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真宗教学研究 第5号(1981)

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報 恩 『報恩について』 道 端 良 秀 1 親驚における報恩について 浜 田 耕 生 6 真宗と報恩思想 坂 東 性 純 16 恩 と め ぐ み 鈴 木 幹 雄 26 宗意安心を表す用語に於ける宗祖と 藤 谷 海 32 蓮師の異同に就いて 本願における唯除 経 隆 優 39 一一人間の課題一一 大行論の生成とその今日的課題 田 代 俊 孝 47 現 生 正 定 豪 延 塚 知 道 55 一一『浄土論註』に依ってーー 唐道宣の戒体論について(序説) 大 津 伸 雄 64 真宗関係古浄瑠璃展開の特質 沙 加 戸 弘 73 寛 文12年11月まで一一 宗祖用語の二,三について制 藤 谷 大 国 79 一一九自力他力と自利利他(2)一一 昭和55年度教学大会発表要旨 三好智朗 芳原政範 89 村地哲明 小山正文 中 村 薫 木村宣彰 田端哲哉 小 倉 求 西尾京雄

昭和

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真 宗 同 学 会

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如来常住と悉有仏性

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︿ サ l ラ警部﹀ 横超慧日著 B6 判二七二頁二三

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円 無常・苦・無我・不浄の世界から完全に解放された常・楽け 3 ・我・浄の世界、これが仏教における理想境︿浬繋﹀の在帥引 り方であり、これを徹底的に解明しようとした﹁浬繋経﹂伊貯 の構成とその思想内容を具さに解説された碩学の名著。初レ柑 めて仏教に入ろうとする人々のための第一関門の指導書と臼臨 もなり、また仏教修行者を率いてゆく強い指導力の根源と条振 も な る べ き 書 。 ︿ 新 刊 ﹀ 一 土 か

或宰患思乃征則定叩

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佐々木教悟編 A5 判七一四頁九五

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円 相 ト 仏教の戒律思想がインドを基点としてアジアの各地に伝揺沖灯 したあとを思想史的にあとづけるとともに、諸系統・諸部相王悶 派・諸宗派の学説のなかにいかなるかたちで取り入れられ応竜 ていったかを考察し、さらにそれぞれの民族と社会にむけごヨ る律法思想に対していかなる影響を与えたかを究明した二円必 十一し章より成る大著。詳細な研究文献を付す。︿新刊﹀書目

仏教における生死の問題特

日本仏教学会編 A5 判 五 一 川 町 内 頁 六 九

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円 2 F 仏教は生死をまよいとしてとらえ、生死よりの出離・解脱主ー をめざして、いずれの教学や行道もこれを共通の課題、被 本の課題とする。この本はインド・中国・日本にわたり、 各時代・各宗派にまたがって生死の問題のとらえ方を考察 した研究成果。ひろく仏教徒・研究者にむくるそれぞれの 専 問 学 者 に よ る 三 十 二 篤 の 論 文 集 。 ︿ 新 刊 ﹀ (〒600)京都市正面烏丸東 振替京都2743・電話343-0458 妙音院了祥著

歎異抄聞記

古来から本書は各時代の学匠から歎異抄研究の好指針として絶賛推 賞されているものである。往生要集・選択集・教行信託・御文等と の関係でくわしく解説されている点においても、現在もなおこれを 超 す 書 は な い 。 広 瀬 果 著

真宗救済論価刊誌∞閉

﹁この書は自分の徹底しえなかったものが明快にせられ、雑想して いたものが純化された喜びを感ずる﹂とは故金子大栄師のことば、 著者が生命をかけての求道のあとをあとづけた書。 細川行信著 守 宅 b d n 由 丸 事 ﹁

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誌も﹁ L 価 六 八 OO 円 E t y t

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1 ﹂ 一 T 三 五 O 円 さきの﹁真宗成立史の研究﹂によって法然から親駕への伝承を明確 にし、いま本書では、歎異抄・唯信抄の研究の歩みを論究すること によって、親鴬の晩年に教固化して行く念仏者の信心の推移を伺う。 寺川俊昭著 為 ι 円 回 宜 可 晶 曲 F 門

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叫 必 品 目 白 周 回 一 円 〒 三 五 O 同 信仰批判の書﹁歎異抄﹂を、﹁教行信証﹂及び親鴬の晩年の諸著作と 対比してその差異に着目し、後期親鴬の思想構造の中に﹁歎異抄﹂ を位置づける。永年の労作、学位論文の公刊。 堤 玄 立 著

広い思想的視野に立ちつつ、しかも着実な仏教学的基盤と伝統の京 学をふまえて真宗を思想的に明らめようとするものであり、その洞 察力の鋭さと新鮮さは一読すれば知られよう。ー星野元豊序 価 五 五 OO 円 〒 四 OO 円

法 蔵 館

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﹃報思

1

て ﹄

『報患について』 かつて私は﹃儒教倫理と仏教﹄という本を出しました が、孝ということを中心にして書いたことがございます。 ところで、孝とは親に対する報恩だと考えられますが、 中国では、儒教の方では、どうなっているのか。儒教で は報思ということがあるのかどうか。そういうことを少 し考えて見ょう、と思いました。仏教では、国王の恩、 師の恩、父母の恩、衆生の恩という四恩を説くけれども、 儒教にはそういうことがあるのか、ないのか。だいたい、 辞典など引いて見ると、謝思とか感恩とか報恩とかいう ような語が出て来ますけれども、何か仏教的なことばが 多いようです。そうすると、中国での恩の思想には、仏 教が入って来てからの仏教的な要素が多いのじゃないか。 だから、真に儒教的な、本来中国的な、報恩とか恩とか いうものは、仏教が入って来ない前のものを見なくちゃ 1

いかんのではないか。資料的にいってですね。 そういうことから、仏教が入って来るのは漢代ですか ら漢代以前の四書五経といわれる儒教の古典の中から、 思という字をさがし出して見たらどう、だろう。こういう ことを、まず、考えました。そして、四書五経の中でも、 礼記というもの。これは最も古い、仏教の影響のひとつ もないものであるし、しかも人々の日常生活の、冠婚葬 祭やら、儀礼いわゆる礼儀作法などが書いてある本です。 それを材料にして、その中に何か恩ということが書いて なかろうか調べて見ょうというわけで、それにとり組ん だわけなんです。これは実にたいへんな事で、何といっ ても中国の古典中の古典で、読み方も普通の読み方と違 うし、後代の註などをたよりにして読まねばとても理解 のできないものです。ですけれども、そんな、鄭玄の註

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2 だとか朱子の註だとかをいま集めて、読み出すとしたら、 時間的にどうにもならんし、ということで、昔早稲田大 学から出た漢籍国字解をまずよりどころとして、いろい ろ読んで見た。そうして﹁儒教倫理と恩﹂という論文を 書きました。そこで、今はそれによって、礼記に出てい る恩とはどういうものかを、少しここでお話して、私の 責任を果したいというわけです。 それでは、礼記の中に何か恩ということが出ているか と申しますと、礼記の下の経解第二十六に﹁喪祭の礼は 臣子の恩を明かにする所以なり﹂という句が出て来たの で、私は鬼の首をとったように思って喜びました。喪祭 の礼ということを、中国では厳重に行います。近年に至 るまでそうであります。私どもが戦前中国に参りました 頃にも、中国人の家庭で、裁がまだ死なぬうちに親のた めに立派な棺をこしらえて用意している。親はそれを見 て喜び、よい子をもったと誇りにしている、ということ を見てびっくりしたようなことであります。葬式その他 の杷り、これを宗取の紀りというのでありますが、儒教 ではものすごく厳重に行います。因みに、仏教が先祖を 杷るということ、年回とか七七四十九日のこととか、こ れは仏教が中国べ入ってから中国の喪祭の礼にならって 行われるようになったことで、元来仏教にはないわけで す 。 そういう喪祭の礼は臣子の恩を明らかにするゆえんな りと礼記に出ている。服喪の仕方、喪の期間父であれば どうする、子であればどうする、ということが厳重に定 められている。そのことについてはいろいろ研究も出て おりますが、その喪祭が厳重な方向は恩である。臣子の 恩を明らかにする所以である。君に対し親に対しての恩 を明らかにするために喪祭の礼をしたんだ、というので ありまずから、礼記の中で、仏教に全く関係ない中国の 礼として、恩ということはやはり重視されていた、とい うことはこれで明らかなようであります。 そして、やはり礼記の喪服四制第四十九の条の下に、 恩とは仁なりということがでています。これにも私はび っくりしたわけです。かつて﹃儒教倫理と仏教﹄の中に、 儒教は仁を説く、そして仁とは孝なんだ、ということを、 いろいろな方面から立証しておいたわけですが、そうす ると、儒教は仁である、仁は孝である、といったのです が、ここに礼記に思とは仁なりということが出ていると なると、儒教は仁なり、孝なり、というのと同様に、儒 教は思なり、儒教は思を説く、恩の一宇を説くのだ、と

