I n S a r s y n s p e c h e
一中英語ロマンスにおける多言語の諸相ー*
I n Sarsyn s p e c h e :
Mul l i n g u a l A s p e c t s i n Middle E n g l i s h Romances
1.
はじめに
西 村 秀 夫 ( H i d e o N i s h i m u r a )
中世後期イングランドにおける多言語の状況について英語史概説書の多く が述べるところを要約すれば、「ラテン語が宗教、学問、教育、法律、 文学など さまざまな分野で用いられたのに対し、ノルマン征服以後、上流階級の威信あ る日常語(p
restigevemacular)として用いられたフランス語は
13世紀以降、より 洗練された文化を伝える言語として学習されるものになると同時に、行政、法 律、教育などの記録言語として、また書簡などの言語として、公的場面、私的 場面の両方で使われた。これに対し、フランス語とは無縁な人々の話し言葉と して使われていた英語は、フランス語の威信低下、中産階級の地位向上ととも に徐々に威信を獲得し、初期近代英語期には新しい標準語としての地位を獲得 した」となるであろう。中世イングランドにおける英仏二言語併用の状況につ いては、例えば
Baughand Cable (20136: 118‑19)が
112世紀末には、ふだんフラ ンス語を使っている人びとが英語を知っているのは別段珍しくもなかったし、
聖職者や教育ある人びとは英語を 知っているのが当然とされていたし、仕事の ために上層下層両階級と接触する人びとの間では英仏両語を話せるのは全く 普通で、あったりと述べている。
ここで言う二言語使用者が実際にどのようなテキストを産出していたかを概 説書から具体的に知ることは難しい。
Baughand Cable (20136)では第
6章「英語
‑45‑
の復権、 1 2 0
0‑1 5 0 0 年 ( T h eR e e s t a b l i s h m e n t o f E n g l i s h , 1 2 0 0 ‑ 1 5 0 0 ) J の第 1 0 7 節
115世紀におけるフランス語の知識の低下
(IncreasingI g n o r a n c e o f F r e n c h i n t h e F i f t e e n t h C e n t u r y ) J において、ウインザーの首席司祭 R i c h a r dK i n g s t o n が 1 4 0 3 年
に国王 Henry4 世に宛てて書いた手紙の一部が注 8 7 で紹介されているぐらい である(1 4 5 ‑4
6)。
( 1 ) Baugh a n d C a b l e ( 2 0 1 3
6:1 4 6 ) 2
J e o p r i e a l a B e n o i t T r i n i t e q u e v o u s o t
仕o i eb o n e v i e o v e t r e s e n t i e r s a u n t e e a
仕
e s l o n g ed u r r e , and s e n d e 30we s o n e t o ows i n h e l p and p r o s p e r i t e e ;
for, i n god f e y , 1 hope t o Al l ¥ 位 g h t yGod t h a t , 3 e f 3 e come 3 0 u r e owne p e r s o n e , 3 e s c h u
lIe have t h e v i c t o r i e o f a
lIe 3 0 u r e e n e m y e s .
And f o r s a l v a t i o n o f 3 0 u r e S c h i r e and Marches a l a b o u t e , t r e s t e 3 e nought
tono L e u t e n a u n t .
