博 士 ( 理 学 ) 田 中 祥 貴
学 位 論 文 題 名
Studies on physiological and pharmacological properties of dorsal unpaired median (DUM) neurons of the cockroach
(ゴ キ ブ りのDUM‑ユ ー ロン の 生 理 学的 、 薬 理学 的 特性 に関する 研究)
学位論文内容の要旨
昆虫の神経細胞は生理学的手法と形態学的手法により個々に同定が可能である。
同定された個々のニューロンの働きを調べることにより、昆虫行動の基盤とナょって いる神経機構を調べることができる。同定きれた個々のニューロンあるいは神経回 路網が昆虫の特定の行動、あるいは特定の運動パターンを作りだすことは、非常に 多くの昆虫で知られている。しかしながら昆虫の行動をこれらニューロンあるいは 神経回路網だけで説明することはできない。
行動を動物をとりまく環境の変化に応じた適応のとれたものにするには、昆虫の 体の広い範囲にわたる感覚器、中枢神経系、筋肉に対する調節が必要である。最近 オクトパミンが神経調節因子として、特定の行動を引起こし、また感覚器の感度を 調節し、筋張カに変化をもたらすことが明らかになってきている。多くの昆虫の脳 以外 の神経 節の背側 中央部 にはDUMニュー ロンと呼 ばれるニ ューロ ン群が存 在す る。 昆虫の 多くの神 経細胞 が対で存 在する のに対し 、DUMニ ューロ ンは対を 形成 せず、左右対称形をしている。このニューロンの細胞体ではスパイクが発生し、神 経分泌 細胞の特 徴を備 えている 。 DUMニュ ーロンの 細胞体にはオクトパミンが含
まれ てお り 、ま たそ の作 用倣 オク トパ ミン投与と類似することからDUMニューロ ンの 伝達 物 質は オク トパ ミン と考 えら れている。従ってDUMニューロン泳昆虫の 行動 に深 く 関わ り調 節し てい ると 考え られ る。
ゴ キブ リDUMニュ ーロ ンの 特性 を調 べ ることが本研究の目的である。まず後胸 神経 節のDUMニ ュー ロン を形 態学 的に 同 定することを試みた。次に標的筋肉への 作用 を指 標 とし て1個のDUMニ ュー ロン を同 定し 、そ の作 用を 生理 学的、薬理学 的 に 調 べ た 。 最 後にDUMニ ュー ロン に対 する 神経 調節 因子 の作 用を 検討 した 。
第1章 :オ クト パミ ンに 対す る抗 体に より 後 胸神 経節 には8個 の細 胞体 の 大き い
(40−50ロm)DUMニ ュー ロンが存在することが報告されている 。しかしながらこ れらDUMニ ュー ロン の形 態に つい ては ほと ん ど明 らかにきれて いない。そこでこ れら8個の 細胞 の全 ての 形態を明ら かにすることにより、8個の 細胞全てをその形 態により同定することを試みた。神 経細胞内にニッケルイオンを注入することによ り、6個 のタイプが明らかにナよった。よく似た形態を持ちなが ら同一ではないDU Mニ ュ ー ロ ン が2対 存 在 し て いる こと を示 唆 した 。こ れら のDUMニ ュー ロ ンで は 活動電位が君己録されたが、活動電 位の生じない細胞体が小さいDUMニューロンの 形態も数例明らかにした。
第2章 :DUMニ ュ ーロ ンに 関し て多 くの 研究 がな きれ てい るに もか かわ ら ず、 標 的筋肉に対する詳細ナよ生理学的研 究はほんの数例しか報告されていない。最近DU Mニュー ロンはFtIRFaiide様免疫反 応やGABA様免疫反応を持つことが報告されてお り、DUMニ ュー ロン によ る調 節作 用は これ ま で考 えられていた ものより複雑であ るこ とを 示唆 し てい る。 ゴキ ブり のCoxa depressor Nuscle 177dはDUMニューロ ンの神経支配を受けていることを示 唆する報告がある。そこで177dの筋張カを調節 するDUMニ ュー ロン を同 定し 、そ の作 用機 序 を明 らかにした。177dを神経支配す るDUMニ ュ ー ロ ン は1個 で (DUM3,5,6) 、 他の どのDUMニュ ーロ ンも177dの 張 カに作用しナょかった。DUM3,5,6をガラス管微小電極により電気刺激すると運動ニ ユーロン刺激による17 7dの筋張カが減少した(Reduction in tetanus tension; RTT) 。 き ら に 運 動 ニ ュ ー ロ ン刺 激を 行な わな い状 態で の筋 張カ を上 昇 きせ た
