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混血児の研究(1): 沖縄地域学リポジトリ

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Academic year: 2021

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(1)

Author(s)

波平, 勇夫

Citation

沖大論叢 = OKIDAI RONSO, 10(1): 77-160

Issue Date

1970-09-28

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/11028

(2)

(A study of mixed-blood c

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波 平 勇 夫

目 次 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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章実態論……....・H・-…・…...・H・...・H・....・H・...・H・

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章 ソーシャノレオリジン・H・H・..…..,・H ・..……...・H・...・H・..

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混血児と社会体制・・H・H・-…....・H・...・H・....・H・...・H・H・H・...

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家族の階層的地位...・H・'"・H・...・H・...・H・H・H ・...・H・H・H・..

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家族形態の特質・・H・H・...・H・...・H・-…・・…....・H・..,・H・...・H・.

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4 母親の社会的地位・………H・H・...・H・...・H ・....・H・...・H・..

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第3章混血児の意識構造・・H・H・....・H・-…・…....・H・....・H・....・H・117 一沖縄における混血児の社会的距離意識を中心として一…… 117

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………...・H ・..……… 150 混血児に対する社会的距離調査…..,・H・....・H・...・H・-…...・H・.150 おわり に………・・・・・・・・・・・・……・・・・・・…・・・・・・……・・・・・・・・・・・・・・・・・・…・・・

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はじめに

混血児について考える場合、先ず混血児とは何かについて検討する必要 がある。本来それは人種的観点に立っているけれども、人種的にみて、純 粋な人種が考えられない以上、混血の意味があいまいなものになる。しか し今日大ざっぱに分けて、三つの人種グロックが考えられており、この三 者聞の組み合わせによってできる子どもが混血児ということになる。しか し混血児の使用される範囲は、上述の三ブロック聞に限定されず、各ブロ ック内の組み合わせの場合にも使用されている。それは各ブロック内にも - 77ー

(3)

更にサププロックが考えられる以上当然かも知れないが、このようにして 人種的分岐点を求めることによって混血の使用範囲を広げていくと、その 意味は非常にあいまいになる。よって人種的観点からい混血"を規定する 場合には、先ず同人種"の意味が定立されなくてはならない。 以上のような人種的観点からみた語義

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に対して、 明混血 児"の意味を補強したり、歪曲したりしている要因がある。それは"混血 児"に附与された社会的意味づけであれこの社会的C仰 仰t

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こそ、 混血児を問題状況下に位置づけている。この面に社会学が取り扱わねばな らない領域がある。例えば、アメリカと日本とでは混血児のイメージは異 なるし、日本でも戦前と戦後とでは幾分異なっている。フ4リッピンでは 混血児のことを

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と呼び、軍人あるいは戦争とのかかわり合いを附 与している。このように混血児は語義的な立場からの

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より も、社会的な

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に焦点をあてて研究されなければならない。 混血児の問題は他のマイノリティグループと共通する面もあるが、他方 独自の問題状況を内包しでいる。それは身体的特徴がきわだ・っていること

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が母親の社会的、経済的ノ、ンディと関係していること、更にその 社会の危機的状況(例えば、戦争、敗戦、占領、抑圧等〉と結びつきやす いため、

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として選ばれがちであること、片親育ちがほとんど であり、ときには両親不在あるいはその代替としての高年者養育家族が、 彼らの家庭環境の特質であること、居住が分散的であること、等である。 このようにみてくると、混血児研究はマイゾリティに共通する一般的枠 組による

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な把握と、それだけでは充分捉えられない混血児独自 の位置に対する

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な研究を両軸としなければならない。今日、わ が国はマイノリティのいろいろな問題をかかえながら、その研究は社会学 の領域ではあまり注目されていないように恩われる。そのことが‘この種 の研究を困難にしている点でもある。しかし主流であるか否か.は別主し 78

(4)

-て、この研究が混血児の理解に少しでも役に立つことを念じながら、まと めていきたい。

1

章 混 血 児 の 実 態 論

混血児の実態という場合、それは混血児を位置づけている構成要素とそ の相互関連性が実証的な調査研究の方法により示されなければならない が、さし当り、ここでは、これらの要素を取り出す場合の諸前提について 考察することにする。ここで意味する前提とは、どのような観点から混血 児の位置づけが可能かという方法自体と、それに附帯する条件の検当に他 ならない。何故なら、このような観点が位置づけにいろいろな相違点をも たらすからである。そこで、どのような立場がとられうるか、そしてそれ はどのような制限が附帯するか、その主なもののいくつかについて述べた

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。、 先ず最初に、混血児とは何かという"定義"の問題がある。これは文字 通り、混血児研究の最初にして、最後の問題であれそれだけにむづかし いけれども、この定義の仕方によって、混血児の実態面に大きな違いをも たらす。しかし実際には、あいまいな定義しか出てこない。というのは、 H純粋"な人種というものがいない以上、地球土に現存する人聞はみな混 血児ということになり、混血の中で更に混血を認知するということが、こ の定義を困難ならしめている。このように語義は不確かでありながら、何 故それが社会的に H意味"を持っているのかが、社会学上の問題である。 そこでこの間意味"を成立させている与件についてどうしても知る必要が ある。語義的観点からの位置づけは、 "人種"の実体化にもとづいてい る。実体化できないもの、あるいはそれが困難なものを実体化することに よって起る誤謬、あいまいさが、混血児の定義にも及んで、それが実態把 握を困難にしている。例えば、戦後の西ドイツやフランスにおける混血児 - 79ー

(5)

(1) の数が発表されているが、これはどの観点からみた場合の"混血児"なの か問題である。というのは、この数字が、人種(三ブロックを中心とした) 的観点から示されたのか、あるいは戦時中および戦後の占領を契機とした 外国軍人と本国人との聞にできた子どもを示しているのか(普通この意味 で使っているようであるが)、はっきりさせなければならない。何故なら、 このことによって、実態もかなり違ってくるだろうし、何よりも混血児の 意味もそれなりに変ってくるからである。しかし、実際にはこのような区 別がされずに使用されているため、いろいろな意味があいまいな形で混血 児に附与されているとみた方がよかろう。 このようなあいまいさが、沖縄や日本本土の混血児の実態調査にも当然 入っている。例えば、日本本土の混血児数について、平野氏は約2万6千と (~) いい、文部省調査では、

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日現在の就学児童数は

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ニューズ.アンド.ワーノレド.リポート」 誌調査では、連合軍の生ませた混血児数は1万1千人と発表され、厚生省 の調査

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年、全国の助産婦、産婦人科医にアンケート、回答率

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パー (3) セント)では

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人となっている。これらの数字が問実態"から程遠いこ とは、以上述べた語義上のあいまいさと、その他調査にともなう認知上の 障壁とによって示すことができる。沖縄を例にとってみよう。 (4) 現在沖縄には約

