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学び合いを創り出す独自学習

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Academic year: 2021

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宇都宮大学教育学部教育実践紀要 第2号 2016年8月1日

学び合いを創り出す独自学習

薄田 太一

・溜池 善裕

**

奈良女子大学附属小学校

宇都宮大学教育学部

** 概要  奈良の学習法は,自律的に学ぶ子どもを育てることをめざしている。そのためには,独自学習を充実した ものにしなければならない。独自学習の充実には学び合いが欠かせない。独自学習においても学び合いなが ら進めることで,学習は深まっていく。独自学習で学び合いを創り出すためには,子どもたち同士が温かい 雰囲気で「網の目」のようにつながっていることが大切である。網の目であるからこそ,独自学習の学び合 いの中で学習問題が生まれ,子どもたちは問題を解決しようと粘り強く追究するようになる。  キーワード:独自学習,「網の目」論,学習問題の成立 日記は,入学式の当日から始め,6年間毎日書き続 ける。毎日の出来事だけでなく,学習したことや考え たこと等も書いてくる。朝の会は,毎朝,委員会か らの連絡と元気調べ,朝の発表を行っている。その 中でも元気調べと朝の発表は,特に大切にしている。 (1)元気調べ  元気調べでは,司会の日直が名前を「○○君・○ ○さん」と呼んで,呼ばれた一人ひとりが「はい, 私は元気です。今日,学校に来る途中にたんぽぽを 見つけました。」などと健康調べに合わせて一言話 す,生活と学習をつなぐ大切な活動である。この元 気調べを通して,学び合いに必要な「聞く力」と「自 分を表現する力」を育てることをねらっている。 (2)朝の発表  ものを持ち込んできたり,出来事を話したり,独 自学習をしてきたものを話したりする。発表内容は 様々である。発表者は表現を学び,聞く人は,友だ ちの発表に共感しながら聞いたり,「おたずね」を したりして,自分の学びとしてかかわりをもつよう にしていく。この,毎日のくり返しが,子どもたち 同士の横の関係をつくっていき,クラスが温かい雰 囲気で「網の目」のようにつながっていくのである。 3.W女の独自学習  筆者は今年度(平成27年度),1年生を担任した。 10月下旬からしごと(3)で「学園前駅に見つける」 の学習を開始した。独自学習が始まると,子どもた 1.はじめに  木下竹次が提唱した奈良の学習法では,学習の順 序として,独自学習・相互学習・第二次独自学習を 提唱している。木下は,学習は常に独自学習から入 ること,独自学習を基礎として,相互学習に移るこ とを強調して,独自学習の重要性を述べている(1) 。  独自学習は,基本的には,個人でする学習である。 しかし,完全に個人とは言い切れない。いくら個人 と言っても,やはり他人を無視できない。集団の力 を借りなければ,独自学習は深まらない。独自学習 を進めると,自分の追究する問題に集中する時,集 団の,子どもたち同士の横のつながりが強ければ強 い程,より他の者の存在を意識するのである。独自 学習であっても,集団の力は不可欠である。では, そのような学び合いは,いかにして生まれ,強いも のとなっていくのであろうか。検討していきたい。 2.朝の会  学び合いを創り出す基盤づくりに,重要な役割を 果たしているのが朝の会である。奈良女子大学附属 小学校は,日記と朝の会に,大きな特徴がある(2) 。   Taichi SUSUKIDA* and Yoshihiro TAMEIKE**

: Own learning to create a learn from

Keywords : Establishment of learning problems  * The Elementary school Attached to Nara

