初期万葉一〇一・一〇二番歌の解釈 : 実ならぬ「
玉葛」という景
著者名(日) 倉住 薫
雑誌名 大妻国文
巻 42
ページ 1‑19
発行年 2011‑03
URL http://id.nii.ac.jp/1114/00001288/
Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja
大妻国文第位号
。
年 月
初期万葉一
。
.
O
二番歌の解釈||
|実 なら ぬ
﹁玉 葛﹂ とい う景
1 1 1
倉 住
薫
はじめに
万 葉 集 巻 二 の 前 半 部 に は ︑
万葉第二期の初期万葉の相聞歌が収載されている︒本稿では︑
。
一
O二番歌を中心に
取り上げ︑初期万葉の相聞歌の特徴の一端について考えてみたい︒
お ほ と も の す く ね こ せ の い ら つ め よ ば
大伴宿禰︑巨勢郎女を縛ふ時の歌一首︿大伴宿禰︑
な ら の み か ど だ い な ふ さ ん と う
り︑平城朝に大納言兼将軍に任ぜられて莞ず﹀
たまかづらみ
玉葛実成らぬ木にはちはやぶる神そっくといふならぬ木ごとに
い み な や す ま ろ な に は の み カ
uと だ い し お お し と も の な が し と と 会 ゃ う
誇を安麻呂といふ︒難波朝の右大巨大紫大伴長徳卿の第六子にあた
︵ ② 一
O
と せ の い ら つ め こ た お く す な は あ ふ み の み か ど だ い な ふ ご ん と せ の ひ と き ょ う む す め
巨勢郎女の報へ贈る歌一首︿即ち近江朝の大納言巨勢人卿の女なり﹀
た ま か づ ら た こ ひ あ
︵
1
︶玉葛花のみ咲きて成らざるは誰が恋ならめ我は恋ひ思ふを︵一
O二 ︶
初期
万葉
一
O一
− 一
O二番歌の解釈
一O
一・
一
O二番歌は︑﹁近江の大津の宮に天の下治めたまひし天皇の代﹂すなわち天智朝に作られた相聞歌の最後に
位置 する 歌で ある
︒
一首
目の
一
O一番歌は︑大伴旅人や坂上郎女の父である大伴安麻呂が後に妻となる巨勢郎女に求婚す
る歌
であ
り︑
二首
目の
一
O二番歌は︑求婚された巨勢郎女がこたえた歌である︒一O
一番
歌は
︑
玉葛のように実がならな
い木には神が取り想くといいます︑実のならない木すべてに︑と解釈ができる︒求婚︵鱒ふ︶の歌でありながら︑巨勢郎
女への思いは直接的に歌われていないのである︒
方
一O
二番 歌で は︑
﹁誰が恋ならめ我は恋ひ思ふを﹂
と︑
宇一
度も
﹁恋﹂という表現が用いられている︒﹁我は恋ひ思ふを﹂とは︑巨勢郎女の大伴安麻目への恋情であるが︑ここでの﹁恋ひ﹂
は﹁孤悲﹂と表記されている︒この表記が端的に示しているように︑巨勢郎女は求婚されているにもかかわらず︑求婚相
手である大伴安麻日を独り悲しく慕っているのだと切り返すのである︒二首は︑求婚とそれへの返歌でありながら︑二人
一O二番歌は﹁しっぺ返し﹂として捉えられることが多い︒相手への思いは一の思いは行き違っているかのようであり︑
O二番歌でしか詠まれないのであるが︑この二首は﹁玉葛実成らぬ木﹂﹁玉葛花のみ咲きて成らざるは﹂と︑実が成らな
二番
歌で
は︑
い﹁玉葛﹂を共通のモチーフとしている︒
玉葛のように実が成らないのはむしろ大伴安麻目の方であると巨勢郎女は切り返すのである︒ 一O一番歌では︑巨勢郎女を玉葛のような実がならない木と喰えており︑
。
つま
り両
者は
︑
実がならない木に相手を喰えているといえる︒加えて︑大伴安麻呂は︑﹁実成らぬ木﹂には﹁神そっく﹂と︑求婚相手の
巨勢郎女にいずれは神が取り滋くのだと詠んでいるである︒
一O
一番
歌の
﹁神 そっ く﹂ とい う表 現は
︑
万葉集において他には見られない︒この﹁神﹂は︑窪田﹃評釈﹄が
﹁邪
神﹂
とし
︑﹃ 全注
﹄︵ 担当 一稲 岡耕 二︶ が
﹁恐 ろし い神 がつ くと
︑
おどしているのである︒木に神仏が濃く話としては︑今昔物
語の