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人の混血児がいるという報告があるが、これも不確 かな数字である。沖縄の混血児数は、琉球政府文教局が学童に限定して毎 年実態調査しているが、これは小中学校の在籍者数としては、これまでの ーどの調査よりも信頼度はあるとはいえ、不確かな面も又見のがせない。何 故これ程この調査がむつかしいか、その困難点を、沖縄の事情に即して整 理してみよう。 先ず沖縄の混血児は、現在彼らが有している国籍によって二つのグルー プに分けられる。一つはアメリカ、フィリッピン等、外国の国籍保有者で - 80ー

(6)

あれこの中でアメリカ国籍保有者は軍施設内のアメリカン・スクール に、フィリッピンその他の国籍の場合は、第三外国人の学校としてのミッ シヨン・スクーノレ〈中部地区だけで二校ある〉に通学している。他の一つ は、施政権分離後、琉球の住民として登録された混血児で、彼らは沖縄の 公立学校に通学しているが、先述のミッシヨン・スクールに行っているも のも多い(例えば、筆者の実施した意識調査に於いて、 5 ・6年生だけで も100近くの混血児が、上述の二つのミッシヨン・スクールから抽出され た〉。このようにみてくると、文教局調査による小中学校の混血児在籍数 は、全琉の混血児〈学童〉のすべてを網羅していないことがわかる。 実態調査の結果をあいまいにしている第二の点は、混血児認知の H基 準"である(これは上述の語義的なあいまいさとも関連するが〉。例えば 中部連合区教育委員会による学校調査一一教育要覧では、 同人種"と世田 (5) 籍"が混同して認知基準となっている。人種と国籍が一致すれば、その方 法も肯定できるが、そうでなければ、あいまいにならざるを得ない。例え ば、フィリッピン系の混血児はさておいて、中国系、韓国系まで混血児に 含めた場合、混血の意味が非常に微妙になってくる。その場合、調査当局 の文教局が、一応の H基準"を示せば、ある程度確かな数字も出てくるだ ろうが、学校によって、混血児に入れたり、場合によっては、それからは ずしたりすることが考えられよう。 第三の困難な点は、混血児の認知の主体者にかかわる問題である。つま り、 叫人種"や国籍が認知上の"基準"であっても、これを誰が認知する かということである。例の文教局調査は、現場の教師による観察や記録に もとづいているが、場合によっては、教師の認知と親の認知(報告に表わ れた)とがくい違うことがある。教師は身体的特質を認知の基準としてい るが、親が混血児であることを否定した場合、教師としてはどう処理して いいか戸迷うケースが実際にあったという。この場合も、教師の認知と親 の認知がくい違った場合、どちらを優先させるかで、違った結果が出てく 一 位 ー

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る。混血児であるか否かは、母親が誰よりも知っているはずだが、母親の 意見がすべて正しいとは限らない。というのは、実際に混血児であっ,て も、それを隠す母親がいるからである。このケースに入る母親の多くは、 占領直後の混血児一一第一期(次章参照〕の母親である。 第四の困難な点は、就学前の混血児の実態と関係する。この場合は、こ れまで述べた三つの困難点、に加えて、調査そのものの困難度が増す。先ず 正式な婚姻関係にある場合には、米国領事館で出生届がなされるが、そう でない場合は、母親の籍のある市町村でなされている。このような分散的 傾向が実態調査を困難にしている。勿論、小学校への入学率によって、未 就学児数の推計はできるが、それは正確な数字から、ある程度の距離をお くことを前提としなければならない。 以上は、 明定義"あるいは"認知"という観点からみた場合の混血児の 実態論であるが、みてきたように、非常にあいまいな点が多い。次に第二 の観点として、 "特質"や H問題"から、混血児がどのように位置づけら れるかについてふれよう。混血児はどのような特質を有しているか。更に どのような身体的、精神的特質があるか。そして、その特質は彼らの位置 にどのように機能しているか、ということがここでの論点である。実態論 という観点からすれば、身体的特質が、上述の第一の観点とも関連して、 重要な手がかりを与えるように思われる。しかしこれだけでは不充分であ る。何故なら、身体的特質を"特質"たらしめたり、それに H意味"を附 与しているのは、混血児を位置づけている社会そのものの構造であり、そ の機能である。そしてそれが混血児の精神的特質をも形成していると考え られる。従ってこの場合は、混血児の特質抽出と平行して、それとの関連 からその社会の構造一一機能分析がなされなければならない。次に"問 題"の考察から混血児の位置づけを試みる場合にも、これと同じアプロー チが不可欠のものとなる。この場合、 "問題"を潜在レベルからとらえる か、顕在的レベルからとらえるかによっても、その実態は違ってくる。当 -

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82-然この両面からの相補的アプローチが要求されるけれども、ここでは例示 のため、大まかな方向づけだけを試みるとしよう。先ず顕在的レベルだ が、このレベルからみた混血児の H問題"は更に二つの立場からの考察が 要求される。その一つは、社会そのものの設定する"問題的状況"であ り、他の一つは、混血児自体の顕示する H問題的行動"である。顕在的レ ベルでは、そのこつは別々であるが、問題の形成過程からすれば、別々の ものではなく、連続的な関係にあると考えられる。つまり、両者は全体的 社会構造内に位置づけられていて、ともにフィードパックしているわけで ある。例えば、社会の設定するH問題的状況"として、迫害、差別、偏見等 が考えられるが、その状況が生ずる原因を更に追求した場合、それは混血 児自体よりも、社会そのものに多く求められる。この場合、混血化とかか わりをもっ社会の構造分析が、彼らの位置づけに不可欠となる。他方、混 血児の H問題的行動"にしても、それを成立させた諸要因の分析が単に個 人的なパーソナリティの次元からばかりではなく、全体的な社会の枠組か らもなされなければならない。 次に潜在的レベノレからの考察が、混血児の実態把握に重要不可欠の方法 である。この方法は、顕在的レベルからみた H問題"からだけ混血児を規 定しようとする考え方に批判的となると同時に、更には顕在的諸問題を規 定する深層面にも注意を向けようとする。研究の手続として、この方法は 常識的なものであるが、二つのレベルに対する比重の置き方いかんでは、 混血児の捉え方に大きな相違点を生じせしめる。例えば、 「ここの学校の 混血児には問題を持った子どもはいません」とか、 「沖縄の混血児には 問題はない」という場合の、問題意識が何よりの証拠である。 A第三の観点は、混血児の出生与件の検当であり、端的に表現すれば、

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からみた場合の混血児の位置づけである。つまり、混血化は 偶然的なものであるか、あるいは何かの社会的条件がもたらした必然的な 結果なのかということである。もし後者であるとした場合(それが一般的 - 83ー

(9)

