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発達障がい幼児と保育者との笑いを伴う関わり合いに関する研究 幼児の言葉の拡がりに着目した一事例を通して

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Academic year: 2021

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要旨  本研究は、発達障がい幼児と保育者との 笑いを伴う関わり合いに関する実践を行い、 幼児の言葉の拡がりに着目してその変化を 検証することを目的とした。児童発達支援 センターに通所する幼児と担当保育者との 関わり合いの記録を分析した。その結果、 笑いを伴う関わり合いによって幼児が言葉 で意思を伝えたいという思いが強まり、本 人なりの言葉の拡がりが見られた。本研究 を通して、保育者による本人の興味・関心 に合わせた寄り添い方に重点を置いた取り 組みの必要性と共に、笑いを伴う発達支援 の可能性について示唆された。 Ⅰ.問題と目的  現在の保育所保育指針や幼保連携型認定 こども園教育・保育要領において、保育5 領域の一つである「人間関係」の中で、園 生活や保育者・他児と親しみ、共に過ごす 中での関わり合いを通して愛情や信頼感を 得て、人と関わる力を養うことが挙げられ ている。特に乳幼児期からの人間関係にお ける発達過程には、笑いやユーモアが重要 な要素となる(恩田・松澤、2007;松阪、 2016)。その背景には、幼児が緊張や不安 がない安心した状況や関係性があってこそ 幼児の自然な笑いにつながることから、保 育者には幼児の心が安定するような人間関 係を育む意識が大切である(原坂、1997)。 昨今は、発達障がいのある幼児を対象とし た支援内容や実践方法が多岐に渡り、それ らの効果検証の先行研究が多く見られる。 例えば、重度知的障害を伴う自閉スペクト ラム症の幼児への行動促進を行う介入方法 の効果検証を行った研究(臼井・佐々木・ 野呂、2019)や、遊び場面での広汎性発達 障害の幼児へのユーモアを含んだ介入の効 果検証を行った研究(松田・山本、2019) がその一例である。  一方で、乳幼児の笑いには多様な要因の 影響が想定されることから実証研究の必要 性が指摘されている(松阪、2016)。前述 のように楽しい笑いには人間関係の拡がり

研究ノート

発達障がい幼児と保育者との笑いを

伴う関わり合いに関する研究

―幼児の言葉の拡がりに着目した一事例を通して―

佐々木 沙和子

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や乳幼児期の他者への信頼感の獲得が期待 されることを踏まえると、発達障がいのあ る幼児が自ら楽しいと感じて生じた笑いを もとにした支援を検討することで、上記の ような何らかの変化が期待できるのではな いかと推測した。しかし、これまでの研究 ではそのような視点から検討を行った例は 見られなかった。  そこで、本研究は発達障がい幼児と保育 者との笑いを伴う関わり合いに関する実践 を行い、幼児の言葉の拡がりに着目してそ の変化を検証することを目的とした。 Ⅱ.研究・分析方法 1.研究対象  児童発達支援センター(以下、センター) に通所する5歳児(以下、A児)と保育者 である筆者(以下、B者)の1年間の関わ り合いを本研究の対象とした。対象者の詳 細は以下の通りである。 <A児>  センター入園は3歳時(年少児)で、平 日週5日毎日通っていた。自閉症スペクト ラム・軽度の知的障がいと診断されている。 入園時から4歳時(年中の間)までセン ターでの発語はないが、保育者の言語や動 作による指示にはすぐに応じた。また、自 らの意思で遊び行動する姿はほぼ見られな かった。自宅では不明瞭だがよく声を出し ている様子を保護者から聞いていたが、セ ンターで保育者や言語聴覚士が様々な声掛 けや対応で声を出すように促すが声すら出 すことはなかった。また、寡黙で周りを良 く見ているが自ら他児と関わりを得ようと する姿も見られなかった。表1はS-M社会 生活能力検査の結果である。5歳の時の4 月と翌年1月にセンターで行った。 <B者>  保育経験8年目(センター入職2年目)で、 入職する前は障害者支援施設や他の療育セ ンター等に勤めていた。A児を担当するま では、ホールや園庭遊び・散歩の際に関わ りがあった程度であった。センター内の会 議等の情報や引継ぎ時の情報をもとに、正 式な担当としての関わりは4月以降であっ た。 2.実施場所  実践場所はC市の児童発達支援センター である。保育士1人が幼児2~3人を担当 しており、1クラスに保育士2名、幼児は 5名程が在籍している。 表1:A児のS-M社会生活能力検査結果 実施月 診断 S-M社会生活能力検査 社会生活年齢 コミュニケーション 集団参加 自己統制 4月 自閉症スペクトラム 軽度の知的障がい 2歳7か月 1歳4か月 2歳4か月 2歳6か月 翌1月 3歳6か月 4歳0か月 3歳6か月 3歳0か月

