総合型地域スポーツクラブのプログラム開発 (研究 プロジェクト 地域社会におけるスポーツ振興の推 進)
著者 原田 尚幸, 大橋 さつき, 矢田 秀昭, 井出 健二郎
, 山崎 秀雄
雑誌名 東西南北
巻 2007
ページ 322‑328
発行年 2007‑03‑15
URL http://id.nii.ac.jp/1073/00002455/
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はじめに平成12年9月に策定された「スポーツ振興基本計画(文部科学省)」は、生涯ス ポーツ社会の実現に向けた、地域におけるスポーツ環境の整備充実方策のひとつ として、総合型地域スポーツクラブの育成を政策目標として掲げている。総合型 地域スポーツクラブは、地域住民に運動・スポーツ活動の機会と場を提供するこ とにより、地域社会におけるスポーツ振興推進の先導役としてその役割が期待さ れている。
しかしながら、設立後多くのクラブで経営難が続いている。その主な原因は、
クラブが提供するプログラムのオリジナリティのなさ、そして助成金への依存体 質による収支構造のバランス欠如等が考えられる。
総合型地域スポーツクラブに関する研究は、これまで主にクラブが組織化され るまでの設立過程に着目されて報告されてきた。多くの総合型地域スポーツクラ ブでは、学校体育で実施されているスポーツ種目で構成された横並びのプログラ ムしかなく、地域の特性等を考慮したオリジナリティの高いプログラムの開発や 地域貢献といった視点が欠落しているのが現状である。
そこで本研究では、ムーブメント教育を題材とした、総合型地域スポーツクラ ブのプログラム開発に着目した。
なお、本研究は、平成17年度和光大学総合文化研究所共同研究の一般研究
A
「地域社会におけるスポーツ振興の推進−総合型地域スポーツクラブのプログラ ム開発と地域貢献」の成果の一部をまとめたものである。
研究プロジェクト:地域社会におけるスポーツ振興の推進
総合型地域スポーツクラブの プログラム開発
原田尚幸
所員/経済経営学部講師大橋さつき
所員/人間関係学部講師矢田秀昭
所員/人間関係学部教授井出健二郎
所員/経済経営学部教授山崎秀雄
所員/経済経営学部助教授1──
ムーブメントプログラムについて(1)ムーブメント教育・療法
ムーブメント教育・療法は、アメリカの
Marianne Frostig
らによって体系づけ られ、欧米諸国では、1970年代から急速に発展し、人間発達の基礎づくりのため に有効な手段として注目されてきた。国内では、横浜国立大学の小林芳文を中心 に普及しており、既に、心身の発達に障害のある子どもたちの教育に有効である と評価されている。ムーブメント教育・療法で行なわれる身体運動の課題は、身 体技能だけでなく、情緒や社会性、認知といった他の諸機能の発達を助長すると ころにある。つまり、子どもの発達の全体に関わる機能を身体運動に結びつけて 捉えており、諸機能の発達にとって必要な身体運動を十分に経験させることで、子どもたちの自発性と喜び、達成感を引き出すことをねらいとしている。子ども たちは、ムーブメント教育・療法において、自身の身体を動かすことにより、身 体を知り、身体を巧みに使えるように学習し、意思伝達能力や認知機能を発達さ せ、創造的に自己を表現し、情緒の成熟と社会性の発達を促すように学習するこ とができる。また、ムーブメント教育・療法は、指導者中心の訓練的活動とは異 なり、遊び的要素やファンタジーの要素を持った子ども中心の活動であり、個々 の子どもたちのニーズに合った適切な環境を設定することを重要視している。す なわち、さまざまな遊具や教材、音楽の工夫などにより、参加する子どもたちが 自ら動きたくなる環境を創造することで、自然な動きの拡大を図ることを目指し ている
(1)
。(2)ムーブメント教室の実態
和光大学におけるムーブメント教室は、ムーブメント教育・療法の理論に基づ いて、近隣の障害児を対象に実施された。この教室では、特にアメリカのIFS P(個別家族支援計画
: Individualized Family Service Plan )
