寺の妻考
キーワード:浄土真宗本願寺派、坊守、宗教、ジェンダー 人間共生システム専攻 河野 桜子 問題と目的 宗教に携わる女性や僧侶の妻を対象とした議論は、近年 盛んに沸き起こっている。 本来肉食妻帯を禁じる仏教において矛盾した存在として 認識される論が展開される一方、彼(ないし彼女)たちの 存在失くしては寺の運営が成り行かないと指摘する論も多 く、日本仏教の運営にあたっては2つの言説が巧みに使い 分けられてきた。たとえば、女性行者に対しては不浄であ るからと山の立ち入りを禁止するのに対し、強力(ごうり き)(荷物運び)の女性たちは女性であることを理由に立 ち入りを制限された場所は1つもなかったと語った事例な どである。 その現状を憂い、国内では曹洞宗僧侶の妻と研究者であ る立場から川橋氏が議論を牽引しており、曹洞宗僧侶の妻 たちが置かれてきた現状や彼女たちの声を多く集め、曹洞 宗宗憲の改革に力強く乗り出している。 本論は川橋が行ってきた研究を踏襲しつつ、浄土真宗本 願寺派の僧侶の妻たる坊守たちの生活を描き出すものであ る。 出家主義を貫く曹洞宗において、僧侶の妻たちは教義的 にいないものとして扱われ、ひどく曖昧な地位に甘んじて 来ざるを得なかった。同じ僧侶の妻であっても、開祖であ る親鸞が妻帯している背景を持つ浄土真宗においての在り 方はどのようなものであるのかを描き出すのが本論の目的 である。 人類学のメレディスは宗教において男性と女性の果たす 役割は区分されており、男性は対外的・宗教的で高い地位に、 女性は家庭的・事務的で低い地位にあることを指摘してい る。 「男性は知的成長、聖典についての議論、正統派の共同体の 人に対して期待される宗教法の慎重な適用を重視するだろ う。対象的に、女性には儀礼的義務がほとんど無く、それら のうちのどれ 1 つとして公的なものではない。女性の宗教 は、安息日のパンを作ること、子どもたちに教えること、家 の男たちが公的な宗教役割に参加できるようにすることな どのように、おそらくより家庭に焦点が置かれるだろう。」 (メレディス 2008:199) この指摘は日本の仏教においても共通する。たとえば、 臨済宗が発行する『寺庭婦人ノート』を見てみると、女性 に期待されるのは住職である夫を支える貞淑な妻としての ふるまいであり、彼女たちに期待される役割は宗教家とし てのものでないことが読み取れる。「檀家の人には、寺庭 婦人は宗教的使命をもった役職であるという考えは薄く、 あくまでも住職の奥さん、つまり普通の主婦、として見て いるのです。また、お寺は広くて静かで、心の落ち着く場 所でありますから、そこに住んでいる奥さんも、やはりも の静かに上品に、着物など来て茶道、華道にいそしんで… …と思っている人も、決して珍しくありません。(中略) 寺庭婦人自身も、地域の人と親しく交わり、冗談すら言い 合える間柄となれることはもちろんですが、心の奥では常 に敬愛の念を抱いてもらえるような品格を持てるよう、自 分を磨くことを忘れずにいたいものです。」[佐藤1997: 7]この言説に対する賛否は範疇外ではあるが、宗派内では 僧侶の妻には宗教人としての役割を求めることはない。ま た、日々の暮らしにおいても「家事も、禅の修行をしてい るのと変わらないわけです。」[佐藤1997:23]と述べ、あ くまで家の一切を担うことが彼女たちにとって果たすべき 責務であり、宗教的資質についてはほとんど言及が見られ ない。余談ではあるが、この『寺庭婦人ノート』は一貫し て一人称に「私たち」を用いて僧侶の妻に寄り添う形で書 かれているものの、筆者の名前を見るに女性であるかどう かは甚だ疑問が残るところである。 宗門が発行する雑誌で議論をけん引するのが男性である傾向は今に始まったことではない。1901年に創刊された仏 教婦人雑誌『家庭』は、特に浄土真宗の女性をターゲット としたものであったが、創刊号に寄せられた記事は男性の 手によるものばかりである。のちに投書コーナーで仏教婦 人同士のやり取りが散見されるようになり彼女たち自身が 己の果たすべき役割を模索する姿を見ることができるもの の、そこにはやはり女性の役割を家庭内に限定するような 思考が散見される。 「『家庭』は『小社会』であり、その『小社会』が『女 子』の責任を果たす場所であり、『男子』は、社会に活動 すべきであるという。