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特殊教育学校への「就学義務」に関する若干の考察

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奈良教育大学学術リポジトリNEAR

特殊教育学校への「就学義務」に関する若干の考察

著者 大久保 哲夫

雑誌名 奈良教育大学教育研究所紀要

巻 14

ページ 85‑92

発行年 1978‑03‑25

その他のタイトル A Study of the Obligation to the Special School for the Handicapped.

URL http://hdl.handle.net/10105/6401

(2)

特殊教育学校への「就学義務」に関する若干の考察

大 久 保 哲 夫

  (障害児学教室〕

        ‡‡

1  問 題

 戦後、憲法・教育基本法の理念を、学校教育の制度と内容において具体化すべく制定された学 校教育法は、小・中学校における9年間の教育を義務教育とし、盲学校、ろう学校および養護学 校の小・中学部についても、小・中学校と同様の扱いを規定した。しかし、これら障害児教育諸 学校に関する義務教育については、新たな制度化のため直ちに実施に移すことができず、同法附 則でその施行期日は政令で定めるとされた。そして、このうち盲学校、ろう学校については、1948 年に「中学校の就学義務並びに盲学校及び聾学校の就学義務及び設置義務に関する政令」 (政令 第79号)が公布され、一般の小・中学校より一年遅れて義務制が実施された。一

 一方、学校教育法の中に新しく設けられた養護学校については、その後しばらく、学校開設の ための具体策が講ぜられることなく、したがってほとんど学校も存在しないという状態が続いた。

政府は、父母・教職員など関係者の強い要望により、1953年に次官会議で決定した精神薄弱児対 策要網の中で、養護学校の設置促進を初めてうたい、中央教育審議会も、1954年に「特殊教育お よび僻地教育振興に関する答申」を行ない、「養護学校を義務制とする前提としてその設置をす すめ、これを設置しようとする地方公共団体に対して、国は財政的補助を講ずること」と述べた。

 その趣旨をうけて、1956年には「公立養護学校整備特別措置法」が制定され、また「盲学校、

ろう学校及び養護学校の就学奨励に関する法律」の一部改正により、養護学校にも就学奨励費が 適用されることになった。そして、1959年には中央教育審議会から再び「特殊教育の充実根輿に ついて」答申がなされ、精神薄弱児養護学校については、都道府県に対し設置を奨励するための 国の措置をいっそう強化し、その設置を義務づける、肢体不自由児養護学校については、早急に 年次計画をもって都道府県に設置を義務づけ、所要の財政措置を講ずる、病・虚弱児養護学校に ついては、設置を奨励するため国の措置をいっそう強化すると述べられた。

 この答申をうけた文部省は、1961年度より、特殊学級増設5ヶ年計画とともに肢体不自由児養 護学校増設5ヶ年計画の実施に入ったが、60年代のいわゆる能力主義教育政策の中でこの養護学 校増設計画は大幅に遅れ、まして他の種類の養護学校の設置は遅々たる状態にあった。その中で、

とりわけ60年代後半からの、すべての障害児への教育権保障を要求する運動は全国各地に拡がり、

* ASt㎜dyoftheObligatio11to冊eSpecialSchoolrortheHa11dica叩ed.

** Tetsllo Okubo (Department of Defectology,NaI−a U皿1verslty of Educatlon,

   Nam)

一85一

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ようやく1973年11月に「学校教育法中養護学校における就学義務及び養護学校の設置義務に関す る部分の施行期日を定める政令」(政令第339号)が公布され、1979年4月1日より養護学校義 務制が施行されるはこびとなった。

 ところで、この養護学校義務制実施をめぐって、その後、制度論、政策論、内容論、運動論な どにわたってさまざまな論議がなされているが、その一つに、この予告政令に伴い文部事務次官名 で各都道府県教育委員会にあてた通達の中で、「昭和54年4月1日からは、精神薄弱、肢体不自 由又は病弱の程度が学校教育法施行令第22条の2に定める程度の子女の保護者は、 (中略)これ を養護学校の小学部及び中学部に就学させる義務を負うものである」と述べられていることにか かわる問題がある。すなわち、法令に定める程度の障害児については、保護者は特殊教育学校へ 就学させる義務があるとすることの問題である。