を参考に「家族支援」、「地 域支援」を目指したプログラムの開発を目標として、家族や地域住民の参加を促 してきた。IFSPの特徴は、子どもだけでなく、子どもの生活の基盤である家 庭環境の安定を目指している点があげられる。この教室では、対象児本人だけで なく、本人を含んだ「家族」全体を対象として捉え、個別の家族、そして、それ らを取り巻く地域を支援するという考え方を基本としている。毎回、5〜10組の障害児とその家族、スタッフ、大学教職員、学生、地域住民 など合わせて20名程度の参加があった。
基本的には毎回、以下のような流れで実施した。
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(1)Frostig, M. Movement Education : Theory and Practice. Chicago:Follett Educational Corp, 1970.(肥田 野・茂木・小林訳『ムーブメント教育──理論と実際』日本文化科学社、1978年。)
小林芳文『LD児・ADHA児が蘇る身体運動』大修館書店、2001年。
①スタッフミーティング:リーダー、スタッフが参加し、当日のプログラム 内容や役割分担、留意事項などを確認する。
②受付・フリームーブメント・カウンセリング:受付後、子どもたちは用意 された遊具で自由に活動し、リーダーやスタッフは関わりながら、その様 子を観察する。また、保護者に向けて、活動前の個別カウンセリングを実 施する。
③集合、呼名、ダンス・ムーブメント:円形に集合し、一人ひとりの名前を 呼ぶ。リズムに合わせて全員でダンス・ムーブメントを行なう。
④設定ムーブメント:発達段階を考慮して、設定された課題ムーブメントを 行なう。遊具や音楽の活用を工夫し、集団活動における個別の対応を目指 したプログラムを実施する。
⑤パラシュート:子どもたちに最も人気の高いムーブメント遊具の一つであ るパラシュート(大きな円形の布)を使って、揺れのある感覚やダイナミ ックなムーブメントを展開する。
⑥短期記憶の再現とエンディング:子どもたち自身が当日の活動内容を振り 返り、活動の終わりを印象づける。
⑦反省会、おやつ:子どもたちが水分補給をする時間を活用して、参加者の 意見交換を行なう。
⑧スタッフミーティング:リーダー、スタッフが参加し、コミュニケーショ ン・シート(保護者が記入した個別シート)の内容を回覧しながら、活動内 容について意見を交わす。当日の反省や今後の課題を確認する。
(3)ムーブメントプログラム開発のための実践調査
本研究では、総合型地域スポーツクラブのプログラムとして、ムーブメント教 室の可能性を探るために実践調査を実施した。調査は、和光大学を会場として開 催された「親子ムーブメント教室」を対象として、参加者間の打ち合わせや検討 会の内容を踏まえて調査・分析した。ムーブメント教室では、不定期開催ながら、
毎回10〜20組の親子の参加、教育・療育に関わる者、地域住民の見学もあり、保 護者や市民との意見交換を重視し、現場の声の把握に努めた。実施内容に関して は、VTRによる記録やアンケート調査を行ない、参加者の様子や意見感想を集 約し検討した。
和光大学におけるムーブメント教室の開催にあたっては、事前に養護学校や共 生教育を実践する保育園において、ムーブメント活動に関する実地調査を行なっ た。調査で得られた実際の活動記録を分析するとともに、参加者を対象にした聞 き取り調査の結果を踏まえ、その結果内容をムーブメントプログラムの開発や教 室の運営方針の検討に活用した。
和光大学を会場に開催された「親子ムーブメント教室」を調査した結果、子ど
も一人ひとりのニーズに応え得る地域支援活動を行なうためには、対象児本人だ けでなく、本人を含んだ「家族」全体を対象として捉えることの重要性が明らか となった。すなわち、個別の家族を支援するという考え方を基軸としてプログラ ムを展開し、「親子でできる」、「家庭でもできる」といったポイントを訴求して いくことがプログラム考案において非常に重要である。
この結果は、篠原らが「マナー・キッズテニス教室」に参加した保護者を対象 にした調査結果とも一致する。篠原らの報告によれば、マナー・キッズテニス教 室のイベントに参加した保護者の満足度に最も影響を及ぼした要因は、「保護者 自身のマナー・躾についての理解が深まった」ことであった
(2)
