岡山大学経済学会雑誌32(3),2000, 53‑ 74
不確 実性 の視 点 に よる
プ
ルーデ ンス政策 の再検討
西 垣 鳴 人
《研究 ノー ト》
目 次
は じめに
不確実性についての諸論点 予防的規制 と不確実性
公的セイフテ ィ ・ネ ッ Tlと不確実性
民間機関に よる諸 プル ーデ ンス政策 と不確実性 結論
1.は じ め に
金融 システ ムの安定性 を脅かす一 因 として ,経済的な不確実性 の存在を挙 げ ることがで きる。 ここで不確実性 とは計量可能 な リス クと異な る,予測が つかない将来に対す る人 々の不安心理を意味す るO この不安心理 は何 らかの きっかけに よって急激に膨張 し,金融 システ ムの不安定性 を増幅す るO不安 定化 の要因を不確実性 のみに限定す る必要は もちろんない。だがそれが主要 な原因の一つであることを疑 う者は少ないであろ うo
ところが ,金融 システムの不安定化 を回避す るために設け られた諸ル ール の体系であるプル ーデ ンス政策が ,この不確実性 との関連において議論 され た ことは これ まで皆無に等 しか った。確かに情報 の不完全性 (もしくは非対 称性) の観点か らデ ィス クロージ ャーの充実 等 が主 張 され る ことは多 い0
デ ィス クロージャーもまた重要なプル ーデ ンス政 策 の一 つ で は あ るo Lか し,われわれが議論 の対象に したい ,ケイ ンズ的 な意 味 に おけ る 「不確 実 性」 は ,不完全情報や非対称情報 とはまた異な った概念を指す。不確実性 と は本来デ ィス クローズす ることがで きない ,つ ま り入手不可能 な 「将来の情 報」 に対す る人 々の雲 をつかむ ような心理状態を表す概念なのである0
本稿 では こ うした不確実性 の観点か ら金融 システ ムの安定性を維持す るた めに設け られた様 々な プル ーデ ンス政策 を改 め て吟 味 し,再 評価 や批 判 を 行 ってみ ることに したい。
われわれは次の2節において ,プル ーデ ンス政策を議論す る上で重要 とな る不確実性 の諸論点をい くつか列挙す る。次の3節 でプル ーデ ンス政策 の類 型化を行 った後 に公的機関が行 う事前的 (予防的)諸施策 について議論 し,
4
節 では 同 じく公 的機 関 に よる事後 的 な プル ーデ ンス政策 (公 的 セイ フ テ ィ ・ネ ッ ト)を,5節 で民間機関に よるプル ーデ ンス政策をそれぞれ再検 討 してみ ることにす る。そ して最終6節 で全体的な結論 を述べ ることに しよう。
2.
不確実性についての諸論点筆者 は当 『岡山大学経済学会雑誌』 におけ る過去3本 の 「研究 ノー ト」 に おいて ,ケイ ンズ的な不確実性 に関す るい くつかの論点を示 して きた。 ここ にそれ らを も う一度 ま とめてお こ う。
(1) 不確実性 とは何か
ケイ ンズ的な不確実性 についての最 も本質 な点は,「は じめに」 で も述 べ た ように不確実性 とい うものが計量可能 な リス ク (危険) と異なる数値化で きない人 々の心理状態を言 い表 した概念だ とい うことである。合理的な経済 主体 は ,情報が完全 である限 り,過去か ら現在 にいた るまでの入手可能 なあ
不確実性の視点によるプルーデンス政策の再検討 435 らゆ るデ ータに もとづいて将来に起 こ り得 る経 済現 象 を シ ミュ レー トした り, リス クや収益の計算を行 った りす る。か ような計算や シ ミュレーシ ョン は ,言 うまで もな く現在利用可能なデータの基盤 とな っている経済状況や経 済構造が将来 も不変 であるとい う前提 で行われ る。仮に もし,前提である経 済状況や経済構造が明 日揺 ら ぐような可能性 があれば ,い くら合理的な主体 であって も,当該 データに もとづいた将 来 予測 に信 頼 を置 くこ とはで きな い.その ときこれ らの主体が直面す る将来 の予測不可能性に対す る不安 な心 理状態 こそが,J.M.ケイ ンズをは じめ としたエ コノ ミス ト達が これ まで 「不 確実性」 とい う言葉で言い表 して きた概念 の中身であると考 え られ るのであ
るo
また西垣 (1998,1999)で明 らかに して きた ように ,この 「不確実性」 は 経済 内におけ る情報 の偏在 ,すなわち 「非対称情報」や計算 プ ロセスの 「複 雑性」 とい った概念 とは区別 しなければな らない点に も注意 してお きたい。
不確実性 とは現在決 して手 に入れ ることがで きない将来の情報に関す る概念 であ り, したが ってまた情報処理が難 しいか ど うか とも無 関係 だ か らで あ る。
(2) 「内生的不確実性」 と 「外生的不確実性」 とい う区別
第二 の重要事項 は ,上 の定義におけ る不 確実性 がそ の発 生原 因 に よって
「内生的不確実性」 と 「外生的不確実性」 とに区分 され得 る とい う点 で あ る(1)。内生的不確実性 とは ,規制 を受けない市場参加者の予想外でユニーク, そ して時 として革新的な行動 に よって ,現在保たれている経済秩序が崩れ , 将来予測 のための諸 データが無効化 して しま うことに よって生みだ され る不 確実性 であるo予想外 の行動を とる経済主体 は冒険的な起業家だけでな く経 済合理性 に適 っていない行為 に出るノイズ ・トレーダーの ような存在 も含 ま れ る。いずれに して も市場 内部者に よって生みだ され る不確実性であるとい
う意味で これを 「内生的」 と呼ぶのである。
これに対 して外生的不確実性 とい うのは市場外 の諸要 因 ,例 えば輸 出入に 関す る需要 シ ョックお よび供給 シ ョック,政変 ,大規模な 自然災害な どに よ
る経済構造 ・経済環境 の変化が原 因で生みだ され る不確実性 である。
この よ うな 「内生」「外 生」 とい った 区別 が重 要 で あ る理 由 は ,西 垣 (2000)に記 した よ うに ,異なる種類 の不確実生に対 しては異な った経済政 策上の処方が有効 であると判断 され るためである(2)。 また本稿 のテ ーマに別 して言 えば ,プルーデ ンス政策を不確実性 の観点か ら再吟味す る場合に もそ の区別が主要 な論点の一つ となるか らで もあるO
(3)経済環境の二重構造
不確実性 について議論す る上で も うーっ重要な ことは,われわれを取 り巻 く経済環境は ,確実 あるいは確率的に予測 しうる安定的な層 と時間 と共に予 想困難 な変化を遂げてゆ く不安定な層 との二重構造をな しているとい う認識 である。安定的な第一層 を規定す るもの として ,例 えば市場参加者が従わな ければな らない法体系や社会的慣 習の よ うな ものを考 えれば よいだろ う。市 場参加者が決め られたル ールに従 って行動 している限 り各経済主体の将来は 全 く不確実であるわけではない。少な くとも市場参加者 の行為 の予測困難性 は緩和 され ,上記の 「内生的不確実性」 はル ールがない場合に比べて大 いに やわ らげ られ るであろ う。
「ル ール主義」 とい う概念があるが ,特に経済に対 して重要な影響を及ぼ す政府がル ールに従 って行動す ることは ,不確実性 の観点か らみて ,自立的 な経済主体に とっては大 きな利益 にな るO反対に こ うしたル ールが確立 して いなければ不安定で不確実 な第二層が相対的に厚 くな って ,経済主体 の意思 決定に とって望 まし くない状況が生み出され る。
不確実性に関す る以上 の論点に依拠 しなが ら,以下 の諸節で プル ーデ ンス 政策に関す る再検討を行 ってい くことに しよう。
不確 実 性 の視 点 に よるプル ーデ ンス政 策 の再 検 討 437
3.