﹁天狗︑現仏坐木末語第二ご︵巻二十︶が思い合わされる︒﹂と述べるように︑結婚を承諾しない巨勢郎女に対する脅
︵
4
︶ しの表現と理解されることが多かった︒これらの解釈は︑万葉時代以降の神観念に影響されており︑万葉集の求婚の歌表現として捉え直す必要があるだろう︒ 一O
一番
歌の
﹁ち
は
やぶる神﹂を︑改めて︑
そこで本稿では︑﹁玉葛﹂﹁実成らぬ木﹂﹁ちはやぶる神そっく﹂という表現から︑一O
一番 歌に おい て︑
百勢郎女がど
のような存在として造形されているのかを明らかにし︑初期万葉の求婚歌の表現について考えてみたい︒
一︑ 景と して の
﹁ 玉
葛 ﹂
。
− 一
O二番歌で用いられている﹁玉葛﹂とは︑ツル性植物の
﹁葛
﹂を
指す
︒
万葉集で用いられる﹁葛﹂は︑特定
の植物というよりツル性植物の総称として捉えるのが穏当である︒美称・ほめ詞である﹁玉﹂を冠された
﹁玉
葛﹂
とは
︑
美しい葛の印象を与える︒一O
一番 歌の
﹁玉
葛﹂
に関して︑青木周平は
﹁﹁ 絶ゆ るこ とな く﹂
︵三 二四
︑九 二
O︶に代表さ
れるように︑永遠性を表現したものが多く︵四四三九二O
七八
︑二
七七
五︑
一一
一
O六
七︑
一二
五
O七
︶︑ 賛美 表現 とし ての 質を もっ
﹂
と指摘する︒青木の指摘通り︑以下の歌において
﹁玉
葛﹂
は︑永遠性の象徴として用いられている︒
1
神岳 に登 りて︑山 部宿 禰赤 人が 作る 歌一 首 井せ て短 歌
みもろの神奈備山に五百枝さししじに生ひたる
つが の木 の
いや継ぎ継ぎに絶ゆることなく
あ
りつつも止まず通はむ明日香の古き都は山高み川とほしろし
−︵
③三
二四
雑 歌 ︶
2
天平 元年 己巳︑摂 津国 の班 田の 史生 丈部 竜麻 呂自 ら経 きて 死に し時 に︑ 判官 大伴 宿禰 三中 が作 る歌 一首 井せ て短 歌 り て
天 雲 の 向 伏 す 国 の も の の ふ と 玉 葛 い や 遠 長 く
言はるる人は
天皇 の
神の御門に外の重に立ち候ひ内の重に仕へ奉
祖の名も継ぎ行くものと母父に妻に子どもに語らひて立ちにし日より
た
ら
ちね の 母の 命は
::
・︵
③四 四
挽 歌 ︶
3
神亀 二年 乙丑 の夏 五月︑吉 野の 離宮 に幸 せる 時に
︑笠 朝臣 金村 が作 る歌 一首 井せ て短 歌
初期
万葉
一
O
一 ・ 一
O
二番 歌の 解釈
四
・ ・
も も
し 会
﹂ の
大宮人も をちこちに しじにしあれば 見るごとに あやにともしみ 絶ゆることなく
万代にかくしもがもと
天 地 の
神をそ祈る 恐 く あ れ ど も ︵ ⑥ 九 二
O雑 歌 ︶
4
玉葛絶えぬものからさ寝らくは年の渡りにただ一夜のみ
︵ ⑩ 二
O七
八
作 者
未 詳
/ 秋
の 雑
歌 ︶
5
山高み谷辺に延へる玉葛絶ゆる時なく見むよしもがも
︵ ⑪
二 七
七 五
作 者
未 詳
/ 物
に 寄
せ て
思 ひ
を 陳
ぶ る
︶
6
谷狭み峰辺に延へる玉葛延へてしあらば年に来ずとも
︿ 一
に 云
ふ ︑
﹁ 石
葛 の
延 へ
て し
あ ら
ば ﹂
﹀
︵ ⑫ 三
O
六
七
作 者
未 詳 / 物 に 寄 せ て 思 ひ を 陳 ぶ る
7
玉葛幸くいまさね山菅の思ひ乱れて恋ひっつ待たむ︵⑫一二二
O四8
谷狭み峰に延ひたる玉葛絶えむの心我が思はなくに︵⑭三五
O七
作 者
未 詳
/ 別
れ を
悲 し
ぶ 歌
︶
東 歌
﹁ 相
関 ﹂
︶ ー ・
3 ・ 4 ・ 5 ・ 8
は ︑
﹁玉葛﹂が切れることなく絶えないものとして︑
2で は
﹁ い
や 遠
長 く
﹂
と詠まれ ツル性植物
のツルが長く伸び続け切れにくいことから発想された表現といえよう︒
1・ 3 の例では﹁玉葛
絶 ゆ る こ と な く ﹂
は それぞれ古都の明日香と吉野離宮の宮ほめとして用いられ︑また
﹁ い や 遠 長 く
﹂ と 続 く
2
でも︑祖先の名誉の永遠を志向す
