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自身 〉 に つ い て

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(1)

OfHumanBondage

に お け る く

Maugham

自身 〉 に つ い て

佐 藤 匡

1

<Maugh a

m 自身> とい う表題は

,J.Beecroft

に よる

Maugha

m 選集 ,Mr.

Maugham Himself (Doubleday,1954)

か らえた もので ある 。 その序文 で

Beecroft

氏は,Why Mr.Maugham Hi

mself?

と題 してい るその由来をの べてい る

それに よる' t,

Maugh am

の代表 作 集をあ も うとしたが, す でに

1

Maugh am

自身が

TheMaugham

R

eader

とい う選集 をだ していたので重複

2

になるのでまよ った時,

Tellerof Talesの Maughamの序文に HForwhat i

n thelongrunhasthewritertogiveyou?"とい う質問にMaugh a

m 自身, HH

imself

Hと答え た ことを見 出 して,別 の種類 の本 と,そのタイ トルの ヒン T l をえたそ うである。 したが って出来 あが った ものは,

Maugha

m の代表作選 集 ではな くて,彼 の個性,彼 の人生観が作品を通 じて よくあ ら わ れ て い る

Of HumanBondage,TheSumming Up,其の他 のい くつか の短篇が合成 され

て一つ の伝記的選集 とな ってい るのである

3

,R.

C

orde

l l氏は,

SomersetMaugham

の第三章で

ThreeAutobiograph・

icaZNoLUels

と題 して

Of Human Bondage,The Moonand Sixpence

,

Cakesand Aleについて敬服すべ き的確 な背景的知識をあたえ,最後につ ぎ

4

の よ うにのべてい る。

I

tisprobable

,

however,thatwe lean more aboutMaugham from his books(especiallythenovels) thanwelean ofmostau血orsfrom theirown writingsandweshalsomedayhavetheautobiography,orautobiographicalfrag‑

5

meれt,he is now writing for publication afterhisdeath・Untila detaied

,

‑47

(2)

docum ented]iLeofSomersetMaugham appears‑ andafew yearshence t

herewillbeanumberofbiographies‑ (才 HumanBondagewillprovide asatisfactoryaccountofMaugham asayoung boyandasamedicalshdent.

C

ordel

l氏の本意は,前の

Beecroft氏の意図を充分に くみ,かつ,資料的知

識 を駆使 して

Maugba

m に接近をみせ る二段構えの用意を示そ うとす るもので ある。 この論文 の聾者は

Beecroft

氏にな ら って資料面のアプローチ よ りは,む しろ, この作品を とお してみ られ る

Maugha

m の内的要素についてふれ ること にす る

そ して,つ ぎの よ うにのべてい る

Maugha

m 自身 の言葉を頼 りにで き る強力な支 え として,一つ の試論をす ゝめてい きたい と思 う。

I

t(‑OfHumanBondage)isnotan autobioraphy,butan autobiographical novel,factandfictionare inextricably mingled;the emotions are my o

w n ,

butnotalltheincidentsareastheyhappenedandsomeofthem are trans fe汀edtomyheronotfrom myownlifebutfrom 血atofpersonswithwhom Iwasintimate.ThebookdidformewhatIwanted,andwhenitwasissued totheworld(...)Ifoundmyselffreefrom thosepainsandurlhappyrecollec tions.Iputinto iteverything Ithen knew and having atlastfinished it

6

preparedtomakeafreshsbrt.

2

この作品執筆 の

Maugha

m の動機か ら考えてい こ う

。TheSumming

Up の 第五十一章につ ぎの よ うにかいてある

W

h enhavingachievedsuccess asadram atist,Idetem inedto devotethe restofmylifetoplaywritingIreckonedwithoutmy host.Iwas happy,I wasprosperous,Iwasbusy,myheadwasfullofplaysthatIwantedtowrite;

