智山学報第四十四輯 平成七年三 月 『
金 剛 手
灌
頂
タ
ン
ト
ラ
』試
訳
(
2
)
伊
藤
堯 貫
は じ
め に 『金 剛 手灌 頂 タ ン トラ3 (東北 ,No
.496
,Da
,1b
〜156b
,影
印 北京版
,No
.130
, vol .6
,pp
.37
−97
>
は 、 プト
ン の タン トラの 四分 類 によれ ば、 『大B
経 』 と共に行 タン トラに配 されて い る文 献である。 この 「金剛
手灌頂
タ ン トラ』 は、 酒井 真 典 博士、 頼 富 本宏博士の 妍 究 に よ り、 『大B
経 s の 先駆経典 と推 定 さ れて い る。 つ ま り、 密 教 経 典 成立 史、密 教 思 想 史に お け る行 タン トラの 解 明、 ま た、 『大 日経 』 研 究の た め に も無視するこ と が で きない経 典 とい える。筆 者
は、 厂大
正大学大学 院
研究
論集
」第
19
輯
に 「『金 剛 手灌
項 タン トラ』 試Ut
(1
)」 を発 表 し、プ ロ ロ ー グに相 当す る第一巻
の 「序
品」 「過去行
成就論
理趣 出現 品」 の翻 訳 を試み た。 当論 文はこ の続
編であ り、 『金 剛 手灌
頂タ ン トラ』 の 第二 巻につ い て試訳 を提 出す
る。和
訳 に は デ ル ゲ 版(
Taipei
Edition
,
THE
TIBETAN
TRIPITAKA
,vo1 .
17
,p
.435
−21s
− −440
−507
) を底 本 と して 、影
印 北京版 (
vol .6
,p
.38
−53
・−p
.44
−48
>を参
照 し た 。な
お、 翻 訳に付 し た科 文
は、筆者
が便宜
上 、 付 したも の で あ る。 ま た、訳 文 の 上 に、
Taipei
Edition
,THE
TIBETAN
TRIPITAKA
, vol .17
の頁 数 とplate
番
号 を表 記 し た。 ま た 、偈
文は 三字 下 げで
訳
した。この
第
二巻
に は、 釈尊
に よる普
賢 菩薩
の灌
項が 説かれ てお り、普 賢菩薩
は、釈
尊か ら金 鬪杵
を授か るこ とに よっ て金劉 手 とな り、教
説 を附 嘱され る。 い27
『金 剛手灌頂タン トラ 』 試訳 (
2
) わ ば、釈
尊か ら普 賢
菩me
= 金 湖 手へ の付 法の 因縁が説か れて い る 。 つ ま り、 経 典 名の 『金 剛 手灌
頂タ ン トラ』 の 「金剛
手灌
頂」 とは、 こ の灌 頂
に お け る 金 剛杵
の授 与 を意
味 して い る。 ま た、 普 賢菩薩
が灌頂
に よっ て金緲
杵 を授
か り金剛 手
とな
るという設定
は、金剛頂経系
の密教
と共 通す
る設定
で あり、 そ の 意味
で も重要
な箇所
とい える。聖
金
剛 手
灌
頂 大
タ
ン
ト
ラ
第
二
巻
11
、六 成 就
この
よ う
に私
は聞
い た。あ
る時
、徴尊
は吉祥功徳
生大
城(
gro
かkher
chenpo
dpal
yon
−tan
’byah
gnas
/
6ridhanyakaramahanagara
?)の 中の、種々の 幢 を荘 厳 す る沙 羅 樹 の 深 い 林 (
Sin
sala snatshogs
kyi
rgyal mtshanbkod
pa
’i
nagstshal
stugpo
/
vicitrasaladhvajavyQhavana ?)であ り、一 切 如来
の 過 去の 行に よっ て 、遊 戯 した果 報 に よっ て加持 された大い なる最 勝 の 林におい て 、比 丘一万
二 千五百の 大集
会と共に住 して い た。 一 切 は また有
漏尽
きて 、煩
悩
な く、 心の 自在の 一切 の も っ と も優
れ た彼岸
に至っ た もの ば 436−22 か りであ り、す
な わ ち、 長老ス ブ ー ティ、 長 老 ガ バ ー ンパ テ ィ 、 長老大 自
在(
dbafi
chen )、長 老正午 (nyingufi
>、長老マ ハ ー カ ー シ ャ パ 、長老マ ウ ドゥガル ヤーヤナ、 長 老ナン ダ、 長 老 ウパ ナ ン ダ、 長 老バ ドラ、 長老ラ ー フ ラ 、 長 老アニ ル ッ ダ 、 長老マ ハ ー一カ ッ ピナ、長 老 持 国 (
yul
’khor
skyoh
)、 長老 ガ ヤ ー カ ー シャパ 、 長 老 ウル ビル バ カ ーシ ャ パ 、 長老大歯 (
tshems
chen)
、 長老マ ハ ーカ ウシュ テ ィ ラ 、長 老ス ン ダ リーナン ダ 、長老 宝勝 者 子 (gyad
bu
nor)
、 長 老 カ デ ィ ラヴ ァニ カ、 長 老受持
布施願相 (
bsod
snyomslen
pa
vara
dva
dza
)、 長 老 迦 葉 自在 子 (’
od sruh spyod
dbah
po
’i
bu
)、 長 老 徳至(
nye sbycr>
、 長老 クマ ー ラ カ ー シャ パ 、 長老 チ=L・一 ダ パ ン タ カ 、 長老
シ ャ ー リプ
トラなど 、 この よ うな 一万二千五 百の 比丘 と共に住 して い た 。 (28
)智山学 報第四十四輯
菩薩衆
は、 大 い なる もの ばか りで あ り、 す な わ ち、文 殊法王子、 光網
法 王子、 宝生
菩薩
、 宝慧
菩薩
、 宝手 菩薩
、 宝印手菩薩
、 住法 常 精 進 菩 薩 (rtagtu
brtson
par
chosla
gnas
pa
)、開 演一 切 法 句 菩 薩 (chosthams
cadkyi
tshig
rabtu
’byed
pa
)、 寂 一 切 煩 菩 薩 (gduh
thams
cad rabtu
shildan
)、持 慧 菩 薩 (blo
gros
rabtu
brten
pa )
、楽 欲利
益菩 薩
(1hag
pa
’i
bsam
pas
phan
byed
)、 具 悲 菩薩 (
sfiifi rje chan)
、 観 自在 菩 薩、大
勢
至 菩 43fi−23薩
、 大香 象
菩薩
、 虚 空 庫 菩薩、地 蔵菩薩
、虚
空蔵 菩薩
、 雷 音 王 菩 薩、遍覚
者音 菩
薩 (
safi safipo
’i