だと考えられているが〉、その社会的条件とは何であるか。それによって 混血児の実態を把握しようとするのが、この観点である。その手順として、 先ず出生社会の体制分析が要求される。その意味に.ついて考えてみよう。 例えぽ、日本において、戦前と戦後とでは、混血児の社会的位置づけが必 ずしも同じではないのは何故か。戦時(又は社会的に不安定な状況〉と平 時の場合、混血児に対する態度が同一でないのは何故か。低開発国の例で もみられるように、ある社会(文は国家〕が発展途上にある場合と、他者 (国〉によって征服された場合とでは、混血化に対する意味づけが違って くるのは何故か。これらを綜合して、社会がどのような状況下にあるとき、 混血化が顕在化するか。具体的な解答は次章にゆずることにして、このよ うな観点からの実態把握は充分可能であり、それは又是非必要な方法であ ることだけを示しておく。 次に必要な手順は、その社会の構造分析である。第二の観点はどちらか というと機能的面からのアプローチであるのに対して、ここではそれとの 連続で構造面の分析を主とする。例えば、その社会の階層的構造、産業構 造とそれに対応する労働形態〈特に要員配分〉、国民所得の配分状況、そ して基底的要素としての価値体系などが、その主なものであり、これらの 構造面のどの地点に、混血児の直接母体である両親やその家族は位置づけ られるか、更にそのような地位にある家族の構造面に、どのような特質が 分析できるか、というのがここでのテーマとなる。混血児といっても、父 親の側からみた場合と、母親の側からみた場合〈これが普通だが〉とで は、上述の構造的分析の結果、異なった位置づけもでてくることもあろ う。その端的な例は、父親が混血児の出生国からみて、 Hよそ者"でああ 場合と、母親が Hよそ者"である場合にみられる。この場合、 明よそ者" としての父親、 明よそ者"としての母親が社会的地位もさることながら、 彼らの出身国〈社会〉と混血児の出生国(社会)聞の体制的パランス、又 はアンバランスが、混血児の位置づけに大きく影響することは当然であ -

(10)

84-る。日本本土や沖縄の場合、その量的な面と、戦後的特質から、混血児の

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は、母親とその家族が主体となる。即ち、母親およびその家 族の職業、収入、学歴、出身地域等によって位置づけられる階層的地位、 更には現在の地位だけでなく、それに直接間接の影響を及ぼす出身階層を 検討することが、ここでの主要テーマである。 上述の観点が、社会構造を分析して、その主な構成要素を独立変数と考 え、混血児の位置をその従属変数として、その従属変数にどのようなもの がありうるか、それによって混血児の実態を把握しようとするのに対し て、次に述べる第四の観点は、独立変数を客観的社会の構造自体に限定せ ず、それを混血児自体にも求めるとともに、独立一一従属変数だけでは捉 えられない他の変数を探索しようとする。 先ず、混血児自体に求められる独立変数にはどんなものが考えられる か。しかし、それを取り出す前に考慮すべきことは、これを独立変数とみ るか、あるいは独立一一従属変数関係における従属変数とみるか、あるい はこの変数関係では捉えられない他の変数とみるか、ということである。 これは一見何でもないように思われるが、混血児の位置づけに、微妙な 明解釈上"の差異をもたらすように思われる。例えば、変数Aを独立ー一一 従属変数関係における独立変数と解釈すれば、変数Aのもつ意味が、そう でない場合よりも積極的な意味をもっ。このことは特に混血児の教育とい う観点に立った場合に明らかとなる。 以上のことを考慮に入れて、先ず混血児自体のもつ独立変数について考 えてみよう。その一つが叫人種的"変数である。混血児はあいまいながら も明人種的"位置づけがなされていることは先述の通りであるが、混血児 といっても一様ではなく、例えば白人系、黒人系、比人系等のように、人 種的分岐が考えられている。この H人種的"区別の基準となっているのが 身体的特質一

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りであることを考えると、 H人種"はこの地点で社 会的意味を附与されているように思われる。そしてこれがより積極的な意 - 85ー

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味をもてば、これは独立変数と考えて差しっかえないと恩われる4次に性 を独立変数として取りあげたい。一般的な社会行為におるける性要因に加 えて、混血児の行動ノξターン、地位構造に性要因の独自性があれば(第3 章〉、それも独立変数に加えて差しっかえあるまい。次に年令が考えられ る。第3章で示された実証的研究では、小学 5、 6年、中学 1、 2、 3年 生が調査対象となっているが、この調査に関する限り、年令別の有意な差 は認められない。しかし混血児に対する一般社会の距離関係を年令別にみ ると、大学生の方が小中学生よりも距離意識をもっていることが判明して おり、それを手がかりとして、年令を変数として位置づけることが一応可 能だと考えられる。次に混血児の数的規模、集中度

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が考えられる。これはすでにオルポート

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がマイノ (6) リティに対する偏見の社会文化的要因の中であげているが、彼によれば、 例えばアメリカの学校で日本人の子どもが一人おれば、みんなにかわいが られるけれども、その数が増してくると、彼らをょせっけない壁が生ずる という。同様のことが、われわれの社会の混血児の場合もいえよう。即 ち、混血児の数が増加すればする程、社会の提示する H問題状況"も拡大 してくるわけである。 以上は独立変数として、混血児自体に求められる諸要因について、その 主なものを取りあげたが、次に従属変数という立場から、混血児の位置づ けを試みよう。ここで従属変数とは、混血児の適応の内容であり、そのパ ターンである。そこで彼らの適応の領域(範囲〉を先ず設定して、その行 動面で彼ら独自のパターンが取り出せるかどうか。これが可能となっては じめて、彼らの行動に従属変数としての要因を発見できるわけである。 そこでこのような従属変数を取り出すための手順として、彼らの行動領 域を設定する方法が最も有効だと考えられる。というのは、適応について 云々する場合、その行動の生起しうる場面を限定して、どのような場合に 適応的か、あるいは不適応かを区別しなければならない。例えば、未就学 - 86ー

(12)

児、就学児(児童期、青年前期、青年後期)、成人と区別して、それらが それぞれ採りうる行動領域を設定し、その領域内ではどのような行動が適 応か不適応かを分析して、それによって混血児の行動を検討するというこ とも、方法論としては充分考えられるー。上述のように、 H適応"というこ とは、その領域を限定することが必要なため、混血児もある領域では適応 的だが、他の領域では不適応ということもある。その顕著な刺が、就学中 の混血児の行動と卒業後の行動の相違である。即ち、小中学校では、適応 的といわれた子どもが、学校を出てから不適応的な行動を取るケースが多 い。この原因は勿論学校、社会という環境要因に多くは依存していても、 そのような漠然とした結論に満足せず、行動の不連続の水路を追求しなけ ればならない。 以上のような行動領域設定による従属変数の抽出法とともに、次に必要 なことは、行動観察における、いわば次元の設定である。ここで次元の設 定とは、行動の特質を顕在的レベルから捉えるかということであれそれ は実態面に大きな相違点をもたらす。この観点については既にふれである ので細部は省略する。 更に従属変数を因子分析するだけではなく、それを量化することによっ て、混血児の位置づけを明確にする手がかりを得ることができる。一般に 実態調査はこれを指向している。例えば、意識構造、社会的距離調査はも とより、学校における学業成績、出欠や非行などによる行動の評価、進路 調査などがこれに入るが、この調査もいろいろな困難点をともなうため に、それだけ解釈が限定される。 変数関係によって混血児を位置づけるという、これまで述べた観点の最 後のテーマは、上述の独立一一従属変数関係では捉えられない変数にヴい て検討することである。その一つは、混血児の位置づけに作用する歴史的 要素である。歴史は複合的存在だから、歴史的要素といっても、当然これ まで述べた諸観点が綜合されていることも事実であるが、社会の歴史的推 - 87ー

