江戸川乱歩『D坂の殺人事件』論・序説 : 雑誌「
新青年」における「国民性」への要請
著者 穆 彦?
雑誌名 人文論究
巻 68
号 3
ページ 23‑41
発行年 2018‑12‑10
URL http://hdl.handle.net/10236/00027489
江 戸 川 乱 歩 ﹃ D 坂 の 殺 人 事 件 ﹄ 論 ・ 序 説
││ 雑 誌
﹁新 青 年
﹂に お け る﹁ 国 民 性﹂ へ の 要請
│
穆
│彦 姣
序 江戸
川乱 歩の 短篇 小説
﹃D 坂の 殺人 事件
﹄が 雑誌
﹁新 青年
﹂に 発表 され たの は大 正十 四︵ 一九 二五
︶年 一月 のこ と で ある が︑ 実際 に執 筆さ れた のは
︑そ の前 年の 大正 十三 年 であ
る⑴
︒乱 歩 は 大正 十 二 年に 処 女 作﹃ 二銭 銅 貨﹄ を﹁ 新 青 年
﹂に 発 表 する こ と によ っ て︑ 作 家と し て の デビ ュ ー を果 た し て お り︑ そ の 後 も﹃ 一 枚 の 切 符﹄ や﹃ 恐 ろ し い 錯 誤
﹄な ど︑ いく つか の短 篇を 次々 と発 表し てい った が︑ 彼自 身が 回想 記の 中で 大正 十二
︑十 三年 度の 執筆 活動 を﹁ 余 技 時 代﹂⑵ と 認 識し て い る よう に
︑作 家 はそ の 時 期 の乱 歩 に とっ て
︑ま だ 副業 に 過 ぎ なか っ た︒ 専 業作 家 に 踏み 切 れ な かっ た原 因は
︑小 酒井 不木 への 書簡 から 読み 取れ よう
︒ 先
生の 御意 見に よつ て愈 々決 心致 しま した
︒と 申し ます のは
︑大 分以 前か ら下 らぬ 仕事 に執 着し てゐ るよ りは 経 済 上の 困窮 は覚 悟し なけ れば なる まい けれ ど寧 ろ好 きな 探偵 小説 に専 念し た方 がよ くは ない かと 考へ てゐ たの で す が︑ 何分 文章 道に は素 人の こと では あり どう も自 信が つき 兼ね たも ので すか ら実 は先 生に あゝ して 御判 断を 願 二 三
つ た訳 です
︒︵ 中 略︶ 私 は本 年三 十一 才で
︵中 略︶ 妻子 もあ り︑ こん な幼 い 決 心を す る のに は 遅 すぎ る と 思 ひ大 分 躊 躇し た の です が
︑ 生 来病 弱で 一人 前の 肉体 的な 働き が苦 痛な のと
︑今 まで の職 業が 余り 感心 した もの でな い関 係上 色々 考へ た上 漸 く 決心 した 次第 なの です
︒⑶
書簡 の内 容を 纏め ると
︑経 済上 の考 慮と 文筆 への 自信 のな さが 主な 原因 とし て窺 える
︒し かし
︑様 々な 障碍 があ っ た にも 関わ らず
︑大 正十 三年
︑短 篇小 説﹃ D坂 の殺 人事 件﹄ と﹃ 心理 試験
﹄を 書き 上げ た乱 歩は
︑専 業作 家に なれ る か どう かに つい て判 断を 乞う ため に︑ 両作 をそ れぞ れ森 下雨 村と 小酒 井不 木に 送る とい う行 動に 出た
︒両 氏の 激励 に よ って
︑乱 歩は 月収 五六 百円 の高 給で 勤め てい た大 阪毎 日新 聞を 退社 し︑ 専業 作家 にな る決 心を 固め たの であ る︒ こ の よう に﹃ D坂 の殺 人事 件﹄ は乱 歩の 専業 作家 とし て の 出発 点 を 刻む 作 品 とな っ た が︑ 本 作に 対 す る乱 歩 の 自信 は
︑ 以 上の エピ ソー ドか ら読 み取 れる だろ う︒ また
︑以 降名 探偵 とし て乱 歩作 品の 中で 活躍 し続 けた 明智 小五 郎が 初登 場を 果た した のも 本作 であ る︒ 作品 は︑ カ フ ェ﹁ 白梅 軒﹂ で犯 罪や 探偵 につ いて 議論 して いる 語り 手の
﹁私
﹂と 明智 が︑ 偶然 古本 屋で 発生 した 殺人 事件 の第 一 発 見者 にな った 場面 から 始ま り︑ 事件 の真 相が 明智 によ って 鮮や かに 解明 され たと ころ で幕 を閉 じた
︒ 既に 先行 研究 によ って 度々 指摘 され てい るよ うに
︑こ れま での
﹃D 坂の 殺人 事件
﹄に 関す る研 究は
︑主 に二 つの 方 向 に分 かれ てい る︒ 一つ 目は
︑作 中に も明 言さ れ て いる 明 智 を代 表 と する 登 場 人 物に 通 底 する
﹁遊 民
﹂性 に 着目 し
︑ そ こか ら一 九二
〇年 代の 大都 市東 京に 纏わ る都 市問 題を 分析 する もの であ るが
︑そ の発 端と なっ たの は︑ 海野 弘氏 の 論 説で ある
︒
江 戸 川 乱 歩
﹃ D 坂 の 殺 人 事 件
﹄ 論
・ 序 説
二 四
私が 乱歩 の初 期の 探偵 小説 を一 九二
〇年 代現 象と 考え るの は︑
﹃ D坂 の殺 人事 件﹄ に典 型的 に見 られ るよ うに
︑ 犯 罪が 都市 遊歩 者の 目に よっ てあ ばか れ て いく か ら であ る
︒︵ 中 略︶ ここ で は︑ 古 本 屋の 女 房 やソ バ 屋 の主 人 と い った
︑ご く平 凡な 様子 の人 間が
︑き わめ て異 常な 欲望 を抱 えて いる こと があ から さま にさ れる
︒一 般の 人間 と 異 常な 犯罪 者が いる わけ では ない
︒一 般の 人間 にも 犯罪 者が ひそ んで いる のだ
︒都 市に おい て︑ 私た ちの まわ り の
︑平 凡な 隣人 たち は︑ 一挙 に謎 めい た不 気味 な︑ 不透 明な 存在 とな るの であ る︒⑷ 海野
氏が 指摘 する 都市 の中 で平 凡な 隣人 が﹁ 謎め いた 不気 味な
︑不 透明 な存 在﹂ にな った 原因 は︑ 後に 松山 巖氏 に よ って 次の よう に解 明さ れる
︒ 実は
﹁D 坂の 殺人 事件
﹂は 被害 者と 探偵 との 関係 のみ なら ず︑ 登場 する 人物 の互 いの 関係 がす べて 希薄 な上 に 構 成さ れて いる ので ある
︒﹁ 私
﹂と 明智 にし て も時 折
︑喫 茶 店で 会 う だけ の 関 係 であ る
︒ま た 古本 屋 夫 婦に し て も
︑最 後に おか みさ んが 浮気 して いた こと が判 明 す るが
︑古 本 屋 の主 人 は 妻の 行 動 を 少し も 気 にと め て いな い
︒ 古 本屋 の主 人は
︑被 害者 の夫 とい う重 要な 立場 に あ りな が ら︑ 文 中で は 全 く印 象 の な い男 と し て描 か れ てい る
︒ こ の登 場人 物相 互の 希薄 な関 係は どこ から 生じ てい るの だろ うか
︒多 分︑ それ は明 智と 古本 屋の 妻君 と﹁ 私﹂ と い う主 要な 登場 人物 のす べて が︑ 東京 にど こか らか 移入 して きた 故郷 喪失 者で ある ため と思 われ る︒⑸ 松山
氏は
︑大 正時 代に おけ る東 京人 口の 推移 に関 する 具体 的な デー タに よっ て︑ 東京 にお ける 急激 な都 市化 現象 の 実 態を 説明 し︑ そこ から 生じ た人 間関 係の 希 薄 さ こそ が
﹃D 坂の 殺 人 事件
﹄の 基 盤 と なる も の とし て い る︒ そし て
︑ 都 市 の 雑 踏と 希 薄 な人 間 関 係は
︑結 果 的 に 一方 通 行 の観 察 的 視 線を 普 遍 化さ せ た ので あ る︒ 松 山 氏 は こ の﹁ 一 方 通 江 戸 川 乱 歩
﹃ D 坂 の 殺 人 事 件
﹄ 論
・ 序 説
二 五
行
﹂な
﹁鋭 い 目 付 き﹂⑹
を 探偵 小 説 の原 動 力 と 認識 す る が︑ 実際
﹃D 坂 の殺 人 事 件﹄ にお い て
︑そ の よ う な 視 線 は 探 偵 行為 を行 った 明智 や﹁ 私﹂ に限 らず
︑登 場人 物全 般に 遍在 する もの と思 われ る︒ 例え ば︑ 事件 現場 の古 本屋 が密 室 と 見な され たの は︑ 裏路 地を 出た 所の 角に 店を 出し てい るア イス クリ ーム 屋と
