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「 空所 」 概念と読みの交流

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(1)

「 空所 」 概念と読みの交流

上越教育大学教職大学院 松 本 修

問題の所在

松本修 ( 2 01 0) " は、山元隆春 ( 2 0 0 5) ' 2 、桃原子英子 ( 2 0 0 8 , 2 0 0 9)' 3を踏 まえて、読

みの交流 を促すための (問い )が必要 とす る要件の検討 を行 った

金子みすずの 「 私 と小 鳥 と鈴 と 」 の授業実践 において学習者が案出 した く問い )等の検討 を通 じて、理論的に導 き出 された 「 読みの交流 を促す (問い )を基礎づ ける 5 つの要件 」 が、読みの交流のため の (問い )の有効性 の検討 に実際 にたえ られる ものであるか を分析 し、一定の効力 を持つ

ものであることを確認 した。その 5 つの要件 は以下の ような ものである

a 表層へ の着 目

:テ クス トの表層的特徴 に着 目す る 「 問い」であること b 部分 テ クス トへの着 目

:部分テ クス トが指定 されていることによって、読みの リソースの共有が なされて いること

C

一貫性方略の共有

:部分テ クス トが他 の部分 テ クス トや全体構造 との関係 の中で説明 される とい う解 釈の一貫性方略 ( 結束性方略)が共有 されていること

d 読みの多様性 の保障

:読み手 によって解釈が異 なる とい う読みの多様性 に開かれていること e テ クス トの本質へ の着 目

:想定 される作者 との対話 を可能 にす るようなテクス トの勘所 にかかわる ものであ ること

そ こでの理論的検討 は、 もともと松本が検討 して きた 「 語 り」 にかかわる (問い ) 、 と りわけ描 出表現 にかかわる (問い )が、その性格上本来満た している要件 a ,b

,C

,d と、

ヴァイポ ン ドとハ ン トの言 う要点駆動の読みのために必要 な要件 a ,C ,e とを組み合わせ る と 5 つの要件 になる とい うものであった

。b ,e の要件 は、一 人の読み手が読 むことそ の ものに とっては不可欠ではないが、学習 としての読みの交流 にあ っては、満た されてい た方が実際の交流 に結 びつ くか らだ。学習の過程 としての読みの交流 は、テ クス ト、読み 手、他の読み手 との コ ミュニケーシ ョンとして成立す るか ら、少 な くとも読みの契機、話

し合いの契機 としての (問い )には 5 つの要点が必要だ とい うことになる。

ところで、桃原 ( 2 01 0) は、山元 ( 2 0 04) の議論 を踏 まえてイーザ‑の 「 空所」概念 に

着 目 し、学習者の交流 の分析 をす る中で、「テ クス トの空所が、読み を交流す る中で 「 要

点駆動 の読み ( 対話的読み ) 」 を引 き起 こさせ た 」 とい うような指摘 を している

。 ̀5'6

(2)

桃原 は入れ子構造 を持 つ小説丁 ブラジルお じいの酒」 (目取真俊 ) を教材 に して、その 構造 に対応 した学習者の読みの交流 を引 き出 している 。 入れ子構造 を持 つテクス トは、す なわち時間的な語 りの重層性 を も包含 してお り、そ こでの学習課題 も描 出表現 にかかわる 学習課題 を含 んでいる。桃原 は、松本 ( 2 01 0) の論 に依拠 しつつ、ふたつの学習課題 につ いて 5 つの要件 の検討 をであ らか じめ行 っている

描 出表現 にかかわる学習課題 は 5 つの 要件 を満た している とし、 しか し、 もう一つの学習課題が必ず しも満た していない として いる。 この学習課題 も学習者 によっては対話的な読み をもた らしているのだが、その よう な読み引 き起 こす には、「 空所 」 とい うテクス ト側の特性が絡 んでいる、とい うのである

別の言い方 をすれば、学習者が空所 をテ クス トに兄いだす ことによって、対話的な読みが 可能 になったわけである。(問い )の要件 とイーザ ‑の 「 空所」 の間の理論的 なつ なが り