(13)

移を軸にして、混血児の位置を跡づけると、各時代の特質と共通点がみい 出されるかも知れない。 これと類似した他の変数として、社会の同人種"的要素があげられる。 例えば、アメリカのように、 明人種"的に複合的な社会では、混血児の位 置づけは日本と違い、混血児そのものが問題ではなく、 Hどの血"かとい うことが問題となっている。これに対して、日本のように"人種"的にみ て比較的単調な社会では、 Hどの血"かということより(これも問題には なるが〉、混血そのものが問題となっている。 第3の類似変数として、その社会の危機状況が考えられる。これはいつ も現われる変数ではないが、例えば第二次大戦中に日本の混血児がうけた 迫害、差別のように、危機状況が他の場合とは違った位置づけをもたら す。これはすでにオルポートの指摘したことであるが、彼は偏見というテ ーマからこの問題を捉え、その例として、関東大震災当時、日本人が朝鮮 (7) 人に迫害を加えたことをあげている。これは危機状況に際し、人々が自我 防衛機制のーっとして、

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を求めた場合に生ずる現象である。 混血児実態論に関する第五の観点は、比較方法論にもとづく場合であ る。この方法は水垂的比較、水平的比較の二つに分かれ、後者は各地域、 各社会、各国家聞の比較によって、混血児を位置づける方法であり、}前者 はある特定社会又は国家を中心とした歴史的考察による位置づけである。 この二つの方法は同時に相補的に採用することもできる。水重的比較法 一一即ち歴史的方法の意義についてはすでに述べてあるので、ここでは水 平的方法だけを検討したい。例えば、第二次大戦中、外国軍の駐屯、占領 の経験のある国家は、今日多かれ少なかれ、混血児の問題をかかえてい る。この問題の根底に共通点はないかどうかを比較によって捉え、もしそ れがあれば、そこに混血児の独自な地位が確定する。各社会は文化的、歴 史的諸条件が同一でないため、共通な面だけがでてくるとは限らないが、 何らかの形でとり出せるだろうという仮説も充分成立する。勿論共通点が - 88ー

(14)

なければ、混血児の位置づけはできないということではなく、それぞれの 社会に独自の社会的意味が附与されておれば、それだけでも充分な位置づ けができるけれども、巨視的な立場から、一般的なパターンが成立するか どうかを検討しようというわけである。 この方法によって捉えられる問題の領域は広い。しかしこの方法の限界 ともいうべきものは、混血化現象の諸条件が異なる場合、ただ記述的方法 に終始することである。勿論その記述を通して、いくつもの事例を整頓す ることもできるが、ただ「あるがまま」の記述だけでは充分な実態把握は しかしこのような制限にもかかわらず、他の方法との相補的観 できない。 点に立って採用しなければならない必要な手続といえよう。 以上五つの観点から、混血児の実態把握のための諸前提について述べた これらは全く別々のものではなく、相互に関連し合っている。 しかも 一つだけでは完全な方法とはいえず、相補的に使われて混血児の実態に迫 ることができる。みてきたように、混血児は特殊な位置にあるが、社会の 全過程とかかわり合うために、その位置づけは決しで容易ではない。上述 カ~、 このような困難な作業の中で、一応可能な方法を列挙し、そ れによって捉えられる結果の諸問題について検討してきたが、これはあく までも試論であって、今後再検当されることもあろうし、新しい観点の採 しかし当面はこのような方法論に立って実態把握に努力して の諾観点は、 用もあろう。 1969年 219頁 いきたい。 鈴木二郎監修、信濃毎日新聞社編「現代の差別と偏見」新泉社 -234頁 沖縄タイムス 1968年 3月8日 沖縄タイムス 1969年 6月29日、鈴木二郎監修 沖縄タイムス 1969年 6月29日 .中部連合区教育委員会編「教育要覧

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1967 Gordon W. Allport

"The nature of prejudice"

Addison.wesley publishing company

1954p2幻 lbid. - 89ー 前掲書 注工 2 3 4 5 6 7

(15)

2

ソ ー シ ヤ ル オ リ ジ ン

混血児の特質、諸問題の理解は顕在的地点からだけではなく、それらが 醸造されつつある潜在的地点から求められねばならない。即ち、混血児は どのような社会体制から出ているか、あるいはその社会体制はどのような 構造を有し彼らを位置づけようとしているか、彼らの母親の社会的地位、 その家族の階層的地位はどうであるか、などが混血児のソーシャルオリジ ン

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の諸相である。

1

混血児と社会体制 (1) どのような社会体制から混血化が固有の形をとっていくかという考察 は、社会学的にみてきわめて重要だと思われる。ここで、 「固有の形」と いう表現に注意する必要がある。というのは、序でもふれた通り、人類の 歴史に於いて、混血化は少しずつではあるが常に進行しているが、この混血 化現象は社会学的にみて無規定な自然現象、あるいは自然の融合としてで はなく、社会体制とのかかわり合いによって把握されねばならないからで ある。何故なら、混血児に"特質"、"問題"を附与しているのはその社 会体制であり、その社会構造だからである。人類の歴史に於ける混血化現 象それ自体は、生物学、考古学、体質人類学等の課題であっても、筆者の 意図する混血児研究の課題ではない。何故このような区別をするかという と、前者の領域でこの問題を取扱う場合、社会体制的考察は不可欠の研究 枠組ではないが、後者の場合はそれが必要欠くべからざる条件だからであ る。即ちここでは混血自体が問題ではなく、どのような状況下で混血化が 現象するかが問題となる。 このテーマは広大な内容を含み、その性質上、歴史的考察も必要とする が、この点に関しては章を改める。ただここでは、混血化現象を意識化さ せる社会体制の特質をつかみたい。先ず結論から述べるなら、混血化現象 - 90ー

(16)

(1) は、社会体制における権力配分の従属変数として捉えられる。いってみれ ば、それは支配と被支配の権力構造から結果している。その具体例をわが 国からみてみよう。 混血の定義を序で示した通り、今日通説になっている人種の三ブロック 聞の交流に限定するならば、わが国における混血化は16世紀のヨーロッパ 人の来航以後になろう。しかしその概念を歴史書等で使われている範囲に まで拡大すると、わが国における混血化現象は奈良、平安時代にまでさか (2) のぼる。即ち、大陸における先進文化を吸収するために、わが国は大陸か ら文化人を招鳴し、邦人との結婚を許して、彼らの帰化、土着化を奨励し た。この場合、権力的には策動であヮたけれども、実際には相手(帰化 人〉に対して頭を下げたわけであれその証拠に彼らの社会的地位が高か (3) ったこと、混血児が各方面で活躍したこと等を考えれば、大陸文化に支配 され、その支配従属関係から混血化現象は規定されるわけである。 更に近世以降、ヨーロッパ入(白人)との混血化も、これと同様なケー スとみることができょう。ヨーロッパ人の来航目的はキリスト教の布教と 植民地開拓であったが、そのいずれにおいてもわが国の社会体制に脅威を 与えた。鎖国政策により、かろうじて体制の維持強化を計ったが、ヨーロ ッパ人の勢力を一掃することはできなかった。いずれにしても、彼らは優 位な勢力を伴って、圏内に侵透を計り、長崎を本場とした混血化が進行し た。この支配勢力は幕末になっていよいよ顕著となり、それが圏内の社会 体制の革命的変革の一因となったことは、わが国の歴史が物語っている。 そしてわが国が欧米諸国の従属下におかれると、それが不平等条約締結、 開港と結果し、長崎だけではなく、彼らの上陸する所は混血のメッカとな った。このような事情は太平洋戦争により一層顕著となる。わが国におけ る混血児が、社会問題として戦後ほど強く意識されたのは、寛永年聞に始 まる鎖国時代を除いて、あまりない(勿論第