︑屋 上の 物干 しで 尺八 を吹 いて いた 菓 子 屋の 主人 が︑ 犯行 時刻 にお いて 人の 出入 りは な か った と 証 言し た た めで あ る し︑
﹁ 私﹂ の推 理 の 核心 と な る浴 衣 の 柄 の問 題は
︑二 人の 間借 りの 学生 によ る目 撃 証 言 の食 い 違 いが 原 因 とな っ て い る︒ つま り
︑﹃ D坂 の 殺 人事 件
﹄に よ っ て示 され たの は︑ 他者 の視 線が 常に 存在 する 都市 空間 にほ かな らな いと 考え られ る︒ もう 一つ の方 向と して は︑ 作中 に明 智に よっ て説 かれ た ミ ュン ス タ ーベ ル ヒ の心 理 学 論 説と 聯 想 診断 法 に 注目 し
︑
﹃D 坂の 殺人 事件
﹄の 直後 に発 表さ れた
﹃心 理試 験﹄ と 関連 さ せ て︑ 乱歩 作 品 にお け る 精 神分 析 学 の応 用 の 系譜 を 問 題 とす るも のが 挙げ られ る︒ その 代表 とな った のは
︑一 柳廣 孝氏 の次 のよ うな 論説 であ る︒ フロ
イト
・ブ ーム に先 立つ 大正 末期 に︑ 連想 診断 の 原 理を 日 常 生活 の レ ベル で 応 用 して み せ た乱 歩 の 先見 性
︑ 独 創性 は高 く評 価さ れる べき だろ う︒ だが 一方 でそ れら の乱 歩作 品群 は︑ 欧米 探偵 小説 の動 向を ふま えつ つ心 理 学
・精 神分 析と 探偵 小説 とを 結び つけ た小 酒井 不木 の言 説が 象徴 して いる よう に︑ 日本 の探 偵小 説史 をた どる 上 で
︑出 るべ くし て生 まれ た﹁ 起源
﹂の ひと つと して 考え るこ とも でき るは ずだ
︒⑺
一柳 氏は 当時 の日 本に おけ るフ ロイ ト流 心理 学の 受容 の経 緯と 小酒 井不 木の 先導 作用 を辿 りつ つ︑ 同時 期に おけ る 乱 歩と 心理 学の 接点 を確 認し た上
︑﹃ D 坂の 殺人 事件
﹄を 含 む初 期 乱 歩作 品 に おけ る 心 理 学の 受 容 を評 価 す ると 同 時 に
︑そ の必 然性 をも 指摘 した
︒ また
︑近 年に おい ては
︑江 戸川 乱歩 邸に 所蔵 され てい る﹃ D坂 の殺 人事 件﹄ の草 稿の 翻刻 がな され
︑そ れと 発表 さ
江 戸 川 乱 歩
﹃ D 坂 の 殺 人 事 件
﹄ 論
・ 序 説
二 六
れ た決 定稿 との 比較 によ って
︑当 時の 創作 状況 の解 明や 作品 の解 読に 新た な可 能性 が生 まれ た︒ 本稿 は︑ これ まで の 研 究方 向か ら視 点を 変え
︑乱 歩の 執筆 状態 や雑 誌﹁ 新青 年﹂ を取 り巻 く状 況に つい て分 析し
︑日 本探 偵小 説の 展開 の 中 にお ける
﹃D 坂の 殺人 事件
﹄の 位置 づけ を明 らか にす るこ とを 目的 とす る︒ 一︑ 出 発 期の
﹁ 新 青年
﹂ 前述
のよ うに
︑﹃ D 坂の 殺人 事件
﹄が
﹁新 青 年﹂ に掲 載 さ れた の は 大正 十 四 年 一月 で あ るが
︑興 味 深 いの は
︑前 年 す でに 原稿 を受 け取 って いた 森下 雨村 が︑ 本作 を す ぐに は 発 表せ ず
︑﹁ 探 偵小 説 傑 作 集﹂ とい う 副 題の 付 い た海 外 翻 訳 作品 を集 中的 に紹 介す る新 春増 刊号 に︑ 巻頭 作品 とし て世 に送 り出 した こと であ る︒ 乱歩 の作 品が
﹁新 青年
﹂の 巻 頭 と な っ たの は
︑こ れ が初 め て であ る
︒雨 村 を﹁ 一 読三 嘆
﹂⑻
さ せ
︑小 酒 井不 木 の 賛 辞付 き で 発表 さ れ た 処 女 作﹃ 二 銭 銅貨
﹄で さえ
︑ほ かの 創作 作品 に交 えて 掲載 さ れ て いた こ と を考 え れ ば︑
﹃D 坂 の 殺人 事 件﹄ の 扱い は 特 別と 言 っ て 差し 支え ない だろ う︒ では
︑専 業作 家と して の乱 歩の 華々 しい 出発 の背 後に は︑ 編集 側の どの よう な思 惑が 存在 し た のだ ろう か︒ 川崎 賢子 氏は
︑大 正九 年創 刊以 来の 雑誌
﹁新 青年
﹂が 置か れて いる 状況 につ いて 次の よう に説 明し て い る︒
﹃ 新青 年﹄ 創刊 号︵ 大九
・1
︶の 表紙 は︑ なん と もと り と めの な い 農村 風 景 だ︒ こ れは 表 紙 を担 当 し た細 木 原 青 起の 美意 識の ため ばか りで はあ るま い︒ 堅実 な地 方青 年む きの 雑誌 とい う編 集方 針は
﹁博 文館 主の 天下 り的 命 令
﹂︵ 中 島河 太郎
﹁﹃ 新青 年﹄ の歴 史と 編集 者﹂
︶ であ った と伝 えら れて いる
︒
︵中 略︶ 江 戸 川 乱 歩
﹃ D 坂 の 殺 人 事 件
﹄ 論
・ 序 説
二 七
関東 大震 災︵ 大十 二︶ がも たら し た 物理 的 変 化は
︑結 果 的 に︑
﹃新 青 年﹄ の 関 心を
︑生 成 す る都 市 文 明の 諸 事 象 へと 方向 づけ る転 機と なっ た︒ 創刊 か ら 関東 大 震 災後 ま で︑ わ ずか 数 年 の うち に
︑﹃ 新 青年
﹄は 読 者 の対 象 を 農 村青 年お よび 農村 出身 のは たら く青 年層 から
︑都 市文 化を 享受 する 学生 や若 いサ ラリ ーマ ン層 へと 転換 して し ま った ので ある
︒⑼
川 崎 氏が 指 摘 する よ う に︑
﹁新 青 年﹂ は﹁ 堅 実 な地 方 青 年む き の 雑誌
﹂と し て 創 刊 さ れ た が︑ 関 東 大 震 災 を 境 に
︑ そ の読 者層 を﹁ 都市 文化 を享 受す る学 生や 若い サラ リー マン 層﹂ へと 転換 して いっ た︒ 新た な読 者層 を惹 き付 けた の は
︑も ちろ ん創 刊以 来徐 々に 展開 して いっ た探 偵小 説 で ある
︒当 時 の 博文 館 館 主で あ る 大 橋新 太 郎 の意 志 に よっ て
︑
﹁地 方農 村の 青年 向け に海 外雄 飛と 拓殖 を目 的﹂⑽
とし た雑 誌と し て出 発 し た﹁ 新 青年
﹂だ が
︑創 刊 号か ら 海 外翻 訳 探 偵 小説 を紹 介し てい たほ か︑ 懸賞 探偵 小説 をも 募集 し続 けて いた
⑾
︒翻 訳探 偵 小説 を 特 集 した 増 刊 号が は や くも 創 刊 翌 年か ら発 行さ れて いる こと が人 気を 裏付 け て いる よ う に︑
﹁新 青 年﹂ 誌 上に お け る 探偵 小 説 の滑 り 出 しは
︑一 見 好 調 のよ うで ある
︒し かし
︑﹃ D 坂の 殺人 事件
﹄が 発 表さ れ る 直前 の 大 正十 三 年 年 末に 発 行 され た
﹁新 青 年﹂ の目 次 を 見 て も
︑国 内 外の 時 事 に関 す る 記事 が 依 然 とし て か なり の 紙 面 を占 め て いる と い う事 実 も ま た看 過 で き な い︒ つ ま り
︑乱 歩が
﹁新 青年
﹂に 登場 して 約二 年間 が経 って もな お︑ 探偵 小説 は雑 誌﹁ 新青 年﹂ にお いて 主役 にな りえ ずに い た ので ある
︒そ のよ うな 現状 に対 して
︑雨 村は 大正 十三 年十 二月 号の 編集 後記 で次 のよ うに 宣言 して いる
︒
◆ これ は編 輯同 人の 内輪 話に とゞ むべ きこ とか も知 れな いが
︑本 誌の 読者 諸君 にだ けは 一応 聞い てお いて いた ゞ き たい と思 ふ︒
︵中 略︶
江 戸 川 乱 歩
﹃ D 坂 の 殺 人 事 件
﹄ 論
・ 序 説
二 八
◆ 是非 の論 はと も角
︑本 誌は 何処 まで も内 容 中 心 主義 で ゆ きた い
︒羊 頭 狗肉 式 に 目 次を ゴ テ!