E s c r i p t a H e r e f o r d , e n
位e s g r a u n t eh a s t e , a t r o i s d e l a c
10 c k e a p r e s n o o n e ,
le ti e r c e j o u r d e S e p t e m b r e . "
(
1全くの健康を伴った良き生活を陛下にいつまでもお恵み下さり 、陛下を 御健勝御清栄のうちに私どものところへ直ちにお送り下さいますように、
至福なる三位一体にお祈りします。と申しますのも、本当に、全能の神にお 願い致しますが、もし陛下が御自身でおいで下さいますならば、陛下は必 ずやすべての敵に打ち勝たれるでしょうから。
「そして陛下の州や辺境一帯の救済に関しては、決して代理人を信用なさ ってはなりません。
1 9 月 3 日、午後 3 時 、 H e r e f o r d にて大急ぎで記す。 J)
Baugh a n d C a b l e はこの手紙について「慣習を重んじて司祭は勇敢にもフラン ス語で手紙を書き始めたが、終わりの方で特に熱がこもってくると、文章の途 中で彼は本能的にフランス語から英語に移行しているのである
3Jと述べると ともに、注 8 7 の冒頭で「この手紙の末尾は奇妙な仏英混交文になっている 4 J と記している。
‑46‑
In Sarsyn speche
「奇妙な仏英混交文Jとしづ表現が端的に示すように、言語の混交(l
anguage‑ mixing)が生じているテキストは、書き手(著者ないし筆写者)の側の不十分な言 語能力を示すものとしてこれまで低く見られる傾向にあった。しかしながら、
コーパス言語学、歴史社会言語学、歴史語用論の進展や社会言語学の知見の援 用などにより、
1990年代以降、中英語から初期近代英語期における言語接触 ( l
anguage contact)やコード切り替え(
code‑switching)に対する関心が高まり、これ までの考え方は見直されつつある
50Schendl (2012: 28)
はコード切り替えによる言語の混交が生じたテキストの出 現には、テキストのタイプ・ジャンル、フォーマル度、テキストの目的、想定 される受容者、成立年代などさまざまな要因が関係することを指摘したうえで、
文学的な
(literary)テキストおよび非文学的な
(non‑liter町r)なテキストのそれぞ れについて、以下のようなテキストタイプにコード切り替えが見られたことを 指摘している。
(2) Schendl(2012:28) i
.
Literary texts:
mixed ('macaronic') poems (OE
,
ME,
EModE) longer verse pieces (ME, EMod E )
drama (ME, EMo
d E )
various prose texts such as travel accounts, etc. (l¥伍,EMo
d E )
ii. Non‑literary texts:
legal and administrative texts (OE
,
ME,
EMod E )
business accounts (ME,
EModE)scientific and medical texts
,
induding recipes (ME,
EModE) sermons (ME,
EMod E )
religious prose texts (ME)
private' prose such as letters and diaries (ME
,
EMod E )
‑47‑
Schendl はさらにコード切り替えを含むテキストは 8
世紀から現代まで続く こと、大半のテキストが
13世紀から
15世紀に作られていることを指摘してい る 。
本稿では以上述べた最近の研究の動向を踏まえて、
Chaucerとの関連で中英 語ロマンスに見られる多言語的要素を考察する。
2. In romaunce as we rede (Sir Launfal741)
中英語ロマンスを読んでいると、
Inromaunce as we rede'やそれに類似した表 現をしばしば目にする。
Laskayaand Salisbury (eds.) (1995: 257)は
SirLa仰向
1741行に現れるこの表現に対し以下のような注を与えている。
(3) Laskaya and Salisbury (eds.) (
1
995: 257)Romances often make reference to sources (real or imagined)
,
as ifto lend credence to the tale. The device is also found in ear1y English hagiography and late classical literature.MED(r
δmaunce (n.))は(
4)に示すように、l.
(b)において
Laskayaand Salisburyと同様の定義を与えるとともに、
3.において寸h
eFrench language'という定義を与 えている。
( 4 ) MED , r
δmaunce (n.)(引用例抜粋)
1. (b) the source
,
real or alleged,
of an English chivalric romance or verse narrative; aI450(aI400) Athelston (Cai 175/96) 383: In romaunce as we rede..On London←
brygge ded doun felle Te messangeres stede.1457 Libeaus
(N
aples 13.B.29) 29112196: As in romaunce [Lamb: the Frensshe旬le]it is tolde.
3. The French language; ~ bok, a book written in French; io (oo)~, in French. cI450(
c 1
400) Sultan Bab.(Gar 140) 25: Kinge Lowes witnessith tat cas,
As it is wryten in Romaunce And founden in bokes of Antiquyte.‑48‑
In Sarsyn speche
中英語ロマンスの多くにフランス語(特にアングロ・ノルマン語)で書かれた 原典が存在する(と想定されている)ことを考えると、
Inromaunce as we rede'に おける
romaunceの中核的な意味は
「フランス語で書かれた(ロマンスの)物語」
と考えてよいであろう。このことは S i rL a u n f a l 474に
Thusseyd the Frenssch tale'という表現があることからも裏付けられる。原典との距離・関係は個々の 作品において異なるが、中英語ロマンスの多くにはフランス語が付いて回る可 能性が高いことには留意しておく必要がある。
3 . S i r Thopas 897‑902
Chaucer
は『カンタペリー物語』の中で
romaunceとし、う語を単数形で
1回 、 複数形で
2回用いている。単数形は
「貿易商人の話」で
『蓄積物語』に言及す る際に現れるのに対し、複数形の
2例はともに
「騎士道ロマンス
jの意味で
「ト パス卿の話J に現れる。
2例のうちの
lつを以下に示す(残る
1例は
848行に現 れる)。
( 5 ) S i r Thop ω897
‑9 0 2
Men speken of romances of prys
,
OfHom child and ofYpotys,
Of Beves and sir Gy, Of町 Lybeuxand Pleyndamour‑
But sir Thopas
,
he bereth thef 1
0町Of roial chivalry!