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3.分析方法  A児とB者の関わり合いに関して、笑い と言語に関連する保育記録を集約し、佐々 木ら(2017)で作成した実践者と対象者の 行動や意図・解釈を記録する分析シートを 一部修正・追記し、使用した。  分析シートは、縦軸は下位方向を時間経 過、横軸はその時の実践者・対象児・他児 者の行動や意図・解釈を表す。シートの表 は、左側が「B者(カッコ内はB者の気持 ち)」、真ん中は「A児<B者の観察した様 子>」、右側は「他児者<B者と他の保育 者の観察内容>」を示す。なお、今回追記 した部分は、A児とB者以外の他児や保育 者との関係性が生じたエピソードについて 表記した表の右側の列である。  また、使用した保育記録の内容について は、エピソードに齟齬がないか他の保育者 とその都度話し合いながら確認した。 4.倫理的配慮  本研究は、明星大学大学院倫理審査委員 会にて承認済みである。また、研究で使用 する記録や個人情報の取り扱いについては、 C市の児童発達支援センターの園長から了 承を得た上で倫理申請を行った。なお、セ ンターでの実践の記録について、実施年と 場所・個人情報が特定されない配慮を条件 とした研究使用の許可をセンターの園長か ら得た。 Ⅲ.結果と考察 1.各期の概要  笑いと言語におけるA児の変化が見られ たポイントを中心に、3つの時期に分けた。 その結果、Ⅰ期は4月~6月、Ⅱ期は7月 ~ 10月、Ⅲ期は11月~翌年2月となった。 なお各期には分析シート例を記した。 2.Ⅰ期(4~6月):A児が安心を得る時期  B者が担当する以前から自宅では大きな 声も多々出ているという保護者からの情報 から、言葉として不明瞭だとしても、何ら かの声を出すことはできることがわかった。 しかし、そのように声を発する姿はセン ターでは見られなかった。そこで、まずは 声を出せる安心感を得てもらうために、く すぐりや追いかけっこ等A児が楽しく笑う ことができるふれあい遊びを行った。また、 表2にあるように、A児は保育室の電気の スイッチに視線を送る姿があった。スイッ チの前に立つのではなく、遠くから一瞬だ けちらりと視線を送る程度であったため、 見過ごした部分もあったことが推測される。 しかし一日に数回視線を送り、特に他児や 他保育者も気にならない程度で部屋の光が 薄らぐ瞬間に視線を送ることが多いことが 感じ取れた。そこで、A児が電気のスイッ チを見た瞬間に「電気つける?」と聞くと、 すぐに頷いたため、電気をつけた。すると、 A児は嬉しそうに笑う表情を見せた。B者 の方を見ることはなかったが、センターで は初めてA児が自らの意思表示を明確に表 現し、その意思が伝わったことで満足感を 得た様子であった。そのため、まずはこの 電気をつける行動をきっかけとして、A児 の意思が伝わる経験を重ねていくことを目 標とした。

