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論文審査の結果の要旨

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Academic year: 2021

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論文審査の結果の要旨

氏名:村

博士の専攻分野の名称:博士(心理学)

論文題名:対人過敏傾向・自己優先志向が対人関係及び抑うつに及ぼす影響についての臨床社会心理学的 検討

審査委員:(主 査) 教授 坂

(副 査) 教授 横 教授 岡

近年,従来とは異なる特徴をもつうつ病患者が存在することが多くの精神科医によって報告されており,

「新型うつ」としても知られている。本論文において村中氏は,この「現代的特徴をもつ抑うつ」(以降、

現代的抑うつ,と略記)の発生を心理学から説明するために,パーソナリティおよび対人関係に着目し9 つの研究を行い,現代的抑うつの発生に関して貴重な知見を得た。

理論編では,まず従来典型的とされた抑うつとの比較を交えて,現代的抑うつに関する説明がなされた。

現代的抑うつは,従来型の抑うつと比較すると,抗うつ薬の効果が限定的で,軽症例が多く,発症に心理 社会的な要因が関与していることが指摘されてきた。そのため,心理学からのアプローチが有効であると 論じられた。次に,これまで心理学において提唱されてきた代表的な抑うつの対人理論が紹介され,対人 関係からのアプローチ,特にパーソナリティが対人ストレスの発生に影響するというモデルの有効性が議 論されたが,これまでの抑うつの対人理論は従来型の抑うつを仮定していることが問題として指摘された。

最後に本論文の5つの目的が述べられた。それは,(1) 現代的抑うつの心理学的特徴を整理し,その特徴 を測定する尺度を開発すること,(2) 現代的抑うつの心理学的特徴と対人関係との関連について検討する こと,(3) 現代的抑うつの心理学的特徴が対人ストレスを媒介し抑うつに至るというモデルを検討するこ

と,(4) 学生を対象として行った研究結果から問題点を修正し,社会人を対象とした研究を実施すること,

(5) (1)~(4)までの研究結果から得られる示唆の,臨床的妥当性を検討することである。

実証編では,上記の目的を達するために9つの研究を行った。まず,研究1~3で目的(1)にとりくんだ。

現代的抑うつを心理学から研究する際の問題は定義であった。すなわち,現在のところ,現代的抑うつに 関してコンセンサスのある精神医学的定義はない。そのため村中氏は,現代的抑うつそのものの精神医学 的な定義は保留し,専門家が現代的抑うつと認める状態と関連する心理学的特徴からアプローチした。研 究1では,現代的抑うつに関する書籍から心理学的特徴を抽出・整理した。研究2では,精神科医・臨床 心理士計24名を対象に,研究1で整理された特徴が,各臨床家の考える現代的抑うつの基準と一致するか を調査した。その結果,現代的抑うつとみなされている抑うつには,対人過敏傾向,自己優先志向という 大きく2つの心理学的特徴が含まれていた。研究3では,研究1および2の知見をもとに,対人過敏傾向,

自己優先志向を測定する尺度として,対人過敏・自己優先尺度(Interpersonal Sensitivity/Privileged Self Scale:IPS)を開発し,その信頼性と妥当性を検討した。その結果,IPSは,それぞれ3つの下位因子 を有する「対人過敏傾向」と「自己優先志向」の2つの上位因子で構成されていることが示された。また,

対人過敏傾向,自己優先志向とも複数の抑うつ尺度と有意な正の相関を示したこと,現代的抑うつ群に分 類された人たちの自己優先志向得点が高いことがわかった。尺度の再検査信頼性も十分であった。以上の 結果から,IPSの妥当性と再検査信頼性が示された。

目的(2)については,研究4と5で検討した。研究4では,IPSと対人関係および自己認知に関する諸変 数との関連について検討した。その結果,対人過敏傾向は,周囲からの評価を懸念するため,他者の意見 を重視し自己の主張を控える傾向と関連する可能性が,自己優先志向は,自己の判断を重視し,他者を軽 視し,周囲からの情報を取り入れにくい傾向と,それぞれ関連することが示唆された。研究5では,対人 過敏傾向および自己優先志向と,友人関係の様々な側面における人数との関連を検討した。その結果,対 人過敏傾向は,楽しいことを共有する人数,わずらわしいと感じる人数と負の相関を示し,自己優先志向 はわずらわしいと感じる人数と正の相関を示した。これらの結果から,対人過敏傾向は友人の少なさと関 連し,自己優先志向は対人関係においてわずらわしいと感じる人数の多さと関連することが明らかとなっ

(2)

2 た。

目的(3)については,研究6で検討した。研究6では,対人過敏傾向,自己優先志向が,対人ストレスを 媒介して,後の抑うつに影響するというモデルについて縦断調査で検討した。その結果,対人過敏傾向,