予防的規制 と不確実性 (1) プルーデ ンス政策の体系(3)さて,プルーデ ンス政策 と一言でいって も多様性があ り,最初に横型化を してお くことが,後の議論に とって有益である (以下 ,第 1表参照)。
一般的な分類に従 えば,プルーデ ンス政策はまず公的機関が主体になるも の と民間機関が主導す るもの とに分かれ ,それぞれが事前的な政策 と事後的 な政策 とに分類 され る。
公的機関に よる事前的プルーデ ンス政策は予防的規制 とも言われ ,競争制 限的規制 とバ ランスシー ト規制 とに大別 され るO競争制限的規制 とは,高度 成長期 までわが国金融規制の主流であ った もので ,価 格規制 ,業務 分野規 刺 ,内外市場分断規制 な ど多数が存在 している(4)。 これ らの規制が金融 自由 化の進展に よって緩和 あるいは撤廃 された後に重要 さを増 してきた ものがバ
第1表 プル ーデ ンス政策 の体系(5)
公的機関に よるプル ーデ ンス政策 民間主導 プル ーデ ンス政策
事前的 競争制 限的規制 業務分野規制 ,価格規制 (刺 ,手 数 料 率 規 制 ,保 険 料 率 規刺 ,入規制 ,店舗規制 ,配 当規制 ,有担保規制)内外 市 場 分 断 規 制 ,新 規 参金利規 デ ィス クロージ ャー制度格付け機関に よる金融機関の格付け バ ラ ン スシ‑ ト規制 自己資本比率規制及 び早期是正措
政 策 置
ポ ー T. フ ォリオ
規制 流動性資産比率規制 ,大 ロ融資規制 (用 供 与 規 制 ),不動産比率規制 ,為替持高規制 営 業 用大 口信
ランスシー ト規制であるOバ ランスシー ト規制 とはバ ランスシー トの健全化 に よって金融機関の経営安定化を図ろ うとす る ものであ る。そ のなか で , BIS規制や早期是正措置 との関係で90年代以降,特に注 目されているのが 自 己資本比率規制であるo他のバ ランスシー ト規制はポー トフォリオ規刺 (響 産構成に関わ る諸規制) と呼ばれ ,そのなかには流動性資産比率規制 ,大 ロ 融資規制 (もしくは大 口信用供与規制),営業用不動産比率規制 ,為替持高規 制 といった種 々の規制が含 まれている。 また保険会社に対 して課 され るソル ベ ンシー ・マージン (リスクに対す る支払余力)に よる規制は,銀行な ど預 金取扱い金融機関におけ る自己資本比率規制に比肩 され るべ きものである。
次に公的機関に よる事後的プルーデ ンス政策 には どの よ うな ものが あ る か。事前的政策が競争制限的な ものも含めて,様 々な金融 リスクの可能性 を 予め封 じて しま う種額の規制であるのに対 し,事後的政策の方は ,現実のも のとなって しまった リスク (金融機関の経営破綻等)の影響が金融 システム 全体に波及す るのを最小限に防 ぐための政策で,公的セイフテ ィ ・ネ ッ トと も呼ばれ る。具体的には預金保険制度 と中央銀行の最後の貸 し手機能がそれ に当た る。
ここまで述べた公的機関に よる諸規制のはかに,民間機関に よる自主的な 安定化策 もプルーデ ンス政策に含めて考えられ ることがある。その うち事前 的規制 としては,統一基準に則 したデ ィスクロージャー (経営情報の開示) 制度 ,またそれを補完す るもの として格付け機関に よる金融機関の財務状態 等に対す る格付けがあ り,事後的政策 としては民間金融検閲同士の相互援助 制度な どが挙げ られ る。
以上が主要なプルーデ ンス政策のラインナ ップであるO以下本節では先ず 公的機関に よる事前的プルーデ ンス政策 (予防的規制)に関 して,前節に述 べた不確実性の観点か ら再評価お よび批評を行 っていきたい。
不確実性の視点によるプルーデンス政策の再検討 439
( 2 )
競争制限的規制 に対する一定の再評価公的機 関に よる事前的 プル ーデ ンス政策 もしくは予防的規制 は ,上述 した ように競争制限的規制 とバ ランスシー ト規制 の二つか ら成 るが ,この うちわ が国の高度成長期を通 じて中心的な役割を果た して きたのは前者 の競争制限 的規制 である。競争制限的 とい う名 の示す通 り金融機関同士 の競争を種 々の 規制 に よ り制限す ることに よって金融機関の破綻を防止 し,金融 システムの 安定化 を図 ることを 目的 とす る施策 である。その結果 システ ムの安定性 は外 部的な要因のない限 り失われ ることはないが ,市場競争を通 じた システムの 進歩 は損なわれ ることにな るo実際 ,日本 の金融機関利用者 の利便性が顧み られた ことはほ とん どなか った し,わが国金融機関の国際競争力は著 しく低 下す ることにな った。 こ うした弊害 が 目立 って きた ことや海外か らの 自由化 要請 な どに よって ,競争制限的規制 の緩和 ・撤廃 が過去二十年 間にわた って 推進 されて きたのである。近年 のわが国におけ る金融 ビッグバ ンは こ うした 規制緩和 ・撤廃 の最終段階に位置す る。
さて,こ うして今やその役割を終 えたか に見 え る競 争制 限 的規制 につ い て ,不確実性 の観点か ら再吟味を してみたい。
競争 を縛 るとい うことは ,利潤獲得を 目的 とした革新的な行為を行わせな い とい う点では ,前節(2)でのべた 「内生的不確実性」 の発生原因を未然に摘 み取 って しま うことを意味す る。新規参入規制 は革新的な起業家が金融 シス テム内に侵入す るのを防止 し,業務分野規制 は異業種金融機 関間での競争を 禁止 ,価格規制 (金利規制や保険料率規制等),配 当規制 お よび店舗規制は同 業者 同士 の競争 を大幅に制限 した。 もちろん,参入規制や分野規制 が個別金 融機関の専門性 を高め ることに よって経営破綻 の可能性 を低下 させ る効果 を 持 っていた ことは事実 であろ う。 しか し,それだけでな く,これ ら規制が革 新者が競争相手を出 し抜 く行動 を排除 す るな ど,金 融機 関 サ イ ドに おけ る
