1.問題の所在
ドイツ型の三段階審査論1)を模範として,違憲審査基準を再構築しようとす る主にドイツを比較準拠国とする憲法学者と,アメリカ型の二重基準論を堅 持しようとする主にアメリカを比較準拠国とする憲法学者の間で,違憲審査 基準論をめぐる議論の活発化している2).両者の断絶を強調する議論3)もあれ ば,両者の接合可能性を論じるもの4)もあり,百家争鳴の様相を示している.
その中で特筆すべき動きとして,ドイツを比較準拠国とする憲法学者によ る判例の読み替えによって日本の憲法判例の中に比例原則の要素を見出そう とする一連の著作がある.代表的なものとして,石川健治の判例評釈5)や小山
* 東北文化学園大学総合政策学部講師
1) 違憲審査を,保護領域,介入,正当化の三段階に分けて審査する議論.詳しくは[松本 2001, 2010]等を参照せよ.
2) 淡路[2011],高橋[2009],石川[2005]等を参照.
3) 例えば,君塚正臣は,両者の断絶を強調している[君塚2009].
4) 例えば,阪口正二郎は,両者の架橋可能性を模索している[阪口2010].
5) その一つが共有林分割規定違憲判決であり,その中で石川はこれまで合理的関連性審査と呼ば れていたものを適合性審査,必要性審査,(狭義の比例性審査)という比例原則による審査に読み 替えた[石川2004:294].
適合性審査の意味内容
―ドイツの憲法判例と学説を中心に―
淡路智典*
The Meaning of Suitability Test in German Constitutional Law
AWAJI Tomonori
剛の『憲法上の権利の作法』6)などが挙げられる.
この試みの当否を論ずるためには,まず比例原則の正確な理解が必要であ る.しかし,比例原則の具体的内実は,三段階審査論において占められている 重要さに比して,あまり検討の対象となっていなかった.特に比例原則の3 つの部分原則の一つである適合性審査に関しては,詳細な検討がなされるこ とがほとんどなかった7).
そこで本論文は,適合性審査の内実を比例原則の母国であるドイツの憲法 判例と学説を検討することによって明らかにしたい.
2 適合性審査の内容
(1)一般的な説明
適合性審査の内容を具体的に検討する前に,一般的な説明を確認すること から議論を始めたい.昨今の違憲審査基準に関する議論のおかげで人口に膾 炙した感もあるが,比例原則は,適合性審査・必要性審査・狭義の比例性審査 の3つの部分原則から成っているとされている.簡略には,適合性審査は手 段が目的達成に適合しているかを審査し,必要性審査は手段が目的達成に必 要かどうかを審査し,狭義の比例性審査は手段と目的が比例的な(均衡した)
関係にあるかどうかを審査すると言われている.本論文の観点からは,適合 的であるというのは,どういう状態を指すのか,メルクマールは何なのかな どが疑問として出てくる.この疑問に答えるのが,本論文の目的となる.
また比例原則の源流としての,プロイセンの警察法からの流れも一般的な 説明の範疇に入るだろう.比例性の考え方である「雀を撃つのに大砲を用い るなかれ」という格言も周知の事柄と思われる8).この時期の警察法の適合 性の定義をもう少し詳しく見ると「措置が危険に対処するために,正しい方 向を向いており,非適合ではないこと」[Hirschberg 1981:52]というもので あった.
6) 小山は「最高裁と比例原則・統制密度」という項目で最高裁判例の読み替えを行っている[小山 2009:77ff. ].
7) 例外的に詳細に扱っているものとしては,[松本2001:59]などが挙げられる.
8) 詳しくは邦語文献では[柴田2010]を,独語文献では[Stern 1993]などを参照.
しかし,比例原則の考え方は,ナチス政権期における法治国家思想の失墜 の中で大戦期は顧みられることなく,その復権は第二次大戦後を待たねばな らなかった.比例原則は基本法下で作られた連邦憲法裁判所によって,急速 に憲法判例の中に取り入れられることになる.連邦憲法裁判所は判決におい て比例原則を積極的に使用し,その内実を解明していくのである.[淡路 2011:125, シュテルン2009:313f.]
(2)判例
前項の後半で比例原則が連邦憲法裁判所判例に取り入れられるまでを述べ た.ここからは,判例の中で本論文の課題である適合性審査がどう扱われて いるかを中心に見ていきたい.
連邦憲法裁判所における適合性審査は大きく2つに分けられる9).手段が 目的達成に対して適合的であるかを問う場合と,手段が目的を促進している かを問う場合である.
まずは適合的であるかどうかを問うた事例の中で,連邦憲法裁判所が法律 を適合性違反と判断した事例を見ていく[シュテルン 2009:315,Sachs 2007:816].