を前提 している と考 えるべ きであろう

ここではその問題意識 に導かれて、あ らためて イーザ‑の 「 空所 」 概念 と読みの交流の 関係 を捉 え直 し、なぜ空所がテ クス トの本質への着 目を促すのか、す なわちヴァイポ ン ド

とハ ン ト ( 1 9 8 4) に もどれば、なぜ空所が交流方略 7に対応 した読み を促す のか、その意 味 を考察 したい。

1 イーザーの 「 空所」概念 と交流

W ・イーザ‑は、テ クス トに対す る読者反応 を中心 にす えた読書行為論 を構築 し、その 理論 は 1 9 8 2 年の邦訳 出版以降、 日本の文学教育論 に大 きな影響 を与 えた。その読書行為 論 は、読書 とい う行為 に作用す る主 と してテ クス ト側の契機 を明 らかにす る ものであった が、あ らためのその中心概念、「 空所」 及び 「 否定」 について見てお きた い 。

イーザ‑の 「 空所」 と 「 否定」 の定義 は次 の ような ものである 。 ■ 朽

テ クス トはその ようにさまざまな組合せ か らなる‑ システムであるか らには、組合せ を具体化す るための場 もシステム内 に用意 されているのが当然 と考 え られる

その場が 空所 であ って、特 定 の省 略 の形 を とってテ クス ト内の飛 び地 ( e nc l a ve) を作 り出 し、

読者 による占有 をまつ。 この空所 の特色 は、空所 を作 り出 しているシステムその ものに よっては充填 されえず、他の システムによる補填 しかあ りえぬ点 にある。そ して補填が なされる とともに、構成活動が始 ま り、 この空所 とい う飛 び地がテ クス トと読者の相互 作用 を推進す る基本的 な転換要素の働 きを示す。従 って、空所 は読者の想像活動 をひ き 起 こすが、その活動 はテ クス トの示す条件 に従 うように求め られる

ところが、テ クス トには空所のほかに、相互作用 を起 こさせ るための別の場 もある。それはさまざまな程 度の否定 の可能性であって、テ クス トにおける特定の打消 しに起 因す る。空所 と否定 は、

それぞれ別個 にコ ミュニケー シ ョン過程の展 開を左右す るが、読者 を誘導す る目的では

協 同効果 をもつ。 ところで、空所 はテ クス トにおける さまざまな叙述の遠近法の間の関

係 を空 白の ままに してお き、読者がそ こに釣 り合い を作 り出す ことでテ クス トに入 り込

むようにす る働 きをも つ 。 す なわち、空所 は、読者がテ クス ト内部での均衡活動 を行 う

糸 口 となる。それに対 して否定可能箇所 は、読者 に既知の ことあるいは確定的な事柄 を

思い起 こさせ 、しか もそれ を打 ち消す ようにす る働 きをも

。打 ち消 された といって も、

(3)

それは視界 に残 り、読者は既知あるいは確定 していることに対する態度 を修正するよう に仕向け られる

すなわち、否定 によって、読者はテクス トに対 して一定の位置 をとる ことになる。以上の ように、空所お よび否定 を通 じて、テクス トと読者の不均衡 に起因 する読者の側の構成活動 は、特定の構造 をもつ ことにな り、 この構造が相互作用の過程 全体 を支配する。

テ クス トには本来書かれて しかるべ きことが らの中に、書かれていないことがあ り、そ の間を読者が想像力 を働かせて埋めつな ぎ、一貫 した意味 を作 り出 さなければならない。

そ うした働 きをす るテクス トの要因 ・箇所 を空所 とい う。 しか し、読者がその ように して 紡 ぎ出す一貫 した意味 を否定す るような要素がテクス トにはあ り、その ような働 きを否定 とい う。読者 は空所 を埋めて一貫 した意味 を紡 ぎなが ら、 自らの考 えを否定す るテクス ト の作用 によって、 自らの読みにおける意味の体制の更新 を行 う。 とい うようなことが言わ れている