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『報恩について』 いうことになる。恩は孝であり、仁である、ということ になってくる。儒教は仁であり孝であることは前に立証 しましたから、そこでさらに、恩は仁なりとあるから、 儒教は恩を説くのだということを立証したことになりま す。もちろん孝とは何かといえば、いわゆる親の恩に報 いることなのですから、それは恩である。恩あるがゆえ に孝があるのである、というところへ出て参りまずから、 儒教は仁であり孝であり恩であると続けて言えるようで あ り ま す 。 さらに、礼記の喪服四制の中に喪服のきまりの記述が ございまして、喪に服するのにどうしたらよいか、色々 書いてあります。それについて諸橋轍次氏の﹃支那の家 ざんさい 族制﹄の中に宗廟のことも書いてございますが、斬衰と いうことがある。斬とはここではきることではなくて、 喪の中に斬衰がある。斬衰三年という。親の喪はコ一年間 せにゃならぬ。その喪に服している三年間に着る服は、 全然裁つことをせずにただ布をそのまま身に纏うて、悲 しみの情をあらわず。喪服四制の中に出ているのですが、 そうすると子が親のために斬衰三年するわけですが、親 のためといっても父親にだけで、母親にはせぬわけです。 これがやはり中国の、いわゆる封建制、男尊女卑、儒教 3 的な一つの制度で、父親には斬表三年をするけれども、 母親には一つ下の斉衰ということを三年やる。これは、 あらい布のようなものを単に縫い合わせて着るのであり ま す 。 どうも不思議に思うのは、その斬哀を子供が親 にするだけでなくて、父親が子供のためにするというこ とがあるのです。どうしてかというと、子供、といって ももちろん長男ですが、長男は自分のあとを継いで先祖 を杷ってくれるべき尊い人だから、その子が死んだ場合 には親は子のために斬衰三年の喪に服する、と書いてあ る。まあそれはそれで理由が立ちますけれども、色々ど うも、どういうことか理由の解らないことがたくさんあ るわけです。子が母親にだけでなく、父親の妾のために も﹁慈母﹂として同じように斉衰する。中国では妾とい っても一人や二人でなく、時には何十人もいる。妻妾を 多くもてばもっ程よい、とされる。なぜよいかと言えば、 子供がよけいできるから。子供がよけいできりゃそれが 一番親孝行である。親孝行とは子供をよけい作るという ことなんです。なぜかというと、先祖を杷るためである。 その代り、三年にして子無きは去るということもそこか ら来るわけです。子がなければ先祖を記ることができな ’ − ゃ , − 、 JJ ふ /

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4 そういう妻はかえって妾をもらったりして当然 なのですから、そういうのが儒教の思想なんです。子宝 という考え方。そこから、今日でも有田焼なんか見ると 茶わんに男の児の絵などが描いてある。丸々と太った男 の児、これが中国では何といっても一番喜ばれる。正月 になると丸々と肥えた子供の絵が街で売られたりします。 同じ意味で、おめでたい時に棄を贈る習慣もあります。 ざ お ず ざ お ず これは寵子と早子とが同音であるから、早く男の子が出 来るようにという意をこめて贈るのです。そういうわけ で、長子のために親が斬衰に服するというのは、先祖を 大切にするという所から来ているのであります。 ところで、仏教と違いますのは、仏教では裁といって も慈母、母が中心ですけれども、中国では親といったら 父にきまっております。母などは、中国の色々なものを ご覧になればお解りになるように、法律でも元︵げん︶ の法律なんかでは女はもの、財産となっています。です から、父母といっても父と母とでは非常に扱いが違う。 仏教では親といえばほとんど父でなく母が出て参ります。 よく知られている父母恩重経など、父母と書いてはある けれども読んで見ればほとんど母のことばかりです。父 のことは一つもでていない。ただ母の苦労を書いて母に 、 、 , 、 ’v 品 川 H p e v d 孝養を尽くせと訓える。というようなわけで、仏教では いつも母のことがでてくるけれども、儒教では母など出 て来ません。いつでも父です。そして父は子の天である。 こういう考え方が白本の家庭に入って、いまだにあり ます。日本の家庭には儒教の家族制が今日まだまだ残っ ている。私は、日本は世界一の仏教国でありながら、家 族制度がどうしてこう仏教的でなくて儒教的になってお るのか、不思議に思います。特にお寺がそうなのですね。 お寺は仏教の寺でありながら儒教の家族制度に支配され ている。私がどこかの寺へ行きまして、寺族といっしょ に御飯を頂くことになると、住職と私だけがチャンと高 い膳で食べて、そこのお母さんと子どもたちは隅の方の 円テーブルでチョコチコと食べている。こういうような ことは今後改めて行くべきではないかと思います。 親は子の天なり。天子は絶対者です。それがそのまま ずっと諸侯から一本の線に繋がって知事とか市長とかあ って、そして最後は家族の中の父に来るわけです。これ が儒教の社会です。だから親は絶対です。親の云うこと は聴け。親だからです。何もほかに理由はございません。 それが天子です。中国の天子とはそういう絶対者ですか ら。もちろん、孝ということ、宗廟の祭ということも同

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『報思について』 じでございます。 さて、仏教には四恩ということがあるが、儒教ではど うなんだろうというと、もちろん天子に対しての恩は当 然でありますし、それから師の恩も当然であります。こ れは、色々な例を出さなくても、三尺下って師の影を踏 まずと日本でも言われているように、師の恩を言います。 それから衆生の恩でありますが、儒教に衆生の恩、社会 の恩、みんなの思というようなことをどこかで言ってい るかどうか。それを調べて見ますと、やはり儒教でもそ れはあるのだ、ということになりました。それはどうい うことかと申しますと、諸橋氏の﹃支那の家族制﹄の中 にもでておりますし、どなたでもお解かりのようですけ れども、ずっと古い祭りに周の春官というもの、大宗伯 という祭りをする役人がいるのですが、その古代の祭り を三つに分けて、天神と人鬼と地祇とする。天神とは、 天とか日とか月とか五帝とか星とか雨の神様とかいうも のを九つ挙げています。地紙というはこれを分けては地 とか社とか五記とか五岳とか五鎮、湖とか海とか川とか 丘とか、そして最後に、四方百物の神と書いてあります。 そういうことで地祇の中に十一を数えています。そうす 5 ると天地一切のものをやはり神としておがんでいるとい うことがいえる。仏教にいわゆる衆生の恩とちょっと違 いますけれども、儒教ではあらゆる実際の物を神として おがんで、そのお蔭によって自分が生活をしているから とそこに思を感じて、神として崇めてゆくところに、仏 教にいう衆生の恩とあい通ずるものがあるのでないか。 やはり衆生の恩のごときものを感じて、実際のもろもろ の物に感謝しているのではないか、と考えられます。 そう考えて見ますと、儒教でも仏教と同じように四恩 の考えがあったのである。しかも、恩という字をチャン と用いているのだ、ということが明らかになりました。 私のこの調査は礼記だけでやったので、外に色々なもの をも見ましたならば、もう少し何かが出て来るかもしれ ませんし、またこれに対する反論もあるに違いないと思 いますけれども、今のところ、このような方向で、儒教 と報恩ということについて、調べて見たところだけをお 話し申し上げて、今日の私の責任を終えたいと思います。 御静聴ありがとうございました。 ︵ 光 華 女 子 大 学 名 誉 教 授 ︶

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6

親驚における報思について

一 、 報 思 の 義 真宗をいう場合、古来報恩を問うに、信心正因称名報 恩のパターンで論議されてきた。それは安心の問題とし て肝要な部分をもっているが、報恩の意義内容を論ずる ものではなかったようである。信心を獲、往生一定と知 らされた後の称名はいかなる意義をもつか、内に信心獲 得すれば称名する行相のもつ意義は報思である、などの 論であった。そのとき報思は如来の本願成就の姿として あらわれるところとなっており、恩にむくいるという意 味 を も つ の で あ る 。 宗祖、親驚においては﹁に報いる﹂と使われるときは、 ﹁報といふはたねにむくひたるゆへなり﹂︵唯信妙文意 聖 全 二 ・ 六 一 ニ 一 頁 四 行 ︶ と い う 如 く 、 た ね 、 因 に そ な わ る 作 用

持 庁 占 有

によってもたらされるところに使われ、﹁妙果上願に酬 い た り ﹂ ︵ 同 上 聖 全 二 ・ 四 四 七 頁 三 行 ︶ の ﹁ 酬 う ﹂ と 同 義 で あ る 。 報 恩 の 場 合 、 ﹁ 恩 を む く う ﹂ ︵ 聖 全 二 ・ 王 者 頁 ・ 一 一 一 一 行 ︶ であったり、﹁大悲弘誓の思を報ずベし﹂︵正信偏聖全 ニ ・ 回 四 頁 三 行 ︶ 、 ﹁ 大 悲 伝 普 化 真 成 レ 報 = 仏 恩 一 ﹂ ︵ 信 巻 引 用 文聖全二・七七頁三行︶の如く、﹁を﹂が使われて区別さ れる。前者は一つの作用の具体化が表現されている。後 者はある行為作用をもととして他の営みがおこされてい くところにいわれ、同類の営みであったり変更があった りする。﹁報いる﹂というのは、平安初期点の訓法にも ① 見出されるところであって、親驚独自の訓法ではないの である。﹁報﹂はもともと罪人が法律にてらして相応の っとめをはたすことをあらわす文字とされる。報恩とい うとき、自分にむけられた恩があり、そのはたらぎに相

