利の無. 祝、民族自決の抑圧︶醤貴族たちの外交U秘密外交付旧外交、という一連のイメージによってとらえられていた。それに. 対して、集団安全保障体制は、集団安全保障休制排リベラル・デモクラシーの確立︵小国の権利の尊重・民族自決の優 先︶目人民の外交H公開外交”新外交、というイメージでえがかれていたのである。. このようにウイルソンは、同盟体制の非道義性に疑惑の目を向け、そうした視角から同盟体制を否定し、それにかわる. 新しい国際秩序維持の体制として、国際連盟、っまり集団安全保障体制の構築を唱導していたのである。. しかし、同盟体制に対するウイルソンの疑惑の目は、たんに同盟休制のもつ非道義性にばかり向けられていたのではな. 一90一一. 説 論.
(9) 集団安全保障体制序説(三) (進藤). い。かれはまた、同盟体制が、国際秩序維持の方式としてもつ有効性にもまた強い疑いの目を向けていたのである。. しかし、なぜウイルソンは、国際秩序維持の方式としての同盟体制の有効性に、強い疑いの目をむけていたのか。. すでにわたしたちは、ウイルソンが、戦争の原因を﹁一般的なあらゆるもの﹂に、つまり、﹁⋮⋮同盟と了解⋮:・陰謀. と密偵の網の目﹂といったものに求めていたことを知っている。すなわち、ウイルソンのイメージのなかで、戦争の原因. はこれまで支配的であった外交のシステム、つまり同盟体制と、はなれがたく結びついていたのである。そして大戦の原. 因と同盟体制とを結びつけるそうした考えが、平和維持の体制としての同盟体制の有効性に対する抜きがたい不信感を、 ウイルソンの心の中にうえつけていたのではなかったろうか。. 一九一九年六月、。ハリ会議帰国まもなく、ウイルソンは、平和維持の体制としての同盟体制に対する不信感を、その非. 道義性という観点からではなく、むしろ、平和維持体制として破綻した体制なのだという視座から、みずからの戦争原因 観を次のように上院で訴えている。. ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ. ﹁なぜそれ︵大戦が人民たちに強いた犠牲・註材進藤︶が強要されたのかは明かであった。それは、一国が支配を欲し、他. ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ. の諸国が、それに抗するに、軍備と同盟という手段以外になすべきすべを知らなかったからなのであります。ヨーロッ。ハ. のあらゆる取りきめの根底に いや、世界のあらゆるとりきめの根底に、戦争があったのであります。そしてそのとり. きめが戦争に先行していたのであります。不安がる人民たちは、こう教えられていました。艦隊と軍隊とが、平和を意味. するのだと。そして、その艦隊と軍隊を維持するために人民は、働かされていたのであります。しかし、かれらはいま次. のようなことを知ったのです。それは、自分たちはだまされていたのであり、艦隊と軍隊は、国家の野心をおしすすめる. ために維持されてきたのであり、艦隊と軍隊は戦争を意味しているのである、ということであります。そしてかれらは、. これまでの古い政策が、武力、武力、武力以外のなにものでもないことを、つねにそれは武力であることを、今日、知っ. ているのであります。⋮⋮真理を求める世界のあらゆる心と、あらゆる啓蒙された判断は、次のことを要請しております。. 一91一.
(10) 面冊. ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ. ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ. たとえ個々の行動のコストがどんなに高かろうと、すべての政府は、⋮⋮国際政治の古い秩序を完全にぶちこわすべきで. あるということを。⋮⋮あらゆる勢力均衡にかくされている恐怖をうちくだくために、人民が血を流しはてた、あの戦争. は、たんに、武力の勝利や、あるいは新しい均衡で終ってはならないのであります。武力に訴えたあの怪物︵目勢力均衡 ︵14︶ 目註・進藤︶は、けっしてたち切られることのできない鎖に、つながれなければならないのであります。﹂. じっさい、秩序維持の体制としての同盟体制は、第一次世界大戦の勃発によって、完全な破産をきたしていたかのよう に、多くの人々の目に映っていたのである。. しかし、それにしても、なぜ、同盟体制は、国際秩序維持の機能を有効に果しえないのだろうか。秩序維持の体制とし. ての同盟体制の有効性に対するみずからの不信感を、ウイルソンは次のような論理で説明していたようである。. 同盟体制は、国際秩序維持の体制として機能するために、﹁カの均衡﹂を原理としている。しかしまさにその﹁カの均. 衡﹂の原理によって、それは、はてしない軍備競争に向かわざるをえない。そしてそのために、同盟体制は、武力のわず. かな優位に支えられた、じつに不安定な均衡にすぎなくなる。そしてそれは、いつかは戦争へ破綻せざるをえない、だか. らこそ、同盟体制という古い秩序維持方式は、永遠に終わらせられなくてはならないのである、と。. そうしたみずからの心情にひそむ論理を、ウイルソンは、大戦後まもなく、ロンドンのアメリカ大使館で開かれた﹁国. ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ. 際連盟推進連合︵↓竃印お垢92讐δ器¢昌一8︶﹂にあてた信書のなかで、次のように述べる。. ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ. ﹁古い秩序の中心にあって、その特色をなしていたものは、﹃勢力均衡﹄と人々が呼びなれている、あの不安定なもの. ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ. なのである。すなわち、そこでは、均衡のはかりは一方かないし他方の側に投ぜられた剣によって決められ、その均衡は. 相競いあう利害の不安定な平衡によって決められ、その均衡は、通常は潜在してみえないがしかし、つねにそのなかに深. く根をおろしている、あのしっと深い警戒心と、利害の対立とによって維持されていたのである。この戦争を戦った人々 ︵蛎︶ は、そうした種類のことをこんりんざい永久に終わらせようと決意した諸国から集まった人々なのである。﹂. 一92一. 説 壬ム.