山元 ( 2005) は次の ように端的に解説 を施 している。* 9

すなわち、読者が (空所 )によって 自らの想像力 を働 かせ る場 をテクス ト内部 に兄い だ し、(否定可能箇所 )に出会 うことによって、読者 は (既知のあるいは確定 している ことに対す る態度 )を (修正 )するように促 され、その ことによって読みが立 ち上が っ た ものになるとイーザ‑は言 うのである

イーザ‑の言 う空所 とは、読者のテクス トへの働 きかけを誘 うテクス トのシステマテ ィ ックな機能 を意味 している。 また、否定 は、空所 を埋めるにあたって、読者の主体的で新 しい意味 を創 り出す ことを促す。 イーザ‑は次の ように述べている。* 】 ̀ '

つ ま り空所の機能は二重の性質 を帯 びている

読書の シンタグマ軸では、セグメン ト間 の結合の必要性 を示 し、他方、パラデ イグマ軸では、否定 された規範 と読者のテクス ト に対する態度 との関係 を問いかける

この二軍の構造 は分かつ ことがで きず、 ともにテ クス トと読者 との相互作用の条件 となっている

空所は意味の空 白形式 として、虚構テ クス トならではの経験 を読者 に与 える。す なわち、空所 は読者の想像力 に働 きかけて、

テクス トが与 えるか、あるいは読者 に喚起 させた知識 を再生 に導 く。この空所の働 きで、

否定がそなえている生産的な力がわかる 。 つ ま り、古い意味 は、否定 されなが らも、新 たな意味がそ こに重ね合わ されることによって、再 び読者の意識 にとらえられる

この 新 しい意味 は空 白の ままであるが、古い意味が否定 され、解釈のための素材 に転換 され るがゆえに、古い意味 を必要 とする 。 すなわち新 たな意味 は、否定 によって主題化 され た空所 を確定するところか らえられることになる

空所 を埋めることは、言葉のつなが りの文脈の上ではつなが らない ものをつな ぐとい う 行為であるが、一方、その埋め方の可能性 は、否定の機能 によって、新 しい認識 を生み出 す形で選択 されることになるわけである

この ように見て くると、空所は、書かれてあるべ き事が書かれていない ( 説明 されてい

(4)

ない) ことが らを埋 めるように読み手 に促 しつつ、新 たな認識 を生み出す ものであること が わか る

これは まさに、テ クス トの読 み手 の交流 ( t r a ns a c t i on) を促す ものであ り、テ

クス トの本質 に読み手 をかかわ らせ る要素である と言 える 。

2 否定の二重の機能

ところで、 イーザ‑は、否定 には二重の機能がある としている

。 ■11

ところで否定 は、選択 された規範 の中にだけ空所 を生み出すのではな く、読者の立場 に も空所 を作 り出す。す なわち、慣習化 している規範の有効性が否定 される と、読者 は 自分では当然 と思 っていた既存 の世界 に対 して新たな関係 に立 た される。 この関係 は、

過去が否定 された とい う意味では確定的であ り、現在が未知の ものである とい う点では 不確定である

この未知の現在 を確 かな ものにす る、す なわち、空所 を補填す るには、

読者はテ クス トを真 に自己の経験 とな しうる態度 をとらざるをえない。

第一の否定 は、 これ まで気 に も留め られることのなかった潜在的な主題‑ 否定行為の 原因はここにあるのだが‑ を とり上 げる

従 って、そ こでは もっぱ らテ クス ト外の世 界の規範が と り上 げ られ、その有意性が主題 となる

それ に対 して第二の否定では、読 書 中に作 り出 される意味形態 を、読者 の慣習 にフ ィー ドバ ックさせ る力 をもつ。

山元 はこの二つの否定 について 、「 (第‑の否定 )はテ クス トに指示 され仕掛 け られた(杏 定 )であ り、(第二の否定 )は読者の ものの見方 に向か う (否定 )である 。 」 * ■ コと述べ 、 と りわけ第二の否定の重要性 を強調 している 。 深川明子 ( 1 990) は、 これ を 「 学習者の認識 を否定す る空所 の機能」 と呼 んでいる

●一一

深 川の論 は、「 注文 の多い料理 店」 と 「や まな し 」 を素材 に、 「 「 否定 」 の理論 に依拠 し た文学教材 の読みの授 業 において、現在の急務である方法論研究の‑試案 として、分析批 評理論 の援用が有効 であることについて述べ た 」 * ' J ものである