 障害児を「就学させる義務」に関するこのような見解は、文部省初等中等教育局特殊教育課か らだされているその他の文書においても、およそ次のような法律解釈としてしばしば示されてい るところである。

 それは、「心身障害児が就学する学校は、義務教育段階にあっては、小学校、中学校のほか、

盲学校、聾学校および養護学校がありますが、障害児がこのうちいずれの学校に就学するか、ま たどのような手続を経てその学校が決定されるかについては法令等で定められています」として、

      注・1

「障害の程度が学校教育法施行令第22条の2で定められた程度の盲者(および聾者)は盲学校(ろ う学校)へ就学する義務を負うことになり、小学校、中学校へ就学しても就学義務を覆行したこ とにはならない」こと、「学令児童・生徒の就学に関する事項は(中略)教育委員会の職務権限」

      注・2

であり、「最終的な教育措置の決定、学校の指定は教育委員会が行なう」こと、「児童に入学す        注・3

べき学校を指定すべき行為は、行政行為の中の命令的処分に属するもので、この指定は児童の保 護者に対し義務を課するものと解されているので、保護者は、市町村教育委員会の指定にしたが わなけれぱならない」こととする見解である。

        注・4

 これらの文書は、障害児の「就学する義務」という誤まった表現も含んでいるが、それはさて おき、要約すれば、障害児の就学に関しては、法令の定めるところにより教育委員会に措置決定、

学校指定を行なう権限があり、保護者はそれに従って子どもを就学させる義務を果たさなければ ならないということになる。

 今日の養護学校義務制実施をめぐる論議の中には、文部省のこのような行政的立場をとらえ、

「1972年、「学校教育法』が制定された時に、すでに、養護学校向きの子どもを持った親(保護 者)はその子を養証学校に就学させる義務がある(22条、29条)、都道府県は、養護学校を作ら なければならない(74条)、と規定していました」、「これ(政令・筆者注)によって、特に養 護学校への就学義務をめぐる部分が、「法』として生きてくるようになったわけです。生きてく るというのは、法的拘束力を持ってくる、ということであり、ひらたくいえば、従わなかった場 合、法によって罰することができる、ということです」、「国家が子どもの行き先を決める、子 どもは判定に従うしか生きる場がなくなる。異を唱えれば刑事罰の対象とされる、こうしたお互 いの関係を明確に打ち出したものが、養護学校義務化なのです」といった養護学校義務制への理        注・5

       −86一

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解がなされ、それを一つの根拠としながら「養護学校義務化反対」、「どの子も地域の学校へ」

と主張する動向もみられる。

       注・6

 本稿は、障害児を「就学させる義務」に関する文部省見解はいかなる法制上の根拠によるのか、

それは障害児の「教育をうける権利」の保障にとって妥当性をもちうるものかどうか、さらには、

逆に、義務教育としての特殊教育学校そのものを否定し、すべての障害児を小・中学校に就学さ せることが正当性を主張しうるかどうかという問題を通し、保護者の「就学義務」について考察 を加えようとするものである。

2 保証者の就学義務をめぐって

 周知のように、憲法・教育基本法は、すべての子どもはひとしく教育をうける権利があるとし、

あくまでも、子どもの学び発達する権利の保障を志向している。したがって、ここでいう義務教 育は、このような子どもの権利を保障する義務を、親権者としての保証者や国家・地方自治体が 負っているということを意味するものである。一般的に、このような義務教育の内容として、① 国・地方公共団体の義務教育学校設置義務、②就学条件整備義務、③保護者の就学保障義務、④ 教育における自律性保障義務があげられる。

      注・7

 そのさい、障害により生活上、学習上、発達上の制約をうけている子どもに、「能力に応じて、

ひとしく教育を受ける権利」 (憲法第26条)、すなわち「発達に必要な」、「その障害にともな う困難の軽減・克服に必要かつ適切な」教育をうける権利を保障するために、学校教育法は盲学       注・8

校、ろう学校、養護学校の義務設置(第74条)、および特殊学級の任意設置(第75条)について 規定している。また「就学奨励法」(前出)により、これらの学校・学級への就学援助がなされ ている。