(11) 集団安全保障体制序説(三) (進藤). これが、同盟体制の有効性に対してウイルソンがいだいていた不信感のそこにひそむ論理であった。. 同盟体制が、国際秩序維持の方式として、有効に機能しえない方式であることは、 モ!ゲンソー︵頃。﹃ζ○お窪甚き︶ ︵怖︶ イニス・クロード・ジュニア︵ぎびΩ窪費賛︶をはじめとする多くの国際政治学者たちが指摘するところである。. じっさい、国際社会という﹁力の闘争﹂の場合では、各国は、力の均衡よりもむしろ力の優位を求めて動いている。各. 国は相手方のカを測ることが不可能であるために、そしてより多くの価値を確保したいために、多かれ少かれ、力の優位. にむかって動かざるをえないのである。かくして同盟は同盟を呼び、軍備は軍備を呼び、ふたつの同盟のあいだに、より. 多くの安全保障価値を求めて冷たい戦争が始まる。そしてそれは容易に熱戦に転化しうるのである。. だから、ウイルソンのイメージのなかで、同盟体制と集団安全保障体制とは次のようにもまたとらえられていたのだ。. すなわち、同盟体制“軍備競争穫不安定な均衡H大戦の原因H有効性をもたない秩序維持体制、これに対して、集団安全. 保障体制は、集団安全保障体制目軍備のプールH安定した均衡h平和の原因硅有効な秩序維持体制、という形で、ある。. こうして、その非道義性と非有効性という、ふたつの側面から同盟体制はとらえられ、ウイルソンの強い不信の対象とな っていたのである。. しかし、それでは﹃ニュi・リパブリック﹄の編集者たちの場合は、どうであったのか。かれらは、同盟体制をどのよ うにみていたのか。. かれらもまた、ウィルソンと同じように同盟体制に対する不信感をもっていたことは疑いがなかった。しかしかれらの. 場合、その不信感は、同盟体制のもつ、道義性に対する疑惑から生まれたものというよりもむしろ、その有効性に対する 疑惑から生まれたという側面が強かつたようである。. もつとも、﹃ニュー・リパブリック﹄の編集者たちが、同盟体制の非道義性に不信感をもっていたという側面もなくは. なかったかもしれない。なぜなら、かれらもまた、ウィルソンと同じように、リベラル・デモクラシーをかれらの政治哲. 一93一.