山元 と同様 、第二の否定 の機能 に着 目 してお り、それは読者 による批評の生成である 。 イーザ‑の理論 は、テ クス ト側の機能 に焦点化 した もので、極端 な場合 には作者側 の議論 に見 えることもあるが、そ の理論 の可能性 は、む しろ読 み手側 の働 きかけの契機 と しての 「 空所 」 「 否定」 にあ った のであって、いわば読み手のテ クス トへ のアプローチの理論 的基盤 を与 えた ところにある 山元 ・深川が同 じように第二の否定 に着 目 した理 由はここにある

そ して、深 川が方法論 として分析批評 を持 ち出 した ことは、テ クス トの細部 を分析的 に 読 む方法論 と して分析批評が当座便利 だったか らに他 な らず、それはある意味で要点駆動 の読み にお ける表層方略 を満たす ことで もある 表層方略 を極端 な場 合 「レ トリックに着 目す る読 み 」 とい うこともある が、深川の論 は、その ような要素 を満 たす方向性 を持 って いたわけである

こう して、読みの交流の学習 における 「 空所 」 概念の位置が明 らかになった。それは、

学習者 に とってテ クス ト‑の働 きかけの契機 となる もので、 しか も読み手 自身の従来の認

識 を更新せ ざるをえない ような新 たな意味づ けをテ クス トと世界 に対 して行 うことにつ な

(5)

がる批評的な読みへ の契機 となる ものである。

3 「ブラジルお じいの酒 」 の授業にお ける学習者の読み

桃原 ( 201 0b) は、「ブラジルお じいの酒 」 を教材 として読みの交流の学習 を行 った授業 を分析検討 している。そ こで桃原が着 目 していたのは、学習者の次の ような記述である 了 1 5

僕 は、発 間 1の答 えを最初は、【 区長が言 った 「 精の抜 けておるむん」 (p 1 9 b13) の精は、ア ルコールの事ではな く、味や においの事で、上原はそれを本当の意味のアルコール と勘違い して、

「 水 るやるむんな」( p20 C3) といった。】としたのですが、この答 を裏付ける確証がつかめず、

結局考 え方 を変えるために、この答 えを捨 ててみることに しました。そ うしてみる と、他 に仝 く まともな答 えが見つか らず、結局 なに もこれ といった ものが思いつかぬ まま、グループでの話 し 合いに臨み ま した。そ こでは、今 まで思いつけそ うで思いつ けなかった、【その酒が特別 な酒だ ったか ら】とい う答 えで全員一致で、その理由 も、≪蝶 は人の魂が この世で舞 う姿 ( pl o b4‑5) なので、その蝶が飲 む特別な酒の味 に、区長達 は気づけなかった。≫ と、『ああ、確かに』 と思 え る内容 ばか りで した。 しか し、 この作文 を書 きなが らよ くよ く考 えてみると、 この答 えに対 し、

一つの疑問が浮かびま した。「 魂であれ ど元 は人なのに、なぜ魂 にな らない と分か らない ような 味があるのか 。」 です。そ こで思い付 いたのが、【 酒 に入っていたのは精ではな く今 までの思い】

とい う説です。 これな ら青年 たちが酒 を水 に思 えたの も分か ります し、魂 になった時 に邪念 など が全て洗 われるのな ら、酒 に詰 まった切実 な想いに集 まるの も分かる気が します。 なので、私は 最終的 にこの答 えで決定 しました。

次 に、発 間 2 の答 えですが、これについては、【 作者( 未来の僕) の言葉】だ と考 えました。その 理由 としては、≪僕 の心情が入 っているので、僕以外の人ではな く、 また、「 美 しかった 」 と強 く 印象 に残 る部分 は過去形 に、お じい と話 しを している ところは現在形 になっているので、現在形 や過去形 にと自由に変換可能な記憶 の中だ と、 また、それ を物語 りにで きる作者 ( 未来の僕)だ と≫思 い ま した