「内生的不確実性」 をほぼゼ ロに保つ ことに よって,メイ ンバ ンク制度に見 られ る ような産業 と金融 の安定関係を許 し,結果的にわが国の高度成長にプ
ラスの貢献を した と考え直 してみ ることも可能である。
もう一つ ,海外 との資本取引や国境を越えた金融機関の活動 (わが国金融 株関の海外での活動な らびに外国金融機関のわが国における活動)等を制限 してきたいわゆ る内外市場分断規制 も不確実性を抑制す るのに重要な役割を 果た してきた と考え られ る。資本取引の規制が固定相場制時代に為替相場の 安定化に寄与 した ことは誰 もが認め よう。だがそれ と同時に,急激な円高や 円安に対す る産業界の不安 ,つ ま りある種 の 「外生的不確実性」を抑制す る 要因になっていた とい う見方 もできる。また ,革新的な外国金融機関がわが 国金融市場へ参入 して くるのを制限 した ことは,日本の金融機関側の 「内生 的不確実性」に対 して も抑制的効果を持 っていた と評価す ることもできる。
多少 うか った見方をすれば,金融 自由化 とは,金融的要巨酎こもとづ く内生 的お よび外生的不確実性双方に抑制力を持 った諸規制を取 りは らって しま う ことを意味 し,他の条件を一定 とすれば,閉 じ込め られていた不確実性がパ ン ドラの箱が開け られたかの ように一斉に湧 き出す ことをいた しかたな しと す る政策であるとも言える。われわれは規制の緩和 ・撤廃に よる金融 ・経済 革新の可能性 と不確実性増大の可能性 とが実は トレー ド・オフ関係にあるこ とを よく認識 してお くべ きである。少な くとも不確実性論の立場に立つなら ば,自由化を無条件で喜ぶ ことはできない。
よって以下の議論における焦点は,競争制限的規制 と代替関係にある他の プルーデ ンス政策が不確実性増大の可能性を十分補償できるか どうかに絞 ら れ ることになろ う。
(3)不確実性抑制のためのバランスシー ト規制の条件
前節(3)において,われわれを取 り巻 く経済環境は予測可能な安定層 と予測 困難な不安定層 の二つか らできていることを述べたが ,競争制限的規制は こ の うち不安定層 の拡大を直接阻止す ることで経済 システム全体の安定を維持 しようとした ものである。そのマイナス効果 として,イノベーシ ョンが生み
不確実性の視点によるプルーデンス政策の再検討 441 だ され る可能性 も摘み取 られて しまったO これに対 して残 るプル ーデ ンス諸 政策 は不安定層 の拡大を最初か ら阻止す るとい うよ りは ,金融機関の リス ク 環境 を最適化 しつつ予測可能 な安定層 の厚みを増す ような措置を講ず ること で システムの安定化 を図ろ うとい うも う一つの方法論を採用 していると評す ることがで きる。
公的機関に よる競争制限的規制 に代 わ る事 前 的 プル ーデ ンス政 策 と して 種 々のバ ランスシー ト規制 がある。バ ランスシー ト規制 には,自己資本比率 規制 と種 々のポー トフ ォリオ規制 の両者が含 まれ るが ,ここでは特 に 自己資 本比率規制 を検討 の対象にす ることに しよう。
自己資本比率規制 はBIS規制や金融機関に対す る早期是 正措 置 がそれ に 依拠 していることか ら特 に注 目されて い る政策 で あ る。 そ の原理 を述 べれ ば ,金融機 関 のバ ラ ンス シー トに おけ る様 々な リス ク資 産 に対 してバ ッ フ ァーとな るべ き自己資本が十分備わ っていなければな らない とす る規制 で あ り,BIS(国際決済銀行)に よる国際基準は ,リス クの種類別 に ウェイ ト付 け された諸資産 の価値 を分母 に取 り,分子には一定 の算定基準に もとづいた 資本金 をは じめ とす る自己資本を取 って,その値が0.08(8%)以上である
ことを要求 している。
この 自己資本比率規制 は早期是正措置 の一環 として運用 され ることに よっ てプル ーデ ンス政策 としての生命力を増 した と言 って よいo早期是正措置 と は ,自己資本比率が基準値 (国際基準
8%
以上 ,国内基準4%
以上)を満た していない金融機関に対 して ,実際に債務超過に陥 って しま う前に経営改善 命令や業務 の全部 ・一部 の停止命令を監督 当局が下す予防的政策 である。では ,自己資本比率規制 に基づ く早期是正措置は ,不確実性 の観点か らい かに評価 され るものであろ うか。
繰 り返 し主張す るよ うに ,不確実性 とは予測 で きない将来に対す る経済主 体 の不安心理である。 この点か らすれば ,早期是正措置 の発動 に よって特定 の銀行が営業を停止す ること自体 に何 らかの不確実性抑制効果が認め られ る
わけではない。90年代前半 までのわが国金融行政が早期是正措置 の理念 とは お よそ正反対 のいわゆ る護送船 団方式 であった ことを考 えれ ば,180度 の方 向転換は90年代後半 におけ る 日本国民 の 「外生的不確実性」をむ しろ高めた とさえ考 えられ る。 しか し,それ よりも重要であることは ,早期是正措置 を は じめ としたバ ランスシー ト規制 の運用が今後国民の信頼 を獲得 で きるか否 か とい う点である。将来 これ らの政策が時 々の政府裁量ではな く,周知 され たル ールに忠実に従 って金融 システム安定化 あるいは公正化 のために実績を 積 んでい った としたな らば ,それは経済環境 の安定層 の厚みが増す ことを意 味す る。そ こには一つの経済秩序が確立 され ,その秩序に従 って全ての金融 機関が行動す ると市場参加者が予測で きる よ うに なれ ば ,早 期是 正 措置 は