(12) 葭冊. 学の中核としていたのだから。. ︵17︶. しかし、雑誌﹃ニュー・パブリック﹄と、当時かれらが書きちらしていたものを通して知るかぎり、かれらの同盟体制. 批判の行間のなかから、直接、同盟体制の非道義性にふれたものを見つけだすことはできない。. それでは、同盟体制の有効性に対するかれらの不信感とは、どのようなものであったのか。この点に関しては、かれら. もまた、ウィルソンとほぼ同じようなイメージと論理の上に、かれらの不信感をきずきあげていたようである。 たとえば、同盟体制の原理である勢力均衡について、かれらは次のようにいう。. ﹁世界の人々が、永続的な平和は、交渉によってではなく、命令によって確保することができると信じているかぎり、. 世界は、これまでつねにそうであったと同じような世界で、すなわち、左右にゆれうごく勢力均衡にもてあそばされる世. 界でありつづけるだろう。平和はその方法によっては、けっしてヨーロッ。ハでは確保されることはなかったし、そしてこ ︵鮎︶ れからもないであろう。﹂. つまり、かれらは、ウィルソンと同じようにこう考えていたのである。同盟体制は、﹁力の均衡﹂を原理としているが、. しかし、それは、きわめて不安定なものである、だから、それによって平和は、けつして確保されえないし、これまでも 確保されてきたことはなかった、と。. 同盟体制に対するかれらの不信感の根底にある論理は、一九︼九年一月十一日の論説で、より明確にとかれている。その. なかでかれは、フランスの﹃ル・ターム︵訂↓ΦB霧︶﹄誌の主張する安全保障政策を批判して、歴史的な事例をひきなが ら、次のように同盟体制を批判する。. ﹁力の優位をみずからの手に保持するために戦争の四大勝利国のあいだで結ばれる同盟を、ヨーロッ。ハの将来の組織に. 確実さを与える方法だなどとまじめに論ずることがどうしてできようか。貴誌︵雑誌﹃ル・ターム﹄のこと・註”進藤︶が提. 案する同盟は、戦前のヨーロッパ諸国に統一と分裂とを与えていた同盟と、実体と目的の点でどれほど異なっているとい. 一94一. 説 ヨノN.
(13) 集団安全保障休制序説(三) (進藤). うのか。この種の同盟が結ばれたとしてもそれは、世界の平和に確実さと安全を与えるどころか、ただそれが、機能しえ ず、消滅する、頼ることのできないものであることがくりかえしわかるだけなのだ。﹂. そしてかれらは、三国同盟の歴史的例を引用していう。 ﹁いうまでもなく、その完全な例は、ドイツがフランスに勝利. した結果手にしたヨーロッパの支配的な地位を、ドイツが確保するために、ビスマルクが組織した三国同盟である。その. 一、一国同盟という平和維持のための同盟は、長年のあいだ国際的保障という崇高な基準にたえていぎのびていた。まるで、. 同盟体制は、平和を確保するという仮説が実証された例ででもあるかのように。そしてもしそれが、見かけどうり、統一し. ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ. つづけ、安定しつづけていたなら、それは、フランス、ロシア、イギリスに対してさえ、無敵なものであったろう。しか. ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ. し、そうした同盟は不安定なものである。⋮⋮これまで、すべての同盟は、短期間しか作用しえなかった。なぜなら、す. でにわたしどもが指摘しているように、たんなる利益の複合体に安定はないからである。﹂. 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、︵19︶. そしてかれらは、次のように結論する。 ﹁しかし、︵連明凪のような︶諸国家のあいだに目的の共同体を組織しようとす. る試みのなかには、たとえ仮説的なものであれ、安定の機会が少くとも存在するのである。﹂. 明らかに、編集者たちは、同盟体制を、秩序維持の機能をはたしえない本質的に不安定な体制としてとらえ、そして、 そうした観点から国際連盟、つまり集団安全保障体制の構築を唱導していたのである。. だから、かれらが、かれらの標傍する国際連盟が﹁いつわりの名前をもった古い帝国主義的同盟﹂となることを、とり. わけ危惧していたとしてもおかしくはない。早くも一九一五年三月二十日の論説のなかで、編集者たちは、連盟が、英・. 仏・露三ケ国を中核とした﹁いつわりの連盟﹂になることを恐れてつぎのようにいう。 ﹁もしそういったものができるな. らそれは、デルカッセ氏とエドワード王が﹃ドイツを閉じ込める﹄ために作ったと非難されたあの同盟の、名前をかえた. ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ. だけのものにすぎないと、好意的なドイツ人たちでさえいうことだろう。それは、勝利の果実を勝利者たちが手に入れつ. づけることを確実ならしめるための同盟にすぎないのである。古い武装された要塞に新しい平和主義的な装いをこらした. 一. 95. 『.