その後、 グループでの話 し合い を しま したが、皆今度 も全員一致で、【 少年の 僕の言葉】の ような答 えで した。が、その答 えの理 由が、≪僕が感 じた心情が入っているか ら≫

の ような感 じで、私の答えの理由の一部 と同 じで した。 とい うことは、私の答 えはこのグループ 皆の答 えをさらに発展 させたような ものなので、当然得 る もの も少な く、結果ほ とん ど最初 と変 わ らない、【 未来 ( 大人の)の僕の言葉】で決定 しました

そ して、最後の最後、作者が読者 ( 私 も含めて)に言いたかったことですが、 こればか りは今 は どう考 えてみて も分 りませんOなので、とりあえず、この話 に頻繁 に出て くる、 ミ 蝶

と、 ミ

酒 〝

についてか ら考 えてみる事 に しました。

まず、 ミ 蝶

ですが、蝶 は発間 1の答 えや、本文の p 1 0 a4‑ 5 で人の魂 としているので、蝶=人 の魂 としていい と思います。

次 に、 この話の主竜 に最 も関係のあ りそ うな 当酉", 特 にお じいの酒 についてですが、これ も登 週 1の答 えよ り、「 邪念のない魂 たちが集 まって くるような、お じいの想いの詰 まった特別な酒 」

なので、これは文字 どお り、お じいにとっては特別な酒です。そ して、その想いの詰 まった酒 に、

集 まった妹 たち ( お じいやお じいの父、母、兄弟、そ して、その他の戦死者 など ?)の ように、

その酒の本当の味 を感 じる。「 精の抜 けておるむん 」 と言 った区長や、「 水 るやるむんな 」 と言 っ

(6)

た上原の ように、表面の味 を気 にす るん じゃな く、 もっと中身を味 わお うとす る。それや寸 、今e ? 社会 に抜 けている ところではないのか、つ ま り、この ことこそが、作者が言いたかった事 K 主題 ヨ

なん じゃないか と私 は思い ます。 ( 下線 は桃原)

話 し合い課題 とした発間は、以下の 2 つである 。

発間( ∋ 青年たちにはお酒が水に思えたのはどうしてだと思 うか。

発間( ∋ 末尾の 2 文 「 羽の色は美 しかった。見上げる夏の空の青い底に、まだこの世界 に訪れない無数のちょうが舞っているような気が した。 」 は、語 り手の言葉か、少年の 僕の言葉か。

発問 と話 し合いを契機にどのように読みを展開 したかが良 くわかる、中学校 1 年生 とし てはす ぐれた レポー トである。桃原は次のように分析 している。

発 間① では、「 答 えが見つか らない まま、 グループでの話 し合い に臨 んだ 」R で あったが、班 の話 し合いか ら 「 一つの疑問」 を抱 く。 これは、発 間① が文学作品の

「 空所」 に関わる問題 であ った こ とを意味 し、「酒 に入っていたのは精ではな く今 までの思 い」 とい う答 えを導 き、根拠 を挙 げなが ら作品 に一貫性 を持 たせ た読み を 行 ってい る

R は、友達 との話 し合いの中で、「 空所 」 を乗 り越 えるこ とがで きた と言 えよう

そ して 「 一つの疑問」 とい う言葉 には、与 え られた発 間① 「 青年 たち にはなぜ お酒が水 に思 えたのか 」 の矛盾や飛躍 を超 えて、「 魂 であれ ど元 は人なの に、 なぜ魂 にな らない と分か らない ような味があ るのか 。 」 とい う、テ クス トへ の 新 たな疑問 と価値づ けが学習者 R 自身に・ よって行 われたこ とが読み取 れる。

ここで言われている 「 価値づけ」 とは、山元 ( 2004) がヴァイボ ン トとハ ン トの 「欠 落 した輪郭」 を 「 空所」 に近い概念 としていることに導かれた もので、物語の語 り手 との意味の共有が な された とい う評価 を している ものである

これは、テクス トと読 者 との交流の成立 を認 めた ものであ る

だか ら桃原 は 「テ クス トの 「 空所」が、読み を交流す る中で 「 要点駆動 の読み ( 対話 的読 み) 」 を引 き起 こさせ たのだ。つ ま り、