"
列 べ る より も
︑ 記 事は 少く とも 真に 読み 応へ のあ る内 容の 雑誌 をこ しら へた い︒
◆ 新年 から の本 誌は
︑こ の方 針で ゆく つも りで ある
︒予 め読 者諸 君の 御諒 察を 得て おく
︒⑿
具体 的に どの よう な﹁ 内容
﹂を
﹁中 心﹂ に据 えよ うと して いる のか につ いて は明 記し なか った が︑ それ が探 偵小 説 で ある こと は想 像に 難く ない だろ う︒ さら に︑ その 後に 発行 され た大 正十 四年 春季 の雑 誌で は翻 訳探 偵小 説が 多数 掲 載 さ れ てい る ほ か︑ 編 集後 記 で は創 作 探 偵小 説 及 び 暗号 の 募 集の 再 開 が打 ち 出 さ れて い る⒀
︒ つ まり
︑﹃ D 坂の 殺 人 事 件﹄ の掲 載に 先立 って
︑﹁ 新 青年
﹂の 誌上 では 小さ な革 命が 起こ ろう とし てい ると いっ ても 過言 では ない だろ う︒
︵大 正十 三年:
引 用者 注︶ 九月 か十 月に
︑﹁ D坂 の殺 人事 件﹂ を書 き︑ これ が編 集部 で好 評だ った ので
︑乗 り気 に な って 十月 か十 一月 には
︑﹁ 心 理試 験﹂ を書 き上 げ︑ つづ いて 年末 まで に﹁ 黒手 組﹂ を書 いて いる
︒⒁
乱 歩 の以 上 の よう な 回 想に よ れ ば︑
﹃ D坂 の 殺人 事 件﹄ の 原稿 が 雨 村の 手 に 渡 った の は 大正 十 三 年 の 秋 頃 で あ る
︒ こ の事 実を 踏ま える と︑
﹃ D坂 の殺 人事 件﹄ の掲 載が 大正 十 三年 十 二 月号 か ら 始ま る 編 集 方針 の 変 化と 時 期 が重 な る の は決 して 偶然 では ない だろ う︒
﹃ D坂 の 殺人 事 件﹄ 及 び﹃ 心理 試 験﹄ は︑ 作 者で あ る 乱 歩に 専 業 作家 に な るの を 決 意 させ たの と同 時に
︑雨 村を 始め とす る編 集陣 に探 偵小 説の 隆盛 に一 役買 おう と奮 起さ せる きっ かけ にも なっ た作 品 と 言え るだ ろう
︒ 江
戸 川 乱 歩
﹃ D 坂 の 殺 人 事 件
﹄ 論
・ 序 説
二 九
二︑ 懸 賞 探偵 小 説 の行 き 詰 まり 以上
に説 明し てき たよ うに
︑雨 村を 含む 編 集 陣 は︑
﹃D 坂 の殺 人 事 件﹄ に対 し て 並 々な ら ぬ 期待 を 抱 いて い た︒ し か し︑ 海外 翻訳 探偵 小説 がま だ主 流を 占め てい る と はい え
︑﹁ 新 青年
﹂に お い て乱 歩 以 外 に探 偵 小 説の 創 作 を試 み る 者 が い な かっ た わ けで は な い︒ 例え ば
︑横 溝 正 史は 大 正 十年 の 時 点 で既 に 懸 賞探 偵 小 説の 常 連 で あ り︑ デ ビ ュ ー 作
﹃恐 ろし き四 月馬 鹿﹄ をは じめ
︑入 賞作 が度 々 掲載 さ れ てい る
︒ま た︑ 懸 賞探 偵 小 説 以外 に も︑ 甲 賀三 郎 は 関東 大 震 災 直後 の大 正十 二年 十一 月号 に﹃ カナ リヤ の秘 密﹄ を発 表し
︑翌 年の 六月 に代 表作
﹃琥 珀の パイ プ﹄ を世 に送 り出 し て いる
︒の ちに 探偵 小説 作家 とし て活 躍す る者 が揃 いつ つあ る状 況の 中で
︑乱 歩が それ ほど の期 待を 背負 うこ とに な っ たの はな ぜだ ろう か︒ その 一端 は︑ まさ に創 刊以 来継 続し てい た懸 賞探 偵小 説に ある と思 われ る︒ 懸賞 探偵 小説 の 企 画で は︑ 入賞 作を 掲載 する のと 同時 に︑ 編集 局が 選 評 を発 表 し てい る が︑ そ れら の 選 評 から 投 稿 の状 況 が 窺え る
︒ 例 えば
︑大 正十 年夏 季増 刊号 の選 評に は次 のよ うな 内容 が書 かれ てい る︒
▼ し か し傑 れ て 佳い 作 が なか つ た と いふ こ と は︑ 事実 予 想 外で あ つ た︒ 探 偵小 説 の 募集 は 在 来 余 り な い こ と だ し
︑そ れに 本誌 の読 者に はそ の方 面に 趣味 と手 腕を もつ た諸 君が 多い ので
︑多 分︑ 佳い 作が 集る だら うと 思つ た の に︑ これ はと いふ 作が なか つた
︒詰 り一 等に 推す べき 作が なか つた のだ
︒そ れが 故に 二等 二篇
︑三 等二 篇を 選 ぶ こと にし た︒
▼ 翻案 改作 物は 採ら ずと いつ たけ れど も︑ 選者 とて 外国 の探 偵小 説を 読破 して ゐる わけ では ない
︒従 つて 当選 作
こ と わ
の 中に も選 者の 気付 かな い翻 案改 作物 がな いと も限 らな い︒ それ は予 め謝 つて おく
︒し かし 目に つい た限 りの も
江 戸 川 乱 歩
﹃ D 坂 の 殺 人 事 件
﹄ 論
・ 序 説
三
〇
の は選 外に おい た︒⒂ 大正
九年 から 大正 十三 年ま での 選評 を総 観す る限 り︑ 懸賞 探偵 小説 の投 稿数 はほ ぼ毎 回六 十〜 百篇 程度 で安 定し て い る︒ しか し︑ 上記 の選 評内 容に も端 的に 示さ れて いる よう に︑ 佳作 が乏 しく
︑殊 に海 外探 偵小 説の 翻案 と思 われ る
エ キゾ ウ テ イク
投 稿が 目立 って いた
︒例 えば
︑大 正十 年二 月号 に掲 載さ れた 中西 一夫 の﹃ 優勝 旗の 紛失
﹄は
︑﹁ 外 国的 な匂 ひの する
︑ 一 風 変 つた
︑そ れ で ゐ て上 品 に 纏つ た 点 が面 白 か つ た﹂⒃
と 評価 さ れ︑ 入 賞を 果 た し たが
︑選 評 で は一 度 翻 案だ と 思 わ れた ため に選 外に され
︑作 者中 西か ら﹁ 詳細 な一 々根 拠の ある 弁明 を寄 せら れた
﹂こ とに よっ て再 審査 が行 われ た エ ピソ ード が残 され てい る︒ また
︑大 正十 一年 五月 号に 一等 当選 作品 とし て掲 載さ れた 藤田 操の 投稿 作品
﹃佛 蘭西 製 の 鏡
﹄に 対 し ても
︑編 集 局 は
﹁文 章 が す ら!
