『就実大学大学院教育学研究科紀要 2016(第1号)』 抜刷 就実大学大学院教育学研究科 2016年3月31日 発行
高 橋 文 博
伝統的道徳教育思想の再形成
―「心の教育」をめぐって―
Re-formation of traditional thought of moral education
on “ Education of KOKORO ”
就実大学大学院教育学研究科紀要 2016(第1号)
伝統的道徳教育思想の再形成
―「心の教育」をめぐって―
高橋文博
Re-formation of traditional thought of moral education on “Education of KOKORO”
Fumihiro TAKAHASHI
抄 録
徳川期の代表的儒家である中江藤樹、伊藤仁斎、山﨑闇齋の思想は、心を多様な意義にお いて捉え、学びとしての教育において、自己形成、社会形成、自然的世界形成へと向かう ものであった。先に盛んに論議された「心の教育」は、こうした伝統的道徳教育思想の自 覚的でない提示であったと思える。そうであれば、伝統的道徳教育思想を意識的に捉え返 すことで、道徳教育理論を再検討することは有意義なことであろう。
キーワード:道徳教育思想,学び,心の教育,徳川期の儒家思想
Ⅰ.はじめに
心の教育という言説が、かつて教育をめぐる論議で大きく浮上し、現在においても、一 定の役割を果たしている。
心の教育が登場した直接の契機は、平成9(1997)年8月4日、当時の小杉文相が第16 期中央教育審議会に「幼児期からの心の教育の在り方について」を諮問したことである。
そこでは、次のような問題意識とともに心の教育の必要が求められている。
今日、子どもたちに[生きる力]をはぐくもうとするとき、我々が取り組まなければ ならない最も重要な課題の一つは、[生きる力]の礎とも言うべき、生命を尊重する心、
他者への思いやりや社会性、倫理観や正義感、美しいものや自然に感動する心等の豊か な人間性の育成を目指し、心の教育の充実を図っていくことであります。
心の教育は、当時から道徳教育とは同じものではなく、学校教育全般において実施され るだけでなく、家庭や地域社会における実施も求められるものであった。しかし、心の教 育が、学校教育における道徳教育と重なりあっていること、心の教育の中核をなすものが 道徳教育であるとする認識も広範に共有されていた。
心の教育が道徳教育に向けての主要な課題として関係者に明確に認識されていた事実 は、平成11(1999)年には、道徳教育に関係する執筆者による浩瀚な叢書が、一挙に出版
されたことからもわかる。尾田幸雄編『「心の教育」実践大系』全10巻(日本図書センター)
がそれである。また、「心のノート」「こころのノート」が、平成14(2002)年に、文部科 学省から小学校・中学校に無償配布された(平成21年に改訂)。
心の教育の中核をなすものが道徳教育であるという認識がある中で、道徳教育を正面か ら打ち出すのではなく、心の教育として提示するという文教政策は、敗戦後における道徳 教育に対する根強い不信感の存在していた状況によるところが大きいといってよかろう。
ところが、いま、心の教育という言説は、教育論議の表舞台から消えつつあるようにみ える。その理由は、道徳教育をめぐる新たな状況による。それは、平成25(2013)年に発 足した教育再生実行会議が道徳教育の推進を提言し、中央教育審議会の審議を経て、「道徳」
が、「特別の教科」として位置づけられていくという状況である。「道徳」は、平成30(2018)
年度から小学校において、次年度から中学校において、特別の教科として実施されるので ある。1)
道徳教育が、学校教育のなかで、より明確に位置づけられていく状況に伴い、心の教育 が一時の挿話ともいうべき現象として、過去のものとなっていくのであろうか。わたくし には、そうとも思えないし、それでよいとも思えないのである。
心の教育の言説の登場は、敗戦後の道徳教育についての文教政策をめぐる状況という観 点からみるだけではなく、心という概念に特別な思い入れをすることの思想史的背景を考 える必要がありはしないか。というのも、中央教育審議会に対する小杉文相による先の諮 問の一文には、「心」には「生命を尊重する心、他者への思いやりや社会性、倫理観や正 義感、美しいものや自然に感動する心等」として、心に極めて多様な力があると想定され ている。しかも、その「心」は「生きる力の礎」とでもいうべきものとして、人間におけ る根底的な意義が認められている。
このような「心」に多様な意義を認める考え方の背景を求めて、本稿は、思想史的伝統 を振り返ることとする。そして、現代日本にとっての伝統的道徳教育思想として、徳川期 における儒家思想を想定する。徳川期は、近代にとっての近い伝統であり、儒家思想が、
伝統的教育思想を主導したからである。
儒家思想が、徳川期全体にわたり、教育思想を主導したわけではない。儒家思想が、明 確に教育思想を主導するのは徳川期後半に至ってのことである。しかしながら、儒家思想 の高い水準での思想的達成は、むしろ、徳川期前半にあらわれている。
ここでは、徳川期前半におけるすぐれた思想的達成である中江藤樹(1608−1648)、山 崎闇斎(1618−1882)、伊藤仁斎(1627−1705)の思想を考察する。彼らの思想は、心に 重く着目する学びによる自己形成と社会や世界の秩序形成を同時並行的にもとめるもので あった。
Ⅱ.孔子における「学び」
儒家思想の中心人物は、孔子(B.C.551−479)である。もっとも、儒家思想は、歴史的
に大きく変容している。というより、儒家思想は、孔子の思想を中心としつつも、その解 釈による再構成という形で、常に、新たな展開を遂げていくからである。
ところで、「論語」にみられる孔子の思想について、次に確認するいくつのことは、儒 家思想の変遷のなかでも、変わらず継承されている。
まず、孔子の思想の中核に「学び」がある。
子曰く、學びて時に之を習ふ、また、説よろこばしからずや。「論語」学而篇
十室の邑、必ず忠信丘が如き者有らん。丘の學を好むに如かざるなり。「論語」公冶 長篇