①適合性が否定された事例
適合性が否定された事例は数少ない.そこでどのような認定を通じて,適 合性が否定されたかを少し詳しく見ていきたい.
まず1つめは「道路交通の安全」と「個々の同乗者の,より高度な保護」を目 的として自動車同乗斡旋の禁止した事例である10).裁判当時のドイツでは自 動車同乗斡旋業を行うためには,行政庁の許認可すら必要なく,申請するだ けでよかったが,1961年3月に人員輸送法によって制限されることになった が,とある自動車同乗斡旋業者は,法律制定後も営業を続けていたため,州 裁判所から罰金刑を受けることになった.控訴審である連邦裁判所は裁判を 中断し,当該法律の合憲性を連邦憲法裁判所に尋ねた.
9) Hirschberg は,①手段が目的達成に非適合かどうか②手段が目的を促進するかの2つに分けて いる.[Hirschberg 1981:51f.]詳しくは後述(3)を参照.
10) BVerfGE 17, 306 (315 ff. )
連邦憲法裁判所は,当該法律は基本権を侵害するので基本法とは相容れな いとし,法律の違憲無効を宣言した.また適合性審査に関しては以下のよう に判示した.「連邦政府は,当該法律を正当化するにあたって,自動車の同乗 が禁じられているのではなく,許認可が義務付けられただけである.許認可 手続において運転手と自動車が審査されるので,道路交通の安全と個々の同 乗者の高められた保護を約束できると述べた.しかし,連邦憲法裁判所は許 認可の強制という手段は,目的を達成するためには役立たないと判断した.
車を運転するかどうかやどのような目的で運転するかを決めるのは同乗者で はなく車の所有者であるので,同乗者がいてもいなくても運転は行われるの で,移動の際に公的に仲介された同乗者が運転手と車を検査するかどうかは,
交通量と交通の安全には関係ない.」
「また公的に仲介された同乗者は,同乗者全体の一部でしかない.この同 乗者の一部に過ぎない集団が特別な保護が必要とされる理由は理解できな い.他の同乗者と区別される際に使われる指標は,安全の問題とは関係がな い.私的に仲介された同乗者などが規制されずに認められ,かつ許認可がい らない一方で,公的に仲介された同乗者だけが守られるべき理由は理解でき ない.個人の自由への介入が目的の達成に役立たないのならば,公的に仲介 された同乗の完全な禁止は正当化できない.あらゆる同乗の中で公的に仲介 された同乗のみが禁止され,他の同乗は制限されずに許容されている理由は,
交通の安全という観点の下でも理解できない.」
「逆にこのような禁止はこれまで同乗斡旋センターによって仲介されてい た同乗者をより大きな危険にさらす可能性がある.つまり,同乗者が公的な 仲介から切り離されるならば,その一部の同乗者は同乗するために個人的な 繋がりを作ろうと試みるだろうし,別の一部の同乗者はヒッチハイクをあて にするだろう.同乗斡旋センターは営業上の義務の枠内で,輸送者が運転免 許を所持していることや使われる車が交通規則に合致していることに注意す ることを義務付けられている.このことを連邦政府は認めている.それゆえ 公的に仲介された同乗の禁止は,いずれにしろ連邦政府が述べた規制の目的 の達成に客観的に適合的でない手段であることが示された.従って,自動車 所有者の自由に対する遵守を要求し得ない(unzumutbar)介入が存在する.」
このように具体的な事実を検証していくことによって,手段の目的適合性
を判断している.
次に小売店に対する消費者保護を目的として専門知識証明を法律によって 要求した事例を見ていく11).この事例は理髪師が自らの住居にタバコの自販 機を設置したところ,小売業の許可を得ることなく商品を売りに出したこと が小売業法に違反したとしているとして行政官によって罰金処分が課された ものである.理髪師は当該処分に異議を申し立て,裁判所による判決を要求 したので,裁判が行われることになった.連邦憲法裁判所は,商品知識を許 可の前提にすることは,現代の法的形態としては基本法と両立しえないとし た.適合性審査に関しては,以下のように判示した.
「審査基準は職業の自由を規定した基本法12条1項12)である.そのため判 断の際には段階説を使う.段階説は,目的として正当な公共の利益を要求し,
また介入手段が目的に適合的であることと過度な負担を課さないことを要求 する.小売業法の当該規定は職業行使を規制するのではなく職業への入り口 を規制するものなので,商品知識を必要条件とすることは,主観的な許可条 件に該当する.主観的な許可条件は,重要な共同体の利益を守ることによっ てのみ正当化される.小売業保護法が新たな小売店の開設もしくは既存の小 売店の拡大のために厚いバリケードによって小売業を競争から保護すること を目的としていた一方で,小売業法は小売業という職業を秩序づけていた.