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 上記の保育室でA児が電気のスイッチに 視線を送る行動を数回示し、B者はその都 度A児の意思に応じた。その後、倉庫に入 るB者の後を追ってきたA児が倉庫に入っ た瞬間、保育室よりも暗がりだったことに 反応し、すぐに倉庫の電気のスイッチを探 し、見つけたとたん「B先生、電気つけて」 と不明瞭ながら確かにそう言ったとB者は 受け取り、「電気つけてほしいんだね」と 言葉を返すと「はい!」と手を挙げて答え た。それまで一度も手を挙げて「はい!」 と言ったことはなかった。しかし、B者は、 他児と保育者のやり取りの中で他児が「は い!」と手を挙げて答えていた場面をA児 が何度も観察していたことを知っていた。 そこで、B者がA児に「はいって言えてす ごいね」と褒めると、A児は「きゃは」と 声を出し、笑いながら嬉しそうにジャンプ した。この頃から発語として確認できる場 面はまだ見られなかったが、発声する場面 は増え、声量もA児の興味・関心に合わせ て変える姿も見られた。  シート内の矢印は時系列を示し、例えば、 表2の「B者(カッコ内はB者の気持ち)」 の「(A児の発語より~大事にしてみよう)」 の気持ちから「A児が~聞いてみる」の行 動をB者が選択したことを示す。そのよう なB者の選択の結果行った行動に対して生 じたA児の反応を「A児<B者の観察した 様子>」に記し、それに対するB者の気持 ちや行動をB者の縦下表に記入し、矢印で そのつながりを示した。また、その場面に ついて他の保育者から得た情報や確認した 内容について表の右側に記した。 表2:〈Ⅰ期:「A児が安心を得る時期」分析シート例 4~6月頃〉 B者 (カッコ内はB者の気持ち) A児 〈B者の観察した様子〉 他児者 〈B者と他の保育者の観察内容〉 (A児の発語よりもセンターを楽 しいと感じ表現する姿が増える ようにしたい、A児が何か表現 する姿を承認する関わりを大事 にしてみよう) A児が部屋の電気を見る姿を見 て「電気つけたい?」と聞いて みる B者の声掛けにすぐ反応し頷く 電気がつくと少し笑う 〈他の保育者〉  A 児 が 電 気 を つ け た い と 思っていたことに初めて気が 付く (小さい表現だけど、A 児なりの 表現があることが確認できた。 このまま表現を見つけて応じて いこう) A 児との電気をつけるやりとりを 重ね、A 児の反応を観察すること とした 倉庫に入った際「B 先生、電気 つけて」と不明瞭ながら B 者の 目を見て言う 電気がつくと嬉しそうに笑う B 者に褒められるとジャンプし て喜び「きゃは」と声を出す 〈他の保育者〉  B 者以外の保育者にも電気 をつけるお願いをするように なる