これらは、孔子が学ぶ人であったことを示すものである。何を学んだのかは、「史記」
孔子世家に「孔子詩・書・禮・樂を以て敎ふ」とある。詩書礼楽は、孔子にとっての理想 的な古典的文化である。
孔子における教育は、このように、古典的文化としての詩書礼楽を学ぶことを求めるも のであったが、単に、過去の文化の形式を学ぶだけではなかった。そこに、「仁」という 精神的要素を合わせそなえることで、「君子」としての自己形成を求めるものであった。
ここで重要なことは、「学び」による君子としての自己形成は、主に仁と礼の相即する徳 の形成であり、それが社会的秩序を安定させる政治的意義をもっていたことである。孔子 における学びは、徳治によって、人倫的和合の世界の実現を目指すものであった。
人の自己形成が、人倫的和合としての社会秩序の確立へと向かうところに、孔子の創始 した儒家思想の本質がある。そして、この儒家思想は、教育の中核を「学ぶ」ことによる 自己形成としているのである。
Ⅲ.朱熹における「学び」の転換
儒家における教育の基本にある「学び」の性格を大きく転換したのは、朱熹(1130−
1200)である。朱熹は、先の「論語」学而篇の「子曰く、学びて時に之を習ふ、また、説 ばしからずや。」に、次のように注解している。
学の言為る效なり。人の性は皆な善なり、而して覚に先後あり。後覚者は必ず先覚の 為す所に效ならえば、乃ち以て善を明らかにして、而して其の初に復す可きなり。「論語集注」
巻一
この注解は、朱熹における学びのあり方を明確に示している。人の性は皆善であり、そ の完全な善としての本来の状態に復帰することが学であるとしている。その場合、先覚の 者つまり先に完全な善なる状態に至ったものに後の者が倣うことで完全なる善の状態に至 る事で後覚の者となるという構造になっている。
この先覚、後覚の関係については、「孟子」の伊尹の言葉が典拠である。
天の此の民を生ずるや、先知をして後知を覺さしめ、先覺をして後覺を覺さしむ。予 は天民の先覺者なり。「孟子」万章篇
さて、ここでの学びは、完全なる善への復帰を目的としており、そのための方法として、
先に完全なる善に至っている者に倣うのである。先覚に倣うことで、後に覚るのである。
この思想的構造が、仏教、とくに禅仏教の師資相承を想起させるものがあるのは当然であ る。朱熹の思想は、そうした仏教思想との対決の中で、理気の概念を基軸に据えた形而上 学の上に、それ以前の儒家思想を再形成したものだからである。
だが、朱熹における学びは、「論語」に即してみた孔子の学びと相当に異なっている。
朱熹の学びは、むろん、「論語」を中心とする儒家文献にもとづくのであるから、詩書礼 楽の学びを語りはするが、その意味づけは「論語」自体とは異なる。
例えば、「論語」季氏篇に陳亢と伯魚との問答において、孔子が伯魚に詩を学ぶように 述べた箇所について、朱熹は、次のように注解する。
(詩を学べば)事理通達して、心気和平、故に能く言う。「論語集注」泰伯篇
これは、詩の学びについて、自己と事物を貫く理が自己の内に完全な善なものとしての 性であるという前提のもとで、性即理へと至ろうとする営みであるとする理解を示してい る。そして、朱熹の学びにおいて得られる「性即理」としての「理」は、次の言葉のよう に、個人的次元にとどまるものではない。
宇宙の間、一理のみ、天は之を得て天と爲り、地は之を得て地と爲る、而して凡そ天 地の間に生ずる者、又各之を得て以て性と爲す、其の之を張りて三綱と爲り、其の之を 紀して五常と爲るは、蓋し皆此の理の流行にして、適く所として在らざること無し、「読 大紀」「晦庵先生朱文公文集」巻第70
学びにおいて「覚悟」する理は、「宇宙」全体を貫いてあるのであり、三綱五常という 人倫の道理であるから、学びにおける自己形成は、また、人倫的和合の実現を可能にする 社会的意義をもっている。学びに個人的社会的政治的意義を認めることにおいては、孔子 の創始した儒家思想としての本質をまさしく体現しているのである。そうであるにしても、
性即理への復帰を核心とする朱熹の学びは、詩書礼楽の学びを語るにしても、孔子の学び と距離が生じていることも明らかである。
孔子の学びは古典的文化を学んだのであるが、朱熹は、天地人物の根源としての理を覚 る学びを提唱したのである。このような形而上学的世界観にもとづく朱熹における学びは、
その後の儒家思想における学びを大きく方向づけている
Ⅳ.山崎闇斎における「学び」
ここで、徳川期の儒家思想の教育をみることとする。徳川期の儒家思想において、決定 的に重要な意義をもったものが、朱熹のテキストであった。また、儒家思想にもとづく教 育の中心が「学び」であったことも、儒家的伝統を継承している。
徳川期の儒家思想の中で、朱熹の思想に厳格に忠実であろうとしたのが山崎闇斎(1618
−1682)であった。彼は、敬を「学び」の核心とするが、そのようにいう論脈を辿ること とする。2)
人の一身、五倫備はりて身に主たる者は心なり、是の故に心敬すれば則ち一身修まり
て五倫明らかなり。「敬斎箴序」、原漢文、日本思想大系『山﨑闇齋學派』74頁
元来人之一身ニハ、五ノツイデ各具足シ来レリ。此道ハ天地自然ノ理ニシテ不レ能レ 止。「敬斎箴講義」同書、83頁
闇斎は、人の一身に五倫がそなわるとし、それがまた「天地自然ノ理」であると解して いる。闇斎において、人の身は、五倫の道という社会的関係の道理を具えており、さらに それは、「天地自然ノ理」という世界の諸事象の原理と通底するものである。これが、朱 熹の思想を踏まえていることは明らかである。
だが、「人の一身に五倫が備わる」という表現には闇斎特有な趣がある。それは、人を 社会的諸関係の中にあるものとしつつも、その社会的諸関係の道理を実現し得る修養実践 を社会的関係の場においては捉えず、自己自身の場で遂行しようとするのである。
このことが、五倫という社会諸関係の道理を明らかにするための修養実践としての敬の 理解にあらわれている。闇斎は、学びの核心が敬であることを、次のように述べる。
夫敬之一字ハ、儒学之成レ始成レ終工夫ニシテ、其来ルコト久遠也。天地之開始ヨリ 以来、代々之聖人道統之心法ヲ伝ヘ来リ玉フモ、不レ過二此敬一矣。「敬斎箴講義」同書、
