長野大学紀要 第15巻 第2号 87-98頁 (270-281頁 ) 1993
地域社会研究 にお け るインフ ォーマ ル ・
エ コノ ミー概 念の有効性
(
上)
― A . バ ニ ャ ス コ に よ る イ ン フ ォ ー マ ル ・ エ コ ノ ミ ー 概 念 の 検 討 を つ う じ て ―
The Concept of lnformal Economy Presented by A. BAGNASCO
and lts Heuristic Role in the Study of Local Socio-economy Today
は じめ に 80年代 を通 じてイタ リア北東部 ・中部の中小企 業 を中心 とした発展は 「奇跡」 と称 され、その良 好な成長ぶ りは、アフターフォーデ ィズムの議論 を始め、様々な立場か ら注 目を集めて きた。 しか しなが ら
、9
0
年代 に入って、経済成長の国際的な 鈍化に加 え、マフィアによるテロの活発化 、大規 模 な政界汚職 、欧州通貨制度か らの リラの離脱、 2000兆 リラ とい う巨額 な財政赤字、欧州市場統合 に よる競争の激化な ど、内外の多 くの矛盾が一挙 に噴出を見た現在、「奇跡」を支 えた企業活動 も当 然苦戦 を迫 られ、縮小、撤退、合理化への着手 を 余儀 な くされている。 イタ リア国勢調査CENSI
S
は、昨年末1
9
9
1
年 の 調査結果 をまとめあげ、1
9
71年、1
9
8
1
年 との比較 を試みなが ら、現在 を「長期 にわたる構造的危機」 と 「短期の景気循環に よる危機」の到来期 として 位革づけている(
CENSI
S,
1
9
9
2
,p・
4
5
1)
。そして、 前者すなわち 「構造的危機」が意味す るところ と して、過去20年間のイタ リア経済 を特徴づけて き た中小企業 を中心 とす る分散的経済モデルの行 き 詰 ま りを筆頭に挙げている。 ある地域経済社会 を分析す る際、成長期の断面 を切 りとって、 もっぱ らその切 り口か ら対象 の 社会 を推 し量 り、そこか ら抽 出されたい くつかの 要件 に依拠 して成長のモデル を提示す る、 とい う 手法 自体 を再検討す ることな しには、こうした激 変す る現実社会 に対 して、ある地域社会が どの よ うに対応 し得 るのか を把握す ることは困難 となっ田
中 夏
子
N
a
t
s
u
koTa
n
a
ka
てこよう。言い替 えれば、「奇跡」や 「成長」の レ ッテル を持つ持 たないに関 らず、地域は人々 を擁 し、人々はそこで生活や生産活動 を営んでいる。 そこにため込 まれた地域の耐久力や (広義の)文 化的 ・社会的資源の存在に 目をむけ ることな くし ては、「危機」の分析は もとより、「成長」への視 点 も表層的な もの とな らざるを得 ない。 本稿の課題は、一見、経済的範中の外にあると みなされる文化的 ・社会的資源が、地域 固有の論 理 に従 ってフォーマルない しはインフォーマルな 経済 システムに読み変 えられなが ら、地域経済社 会 を形づ くってい く過程 を分析す るための概念装 置 として、Aノヾニ ヤスコのインフォーマル ・エ コ ノ ミー(
e
c
o
no
mi
ai
n
f
o
r
mal
e)
の議論 を紹介 ・検 討 してい くことにある。 本号掲載の (上 )においては、まず、イタ リア 北東部 ・中部の 「成長」について代表的な議論 を 整理 し、それが現実の変化の中で どの ような見直 しを迫 られているかについて考 察 を進めたい。 ま た、次号掲載予定の (下 )においては、A.バニ ヤ スコの議論の紹介 と検討 を経た上で、彼の、地域 の内発的発展についての議論の枠組み と研究手法 に関す る筆者な りの見解 を提示 してい きたい。 1.「サ ー ド・イ タ リー」1)への注 目が見落 して きた もの 70年代及び80年代 におけ るイタ リア中小企業の 顕著な成長ぶ り、 とりわけ北東部諸州
(トレンテ ィー ノ ・アル ト・アデ ィジェ、ヴェネ ト、フ リウ ー87-271 長野大学 紀要 第15巻 第 2号 1993 リヴェネツ ィア ・ジュー リア)及び中部諸
州
(ェ ミリア ・ロマ-ニ ヤ、 トスカ-ナ、ウンブ リア、 マルケ)を中心 とす る、イタ リアの中小企業行動 については、「サー ドイタ 1)-論」として、様々な 立場か ら言及がなされて きたO その第一は、 ビオ リ、セーブル等が 「フレキシ ブル ・スペ シャライゼ- シ ョン」 と命名 し注 目し た、企業間組織原理 を核 として論 じられる 「企業 の地域的集積」の議論 である(PIORE& SABLE, 1984)Q
中小規模 の企業が地理的に集積す ることによっ て、生産 ・流通 コス トを軽減 し、緊密な情報交換 を図 り、特定の産 品ばか りでな く、その生産に要 す る設備機械や 、関連技術の転用による新 しい産 品開発 を志向す るような生産体系 を有 した地域 と して、 ビオ リ、セーブルは北東部 ・中部 イタ リア に着 目した。彼 らの議論は飽 くまでも、70年代か ら80年代にかけて行 き詰 ま りを呈 していたフォー デ ィズムに変わる、新 しい発展様式 を模索す る立 場か ら論 じられたこともあ り、イタ リア北東部 ・ 中部の中小企業の地域集積 は、 日本の トヨティズ ム と並んでポス トフォーデ ィズム-の一戦略 とし て位置づけ られ る傾 向 を有 していた。 ビオ リ、セーブル らが 「サー ドイタ リー」にお いて強調 したフレキシビ リテ ィは上記に述べ た と お り、主 として企業間関係に基づ くものであった が2)、これ をコア として、彼 らは、次の四つ をフレ キシビ リテ ィーの構成要素 としている。すなわち、 ①長時間、低賃金労働 を可能 とす る家族経営、② 企業間関係のネ ッ トワー クづ くりを担い、企画、 仕入れ、製造委託、販売 を手がける商業 コーデ ィ ネー ター(
i
mpa
na
t
o
r
e)
の存在、③ 自治体によ り、 中小企業 を対象 としたインフラ整備や職業教育制 度の充実 、研究センターの開設等、中小企業育成 対策が、保守、革新の別 を問わず推進 されたこと3)、 (彰低賃金、低労働条件のみに頼 った利益の生み出 しではな く、 自治体 、労働組合 などによ り、技術 革新による企業体質の強化 をはか り得 るよう、環 境整備 (例 えば研究開発投資の援助等 )が行 われ て きたこと等である (PIORE& SABEL,1984, pp.228-229-邦訳 pp.293-297)0 -万、レギュラシオン理論におけ るイタ リア経 済 システムの位置づけほ どの ような ものであった ろ うか。EC