「内生的不確実性」 の抑制装置 として立派 に機能す る ようにな るだろ う。
だが現行の 自己資本比率規制が不確実性 の観点か ら問題を含 んでいないわ け で はな い。 わ が 国 の 自己資 本 比率 規制 の一 つ の特徴 は ,分子 に おけ る Tier2(補完的項 目) に ,有価証券含み益 お よび不動産 の再評価差額金 の45 パ ーセ ン ト相当額を算入で きるように している点である。 これ らの項 目は本 来的に経済環境 の変化に影響を受け易い部分である。証券バブル ・土地バ ブ ルの全盛期においてほ 自己資本比率を高めるフ ァクターと信 じられていた も のが ,バ ブル崩壊に よって金融機関な らびに投資家たちの こ うした確信 は根 こそ ぎ裏切 られ ,彼 らの 「外生的不確実性」を著 しく高め る結果 にな った。
こ うして高 まった不確実性が90年代後半 において問題 とな ったいわゆ る "質 し渋 り現象",すなわ ち 自己資本比率 の分母におけ る対 中小企業 向け貸 出 し を圧縮す るように作用 した現象 の一大 原 因 で あ った こ とは容 易に想像 され る(6)。
以上述べた ように ,早期是正措置が不確実性を抑制す る装置 として横能す るためには,第‑に裁量的運用を排除 した公正なル ールの適用を維持す るこ と,それに よって国民の信頼を獲得す ることである。そ して第二 に現行 の 自 己資本比率規制 に含 まれ る ような不確実性要素を取 り除いてゆ くこと,こう
不確実性の視点によるプルーデンス政策の再検討 443 した努力が制度 を運用す る側に強 く求め られているのである(7)0
4.
公 的 セ イ フ テ ィ ・ネ ッ トと不 確 実 性本節では政策 当局に よる事後的なプル ーデ ンス政策 ,いわゆ る公的セイフ テ ィ ・ネ ッ トについてやは り不確実性 の観点か ら再吟味を行 う。公的セイフ テ ィ ・ネ ッ トは現実の もの とな った リス クの金融 システム全体への影響を最 小化す ることを 目的に していると一般 に考 え られている。その認識 自体に異 論 はないが ,不確実性 の視点か らす ると,公的セイフテ ィ ・ネ ッ トにはそれ とはまた違 った役割があることに気付か され る。それ らの役割について,預 金保険制度 と中央銀行 に よる最後 の貸 し手機能 の二つを と りあげて検討 して み ることに しよ う。
(1) 預金保険制度 と不確実性問題
預金保険制度 とは ,全 ての預金取扱い金融機関か ら預金残高の一定割合を 保険料 として拠 出 させ ,これをプールす ることに よって破綻金融機関におけ る預金者 の預金払戻 し (ペイ ・オフ)を一定限度 内で保証す るシステ ムの こ とをい う。保証限度額 がある程度 の高 さを示 していれば ,高い割合の預金者 は預金全体が保全 され ることにな り,取 引先金融機関の経営悪化に際 して取 りつけが生 じる危険を回避す ることがで きる。 また情報 の非対称性に よる健 全金融機関‑ の取 りつけの伝播 とい った システ ミック ・リス クの可能性 も低 減 させ ることもで きる。
さて ,非対称情報 とは異 な った ケイ ンズ的意味 に おけ る不確 実 性 に対 し て,預金保険制度は どの ような効果を及ぼ している (もしくは ,及ぼす可能 性がある) のだろ うか。
預金保険制度は通常 ,事後的政策 であるとみな され ,事実何 らかの措置 が とられ るのは リス クが現実化 してか らの ことである。 しか しなが ら,あらゆ
る保険制度がそ うであるように ,預金保険は実際に破綻 した金融機関の預金 者を保護す るだけでな く,将来破綻す るか しないかわか らない全ての金融機 関の預金者に 「保証」 とい う名の安心感を提供す るとい うもう一つの重要な 機能を同時に果た しているD こうした安心提供機能は元来 「事前的」なもの である。
ここで問題に したいのは ,その 「保証」の対象が計量化できる リスクか , それ とも計量化できない不確実性なのか とい う点であるO生命保険や損害保 険な どの場合 ,保険会社に よって綿密な リスク計算が行われ ,それに もとづ いて保険料率が算定 され る。 もちろんだか らといって不確実性が無視 されて よいわけではな く,ソルベ ンシー ・マージン (支払余力)の高 さが保険会社 の格付けを左右す ることは不確実性が無視できない要素であることの理 由の 一端を物語 っている。預金保険の場合 も同様である。財務 ・経営 内容に よっ て将来特定の金融機関が破綻す る確率 はあ る程 度求 め られ るか も しれ ない が,破綻す るはずがないと考えられていた金融機関が経済環境の変化や競争 に敗れ ることに よって将来破綻す ることも十分あ りえるo
Lたが って ,預金保険が預金者に対 して提供 している 「保証」は ,計算可 能な リスクに対 して と同時に,予測困難な将来の 「内生的」お よび 「外生的 不確実性」に対す るもので もあると言 うことができよう。
(2)最後の貸 し手機能 と不確実性
最後の貸 し手機能 とは ,特定の金融機関が何 らかの理 由に よって流動性不 足に陥 り,資産売却やイ ンターバ ンク市場を通 じては十分な資金調達ができ ない場合に最後の拠 り所 としての中央銀行が必要なだけの流動性を当該金融 機関に対 して供給す る役割の ことをい う(8)Oその概念的な起源は
1 9
世紀英 国 の ソーン トン (H.Thornton)やバ ジ ョッ ト(W .Bagehot)にまで遡 り,最 も 古いプルーデ ンス政策の一つ として知 られている。さて,金融機関が この ような流動性不足に直面 しているときとい うのは二