る表現において用いられており︑ ともに明らかな賛美意識が読みとれる︒対して︑ 心情を歌う 5 ・ 6 ・ 8 においては︑葛
のツルの強靭さを︑二人の仲の確かさとして詠んでいる︒さらに﹁別れを悲しぶ歌﹂
で あ る
7
で は
︑ ﹁ 玉 葛 幸 く い ま さ ね
﹂
と︑相手の無事を願う表現として歌われている︒葛のツルが強く長く伸び続ける特性から発想され︑永遠性を願う表現と
して用いられているといえよう︒
以上
118
の例では︑﹁玉葛﹂が枕調︵
1・
2・
3・
4・
7︶と序詞︵
5・
6・ 8 ︶として
用 い
ら れ
︑
その特徴はツル性植物の特性を踏まえた永遠性の志向というものにあることが確認できるだろう︒
しかしながら︑当該の一
Oと し て 詠 ま れ て お り ︑
。
﹁花﹂が咲き﹁実﹂が成る具体的景物
. 一
O
二番歌の作歌年代に注目する︒近藤は︑
﹁ 玉 葛 ﹂ は ︑ 枕 調
・ 序 詞 で は な く ︑ 118
の用例とは異なっている︒近藤信義は︑
− 一
O
二 番
歌 の
﹁玉葛﹂が枕詞・序詞として用いられる初出例が用例 1
の 赤 人 ︵ 七 二
01七 二
九 年
頃 に
活 躍
︶
で あ
り ︑
。
一
O二番歌
は六七二年前後であることを踏まえ︑
万葉を前後に二分した場合︑前期・後期の時間的隔たりによって枕調の表現意識に差が生じていると考えられる︒多
くの枕詞が人麻呂の時代を経て変貌した如く︑
タ マ カ ヅ ラ も
︑
その時代を経ることによって表現意識に変化が表れた
の で
あ ろ
う ︒
と述べている︒近藤が指摘するように︑当該の一
O一 ・
一
O
一 一 番 歌 と ︑ 作 歌 時 期 を 隔 て た 用 例
118 の
﹁ 玉 音 伺
﹂
は︑表現
としては異なっていると号
さ ら
に ︑
万葉後期の用例である 118
の ﹁
玉 葛
﹂
の永遠性は︑葛のツルの特性から発想されたものであり︑当該の一
O一 ・
一
O
二番歌が︑﹁玉葛﹂の﹁花﹂と﹁実﹂という植物の過程に注意が注がれていることからしでも異質であるだろう︒
﹁玉葛﹂は︑前述したごとく︑ツル性植物の総称として捉えられ︑具体的な植物名を特定することは難しいとされている
が︑﹁花﹂と﹁実﹂に目を向けたとき︑﹃日本古典文学全集﹄の一
O一吾歌の頭注が示唆を与えてくれお↑
花だけ咲いて実がならないたとえに玉カヅラが引かれたのは︑ びなんかずらの雄木を念頭に置いたもの︒びなんかず
らは雌雄異株でその雄木には花は咲いても実はならない︒
﹃ 日 本 古 典 文
学 全
集 ﹄ は ︑
。
一
O二 番
歌 の
﹁玉葛﹂を︑雌雄異株である﹁びなんかずら﹂ の特性を踏まえた上で
の 表 現 だ
と 指
摘 し て い る ︒
つ ま
り
﹁びなんかずら﹂とは︑雄株には花だけが咲き︑実が成るのは雌株という特性を持つ
植物なのである︒この説を踏まえるなら︑大伴安麻日が一
O一 番 歌 に お い て
﹁ 玉 葛 実 成 ら ぬ 木
﹂ と 喰 え た 巨 勢 郎 女 は
︑
O
二番歌において︑﹁花﹂ばかり咲いて
﹁ 実
﹂ が 成 ら な い の は
﹁ 玉 葛 ﹂
の 雄 株 の よ う な 大 伴 安 麻 呂 で あ る と ︑ ﹁ 玉 葛 ﹂
の特
性を活かして切り返したと理解できる︒
つ ま
り ︑
一
O一 ・
一
O
一 一
番 歌
は ︑
﹁ 玉
葛 ﹂
という同じ景物をもとにしているよう
に 見 え な が ら
︑
一
O一番歌では本来ならば実が成るはずの雌株が詠まれ︑ 一
O一 一 番 歌 で は 永 遠 に 実 は 成 ら ず 花 し か 咲 く
初 期
万 葉
一
O
一
− 一
O
二
番 歌
の 解
釈
五
」 ーノ、
とのない雄株のことを歌っているのである︒﹁玉葛﹂という共通した表現を用いながらも︑その景物の特性は異なってい
るのである︒このように︑同じ景物を用いながら︑異なる内実を歌うのは︑他の初期万葉にも見られる特徴であるが︑そ