1

章で述べたように、戦争な - 91ー

(17)

どのような社会的危機の場合は、混血児を含めたマイノリティグループ は、いろいろな問題に遭遇する傾向がある〉。しかも、戦前までの混血児 は、日本人と白人の間の子に限定されるのが社会通念であったが、戦後は 白人はもとより、黒人系、比人系など、各人種にまたがっている。それは 即ち、太平洋戦争が第二次大戦として、連合国を相手にわが国が敗退した 結果である。敗戦による支配一一従属の量的規模、質的な徹底さが、戦後 の混血児をして、各種のものとなし、量的にもおびただしい数にせしめ た。後でもふれることだが、このような支配一一従属関係から、あるとき は羨望意識が、他の場合には、敵意、嫉妬、怨恨等が従属者から支配者に 向けられ、それがそのまま混血児やその母親、家族にまで向けられる。他 方、i このような体制聞の均衡関係によって、混血児の意識も形成されると 考えられ、ある場合には誇を感じたり、他の場合には自己卑下に陥る。こ のような意識構造は、支配一一従属関係がはっきりしていればいるほど、 明確な形をとるが、権力構造の対極化は同時に一種の辺境的性格を生む原 因となる。 次に古代ローマについて概観しよう。古代ローマにおける混血化現象 は、建国に先立ち、ローマ人が土着民のエトルリア人を支配下に置き (B. C .500年〉、ローマ帝国の原形を築いたときに、ローマ人とエトルリア人 との聞に起った(これは"人種"的にみて、明確な混血化現象ではなく、 H人種"の下位分化聞の、あるいは種族聞くそれは民族に近い意味だが> の比較的不明確な混血化と考えられる〉。ローマ帝国の拡大は混血化の拡 大でもあった。帝政末期になって、グノレマン民族が帝国内に侵入してくる と、今度はローマ人が追われる立場になって、混血化現象が起った。 漢時代の中国は漢民族と外漢民族聞の勢力抗争で知られているが、勢力 (4) の不均衡関係がここでも混血化現象を招来した。 次にアメリカ合衆国についてみてみよう。そこは人種のメJレティングポ ットともいわれ、各人種、各民族から構成されていて、混血化現象も著し - 92ー

(18)

く、そのためわれわれ社会における"混血"意識とアメリカにおけるそれ とは多少異なる。 先ず白人と黒人の混血化は黒人の奴隷時代から今日に至り、黒人間の身 体的特質の細分化は、混血化の年輪でもある。例えば、唇以外は百パーセ ント白人の身体的特質を有した者から、アフリカの原住民とも区別できな い者の聞の相違は、幾層にも区分できる。全黒人の 95パーセントまで混血 化しているともいわれる。南部の紳士は、昼はよそよそしく品位を重ん じ、夜は奴隷小屋にしのび込んだということだが、いずれにしても社会体 制内の権力構造の配分から、混血化も進行している。即ち、奴隷時代は過 去のものとはいえ、現在も黒人は白人に隷属しており、混血化は支配、征 服の形をとっている。非常に興味ある事実として、黒人の意識構造の問題 がある。例えば、同じ黒人が皮膚の色がより白いというだけで、他の黒人 に差別意識をもったり、白人と結婚した黒人が同じような意識をもち、し かも黒人問題に無関心を装うことなどは、混血化に附随する権力構造の植 えつけた結果である。 白人と他の人種間(例えば、アメリカインディアン〉の混血化も同じよ うな形でとらえられるが、最後に移民、とくに彼らの二世についてふれて おこう。移民が混血化現象をひき起すことは、自然的なものとして受けと れやすいが、じつはその根本的要因として、権力構造のもたらす機能的面 を忘れてはならない。例えば、日系移民の場合、閉じ日本人どうしの婚姻 関係を望むのは一世だけであり、二世、三世の場合は同じ日本人を避けた

w

~ れはなはだしい場合には両親からも遠ざかろうとする。これは全く、従 属者の意識構造であり(マイノリティグループの一般的特質でもある〉、 支配権力に対する従属意識である。移民者の混血化現象の要因はこれであ る。 社会体制の権力構造を混血化現象の要因とする根拠は、世界の後進地域 に明瞭な形で捉えられる。その最も典型的なケースはフイリッピンであ - 93ー

(19)

る。フィリッピンは16世紀以来のスペインの支配下を経て、米西戦争に続 くアメリカによる支配、第二次大戦中の日本による支配、そして戦後一応 独立はしたものの、実質的アメリカ支配はフィリッピン人をして従属関係 に位置づけ、これが混血化現象を起させ、あるいは混血児層を構成する一 大要因となっている。現在フィリッピンでは、スペイン系、アメリカ系 (白人、黒人〉、そして日系人その他の混血児がいる。彼らが社会体制内 にどのように位置づけられているかは興味ある問題であるが、これは今後 の研究課題としたい。 太平洋上に点在する諸島での混血化は、遠く人権移動にまでさかのぼら ねばならないが、最近の時点から捉えるなら、白人や日本人による支配に よって顕著となる。特に第1次大戦後から第2次大戦にかけての、日本人 と原住民との混血化に焦点をあてよう。実際に現地調査をしていないの で、確証できる資料はないが、当時現地

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こいた人々の話を総合すると、原 住民は日本人と婚姻関係を結ぶことを誇としたということである。これ は、それによって、彼らの社会的地位に好影響があったからであり、少な くとも悪影響があったことは考えられない〈ただし、筆者の聞いた話が正 しい場合にのみ、このことがいえる〉。それは原住民の社会内部で、ある いは日本人との接点において、ある種の権力意識を支えたものであって も、全体的には支配者に対する従属意識である。 アフリカにおける混血化現象も同じ事情である。即ち、ヨーロッパ諸国 の白人による植民地開拓の過程から出現したものである。植民地開拓の過 程は、最初原住民との闘争であり、それを経て彼らを支配下におき、文字 通り征服された形で混血化が生じ、あるいは闘争の過程において、その融 和策として、支配者側から混血化を意識的に操作したことも充分ありう る。今日全黒人に対する混血児の割合は大きく、彼らの権力構造内におけ る位置づけ、それからくる意識構造の問題は、アフゾカの社会問題研究の ためには素通りできない面である。 - 94ー

(20)