各国の フ レキシビ リテ ィーのあ り方 を比較 検討 したポワイエの議論 では、イタ リアは必ず し も積極的な位置づけを与 えられてはいない。ボワ イエは、「フレキシビ リティー」 を論 じる際、「賃 金 ・雇用」の流動性 、すなわち 「外的フレキシビ リテ ィ-」(R ボワイエの言葉 で言えば、「守 りの フレキシビ リテ ィー」)か ら、労働者の熟練 、参加 、 多能工化 、技能形成 を促進す る 「内的フレキシビ リテ ィ-」(「攻めのフレキシビ リテ ィー」)-の転 換 をはか ることが重要な課題であるとみな してい る (BOYER,1986-邦訳 pp.116-117)。 彼の議論に従 えば、イタ リアの場合、「勤労者の 地位 に関す る法律」(1970年 )によ り大企業労働者 が一定の保障 を亨受す ることが可能 となったこと が、同時に、この労働立法の適用外 とされた中小 企業や 、地下経済の相 当部分 を担 う家庭労働 での 調整弁的機能 を増大 させ る結果 とな り、いわば、 労働市場 における二重構造 を支 えるもの として も っぱ ら 「外的フレキシビ リテ ィー」のみが構造化 されたこ とになる。 しか しなが ら、柔軟な生産 設備 、多能労働 、勤 労者の 自律的責任の拡大 を可能 とす る労働者の集 合体(BOYER,1986-邦訳 p.201)な ど、「内的フ レキシビ リテ ィー」の構成要素が個 々の企業内で 見 られない とい う事実 をもって、イタ リア北東部 ・ 中部の産業 システムにおける、内的フレキシビ リ テ ィー を全面的に否定す ることは、果 して妥当で あろうか。 本来 であれば、ネオ ・テー ラー主義的な外的フ レキシビ リテ ィー追求 と、交渉に基づ く参加 -カ ルマ リズム的な内的フレキシビ リテ ィー重視4)は、 理論的には両立 し得 ない。このことか ら、 ビオ リ、 セーブル らのフレキン7ル .スペ シャライゼ- シ ョンは、 リピエ ッツによるレギュラシオン理論の 中では、「不整合 な道」 として捨象 される (山田、 1991年、p.141、p.161)0 確かに、高度にモデル化 された概念か ら判断す る限 りでは、同一の労働者において、賃金 ・雇用 の不安定性 (- 「外的フレキシビ リテ ィー」の高 さ) と企業-のインボルブメン ト (- 「内的フレ キシビ リテ ィー」の高 さ)が両立す ると考 えるの は困難 を伴 う。が、モデル化以前の、つ ま り具体田中夏子 地域社会研究におけるインフォーマル ・エコノミー概念の有効性(上) 272 的な社会構造、生活、文化 の土壌か らみれば、そ の 「不整合」な在 り方 を選択す る必然性が存在 し たか らこそ、大企業労働者の権利保障が適用 され に くい とされる中小企業集積地において、低賃金 依存のみならず、技術革新 をも伴 う形で、70年代 、 80年代 と持続的な成長 を見たのである。 現在求め られているのは、その論理的な矛盾あ るいはモデル上の 「不整合性」が、現実の中に ど の ように織 り込 まれているのか とい う分析視 点 を 盛 り込んだ上での、いわば中範囲のモデル化なの ではないだろうか。 例 えば、理論的には不整合 であるはずの不安定 雇用 と企業-のインボルブメン トの混在が現実 と なった一つの理由 として、イタ リアの実状か ら次 の ようなケースが想定 され る。 イタ リアにおいては 「同一の労働者」が必ず し も 「一個 同一の職場」 を有 しているのみ とは限 ら ない。つ まりイタ リアにおいて広範囲に存在す る 二重労働 を考慮に入れれば、一つの職場 で被雇用 者である労働者が、他方で家族労働等 を基盤 とす る独立 自営業者 となる例 は極めて多い。 しか も、 「経済的事情」による二重労働 のみな らず、 自律的 労働の場 を求めて二重労働 に従事す るケース も増 えて きている。 イタ リア企業数 の9割以上 を占め る19人以下 中 小企業の うち、15人未満の ものは労働組合の組織 化がかつては義務づけ られてお らず、また労働市 場の面か らみて も非正規雇用が多い。そうした土壌 の中で、つ ま り労働者に とって決 して安定的 とは 言えない労働市場にあって、かえってそのことが 副業 - 「もう一つの仕事」における事業活動精神 の発揮 を促 し、インフォーマル経済の一翼 を担 う ところまで、二重労働 を定着せ しめ るに至 った と も考 えられる5)。 この場合 、当初 は労使関係 の均質化 を意図 して 制定 された 「勤労者の地位に関す る法律」 とい う、 いわばフォーマルな ものによって、かえって労働 市場の二分化が進行 し、そこか ら浮上 した雇用調 整の容易性 とい う外的フレキシビ リテ ィー と、そ の外的フレキシビ リテ ィー を部分的には引 き受け つつ、家族労働 に よる 自営業 の 中で発揮 を見た 「事業活動精神」としての内的フレキシビ リテ ィー の両者が、インフォーマル経済 を媒介 として存在 したこ とになる。す なわち同一企業の中では両立 不可能 な二つのフレキシビ リテ ィーが、同一地域 社会の中では、関連 しつつ異なる二つの レベルに おいて両立、存在 しているのである。 とりわけ、 家族労働 におけ る、内的フレキシビ リテ ィーの度 合 の高低 は、その事業経営が家族 に とって どれだ け 自覚 的に戦略化 されているか、 とい うことにか かわって くる。 上記の ような例 を挙 げたのは、フレキシビ リテ ィーが、少な くともフォーマル、インフォーマル の多層性の中でや りとりされ、両者の間に相互規 定的な作用が働 いていること、その相互作用の理 解 の為 には社会構造や文化的土壌 を重要 なファク ター として位置づける必要があることを、まずは 冒頭 で確認 してお きたか ったか らである。そ して、 後半に述べ るように、このフォーマル、インフォ ーマルの多層性 と相互作用 こそが、イタ リア北東 部の地域社会における労働文化 を形成す る上 で苗 床 の機能 を果 している、 というのが本稿 での立場 であるこ とも、ここで付言 してお きたい。 イタリア国外の研究者による、ポス トフォーデ ィ ズム戦略 としてのイタリア中小企業-の着 目は、生 産拠点の小規模化、水平的な企業間ネットワーク、生 産体勢の柔軟性 といったモデル上の要件の抽出を中 心 として きた。だが、次に述べ るように、イタ リ ア経済の 「奇跡」の諸特徴 は
、9
0
年代 に入って、 分散化か ら再集 中化へ 、水平的企業間関係か ら垂 直的関係 を含む再編成- といった大 きな変化 を見 せ始めているOイタ 1)ア中小企業 をポス トフォー デ ィズムの 「候補者」 として留め ることには早晩 疑問が出てこよう。 しか し、視点 を、ポス トフォーデ ィズムに関わ る発展モデルや要件の抽 出ではな く、む しろその 変動過程 、 とりわけインフォーマルな部分 とノのイ ンタラクシ ョンの中に兄いだされる、地域経済の 担い手 (個 人/組織 )の戦略やその生成過程 に据 えるな らば、イタ リア中部 ・北東部の地域経済研 究には、内発的発展の メカニズム を知 る上 で依然、 多 くの示唆的な論点 を発見す ることができるので はないか。 さらに付言すれば、内発的発展 をテーマ とす る 研究は、その手法や視点において も内発的である ことを求め られるであろう。すなわち、ある特定 -89-273 長野大学紀要 第15巻 第2号 1993 の地域 での成功例 を、無媒介 に別の地域に転用す るというスタイルの国際比較研究 ではな く、それ ぞれの地域の内在的な視 点や地域固有の論理 、(伝 義の)文化 ・社会的資源 を重視 しつつ、相互に突 き合せ なが ら、複数 の地域が共同 してその発展の ための方途 を探 る とい う意味での、国際ない しは 地域間比較研究がおこなわれるべ きではないか。 な らば、地域社会学や地域調査 を、その地域に とっての道具や資源 として実践的に活か し得 るこ と、逆にいえば、その ような形で、地域社会研究 を呈示す ることは、いかに して可能 なのか。むろ ん この間に答 え るこ とは、筆 者 の力 の及ぶ範囲 ではないが 、少な くともそ うした、知識社会学的 な試み との関連 も念頭 においた上 で、バニ ヤスコ の地域社会分析の視点 と方法 を明 らかに していき たい。 バニ ヤスコの一連の研究は、イタ リアにおける 中小企業の動向 を軸 とした地域経済の展開に関す る中範囲理論 であ り、そこで使用 され るキー概念 は、多岐にわたるが、本稿 では、その一つである 「インフォーマル経済