小売業法の目的は,小売業の能力向上である.さらに,制限のない営業の自 由によって小売業が段々と挫折した人々の逃げ場所になること,また不明確 な要素の実験場所になることを避けることも意図していた.そしてこの方法 によって,消費者が守られるべきとした.」
「立法者のこのような考慮は,全ての一般的な小売業者に区別なく商品知 識を許可の必要条件とすることを正当化できない.消費者を健康上のもしく は財産上の危険から守ることは,主観的許可条件を正当化する重要な共同体 の利益とみなすことができる.しかし,この目的とここで選択された手段は 非適合的である.小売業者は商品の分配によって需要の充足に寄与している.
11) BVerfGE 19, 330 (338 f. )
12) 第12条 [ 職業の自由,強制労働の禁止 ]
(1) すべてのドイツ人は,職業・職場及び職業教育の場を自由に選択する権利を有する.職務の 遂行は法律によって,または法律の根拠に基づいて規制することができる.
生活必需品や医薬品などを売る際には専門からすると適合的ではない小売業 者によって,健康上の危険が消費者にもたらされる可能性がある.このよう な商品部門に対しては特別な規定が妥当する.一般的な小売業は通常なら客 の健康を脅かしえない.それに対して,経済的な損失を与える可能性は排除 されえない.小売業者に特定分野の商品知識の証明を要求したとしても,こ のような危険は排除されえないし,減らすこともできない.この法律はこの ような証明を要求しない.全く違う分野においても獲得しうる一般的な商人 としての知識の証明で十分である.」
この判決においても具体的な事実を検討することによって適合性を否定し ている.
数少ない適合性を否定した事例の最後に,鷹狩り許可証の交付に際しての,
射撃試験の合格と銃火器取扱い技術および銃火器法上の知識の証明の要求し た事例を見てみる13).
狩猟活動は連邦法と州法によって規制されており,1977年3月まで有効だっ た連邦狩猟法は,鷹狩りを行うためには,狩猟免許かもしくは鷹狩り免許が 必要であるとしていた.狩猟免許の初めての交付は,申請者が狩猟試験に合 格するかどうかにかかっていた.それに対し,鷹狩り許可証は試験なしで交 付されていた.連邦狩猟法改正法によって1977年4月から有効になる新たな 連邦狩猟法では,鷹狩り許可証の初交付の際に,申請者が鷹匠試験に加えて 狩猟試験にも合格することが求められた.
連邦政府は,鷹狩りも狩猟の一種であり,前提として狩猟免許が必要であ るとし,それだけでは不十分なので鷹狩り用の試験も課すのであるとした.
鷹狩り免許申請者は,狩猟試験の一部である射撃試験を免除されなかった.
憲法異議申立人は,1971年に初めて鷹狩り免許を獲得し,1977年3月まで 延長してきた人物であり,新たな連邦狩猟法を有効になった後でも免許が延 長されるべきと述べた.そのため異議申立人は,射撃試験を伴う狩猟試験の 合格に鷹狩り免許の交付を依存させることは基本権侵害であるとして,連邦 狩猟法改正法に対して憲法異議を申し立てた.そこで異議申立人は以下のよ うに主張した.当該法律の規定に従うと狩猟試験を受けることなしでは鷹を
13) BVerfGE 55, 159 (165 ff. )
使った狩猟が許されなくなるので,当該規定は直接に申立人の権利を侵害す る.銃器を用いる狩猟は危険があり,人の死に繋がる可能性がある.それに 対し,鷹匠は鷹を使うので銃器は使わないし,射撃の音で鷹が怯えるので,
銃器を使うこと自体ができない.また法改正には明白な理由が存在しない.
立法者が鷹の保護という利益のために鷹匠の数を制限しようとしているのな らば,鷹狩りの分野での知識証明を厳格化すればよい.しかし,鷹狩りを行 うことに対して完全に関係の無い障壁を設けることは正当化されない.
それに対し連邦政府は,鷹狩りに対する新たな規制は基本法2条1項14)の 枠内に留まるし,平等条項も侵害しないとした.
連邦憲法裁判所は当該規定を法治国家原則と結びついた基本法2条1項と 両立しないと判断した.適合性審査に関しては以下の通りである.
「法的な介入が不可欠ならば,目的達成のための手段は適合的でなければ ならないし,個人に過度の負担を課すものであってはならない.鷹匠に銃器 に関する知識と能力の証明を要求することは,目的達成には適していない.