自己優先志向ともに対人ストレスを経験しやすくさせ,後の抑うつを高めることが示された。

目的(4)については,研究7と8で検討した。研究7では,IPSを社会人に対して使用することを目的と し修正を行った。その結果,修正した IPS についても大学生に対する調査と同様の因子構造が得られ,抑 うつ尺度との関連が認められた。よって,IPSは社会人を対象とした調査でも使用可能であることが示され た。研究8では社会人を対象に,研究6で示された対人過敏傾向,自己優先志向が,対人ストレスを媒介 して,後の抑うつに影響するというモデルについて検討した。その結果,自己優先志向は対人ストレスの 環境的な側面にも影響を及ぼしており,研究6と同様の対人関係モデルが確認された。一方,研究6で見 られた対人過敏傾向から対人ストレスに対する影響は確認されなかった。これは,両研究では測定する尺 度が異なっており,研究6で用いた尺度では対人ストレスの認知・感情的な側面が測定されていたのに対 して,研究8で用いた尺度はより環境的な側面が強調され測定されていたことに起因すると考えられた。

目的(5)については,研究9で検討した。研究9では,抑うつを主訴とし,対人過敏傾向と自己優先志向 を示す男性会社員に対する心理臨床的援助の過程から,現代的抑うつに対する介入の方法を考察した。す なわち,対人過敏傾向には認知行動療法的な介入が奏功し,自己優先志向には外在化技法により,来談者 自身が自己優先志向を客観視しコントロールすることによって改善が見られた。

以上の実証編を通して,本論文で実施した一連の研究がもたらした知見は以下6点にまとめられる。第 一に,現代的抑うつの心理学的特徴が,対人過敏傾向と自己優先志向であることを見いだした。第二に,

この2つのパーソナリティを測定する尺度を作成し,信頼性と妥当性を確認した。第三に,この2つのパ ーソナリティと関連する対人関係の特徴が明らかになった。第四に,対人過敏傾向,自己優先志向ともに 対人ストレスを経験する頻度を増加させ,そのことが後の抑うつを強めることが示された。第五に,学生 を使った上記の研究を,現代的抑うつの報告が多い社会人においても実施し,ほぼ同様の知見を得た。第 六に,抑うつを主訴とし,対人過敏傾向と自己優先志向を示す男性会社員に対する事例から,それらに働 きかける臨床的妥当性が確認された。これらの研究結果から,本研究で見いだされた対人過敏傾向,自己 優先志向を対象とすることで,現代的抑うつに対する実証的研究および援助方法の開発が進む可能性が示 唆された。

本論文は,心理学からはほとんど研究されてこなかった現代的抑うつに対し,実証的にアプローチした ものとして高く評価できる。これまで,現代的抑うつに関するコンセンサスのある精神医学的定義がない ことが,現代的抑うつの心理学的研究を困難にさせていた。しかし,村中氏は,現代的抑うつの定義その ものには踏み込まず,むしろ,この抑うつを生じさせるパーソナリティと対人関係に着目し,対人過敏傾 向・自己優先志向をパーソナリティ要因として特定し,測定を試みた。多くの書籍から現代的抑うつに関 する心理学的特徴を抽出・整理し,精神医学や臨床心理学の専門家による見解を調査し,その結果をもと に尺度を作成するという研究手法は,精神医学的定義が定まっていない中で,現代的抑うつに心理学から アプローチするためにとり得る最善の策であったと思われる。また,このようにして作成した尺度を用い て対人ストレスとの関連を調べることで,抑うつの発生にそれらのパーソナリティが影響を与えているこ とを示した。これらの研究により,作成した尺度の有用性が示されただけでなく,未解明な部分の多い現 代的抑うつに関して,心理学からの実証的研究に道を拓いた点は高く評価できる。さらに,村中氏自身が 産業現場を主な活動領域とするセラピストであることから,対人過敏傾向と自己優先志向の高いクライア ントに対して,これらの傾向をコントロールする介入を行い,症状の改善に成功している点も評価できる。

一方,抑うつのタイプとの関連について,本論文には解決すべき点も残された。すなわち,現代的抑うつ を測定する尺度が市販の 1 種類しか存在しないため,研究3ではそれを用いて自己優先志向と現代的抑う つとの関係を実証したものの,以降の研究では現代的抑うつか従来型の抑うつかを分けることなく,抑う つ症状の強さを従属変数として研究を進めた。今後,現代的抑うつを測定する他の尺度の開発が見込まれ ることから,抑うつのタイプとの関連を検討するさらなる研究が望まれる。このような問題は残されたも のの,現代型抑うつの心理学的研究の嚆矢とも言える本論文は高く評価できる。

以上の成果は,社会心理学および臨床心理学領域における学識の深さと心理科学的研究を遂行する能力 の高さを示すものであり,申請者が専門的な職務に従事するための十分な資格を有していると判断される。

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よって本論文は,博士(心理学)の学位を授与されるに値するものと認められる。

以 上 平 成29年1月26日

参照

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