」(
e
c
o
no
mi
ai
n
f
o
r
ma
l
e)
を 検討す るこ ととす る。 上記の検討に先だって、まず、イタ リア地域経 済の変容 を 「産地形成」の議論 を材料 として、そ れではなぜ 、インフォーマ リテ ィ-の言及が必要 とされているのか を明 らかに しておこう。 2. イ タ リア にお け る 「分散 的経 済 」(
economi
adi
f
f
u
s
a)
の## さて、ビオ リ、セーブルあるいはレギュラシオ ンの、いわば外か らのアプローチに対 して、イタ リア国内の議論 では、中小企業の成長 をめ ぐって 何が焦眉 とされていたのであろうか。7
0
年代前半、基幹産業の業績不振 とともに、ボ ナ ッツイが 『産業形態の複数性』(
pl
u
r
a
l
i
t
a'
d
e
l
l
e
f
o
m ei
nd
us
t
r
i
al
i
)
(BONAZZ
I,1989)と表現 して いるように、生産組織に関す るい くつかの思潮が 登場す ることとなった。 その第-がバニ ヤス コに代表 され る「周辺経済」(
e
c
o
no
mi
ap
e
r
i
f
e
r
i
c
a)
6)
-の考察である。 大企業の収益性が下 り坂になるに連れ、「水面下 経済」(
e
c
o
nmi
as
o
mme
r
s
a)
、「隠れた経済」(
e
c
o
-no
mi
ana
s
c
o
s
t
a)
、「分散 的経済」(
e
c
o
no
mi
adi
f
-f
u
s
a)
、「インフォーマル経済」 (
e
c
o
no
mi
ai
n
f
o
r
-ma
l
e)
な ど、様々な呼称 と重ね合 わせ て語 られ始 めた 「周辺経済」は、7
0
年代始めには、依然 とし て経済的後れ、あるいは、初期 資本主義の残淳 と され る傾 向か ら完全には解 き放 たれていなか った が、7
0
年代 中半になると、積極 的な意味 を付与 さ れ るにいたる。すなわち、大企業の経営戦略 とし て、「生産の分散化」
(
d
e
c
e
nt
r
a
me
nt
op
r
o
du
t
t
i
vo)
・ が検討 され、集 中化 ・規格化 された大量生産体勢 にかわる新 しい生産様式 として、経済界か ら期待 が寄せ られ るようになったのである。 大企業におけ る 「生産の分散化」には、大規模 工場の生産活動 を、新 たに設立 した、い くつかの 生産単位- と分割す る方式(
s
pl
i
t
t
i
ngu
p)
と、こ れ まで内製 していた部品、製品を、比較的技術力 が高 く、少 ロ ッ ト生産に対応で きる小規模企業に 外注す る方式(
pu
t
t
i
n
go
u
t
)
とがある。前者は、 労働者集団の分断化によ り、当時 ピー クに達 して いた労働組合 の抵抗力 を減 じようとす る目的で、 また後者は主 として多品種生産 に対応す る目的で 選ばれた道 であった7)0 しか し内外の注 目を集めた中部 ・北東部の 「分 散的経済」の担い手は、こうした大企業戦略の一 環 としての分散化 でな く、む しろ、中部 ・北東部 を拠点 とした、小規模企業、手工業者 (a
r
t
i
gi
a
ni
)、 家内工業者 とその間の密接なネ ッ トワー クであっ た。ポス トフォーデ ィズムの論議 と併行 して、イ タ リア国内では、この地域の発展 を伝統的な共同 体概念に依拠 して説明 した り、あるいはそ うした 共同体概念が前提にあ りつつ も、それが市場経済 - と馴染む形で機能 し、かつ技術革新への積極的 な投資 を促す ような現代的なネ ッ トワー クや行政 システムの存在 を指摘す る動 き(
PI
CHI
ERRI
, 1990,pp.73-74)などが存在 した。 中で もバニ ヤスコが代表的論者 とされるインフ ォーマル経済への言及は、通常の市場概念か ら排 除 されが ちだった経済外的要因 (労働者の仕事観 、 労働文化 、家族 、生活史)を、理論及び実証の両 面において市場の動 きと結びつけ る試みであった。 インフォ∵マルの諸相は、必ず どこに も存在す る ものであるが、 とりわけイタ リアの地域社会 にお いては、それが独特の形態 と影響力 をもって、フ田中夏子 地域社会研究 におけ るインフォーマル ・エ コノ ミー概 念の有効性 (上 ) 274 オーマルの諸相 を規定づけてお り、対抗文化の苗 床 として機能 していることを指摘す る論者は多い。 1982年 には、ガ リー ノらを中心にバニ ヤスコも加 わって、インフォーマル ・エ コノ ミーについての ヨー ロ ッパ各国の議論 を呈示 しあ う国際会議が開 催 されている。国や論者の関心に よってインフォ ーマル経済-のアプローチや力点は異なるが、こ れ を 「開発 ・発展の理論 を新 しい方法で再考す る ための貴重 なインパルス」 として位置づけ る点に おいては、各論者 とも一致 を見ている( BAGNA-SCO,1986,pp.9-10,BAGNASCO,1990)0 よ り詳 しい論点については、次号において検討 す るが、バニ ヤス コは、例 えば 「労働市場」 を、 経済のフォーマルな位相 とインフォーマルな位相 のインタラクシ ョンの場 として位置づけてい く。 彼は、労働市場 を潜在的な社会的 ・文化 的資源 と 捉え、その ことによって 「低開発」のメカニズム のみな らず、可能な発展の道筋-の言及 も可能に なる とす る(BAGNASCO,1988,pp.175-194)8)0 さて、70年代 当初の 「生産活動の集中化 ・分散 化」の議論は、当時の大企業成長の鈍化 (とりわ けその大 きな要 因 と見なされた労働 コス トの上昇 と労働市場の硬直性の問題 )を、大企業の立場か らどう対処す るか、 とい う問題意識によって発 し た ものであ り、中小企業への着 目もそ うした観点 に よるものであった。すなわち、大企業に比 して、 相対的に高 い生産性 を保持 していた中小企業は、 その実態 と固有性 を問われる前に、大企業的硬直 性の対概念 として理念化 され る傾 向 を免れ得 なか ったのである (CAPPIELLO,1986,p.308)。 しか しなが ら、80年代 に入 ると、対概念 として の中小企業 ではな く、中小企業 を中心 とした 「分 散的発展」固有の理論 を、地域の経済社会構造、 中で もインフォーマルな諸要素 を重視 しつつ 、実 証的に描 き出そ うとい う試みが積み重ね られ る。 このインフォーマルな部分が、少なか らぬ影響力 をもって経済的効果に還元されてい く実態 を捉え て、 これ を新 たな 「資本の荻かつ
」(
a
s
t
uz
i
ad
e
l
c
a
pi
t
al
e)
とす る見方 もあれば、逆にこれ を以て 労働 の主体 的意味や新 たな共同体的相互行為 とし て言及 し、オルタナテ ィブなあ り方の一要素 と位 置づ け る見方 もあ った。だが、「経済組織の規模 をめ ぐる諸 々の試 み を、政 治 的観 点に よるただ 一つ の意味- と絞 りこむ こ とは不可能 である」 (BAGNASCO,1984,p.36)とい うバニ ヤスコの見 解 に代表的に示 されているように、そこに存在す る多様な意味 を多様な立場か ら捉 えようとす る動 きが顕著 とな り、地域 ごとの統計的実証 に加 え、 生活史や社会史的アプローチに よる研究が加 わっ てい く(BOVONE,1984,LELLI,1987)。 3. イ タ リア におけ る r産 地」(
di
s
tr
e
t
ti
i
n
dus
tr
i
al
i
)