(14) ヤ ヤ ヤ ヤ. としても、それはただ成功の罪を、偽善によって重くするだけの効果しかないのである。ドイッは、このような連盟には 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、︵2 0︶. 参加しないだろう。そしてあらゆる種類の取り引きと陰謀によって、ロシヤをそこから引き離そうとするだろう。そして 再び、あのおなじみの勢力均衡のゲームが始まるのである。﹂. しかし、﹃ニュー・リパブリック﹄の編集者たちが、ウィルソンと同じように、同盟体制の非有効性に対する不信感を. もっていたにしても、その非有効性という視座からする両者の同盟体制批判を読みくらべていくと、両者のあいだには、 微妙なちがいがあることに気づく。 アソタノテ アライアノス. それは、﹃ニュー・リバブリック﹄の編集者たちの場合、国際秩序維持の体制としての同盟体制の非有効性を批判しな. がらも、なお、イギリスとの協調をーときには同盟をもー主張していたのに、ウイルソンの場合、そうした特定の国 家との協調なり同明皿なりは、いっさいふれられていなかったというちがいである。. いったいなぜ、編集者たちは、同盟体制の非有効性をきびしく批判しながら、イギリスとの協調をといていたのだろう. か。またかれらの心情のなかで、同盟体制︵とそして同盟政策と︶に対する不信感と、イギリスとの協調︵ないし同盟︶ の主張とは、矛盾するものではなかったのか。. すでに、第一章第二節で、かれらが、イギリスとの協調を主張したのは、次のような理由によるものであったことを知. っている。すなわち、かれらのイメージのなかで、イギリスは﹁平和的﹂な国家であるというイメージがあったのであり、. またイギリスとアメリカとは﹁利益や伝統﹂を共有しているのだという一般的な認識が、かれらにあったのであり、しか. もその上、さらに、戦略論のレヴェルで、とりわけ西半球の防衛に関して、アメリカはイギリスとの協調をえなければな. らないやむをえざる必要があるとかれらが考えていたのである。そしてそのためにかれらは、イギリスとの協調を主張し ていたのである。. ︵21︶ たとえば、この第三の点に関して、引用の繰り直しをいとわなければ、かれらはこういっていたのである。. 一96一一. 説. 論.
(15) 集団安全保障体制序説(三) (進藤). ﹁もし合衆国が、アメリカ大陸をヨーロッパの列強から守ることを真に望むなら﹂どの国と了解をとりつけるべきか?. それは﹁海の女王とである。もしドイツと協定を結ぶなら、たとえそれが、他の観点から可能であり、かつ望ましいもの. であったにしても、それはイギリスの敵意をまねき、海の支配をイギリスと争うことのできるような、大海軍をつくらな. ければならなくなるだろう。⋮⋮しかしイギリスと協定を結ぶなら、合衆国は、その軍備を、穏当な範囲内にとどめてお ︵22︶ くことができるし、同時に、パン・アメリカン体制に、可能なかぎり最大の安全を与えることができるだろう。﹂. しかし、それにしても、かれらは、なぜ、同盟体制の非有効性を論難しながら、イギリスとの協調を、たとえそれが正 式の同盟ではなかったにせよ、それほどまで一貫して主張しつづけていたのか。. この問いに対する答えもまた部分的に、われわれがすでに検討したころから、ひきだすことができる。. すなわち、かれらは、同盟体制を否定したところに集団安全保障体制をうちたてるべきであると主張していたのではあ. るが、しかし、そのさいかれらは、その集団安全保障体制の基礎に、イギリスとの協調をおくべきであると構想していた. のである。つまりかれらの構想のなかでは、集団安全保障体制とイギリスとの協調は相排斥しあうものではなかったので ある。. 第一章でみたように、そうした構想を、かれらはすでに一九一九年当時からいだいていた。そしてそれは、その四年後. のヴェルサイユの紫煙のなかで、リップマンが、みずからもたばこをくゆらせながらしたためた、﹃政治の舞台﹄のなか ノしパワ でも、またくりかえし主張されているのである。かれは、アメリカに開かれたいくつかの道を検討したあとで、海洋権力. を基軸とする英米協調を、新しく誕生する国際機構の中核にすべきであると次のようにいう。. ﹁︵アメリカに︶残された唯一の道とはこうである。それは、英米海洋権力︵>茜8−>B豊8昌ωΦ餌℃o≦Φ同︶を、世界組織. の中核にし、全世界にその利用を保障し、それを、ただ、全諸国家の安全保障のためだけ用いるよう、われわれを拘束す. ることである。これこそ、連盟がなそうとしていることである。カの事実上の所有は、イギリスとアメリカの手にゆだね. 一一97一.