IdonotknOw whetheritwas thatsuccess did notbring me allI had expectedorwhetheritwasanaturalreactionfrom success:Iwasbutjust fim lyestablishedasapopular playwrightwhen Ibegan tobeobsessed by t

heteemingmemoriesofmypastlife・ThelossofmyrrlOtherand then the

(3)

break‑upofmyhome,thewretchednessofmyfirstyearsatsdlOOlforwhich myFrenchchildhoodhadsoillpreparedmeandwhichmystamm ering made sodifficu

l

t,the delightof those easy

,

monotonous and exciting days in Heidelberg,whenIfirstentereduponthe intellectuallife,the irksoIqeneSS ofmyfew yearsatthehospitaland the血 illofLondon;it allcame back tomesopressingly,inmysleep,onmywalks,whenIwasrehearsingplays, whenIwasataparty,itbecamesuchaburdentomethatImadeup lny mindthatIcouldonlyregainmypeace bywritingitalldownin theform ofanove

l

.Iknew itwo血dbealongone andIwantedtobeundisturbed

,

soIrefusedthecontractsmanagerswereanxioustogivemeandtemporarily retiredfrom thestage.

Obsessionを と りのぞ くた めに等 を とらね は な らなか った こと (書 きた くて 書 い た の では な く)は注 目すべ き ことだが ,同時 に外的 には ,劇 作家 として人

8

気 が でて生 活が安定 しは じめた時期 で あ った。 この OfHuman Bondage 完成 した のは1914年 で あ るか ら,その五 ・六年前 の1908年には彼 の四つ の劇 , JackStraw,Mrs.Dot,.TheExplorer,LadyFrederickが ロ ン ドンの劇場 で 同時 に脚光 を あび Punchに もShakespeareが舌 を まい てい る漫 画が の った程 で,文字通 り劇作家 としての最初 の成功 のさなか に あ った のであ る したが っ て, こ ゝにのべ られ てい るよ うに反動的に過去 の思い出,特 に痛切 な悲劇 的事 件 が心 の間 隙をぬ っては っき りと意識 された と考 え られ る そ して,又 ,The Summing Upの第 五十章につ ぎの よ うに書かれ てい るの とま った く符合す る

ので あ る す なわ ち,作家 に と って成功がいか に有害 で あるか (た とえ,それ に無 関心 でい られ ない と して も) とい うところか ら出発 して,作家 の職業上 の 不利益 ・困難等 を相殺 して くれ る利 点が芸術活動 に あ るこ とを といた意見 であ 前に引用 した 箇所が五十一章だか ら脈 絡的 には その枕 に るい した もの とみ られ るので当然 な こ ととも うけ とれ るが,彼 の カタル シスの問題 との関連 で引 用す る ことにす る

Forthedisadvantages弧ddangersoftheauthor's calling areoffset by anadvantagesogreatas tomake allits difficulties

,

disappointments,and

‑ 49

(4)

maybehardships,unimportant.Itgiveshim spiritualfreedom.Tohirrllifeis atragedyandbyhisgiftofcreationheeqoysthecatharsis,thepurgingof pity andterror,whichAristotletellsusis the objectof art.For his sins aJldhisfollies,theunhappinessthatbefallshim,hisun requitedlove,hisphysical defects,illness,privation,his hopes abandoned,hisgrie

f

s

i

humiliations, everythingistransformedbyhispowerintomaterialandbywritingithecan

9

Overcomeit.

この ことは ,Maugham だけに特別に あては まるわけ ではないが, この作 を 一読すれば,hissins以下の こ とどもは,Philipのた ど った道 とま った く同 じ なので,少 し性急に言えば,彼 の創作態度は, この Aristotleの芸 術 論 の定石 を ま も ってい ることにな る だか ら, これ を普遍的 なこ ととして とらえれば, 当然 多 くの読者に うけいれ られ る要素を この作品は も っていたわけで成功は 自 明だが, 自己の問題 として,その内面 の暴露のみを 目的 とした作品で, しか も 極端に言 えば,読 者を予想 しないで書いた作品 ともなれば, (勿論 , この作品 は発 表当時は注 目されず価値をみ とめた のは T・Dreiserだ けで あ った し,あ とで 出 し た TheMoonand SixPenceが もてはや され てか らかえ りみ られ た わけだが)その大成功を複雑 な気持 でむかえた ことと思 う。特に,作家が悲l 劇的存在 である とい うことは普通人の論理を こえた定義 であ るが,彼 の前半生 は常識的に も文字通 り悲劇的 であ り,そのた めMaughamは作家 として もその 性格の内向性か ら,一般 の作 家以上 にその obsessionは痛切 な ものであ った ろ 又 , こ の OfHumanBondageに関 連 して言 えば,そのobsessionを促 進 した もの として,23才 頃 TheArtisticTemperamentofSEePhen Carey