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親驚における報恩について 応の営みをしていくことを意味するとみられるのである。 これを詳しくするに、﹃正信念仏偽﹄を作るに当つて の備前に引くところの﹃論註﹄が注目される。﹁知恩報 徳理宜先啓﹂といわれるのである。わが心に印象づけら れためぐみ、それを知るのみでは報思とはならない、わ が心にめぐみとして印象づける何ものかの本性、真宗を いうときは如来の慈悲であり誓顕である、ぞれのすなお なはたらきをうけとめる。親驚が﹃化身土巻﹄︵聖全二二 O 二 頁 一 回 行 ︶ に 爾既書ニ写製作一図ニ画真影一是専念正業之徳也是決定 往生之徴也 と仰せられるのは、恵みとそこにあるはたらぎを判然と されていることが知られるのである。そうしたはたらぎ を受けてどうするか、そこに報恩があらわれる。厳しく は報徳である、乾いた砂が水をのみこんで流れを終結さ せるようであっては報恩はあり得ぬ、徳用の流れをたと え地下に潜ろうとも継続させねばならない、流れをおこ すのである。﹁理先ず啓すべし﹂とあるのはうけた恩に ついてそのすなおな用を閉じこめることなく、閉じこめ るものを打ち聞いて展開なさしめることを指すものと考 え る べ き で あ ろ う 。 7 親 驚 は 、 ﹁ 為 ニ 知 恩 報 徳 一 披 ニ 宗 師 釈 一 ﹂ ︵ 行 巻 四 ゴ 一 頁 回 行 ︶ 、 ﹁ 仰 ニ 師 教 恩 厚 一 : : : 因 レ 悲 紗 ニ 真 宗 詮 一 掠 ニ 浄 土 要 ﹂ ︵ 化 身 土 巻 末 聖 全 二 ・ ニ O 三 頁 ニ 行 ︶ 等 と 仰 せ ら れ て 仏 徳 師徳をうけて言葉をつづることを挙げておられる。次に そうした言葉を検討調査して報恩の義を明確にしたいと 考 え る の で あ る 。 聖 全 二 ・ 二、叙述に見える﹁報恩﹂ 宗祖、親驚が﹁報恩﹂にどのような意識をあらわして おられるか、具体的な使用の仕方によって調査したい。 まず﹁恩ヲムム﹂というものを調べると、﹁恩ヲ知ル﹂ が十一、これに類する﹁思イシルベシ﹂﹁オボシメス﹂ があって、小計十四。﹁恩ヲ報ズ﹂が二十三︵﹃略銘文﹄ を加えると二十五︶﹁謝ス﹂が三あって、小計二十六︵二 十八︶で﹁知ル﹂より多い。この他に﹁念ズ﹂﹁仰グ﹂ ﹁安堵ス﹂﹁迷失ス﹂で六、総じて四十六︵四十八︶の ﹁ 恩 ヲ ム ム ﹂ が 見 出 さ れ る 。 次に﹁ムムノ思﹂を調べると次の如くになる。

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仏恩、みだの思、如来大悲の恩、大悲弘誓の思

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師恩、師教の恩、菩薩の恩、仏法興法の恩。

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恩徳、大恩、慈恩、恩。

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8 に分けられ﹁仏恩﹂が最も多く、次で﹁恩徳﹂が多く使 わ れ て い る 。 このような状況の中で﹁知恩﹂と﹁報恩﹂に関連せる ところを分析してみよう。 付知恩に関連して N Y テ ノ ヲ ユ ヌ ノ ナ ル コ ト ヲ テ ピ 敬エ信真宗教行証一特知ニ如来恩徳深厚ベ斯以慶レ所 タ ズ ル ナ リ レ聞嘆レ所 ν 実 。 ︵ 総 序 聖 全 二 ・ 一 一 貝 二 行 ︶

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信 一 一 知 仏 思 深 遠 一 作 ニ 正 信 念 仏 偽 一 ︵ 行 巻 聖 全 二 ・ 四 一 一 一 頁 七 行 ︶ U Y テ ノ ナ ル コ ト ヲ ル

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信 ニ 知 仏 恩 深 重 一 作 − 一 念 仏 正 信 用 四 一 ︵ 文 類 緊 妙 聖 全 二 ・ 四 四 七 頁 九 行 ︶

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獲 = 得 金 剛 真 心 一 者 : : : 必 獲 一 一 現 生 十 種 益 一 : : : 八 者 知 恩 報 徳 益 ︵ 信 巻 聖 全 二 ・ 七 二 頁 六 行 ︶ シ タ テ 一 ν り ヲ ニ ヲ フ テ ノ

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久 入 − 一 願 海 一 深 知 ニ 仏 恩 一 為 三 報 − − 謝 至 徳 一 一 京 一 真 宗 簡 要 一 恒 常 称 − 一 念 不 可 思 議 徳 海 一 ︵ 化 身 土 巻 本 聖 全 二 ・ 一 六 六 頁 四 一 行 ︶ 如来大悲の恩をしり称名念仏はげむべし︵正像末和讃 聖 全 二 ・ 芸 一 一 ニ 頁 下 二 行 ︶

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大師聖人の御おしへの思徳のおもきことをしりて ほねをこにしても報ずべしとなり。:::恩をむく ︵ 真 像 銘 文 聖 全 二 ・ 豆 七 回 頁 コ 一 行 ︶ 1 2 3 4 5 う べ し と な り 。

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師主のおしへをおもふに弥陀の悲願にひとしとな り。大師聖人のおしえの恩おもくふかきことをお も ひ し る べ し と な り 。 ︵ 同 聖 全 二 ・ 宅 四 頁 一 O 行 ︶ とがとなるべきことをしらずば仏思をしらずよくよ く は か ら ひ た ま ふ べ し ︵ 御 消 息 集 聖 全 二 ・ き 三 頁 七 行 ︶ 自然のことはりにあひかなはば仏思をもしり、また 師 の 恩 を も し る べ き な り 。 ︵ 歎 異 紗 聖 全 二 ・ 七 七 七 頁 ニ 行 ︶ 知思は@﹁入願海﹂﹁獲得金剛真心﹂、@﹁教行証を敬 信す﹂﹁自然のことはりにあひかなう﹂、この二種条件に おいてありうる。知恩によりてなすべきこととして、。 ﹁徳を報ずる﹂が最も多く、@﹁慶喜する﹂﹁称名念仏 はげむ﹂などがある。。@の中、@の場合は知恩がなく とも@@の姿として認められるところにして、知恩のも たらすものとしては@が注意せられねばならないと考え ら れ る 。 同報恩に関連して 1 仏 思 を 報 ず る こ と と な る 条 件 は 一 一 一 類 に 分 け ら れ る 。

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正定の因の獲得 ・ 信 心 ま こ と に う る 人 ︵ 浄 土 和 讃 ︵ 同 聖 全 二 ・ 四 九 一 頁 下 回 行 ︶ ・金剛心をえんひと︵浄土和讃 6 7 聖 全 二 ・ 四 八 五 頁 上 五 行 ︶ 聖 全 二 ・ 四 九 六 頁 上 凡 行 ︶

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︵ 行 巻 聖 全 二 ・ 空 一 頁 穴 行 ︶ −信心の智慧に入る 行 ︶ ︵ 正 像 末 和 讃 聖 全 ニ ・ 至 。 頁 上 三 −信楽まことにうるひと︵正像末和讃 下 八 行 ︶ 聖 全 二 ・ 豆 一 九 一 貝 −他力の信をえんひと︵太子和讃 聖 全 二 ・ 吾 一 室 長 中 一 O ,−− fJ

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ありがたき仏法にあうたことを慶ぶ ・大師聖人の御おしえの恩徳のおもきことを知る ︵ 真 像 銘 文 ︵ 略 ︶ 聖 全 二 ・ 毛 田 一 良 三 行 ︶ ︵ 同 ︵ 広 本 ︶ 聖 全 ニ . 五 究 頁 一 四 行 ︶ 親驚における報恩について −弥陀の御ちかひにまうあいがたくしてあいまらす る ︵ 御 消 息 聖 全 二 ・ 苫 ニ 頁 七 行 ︶

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往生一定を決したひと − 久 し く 願 海 に 入 る ︵ 行 巻 聖 全 二 ・ 一 六 六 頁 四 行 ︶ ・ 浄 土 に 帰 せ し ひ と ︵ 浄 土 和 讃 聖 全 二 ・ 君 。 頁 上 八 行 ︶ ・ 裟 婆 永 劫 の 苦 を す て る 人 ︵ 高 僧 和 讃 聖 全 二 ・ 五 一 一 頁 中 八 行 ︶ −わが身の往生一定とおぼしめさん人︵御消息 二 ・ 六 九 七 頁 七 行 ︶ 附

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報じ得ぬもの 聖 全 9 ・ 一 心 を え ざ る 人 ︵ 高 僧 和 讃 聖 全 二 ・ 豆 完 頁 上 八 行 ︶ −仏智のふしぎをうたがう人︵正像末和讃聖全二・豆 一 一 = 一 頁 中 回 行 ︶ これを要するに、機からみるか、法から表現するかの 相異にして、仏智をうたがわず一心を得るところに報恩 の実践があるという見解であることが知られるのである。

2

報恩が実態として存在するところ、これには四態が 考 え ら れ る 。

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憶念し弥陀をたのむ 的唯能常称如来号応報大悲弘誓恩︵行巻正信偶聖 全 二 ・ 四 回 一 良 三 行 ︶ 的憶念の心つねにして仏恩報ずるおもひあり︵正像 末 和 讃 聖 全 二 ・ 五 一 九 頁 下 七 行 ︶ 制一生のあひだまふすところの念仏はみなこと介\ く如来大悲の恩を報じ徳を謝すとおもふべきなり 聖 全 ニ ・ 七 八 五 頁 コ 一 一 行 ︶ ︵ 歎 異 抄 伺いよ