dbyan
)、無垢 慧 菩 薩 (blo
gros
dri
ma medpa
)、無尽 行
慧
菩 薩 (spyodpa
’i
blo
gras
mi zadpa
)、 行慧 菩薩(
spyodpa
’i
blo
gros
)、最 勝 慧 菩 薩 (bla
ma ’i
blo
gros
)、除一切 蓋障菩薩
、
弥
勒 菩 薩、 普 賢菩薩摩
訶薩
など 、 この よ うな十 仏 刹微
塵 数の菩薩
摩訶薩 と、賢護 等の 十六 正 士 と共に い た。彼 ら一切 は ま た、
[
十]
地 と、[
六]
波羅 蜜 と、 陀羅 尼 と、[
十]
力と、[
七]
覚支
と、[
八]
聖 道 と、 自在 を獲
得 し て お り、 心 の 一 切 の最上 の 波羅
蜜に至 り、意の 如 く一切衆
生 を満
足 させ 、過去の 誓願
の よう
に出離
し、 一 切 如 来 を 供 養 す るこ とと恭 敬す
るこ とに巧
み であ
り、常
に断ず
るこ とな く正 法 を尋 求 す るこ とに巧み で ある者
ば か りである。こ の よ うな 菩薩 摩 訶 薩に よっ て遍 く囲 まれ
尊
敬 さ れ、 世尊 は大 い なる蓮 華 蔵の獅 子座に住 して、 天 と ともな る 世間 を威圧 して、甚だ光輝 い て い た 。12
、眷
属
円
満
(1
) 天 (deva
)浄 居 天 子 た ち もそこ に集 まっ て住 した。 娑 婆 主 梵天 も また 、
梵
天族の 天子 に よっ て遍ね く囲 まれ、 そこ に集
まっ て住 した。帝
釈 天 もま た、 た くさ んの 436−24 百 千の 天 子 に よっ て 遍 ね く囲
まれ、尊
ば れ、 その集
会 に集
まっ て住 した。 (2
) 阿修
羅 王 (asurendra )『金 剛手灌頂タ ン ト ラ
』 試訳 (
2
>mcho
)
、バ テ ィ (Ba
ti
)、 太鼓.(Rha
chen )、時輪
(Dus
kyi
’
khor
lo
)、無垢
(Dri
ma medpa
/
Vimala
?)
、幢相 (
Ketu
)
、 月 面(
Zla
gdofi
)
、摧
破(
Rnam
par
’joms
/
Visphotaka
)
、 深奥
(
Zab
mo )、具 力 (Stob
can/
balika
?)、 ラー
フ
(
Rahu
)
、傲慢 幢
(Tog
dregs
)、遍 照 (Rnam
par
snahba
/
Vairocana
?)、諸
鬘
阿修 羅 王 (Sna
tshogs
phrefi
ba
can/
Vicitra
−malin ?)
などと、 他の 一 切 の 阿修 羅
王 とそ れ ら一切の阿修 羅
王 は、 各々 の住
処 を出て、 阿修 羅の 大威 神 と 阿修 羅の 大 神 通 力に よっ て、 華 と香 と華蔓
と焼 香 と塗香
と末香
と衣 と傘
と幢と幡 と瓔 珞 と鐃 と鼓を神 変 して、 種 々 の幢
を荘 厳 す る沙羅 樹の 深 い 林と 世尊
・ 如来
・応供
・正 遍 知釈
迦 牟 尼の 処 に行 っ て集 会 して、 神 変 した よう
に 華 と焼香
と香
と華蔓
と塗 香 と末
香 と衣 と傘
と幢 と幡 と嚶珞 と鐃 と鼓 を 世尊の 処 に散 じた。散
じて また、 世尊 を礼拝
して 一方
に住
した。 (3
)龍
王 (Nagaraja
)海
龍
王 (Sagara
)、無 熱 龍 王 (Anavatapta
)、 百 光龍
王 ( ’ od zerbrgya
pa
)
、 電光龍
王(
Glog
lce
)
、具 宝冠龍
王(
Rin
po
che ’i
cod
pan
can )、 タクシャカ
龍
王 (Taksaka
)、 アパ ラー ラ
龍
王 (Apalala
)
、 広 財子
龍
王(
Vasuki
)
、 カル コ ー タ カ
龍
王 (Karkotaka
)、欠 耳龍
王(
Rna
rdum)
、蓮
華龍
王(
Padma
)、 シャ ン カパ ー ラ龍
王 (Sarhkhapala
)
、 大 蓮 華
龍
王(
Mahapadma
)、 436−25具 時 龍
王(
Dus
can/
Kalika
?)、 ク リカ龍王 (Kurika
)、一 頭
龍
王 (Mgo
gcig
)、妄 語龍
王 (Brdzun
po
)、 自在
語龍
王(
Dbah
po
’i
sgra)
、 具力龍
王(
Stobs
ldan
)
な ど、 この よ うな千の 龍 王 は、各々 の住 処 を出て、龍
の大
威 神 と龍の 大神 通 力に よっ て 、 牛 頭 白檀の水 雲 を神 変 して、 種 々 の幢
を荘 厳す
る 沙羅樹 の深 い林 と世 尊の 処に行っ て 、 集 会 して、 神 変 した ように香水の 雲 に よっ て、 種 々 の幢
を荘 厳す
る沙羅樹 の 深い 林に雨 を降 らし た。 降 らして ま た 、世 尊 を礼拝 して、一方
に住
した。 (4
)大夜
叉軍
主(
Mahayak
爭asenapati)
毘沙 門大
夜
叉軍 主 (Vai
§ravaha )、 アー タヴ ァ カ大 夜叉軍 主 (Atvaka
)、 持国 大 夜 叉 軍 主 (
Dhrta
−rastra)
、増
長大 夜
叉軍
主(
VirUdhaka
)
、広 目大夜
叉軍
主(
Virapak
§a)
、満賢
大夜
叉軍 主 (Par4abhadra
)、宝 賢大夜
叉軍 主(
Map
=智山 学 報第四 十 四 輯
ibhadra
)、 持 愚 癡 水 主 大夜 叉軍 主 (Rmons
byed
’
dsin
chu ’i
dbah
po
)
、百 手大 夜叉軍主 (Lag
pa
brgya
pa
/
Satapa4i
?)、 パー ンチカ大 夜叉軍主 (
Pafi
− cika ) など、 この よ うな千の 大夜
叉軍 主は 、各々 の住処
を出 て、 華 と焼 香 と香
と華蔓
と塗 香 と末
香 と衣 と傘
と幢
と幡
と鐃 を持っ て、種々 の 幢 を荘 厳 する 沙羅樹
の深
い林
と世尊
の処
に行
っ て 、集会
して、 持 っ て い る よう
に華 と焼 香 936−26 と香と華蔓
と塗 香 と末
香 と衣 と傘
と幢 と幡
を世尊
に散 じた。 散 じて また 、世 尊 を礼拝 して、一方に住 した。 (5
