書評
―現代インドで<周辺>を<境界>に読み替える―』
京 都:世 界 思 想 社 、2006年 、3800円+税 、v+355頁 、ISBN:4-7909-1219-2山下博司
関根 康正 氏 の単著 『宗教 紛争 と差別 の 人類学-現 代 イ ン ドで く周辺>を <境界>に 読 み 替 え る-』 は、1995年 か ら2002年 に か けて公 表 した7本 の論 文 を集 成 し、序 章 と結 語 を書 き下 ろ して前 後 に加 えた もので 、3部 ・ 全7章 か ら成 る。章立 て は以下 の通 りであ る。 序 章 「他者 了解 」 とい う現代 人類 学 の課題 第I部 宗教紛 争 の歴 史 と現 在 一宗教 の排 他 性の発 現-第1章 植 民地 主義 の遺 産 第2章 近代 開発 主 義 の閉塞-経 済 自由化 とコ ミュナ リズ ム 第3章 都市 祭礼 の創 出 と コ ミュ ナ リズム言 説-「 拡 張 され た宗 教 」 と して の暴力-第II部 第4章 庶民 宗教 の実 相-生 活 宗教 に見 る融 合力 第5章 「宗 教 空 間」 と して の歩 道 空 間-チ ェ ンナ イ市 の 「歩 道寺 院 」 の盛 衰-第III部 第6章 「不 可触 民」研 究 の対 話作法-「不 可触民 」 は どこへ 行 ったか?-第7章 異 文化理解 か ら他者 了解 へ-他 者 を 自分 の ように語 れないか?-結語 序 章 で は、超 国籍化 、脱 国境 化等 を随伴 しつ つ展 開す る グロ ーバ ル化 現 象 の渦 中 にあ って、世 界 同時多 発 的 に観 察 され る 「宗 教 の脱私 事化 」 の動 き と同調 す る 「宗 教空 間 の顕在 化 ・スペ ク タクル化」 が、 調査 地 で も明瞭 な形 で現 出 して きて い る とす る。 この状 況 を踏 まえつ つ、 著者 は敢 えて庶 民 の 宗教行 動 を生 活世界 に即 して把握 す る方 法 を選ぶ 。 コ ミュナ ル対 立 に 集 約 され る よ うな宗 教 の排他 的傾 向 を融和 的 なそ れへ と反転 させ る契機 を、 生 身 の人 間た ちの宗 教空 間 に見 出 し得 る と信 じるか らであ る。一 定 の価値理 念 に発 す る 「あ るべ き世界 」 とい う下 向 きの視覚 で は な く、今 を生 きる 人 々が形作 る 「あ る世界 」 に基 点 を定 め 、ボ トムア ップの視 座 を確 立す る ことで、 実相 に迫 ろ う とす る。 よ りテー マ に即 した言 い方 をす れ ば、 日常 的宗教 行動 あ るい は生活 宗教 を活 写 す る ことでそ の要諦 を汲み と り、 イデ オ ロギ ー化 した宗教 を溶 解 ・解体 させ る契機 に繋 げ よ うと試み るの が本 書 の 目的 であ る。著 者 は、知 的理解 に甘 ん じ、 支配 中心 的視 点 を も誘 導 しが ち な 「異 文化理 解 」 とい う観 念 の批判 に立 って 「他 者 了解 」 とい う概 念 を 提 唱 し、 それ に立脚 した人類 学 を標 榜す る。 自他 が向 き合 う境界 的 な場所 で他 者 を 自 らの 中に経 験 ・享受 す る こ とで 自他 が 共振 し、他 を了解 し受 容 す る 自己変革 が達 成 され るので あ る。 この よ うな基 本 姿勢 と議 論 の道筋 が 示 唆 された あ と、全7章 にわ た り論 述 が展 開 され る。以 下 に各 章 の内容 を 略述 す る。 第I部 は都 市祭 礼創 出 の現象 に焦 点 を合 わせ 、史学 的知 見 とグローバ ル 化 とい う概念 を挺 子 に して、現 代 イ ン ド社 会 におい て宗教 が排 他 性 を帯 び るに至 る メ カニズ ムの記 述 と考察 に充 て られて い る。