不確実性の視点によるプルーデンス政策の再検討 445 つの場合が考 え られ る。一つは ,当該金融機関が個別的理 由に よ り経営難に 陥 って資金繰 りが困難にな った場合である。その場合中央銀行 は金融 システ ムに与 える影響 の大 きさを勘案 して資金供給 を決意す るか もしれないが ,不 確実性は次に述べ るケース と比較 して相対的に重要 な問題ではない。 も う一 つのケース とは ,経済が金融恐慌 とも言 える危機に陥 って ,システム全体の 流動性不足が喫緊の問題 にな っている ような場合である。 こ うした金融恐慌 時におけ る流動性不足 は,個別金融機関の資金需要問題を超 えている。それ は経済 シ ョック後 に システ ム全体が弱気 の状態に陥 って株式や不動産を一斉 に売却 しようとす る,それに よって生 じる膨大な安全資産
(
‑貨幣)需要が その根本的原因にな っているケースであるO この場合 ,中央銀行が意識 しよ うとしか 、と,彼 らは不確実性 の問題に対処 しようとしてい るのである(9)O経済 シ ョック後 に安全資産‑の需要が高 まるのは,もちろんケイ ンズ的な 意味におけ る不確実性だけが原 田ではないoた とえば ,不十分な個別金融機 関のデ ィス クロージャーは公衆の弱気 を助長す る‑つの要因である し,他 の 経済主体が一斉 に危険資産 の売却を行 っているときに個人がそれに追従す る ことは合 理 的判 断 に も とづ く行為 で あ るか も しれ ないo Lか し,大 きな シ ョックが経済構造や経済環境を大 き く変 化 させ て しま って い る よ うな場 令 ,われわれ の定義す る 「外生的不確実性」 の高 ま りに よって安全資産 でめ る貨幣 の需要が急増 している可能性 は否応 な く高 くなるo シ ョックの規模が 大 きければ大 きいほ ど,その可能性 は高 まる。 さらに ,落ち着 く先がわか ら ない金融恐慌時に個別金融機関のデ ィス クロージャーが持つ重要性は相対的 に小 さ くな ってい るであろ う。 なぜな らそれ らの情報が将来を予測す る上で いつ まで有効性 を保 ちつづげ ろことがで きるか定かではないか らであるO
もし仮 に ,中央銀行が不確実性 の増 大 に よって高 ま った流 動性需 要 に ス ムースに応 じられなければ ,現象 として金利 の高騰 を招 くだけでな く,支払 に対応で きない金融機関の連鎖倒産が新たな シ ョックを次 々に生み出 して シ ステムの不安定化 は際限な く拡大す ることになるであろ う。反対に中央銀行
がシステム内の流動性危機に陥 った金融機関に潤沢な流動性を供給 しっづけ ることができれば,安全資産である貨幣が獲得できるとい う公衆の確信が強 ま り,不確実性は後退 して金融危機は沈静化 へ と向か ってゆ くことになろ
う。
最後 の貸 し手機能 とは,貨幣の根源的供給者である中央銀行に任せ られた
「外生的不確実性」の コン トロール機能であると言 って も過言ではないので ある。
(3)不確実性 とモラル ・ハザー ド問題
以上われわれは公的セイフテ ィ ・ネ ッ ト (事後的プル ーデ ンス政策) と不 確実性 との関係について,預金保険制度な らびに最後の貸 し手機能の両者に ついて検討 してきた。 ここで公的セイフテ ィ ・ネ ットについて議論す る上で 避けて通れない課題 としてモラル ・‑ザ ー ド問題 が あ る ことを思 い 出 した い。公的筋に よる過剰な保護は,対象金融株閑が 自らの経営責任を放棄 して 顧客の利益に反す るような‑イ リスク経営を追求す る原因にな りかねないo
この問題についてわれわれは不確実性論の立場か ら何 らかの言及を してお く 必要があるだろ う。
まず預金保険制度に関連 したモラル ・‑ザ ー ド問題について考 えたい。預 金保険は公衆の預金資産を一部 または全部保全 し,銀行取 りつけの可能性お よびそれが現実化 した場合のシステ ミック ・リスクへの拡大を阻止す る機能 を果たす。だが反面 ,預金者のモニタ リング‑のインセ ンテ ィブを弱めるマ イナス効果 も持ち合わせている。 また金融機関 自身 も保険料を支払 っている とは言え,彼 らの負債返済義務を部分的にで も肩代わ りしてもらえるわけで あるか ら,それがない場合に比べて リスク追求への傾倒を強める効果がある ことも否めない(10)0
しか しなが ら,こうした政策の持つ負の面 とシステムの安定化 とい う政策 本来の 目的 とを比較考量 した上で ,われわれは預金保険制皮を評価 しなけれ
不確実性の視点によるプルーデンス政策の再検討 447 ばな らない。特に不確実性 とい う公衆の心理要因を重視す るな らば ,預金保 険の システムに対 して果たす役割 を過 小評価 す る こ とは適 当 では な いだ ろ うO また ,われわれ の意味におけ る不確実性 を考慮に入れ るな らば ,預金保 険の逸脱 してはな らない一線を明確にす ることもで きるO例 えば ,預金保護 の限度枠 があ りなが ら,破綻金融機関を保護基金に よってすべか ら く救済 し た り,さらに救済に不足す る資金を国債発行に よって賄 った りす ることは , モラル ・‑ザ ー ドを助長す る原 因 とな るだけでな く,政府 に よる借金を永久 に続けてい くことは不可能 であることか ら,いずれその救済がス トップ した ときには新 たな シ ョックと 「外生的不確実性」 の増大を生む ことになるだろ う。 さらに ,早期是正措置 の場合 と同様 に預金保険制度が一つの経済秩序 と して 「内生的不確実性」 を抑制す る機能 を働かすためには ,それがあ くまで も一定 のル ールに もとづいて運営 されてい ることが肝要 なのであるo