体制と体制の不均衡関係から混血化が進行すると、その犠牲者は被支配 体制であるrことは勿論だが、その中でとくに女性である。女性に対する暴 行、強姦、金力支配、妻子置き去り等、混血化現象と関係あるものだけに 限定しでも、被支配体制側の女性の被害範囲は広い。勿論、混血児の母親 がすべて被害意識をもっているとは限らないが(後節)、社会体制のひず みとのかかわり合いが、前述のように明らかであり、そのことの理解が混 血児のH特質"や"問題"の把握には必要なことである。 女性が直接的被害者であるのに対して、男性(被支配体制側の)は間接 的被害意識から特異な行動をする。例えば、美しい女性が外人;と同棲した り、交際したり、あるいは一緒に歩いたりすると、 「もったいない」と か、 「けしからん」とかいう感情をいだくと同時に、それが偏見の心理を 形成して、 「パンパン」、 「ハーニー」、さらには「だらしない」、一,[iふ しだら

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に変っていく。このような女性に対する偏見は、男性の欲求不満 から形成されていることが、オノレポートの「偏見の心理

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をみても明らかである。男性は偏見と同時に」あるいはそれ 以上に「いらだち」を感ずる。それは、支配者側が易々と同胞の女性を支 配下に置き、あるいは自己の領域内に侵入するのに対して、相手側の女性 すなわち、彼らの領域内に侵入できないために生ずる感情である。その感 情の内奥には、不安、欲求不満、嫉妬、羨望等の心的要素がひそんでい る。これが偏見の原因となっていることは前述の通りであるが、更には犯 罪誘発の原因ともなっている。黒人による白人婦女暴行事件はその好例で ある。しかもその犯罪の内容が残虐な行為をともなうために、それが逆に 彼ら自身に向けられる偏見の原因ともなっている。黒人は「動物的

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だと いう性的偏見がそれであり、白人男性は彼らの性的欲求不満から黒人(特 に男性〉に対する偏見を増長させ、白人女性も、黒人は「動物的

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という (8) 立場から、1幻想的被害意識をもって、黒人に対する偏見を形成する。そし てこれが差別へと連続し、隷属的地位を附与しでいることはいうまでもな - 95ー

(21)

い。更に体制聞のアンパランスからくる、被支配体制側の男性の心理的特 質の他の面として、 「差をつけるJ意識が考えられる。例えば、白人女性 と結婚した男が一種の優越感をもったり、白人女性と結婚をした黒人が、 黒人問題とのかかわり合いを避けようとする場合がこれである。 以上、社会体制とのかかわり合いから、混血化現象を具体的例によって 示してきたが、ここでもう一度結論づけてみよう。これまでの混血化現象 は、社会の体制変革と非常に関係がある。体制変革とは権力構造の編成に ほかならず、それが外部からの侵略によってもたらされるとき、つまり旧 体制への骨威、変革と同時に、混血化が現象している。そして旧体制と新 体制聞のバランス一一アンパランス、あるいは体制内部の権力構造上のパ ランス一一アンパランス関係が、混血児の社会的地位に大きな影響を与え ているの 注1 ここでの「体制」概念は、石田雄の「権力配分の体系」に多く依存してい る。石田雄「現代組織論

J

157頁 2 中山太郎「日本婚姻史」、日文社、昭和31年 3 松本芳夫「日本の民族J、慶応通信刊、昭和29年 4 この点に関して、東恩納寛惇「沖縄の今昔J(東恩納文庫蔵〕参照 S 村山有「アメリカ二世ーその苦難の歴史」、時事通信社、昭和40年 6 角田房子「ブラジノレの日系人J、新潮社、 1967、pp91-105 7 Gordon w. Al1port, "The nature of prejudice" 8 Ibid

2

家族の階層的地位 階層は集団特質又は集団指標等によって規定されるが、日本の社会で は、アメリカほどはっきりした指標がないといわれている。しかし、職 業、収入、教育歴、出身地等の階層的インデックスによって、階層的地位 を示すことは可能であろう。この研究は混血児の両親はもとより、他の家 - 96ー

(22)

族員のイシデヲクスも含まれねばならないが、前節で述ベたような体制的 側面からすれば、支回一一従属関係から混血化が生ずるケースが多く、そ のために、両親は対等な関係で結ぼれず、従って片親育ち〈母親〉、祖父 母育ちがきわめて多い〈次節〉ため、ここでは父親を除いて、母親とその 両親に限定して考察していきたい。 先ず母親をして従属関係に置づけている要因は何か。その要因の及明は 体制聞と体制内の両面に分けてなされねばならない。先ず、体制聞の面か らみるならぽ、国家聞の関係でみられるように、一方の体制が軍事力、政 治力、経済力で他方の体制を支面下に置くとき、前節で述ペたような混血 化が生ずることがある。この場合、一方の体制全体が他方の支記下に入 り、それによって体制の再編をよぎなくされたり、更に生活バターンも変 ったりする〈価値観、道徳観等〉。この意味で、もし混血化が"問題"を もっとすれぽ、その社会(被支配体制〉全体の問題でもある。終戦直後生 れた混血児の母親が、自分遣は戦争の犠牲者だという場合の問題意識がこ れである。 次に体制内からみた場合であるが、外部からの支記カに対して、最も強 い影響力を受けるのは、その体制内のどの層であろうか。もし外部からの 支臨カが被支配体制の再編をよぎなくすると、その影響力は旧体制内の支 配者層にくるであろうし、もし旧体制のまま全体が従属関係に置かれた ら、その影響力はやはり下の階層がより大きく受げることになる.この前 提は、わが国における混血児の歴史的考察によっても明らかである。例え ぽ、混血児の出身層を徳川、明治、大正、昭和(戦前〉、戦後の昭和〈第 一期、第二期、第三期〉と区分してみると、その層の変化に気づく.この 時代区分に従って、混血児の出身層の代表的なものをピックアップしてみ ると、徳川時代では長崎を中心とすあ農漁民、下級の町入層であり、明治 (1) になると、徳川時代の地位を奪われた旧武士階級、大正・昭和における農 97

(23)

-(2) 漁民層、戦後になると、先ず戦争未亡人、そして農漁民層である。このよ うな類型化は、充分な歴史資料と実証的調査がともなわれなければ、少々 危険を招くが、類型化がどうであれ、下層出身者が多いことは事実であ る。その主なものを、限られた資料をもとにして考察していく。 先ず戦後の混血児に限定すると、彼らの母親のほとんどが農村出身者で ある。筆者は沖縄の少年院、刑務所、実務学園等の施設に収容され、又現 在収容中の混血児を調査した。その結果、調査に現われた21名のうち、 19 名が農村出身の母親を持っている。これらの母親が混血児を生むまでの生 活歴はいろいろであるが、大部分が飲食庖(パーやキャバレー〉、メイド を経て外人と関係し、混血児を生むに至っている。しかも21名の母親のう ち、 8名が現在(調査当時〕女給やメイドとして働き、 5名が家事となっ ているが、内容ははっきりしない。自立した職を持っている者は3名で、 洋裁居、美容院を経営している。 (3) 母親の記録に関する出版物のうち、手許にある資料から調べてみると、 やはり農村出身者が多い。彼らは農村の生活苦に耐えきれず、都会に出て みたものの、永続的な職はなく、転職を続けているうちに、外人と接する ようになっている。 以上出身階層について調べたが、次に現在の生活状態はどうであろう か。それは収入と関係するので、彼らの職業を調査しなければならない が、今のところまだまとまっておらず、ここでは先述した筆者の調査資料 と、中部連合区の各小中学校の教師との話し合いの結果からまとめてみる と、母親の多くがまともな職につかず、女給とか外人との同棲(正式な結 婚生活ではなく、ハーニーとかオンリーとよばれている〉によって生活し ている。そのため、生活レベルは決して悪くはなく、大部分が生活程度は 中以上である。第1表は中部連合区教育委員会がまとめた混血児家庭の生 r41 活程度調査の結果である。 -