"
と い つ て ゐ て
︑殆 ど 筆 を 加 へ る 必 要 が な か つ た﹂⒄
と 評 価 す る 一 方
︑
﹁但 し選 者は この 作を 翻案 と睨 む︒ それ も原 作は 恐 らく 米 国 の作 家 の もの で あ ら う﹂ と疑 い を かけ て い た︒ 周知 の よ う に
︑日 本 に 初め て 探 偵小 説 が 紹介 さ れ た のは
︑黒 岩 涙 香に よ る 翻 案作 品 で ある
︒し か し︑ 海 外 作 品 が 翻 訳 の 形 で 徐 々に 読者 に親 しま れ︑ 創作 探偵 小説 に対 する 要請 が強 まる 大正 十年 代に おい て︑ 翻案 作品 はむ しろ 排除 され るべ き も のに なっ てし まっ たの であ る︒ 探偵 小説 が日 本で 根付 くた めに は︑ 翻案 作品 と一 線を 画す るも のが まず 必要 であ る こ とは
︑懸 賞探 偵小 説を 募集 する 過程 の中 で﹁ 新青 年﹂ 編 集 陣が 得 た もっ と も 明確 的 な 結 論で は な かっ た だ ろう か
︒ そ のよ うな 主張 は︑ 例え ば﹃ D坂 の殺 人事 件﹄ と同 じ号 に掲 載さ れた 長谷 川天 渓の 評論
﹁探 偵小 説の 主人 公﹂ から 窺 え る︒ 長谷 川天 渓は 元々 自然 主義 評論 家と して 名を 馳せ てお り︑ 探偵 小説 に対 して 特別 な関 心を 持っ てい なか った が︑ 大 正 六 年か ら 博 文 館の 編 集 部長
︑翌 年 に は取 締 役 に 就任
し⒅
︑﹁ 新 青年
﹂の 創 刊 に際 し て 雨 村の 影 響 によ っ て 海外 探 偵 小 説に 接し 始 め た⒆
︒﹁ 新 青 年﹂ へ の寄 稿 は︑ 実 に 創刊 号 の 次号 以 来 であ
る⒇
︒﹁ 探 偵 小説 の 主 人公
﹂と い う タイ ト ル 江 戸 川 乱 歩
﹃ D 坂 の 殺 人 事 件
﹄ 論
・ 序 説
三 一
が 示し てい る通 り︑ 天渓 のこ の評 論は 世界 初の 探偵 と言 われ た実 在の 人物 ヴィ ドッ クの 経歴 を紹 介し た上
︑海 外先 行 作 品に おけ る探 偵像 につ いて 分析 し︑ 日本 にお ける 探偵 小説 の展 開を 期待 する もの にな って いる
︒探 偵像 を評 価す る に 当た り︑ 天渓 はま ず探 偵小 説の 目的 性を 強調 し︑ 人智 の範 囲内 で展 開さ れる 探偵 小説 の醍 醐味 が問 題提 出者 であ る 犯 人と 解決 者で ある 探偵 の間 に繰 り広 げら れる 駆け 引き にあ るこ とを 確認 した 上で
︑複 数の 作品 に特 定の 探偵 を登 場 さ せる こと のも たら す相 乗効 果を 肯定 して いる
︒殊 に︑ 海外 先行 作品 にお ける 探偵 の人 物造 形に 関し ては
︑探 偵小 説 の 目的 性か ら︑
﹁ 探偵 物の 人物 に個 性を 求め るの は︑ もと
!"
無理 であ ると 言は ねば なら ぬ﹂ とす る一 方で
︑ さら
に注 意す べき は︑ これ らの 人物
︵探 偵: 引用 者注
︶が
︑そ の生 国の 国民 性を もつ てゐ る点 であ る︒ これ は 作 家 の 国 籍が 異 る とこ ろ か ら自 然 に に じみ 出 た 現象 で あ ら う︒ ルブ ラ ン は︑ こと さ ら に ホ ー ム ズ の 重 い︑ の ろ
!"
し た行 動と
︑リ ュパ ンの 才ば しつ た軽 快な それ とを 対照 させ て︑ イギ リス 人と フラ ンス 人の 差別 を見 せて ゐ る が︑ 作家 は︑ たと ひ国 民性 の表 現を 特別 の目 的と して ゐな いに して も︑ その 描き 出す 人物 は︑ 自然 に作 家の 国 民 性を おび て来 る︒
︵ 中略
︶そ こで 思ふ
︑吾 が 国で も
︑日 本 人で あ る 探偵 を 作 り 上げ る 人 が欲 し い︒ 近 頃の 探 偵 物 を見 るに 多く の探 偵は
︑日 本の 実子 でな く︑ 養子 であ るや うに 思は れる
︒心 細い 話だ
︒ と
日本 にお ける 創作 探偵 小説 の現 状に つい て言 及し てい る︒ 以上 のよ うな 主張 から 読み 取れ るよ うに
︑天 渓は
﹁日 本 の 実子
﹂に なる 探偵
︑つ まり 海外 作品 の探 偵像 と対 照的 に日 本の
﹁国 民性
﹂を 持つ 探偵 の造 形を 日本 にお ける 創作 探 偵 小説 の課 題と して 提示 して いる
︒ま た︑ 大正 十一 年十 二月 号の 懸賞 探偵 小説 選評 の中 で︑ 編集 部が 奈良 健吾 の投 稿 作 品﹃ 謎の ダイ ヤ﹄ に対 して
︑﹁ 外 国へ 行つ たこ とも な いら し い 日本 人 の 頭か ら 外 国 を場 面 に して
︑使 ひ 古 した フ イ ル ムの 切 端の や う に 伯爵 や 探 偵や 令 嬢 を二 三 人 描 き出 し た つて
︑初 心 の 作者 に は︑ 突 飛 な空 想 に 終る 位 が 関の 山
﹂
江 戸 川 乱 歩
﹃ D 坂 の 殺 人 事 件
﹄ 論
・ 序 説
三 二
と いっ たよ うな 酷評 を下 して いる よ う に︑
﹁新 青 年﹂ 編 集陣 に お いて
︑天 渓 の 評 論が 示 し たよ う な﹁ 国 民性
﹂に 関 連 す る要 素へ の要 請は
︑探 偵の 人物 造形 に留 まら ず︑ 登場 人物 全般 や場 面な ど︑ 物語 のあ らゆ る設 定に 敷衍 する こと が で きる と考 えら れる
︒ この よう な評 価の 傾向 は︑ 乱歩 の処 女作
﹃二 銭銅 貨﹄ をめ ぐる 森下 雨村 との やり 取り の中 にも 反映 され てい る︒ 乱 歩 は﹃ 二銭 銅貨
﹄の ほか
︑﹃ 一 枚の 切 符﹄ の原 稿 も 同時 に 雨 村に 送 っ た が︑ 雨村 は
﹃二 銭 銅貨
﹄に 対 し て﹁ ご苦 心 に 対 し︑ また そ の 優れ た も の であ る と いふ 点 に 充分 敬 意 を 払っ て
︑近 く 掲載 す る こと を お 約 束﹂ す ると 熱 烈 な賛 辞 を 送 る一 方︑
﹃ 一枚 の切 符﹄ に対 して は﹁ 同様 一気 に 拝見 し て︑ 大 変い い 作 だと 思
﹂っ た と いっ た 感 想に 留 ま った の で あ る
︒﹃ 二 銭 銅貨
﹄ほ ど の 反響 を 得 られ な か っ たた め か︑ 乱 歩は
﹃一 枚 の 切符
﹄に 関 し て め っ た に 語 ら な か っ た が
︑ 後 年次 のよ うに 本音 を漏 らし てい る︒ や
はり
﹁二 銭銅 貨﹂ の方 がい ろい ろな 意味 で面 白い ので
︑こ の﹁ 一枚 の切 符﹂ はそ の蔭 に隠 れて しま った が︑ 書 い たと きに は︑ 私は この 二作 に甲 乙を つけ てい なか った
︒謎 解き とし ては
﹁一 枚の 切符
﹂の 方が 複雑 で読 みご た え があ ると さえ 思っ てい た︒ 作者
側で は甲 乙付 けが たい
﹃二 銭銅 貨﹄ と﹃ 一枚 の切 符﹄ に対 して
︑雨 村の 評価 にお ける 歴然 とし た温 度差 はど こ か ら生 じた のか