第1章 は、本 書 で展 開 され る 「宗 教 の排他 性 」 に関わ る議論 に先 立 ち、近 代 史学等 を参 照 しつ つ 、英 国 に よる植 民地 経営 の遺 産 としての コ ミュナ リズ ムの生 成 ・強化 に つ いて導 入 が図 られ 問題 の所在 が示 され る。 「イデ オ ロギー と しての宗 教 」 に対 す る 「信 仰 と して の宗教 」 の再 評価 の必 要 が示 唆 され 、 「コ ミュナ リ ズ ムの起 こって い るその場 所 その もの が、 人 を殺 す宗 教 か ら人 を生か す宗 教へ の転 換 の場 に なる可 能性 を秘 めて い る」 との認識 で結 ばれ る。縁辺 に 位 置す る境界 的 な場所 こそが 、宗教 的寛 容 や 自他 の対 話 を成 り立 た しめ る 潜在 性 を有 す る 〈複 数制 の場所 〉 とい う見通 しが披瀝 され る。 第2章 以 降 は現 代 イ ン ドそ の ものが 焦点 とな る。社会 的動 向 に注 視 しつ つ 中 間層 の台頭 に象徴 され る経 済発 展 の実相 を指 摘 し、 自由経 済 と開発 主 義 の洗礼 を受 けた近代 国家 イ ン ドが、排 他 的 ナ シ ョナ リズ ムな どの時銀 を 生起 させ る培 地 となっ てい る現 実 が紹介 され る。近代 メデ ィア の出現 が超 域 的 ア イ デ ンテ ィテ ィ とそ れ に伴 う排 他 的 感 情 の醸 成 を手伝 った こ とは 19-20世 紀 初頭 の イ ン ド社 会 につ い て度 々指 摘 され て きた とこ ろで あ る が 、著 者 は ア ヨー デ ィヤー のバ ーブ リー ・マス ジ ッ ド破壊 事 件 を例 に、百 年 を経 た現代 に も平 行す る現象 が 、 しか もよ り大規模 に展 開 してい る こ と を見 出す 。TV等 の浸透 に よ り、 「超 越 的視 点 」、つ ま り生 活者 の 実感 ・実
体 験 を欠 い た上 か らの 俯瞰 的視 座が 、直 接経 験 を本質 とす る生 活 の場 か ら の視 点 を抑圧 す る とい う構 造 が育 まれ強 化 され てい る とい うので あ る。 こ の よう なす り替 えの仕 掛 け(無 媒介 的 に共 感 の伝 播 を触 発す る トリ ック) を著 者 は 「類 化 のマ ジ ック」 と名付 け る。理 性重 視 の近代 世界 の特 質 であ り近 代 的思考 の 産物 で もあ るこの 〈類 化 を図 ろ うとす る力 〉 に抗 して 、生 活世 界 に根 ざす主 観 性の意 義 を見極 め、 そ れ を破壊 的な方 向 にで はな く創 造 的 な経 路 に導 き解 放 してい くこ とが、 コ ミュナル対 立 を解 きほ ぐす鍵 に な る と力 説す る。 個 々人 の潜在 力 の発 露 に道 を拓 くこ とこそが 開発 一元 論 的呪 縛 を逃 れた本 来 の 「開発 」 の意 図す る ところで あ り、 目指 され るべ き もので もあ る とい う指摘 で 結 ばれ る。 第3章 は 、 ナ シ ョナ リス トに よ り導入 が 図 られ 年 々 大規 模 化 して い る チ ェ ンナイ の祭礼 ヴ ィナ ーヤ ガ ・チ ャ トゥルテ ィに注 目す る。 著者 は繰 り 返 され る衝 突事 件 の発 生 メカニ ズ ム と政治 的背 景 とに迫 り、 〈宗教 と暴 力 との親和性 〉 の 問題 に逢着 す る。年祭 を隆盛 に至 ら しめ る経 緯 を紐解 きな が ら、衝 突 を惹起 し易 い箇所 を入 念 に選択 して 巨像 の行 進 ルー トを設定 し て きた ヒ ン ドゥー ・ム ンナ ニの作 為 の 中に、 サ ング ・パ リヴ ァー ル と軌 を 一 にす る手法 を見 出す 。