学習者 R は、発問( 丑に欠けていた、問いの要件 e 「テ クス トの本 質へ の着 目 」 を自ら 補 った と言 えよう。 」 としているが、そ もそ も発 間① に要件 e が 欠けていたか どうか は疑問である 。

「 嚢の中の酒がある ものに とっては美酒であ り、ある もの に とっては 「 精 の抜 け 」

た水 に過 ぎない 」 とい うのは読み手の積極的 な働 きかけを待 つ空所であ り、 しか も常 識では説明で きない否定 と しての機能 を持 っている 。

む しろ、そこには、空所が空所 として機能するために読み手側が必要な状況 を満た して いるのか という問題があるように思われる。

読者論で しば しば 「 内包 される読者 」 のような理想的な読者が措定 されるのは、いかに

テクス トに働 きかける契機があっても、読み手が働 きかけなければ意味がないということ

(7)

がある

読み手 ‑学習者の成長 に価値 をお く文学教育 にあ っては、. 山元 ・深川の ように第 2 の否定の機能 に着 目 し、読み手 の変容、成長の契機 として空所 ・否定 を把撞す るのが 自 然である

その意味では、学習者 は、 自らが最初捉 え きれなか った契機 を改めて捉 えなお し、空所 を空所 として機能 させ たのだ と考 えるべ きではないだろ うか。桃原 もイーザ‑の 論 に依拠 しなが ら、次 の よう述べ ている

空所 は、 テ クス トにお け る読 み手 の働 きか けの契 機 となる部分 であ る こ とか ら、テ クス トの 「 空所」にお い て要点駆 動 の読 みが行 われ るの はい わば当然 の事 とい える。

逆 の視 点 で見 れ ば、発 間① に も要点駆動 の読 み を促 す要素 が含 まれ てお り、一貫性 方略 の共有 で テ クス トの 「 空所」 を補 うこ とに よ り、発 間① に要点駆動 の読 みが生 じた と言 え る また学 習 の実態 か ら、発 間② が作 品の一貫性 を満 た し、発 間① の要 点駆動 を引 き出す契機 とな った と考 え られ る

4 読み手相互の交流の意味

桃原の分析 に も 「 学習の実態か ら 」 として含 まれていることであるが、 イーザ‑や ヴァ イポ ン ドとハ ン トらの議論 に欠けている点、す なわち他 の読み手 との交流が空所 を空所 と して機能 させ た と見 ることがで きる。 レポー トには、 グループの話 し合いの内容 について は、 自分の考 えを直接発展 させ る ものではなかった ように書かれているが、なぜ レポー ト を書 く段 階で改めて考 え直す ことがで きたか とい うと、その一つの要因は他者の読みに触 れたことである可能性 はある

発 間 1 に対す るこの学習者の最初の意味づ けは、テクス ト の一部の言葉 をつな ぐことで当面の合理性 を確保す る ものであ ったが、交流 を経 たあ とで は具体的な根拠 を手 に入れ、 さらにテクス ト全体の意味 にかかわる新 たな意味 に向かって いる。第 2 の否定の機能が認 め られるのである これは他者の読みに触れることで、 自ら の読み を見直 さざるをえない とい う他者 との交流の意味である。

この ように空所が空所 として機能するためには、他者の読み との具体的な交流が意味 を 持 っているのである。

5 2 つの問いの かかわ りの意味

桃原 は、「 作 者 が読 者 に言 い たか った こ と 」 を書 かせ て い る。 そ こで先 ほ どの学 習 者 は、主 と して発 間 1 の答 えに即 して説 明 を試 み てい る。

表面の味を気にするんじゃなく、もっと中身を味わおうとする

それが、今の社会に抜けている ところではないのか、つまり、このことこそが、作者が言いたかった事 K 主題 ヨ なんじゃないか と私は思います。

ここには、発 間2 について、最後の語 りを 「 未来の僕」 と捉 えているこの学習者の読み

が反映 されている

物語の現在か らは未来 に存在す る僕が語 り手である とすれば、その未

(8)

乗 が 「 今 の社 会 」 で あ り、そ こ草 け る メ ッセ ー ジが あ る と読 んで い るわけで あ る。 それ が発 間 1 つ い ての読 み と結 びつ き、この ような主題 が読 み手 に像 をむす んだ と考 え られ る つ ま り、交流 方 略 にかか わ る読 み の実現 は、一つ の問 いで必 ず しも満 た され るわけで はな く、時 には複 数 の問 いのかか わ りに よって満 た され る可能性 が あ る とい うこ とが示 され て い る.