このスタンザは、
Chaucerが同時代の騎士道ロマンスに精通していたことだ けでなく、彼の聴衆たちがここに挙がっている固有名詞から想起するであろう イメージを
Chaucer自身が十分に承知していたことを示すものと解釈されてい
る 。
Hom
,
Beves,
Gy (Guy),
Lybeux (Libeaus)はロマンスの主人公である。
Ypotysは
‑49‑
中世で広く知られた伝説の主人公で、皇帝Hadrianに一連の問答を通じてキリ スト教の教義を教えたとされる子どもの名前である。この伝説がロマンス作品 と並んで収められた写本が他にも見られる。 Pleyndamourは不詳であるが、
ChaucerがEglamour
,
Triamourなどに倣って作り出した架空の名前とし、う見方 が有力である。Horn, Beves, Gyを主人公とするロマンスはChaucerと同時代のAuchinleck写 本に含まれており、 Chaucerがこの写本、あるいはそれに近い形のものを手に した可能性があると考えられている。またCharbonneau(2005: 653‑54)は、
B e v i s
, Guy, Horn C h i l d e
のほか、同じ写本に含まれるAmisand Amiloun
,S i r Degare
,King A l i s a u n d e
,rO t u e l
,King R i c h a
r
,dR e i n b r u n
もS i r T h o p a s
の材源・類話と考えられること、さらに亭o仰 と
L y b e a u sD e s c o n u s
のほかにMSCotton Caligula Ai .
iに含ま れるThomasof E r c e l d o u n e
, Sir Lαu n f a l
,O c t a v i a n
,S i r Eglamour of A r t o i s
もS i r T h o p a s
の材源・類話と考えられ、 Chaucerがこの写本のプロトタイプ的なもの を見ていた可能性があることを指摘している。4. Auchinleck写 本 に 見 ら れ る 多 言 語 的 要 素
Summerfield (2013)は、 Auchinleck写本中のフランス語やラテン語などの外国 語を含む数少ないテキストを調査し、コード切り替えなどの多言語的要素を明 らかにしているが、ここでは本稿との関連でフランス語系語葉の使用について その論点を簡単に紹介しておく。
Summerfield (2013: 251)は、ロマンスの作者がある特定の人間や集団を表すた めに特徴的な語棄を用いていることを
T h eRomance of R i c h a r d
から例を引いて 明らかにしている。この作品においてフランス王Philipは、頼りなく、弱気で、臆病者として描かれ、作品の中ではもっぱらフランス語を話す。 (6)はPhil中が
R i
chard王から臣下の侯爵を処刑すると脅しを受けた場面である。( 6 ) T h e Romance of R i c h a r d 3275‑80
Tenne answeryd te K戸港offFraunce‑50‑
1 n S a r s y n s p e c h e To Kyng R i c h a r d w i t o u t e n d e s t a u n c e :
A s u f f r e , S e r e , b e l e amys ,
Tou h a s t wrong , S e r e , b e S e y n t Denys , T a t tou t r e t y s t t a t m a r k y s
T a t t e n e u e r e 3 i t d e d e a m i s
.'