とい う同一 テーマの作品が 中絶 のかたちで うちす て られ てあ った ので, これを 完成 したい とい う気持が あ った ことも忘れ てはな らない。

3

ス トー リー は David Copperj;eld,TheW ay of AllFlesh,Sinister Street等 の小説 の一般的 な型 に したが って展開 され てい るが,主人公のえが ぎ

(5)

かたが,だいふ それ らの作品 とは ことな ってい る 主人公は弁護 もされず, その欠点す なわち,彼 の異常な までの感受性 ・自己憐慣 ・利 己主義 ・頑固 さ・ 社交性がいか んな くさらけだ され てい る 自分を理想化す るな どは論外で,徹 頭徹尾 ,自分をいためつけ るとい うマゾヒステ ックな態度 である。Mildredとの 関係におい て もその とお りで,必要以上に 自分を窮地にお としいれ てい く,そ うしなければお さまらない性格に した てられ て,その異常 さにはただただ唖然 た るばか りである 又 ,株式 で大損 し貧困にあえいだ時 ,遺産 を欲 して叔父 の死 をのぞむ くだ りは,その非人道的,醜悪 な主人公を とお して,それを冷笑 して い る作家 の眼を意識 させ るのである 母親の死か らは じまるその悲惨 な幼年時 代 の話は , Maugh am A Writer'sNotebookの序文にのべ てい る Jule RenardPoiZdeCarotteに対す るつ ぎの意見 を想起 させ る。

He wrote severalnovels,of which one,Poll de Carotte,was very successf止 ttisthestoryofhisownchidhood,thestoryofalittleuncouth boywhoseharshandumaturalmotherleadshim awretched life・Renard's method of writing,without ornament,without emphasis,heightens the pathosofthedreadful tale,ar)dthepoor lad's sufferings

,

mitigated by no palerayofhope,areheartrending.Youlaugh wrylyathisclum syeffortsto ingratiatehimselfwiththatdeIpOnOfawomanandyoufeelhishumiliations

,

youresenthisunmerited punishmen

t s

,aS though they were your own .

I t

wouldbeanillconditionedperson whodidnotfed his blood boilatthe inflictionofsuchmahgnantcruelty・Itis r.ota book thatyou can easily

10

forget.JuleRenard'sothernovelsareofnogreatconsequence.

Of Human Bondageを書い ていた時 ,早 くか らフラ ンス文学に した しん でいた彼 の ことだか らこのままの感慨にふけ っていた であろ う。 又,母親 の死 が痛痕事 として死後六十五年以上た って もいや され なか った幼年時代を脊お っ てい る彼は, その回想 とRenardの少年時 代 とが交錯 して,あつ き涙に くれた のではないか と思 う。 この作品を特徴 づけてい る坦 々た る文 章 も この Renard の悲劇 の語 り方 のスタイルか ら何 らか の示唆を うけ ていた のでは なか ろ うか。

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(6)

