• 検索結果がありません。

仮想専用サーバを利用したパーソナルLMSの構築と運用

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "仮想専用サーバを利用したパーソナルLMSの構築と運用"

Copied!
11
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

仮 想 専 用 サ ー バ を 利 用 し た パ ー ソ ナ ル

LMS の構築と運用

石 川 貴 彦

Building and Operating

a Personal Learning Management

System Using a Virtual Private Server

Takahiko Ishikawa

Abstract: Among learning management systems (LMSs), there are proprietary learning-support systems that have been developed by researchers at different universities. Often time, these researchers also manage both research and education in the laboratories and lectures for which they are responsible. However, when these LMSs are rolled out for an entire university, it can be difficult for individual faculty members to adequately assess and respond to the high costs associated with the infrastructure or to manage the costs. This study addresses this type of virtual private server and proposes a framework for a personal LMS that is able to manage a proprietary LMSs, without assuming an immediate large-scale rollout and while keeping the scope of the system restrained, such that the costs and labor for the system can be handled by an individual. As a result, while maintaining focus on the scale of e-learning in addition to operating the system accounting for cost and management aspects, I was able to avoid running the risks anticipated earlier on.

Keywords: Personal Learning Management System, Virtual Private Server (VPS), Costs, Management, e-Learning 1.はじめに 学習支援システム(LMS)には,大学の研究者な どが開発した「独自開発LMS」があり,自身の研究 室や担当する講義の中で,研究と教育を兼ねて運用 した事例がよく見られる.しかしながら,これらの LMSは,個人の実践から教育効果が多数実証された にもかかわらず,組織的に展開していこうとすると, 設備にかかる高額な費用や労力の問題,トラブル発 生時の責任の所在など,一個人で対応することが困 難になる.つまり,個人の範囲ではLMSを活用して 教育効果を高めていけるが,規模を拡大して組織で の運用を試みると,費用や労力に対するスケーラビ リティの問題が生じる.これまで組織的に展開でき た独自開発LMSは,国内では冬木ら[1]が開発した CEASのみと言え,企業との共同研究によって独自 開発LMSからオープンソースのLMSへと発展させ, 他大学での導入を積極的に増やした稀なケースであ る.他方では,植野[2]は国内のいくつかの組織的な e-Learningの取り組みについて,①少数の授業のみを 対象としている,②実際の受講生数がそれほど多く ない,③やる気のある教員を前提としている事例が ほとんどであり,教員負担の視点が考慮されていな いことなどを指摘した.組織的な取り組みと謳って いても,推進派の一部の教員集団の範囲に留まり, そこにe-Learningが普及しにくい難しさがあると思 われる.そうしたなか大学におけるe-Learningの組 織的支援体制の整備のため,宮原ら[3]は「UeLMモデ ル」を提案したが,そこには専門家の人数が相当数 * 名寄市立大学保健福祉学部

Faculty of Health and Welfare Science, Nayoro City University

(2)