れは第四章で詳述したい︒
、
花と実の内実
一O
一 ・ 一
O二番歌で詠まれる﹁花﹂だけが咲き﹁実﹂が成らない
﹁玉
葛﹂
は︑雌雄異株の葛の特性から発想され︑
﹁実﹂が成るはずの雌株が巨勢郎女︑﹁花﹂ばかり咲かせる雄株は大伴安麻自の比輸として用いられていることを確認して
きた︒続いて︑相聞歌である二首の﹁花﹂と﹁実﹂が何を指すのかを検証してみたい︒
従来
︑
一O二番歌の
﹁花 のみ 咲き て成 らざ るは
﹂
は︑﹁口先だけで実のない不誠実なもののたとえ﹂︵﹃新編日本古典文学
全集﹄頭注︶として理解されることが多い︒
つま
り﹁
花﹂
は表 面的 な言
葉︑
﹁実
﹂
は誠実さとして︑捉えられているのであ
る︒だが︑相聞歌である一O一O
二番 歌の
﹁花
﹂と
﹁実﹂とは︑植物の生長と恋の進展という時間軸の中で捉え直す
必要 があ ろう
︒
以下︑﹁花﹂が咲き﹁実﹂が成るという表現を︑万葉集の歌を例にして確認してみたい︒
9妹が家に咲きたる花の梅の花実にし成りなばかもかくもせむ︵③三九九
藤原
八束
/響
愉歌
︶
山我妹子がやどの橘いと近く植ゑてし故に成らずは止まじ
︵③
四
大伴
駿河
麻呂
/響
喰歌
︶
日向つ峰に立てる桃の木成らめやと人そささやく汝が心ゆめ
ロはしきやし我家の毛桃本繁み花のみ咲きて成らざらめやも︵⑦二二五八
︵⑦
一三
五六
作者
未詳
﹁木
に寄
する
﹂響
喰歌
︶
作者
未詳
﹁木
に寄
する
﹂管
愉歌
︶
日見まく欲り恋ひっつ待ちし秋萩は花のみ咲きて成らずかもあらむ︵⑦一三六四
作者
未詳
﹁花
に寄
する
﹂響
喰歌
︶
H我妹子がやどの秋萩花よりは実になりてこそ恋増さりけれ︵⑦二一一六五
作者
未詳
﹁花
に寄
する
﹂嘗
喰歌
︶
日風交じり雪は降るとも実にならぬ我家の梅を花に散らすな︵⑧一四四五
春の
雑歌
/坂
上郎
女︶
日山我妹子が形見の合歓木は花のみに咲きてけだしく実にならじかも︵⑧一四六三
大伴
家持
が贈
り和
ふる
歌﹂
春の
相関
︶
げ君︑が家の花橘は成りにけり花なる時に逢はましものを︵⑧一四九二
遊行
女婦
﹁橘
の歌
一首
﹂夏
の雑
歌︶
同花咲きて実は成らねども長き日に思ほゆるかも山吹の花︵⑩一八六
O
作者
未詳
﹁花
を詠
む﹂
春の
雑歌
︶
目出でて見る向かひの岡に本繁く咲きたる花の成らずは止まじ︵⑩一八九三
人麻
呂歌
集/
春の
相聞
︶
加我がやどに咲きし秋萩散り過ぎて実になるまでに君に逢はぬかも︵⑩二二八六
作者
未詳
/﹁
花に
寄す
﹂秋
の相
関︶
幻橘の本に我が立ち下校取り成らむや君と問ひし児らはも︵⑪二四八九
人麻 呂歌 集/ 物に 寄せ て思 ひを 陳ぶ る
幻大和の室生の毛桃本繁く言ひてしものを成らずは止まじ
︵⑪
二八
三四
作者
未詳
/響
喰︶
912に挙げたのは︑﹁花﹂が咲き﹁実﹂が成る︵あるいは成らない︶例である︒植物としては︑
四は 不明 だが
︑
9
日は
梅︑
叩・ 口・ 引は 橘︑
日・
ロ−
n
は毛桃日・ 日・ 却は 萩︑
日山
は合
歓︑
日は 山吹 が歌 われ てい る︒
︑ ︐
i
Aa
z︑
︽
t i
そし て幻 の例 は︑ いず れも 盛田 愉歌 であ り︑
﹁花
﹂と
﹁実
﹂
は何かの比仏暇である︒また日・口・同の例は季節の
雑歌
だが
︑
いずれも︑寓意性が高い歌であると指摘されているものである︒さらに︑﹁花﹂は咲くが
﹁ 実 ﹂
は成らないと
いう表現が多く用いられており︵ロ−u
・ 凶
・
5
︑﹁
花﹂
は簡 単に 咲く が︑
﹁実
﹂
はなかなか成らないという発想がうかが
える
ま ︒ ず
9は︑藤原八束の
﹁梅
の歌
二首
﹂
の二首目であり︑愛しいあなたの家に咲いた梅の花が実になったら︑あのよう
にしましょうという意味である︒この﹁かもかくもせむ﹂については二つの説があり︑一つは︑花をうわベ︑実を誠実さ
初期
万葉
一
O一
− 一
O二
番歌
の解
釈
七
) ¥ .
