己の役割を超えた行動の側面から
著者 奥井 秀樹
雑誌名 久留米大学ビジネス研究
巻 2
ページ 3‑13
発行年 2017‑03‑31
URL http://hdl.handle.net/11316/639
◆
論 文
組織市民行動の意義と問題点に関する一考察
−自己の役割を超えた行動の側面から−
奥井 秀樹
1.本研究の目的
一人の人間ができることは限られている。たとえ、それがどれほど優秀な人であったと しても、独力で達成できることには限界がある。しかし、他人と力を合わせることによっ て、人は一人では超えられなかった限界も超えることが可能となる。一人ではできなかっ た様々なことができるようになる。こうした理由から、人は組織をつくるのである。
つまり、一人でいるよりも組織をつくった方がより多くの利益を得られると思うから組 織をつくるのである。そうした方が自分にとって利益があると思うから組織をつくるので ある。人間である以上、より多くの利益を得たいと思うことはごく自然なことであるし、
そうした欲求は、物事を成し遂げるための強力な原動力にもなり得る。
そのように考えると、人が組織の中で自らにとって有利なように利己的に振る舞おうと するのは当然のことであるといえる。事実、組織の中の人間行動を観察してみると、その ように利己的に振る舞う人をしばしば目にすることとなる。
しかし、人間は組織の中では利己的にしか振る舞わないのかというと、決してそうでは ない。一見したところ、利益の有無という観点からは無意味とも思える行動をとることも ある。それどころか、一方的に自らの労力を費やして他者に利益を与えるような、ある一 定の意味において利他的ともいえる行動をとる場合も確かに存在するのである。
こうした成員のある意味で利他的な行動は、組織の生産性に深く関わっている。なぜな ら、後に詳しく述べるが、組織が円滑に機能し高いパフォーマンスを発揮するためには、
個々の成員が利己的に振る舞うだけでは不十分であり、利他的な行動が求められる場合も 存在するからである。こうした点から、成員の利他的行動は、経営学の立場からも研究す るに値するものであるといえる。そうしたことを裏付ける証拠として、近年では、経営学 関連領域においても、組織市民行動(Organizational Citizenship Behavior:略称OCB)研 究という形で成員のある意味で利他的といえる行動に関する議論が活発化しつつある。
しかし、組織市民行動という概念は、そもそも「労働者の職務満足を高めることが生産
性を高めることにつながる」という社会通念を擁護するという動機が発端となって生まれ
てきたものであるという経緯から、現状の組織市民行動研究には、研究関心が職務満足を 中心的な位置づけとして組織市民行動の規定要因であると考えられる変数を探索すること に偏りがちであることをはじめとして、いくつかの問題点を指摘することができる。
そうした背景を踏まえて、本稿では、今後より実りの多い組織市民行動研究を行ってい くために、重要な事柄であるにもかかわらずこれまでの組織市民行動研究ではあまり取り 上げられてこなかった側面について深く考察を行う。具体的には、組織市民行動が自己の 役割を超えた行動であるという点、そして、量的に測定可能な概念であるという点に着目 して、その意義と問題点、そして、職務と組織市民行動のバランスの望ましいあり方につ いて考察を行うこととする。
2.組織市民行動とは
組織市民行動とは「自由裁量的で、公式的な報酬体系では直接的ないし明示的には認識 されないものであるが、それが集積することで組織の効率的および有効的機能を促進す る個人的行動」と定義される概念である(Organ, Podsakoff & MacKenzie,2006,邦訳,
p.4)。その行動をとったとしても公式に報酬が得られるわけではないにもかかわらず成員 が自発的に行うというある一定の意味で利他的といえる行動であり、組織全体としての効 率性・有効性に好ましい影響をあたえるものであるというところに組織市民行動の特質が ある。