必要だったり,コストを下げる努力が求められたり することが課題であると述べている.また,組織で 導入したLMSを使うということは,導入後からの数 年間はそのLMSの仕様に従うことを強制され,途中 で教師が新たな活用方法を思いついたとしても, LMSがその方法に対応していなければ,組織が定め た次のシステム更新時期まで待つしかない. 以上より,独自開発 LMS は自身の使用のみで完 結しやすく,e-Learning の組織展開には様々な障壁 があることを示した.この状況下で独自開発 LMS の普及を進めていくには,組織展開の方法を考える よりも,個人運用の方法を追究するほうが,費用面 や管理面のコスト低減という観点から見て解決しや すい課題ではないかと考えた.これは大学や学部単 位で LMS 専用のサーバや専属スタッフを置いて大 規模に運用していくことから,必要な機能だけをカ スタマイズしたサーバを教員個人で所有し運用する ことへの転換である.しかし,それは従来のような サーバを置く場所と高額なサーバを自前で用意して, 自身または研究室のメンバーなどが保守管理しなが ら授業実践するといった e-Learning 研究者型の運 用スタイルではない.設置場所は不要で費用は抑制 し,サーバ管理やセキュリティ対策といった専門的 な技術は自身であまり考慮しなくとも良いという保 障が伴った運用形態である.こうした個人運用の環 境が整うことで,様々な教育効果が実証された独自 開発 LMS を簡便に導入でき,教員それぞれのニー ズに応じたe-Learning が各所で期待される. そこで本研究では,個人が対応できる範囲で独自 開発LMSを構築・運用するための方法として,商用 の仮想専用サーバ(VPS)を利用した.そして,VPS による構築・運用方法の整理を通じてパーソナル LMSという枠組みを提案し,筆者担当の講義での使 用から安定性を確認することで,パーソナルLMSの 可能性について検討した. 2.VPSを用いたパーソナルLMSの構築 2.1 独自開発LMSの課題 本研究で扱う独自開発LMSは,CGIの処理系を PHPではなくETI[4]を用いて,2001年に筆者らが開 発したものである.ETIは,ET言語[5]で記述された ルール群をプログラムとし,S式のパターンマッチ ングによってリスト処理や再帰計算を簡単に記述で きたり,直感的にデータベースを表現できたりする など,CGIとの親和性が高いことが特徴である.こ れまでの実績としては,プログラミングの自動採点 [6]や,授業実践の相互評価[7]などで教育効果を挙げて きた.このLMSは過去16年間で3回のサーバ更新を 行い,全てオンプレミスで高額なサーバを購入,学 内のサーバ室に構築し,自らサーバを保守管理して きた.これが典型的なe-Learning研究者型の運用ス タイルである.オンプレミスでの構築は,大規模ア クセスに耐えうるネットワークの維持やセキュリテ ィの強化,故障に対する保守管理など対処すべき点 は多岐に渡り,自前で対応するには限界があった. そのため,サーバを取り巻くネットワークセキュリ ティの管理は業者に委託していたが,年間の保守費 用が年々高騰した.費用は外部獲得資金などから捻 出してきたが,資金が続かないとLMSを維持できな いため,枯渇した時点で運用は打ち切りとなるリス クを抱えていた.このような費用面の課題は筆者だ けでなく,独自開発LMSを運用する実践家に共通し た課題である.田島[8]も小規模なe-Learningでは導 入費用が大きな課題であり,「実際の投資(予想)額」 による経済性分析に基づいて検討することが必要と 述べている.そして,サイバー攻撃が近年は非常に 深刻化している.本学でも2017年2月にランサムウ ェアによる不正アクセスと,DDoS攻撃による過重 アクセスで,Webサーバなどの公開サーバ群がダウ ンし,ネットワークが数週間停止する事態となった. 学内にオンプレミスで構築していた筆者のLMSは, 情報漏えいなどの被害はなかったが,全ての公開サ ーバ群は停止するという大学管理者の指示に従わざ るを得ず,学内ネットワークの管理とは離れた場所 で,サーバを安定的に稼働できる方法を探すことが 新たな課題として浮上した. 2.2 VPSサービスの検討 個人で所有する独自開発LMSの課題は,構築や維 持にかかる費用と,ネットワークセキュリティ対策 の2点であり,これらを同時に解決する手段として, VPSの導入を検討した.以前にも他大学で運営して いるホスティングサービスを見積もったことはあっ

(3)

たが,UNIX系OSのサポートのみで,ETIが動作す るWindows環境は提供されていない.自己責任で Windows環境を構築しても良いが,その際のサーバ ライセンス費用は自己負担となること,デフォルト の環境を変更した場合は,不具合が起きた際に運営 先の技術職員は対応しないことなど,使用に対する 制限が厳しかった.また,サービス料が年額25,000 円程ではあったが,OSのWindows Serverライセン スが高額だったために,結局は割高となって導入を 断念した過去がある. そこで,あらかじめWindows Serverを提供してい るVPSサービスを調査し,比較検討のため表1にま とめた.なお,データは2017年7月時点のものであり, 費用は全て税込で,本LMSが動作する最低要件に該 当するプランを抽出した.その結果,4社のサービ スが存在し同等のハードウェアを提供していたが, C社のみはWindows Serverをサポートする最低プ ランがメモリ6GBと高性能で,それに伴って費用も 高額であった.そして本LMSでは,データベースに SQL Serverを使用している.メリットとしては, Transact-SQLと呼ばれる独自の組み込み関数を用 いて,複雑なデータベースアクセスも容易に処理で