以 上 の吟味 を もとに著 者 は宗教 と暴 力 との 関係 を 問 い直す 。社 会経 済的 な利 害対 立が宗 教 的不和 の様 相 を帯 びて顕 在化 す る との通説 か ら距 離 を保 ちつ つ、宗 教 は暴力 を容 認 し正 当化 し得 る もの とす るユ ル ゲ ンス マ イヤ ーの見解 に近づ く。 ユ ルゲ ンスマ イヤ ー は、宗教 が個 人 の内的葛 藤 を社会 的 な場 での 闘争 に転化 せ しめ る契機 を孕 ん でい る こ と を示 唆 してい る。著 者 はその 慧眼 を評価 しつつ も、「宗 教 が暴 力 を正 当化 す る」 との見 方か ら一歩 踏 み込 んだ 「暴力 自体 の 中 に宗 教 があ る」 との着 想 に至 る。決死 の侵 犯行 為 の 中に行為 者 に とって の情動 を伴 う生 の証(= 宗 教 と通底 す る もの)を 見 出す とい う解釈 を著 者 は採用 す る。 身体 的暴力 とい う 「破壊 」行為 は、 主体 を して 象徴 的 ・儀礼 的 な死 を超 えた 「再 生 」 な い し 「創 造 」 を生 成せ しめ る契機 として働 く。 この論 理 に従 え ば、外 的 「暴 力 」 と内的 「平和 」 とは対 立概 念 で はな く、併存 ・共 振す る もの であ り、 相 互 に浸 透 し合 う存 在 とな る。著 者 は これ を 「拡張 され た宗 教 」 と呼 ぶ。 暴 力 が 自身 に向 け られ る場合 、 自傷行 為 は 自己供犠 とい う再 帰 性 を帯 びた 儀礼 行 為 と して 自己完結 的 な宗教 空 間 を演 出す る。 とこ ろが 同 じ宗教 的 エ ネル ギーが 、煽 動者 、共 犯者 、被 差別 者 とい う三者 関係 か ら紡 ぎ出 され る 暴 力 の時空 の 中で は、宗 教 の名 を借 りた集 団 的暴 行 とい う形 で発 露す るの
であ る。著 者 は この よ うな生 成論 的理 解 の重 要性 を提起 し、第II部 へ の橋 渡 しと してい る。 第II部 は本 書 の核 心部 分 を構 成 し、全 体 の3分 の2強 を 占め る。 ミクロ 的 な諸 事実 に視 点 を移 して 「庶民 宗教 」 を射程 に捉 え、社会 的権 力空 間の 周 縁部 に展 開す る生 活宗 教(著 者 の所謂 「生 きられ る宗 教 」)が活 写 され る。 高 適 な宗教 理 論 で も高遠 な超 越 主 義 的倫 理 で も な く、 「生 き られ る宗 教 」 とそ の担 い手 と しての生 活 者 の眼 差 しが 内包 す る 〈融合 力 〉 〈溶解 力 〉 の 中に、対 立 メ カニズ ム を超 克 す る論 理 と可 能性 を著者 は見 出す こ とにな る。 最 大 の紙 幅 は第4章 に 費や され る。 ヴ ィナ ー ヤ ガ祭 等 に顕 在 化 す る コ ミュナ リズ ム現 象 に いか に人類 学 的接 近 を図 るか が主 題 とな る。著 者 は、 生 活現 場 での信 仰 の在 り方 を虚心 に記 述 し、現場 と記述 行為 か ら生起 して くる示 唆 を受 け止 め る とい う姿勢 を提 案 す る。 この方法 論 的 問題 提起 は、 庶 民 の生活 現場 に息 づ く信 仰 世界 を誠 実 に観 察 ・記述す る中 に こそ、コ ミュ ナ リズムが 内蔵 す る 自己 を強化 し硬 直化 させ る力 を溶解 させ る可 能性 が潜 在 す る との確 信 に根 ざ してい る。 しか し著者 はナ イー ヴな庶民 の信 仰現 場 に全 幅 の信任 を委 ね よう とす るの で はない 。信仰 の営 為 に伏在 す る、 支配 イデ オロギ ーや シス テム の論理 に絡 め捕 られ る危 険性 に も注意 を怠 らない 。 