} キン ナ ラ 王 (Kimnararaja
)大 樹キ ン ナ ラ 王 (
Drumakimnararaja
)は 、 た く さ んの キ ンナ ラの眷 属 と ともに、 また、 た くさんの キンナラの華
と焼 香 と香 と華蔓
と塗香 と末
香 と衣 と傘
と幢 と幡
と鐃 と鼓 を持 っ て、 た くさんの百 千の各々 の住 処 を出て、 種 々 の 幢 を荘 厳 する沙羅 樹の 深い 林 と世 尊の 処に行 き進み 、持っ て い るよ うに華 と焼 香 と香 と華蔓
と塗 香 と末
香 と衣 と傘
と幢
と幡
と鐃と鼓 を世尊に 散 じた 。 散 じて ま た 、世 尊 を礼拝
して 、一 方に住
した。 (6
) ガル ダ 王(
Garudendra
)
ビナ テーヤガル ダ王 (
Vinateya
)、 恐 怖ガル ダ 王 ( ’jigs
’gro
)、 百 羽 ガル ダ 王 (’dab
brgya
)、孔 雀ガル ダ王 (Gtsug
phufi
can )は、 た くさん の 百 千の ガル ダの眷属
と ともに、 また、 世尊
の処
に行
っ て、集
会 して 、世尊
を礼拝
して、一方に
住
した。(
7
} 羅 刹 主 (Rak
§asapati )忿
怒
面羅 刹 主 (Khros
bshin
)、 賢牙 羅 刹 主 (Mche
ba
bzafi
)、暴
悪 羅 刹主
(
Drag
po
)、 猛烈 (Rab
tu
gtum
pa
)、怖畏Cjigs
’jigs
Ita
)、 恐怖 (Skrag
byed
)
、 大 怖 畏 (’
jigs
byed
chenpo
)、十 面 (Gdofi
bcu
)、 夜魔 (GSin
rje)、夜魔鈴 (
GSin
rje ’i
dril
bu
)
、 明怖 畏
(
Rnam
par
’jigs
’jigs
lta
)、 月支 (Zla
ba
’i
sde )は 、 たく
さんの羅
刹の眷属
と共に、 種々 の幢
を荘
厳す
る 沙羅 樹の 深 い林
と世尊
の 処 に行っ て、集
会 して、 世尊
の御
足を頂
礼 して、 一方
に住
した 。 (8
) 火 天大 仙人 (Agnimahar
§i
) 436−2ア火天
大
仙人 は、 た くさん の仙
人と共 に、 ま た 、種 々 の 幢を荘厳す
る沙羅樹『金 剛 手 灌 頂タン トラ』 試 訳 (
2
) の 深い 林 と世尊
の処
に行
き進み、 世尊
の御 足 を頂礼
して、 一方
に住
した 。 (9
) 風 天(
Vayu
)
雲
鬘
風 天(
Phreh
ba
can )、破
壊 風 天 (’jigs
byed
)、 顕示 風 天(
’ chagsbyed
)、 逼立風 天 (Kun
tu
’j
ogbyed
)、 分散風 天(
Rnam
par
’thor
)、具 時風 天
(
Dus
ldan
)、散
風風 天 (Rnam
par
’thor
rlufi)
、 疾 風風 天
(
Rlufi
dmar
)
、持 世 間風 天
(
’jig
rten ’dsin
)
は、 また、 世
尊
の処
に行っ て、集
会 して、 世尊
を
礼 拝 して、一 方に
住
した。
月 天星
宿
王 (Skar
ma ’i
rgyalpo
zlaba
/
Candra
−nak §atra−raja ?)月天 星 宿 王 は、 た くさん の 百 千の 星宿の 眷 属 と共 に、 種々 の
幢
を荘 厳す
る 沙羅樹
の 深い 林 と世尊
の 処に 行 き進んで 、 世 尊の 御足 を頂 礼 して 、 一方
に住 した。 (ll
) 日天 (Ni
ma/
Aditya
あるい はSarya
)光明
鬘
日天 (’od zer
gyi
phreh
ba
can )、熱 暑 (Tsha
bar
byed
pa
)、 乾
燥 (
Skems
byed
)、生 煙 (Du
ba
’byin
)
、燃
焼 (Rab
’
bar
)、貪 欲 日天(
Sred
byed
)
は、 た くさ んの 百 千の 輝 く聖 な る天の 子の眷属
と共 に、種
々 の幢 を荘
厳 す る沙 羅 樹の 深 い林 と世尊
の処
に行
き進
み 、 世尊
の 御 足 を頂 礼 して、 一 方 に住 した。 (12
) 水天龍
王 (Varupanagaraja
)
水天
龍
王 は、 た くさ んの龍
王 の眷属
と共 に、 ま た、種
々 の幢 を荘厳 す
る沙 羅樹
の 深い 林 と世尊
の 処に行 き進み、世尊
の御
足 を項 礼 して 、 一 方に住 した 。 (13
) ヴィ シュ ヌ(
Visnu
)
ヴィ シュ ヌは 、 眷 属 と共に、種々 の
幢
を荘厳 す
る沙 羅 樹の深い 林 と世 尊の 436−28 処 に行き進み、 世尊
の御足 を頂礼
して、 一方
に に住
した。 (14
) ル ドラ (Rudra
)ル ドラは、 餓
鬼
の眷
属 と共に、 また 、 世尊の 処に 行 き進 み、 世 尊を礼 拝 し て、 一方に住 した。ブ ータ主 伊 舎 那天 (
Bhrttapati
−i
§ana
)ブ ー タ主伊 舎那 天 は、た くさんの 百 千の ブー タの 眷属 と共に、 また、種々 (
32
)智 山学報第四十四輯 の 幢 を荘
厳 す
る沙羅樹
の深い 林 と世尊
の処
に行
き進み、 世尊
の 御 足 を頂
礼 し て 、一方
に住
した。昂
宿大宿曜
王(
Karttikeyamahagraharaja
)昂 宿大
宿 曜 王 は、 たく
さんの 百 千の 星の眷
属 と共 に 、 また 、種々 の 幢 を荘 厳 する沙羅 樹 の深 い 林 と世 尊の 処に行 き進み、 世尊
の御
足 を頂 礼 して 、 一方
に住 した 。 (10
雲天 子(
meghaputra )黄 白 (
Skya
bo
)という雲
天 子、電
光鬘 (
Glog
phreh )
という
雲天子、鎮 厚雲
網 (
Sprin
gyi
dra
ba
stugpo
’joms
byed
)
という雲天 子
、雷
雲 (Car
’
bebs
)
という雲
天 子は、 た くさん の 百 千の 天 子の眷属
と共に、 また、 種 々 の幢
を荘
厳す
る沙 羅樹
の深 い林
と世尊
の 処に行 き進み、世尊
の御足 を頂礼 して、 一方
に住 した。 (18
) 電 光 (Glog
/
Vidyut
?)