の議論 一方、北東部 ・中部に限 らず、イタ リア全土に 散在す る産 地へ の評価 が、70年代 後 半か らベ カ テ ィーこ らを中心に論 じられて きた9)。 主 として 企業間関係のあ り方に着 目して、その経済効率 の 高 さに言及 した産地形成論は、地域の企業が、多 くの需要が確定的に見込 まれ るある特定の製品を 生産 し、小企業 といえども、企業 どうしの緊密 な 相互依存 (輸送の利便 、技術革新 、情報交換 ) と 企業間分業によって、規模 の経済 を享受 で きる、 とい う点 を強調 した ものであった。こうした観点 か ら頻繁に言及 される地域 として、セ ラ ミックや タイル を主産業 とす るサ ッスオー ロ(
Sa
s
s
uo
l
o)
、 繊維 ・服飾のカルビ (
Ca
r
p
i)、婦 人靴 のカステル ゴッフレー ド(
Ca
s
t
e
l
go
f
fr
e
do)
、なめ し皮のソロ フラ(
Sol
o
f
r
a)
、家具 のマテ- ラ(
Ma
t
e
r
a)
など 始め、約130の産地が存在す るとされる (図1)。 ま た、上記のような消費財や手工業的な伝統産品のみ な らず、それ らを加工す るための関連機械産業や 工業製品の産地形成 も同時になされて きた。 すなわち、イタ リアにおけ る産地は、伝統産 品 か ら高度な技術革新 を要す る機械産業にいたるま で、広範囲の製品について形成 されて きたのであ る。 ベ カテ ィーニによれば、この産地概念は、ある 産物によって特化 された地理的な 「経済地区」 を 意味す るのではない。第-に、コ ミュニテ ィの社 会 ・文化的特性や地域の様々な組織 (企業は もち ろん、家族、学校、教会、福祉組織、文化活動組 織、政党、組合 、その他のフォーマル ・インフォ ーマルな諸組織)において共有あるいは葛藤の対 象 となる価値体系が、労働市場 、取引慣行 な どを 始め、産地のあ り方 を大 き く規定 していること、 -9112
7
5
⑤PIEMOllTE 長野大学紀要 第15巻 第 2号 1993 図1.イタ リアにおける、産地分散の状況 @ LOMBARDIA 事務 枚 器/自動 車 関連工 業(TORINO) 菓子 、裁維(CUNEO) ワイン(ASTl) 家t 、金属 製 品(NOVARA) 魚椎 .衣 料 、食 品 、絶稚機 械(NOVARA) ウール、繊 維機械(VERCELLI) 糸 、織 物 、パ ルプ(〉ERCELLVNOVARA) 真髄(ALESSANDRIA) 印刷横 械 、冷凍横(ALESSANDRIA) @ TOSCANA 推稚 、糸 、繊維機械(FIRENZE) 皮革衣 料 、履 物(FIRENZE) 温室 栽培 、紙製品(PISOTOIA) 革花 栽 培 、機械(pLSOTOIA) 履物(pISOTOIA) 衣 料 、木製 家具(PISOTOIA) 皮 なめし(PISA) 木製 薮具 、金 細工 、ウール、ニット(AREZZO) 食 品(AREZZO) 工作 機械 、薮t 製 品 、薬 品 、葉子 、ワイン(SIENA) ガラス加工(SIENA) 大理石 、花 尚岩 加 工(MASSACRRARA) 鋼加 工 、紙 工 、繊維(LUCCA) 木 製 扉 ・窓枠(BELLUNO) 眼鏡 ガラス加工(BELLUNO) 女 性 用履 物(VENEZIA) 象具(VENEZIA) ガラス工 芸(VLCENZA) アンティーク木製 家具 、衣 料 、宝飾(VICENZA) 絶維 ・ウール糸(VICENZA)) 履 物(VERONA) 康 物(PADOVA) ニット(TREVISO) 大理石(VERONA) 木製 家具(VERONA) スキー靴(TREVESO)@TREIm NOALTOADIGE
大理 石 ・花 南岩 、石 材 加工機 械(LASPEZIA) 大理石 ・スレート(GENOVA) 花栽 培(IMPERIA) #&(ROMA) 自動 車 関連工 業 、薬 品(FROSINONE) エレクトロニクス(RIETF) 衛生 用陶器(VlTER80) 、やsARDEGNA コルク(SASSARI) 食 品 、漁推(NUORO) ilIR(OFIISTANO) @ CAM PANIA エレクトロニクス(MILANO) 木材 教具(MILANO) シルク(COMO) 金属 加 工 、コンピューター(COMO) ニット、履 物 、航 空機(VARESE) 油圧 プレス、研 磨 機 械(VARESE) 織維機 械 、石 油化 学 プラント、プラスチック加 工後城 、金 属 鋳造(VARESE) トラクター(BERGAMO) 衛 生 用陶器 、金属 家庭 用品(BRESCIA) 武器(BRESCIA) 自動 車用 工 具 ・部 品 、靴 下編機械(BRESCIA) コットン(BRESCIA) 靴 下(PAVIA) 靴 下(MANTOVA) @ EMILJARONIAGNA フランネル(TRENTO) 食 品(BOLZANO) 鯛鋳 造 、安全 機 器(BOLZANO) ケーブルウェイ等 物流機 器(BOLZANO) 椅 子等 家 具(BOLZANO) i)FFHULIVENEZIA スレー ト石 加工(TRIESTE) ハム加 工(UDINE) 製 革(uD[NE) 金属 加 工(UDINE) 木製 教具(UDINE) 金属 加 工(PORDENONE) 繊維機 械 、衣 料(UDINE) 皮革 加 工機械 、繊維 機 械 、物流機 械 、包装機 械(BOLOGNA) 食 品 、食 品機 械 、包装機 械(BOLOGNA) 繊維 機 械 、土木 建設機 械(BOLOGNA) ディーゼルエンジン(FERRARA) セラミックタイル(MODENA) 自動 車(MODENA) ニットウェア(MODENA) 化 学 医療 機 器(MODENA) 野 菜缶 詰 、肉類食 品 産業(PARMA) プラスチック(RAVENNA) 金属 加 工 、木製 喪具(REGG10EMILLA) タイル ・製 材 、木 製 家具(FORu') 履 物(FORLl') 食 品 、木工横械(PFACENZA) ロボット(PIACENZA) @ MARCNE 食 品 、英子 、パ スタ(PERUGIA) 包装 用紙 、洗浄機 械 、A菓横械(PERUGJA) 通 信機 器 、金Jt加工 、搬稚(TERNl) 紙 、薮t(ANCONA) 楽器 、エレクトロニクス(ANCONA) 機 械 、魚椎 、集晶(ANCONA) 放物(MACERAIA) 楽器 、玩 具(MACERA叫 皮工 芸 品(MACERATA) n 物(ASCOLIPICENO) 木製 教具(PESARO/URBINO) 衣料 (カジュアル)(PESARO/UR8JNO) 衣料 (カジュアル )、皮革 、喪具(TERAMO) エレクトElニクス、通 信税額(L'AQUILA) 食 品、キッチン家具 、モーターサイクル(PESCARA) エレクトロニクス、履 物(CASERTA) 皮 なめし(AVELL州0 食 品 、衣 料 (手袋)(NAPOLl) エレクトロニクス(NAPOLl) 工 芸陶 器(SALERNO) @ BASJuCA17L 機械、ウール(POTENZA) 食品、農産加工、家具(MATERA) 食 品 、農産 物加 工(CATANIA) 柑塙 頬 加 工(CATANLA) 石 材加 工(RAGUSA) 食 品産 業(RAGUSA) 草花 温 室栽 培(RAGUSA) 水産 加工(TRAPANl) ブ ドウ園 、ワイン(AGRIGENTO) 野 菜栽 培(PALERMO) 産 品名 (産地 名 (プロヴィンチャで表示 )) 自動 車 、モーターサイクル(CAMPOBASSO) 衣 料 (ジーンズ)(lSERNIA) 衣 料 (ジーンズ)、屑 物(LECCE) セラミック(mRANTO) 履 物 、ニット、大理石(BARl) 衣 料(BAR‥ エッセンシャルオイル(REGG10CALABRIA) 木 製 家具 、食 品加工機 械(cosENZA) 床 材 タイル(CATANZARO) 薬 品(CATANZARO) 田 北東部 ・中部イ列 ア7州