 一方、学校教育法は、保護者に子どもを「小学校(中学校)又は盲学校、聾学校若しくは養護 学校の小学部(中学部)に就学させる義務」 (第22条、39条〕を課している。ただし、同法では、

盲学校、ろう学校、養護学校について、それぞれの学校の目的および対象についてふれているが

(第71条、71条の2)、対象となる子どもは特殊教育学校へ就学させる義務があると規定されて いるわけではない。むしろ、特殊教育学校へ就学させる義務は、政令、省令、通達の中で、法律 解釈として強化されてきているといえる。

 たとえば、学校教育法施行令では、同施行令第22条の2に示す程度の盲者、ろう者は、小学校 への入学に際しては小学校への入学期日は通知されず(第5条)、市町村教育委員会はこれらを 都道府県教育委員会に通知し(第10条)、そこから盲学校、ろう学校への入学通知、学校指定を 行なう(第14条)とされている。ここでは、一定の範囲の障害児は特殊教育学校へ就学すべきで あることが前提とされているのである。

 なお、市町村教育委員会は、学校保健法(1958年)に基づき就学時健康診断を行なうわけであ

るが、障害児の就学指導に関しては、「教育上特別な取扱いを要する児童・生徒の教育的措置に

ついて」 (文物特第380号)や、「盲者、ろう者等の就学の適正な措置と指導について」 (文物

      一87一

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特第435号)という通達により、教育措置基準や審査機関の設置が示されており、そこでは「保 護者は盲学校又はろう学校の小学部又は中学部へ就学させる義務を負っております」と明記され ている。

 文部省は、1948年4月「中学校の就学義務並びに盲学校及びろう学校の就学義務及び設置義務 に関する政令」 (政令第79号)が公布された時点で、障害児は特殊教育学校へ就学すべきである という立場をとっていたことは、当時の学校教育法施行規貝1」の第73条の7に「学校教育法第22条 文は39条の規定により盲学校又は聾学校に入学させなければならない者の就学について星一、と述 べていることからも窺える。そして、そのことは、かつての「盲学校及聾唖学校令」 (1923年)

が保護者に対する就学義務の規定を欠落させていた点を前進させるものとして、当時としては意 義あることであった。しかし、特殊教育学校への就学条件整備がなされていない段階では、規則         注・10

土はそうなっていても、そのための厳密な手続きがとられたわけではなかった。

 文部省が初めて特殊教育学校、特殊学級への教育措置基準を示したのが、1953年の「教育上特 別な取扱いを要する児童・生徒の判別基準」 (文部省通知、1962年失効)であった。ただし、そ れは「盲学校に就学させ、教育を行ない治療を受けさせるのが望ましい」とか、「特殊学級に入 れて指導することができる」といった表現で全体が貫かれており、教育措置は弾力的に運用され       注.・11

ていた。

 当時の文部省発行の書物も、たとえば特殊教育学校と特殊学級との関係について、「これらに ついては、法令はなんらふれていません。いずれでもよろしいという態度です。特殊教育を行な

う場所は、多々ますます弁ずるわけで、心身に故障のある児童・生徒にとっては、できるだけ近 くにそれがあることが望ましいわけですから、学校であると学級であるとを間わず、手近で、い ちばんよいと思われる所が選べるようにしたということは、当を得たものといえましょう」とさ        注・12

え述べている。

 それが、今日のように、特殊教育学校への「就学義務」を伴うものとして行政上の整備がなさ れてくるのは、1959年の中央教育審議会答申(前出)により、特殊教育学校と特殊学級の対象が 障害の程度によって区分され、それをうけて、1961年から63年にかけて、法令や判別・教育措置 基準が改められてからのことである。そこで、これら一連の改正がはかられた背景や、それが果 たした役割について考察を加えておく必要がある。

 冒頭にも述べたように、1950年代の半ばより、教職員や父母など関係者が手を結びあい、障害 児教育の拡充を求める運動が高揚する中で、文部省は60年代に入り、特殊学級・養護学校(肢体 不自由〕増設計画の実施、養護学校学習指導要領の編集、就学指導体制の整備等を開始するわけ であるが、それらは、当時の高度経済成長政策の一環としての人的能力開発政策に組みこまれ、