信仰 の現 場 は コ ミュナ リズム の生成 に抗 す る独 立 した実体 と して存 立 して い るの で はな い。 コ ミュナ リズ ム に向 か う信 仰 の在 り方 と関係 性 を構築 ・ 維持 しなが らも独 自の解 釈 の地平 を蔵 す る もの と して特 記 され るの で あ る。 こう した解 釈 地平 は、生 活世 界 が、支 配 イ デオ ロギー の周辺 と して 中心化 を指 向す る土壌 で あ りつ つ 、 同時 にその外 部 に立つ もの と して の境界 性 を も具有 す る一種 の両 義 的空 間で あ るが 故 に可能 なので あ る。 この認 識の も と、著 者 はチ ェ ンナ イに散在 す る中小 規模 ヒ ン ドゥー女 神寺 院、 マ ス ジ ッ ド、 ナー グー ル等 の タ ミル ナー ドゥの聖者廟 につ いて概 観 した上 で 、個 々 を具 に検 討 して い く。1事 例 と して調査 時 のハ イヤ ー運転 手K氏 の信 仰 遍 歴 と宗教観 の 吐露 が紹介 され る。氏 の述懐 か ら汲 み取 れ るの は ヒ ン ドゥー とムス リム を判 別 す る意識 の稀 薄 さであ る。これ は彼 が ヒ ン ドゥー ・ナ シ ョ ナ リズ ムの動 向や弊 害 を了知 しつつ 、硬直 化 した ヒン ドゥー対 ムス リムの 類 化 ・対決 言説 に翻 弄 され てい ない こ とを示す 。彼 の視 線が 具体 的 ・日常 的人 間関係 に根 ざ して構 築 され てい るか らで ある。 タ ミル の庶 民 宗教 の現 場 に、 宗教 の別 を超 え た地域 文化 やそ れ に基 づ く宗教 実践 が 豊か に息 づ い
て い る事 実 に著者 は瞠 目す る。 実際 に、 ヒ ン ドゥー女神 の利 益 を信 じ小祠 に参拝 す るムス リム もい れば、 異教 徒 に混 じっ て多 くの ヒ ン ドゥー教 徒 も ダル ガー を詣 で る。 こ う した諸 事実 は、 基層 文化 や土 着文化 とい ったパ ラ ダイム に基づ く実体 論 的臭 い を帯 びた単 純 な物 言 い では語 り尽 くせ な い し、 語 られ るべ きで ない とい う。庶 民 の 日常 的 な信 仰 の場 に観 察 され る、宗教 の違 い を二義 的 な もの と捉 える信 仰 の実践 や 意識 ―中央へ の凝 縮 を指 向す る イデ オ ロギー化 のベ ク トル と対 比 して 〈拡 散的信 仰 〉 と著者 が呼 ぶ とこ ろ の もの −は、支 配 イデ オ ロギーが 形作 る空 間の縁 辺 で生起 して いる。 な ぜ な ら、 そ こ こそ が 「脱 中心 化 」 を体 現 し得 る座 で あ り、 コ ミュ ナ リズ ム 現 象 を解体 す る契機 を秘 めた場所 だか らで ある。 著者 は、 この ような共 有 空 間の成 立 につい て、 宗教 の相違 とは別 次元 で成 立 してい る構 造的位 置 の 相 同性(共 に シス テ ムが構築 す る社会 空 間の縁 辺 に位 置す る とい うパ ラ レ リズム)に 由来す る もの とす る解 釈 の 方 向性 を打 ち 出す 。 〈境 界 〉 とい う 構 造 上 の共通 項 こそが 宗教 の別 異性 を貫 き、 それ らを 〈地続 き〉 に してい るので ある。 そ こに は、 コ ミュナ リズ ム特 有 の 「切 断 す る論 理 」 では な く、 脱 中心 化 ベ ク トル を胚胎 す る未分 化 で融 通性 の高 い 「接 続 の論 理」 が働 い て いる。 そ れ こそ が コ ミュナ リズ ム を上 か ら支 える視 線の解 体 に寄 与 し得 るの であ る。 