[ T h e n a n s w e r e d t h e k i n g o f F r a n c e t o King
Ric h a r d i n a
企i e n d l ymanner
:Waitamoment , s i r , d e a r f r i e n d , you a r e wrong , s i r , by S t D e n i s , t h a t you t h r e a t e n t h a t m a r q u i s who n e v e r y e t d i d you a n y w r o n g . ' ]
S u m m e r f i e l d ( 2 0 1 3 : 2 5 3 ) は ( 6 ) の引用においてボールド体で示した語句がフラ ンス語的な雰囲気を醸し出しているとし、 d e s t a u n c e , s u f f r e の 2 語について
ANDに基づいて、それぞれ d i s c o r d , q u a
町e l , ' t ow a i t , b e p a t i e n t'という語義を与えてい る。さらにこのような詩行は、熟達した演者に強いフランス語の靴り ( a c c e n t ) を 伴った臨場感のあるパフォーマンスを行う機会を提供することになったであ
ろうとも述べている。
S u m m e r f i e l d は指摘していないが、上述の 2 語は実は
MEDを用いて解釈することも可能である(この箇所の s u
飴e は MED で引用されている)。
(7) AND
v s .
MEDi
.
d e s t a u n c e : d i s c o r d
,q u a r r e l
(AND,d e s t a n c e s
.l )
D i s a g r e e m e n t
,d i s c o r d
,s
仕i f e
(MED, d i s t a u n c e ( n . ) 1 . ( a ) ) i i . s u
飴e : t o w a i t
,b e p
瓜i e n t
(AND,s u f f r
廿v . a
.1 2 )
To be l o n g ‑ s u f f e r i n g , f o r b e a r , r e
企a i n ;d e f e r v e n g e a n c e o r p u n i s h m e n t , f o r b e a r f o r a w h i l e ; a l s o , d e s i s t
(ル伍'D,s u f f e r e n ( v . ) 4 b . ( 1 ) )
ここに中世後期イングランドにおける複雑な言語状況を見ることができる。
T r o t t e r ( 2 0 0 6 : 7 4 ) はアングロ・ノルマン語と中英語を明確に区別することが困難 であること、
MEDの引用文、さらには見出し語までがアングロ・ノルマン語の 辞書に見られることを指摘する。また S c h e n d l( 2 0 0 0 : 8 6 ) は多くの語について、
‑
51‑
借 用 か コ ー ド 切 り 替 え か を 判 定 す ることが難しいことを指摘する。さらに
Schendl (2013: 48)では多言語の話者にとって、借用とコード切り替えは連続体 をなすものであったと述べられている。
このような状況を念頭に置いた上で、以下、
MSCotton CaligulaA .i iについて 検討してし、く。
5. Octovian Imperator
I こ見られる多言語的要素
MS Cotton Caligula A.ii
に唯一現存する
SirLaunfalの最後で自ら作者として名 乗りを挙げる
ThomasChestre は、同じ写本でこのロマンスの前後に置かれた2つのロマンス、
OctovianImperatorおよび
LybeausDesconusの作者でもあると考 えられている。また、
Chestreは
Chaucerと知り合いで、あった可能性があることも指摘されている
6。本稿では以下、これら 3 作品のうち
OctovianImperatorを
「
多言語
Jとし、う視点から読み直し、
Chaucerと同時代のロマンス作者および この作品の受容者(聴衆)にとっての多言語の状況について考えてみたい。
英語版
Octavianには2つの系統があり、どちらも
14世紀後半の成立と考え られている。本稿で扱う
Southemversionの他に
Northemversionが存在する。
Purdie (2008: 214)
に従って後者の詳細を記す。
(8) Northem' Octavian
i
.
Manuscripts
a. Lincoln, Dean and Chapter Library, MS 91 (the Thomton manuscript). 15c, 2/4.
NRY. ( L )
b. Cambridge, University Library,
F 王
2.38.later 15/ear1y
16c. Lei. (C)i i .
PrintCalifomia
,
San Marino,
Huntington Library 14615 (STC 18779). W. de Worde; prob. 1504 ‑ 6 .