この意味 で もこの本は 『忘れがたい本』 とな った のであ る

Philipの幼少年時代の性格の展開は,幼少年心理学 の適用 を うけ るほ ど,単 調 な心の起伏 とみ られ るふ しもあるが,蝦足か らひ きお こされ る内心の葛藤か ら神へ の不信に至 る過程は,作家 の吃 りの体験 に もとづい てい るだけ描写は的 確 ・其撃 でそ くそ くとせ まるものが あ るPhilipは 自分 の肉体上 の欠陥 に対す る噺笑に よ り,無 心か ら苦渋にみちた 自己認識へ と成長す るがその成長は,普 通 の子供 よ りも早か った し,人生 の通常 の場 合にあては まる既成 のル ールでは 律 しきれ ない面が彼にあ った し,いや で もお うで も彼 自身 での解決をせ まられ るのであ る その よ うな彼は ,聖書 の『何に して も信 じ求めれば こ とご とくうべ し』 とい う文句に も,聖書 の言葉 の背後に何か しら不可思議 な神秘的 な意味が ふ くまれ てい るこ とに感づいていた のだか ら,唯 々諾 々 と うのみにす るわけに はいかず,牧 師 である叔父 と意味深い宗教問答をかわ した のであ る 叔父 のす げない紋切 り型 の返答には聖職者 としての権威か らくるわ りきった禁観的な態 皮, しか も,その裏 を知 りたい Philipの 真意を無視 した態度が うかがわれ,

ll

Philipはただ 自らをな っとくさせ, 『聞 くだけ は聞い て しまった』 とい う感想 のなか で真剣 な祈 りの苦行にはい るのであ る この祈 りの不首尾が以前か ら叔 父 にたいす る嫌悪 の情 をか きたたせ,叔父 との人間的 な理解 ・和解はその死 に いた るまで もた らされ なか った。 それは彼 のキ リス ト教 にたいす る非寛容 な態 度 とま った く平行 してつづ いてい る Maugham の神 の不信は定説 とな ってい るが,それは信仰をす てて解放感をえた とい う一つ の論理上 の帰結 で神 の不荏 証 明ではない ことを, まず念頭 におかねばな らない。 この蝦足事件が,完全 に 宗教への幻滅 の起点 とな った ことは明白であるが,ハ イデルベ/レヒ 遊 学 時 代 に,ふたたび複雑 な要素をは らんで神 の粋か ら脱 出を こころみ てい る。 不信 の 念を確実 にす る努力 (?)はノ、イデルベJt,とに来 てか らもたえずつづけ られ, 友人 との宗教論争を通 じて 自分 の信仰 とはすなわ ち英 国国教 のそれ である とい う自覚や, しか も仏教徒 ,回教徒 , カ トリック教徒 の信仰に対す る確信 の程度 も同 じであ ることが実際に ミサに出た ことに よって知 らされた こ とな どが大い にあづか って,結局は信仰の粋か ら解放 され ,皮肉に も 『単 な る習慣か ら,ち

ー52

(7)

12

はや,信 じない神 にたい して思わず感謝 を ささげ る』 こ とにな った のである0

4

しか し, この小説 を特徴づけてい る主人公受難 の歴 史は,彼を とらえ解放へ とは彼をすすめない。死 んだはず の神 は,姿をかえ亡霊 とな り彼の前にたちは だか る 一つ の姿は キ リス ト教 義は捨 てさ りなが らも, うけいれずにおれ ない キ リス 十教 の徳 目であ り. も う一つ の姿はつ ぎの よ うに MaughaITlが えがい て いる

Havingsettledthewholemattertohissatisfactionhesough ttoputitout ofh

l m,butt

hatwasmoreeasilysaidthandone;and hecould notprevent 血eregretsnorstiflethemisgivingswhichsomedmes tom ented him ‥.3

Andsometimes,asthoughtheinfluenceofinumerableallCeStOr

S

,God‑fearing anddevout,wereworkinginhim unconsciously,there seized him a panic fearthatperhapsafterallitwasalltrue

,

andthere was,up there behind thebluesky,ajealousGod who would punish in everlasting flames the atheist.At血esetimeshisreasoncouldofferhim nohelp,he imagined the anguishofaphysicaltom entwhich wouldlastendlessly,hefeltquite sick with fear and burstintoaviolentsweat.Atlasthewo血dsay to himself desperately:"Aftera

l

l,it'snotmyfault.Ican'tforce myselftobelieve.