規制の目的は鷹狩りを考慮に入れた上で野鳥種を存続させることであり,鷹 の飼育の際の弊害に対処することである.この目的達成するためには,鷹匠 の資格に要求される水準を高めればよい.立法者は要求を先鋭化させる方法 を選んだ.鷹狩りの全面禁止よりも緩やかな手段を選んでいるので,この先 鋭化は原則的には異議を唱えるべきではない.しかしながら,当該規定の欠 点は,銃器に関する知識と能力の証明を求めることが鷹の飼育にも鷹狩りに も関係ないことである.確かにこのような証明の義務は鷹を飼育する人や鷹 狩りを行う人を減らす効果があるだろうが,しかし,立法者が意図する適正 な鷹狩りの実行には役に立たない.許可のために予期される行為と無関係な 知識と能力が要求されるならば,比例原則に違反する.銃器に関する知識と 能力は鷹狩りを行うためには必要ではない.この狩猟方法の特殊性は,銃器 を使う代わりに鷹を武器として使うことである.鷹が捕まえた獲物をしとめ る際にも銃器は使わないのである.」
この事例でも,具体的に立法目的やその根拠,達成手段と立法目的の関係
14) 第2条 [ 人格の自由,人身の自由 ]
(1) 何人も,他人の権利を侵害せず,かつ憲法的秩序または道徳律に違反しない限り,自らの人 格の自由な発展を求める権利を有する.
が審査されている.次に適合性が問題とされなかった事例を見ていく[シュ テルン 2009:315, Hirschberg 1981:51f.].
②適合性が肯定された事例
これらの事例では適合性に「客観的」や「全く」などの要件を加えることに より,緩やかに審査しているように見える.こちらの事例は数が多いので,
適合性判断のメルクマールとなった部分を中心に見ていく.
1つめは長距離輸送に対して特別な課税をすることが問題になった事例で ある15).もともと物資の輸送にかかる税金は輸送方法にかかわらず輸送価格 の7%だったが,1955年の交通財政法は長距離輸送に対してだけ税率を上げ た.憲法異議申立人のほとんどは中規模か小規模の輸送業者であり,申立人 らは長距離輸送の税率を上げる当該法律規定が基本権を侵害するものとみな し,当該規定の無効を宣言することを求めた.しかし,連邦憲法裁判所は,
憲法異議によって争われている長距離輸送に対する税率の上昇によって憲法 違反の状態が作り出されたことは現在に到るまで確認できないとして,訴え を退けた.適合性は次のように問題とされた.
「立法者によって使用された手段が初めから客観的に役に立たないことを,
後の不十分な結果から推論することは許されない.立法者はその手段を役に 立つと思っていた.このことは法案の審議の中でのその時々の発言により,
疑問の余地はない.」
このようにして現状において効果があがっていないことから,手段の非適 合性を導きだすのを禁止した.後の判決では「客観的に役に立たない」の部 分が先例として引用されることになる.
次に債権収入への課税が問題となった事例を見ていく16).
債権へ税金を課す法律が1965年に施行された.財産収入への税金を上げ る内容を含むこの法規定は,初めて利子収入に対して適用されることになっ ていた.憲法異議申立人は,フランス在住でドイツ連邦郵便の債権を保有し ている人とスペイン在住でドイツ連邦鉄道の債券を保有している人の2人 だった.申立人は当該法律が基本法2条1項によって保障されている行動の
15) BVerfGE 16, 147 (181)
自由などを侵害しているとして,部分的な無効を主張した.連邦憲法裁判所 は,この憲法異議には理由がないとして訴えを退けた.適合性は以下のよう に問題とされた.
「法治国家の原則は侵害されていない.特定の所有物に対する課税が法律 によって追求された経済政策的・為替政策的目的に全く非適合であるという 申立人の告発は,資本の還元という観点からは根拠付けられない.」
このように連邦憲法裁判所は,目的達成手段が全く非適合であることが根拠 付けられなければ,適合性を認める判断をした.後の判決では「全く非適合」
の部分が先例として引用される.適合性が問われたにもかかわらず,問題な しとされた事例は数多い.上述の定式が引用される事例では,詳細な形では 立法目的と達成手段の関係は審査されていないことが多い.
段階説17)はこの事態に一つの説明を与えてくれているかもしれない.適合 性違反が認められた3件の判決は,それぞれ全面禁止(同乗斡旋センター判 決),主観的許可条件(小売業判決,鷹匠判決)であり,緩い統制密度18)が認め られる単なる職業行使の制限ではないことである.ここから,基本権を保護 すべき加重要件がある場合に厳しく審査していることが見て取れる.適合的 がどうかを判断している判決を確認し終わったので,異なった形での定式化 である「その手段を用いることによって望まれた成果が促進されうるのか」
を問題とした判決を見ていく19).