'16

6 ま とめ

山元 は次 の よ うに述べ てい る。 "7

「要 点 駆 動 」 は状 況 をそ の よ う に作 り出 さな け れ ば生 まれ な い ス タ ンス で あ る 。 す な わ ち 、 「要 点 駆 動 」 に状 況 が ア フ ォー ドす る よ う に 、場 を作 り替 え て い く必 要 が あ るの だ。 そ の場 の 形 成 が 文 学 の読 み を 「 対 話 的 」 にす る

この考 え方 は、 ここで検討 して きた こ とに一貫 した意味 を与 えて くれ る

す なわ ち、

① 空所 は、書 かれ てあ るべ き事 が書 か れ てい ない ( 説 明 され てい ない) こ とが らを埋 め る ように読 み手 に促 す 「 働 きか けの契 機 」 で あ る。

② 空所 を埋 め る際 には、読 み手 は、否定 の機 能 に よって読 み手 自身の従来 の認 識 を更新 せ ざる をえない よ うな新 た な意味 づ け を行 う

③ 学 習 にあ って は、空所 の機 能 が賦 活 され る よ うな問 いが必 要で あ る

④ 問 いその もので準 備 で きない状 況 を、他 者 との交流 活動 お よび複 数 の問 いの かか わ り に よって補 うこ と

で きる 。

読 み の交流 を促 す (問 い 」 と して、 5 つ の要件 を満 たす ような (問 い )は、特 に 「テ ク ス トの本 質‑ の着 目 」 ‑交流 方略 にかか わ って、原理 的 に 「空所 」 を顕 在化 させ る役割 を 持 って い る。 しか し、 「空所 」 が顕 在 化 したか ら と言 って、必 ず読 み の交流 が達 成 され る とは限 らない。 要点駆動 に状 況 が ア フ ォー ドす る よ うに場 を作 り替 えるの は (問 い )だけ で は な く、他 者 との交流 の場 が あ る こ と と、複 数 の問 いが か か わ る こ とな ども、その よ う な場 の作 り替 え にか か わ ってい く。 イーザ ‑の概 念 を徹 底 して読 み手 の側 か ら捉 え直 す こ とが 、読 み の交流 の学 習 を成立 させ るための前提 であ る とい うこ とにな る

*1 松 本 修 ( 2 01 0) 「 読 み の交流 を促 す 「問 い 」 の条件 」 『臨床 教科教 育学 会誌 』 第 1 0 巻 第 1号 臨床教 科教 育学 会 2 01 0. 5 p p . 7 5 ‑ 8 2

* 2 山元 隆春 ( 2 0 0 5) 『 文学教 育基礎給 の構 築』 渓水 社

* 3 桃 原 千英 子 ( 2 0 0 8) 「 読 み の交 流 の ため の前提 的条件 ‑ 「少 年 の 日の思 い 出 」 の読 み

(9)

を通 して ‑ 」 『臨床 教 科教 育学 会誌 』 第 8 巻第 2 号 p p . 4 0 ‑ 41

桃 原千 英子 ( 2 0 09) 「 読 み の交流 に よる 『 走 れ メ ロス 』 の授 業実践 」 1 1 6 回全 国大

学 国語教 育学 会秋 田大 会発 表 当 日資 料』 なお、 この研 究 は以下 に論 文化 され た。

桃 原子英子 ( 2 01 0) 「 読 み の交流 に よる 『 走 れ メ ロス 』 の授 業実践 」 臨床教 科教 育学

会誌 』 第 1 0 巻第 1号 臨床教 科教 育学 会 2 01 0 . 5 p p . 5 7 ‑ 6 6

* 4 Vi p o n d , Do u g l a s 皮 Hu n t , Ru s s e l lA. ( 1 9 8 4)H Po i n t ‑ Ddv e nUn d e r s t a n d i n g:P r a g ma t i ca n d Co g n i t i v eDi me n s i o n so fLi t e r a r yRe a d i n g " , Poe t i c s , 1 3