この組織市民行動に関する研究は、これまで、Organをはじめとしたアメリカの経営学 者の手によって主に展開されてきたものであるが、わが国においても、西田(1997)・田 中(2004)・奥井(2012)等の研究をはじめとして、近年、徐々に研究が活発化してきて いる。
組織市民行動はいくつかの下位次元から構成されるという見解が一般的であるが、具体 的にどのような下位次元から構成されるのかという事柄については様々な見解が存在して いる。本稿においては、無用な混乱を避けるために、それがおそらく最も多くの実証研究 で用いられてきたものであるという理由から、Organ(1988)の5次元からなる組織市民 行動概念を念頭に議論を行うこととする。
以下に、Organ(1988)の主張する5つの組織市民行動の下位次元とはどのようなもの か、後にPodsakoff , MacKenzie, Moorman, & Fetter(1990)がOrgan(1988)の定義にも とづいて作成した測定尺度の項目の例とともに紹介していくこととする
1)。
第1は、「組織に関連する課題や問題を抱えている特定の他者を援助する効果のある任
意の行動のすべて」と定義される「愛他主義(altruism)」である。例えば、「仕事を休ん
でいた人を助ける。」、「問題を抱えながら仕事をしている人を喜んで助ける。」などの
行動がこの次元に該当する。
第2は、「出勤、規則への服従、休憩をとるといった点で、組織に関する最小限の役割要 件をはるかに超えた従業員による任意の行動」と定義される「誠実さ(conscientiousness)」
である。例えば、「余計な休憩はとらない。」、「誰かが見ていなくても会社の規則には従 う。」などの行動がこの次元に該当する。
第3は、「助言、情報伝達、具申といった仕事に関連した問題が他人に起こることを回 避しようとして起こす任意の行動」と定義される「礼儀正しさ(courtesy)」である。例 えば、「仕事仲間に問題が生じないように努める。」、「他人の権利を悪用しない。」など の行動がこの次元に該当する。
第4は、「従業員が理想的な環境でないことに不満を言うことなく我慢することを厭わ ない―すなわち、不満を言わない、ささいな苦情を口にしない、無礼な態度に不平を言わ ない、そしてつまらないことを裁判沙汰にしない―こと」と定義される「スポーツマン シップ(sportsmanship)である。例えば、「肯定的側面より何が間違っているかについて 焦点を当てる。(逆転項目)」、「小さな事件を大袈裟に騒ぐ傾向がある。(逆転項目)」な どの行動がこの次元に該当する
2)。
第5は、「会社の生活に責任をもって参加あるいは関与しているか、それを気にかけて いる人が行う行動」と定義される「市民の美徳(civic virtue)」である。例えば、「強制さ れていなくても重要だと思われる会議には出席する。」、「求められていなくても会社の イメージアップになる式典には参加する。」などの行動がこの次元に該当する。
次節以降については、こうしたOrgan(1988)の5次元からなる組織市民行動概念を念 頭に置きつつ議論を展開することとする。
3.自己の役割を超えた行動の必要性
組織における分業と調整の体系のことを組織構造と呼ぶ(伊丹・加護野、2003)。効果 的に協働できる状態を生み出すための組織構造づくりにおいては、まずは分業、すなわち 成員の役割分担を適切に行うことが基本である。
しかし、Katz&Kahn(1966)も述べているように、組織が円滑に機能するためには、
組織が各成員に適切に役割を割り当て、それぞれの成員が自らに課せられた職務をこなす だけでは十分とはいえない。
なぜなら、実際に組織が動き出せば、予期しなかった様々な事態が発生するのが当然で あるからである。事前に組織の目的達成に必要な活動のすべてを見極めて、それを100%
各成員に職務として割り当てておき、そして、どんな時にもその割り当てに隙間が生じな いようにするなどということは現実的には不可能である。
そのため、現実的には、組織における協働の現場では、誰の職務でもないが誰かがやら
なければならないという類の事柄が数多く生じてくることになる。