︒欧 米で は生 まれ る は ずの な い﹁ 南 無阿 弥 陀 仏﹂ を基 に し た 換字 式 暗 号が
︑﹃ 二 銭 銅貨
﹄が
﹁純 然 た る ご創 作﹂ で ある こ と を保 証 し て いる か ら では な い だ ろう か
︒翻 案 作品 か ら の脱 却 が 日 本独 自 の 探偵 小 説 の展 開 の 第 一 歩 で あり
︑そ の た めに は 日 本的 要 素 を 作品 の 中 で反 映 さ せ なけ れ ば なら な い とい っ た 認 識 が︑ 出 発 期 の﹁ 新 青 年
﹂の 編集 陣に 浸透 して いっ たこ とは
︑以 上の こと から 確認 でき るだ ろう
︒ 江 戸 川 乱 歩
﹃ D 坂 の 殺 人 事 件
﹄ 論
・ 序 説
三 三
三︑
﹁ 国 民性
﹂ の 在り 処 明智
小五 郎の 登場 作品 とし て名 を馳 せ︑ 乱歩 の各 版 の 全 集及 び 様 々な 傑 作 集に 収 録 さ れて き た﹃ D坂 の 殺 人事 件
﹄ で ある が︑ 明智 の推 理の 中心 とな った 聯想 診断 法に 関し ては
︑理 論と して 説明 され てい るの みで あり
︑そ の応 用の 詳 細 は︑ 作中 に明 かさ れて いな い︒ 君は
︑心 理学 上の 聯想 診断 法が
︑犯 罪捜 査の 方面 にも 利用 され 始め たの を知 って いる でし ょう
︒沢 山の 簡単 な 刺 戟語 を与 えて
︑そ れに 対す る嫌 疑者 の観 念聯 合の 遅速 を計 る︑ あの 方法 です
︒併 し︑ あれ は必 ずし も︑ 心理 学 者 の云 う様 に︑ 犬だ とか 家だ とか 川だ とか
︑簡 単な 刺戟 語に は限 らな いし
︑そ して 又︑ 常に クロ ノス コー プの 助 け を借 りる 必要 もな いと
︑僕 は思 いま すよ
︒聯 想診 断の 骨を 悟っ たも のに とっ ては
︑そ の様 な形 式は 大し た必 要 で はな いの です
︒︵ 中 略︶ 心理 学者 の種 々の 機械 的 方法 は
︑唯 こ うし た 天 稟の 洞 察 力 を持 た ぬ 凡人 の 為 に作 ら れ た もの に過 ぎま せん よ︒ 話が 傍路 に入 りま した が︑ 僕は そう いう 意味 で︑ 蕎麦 屋の 主人 に対 して
︑一 種の 聯想 診 断 をや った ので す︒ 僕は 彼に 色々 の話 をし かけ まし た︒ それ も極 くつ まら ない 世間 話を ね︒ そし て︑ 彼の 心理 的 反 応を 研究 した ので す︒ 併し
︑こ れは 非常 にデ リケ ート な心 持の 問題 で︑ それ に可 成複 雑し てま すか ら︑ 詳し い こ とは いず れゆ っく り話 すと して
︑兎 も角 その 結果
︑僕 は一 つの 確信 に到 達し まし た︒ つま り犯 人を 見つ けた の で す︒ この
件に 関し て︑
﹁ 新青 年﹂ に掲 載さ れる 際に
︑乱 歩は 作者 付記 の中 で次 のよ うに 説明 して いる
︒
江 戸 川 乱 歩
﹃ D 坂 の 殺 人 事 件
﹄ 論
・ 序 説
三 四
僅 かの 時間 で執 筆を 急い だの と︑ 一つ は余 り長 く な るこ と を 虞れ た た めと で
︑明 智 の 推理 の 最 も重 要 な る部 分
︑ 聯 想診 断に 関す る話 を詳 記す るこ とが 出来 なか った こと を残 念に 思う
︒し かし
︑こ の点 はい づれ 稿を 改め て︑ 他 の 作品 に於 て充 分に 書い てみ たい と思 って いる
︒ しか
し︑
﹁ 最も 重要 なる 部分
﹂と 認め てお き なが ら
︑時 間 不足 や
﹁余 り 長く な る こ とを 虞 れ たた め
﹂と い った 理 由 だ けで 省略 した とい うの は︑ 作中 に広 げら れた
﹁私
﹂と 明智 の探 偵小 説に 巡る 論争 や︑ ミュ ンス ター ベル ヒの 著書 の 内 容が 多量 に引 用さ れて いる こと を考 える と︑ いさ さ か 説得 力 に 欠け る と 言わ ざ る を えな い
︒﹁ 他 の作 品 に 於て 充 分 に 書い てみ たい
﹂と いう
﹁他 の作 品﹂ は︑ 次の 号に 発表 され た﹃ 心理 試験
﹄の こと であ り︑ この 作者 付記 が﹃ 心理 試 験
﹄の 予告 を兼 ねて いる こと は言 うま でも な い が︑
﹁ 推理 の 最 も重 要 な る部 分
﹂が 欠 落 した ま ま 発表 さ れ た﹃ D坂 の 殺 人事 件﹄ は︑ なぜ
﹁新 青年
﹂編 集局 から 厚遇 を受 ける こと がで きた のだ ろう か︒ その 一因 は︑ まず 乱歩 の次 のよ う な 回想 から 窺え る︒ こ
の作
︵﹃ D 坂の 殺人 事件
﹄: 引用 者注
︶で 初め て明 智小 五郎 を登 場さ せた とこ ろ︑ 好評 だっ たの で︑ それ 以来 こ の 素人 探偵 をず っと 使っ て来 た︒ この 小説 には
︑厳 密な 意味 の密 室殺 人で はな いけ れど も︑ それ に近 い味 が取 入 れ てあ る︒ その 頃︑ 日本 の木 と紙 で出 来た 建物 では
﹁モ ルグ 街﹂ のよ うな 密室 探偵 小説 は書 けな い︑ 日本 に探 偵 小 説が ない のは そう いう 生活 様式 が大 きな 理由 にな って いる とい う説 が行 われ てい たの で︑ 必ず しも そう では な い
︑こ うい う風 に書 けば
︑日 本の 建物 でも 密室 が構 成出 来る とい う一 例を 示す 気持 があ った
︒ まず
︑探 偵の 人物 造形 に関 して
︑後 年通 俗長 篇作 品 や 少 年物 に よ って 確 立 され た ス マ ート な 明 智像 と 違 い︑
﹃D 坂 江 戸 川 乱 歩
﹃ D 坂 の 殺 人 事 件
﹄ 論
・ 序 説
三 五
の 殺人 事件
﹄に 登場 する 明智 はま だ﹁ これ とい う職 業を 持﹂ って おら ず︑ 四畳 半の 貸間 に住 む﹁ モジ ャモ ジャ
﹂頭 の 青 年で あっ た︒ ただ し︑ この よう な明 智像 は執 筆当 初か ら確 立さ れて いる わけ では なく
︑現 存す る草 稿で は全 く異 な る 人物 とし て描 かれ てい る︒
︵明 智: 引用 者注
︶﹁ 何だ
︒又 知恵 を借 りに 来た のか
︒見 つと もな い︒ 止せ よ︒ 警視 庁の 名探 偵が
︑俺 見た いな す か んぴ んの
︑書 生つ ぽ所 へ相 談に 来る なん て︒
﹂
︵小 林刑 事: 引用 者注
︶﹁ まあ
︑さ うい やみ を云 はな いで
︑今 日の 事件 はさ すが の君 も一 寸手 古摺 るぜ
︒﹂
マ マ
︵明 智: 引用 者注
︶﹁ ぢや
︑D 坂事 件だ な︒ 蓄生
︑き つと 来る だら うと 思つ てた んだ
︒だ が︑ 少し 早す ぎる ね︒ い つ もは
︑さ んざ んも がい た揚 句に せつ ぱつ まつ てや つて 来る のぢ やな いか
︒例 の事 件は まだ 二三 日し きや なら な い ぜ﹂ 草稿
では 更に 削除 され た文 面と して
︑﹁ 明 智 は マド ロ ス パイ プ に 刻み 煙 草 を つめ 込 ん で︑ スパ
!"