(16) 孤. られるが、しかし、その利用は、︵連盟︶規約に規定される。これによってわれわれは、競争と同盟の危険を避け、しか. も、連盟が崩壊の危機にひんした場合にそなえて必要な戦力を保持しつづけるのである。英米海洋権力は、中立の廃棄に. に確保される、カなのである。﹂. よつて強化され、そして、国際事象の究極の保持者となるだろう。それは、われわれが手にしようとする自由が、最後的 ︵23︶. 同盟体制の否定と、英米協調とを結びつけるかれらの論理と構想は明らかであろう。しかし、だからといってわたした. ちは、かれらが同盟体制の非有効性を弾劾しつづけていたと、いう事実を見うしなうべきではないし、まただからといっ. てかれらが、これまでと同じような同盟を、アングロ・アメリカン・アンタンテの将来に求めようとしていたと考えては. ならない。かれらは、同盟政策と同盟休制が、一時的で東の間の平和しか与えない、不完全な秩序維持の方法にしかすぎ. ないことを、そしてそうした方法にはけっしてたよるべきでないということを、くりかえし説きつづけていたのであるか. ら。英米協調を国際連盟の申核にすべきであると主張した、﹃政治の舞台﹄のそのくだりのすぐ前の段落で、リップマン は次のように警告している。. ﹁⋮⋮強硬な外交政策の基礎として、イギリスとの永続的な同盟を期待し、アメリカとイギリスが一時的に世界の連命. を支配しているのだから、当然、その支配を続け、そしてわれわれはそれから利益をうべきである、とこう主張している. 人々がいることを知っている。だが、これは、帝国主義的な同盟政策である。それは、ワシントンがわが国に入ってはな. らないと警告したあのもつれこみ︵国葺きαqざヨ窪色へとただちにつながるものである。二国閲ないし三国間の、たんなる. ヤ ヤ ヤ ヤ. 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、. か撃静防伽静跡盟は、それぞれの当要国が他の同盟国の野心と誤りを支援しなくてはならないことを、要実上、意味する。. それは、それぞれの同盟国のもっとも貧欲な欲望をそそり、そして同盟外の国の嫉妬と、ついで敵意とを、われわれにむ. 依℃も七駄悲よ悲翫二乙に届翫芯へ臥。そして世界の大半が騒ぎ始めるだろう。なぜなら、たとえ、その同盟の現在の目. 的がどんなに理想主義的なものであろうとも、かれらは、列強の利己的な結びつきを、いつまでも信頼しつづけることは. 一98一. 説 虞旧!.
(17) 集団安全保障体制序説(三) (進藤). ないだろうから・同盟は、蒔的奄のでしかない。な慧ら、世界にはあまりに多くの破蕎なエネルギふあって、. ゑロ 同盟がそれに長いあいだ耐えつづけることは、けっしてできないのだから。﹂. かれらは・英米協調が、これまでのような形での、たんなる﹁攻撃的防衛的同盟﹂とはまったく別の種類のものである ことを強調し、英米協調がそうした同盟に堕することを、強くいましめていたのである。. たしかに、﹃ニュー・リパブリック﹄の、編集者たちの場合、イギリスとの協調が主張されているのに反して、ウィル. ソンの場合、そのことについていっさいふれられていなかった。しかし、たとえ、そうしたちがいはあったにせよ、かれ. らもまた・同盟体制の非有効性に関して、ウィルソンと同じようなイメージをもっていたことは明らかなのである。すな. わち・同盟体制は、勢力均衡をその原理として機能するがゆえに、それがもたらす平和は、きわめて不安定な平和にしか. すぎないという、共通のイメージである。そして、その同盟体制を否定したところに、集団安全保障体制がうちたてられ なくてはならないと考えていたのである。. だから、リップマンが一九一八年一月、インクワイアリ;の一員として戦後の国際秩序を構築するさいの﹁動かすこと. のできない﹂客観条件として、次のような所見をウィルソンに与えていたのは、まさに、そうした視角から、同盟体制をみ. ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ. ていたことをあらわし、そして両者が、同じ心情をいだきつづけていたことを、象徴するものであった。 、 ︵25︶. ﹁世界の一般大衆の心のなかにあるほとんど一致した感情は、旧外交が破碇し、武装平和の体制が回復されてはならな いという感情である。﹂. こうして、ウィルソンと、﹃ニュi・リパブリック﹄の編集者たちは、それぞれ、ニュアンスを異にしながらも、同盟. 体制に対する共通の不信感をいだき、そして、そのかれらの心情が、集団安全保障体制を生みださせる、共通のモメント となっていたのである。. しかし、集団安全保障体制という国際秩序維持のための新しい方式が生みだされるためには、たんに、既存の国際秩序. 一99一.