田中夏子 地域社会研究におけ るインフォーマル ・エ コノ ミー概念の有効性 (上 )
2
7
6
第二 に、そ うした地域 の内部 関係 のみな らず、外 部 との関係 、あるいは関係 の ダイナ ミズム を強調 して言 うな らば、その地域が外部 に対 して どう開 かれているか、その開かれ方が 、地域経済 を方向 づ け る重要 な要 因であ る と指摘す る(BECATTL NI,1992)。
さて、 ビオ リ、セー ブル らに よって注 目され、8
0
年代 イタ リア経済発展の立て役者 として関心 を よんだ産地 であ るが、90年代 に入 って岐路 に立つ こ ととな った。 92年初頭、CENSISに よって代表的産地42箇所 の調査がお こなわれた結果 、a)「分散化」 されて いた生産工程が再度 「集積化」(riconcentrazione) 傾 向にあるこ と、② これ までは、水平型分業 に よ る放射 線状 ネ ッ トワー クとして特徴づ け られてい た企業 間関係が、 リー ダー シップ企業の地位 強化 に よ り、それ らを頂点 として再 「垂直化」(riverti -calizzazione)傾 向にあるこ と、③委託企業 ・受託 企業の関係 も、輸送利便性 の高 い地元下請けで、 とされていた域 内調達体勢が崩れ、域外に、開発 ノウ- ウや納 品期 日、品質等の管理能力のあるビ ジネスパー トナー を求め る動 きがあるこ となど、 これ までイタ リア地域経済に典 型的 とされていた 諸特性 に大 きな変化が生 じて きたこ とを指摘 して いる。 産地の境界線の氷解 は、EC市場統合 ともあい まって加速 されつつ あ る、 とす るのが、90年代 に 入ってか らの産地議論 の趨勢 である10)。市場統合 をむか えた ヨー ロ ッパの中で、産地の持つ境界線 をどの ように シフ トさせ 、 あ るいは氷解 させ て い くかが現在議論の的 とな り (CARMINUCCⅠ, 1992,LORENZONI,1992)、単 に特 定産 物 と特 定産地 を一対一対応 させ る とい う伝統的な産地概 念の見直 しが迫 られている (MARTELLI,1992,1
2
6)
0 「産地」は今 、上記の ような 「遠心分離力」に よ って機能的拡散 の時期 に移行 しつつ ある もの と、 外界か らの参入 を極 力抑 え、従来の ように 自己完 結的であ り続け ようとす るもの との、二極分解 の 時期 を迎 えてい る とされ る。 しか しなが ら、この二極分解 の実態は極めて重 層的である。地域の様 々な経済主体 が有機 的に結 び合 うこ とに よって、域外へ踏み出す ための脚力 を形成す るケース もあ り、産地の終葛が直線的に 進行 してい るわけではない。す なわち、産地の境 界 を地理 的に拡大す るに先だ って、狭義 の域 内企 業 間ネ ッ トワー クに とどまらず、潜在的 な経済主 体や企業家精神 、労働市場 をこれ まで よ り、 よ り 広 い範 囲で再編成 してい くこ とに よって、逆 に産 地 としての生 き残 りを図 ろ うとす る試み も一方 で 存在す るのであ る。 例 えば若年労働 市場 に対 し、従来の ような 「失 業予備軍」 とい う見方 を転 じ、これ を地域の資源 として捉 えなが ら、断絶 しが ちだ った、教育 とい うライフステー ジと労働 とい うライフステー ジを 接合 させ ようとい う試みが、 自治体 、地元工業会 の イニ シアテ ィヴによって各地に展開 しているこ とも、産地再編の動 きと無関係 ではない と筆者は 考 えている11)。4
.小 手舌 イタ リア中小企業発展 の実態把握 とその要 因追 求は、ともすれば狭義の経済現象の中で捉えられ る 傾 向にあった。他地域への転用 を前提 としたモデル 化の議論は、特に 日本の現実 との対比において、示 唆 に富む点がある ものの、実際に地域 でその 「発 展」 な り 「危機」 な りを生 き抜か なければな らな い担 い手の、社会的 ・文化 的土壌 につ いては、例 えば 「革新 的政 治風土」や 「カ トリックの文化」、 「イタ リア的家族主義」といった極めてステ レオタ イプ化 され た形 で触 れ られて きたに過 ぎない。 「成長」下 での注 目の後 、その地域 に内在的な視 点 をもって、今一度 、イタ リア中部 ・北東部の経 験 を辿 ってみ るこ とはで きないだ ろ うか。 さらに 「危機」の中を歩 くこ とに よって、逆 に成長期 には み えに くか った地域特有の抵抗力や対処 力が、兄 いだ され る可能性 も大 いにあろ う。 こうした試みは、単 にイタ リア社会 の よ り多角 的な把握 とい うことのみな らず 、同時に地域経済 社 会論 の方法論的実験 をも意味 しなければな らな いだ ろ う。それが また、 日本の地域経済 を見 る 目 に も何 らかの有用性 を発揮 し得 るような形 となれ ば、筆者に とっては望 外の喜 びである。 インフォーマルを部分 に視 点 を据 えるこの地域 経済論 は、したが って、企業行動 を単位 として見 る -93-277 長野大学紀要 第15巻 第2号 1993 よ りも、 それ を生 成 し特 徴 づ け る担 い手 と、 それ を必要 とし、 また時 と して排 除 す る地 域 的背景 、 す な わ ち、労働 、生 活や 文 化 の連 鎖 の 中か ら地 域 経 済 を論 じて い こ う とす る もの で あ る。社 会 や 経 済 変 動 とい う波 に大 き く左 右 され る こ とはむ ろん 否 定 す るべ き もの で な いが 、 その 波 の水 面 下 で静 か に しか し圧倒 的 量 で た ゆ む部 分 に 目を向 け 、一 過 性 の成功 企 業 賛 美 で な い地 域 経 済社 会 論 へ と連 結 させ て い くこ と、か つ そ う した課 題 に摸 近 し う る国際 比 較 の方 法 論 を探 りあて る こ とが 、筆 者 の 長 期 的課 題 で あ る。 (つづ く) (た なか なつ こ 講師 ) (1993,6.30受理 ) 喜主 1)なお、本稿 においては、「サー ドイタ リー」とい う 言葉 を積極的に用い るこ とは控 えたい。いわゆ る「サ ー ドイタ リー」論の根拠 とされてい るパニ ヤス コの 『3つのイタ リア』(BAGNASCO,1977)において も、 またその後の彼の著作の中において も、「サー ドイタ リー」(Terzaltalia)が彼 自身の言葉 としては使用 されてお らず、飽 くまで 「中部 ・北東部イタ リア」と表 記 されている。彼が、「3つのイタ リア」を析 出す る に至 ったのは、南部 問題 と関わ る二元論的な発展 モ デルへの再考 、労働市場 、社会階級、生産活動の分 散化に関す る問題提起 と調査の結果 としてであ り
、
`