80頁
この敬の修養は「心法」というように「心」に焦点を当てるものである。「敬ト云ヘル ハ何ノ子細モ無ク、此心ヲ欝う乎か々う々かト放チヤラズ、(中略)只此心ヲハツキリト呼サマシテ、
此ノ間一物モナク、活潑々地ノ当体也。」(同書、81頁)というように、敬は、心に焦点を 当てる修養実践であるが、心だけで完結するのではない。それは、心の内なる社会的諸関 係の道理を身にあらわすことに向けられている。
人ノ一身ニハ五倫 畢ことごとク備テ、其身ノ主ト成ル物ハ心也。故ニ心敬スレバ、一身修ツ テ五ツノ序ついデモ明也。「敬斎箴講義」同書、94頁
人の身に備わる社会的諸関係の道理は、敬という修養実践を通して具現するというので ある。人の身に備わる道理は、敬なくして具現することはない。敬は、心をはっきり呼び さますことである。闇斎にあって、自らの内にある道理を可能的な状態から現実的状態へ と賦活させるものとして、敬の修養実践がある。
この敬の修養実践の場は、個人に限局されている。そのことは、しかし、修養実践の意 義が個人的場面に限局されていることではない。敬の修養実践は、人の一身に備わる社会 的諸関係の道理を現実化することで、社会秩序の実現に向かっているのである。敬の修養 実践を個人的場面に限局しているのは、社会的諸関係の道理をあくまで自己独自の内発性 において実現する態度を示すものとみることができよう。
闇斎における人の内にある人間関係の道理は、さらに、天地の生生する心としての理と 通底するものであった。
天地之心万物ヲ生々スルヲ常トセリ。其両間ニ生ジテ、其理ヲ稟得テ生ズル人間ナレ バ、人倫生々シテ相続スルハ、正道ニ非ズシテ、如何トカ云也。「敬斎箴講義」同書、
83頁
万物を生生する天地の心は、人の身に理として備わり、世界の根源としての生生の理が 人間諸関係の道理であるという構図である。心を敬する修養実践が、身に道理を具体化す るという修養実践は、世界が生生の理においてあるとする形而上学的世界観にもとづいて いる。闇斎における学びは、世界の根源としての道理を自覚するという朱熹の学びを明ら かに受け継いでいる。
だが、その学びの場が個人に限局していることや、自らの心を通して、他者や世界の根 源としての理に迫るとする傾向は、朱熹の思想からのある傾斜を示すともいえる。詳論は 省くが、闇斎には、朱熹の修養実践における居敬窮理の二つの面における窮理の面が乏し い嫌いがある。つまり、修養実践としての内面的自覚の性格が強く、客観的事物の探求と しての性格が弱まっている。とはいえ、闇斎の思想が、社倉法への関心などを挙げるまで もなく、社会的実践への志向をもっていたことも明らかである。
闇斎における学びは、天地を生生する相のもとに捉える形而上学的世界観のもとで、社 会秩序の確立を目指すものであったのである。その学びの焦点は心にあり、心は、社会に、
さらには生命的な自然的世界につらなっているのである。
Ⅴ.中江藤樹における「学び」
朱熹に学びながらも、朱熹とはやや異なる学びを提唱したのが、中江藤樹(1608−
1848)である。藤樹は、「論語」学而篇冒頭の孔子の言葉「子曰學而時習之、不二亦説一乎。
有下朋自二遠方一来上。不二亦樂一」に、次のような「訓詁」を施している。
【訓詁】學ハ覺也。惑ヲ辨わきまヘテ本心ヲサトル處也。時ハ常ト云意。(中略)
習ハ鳥ノ數しばしばとぶ飛也。學問之功鳥ノ巣ダチテ飛ヲ習フニ似タル故ニ假かり 用もちいテ切磋琢磨ノ名 トス。
(中略)
説ハ心安ク氣 定さだまりテ、明融快活ニ〆して萬境萬事ニ於テ無二滯碍一無二苦痛一也。
(中略)
樂ハ説ニ加ルコト有ニ非ズ。獨其趣ヲ得ル時ハ説ト云、共ニ其情ヲ得ル時ハ樂ト云。
「論語解」、『藤樹先生全集』第2冊、69頁
藤樹は、ここで学を覚と解している。朱熹における学の二つの要素のうち、倣うという 要素をほとんど排して、ただ覚ることを学と解する。「本心」を覚ることが「論語」の学 であるというのである。この本心を、彼は、次のように【句解】で述べる。
説樂ト云ハ心ノ本體也。此樂シミ人々具足ノ物ナレドモ、意必固我ノ惑ニ因テ氣 結むすぼお レ心塞ふたがテ萬ノ苦痛生ズ。天下ノ萬事萬境ニ於テ碍さえぎリ悩マザル所ナクナリ。本來具足ノ樂 無ガ如シ。然ルニ學問ヲシテ時ニ習フトキハ、意必固我ノ惑解とけテ、本來具足ノ説樂ノ德 呈露ス。己ニ此德ニ入ル時ハ、從前種々ノ苦痛惡夢ノ覺タルガ如シ。「論語解」同書、
71頁
心の本体つまり本心は、悦楽(「説樂」)であるとする。本心の悦楽が覆われているとき、
さまざまな苦痛が生ずるが、その覆いを取り除くことで本心の悦楽があらわれてくるとし て、覆いを取り除いて本心の悦楽を露わにすることが学だというのである。
このようにみると、藤樹の学びは全く個人的なことともみえるが、そうではない。確か に、学びは、人が自らすることであり、また、当人に悦楽をもたらすものである。だが、
学びは単に個人的局面にとどまるのではなく、社会的意義をももつのである。
常ノ人ノ心得ニハ平天下・治國・齊家ハ脩身ノ工夫ノ外也ト思ヘリ。故ニ脩身ノ二字 ヲ掲出〆、平天下・治國・齊家・正心・誠意・致知・格物、皆脩身ノ工程ナリ。脩身ノ 外ニ更ニ工夫モナク事モナシト發明〆其惑ヲ解ク。「大學解」同書、37頁
これは、「大学」に所謂八条目が「自天子以至於庶人壹是皆以脩身爲本」と締めくくら れている本文に対する、藤樹の理解を示したものである。天下国家のあるべき姿を実現す るための修養実践の根本が修身であるとしている。ここに学びのもつ社会的意義は明確に 表明されている。
ところで、ここに続く修身としての学びの藤樹における理解は、身分的区別を越える倫 理的平等性を述べるものとして、よく知られている。藤樹は、次のように述べている。
天子・諸侯・卿大夫・士・庶人五等ノ位尊卑大小差別アリトイヘドモ、其身ニ於テハ 毫髪モ差別ナシ。此身同キトキハ學術モ亦異ナルコトナシ。
(中略)
天下ノ萬事ハ皆末ナリ。明德ハ其大本ナリ。大本ノ明德明ナラザルトキハ天下ノ萬事 ヲ取行フトイヘドモ、皆根ナキ草木ノ瓶中ニ花ヲ開テ實ヲ結ブコト能ハザルガ如シ。同 上