また『主婦』は、『文部兼内務大 臣』と美化される。『男子』と『女子』との活動の領域が 設けられ、『女子』の任務とは、『家庭』の『主婦人』と して、『家政を改良し子女の教育を完全にし、小社会の個 人として大社会に貢献する所の人物と』することである。 そして、具体的になすべき『家政』とは、『家事衛生と実 際的教育』であり、『家事は家庭の整理に要し、衛生と身 体の健康を計り健全なる子女を挙ぐるに必要で実際的教育 は児女を教育せらるゝに最も欠く可からざるもの』と強調 されている。『家庭』と一般社会とを『小社会』と『大社 会』とに分けながら、『男子』にとっては『大社会』が責 任のある場所であり、『小社会』たる『家庭の任務は全 く』『主婦人』たる『女子』にあると論じられている。」 [福島2003:190,191] 「ほかにも、『家庭』では同様の 『家庭』における『男女』の役割期待が、次のように語ら れている。(中略)『女子の職分』は『純家庭の仕事』と され、役割として、良妻賢母的『女子』が期待されてお り、その細目は子育て、料理、家庭経済、『夫を慰めるこ と』、『室内の装飾』、掃除、祖父母の看護孝行まで多岐 にわたっている。(中略)したがって、『男にとっては避 難所であっても、そこで愛と慰めを供給するように期待さ れている女にとっては、家庭は職場の一種にすぎない』の である。まさに『みなこれ婦人の仕事』である。」[福島 2003:191,192]といった具合である。 女性を家庭に留め、宗教人としてではなく家庭を支える 支援者としてのみ役割評価をする一方、制度上の保護策や 立場の保証がほとんどないとして日本仏教の制度に異を唱 えたのが川橋範子氏である。 川橋氏は僧侶の妻としての経験や人生が決して画一的な ものでなく、彼女たちの自己実現のあり方はさまざまな形 であるべきだとした上で、自身が僧侶の妻として所属して いる曹洞宗において性差別的役割を取り除くための制度の 改革が必要だと訴えている。僧侶の妻を一つの形に当ては めて役割期待するのではなく、それぞれの経験を生かして 働くことができるよう制度を整え、女性の声を反映できる よう組織にも変化をもたらすべきだというのがその主だっ た主張である。たとえば、子育てを女性にだけ役割期待す るのではなく、まずは宗門が男性僧侶へ子育ての参画を促 すべきであり、後継者育成は、僧と寺族に平等に担われる べきだといった論である。家事に男も参画することで、女 性の負荷を減らし、寺の中で専門的な役割につく時間を僧 侶の妻にも与える改革を求めている。(Kawahashi 2012: 377-379 要約) 宗教的役割を女性も果たすことができれ ば、宗門が彼女たちに地位を認め制度の上で一定の保護を 与えることができるだろう。「私達に働けと言うが、夫が 死んだとき何の保証もない。私達を寺族の女性として支え てくれるガイドラインが、どこかにあるはずだ」[Sotoshu Shumucho Kyogakubu 1982, p.43]との訴えは切実であり、 身を粉にして働く女性たちに相応の救済が与えられてしか るべきである。住職の妻である女性たちの立場が非常にあ いまいである現状を脱却し、彼女たちの立ち位置をもっと 積極的に認めることが、日本仏教全体に新たなエネルギー を吹き込むのだと、川橋氏は唱える。 そもそもなぜ日本仏教において女性の立場は忌まれるも のとして扱われているのだろう。西口順子氏をはじめとし た古代史分野からは、女性と仏教の視座を女性たちの手記 から読み解く研究が積極的に行われている。西口氏によれ ば、日本仏教は僧侶たちを生み育てた母としての女性たち を無視することができず、女性である彼女たちの往生を支 える言説を生み出していた。日本仏教は、女性を一概に排 してはおらず、彼女たちを擁する議論を展開する側面も持 ち合わせている。 以上の論を踏まえたうえで、福岡における浄土真宗本願 寺派の僧侶の妻、坊守に調査を行う。 方法 研究方法 ・坊守への聞き取り ・行事への参与観察 研究対象 ・浄土真宗本願寺派に属し、福岡県福岡市に位置する「福 岡教区」の坊守 なお、彼女たちの希望により寺の名や所在地、坊守の名 は伏せてある。 浄土真宗本願寺派と現在のその勢力、福岡教区、坊守につ いて 文化庁発行の宗教年鑑を紐解く。