また、調整という観点からみると、組織における協働の現場において、不規則かつ日常 的に発生してくる誰の職務でもないが誰かがやらなければならないという類の事柄に対し ては、その都度、組織のより上層部が調整作業を行うわけにもいかない。調整に要する時 間の面でもコストの面でもそのような余裕はない。そのため、そうした事柄に迅速に対処 していくには、各々の現場における臨機応変な対応が求められることになる。
そのような状況において組織が円滑に機能していくためには、各々の現場において、各 成員が、そうした類の事柄を自ら見つけ出し、たとえそれが自分の役割外の事柄であって も自発的(spontaneous)に対処していくことが大切なのである。
田中(2004)も指摘しているように、組織市民行動の特質は、このような誰の職務でも ないが誰かがやらなければならないという事前の役割分担の隙間を埋める行動であるとい う点、成員による自らの役割を超えた組織への自発的な貢献行動であるという点にこそあ るのである。
誰の職務でもないが誰かがやらなければならないという事前の役割分担の隙間を埋める 行動の具体例をあげてみるとすると、急に欠勤する者が出た場合などが分かりやすい例と いえるだろう。ある日、病気や事故など事前に予測しがたい理由で始業の直前に欠勤者が 一人出ることが分かったとする。その時点では欠勤者の代わりの人員を手配する時間は残 されていない。しかも、その日に欠勤者が行う予定であった仕事の内容は、その組織に とって先延ばしにできない重要なものであったとする。
組織の側に立って考えてみれば、そのような場合には、その仕事が、本来は欠勤した者 に割り当てられていた仕事だからといって、なにもせずに放置しておくわけにはいかない。
かといって、組織のより上層部の判断を仰いで調整作業を行うという時間的余裕もない。
そのような場合、多少の無理があっても、出勤している人々で機転をきかせて、欠勤者が 出たことによって生じた仕事の穴を埋め合わせる必要が生じてくる。欠勤者が出たことに よって組織が損害を受けてしまうという事態を回避するには、出勤している各成員が自ら に課せられた役割を超えて臨機応変に行動することが求められることになるのである。
急な欠勤者が出た場合以外にも例をあげるとすれば、各成員に適切に役割を分担したつ もりであったものの、急に大量の注文が入ったり取引先からクレームが入ったりなどの予 測不可能な事情で、ある成員に一時的に過大な負荷がかかってしまった場合などが分かり やすいといえるだろう。許容範囲を超える過大な負荷がかかってパニックになっている同 僚がいたとする。そのような場合に、周りの成員が、自分の仕事ではないからといって、
見て見ぬふりをしていては、その同僚は抱えている仕事を不完全にしかこなすことができ
なかったり、焦りや疲労から大きな失敗を起こしたりしてしまう可能性が高い。そうなっ
てしまっては組織全体にとってマイナスになってしまう。この場合もやはり、組織の側に
立って考えてみれば、放置しておくわけにはいかない。かといって、組織のより上層部の
判断を仰いで調整作業を行うという時間的余裕もない。多少の無理があったとしても、余 力のある者で機転をきかせて、過剰な負荷がかかっている同僚のフォローにあたる必要が 生じる。各成員は自らに割り当てられた職務の範囲を超えて困っている同僚の手助けを行 うことを求められることになる。
このように、各成員が自らの臨機応変な判断にもとづいて自発的に組織市民行動を行い、
役割分担の隙間を埋めていくことにより、組織がより円滑に機能するようになる。つまり、
組織の立場に立って考えれば、仕事の現場において成員が自発的に自らの役割を超えた貢 献行動をとること、すなわち、組織市民行動をとることは組織全体の効率性・有効性を高 める上で必要であるし好ましいものとして位置づけられる。
4.自己の役割を超えた行動の問題点
前節にロジックを示したとおり、組織の立場に立って考えれば、成員が自らの役割を超 えて自発的に組織市民行動をとることは組織全体の効率性・有効性を高める上で必要であ るし好ましいものであるといえる。
しかし、立場を変えれば、別の見方をすることもできる。組織にとっては好ましいもの である組織市民行動が、別の立場から見れば好ましくない面をもつものであるとみなされ ることもあるのである。