逆 に言えば 「3つ のイタ リア」 とい う概念が有効性 を発揮す るの も、上記の問題設定 に限 ってである。 「3つのイタ リア」をそれ ぞれある実体 として固定化 す るのでな く、一つの解釈 モデル (modellointer -pretativo)(BAGNASCO,1977,p.7)として捉える べ きこ とが強調 されている。 したが って異なる問題 意識や分析の視 点に よっては 「3つ」が 「5つ」あ るいはそれ以上 となるこ とも十分 あ り得 るだろ う。 また、「3つ」のモデルの析 出が最終的に 目的 として いることは、南部問題 におけ るそれ までの二元論的 な解釈 に替わって、「3つ」の間に生 じるどの ような 相互作用の もとに、イタ リア とい う一つの システム が形成 されているのか を導 き出す こ とである。 よ く 言われ るようにイタ リアには 「平均像」が存在 しな い。 しか しそれは、「イタ リア」とい うシステムが存 在 しない とい うこ とと等位 ではない。「異 な る時 間 的 ・空間的根(radice)を もった 多種 多様 な社 会形 成が同時に共存」(BAGNACO,1988,p.13)す るイ タ リアの社会構造 を問題 とす るな らば、その一つの 構成要素 を全体 の文脈か ら切 り離 してモデル化 し、 例 えばアフター フォーデ ィズムモデル等へ無前提 に 転用す るのは、さし控 えたい。「サー ドイタ リー」と い う言葉 は ともすればそ うした一 人歩 きを誘発す る 可能性 のあることをここでは指摘 してお こ う。 さらにバニ ヤス コは、『3つの イタ リア』に続 く一 連 の実証 的 ・理論 的研究の中で、中部 ・北東部 イタ リアその ものの中に存在す る多様性 に 目を向け、「サ ー ドイタ リー」 とい う呼称 では くくりきるこ とので きない社会形成のあ り様 を指摘 し続けているこ とも 付言 してお きたい。 2)ビオ リ、セーブルに よるフ レキシビル .スペ シャ ライゼー シ ョンは、主 として(彰企業の地域的集積 -横並 びの小規模企業の集合 的存在 、企業間におけ る 競合 ・協 力のネ ッ トワー ク、恒常 的に支配的立場 に ある企業の不在 、業者組合 、ギル ド、資材共同購入 組合 な どの団体 の存在 を特徴 とす る一、②連合化 し た企業群 (federatedenterprises)- 日本の企業 グ ルー プを典 型 とす るような経済的 ・社会的 また人事 ・ 開発 ・金融面 にお よぶ企業間合意 の存在 (株の持 ち 合 い)、③ ソー ラー フ ァー ムあるいは製作集団の集 ま りと して の工 場 (Hsolar"firmsandworkshop factories)- ゾ- リンゲンの刃物 、 リヨンの繊維 、 ムル- ウスのキャラコ染色 な どを典 型 とし、規格化 製品の長期 にわたる大量生産は行 わず 、したが って 規模 の経済は追求の対象 としない、小 さな工房 が寄 り合 って一つの生産現場 を構成 している、な どのい ずれか を特徴 とする。 バー ミンガム、 フ ィラデ ル フ ィア、 コネチカ ッ ト等 と並 び、北東部 ・中部 イタ リアが① の典 型事例 として取 り上 げ られている (PIORE & SABEL, 1984,pp.2651268-邦訳 pp.339・341).
3
)保守、革新 の中小企業 を中心 とした産業振興政策 には、む ろんそれ ぞれ独 自の意 図があったOボロー ニ ヤを中心 とす る革新 自治体 においては、これ ら中 小企業経営者等 中間層の支持 を確保す ることが、か って、1920年 当時、ファシズム側 に よって強固に組 織 されていたプチブル ジ ョワ及 び大企業の社会的ブ ロ ックの再 来に対抗す る手段 であ ると考 えられてい田中夏子 地域社会研究におけるインフォーマル ・エコノ ミー概念の有効性(上) 278 た。 また、キ リス ト教民主党の基盤 であるヴェネ ト地 方においては、後背地 とい う不利な条件の中で、住民 が他 のイタ リア各都市へ流出す るこ とを防 ぐために、 地元産業 の振興 が 、戦前か らの重要 な課題 とされて きた (PIORE& SABEL,1984,pp.228・229-邦訳 293・297頁 )。 4) ここに言 う 「内的 フ レキシビ リテ ィー 」 とは、労 働 者が 、経営 、生産へ の協 力的参加 へ の対価 につ い て、経営者 との交渉 を経 た結果 、 「責 任 あ る 自律労 働 力」 を提供す るこ とに合 意 をす るシステム であ り、 「カルマ リズム」 とは、スウェ- デ ン、ボル ボ工場 の 所在地か ら リピエ ッツに よって命名 され た ものであ る (山田、1990年、p.145)。
5)二重労働 (doppiaoccupazione)は、我 々が通常 想定す るよ うな公務 員のアルバ イ トとしてのみ存在 しているわけ では ない。二重労働 の最前線 は公務 員 労働 の 多い南部 であ るよ りもむ しろ、 自動車 、 ロボ ッ ト産業 な ど機械 製造業 の 中心地 トリノであ る とさ れ るo また二重労働 の動機 としては、正規労働 か ら 得 る収 入 を補助す る必要が あ る為 、 とい うものか ら、 「正 規労働 では得 難 い 自己肯定」(auto.affermazione negatanelprimolavoro)を求 めて とい うもの まで、 様 々 あるが 、 どれ に も共通 してい るこ とは、第二 の 労働 が独立 自営 (lavoroautonomo)とな ってい る 点 であ る。 また、 こ うした三つ 目の仕事 は多 くの場 合 、推計 でGNPの20%に達す る とされ るイ タ リア の イ ンフ ォーマ ル経済 の一翼 を担 うが 、実 際の規模 につ いてはイ ンフ ォーマル であ るが故 に算 出が不可 能 であ るo Lか し、後 に述べ るよ うに イ ンフ ォーマ ル経済が量的のみ な らず 、質 的に もイ タ リアの経済 社会 に 多大 な影響 を与 えてい るこ とは言 うまで もな い。 この実態 と影響 に関す る調査研 究が 、 ピサ 、バ ー リ、 トリノ、ア ンコナ 、 カセル タ、カタ-ニ ヤの 各地 で蓄積 されて い る (VINAY,1980,pp.201・221)。 6)バ ニ ヤス コは、『三つ のイ タ リア』(BAGNASCO, 1977)にお いて、従来北 と南 との二 元論 的解 釈 を以 て論 じられて きたイ タ リア地域経 済論 に対 し、北 西 部 におけ る 「中心経済」(economiacentrale)/ 中 部 ・北東部 におけ る 「周辺経済」(economiaperife・ ria)/ 南部 におけ る 「縁辺経済」(economiamargi・ nale)とい う、三つ の発展 モデル を呈示 した。 い う まで もな く、北西部 は 、イタ リア国内で も早 い時期 に産 業化 を遂 げ 、大規模 な集 中化 を志 向す る大企業 が 中心 的存在 とな る。 また、南部 は、一定数 の拠点 開発 型大企業や 国家持株 の大企業 と多数 の零細企業 の混在 を特徴 とす るのに対 し、中部 ・北東部 では大 企業 の存在が少 な く、他 の ヨー ロ ッパ諸 国 との 国際 的 な取 引に も応 じる力量 を備 えた 自立 的 中小企業 と、 それ らの集積 に よって形成 され る 「産地」(distretto industriale)を特徴 とす る。バ ニ ヤ ス コ は こ れ を 「分散 的経 済発展」(sviluppoaeconomiadiffusa) モデル とし、80年代 、複数 の地域 にお いて、その特 殊 な社 会過程 、経済過程 の実証分析及 び 中範 囲理論 化 を試み てい る。 7)フ ィア ッ ト (トリノ)のCassino工場 (ラツ イオ 州 )やTermoli工場 (モ リーゼ州 )な どが その例 で あ る。大企業 に よる生産 拠点の分散化 は、労使対立 の顕著 な工 業化地域や都市部 を避 け 、 コンフ リク ト の よ り少 ない、 しか も流動 的な労働 力 と低 賃金 が享 受 で きる地域へ と絞 られ た。