きることに加え,SQL Server Management Studio

と呼ばれるGUIの管理ツールの操作性が良く,CUI よりも直感的にデータベースを扱えることが挙げら れる.SQL Serverを追加オプションで提供している のは2社で,A社は初期費用が高いが月額費用はB社 に比べて安く,B社は初期費用が無料だが月額費用 はA社に比べて高いという違いがある.SQL Server の1年間の使用料は,A社が31,104円に対しB社が 38,880円と,A社のほうが7,776円安い.初期費用が 21,600円かかっても,3年間使用すればA社のほう が安くなる.セキュリティソフトについては,A社は 最初からインストールされているが,B社はオプシ ョンで年間43,200円(2年目以降は27,000円)がか かるためA社が安い.以上の検討から,VPSの使用料 と3年目までのSQL Serverの使用料で比較すればB 社が最も低価格となるが,セキュリティソフトを導 入するとA社を上回る価格になることがわかった. 総合的に判断すると,A社がSQL Serverの提供と 費用およびセキュリティ対策という点で最適なサー ビスであるという結論に至り,独自開発LMSをA社 のVPSで運用することを決めた.なおA社のOSは Windows Server 2012 R2,データベースはSQL Server 2014をサポートしている. 2.3 VPSの契約手続きと費用 A社のVPSの申し込みから提供までの手続きは, 全てインターネットとメールを介して行われ,以下 の流れで進められる. ① 契約者情報とクレジットカード情報を入力し, 会員登録をする. ② 登録が済むと会員メニューにログインできるよ うになり,そこからVPSのプランとオプション (SQL Server)を申し込む. ③ 申し込みが完了したら仮登録という形で,グロ ーバルIPアドレスと管理者権限,初期パスワー ドが発行され,専用のコントロールパネルにロ グインする. ④ コントロールパネルからVPSを起動し,初期パ スワードを変更して利用を開始する. ⑤ 申し込みから2週間が経過すると仮登録から本 登録に移行し,この日から月額費用が発生する. ①~③の手続きは20分で完了し,すぐにVPSが使 用できる状態になった.④のWindows Serverへのロ グインは,コントロールパネル内のVNCコンソール 表1 Windows Server を提供する VPS サービスの比較(数値は円)

(4)

を用いてリモート接続するが,いったん接続したら Windowsの機能である「リモートデスクトップ接続」 を許可し,さらにファイアウォールの設定で自身の 端末のIPアドレスのみを通信許可しておけば,以降 は③のコントロールパネルへのログインと④のコン ソールの起動を経由することなく,自身の端末だけ が直接VPSにリモート接続できるようになる.そし て⑤のVPSの費用は,月額より年間一括のほうが1 年あたり2,160円割安となり,その一括の費用がSQL Serverの使用料と初期費用込で79,704円,そして別 途独自ドメインを取得し,その費用が年間1,852円だ った.さらに,httpsプロトコルへの対応のためSSL 証明書を取得し,その費用が年額972円だったので, VPSのトータルの年間費用は合計82,528円となった. 2年目以降はVPSとSQL Serverの初期費用が除外 され55,836円の年間費用となる.これは,本LMSが 2012年に3回目のサーバ更新をした際に,SQL Serverのライセンス費用だけで516,075円を支出し, 5年間運用したことを引き合いに出しても,コスト ダウンが大幅に進んだ結果となった. 2.4 VPS環境下での独自開発LMSの構築とセキュ リティ対策 Windowsにログインすると,クリーンインストー ルされた状態で用意されており,Webサーバのアプ リケーションであるIISを自身で追加し,CGIとなる ETIが起動するように設定しなければならない. CGIの問題としては,特殊なプログラミング言語の 通信を許可しないVPSもあり,実際に起動できるか どうかが不安視されたが,特段問題なくETIが動作 した.また,SQL Serverはデスクトップにインスト ールイメージが置かれており,それを起動して自身 で デ ー タ ベ ー ス サ ー バ を 構 成 す る .IIS と SQL Serverのインストールが完了したら,CGIプログラ ムの配置とデータベースの作成を行い,これで独自 開発LMSが運用できる状態になる.ここまでの手順 を遂行するためには,Webサーバとデータベースに 関する知識が必要になるが,本LMSではIISとSQL Serverのインストール方法から記載した設定マニュ アルと,LMSを自動で構築できるLMSインストーラ ー[9]を整備している.そのため,マニュアルに倣って サーバを設定し,インストーラーを実行していけば, 高度なITスキルを有しない者でも簡便かつ円滑に構 築できることを既に実証済みである. セキュリティ対策については,サーバ内ソフトウ ェアとしてキヤノンITソリューションズ社のESET File Securityがプリインストールされ,ウイルスや マルウェアの検知・駆除を行う.サーバ外のネット ワークセキュリティは,A社の常駐スタッフが24時 間365日体制でデータセンターのサーバを監視し, 通信障害やハードウェアメンテナンスに素早く対応 して,状況を利用者にメールで通知するようになっ ている.そして,LMSを運用する際には,スクリプ トやSQL文などをフォームに入力・送信し,不正に アクセスするクロスサイトスクリプティングやSQL インジェクションなどの攻撃を防がなければならな い.本LMSはサニタイジングやデータベースアクセ ス権限の制限といった対策を以前から講じているが, A社のVPSでは,Webアプリケーションファイアウ ォール(JP-Secure社:SITEGUARD Lite)を無料 で提供しており,これによりサーバの防御性能が一 層高まることから導入した.さらに,近年では暗号 化通信を行うhttpsプロトコルに対応したWebサイ トが標準化しつつあり,最新のブラウザでは非https サイトに警告を表示するようになった.httpsに対応 するためにはSSL証明書の取得が必要となり,A社 の会員メニューから申し込むと即日で発行され,そ の証明書をIISに登録することですぐに対応できた. このようにして,VPSの導入によって費用面とセキ ュリティ面を解決し,e-Learningを安定的に運用で きる体制を構築した. 2.5 パーソナルLMSの枠組み 以上を踏まえ,費用や労力負担の抑制とセキュリ ティを強化したVPS環境下に独自開発LMSを構築 し,個人が小規模なe-Learningを実践できる枠組み を本研究では「パーソナルLMS」と定義する.パー ソナルLMSという用語そのものについては,2011年 にエル・ピー・ティーコンサルティング合資会社が, 第8回日本e-Learning大賞[10]の中で用いた記録が あった.しかし,それは管理者個人でコンテンツの 配布と記録分析ができるLMSのことをパーソナル LMSと呼んでおり,本研究で定義した“個人で小規 模に運用する”LMSというパーソナルとは意味合い