③違う形式で適合性を判断した事例
近年ではこの事例も多いので,多くの判決に引用される判決の適合性審査 の部分を中心に見ていく.
1つめは法律によって私人に対して石油の備蓄を求められた事例である20).
16) BVerfGE 19, 119 (127)
17) 段階説とは職業の自由に対する制限を,厳しい方から客観的許可制限,主観的許可条件,職業 行使の規制と分け,制限の厳しさに応じて必要とされる正当性の程度を変えるという理論.訳語 選択の理由や具体的内容に関しては[淡路2011]
18) 統制密度とは,制限される権利の内容や様態に応じて,憲法上の審査の厳しさを変えるという 理論である.
19) [ シ ュ テ ル ン 2009:315,Jarass/ Pieroth 2009:511,Grabitz 1973:570,Heusch 2003:38,
Hirschberg 1981:52]
20) BVerfGE 30, 292 (316)
連邦政府は石油等の輸入の流れが短期的に中断することに備えて,石油の 最低限の備蓄量を定める法律を制定した.憲法異議申立人は独立の輸入業の 企業グループに所属する企業であり,申立人は法的な石油備蓄義務によって,
基本法12条1項,14条1項21),2条1項,3条1項22)が侵害されると主張した.
連邦憲法裁判所は,憲法異議が部分的にのみ根拠があるとして,一部を違 憲と判断したが,公的な課題のために私人に特定の任務を引き受けさせるこ と自体は憲法違反ではないとした.適合性は以下のように問題とされた.
「立法者によって使用された手段は,目標を達成するために適合的であり,
かつ必要なものでなければならない.その手段を用いることによって望まれ た成果が促進されうるならば,その手段は適合的である.同じように有効で あるがより基本権を制限することが少ない他の手段を選びえないならば,そ の手段は必要なものである.」
連邦憲法裁判所は上記のように述べた後,考察の場面では具体的に適合性 が審査されることなく必要性の審査に移った.この判決の「その手段を用い ることによって望まれた成果が促進されうるならば,その手段は適合的であ る」部分は後の判決でも度々踏襲される.
もう一例だけ簡単に見てみる.健康保険医への報酬分配が問題とされた事 例である23).
1960年の健康保険組合の報酬分配基準は,診療報酬を削減するものであっ た.憲法異議申立人は3人の医者であり,基本法2条,3条,12条,14条の権 利が侵害されたと主張した.適合性は以下のように問題となった.
「ここで争われている職業行使の規制は,規範制定者が使用した手段が目 的を達成するために適合的でかつ必要なものでなければならないという前提 を満たす.その手段を用いることによって望まれた成果が促進されうるなら ば,その手段は適合的である.報酬の削減は,保険医の活動を制限しそれに よって目的に適した十分な医療行為を促進するので,原則的に適合的である」
とした.
21) 第14条 [ 所有権,相続権,公用収用 ]
(1) 所有権および相続権は,これを保障する.内容および制限は,法律で定める.
22) 第3条 [ 法の前の平等 ]
(1) すべての人は,法の前に平等である.
23) BVerfGE 33, 171 (187)
他の事例でも立法者の予測余地など強調して,実質的な適合性審査を行わ ないことも多い.近年ではこの定式で適合性が審査されることが多い24).
④抑制的な審査基準
注目すべきなのは,連邦憲法裁判所はいくつかの例外的な事例を除いて抑 制的な審査基準を採用していることである.連邦憲法裁判所は上記の判例を 引用しながら,適合性審査は「客観的に役立たない」「客観的に非適合」「完全 に非適合」かどうかを審査するだけであるとした25).また「その手段を用い ることによって望まれた成果が促進されうるのか」という定式化も完全な適 合性を要求するのではなく,部分的な適合性を要求するのみであるので,抑 制的な審査基準といえる.違った形での基準の緩和を示した事例として,目 標達成の抽象的可能性で十分とした BVerfGE 100, 313 (373) がある.遠距離 通信の監視が問題とされたこの事例では,目標達成の可能性は具体的である 必要はなく,抽象的可能性で十分とされた.
基準が抑制的である理由は,立法者の評価優先権や法律形成余地と絡めて 述べられることが多い[シュテルン 2009:316].「ある法律の目的有効性は,
実際のその後の展開に基づいて判断できるものではなく,立法者は,自己の 視界から,当該措置が定められた目標を達成するために適合的であるという 前提をとることが許されたか否か,すなわち,経済政策的連関の判断に際し て,立法者の予測が事物にかない,主張可能であったか否かを判断するにす ぎない.」(BVerfGE 30, 250 (263))26)そのため,法律の適合性が問題となる時 は,原則として判決時点で立法者の予測が間違っていたことが明らかだった としても,それだけでは措置の違憲性の根拠にならない.(BVerfGE 25, 1 (12f.