(24)

98-第 l表 混 血 児 の 生 活 程 度 調 〈中部連合区教育委員会調ペー1967年度〉 数字は実数 小 学 校 中 学 校 上 │ 中 │ 下 │ 貧 │ 救 │ 計 上 │ 中 │ 下 │ 貧 │ 救 │ 計

l

白 男 8 1 941 6 1 7 1 1 115 71 481 61 21 1 63 女 12 93 II 2 l 119 5 51 7 2 65 人 計 201 187 17 9 1 234 12 99 13 2 2 128 黒 男 3 2 5 l 1 2 女 2 3 l 6 3 2 5 人 計 2 6 3 II 4 2 l 7 比 男 5 45 4 2 6 37 5 5 53 島 7 41 3 1 II 37 8 l 57 人 計 12 86 7 2 l 17 74 13 6 110 中 男 2 5 7 2 1 3 国 3 6 9 3 3 6 人 計 5 II 5 4 9 そ 男 3 3 l l 2 の 1 l l 1 他 計 4 4 2 l 3 男 151 150 12 9 186 16 88 II 7 l 123 計 241 144 15 2 2 187 20 94 17 2 134 計 1 391 294 27 II 2 373 361 182 28 8 3 257 このような生活レベルは、一般の人々との距離を縮めてはいるが、生活 パターンが社会の規範からはずれていると考えられているために〈ここに は偏見も多く入っているが〉、彼らの社会的地位は低い。母親に対する評 価は混血児にも結びやすく、彼らの社会的地位も母親同様高くはない。 次に教育歴について簡単にふれよう。前述した筆者の調査によれば、 21 - 99ー

(25)

所帯の家族のうち、ほとんどが義務教育以下にとどまり、一人だけが戦前 の高等女学校を中退している。出身地域で明らかにされたように、彼らの 多くが農村の貧困層から出ているため、教育歴は一般に低い。ただ終戦直 後の混乱期には、いろいろなケースがみられるようであるが(実数はつか めない〉、秩序が回復するに従い、教育歴層もだいたいおちついているよ うである。しかし混血児の母親に限定する場合、次節でのべるような母親 の類型化が必要である。何故なら、日米聞の距離意識の変動、偏見の変容 (従来のイメージ<態度も含めて>が誤りであることに気付く〕等が、外 人と結婚する女性の教育歴の層的変動にも影響している。例えば、終戦直 後の混乱期には、中等教育〈当時としては高学歴に属する)を受けた者も (5) いるが、その後占領時代になると、低学歴(義務教育もまともに受けてい ない〉層が圧倒的である。更に日米協調時代から最近に至る傾向として、 高学歴層(大学卒〉も見受けられる。例えば、ワシントンにある日米大使 館で勤務している沖縄女性三人のうち、三人とも外人(一人は中国人〉と (6) 結婚しているが、白人と結婚している二人は高学歴者である。日米聞の距離 が縮まり、偏見も弱まるにつれて、この傾向は更に強まっていくであろう。 このように職業、収入、教育歴、出身地等を階層のインデックスとし て、彼らの出身階層を調べた場合、その地位は一般に位い。しかしこれは H出身 (origin) " を基点とした地位であって、予測的地位 (anticipatory status) はどうであろうか。これの推測のためには、日米聞の縦の関係 (体制聞の〉と横の関係(個人的交り)がどう変化するか、あるいはわれ われの社会がどう変化していくか、等も考え合わせなければならない。し かしこれの推測はいろいろ困難をともなうので、さし当り、彼らの予測的 地位を示すものとして、社会移動の特質について附言しておきたいの 前述した通り、階層のインデックスは、社会的地位からみると、一般に 低い。当然のことながら、それから結果する生活レベルも、先程の中部連 合区教育委員会による家庭調査では中程度が多いとなっているが、それは -100ー

(26)

基地の町の実態であり、他の地域では事情も異なるし、更にこ4の調査は現 在の生活状態(しかも収入だけを中心として〉であって、 H出身階層"を 考慮すれば、一般に低いといえよう。例えば、混血児の母親の出身層とし て圧倒的に多い農漁村では、彼らの家族の生活は一般に低く、そのため娘 の晴嫁ぎ"に支えられているケースも多い。この仕送りによって、家族の 生活レベルは向上してはいるものの、他を凌ぐまでには至らず、更に収入 のルートが社会通念と相入れないために、彼らの社会的地位は中以下であ る〈生活レベルの向上により、以前と比べである程度向上しているが〉。 その上、狭い地域の保守性は、自に見えない社会的制裁として彼らに重く のしかかり、そうでなくても彼らをその地域に止めておく理由は何もない ので、都市地区に移動する。そこでは衣食住に関する限り、中程度の生活 を維持しているが、それも地域によりいろいろな差違がみられるようであ る。例えば、新聞報道によると、国際結婚の夢が破れ、現在約3000人の母 (7) 子が生活苦にあえいでいるという。その救請のため、琉球政府家庭裁判 所‘人権協会、国際社会福祉事業団(I

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等が働きかけているが、問 題が国家聞のことで思うようにいかず、そこで処理される件数は氷山の一 角に過ぎないという。 このようにみてくると、彼らの出身階層といい、現在の地位といい、全 くきびしいものがある。当然のことながら、これは混血児の地位にも影響 し、更にはこれが、彼らの教育を規定する社会的条件であることを考え合 わすと、将来の問題としても重要な意味をもってくる。 注 l 平野威馬雄「レミの母たち」白川書院、 1967年 2 井上清「現代日本女性史」、三一書房、宮岡謙二「娼婦J、三一書房 3 神縄教職員会編「沖縄の母親たち」、合同出版、羽田 松本春子「黒い混血の愛児とともに」婦人公論、 1960年8月号 4 中部連合区教育委員会編「教育要覧」、 1967年度、 61頁 5 柴田錬三郎「青い血の娘」、昭和41年、稲嶺静「戦禍癒えぬ沖縄に生きる」、 婦人公論、 1960年8月号

(27)

-101-6 沖縄タイムス、 1969年6月1113 7 神縄タイムス、 1967:年 8月12日 8 沖縄タイムス、 1968年 5月ロ日、同1968年12月 4日