Northem Octavian (
以下、NOと略記)の行数は
L写本が
1634行 、
C写本が 1730 行で、詩形は a~b3cc4b3dd4b3ee4b3 の典型的なテイルライム(尾韻)スタンザ(tail-‑52‑
In Sars戸1speche
rhyme stanza)
である。
これに対し
Southemversion (0 ‑ 下 、
SOと略記)はテイルライムではなく
aa(4b2(4b2ないし
aa(4b3(4b3とし、う他に例を見ない詩形で書かれている。行数は
1962行で
NOよりやや長い。
Octavian
は、濡れ衣を着せられた高貴な身分の女性が追放され、あまたの苦 難に見舞われながらも神の加護により最後は身内の者と再会を果たすという、
中世ヨーロッパに広く流布したモティーフをもった物語で、フランス語版が現
存する。英語版
Octavianにはプロットや細部でフランス語版との一致や言語面 での対応が見られることから、
McSparran(1986: 42‑4
3)は、英語版
Octavianは フランス語版そのもの、あるいはそれに非常に近いテキストに由来する、ただ
し
NOと
SOの間に直接的な依存関係はないと考えている。
SOにはフランス語 系語集の使用に関して注目すべき点、さらに詩人の多言語に対する意識を垣間 見させる箇所が見られるので、以下、物語の展開に沿いながらそれらを検討し ていく。
まず
SOの前半のあらすじを簡単に述べておく。
皇帝
Octavianはフランス王の娘
Florenceと結婚し、双子の息子を儲ける。下
の結婚を快く思わない皇帝の母親は好計をめぐらして息子たちが
Florenceの 不義の子だと仕立て上げ、
Florenceは
2人の息子
(Florent,
Octavian)とともに森 へと追放される。
Florentはサルに連れ去られたところを年老いた騎士に救わ れるが、騎士は無法者
(outlaw)の一団に襲われ、
Florentは彼らに連れ去られる。
パリで屠畜業を営む
Clementが巡礼行の帰りに彼らに遭遇し、
Florentを買い
受け、妻には自分の子と偽って養育する。一方、
Octavianは牝のライオンが 連れ去り養う。
2人の子どもを奪われた
Florenceは船で聖地に向かうが途中、
Octavian
とライオンに出会い、一行はそのままエルサレムにたどり着く。
Florent
が
15歳になったとき、
Clementは自分の仕事を
Florentに教えるため、
雄牛2
頭を自分の実の息子
Bonefeyとともに売りに行くように命じる。その際、
‑53‑
60シリング以下で売ってはならないと付け加える。
(9) tasse (695)
An
d yftou ham sel[l]est lasse,
As y mote her ma戸戸
1Sor masse,
Er tou eft企omy handys passe,
1 haue yment,1 woll vpon ty body tasse
Well many a dent." (SO 691‑96)
Clement
は「もしも
60シリング、以下で売って帰ってきたら、しこたま殴りつける」と
Florentに言い聞かせる際に
tasseという語を使っている。この語につ いて
MEDには次のように記されている。
( 1
0) MED,
tassen (v.) [OF tasser; also cp. ML tassare.]To heap (sth
よ
pile,
stack; also, f i g .
heap (many a blow upon someone's body); ,.. with, burden (sb.) with (sth.), encumber.MED
にはこの
SOの例を含めて 4例の引用が挙がっている。一方、
OED2 (↑t部se,v.)
は
Obs.rare.と注記し、この箇所からの引用を挙げるのみである
oANDには同s
serの項で
tostack (com), heap up'の語義が見られる。ただし、引用例は 少ない。
Florent
は途中で、騎士見習(
squire)と出会うが、彼が右手に載せた「ハイタカ
(sparrow hawk)Jに心を奪われ、連れていた雄牛2頭と交換してしまう 。この場 面での「ハイタカ
」を表す語の使われ方は興味深い。(11) spreuere (702)
That chyld answerede
&
seyde,Nay!"Te bestys tey dryue fo中yntewey;
‑54‑
In
S a r s y n s p e c h e A 3 e n s ham com t a t y l k e d a y
A s t o w t s q u y e r e ,
An
d b a r vpon h y s r y 3 t hond g a y Afa
戸s p r e u e r e .
Tho s e y d e t a t c h y l d F l o r e n t y n
,God woldtat
早erhaukwerm戸1."Te s q u y e r s e y d
,Be Se y n t M a r t
戸1,B o c h e r y s s o n e
,F o r to two o x e n b e h e tyn
,Tysfaucone."
(SO 6 9 7 ‑ 7 0 8 )
最初
7 0 2
行の脚韻位置でs p r e u e r e
が用いられている。この語についてOED2 ( t s p e r v e r )
はObs.rare.と注記し、 Arthurand Merlin, King AlexanderおよびSO
のこの箇所の各 l例を引用している。
MED
は、姓を表す例を除くとOED2
が挙 げる3例にKingAlexanderからさらに 1例を加えた4例を引用している。( 1 2 ) MED
,s p e r v e r n . ( 1 ) [ F r o m OF e s p r e
吋e r
,e s p r e v e r
,e s p e r v ( i ) e r . ] ( a ) A s p a r r o w h a w k ; ( b ) a s s u r n a m e .