や り出 し た︒ 刑 事 は
﹁又 始 め やが つ た︒ 気 障だ な
︒ホ ー ムズ 気 取 り だぜ
︒年 が 若 いか ら 仕 方 がな い が
︒﹂
﹂ と い っ た よ う な 内 容 が 続 く
︒こ のよ うな 会話 や描 写か ら読 み取 れる よう に︑ 草稿 に現 れる 明智 小五 郎は ホー ムズ を代 表と する 欧米 先行 作品 に 描 かれ た名 探偵 像を 彷彿 させ る人 物に なっ てい る︒ しか し決 定稿 にお いて
︑そ の影 はほ ぼ消 え去 り︑ 先行 研究 によ っ て 確認 され てき た素 人探 偵明 智小 五郎 像が 確立 され たの であ る︒ その 代わ り︑ 草稿 に描 かれ た﹁ ホー ムズ 気取 り﹂ の 人 物像 は︑ 結果 的に 探偵 とし て大 した 活躍 を見 せな かっ た﹁ 黒い アル パカ の上 衣に
︑白 ズボ ン﹂ の﹁ 傍若 無人
﹂な 小 林 刑事 にそ の一 端を 窺わ せて いた
︒前 掲の 天渓 によ って 提示 され た図 式に 当て はめ よう とす れば
︑発 表さ れた
﹃D 坂 の 殺人 事件
﹄に は﹁ 日本 の実 子﹂ の勝 利︑ ない し﹁ 養子
﹂の 敗北 が確 認で きる と思 われ る︒
江 戸 川 乱 歩
﹃ D 坂 の 殺 人 事 件
﹄ 論
・ 序 説
三 六
また
︑乱 歩が 自負 して いる よう に︑ 本作 が日 本家 屋で ある 長屋 で行 われ た密 室殺 人の トリ ック を用 いた こと も注 目 に 値す ると 思わ れる
︒明 治維 新以 降︑ コン クリ ート 製の 洋館 が日 本国 内に 建て られ るよ うに なっ たが
︑実 際ほ とん ど の 都市 下流 層が 生活 の場 とし てい るの は︑ 江戸 時代 から 存在 する 木造 建築 の長 屋で ある
︒作 中に おい て︑ 事件 現場 に な った 古本 屋の 間取 りは 次の よう に説 明さ れて いる
︒ 部屋
は一 間切 りの 六畳 で︑ 奥の 方は
︑右 一間 は幅 の狭 い縁 側を へだ てて
︑二 坪許 りの 庭と 便所 があ り︑ 庭の 向 う は板 塀に なっ てい る︒
︵ 中略
︶左 半間 は開 き戸 で︑ そ の奥 に 二 畳敷 程 の 板の 間 が あ り裏 口 に 接し て 狭 い流 し 場 が 見え
︑そ この 腰高 障子 は閉 って いる
︒向 って 右側 は︑ 四枚 の襖 が閉 って いて
︑中 は二 階へ の階 段と 物入 場に な っ てい るら しい
︒ご くあ りふ れた 安長 屋の 間取 だ︒ 古本
屋の 左右 には 足袋 屋・ 時計 屋・ 蕎麦 屋な どの お店 が軒 を連 ねて おり
︑裏 側の 長屋 に二 人の 学生 が間 借り をし て い る︒ 更に
︑裏 口の 路地 が﹁ 一方 口﹂ とい った 密室 が成 立す るた めに 欠か せな い条 件を 合わ せて 考え れば
︑本 作に 登 場 する 建物 は長 屋の 中で も特 に江 戸時 代の 面影 を色 濃く 残し た﹁ 棟割 長屋
﹂ であ るこ とは 確認 でき る︒ 他方
︑聯 想診 断と いう 推理 法が 理論 に留 まっ てい る以 上︑ 明智 の推 理の 裏付 けと なっ たの は蕎 麦屋 主人 の自 首で あ る が︑ 蕎麦 屋の 主人 が﹁ サー ド卿 の流 れを くん だ︑ ひど い惨 虐色 情者
﹂で あり
︑古 本屋 の細 君が
﹁彼 に劣 らぬ 被虐 色 情 者﹂ であ るこ との 伏線 が︑ 作品 冒頭 に言 及さ れる 銭湯 の噂 話に 張ら れて いる こと も看 過で きな い︒ 古本
屋の 細君 とい えば
︑あ る時
︑こ のカ フェ のウ エト レス 達が
︑妙 な噂 をし てい るの を聞 いた こと があ る︒ 何 で も︑ 銭湯 で出 逢う お神 さん や娘 達の 棚卸 し の 続き ら し かっ た が︑
﹁ 古本 屋 の お 神さ ん は︑ あ んな 綺 麗 な人 だ け 江 戸 川 乱 歩
﹃ D 坂 の 殺 人 事 件
﹄ 論
・ 序 説
三 七
れ ど︑ 裸体 にな ると
︑身 体中 傷だ らけ だ︑ 叩か れた り抓 られ たり した 痕に 違い ない わ︒ 別に 夫婦 仲が 悪く もな い 様 だの に︑ おか しい わね え﹂ する と別 の女 がそ れ を 受け て 喋 るの だ
︒﹁ あ の並 び の 蕎 麦屋 の 旭 屋の お 神 さん だ っ て
︑よ く傷 をし てい るわ
︒あ れも どう も叩 かれ た傷 に違 いな いわ
﹂⁝
⁝︵ 後略
︶ 語り
手﹁ 私﹂ と明 智の 交流 の場 とし て作 中に 重要 な役 割を 果た した のは
︑関 東大 震災 以降 に大 衆化 し︑ 急増 した カ フ ェで ある が︑ 蕎麦 屋の 主人 と古 本屋 の細 君の 秘密 を暴 露す るた めに は︑ 近世 以来 日本 独自 の社 交的 な場 とし ても 活 躍 し続 ける 銭湯 の存 在が 必要 不可 欠で ある
︒こ の よ う に︑
﹃D 坂 の殺 人 事 件﹄ は日 本 伝 統 家屋 で あ る棟 割 長 屋を 舞 台 に し︑ 真相 を解 明す るた めの 鍵の 一つ が近 世の 雰囲 気が 色濃 く残 る銭 湯に 隠さ れて いる こと にお いて
︑日 本創 作探 偵 小 説の 出発 期に 求め られ る﹁ 国民 性﹂ を持 つ作 品に なっ たの であ る︒ 専業 作家 とし ての 乱歩 のス ター トラ イン を刻 ん だ 本作 が人 気を 博し た背 後に は︑ この よう な背 景が 存在 する と考 えら れる
︒ 注
⑴ 詳 し く は 江 戸 川 乱 歩
﹃ 探 偵 小 説 四 十 年
﹄︵ 桃 源 社 昭 和 三 十 六 年 七 月
︶ の 大 正 十 二
・ 三 年 度 に 関 す る 記 述
︑ 主 に
﹁ 私 を 刺 戟 し た 評 論
﹂ を 参 照 さ れ た い
︒
⑵ 江 戸 川 乱 歩
﹁ 余 技 時 代
﹂﹃ 探 偵 小 説 四 十 年
﹄ 桃 源 社 昭 和 三 十 六 年 七 月
︵﹃ 江 戸 川 乱 歩 全 集 第 2 8 巻 探 偵 小 説 四 十 年
︵ 上
︶﹄ 光 文 社 平 成 十 八 年 一 月 所 収 六 七 頁
︶