豊 満 (
Stug
byed
)
とい う電 光、魅 力 (
Gzi
brjid
can ) という
電光
、満
光明 (
Stug
’ od )という
電 光明 、 光明 (’ od )とい う電光、 妙華 鬘 (Mdses
phrefi
can )という
電 光は、 たく
さん の 百 千の眷
属 と共 に、 また 、種々 の幢 を荘 厳ず
る沙羅樹
の 深い 林 と世尊
の処
に行
き進み、世 尊の御足 を頂
礼 して、一方 に住 した。 (19
) 山 王 (Parvaturaja
)須 弥
山 王 (Sumeru
)、香山 王 (Ghandhamadana
)
、 雪山王 (Himagiri
)、賓 闍 耶山 王
(
Vindhya
)、摩 羅 耶 山 王 (Malaya
)
、大 自在山 王 (Dbafi
chen/
437−29
Mahendra
?)、娑 婆
山 王(
Mi
mjed can )、 百頂
山 王(
Rtse
mobrgya
ba
)、雑 峰
山 王 (snatshogs
brtsegs
)
、持明 呪 山王 (Rig
shags ’ chah ) や、他
の 山王た ち は 、 ま た 、 種 々 の 幢 を荘 厳 する沙 羅 樹の深 い 林 と世 尊の 処 に行 っ て、集会
して、 世尊
の御
足 を頂 礼 して、 一 方に住 した 。0
) 閻魔 (Yama
) とその眷属
閻
魔
(Yama
)
、 黒夜
(Kala
−ratri)
、檀 拏
黒女 (Be
con nag mo can )、黒『金 剛 手灌頂タン ト ラ亅 試訳 (
2
) 黒 耳 女 (Rna
nag ma)
は、 また、 種々 の 幢 を荘 厳 する沙羅樹
の深
い林 と世尊
の 処に行
っ て、集会
して、世 尊の御
足 を頂礼
して、 一方
に住 した 。 母 天 衆ウマ ー
(
Uma
)、 チャ ーム ン ダー(
Camunda
) 、 ル ドラ妃(
Rudra
あるい はRaudri
)
、梵
天妃 (Brahmi
)、 ヴ ィ シュ ヌ妃 (Vaisnavi
)、 クマー ラ妃 (
Kumari
)
、 クヴ ェ ー ラ妃(
Kauberi
)
、 ヴァ ー ラー ヒー(
Varahi
)
、大怖
畏 妃 ( ’jigs
byed
)
は、 ま た、 種 々 の幢 を荘 厳す
る沙羅樹
の深 い林 と世尊
の処
に行
っ て、集会
し て、世尊
の御
足を
頂 礼 して 、 一方
に住
した。 ¢2
)大
河 (Mahanadi
)
ガ ン ジス 大 河 (
Gapga
)、 シ ー タ ー大 河 (Sita
)、 サ ラス ヴ ァ テ ィ ー大 河(
Sarasvati
)、 ヴ ィ ダス タ大河 (
Vi
da
sta)
、 三 日月 大河 (
Zla
ba
’i
cha
can )、 ヤム ナー
大
河 (Yamuna
)、一切善
知識大 河
(Kun
gyi
bSes
gfien)
、
速 疾 大 河 (
Mgyogs
ldan
)
、依
湖大
河 (Mtsho
sten)
、
最
勝 牛 施 大 河 (Ba
lafi
sbyin mchog
ldan
)、 哀 愍 布施 大河 (
Brtse
ba
sbyin )は、 また 種 々 の 幢を荘 厳 する沙羅 樹の 深い林 と世
尊
の処
に行っ て 、集会 して 、 世尊
の御 足 を頂 礼 して、 一方
に住 した 。ガ ン ダル バ 王 (
Gandharvaraja
) 4a. 7−so具雑
華鬘
ガ ン ダル バ 王 (Vicitramalin
)
、偸盗 ガ ン ダル バ (’phrog
po
)、大 威力
ガ ン ダルバ (§
ugs chen)
、
勇
猛 ガ ン ダル バ (Rnam
par
gnon
pa
)、水生ガ ン ダル バ
(
Chu
skyes ) 、 目如 青 蓮華 ガ ン ダル バ (U
tpa
la
Ita
bu
’i
mig)
、積
重白檀
ガ ン ダル バ(
Can
da
nabrtsegs
)は、 また、種々 の幢 を荘
厳す
る沙 羅 樹の深 い林
と世尊
の 処に行っ て、集
会 して 、世尊
の御 足 を頂 礼 して 、 一方
に住
した。 の 持明 王(
Vidyadhararaja
)幢相
持明 王 、 親 近 幢 相 持明 王、 残忍持 明王、傲慢持
明 王、 持 威 力持 明 王、 雑 部 持明王 など、 これ らの 持 明王たちは 、他の た くさ んの 百 千の 持明 王の眷
属
た ち とi
共に、 また 、種々 の幢
を荘
厳す
る沙 羅樹
の 深い 林 と世尊
の処
に行 っ て、集会
して、.世 尊の御
足 を頂 礼 して、一方に住
した。 (34
)智 山学報第四十矚輯
羅 刹 女
(
Raksasl
)
具牙
という羅刹女
、 野猪
という羅
刹 女、 行夜
という
羅 刹女、 研 牙 とい う羅 刹 女、 愚女 とい う羅 刹 女、 雌駱
駝 とい う羅 刹 女、腹 如 金驪
という羅
刹 女、 瓶腹
女 とい う羅 刹 女、 具 鋸羽 とい う羅 剃 女、 電 光焔 女 とい う羅 刹 女、 プ ン チャ レ ー という羅刹 女
、瓦
石女
という羅
刹女
、暴
悪女
という羅刹女
、 シュ ール パ カの よう
な 爪 とい う羅 刹 女 な ど 、 この よう
な大
羅 刹 女 と、他
の た くさんの眷
属と共 にい る羅 刹女は、 ま た、 種 々 の幢
を荘厳 す
る沙羅樹
の深
い林
と世尊
の 437−31 処に行っ て、集
会 して 、世 尊の御
足 を頂礼