( a )
c1330(?aI300)Ar
幼.&M.( A u c h ) 5 2 5 8 : A g r e u e i n t o k t a t d e s
附 A ndf l e i 3 e t e r o n s o a s p e r u e r .
c1
4 0 0 ( ? a 1 3 0 0 )
瓦4 / . α
(Ld
Mis c6 2 2 ) 4 2 3 9 : He m e t e t a k n i 3 t h wit a s p e r u e r e . . o n ades
仕e r e .
c1
4 0 0 ( ? a I 3 0 0 )
瓦4 1
e.ぷ(Ld
l¥位s c6 2 2 ) 7 1 3 2 : On h i s h o n d e s t a n t a s p e r u e r s [ L
inI:s p e r m e r y s ] ; He s e e t f a i r e medes a n d e k r y u e r s .
a I 5 0 0 ( a 1 3 7 5 )
Octav. ρ~( C I g A . 2 ) 7 0 2 : A s t o w t s q u y e r e . . b a r vpon h y s r y 3 t hond g a y A f a y r s p r e u e r e .
ANDでは次に示す通り
e s p e r v e r
の形で採録されている。‑55‑
( 1 3 ) AND ,
esperver語義
1の最後の引用例に r
esperverは英語で
sparrowhawkJとあり、英仏二言語 併用の状況を窺わせる。
次のスタンザで
spreuereは明らかに英語である
sperhaukで言い換えられ(
704)、 さらにスタンザの最終行(
708)ではより 一般的に猛禽類を表す
fauconeが用いら れている(脚韻語でもある)。この
spreuere→s
perhauk→f
auconeとし、うバリエーションは
esperverの意味を聴衆に理解させるための詩人の工夫と考えることが できる。
OED2
には採録されておらず、
MEDでは 1例のみ s o から引用としづ、一種 の
hapaxlegomenonと思しき語も、 ANDを参照することで解決する。
Florentが 連れ帰ったハイタカに
Clementが気づいて激怒し、
Florentを殴りつける場面で ある。
(14) sef(747)
In a rage Clement hente a staf
An
d Florent fele strokes he yaf, An
d seyde,Boy, tellest tou n03t sef My craft to lere,To selle motoun
,
bakoun &beef‑56‑
In Sarsyn speche
As fleschhewere?" (SO 745‑50)
OED2 では
sefを見出し語として捜し出すことができない。 MED(sH(a 司 j . ) ) は
pleasant,
agreeable'と定義しこの箇所だけ引用しているが、
ANDを見ると以下 のようになっている
。MED
,AND から得られる情報から判断する限り
sefはフ ランス語の語葉と考えられ、ここではコードの切り替えが起こっていると考え てよいであろう
。( 1 5 ) AND ,
suefなお、 OED2 では
suaveの項で以下のような情報が得られる(初例はc1560)。
( 1 6 ) OED2
, suave,
α. (αdν.)[a. F. suave (16th cent
よ
aleamed' formation which took the place ofthepopular' OF. soe
, f
suef(s仰の:‑L.
suavis sweet,
agreeable:ー *swadwis,五
swad‑(see SWEET‑57‑
a . ) . ]
SO
の詩人に脚韻語としてアングロ・ノルマン語由来の語を用いる傾向があ ることは、次の例からも知られる。
パリに押し寄せたサルタン軍を迎え撃つ戦いに加わった
Florentの獅子奮迅 の活躍ぶりを見て彼に恋心を抱いたサルタンの娘は策を巡らし、
Florentの元に 逃げる。次の引用ではそれに気づいたサルタン軍側の慌てぶりが描かれている。
(17) tost (1244)
Tat cry aros戸ltoall te ost
,
As armes,
lordynges,
as armes tost! Our soudanes d03ter wyth greet bost 18 ra[ u ]ysschyd vs合0;N ow folwen we to te wate問scost
An
d sle our fo!" (SO 1243‑4
8)tost
は
OED2でも
MEDでも見出し語として捜し出すことはできないが、
McSparran
は
tostに対してグロッサリーで
quickly'と与えている。さらに AND を見ると以下のようになっている。
( 1 8 ) AND
, tost 2
詩人が脚韻の制約から聴衆になじみのない可能性がある語を選ばざるを得 なかったとしても、場面にふさわしいパフォーマンスが伴うことでその意味は 理解されたのであろう。
‑58‑
I n S
arsyn speche全般的に見て、詩人は言葉を非常に注意深く扱っているように思われる。
C1ementはかつてArthur
王の宮廷で馬番をしていたという触れ込みで、サルタ ンに接近し、彼が所有する
1本の角を生やした馬を連れ去ることに成功する。
その際に知恵をつけたのがサルタンの娘で、彼女はその馬の特徴を語る中で馴 らし方について以下のように述べる。
(19) coye (1344
,
1345)For he hym maket wyth moche pryde Anyse coye.