例えば、組織の側ではなく、成員の側から見てみるとそのことがよく分かる。先に示し た組織市民行動の定義にもあるとおり、組織市民行動は「公式的な報酬体系では直接的な いし明示的には認識されないもの」である。そのことから、冒頭でも述べたように組織市 民行動は、成員が一方的に自らの労力を費やして他者(=組織)に利益を与えるという、
ある一定の意味において利他的な行動であるといえる。
組織市民行動の持つそのような性質から考えると、成員の側から見た際に見えてくる重 大な問題点の一つとして、組織が成員の組織市民行動は多く行われれば行われるほど好ま しいという単純な考えを抱き、安易に頼りすぎるようになってしまうことによって、徐々 に成員がそうした行動をとることを当然のものと期待するようになり、成員に過剰な負担 を暗に強いる職場環境を生み出してしまう可能性があるということがあげられる。
もちろん、成員が自らに課せられた役割の範囲を全く超えないのでは組織は円滑に機能 することができない。そのため、各々の成員には時として自らの役割を超えて組織市民行 動を行うことが求められる。
しかし、問題はその程度である。組織市民行動は多く行われれば行われるほど好ましい という単純なものではないのである。
図1は、ある2つの組織における職務と組織市民行動のバランスを示した模式図である。
ここで、仕事の総量とは各成員に割り当てられた役割としての職務と各々が行う組織市民
行動の総和であるとする。つまり、円の大きさが各成員に割り当てられた役割としての職 務の量を表し、余白である網掛け部分が組織市民行動の量を表している。
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図1.職務と組織市民行動のバランスの模式図
左側の図は、各成員に割り当てられた役割に対して仕事の総量が少ない。つまり、成員 の組織市民行動に頼っている割合が比較的少ない状態を表している。それに対して右側の 図では、各成員に割り当てられた役割の大きさは同じであるものの、仕事の総量がかなり 多い。つまり、成員の組織市民行動に頼っている割合が比較的多い状態を表している。当 然のこととして、左側の図の方が各々の成員の負担は小さく、右側の図の方が負担が大き い状態であるということになる。
この図のどちらかが好ましい状態、つまり職務と組織市民行動のバランスがとれた状態 を表しているというわけではない。また、この図に示した2つの状態以外にもより負担が 小さい状態、より負担が大きい状態、中間的な状態など様々な状態が考えられる。どのよ うな状態が好ましいといえるかは、それぞれの組織がおかれた状況によって様々である。
大事なことは、組織が、どのような判断基準をもって職務と組織市民行動のバランスがと れているか否かを判断するかということである。
組織市民行動が組織にとって好ましいものであるとしても、それが成員にとっては自ら を犠牲にして組織に利益を与える行動であるという側面がある以上、組織としては、無制 限に成員がそのような行動を行うことを期待して傍観しているわけにはいかない。なぜな ら、倫理の面からも人的資源管理の面からも、成員を使用する立場にある組織には適切な 管理を行う責任が伴うからである。組織市民行動があくまでも成員が任意で行う行動であ るとはいえ、組織はそのような行動まで含めて成員の仕事の総量が適切な範囲内にあるの か、過大な負担がかかっていないかということを考慮して管理していくことが必要である。
そのため、組織には、職務と組織市民行動のバランスについて考える際に、どのような判
断基準を採用するべきかということについて深く考察することが求められることになる。
5.職務と組織市民行動のバランスの判断基準
前節において、成員を使用する立場にある組織は、成員の職務と組織市民行動のバラン スが適切なものとなるように責任を負わなくてはならない旨を述べたが、ここでは、どの ような状態であれば適切な範囲内であるといえるのか、その判断基準について議論を展開 する。