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弥陀をたのみ御恩を報じたてまつるにて こ そ さ ふ ら は め ︵ 同 聖 全 二 ・ 七 八 六 一 良 八 行 ︶ 制仏の御恩をおぼしめさんに御報恩のために御念仏 こ与ろにいれてまふして、世のなか安穏なれ仏法 ひろまれとおぼしめすべしとぞおぼえさふらふ

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10 ︵ 御 消 息

ω

教を録す 的奉ニ持如来教勅一而報レ恩謝レ徳︵略︶特知仏恩巨= 窮 応 一 同 町 ニ 同 町 ナ リ 浄 土 文 類 県 一 実 ︵ 浄 土 文 類 緊 紗 聖 全 ニ ・ 回 目 一 ︸ 一 頁 四 行 ︶ シ ヲ シ テ ヲ ラ ジ テ ヲ ニ ズ ノ 的採=集真言一紗=出師釈一専念=元上尊一特報=広大 恩 一 ︵ 同 聖 全 二 ・ 四 四 七 頁 七 行 ︶

ω

念仏を十方に弘む 的仏慧功徳をほめしめて十方の有縁にきかしめん、 信心すでにえんひとはつねに仏恩報ずベし︵浄土 和 讃 聖 全 二 ・ 四 九 一 頁 下 一 行 ︶ 聖 全 二 ・ 克 七 一 貝 七 行 ︶ 的他力の信をえんひとは仏恩報ぜんためにとて、如 来二種の廻向を十方にひとしくひろむべし︵正像 末 和 讃 聖 全 二 ・ 喜 一 六 頁 中 九 行 ︶ 助一念のほかにあまるところの御念仏を法界衆生に 廻向すとさふらふは、釈迦弥陀如来の御恩を報じ まいらせんとて十方衆生に廻向せられさふらふら ん は さ る べ く さ ふ ら う ︵ 御 消 息 集 聖 全 ニ ・ 完 九 頁 一 ゴ 一 , − 1T 、町ノ 川門た日ひがふたる世のひとびとをいのり弥陀の御ち かひにいれとおぼしめしあはば、仏の御恩を報じ まいらせたまふになりさふらふべし︵御消息集 全 二 ・ 七 一 O 頁 八 行 ︶

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粉骨砕身 肋 骨 を 粉 に す る ︵ 真 像 銘 文 聖 全 二 ・ 毛 四 一 員 三 行 ︶ ︵ 聖 全 二 ・

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頁 一 行 ︶ 的 身 を 粉 に す る ︵ 正 像 末 和 讃 聖 全 二 ・ 芸 一 一 ニ 頁 上 ニ 行 ︶ 肋 身 を く だ く ︵ 真 像 銘 文 聖 全 二 ・ 五 七 回 頁 三 行 ︶ 附助報恩にならぬこと −念仏をとZめる︵御消息集聖全二・七 O 二 頁 七 行 ︶ かくの如きことがあげられる。仰によれば念仏をとど めることなく、如来の廻向の弘まりに連がるものが報思 であることになる。

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は念仏が現成しているところであ るが、その中に﹁仏恩報ずるおもい﹂が存することを仰 せられたことは爾後に影響を与えたものと思われる。そ の﹁報ずる思い﹂を具体的にあらわすのが

ω

ω

で あ る 。 如来の廻向を身口意三業を通じて世間的にする。その場 合、たとえ信心を獲たものでも、獲たものがつくり出す のではなく、わが身に受けたところの法自体が世の中に 弘まるよう、受けいれられるよう、媒体となる。そうな るところに報恩の義が見出されているといえよう。川刊は 決意表明的に受けとられるが、むしろ、慶喜の一念にお 聖

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いて報恩行が展開することをあらわすものと考えるべき で あ ろ う 。 、報思の基盤と系譜 親驚における報恩について 前項において、知恩から報思がおこされることが知ら れ、報思のおもい、報恩の実践、この両者のおこること が親驚の言葉の上に見られた。そこで明らかにすべきこ とは﹁報ずる﹂へ趣かせるのは何か、ということであり、 親驚自身の上に見出すべきである。 宗祖、親驚は仏恩を知るときのことを次のようにのべ て い る 。 −愚禿釈親驚慶哉︵略︶敬二信真宗教行証寸特知ニ如来恩 徳 深 一 ︵ 総 序 聖 全 二 ・ 一 頁 一 O 行 ︶ ︹信知聖道諸教云々︺浄土真宗者在世正法像末法滅濁 悪群萌斉悲引也︵化身土巻本聖全二・一六六頁六行︶ ・霊愚禿釈親驚信ニ順諸仏如来真説一披一一閲論家釈家宗 ス ヲ エ テ ノ ナ ル ヲ 義 一 ︵ 略 ︶ 遂 出 ニ 明 証 ↓ 誠 念 ニ 仏 思 深 重 二 五 々 ︵ 信 巻 別 序 聖 全 二 ・ 四 七 頁 四 行 ︶ ニ シ タ テ ユ タ ν リ ・ 委 久 入 − − 願 海 一 深 知 = 仏 恩 一 云 々 ︵ 化 身 土 巻 本 六 頁 四 行 ︶ − 慶 哉 樹 エ 心 弘 誓 仏 地 一 流 ニ 念 難 思 法 海 ベ 聖 全 二 ・ 一 六 11 タ 9 テ ノ 深 知 = 如 来 持 京 一 ト ニ グ ノ 良仰二師教恩厚↓︵化身土巻後序翠全二・ニ O 一 ニ 頁 一 一 一 行 ︶ これらによるに、濁悪の群萌を悲引したもう如来の斡 哀を深知するというのが知思の端的な表現であり、真宗 の教行証といい、明証を見出したというのは群萌が悲引 される道理を知るものと見るべきであろう。 ズ キ ニ ク ノ ニ −然常没凡愚流転群生元上妙果不レ難レ成真実信楽実難 ν 獲。何以故乃由=如来加威力一故。博因=大悲広慧力一故 Q ︵ 信 巻 聖 全 二 ・ 四 八 頁 七 行 ︶ ・若行若信元 ν有二事非三阿弥陀如来清浄願心之所ニ回向 成 就 一 非 ニ 元 レ 因 他 困 有 一 也 可 レ 知 。 ︵ 信 巻 聖 全 二 ・ 芙 頁 一 コ 一 行 ︶ これ悲引の実情をあかすところ、凡愚を願海へ入れし めずにはおかない威神力を具した如来清浄願心が凡愚に 回向成就して、真宗の行・信がその因縁を発揮して宏上 妙果が現実となる。そうなるのは他のことによるのでは ない。如来清浄願心のなす業、如来の持哀が凡夫に集結 せるに因る。かくたしかに知られたといわれるのである。 ﹁非元因他困有也﹂は曇驚が三種荘厳の成就の説明に使 っ た 言 葉 で あ る が ︵ 聖 全 一 ・ 一 三 一 六 頁 一 O 行︶それを凡夫の妙果 にひきよせて使い、﹁可知﹂と念をおしている。 以上によって、親驚の知恩の表明が知られたのである が、如来の持哀を知ったとき、どのようになるかが報恩

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12 を知る上で重要である。 ﹃ 大 経 ﹄ 流 通 分 に ν ラ シ テ タ 寸 ヲ ノ ノ ヲ シ テ セ γ コ ト ユ ル ノ 其有下得レ聞=彼仏名号一歓喜踊躍乃至一念 ι 当 レ 知 此 ス ト ヲ 人 為 レ 得 大 利 一 ︵ 聖 全 一 ・ 四 六 頁 一 行 ︶ とあり、又 ヲ テ ノ ヲ ラ シ 得 z 不 退 転 一 以 一 一 弘 誓 功 徳 一 而 白 荘 厳 云 々 ︵ 同 三 行 ︶ と見えている。如来の至心回向を知れるものは大利を hつ ける。大利を h つけることは自らが成長させられることで あって、弘誓の功徳を自らの相としていくこととなる。 又外に向って功徳の用をあらわしていくのである。 如来よりうける功徳によって変化がおこることは知ら れるが、それが報恩であるかは更に文証を求めねばなら な い 。 親 驚 は ﹃ 行 巻 ﹄ に ﹁ 為 一 知 恩 報 徳 一 披 ニ 宗 師 釈 一 ﹂ と 前 え お き し て ﹃ 論 註 ﹄ ︵ 聖 全 一 ・