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3.Ⅱ期(7~10月):笑いから言葉に 変化する時期  Ⅰ期間にA児がセンターで安心して過ご し声を出せるようになった。しかし、言葉 を教えることよりも、A児が笑う場面が増 えたことに着目し、A児の笑う場面の言葉 を拾っていくこととした。  Ⅱ期の初期は表3にあるように、A児自 身が楽しみにする決まった時間ができ始め た時である。給食後の歯磨き時のどこかの タイミングで、A児が使っている濡れた手 拭きタオルをB者の腕にそっと当てる行動 を起こし始めた。それに対してB者が「冷 たい!」と驚いて見せると声を出して笑い、 B者の反応を楽しむ姿が見られ始めた。タ オルをB者の腕に当てるタイミングがいつ も違い、B者の行動を見ながらA児なりに どのタイミングで行うかも考えながら楽し んでいたようである。  そのようなやりとりの後、A児がB者の ペンを取ろうとし、「B先生のだよ」とB 者が言うと、A児は「だめー」と嬉しそう に答えた。この際の「だめー」は「B先生 のだよ」と言ってほしくなかったという反 応か、もしくはA児の表現できる言葉を 使っているだけでそこには否定の意味が込 められていない可能性も推測された。そこ で、B者はA児のコップを取ろうとして見 せた。すると、さっきよりもはっきりとし た口調で「だめー」と言ったため「どうし てだめなの?」と聞くと「これ、Aの」と はっきり答えた。「だめー」と単純な反応 表現として使っているだけではなく、会話 や関わりの流れを認識できていると同時に、 それに合わせた言葉の使い方が少しずつ拡 がり始めたことがわかった。一方で、伝え 表3:〈Ⅱ期:笑いから言葉に変化する時期 分析シート例 7~10月頃〉 B者 (カッコ内はB者の気持ち) A児 〈B者の観察した様子〉 他児者 〈B者と他の保育者の観察内容〉 (声を出すだけでなく、遊びや行 動を意欲的に行う姿が増えたな) A児の表現方法が広がってきた ため、できるだけその表現を一 緒に楽しむこととした 給食後の歯磨き時期に、隣に座 る B 者の腕に A 児の濡れた手 拭きタオルでちょっと触る B 者が「冷たい!」を言うと嬉 しそうに笑う A 児と B 者の関わり合いを見 ていた他児が A 児と同じ行動 を 取 り、B 者 が「 冷 た い!」 という様子を A 児が笑いなが ら見る (A 児からわざと気を引く行動が 増えたな。反応してくれること が嬉しそうだな。) 「だめー」をはっきり言うことが できるようになり、A 児も表情に 合わせて「だめー」の使い方が 変わってきたため、その使い方 に B 者も合わせることとした A 児がわざと B 者のペンを取ろ うとして「それ B 先生のだよ」 と言うと「だめー」と嬉しそう に言う B 者が A 児のコップを取ろうと すると「だめー」と言ったため 「どうして?」と聞くと「これ、 A の」と答える

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たい気持ちを表現できる言葉で伝えようと A児なりに努力してきた結果が、例えば「だ めー」の言い方や語尾の長さを変えるなど の表現方法へと変化してきたのではないか と推測した。 4.Ⅲ期(11~翌2月):笑いを伴う言葉 での関わり合いが拡がる時期  その後、Ⅲ期では、「だめー」だけでな く「いいもーん」という言葉も言い方を変 えつつ使う場面が出始めた。そのようなA 児の言葉の拡がりと、A児がB者に仕掛け てくる笑いを誘う行動には、何らかの連動 した部分があると推測した。そのため、A 児の仕掛けに応じ、一緒に楽しむこととし た。  具体的に、表4の上段では、ホールでA 児とB者が追いかけっこをする場面をエピ ソード例として挙げた。A児が何の前触れ もなくB者の肩をそっと触って逃げる行動 を受けて、B者は「触ったな~」と追いか け、大笑いしながらA児が逃げる遊びをし ていた。A児が疲れて失速すると急に「だ めー」と言い始め、B者はA児の“追いか 表4:〈Ⅲ期:「だめー・いいもーん」分析シート例 11~翌2月頃〉 B者 (カッコ内はB者の気持ち) A児 〈B者の観察した様子〉 他児者 〈B者と他の保育者の観察内容〉 (「だめー」が伝わる自信がつい て「だめー」の使い方が拡がり、 他の言葉も拡がってきたな) A児の言葉の拡がりと、遊びで 笑いながら B 者に何か仕掛ける 姿が増えていることは連動して いる可能性があると考え、仕掛 けを楽しむこととした ホールで遊んでいた際に、A 児 が B 者の肩をそっと触れて逃げ 出す 「触ったな~」と追いかけると 嬉しそうに大笑いしながら逃げ る 〈他の保育者〉  A 児が「いいもーん」を使 い分ける姿が増えた (楽しそうに使い方を変える言葉 は「 だ め ー」 と「 い い も ー ん 」 になってきたな) A 児なりに自信を得た時に言葉 を使う姿が増えていくことが分 かったため、その後は見守るこ ととした 「だめー」「いいもーん」を楽し く使いながら、他の言葉も少し ずつ使うようになる 他児や他の保育者と言葉で関わ り合う姿も増える 不明瞭な時はあるが、他児や他 の保育者の名前を呼ぶ姿が増え、 反応があると嬉しそうにする 〈他の保育者〉  A 児に「○○先生」と名前 を呼ばれることが増え、笑い の仕掛けも受けることが増え た 〈他児〉  A 児に呼ばれると嬉しそう に反応する (関係性が拡がり始めて、A 児が 楽しそうに笑う姿が増えてきた な) A 児の言動を見守りながら、A 児 からの仕掛けを待つこととした 「だめー」「いいもーん」を言い ながら逃げ、B 者や他の保育者 から隠れて笑いを我慢する B 者や他の保育者の反応に大笑 いし、不明瞭な言葉(文章)を 言う 〈他の保育者〉  A 児なりに「だめー」「いい もーん」をきっかけとして、 もっと喋りたい気持ちが高 まっていることが伝わる