職務と組織市民行動のバランスの判断基準について論ずる上で念頭においておかなけれ ばならないのは、成員と組織とでは置かれている状況が異なり、そのため、適切と判断す る基準も異なってくるということである。
まず、成員の側の判断基準にはどのようなものがあげられるだろうか。これまでの組織 市民行動研究の知見をもとに考えれば、成員の側の判断基準について論ずる上で最も重要 な鍵となるものは、組織と成員との社会的交換という概念だといえるだろう。社会的交換 とは、Blau(1964)によれば、行動主体が受け手に対して価値のあるサービスを提供し、
それに対して、受け手が自発的に義務感を持ち、行動主体に対してその返礼を行うという プロセスを基本原理とするものであると要約できる。いわゆる貸し借りの関係であるとも いえ、社会的交換においては、あるサービスに対してどのような対価を支払うかというこ とが厳密に定められている経済的交換とは異なり、どの程度の貸し・借りがあると見積も るか、借りがある場合にはどのような返礼を行うか、貸しがある場合には相手からどのよ うな返礼があることを期待するかといった点については曖昧な面があり、それらは社会的 交換を行う各々の行動主体・受け手の主観と判断に委ねられる。
組織市民行動の既存研究では、成員が組織市民行動を行うメカニズムについて「組織が 満足できる環境を与えてくれたことに対する返礼」として組織市民行動が行われるという、
組織と成員間の社会的交換であるとの説明がなされることが多かった。
この社会的交換という考え方にもとづくと、成員が組織から受けた恩恵と自らが行った 返礼のバランスが取れていると感じるか否かが職務と組織市民行動のバランスの判断基準 であるということになる。
このような判断基準にもとづけば、成員が組織から受けた恩恵と自らが行った返礼のバ ランスが取れていると感じていれば、その成員にとっては、その状態は自らが納得してい る状態であり、特に問題はないということができる。そのため、このような判断基準を もって職務と組織市民行動のバランスがとれているか否かを判断することは、少なくとも 成員の主観的には合理的なものであるということができる。
しかし、組織の立場も考慮に入れて考えてみると、こうした判断基準には問題が存在す
る。それは、成員の側の判断基準はあくまでもその成員個人の主観にもとづくものである
ということに起因するものである。
極端なケースを想定してみると、組織から極めて大きな恩恵を受けたと感じており、そ の返礼として過労で自らの健康を害するほどに力を振り絞って組織市民行動を行った成員 がいたとする。この場合、その成員の主観的には、組織から受けた恩恵と自らが行った返 礼のバランスは取れており、特に問題はない状態であるといえる。しかし、その成員を使 用する立場の組織にとってはそうはいかない。成員が過労で健康を害してしまっては倫理 の面からも人的資源管理の面からも問題である。
このように成員が健康を害するというケースの他にも極端なケースが起こりうることが 想定できる。例えば、第2節で述べたように、組織市民行動の下位次元の一つには「会社 の生活に責任をもって参加あるいは関与しているか、それを気にかけている人が行う行 動」と定義される「市民の美徳(civic virtue)」という次元がある。例えば、「強制されて いなくても重要だと思われる会議には出席する」、「求められていなくても会社のイメー ジアップになる式典には参加する」などの行動がこの次元に該当する。それを踏まえて考 えると、家庭を犠牲にしてでも会社の行事に参加し、ワーク・ライフ・バランスを大きく 崩してしまうということも起こり得る。この場合も、倫理の面からも人的資源管理の面か らも問題であるといえる。
そのように考えると、組織の側の判断基準は、ある程度、客観的な要素を持つものでな ければならない。もちろん、組織が成員と同じように組織と成員間の社会的交換という考 え方にもとづく判断基準を一切採用してはいけないというわけではない。上述したような 極端なケースではなく、特に問題のない水準での組織市民行動の場合は、組織が与えた恩 恵と成員からの返礼のバランスという判断基準を採用しても差し支えはないであろう。