⑶ 小 酒 井 不 木 宛 書 簡 大 正 十 三 年 十 二 月 五 日 付
︵ 浜 田 雄 介 編
﹃ 子 不 語 の 夢
│
│ 江 戸 川 乱 歩 小 酒 井 不 木 往 復 書 簡 集
﹄ 皓 星 社 平 成 十 六 年 十 月 所 収 二 九
〜 三 一 頁
︶
⑷ 海 野 弘
﹁ 江 戸 川 乱 歩
﹃ D 坂 の 殺 人 事 件
﹄﹂
﹁ 海
﹂ 第 十 四 巻 第 九 号 中 央 公 論 社 昭 和 五 十 七 年 九 月 二
〇
〇
〜 二
〇 一 頁
⑸ 松 山 巖
﹁ 探 偵 の 目
﹂﹃ 乱 歩 と 東 京 1 9 2 0 都 市 の 貌
﹄ P A R C O 昭 和 五 十 九 年 十 二 月 一 三 頁
⑹ 同 前
︑ 二 一 頁
江 戸 川 乱 歩
﹃ D 坂 の 殺 人 事 件
﹄ 論
・ 序 説
三 八
⑺ 一 柳 廣 孝
﹁ 心 理 学
・ 精 神 分 析 と 乱 歩 ミ ス テ リ ー
﹂﹃ 国 文 学 解 釈 と 鑑 賞 別 冊 江 戸 川 乱 歩 と 大 衆 の 二 十 世 紀
﹄ 至 文 堂 平 成 十 六 年 八 月 一 一 三 頁
⑻ 江 戸 川 乱 歩
﹁ 二 銭 銅 貨
﹂﹁ 探 偵 趣 味
﹂ 大 正 十 五 年 五 月 号 春 陽 堂 大 正 十 五 年 五 月
︵﹃ 江 戸 川 乱 歩 全 集 第 1 巻 屋 根 裏 の 散 歩 者
﹄ 光 文 社 平 成 十 六 年 七 月 所 収 四 六 頁
︶
⑼ 川 崎 賢 子
﹁﹃ 新 青 年
﹄ の 誕 生 と そ の 時 代
﹂︵
﹃ 新 青 年
﹄ 研 究 会 編
︶﹃
﹃ 新 青 年
﹄ 読 本 全 一 巻
│
│ 昭 和 グ ラ フ ィ テ ィ
﹄ 作 品 社 昭 和 六 十 三 年 二 月 四
〜 六 頁
︒ な お
︑ 算 用 数 字 と 漢 数 字 の 混 用 は 原 文 に よ る
︒
⑽ 森 下 時 男
﹁ 編 集 長 と し て
﹁ 新 青 年
﹂ 創 刊
﹂﹃ 探 偵 小 説 の 父 森 下 雨 村
﹄ 文 源 庫 平 成 十 九 年 十 一 月 五 四 頁
⑾
﹁ 新 青 年
﹂ で は 創 刊 号 か ら オ ー ス テ ィ ン
・ フ リ ー マ ン の 長 篇 探 偵 小 説
﹃ 白 骨 の 謎
﹄︵ 保 篠 龍 緒 訳
︶ の 連 載 が 打 ち 出 さ れ て お り
︑ 同 年 七 月 号 ま で 計 七 回 連 続 で 掲 載 さ れ て い た
︒ ま た
︑ 同 号 に 掲 載 さ れ た
﹁ 漫 画 考 物 懸 賞 募 集
﹂ と 題 し た 懸 賞 募 集 規 定 で は
︑﹁ 考 物 漫 画
﹂・
﹁ 考 物 物 語
﹂・
﹁ 懸 賞 漫 画
﹂・
﹁ 特 別 懸 賞 小 説
﹂・
﹁ 特 別 懸 賞 探 偵 小 説
﹂ と い う 五 つ の 項 目 が 設 け ら れ て お り
︑ そ の 中 で
︑﹁ 特 別 懸 賞 探 偵 小 説
﹂ は 学 生 青 年 向 き の
﹁ 特 別 懸 賞 小 説
﹂ 同 様
︑﹁ 四 百 字 詰 原 稿 用 紙 十 枚 限
﹂ と い う 字 数 制 限 が 掛 け ら れ て い た
︒ 懸 賞 金 に 関 し て は
︑ 一 等 一 名 十 円
︑ 二 等 一 名 五 円 と 記 さ れ て い た
︒ な お
︑ 字 数 制 限 と 懸 賞 金 の 金 額 は そ の 後 二 回 ほ ど 見 直 さ れ
︑ 大 正 十 三 年 七 月 号 の 募 集 記 事 で は 字 数 制 限 が 二 十 枚 に な り
︑ 懸 賞 金 も 一 等 が 三 十 円
・ 二 等 が 二 十 円 に 増 額 し た
︒
⑿ 森 下 雨 村
﹁ 編 輯 局 よ り
﹂﹁ 新 青 年
﹂ 大 正 十 三 年 十 二 月 号 博 文 館 大 正 十 三 年 十 二 月 二 四
〇 頁
⒀
﹁ 新 青 年
﹂ で は 大 正 十 二 年 三 月 号 よ り
︑ 懸 賞 探 偵 小 説 と は 別 に
︑ 字 数 制 限 な し の 探 偵 小 説 を 募 集 し 始 め た が
︑ 同 年 の 四 月 号 に
﹃ 二 銭 銅 貨
﹄ が 発 表 さ れ て い る こ と を 考 え れ ば
︑ 乱 歩 の 寄 稿 に 刺 激 さ れ て の 行 動 と 推 測 で き る
︒ し か し
︑ そ の 後 選 評 が 発 表 さ れ た の は わ ず か 一 回 の み で あ っ た こ と か ら
︑ 結 果 が 芳 し く な か っ た こ と が 覗 え る
︒ た だ し
︑ 大 正 十 四 年 二 月 号 の 編 集 後 記 で は
﹁ 従 来 も 募 集 し 来 つ た こ と で あ る が 本 年 度 よ り 一 層 の 真 剣 味 を 以 て
︑ 探 偵 小 説 の 創 作 を 募 集 す る
︒ 創 作 界 の 新 人 を 求 め ん と す る 本 誌 同 人 の 意 を 諒 と し
︑ 自 信 あ る 作 品 を 寄 せ ら れ ん こ と を 希 望 す る
︒ 第 一 回 の 収 獲 は 四 月 増 大
﹁ 探 偵 小 説 創 作 号
﹂ 誌 上 に 発 表 す る
﹂ と 改 め て 募 集 を 打 ち 出 し て お り
︑ 実 際 四 月 増 大 号 に は 乱 歩 の 連 続 短 篇
﹃ 赤 い 部 屋
﹄ 以 外
︑ 成 田 尚
・ 大 下 宇 陀 児
・ 水 谷 準
・ 谷 譲 次
・ 甲 賀 三 郎
・ 久 山 秀 子 の 創 作 探 偵 小 説 が 発 表 さ れ て い る
︒ な お
︑ 同 号 の 編 集 後 記 で は
﹁ 本 号 か ら は 暗 号 の ペ ー ジ と 読 者 の ペ ー ジ を 新 設 し た
︑ 共 に 掲 載 す る 価 値 あ り と 認 め た る 暗 号
︑ 又 は 寄 書 を 得 る ご と に 登 載 す る
﹂ と あ る よ う に
︑ 暗 号 の 募 集 も 始 め て い る
︒ 江 戸 川 乱 歩
﹃ D 坂 の 殺 人 事 件
﹄ 論
・ 序 説
三 九
⒁ 江 戸 川 乱 歩
﹁ 余 技 時 代
﹂﹃ 探 偵 小 説 四 十 年
﹄ 桃 源 社 昭 和 三 十 六 年 七 月
︵﹃ 江 戸 川 乱 歩 全 集 第 2 8 巻 探 偵 小 説 四 十 年
︵ 上
︶﹄ 光 文 社 平 成 十 八 年 一 月 所 収 七
〇 頁
︶