。単発的なイベン トに参加するだけでは、子ども自身にはすぐに効果は現れないことから、多くの 時間を共に過ごす保護者自身のマナーと躾に対する理解が向上することにより、日常生活において実践することが重要であり、教室への参加はその良いきっかけ として位置づけられるとのことであった。
このことからも、地域密着型のムーブメント教室は、たとえ月1〜2回の開催 であっても、参加した家族一人ひとりが十分に楽しさを実感し、アイディアを持 ち帰ることで、各家庭が普段の生活の中で自然に実践・展開することができるよ うになり、ムーブメントプログラムの効果が持続するという示唆が得られた。
また、保護者同士の交流の場としての効果はもちろんのこと、学生や地域市民 の参加を得たことで、大学・地域の連携を図る「場」づくりとしても、ムーブメ ントプログラムの実践が効果的であることを実感した。参加した学生の発言から は、自分たちが地域に必要とされている「場」を創り上げる一員になれたことへ の達成感と、自分自身がさらなる力をつけようとする意欲が感じられ、今後は企 画教室の枠組を越えた教育的効果も期待できるだろう。
2──
「総合型
スポーツクラブ」における ムーブメントプログラムの可能性・有効性
以下、IFSPに関して
Ramey らが掲げた4つのキーワードをもとに、「総合
型スポーツクラブ」における「ムーブメント」プログラムの可能性、有効性につ いてまとめる(3)
。(1)enjoyable:楽しんでできること
ムーブメントプログラムは、参加者一人ひとりの自主性を重要視し、身体を動 かすこと、他者と関わること、自己を表現することの歓びを感じることのできる
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(2)篠原梢・木村和彦・原田尚幸「マナー・キッズテニス教室の評価と今後の課題」『日本体育・スポ ーツ経営学会第29回大会号』19−20頁、2006年。
(3)Ramey, C.T, Bryant,D.M, Suarez,T.M. “Why, for whom, how, and at what cost?” Clinics Paleontology,
17(1):47-55, 1990.
プログラムである。そこには笑顔が溢れており、各々の笑顔がさらに一体感や共 感を生み、許容的な場を創り出し、人々は安心して身体を解放することができる。
対象児はもちろん、スタッフ、学生、地域住民など参加者すべてが「楽しんでで きる」という点は、ムーブメントプログラムの重点である、人々が集い活動する 場づくりの基本でもある。
(2)flexible:さまざまなニーズに柔軟に適応できること
ムーブメントプログラムは、障害の有無、年齢、発達段階、好みなど参加者の 個々のニーズに合わせて目標を設定し活動を展開することができ、変化のある繰 り返しを重ねることでさらなる拡大が可能である。集団としての活動を保ちなが ら、個別に対応できる点も重要である。また、施設、設備や遊具、スタッフ人員 など環境面での特性を活かしたプログラムに工夫することができる。
(3)comprehensive:包括的なものであること
ムーブメントプログラムは、実際の教室が、月一、二回の開催であっても、各 家庭が生活の中で自然に展開できる独自の「ファミリー・ムーブメント」への発 展をねらっている。すなわち、家庭生活や育児場面、地域コミュニティを含んだ 日常の暮らしの中で支援の機会を作ることが重要であり、そのために、個々の家 族や地域環境の特性を包括しながら、分かりやすくて、いつでも、簡単にできる、
という視点を重視した活動を提供することができる。
(4)effective:支援が効果的であること
ムーブメントプログラムには、独自のアセスメントとして、
MEPA
(MovementEducation and Therapy Program Assessment)
が開発されている(4)
(現在、MEPAについて、基本となる構成・内容は変えず、必要なアセスメント項目を増やしすべての領域を30項 目に統一して改善した、改訂版の「MEPA-R(Movement Education and Therapy Program
Assessment-Revised」 (5)