ととり︑あなたの思いが誠実になったら︑結婚しましょうと解するもの︑ いま一つは︑梅を娘︑実を女性としての成熟と
し︑少女から成熟した女性になったら︑結婚しましょうと理解する︒ しかし︑どちらの説も︑﹁花﹂よりも﹁実﹂を理想
とし︑物事が進展していく過程を﹁花﹂から﹁実﹂ へ と い う 時 間 軸 で 捉 え る こ と に は 変 わ り が な い ︒
また叩の例は︑左に挙げる坂上郎女の橘の歌に対するこたえ歌である︒
大 伴 坂 上 郎 女 の 橘 の 歌 一 首
橘をやどに植ゑ生ほし立ちて居て後に悔ゆとも験あらめやも︵四一
O︶
坂上郎女の歌では︑大切に植え育ててきた橘の木を心配するあまり︑居ても立ってもいられないと歌われている︒この
歌では︑親の養育が必要な少女が庭に植えられた橘に喰えられており︑ 刊はこの坂上郎女の歌を踏まえて解釈する必要が
あ る
︒
刊の﹁橘﹂とは坂上郎女の娘なのであり︑﹁いと近く植ゑてしゅゑに成らずはやまじ﹂と︑もう身近にい
るその娘と自分との恋を実らせたいという決意が表れている歌なのである︵日の歌も︑坂上郎女の歌であるが︑﹁実にな
つ ま
り ︑
ら ぬ 我 家 の 梅
﹂ は ︑ ま だ 若 い 娘 の こ と を 指 す と さ れ る ︶
︒ 次 に
︑ ﹁ 向 ﹂ こ う 側 の 植 物 に 注 目 し た い
︒
11
の
﹁向つ峰に立てる桃の木﹂とは︑自分とは距離のある女性であり︑その
女性との恋は実り難いと周囲に思われていることが歌われる︒ 四でも﹁向かひの岡に﹂しっかりと咲いた﹁花﹂が歌われ
ているが︑これも︑障害のある恋を実らせたいという歌である︒ つまり︑障害のある恋への強い思いが歌われるのである︒
同様に﹁本繁く﹂というしっかりとの意の表現が用いられた幻は︑桃の本の葉が茂っているようにしげしげと熱心に言っ
たからには︑恋を成就させないままにはしないと歌われ︑恋の成就への願望が詠まれているのである︒同じく﹁毛桃﹂を
歌うロでは︑﹁毛桃﹂とは︑﹁花﹂ばかり咲かせて︑うわベだけをつくろう女性であり︑二人の恋はなかなか進展しないこ
と を 喰 え て い る ︒
続いて︑萩を歌う日− u ・初であるが︑いずれも相聞歌として詠まれている︒日は︑﹁秋萩は花のみ咲きて成らずかも
あらむ﹂と︑花ばかり咲いて実らない︑成就することのない恋を﹁秋萩﹂に喰えている︒日では﹁花よりは実になりてこ
そ恋増さりけれ﹂と︑恋い慕うばかりの花の時期でなく︑恋の叶った実ってからのほうが︑むしろ思いは強まると詠む︒
つまりは︑花が咲くことから実ることへの時間の経過と︑恋の状況の進展が喰えられているのだ︒また︑
却 で
は ︑
﹁ 咲
き
av
で 守 ︑F
a︑宇
J
︐ 刀
し秋萩散り過ぎて﹂と︑失った恋を﹁秋萩﹂に喰えている︒この歌も︑萩の花と実によって︑時間の経過を詠んでいるの
日・はの歌を考え合わせれば︑萩は実を結んだが︑あなたとの恋は実を結ばないといった思いも重ね合わされてい
る の
だ ろ
う ︒
出では︑相手と会えない聞の
﹁ 形
見 ﹂
と な
る ﹁
合 歓
木 ﹂
は﹁花﹂ばかり咲いて﹁実﹂には成らないと︑成就しない恋へ
の 憂 い が 歌 わ れ て い る
︒ 同 様 に
︑
日でも﹁花﹂が咲き﹁実﹂が成らない ﹁山吹﹂には︑進展しない片思いの恋が喰えられ
て い
る ︒
ま た
︑
げの遊行女婦の歌では︑あなたの家の橘はもう実ってしまった︑花の時期に逢いたかったものだと︑実った橘の
歌ではあるが︑裏には君に逢いたかったという思いが見える︒この歌には︑花の時期であれば︑恋をすることができたの
に︑実となってしまった今となっては︑もうあなたに恋することはできない︑という嘆きが詠まれている︒
さ ら
に ︑
引は︑橘の木の下枝を折取り︑実るでしょうかと︑尋ねた女性に思いを馳せる歌である︒この歌からは︑﹁橘﹂
の ﹁ 実 ﹂ に 恋 の 成 就 が 託 さ れ て い る こ と が 分 か る ︒
以 上
912
の 例 を 確 認 し て き た が
︑ い ず れ も ﹁ 花 ﹂
I
ま﹁ 実
﹂ と な る の が 理 想 で あ る と い う 思 い が 詠 み と れ る
︒
つ ま
り ︑