結局 ,預金保険がモ ラル ・‑ザ ー ド問題 に抵触 しないために も,適正な不 確実性抑制装置 として機能 しつづけ るた め に も,政 府 の裁 量 を排 す る こ と が ,最 も大切な要件だ とい うことである。
次 に中央銀行 の最後 の貸 し手機能 とモ ラル ・‑ザ ー ド問題 について考 えた
い o
そ こで重要 な ことは ,金融機関の流動性危機が生 じた原田が何か とい うこ とであるo前述 した ように ,金融機関に流動性問題が生 じる原因は大 き く分 けて二つ ある。一つは個別金融機関が 自らの経営 ミスに よって招いた支払資 金不足 である。 ここで問われ るべ きは当該金融機関の 自己責任 なのであ り, この点を見逃 して流動性 を供給す ることはモラル ・‑ザ ー ドを許す ことにつ なが って しま うO この場合中央銀行は沈黙を守 って ,適切な処理を金融庁な
ど監督機関に委ね ることが望 まれ る(ll)0
流動性危機 の も う一つ の原 因は ,経済 シ ョック後 の 「外生的不確実性」 の 高 ま りに よるシステム全体 の貨幣需要 の急増である。 このケースにおいて中 央銀行が個別金融機関の経営 の良否や モラル ・‑ザ ー ドを勘案 している時間
的余裕 はないO レンダー ・オブ ・ラス ト・リゾー ト機能が直 ちに発動 され る べ きケースであるOただ しこの ような ケースが頻繁に生 じることは先進国で は考 えがた く,現実に起 こっている現象 が本 当 の意 味 で の金融 危機 か ど う か ,見分け る眼が中央銀行には求め られているのである。
5.
民間機関に よる諸 プル ーデ ンス政策 と不確実性以下 においてわれわれは民間機関に よるい くつかのプルーデ ンス政策につ いて も不確実性 の観点か ら言及 してお くことに しよう。
(1) 不確実性 とデ ィスクtj‑ジ ャー
民間機関 自身に よる事前的政策 として まず ,銀行協会等が制定 した統一規 準に沿 って各機関の財務 ・経営 内容についての情報 開示を行 ういわゆ るデ ィ スクロージャー制度がある。デ ィス クロージャーは投資家の 自己責任 の前提 とされ るものであ り,金融 自由化時代に もっとも重要視 され るシステ ム安定 化 の要件 である。 しか しなが ら,これは元来 ,不完全情報 もしくは非対称情 報に よる リス クを低減 させ るための手段 であ って ,一見われわれの意味にお け る不確実性 とは無関係な ように思えるO
だが もちろん,不完全情報 に もとづ く過剰 リス クの問題 は無視 されて よい ものではない。常 日頃か らの情報開示が適正な金融市場 のパ フ ォーマ ンスに とって重要 であることは言 うまで もないが ,正確 な情報 を提供 しつづけ るこ とはまた経済 シ ョック後 の模索過程 において速やかな再度 の均衡 を達成す る 上で も不可欠な要件 であると考 え られ る。 シ ョック後 の不確実性 の存在を考 えればデ ィス クロージャーは万能であるとは言 えないが ,だか らとい って不 要だ とい うことを言 ってい るわけではない。
不確実性諭 の立場か ら唯一つ言 ってお きたい ことは ,制度 としてのデ ィス クロージャーは紛れ もな く経済秩序 の一部を形成 しているとい うこと,すな
不確実性の視点によるプルーデンス政策の再検討 449 わち経済環境 の第一層 (安定層) を成 しているとい う事実である。デ ィス ク
ロージャーが確立 された制度であるとい うことは ,市場に参加す る全 ての主 体が ,現在か ら将来にかけて他 の経済主体が正 しい情報開示をす ることを期 待 に織 り込んで将来に対す る (投資決意等 の)意思決定がで きるとい うこと を意味す る。逆 に この制度が確立 されていなければ ,正 しい情報が利用で き るか ど うかに関す る不確実性が生 じ,その意味において市場参加者は他 の経 済主体 の行動 を予測す ることが困難にな る し,全経済主体 の行動 の結果であ る将来 の経済環境 を予想す ることもまた容易ではな くなる。すなわ ち,デ ィ ス クロージ ャーが確立 されていない とい うことは ,将来に対す る 「内生的不 確実性」 を増大 させ ることにつなが る。 この観点か ら,デ ィス クロージ ャー には不確実性論 の立場か らも一定 の意義を見 出す ことがで きるのである。
(2)格付 け制度 と不確実性
デ ィス クロ‑ジ ャー制度が金融機関 自らの情報開示を行 うことであるな ら ば ,格付けは格付け機関に よる (金融機関をは じめ とした)他の経済組織 に ついての情報生産 である。 これ もまた一種 の事前的 プル ーデ ンス政策 とい っ て よいか もしれない。格付け機関はデ ィス クロージャーが不十分な企業 の情 報 を投資家に提供 した り,複雑 な情報開示 内容を誰 にで も理解可能な形 に加 工 した りとい った ,いわば補完的情報生産機能を担 っているとみなせ る。そ の ような意味か ら格付け制度 と不確実性 の関係はデ ィスクロージャーの場合 と同様で ある ように思われ る。 しか しまたい くつか注意 してお くべ き点 も存 在す るので以下 に述べ よ うO
まず もっとも懸念 され ることは ,一部に存在す る格付けを神聖視す る風潮 である。高格付けを与 え られた金融機関がそれを 自らの広告 で誇示 している のはその一例 である。格付け機関に よって生産 された情報 も企業 自ら開示 し た情報 も機能 の上 で差があるわけではないo現在 の企業情報は ,将来 ,経済 構造 ・経済環境が変化 して しまえば無価値にな って しま う可能性 を常に内包
しているものである。 「経済環境の変化に も揺 るぎない財務 内容」 とい う意 味の トリプルA格付けが,経済環境の変化に よって格下げ されて しま うこと