(18) 維持の方式に対する不信感というネガティヴなモメントだけでは不十分であったろう。なぜなら、ひとつの新しい秩序維. 持の方式が生みだされるためには、ネガティヴなモメントばかりでなく、よりポジティヴなモメントもまたなければなら ︵26︶︵26の2︶. ないのであるから。そして、それを﹃ニュー・リ。ハブリック﹄の編集者たちも、ウッドロー.ウィルソンも、ともに所有 していたのである。 イソタしナノヨナリスム. ではそのポジティヴなモメントとはなんであったのか。. それは、国際関係の原理として、国際主義の立場をとるべきであるという、共通の論理であった。そこで、両者が共. 一100一一. 有していたその共通の論理がなんであったかを、次節でみていくことにしたいと思う。. ︵1︶ 以下の分類と定義は、アーノルド・ウォルフアーズ︵︾讐○匡≦○幕邑によるところが大きい。コラボレーショニスト・ポリシ. 一G o一∼NOト. ーも、ウォルファ;ズのコトバであるQ︾旨○江≦05量O警零駄§叙9§言ミきさ劇巴ユ霞○お一一、訂冒ぎω寓8箆霧零霧ω”這爵も一︶・. H巳。. 。いΩ餌亀①﹂同こき慧、ミ義∼蕊塁嵩§oミN却ミ§yZ薯KOユハ“寄&8二︷o器ρ這爵勇oげ巳ω霞○ヨげ①茜9∼∼&き浄§誉匙&鉢ミ等. なお、同盟と集団安全保障を考えるうえでは、次の書が参考になる。. 多汐霧し8ρ溶暮Φ島≦ゆ一貫&§Sぎ動ミ蛛偽︶§叙§ミ︶2窒Ko詩”9ご日﹃②C巳く・中霧﹂3雪男甲震器一9、§ミ§S鳶. 鳶§き、蒜醤㌻N鳶︶Z窒K・詩ロ8ω。囚Φ唇の号≦亭・導℃ω・p、§導夷鶏騨ミ§ミ壽9黎毫妄。ミきN§ら硫㌔言8δ三評8§一C亭. 蒐零聴♪8&・三9ヨσ注鴨¢巳<。即Φ。Dω﹂。①p崔葺餌Φ量き、N誉&却ミ嘗潮亀ミざN蓑へ∼Nミ&嘗ドΩ膏曽α。o”d巳<・・騰Ω耳. ︵2︶ もっとも、集団安全保障政策をとらない国の場合は除外される。. ミミ襲誉匙腎題∼O&§く・一●ご巴・︸受零>評一訂巳9三国面再r即ヨ貧・≡即︸8の鉾8d三くも誘ω口。①9. o旨窪、、︸§。b鵠§ミ亀導笥 Z窪K。蒔“ロ薯営8F一。①G。出ヨのω紳甲頃程ω”..9一一の。身①ωの2葺図ゆ巳チ。7εお・=ぼ回県99ぎロ巴o. o図弩ヨω、、\苺鴨ミ§o・義9弩§叙Oお§澄&§も山・享塑︸ぼ爵の一己国の包巴9 =四賃一&Φ共.ぎ8ヨ毬8巴9αqき一N毘。箏餌巳一巨①5壁○量o. 8ケQ。℃誘ωし綜一・Ω甲ζ巽。・琶〆..o・一一Φ3<のωΦ。色蔓餌&H冨①。巨蔓、.㌔§∼幾ミ讐皇トミ・誉嵩象鼠膏禽辱∼辱ミ∼誉&卜黛e﹂。。9≦・閃・. 勺ミ旨砕. 説. 論.
(19) 集団安全保障体制序説(三) (進藤). ︵3︶一。び●Ωゆ&ρ・ワ身。も℃﹄O∼N9. ︵4︶ 一般に、集団安全保障体制はしかし、次のふたつに分類できる。すなわち、世界のすべての国家の参加を意図した一般集団安. 全保障体制と、地理的に隣接する国家が提携する地域的集団安全保障体制がそれである。前者の例は、国際連合であり、後者の例. 団安全保障﹂として、﹁集団安全保障﹂の一種であるかのような誤解を与えている例がある。たとえば、北大西洋条約機構、ワル. は全米相互援助条約機構である。しかし、本質的に集団安全保障の範疇に入られるべきでないものが、しばしば、この﹁地域的集. ない。次書を参照。田畑茂二部﹃国際法講義︵下︶﹄有信堂、39∼57ぺージ参照。. シャワ条約機構がそれである。これらは本来、集団防衛の範躊に入れらるべきものであることは、多くの論者の指摘をまつまでも. 第一節. Φ負奨罵、導隷篭愚翁県ぎ9&・§当誉ド寒≧還津§らヨ毒︶<・=‘Z窒Ko葺出三︶R伽㌍・野Φ誘男=げ房ぽβ一露9. ︵1︶ 即即FニニO鍛︷.