* 5 桃 原 千 英子 ( 2 01 0 b) 「入 れ子 構 造 を持 つ文 学作 品の読 解 」 『国語科教 育研 究 1 1 8

回全 国大 学 国語教 育 学 会 東 京 大 会発 表資 料 集 』2 01 0 . 5 全 国大 学 国語教 育学 会 p p . 4 9 ‑ 5 2

及 び当 日資料 (この研 究 は Gr o u p eBr ic o l a g e 紀 要 No . 2 82 01 0 . 1 2 に論 文化 して掲載 予定。 )

* 6 山元 隆春 ( 2 0 0 4) 「 文学 の読 みが 「 対 話 的」 となる条件 一一 一 p o i n t ‑ d r i v e n r e a d i n g 慨 念 の 検討 を手 が か りと して ‑ 」 『国語科教 育研 究 1 0 6 回全 国大 学 国語教 育学 会千 葉大 会発 表資料 集 』2 0 0 4. 5 全 国大学 国語教 育学 会 p p . 4 9 ‑ 5 2 及 び当 日資料

なお 、 ヴ ァイポ ン ドとハ ン トは、 「要点駆 動 の読 み 」 を 「 対 話 的 ( 血 a l o g i c ) 読 み」 と 言 い換 えてい る 。

* 7 交 流 は t r a n s a c t i o n 。 要点駆動 の読 み を支 える三 つ の方略① 結 束性 方略 、② 表層 方略 、

③ 交流 方略 の一 つ 。 山元 ( 2 0 0 4 , 2 0 0 5) 参照。

なお 、① の結 束性 方略 は、(問 い )の要件 の

C

一貫性 方略 の共有 に対応 してお り、② の表層 方略 は a 表層へ の着 日 に対応 してお り、③ の交流 方略 が その まま d テ クス トの 本 質へ の着 目 に対 応 す る。

* 8 ヴ オル フガ ング ・イーザ ‑ 轡 田収 訳 ( 1 9 8 2 ) 『 行 為 と しての読 書 一美 的作 用 の理 請‑ 』 ( 原 著 1 9 7 6) 岩波書店 p p . 2 9ト2 9 2

* 9 山元 ( 2 0 0 5)i b i d .p. 1 9 5

*1 0 ヴ オル フガ ング ・イーザ ‑

* 1 1 ヴ オル フガ ング ・イーザ ‑

Eiid phH一 2 2 00 00 0ノ 0ノ 1 1 lHrLはu nHⅦ ■ し H

訳 訳

文 又 H 「 .‖‖っ 田 田 轡 轡 i b i d .p. 3 71

i b i d .p p. 3 71 ‑ 3 7 2 , p. 3 7 9

*1 2 山元 ( 2 0 0 5)i b i d .p . 1 9 7

*1 3 深 川 明子 ( 1 9 9 0) 「 「 否定」 の機 能 を生 か した読 みの理論一 読 者論 か らの考 察 ‑ 」

井一郎 教授 退官記念論文 集 』 深井 一郎教授 退官記念事 業会 若草書房 p . 1 2 6

*1 4 深 川 明子 ( 1 9 9 0)i b i d .p. 1 3 0

* 1 5 桃 原千英子 ( 2 01 0 b) i b i d . p . 1 3 以 下 の引用 もこれ に続 く p p. 1 3 ‑1 6 の記述 か ら。

*1 6 松 本 修 ( 未発 表 ) 「 「つ り橋 わ たれ 」 の学 習 デザ イ ンー読 み の交 流 の学 習課題 ‑」 に お い て、 この問 いの組 み合 わせ の問題 につ いて検 討 してい る 。

*1 7 山元 ( 2 0 0 4) 当 日資料 p. 1 3

参照

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