こそ ,まさに将来が不確実であることの証拠なのである(12)0
もう一つ ,格付けの表示がわか りやすい ことの裏返 しとしてそれが単純に 過 ぎるとい う欠点に も眼を向けるべ きであるO平時において経済がた とえ連 続的に変化を遂げて行 った として も,格付けの変化は多かれ少なかれ断続的 にならざるを得ないOそれが市場参加者に対 してほ多少 とも経済 シ ョックと して作用す るとい うこと。そ して格付けの変化に対す る公衆の不確実性が市 場で一人歩 きを して しま う可能性にも警戒す る必要があるだろ うo
一部で言われ る格付けの慈意性をわれわれは ここで問題に しないが,いず れに して も,格付けを過大評価 しない ことが肝要であ り,一つの参考程度に とどめて,格付けのみに頼 った投資判断は回避 したほ うが懸命だ とい うこと である。
(3)民間機関同士の相互援助制度について
民間機関に よる事後的プルーデ ンス政策 として,体力のある金融機関が流 動性不足に陥 った金融機関に資金供与を行 う,あるいは体力の弱 った金融機 関を買収合併 して経営破綻がシステムに及ぼす影響を封 じるといった相互援 助的安定化の方法がある(13)0
相互援助制度は中央銀行に よる最後 の貸 し手機能を補完す る機能やペイ ・ オフの地域経済にあたえる混乱を回避す る機 能 を果 た してい ると考 え られ る。相互援助は もちろん不確実性の抑制要因の一つに違いない。 しか しそれ は現状をみる限 り確立 された ものではな く,援助が行われ るか どうかには不 確実な要素が含 まれているといわなければな らない。それが 「内生的不確実 性」の抑制装置 として機能す るためには,システム全体に適用 され る明確な ルールに基づいて実行 され るとい う確信が,市場参加者に よって共有 されて いなければな らない。そ うしたルールの確立 こそが ,不確実性論の立場か ら
不確実性 の視 点 に よるプル ーデ ンス政策 の再検討 451
言 って も最重要 な課題 であ り,現状のままでは不確実性 に対 して多 くの効果 を期待す ることはで きないのである。
6.
結 論本稿 は ,金融 システム安定化 のための諸規制 について,一貫 して不確実性 の観点か ら議論を行 って きたo ここで も うー度全体を振 り返 ってみ ることに
しよう。
不確実性 を 「内生的不確実性」 と 「外生的不確実性」 とに分けた場令 ,プ ル ーデ ンス政策 は圧倒的に内生的不確実性 を抑制す る機能 のほ うが強 く,外 生的不確実性 に対 しては,競争制限的規制 の一部 と預金保険制度が事前的抑 制 因にな りえ,最後 の貸 し手機能が事後 的な鎮静効果 を持つ くらいで ,その 他は さ した る効果を持 っている ようには思われない (第
2
表 参 照)。 もっ と もそれは原理的に 「規制」 とい うものが シス テ ムの一 部 を構成 す る こ とに よってシステ ムの安定化に寄与す る性質 の施策だか らである。われわれの言 葉 でいえば ,経済環境 の安定層 を厚 くす る役 割 を果 たす , とい うことで ある。
そのなかで競争制限的規制 は安定層 の厚みを増す とい うよ りほ不安定層 の
第2表 不確実性に対す る各 プル ーデ ンス政策の予想 され る効果
内生的不確実性 外生的不確実性
競争制限的規制 ◎ ○
早期是正措置 ○ (条件付) ● (可能性)
預金保険制度 ○○ ○/● (可能性) 最後 の貸 し手デ ィス クロージャー ◎ (● (条件付)可能性)
格付け制度 (⊃
◎ ‑・システム全体への効果,○ ‑部分的効果
,
●・‑マイナス効果拡大を阻止す るとい う方法論を採 ってお り,ある意味で非常に強力な (内生 的)不確実性抑制効果を持 っていたのである。だがその副作用 としてわが国 の金融革新 を遅 らす結果 にな った。
では競争制限的規制に代わ る早期是正措置 ,種 々のポー トフ ォリオ規制 , 預金保険制度等が ,果た して競 争制限的規制 ほ どに内生的不確実性 を抑 え込 む装置た り得 るのか といえば ,いずれ もそ の効 果 は部 分的 な ものに過 ぎな い。 あえて言えば これ ら諸規制 が全体 として一つの秩序た り得た時には じめ て内生的不確実性 の全般的抑制効果を発揮 で きるのであるO
しか しなが ら,そ こにはい くつかの課題が残 されていた。 1)早期是正措 置が依拠す る自己資本比率規制 自体が内包す る不確実性 の除去, 2)ル ール 主義 の徹底 ,そ して3)中央銀行 の分別 力 向上等 がそれ で あ る。 この うち 1) は会計制度の改革に よってやがて解決 してゆ く可能性が高い。だが2), 3)の実現のためには さらに, 4)中央銀行 の独立性 の強化 ,とい う課題 を 加 える必要があるだろ う。政府裁量 の入 り込む余地 をな くすためである。 こ れ らz), 3)お よび4)に対 しては今後不断の努力を必 要 とす る もので あ
る。
最後 に ,外生的不確実性 を抑制す る装置 として ,プル ーデ ンス政策には多 くの ことを期待で きない と述べた ことについて付言 しておきたい。それは,
2
節( 2 )
で述べた ように ,外生的不確実性 については もっと他に採 るべ き施策 があるとい うことである。 では どの ような政策 に期待をかけ るべ きなのかで あるが ,それがわれわれが取 りくむべ き次のテーマなのである。主 要 参 考 文 献
小村衆一 ・守山昭男 ・西脇辰治 ・二 卜季代司(1997),『金融 システム論』,多賀 出版 . 千 田純一 ・岡正坐 ・藤原英郎 (1997),『日本の金融 システム』,中央経済社 . 山脇岳志 (1998),『日本銀行 の真実』,ダイヤモ ン ド社 .