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一 頁 一 行 ︶ を 引 用 し 、 ﹁ 知 レ 恩 報 ν徳理宜先啓﹂の義を重んじている。この文は﹃論註﹄ では孝子忠臣の動静は徳を報ずることによってある。そ のように菩薩が仏に帰された。そして﹁理宜先啓﹂であ った。それが親驚の引用は、帰仏のことは﹁出没必由﹂ で終り、﹁知恩報徳﹂は﹁理宜先啓﹂と﹁又所願不軽云 々﹂とにつながっている。恩を知り徳を報ずるありょう を問うているのであって、その答を﹃論註﹄に求め、徳 のいわれを彰し、報徳をまともに行う条件をあきらかに したのである。このような文意或いは意味内容の変更は 他にも見出しうるところであり、﹃正信偽﹄制作の意を 明らかにするものとして了解されるところである。 さて、報思の意義を確めんとする引用であった﹃論註﹄ によれば、報恩には、念仏成仏のいわれが所を得てはっ きりさせられることが第一である。浄信を得て誓願を外 に向って現わし、教行証を示すもよし、念仏の二種の回 向を十方にひとしく弘むるもよし、これらが﹁理宜先啓﹂ のすがたであって、﹁宜﹂は随縁し宿善に応じて説かれ、 その所をうることが要請されることを示す。次の﹁所願 不軽云々﹂は報恩を完徹することの難しさを知らせると 共に仏恩師教のもとにとげられることをいい、いよ/\ h 仰信していくところに報恩があることを示すのである。 こうした難しさを親驚は配慮しているといえる。﹃正信 偽﹄では﹁応報大悲弘誓恩﹂と報ずることに相応するの 意を把握させる。この他﹁おもふべきなり﹂﹁報じたて まつるにてこそさふらはめ﹂﹁:::とおぼしめすべしと おぼえさふらふ﹂など、含みのある表現を用い、行じて いくものの個々の対応を尊重すると共に、如来の威神力

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加被を示しているのである。 以上、報恩の思いの生起をみると、如来の斡哀を知り、 回向したまう大悲心にてわが身が荘厳される。そのすが たとしては称名であることは当然にして、真実の行信に 帰命するのである。そこに大利にあずかり、報恩がはじ まる。しかしそれは大利にあづかった凡夫の世界として ではなく、如来加被の下にて、教行証をこの世に詮して いく。このことが報思であると理解されるのである。 かような理解が許されるであろうか。七祖の上にふり かえることとする。先ず竜樹は次のように説いている。 − 一 シ タ テ マ ツ ル ・人能念コ是仏無量力功徳一即時入ニ必定寸是故我常念 ︵ 聖 全 一 ・ 一 ニ さ 頁 ︶ 親驚における報恩について ・ 仏 為 ニ 法 王 一 菩 薩 為 − 一 法 将 ↓ 所 尊 所 重 唯 仏 世 尊 。 是 故 応 エ 常念仏↓復次常念仏得ニ種々功徳利べ警如下大臣特蒙=恩 寵 一 常 ゆ 念 其 主 主 。 菩 薩 亦 如 レ 是 。 ︵ 大 智 度 論 大 正 二 五 ・ 一 C 九 一 貝 上 ︶ この中、後文について﹃安楽集﹄は三番の解を出し、 ﹃ 信 巻 ﹄ 真 仏 弟 子 釈 ︵ 聖 全 ニ ・ 美 頁 四 行 ︶ に 引 用 さ れ て い る 。 そ の 第 二 解 に ﹁ 為 ニ 報 恩 一 故 常 願 レ 近 レ 仏 。 亦 如 下 大 臣 云 々 ﹂ とある。そこでは世尊の長養を蒙って無量の行願が成じ た。仏に由っている、その仏に近づかんとするのであっ 13 て神力の中に入ることを示している。又、竜樹は﹁我応 報恩﹂を釈して 我 以 ニ 仏 恩 一 故 得 レ 道 。 我 亦 助 レ 仏 説 レ 法 度 ニ 衆 生 一 是 為 ニ 報 思 ペ 是 故 我 亦 愛 ニ 敬 過 去 仏 一 如 三 子 愛 ニ 敬 父 ↓ ︵ 大 智 度 論 大 正 二 五 ・ 四 四 五 頁 上 三 行 ︶ という。これをみれば、念仏ひろまれとすることの報恩 であることが諒解されるのである。 天親は﹁世尊我一心﹂という。﹃論註﹄によれば、こ ル ズ ル ニ ヲ れ は 天 親 菩 薩 の 帰 仏 に し て ﹁ 由 附 知 レ 恩 報 。 徳 ﹂ ︵ 聖 全 一 ・ ニ 八 ニ 頁 ニ 行 ︶ と あ る 、 仏 に 近 づ く の 究 寛 の 姿 で あ る 。 天 親 は その上において釈尊如来の経教の真実によって諸の備と 論を説き、仏の教と函蓋相い称うようにならんとせられ て い る ︵ 聖 全 一 ・ ニ 完 頁 四 行 ︶ 。 そ の ﹁ 与 仏 教 相 応 ﹂ は や が て 念仏ひろまれという思いと一致するのである。 曇驚・道縛にては引用せる他に報恩のことは見出し得 グ テ ヲ ないところであるが、﹃論註﹄に﹁智断具足能利ニ世間一 為 レ 世 尊 重 故 日 − 一 世 尊 一 ﹂ ︵ 聖 全 一 ・ 二 八 一 頁 三 行 ︶ と あ る ﹁ 智 断﹂等の八字は恩徳をいうのであってその体は大悲であ ② ると解釈するものがある。これによれば恩徳が仏と世間 との関係にみられていることとなり、恩徳を報ずるもそ の世間と仏との聞にはたらくものとなり、注目してよい

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14 の で あ ろ う 。 善導の場合は﹃定善義﹄﹃法事讃﹄﹃往生礼讃﹄﹃般 舟讃﹄に見ることができ、﹁報恩﹂に﹁法輸を転ずる﹂ ﹁普く化する﹂﹁長劫に仏を讃ずる﹂﹁砕身断謝す﹂な どのことがあげられている。その中で シ ム ν パ ダ ユ モ テ ヲ プ ル マ ヲ ヲ タ ズ レ ト ヲ

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若得三一人捨レ苦出二生死一者是名主真報ニ仏思一 ︵ 定 善 義 聖 全 一 ・ き 七 頁 四 行 ︶ へ テ ク ス ル 一 一 ル ズ ル ニ

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大悲伝普化真成レ報ニ仏恩一︵往生礼讃

O 行 ︶ 聖 全 一 ・ 奈 一 頁 の二文は共通するものをもち、﹃定善義﹄の釈を見るに、 諸仏が種々の方便をもって衆生を勧化せられる。今の時 の有縁を相勧めて浄土に生ぜしむるは即ち諸仏の本願の 意にかなう。この意味によって報思となるというのであ 岬 @ 。 これらによっていえるのは、親驚の見解が彼独自のも のとしてあるのではなく、竜樹以来の考え方によっても たらされていることが知られるのである。 ついでながら親驚以後の受けとり方はどうであろうか。 覚師は度々﹁仏恩報謝のっとめ﹂などと著に見られるが、 報患の義にふれているものはない。平生業成の義の上で 信をえた後の称名は仏恩報謝であるという程度、信心の 因による果としての称名、それは仏思報謝で誓願に催さ れて報果だというのである。又蓮師においても同様で、 ﹁仏智のもよおし﹂﹁仏恩の称名﹂といわれている。こ うした二師の仰せを考えるに、司会紗句義﹄に慧然師は ﹁ 等 流 相 続 称 ニ 名 仏 名 ペ 此 念 契 ニ 於 仏 意 べ 故 日 一 報 謝 仏 思 ↓ 難 レ 言 ニ 報 謝 一 体 是 大 行 也 。 是 日 一 信 心 必 具 名 号 一 ﹂ ︵ 真 宗 大 系 三 九 巻 ・ 二 五 回 頁 上 ︶ と 評 し て い る 。 如 来 の 恩 徳 の 中 に あ り て念仏ひろまれと他へ如来の用を及ぼしていくものでは なく、如来の用の中にあり往相の回向に終止するものと いえる。これは親驚が師教の恩致により辺の群類を化さ んとするものとは趣きそ異にするのである。 四 、 む す び 親驚において﹁報恩﹂とは﹁恩を報ずる﹂であって﹁仏 恩を報ずる﹂が最も多く、そこで表現される内容は、浄 信を獲るところに如来が凡夫を救済したもう因縁を如実 にあきらかにし、その因縁の中心たる如来の大慈悲のか さのもと、念仏弘まれと真宗の流通に身口意をつくすこ と で あ る 。 これは所調信心正因称名報恩が平生業成の義において いわれるのとは異なり、祖師がたがそうであった如く、

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真宗を﹁宜説し﹂﹁顕わず﹂のであり、如来の神力にて 然らしめられるというのが実感にして、世間にはたらき を及ぼしていく義をもつのであって、﹁正信用問﹄の叙述 にても知られるように、還相回向的意義をもつものと考 えられるのである。 ︵ 同 朋 大 学 教 授 ︶ ︿ 註 ﹀ ①金光明最勝王経平安初期点、巻八︵西大寺本金光明最勝 親驚における報恩について 15 王 経 古 黙 の 国 語 学 的 研 究 春 日 政 治 著 、 一 四 七 頁 一 四 行 ︶ 汝が能ク是︵の︶如ク昔の因を憶念し、恩を報イむとして 供養︵せし︶メ、無辺の衆生を利益し安楽し、是の経を流 布 す ラ ク 。 巻六︵七三頁入行︶若受持︵せ︶む者は、是の人は則諸仏 の 恩 を 報 ︵ い ︶ た て ま つ ル に 為 ︵ リ ︶ ナ む 。 ②論註唇紗上︵了恵記︶浄土宗全書第一巻五六九頁上 智 断 等 入 字 ︵ 聖 全 一 ・ ニ 八 一 頁 三 行 ︶ 恩 徳 也 光 記 一 云 ︵ 略 ︶ 恩 徳 以 = 大 悲 一 為 ν 若 拠 = 随 行 一 五 趨 為 ν ︵ 大 正 四 一 ・ 七 頁 ︶