(5)

図1 パーソナルLMSの関係図 が異なる.そこで,パーソナルLMSの解釈を明確に するため,以下の条件を定めてそれぞれの関係を示 し,本研究が定義したパーソナルLMSの枠組みを図 式化した. (1) LMSを大規模に展開することを初めから想定 していない.[規模] (2) サーバにかかる費用が個人で支払える範囲内 である.[費用] (3) サーバ設定やLMSの構築が個人で対応できる. [構築] (4) 機器の故障やネットワークトラブル,セキュリ ティ対策などの管理は,個人であまり考慮しな くても良い.[管理] (5) LMSの運用が安定的に行われる.[運用] (6) LMSのユーザは,サーバを管理する個人と,そ の個人が運営する環境(授業など)に属する学 習者のみである.[ユーザ] (1)はパーソナルLMSが成立するための前提条件 であり,(1)を満たさなければ(2)(3)(4)の全てに影響 を及ぼすことを示している.規模が大きくなると, ライセンス料の高額化,システム設定やセキュリテ ィ管理の労力の増大に直結するということを端的に 表したものである.そして,(1)(3)(4)のいずれかが大 きくなると,全て費用の増加に影響し,(2)(3)(4)(6) のいずれかが大きくなると,運用にかかる負担が増 すことを意味する.パーソナルLMSのポイントは (2)(3)(4)の抑制を優先することであり,本研究では 前節での検討から,VPSの利用が最適な手段である と判断した.オンプレミスでサーバを持った場合は, 特に(4)の負担が増加し,それは(2)(5)に影響するこ とになる.(3)は独自開発LMSを想定しているが,個 人が構築に精通し負担感がなく,さらに費用がかか らないということであれば,Moodleなどのオープン

ソースLMSも認め,Moodle Service APIなど既存の

外部システムと連携して構築することも差し支えな いと捉えている.ただしベンダー製LMSは,最初か ら(2)を大きく見込んだものが多く,パーソナルLMS として成立しないという解釈をした.(6)は前提条件 (1)と到達目標(5)を監視するための立ち位置であり, ユーザを抑制することが,小規模の維持と安定運用 の両方を満たすことを意味する. 3.パーソナルLMSの運用 3.1 小規模クラスにおける実践 筆者が担当する教職課程の科目「教育の方法と技 術」(2017年度後期)において,大学2年生19名を対 象に構築したパーソナルLMSを使用した.講義内容 は教材研究や授業設計,教育評価などに関する事項 を学んだ後に,それらを統合する場としてマイクロ ティーチングを実践し,自身の教育方法・技術を高 めることを目指したものである.マイクロティーチ ングは受講者全員が8分間ずつ交替で行い,授業毎 に相互評価を行う.この相互評価においてLMSを活 用し,筆者が独自に開発した相互評価サブシステム をLMS上に搭載することで,評価の集計やコメント の提示・共有の効率を高めた.当該科目において LMSを使用した箇所を以下に示す. 第1回:ガイダンス … パスワード変更,相互評価の練習 第9~12回:マイクロティーチングの相互評価 (各回5名) … 相互評価,評価結果の公開・共有 第13~14回:授業分析 … 評価結果の分析,評価履歴の分析,動画視聴 第15回:講義のまとめ … 授業評価アンケート 第1回のガイダンス時に,LMSの操作方法につい て確認し,相互評価の練習を行った.図2に示した フォームに評価とコメントを入力して送信し,図3