))そのため,適合性が否定される事例は「措置が,法律交付の時点で明らかに 目的に適さないと認定され得た場合」のみとなる.(BVerfGE 30, 250 (263))27)
24) BVerfGE 39, 210 (230); 40, 196 (222) ; 63, 88 (115) ; 67, 157 (173) ; 70, 278 (286) ; 77, 84 (108) ; 78, 38 (50) ; 81, 156 (192) ; 96, 10 (23) ; 100, 313 (373) ; 103, 293 (307). など数多くの判決がこの形式を 使って適合性の判断をしている.
25) BVerfGE 30, 260 (263f.)[シュテルン 2009:315,Grabitz 1973:572,Grzezick 2006:43f.]30, 252 (263 f. ) ; 47, 109 (117) ; 61, 291 (313 f. ) ; 65, 116 (126) ; 69, 1 (53) ; 71, 206 (215) ; 73, 301 (317) 26) BVerfGE 39, 210 (226) ; 71, 230 (250) ; 77, 84 (109) なども同様の定式化.
27) BVerfGE 39, 210 (230) ; 77, 170 (215) ; 86, 90 (109) なども同様.
(3)学説
①学説による整理
連邦憲法裁判所の比例原則に関わる判決を学説上整理した代表的論者は Grabitz である.Grabitz は適合性を数多くの判決中から「『その手段を用い ることによって望まれた成果が促進されうる場合』手段は目的を達成するた めに適合的である」と抜き出して定式化した.その上で,そこから2つの帰 結を導き出した.一つは完全な適合性が求められているのではなく,部分的 な適合性が求められているに過ぎないこと.もう一つは,投入した手段が目 的を達成していなかったとしても,それだけでは違憲にはならないというこ と.そのため,疑い無く違憲であるのは,目的を達成するために最初から不 適合であるような措置のみであるとした[Grabitz 572].
この Grabitz の説明は他の論者にも受け入れられていく.例えば,Stern はいくつかの適合性の定義を概観した後,部分的適合性で足りることが一般 的に認められていると述べ,その上で連邦憲法裁判所は「手段が『全く非適 合的』かどうか,『根本的に非適合的』であるかどうか,…『その手段を用い ることによって望まれた成果が促進されうるのか』を問う」という形で説明す る[シュテルン315].また Jarass も,「適合性命令は,望まれた結果を促進 しうる手段の投入,もしくは目的達成の可能性を要求する」と定式化し,その 後は部分的適合性や目的達成の抽象的可能性について述べ,抑制的に説明し ている[Jarass/ Pieroth 2009:511].Sacks もまた適合性を「追求している 結果が促進される」ことと定め,その後は審査が緩和される条件について述 べている[Sacks:816]28).
細かな論点での説明の食い違いや批判はあるが29),大きな対立は存在せず,
学説においては大まかな合意が出来上がっているといえる[Hirschberg 1981].
28) Pieroth/ Schlink の教科書では「適合性は,国家が介入によって創りだす状態と,追求される目 的が実現されたとみなされる状態が,現実についての実証済みの仮説によって媒介される関係を 有するということを意味する」[ピエロート / シュリンク2001:95]という有名ではあるが,しば しば複雑すぎるという非難[Heusch 38;シュテルン314]を受ける形で定式化されている.
29) 目的や手段をより上位の法に照らして評価することは適合性審査の一部ではない.[Heusch 2003:38f.]目的と手段が違法でないか,特に違憲でないかの検討は,適合性審査の前に行われる.
もし,目的や手段が違法や違憲なものであれば,その時点で許されない規制や措置となるので,適 合性をはじめとする比例性の問題にならない.
②学説による補完
学説には,判例が不十分にしか提示・説明しなかったものを補完する役割 がある.そこで判決本体だけでは不明確であった個々の要素を,学説がいか に補完して説明しているかを見ていく.
措置や手段が非適合であると判断されるのは稀であること[シュテルン:
316],多くの事例で適合性審査は,手段と目的の非適合性を「客観的」,「明 らか」もしくは「根本的」なものに限定していることから,抑制的な審査基準 であるとされる.抑制的に使われる理由としては,適合性の予測の難しさや 立法者の予測余地と民主的正当性の尊重が挙げられる[Hirschberg 1981:
52].そのため,立法者に敬譲を示す必要がある場合は,手段が目的にとって 完全に適合的である必要はなく,部分的に適合的であればよいし,適合性の 判断は判決時ではなく立法時が基準とされる[Grabitz 1973:572].特に立 法者の形成余地を広く認めるべき領域では,目標達成の可能性は具体的であ る必要はなく抽象的可能性でよいとされたのも,同様の理由である.