﹁ 花 ﹂ が 咲 き ﹁ 実 ﹂ と 成 る と い う 植 物 の 時 間 の 経 過 に は ︑ 人 間 の 恋 の 進 展 が 重 ね 合 わ さ れ ︑ ﹁ 花 ﹂ と は 恋 の 初 期 段 階 ︑ ﹁ 実 ﹂
が成るとは恋の成就の時期を示しているのである︒
初期
万葉
一
O
一・
一
O二番歌の解釈
九
。
以上のような︑上代文学における恋の成就に関しては︑次の歌が注目される︒
幻山菅の実成らぬことを我に寄そり言はれし君は誰とか寝らむ︵④五六四
坂上
郎女
︶
このおは坂上郎女の歌であるが︑﹁山菅の実﹂が成らないことが歌われている︒ 幻は︑﹁山菅の実﹂が成らないような真
実ではないあなたとの恋の噂を立てられましたがそのあなたは一体誰と寝ているのだろうか︑という歌である︒﹁実﹂が
成らないこととは︑実体のないことと捉えられる︒ つまり︑自分との恋の噂は実体のないことであり︑事実は別の女性と
共 寝 を し て い る の で あ る ︒
幻の例では︑﹁実﹂が成るという恋の成就とは︑究極的には共寝のことを示すのであろう︒
結実へという時間の流れの実感が︑恋情︵花︶から共寝︵結実︶ では︑なぜ植物の生長と恋の進展とは︑密接に結びついていくのだろうか︒ここで注目したいのは︑青木の
︵
9
︶へと連想させる﹂という発言である︒青木のこの発言は︑
﹁ 開
花 か
ら
︵ 用
例 ω
︶ ・ 五 六 四 番 歌 ︵ 用 例 幻 ︶ と ︑ 渡 辺 昭 五 の
果たす﹂という指摘をもとにしたものである︒青木や渡辺の指摘を裏付けるような歌が万葉集にはある︒ 万葉集の三九九︵用例
9︶ ・
四 一
一
﹁ 結
実 ︵
生 産
︶ が
人 事
︵ 生
殖 ︶
の 成 就 を
M m
狭野方は実にならずとも花のみに咲きて見えこそ恋のなぐさに︵⑩一九二八
作者
未詳
/問
答︶
お狭野方は実になりにしを今更に春雨降りて花咲かめやも︵⑩一九二九
作者
未詳
/問
答︶
目 ・ 却 は
﹁ 問 答 ﹂
の形式の一対の歌である︒この二首には﹁狭野方﹂という名のツル性植物の
﹁ 花
﹂ と
﹁ 実
﹂ が 詠 ま れ
剖は︑狭野方は実が成らなくても︑花だけでも咲いていてくれないでしょうか︑あなたへの恋心のなぐさめとし
て︑という聞の歌である︒その答としておは︑狭野方はすでに実に成ってしまった︑今さら春雨が降ったとしても花を咲 て
い る
︒
かせることはない︑と詠まれている︒春雨によって花は開花するものであるが︑それさえもないのだと歌っているのであ
る︒この二首は︑淡い恋心だけでも抱かせて欲しいという男性の歌の担であり︑おは︑もう実が成ってしまった︑共寝を
してしまったのだから恋を始めさせる春雨のような男の誘いがあったとしても︑恋は始まらない︑と拒否する人妻の歌な
のである︒この二首は︑背景に歌垣をうかがわせるものでもあるし︑﹁花﹂が恋のはじまり︑﹁実﹂に成るとは共寝に至る
恋 の 成 就 で あ る こ と を 明 確 に 示 し て い る ︒
﹁花﹂と﹁実﹂とに喰えられる恋とは︑恋情を抱くことから共寝へという恋なのであり︑そこには生長と進展という時
聞 の 経 過 が 含 ま れ て い る ︒
当 該
の 一
O
一 ・
一
O
二番歌である大伴安麻呂と巨勢郎女との結婚に関するやりとりも︑こうした︑恋情から共寝という
恋 の 進 展 を 詠 ん だ 歌 な の で は な い だ ろ う か ︒ つまり︑大伴安麻日は﹁玉葛実成らぬ木﹂として︑共寝をしない巨勢郎女を
喰えて詠み︑巨勢郎女は﹁玉葛花のみ咲きて成らざるは誰が恋ならめ﹂と︑共寝をしないのはあなたの方だと大伴安麻日
に 言
う の
で あ
る ︒
つまり︑大伴安麻呂は自分と共寝をしない女性として︑求婚の相手である巨勢郎女を﹁玉葛実成らぬ木﹂
と 喰 え て い る の で あ る
︒
一一、
﹁ 神 ﹂ つく女性への恋
一
O一 番 歌 に お い て ︑ 大 伴 安 麻 目 は 巨 勢 郎 女 を ﹁ 玉 葛
﹂ の よ う に
﹁ 実
﹂ が 成 ら な い 木 ︑ つ ま り 共 寝 を し な い 女 性 と 喰 え
︑
そのような女性には﹁ちはやぶる神﹂が取り懇くと歌っている︒本章では︑﹁ちはやぶる神ぞつくといふ﹂とは︑どのよ