(6)

図2 授業評価の入力フォーム 図4 動画視聴機能 に示したコメント一覧の提示機能から受講者全員が コメントを読み合い,共感できるものには1票投じ ることを行わせた.このように,講義の第1回目で LMSの操作に慣らしておくことで,本番の第9回以 降は操作に戸惑うことなく相互評価に臨める体制づ くりができた.なお第9~12回の相互評価では,5 段階評価の集計点を途中で提示すると,受講者自身 の評価基準に影響を与え,公平な評価ができなくな ることを考慮し,全員の授業終了後の第13回で公開 した.そして,第13~14回の授業分析では,自身が 行った授業に対する他者からの評価結果に加え,他 者が行ったマイクロティーチングに対する自身の評 価履歴も活用した.ここでは,他者からのコメント と自身が他者に向けて記述したコメントを,それぞ れKHCoder[11]を用いて計量テキスト分析を行わせ, 自身の授業の特徴と授業時の評価の視点を客観的に 図3 コメント一覧の提示機能 図5 アンケート機能 捉えさせるようにした.また,マイクロティーチン グの様子をビデオ撮影し,図4に示した動画視聴機 能でWeb配信した.これは評価結果とビデオを照合 し,授業者が客観的に授業を分析できるための手立 てである.第15回ではアンケート機能(図5)を用 いて,この科目に対する授業評価を受講者全員に回 答してもらった. パーソナルLMSは小規模に展開することを前提 としたe-Learningなので,「小規模」というイメージ が先行して,システム構成が全体的に貧相に見え, 他のLMSと比較してもユーザビリティが低く,反応 も遅いという印象を抱くかもしれない.しかし,本 実践のような20名程度の使用では,LMSの反応が遅 くなることは一切なかった上に,機能の自由度が高 く,個人が思い描いた教育方法をLMS上に直に反映 できた.また,このように様々な機能を用いている

(7)

が,本LMSのベースシステムのプログラムは,ライ ブラリも含めて35ファイル,データベースのテーブ ル数は18と構成要素が少なく,プログラムの挙動や 格納データを見渡せるため,システムの全体像を把 握しやすい.また,本実践で用いた相互評価サブシ ステムは,プログラムが35ファイル,データベース は12テーブルで構成されており,個人が新たな機能 を開発するにしても,数十程度のファイルやテーブ ルの増加のみでシステム全体の規模を抑制できる. ちなみに,Moodle 3.4のコアモジュールは,プログ ラムのphpファイルが9596,データベーステーブル 数が347あり,データベース間のリレーションシッ プも複雑なため,相互評価サブシステムのようなも のを,Moodleで新たなプラグインとして自前で開発 することは容易ではない. そして,機能の自由度を高める工夫として,受講 者に提示する機能を,講義の場面に合わせて教師が 変更し,LMS操作の煩わしさを緩和できるようにし ている(図6).「教育の方法と技術」の第9~12回 では,受講者に提示する機能は「授業評価」のみで あり,各回のマイクロティーチングが終了したら「評 価結果の公開」を追加し,コメントの読み合いと投 票を行わせる.そして第13~14回では,「授業評価」 に換えて「評価結果(個人)」を提示しコメントを分 析させるとともに,「動画の視聴」も追加してコメン トと併せて自身の授業の振り返りを行わせる.講義 最終日の第15回では,「アンケートの実施」を追加し て,この科目の授業評価を実施し,さらに「アンケ ート結果」では,集計結果とそれに対する担当教員 からのコメントを提示する. このように,本LMSでは開発やインターフェース の点からも小規模を維持しながら,アドホックに機 能を増やしていくことを抑制する.ただし,この点 については,本研究が追究した,教員個人が自由に 構成できる学習環境を実現する独自開発LMSの設 計方針によるところが大きく,パーソナルLMSを引 き立てた形になったと言える. 3.2 学内ネットワークの障害発生時での運用 マイクロティーチングの相互評価は,学内のコン ピュータ室で実施し,端末から学内ネットワーク経 由で LMS にアクセスして実施する計画だった.と ころが,相互評価の開始前に学内の端末にマルウェ アが侵入し,ユーザ管理などを司るActive Directory のサーバに障害が発生した.そのため復旧までの間, 学生は端末にログインできず学内ネットワークを利 用できない事態がしばらく続いた.それが第9~12 回の講義と全て重なり,代替策として受講者所有の スマートフォンを使用し,LMS にアクセスさせて相 互評価を実施した.ほとんどの受講者がこの方法で 対応できたが,アクセスできなかった学生1名につ いては,評価用紙を配布してマイクロティーチング 時に記録させ,ネットワーク復旧後にログインして 入力してもらう措置を取った.このように,LMS も 受講者の端末も全て学内ネットワークに依存する環 境は,こうしたトラブルが起こったときには全て操 作不能になるリスクを抱えており,外部のVPS を用 いて分離させておくことが安定性を高める対応策と なった. 4.パーソナルLMS の可能性 4.1 パーソナル LMS の利点と関係図の活用 パーソナル LMS のメリットは,費用抑制を念頭 に置いた e-Learning の運用ができるということで ある.これまでの LMS は,今後の規模の拡大や長 図6 受講者に提示する機能の動的な変更