ζ身一ρ這雰︵マ雪目M一Dは次書の略であるっ以下これにならうQ閃塁oo母菖⇔&評幕三包≦毒讐・国OO︵一︵ご. 毫顎8辱o弩妄涛鼻妄箋§叙、ミ3く〇一﹄﹄Z窒Ko爵出帥む9ω廼卑oチ。誘℃昏房ぼ量一露8. ︵2︶ 型型目﹄も﹄8﹄ooΦ写Nρ一〇一P︵℃即日法は次書の略。以下同O。塑ψ評ざ欝&O&貸≦,φΦ負S鳶、き導、も翁. ︵3︶ ウィルソンの政治思想については次論文参照。拙稿、﹁ウィルソンの外交政策、その淵源と展開、︵一︶﹂﹃法学論叢﹄︵京大︶. 第八十巻第二号、一九六六年十一月。. 参 照 。 ○ 診 き 詳 費 ○ 即 ” ≦ 四 旨 聾 Φ 誘 。 8 ω躍究 ご 三 く池 ︵ 4︶ 次書 b § 象 ミ 誉 S 誉 。 90 oo 。し P ℃・ 同右、第二編第一章、参照。. ︸・=の声Op魯。も﹄富︷い国。いζoおΦ葺冨Fざ§亀冨ミ§晦≧&o塁︵鼻﹃8シZ雪KO詩一国8鳳﹂8凶署﹂卜。㎝∼一①c。・. 梅田良忠編﹃東政史﹄山川出版社、ミ。∼鵠ωぺージ参照。. ︵7︶. 国巽斜OP鼻も﹄嵩●. ︵5︶. ︵8︶. 歴史家としてウィルソンを規定することはおかしくない。じっさいかれは、当時のすぐれた歴史家のひとりとしてすでに一家. ︵6︶. ︵9︶. をなしていたのだから。. 。お中 G ℃ぎガΦ<Φ一旨PS鳶卜審勲ぎぎbo・喧罫ピ○&OP一。β℃●し ︵10︶ っ G ℃ΦΦ魯ξ冒ぎ甲蒔窪○断○。鉾NP一。。O。 ︵11︶ マゆ田﹄も・鶴G。︾o o8,B︸一〇一〇,Ωp 。&ρOP身。もPc。㌍OQO.. 101一.
(20) ︵12︶ 閏℃。一一﹄も。G。。 G どO。ヴ⑭ρむ一9. ︵13︶ ﹁旧外交﹂と﹁新外交﹂のコトバの意味については、次書参照。 >ヨoい鼠亀9S隷ざ騨誉N♀唆誤織導馬≧§b覧ミミ9. 一〇ω∼NO①・. り﹂80。︸薯. 一〇嵩−一豫o りしO$こo﹃づρ評霞ΦF腎蕎義§織O§、N鼻民睾ω霧Ω蔓”¢鉱<●○鴎国器。つ器℃おω。 。”Z9<=帥くの豆KΦ一Φd響く’汐①ωも. Q●. ︵15︶ ︾勺目ンマ逡o。”OΦΩNo。”一箪G. ︵14︶ ママ日ン薯6ミ∼9・。︾甘ζHρ一㊤一9強調点、進藤。. ︵16︶ H・Ω四巳ρ買もP窪・もるど=q・ζ○茜Φ葺訂Fε・。霊も・録ρ強調点、進藤。. 導恥㌻魂薦逐竃肉ミ︶2ΦをKO詩一〇風○&¢艮︿.牢8即お①一。Ω昆ωδ喜Rけ霧。ぴ§恥>ぎ肉&跨翼隔ミミ缶ミ讐﹄ミ︶一GooQO∼這①ω︸. ︵17︶ かれらのイデオロギーについては、次書がすぐれている。O冨岳ω閃負8ざS詳Ωモo韓魯騨亀蜜簿、ミ§”Q6②”蚕黛︶緊尊ミ§︸. ZΦ乏KO詩甲区8葺口3㎝■. ︵1 8︶ 0℃$冨.、博客界く○一・峯ZO﹂§署る8∼ω占・冒P鴇︾お§︵客戸算8ぎ≧§肉魯&群の略であるQ以下同じ︶。 ..>響き80. ︵2 0︶ ..>需お59勺窪8、、︸客塑く3ρZ98巳①G。︸ζ費3鱒ρ一。ド強調点、進藤。. ︵1 9︶ ..=碁○昏の路拳9器ぎ爵冨ぎぎ8ヨ蝕g巴℃○ま8、、︸客罰く〇一﹂ざZ・白曾薯﹄8∼8刈﹂窪戸お一9強調点、進藤。. 拙稿﹃集団安全保障体制序説︵一︶﹄ ﹃法学論集﹄︵鹿児島大学︶第五巻第二号、︸九七〇年一月。15∼17ぺージ。 ︵2 1︶ ︵2 2︶ ..>嵩>二一き8註魯Oお讐ゆ﹃一或き.、︾Z菊’<oピ9ZO・UP薯6①1零︸ζ費。﹃8︶一〇一9 ︵2 3 ︶ ..目一Φ勺○一︸口8一ω8冨、”︾O o避℃一。Bの寡δ牙巴器器〇二≦蝉,器巳お這も。りΨZ菊,一G。︶20■器P. ︵2 4 ︶ ..