全国には77,206カ寺が存在するが、その中でも10,182カ 寺に及ぶ勢力を誇るのが浄土真宗本願寺派である。 信者数は7,919,171人にも及び、これは日本全国の仏教 系の信者の約10%に当たる人数にあたる。また、福岡県に は2,379カ寺が存在するが、これは全国で10番目に多い寺 院数となっている。(それ以上は多い方から順に、愛知、 大阪、奈良、滋賀、京都、千葉、東京、新潟、静岡)※平 成29年度宗教年鑑参照 そのうち568カ寺が浄土真宗本願寺派であり、ほぼ4カ寺 中1カ寺が浄土真宗本願寺派であることが窺える。 浄土真宗本願寺派は全国に31教区の教区を持ち、32,227 名に及ぶ僧侶を抱える。それらが522組の組(そ)に分割 され、それぞれの土地で宗教活動を展開する基盤としてい る。現代の仏教の動向を概観するにあたって、看過できな い宗門であることが数字の上からもうかがえる。 では、福岡県福岡市が浄土真宗本願寺派においてどのよ うに区分されるかを整理しよう。 福岡県は第五連区に位置し、福岡教区と北豊教区に区分 されている。 そのうち福岡市は福岡教区に区分されており、粕屋組、 那珂組、福岡組、早良組、志摩組、怡土組の6組に区分さ れている。 今回焦点を当てるのは、そのうち一つの組(そ)で あ る。 この組には30あまりの寺院があり、ほとんどが住宅街に 位置している。立地においては地下鉄西新駅、藤崎駅から バスでアクセス可能な地帯に位置しており、七隈線の橋本 駅がエリア内に位置することから、程よく都会的な流動性 を持つ一方、農村的な性格を兼ね備えた地域であると言え る。 開山から350~400年ほどの歴史をもつ寺がほとんどであ り、地域住民と寺の付き合いは、人口の流動性が低いこと から、数世代に及んで安定している。 最後に、坊守は浄土真宗本願寺派ではどのように規定さ れているのか押さえておきたい。 『本山典礼』によれば、その第15条に、「(本願寺坊 守)第15条 住職の配偶者を、本願寺坊守(以下「坊 守」という。)という。2 坊守は、宗門の裏方に就任す る。」として坊守の地位についての規定している。また、 同17条法灯伝承の順序に「住職は、世襲制であって」との 明文が存在する。 このことが浄土真宗における女人の文脈を、他宗派と大 きく区別している。 例えば禅においては、女人の存在に抵触されることはほ とんどない。多くの住職が妻帯しているが、それは「実際 は存在するが便宜上はいないもの」としての存在である。 また、『宗教法人「浄土真宗本願寺派」宗規』の第53 条には、寺族としての地位についての明文があり、 「寺族とは、第2条の目的を遵奉し、当該寺院備付の寺族 名簿に登録された者をいう。2 寺族は、仏祖の御恩に感 謝し、住職又は住職代務を補佐して、この宗門及び本山並 びに所属する寺院の護持発展に努めなければならない。 (門徒、信徒及び門徒総代)」として記され、住職の家族 は寺に寄与することが期待されている。 結果 実際にフィールドに出て目の当たりにしたのは、僧侶の 妻でありながらも住職資格を持ち、自らも僧侶として機能 することのできる女性たちの姿であった。浄土真宗本願寺 派が女性の得度に対して比較的緩やかな制度をとっている ため、住職の妻でありながら住職資格を保持している女性 が非常に多かったのである。 住職資格を保持するに至った経緯は、夫にもし何かが起 きたら自分が寺を守らなくてはならないとの未来に対する 不安や、実務において寺に住職が二人いると利便性が高い こと、檀家からの急な依頼に応じる機会を増やすことがで きるという業務的な理由がほとんどである。その背景に は、信仰心を理由とした人や、自分の生まれ育ち(寺の出 身であること)を理由とする声も聞かれた。生まれ育ちの 言及について印象深いのは、「おかげ」「ごえん」「お育 てを受けた」との語りが多く聞かれた点である。 一方で、小さいころから法事を手伝っていたり日々のお 勤めで経験があるなどの理由で人前の読経や説法にはあま り負荷を感じないものの、寺を双肩に担うことの重圧は決 して楽なものではなく、檀信徒や近隣の住職、実家の寺な どの支えを受けたおかげで寺を守ることができたとの語り も聞くことができた。住職としての実際の業務を果たすこ とと、住職としての立場に立つことにはかなりの精神的隔 絶があることがわかり、住職という肩書には宗教的象徴と しての役割だけでなく、寺そのものの顔としての機能があ るのではないかとも考えられる。 また、先行研究ではあまり言及がなかったリーダーとし ての姿も観察された。僧侶に対しては従属的な立場に位置 づけら、その観点から記述されることの多い坊守だが、仏 教婦人会や地域住民を前にした時は強いリーダーシップ性 を発揮していたのである。寺における行事において司会・ 進行役などを務める表での活躍はもちろんだが、行事に参 加した地域住民をお汁粉や菓子などのふるまいなどでもて