(8)

期間の運用を想定してオーバースペックなサーバを 構築しがちであり,初期費用が高額になることが課 題となる.さらに,セキュリティの管理が労力の負 担を増加させ,外部に委託すると更なる費用が発生 する.パーソナルLMS では,2.5 節で示した図1の 関係図のように,費用を考慮する際には規模,構築, 管理の3項目を拠りどころにして,科目数をどこま で制限するか,どの程度のサーバスペックで十分か, セキュリティ管理はどこまで必要かなどを見積もり ながら,費用の抑制を進めていけばよい.費用,構 築,管理を満たす現時点での妥当な方法は,本研究 ではVPS を導入することであり,前章で説明した通 り,小規模ならば過去に使用したサーバと遜色なく 運用できた.以上を踏まえて考察すると,導入時や 運用中にパーソナル LMS が維持できているかどう かをモニタリングするための目安として,関係図を 有効活用できることが言える.費用のチェック以外 にも,管理のチェックにも有効であり,現時点の規 模を確認し,費用や運用に影響が出ていないかどう かを判断することで,パーソナル LMS の範囲を逸 脱しないように個人に意識させることを促す.それ は同時に,管理が自身で対応できる範囲を超えると パーソナル LMS ではなくなるということを注意喚 起するものでもある. 4.2 障害に対するリスク回避 VPS 環境は,学内ネットワークの障害発生時に効 果を発揮したことを3.2 節で述べたが,もう1つの 安定稼働の事例として,2018 年 9 月に発生した北海 道胆振東部地震時の VPS の稼働状況について取り 上げる.6 日未明に北海道全域で停電となり,北海 道名寄市内にある本学のサーバも全て停止した.停 電は7 日朝に解消されたが,システムの復旧やハー ドウェアの故障の調査などに相当な時間を費やすこ ととなった.一方本VPS は,データセンターが東京 にあるため地震時の停電の影響は全くなく,コント ロールパネル内のモニターを復旧後に確認したとこ ろ,通常時と変わらない稼働状況だった(図7).そ の後,本学のネットワークが完全復旧したのが11 日 で,さらに節電要請が求められた状況のなか,講義 開始の 9 月 21 日までに LMS の設定を完了しなけ ればならなかった.設定は科目登録,ユーザ登録, 相互評価の評価項目の登録,動画登録の4点が必要 であり,これらに加え挙動のチェックも含めると時 図7 VPS の稼働状況 間を費やす.筆者のログイン履歴を確認したところ, 9 月 11 日に 1 回,12 日に 9 回,13 日に 1 回,そし て19 日 1 回,20 日 3 回と記録が残っており,復旧 後すぐに設定し,講義開始前に動作確認した様子が 見られた.もしオンプレミスの LMS ならば,ハー ドウェアやネットワークの検査による遅延で,設定 や直前のチェックに十分な時間を割けなかったり, 万一停電でハードディスク等が故障した場合には, 講義開始に間に合わなかったりした可能性があった. その後9 月 21 日から 2019 年 2 月まで「教育の方 法と技術」の受講者22 名にパーソナル LMS を利用 させ,一度もトラブルが起きることなく授業を終え た.表2に示した学期末の全学授業評価アンケート 表2 授業評価アンケートの結果

(9)