Women s University

** Faculty of Education , Utsunomiya University ([email protected]

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ちは,学園前駅から,多くの発見をしてきた。「ひと」 に興味を持った子は,駅員さんにインタビューをし て,働いている時間や人数,仕事内容などを調べて きた。毎日のように,駅員さんに聞き取りをして, 事実を確かめている子もいた。「もの」に興味をもっ た子は,駅のエスカレーターや改札機,非常ボタン などについて,調べていた。  そんな中,W女は駅のホームで見つけた非常ボタ ンにこだわり,独自学習をしてきた。 1)10/23 「まついやまてのえき」W女  今日,がっこうがおわって,ねえねの ばれえ に いったついでに まついやまての えきを  みました。すると,ひじょうボタンが7コありま した。そして,でんしゃをみると,いちばんうし ろのひとが しゅっぱつしますよ という あい ずをおくっていました。なんで うしろの人があ いずをするのか? (はてな) です。また つぎ いっ たときに おたずねを したいです。つぎに い くときは,しゃしょうさんに おたずねをしたい です。 2)10/25 「がくえんまええき」W女  今日 がくえんまええきで がくえんまええき のところをしらべたら ひじょうぼたんは 5こ で てれびが いちばんうしろに ついていまし た。うしろにいる しゃしょうさんは そのてれ びで まえのひとの ようすを みるんだと お もいました。  11/10の朝の会で,「はい,元気です。昨日,非常 ボタンのことを調べて,作ってきたので,後で発表 します。」と,朝の発表の時間に発表すると,元気 調べで発言した。このように学習が進んでくると, 元気調べの一言が,独自学習の内容など,学習に関 係あることの発言が多くなってくる。  この日は,朝の発表で時間がなくなってしまった ので,W女の発表は,しごとの時間にすることにし た。W女は,1)と2)の作文の内容をもとにして非 常ボタンについて発表すると同時に,松井山手駅で 発見した非常ボタンを,実際に作ってきた。内部に は,防犯ブザーを入れて,ボタンを押すとベルが鳴 る仕組みになっていた。  話し合いでは,おたずねを繰り返しながら,「非 常ボタンはどんな時に使うのか」「非常ボタンを押 すとどうなるのか」といったことが問題になった。 人が線路に落ちた時に鳴らすという意見が多く,ど ういう時に使うのかは,よく分かっていると感じた。 ボタンを押すと音が鳴り,音で緊急事態を周りの人 に知らせると考える子が圧倒的で,「聞こえなかっ たらどうするのか」という疑問も出て,終わった。 非常ボタンの仕組みについては,ほとんど理解でき ていない様子であった。筆者は,「もっと詳しく調 べてみる必要があるね。」と,投げかけた。この日 の日記には,W女の発表について書いてきた子が多 くいた。 3)11/10 「ひじょうボタン」N男  今日の,5じかんめが しごとでした。W女さん が ひじょうボタンのことを しらべてきました。 ひじょうボタンは,人が せんろに おちたとき に おします。W女さんが ひじょうボタンを  つくってきてくれました。ボタンをおすと ぼう はんベルが なりました。ひじょうボタンの お すところに ぼうはんベルが ついていたから, そんなことを おもいつくなんて すごいとおも いました。  学えん前には,5こ まつい山手のえきは,7 こ あります。  ぼくは,ひじょうボタンは,人が おちたとき に おすことが わかりました。 4)11/10 「しごと」J男  きょう しごとで,W女さんが がくえんまえ の えきいんさんや いっぱんの ひとがつかう  ひじょうボタンを つくってくれました。ぼく は それをぬすみ じぶんで つくってみようと  おもいました。こんど やすみじかんに つく ろうと おもいます。  このように,W女の発表を受けて,W女のよさを 認めつつ,次の自分の独自学習に活かそうとしてい る。独自学習においても,学び合いをしている姿の 表れだと言える。  この日の放課後,B男は,学園前駅で非常ボタン の写真を撮って,翌日持参して,しごとの時間に発