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浄土真宗における報恩は念仏に窮まると言えよう。報 恩の思いと実践は、知思の心の自然に発展したものと考 えられるが、親驚聖人の知恩の感情の深さは、その著作 の随処に見出される。﹃歎異抄﹄︵後序︶の中にも、聖人 の常の仰せとして 弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとへに 親驚一人がためなりけり。さればそくはくの業をも ちける身にてありけるをたすけんとおぼしめした ち け る 本 願 の か た じ け な さ よ 。 ︵ 真 聖 全 二 | 主 一 ︶ という述懐の言葉が記されている。 ﹃ 教 行 信 証 ﹄ ︵ 信 ・ 末 ︶ の は じ め に は 、 金剛の真心を獲得すれば、横に五趣八難の道を超へ、

必 ず 現 生 に 十 種 の 益 を 獲 。 ︵ 真 聖 全 二 ー さ 一 ︶ として、現生に獲べき十種の利益が挙げられているが、 その第八番目に﹁知恩報徳の益﹂が出されている。これ はまことの信心を獲た念仏者に自ら備わる十益の一つが と く ゅ う ﹁知恩報徳﹂という徳用であることを示すものである。 そして﹃広文類﹄及び﹃略文類﹄の序文においては、夫 々﹁如来の思徳﹂﹁仏恩﹂について言及されており、ま た﹁知思報徳﹂という言葉は﹁正信傷﹂﹁文類偏﹂の製 作の所由を述べられた段りにも記されている。 また﹃広文類﹄︵化・本︶のいわゆる三願転入の文にす ぐ 引 続 い て 、 ここに久しく願海に入りて深く仏恩を知れり。至徳 ひ ろ っ ね を報謝せんために真宗の簡要を掠ふて恒常に不可思 議の徳海を称念す。弥これを喜愛し、特にこれを頂

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真宗と報恩思想、 戴 す る 也 。 ︵ 真 聖 全 二 | 一 六 六 ︶ と述べられ、﹃広文類﹄の撰述が知恩の真情から為され たものであることが告白されている。更に﹃広文類﹄の 後 序 に お い て は 、 深く如来の持哀を知りて、良に師教の恩厚を仰ぐ。 あ ざ け り : : : 唯 、 仏 思 の 深 き こ と を 念 じ て 人 倫 の 噺 を 恥 ぢ ず 。 ︵ 真 聖 全 二

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一 ︶ と深い知恩の心情が吐露されているのが見られる。 このような点からすれば、﹁知思報徳﹂の感情は、実 に 浄 土 真 宗 の 宗 教 的 性 格 の 基 調 を な す も の で あ る と 一 吉 田 う こ と が で き よ う 。 知恩報徳の心情はまた、﹃三帖和讃﹄の全編にも横溢 している。すなわち、﹁浄土和讃﹂の閏目頭に据えられた 巻頭和讃にも 弥陀の名号となへつ与 信心まことにうるひとは 憶念の心つねにして 仏 思 報 ず る お も ひ あ り ︵ 真 聖 全 二

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四 八 五 ︶ と格調高く讃、諒されており、﹁正像末和讃﹂も 如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし 17 師主知識の思徳も 骨 を く だ き て も 謝 す べ し ︵ 真 聖 全 二

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五 二 一 ニ ︶ の一首で結ぼれている。このようにコニ帖和讃﹄の始ま りと結びが、報思謝徳の心を表明した和讃となっている ことは、この著作全体が報謝の念いを根本精神としてい ることを示すものである。果して﹃一ニ帖和讃﹄の中では 仏恩報謝に関わる表現が殊に数多いことが注目される。 すなわち 仏慧功徳をほめしめて 十方の有縁にきかしめん 信心すでにえんひとは つ ね に 仏 恩 報 ず べ し ︵ ﹁ 浄 土 和 讃 ﹂ ・ 真 聖 全 二

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四 九 一 ︶ 助正ならべて修するをば すなはち雑修となづけたり 一心をえざるひとなれば 仏恩報ずるこ L ろ な し ︵ ﹁ 高 僧 和 讃 ﹂ 善 導 讃 ・ 真 聖 全 二

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豆 ︵ ︶ 九 ︶ 弘誓のちからをかふらずば いづれのときにか裟婆をいでん

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18 仏恩ふかくおもひっ L つ ね に 弥 陀 を 念 ず ベ し ︵ 同 右 ・ 真 聖 全 二

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一 一 ︶ 裟婆永劫の苦をすて L 浄土無為を期すること 本師釈迦のちからなり 長 時 に 慈 恩 を 報 ず べ し ︵ 同 右 ・ 同 ︶ 釈迦弥陀の慈悲よりぞ 願作仏心はえしめたる 信心の智慧にいりてこそ 仏恩報ずる身とはなれ

ー 喜 一

O ︶ ︵ ﹁ 正 像 末 和 讃 ﹂ 一 一 一 四 ・ 真 聖 全 二 仏智の不思議をうたがひて 自力の称念このむゆへ 辺地僻慢にと立まりて 仏 恩 報 ず る こ 与 ろ な し ︵ 同 誠 疑 讃 ・ 真 聖 全 一 丁 五 三 一 ︶ 他力の信をえんひとは 仏思報ぜんためにとて 如来二種の廻向を 十 方 に ひ と し く ひ ろ む べ し ︵ ﹁ 皇 太 子 聖 徳 奉 讃 ﹂ 五 ・ 真 聖 全 二 | 五 一 一 六 ︶ 等である。これらの和讃から伺われることは、他力の信 をえた人は、仏恩を報ずる心が自ら伴うものであるが、疑 心自力の行者は、仏恩を報ずる心に欠けるという指摘と、 絶えず仏恩報謝の念仏に心をかけよという薦めである。 では、報謝と念仏との関連はどのように考えるべきで あろうか。一般には念仏は報謝の心の表現と見倣されて いるが、報謝の心はまた念仏によって育てられるとも考 えられよう。真宗においては、報恩は大抵の場合、念仏 との関連において語られるのが常であるが、この両者は どのような連がりをもっているのであろうか。仏恩報謝 のために念仏すべしという表現が蓮如上人の﹃御文﹄な どには屡々見られるが、これは念仏を報謝のための手段 と見なしているのであるかどうかが当然問題となろう。 確かに親驚聖人と蓮如上人の法語の中には、念仏が報 謝の手だてと見られているかのような表現がま L 散見さ れる。すなわち、親驚聖人の場合の一例としては、性信

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真宗と報恩思想、 房宛の消息において、次のような表現が見られる。 わが身の往生一定とおぼしめさんひとは、仏の御思 をおぼしめさんに、御報恩のために御念仏こ L ろ に いれてまふして、世のなか安穏なれ、仏法ひろまれ とおぼしめすべしとぞ、おぼえさふらふ。︵﹃御消息 集 ﹄ 二 ・ 真 聖 全 ニ | 完 七 ︶ また、蓮如上人の場合は、 わがいのちあらんかぎりは、報謝のためとおもひて 念 仏 ま う す べ き な り 。 ︵ ﹃ 御 文 ﹄ 一 | 三 ・ 真 聖 全 三 | 四 口 五 ︶ あ る い は 、 かたじけなくもひとたび他力の信心をえたらんひと は、みな弥陀如来の御恩をおもひはかりて、仏恩報 謝のためにつねに称名念仏をまうしたてまつるべき ものなり

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御 文 ﹄ 五

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一 二 ・ 真 聖 全 コ 一 き 九 l l 五 一 O ︶ という表現がなされている。これらの表現によるかぎり、 念仏は報謝を意識した上で、また報謝の手段として称え らるべきもののように受けとられかねない。 しかしながら一方において、次のような表現もなされ ている。すなわち、聖人の場合は、同じく性信一房宛の別 の 消 息 の 中 で 、 た立ひがふたる世のひとびとをいのり、弥陀の御ち 19 かひにいれとおぼしめしあは店、仏の御恩を報じま い ら せ た ま ふ に な り さ ふ ら ふ ベ し 。 ︵ ﹃ 御 消 息 集 ﹄ 入 ・ 真 聖 全 二 | 七 一

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︶ そ し て 蓮 師 の 場 合 は 、 位 宗 に は 親 の た め 、 を つ か ふ な り 。 仏 な り 。 またなにのためなんどとて念仏 聖人の御一流には弥陀をたのむが念 其うへの称名はなにともあれ、仏恩になる も の な り : : : 。 ︵ ﹃ 蓮 如 上 人 御 一 代 記 聞 書 ﹄ 末 ・ 一 七 九 ・ 真 聖 全 三 | 五 七 回 ︶ という表現も見られる。 このニ通りの表現において、前者のように、﹁報謝の ために念仏すべし﹂という念仏は、恰も報謝という果を 賓らす因、あるいは目的を達成する手段であるかのよう に響くことはたしかである。しかし、他方において、後 お 者のごとく、信の上の称名念仏が、白から仏恩報謝とい う意義を有するという説きぶりもなされている。この両 者の関連をいかに解すべきであろうか。 そもそも報謝ということは、俗に言う﹁お返し﹂とい うことであろう。報恩という言葉の原語と言われる党語 の 々 芯 § t h a 恥が﹁すでに︵わがために︶為されたとこ ろのことを知る﹂という意味をもっということに照らし