また判決から導かれる帰結で注目すべきは,適合性審査は様々な目標達成 手段間の比較考量を行わないし,目的と手段の間の比較考量も行わないので,
このことから必要性,狭義の比例性とは異なった論理構造によって特徴付け られていることである[Heusch 2003:39].言いかえるならば,他の部分原 則と違い,最適化命令は存在しないのである[Sacks 2007:816].つまり,使 用される手段が最良のものもしくは最も適合的なものでなくてもよいのであ り[Jarass/ Pieroth 2009:511],ただ単に目標達成を促進するかしないかが 問題とされるのみである.
全体としては「措置は,それを用いることによって望まれた結果に近づく のであれば,適合的である.措置が非適合であるのは,その措置が意図され た目的の達成を阻害するか,目標に対してなんの作用も展開しない場合であ る」[シュテルン 2009:314,Schnapp 1983: 854]とまとめられる.
(4)小括
ここまで判決と学説を見てきた.そこで,そこから得られた適合性審査が 意味していたもの,適合性審査のメルクマールを確認したい.
まずもって確認できることは,適合性審査とは,目的手段関係を審査する
ものであり,抑制的な審査基準であることである.ただし抑制的な審査基準 であるが,統制密度によって審査の強度に差異がある.立法者に敬譲を示す 必要がある場合は,目的達成に部分的に適合的であればよいし,事例によっ ては目的達成の抽象的可能性で十分となることもある.逆に基本権をより強 く保護すべき理由がある場合は,実体的に手段と目的の適合性を審査するこ ともある.また他の部分原則である必要性審査・狭義の比例性審査との違い として,他の目的達成手段との比較を必要としないこと,すなわち最適化命 令が存在しないことが挙げられる.
3.日本の憲法判例への示唆
石川は判例解説30)の中で,日本の「憲法判例の中で,立法目的との適合性の 意味で『合理性』を用いる用法は,ほぼ確立した」と述べている.[石川2005:
294]適合性審査と合理性審査(もしくは合理的関連性審査)31)の関係は,単に 日独比較をすれば済む問題ではない.それは,まさに日本の憲法判例をどう 読むのかという,日本国内で論争的な問題領域を含むので,ここまでドイツ の議論のみを追いかけて適合性審査の内容を確定することに力点をおいた本 論文の扱える範囲を超える.
また日本の憲法判例を,比例原則と統制密度の議論で説明できるとした小 山の議論の可否を論ずることも,同様の理由から本論文の扱える範囲を超え る.
ただいくつか確認できることして,日本の最高裁が合理性について語ると きに目的手段関係を問題とする点に,ある程度の共通性を見出すことは可能
30) 共有林分割規定違憲判決
森林法の共有林分割規定が憲法29条違反であるとして,違憲無効という判断を受けた判決.石 川はこの判決理由に以下のように小見出しを付けた.「公共の福祉」との適合性その1(立法目的),
「公共の福祉」との適合性その2(立法目的達成手段としての「合理性」と「必要性」).
31) 厳格な合理性→合理的関連性→明白性という3区分は,二重の基準論が前提とする芦部型の区 分と違う.芦部型の3区分は厳格な審査→厳格な合理性→明白性なので,芦部型でいう厳格な合 理性と明白性の間に合理的関連性というもう一つの基準を見出す.
であろう.ここに差異性を見るのか共通性を見るのかも,論者によって違い が出ることは容易に想像できる.まずもって必要なことは議論の前提なる事 実を冷静に客観的に把握することである..本論文が,基本となる考え方は さておき,日本の憲法学用語としてはあまり馴染みのなかった適合性審査の 理解の一助となれば幸いである.
上述の通り,比例原則は適合性審査,必要性審査,狭義の比例性審査とい う3つの部分原則から成り立つものである.必要性審査や狭義の比例性審査 は,適合性審査のように抑制的な基準ではなく,むしろ比例原則の中心を占 めているのはこの両者といっても過言ではない.そして,これらの審査は,
適合性審査に比べるとドイツ国内でも様々に位置付けられ,議論も活発であ る.今回の論文で積み残したこれらの議論は,他日において取り上げ検討し たい.