が完成している)。運動スキルや身体意識の診断のみでなく、心理的諸機能、情緒・社会性の発達特性を把握し、適切な教育・療育プログラム を準備する手がかりを得るためのアセスメントとして、活用されており、運動活 動の内容を段階系列化してプログラム編成に役立てられるように、3分野(
i
運 動・感覚、ii 言語、iii 情緒・社会性)6領域(①姿勢、②移動、③操作、④受容言語、⑤表出言語、⑥情緒・社会性)で構成されている。項目は日常の生活の中でチェッ クできる内容になっていて、さらに、一つひとつの項目をそのまま達成課題とし
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(4)小林芳文『ムーブメント教育プログラムアセスメント(MEPA)とその使用手引き』日本文化科学 社、1985年。
(5)小林芳文『MEPA-R ムーブメント教育・療法プログラムアセスメント(Movement Education and
Therapy Program Assessment-Revised)』日本文化科学社、2005年。
た活動案を提供する指導マニュアルも準備されている
(6)
。これらを活用すること によって、アセスメント・計画・実施の循環的なプロセスに基づいた効果的な支 援プログラムを提供することができる。3──結語
本研究における実践調査の結果を概観すると、ムーブメント教室参加者の反応 やアンケート等に残された記述、子ども一人ひとりの動きや家族の取り組みの記 録に見られる具体的な変化から、障害児支援におけるムーブメントプログラムの 効果や可能性については、手応えを感じている。その一方で、実際のプログラム は実践を重ねるごとに蓄積されてきた成果があるものの、いまだその体系的な整 理ができていない。また、適切な家族支援を行なう際には、家族のニーズを取り 入れ、エンパワーするために、発達段階の査定、プログラムの立案、効果の評価 といった各過程において活用できるアセスメントが必要であると考えられる。こ のようなアセスメントは、専門家だけでなく、家族(保護者)や地域市民、若い 支援者(学生)がプログラムを実践するための手がかり、指標として役立つ有効 なツールとなり、ムーブメントプログラムの効果を拡大させることができるだろ う。したがって、今後は、これまでの実践記録を基に、ムーブメントプログラム の活用とその効果についてより詳しく検討し整理する必要がある。そしてさらに は、障害児の「家族支援」を目指した取り組みとして、地域の療育、家庭生活の 現場において実用性の高い、独自のアセスメントの開発もプログラム開発と共に 重要であるという示唆が得られた。
総合型地域スポーツクラブのプログラムは、指導スタッフの専門性や既存プロ グラムを継承する場合が多く、オリジナリティのあるプログラム開発については、
あまり取り組まれてこなかった。総合型地域スポーツクラブのクラブマネジャー 養成講習会などでは、「住民のニーズを把握(市場調査)して、プログラム開発に 反映させるべきだ」という指摘もある。しかし、実際に調べてみるとそのニーズ は、「温水プールで水泳がしたい」、女性であれば「ヨガ教室をやってみたい」と いった意見に集約される場合が多く、住民ニーズからオリジナリティを求めるこ とには限界があると推察される。
「地域性を反映したプログラム」、「オリジナリティのあるプログラム」を開発 するためには、地元行政や地域にある大学との連携を模索することも有効な方法 であろう。その理由は、地元行政が取り組んでいる地域振興施策とのタイアップ
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(6)小林芳文他編著『障害児と乳幼児のための発達指導ステップガイド』日本文化科学社、1987年。
小林芳文他編著『ムーブメント教育・療法による発達支援ステップガイド MEPA-R 実践プログラ
ム』日本文化科学社、2006年。
や大学が有する高度な専門知識とのコラボレーションによるプログラム開発にあ る。総合型地域スポーツクラブは、地域のスポーツ振興という公共性の高い事業 を営んでいることから、単体での活動よりも、行政や大学との連携を模索するこ とが今後ますます重要であると考えられる。
[はらだ なおゆき/おおはし さつき/やた ひであき/いで けんじろう/やまざき ひでお]