「特殊教育の振興」策が労働力の確保・育成への積極的役割を期待されるようになってく系3、

 こうした中で、文部省は、各教育委員会に就学指導の専門審査機関としての判別委員会を設置

するよう行政指導を強化するが、それにより、障害児の「能力」による分断処遇の定式化はいっ

そう明白になってくる。すなわち、判別委員会は、特殊学級に「重度の者がはいっていたり、学

業不振児が大級していたりして、本来の 精神薄弱児のための特殊学級 とはいえない学級が増

      一88一

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如している」ので、「これを適正化していくため判別をしっかりしなければならない」として設        注・1

置きれたもので、養護学校が量・質ともきわめて不十分な状態にあっては、それは多くの障害児 の教育をうける権利を剥奪する役割を果たしてきた。

 しかし、これら社会効用的、能力主.義的立場からの「特殊教育振興」策にたいし、60年代後半 より起きた科学的発達観に基づく障害児の権利保障運動は、不就学児をなくし、すべての障害児 にゆきとどいた教育を保障するための実践と運動を積み重ね、大きな成果をあげてきた。そこで は、障害児をうけいれる多様な教育機関の拡充をはかりながら、「障害の原因および状況につい て科学的に診断し、それに.もとづいて障害の克服に必要かっ適切な治療と教育のあり方を示唆し、

就学権を完全に保障していくため」に、従来の判別委員会とは異なる「適正就学保障委員会」が 提起されている。

      注・15

 このような科学的障害児教育運動の今日の到達点をふまえ、本稿の主題に返るならば、戦後の 教育改革により特殊教育諸学校が義務教育制度の中に位置づけられたことは、障害児の教育権を 適正に保障していく上で評価すべきであるが、その理念は行政過程の中で著しく歪められてきて

いるといえる。この歪みを正していく大道は、単なる「保護者の学校選択権」の強調ではないし、

まして、「養護学校義務化阻止」、「すべての子どもを地域の学校へ」という方向ではありえな

い。

3 保証者の学校選択権をめぐって

 養護学校義務制実施に関する政令が公布された後、本稿の主題とするような問題を指摘しなが ら、行政解釈を肯定し、不明確な結論に終っている文献がしばしばみられる。たとえば、「養護 学校が義務制になると、法律で定められている程度の障害を持つ精神薄弱児および肢体不自由児 が就学しても、義務教育を覆行したことにはならないか」と問いかけながら、「この解釈は理解 できないでもない」が「現場にとってはなお具体性を欠き、問題が多い」と述べるにとどまった り、盲児、ろう児が小・中学校の普通学級に人学することについて、「このことは、盲児・ろう

注・16

児の盲学校・ろう学校への就学義務を定めた現行の法令と実態との矛盾を今後どのような形で解 決すべきかという重要な課題を指摘している」という問題点の指摘だけに終っているなどがそれ        注・17

である。

 これらは具体的に生起する問題の解決をなんら示唆するものではないが、一方、特殊教育諸学 校への「就学させる義務」についての文部省見解は、学校教育法施行令第22条の2や通達第380 号が学校教育法第71条を「逆に読んでいる」ための誤まった法律解釈であるとして、それに「保 護者の選択権」を対置させ、後者を優先すべきだとする立場がある。

       注・18

 それは、「どの子も普通学級に」という主張や運動を、能力主義教育批判の「短絡的な結論」、

子どもの教育権保障への「無責任主義」、「保護者の学級・学校選択権」の否定であるときびし

く批判し、「障害児の就学先ないしは教育形態にかんし、その一般的尺度を運動の側から提出す

るととについては、これを厳にっっしんでいる」、「障害児教育にあたっては、障害者個々のハ

      一89一

(7)

シディにたいする具体的な条件検討にもとづく配慮が不可欠であるが、その配慮をどのような場 で保障させていくかは、もっぱら保護者の選択にかかわる問題なのである」と、保護者と運動体 との関係を整理しながら、保護者の選択権を尊重する立場を強調している。