して 、一方
に住
した。ブ ータ王 (
BhUtaraja
)
具 鎗ブ ー タ 王 、具
鋤
ブ ー タ王、具杵
プー タ 王、持 鋤
ブ ータ 王 、勧請
ブ ー タ 王、 正勧
請ブ ー タ王、 饒 舌ブ ー タ王は、 た くさ んの百 千の ブ ー タ の眷 属と共 に、種々 の 幢 を荘 厳す
る沙 羅 樹の 深 い林
と世尊
の 処 に行っ て 、集
会 して、 世尊
の御 足 を頂礼
して、 一方
に住
した。ピ シャ ーチャ などの悪
鬼
一切 の ピ シャ ー一チ ャ 、一切 の アパ ス マ ー リー、一切 の オー ス ター ラ カ 、一 切 の チ ャ ーヤー、 一切 の 餓 鬼、 一 切の マ ー ラ、一切のマ ー ラ部 族天 、大 力
歓 喜天 な ど、彼ら一切は、 種々 の 幢 を荘 厳 する沙 羅 樹の深い 林 と世 尊の処に行 っ て、集
会 して、 世尊
の御
足 を頂礼
して、 一方
に住
した。四姉
妹
四人の
羅
刹女た ちも
また、 四方
よ り集合
して 一処
に集
ま り、 世尊
の処
に行
っ て、集 会 して 、世 尊の御
足 を頂 礼 して、 一方に住
した。13
、沙
羅樹
の
深
い林
の
相
その 時、種々 の 幢 を荘 厳 する 沙羅樹の深い 林は 、甚だ広 大であ り、 細 綿 衣 (ka
tsa
lin
di
ka
/
kacalindika
)
の よう
に手
触 りが よか っ た。
大
地は金剛
と瑠璃
と琥
珀の欄楯
に よっ て区
切 られ、 両側の門 と鳥
居 と窓
に よっ て荘
厳 さ れ美 し く、 上
方
に は、 鈴・子 鈴の綱が
張
られ『金 剛手灌 頂タン トラ 』 試訳 (
2
) られて おり、絹
の 紐がた くさん張
られ、繞
と跋
が壮麗
で快
い音 を鳴
らして い 437−32 た。 天 華で ある青蓮
華、黄蓮華
、白蓮華
、 睡蓮
が その 大地 に咲 い てい た。 こ の よう
に仏の 加持
と仏の神 変
に よっ て、 種々 の 幢 を荘
厳す
る沙 羅 樹の深い 林 の一切 は、大 金剛
鉄囲
山によっ て囲
まれ、 金剛曼荼羅
の街
道を
成 じ、 長大
で あ り、 百万 由旬
もあ り、 一切 の時
を有す
る華
に よっ て飾
られ、 天の 八功徳水
が あり、大
地は遍く区画
され て お り、菩薩
の事業
が出現 して い る。 例 え ば、 他 化 自在 天 王の 住処が、清 浄 な行 為に よっ て出現 し、 光輝 き、 維持 され る よ うに 、種々 の幢
を荘
厳す
る沙羅樹
の深
い林 も
また、 世尊
の 威 神に よっ て顕 現 して微
妙 なの で あ る。14
、 一切 如 来
が
金
剛
生
の
心
真
言
を
説
く
その
時
、世尊
・如来
・応供
・正遍
知釈迦 牟尼
は 、金剛生
という
三昧
に入っ た。 世尊
が禅定
に 入 る と直
ち に、 一切 如来 は 、 「素疇
ら しい 」という語
を述
べ て、 こ の金剛生
という
心真
言 を説い た。 「大英雄
よ 。素晴
ら しい 。素晴
ら しい 。金 剛 生 は大い なる力で ある。
釈
邇 族の獅
子よ。守護者
よ。こ の
大集会
におい て、 大 金 鰯 力 を護
持せ よ。」nama
り
sarvatathagatebhya与
sarvarnukhebhyalj svaha/
この 金
剛
生の 心真
言の最 勝 を
唱 え る と直
ちに、一切大集
会 と一切広 大 世界
に お い て、 「金 剛生の心真 言の 語 を順 次に唱 え よ 」 と宣言 した。 そ して、「金 剛生 は 、大
英
雄 よ。す
べ ての衆
生を
利 益 し たまう
。 こ の大集会
に 437−33おい て 、
大牟尼
は加持
せ よ。 常に一切衆
生 も また、 この心真雷 を受持
せ よ。 この
(
心真言)
に よっ て、 こ こ で彼 らす
べ ての為
に、 大理趣によっ て
悉
地 を成 就せ よ」 と宣言 した。(
36
)智 山 学報 第四十四輯
15
、世
尊
毘 盧 舎 那
の
過
去
の
菩薩
行
その
時
、 世尊
釈 迦牟
尼は 、 一切 と共 なる集
会 を見 て 、普
賢 と弥勒
と文殊等
の菩薩
たちに語
っ た。 「善
男子 た ちよ。 世尊毘盧 舎
那の 過 去の 菩 薩 行 と は、清浄
な 門に入 る と呼ば れ る真
言に入 るこ とで あ り、真
言の語であ り、菩薩
行の随
順で ある。 それは、 菩薩
た ちの大 乗の 句で あ り、金 剛智灌
頂蔵
と名
づ け られる秘密曼荼羅
で あ り、 一切智 智 を善
く宣 説す
るこ と であ り、如 意 宝珠 王の よう
に速 や か に果 を満た す ことであ
り、菩薩
の大秘
密であ り、 菩薩
が よ く説法 するこ とで あ る。 それ は、菩薩
の 幻化で あ り、 菩薩
の幻 に よっ て遊 戯 す ることで あ り、 一 切 如来
の 三昧 耶で あ る。 一切 の 声 聞 と縁 覚 も遍ね く知らない こ とを、他の 衆 生た ち が 、 どう
して知 っ てい るで あろ うか。 もしそう
で なければ 、菩 薩 摩 訶薩
は、他
の教
えに隨 わ ない こ とや、 如来
の種 族
に生 まれ るこ とや、 一切 如来の 加持に属 さない 。 そ れ は、 大 金 剛 智灌
頂 曼 荼 羅で あ り、 金剛
手灌
頂 と呼ば れ る秘密の 最 勝で ある」16
、釈
尊
が
金
剛
生
の心
真
言 を説 く
その
時