なす折は、その段取りや実行において仏教婦人会に所属す る女性たちに指示を出し、てきぱきと会を進行させる手腕 がいかんなく発揮されていた。もちろん、寺でどのような 行事をどう行うかを計画し、実行までこぎつけるのも彼女 たちの役割によるところが大きく、地域へ配布するチラシ などの作成や業者の選定に至るまで、僧侶の妻の資質によ るところが大きいのである。 地域コミュニティとしての寺にも着目したい。今回調査 で訪れた寺の多くが、花、ネイル、歌、茶道などの教室を 独自に開講しており、檀信徒以外の地域住民とも交流を持 っていた。住職による開講も存在するが、教室の講師はほ とんど僧侶の妻が担うか、あるいは僧侶の妻の知人が講師 として招かれている。僧侶の妻一人ひとりがそれぞれの経 験やネットワークを活用することで、寺の活動がより多彩 なものとなり、地域住民たちの出会いや集いの場としての 機能を果たしつつある姿も見受けられた。 考察 この研究から明らかにされたのは、住職になるための制 度的な敷居を下げることで坊守としても住職としても技能 を持つ女性の登場を促すことの重要性である。法要などの 活動を通じて檀信徒と関わった経験を持つ僧侶の妻たち は、より積極的に寺の運営に携わることができるようにな り、寺での活動そのものの活性化に大きく寄与している。 僧侶の妻たちが単なる受動的な窓口としての役割に埋没 することなく主体的に寺の運営に関与すること、そのため の土壌がはぐくまれているか否か。もっと言うなれば、僧 侶だけでなく僧侶の妻も寺の顔として機能するだけの存在 感を持ちうるかどうか。 資格を保持していれば、夫の僧侶を亡くしても「住職」 として寺に残ることができる。例えば、住職との婚姻関係 を保持する女性に対しては認定に必要な研修の期間を短く 設定するだとか、日程を連続して設定せず数回に分けての 受講を認めるだとか、ウェブカメラを経由して通信での受 講を認めるなどして住職資格取得のための敷居を下げる優 遇措置を取ることで、より多くの女性が得度できるのでは ないだろうか。性別による分業の意識が薄れ、男女が平等 に役割を担う時流の中で、日本仏教が女性の参画において 立ち遅れるメリットはない。出家主義がもはや形骸化して いるのであれば、それに合わせて制度そのものに見直しが 図られてしかるべきであるとの川橋氏の主張はもっともで ある。 僧侶の妻たちが補助的な役割だけでなく中心的な役割を 担えるようになることで、寺全体が活性する。寺での活動 が活発化すれば地域での交流も盛んになり、それが新たな 檀信徒を呼び寺がまた活気づく。僧侶の妻たちが多く得度 することで、そんな好サイクルを描くことができはしない だろうか。 与えられ期待された役割の中で硬直させられるのではな く、自ら活発に寺をけん引する女性たちの活躍が日本の仏 教に新たな活力を与えるものと信じてやまない。 主要引用文献
Noriko Kawahashi 2012「Jizoku(Priests’ Wives) in Soto Zen Buddhism: An Ambiguous Category」Lucia Dolce edit『JAPANESE RELIGIONS volumeⅢ The Practice Of Religion』Sage Benchmarks in Religious Studies 川橋範子・黒田雅子2004『混在するめぐみ』人文書院 佐藤今朝夫1995『寺庭婦人ノート 『臨済宗現代住職学講 座』別冊』国書刊行会 女性と仏教 東海・関東ネットワーク2004『ジェンダーイ コールな仏教を目指して』朱鷺書房 西口順子1987『女の力 古代の女性と仏教』平凡社 福島栄寿著2003『思想史としての「精神主義」 』日本仏 教史研究叢書 吉田一彦、勝浦令子、西口順子1999『日本史の中の女性と 仏教』法蔵館 脇田晴子、S・B・ハンレー編1994『ジェンダーの日本史 上』東京大学出版会