西垣鳴人 (1998)
,
「ゆ らぎ,危険 ,そ して不確実性 ‑ r不 確実性諭】周辺整理ノー ト(1)不確実性 の視点 に よるプル ーデ ンス政策 の再検討 453
‑」,『岡山大学経済学会雑誌』,第30巻第2号,pp.163‑194.
西垣鳴人 (1999),「合理的期待 と真の不確実性 ‑ 「不確実性論」 周辺整理 ノー ト(2ト∴
『岡山大学経済学会雑誌』,第30巻第3号,pp.365‑385.
西垣鳴人 (2000),「ケイ ンズ的不確実性 の全体像」,『岡山大学経済学会雑誌』,第31巻第4 号,pp347‑370.
Davidson,P(1978),MoneyandRealWorld,Macmlllan,secondedition.(原正彦訳 『貨幣 的経済理論』,日本経済評論社,1980年 .)
注
(1) 内生的不確実性 と外生的不確実性 に関す る詳細については,西垣 (2000),pp.350‑
352を参照の ことO
(2)西垣 (2000),pp3661368を参艶。
(3)以下第 1表 を参照 の こと。
(4)その他主要な もの としては,新規参入規制 ,店舗規制 ,配当規制 お よび有担保規制 と い った ものが競争制限的規制に含 まれ る。
(5)千 田 ・岡 ・藤原 (1997),pp89‑101お よびpp.133‑158,小村 ・守 山 ・西脇 ・二 上 (1997),pp169‑182な どを参照 して作成。
(6)対企業貸出 しは リスクウェイ トが100パ ーセン トであるため ,自己資本比率 の基準達 成のために真 っ先に圧縮 され る資産項 目の一つ となる。 このため 自己資本比率規制 お よび早期是正措置の存 在 が金融 シス テ ムをか え って不安定化 させ る ことにな って し まった と考 えられ る。
(7)事前的 プルーデ ンス政策には この他に金融庁に よる立入 り検査 や 日銀 考査 も入れ る ことがで きるか もしれない。 これ らについて も監督者側が常 日頃か ら金融機 関に 明確 な評価基準を周知徹底 させてお くことが金融機関の不確実性 を減 少 させ る上 で重要 だ
と思われ る。
(8) 旧 日銀法第25条に関わ る部分であるが ,新 日銀法 (1998年4月施行)においては ,よ り踏み込 んで次の ような規定がなされている。
第37条 金融機関の一時的かつ緊急の流動性不足には,日銀独 自の判 断 で無担保 の流動 性供給を行な う0
第38粂 経常の健全性に問題 のある金融機関の処理その他信用 不安 の対処 に おいては , 政府の要請を受け ,日銀が政策委員会 の議決を経 て,必要な措置を実行す る。
以下の議論 とも関わ るが ,この第38条は ,日銀の独立性問題 とも絡んで,不確実性の観点 か ら問題を残 しているように思われ るo山脇 (1998),pp231T232参風。
(9)公衆の流動性選好 (‑貨幣需要)要因 として将来に対す る不確実性 の存在を強調 した エ コノ ミス トとして著名なのは,P.デヴィッ ドソン氏であるoDavidson(1978),邦訳 pp155‑175な どを参風の ことQただ し彼 の議論はその後 も一貫 して ,人間心理 と して の不確実性の "変動"を無視 してお り,経済 シ ョック後 の 「外生的不確実性」の増大 と
い った考 え方 には至 っていないO
(10)預金保険制度に よる金融機関側 のモ ラル ・‑ザ ー ドを回避 す る手段 と して ,米 国 で は各金融機関が抱 えた リス クの大 きさに応 じて適用す る保 険 料 率 を レーテ ィング して ゆ く方法が採 られてい る。また ,預金保険に頼 らないナ ローバ ンキ ング提案 もあるD小 額 の貯蓄手段 と決済手段 のみを提供す るナ ローバ ンク (狭義銀行)と積極的な資産運用 を行 な う投資銀行 とに銀行 システ ムを二分化す ることに よって ,決 済 シス テ ムの破 綻 を防 LElLよ うとい う構想 であ る。ナ ローバ ンキ ング提案 と不確実性 の関係につ いては , 本論文 の続編 において言及がな され る予定 である。
(ll) トゥ ・ビッグ ・トゥ ・フ ェイル ,す なわ ち巨大金融機 関 の破 綻 が シス テ ムに及 ぼす 影響の大 きさを考慮す ると救済せ ざるを得 ない とい う中央 銀 行 が抱 え る ジ レンマが指 摘 され ることがある。90年代後半のわが国金融行政 はまさに この原 理 に従 って運 営 さ れ て きたが ,早期是正措置 の精神 とは明 らかに矛盾す る性質 の考 え方であ る。事実 ,米 国においては1991年 以降 この際理は法的に適用 されない こ とに な った 。 小村 t守 山 . 西脇 ・二上 (1997),p181参照。
(12)バ ブル崩壊 "前後 "におけ る邦銀格付けの隔た り,アジア通 貨 危機 "前後 "に おけ るニーズ諸 国の国債 な らびに諸企業格付けの落差 に鑑みれ ば , この こ とは 明 らか で あ る。 これは格付け機 関 自身 の審査 に落 ち度が あ った とい うよ りは ,将来 の情報 はデ ィス クローズす ることが不可能 であ るとい う不確実性 の原理が そ こに貫徹 して いた と考 え た方が よいだ ろ う。
(13)相互援助 は 自発的に行 なわれ る場合 と監督 当局 の指導 に も とづ い て行 なわ れ る場 合 の両方 があろ うO ここでは特 にその区別 は問題 に しない こととす るO