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けないで“という意思表示と判断した。B 者がA児から少し離れようとした途端にA 児は再び走り始め、B児は「いいもーん」 と言い嬉しそうに逃げた。  A児が「いいもーん」を場面に合わせて 使ったことに対して、B者も他の保育者も 驚いた。また、それ以降もB者が「あれ、 これ片付けるのかな?」という問いかけに 「いいもーん」と答えつつ、B者がその場 を離れるとそっと片付ける姿を他の保育者 が確認していたという話も聞いた。園内で 「いいもーん」を他児者が使っていた場面 は見られなかった。しかし、A児は自宅の テレビで聞いた言葉を使っているのではな いか、とB者はA児の保護者から話を受け た。これまでの変化と保護者からの情報か ら、B児が何らかの理由で「いいもーん」 を自分の言葉として使い始め、それまでは 「だめー」と言っていた場面でも、「だめー」 と「いいもーん」を場面によって使い分け 始めると共に、場面や状況の理解も進んだ ことが推測された。また、Ⅱ期も他児の姿 を見て楽しく笑う場面もあったが、Ⅲ期で はB者と1対1ではなく他児と息を合わせ てB者に笑いを仕掛け、さらに他の保育者 との関わり合いでも笑いを仕掛ける姿が見 られた。 Ⅳ.総合考察  本研究は、発達障がい幼児と保育者との 笑いを伴う関わり合いに関する実践を行い、 幼児の言葉の拡がりに着目してその変化を 検証することを目的とした。本研究の対象 となったA児はB者が担当した際にはセン ターでの発語はなく、自らの意思で遊びや 行動を選択する姿も見られなかった。しか しA児なりの意思が見られた行動にB者が 応じたことをきっかけとして、A児が自ら の意思を表現するようになった。その表現 の仕方が笑いを起点としたものであり、A 児が自らの意欲で表現したいことが笑うこ とであり、さらにB者という他者を巻き込 んだ笑いであった。このことから、B者は、 A児の笑いに応じることが周囲との関係性 へと拡がる可能性を考え、A児の笑いに応 じる関わりを続けた。  発達過程において、1歳後半~2歳頃の 時期から他者を笑わせる姿が見られるとさ れる(村上、2017)。さらに、4歳頃にな ると周囲と一緒に笑うことで仲間意識を 育む発達過程が見られるとされる(友定、 1993)。本事例のA児は自閉症スペクトラ ムと軽度の知的障がいの診断を得ていた他、 発達検査において言語面・社会性で一般的 な定型発達児よりも低い発達段階であった (表1)。また、4歳頃まで、A児が周囲 の言動から笑う行動へとつながる場面が見 られなかった。つまり、発達検査の結果と A児の言動観察を踏まえると、A児が何ら かの笑いを伴う場面で起きている現象を理 解する難しさが推測された。  しかし、5歳のⅢ期頃から「だめー」や 「いいもーん」といった、本児が保育者の 意識のずれを誘発させ、A児自身も保育者 の反応を想定した上の発言が見られるよう になった。これについては、Ⅲ期の表4に、 B者の肩に触れて逃げるといった、A児に よるからかいの要素を含む遊びの誘いかけ