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表した。W女も写真を持参して,発表の時に答える ことができなかった「非常ボタンを押したらどうな るのか」を調べて,聞き取りをしてわかったことな どを翌日に発表した。 3.学習問題の成立  W女の11日の発表は,11/10に駅員さんに聞き取 りをした内容についてであった。非常ボタンが鳴る と,その情報が駅の司令室に届き,そして命令を出 して電車を止めるという事実を突き止めた。だから こそ,非常ボタンは必要で,大切なものであるとい う考えを,みんなに投げかけた。  すると,「もしホームから人が落ちて,非常ボタ ンが押されて電車が止まったとすると,反対側の電 車はどうなるのか」「非常ボタンを押した時に鳴る 音は,どんな大きさで,どんな音なのか」「私は緑 色の非常ボタンを見たけど,学園前駅にもあるのか」 等のおたずねが出された。話し合いが進んでいくと, BC女が「非常ボタンが鳴ったら,電車が止まるの ではない。止めるのは人だ。だとしたら非常ボタン は,どこで何が起こったかを音で伝える役割をして いると思う。だから非常ボタンはいると思う」と, 発言した。この意見に対して,「ボタンが鳴ると駅 員さんがかけつけ,運転士さんが電車を止めるから, BC女さんの言っていることは正しいと思う」「やっ ぱり非常ボタンは,駅員さんが,事故に気づかない 時もあるのでいると思う」と,意見が続いた時,E 男が「どうせ駅員さんが助けるので,駅員さんがい れば無理に非常ボタンはいらないのでは」と発言し たのである。そこで,筆者は「なるほど。E男君の 言うように,非常ボタンを押すと,どうせ駅員さん に届いて,駅員さんが電車を止めるなら,非常ボタ ンなんていらないんじゃないの。駅員さんがいれば いいんじゃないですか」とゆさぶりをかけた。  子どもたちは「そんなことない,絶対に非常ボタ ンは必要だ。だって・・・」と,口々に叫び出し, 筆者は子どもから大反発を受けた。騒然となったと ころでわざと打ち切り,では「今日の学習で (ふり かえり)」を書きましょうと言い,学習を終了させた。 ふりかえりだけでなく,その日の日記にまでも,筆 者への反論を書いてきた子がいた。 5)11/11「ひじょうボタン」P男  今日 学えん前の ひじょうボタンを さがし ました。ひがしに4こ にしに6こ,ぜんぶで10こ です。とみおえきも しらべました。ひがしに4 こ 西に2こ,ぜんぶで6こです。こんどは いこ まえきも しらべにいきたいです。 6)11/11 「W女さんがいっていたひじょうボ タンを見たこと」HI女  きょう,W女さんが,ひじょうボタンのことを  いっていたことを,またしらべてきてくれました。  わたしは それをきいて,しらべてみよう!  と おもって,あやめいけえきの ひじょうボタ ンを しらべてきました。あやめいけには,4こ  ひじょうボタンがあって,よく見てみました。 すると,こでらさんが いっていた,ひじょうボ タンが ありました。かたちは,まるくて,まる のいろは,おれんじです。  しょうがっこうにも,ひじょうボタンのような, ボタンが ありました。それを見て,ビックリし ました。せんせいは,「ひじょうボタンは いらな い。」と いっていたけれど,わたしは,いると  おもいます。なぜかというと,えきいんさんが  いないときもあるし,いつ じこが おこるか  わからないから,あったほうがいいと おもいま す。ひじょうボタンを もっと みつけたいな! ! 7)11/11「かたそうなひじょうボタン」T女  きょうのかえりに がくえんまえの ひじょう ボタンを みました。W女さんが いっていたと おり かんたんには おせないようになっていま した。ばんごうを みてみると,211,212,213, 214,215,までありました。そのひじょうボタン は かたそうで「つよくおす」と かいてありま した。したには ちゅういが かいてありました。 まだ くわしく わかっていないので あした  えきいんさんに きいて みんなに くわしく  おしえてあげます。せんせいが「ひじょうボタン が いらない」と いっていたので それも き いてみます。いそがしいとき きけなかったら  あさってにします。