天子から庶人に至る人々に身分・立場の違いは存在するが、人の身に差異は全くないの であるから、人としての学びに差異はないというのである。このことは、また、人それぞ れに身分・立場の差異があるが故に、それぞれの担うべき役割・職務は異なるという理解 を示すものである。
そして、「天下ノ萬事ハ皆末ナリ。明德ハ其大本ナリ。」という言葉は、「萬事」が無意 味であることを語るものではない。そうではなく、「萬事」、つまりは、それぞれの身分・
立場に応じた役割・職務がそのあるべき意義を持ちえるのは、明徳の明らかであることに よるというのである。
明徳が極めて重要な意義をもつのは、人の内にあるものでありながら、次にみるように、
世界万物の根源と通底するものと考えられているからである。
明德ハ人性ノ殊稱、其德タルヤ萬物一體ニシテ、寂然不動感かん而じて遂ニ天下ノ故ことニ通ズ。
愛セザル所ナク、敬セザル所ナシ。方寸ニ備ルトイヘドモ、天地大虚ト通貫〆毫髪ノ差 異ナシ。聖人ノ心其本然ナリ。「大學解」同書、16頁
藤樹は、人は世界の根源を内に宿すとする形而上学世界観のもとにこのように述べてい る。彼が、次のように語るのは、かなり異なった形ではあるが、朱熹の開いた形而上学的 世界観の延長上にあるわけである。
元來をよくおしきはめてみれば、わが身は父母にうけ、父母の身は天地にうけ、てん ちは太虚にうけたるものなれば、本來わが身は太虚神明の、分身變化なるゆへに、太虚 神明の本體をあきらかにして、うしなはざるを身をたつると云也。「翁問答」『藤樹先生 全集』第3冊、67頁
藤樹の世界観は、孝の概念を深化した、万物の根源があらゆるものを生みつつ秩序づけ るとする生命的なものとなっている。このような世界観により、内なる根源(「太虚神明 の本體」)を完全に体現しているのが聖人であり、聖人以下のものは、不完全にしか体現 し得ていない根源を覚るという、学びに励むべきだとする。内なる根源は、ここでは「太 虚神明の本體」と語られるが、明徳、孝徳、本心、心の本体等々、コンテキストに応じて、
さまざまに表現される。「大學解」では、学びが明徳を明らかにすることと語られている のである。
明徳を明らかにするという学びの方法はいかなるものか。藤樹は、まず、次のように述 べる。
明德ハ人間ノ根本主宰ナレバ、小人惡人トイヘドモ不レ滅不レ昧。イカントナレバ、
スキト滅却スレバ、生ヲ保たもつコト不レ能。其不レ滅不レ昧ノモノハ何レソト云ニ親ヲ愛シ子 ヲ慈ム心是これナリ。此心ヲ指テ親民トイヘリ。親ハ眞實懇切ニシタシムノ心ナリ。民ハ人 ナリ、人倫五ツアリ。父子ナリ、君臣ナリ、夫婦ナリ、長幼ナリ、朋友ノ交ナリ。民ノ 字五倫ヲ包テ可レ講。「大學解」『藤樹先生全集』第2冊、11頁
明徳は、聖人以下のものにおいて完全に体現されてはいないが、また、決して完全に滅 することはなく、覆われることはない。その明徳のあらわれが、「親民」つまり人を親愛 することである。明徳を明らかにする方法は、この人への親愛の心を手がかりとする。こ の方法を、藤樹は、「大学」の本文の「主意」として、次のように述べている。
明德ヲ明ニスル工夫ハ親民ノ情ニ於テ其本體ヲトメシリ、コヽニ止テ遷ラズ變ゼザル ヨリ外ハナシト示ス意ナリ。「大學解」同書、19頁
人の備える明徳は、決して覆われることはないのであるから、人と接する上では必ず親 愛の情があらわれるのであり、その親愛の情を発する内なる本体を認めて、その本体にと どまること、それが明明徳の修養実践としての学びだというのである。心の本体を認めて そこにとどまるという学びは、必ずしも分かりやすいものではない。しかし、世界の根源 を想定して、それを完全に具現することを求めるという学びの構図は、闇斎のそれと近い。
藤樹の学びが、闇斎と異なるのは、闇斎の学びの場が、第一義的に自己一身に限局され ているのに対して、人を親愛する心において内なる心の本体を求めるという仕方で、人と の交わりの場が想定されていることである。それだけではない。心の本体を求めてそこに とどまるという学びの方法についても、人と人との間での談論が想定されているのである。
藤樹の学びは、「大学」理解に即しては明明徳であるが、「中庸」理解に即しては「愼獨」
を語る。「愼獨」の修養実践をめぐって、藤樹は、書簡を通じて、次のように門人を指導 している。
欲に不レ動・物に不レ滞時の心をよく觀察可レ有候。此時の心氣象温和・慈愛・恭敬・惺々 なるものにて候。此心卽愛敬中和の獨にて候。此獨をよく御見付候て常に愼しみ守り、
視聽言動・行住座臥・茶裏飯裏、皆主人公の下知に従ひぬるを愼獨の工夫と名づく。「答
二佃叔一」同書、393頁
藤樹における学びは、人それぞれが自ら心の本体を覚ることであるが、他の学ぶものと の対話の中で進められた。彼は、その学びのあり方を、次のようにいわば理論化している。
后学の先覺にしたがひて性命の道を学び問ふを学問の實義とす。文學は只その一品な り。「翁問答」改正篇丁亥春、『藤樹先生全集』第3冊、288頁
「孟子」に由来する先覚に後覚が学ぶという構図が、ここでは、学び問う談論の中で、
各人が自ら心の本体を覚るという形であらわれている。「文學は只その一品なり」と、儒 家的学問の本筋である経書の学びはむしろ脇道であったのである。
このように、藤樹における学びは、人との交わりの場において発現する親愛の情に即し て、その情の本体を自らの内に認めてその本体の確立を求めるものであった。しかも、彼 にあっては、心の本体は、世界の根源と同体のものと想定されていた。その世界の根源は、
万物を生み出す生命的性格をもっていた。それ故に、人は、心の学びにおいて、人間関係 にとどまらず、世界の諸事象との間にも生命的秩序を共有することにもなるのである。
Ⅵ.伊藤仁斎における「学び」
伊藤仁斎(1627−1705)もまた、朱熹の思想に学び、その大きな影響を受けつつも、儒 家思想における新たな展開をした。彼は、世界の根源が人の内に宿るとする形而上学を排 斥する点で、闇斎や藤樹とは明確に異なる思想を提示した。
仁斎の「学」の定義は、次のようなものである。
學は効なり、覺なり。効法するところ有つて覺悟するなり。「語孟字義」学、第1条 仁斎は、倣うことと覚悟することとの二つの要素を兼ね備えることで学びの意義が十全 なものとなるとしている。この定義は、朱熹「論語集注」の学の定義を重く参照しており、