うな表現であるのかを検討してみたい︒そもそも﹁ちはやぶる﹂とは︑
葉から発生した表現であり︑﹁ちはやぶる神﹂とは︑原義的には︑荒ぶる神なのである︒そのような面から捉えると︑確 ﹁いちはやし﹂という勢いの激しいことをいう言
初期
万葉
一
O一
− 一
O
二
番 歌
の 解
釈
かに﹁ちはやぶる神﹂とは︑邪神や悪霊のイメージがある︒特に︑古事記においては︑その印象が強い︒
こ と ご と く や ま か は あ ら し た が ひ と ど も こ と む や は た ひ ら か れ し か さ が む の
︿ に い た そ く に の み や っ こ い つ は
悉く山河の荒ぶる神と伏はぬ人等とを言向け和し平げき︒故爾くして︑相武田に到りし時に︑其の国造︑詐
ま を こ な か お ほ ぬ ま あ と ぬ ま う ち は な は ち は や ぶ こ こ
りて白ししく︑﹁此の野の中に大き沼有り︒是の沼の中に住める神は︑甚だ道速振る神ぞ﹂とまをしき︒是に︑其の
か み み そ こ な う い ま
︵ ロ
︶
神を看行さむとして︑其の野に入り坐しき︒
東征に向かったヤマトタケルは尾張のミヤズヒメのもとからさらに東へと赴く︒ヤマトタケルは山川のあらぶる神と従
わない人たちを言向によって征圧していく途中の相模国で︑沼にいる﹁ちはやぶる神﹂と出会う︒ここで描かれる﹁ちは
やぶる神﹂とは︑そこを通る者の邪魔をする︑交通妨害神である︒その荒れ狂う様子ゆえ﹁ちはやぶる神﹂とされるので
ある︒古事記で描かれる﹁ちはやぶる神﹂とは︑人に取り葱く神なのではなく︑征圧の対象としての神であることを︑押
さえ てお きた い︒
では
︑
万葉集ではどのような存在が
﹁ち はや ぶる 神﹂ なの だろ うか
︒
26
娘子
︑佐 伯宿 禰赤 麻呂 が贈 る歌 に報 ふる 歌一 首
ちはやぶる神の社しなかりせば春日の野辺に粟蒔かましを︵③四O
四/
昏喰
歌︶
幻ちはやぶる神の社に我が掛けし幣は賜らむ妹に逢はなくに
︵④ 五五 八﹁ 土師 宿禰 水通
︑筑 紫よ り京 に上 るに
︑海 路に して 作る 歌二 首﹂ 相聞
︶
2 8
大伴 坂上 郎女 の怨 恨の 歌一 首
井せて短歌
おしてる難波の菅のねもころに君が聞こして年深く長くし言へばまそ鏡磨ぎし心を許してし
そ
の日の極み波のむたなびく玉藻のかにかくに心は持たず大船の頼める時にちはやぶる神か放けけ
むうっせみの
人か 障ふ らむ
::
:︵
④六 一九
相聞
︶
m m ちはやぶる神の持たせる命をば誰がためにかも長く欲りせむ︵⑪二回一六
人麻
呂歌
集﹁
神祇
に寄
す﹂
︶
30
夫君 に恋 ふる 歌一 首 井せ て短 歌
さにつらふ君がみ言と
玉梓 の
使ひも来ねば思ひ病む我が身ひとつそちはやぶる神にもな負ほせ
ト
部据ゑ亀もな焼きそ恋ひしくに痛き我が身そ
︵⑮
三八
車持
氏娘
子︶
出ちはやふる神のみ坂に幣奉り斎ふ命は母父がため
︵⑫
四四
O二
神人
部子
忍男
﹁防
人歌
﹂︶
32
族を 輸す 歌一 首 井せ て短 歌 を
手挟み添へて大久米のますら健男を先に立て 皇祖の
鞍取り負ほせ 神の御代よりはじ弓を手握り持たし真鹿児矢ひさかたの天の門聞き高千穂の岳に天降りし
山川を岩根さくみて踏み通り
国 求
ぎしつつちはやぶる神を言向けまつろはぬ人をも和し掃き清め仕へ奉りてあきづ島大和の国の
橿原の畝傍の官に
宮柱
太知 り立 てて
::
:︵
⑫四 四六 五
大伴
家持
︶
おちはやぶる神の斎垣も越えぬベし今は我が名の惜しけくもなし︵⑪二六六三
作者 未詳
/物 に寄 せて 恩ひ を陳 ぶる
︶
まず最初に犯の大伴家持の歌では︑﹁ちはやぶる神を言向け﹂と︑古事記と類似した文脈で﹁ちはやぶる神﹂が歌われ
ている︒大伴家持が族を諭す歌である認は︑冒頭﹁ひさかたの天の門聞き高千穂の岳に天降りし皇祖の神の御
代より﹂と︑天の岩屋戸︑高千穂への天孫降臨の様子によって︑古事記の神話の時代から︑大伴氏が天皇家へ奉仕してい
るこ とを 歌う
︒
つまり︑この辺は︑古事記の文脈を取り入れ︑征圧の対象としての﹁ちはやぶる神﹂が詠まれているので
ある︒その他の万葉集の歌には︑征圧の対象としての
﹁ち
はや
ぶる
神﹂
の姿は見えず︑万葉集の中では例外的と言えよう︒
初期