Te coye ys wyth hys handys two
C1appynde togedere to & 合0; (SO 1343‑46)
この例における
coyeについて、
OED2も
MEDもこの箇所のみを引用例として 挙げているが、以下の通り正反対の定義を与えている。
(20) OED2
,
tcoy,
n.2 Obs.一1Encouragement of an anima1 by clapping the hands or the like.MED, coie n. [Cp. coi] A pacif
シ
ingges旬re.MED
の説明に従えば、この語は
Chaucerが
『カンタベリ一物語』の「総序の 歌」において女子修道院長を描写する際に用いたも1symp1e and
coy'(GP 119)に おける
coyの名詞用法と考えられるが、
ANDには次に示す通り、形容調、副詞 用法の
coiはあっても名詞用法は収録されていない。
SOの詩人は馬をおとなし くさせるためのジェスチャーを意味するこの語が特殊な、聞き手になじみのな い語であることを認識していたので、直後(次のスタンザ冒頭)に具体的な説明 を施したと考えられる。
‑59‑
(21) AND
,
coi'次に詩人の多言語に対する意識、関心の強さが現れていると考えられる箇所 を取り上げて検討する。
サルタンの娘は父親の元から逃れてのちも、マホメットに対する信仰を捨て ようとはしなかったが、 Clementに諭され、ついにキリスト教に改宗する。
(22)
I n
Sars戸1speche (1264)And sche answerede & seyde
,
Nay,
Mahoun lawe ys well te better lay."But Clement prechede so to her tat day In Sarsyn speche
,
Tat sche was crystened戸1Goddes lay
‑60‑
In Sarsyn speche
F or dowte of wreche. (SO 1261‑66)
Clementは巡礼に出たことがあった。巡礼の途中で多くの言葉に接し、中に
はある程度習得できたものもあったろう。それゆえ(習得の程度は別として)彼 女の母語であるサラセンの言葉で語りかけることが可能であった。この箇所は、
信仰という人の心に関わることについて母語を用いて説得することの意味を 詩人が理解していたことを示していると言えるだろう。
物語の最後で夫、父親、息子(
Florent)と再会を果たした
Florenceが自分の境遇を語る次の箇所も巡礼の言葉の多様性を伝えるものである。
(23) pylgryms offele langage (1844) 1 gan to schypye atηrvage
Wyth pylgryms of fele langage. (SO 1843
‑4
4)Florentの活躍に比べるとこの作品のタイトルにもなっている Octavianは影
が薄いのであるが、多言語という観点からは興味深い例が見られる。
(24) The Donet (630)
Tho he was passed yres
命
ve,
He was ysetteTo leme gramer
,
tat wyll dyscryueTheDonet. (SO 627‑30)
この箇所では、ローマ皇帝の息子で、ある
Octavianが
5歳になって文法の学習 を始めたこと、その際の教科書が
Donatusの文法書で、あったことが示される。
幼い
Octavianが
Donatusの文法書を用いてラテン語の初級文法を学ぶ姿は、
14世紀のイングランドにおける上流階級(エリート層)に属する人びとのラテン 語学習の状況と重なり合うものであったろう。
‑61‑
SO
においては
Englys( E
nglish)が
l回だけ現れる。
(25) Englys (1510)
To rede戸1巧喧le
,
hyt ys meruayle Englys to schewHow many helmes, hauberkes, saun3 fayle,
Ther wer tohewe. (SO 1509‑12)
原文には解釈が少々難しいところがあるが、
Englysを
schewの間接目的語と 取れば、
「どれだけの数の兜や鎖雄子がそこで粉々に砕け散ったかを(フランス 語の)詩で読み、イングランドの人々に語ることは確かに驚嘆すべきことであ る J と読むことが可能である。ここにはフランス語と英語の両方を相手に格闘 する翻訳者としての詩人の本音が現れていると思われる。そう解釈すると、こ の作品で用いられている
asseyt te romaunce'(666, 1519)や