、普 賢菩薩
た ち と 一切 と共な
るその集会
は 、異
口同
音に述べ た。 「世尊
よ 。 こ れ は ま さに時で あ ります
。善逝
よ。 これは まさに適 して い る時
で あります
」。その 時、 世
尊
は、 過去の 行 を善
く示 し、 成就す
る心髄 と名づ け られ る三昧
437−34 に入 っ て、 この清
浄 な過 去行
の 語で あ る、 大 金剛
生 の真言
王 を説い た。nama
与
sarvamukhebhyall sarvatathagatebhyall sarvathakha
卑/
真 言 王 を説
く
と直
ちに、 その 時、 その一切 と共 なる眷 属 は、希有
なるこ と を成 じた 心 に よっ て、 異 口同 音に述 べ た 。 「あ あ 。 大い に安穏な智恵
よ。最 勝の安楽 な禅 定 を獲 得 した もの は、
す
べ て にその力 を
成 じた」『金鰯手灌頂タン トラ E 試訳 (
2
)17
、 一切
の
菩 薩
を
勧 発 す
る
光
明
その
時
、 憧尊
は、 その 一切 と共な る集会
が希有
で あ り、 一 心を成 じた こ とを
知っ て、 吉 祥相
か ら 一切の菩薩 を勧発 す
る と呼ばれ る光 明を発
した 。 それ が発
せ られ て、菩薩
の 一切 の住処
を照 ら して 、 ま た、 毯尊
の吉 祥 相に 入っ た。18
、普 賢菩 薩
が
ア
タ
カ
ーヴ
ァテ
ィ
ー へ顕 現
す
る
その時、 普 賢菩 薩 摩 訶 薩 は 、所 謂ゆ る、 こ の華蔵 荘 厳 世
界
一切 に おい て 、 世尊
毘盧 舎 那の過 去の行 を示 そ うと誓願
して、夜
叉を調
伏す
る力
を保持
して、 こ の中 央
の閻 浮 提
、娑 婆
の中
の ア タ カ ー ヴ ァ テ ィ ー (1cah
lo
can/
at = akavati)
の ア ー タヴ ァ カ(
’brog
gnas /
atavaka
)大 夜
叉軍
主の住処
に住 し て、 その光
明の輝 きに よっ て照ら して、 目と面 を広 げて、 この優
陀 那 を説い た。 そ して 、如来
の 不 可 思議盤
を作
意 して、 黙然 と してい た。19
、釈
尊
に
よ る
普
賢菩 薩
への
勧 発
その時
、 世尊
は、 その 時普
賢菩 薩が来るで あ ろ う表 示 をな して、偈 頌 を説 き、 また こ れを
唱 え た。「月の如
く清 浄
な有情
よ。 こ こ に来
た ま え。妬来
に撫持
され、菩提
に専念
し、無
量 平等性
にく
通達 す
る もの よ。 常に仏に報
恩 す る もの よ。こ こ に
来
た ま え。 三時
平等
性 に住す
る もの よ。 金 剛 薩 錘 よ。 最 勝 金 覇 4,37−35よ。 こ こ に来た まえ。 十 方におい て、た くさんの 仏 は、
有情 を
利 益 し、無 量の 姿 を
有 す
る。 彼 ら 一切 が 利 益す
る前
に行 く もの よ。 秘 密 手 よ。最
勝 薩 唾 よ。 こ こ に来
た ま え。 秘 密最 上者
よ、有情
の心髄
よ、 こ こへ 。調
伏 し難
い もの を常に調伏す
る力
を獲 得
し た もの よ 。 縁 起 より生 ず るも
の よ。時
に量
を知 るもの よe こ こ に来
た まえ。 最 上 を得
たも
の よ。(
38
)智山学報第四十四輯
こ こ に
来
た まえ。 最 上の 布施
をなす
もの よ。 こ こ に来
た ま え。 吉 祥 をな し、 吉
祥
を摂 受
し、 吉祥
を具す
る もの よ。善逝
の 子 よ。 こ こ に来
たま
え。微
妙薩
唾 よ。大
力者 よ。金剛
の如 き者
よ。 こ こ に来
た まえ。仏
子 よ。 無畏者よ。 力 を具 す もの た ちの 最 勝 者 よ。 こ こ に
来
た ま え。 常に、 その三界の心 を
喜
ば せ るも
の よ。 こ こ に来た まえ。 正 し き道 を説
くも
の よ。 十力
に住 す
る もの よ。 こ こ に来
た ま え。清 浄薩
唾 よ。 大 神変 者 よ。 普 賢 よ。 こ こ に来た
ま
え。 遍ねく美
しきも
の よ。 こ こ に来
たまえ。 三界の
霞在者
よ。 こ こ に来
た まえ。 汝は 、羹 しい姿で あ り、 よ く飾 られ て い る。象の 耳 の 汝 よ。 来た ま え。 種々 の姿 を具 し、迷い がない 汝 よ。 見 ると喜ばれる者 よ。 ここ に来た ま え。 空
を
行く
姿を
具す
る もの よ。 こ こに
来
た まえ。 咆 哮す
る毘 沙 門 よ。 常に、 種々 の 衣 と華鬘
を身に付け、 宝 冠を頂に載
せ るも
の よ。 こ こ に来
た ま え。 無 畏 を獲
得 した者 よ。 こ こ に来た まえ、畏 れ さす もの よ。 こ こ に来た まえ。 仏子よ。
大
神 変者
よ。後方
に留 まる事
な く、 ここ に来
た まえ」。そ
の時
、 世尊
は、 これ らの偈
を説
い て、来
るこ とに対 して畏 れ るこ とが 無い 門の 明妃 を説い た。nama
垣
sarvamukhebhya尊
sarvatathagatebhyab sarvatha avismayevai §
aradyamukhe
bhagabatlvajrama
韮nimav 難a導ba
sv2h き/
世尊
は、 この畏
れるこ とが無
い門
の明妃 を説い て 、黙
然 と して い た。20
、普 賢
菩
薩
が
夜
叉
を
勧 誘 す
る
438−36その
時
、世尊