「論語集注」における先覚と後覚に関する言葉を引照している。
むろん、仁斎において「覺悟」するものは、朱熹のように純粋な善としての「性即理」
ではない。仁斎は、よく知られているように、「孔子を最上至極宇宙第一の聖人とし、論 語を最上至極宇宙第一の書とす」(「童子問」下、第50章)と、孔子とその思想を示す「論 語」を尊信した。彼における「覺悟」とは、「論語」と「論語の義疏」(「童子問」第5章)
とみなした「孟子」とを「熟讀精思」しつつ、孔子の教えの正しさを修養実践を通して確 証することである。
「論語」に示された孔子の教えの核心は、「人の外に道無し、道の外に人無し」(「童子問」
上、第8章)と仁斎の要約する「人倫の道」(「童子問」上、第6章)とそれを実践し得る 徳の成就に向けての「修為」(同、第8章)である。仁斎は、学びの対象を、現実の人間 諸関係に即してある道とそれを成就する徳とした。
「論語」に示された教えは、日常の人々の営みに道が実現しており、それを自覚的に実 現するべきであるというものである。それは、平易に過ぎるが故に、疑問がつきまとう。
だが、孔子の教えに従う修養実践を通して、教えの正しさを翻然として覚るに至るという のである。そのことを、仁斎は、次のように述べている。
積疑の下。大悟有り。大悟の下。奇特無し。夙に興き夜に寐ね。夏は葛。冬は裘。君 は君たり。臣は臣たり。夫は夫たり。婦は婦たり。士農工商。各其の業に安んじ。言は 忠信。行は篤敬。此に従ふの外。更に至理無し。「仁斎日札」『日本倫理彙編』5、175頁 ここには、孔子という先覚に学んで自らも覚るという先覚後覚という、学の考え方が明 確にあらわれている。そうした孔子の教えに学ぶこと、つまり、人としてのあり方に既に 道があり、そを修養実践を通して実現するのだということ、その理路についての仁斎の考 え方をみよう。
さて、人が有る限り道は存在するのであるが、なお、人は道を実現すべく徳を成就する というあり方を、仁斎は、次のように考えている。彼にあって、人倫の道は、次の言葉の ように、興隆衰退はあるにせよ、決して消失することなく、確実に存続するものである。
夫れ道の流行するや時として然らずと云ふこと無く、所として在らずと云ふこと無し、
隠顯有て斷續無し。「童子問」下、第29章
人倫の道は常に存続しているのではあるが、他方で、次の言葉にあるように、最も身近 な人間関係においてさえ、「學問」としての修養実践なしでは、その実現が危ういのでも ある。
人の性善なりと雖も、然れども之を充てざれば、以て父母に事ふるに足らず、則ち性 の善恃む可からず、而して學問の功も廢す可からず、「語孟字義」学、第2条
人倫の道は、修養実践による四端の心の拡充により、その実現の努力において存続しつ づけることができるというのである。
「四端の心」の「擴充」によって「仁義礼智」の徳が成就するという言説は「孟子」に 由来する。その仁義礼智の徳が人倫の道を実現するというのである。この筋道は、次のよ うである。
まず、礼智の徳は、仁義から出てくるという。
仁義の二者は、實に道德の大端、萬善の緫腦、智礼の二者は皆此れよりして出づ、「語 孟字義」仁義礼智、第5条
仁義礼智は、四つの徳ではあるが、礼智は仁義にもとづき、それに還元される関係にあ る。ところが、仁義の二者の関係も、仁に統括されるというのである。仁斎は、次のよう に述べている。
君子の天下に於けるや、仁のみ、愛は其の周あまねきを欲して、分つとき則ち必ず差等有り、
其の周きは仁なり、差等有るは義なり。見つ可し、仁中自ら義有て存することを、故に 君子仁を曰へば自ら義の在る有り、義を曰へば自ら仁の在る有り、仁有て義無ければ道 に非ず、義有て仁無ければ德に非ず、「孟子古義」盡心上、君子之於物也章
仁斎は、君子のそなえる徳を仁であるとする。それは仁が愛を内容としているからであ る。愛が人々に周く行き渡る面が仁であり、愛が人と人との関係性の差異に応じてあらわ れる面を義だというのである。仁義は、愛の普遍性と差異性の相即する二つの相を意味し ているのである。
このような意味において、仁義は、愛として人間諸関係をそれぞれにあるべきようにあ らしめるのである。智礼も、そうした仁義から派生する。してみると、徳としての仁義礼 智は、愛において人間諸関係を成り立たせるという意味で、人倫の道であるといってよい。
そうした徳と人倫の道との関係を、仁斎は、次のように述べている。
仁の德為る大なり、然れども一言以て之を蔽ふ、曰く、愛のみ、君臣に在ては之を義 と謂ひ、父子には之を親と謂ひ、夫婦には之を別と謂ひ、兄弟には之を叙と謂ひ、朋友 には之を信と謂ふ、皆愛自り出づ、盖し愛は實心に出づ、故に此の五つの者、愛自りし て出づるときは、則ち實為り、愛自よりして出ざるときは則ち偽りのみ、「童子問」上、
第39章
ここでは、仁の徳と人倫の道が同じことであるとされている。それは、仁の徳の内容が 愛であり、人倫の道もまた愛を内容とするという考え方による。道は、愛が人間関係の種々 相に即して捉えられた概念であり、徳は、愛を実現する力とでもいうべきものに即して捉 えられた概念である。仁斎は、仁義礼智の徳がまた道としての意義をもつとしている(「語 孟字義」學、第2条)。仁義礼智は徳であり道であり、道徳である。
仁斎は、愛を内容とする人倫の道は既に実現しているとする。他方で、人は徳を成就し て人倫の道を実現することを求めている。この矛盾とみえる考え方を成り立たせているの は、社会を見る視点と自らを見る視点との相異である。天下には愛における人倫の道は存 続しているのに、自らにおいては「性の善恃むべからず」として愛の不足をみる。この自 らにおける愛の不足、一般的にいえば、自他における絶えざる疎隔の意識が、人倫の道を 自らの場における実現に向けての修養実践へと駆動するのである。
さて、修養実践における徳の成就の可能性を担保するものは何か。むろん、一応は、性 善としての四端の心である。これがなくては、拡充による仁義礼智の徳の成就はありえな い。だが、性の善は恃むことはできないとも仁斎は述べているのである。彼の修養実践論 をみる必要がある。