ベ ル ッ リに よれば 、そ の際 、企業行動 としては、単 に分散化 を計 った とい うこ とのみ な らず 、それが確実 に生産性 向上 につ な が るための技術 革新 一特 に本拠地 との通信網 の確立 な ど- を伴 った こ とへ も目をむけ るべ きだ としてい る (PERULLI,1990,p.212)0 8)バ ニ ヤス コは、イタ リア北東部地域 のみな らず 、 産 業空洞化 の危機 が指 摘 され る 自動車産 業都 市 トリ ノにつ いて も、その空 洞化 後 の処 方せ んづ くりに際 し、「資源 としての文化」「住 民の地域 ア イデ ンテ ィ テ ィの形成 と科学 技術 」 とい ったテーマ を立 てて い る (BAGNASCO,1990)。バニ ヤス コの トリノ論 を、 空 洞化 とい う産 業上 の政策課題 に対 し、住 民の イニ シア テ ィヴ を介 入 させ てい くための装 置 として捉 え るこ とが 出来 ないか 、 とい うのが 、筆者 の仮定 的 な 読 み方 であ る。 9)小規模 企業 を中心 とす る産 地形成 は、既 に70年代 後半か ら議論 の対象 にな って きたが 、 ここに きて再 度注 目を集め るに至 った大 きな理 由に、91年10月に 可決 を見 た第317号法が あ る。317号 とは、小規模 企 業 を主 な対 象 として、91年 か らの三年 間 で、それ ら - 9 5
-279 長野大学紀要 第15巻 第2号 1993
の技術革新や調査研究等に絵額1兆5,700億円 を投 じるものである (CONFINDUSTRIA,1992)0
10)CENSISによる産地調査では、60産地 中農業や特 化の度合が弱い ものな どを除 き42ケ一一スを調査 した 結果、以下の ように指摘 している。 この42産地に属す る人口は、420万人で、イタ リア の人 口全体の7.3%に相当す る。それぞれの産地に おいて、産地に関連 した企業絵数 は40,000、従業員 数は360,000人、また生産総額は52兆8,000億 リラ (但 し42ケース中37ケースの総額 )。平均 して売上の 44.3%が輸出むけ.これ ら地域の絶労働 人口の62.7 %が産地関連の製造業に従事 している。 したがって 産地形成に よる特殊産業が、当該地域 における重要 な雇用源 となっている事実は否定 できない。 ここに いかなる変動の兆 しがみ られるのか。上記調査の分 析において以下5点が示 されている。 「① ロー か )ズモは、80年代概 して安定成長 を遂 げ、 生産高 も雇用数 も順調な伸 びを示 した。今 日の景気 状況については、体質強化 と辛抱の時期 とい う捉え 方が一般的である。将来に対す る不確実性 を措摘す る声は強いが、楽観が悲観 を上回っている。 ② 地域内調達の崩壊傾 向 伝統的産地においては、委託業者 (Contoterzi) が産地の境界 を越えて外か ら参入す ることはほ とん ど無か った ≪modelloautocontenuto≫(城内調達 モ デル)。80年代 になると、二重の方向性が明 らか とな った。つ まり、発注者 も、域外に拡張 した生産体制 を持 ち、また委託 される方 も域外の納入先の探索 を 始めたのである。このことは、これ まで域内で完結 していた生産構造、雇用構造に重大 な影響(riperc u-ssionisigni丘cative)をもた らした。
③ 注 目すべ き傾向 として、生産サ イクル (工程 ) の再集積 (riconcentazione)とリーダー シップ企業 の地位の強化が挙げ られ るO調査対象 となった地域 の うち半分において、生産集積の度合は、80年代 を 通 じて増加 した。ケース中52.5%が、この現象 を地 域の将来的な改革の方向 として捉えている。 中 ・大企業が、委託業者や小企業に比べて、平均 的に良好なパ フォーマ ンスを行 ったOプラ トや ビエ ッラな どい くつかの地城 では、大企業は、以前は外 部化 していた生産工程の一部 を買取 し、それ を内部 の生産工程の下流部分に引き込む ことによって、品 質管理の向上 と付加価値の取得に努めたO例 えば繊 維におけ る仕上げ、染色工程 な ど。 組織 ピラ ミッ ドの頂点にある企業が産地管理 を強 化 してい く点、また、生産工程 の再垂直化(riverti -calizzazione)が、重要 な変化 である。今 の ところ、 産地の有力企業 を産地外の企業 グループが買取す る とい う動 きは比較的限定 されていたが、今後はこう した動 きも加速 されるであろう。産地 を実際 コン ト ロールす るのは誰か、域内の有力企業か城外の企業 グルー70かO また、それ とともに拡散的経済(sist e-madi仔uso)の諸特質や地域の強いアイデンテ ィテ ィーは色あせ てい くのか否か。 ④ 製品の多品種化 と生産技術の革新 生産品 目の多様化 は、60%の産地においておこな われた。不安定 な、そして多 くの場合沈滞気味の市 場 の要求 に対 し効 果 あ る手段 の一 つ としてこの拡 大が行 われ た。 しか し47.6%の産地において、主 要産 品製造の比重が増 したのに対 して、31%の産地 においては、減少 をみた。 ⑤ 産地発展の道筋の多様化 70年代 を通 じて、大部分の産地は、雇用、生産、 海外市場への参入な どの面で、成長の歩み を進めて きた。 しか し、80年代 に入ってその発展ぶ りは、ど こも同 じとい うわけにはいか な くなった。発展の路 線は多様化 し、同時に、不安定な市場に対応す るた めの組織再編や生産工程の変更 を迫 られている。80 年代に既に、従来の密集状態が失われつつあ り、ま た産 地 の境 界 も氷 解 して きて い た (processidi frantumazione delcon丘ne
l
∝ale)」(CARML NUCCI,1992)0
③ について言えば、水平的な相互関係 を維持す る パー トナー企業については、地理的に近接 していず とも、技術力、質、納期 、価格面でメ リッ トがあれ ば、域外の企業 を対象 とし得 るのに対 し、域内の二 次下請け以降の企業 との間には、垂直的な関係によ って産地管理 を強め るといった、分極化が考 えられよう。
ll)CENSISは、イタリアの代表的産地の 「失速」状 況 を以下の表によって指摘 している。 96-田中夏子 地域社会研究におけるインフォーマル ・エ コノミー概念の有効性(上) 280 秦 - 1 産地 におけ る 「失速」の状況 産 地 名 ・産 品 左 記産 串分野の従 事 労 働 者 雇用 人数変 企莱数化 率生産 高 プ ラ ト 繊 維 製 品 49,000人 -2.0 -6.7 -5,1.40 ビ エ ツ ラ 繊 維 製 品 29,000 -3.5 -10.0 サ ツスオー ロ セ ラ ミックタイル 21,000 -1.5 -4.0 コ モ 繊 維 製 品 15,000 -2.0 -1.0 -15.0 カ ル ビ (モデナ ) ツ ト 13,000 -1.2 -7,7 -1.1 ペ ザ ロ 家 具 10,000 -1.0 2.0 ll.0 カ ド - レ (ベ ツル- ノ) 眼 鏡 6,000 23.4 8.7 n.d. アル ツ イニ ヤー ノ(ヴ イチ エンツ ア) 皮 革 製 品 5,200 -5.0 -1.0 -2.0 カ ン ト ウ (コ モ ) 木 . 製 家 具 5,000 15.0 -5.0 -ヴ イ テ_ル ポ 陶 器 3,200ノ 3.0 .5.0 18.0
出典◆CENSIS,p.26:PanelLocalismi1992