       注・19

 このような「保護者の選択権」の強調は、たとえば世界人権宣言が、その第26条1項で教育へ の権利を規定するとともに、その3項では、「親は、その子供に施さるべき教育の種類を選択す るについて優先的の権利を有する」と規定している点からも首肯できる。わが国の教育法学者も、

「親は、その子のために、親権者として、教育を選ぶ権利をもっていると考えられる(たとえば 世界人権宣言26条3項)。親の教育の選択権をとびこえて、もし国が子どもたちの教育の直接の 担当者としてのりだしてくることは親権の侵害であり、それは子どもの権利を保障することには ならない」と述べ、保護者の教育を選ぶ権利の優先性を指摘している。

    注・20

 ところで、ひるがえって障害児の学校選択にかかわって現に生じている問題をみると、このよ うにもっぱら保護者の選択のみに委ねるだけが正当であるかどうか疑問である。障害というさま ざまな困難性を負っている子どもの生存と発達の権利を保障していくすじ道について、ひとり保 護者のみで適切な判断がなしうるものかどうか、また保護者の選択権の行使に連動体が介入して はならないといっても、保護者の選択が実現できるようにするのが運動体だという程、両者の関 係は単純でありうるかどうかという疑問が生じる。

 具体的な事例を提出しよう。重い発達障害があるため養護学校へ入学した子どもを、数年後に、

保護者は、養護学校へ行っているため子どもが地域から疎外されている、それをなくすためには 地域の小学校へ入り障害のない・子どもと日常的に接触する必要があるとして、転校を希望した。

養護学校ではこの子は養護学校が適切であると判断し、地域の小学校でも普通学級での教育は困 難だといい、保護者は就学指導委員会に相談に行ったが、その結論も学校側の判断と同じであっ た。しかし、保護者はあくまでも地域の学校への就学を希望して、子どもの養護学校への登校を 停止し、在宅不就学の状態が1年も続いている。一旦子どもを養護学校へ入学させた保護者が、

途中から地域の小学校を希望するようになったのは、「どの子も地域の学校へ」と主張する運動体 と接触するようになってからであり、小学校への転校を中し出て以来、運動体が教育委員会や小 学校にたいしさまざまな働きかけをするようになってきている。

 この場合、運動体は一般的な障害児の教育形態についての主張をもっても、保護者の判断に先 行してこの子どもの教育への見解を示したわけではない。むしろ、保護者の側で養護学校という 形態に疑問を抱くようになり、自らが選択した結果このような状態になった。長期の複雑な経過 をたどっている問題を単純化したきらいはあるが、このような場合にも保護者の選択権を優先さ せていくべきであろうか。

4  曽 晴

 これまで、行政が一定の尺度をもって一方的に障害児の教育をうける場を指定し、保護者にそ こへ就学させる義務を課すことの誤りを指摘し、同時に、学校選択を単純に保証者の権利とする

一90一

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ことの危惧について述べてきた。ここで、保護者の障害児を「就学させる義務」にかかわって、

次のことを確認しておきたい。

 その第1は、保護者の子どもを学校へ就学させる義務は、子どもの就学し、学習し、発達する 権利を保障する義務のひとつであり、保護者は子どもの人問的発達にふさわしい学校を選び、必 要かつ適切な教育を保障する責任を負っているということである。したがって、子どもの学校選 択権の代弁者としての保護者の学校選択権は、保護者のイデオロギーやエゴイズムとしてでなく、

子どもの生来的権利を実現するための責務として検討されなければならず、「子どもの学習権に よって制約される」ことも考慮していく必要があろう。

       注・21

 第2に、したがって、子どもが障害によって学習上、発達上なんらかの制約をうけている場合、

その障害を軽減し、発達を正しく保障していくためには、保護者の個人的判断だけでなく、障害 と健康と発達についての、治療や教育の方針と見通しを含んだ科学的診断が必要となってくる。

それは、子どもの教育権保障に義務を負う行政の責任においてなされる.べきことであるが、その ために設置される就学指導委員会は、あくまでも子どもの権利を守る立場に立っ民主的組織であ り、就学の判断にあたっても、事実と論理に基づいて保護者や関係者の合意と納得のもとにすす められなけれぱならない。