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家族形態の特質 家族形態は普通拡大家族

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と核家族

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で捉えられる場合が多いが、混血児の家族形態はそのほとんどが、そのど ちらでもなく、しいて言えば、それらの変形されたものである。何故この ような結果になったか、更にこれがどのような特質をもっているか、以下 述べたい。 (1) 第2表、第3表は、中部連合区教育委員会がまとめた、連合区内小中学 校在籍の混血児の保護者調べである。これによると、実父母そろっている のは小学校で約22パーセント、中学校で約14パーセントとなり、実母だけ が小学校で約58パーセント、中学校で約56パーセントとなって、最も多 い。次に多いのが祖父母、そして継父実母である。この数字を家族構成の 面からみよう。この調査では家族構成ははっきりしないが、この表で注意 すべきことは、ここで示してある保護者は、必ずしも家族構成員ではない ということである。諸帳簿の上での保護者であっても、実際には別居して、 毎月の生活資金を仕送りするケースが多い。実父母の数字も住民票や戸籍 簿等で調べたものでなければ信頼できない(実際にはそのような手続きを 経たと恩われるが、ただ家庭訪問などの調査だけでは不明な点が多い〉。 特にフィリッピン人は、長年同棲し子どもをつくってから、妻子を置き去 りにして本国に帰るケースも多く、そのため保護策を求めて、人権協会等 (2) にくる親子が毎年跡を断たない。目前の生活のみにとらわれて、法的な手 続きに無知な場合とか、法体系の異なる国家聞の問題処理の困難さ等によ って起る悲劇である。このようなケースを考慮に入れた場合、実父の数は 第 2表、第 3表の数よりも減ると思われる。

(28)

-102-第2表 黒!男 女 人 比 島 人 国 人 そ の

i

他 計 47 3 2 3 5 5 6 11 工 56 l 52 2 108 7 9 16 -103ー

(29)

第 3表 混 血 児 の 保 積 者 一 中 学 校 〈中部連合区教育委員会調べ-1967年度〉

数字は実数

同父母│実母│愛護│猷母│兄姉│附

1

養父母│他人

i

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男 3 36 6 3 l 63

3 28 4 3 3 66

6 64 10 6 4 128 黒 1;男 l 2

3 5 4 l 2 36 2 l 2 63

島│去│

32 l 4 4 1 1 67 3 5 6 1 I l 110 中 男 2 l 3 国

2 4 6

入計

4 5 9 そ 男 l 2 2 の

l 1

他計

2 1 3 男 17 76 10 8 8 3 123

19 67 13 18 l B 4 134

36 143 23 26 1 16 7 267 保護者という場合、以上のような制約があるので、養育という機能的面 を家族構成とのかかわり合いから検討することにする。先ず混血児の家族 構成の特質は、核家族のようでありながらその大部分が父親がおらず、も し父親がいるとしても、継父のケースが多く、従って異父兄弟姉妹を有す る家族が多いということになる。何故このようなケースが多いかという

(30)

-104-と、先ず第ーに法的手続を怠ったこと、第二に生活か結婚に優先し、たと え別れても自立できるように貯える、.という考えが強い場合、第三に混血 児の父親は軍人がほとんどであり、移動かはげしく、正式な結婚を約束し ながら、転勤して音信を断ったり〈このケースが最も多い〉、戦死したり (特に朝鮮動乱)、事故死したりする場合、第四に混血児の母親は沖縄人 との再婚がむづかしいため、前述の第二の理由ともあいまって、別れたら 他の外人とー諸になるケースが多く、このような場合に異父兄弟姉妹が生 じている。このような家族形態における教育機能の特質の一つは、母親の 態度に極端な型が多いことである。融格型、放任型がそれである。厳格型 の母親は、混血児だからといって他人からとやかく言わせたくないという 教育型と、自己の欲求不満を何かにつけてぶちまける攻撃型に分けられる。 放佳型は「この子にだけは不自由させたくない」という感傷的溺愛型と、 自分の仕事(ほとんどが夜勤〉に熱中して、子供の世話ができず、 「金が すべてを解決する」という金銭志向型にわけられるが、特に後者は文字通 りの放任型である。このいずれの型をとってみても、落着きがなく、あせ りがみられる。勿論実際には、その中間型としての民主型もあろうし、毎 日が百パーセント一つの型に固定するということにもなるまいが、全体的 にみた場合〈つまり一般的傾向として〉、このような型が多いということ である。 この家族形態のもつ教育機能の第二の特質は、役割学習の問題である。 この面の実態調査は現在計画中であれこの結果によって証明されねばな らないが、その調査の前提となる

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い、くつかの仮説について述ベてみたいU、。 ここで役割学習の問題とは、混血児の H父親"、 H母 親 H姉妹"の位置 (ρ

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に対する役割期待、役割知覚、役割行動(実 現〉の学習プロセスに生起する問題である。もっと限定するならば、サー ピン (T. R. Sarbin)の言う、役割の"数"の問題である。例えば、父 親不在(文字通り〕、母親不在(混血児が視父母、叔父叔母、他人にまか -105ー

(31)

されたり、同居していても先述した金銭志向型の場合〉、兄弟姉妹不在に ともなう役割モデルの欠如である。兄弟姉妹の不在とは何かといえば、実 際にはいても、異父関係のため、たとえば沖縄人と白人系、黒人系、比人 系、白人系と異父の白人系、黒人系、比人系、黒人系と異父の黒人系、比 人系、比人系と異父の比人系の組合わせによる兄弟姉妹であるため、家族 という意識はあっても、兄弟あるいは姉妹としては異質的な意識が生ずる だろうという仮説が成立する。この仮説は決して単なる推察でもなく、根 拠のないものでもない。例えば、最近の核家族移行にともなう教育機能の (3) 代替とその問題点の研究、母親の権限拡大

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l)と 父 親 の 権 (4) (5) 威失墜にともなう男の子の役割学習の問題点、最近の役割理論をみると、 その仮説が充分成立すると思われる。 役割モデルの不在が、どのような役割学習の問題を起こすかは、今後の (6) 研究を待たねばならないが、これまでの研究からすれば、学習の不連続、 (7) 非行あるいは不適応の問題などが考えられている。 家族構成上の第二の特質は、拡大家族でありながら、景通考えられてい るそれとは多少異なる点である。先ず祖父母はおりながら、両親不在が多 いこと、次に家族構成が血縁関係であってもばらばらな組合わせであるこ と等である。第 4表は前節で述べた、筆者の調査にもとづいて作成した非 行混血児(少年院、刑務所、実務学園に入所歴のある〉の家族構成であ る。この表からうかがえることは、第一に

2

2

名のうち実父が

1

人もいない こと、第二に半数近くが祖父母やそのどちらかと一緒であること、第三に 実の兄弟姉妹と異父兄弟姉妹がほとんど同率を示していること、第四に家 族構成が全体的にばらばらな印象を与えること等である。この表で注意す べきことは、実母は家族構成上ほとんどが同一所帯員をなしているが、前 にもふれた通り、同居している者はわずかで、ほとんどが別居していると いうことである。この場合、教育の代替機能が問題となるが、このケース のほとんどか、祖父母さもなければ叔父叔母である。

(32)

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