が この 明妃
に によ
っ て勧 発
したの で、普賢菩薩
は 一切の夜
叉 た ちに述べ た 、 「友 た ち よ 。 来た ま え。 その世尊 を見 て 、 礼拝 し て 、恭敬 するため に、 た く さんの 菩薩 た ちに囲 まれ、 たく
さ んの百千の 声 聞に囲
まれ、 た くさん の 千倶 胝の天 と、龍
と、夜
叉 と、 ガ ン ダル バ と、 阿修 羅 と、 ガル ダ と、 キ ン ナ ラ と、 マ ホー ラ ガ と、 人と、 非 人に囲まれ、尊
敬 さ れ てい る種
々 の幢
を荘 厳す
る沙『金鰯 手灌頂タン ト ラ2 試 訳 (2 ) 羅 樹 の深 い 林 とその世 尊 ・ 如
来
・ 応 供 ・ 正 遍 知釈
迦牟 尼
が住 す
る処
に行 こう
」。21
、夜
叉
の
返
答
その
時
、 そ れ らの 夜 叉た ち と夜叉童 子た と は 一音 声に述べ た。 「大薩
壥が 述べ た よう
に 、 世尊
釈 迦牟尼 を
見て、 礼拝
して、 恭敬 し、 その 一 切 と共 なる眷属
もまた、 見て、 礼拝 して 、 恭 敬す
る た めに、 その 種々 の幢
を 荘 厳 す る沙羅樹
の 深い林
に行 き ましょう
」 。22
、毘
盧
舎
那
荘厳
楼
閣
の
神 変
その
時
、普 賢菩薩
は、 その時、種々 荘 厳 と呼 ば れる 一切 の行の 果 報 を示す
三 味 に入 っ た。善 賢菩薩
がその 三味
に 入 る と、直
ち にその時
その 瞬闘
に、毘
盧舎那荘厳楼
閣
が神 変
され た。 それ は 三千大
千世 界ほ ど も広大
で あ り、 たく
さ んの 百千 倶 腫 那由他
の柱
が建
立 され て お り、 た くさんの 門と鳥 居 と台座に よっ て飾 られ、閻浮提
の川の金か ら唯一 の 沙 羅樹
の よう
に為
したも
の に よっ て よ く飾 られ、 辺 際と辺際 は、 鳩の よう
な華鬘
に よっ て美
しくなされて い た。 二種
の真珠
の 438−37綱
が張
られ、大
宝の 鈴 ・ 子鈴
に よ っ て、 上方 を
遍ねく
囲み、 造作
された 天布
と絹の 紐が たく
さん張
られ、箋
しくな
されてい た。綫
と鈑が壮 麗で快
い 音 を鳴
ら し、 百 千 倶 胝 那 由他の 天 女が歌
い 、舞い 、 音楽 を
奏で、美
しく語 り、腕 環 と耳 環 に よっ て飾
ち れ、 天 の 姿を有 す
る もの に よっ て満
た されてい た。大
宝の 天蓋が遍ねく
張 られ、大 地 は大瑠璃
に よっ て、 よ く飾 られ、 細綿
衣の よう
に触
ると心 地 よ く、 一 切の時 を有 す
る華樹
に よっ て よ く飾
ちれ、 天 宝の階段
の 華鬘
に よっ て よく
飾 られて い た。 天華で ある青蓮
華、黄蓮
華、 白蓮華
、 睡 蓮、赤蓮 華、白
色 華 と 八功 徳 水に満 た され た池は 、菩薩
を遍
ねく
行ぜ しめ て お り、龍
勝 白檀の渺
泥の濁
りが あるもの に よっ て、 美 し くな され てい た。 (40
)智山学報 第四 十 髏輯 常に断 ずる
事
なく
、 その楼 閣
に 天華で ある曼
陀羅 華、三 色 華、大
三色
華、 如意
樹、大
如意樹
の 華の 雨 を降 らし、 た くさ んの沈 香の香雲 に よっ て覆われ、美
し くなされてい た。 その楼
閣の中
で は 、 一切 の 菩薩
の それ ぞれ の住処
が意 の 如 く事業
に よっ て、 生 起 してい た。 こ の よう
に普賢菩薩
は神 変 したの であ る。そ れ らの
楼
閣はそ れ ぞれ に ま た、 宝 自在 王 などの十六の如意
宝珠
があ9
、法
王な ど は欲 す るま まにすべ てを行ぜ しめ 、一切衆 生の 心 を円満 させ る大 摩 43s−38 尼 宝が荘 厳 され てい た 。 一切 の 毘 盧 舎那荘厳楼
閣は 、傘
と幢
と幡 を建立 して 、 爽 し くな されてい た。 そ れ らの楼 閣
に お い て、 ま た蓮 華蔵 の 獅 子座 を神 変 し た。 一切 の楼
閣は また、 輝 く大
瑠璃
の自性 を有
してい た。 次の よう
に、例
え ば、 よ く磨 い た 鏡 の よう
に 、毘盧 舎那荘 厳楼
閣 もま た、自性
が清
浄であ り、 輝い て お り、 輝 く瑠
璃の た め に、 そこ に、 一 切 の 三千大 千世 界が 影像
の絹
と して顕現 して い た。中央
に は、 一 切衆
生の荘
厳蔵
宝 王に よっ て構成 さ れ た世 尊の 獅 子 座 を神 変 し、 一 切衆
生 を饒 益 す る資 具の雲
が、 その楼
閣に 常に降る ような神 変 をした。 それ ら は、 こ の ように 、普 賢 菩薩
が 、 世尊毘盧舎
那の 過 玄の 行海
を行 じた為で ある。23
、釈
尊
の住
処
への
往
詣
その よ うに、 世尊 を供 養 す るた めに神 変 して、 世
尊
を見て 、礼 拝 して 、恭
敬
し、 法 を聞
くた め に、 た くさん の 百 千 倶 胝 那 由 他の大い な る夜叉た ちと夜
叉童
子に よっ て、 遍 ね く囲
まれ、尊
敬 され なが ら、警薩の大 神 変 と菩薩
の 大 力に よっ て、 その楼閣
を薦 手で受 持 して空 中
よ 弓降
ろ して、 種 々 の幢 を荘 厳す
る沙 羅樹
の 深い 林 とその 世尊
・如来
・応
供 ・ 正 遍 知釈 遯牟尼
の処
に行っ た 。24
、眷 属
が
毘 盧 舎 那
荘
厳
楼
閣
を見
る