大事なのは、上限のあり方である。組織市民行動は、あくまでも成員が自発的に行う行 動であるとはいえ、単純に成員が組織市民行動を多く行ってくれればくれるほど好ましい などという無責任な考え方をとることはできないのである。成員の組織市民行動が組織に とって好ましいものであったとしても、どの程度の水準までを好ましいものであると見 なすか、その上限のあり方については慎重に考慮すべきである(図2参照)。少なくとも、
労働の時間や内容、安全衛生管理、ワーク・ライフ・バランスなどに関する各種の法規の 定めを考慮に入れた、社会的な倫理や人的資源管理の側面から見て許容されるような最低 限度の客観性を備えた判断基準をとるべきである。
先にも述べたように、倫理の面からも人的資源管理の面からも、成員を使用する立場に
ある組織には適切な管理を行う責任が伴う。各々に役割として課している職務と自発的に
行われる組織市民行動の総和としての仕事の総量がそうした客観性のある基準に照らして
適切な範囲内にあるのか、成員に過大な負担がかかっていないかということを考慮して管
理していくことが必要である。
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᭱㐺䝞䝷䞁䝇 䠄䛹䛣䛻タᐃ䛩䜛䛛䠛䠅 図2.職務と組織市民行動のバランスと上限の設定
6.本研究のインプリケーション
以上のように、本稿では、今後より実りの多い組織市民行動研究を行っていくために、
重要な事柄であるにもかかわらずこれまでの組織市民行動研究ではあまり取り上げられて こなかった側面について深く考察を行うという目的意識にもとづき、組織市民行動がどの ような意義と問題点を持つものであるのかということについて、それが自己の役割を超え た行動であるという点、そして、量的に測定可能な概念であるという点に着目して考察を 行った。
組織が円滑に機能するためには、組織が各成員に適切に役割を割り当て、それぞれの成 員が自らに課せられた職務をこなすだけでは十分とはいえない。なぜなら、事前に組織の 目的達成に必要な活動のすべてを見極めて、それを100%各成員に職務として割り当てて おき、そして、どんな時にもその割り当てに隙間が生じないようにするなどということは 現実的には不可能であるからである。組織における協働の現場では、誰の職務でもないが 誰かがやらなければならないという類の事柄が数多く生じてくることになる。
そこで各成員が自らの臨機応変な判断にもとづいて自発的に自らの役割を超えた貢献行 動をとること、すなわち、組織市民行動をとることで、役割分担の隙間を埋めていくこと により、組織がより円滑に機能するようになる。そこにこそ組織市民行動の意義があると いえる。
しかし、組織市民行動が成員にとって自らを犠牲にして組織に利益を与える行動である
という側面がある以上、組織としては、無制限に成員がそのような行動を行うことを期待
して傍観しているわけにはいかない。なぜなら、倫理の面からも人的資源管理の面からも、
成員を使用する立場にある組織には適切な管理を行う責任が伴うからである。各々に役割 として課している職務と自発的に行われる組織市民行動の総和としての仕事の総量が適切 な範囲内にあるのか、過大な負担がかかっていないかということを考慮して管理していく ことが必要である。
職務と組織市民行動のバランスの判断基準について論ずる上で念頭においておかなけれ ばならないのは、成員と組織とで、適切と判断する基準が異なるということである。
成員の側の判断基準について論ずる上で最も重要な鍵となるものは、組織と成員との社 会的交換という概念である。この考え方にもとづくと、成員が組織から受けた恩恵と自ら が行った返礼のバランスが取れていると感じるか否かが職務と組織市民行動のバランスの 判断基準であるということになる。
しかし、組織の立場も考慮に入れて考えてみると、こうした判断基準には問題が存在す る。それは、成員の側の判断基準はあくまでもその成員個人の主観にもとづくものである ということに起因するものである。