 第3に、子どもの就学先の決定にさいしては、障害の程度だけでなく、また量・質とも貧困な 場の中から選択をせまることのないよう、通学の保障、治療、リハビリテーション、保護の保障 を含んだゆきとどいた教育条件を整え、子どもの発達を確実にする子ども集団の編成とゆたかな 教育内容を具えた学校を、行政の責任において準備すること一が先決である。

 第4に、障害児への適正な就学の保障という課題は、小学校入学時だけの問題ではない。そ れは、障害の早期発見と、必要な治療、リハビリテrション、保育の保障、継続的な経過観察の 成果に基づいてなさるべきことであり、さらに、学校入学後も、措置変更を含めて、より適切な 教育がうけられるようにしなければならない。

 最後に、以上のこととかかわって、就学猶予・免除対象者を前提とし、障害の種別と程度によ り機械自勺に子どもを判別し、その教育措置は強制力を伴うとされている現行の就学指導行政を、

子どもの障害、健康、発達と生活条件に視点をあて、科学的な見通しと関係者の合意を大切にす る就学相談・指導行政へと改めていくことである。そのさいも、関係者が適切な教育の場を選択 しうるよう・大綱的な指針の提示は必要であるが・科学技術や教育方法の進歩の有しい今日、現 在の判別・教育措置基準は大幅に改め、その運用も弾力的なものとしていかなければならない。

さらに、その前提とされている学校教育法施行令についても、養証学校義務制実施にさいしては 当然改正されるわけではあるが、以上のような趣旨をふまえ、それを生かしていく方向での改正 が要請される。

1.田原昭之「心身障害児の就学のしくみにっいて」「特殊教育』No2,東洋館、1973年2月、

      一91一

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  29頁。

2.文部省初等中等教育局特殊教育課編「特殊教育執務ハンドブック』 第一法規、1975年、

 一2513頁。

3.沖吉和祐「心身障害児の就学指導」『特殊教育」No1O,東洋館、1975年10月、69頁。

4.文部省初等中等教育局特殊教育課編 前掲書、2534頁。

5.がっこの余編『続知能公害』 現代書館、1977年、39〜42頁。

6.全国障害者解放運動連絡会議結成大会「基調報告(案)」 (1976年8月)や、全関西54年   度義務化阻止共闘会議発行「54年度養護学校義務化阻止学習パンフレットNσ1」 (1976   年12月)にも、同じような趣旨の言己述がみられる。

7.牧柾名「教育を受ける権利の内容とその関連構造」 『日本教育法学会年報』2、有斐閣、

  1973年、18頁。

8.教育制度検討委員会最終報告「日本の教育改革を求めて」『教育評論』304・5号、日本教   職員組合、1974年5月、100頁。

9.近代日本教育制度史編纂会『近代日本教育制度史料』第23巻、大日本雄弁会講談社、1957   年、76頁。

10.山内太郎編『学校制度<戦後日本の教育改革 第5巻>』 東京大学出版会、1972年、

  426頁。

11.宮原誠一・丸木政臣・伊ヶ崎晩生・藤岡貞彦「資料日本現代教育史」2、三省堂、1974年、

  695〜699頁。

12.文部省『わが国の特殊教育』 文部省発行、1961年、18頁。

13、拙稿「問題提起に対する意見」 近藤原理編『70年代日本教育の焦点 2 障害児その差   別からの解放』 明治図書、1972年、116頁。

14.昭和43年度心身障害児判別・就学指導講習会テキスト『心身障害児の判別と就学指導』

  文部省初等中等教育局特殊教育課発行、1968年、5頁。

15.教育制度検討委員会最終報告 前掲、105頁。

16.荘司修久・柴嶺景「心身障害児の法律相談」 日本文化科学社、1976年、34〜41頁。

17.西谷三四郎監修「障害児全員就学」 日本文化科学社、1977年、71頁。

18.津田道夫・木田一弘・山田英造・斉藤光正『障害児の解放運動』 三一書房、1977年、

  192頁。

19.前掲書、204頁。

20.堀尾輝久・兼子仁『教育と人権』 岩波書店、1977年、64頁。

21.牧柾名・平原春好「教育法入門』 学陽書房、1975年、56頁。

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参照

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