万葉
一
O一
・ 一
O二
番歌 の解 釈
四
以 下
︑
部
imをもとに万葉集の
﹁ 神
﹂ に つ い て 考 察 し て み た い
︒
おは娘子が佐伯赤麻日に応えた︑神の社がなければ︑
春日の野に粟をまくのに︑
と い う 歌 で あ る ︒
﹁ ち は や ぶ る 神 の 社 ﹂
の領域には手が出せないことが歌われているが︑後の
歌 と も 贈 答 の 関 係 に あ る ︒ 佐 伯
宿 禰 赤 麻 呂 が 更 に 贈 る 歌 一 首
春日野に粟蒔けりせば鹿待ちに継ぎて行かましを社し恨めし
︵ 四 O
五 ︶
娘子ル﹂赤麻旦口との贈答から判断するに︑﹁ちはやぶる神の社﹂とは︑赤麻呂と交際している他の女性であり︑神を相手
を強力に支配し閉じこめるものとして捉えている︒
却では︑恋いこがれ病み伏せってしまったのは︑﹁ちはやぶる神﹂ の せ い で は な い と 歌 わ れ て い る ︒
つ ま り ︑
﹁ ち は や ぶ
る神﹂とは病疫をもたらすものとされている︒
ま た
︑ 幻
−
m では︑﹁ちはやぶる神﹂に幣などを奉り︑祈ったことが詠まれている︒
げ ま
︑
;l
いとしい女性に会えるよう
﹁ ち
は や
ぶ る
神 ﹂
に 幣 を 奉 っ た が ︑
その甲斐はなかったことが詠まれ︑
3 1
﹁ちはやぶる神﹂がいる神坂峠に 父母の命の
ために幣を奉ったことが歌われている︒ 幻では︑恋の思いを叶えてくれる神︑ 出では交通妨害神が登場している︒
却は︑坂上郎女の恨みの歌﹁ちはやぶる神﹂が引き離したのか︑世の人が引き離したのだろうかと︑ 人の邪魔をする
﹁ ち は や ぶ る 神 ﹂ が 歌 わ れ て い る ︒
大 ど り に
︑
却 で は ︑
﹁ ち は や ぶ る 神 ﹂
は命の決定権をもっている存在として詠まれている︒
以 上 の よ う に
︑
万葉集の
祈 り の 対 象 と も な り ︑
そ し
て ︑ ﹁ちはやぶる神﹂には︑さまざまな面︑が捉えられる︒人の邪魔をし︑病を与える︑さらには︑
人の命の決定権をもっているようである︒確かに︑人に困難をもたらす神とは︑人の側か
らすれば︑邪神や悪神なのであろう︒
し か し な が ら
︑ 当 該 一
O
一番歌の﹁ちはやぶる神﹂のような人に取り濃く神は出てこない︒大伴安麻日は︑共寝をしな
い女牲には﹁ちはやぶる神﹂が依り想くと歌うのだが︑多くの注釈書が指摘するように︑巨勢郎女への脅しなのだろうか︒
ここで︑参考となるのがおの歌である︒ 却は︑神に寄せて思いを歌った恋歌であるが︑ちはやぶる神のいる神社の垣根も
越えてしまおう︑今は私の名なんか惜しくはない︑という愛しい人への激しい恋心を歌っている︒荒ぶる神である︑﹁ち
お
inの例では︑人が手を出せないものとして捉えられていた︒だが︑おの例からは︑その神の領域
は や ぶ る 神 ﹂ と は
︑
にも踏み込もうとする男性の姿が伺える︒﹁ちはやぶる神﹂
の 斎 垣 の 向 こ う ︑
つまり︑周囲が固まれた神社の中には︑恋
する女性がいるのである︒神社の中にいる女性︑神に仕える一段女への禁忌の恋を歌ったのがねなのである︒得がたい禁忌
の対象であり共寝の叶わない亙女に喰えられる女性には︑高い神聖性が与えられ︑それゆえ男性にとっては手に入れたい
存在として歌われるのである︒加えて︑大伴安麻呂は︑以下の歌を詠んでいることにも注意したい︒
大 納 言 兼 大 将 軍 大 伴 卿 の 歌 一 首
神木にも手は触るといふをうったへに人妻といへば触れぬものかも︵五一七︶
大伴安麻日もまた︑﹁神木﹂を引き合いに出すほどの
﹁ 人
妻 ﹂
への強い恋情を歌っており︑共寝することのできない禁
忌の対象となる女性への恋を歌のテ
lマ と す る の で あ る
︒
民− m の問答で確認したように﹁人妻﹂もまた共寝の叶わない
女 性 な の で あ る ︒ こ の よ う に 考 え て く る と ︑
一
O一番歌は︑従来のような︑男性の求婚を受け入れない女性に邪神が取り懇いてしまうと
いった解釈には疑問が生じる︒雌株の ﹁玉葛﹂は﹁実﹂が成るはずなのに︑恋の ﹁実﹂を成らせないでいると︑そのうち
初 期
万 葉
一
O
一 ・ 一
O
二
番 歌
の 解
釈
五