仁斎は、修養実践を「修為」として「忠信敬恕の類」をあげる(「語孟字義」忠信、第 5条)。ここでは、修養実践の要をなす「忠信」をみることとする。忠信とは、次のよう なものである。
夫れ人の事を做すこと、己の事を做すが如く、人の事を謀る事、己の事を謀るが如く、
一毫の盡さざること無き、方まさに是れ忠、凡そ人と説く、有れば便ち有りと日ひ、無けれ ば便ち無しと日ひ、多きは以て多きと為し、寡きは以て寡きと為し、一分の増減もせず、
方に是れ信、又忠信の二字、朴實にして文飾を事とせざるの意有り、「語孟字義」忠信、
第1条
忠信とは、人と接する上で、人のことを自らのように思い謀り、他者中心的に物事を処 置し、偽り飾りのない、ありのままの自己をさらけ出すことである。自らの思いを立てる のではなく、他者の思いをひたすらはかり、自らはただあるがままに言動することである。
この修養実践の場は、人と人との間という対個人的次元であることに注意しておきたい。
もう一点、この修養実践で注意したいことは、自らにそなわる惻隠の心、つまり愛の心 を、そのものとして、人との交わりにおいて実現しようとするわけではないことである。
むしろ、仁斎は、自らの思いが他者の思いとそのまま重なるとすることに警戒的であった。
人、己の好惡する所を知ることは甚だ明かにして、人の好惡に於ては、泛然として察 することを知らず、故に人と我と毎に隔阻胡越、或は甚だ過ぎて之を惡み、或は之に應 ずること節無く、親戚知舊の艱苦を見ること、猶を秦人越人の肥瘠を視るがごとく、茫 乎として憐むことを知らず、「語孟字義」忠恕、第1条
人は、自分の思いはよくわかるが、他人の思いはよくわからない、仁斎は、人と人との 疎隔をそこにみている。自他の疎隔のもとを、自らの思いを中心として他者に接するとこ ろにみるのである。そのことが、性善を恃みにならないとし、修養実践なしでは親への奉 養もままならないとする考え方につながっている。
こうして、仁斎は、仁の徳の成就に向かう修養実践の核心として、自らの思いを立てる のとは逆に、他者中心的に思い謀り、自らを他者にさらけ出す、忠信を提示するのである。
ところで、仁斎は、「忠信は實心」(「童子問」上、第36章)としている。この「實心」
は自らの内にあらかじめあるのではなく、そのつどの修養実践をする態度である。この他 者中心的に思い謀る態度から愛が出てくる。先にみたように、彼は「盖し愛は實心に出づ」
(前掲、「童子問」上、第39章)としている。
仁斎は、仁について、次のように述べている。
一事の微と雖ども、其の愛、眞心より出て利澤人に及ぶときは、則ち亦、之を仁と謂 ふべきなり、「童子問」上、第54章
わずかなことでも、愛が「眞心」から出て、なんらかの恵みを人に与える場合は、仁と いってよいとしている。この真心が先の実心と相応じており、人にあらかじめそなわる心 ではなく、忠信というそのつどの修養実践においてあらわれるものであることは見やすい。
なお、仁としての愛を、単なる内面的なことではなく、なんらかの形の恵みを与えること とする点は注目に値する。
このように、仁斎において、忠信を核とする修養実践が自らに愛を生じさせるのであり、
その結果、仁の徳が完成する。彼は、ささやかな愛でも仁であるとしているが、完成した 徳としての仁(「仁の成徳」「童子問」上、第43章)は、次のようなものとしている。
(孟子の)曰く、原泉混々として、昼夜を舎すてず、科あなに盈みちて進んで、四海に放いたると、
凡そ天下の水、東に注ぐときは則ち東海に入り、西に注ぐときは則ち西海に入る、今其 の四海に放ると曰ふ者は何ぞや、又擴充の積、其の流行窮まり無きを言ふ、「童子問」上、
第21章
慈愛の徳、遠近内外、充実通徹、至らずといふ所無き、之を仁と謂ふ。「語孟字義」
仁義礼智、第1条
完成した徳としての仁は、愛の心が自らにおいて充実するとともに、あらゆる他人に行 き渡る状態である。「仁の成徳」は、愛を世界全体に及ぼすのである。これは、人の個人 的次元における修養実践の面から語っているのであるが、世界全体の面からみると、人倫 の道が実現している状態ということになる。仁斎における人倫の道と仁義礼智の徳は、愛 の流通・交流において統一されているのである。
それにしても、恃みにならない性の善を起点として、修養実践により世界全体における 愛の流通・交流となり得る過程と根拠は、いかなるものであろうか。このことを理解する 上で、意味深いのが、次の仁斎の言葉である。
仁の徳爲る、豈一言以て盡くし口を以て悉くす可けんや。天下に王たるときは則ち天 下に及び、一國に君たるときは則ち一國に及び、(中略)兄爲るときは則ち其の弟に及び、
弟爲るときは則ち兄に及ぶ、此れを以て治むるときは則ち身修まり、此れを以て事に處 するときは則ち事成る、我能く人を愛すれば、人も亦我を愛す、相親しみ相愛すること、
父母の親しみの如く、兄弟の睦まじきが如く、行ふとして得ずと云ふこと無く、事とし て成らずと云ふこと無し、「童子問」上、第44章
これは、人の愛が愛された他者にさらに愛を呼び起こすという、愛の相互性を語るもの である。こうした愛の相互性のもとで、ひとたび愛が発動するとき、人と人との間に自己 展開する形で、愛があらゆる人々に行き渡るとする。仁斎が、「擴充の積、其の流行窮ま り無き」としたのは、ひとたび発動したのちの愛の限りない自己展開を語るものであった。
仁斎における修養実践は、さしあたりは、人と人との対個人的次元において愛を発動す るのであるが、発動した愛は、世界全体に流通・交流していくことになっている。このこ とを可能にするものは、人の性の善ではなく、世界の側に愛を内容とする人倫の道が存続 していることである。愛を内容とする人倫の道が自他の間に存在するのだという理解が、
人を他者中心的な態度に自己放下する修養実践へと向かうことを可能とする。
ところで、仁斎における人倫の道は、人間諸関係の道理であるにしても、自然的世界の との関係のもとにある。彼は、生命的世界観を表明する。
易に曰く、天地の大德を生と曰ふ、言ふこころは、生々して已まざるは、則ち天地の 道なり、天地の道、生有つて死無く、聚有つて散無し。死は卽ち生の終り、散は卽ち聚 の盡くる、天地の道は生に一なる故なり、「語孟字義」天道、第4条