第5章 で はチ ェ ンナ イ市 の歩 道 空 間に視線 が 注が れ る。著 者 は人 の往 来 す る歩道 に息 づ くヒ ン ドゥー の簡素 な祠 に高 い 「受容 性」 を認 め る。排他 性 ・閉鎖性 に縁 取 られた大 規模 寺 院 と対蹠 的 に、全 てに 開かれ 近づ く者 を 遍 く受容 す るか らで ある。 著者 はそ れ を 「縁辺 とい う 〈境界 〉 に立 ち上 が る脱 中心化 の有す る受 容性 」 と解 す る。 日々の苦悩 の共有 が宗教 区分 を超 え た融通性 の地平 を拓 かせ 、生活 世界 の た だ中 に息づ く路傍 の祠 を して宗 教 の 別 を超 えた民 衆 を吸引 す る中心 た らしめ るの で ある。祈 りを託 す るの は、都 市社 会 の周 辺 に追 いや られ た貧 困層 であ る とい う。小 祠 は、 生存 を か けた切 実 な動 機 か ら、苦悩 の受 け皿 と して産 出 され た もので 、教 義、教 団 な ど共 同体幻 想 の創 出 に関与 す る第三 者 を介 在 させ ず に成 立 してい る独 立 した信仰 空 間で あ る。そ こには神 と人 との 直接 的 な出会 いが 実現 され保 証 されて い る。著者 は、苦楽 を共 にす る普 遍 的他者 との間 での寛 容 と愛 が 生 成 され る土壌 を、都市 計画 で周 縁へ と追い詰 め られ た歩道 空 間 に息 づ く 祠 の 中 に認 め るの であ る。
第 皿部 は、他 者 を敵対 者 と して固定 し本 質化 す る三者 関係 の 図式 に代 表 され る差別 メカニ ズム を離 れ、排 他 性か らの転 換 の 〈作 法 〉 と して生 活者 の眼差 しに宿 る柔軟 な二 者 関係 に立 ち返 る意義 を再確 認 し、 対立 解消 の原 理 的方 向性 をその視 点 の中 に探 ろ う としてい る。 第6章 は、 オ リエ ンタ リズ ム批 判 に通底 す る人類 学 批判-特 権 的 な超 越 的視 点 を隠 し持 つ科 学的 リア リズ ム批判 と表象 の在 り方 に 関わ る本質 主義 批判-に 触 れ、南 アジ アにつ いて の植民 地 主義批 判 に発 した人類 学研 究 の 試 み を、現 実 を無 視 した 表 象の暴力 に反転 させ ない ため の方法 論 的吟 味の 重要 性 が説 かれ る。本 質論 的視 点 や支 配 イデオ ロギ ー側 か らの表象理 論 で は掬 い取 り得 ない 「流動 す る現 実」 を考 究す るに は、分析 者 自身 の経 験世 界 を抱 えた ま ま対 象 と向 き合 うこ とが必 須 であ る。 その時 は じめ て、 キ ャ プ ラ ンの所 謂 「民 族誌 的 に感受 性の高 い語 り」が 感応 され る ので あ る。 こ う して著者 は 「見 る者 」か ら 「歩 く者 」 へ視座 を転換 す る必要 の 自覚 に至 る。 そ れが 「表象 の暴 力」 を再 行使 しない ため の 〈作 法〉 で あ り、 被差 別 者 と繋が り響 き合 う 「地続 きの場 所 」 を見 出す方 途 なの だ とい う。 第7章 で は、 「他 者 排 斥 」 を導 引す る異文 化 理解 とい う中心化 思考 か ら 脱 し、 自己変容 を前 提 とす る 「他 者 了解 」へ と至 るた めの 道程 が示 唆 され る。死 の脅 威 の 自立 的 ・創 造 的転 換 と しての 「穢 れ」 イデ オ ロギー 一支 配 秩 序 の縁 辺 故 に成立 してい る脱 中心化 ベ ク トル を体現 す る概 念 一の発 見 の 事 例 を引 きつつ 、 中心化 言説 との同一化 に抗 す る 〈非決 定 〉の地 点 こそ が 可 能性 と創 造 性 を蔵 した 「共 有の場 」「地 続 きの場所 」 で あ り、表 象 の暴 力 性 を脱 し 「あ る世 界(存 す る世界)」 に徹 して 語 る こ との 中か ら拓 け て くる地 平で あ る こ とが示 され る。 