(「4:そう思う」~「1:そう思わない」までの4 件法)では,(1) シラバスの履行と,(4) 授業準備(教 材や配布資料,ICT 活用など)の項目に対する評価 が最も高く,遅滞なく当初の計画通りに進行した点 と,パーソナル LMS の利用が受講者に受け入れら れた.そして,全ての項目で本科目が後期科目全体 の平均よりも高い評価となった.筆者が現時点で最 善と考えた本科目の教育方法と,それを具現化する LMS が合致したことが授業評価アンケートに反映 し,さらに LMS 利用の効果を高める前提条件の1 つとして,インフラの安定性の充足があったと考え る.つまり,どんなに高い教育効果をもたらすシス テムであっても,それが不安定な環境ならば,評価 は一段階下がっただろうが,安定していれば下がら ないということである.このように, 設定や動作チ ェックといった準備期間も含め,その後の授業への 影響を考慮すると,VPS を導入したサーバ構築は, インフラの安定性を保証する上で適切な方法だった と改めて実感させられた事例であった. 3.2 節と本節で共通して言えることは,LMS を組 織単位で導入すると,サーバは大学ネットワークに 設置する場合がほとんどで,サイバー攻撃や停電と いった障害のリスクが自分たちにのしかかるが, VPS はリスクがデータセンター側に寄りやすいの で,そこでリスク回避が自ずとできているというこ とである.そして,Web アプリケーションファイア ウォールの導入によって外部からの攻撃を遮断し, 状況を直ちに報告するため,リスク対応への安心感 が高まった.表3はSITEGUARD が出力した 2018 年 7 月分レポートの中の,本 VPS に対する攻撃の 内訳である.どのIP アドレスからどのような攻撃が 行われたのかを確認することで,こちらでも当該IP アドレスのアクセス拒否やサニタイジングの強化な ど,個人で対応できる範囲でセキュリティ対策を講 じることが可能になった. 4.3 VPS 利用の課題 VPS は安価でセキュアなサーバを構築できるが, 実際に使用した際に2つの課題が生じた.まず1つ は,容量のスケールアップができないことである. 割り当てられた50GB のうち,OS と SQL Server で 約20GB を使用し,さらにセキュリティ対策で導入

したESET File SecurityとSITEGUARD の分も

合わせると,基本システムだけで合計23GB 程にな る.また,OS のアップデートが定期的に行われ,そ のパッチファイルが徐々に容量を使用していくこと から,LMS の実質的な容量は 25GB 程度しか残っ ていない.LMS 内にデータやコンテンツを蓄積し続 けていくと,やがて上限の50GB に達するが,途中 で容量を増やすことはできない.容量を増やすため には,現在の 50GB プランを解約し新たに 100GB プランを契約し直してサーバを再構築する必要があ る.そして100GB プランの費用は,50GB プランに 比べて年額で21,600 円高くなるため,図1の関係図 で示したように,費用の増加は規模と構築も含めて 判断しながら,上位プラン導入の必要性を考えなけ ればならない. もう1つは,OS のインプレースアップグレード, つまり,現在のアプリケーションやデータを引き継 ぎながら,OS のバージョンのみを更新することが できない.A 社の VPS は Windows Server 2012 R2 と 2016 の2つのバージョンを提供しており,契約 者が最初にどちらかを選択してインストールする.

2012 R2 を選択すれば ESET File Securityが無料

で使用できるが,2016 を選択すると ESET は入っ ておらず,オプションで追加するには費用が発生す る.したがって,本 LMS ではセキュリティを重視 して2012 R2 を選択したが,このメインストリーム サポートが2018 年 10 月に終了した.今後は脆弱性 の修正のみを行う延長サポートしか行われないこと から,サポート終了の 2023 年までに OS を入れ替 表3 SITEGUARD が検出した本 VPS に対する攻撃の内訳(2018 年 7 月分)

(10)