(Increase in basal tension;IBT)。IBTは1発のDUM3.5,6の ス パ イク に よ っても 生じ、数 十秒間持続する。またその大ききはスパイク周波数に比例した。
DUM3,5,6を刺 激しない状態で、オクトパミンを灌流液中に投与すると濃度依存的 にRTTが生 じ , オク ト パ ミン リ セ プタ ー 阻 害薬 であるaアド レナリン 阻害薬 によ りRTT形 成 が 阻 害 さ れ た 。 オ クト パ ミ ンに よ り 、IBTは 形威 さ れ なか っ た 。ま たDUM3,5,6刺 激 に よ っ て 生 じ るRTT,IBTに 対 し 、aア ドレ ナ リ ン阻 害 薬 は RTT形 成を 抑 制 した が、{BTに作用 はなかっ た。以 上の結果 独.DUM3,5,6がオ ク トパミ ンととも に他の 神経調節 因子を 存してい ることを 示唆し ている。DUM3, 5,6は自発 放電を行 ない、またその作用が比較的長時間持続し、きらにその軸索が 広 い範囲 にわたっ ていることから、姿勢制御にこのニューロンが関与しているのか も卿れない。
第3章 :オクト パミン 、また神 経調節因 子とし て知られているセロトニンとペプタ イ ド 性 調 節因 子 で あるプロ クトリ ンのDUMニューロ ンに対 する作用 を調べ た。オ ク ト パ ミ ンはDUMニ ューロ ンの自 発放電の 周波数を 濃度依 存的に増 加させ た。ま た 細胞膜 の入力抵 抗も増大させ、オクトパミンの興奮作用には膜のコンダクタンス の変化が関与していることが示唆された。セロトニンの作用はあまり強くナょ`、もの の 、オク トパミン と同様であった。プロクトルンの作用倣はっきりせず、また膜の 入力抵抗にも変化がナょかった。オクトパミンは昆虫の中枢神経系の運動ニューロン、
介 在 ニ ュ ーロ ン の 特性を変 化させ ることが 知られて おり、DUMニュ ーロン への作 用 と あ わ せ て 、 多 様 な 調 節 作 用 を も っ て い る こ と が 明 ら か に な っ た 。 本研究で は、神経 分泌細胞においてもその機能的、形態的同定が、調節作用の解 析 に 有 用 な手 段 に なること を示し た。またDUMニュ ーロン の特性を 明らか にする ことにより、オクトパミンが中枢から末梢にかけて広く調節作用を有して`ヽること を 明らか にした。 昆虫の行動を中枢神経系のレベルで解析する場合、神経調節因子 あ る い は DUMニ ュ ー ロ ン の 関 与 を 考 慮 す る こ と が 必 要 で あ ろ う 。
学 位 論 文 審 査 の要 旨 主査 教授 久田光彦 副査 教授 片桐干明
副査 助教授 高畑雅一(電子科学研究所)
学 位 論 文 題 名
Studies on physiological and pharmacological properties of dorsal unpaired median (DUM) neurons of the cockroaCh
(ゴキブりのDUMニューロンの生理学的、薬理学的特性に関する研究)
昆 虫の神経細胞は生理学的手 法と形態学的手法により一個一個を同定することができる.
こ の ように同定された個々のニュ ーロンの働きを調べること により、昆虫行動の基盤にな っ て いる神経系の機構を知ること ができる.昆虫の特定の行 動、あるいは運動のパターン の 形 成に同定された個々のニュー ロン、およびその集合であ る神経回路網が対応する例は っ ぎ っぎに知られつっある.しか し、昆虫の行動をこれらニ ューロンの働きだけで説明す るこ とは不可能である.