⒂ 森 下 雨 村
﹁ 懸 賞 小 説 選 評
﹂﹁ 新 青 年
﹂ 大 正 十 年 夏 季 増 刊 号 博 文 館 大 正 十 年 八 月 一 六 二 頁
⒃ 森 下 雨 村
﹁ 探 偵 小 説 選 評
﹂﹁ 新 青 年
﹂ 大 正 十 年 二 月 号 博 文 館 大 正 十 年 二 月 九 三 頁
⒄
﹁ 探 偵 小 説 選 評
﹂﹁ 新 青 年
﹂ 大 正 十 一 年 五 月 号 博 文 館 大 正 十 一 年 五 月 八 七 頁
⒅ 畑 実 編
﹁ 長 谷 川 天 渓 年 譜
﹂﹃ 長 谷 川 天 渓 文 芸 評 論 集
﹄ 岩 波 文 庫 昭 和 三 十 年 二 月 二
〇 四 頁
⒆ 前 掲
﹃ 探 偵 小 説 の 父 森 下 雨 村
﹄ に 公 開 さ れ た 原 稿 用 箋 で 書 か れ た 雨 村 の 回 想 に よ れ ば
︑﹁ 新 青 年
﹂ 創 刊 当 初
︑ 探 偵 小 説 を 集 め る 際 に
︑﹁ 自 分 一 人 で は 追 い つ か ず
︑ 編 集 局 長 の 長 谷 川 さ ん や 馬 場
︵ 孤 蝶
:
引 用 者 注︶ さ ん に ま で 押 し つ け る よ う に し て 読 ん で も ら っ た
﹂︵ 五 五
〜 五 六 頁
︶ と し て い る
︒ な お
︑ 探 偵 小 説 へ の 認 識 に 関 し て
︑ 当 時 の 天 渓 と 孤 蝶 は
﹁ シ ャ ー ロ ッ ク
・ ホ ー ム ズ を 読 ん で い た か ど う か と 思 わ れ る く ら い
﹂ の 程 度 で あ っ た が
︑ 忽 ち
﹁ 吸 い つ け ら れ る
﹂ よ う に 興 味 を 深 め て い っ た と も 記 さ れ て い る
︒
⒇ な お
︑ 創 刊 号 次 号 で あ る 大 正 九 年 二 月 号 に 寄 稿 し た の は
﹁ 日 本 は 何 を 考 へ て ゐ る か
﹂ と い う 探 偵 小 説 と 全 く 無 縁 な 記 事 で あ り
︑ 日 本 を 語 り 手 と し て 擬 人 化 し
︑ 国 内 情 勢 を 解 説 し 青 年 た ち を 国 家 の た め に 奮 起 さ せ る 内 容 と な っ て い る
︒ 長 谷 川 天 渓
﹁ 探 偵 小 説 の 主 人 公
﹂﹁ 新 青 年
﹂ 大 正 十 四 年 新 春 増 刊 号 博 文 館 大 正 十 四 年 一 月 八
〇
〜 八 一 頁 神 部 生
﹁ 探 偵 小 説 選 評
﹂﹁ 新 青 年
﹂ 大 正 十 一 年 十 二 月 号 博 文 館 大 正 十 一 年 十 二 月 一 三 九 頁 乱 歩 宛 書 簡 大 正 十 一 年 十 二 月 二 日 付
︵ 江 戸 川 乱 歩
﹃ 江 戸 川 乱 歩 全 集 第 2 8 巻 探 偵 小 説 四 十 年
︵ 上
︶﹄ 光 文 社 平 成 十 八 年 一 月 所 収 五 九
〜 六
〇 頁
︶ 江 戸 川 乱 歩
﹁ あ と が き
﹂﹃ 江 戸 川 乱 歩 全 集
﹄ 桃 源 社 昭 和 三 十 七 年 五 月
︵﹃ 江 戸 川 乱 歩 全 集 第 1 巻 屋 根 裏 の 散 歩 者
﹄ 光 文 社 平 成 十 六 年 七 月 所 収 八
〇 頁
︶ に 同 じ
︑ 六
〇 頁 江 戸 川 乱 歩
﹁ あ と が き
﹂﹃ 芋 虫
﹄ 岩 谷 書 店 昭 和 二 十 五 年 二 月
︵﹃ 江 戸 川 乱 歩 全 集 第 1 巻 屋 根 裏 の 散 歩 者
﹄ 光 文 社 平 成 十 六 年 七 月 所 収 二 一 八
〜 二 一 九 頁
︶ 落 合 教 幸
﹁ 翻 刻
﹁ D 坂 の 殺 人 事 件
﹂﹂
﹁ 大 衆 文 化
﹂ 第 二 号 立 教 大 学 平 成 二 十 一 年 九 月 二 八
〜 二 九 頁 棟 割 長 屋 の 特 徴 に 関 し て
︑ 藤 谷 陽 悦 氏 は
﹁ 江 戸 時 代 の 庶 民 の 生 活 は
︑ 棟 割 長 屋 が ほ と ん ど で あ っ た
︒ そ の 基 本 形 態 は
︑ 表 店
江 戸 川 乱 歩
﹃ D 坂 の 殺 人 事 件
﹄ 論
・ 序 説
四
〇
が 大 通 り に 面 し て 裏 路 地 を 引 き 込 ん で お り
︑ 9 尺 2 間 の 借 家 が 棟 割 式 に 並 ぶ 形 式 で あ っ た
︒ 時 に は 借 家 2 0 数 戸 分 の 1 軒 が 敷 地 い っ ぱ い に 連 な っ て お り
︑ 路 地 に は 井 戸
・ 便 所
・ 茶 溜
︵ ゴ ミ 捨 て 場
︶ が 共 同 で 置 か れ て い た
﹂︵ 藤 谷 陽 悦
﹁ 下 町 の 長 屋 と 貸 家
﹂︵ 内 田 青 蔵
・ 大 川 三 雄
・ 藤 谷 陽 悦 編
︶﹃ 新 版 図 説
・ 近 代 日 本 住 宅 史
﹄ 鹿 島 出 版 社 平 成 二 十 年 二 月 二
〇 頁
︶ と 説 明 し て い る
︒ な お
︑ 同 書 の 中 で 明 か さ れ て い る よ う に
︑﹁ 明 治 後 期 に は 超 過 密 な 棟 割 長 屋 に 代 わ っ て
︑ 平 屋 の 普 通 家 屋 が 増 え
﹂ 大 半 を 占 め て い る た め
︑ 大 正 時 代 で は 棟 割 長 屋 の 存 在 が 珍 し く な り つ つ あ る
︒
※ 本 文 は す べ て 光 文 社 文 庫 版
﹃ 江 戸 川 乱 歩 全 集 第 1 巻 屋 根 裏 の 散 歩 者
﹄︵ 平 成 十 六 年 七 月
︶ か ら 引 用 し た も の で あ る
︒ な お
︑ す べ て の 引 用 は
︑ 原 則 と し て 新 字 に 改 め
︑ ル ビ は 省 略 し た
︒
※ 本 稿 は
︑ 第 十 六 回 中 国 日 本 文 学 研 究 会 全 国 大 会 及 び 国 際 シ ン ポ ジ ウ ム
︵ 平 成 三 十 年 八 月 十 四 日 於 中 国 内 モ ン ゴ ル 大 学
︶ に お け る 口 頭 発 表 を も と に 加 筆 修 正 し た も の で あ る
︒ 発 表 の 際 に 会 場 に て ご 教 示 を 賜 っ た 先 生 方 に 心 よ り 御 礼 申 し 上 げ ま す
︒
│
│ 大 学 院 文 学 研 究 科 博 士 課 程 後 期 課 程
│
│ 江
戸 川 乱 歩
﹃ D 坂 の 殺 人 事 件
﹄ 論
・ 序 説
四 一