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20 ても、まず、すでに私が受けたところの思恵を知る﹁知 思﹂の心情であることは確かである。したがって、これ からわが行為をもとでとしてある新しい結果を期待する 心を離れた行為である。これはいわゆる﹁不廻向﹂の意 味するところに通ずる心情であろう。これは、また、す でに受けたところの恩恵にたいする感謝の表現であると 言ってよい。したがって﹁報謝のための念仏﹂という表 現は、これから功徳を積むための因としての念仏ではな く、その本質が﹁不廻向の念仏﹂たることを確認する意 味合いが龍められているものと見るべきであろう。この ような点からして、﹁報謝﹂の真に意味するところを的 確・明瞭に示した表現が、後者の﹁仏恩を報じまいらせ たまふになりさふらふべし﹂であり、﹁仏恩になる﹂で あ る と 考 え ら れ る 。 親驚聖人が日常よく口にされたと思われる言葉に、善 導大師の﹃往生礼讃﹄︵初夜讃︶に見られる 自 信 教 レ 人 信 難中転更難 大悲伝普化 真 成 レ 報 = 仏 恩 一 ︵ 真 聖 全 一 上 尖 一 ︶ の偏文がある。これは、恵信尼公の消息︵三︶に、 よ く /

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案じてみれば、この十七八年がそのかみ、 げに/\しく三部経を千部よみて、衆生利益の為に とて、読み始めてありしを、これはなにごとぞ、﹁自 信教人信難中転更難﹂とて、身づから信じ、人を教 へて信ぜしむる事、まことの仏思を報ゐ奉るものと ほ か 信じながら、名号の外にはなにごとの不足にて、必 ず経を読まんとするやと思かへして、読まざりしこ との、さればなほもすこし残るところのありけるや、 人の執心自力のしんは、よく/\思慮あるべしと思 ひなして後は、経読むことは止まりぬ。︵真理主主

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一 O 一 ー ー 一 Q 一 ︶ ︿ だ と書かれている段りが示しているように、この偽丈は聖 人が、関東滞在中、常に愛諦せられていた事実を証する ものであるが、ここでは、﹁衆生利益のために﹂三部経 を千部読もうと思い立った心が、自力の執心を示すもの ほ か と 思 い 直 し ︵ ﹁ 名 号 の 外 に は な に ご と の 不 足 に て ﹂ ︶ 、 称 名 念仏一つという本義に立ち戻られた経緯を生々しく伝え ている。この偏文の下二句を聖人は、﹃教行信証﹄︵信・ 末 ・ 真 聖 全 二

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七 ぎ で は 、

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真宗と報恩思想 タ ク ス ル 大 悲 弘 普 化 大 悲 弘 く 普 く 化 す る ニ ナ ル ト ス ル ユ ヲ 真 成 レ 報 ユ 仏 恩 一 真 に 仏 恩 を 報 ず る に 成 る と と読まれ、また﹃往生礼讃﹄の加点本では、 ツ タ エ テ タ 大 悲 伝 並 日 化 大 悲 伝 え て 普 く 化 す る ニ ス コ ト ヲ ① ヲ 真成三報ニ仏恩一真に仏思を報ずることを成す と読まれている。この何れの読み方をとるにせよ、︵念 仏を︶自ら信じ、人を教えて信ぜしむることは、真に仏 恩を﹁報ずるに成る﹂という不廻向の思想を基盤とした 報息思想が表明されていることに注意される。しかも、 この思想が内室恵信尼公の記憶に後年まで永く確実に留 まっていた事実は、聖人の夫妻の聞に念仏の弘通がその ま L 報恩となるという思想が徹底して受け留められてい た こ と を 一 部 す も の で 、 殊 に 意 義 深 く 思 わ れ る 。 因みに善導大師は﹃観念法門﹄の中で、 又敬白。一切往生人等、若聞ニ此語ペ即応レ声悲雨レ 涙 、 連 劫 累 劫 粉 レ 身 砕 レ 骨 、 報 ニ 謝 仏 思 由 来 ペ 称 = 本 心 バ : ︵ 真 聖 全 一

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六 回 C ︶ と 記 し て い る が 、 親 驚 聖 人 は こ の 文 ︵ ﹁ 報 謝 仏 恩 ﹂ ま で ︶ を 、 ﹃正像末和讃﹄の末尾に、﹃浬繋経﹄からの一文と並べ ② て付加されている。その読み下し文は ま ふ こ と ば 又敬って一切往生人等に白さく。若しこの語を聞か 21 ふ る ば、すなわち声に応じて悲しみ涙を雨べし。連劫・ 果劫にも身を粉にも骨を砕きて仏思を報謝せよ。 となるであろう。ここでは、善導大師の唱道された﹁粉 身砕骨﹂の仏思報謝に深い感銘を受けて、これを抜き書 きされた聖人の姿が努霧と思い浮かべられると同時に、 この﹃正像末和讃﹄の結讃とされている 如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし 師主知識の恩徳も ③ 骨を砕きても謝ナベし の一首の製作に、善導大師の仏恩報謝の心情吐露が直接 の契機をなしたであろうことが伺えるのである。 上に述べた聖人の不廻向の報恩念仏の思想は、門弟の 唯円にまで確実に伝えられていたことは、﹃歎異抄﹄︵一 四︶の次の一節からも明瞭に伺われる。 一生のあひだまふすところの念仏は、みなことん︵ L く如来大悲の恩を報じ徳を謝すとおもふべきなり。 ︵ 真 聖 全 二

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七 八 五 ︶ また報恩が念仏に帰結するという思想は、親驚聖人の 師・法然上人の次のような御臨終の法語にもよく表われ て い る 。

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22 孝養のために精舎建立のいとなみをなすことなかれ。 心ざしあらば、をの/ 11 群集せず、念仏して恩を報 ④ ず ベ し 。 ︵ ﹁ 御 臨 終 の 時 門 弟 等 に 示 さ れ け る 御 詞 ﹂ 其 八 ︶ また、さぎの﹁自信教人信﹂の﹃往生礼讃﹄の偏は、法 然上人は、その著﹃三部経大意﹄の中でも引用、言及し ⑤ て い ら れ る 。 右のような事例からして、宗祖の報恩思想は、善導大 師・法然上人を通じての相承であることが知られるが、 これは元より念仏の中に内在する報恩の徳用の顕在化に 他ならねと見るべきであろう。 四 で は 何 故 、 浄土真宗においては、念仏が報謝の究極の 行とされるのであろうか。元来聖道門においては、捨家 棄欲が真の報恩とされている。例えば、道宣の﹃四分律 さんはんほけつ 醐繁補闘行事紗﹄︵巻下・四大正・四

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・ 一 五

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・ a ︶ に は 、 流転三界中 恩愛不能脱 棄恩入無為 真実報恩者 という偽文が﹃清信士度人経﹄︵出処不明︶に出ていると して挙げられている。これは﹁清信土﹂すなわち優婆塞 に真に衆生を済度する所以を説いた経と見られるが、こ の傷文は後世禅門をはじめ聖道諸宗の間で、出家得度の 際に称えられるべき偽文として伝えられ、今日に至って いるという。ところが、他力浄土門にあっては、捨家棄 欲を標梼しない建前であるので、﹁棄思入無為﹂の厳し さは元より無縁であると見なされよう。しかしながら、 世俗の恩愛の中にありつつも、法すなわち念仏の行に帰 依することによって真の報恩を達成しうるとする点から 見れば、根抵においてはそれと軌を一にしているとも見 う る で あ ろ う 。 こ の こ と は 、 ﹃ 歎 異 抄 ﹄ ︵ 五 ︶ の 親鷺は、父母の孝養のためとて、一返にても念仏ま ふしたることいまださふらはず。︵真聖全二

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の法語、及びこの章全体において表明されている廻向の 念仏の否定の精神と、他力への全面的帰依の強調の底を 流れる心情に照らしても明らかである。念仏は、思愛の まった日中にありながら恩愛を超えて﹁無為﹂に直結し ている唯一つの法であり、道であるとの確認がこ与でな されていると言えよう。換言すれば、聖道門の﹁棄恩入 無為﹂を、恩愛の紳に捕われているものに達成せしめる