その楼 閣の 光 に よっ て、 こ の種 々 の幢
を荘 厳 する沙羅樹
の 深 い 林 一 切は、『金捌手灌頂タン ト ラ 』 試訳 (
2
)大
光 明に よっ て 満た され輝い た。 そこに集
会 して住 す
る それ らの 天 と、龍
と、 4se−39夜
叉 と、 ガ ン ダルバ と、 キ ンナラ と、 マ ホ ー ラ ガ と、入と、非 人の眷属
た ち は 、その 光明 に よっ て輝か され て、 四方
を照 見す
る と、 空中
の六十 八落叉由
旬
に、大 火
の如く燃
え る千の太 陽の ように光輝
く微
妙 なるも
のを
見た。 見て、 ま た希有
となっ た心 によ
っ て互
い に見合
わ せ て、 黙 然 と してい た。 陀 羅 尼 を得
て、 忍を
得て、 力を
得たそ れ らの 菩薩
摩 訶薩
た ちも
また、 照 見す
る と、大 火の 如 く燃 え る千 の 太 陽の よ うに 光輝 く微 妙 なるもの を見て 、彼 ら もまた 、希有
となっ た 心 に よっ て、世尊
・ 如来
・応供
・正遍 知 釈 迦牟
尼に尋
ね た 。 「世尊 よ
。 こ こよ
り六十
入落
叉由旬
に光
輝い て 、世尊
よ、 こ の理解 し難
く、 説明 し難い もの は何で しょ うか 」。世 尊 ・如来 ・応 供 ・正 遍 知釈遨 牟 尼は、 それ らの菩 薩 とそ れ らの 天 の
眷属
に説い た。 「善
男子た ち よ 。 これ は 、 その普 賢菩薩摩
詞薩
と呼
ばれるも
の が、 私 を見て、礼拝
して、供養
して、恭
敬 して、 法を
聞 くた めにやっ て きて 、私 を供 養す
る た めに毘盧
舎那荘厳
楼
閣とい う楼
閣 を神 変 したの で り、 そ れ は 一切 如 来の 行 を示す神
変であ
り、 過 芸 行 を成就 す る果 報で ある。 これは、 百 却か かっ ても
、 辺 際 を理解で きない 法の 功徳
の 光が光 輝い て い るの で ある」。25
、普 賢 菩 薩
の供 養
その
普
賢 菩薩
摩訶薩
は 、 また大乗
に 入 る清 浄な門の句 と呼ばれる法 門 を逓 438−4o ねく尋
ね た。世尊
が、 この 語の答 を説 く
と直
ちに、 普賢
菩 薩摩 訶薩
は 七つ の多羅樹 く
ら い の 空中
か ら、種々 の鐘
を荘厳す
る沙 羅 樹の深い 林一一切 に、 天華 と焼 香 と香
と華蔓
と塗 香 と末
香と衣 と傘 と幢 と幡 と鐃 と鼓の 雲 を神 変 して 雨 を降
ら し、 虚空 か ら降 りて きて、 その楼
閣 を世 尊 に献 じ た。 献 じ終 わ っ て、 ま た、 世 尊 を賞讃 した。「
身
・ 語 ・ 意 を知 る もの は 、清浄持 戒者
であ
り、尋
思を
なし、 遍 ね く(
42
)智 山学報 第四十四輯
清 浄であ る。 清浄 な有
情
よ、貴 方 を礼 拝 し ます。 眼 と同
様 に耳、 そ して
鼻
と同様
に舌、そして身 と同様
に意に よっ て 、語の最 勝者
に私 は礼拝 し ま
す
。色
・声 ・香 ・味 ・ 触の 境 界 を探 究 し 、 一切 の 存 在 よ り解脱す
る、 最 勝の 勝 者に礼 拝す
る。 無 始 より寂 静で あ り、 不 生で あり、身 ・語 ・意 を上
首
とす
る もの は 、影 像の如 く世間に 、存 在 す る。 私は、常
に貴 方に歓
喜 す
る。貴方
は衆
生 の生命
で はな く、すべ て の 人間の根
本を
貴
方は有せ ず、 時と自性
よ り生ぜ ず、 その ように 存 在せ ず、 全 く存在 す るこ とがない 。 貴 方は縁 起か ら生
ず
るの み で あ り、 幻の 如 く存在を離れて い る。 諸 法 は幻 の 如 し と、
貴方
は証
得 した。 両足尊
よ。貴方
は 自性 と して 空で あ り、空 性 もま た 、存 在 する こ とな く、 空と非 空か
ら解 脱 す る。
虚 空
と等
しき者 に礼拝 し ます
」その 時、
普 賢菩薩摩
訶薩
は世 尊 を賞讃
し終 っ て、眷
属 と共 に世 尊 を百 千回 438−41 も廻 っ て 、世 尊の 御 足 を礼 拝 して 、世 尊 を見て、 一方
に住
した 。26
、大 乗 本 初
の
行
その
時
、 その楼
閣 と それ らの 荘 厳 とそれ らの繞
と鼓か ら大 乗の本
初の 行の 語が相 続 次 第 して 、声 高に述べ られた。「
本
よ り寂
静で あ り、無相
であ り、法 性 は、 唯 一 清 浄で ある 。 汝 ちは 、疑
念
と怖
畏 を捨
て、 あ あ、 これ に精進せ よ。 こ の 大 乗の 句は、無上 の過去 行であ り、 行の 王で あ り、大
楽
である。 遍ね くよ く獲
得せ よ。 過去 の 行 海 と、 遍ね
く清浄
な 因に よっ て、 勝者毘
盧舎
那が、 常に こ こ に美 し くい るこ とを見 よ。 教 主は どこ に も
住
す るこ と なく
、 どこ に も行に
住
するこ とがない け れ ど も、 諸 行 を 行 じ るこ と は、す
べ て に住 す るこ とで ある。 衆生の 主は、 眼 ・耳 ・鼻 ・ 舌 ・ 身 ・意 を覚知 す るこ と が
ない 。 最 初 を生 じ る行が、
修 習
され た 時に、 世尊毘盧舎
那 を瑜伽
行者
は
常
に見る。 遠 く もな く、 近 くもなく内
と外に もなく
、常
に虚
空 と等
し く住 して、瑜 伽 行 者 は大い に覚 知 する」。
淦 剛手 灌頂タ ン トラ』 試訳 (