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8)11/13 「ふみきりにあるひじょうボタン」        N男  今日,としょかんで ダンゴ虫とSLきかんしゃ の本をかりにいったかえり,ふみきりのところに も ひじょうボタンがありました。  ひじょうボタンは,ななめにありました。ふみ きりのボタンは,きっと人が せんろで車がと まったときに おすとおもいます。  ぼくは,なんだか かんたんに おせそうな  きがしました。でも,ほんとうは,かたくなって ます。  ぼくは,いろいろなところの ひじょうボタン を さがしたいです。  11/11の学習の後,このように,たくさんの子ど もたちが非常ボタンに興味をもち,自分の目で確か めるために動き出した。その時,友だちが発表した ことを考えながら,独自学習を行っていることがよ く分かった。学び合いの中で,学習が進んでいるこ とを実感できるようになったのである。  E男の発言に続き,筆者が揺さぶりをかけたこと で,以後の独自学習は,「非常ボタンは必要か,必 要でないか」という問題の追究が中心となっていっ た。この問題を解決するために,子どもたちは,駅 員さんや助役さんにインタビューをしたり,駅に実 際に足を運んで,再度詳しく非常ボタンを観察した り,様々な方法で,独自学習を進めていった。そして, 独自学習を行う過程で,分かったことや疑問に思っ たことを,朝の発表の時間やしごとの時間に,みん なに発表をした。そして,友だちの意見を聞き,友 だちから学んだことを参考にして,独自学習を深め ていったのである。  このようにして,「非常ボタンは必要か,必要で ないか」という問題が,学級全体の共通問題となっ ていった。まさに,学習問題が成立していると言え るであろう。そして,この問題を解決しようと,ク ラス全員で協力して,力を合わせて,友だちと学び 合いながら,独自学習を進めた。たくさんの事実が 集まってきた。すると,「今まで独自学習をしてき たけれど,自分だけでは,どうしても分からない。 是非,友だちはどう考えるのか,聞いてみたい」と 切実感に駆られるようなってきたのである。そこで, 相互学習を行った。徹底的に話し合うことで,新た な課題も生まれ,さらなる独自学習へと,学びが深 まりながら,追究は続いていったのである。 4.おわりに  奈良の学習法では,自律的に学ぶ子どもを育てる ことを最も大切にしている。そのために,独自学習 は,重要な役割を担っている。その独自学習を充実 したものにするためには,学び合いは欠かせない。 学び合うことで,追究は深まっていく。  これまで見てきたように,学び合いを創り出すた めに大切なのは,1つは朝の会である。朝の会で, 徹底して聞き合うことの大切さを教え,指導をくり 返してきた。そうすることで,朝の元気調べや,朝 の発表では,友だちの話を楽しみにして,学ぼうと いう雰囲気が創られてきた。子どもたち同士が網の 目のようにつながり,あたたかい雰囲気で支え合う 関係ができてきた。このような横のつながりができ ることで,独自学習においても,学び合いが顕著と なり,集団の中で個が育っていく。  2つ目は,このような学び合いの中で,学習問題 が生まれることである。学び合いの中で生まれた学 習問題であれば,子どもたちはその問題を解決しよ うと真剣になり,みんなで協力して,本気で独自学 習に取り組む。本実践においても,「非常ボタンは 必要なのか」という問題に必死で立ち向かう姿が見 られた。粘り強い追究が,この後も続いたのである。  このように,子どもの発達段階から考えると,低 学年では,まずは「もの」から追究をすることが 妥当であると考える。「もの」の追究をしていれば, 必ずそれが「ひと」の追究へとつながっていくと考 えている。そうならなければ,しごと学習ではない。 「もの」の追究のみで終わってしまっては,不十分 である。しかし,何も手を打たなければ,子どもた ちの追究は,「もの」の追究のみで,終わってしま いがちになる。それでは,単なる「お調べ学習」になっ てしまう。そこに,教師の指導の必要性が生まれる。  本実践では,「駅で働く人の願い・生き方」に迫 ることを単元の中核として展開をした。非常ボタン の追究から,安全を守るためには,人が関わってい ることを掴んだ子どもたちは,助役さんや駅員さん の仕事の追究を通して,「もの」から「ひと」へと 追究を進めていった。しかし,「ひと」の追究がメ インになった途端に, 働く人の想いに迫ることはで きたものの,独自学習の勢いがなくなってきたよう に感じた。「どうしても話し合いたい」という相互 学習のテーマ設定が,非常に難しかった。相互学習

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を見据えての独自学習の取り組ませ方が,課題とし て残った。今後,独自学習と相互学習の関連につい て,実践を通して明らかにしていきたい。 付記  本論考は,全文を薄田太一が単独執筆し,溜池が 文章表現等に目を通して作成された。(溜池善裕 記) 注 (1) 木下竹次『学習原論』(明治図書,1972年)p.13。 (2) 詳細については,奈良女子大学附属小学校学習 研究会『「話す力,書く力,つなぐ力」を育てる』 (明治図書,2015年)等を参照されたい。 (3) 重松鷹泰が,戦後,木下の理論を引き継ぐ当時 の教官たちと協力して,教育構造が「しごと・ けいこ・なかよし」の三部面からなる「奈良プ ラン」を作成して現在に至っている。「しごと」 は, 「子どもたちが,力を合わせ,真に打ち込 んでする,具体的なめあてをもつ活動」である。 詳細については,奈良女高師附属小学校学習研 究会『たしかな教育の方法』(秀英出版,1949年) pp.30-31を参照されたい。 平成28年 3月31日 受理

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参照

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