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のエピソードを挙げた。「だめー」と「い いもーん」を状況に合わせて使い分けるよ うになり、使うタイミングはB者や他の保 育者の笑いを誘う場合が多かった。A児の 意図についてA児に言葉による説明を望む ことはできないため、B者や他の保育者は 推測することしかできない。しかし、A児 が意図的に場面を選んでいたことや、「だ めー」や「いいもーん」と言った後の保育 者の反応をA児は確かめず、保育者が何ら かの反応をする前にA児が笑いそうになる のを我慢しながら保育者の反応を待つ姿が 確認された。つまり、A児が自らの言動か ら次に起こる保育者の言動を予測しつつそ の場から離れて一人で笑いを我慢し、保育 者に見つかると嬉しそうに笑うという、か くれんぼの要素に近い遊びを楽しんでいた ことが推察された。さらにB者や他の保育 者に見つかった後に、不明瞭な単語や長い 文章を言う姿が出始めた。A児なりに、「だ めー」「いいもーん」を起点とした遊びを 通して、言葉の使い方の拡がりを楽しんで いたことが推察された。このようなA児の 言動は、発達検査では出にくい部分ではあ ると共に、A児が診断を得ていた知的な部 分の低さを感じさせないやりとりであった のではないかと考えた。A児が自らの意思 で選んだ「だめー」「いいもーん」を、A 児にとっての笑いを伴う関わりの起点とし て自ら望んで深めてきた結果であり、A児 の興味・関心から見られた言動を周囲が認 め伸ばす機会を保障したからこそ、A児の 能力が拡がったのではないかと考えた。 Ⅴ.まとめと今後の課題  発達障がいのある幼児への支援において、 保育者による本人の興味・関心に合わせた 寄り添い方に重点を置いた取り組みの必要 性と共に、笑いを伴う発達支援の可能性に ついて示唆された。本研究は幼児と保育者 間の関わり合いを中心としたため、集団や 他の保育者との関係性の中での検証は行う ことができなかったため、本研究で得られ た知見を汎化することは難しいと判断した。 そのため、今後は分析対象を増やし、集団 の中で笑いを伴う実践と共に、一人一人に 応じた視点について実践し分析していきた い。 (ささき さわこ) 参考文献 臼井潤記・佐々木銀河・野呂文行(2019)「重 度知的障害を伴う自閉スペクトラム症幼児に 対する選択的行動支援-介入方法を示唆す るアセスメントの開発-」特殊教育学研究、 57-1、25-35 恩田真弓・松澤正子(2007)「幼児期における 人に向けた笑いの発達」昭和女子大学生活心 理研究所紀要、10、131-136 佐々木沙和子・近藤万里子・星山麻木(2017) 「ASD傾向の幼児の内発的動機付けを高め る食事場面における支援の効果-幼児と保育 士の相互作用分析による一考察-」早期発達 支援研究、1、63-74 友定啓子(1993)『幼児の笑いと発達』勁草書 房

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原坂一郎(1997)「幼児と笑い」笑い学研究、4、 4-10 松阪崇久(2016)「保育における子どもの笑い と人間関係」笑い学研究、23、18-32 松田壮一郎・山本淳一(2019)「遊び場面にお ける広汎性発達障害幼児のポジティブな社会 的行動に対するユーモアを含んだ介入パッ ケージの効果」行動分析学研究、33-2、92- 101 村上太郎(2017)「乳幼児期の『笑い』の発達過程: エピソード分類による手法を用いた検討」九 州女子大学紀要、53-2、271-284 プロフィール 帝京大学教育学部助教。こども家族 早期発達支援学会理事。専門は障が い児保育・保護者支援。保育士・社 会福祉士として児童発達支援セン ターや障害者支援施設等の現場経験 を活かして、現在は保育士養成課程 に携わる。明星大学通信制大学院修 士課程修了。修士(教育学)。2018 年4月から現職。

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