seydete Frenssch tale'(1705)は単なる
linefiller以上の、実質的な意味を伴っていることになる。
6 . おわりに
SOの後半部分で、はパリ近郊を舞台にローマ皇帝、フランス王を中心とする
キリスト教国軍とパピロニアのサルタンを中心とするサラセン軍の総力を挙 げた戦いが描かれる。またガリシア、スペイン、ロンバノレディア、 ドイツ、ペ ルシヤ、ギリシヤ、アラビア、マケドニアなど多数の地名が現れ、この作品に 多言語の雰囲気を与えている。しかし、作品中に現れるフランス語やフランス 語系の語葉、ラテン語やフランス語への言及、巡礼者の言語の多様性への言及 などを考慮すると、詩人は表面的な舞台設定を超越したところで、同時代の多 言語の状況に対する関心・認識を示したと言える。
SOを 、
Englishも
Frenchも
Latinもlanguageも一度も現れることがないNOと対置した時、その特異さがいっそう明らかになる。
SOは、その登場人物たちと同じように多言語使用の環境に置かれていた上流階級をその受容者として想定していたと考えらる。し
‑62‑
In Sarsyn speche
かし同時に s o には、
Florentが格闘競技(
wrestling)や石投げ(
stone‑casting)で、力試 しをする場面、騎士に叙せられた
Florentが
Clementの錆びついた武具を身に着 けて初陣に向う場面、サラセン側の巨人と一騎打ちを行う場面、両軍入り乱れ て戦う場面など、いわゆる
popular'romanceを特徴づける要素も多数取り込ま れており、多言語とは無縁の人々も楽しませる作品となっている。そこに s o
が描く世界や、受容者として想定する層の幅の広さを見ることができる。
以上、
Chaucerと同時代の多言語に対する意識のありょうを探るために、
Chaucer
と関連があると言われながら今日ほとんど顧みられることのないロマ ンス
OctovianImperatorを取り上げ、そこにみられる多言語の諸相を検討した。
Chaucer
が接した可能性があるとされる他のロマンス作品を「多言語」という 視点から読み直すことで、中英語ロマンスと
Chaucerとの関係について新たな 知見が得られるのではないか。
Chaucerは「弁護士の物語J において、舵のない 小舟で海に流され、各地を流浪する
Constanceが話す言葉を
Latyncorrupt' (MLT 519)と表現したが
7、その言葉は実際にはどのようなもので、あったのか。
MEDは
faul句"incorrect (language)'という解釈を与えているが、多言語の視点に立て ば異なった解釈も可能であるように思われる。
注
*
本稿は、日本中世英語英文学会第32回大会(2016年12月11日 関西大学)におけるシン ポジウム「チョーサーと多文化共生Jにおいて、「中英語韻文ロマンスにおける多言語的 要素」と題して口頭発表した原稿に加筆修正を施したものである。1. 永嶋他訳 (1981:149)。
2. 英語に切り替わっている箇所をボールド体で示す。訳文は永嶋他訳 (1981:184)による。
3. 永嶋他訳 (1981:183‑84)。
4. 永嶋他訳 (1981:184)。原文は Thel出erends in a s仕 組gemixture. '
5. Shend1(2000:81)は同じ書簡を引用し、二血efact that CS (=∞de‑switching) is found in a letter to the king seems to point to the basic social acceptability of this linguistic s回tegy'と述べる。
63‑
6. Burrow (1986: 124n3)は次のように指摘する。
Chester (sic) was possibly叩 acquaint姐ce.A Thomas de Chestre appears together with Ga1合idus Chaucer among those to whose ransoms the king con出butedin 1360. Both men had been capωred by the French during the campaign of 1359‑60.
7.
: r . . 位 : r
519‑20A maner Latyn corrupt was hir speche, But algates therby was she understonde.
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