I f

thereisaGodafterallandhepunishesmebecauselhonestlydon'tbelieve

13 inHim lcan'thelpit''

さて,前にあげた一つ の姿 であるキ リス Tl数徳 目に密接 にむすびついてい る のに彼 の紳士気質が あ る この小説 の普遍 的魅力 の一つは,特定 の階級意識 を 背 景にち らつかせ,それが何 らか の力 とな ってい る作品に比較 して gentleIpan 意識 の人間か ら,すはだか の人間へ の脱皮を意図 してい る点にあ る。 求めてい

るのが魂 の発展 であ り.Philipの紳士意識はす でに読者 の ものであ り.読者 屯 Philip ともども洗脳 を うけ るのであ る この意識はぬけ きれない も の と し て 彼 の悲劇的性格 の底流に ある。 ハ イ デルベ ル ヒ遊学は,/くブ リックス クー/レ,

‑53‑

(8)

0Ⅹbridgeへ と の 正規 の コースを うけ られ なか った劣等感 の克服 ともみなされ 14

る し,/ミリーでの画業修業 の くだ りは,彼 の性向 とはいえ,趣味人 ・教養人へ の志向のあ らわれ であ ると考え られ る又,貧窮の末, よん どころ な くLym a

ndSedly商会の案内係をつ とめた時 もその condescendingな態度は ス ノビズ ムにちかい。Mildredとの くされ縁のは じま りは,Philip gentleman である か ら好意を よせた と彼女に無残 に宣告 され る。彼女 との黒 い杵は, ど うに もな らない情念 のみな らず この紳士意識 とキ リス ト教徳 目のなせ るわ ざである 死寸前に 自殺を も考えた彼が,無料給食所の門を くぐれ なか った の もこの辞 の ためである /、イデルベ /レヒ時代,友人 の アメ リカ人 Weeksとの対話か らで て くる紳士 の定義,す なわち分離派 でない こと, イギ リス人にか ぎること,釈 が紳士 であること,パ ブ リックス クールか ら 0Ⅹbridgeへ とすすむ こと,紳士 らしい英語を話す こと,身につけ るものがおか しくない ことな どをあげてい る が, これ らを とお してMaugham 自身紳士た るべ きことをあざ笑 ってい ると考 え られ , しか も, これが キ リス ト教徳 目とか らみ あっては らい きれ なか った と ころに Philipの 悲 劇が あ ったわけであ る しか し,逆に これが他 の友人た ち の限 な し草的生 き方にたい して,Philipの生活に一つ の板抵を与 えてい るこ と はい うまで もない。 彼等は破滅的 であ り.Philipは摸 索的 で常識 的 で あ るの だ。Mildredに愛情 をな くした あ とです らその苦 境をみ ては以 前 の彼 女 の態 度に もかかわ らず その生活をみてや るの も,全面的理 由でない とし て も こ の Philipの背後 の十字架 に よるもの と思われ る 初恋の狂暴 な情熱 の劫 火に焼か れ てい る主人公の態度か らすればそ うなるのが理 くつだ とい うこ とではす まさ れ ない ものが あ る。読者は ,その主人公の態度になん ともいえないほがゆ さを感 じなが ら,そ う感 じるが故 に.なお さ ら彼に試煤が くわわ り,新生 した人間の 毅然た る態度を‑べつ した く,Sallyとの円満 な結未 に不満を感 じるのである

ともか くMildredとの関係は男女 の間の愛情 の不条理 の塩 をあ らわ してい る

Sallyとい う母性的 な女性にめ ぐ りあい平和 な愛情 にひた りなが らも,Mildred ら しき女 の うしろ姿をみて思 わ ず 胸 を とどろかすにいた っては, もはや一つ の執念が完全にPhilipを支配 してい るので宿命的 な人間の杵を感 じさせ るもの

‑54‑

(9)

であ り,紳士気質 も, キ リス ト教徳 目も,理性 も智慧 も関与 しない人間の業 の 深 さ とい った ものを まざまざ とみせつけ られ るのである

5

さて, も う一つ の姿 の神を うしな った あ とにの こる不安については,す でに のべた よ うに キ リス ト教 とい う‑宗教 にたいす る幻滅が あの蝦足事 件 の 結 末 で,神の不在証 明ではなか った こ と と ,Maugham TheSummilZg