仁斎は、「天地の道は生に一」であるとし、天地の間にある万物が生生してやまない生 命的存在であるとする。彼における道の概念は、一般的には、活動的に存在する事物の様 相を意味している。だが、事物の種別に応じて、道もそれぞれ異なるとして、次のように 道を区別している。
説卦明かに説く、天の道を立つ曰く陰と陽と、地の道を立つ曰く柔と剛と、人の道を 立つ曰く仁と義と。混じて之を一にす可からず。其の陰陽を以て人の道と爲す可からざ
ること、犹を仁義を以て天の道と為す可からざるがごとし。「語孟字義」道、第1条 このように、事物の殊別に応じて道を区別する仁斎において、天地の道と人倫の道とは 明確に区別される。天地の道が、万物の根源として、万物のあり方を措定し、さらに人倫 の道を措定するというようには、考えない。逆に、彼は、人倫の存在が天地の意義を定立 すると考えている。
夫れ人倫有るときは則ち天地立つ、人倫無きときは則ち天地立たず、日月も亦明なら ず、四時も亦行はれず、人倫無きときは則ち有りと雖ども猶無きがごとし、「童子問」下、
第五〇章
ここで「人倫無きときは則ち天地立たず」というのは、人倫の無いときには天地が存在 しないといっているのではない。人倫が無いと天地が天地としての意義を充実し得ないと しているのである。仁斎は、世界が生命的存在としての脈動においてあるとしている。だ が、単に生命的存在とは異なるものとしての、愛の流通・交流においてなる人倫が、生命 的存在としての世界の意義を充実し完成すると考えているのである。
Ⅶ.心の言説としての「心の教育」
山崎闇斎、中江藤樹、伊藤仁斎という徳川期を代表する三人の儒家思想をみてきたが、
いずれも心を主題化して、学びの言説を展開した。
心に形而上学的根源としての意義をみるか否かで三者は異なるが、彼らに共通してみら れることは、心に、個としての人に限局されない、自己と他者の関係性を可能にする意義 をみていることである。彼らの思想において、心は、世界全体の秩序形成をする働き(「理」
(〔闇斎〕、大虚〔藤樹〕、人倫の道〔仁斎〕)のあらわれとしての意義をもっている。心を 主題化する「学び」が、世界の秩序形成の働きを自らにおいて自覚的に反復する形をとっ ているのである。
自己形成の方法としての修養実践は、闇斎、藤樹、仁斎それぞれにおける世界と自己と の関係の捉え方の相異に応じて異なる。だが、世界の秩序形成の働きを想定して、自己と 他者の関係性を措定するという構図においては共通する。いずれも、自己形成に向かう修 養実践は、同時に、自他の調和、社会秩序の形成立や自然的世界の形成に向かうものと考 えられている。
これらの伝統的思想は、現代日本の教育で提唱された「心の教育」の意義を示唆するも のがある。心の教育は、徳川期の心の言説と相似するところがある。しかしまた、ある点 で、伝統的な心の言説と相異している。
さて、中央教育審議会は、「はじめに」に記した小杉文相の諮問に対して、平成10(1998)
年6月30日「新しい時代を拓く心を育てるために−次世代を育てる心を失う危機−」とす る全4章からなる答申を提出した。次は、答申の各章の見出しである。
第1章 未来に向けてもう一度我々の足元を見直そう 第2章 もう一度家庭を見直そう
第3章 地域社会の力を生かそう
第4章 心を育てる場として学校を見直そう
興味深いことは、この全4章からなる答申は、「心を育てるために」を標題に掲げなが ら「心」の意味も「心の教育」の意味も、なんら説明することはない。それだけではない。
全4章のうち、心という言葉を掲げる章は、第4章だけである。ちなみに、章のすぐ下の 項目については第1章に一項目があるにとどまる。そして、第1章のこの項目において、
答申が心をどういうものと考えているかが明らかになる。
第1章 未来に向けてもう一度我々の足元を見直そう
(2)正義感・倫理観や思いやりの心など豊かな人間性をはぐくもう 子どもたちが身に付けるべき「生きる力」の核となる豊かな人間性とは、
1)美しいものや自然に感動する心などの柔らかな感性 2)正義感や公正さを重んじる心
3)生命を大切にし、人権を尊重する心などの基本的な倫理観 4)他人を思いやる心や社会貢献の精神
5)自立心、自己抑制力、責任感 6)他者との共生や異質なものへの寛容
などの感性や心である。このような感性や心が子どもたちに確かにはぐくまれるよう にするため、我々大人が、大人社会全体、家庭、地域社会、学校の足元を見直し、改 めるべきことは改め、様々な工夫と努力をしていこうではないか。
ここでは、「豊かな人間性」の内容として「正義感・倫理観や思いやりの心」であると して、 六つのことをあげて、それを「感性や心」であるとまとめている。心は、人が生 きていく上で、他人との調和、社会の規範の遵守、自然への共感を可能にするものである。
このとき、心が、このように多様な意義をもつことは、自明のごとく語られており、心 の意義を説明することはない。
ところで、こうした「心の教育」を具体的に実行する方法をもとめるなかで提示された のが「心のノート」事業であった。いま、小学校3・4年生用と5・6年生用の「心のノー ト」の「もくじ」をみると大きく四つの項目になっている。(平成21年改訂版)
小学校3・4年生用 小学校5・6年生用
「かがやく自分になろう」 「自分を育てる」
「ひとともに生きよう」 「ともに生きる」
「いのちを感じよう」 「生命を愛おしむ」
「みんなと気持ちよくすごそう」 「社会をつくる」
これは、「小学校学習指導要領」「第3章 道徳 第2 内容」「1.主として自分自身 に関すること。」「2.主として他の人とのかかわりに関すること。」「3.主として自然や 崇高なものとのかかわりに関すること。」「4.主として集団や社会とのかかわりに関する こと。」に全く対応するものである。
「心の教育」の具体化としての「心のノート」事業は、自己形成、自他の交わり、自然 的世界における生、社会秩序の形成を、心に焦点を当てながら進めることになっている。
