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新しい比較文学と変わらない比較文学

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Academic year: 2021

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アカデメイア

新しい比較文学と変わらない比較文学

人文科学研究科長 大 嶋 仁

私の専門は比較文学である。日本で比較文学とい えば、外国と日本の文学上の関係を調べる学問とい うのが普通である。すなわち、外国の文学が日本文 学にどのような影響を及ぼしたか、逆に、日本から 外へ輸出された文学が外国でどのような運命をた どったか、そうしたことを研究するとされているの である。しかしながら、そうしたことは瑣末主義に 陥って、世界の文学、人類の文学というグローバル な視点がおろそかにされがちであるとの反省が起 こった。また一方、同じ日本文学といっても、日本 列島にはアイヌの文学もあれば沖縄や奄美の南島の 文学もあるというところから、ひとつの国のなかに 複数の文学を見出し、それらの相互関係をも研究対 象とする人が出てきている。そういうわけで、比較 文学は大きく変わりつつあると言って間違いない。

だが、時流の変化はあるといっても、比較文学の 本質がその発生当初から今まで変わっていないとい うのも事実である。その変わらない本質とは、比較 文学が基本的に複眼的であり、つねに複数の文学を 射程に入れているということである。すなわち、たっ た一つの言語しか操作できない人間には比較文学は 出来ない。複数の言語を知っていても、それぞれの 言語と一体化した文化の特質、歴史、そうしたもの から切り離せないものとして文学を捉えなければ比 較文学とは言えない。複眼を備え、二つ以上の文学 を言語文化と切り離さずに見ることが出来てこそ、

本物の比較文学者と言えるのである。

考えても見れば、日本という国は比較文学研究に は格好の材を提供する国である。なにしろ最初は文 字がなかったところへ漢文学が入ってきて、そこか ら和文学が生まれた。和文学の成立には漢文学がな くてはならず、最初から大陸の文学と列島の文学の 密接な関係抜きに文学を語れないのである。比較文 学者はだから、漢文学と和文学の関係をいやでも考

察せざるを得ない。日本人が漢文学の何を取り入れ 何を発展させ、さらにはどのようにそこから独立し た独自の文学を生み出したか。この大変興味ある問 題を比較文学者は研究するのである。

また、近代になれば、今度は漢文学ではなくて西 洋の諸文学が影響源となる。そうなると、比較文学 者は西洋文学をにらみながら近代の日本文学を読み 直すということになる。驚くべきことに、明治から 大正、そして昭和のはじめにかけて、日本の一流作 家たちは、その後のどのような日本人よりも語学に 強く、翻訳が少なかったせいもあって、西洋文学を 原語ないしは英訳で読んでいる。そういう人々が学 んだ西洋文学をわからないと、明治以降の日本文学 をつかみきることは出来ないのである。そういうわ けで、近代の日本文学をわかるために私たちは西洋 文学を徹底的に研究する。比較文学者が複眼的でな くてはならないとは、そういう意味である。

今日、世界全体が情報化によってひとつになりつ つあることは誰もが認めるが、それによって言語の 境界線がなくなるわけでないことも確かである。そ のような状況下、比較文学はいたずらにグローバル な視点のみを追うことなく、各言語、各文学の特殊 性を大事にする方向をとる必要がある。そうでない と、複数性という比較文学の本質が失われてしまう のである。数年前、アメリカのある比較文学者が、

われわれは世界中の文学を読みきることなど出来な いのだから、世界の文学全体を知る上では、すべて の国の作品を英語に訳し、それを読むほうが能率的 であろうと発言し、物議をかもした。私個人として はこうした発想をよしとするものではなく、やはり 比較文学はあくまでローカルな文学を、そのローカ ルな文化背景の中で丁寧に読み込んでこそのものだ と思うのである。比較文学は大風呂敷を必要としつ つ、一つ一つの作品から目を離してはいけない。

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