方向性としては,形式的な要件(例:精神的自由権か経済的自由権か,消極 的規制か積極的な規制か)のみに注目して違憲審査基準を決めることのナン センスさを述べ,その代わりに実体に即した論証なり正当化なりを要求する 石川の議論には大筋賛成である.ただし,日本の判例に存在する比例原則的 な考えを,どのように取り出し,名付けていくかはこれからの課題である.
その際に,ドイツの議論と適切な距離を取ることが,日本の違憲審査基準論 の議論を深めていくためにも重要であろう.
参考文献
芦部信善[2015]『憲法 第6版』(岩波書店)
青井美帆[2010]「三段階審査・審査の基準・審査基準論」ジュリスト1400号68頁 三宅雄彦[2011]「論証作法としての三段階審査」法学セミナー 674号
宍戸常寿[2005]『憲法裁判権の動態』(弘文堂)
須藤陽子[2010]『比例原則の現代的意義と機能』(法律文化社)
淡路智典[2011]「憲法上の比例原則の構造と段階説」社学研論集17号118頁
石川健治[2005]「法制度の本質と比例原則の適用」LS 憲法研究会編『プロセス演習憲法〔第 2版〕』
[2002]「憲法解釈学における『論議の蓄積志向』」法律時報74巻7号 市川正人[2011]「最近の『三段階審査論』をめぐって」法律時報83巻5号
高橋和之[2009]「違憲審査方法に関する学説・判例の動向」法曹時報61巻12号3609頁 [2011]「『通常審査』の意味と構造」法律時報83巻5号
松本和彦[2001]『基本権保障の法理』(大阪大学出版会)
[2010]「三段階審査論の行方」法律時報1034号
駒村圭吾[2008]「憲法的論証における厳格審査」法学教室338号40頁
君塚正臣「2009」「二重の基準論とは異質な憲法訴訟理論は成立するのか」横浜国際経済法 学18巻1号
阪口正二郎[2010]「憲法上の権利と利益衡量――切り札としての権利とシールドとしての 権利――」一橋法学9巻3号
柴田憲司[2010]「憲法上の比例原則について(1 ~ 2・完)」法学新報116巻9・10号183頁,
116巻11・12号185頁
シュテルン[2009]『ドイツ憲法Ⅱ』(信山社)
ピエロート/シュリンク[2001]『現代ドイツ基本権』(法律文化社)
小山剛[2016]『憲法上の権利の作法 第3版』(尚学社)
M. Sacks[2007]Grundgesetz Kommentar, 4. Aufl., München.
B. Grzeszick[2006] Art.20 Ⅶ , in : Maunz und Dürig (Hrsg.), : Grundgesetz Kommentar, München.
Jarass/ Pieroth[2009]Grundgesetz für die Bundesrepublik Deutcheland Kommentar, 10. Aufl. München.
L. Michael[2001]Die drei Argumentatinsstrukuturen des Grundsatz der Verhältnismäßigkeit, JuS 2001, Heft 2, 148-155.
M. Kloepfer[2003]Die Entfaltung des Verhältnismäßigkeitsprinzip, in: Schmidt- Aßmann(Hrsg. ), Festgabe 50 Jahre BVerwG, Köln, 329-346.
L. Hirschberg[1981]Der Grundsatz der Verhältnismäßigkeit, Göttingen.
F. E. Schnapp[1983]Die Verhältnismäßigkeit des Grundrechtseingriffs, JuS 1983, Heft11, 850-855.
A. Heusch[2003]Der Grundsatz der Verhältnismäßigkeit im Staatsorganisationsrecht, Berlin.
E. Grabitz[1973]Der Grundsatz der Verhältnismäßigkeit in der Rechtsprechung des Bundesverfassungsgerichts, AöR 98, Heft 4, 568-616.
B. Schlink[2001]Der Grundsatz der Verhältnismäßigkeit, in: Badura- Dreier(Hrsg. ), Festschrift 50 Jahre Bundesverfassungsgericht.
K. Stern[1993]Zur Entstehung und Ableitung des Übermaßverbots, in: Badura- Scholz(Hrsg. ), Wege und Verfahren des Verfassungslebens, München.
F. Ossenbühl[1993]Maßhalten mit dem Übermaßverbot, in: Badura- Scholz(Hrsg. ), Wege und Verfahren des Verfassungslebens, München.
[1997]Der Grundsatz der Verhältnismäßigkeit, Jura 1997, Heft 12, 617-621.
W. Krebs[2001]Zur verfassungsrechtlichen Verortung und Anwendung des Übermaßverbots, Jura 2001, Heft 4, 228-234.
M. Genz [1968]Zur Verhältnismäßigkeit von Grundrechtseingriffen, NJW 1968, Heft 35, 1601-1607.