結語 で は、直接 的人 間 関係 に基づ く生 活実践 を通 じて培 わ れた民 衆 の 「生 活知 」 を抑圧 状態 か ら解放 し伸 張 させ る こ とこそが 、煽動 者 や共犯 者 に よ る同化へ の誘 惑 を振 り切 り真 の 自己 に立 ち返 る契機 を与 え る との見解 が示 され る。 人 々が 主体 的 に育 ん で きた他 者 了解 の ネ ッ トワ ー クが活 性化 し、 民 衆の 「共振 」 が さ らに増 幅 強化 され る プロ セスの 中 に、幻想 に操 られ た 集 団的暴 力 の発生 メカニ ズ ムが断 たれ る可 能性 が拓 け る ことが強調 され る。 評 者 は南 イ ン ドを中心 に宗教 文化研 究 を志 す者 で あ る。地域 と関心 に一 定 の重複 は あ る もの の、人類 学 の、 しか も理 論や 方法 に踏 み込 ん だ書 を評 し得 るか確 信 は ない。 評者 は長 年チ エ ンナ イに暮 ら し、本 書 に現 れ るテ イ
ル ヴ ァ ッ リ ッケー 二 や マ イ ラー プ ー ル に程 近 い 場 所 を住 処 と して い た。 様 々な生業 や 階層 の人 々 と交 わ り、村 邑で民俗 調査 に も携 わ った。 しか し 注 視す る地 域 や現象 の 一部 を共有 しつつ も、接 近法 を異 にす る著 者 の着 眼 と洞 察 は 自ず と異 な る。親 しん だ路 地や 街路 をめ ぐる所 論 に も拘 わ らず 、 鮮 烈 な驚 きを覚 える こ と稀 で はなか った 。方法 論 的部外 者 か らの感想 を披 瀝 す る こ とを以 て任 を全 う し得 る と 自認す る もの では ないが 、些 少 の評言 を加 える こ とを以 て役 割 の一 端 を果 たせ れば と考 え る。 本書 を貫 くのは 「空 間」へ の繊 細 な眼差 しで あ る。 ス リラ ンカに発 す る 初期 の 仕事 以来 、空 間 に着想 した三次 元的分 析 は、氏 の観 察対 象 のみ な ら ず 関根 人類 学そ の もの を読み解 く鍵 であ る。文 中で 同時 に卓越 す るの は氏 独特 の ナ イー ヴな語彙 と措 辞 であ る。既 に第I部 か ら頻 出す る 同種 の筆 法 は、晦渋 な概 念 や評 言が踊 る冒頭 部分 で違和 感 を禁 じ得 ない もの の、具 体 例 の引用 を交 えて展 開す る後続 諸 章 に進 むにつ れ次 第 に文脈 に融解 して い く。 しか し読者 に 問題意 識へ の余 程 の共鳴 と忍 耐力 が なけれ ば、序 盤 の峻 坂 を墓 じ り、認 識の 高み を著者 と共有 す る標 高 に及 ぶの は大抵 の こ とで は ない。 さ らに本書 の構成 は、著 者 の標 榜す る ボ トムア ップの 見地 を具現 す る以 前 に、上 段 か らの理論 的 問題提 起 や時難 の経年 的分析 か ら説 き起 こす 序 次 にな ってお り、 十全 な予備 知識 や方 法論 的構 えを欠 く読者 に とって撹 乱 され兼 ね ない慮 外 の危 うさを秘 めて い る。 ここ はむ しろ生活 者 の視点 に 読者 が 容易 に寄 り添 い得 る第II部 の議 論 か ら現場 に分 け入 っ て、 第I部 、 第III部へ と視 野 と足場 とを徐 々 に拡 張 し迫 り上 げて い くほ うが、愚 直 で迂 遠 に見 えつ つ も、論理 的深 ま りを導引 す る修 辞技 法 の観点 か ら、 よ り逞 し い説 得力 を有 す る もの に仕 上 が ってい た よ うに も感 じられ るので あ る。 