なお、変化率は1991から1992にかけてのものが主であるが、プラト、ビエッラ、コモについては1990/1991のヂ-タと なっているQ 上 記の表に も現 われてい るよ うに、国際的に も名 高 い産地が、90年 に入 り、苦戦 を強 い られてい る一 方 で、雇用数 、企業数 、生産 高 にお いて、顕著 な伸 び を示 してい る産 地 もまた存在す る。上 記の うち、 例 えばベ ッルー ノは、ヴェネ ト州北東 のアル プス山 間に位 置す る小都市 であ る。製造業企業数507の う ち、333企業が 、 また住 民数約36,000人の うち、約 6分 の 1にあた る5,790人が 眼鏡 製造業 に従事 して い る。ベ ッルー ノでは、地 元工 業会 の青 少年 部会 が 中心 とな って、青 少年 の、地域産業 に対す るア イデ ンテ ィテ ィー を形成す るべ く、10時 間の カ リキュラ ムが 、高校 の正規 の授業 に組 み込 まれてい る。対 象 者 は次 の年 に最終年度 を迎 え る高校 生 (大学進学 を 前提 とす る リチ ェオ ・クランコ、商業高校 、職 業高校 ) であ るo コー スは 「ものづ くりの世 界」("iimondo delfareH)と名付 け られ 、「品質 管理 と技 術 革新 」 「地域 の経済的現実」「産 業 と行政 の望 ま しい関係 」 「経済学 入門」「期待 され る職 業 的専 門性 」 な どの内 容 で、既 に92年3月の段 階 で1,550人に対 し70コー スの実施 を完 了 してい る。 青 少年 たちに とって、地域 におけ る労働世 界の見 通 しが よ くな るこ とが 、彼 らの地域 に対す るコ ミッ トメン トを高め る もの であ るのか否か 、何 よ りもこ の コー スの実施 が若年 失業 問題 に対 して効 果 を有す るのか否か を、解 明 しない段 階 での評価 は不可能 で あ るが 、新 しい地域 資源 の発掘 とその有機 的連 関 を 模 索す る試み として指摘す るこ とは可能 であ ろ う。
く
引用 文献〉R.Boyer,Lajtexibilite'dutravailenEurope,LaD6 -couverte,1986(井上泰夫訳 『第二の大転換-EC統 合下 の ヨー ロ ッパ経済』、藤原書店、1992年 ). A.Bagnasco,TyleItalie-LaProblematicatem'torklle
dellosviluppoihtliano,IIMulino,1977.
(acuradi),L'alt71ametaldell'economkl:
Lan'cercaInternazionalesull'economiainformale,
LiguoriEditore,1986.
La costruzione soc由Ie del mercato, II Mulino,1988.
ThelnformalEconomy,CurylentSociology, Vol.38No.2/3,Autumn/Winter1990,SAGE Publications,1990.
(acuradi),LacittadopoFord.・ZIcasodi Torino,BollatiBoringhieri,1990.
G.Becattini,FlexibleSpecializationandIndustrial Districts:theltalin Expea rience,inTheEconomic 劫 sisofECMay:betIntegyatlion,atthe15thlnter -nationalSymposium,HoseiUniversity,November 20-22,1992.
7-281 長野大学紀要 第15巻 第2号 19931
G.Bonazzi,Stoy由delpensierooygani: zzativo,Angeli, 1989.
L.Bovone,Storiedivitacomposita:Unaricerca sullescelteesistenzialideltagenerazionedime -zzo,inL.Bovone(acurddi),Ston'edivitaco m-posita:Un n-ce71CaSullesceleieesisienzhllidella generazionedimezzo,FrancoAngeli,1984. M.A.Cappiello,Crisisociale,strati丘Cazionesociale
edeconomiesommersa,inA.Bagnasco(acura di),L'altrame由dell'economiaIlariceyICainter・
nazioク∽lesull'economhzinJTormale,LiguoriEdi -tore,1986.
C.Carminucci,Illocalismocambiapelle,G詑ZethZ delh11%cohzInd桁irhz,N.214,Con丘ndustria,1992. Censis,260RaPPoriosullasitMZionesocialedelbZeSe
1992,FrancoAngeli,1992.
Confindustria,Lette71a dall'industrhl,N.4Aprile, 1992.
Ice・Roma,Ihzly:Theuniqueroleofiかlocalecono一 mies,MarsilioEditor,1989.
M.Lelli(acuradi),EtadelhiuibZ,industriaeservizi, EdizioneLavoro,1989.
G.Lorenzoni,L'impresaeildistretto,Gzzzeth2de -1klIYccohZIndustrh7,N.211,Confindustria,1992.
A.Martelli,Subfomitura:UnaFabbricapiu'snella, Mondokonomico,24ottobre1992.
P.perulli,Aspettiterritorialidellacooperazionetra capitaleelavoro,inG.Bonazzi& A.Pichierri(a curadi),Lavoro,tecnologieorganiZZaZionedell'im・
presaenuovejToymediconsenso,Sociologiadel Lavoro41-42,FrancoAngeli,1990.
A.Pichie汀i,Cooperazione,regolazionepolitica,su一 ccessoeconomiconelleformazionisocialilocali, inG.Bonazzi& A.Pichierri(acuradi),Lavoro, tecnoloBie,organizzazionedell'impyleSaenuOVe fomiediconsenso,SociologiadelLavoro41142, FrancoAngeli,1990.
PioreJ.& Sabel
C
.,TheSecondZndustrhllDivide,
BasicBooks,1984(山之内靖 ・永易浩一 ・石 田あつ み訳 『第二の産業分水嶺』、筑摩書房、1993年 )0 P.Vinay,IIsecondolavoro,inM.Paci(acuradi),Famiglhzemercatodelh2VOrOin un'economhl PenjTen'ca,FrancoAngeli,1980.
山田鋭夫 『レギュラシオン・アプローチー21世 紀 の経 済学』藤原書店、1991年。