特 に昆虫がその環境の変化に対 応した適応性の高い行動を 選択するためには、昆虫の体 の広 い範囲にわたる感覚器、中 枢神経系、、筋肉に対する調節が必要である.この様な神経 調 節 因子として最近オクトパミン が注目されるようになった .また多くの昆虫の脳以外の 下 位 神経 節の 背側 中央 部 にはDUMニュ ーロ ンと 呼ぱ れ る特 定の ニュ ーロ ン 群が存在する こ と が知 られ るよ うに な った .こ らら のDUMニ ュー ロ ンは 対を 形成 せず 、 その形態は一 般に左右相称であ・る.また、スパイクにより駆動される神経分泌細胞の特徴を備えている.
DUMニ ュー ロン 細 胞体 には オク ト パミ ンが 含ま れて い る. また その 活動 に よる影響はオ
ゴ キブ リDUMニ ュー ロン の特 性 を明 らか にす るの が 本研 究の 目的 であ る.まず後胸神 経 節 のDUMニュ ー ロン の形 態学 的 な同 定が 拭み られ て いる .つ いで 、操 的筋肉への作用 を 指 標に して 一個 のDUMニ ュー ロ ンを 同定 して 、そ の 作用 を生 理学 的、 薬理学的に詳細 に 調 査し てい る. さら に 、DUMニ ュー ロン 自体 の活 動 を調 節す る神 経調 節因子の作用を 検討 している・
ま ず 、1)オ ク ト パ ミ ン 抗 体 に よ っ て そ の 位 置 が 知 ら れ て い る8個の 大 型DUMニュ ー ロン 細胞体にニッケルイオンを 注入して、そlの全部を形態 によって分類同定することを試 み た .こ のう ち6個に ついては確実に 同定可能であったが、このほ かによく似た形態を持 ち な がら 、同 一で はな ぃDUMニ ュ ーロ ンの 存在 と、 さ らに スパ イク を発 生しない細胞体 の 小 さ なDUMニ ュ ー ロ ン が こ の ほ か に 存 在 す る こ と も 明 ら か に さ れ た . つ い で 、2) DUMニュ ーロ ン の持 つ神 経調 節 物質 が単 一で ある か どう かを 検証 した . 最 近DUMニ ュ ー ロ ン は FMRF amide様 免 疫 反 応 やGABA様 免 疫 反 応 を 持 つ こ と が 明 ら か に な っ て い る が 、 本 研 究 で も 、177b筋 に 対 す るDUMニ ュ ー ロ ン(DUM3、 5、6)の 作 用 の う ち 運 動 ニ ュ ー ロ ン 刺 激 と 同 時 にDUMニ ュ ー ロ ン が動 作し たと きに 見 ら れ る 筋 張 力 減 少(RTT)は オ ク ト パ ミ ン 投 与 に よ っ て 再 現 で き た が 、DUMニ ュ ー ロ ン の みの 動作 時に 見ら れ る静 止張 カの 増強 は 見ら れず 、後 者 の作 用に はDUMニューロン に含 まれるオクトパミン以外の 神経調節因子が関与していると考えられる結果が得られた,
3) DUMニ ュー ロン 自体 がど の よう な調 節を 受 けて いる かを 明ら か にし た, オク トパ ミ ン、 セロトニン、プロクトリン の各種調節物質候補の投与を 試みた結果、オクトパミン と セ ロ トニ ンはDUMニュ ーロ ンの 自 発放 電の 周波 数を 濃 度依 存的 に増 加さ せ、セロトニン の効 果はオクトバミンに比ベ弱 かった.この結果、オクトパ ミンは昆虫中枢でじつに多 様 な調 節作用を持つことが明らか になった.
申 請者 の研 究は 、DUMニ ュー ロ ンの よう な神 経分 泌 細胞 に於 ても 、そ の機能的、形態 的 同 定が その 機能 の研 究 にも 有用 な手 段に な るこ とを 示し た .ま た、DUMニューロンの 特性 を明らかにすることにより 、オクトパミンが中枢から末 梢にかけて広く調節作用を 持 つ こ とを 示し た. これ ら の成 果は これ まで 薬 理学 的効 果の 研 究が 先行 してきたDUMニュ ーロ ンの行動制御機能に関する 研究に新しい展開をもたらす ものとして評価される.参 考 論 文6羂は いず れ も国 際蕗に掲載され ている.よって審査員一同は 申請者が博士(理学)
の学 位をうける十分な資格があ ると判定した.