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唯一つの手だてが、不廻向の念仏として、こ与で明らか 真宗と報恩恵想 にされていると見られるのである。 ところで、仏教史を顧みる時、知恩・報患は、屡々並 び説かれ、しかも報謝の対象ならびに行業として伝えら れているものは、必ずしも単一ではなく多岐にわたって いる。報思については、阿含経典の中にも諸処に説かれ て い る が 、 殊 に ﹃ 雑 阿 含 経 ﹄ ︵ 巻 第 四 十 七 ︶ の ユ タ ノ プ リ テ ヲ ズ ト 、 ノ モ 是 故 諸 比 丘 。 当 = 如 レ 是 学 ↓ 知 十 恩 報 レ 恩 。 其 有 : 小 恩 一 ホ ク テ 一 一 ν セ γ ヤ m h 唱 ヤ 尚報終不ニ忘失ベ況復大軍。 という釈尊の教誠などは、﹁知思・報思﹂が並び挙げら れ て い る 点 で 注 目 さ れ る 。 報恩の思想は、小乗経典に比べて、大乗経典にはかな り多く言及されているのが注意される。殊に﹃大乗本生 心地観経﹄には﹁報恩品﹂と名づける章が特に設けられ ている。知恩・報恩が並び明されている大乗経典の経文 の 例 は 多 い が 、 例 え ば 、 ﹃ 大 方 等 大 集 経 ﹄ ︵ 第 六 ︶ に は 、 テ ヲ リ テ ヲ ク ヲ ス 菩 薩 摩 詞 薩 不 レ 捨 ニ 親 旧 ↓ 知 ν 報 レ 徳 憐 z 一 切 ↓ ︵ 大 ・ 一 三 ・ 三 七 ・ C ︶ と あ り 、 ま た 、 ﹃ 大 方 便 仏 報 思 経 ﹄ ︵ 孝 養 品 第 二 ︶ に は 、 シ ユ リ ヲ ゼ γ ガ ヲ 日 一 タ リ カ ユ ズ レ コ ト ヲ 為 下 孝 = 養 父 母 一 知 ν恩報 e 徳故。今得三速成し阿縛 多 羅 三 親 三 菩 提 刊 ︵ 大 ・ 三 ・ 一 二 七 ・ c ︶ 23 と述べられ、﹃大宝積経﹄︵巻第四十六・菩薩蔵会・ 昆 利 耶 蜜 多 口 問 第 九 之 一 一 ︶ に は 、 舎 利 五 。 知 山 レ

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糾 レ 関 町 丸 報 ⋮ 開 酌 志 。 山 一 一 レ 曲 川 志 為 − − 人 山 小 珍 宝 ↓ ︵ 大 十 一 ・ 二 六 人 ・ a ︶ と あ り 、 ま た 同 経 ︵ 巻 第 八 十 七 ・ 大 神 変 会 第 二 十 二 之 二 ︶ の 他 の 箇 処 で は 、 ヲ ズ ル ハ ヲ ν ノ ナ リ レ ゼ 知 レ 恩 報 レ 思 是 菩 薩 行 。 不 レ 断 ニ 仏 種 一 故 。 ︵ 大 ・ 十 了 五

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a ︶ とも述べられている。これらのことからして本来、知恩 を離れた報恩はなく、報恩を離れた知恩もあり得ないこ とが察せられる。したがって法然上人の忌日に行われる 知恩講も、親驚聖人の忌日に行われる報恩講も、夫々の 名称の底に流れる精神においては、些かも変わるところ は な い と 言 い 得 ょ う 。 次に報恩の対象に関しては、浄土真宗では、たんに ﹁仏思﹂と表現する場合が多いが、古来仏教史上におい ては、四恩説が最も代表的なものと見倣されている。す な わ ち 、 ﹃ 正 法 念 処 経 ﹄ ︵ 第 六 十 一 ︶ で は 、 ノ ダ ス シ ト ジ ヲ カ ル ト − 、 − 有二四種恩↓甚為レ難レ報。何等為レ四。一者母。ニ ナ リ 者 父 。 三 者 如 来 。 四 者 説 法 法 師 。 ︵ 大 ・ 十 七 ・ 三 五 九 − b ︶ 申 4 m h

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24 母・父・如来・法師にたいする四種の恩を挙げ ている。この四種のうち、初めの二種が世間、後の二種 が出世間に属する思の対象であることは明らかである。 ま た ﹃ 大 乗 本 生 心 地 観 経 ﹄ ︵ 報 恩 口 問 第 二 ︶ で は 、 世出世恩有=四種↓一父母恩。二衆生恩。コ一国王 ナ リ キ ノ ヲ パ ハ Z 恩。四三宝恩。如レ是四恩一切衆生平等荷負。︵大 ・ コ 了 二 九 七 ・ a ︶ と述べ、父母・衆生・国王・三宝の恩の四種を挙げてい る 。 こ こ で は 前 の 一 一 一 つ が 世 間 の 恩 、 後 の 一 つ が 出 世 間 の 恩に相当することは言うまでもない。このような点から して、﹁念仏申すことは仏思を報ずることになる﹂とい う場合の仏恩の仏は、﹃正法念経﹄の場合では、如来、 ﹃ 心 地 観 経 ﹄ の 場 合 で は 、 出 世 間 の 一 二 宝 ︵ 仏 ・ 法 ・ 僧 ︶ の中の第一に相当する仏が、後世、究極的のものと見倣 されるに至った経緯が察せられる。 また報思の行業に関しては、古来﹃維摩経﹄︵菩薩品︶ では﹁鵠益一切衆生﹂、﹃報恩経﹄では﹁利益一切衆生﹂ ﹁ 発 菩 提 心 ﹂ 、 ﹃ 心 地 観 経 ﹄ で は ﹁ 無 所 得 の 行 善 ﹂ 等 が 挙 げ られ、善導大師は﹃観経疏﹄においては﹁捨苦・出生死﹂、 ﹃ 礼 讃 ﹄ に お い て は ﹁ 自 信 教 人 信 、 大 悲 伝 並 日 化 ﹂ を 挙 げ 、 法然上人は﹁称名念仏﹂を、日蓮上人は﹁法華経の弘通﹂ と あ り 、 を、親驚聖人・蓮如上人に至って﹁念仏﹂ないし、その 基盤をなす﹁金剛の信心﹂が挙げられるに至った。以上、 報思の行業が決して単一でないことを概観して見たが、 これらを通じて﹁念仏﹂に搾られてくる歴史的経緯の概 略が知られよう。ただし、﹃一多証文﹄︵一 1 1 二 ニ ︶ に 如来の本願を信じて一念ずるに、かならずもとめざ るに克上の功徳をえしめ、しらざるに広大の利益を う る な り 。 ︵ 真 聖 全 二 | 六 一 一 ︶ とあり、また、同じく︵二八︶には 金剛心のひとは、しらずもとめざるに、功徳の大宝 そ の み に み ち み つ が ゆ へ に : : : ︵ 真 聖 全 二 六 一 七 ︶ と述べられてあることに照してみれば、知恩・報恩の利 益も、その例外ではなく、念仏の信心獲得のところに、 行者の自意識を超えて、報謝の徳用が自ら備わるものと 心 得 る べ き で あ ろ う 。 それ故、念仏者にとっては、報思謝徳は事改めて﹁す べき﹂勤めではなく、むしろ為さずにいては気が済まぬ ところの自然なる内的促がしであると言うことができる。 浄土真宗においては、報思は念仏の信を離れては存在し えぬ所以は、以上のような諸点にあると考えられる。

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︿ 註 ﹀ ①定本﹃親驚聖人全集﹄九︵加点篇四︶|一入

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②定本﹃親驚聖人全集﹄二︵三帖和讃篇︶|一一一一六 ③同右二︵和讃篇︶|一八七 ④昭和新修﹃法然上人全集﹄七二六 ⑤ 同 右 四 三 ⑥例えば、増一阿含︵巻第十二︶大・二・六

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一 − a 。 増 一 阿 含 ︵ 巻 第 五

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︶ 大 ・ 二 ・ 八 二 三 ・ a 。雑阿含経︵巻四 十 七 ︶ 大 ・ 二 ・ 二 一 四 六 ・ b 。 ︵ 大 谷 大 学 教 授 ︶ 真宗と報恩思想 25

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親驚は﹃正像末和讃﹄のなかで、﹁如来大悲の思徳は、 身を粉にしても報ずべし、師主知識の思徳も、ほねをく だきても謝ナベし﹂とうたっている。この仏恩報謝の心 情は、親驚ひとりの偶然的感懐ではなく、深くその信心 に根ざし、したがって、その信心を受け継ぐ真宗の信心 にかならず伴うにちがいない。真宗の信心が﹁煩悩具足 のわれらは、いづれの行にても生死をはなる tふ こ と あ る べ か ら ず ﹂ ︵ ﹃ 歎 異 抄 ﹄ 一 二 ︶ と い う 自 覚 を 含 む か ら に は 、 そ の自覚が深まれば深まるほど、そのような自己を救って くれる阿弥陀仏への謝念ははげしく湧きあがってくるだ ろう。真宗における報恩思想はそのような宗教的感動に 由来していると思われる。 しかし、仏・師への報恩の志念がどれほど真宗の信心 にとって必然的であるとしても、それが一般的だとはか

ならずしもいえないだろう。真宗における報恩はさしあ た り 、 ﹁ 往 生 の 大 益 を え た る 仏 恩 ﹂ ︵ ﹃ 口 伝 紗 ﹄ 一 六 ︶ に 対 する報思であり、そこでは仏と人とが救う者と救われる 者として考えられている。ところで宗教的救済者に対し て救われた者がかならずその恩に報い、その恩を返そう とするわけではない。例えば、イエスはいわゆる山上の 垂訓の冒頭で、﹁こころの貧しい人たちは、さいわいで あ る 、 天 国 は 彼 ら の も の で あ る ﹂ ︵ ﹁ マ タ イ 伝 ﹄ 第 五 章 ︶ と いっている。もしこの言葉に、天国に迎えられる信仰 者の姿を読みとってよければ、キリスト教の信仰者とは ﹁こころの貧しい人﹂、貧しいが故にひたすら神に寄りす がり、恩返しができるとは思っていない人である。報思 の観念には﹁借りを返す﹂という意味がこめられており、 そこには借りを返すことによって相手と対等になろうと

参照

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