そして、「心のノート」の一つの重要な特色は、自らの思いを記述して残し、自己反省の 機会を継続的に持ち得ることになっている点である。それは、道徳教育において、単純に 道徳や価値観を教え込むのではなく、学びによる自己成長の契機を強く押し出しているの である。
そして、「心のノート」事業において、そのように多様な意義を認めつつ学ぶ心の教育 を提唱する際にも、心の意義づけを、作成者側からの説明にみることはできない。
「心の教育」、「心のノート」事業の提唱において、心に多様な意義が与えられているに もかかわらず、その説明がないことは、心の意義について自明なものとしていることによ るだろう。別のいい方をすれば、心の意義についての意識化されない暗黙の先行的了解が あるとみられる。そうした暗黙の了解が伝統というものであろう。わたくしは、その伝統 を、本稿で検討した徳川期の儒家思想における心の言説であるとみる。
この推断が妥当であるか否かを判定することは、もとより容易に可能ではない。ここで いい得ることは、「心の教育」、「心のノート」事業の考え方が、伝統的道徳教育思想に相 似的であるということである。人の心を、単に個人の内部に自閉するものとしてではなく、
他者、社会、自然的世界との関わりにおいて存立するものとし、自己形成と社会形成、さ らには自然的世界の形成に参与するという考え方において、儒家の伝統的思想と「心の教 育」「心のノート」事業の考え方と相応じている。両者は、心に多様な意義を認めること において、自己を個に自閉することのなく、世界内における多様な諸存在とのかかわりに おいて捉えることを可能にしている。3)
ところが、そのようにみたとき、小杉文相の諮問に対する平成10(1998)年中央教育審 議会答申には、全体的な構図のなかにある自己や心の概念と不調和なところがある。それ は、全4章からなる答申のうちただ一つ心の語を含む「第4章 心を育てる場として学校 を見直そう」のなかの小項目見出しに「ゆとりある学校生活で子どもたちの自己実現を図 ろう」を掲げていることである。ここで注目したいのは「ゆとり」ではなく、「自己実現」
である。
「自己実現」という言葉は、この小さい見出し項目のほかに、答申本文に数カ所みえる。
この言葉は、なんらかの関係性のなかで自己実現するという形で語られてはいる。しかし、
「自己実現」の概念は、現代の道徳教育の論議において重い位置を占めてきたが、個とし ての自己の能力や個性を最大限に生かすという志向を内包している。そのため、「自己実現」
の概念は、人の自己形成を自他関係・社会秩序・自然的世界の形成との関係において捉え ている答申の全体的な構図においては、異分子的要素にみえるのである。戦後日本の道徳 教育のなかで重視されてきた「自己実現」の概念は、改めて再検討を要するように思う。
さて、「心の教育」、「心のノート」事業と徳川期の儒家的道徳教育思想(心の学びの思想)
と相似するという見通しがあたっているとすれば、伝統的道徳思想を意識的に検討するこ
とを通して、これからの時代にふさわしい道徳教育の理論を再構築することが考えられて よいであろう。そのように伝統を踏まえた道徳教育理論は、それを心の教育と称するか否 かは別として、日本の歴史と文化に根ざした、有意義な教育を可能にすることであろう。
注
1)日本道徳教育学会は、平成27年11月21(土)、22日(日)にかけて、「「特別の教科 道徳」、その特別性を問う」という大会テーマのもとに、第86回大会を岡山大学におい て(岡山市北区津島)において開催した。「道徳」の「特別の教科」としての実施を控 えて、大会は盛況であったが、「心の教育」「心のノート」について、二つのシンポジウ ムで議論されることはなかった。また、12分科会48に及ぶ自由研究発表で「心の教育」「心 のノート」を標題に掲げる報告はなかった。「日本道徳教育学会第86回大会プログラム・
発表要旨集」参照
2)以下、山﨑闇齋、中江藤樹、伊藤仁斎の思想について、「心」を主題化する彼らの学 びの言説を考察する。これら三者の思想については、かつて、彼らの思想構成が心身概 念に基盤をおくことに着目して考察したことがある。拙著『近世の心身論 徳川前儒教 の三つ型』(ぺりかん社、一九九〇年)が、それである。わたくしの研究は、その後、
いささかながら進歩しており、このたびの論述も、それを踏まえているが、論証に詳細 をつくすこともできなかったところがある。旧著を合わせ参照いただければ幸いである。
3)この考え方に正反対の角度から、「心のノート」事業への批判を、対談のなかでの発 言として、次のように述べているのが、高橋哲哉氏である。
道徳が個人の「心」の問題に還元される。これは哲学や倫理学の議論としても素朴な
「心理主義」の発想で、とても受け入れられない。「これは「国家改造運動」だ」(対談 高橋哲哉×三宅晶子)―教育基本法「改正」と心のノート―」、2003(平成15)年『世 界』4月号、貝塚茂樹監修・文献資料集成・日本道徳教育論争史・第Ⅲ期戦後道徳教育 の停滞と再生」第15巻『「心のノート」と道徳の「教科化」論争』日本図書センター、
56頁
わたくしは、むしろ、「心の教育」「心のノート」事業が、道徳を個人の心の持ち方に還 元する方向ではなく、自他関係、社会的関係、自然的世界との関係のなかで意義づけよう とするための、いわば鍵概念として「心」を援用しているとみなしている。その理論的純 化ないし理論的整備に向けて何らかの寄与をなしえるかと考えて、思想史的観点からの考 察を示したのである。
引用文献
「論語」 吉田賢抗著『論語』新釈漢文大系、明治書院
「孟子」 内野熊一郎著『孟子』新釈漢文大系、明治書院
「史記」 吉田賢抗著『史記 七(世家下)』新釈漢文大系、明治書院
「論語集注」 朱熹著、土田健次郎訳注『論語集注1』東洋文庫
「敬斎箴序」原漢文、「敬斎箴講義」
西順蔵ほか校注『山﨑闇齋學派』日本思想大系、岩波書店
「論語解」「大學解」「答二佃叔一」 『藤樹先生全集』第2冊、岩波書店
「翁問答」 『藤樹先生全集』第3冊、岩波書店
「語孟字義」「童子問」「孟子古義」原漢文 天理図書館古義堂文庫蔵、林景范写本、影片
「仁斎日札」原漢文 井上哲次郎・蟹江義丸編纂『日本倫理彙編』5、育英會
(漢文の読み下しにあたり、送り仮名や読点を増やしたところがある。)