Up

おけ る神 につい ての感慨 ,す なわち神 の問題は人間の本質的な ものであ り,絶 対的な ものにあ こがれ . これ にすが りたいのは人間の本能 であ り,信 じては な らぬ理 由 もない し,頭 で否定 し心で肯定 しなければな らぬ この ジ レンマ も前 の 情 念 と同 じく,理 くつ では解決 できない不条理 な一つ の姿 であることとす る, この二つ の ことと関係が ある。 さて この よ うな不条理 な存在 としてのMaugham は ,神 を うしな った あ との不安 の中に とざされ て,これか らの脱出の遠はふ さが れ て しま ったか ど うかがつ ぎの問題 とな って残 る そ こで筆者は彼 の有名な人 生模様 の人生観を ここで持ちだ さねは なるまい と思 う。要す るに人生には意味 が ない とい う東洋 の無常観に通 じるものであ り,すべ ての人生 の出来事が タテ 糸, ヨコ糸 とな って織 りな して,ペル シャじゅ うた んに よって示 され る人生パ タ ンが出来 あが る とい う見方 である これは総 括的 な間然 され ることのない一 つ の見方 で結局は各個 人が生れ ,結婚 し,死ぬ とい うこの作 中で しば しはいわ れ てい るシ ンプルな/くタ ンと一致す るであろ う ただその模様は各人各様 であ その為 にCronshawPhilipがベル S/ヤじゅ うた んの どこに人生が象徴 さ れ るか と聞いて も答 えず, 自力 で探 し出す よ うに提案 した のは当然 である 方 では人間の存在 の不条理をみ とめ,人生 の無意味 さを さ と り,かつ神を うし な った あ との不安 にさいなまれ てい る,いわば危機感 を ともか くもこの よ うな 人生観 で,は ぐらか さねばな らないのは,やや突発的だが英国的 ヒューマーの あ らわれに思え る その ヒューマー とい うのが価値感 の転換 に よってえ られ る もの とすれば, まさに この人生観 こそそれ その ものであ る といわね は な る ま い。 こ うい う意味において,彼 の不安 な,空虚 な魂は この人生観に よって大い

‑55

(10)

にいや された と考え られ る。 しか も,Maugham の場 合 ,苦難 をへた あ との, きらめに も通 じる静 け さが彼 のい くつか の作品にただ よ うよ うな気がす るので, 摸索的魂 の careeristであ るPhilipへの,人生にはす くな くともこの くらいの 補 償作用が行なわれ るのだ とす る.楽観的立場 にあるMaugham のせ めて もの お く りものではなか ろ うか。Sallyとい う女性 もそのお く りもの二番手 であろ う

ここで,い ままで故意 にふせ ておいた この人生模様 の人生観 の しめす も う一つ の面について別 の角度か ら論 じなければな らぬ。 前に もふれた よ うに この人生 観は特別 の ものではない。生れて死ぬ とい うことに慣着す ると思 うのであ るが, 人生 そのペ/レシャじゅ うた んを もって人生 を象徴す るとい うの がMaugharn的 であ り,彼 の美意識の志 向をは っき りと示 してお り,人生 は一方 では無意味 で あ るとい う真理は真理 とみ とめ,一方 では美的完成を 目ざさねはな らぬ とい う のが, この作 の一つ の テーマであ る ここでMaugham は 自然 にお りな された 各人 の美的/くタ ンを勿論み とめてい るが, 同時に美が善行 とい う遺徳的生 き方 , 特 に我執 の粋か ら脱 した没我的行為 の中に一番強 く生 きつづ け るとい う考えか