目お憶Q一一鉱8一G o8嵩8、、も。O■. ︵2 5︶ 菊身o o鼠喜帥&ω接9妄8辱§蚕勢薯§駄蚕9、蕊貯誉ミミ・く○蕎・8巳8ン≦訂ヨ缶色器ヨ¢。p這鵠もき。強調点、進藤。. ︵2 6︶ なお、﹃ニュー・リパブリック﹄の編集者たちとウィルソソの同盟体制観のちがいは、両者の、戦争原因と戦争責仕の論じか. たのちがいをつくっているように思われる。あるいは、戦争原因観と戦争責任観のちがいが、両者の同盟体制観に影響を与えてい たのかもしれない。そのちがいとはこうである。. ウィルソンの場合、第一次大戦の原因は、同盟体制の破綻に求められ、同盟体制のもつ本質的な不安定性が指弾されているのだ. が、特定の国家に、戦争責仕は求められようとはされていない。そしてこのことは、逆に、同盟体制に加担したヨー・ッパのあら. 一102一・. §叙. 説. 論.
(21) 集団安全保障材・制序説(三) (進藤). ゆる国に責仕が帰せられるという、論理的組果をもたらしている。ウィルソンが、﹁特定のなにかではなく、一般的なあらゆるも. の⋮⋮が戦争をひきおこしたのであります﹂といったのは、まさに、この意味においてであった。. しかし、﹃ニュー・リパブリック﹄の編集者たちの場合、ウィルソンと同じように、戦争の原因として、同盟休制の破綻が指摘. され、そして同盟体制のもつ本質的な不安定性が指弾されているにもかかわらず、かれらはさらに、そうした同盟体制の破綻も. 争責仕論と戦争原因観とは、すでに引用した、リップマンの﹃政治の舞台﹄のなかで、次のよう展開されている。. たらした、国家群のなかから、イギリスを除去し、戦争の第一次的責仕の対象から除外しているのである。そうした、かれらの戦. のである。そして、われわれが、ホーヘンツォレルンとハプスブルグとサルタンとッァーの諸帝国が、一九一四年以前に存在した. ﹁⋮:一九一四年に存在した国際関係は、プロシャをその領袖とする軍事的帝国主義によって、ほとんど完全に決定されていた. 勝利の結果も、理解できないであろう。それら諸帝国が、当時あったような﹃平和﹄の基礎であり、そして通常の状態のなかで、. ヨ;ロッパの法と秩序の基礎であったという事実を習得するまでぱ、われわれは、それら諸帝国の崩壊の意味も、わ揺われ自身の. 人民がそれら諸帝国の苦痛を受けた、その﹃平和﹄の基礎であった。﹂・.℃○ま8あ8濡、、毛あ−9. ︵26の2︶ なお、勢力均衡ないし同盟体制のもつ限界と意味を考えるうえで有益な邦語の文献は次の二書である。関寛治﹃危機の認. 9ぺージ。高坂正尭﹁近代ヨーpッパの勢力均衡﹂﹃法学論叢﹄第八八巻第一号、一九七〇年十 識﹄福村書店、一九六九年。46∼5. 二月。とりわけ関論文は、イニス・ク・ードの見解をとり入れながら、すぐれた分析を行っている。. 一103一.
(22)
関連したドキュメント
を軌道にのせることができた。最後の2年間 では,本学が他大学に比して遅々としていた
7IEC で定義されていない出力で 575V 、 50Hz
② 特別な接種体制を確保した場合(通常診療とは別に、接種のための
第1条
図 21 のように 3 種類の立体異性体が存在する。まずジアステレオマー(幾何異 性体)である cis 体と trans 体があるが、上下の cis
熱が異品である場合(?)それの働きがあるから展体性にとっては遅充の破壊があることに基づいて妥当とさ
税法律主義の適用であるが,国家の側からすれ いとする「適正手続の保障の原則」が挙げられ
UCC第九編の﹁警告登録制度﹂を理解するためには︑ 本稿の検討からも明らかなように︑