える必要がある.インプレースアップグレードが可 能になれば,データベースの構築や LMS の設定を 最初からやり直さなくても済むが現時点では対応し ていないため,OS 更新時に面倒な作業を見込まな いといけない.容量のスケールアップもインプレー スアップグレードも,A 社が今後対応すれば解決す るが,現段階では提供サービスの改善を期待して待 つしかない状況である. 5.おわりに 本研究では費用,構築・管理・運用の労力,セキ ュリティ対策の3つを互いに見渡しながら独自開発 LMS を運用していくためのパーソナル LMS という 枠組みを提案し,商用のVPS の導入によって実現し た.そして講義での使用から安定性を確認し,パー ソナルLMS の可能性について検討した. その結果,パーソナル LMS の枠組みを適用する ことにより,小規模の維持を念頭に置きながら,費 用面や管理面に配慮した独自開発 LMS の運用がで きるようになった.これは一般的な LMS に見られ る,ユーザや機能を次々と拡大していく枠組みでは なく,個人で対応できる範囲を逸脱しないよう意識 的に抑制する枠組みである.敢えて抑制することで, 費用をかけずに導入できる,少ない労力で管理でき るなどといった見通しを与えて,自由度の高い e-Learning 実践が着実に行えることを個人に確証さ せるものである.そして,信頼性と技術力の高い VPS サービスを個人利用することが,障害発生時に 自身が背負うリスクを回避するための防御策になっ ていることを示した. 最後に,本研究で提案したパーソナル LMS 用途 のVPS は,e-Learning ビジネスの新たな可能性を 示唆するものと筆者は考える.これまでの LMS の 導入は,サーバ本体やソフトウェア,ユーザライセ ンス,保守費用などに相当な費用が盛り込まれ,企 業と組織との間で契約を進めていく形態だった.そ れに対し,パーソナル LMS は企業と個人との間で 結ばれる契約を想定している.低価格とセキュリテ ィリスクの回避が保障され LMS の構築が簡便に行 えるVPS,もしくは既に LMS が構築された VPS を, 個人で気軽に購入できるサービスが増えれば, e-Learning の普及がさらに進むだろうと予想する.し かしながら,スケールアップにしてもインプレース アップグレードにしても,現時点では企業側のサー ビス体系に従わなければならない側面もあり,LMS の運用に影響を受けやすいことが指摘される. なお,本論文は日本e-Learning 学会第 21 回学術 講演会で発表した研究に,一部修正を加えたもので ある. 参考文献 [1] 冬木正彦, 辻昌之, 植木泰博, 荒川雅裕, 北村 裕,”Web 型自発学習促進クラス授業支援システ ム CEAS の開発”, 教育システム情報学会誌, Vol.21, No.4, pp.343-354(2004) [2] 植野真臣, ”知識社会における e ラーニング”, 培 風館(2007) [3] 宮原俊之, 鈴木克明, 阪井和男, 大森不二雄, ” 高等教育機関におけるe ラーニングを活用した 教育活動を支える組織支援体制-「大学e ラー ニングマネジメント(UeLM)モデル」の提案”, 教育システム情報学会誌, Vol.27, No.2, pp187-198(2010)

[4] H.Koike, K.Akama, H.Mabuchi, “Equivalent Transformation Language Interpreter ETI”, Proceedings of International Conference on Intelligent Engineering Systems, pp.149-154

(2001) [5] 赤間清, 繁田良則, 宮本衛市, “論理プログラム の等価変換による問題解決の枠組”, 人工知能 学会誌, Vol.12, No.2, pp.266-275(1997) [6] 石川貴彦, 赤間清, ”プログラムの自動採点を 核とした学習支援システムの構築”, 情報処理 学会 シンポジ ウムシリ ーズ, Vol.2005, No.8, pp.23-30(2005) [7] 石川貴彦, 赤間清, ” 教職実践のための相互評 価支援システム”, 日本教育工学会研究報告集 JSET10-1, pp.429-434(2010) [8] 田島貴裕, 奥田和重, ”小規模 e-Lseraning を対 象とした経済性分析の検討”, 日本教育工学会 論文誌, Vol.29, No.3, pp.371-378(2005) [9] 石川貴彦, ”e-Learning を簡便に構築するため

(11)

のサポートシステムの開発”, 日本 e-Learning 学会第 17 回学術講演会発表論文集, pp.48-55 (2015) [10] e ラーニングアワードフォーラム, 日本 e-Learning 大賞, http://www.elearningawards.jp /e-learning_past.html(参照日 2018.09.27) [11] KH Coder, http://khcoder.net/ (参照日2018.10.16) [著者紹介] 石川 貴彦(学術会員) 2005 年北海道大学大学院工学研 究科博士後期課程修了.同年北海 道大学大学院情報科学研究科学 術研究員,2006 年名寄市立大学 保健福祉学部講師,2009 年同准 教授として現在に至る.博士(工 学).LMS の設計・開発および教育実践に関する 研究に従事.日本教育工学会,教育システム情報 学会,日本 e-Learning 学会,日本保健医療福祉連 携教育学会,日本教師学学会各会員.

参照

関連したドキュメント

ても情報活用の実践力を育てていくことが求められているのである︒

  BCI は脳から得られる情報を利用して,思考によりコ

に着目すれば︑いま引用した虐殺幻想のような﹁想念の凶悪さ﹂

視することにしていろ。また,加工物内の捌套差が小

これはつまり十進法ではなく、一進法を用いて自然数を表記するということである。とは いえ数が大きくなると見にくくなるので、.. 0, 1,

子どもが、例えば、あるものを作りたい、という願いを形成し実現しようとする。子どもは、そ

ヒュームがこのような表現をとるのは当然の ことながら、「人間は理性によって感情を支配

   遠くに住んでいる、家に入られることに抵抗感があるなどの 療養中の子どもへの直接支援の難しさを、 IT という手段を使えば