生 活者 の宗 教意 識 を例証 す る もの と してハ イヤー運 転手 等 の弁が 紹介 さ れ る。 しか しイ ン ド人の言 辞 に屡 々観察 され る本 音 と建前 の絶 妙 な使 い分 けへ の着 意 も必 須で あ る。評者 は嘗 て ゴ ア州 パ ンジムで調 査 中、や は りタ ク シー溜 ま りに立 つ1本 の 聖樹 に心 惹 かれ た 。 目の 高 さの太 い幹 に ヒ ン ドゥー教 、 キ リス ト教、 イ ス ラーム の各 々 を表す3枚 のパ ネ ルが寄 り添 う よ うに据 え られ てい る。 同 じ聖 木 では あ るが 、宗教 の 別 に応 じた 「名付 け」 が施 され、別 異 の実体 を以 て拝 されて いる よ うに見 える。 そ こに は 「聖 な る もの」へ の 共通 の思 い とは裏腹 の、宗教 の 差異化 へ 向か うベ ク トルが既 に起 動 してい る。 「ヒ ン ドゥー もム ス リム も神 に違 い無 し」 とす る陳 套 な レ トリック には、宗 教 の別 を是認 し相 違 を明示 的 な形 で描 出 して しまうメ
カニ ズ ムが 潜伏 してい る。諸 宗教 の多 元 的共存 を強調す るサ イバ バ教 団 や 神 智協 会 の標章 に照 らす まで もない 。宗教 の別 に囚わ れず 一心 に神 を念ず る姿 に は確 か に心動 か され るが 、彼 らが未 分化 の領 域 に属す る 「聖 な る も の」 を等 し く崇 め てい る よ うに も見 え る反 面、 現世 利益 を求 め宗 教 間 を渡 り歩 いて い る と解 せ な くもない。 俄 に判ず るこ とが 困難 な以 上 、様 々 な可 能性 を留保 してお きた い気 持 ち に も駆 られる ので あ る。小 祠 をめ ぐる実践 も、 イ ン ド人 の もつ 可塑 的で多 層 的 な信 仰世 界 の表 出 と考 えた い。何 れ に せ よ様 々 な解 釈 可能 性に裏打 ち され た 「豊 か な場 所 」で あ る こ とに見解 の 相違 はな い。 一つ気 にな る とす れ ば、基層 文化 の概 念 を援用 した議論 の本 質 論的傾 斜 の危 険性 を戒 め なが ら、 「宗教 信 仰 の核 心 に あ るはず の他 者 を受 容 し融 和 に向 か う精神 」(7頁)の よ うな本 質論 的 と も解 され かね ない確 信 が披 瀝 され てい る箇 所 が散見 す る こ とで あ ろ うか 。 アー ナ ン ド・パ ッ トヴ ァル ダ ンの記録 映画 『神 の名 の もとに』(1992年) に、沿 道 に即 席 の社 を設 え、 人民党 総裁 ア ドヴ ァー ニ に よる ラタ ・ヤ ー ト ラー を待 ち構 え る1人 の村 人 の様 子 と信 念 の こ もった発 言 を捉 えた象徴 的 で 印象 的 な シー ンが あ る。俄造 りの路 傍の小 祠 がナ シ ョナ リス トに よる欺 隔 的 な可 動寺 院 を迎 え る とい う皮 肉 に満 ちた構 図で あ る。路 辺の神 に も合 掌 して い るに相違 ない庶民 が、 コ ミュナル な運動 に撞 着 な く絡 め とられて い く動 か しが た い現実 が ナ レー シ ョンな しに澹澹 と映 し出 されて い る。関 根 氏 の新 著 は、 時 代状況 にお ける価 値 の揺 ら ぎの 中で ア イデ ンテ ィテ ィ ・ クライ シス に苛 まれ るイ ン ド人 の 内的葛藤 の み な らず 、人 間そ の ものの 光 と陰 に迫 る本 質的 問題 をも提 起 してい る ように思 われ て な らない。 やま した ひろ し ●東北大学大学院国際文化研究科 [email protected]