組織の側の判断基準は、ある程度、客観的な要素を持つものでなければならない。特に 問題のない水準での組織市民行動の場合は、組織が与えた恩恵と成員からの返礼のバラン スという成員と同様の判断基準を採用しても差し支えはないであろうが、大事なのは、上 限のあり方である。組織市民行動は、あくまでも成員が自発的に行う行動であるとはいえ、
単純に成員が組織市民行動を多く行ってくれればくれるほど好ましいなどという無責任な 考え方をとることはできないのである。少なくとも、労働の時間や内容、安全衛生管理、
ワーク・ライフ・バランスなどに関する各種の法規の定めを考慮に入れた、社会的な倫理 や人的資源管理の側面から見て許容されるような最低限度の客観性をそなえた判断基準を とるべきである。
以上が本稿で行った議論の概要である。これらの議論は、組織市民行動が自己の役割を 超えた行動であるという点、そして、量的に測定可能な概念であるという点に着目して、
その意義と問題点、そして、職務と組織市民行動のバランスの望ましいあり方について考 察を行ったものである。
今後においては、本稿では議論に含めなかった部分についても順次考察を行い、組織市 民行動の持つ意義と問題点というテーマをより一層掘り下げていくことを予定している。
具体的には、組織市民行動の量的な側面だけではなくの質的な側面についても取り上げて いくつもりである。また、成員が組織市民行動を行う動機ついては社会的交換以外の動機 も考えられるので、そうしたほかに考えられる様々な動機も考慮に入れた議論を行いたい。
そうすることを通じて、組織市民行動の持つ意義と問題点というテーマについての考察を
さらに深めて、議論の一層の精緻化・体系化に努めていくつもりである。
謝辞
本研究を進めるにあたって、久留米大学ビジネス研究所より個人調査研究(採択テーマ:「利他 的行動理論の人的資源管理への応用」)として研究費の補助を受けた。ここに記して感謝する。
注
⑴ Organ(1988)による組織市民行動の5次元の定義の訳は田中(2004)の訳を採用した。また、
Podsakoff , MacKenzie, Moorman, & Fetter(1990)の測定尺度の項目の日本語訳についても田中
(2004)の訳を採用した。なお、組織市民行動の因子構造に関するレビューは田中(2004)に詳 細に記述されている。
⑵ これらの項目は逆転項目であるので、こうした項目に当てはまる度合いが低いほどスポーツマ ンシップ次元に強く該当する、すなわち高得点であるという意味である。
参考文献
Blau, P.M.(1964) , John Wiley & Sons(間場寿一・居安正・塩 原勉共訳(1974) 交換と権力 社会過程の弁証法社会学』新曜社).
Katz.D., and Kahn.R.L.(1966) , New York:Wiley.
Organ, D.W.(1988) , Lexington,
M.A, Lexington Books.
Organ, D.W.and Podsakoff , P.M.and S.B.MacKenzie(2006)
, Thousand Oaks, CA:Sage Publications(上田泰訳
(2007) 組織市民行動』白桃書房).
Podsakoff , P.M., MacKenzie, S.B., Moorman, R.H., and Fetter, R.(1990)Transformational leader bahaviors and their eff ects on followers trust in leader, satisfaction, and organizational citizenship behaviors. , Vol.1(2), pp.107‑142.
伊丹敬之・加護野忠男(2003) ゼミナール経営学入門 第3版』日本経済新聞社.
西田豊昭(1997)「企業における組織市民行動に関する研究」『経営行動科学 、第11巻、2号、
pp.101‑122.
奥井秀樹(2012) 経営組織と利他的行動 −日中労働者の行動パターン比較−』創成社.
田中堅一郎(2004) 従業員が自発的に働く職場をめざすために 組織市民行動と文脈的業績に関す る心理学的研究』ナカニシヤ出版.