Maughamは美的パ タ ン完成に善 きこととい う積極的な裏 うちをほ どこして い る だか ら無意味 な人生だ として も,私 は若い,与 え られた生 を雄 々 しく生 きていかねはな らぬ とす る,Lの暗 うつ をふ きとはす生へ の執著は当然彼 の人生 模様 の完成に必然的 な もの となる。 若 さか らくる生命力 の強 さは もちろんの こ とではあ るが。 それだか ら,理 くつ のあわぬ Mildredにたいす るはが ゆ い ほ どの行動 も, この よ うな Philipの心の起伏の結果 で愛す ることをすべ て と す る没我的 な善へのあ こがれが意識下にあ ったか らであ る 美 は うつ ろいやすい もの と考えてい る一方 ,普遍 性 ・永久性のあ る価値 としてTheSumming

Up

考えてい るの も肯定 され る。Maugham の他 の小説 で も没我 の美 を称讃 してい る例は多い。一,二例 をあげれば L,iLyaOfLambethの中で Lizaをは らませ た妻子 あ るJimが彼女 の死 の床 で 自分 の罪 を告 白 し,彼女 の不幸を悲 し む と

ころ,又.愛を し りぞけ られ なが らも善意にみ ちた愛をか えな か った

To q

午,又,TheMoonandSixPenceで妻をね とられ なが らも,異常 な程 の善意 Stricklandに真心をつ くす DirkStroeveであ るOfHumanBondage

(11)

Mildredと対照的な善意没我 の女性 Sallyとの結婚 は 偶 然 ではないのであ り,美的善的 な人格完成追 求へのあ らわれ である とい うことがで き る しか し,Maugham は善 きものは美 であるが美 しきもの必ず しも善 な らず とい うこ とに注 目 してい る 彼 の短篇に も美 の呪い とい った のを感 じさせ るい くつかが あ るが, この作品では画学生,FannyPriceが 自分の美的 天才を信 じこんでい る その我執に よって しは られた状態か らの離脱は 自殺に よってなされ,Hayward は 自分 の信 じる美 の奴隷 とな り,人生 のむ な しさを教 えて くれた詩人Cronshaw は酒にひた りみ とる人 もな く淋 しく息をひ きとるとい った,美 に と りつかれた 暗潅た る人生風景が Philipの 周 囲に展開 され てい る。 しか し, ともか く,人 生の定義をペル シャじゅ うた んに与えた のは美 の価値 について 『人生に意味 を 与 え るものは美 のみ であ り,‑芸術作 品 こそ,人間活動の最高 の産物 であ りあ らゆ る惨 め さ,人類 のはて しない労苦 ,無益 の努力 を正当化す る最後 の根拠 で

15 16

あ る』 と確信 してい る若 き芸術家 Maugham の一つ の精神的痕跡 であ ってけ っ して偶然 でなか った ことを忘れ ることはで きない。

ここで興味深い ことは これ ほ どの悟 りの境地 に達 した人生観 の持ち主 で も, 人間その ものの複雑 さ矛盾 さには手にあま った様子で,その結果,彼 の人間観 が シニ ックであ る といわれ ることに な る しか し,一方 ,我執 のない善意の人 間をはめ るには人後 におちない ことはすでに知れ るとお りである し,叔父Carey に対す る最後 まで許す ことので きなか った Philipの 気 持 はMaughamその人 の実感 であ って,叔父 の非人 間性にたいす る反感 もさることなが ら,そ うい う 聖職者 をつ く りだ した神 その ものへ の攻撃 とな ってい ることもいなめない。又 Mildredを とお して,や さ しさの中に獣性をひそ ませ,魔性 を発揮す る女性へ の蔑視の感情 は. 人生観 とは別 の次元 の人間観 であ り, 要す るにMaugham の 場 合, その人生観 の基盤にた って,人間観, 芸術論, 世界観がそれ ぞれ独 自に 展開 され てい るとい うことがで きる ただ,人生観,人間観 とは相互依存 の関 係にあ り.彼の人生観か らすれば,人間の無意味 な存在 ・行動のみが眼につい て ともすれば冷笑的 な態度 にな るの もいた しかた のない ことであ る。 とにか く, この作 中では,Carey,Mildred以外の人物には cynica】な見方を とっていない

‑57

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