『三玉挑事抄』注釈 秋部(下)
著者 岩坪 健
雑誌名 人文學
号 196
ページ 99‑153
発行年 2015‑11‑30
権利 同志社大学人文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014438
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 下
︶
岩 坪
健
本 稿は
﹃三 玉挑 事抄
﹄春 部の 200番 から 264番 まで を掲 載す る︒ 凡例 は秋 部︵ 上︶ と同 じで ある ので 省略 する
︒担 当者 はす べて 本学 博士 課程 在学 者で
︑以 下の 通り であ る︒ なお 各項 目末 尾の
︵
︶内 には
︑担 当者 の氏 名を 示し た︒ 大杉 里奈
︑呉 慧敏
︑風 岡む つみ
︑加 藤森 平︑ 平石 岳︑ 廣瀬 薫︑ 竹田 有佳 禁中
月 200に しに なる ひか りも あか すす む月 の花 のと ほそ の明 かた の空 拾 芥抄
︑宮 城部
︑月 華門
︒西 謂之 南殿 西向 門︒ 安福 校書 両殿 間︑ 有此 門云 云︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑二 七九 三番
︒拾 芥抄
︑宮 城部
︑月 華門
︒﹇ 異同
﹈﹃ 新 編国 歌大 観﹄
﹃拾 芥抄
﹄ナ シ︒
﹇ 訳﹈
宮中 の月 西 に沈 む月 の光 もま だ見 飽き ず夜 を明 かし
︑美 しい 月華 門の 扉を 開け ると
︑明 け方 の空 に月 が澄 んで いる こと だな あ
︒
― 99 ―
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 下
︶
拾 芥抄
︑宮 城部
︑月 華門
︒西 側で
︑南 殿︵ 紫宸 殿︶ の西 向に ある 門を いう
︒安 福殿 と校 書殿 の二 つの 殿舎 の間 に
︑こ の門 はあ る云 々︒
とぼ そ
﹇ 考察
﹈﹁ 枢﹂ は扉 また は戸 を指 し︑
﹁ 月の 花の とぼ そ﹂ は月 華門 を意 味す る︒ また
﹁花 の﹂ は美 称︒
﹁あ かす
﹂に
﹁飽 か ず﹂ と﹁ 明か す﹂
︑﹁ 明 けが た﹂ に﹁ 開け
﹂を 掛け る︒
﹇ 参考
﹈﹃ 拾芥 抄﹄ は寛 永一 九年
︵一 六四 二︶ 版を 使用
︒紫 宸殿 の東 には 日華 門が あり
︑月 華門 と対 置す る︒
︵ 平石 岳︶
碧
201雲 のう へや 花の あし たの 言の 葉も およ はぬ 月の 秋の よの そら 古 今序 云︑ 古し への 世ゝ の御 門︑ 春の 花の あし た︑ 秋の 月の 夜こ とに
︑さ ふら ふ人
! "
をめ して
︑こ とに つけ つ ゝ歌 を奉 らし めた まふ
︒あ るは 花を そふ とて
︑た より なき 所に まと ひ︑ ある は月 をお もふ とて
︑し るへ なき 闇 にた とれ る心
! "
を見 たま ひ︑ さか しお ろか なり とし ろし めし けむ
︒
﹇ 出典
﹈碧 玉集
︑五 一六 番︒ 古今 集︑ 仮名 序︑ 二二 頁︒
﹇異 同﹈
﹃ 新編 国歌 大観
﹄﹃ 古今 集序 抄﹄ ナシ
︒
﹇ 訳﹈
︵ 宮中 の月
︶ 宮中 では
︵春 の︶ 花の 咲い た朝 も︑ 雲の 上に ある 秋の 月の 夜空 には 言葉 も及 ばな いな あ︒ 古 今集 の序 によ ると
︑昔 の代 々の 帝王 は︑ 花の 咲い た春 の朝 や︑ 秋の 美し い月 夜ご とに
︑お 付き の人 々を お召 し にな って
︑何 事か につ けて 常に 歌の 詠出 をお 求 め に なっ た
︒ま た ある 時 は 思い を 花 に 託し て 作 歌し よ う と︑ 手 がか りの ない 場所 をさ まよ い︑ ある 時は 月を 愛で るた めに
︑不 案内 の地 をま ごつ き歩 いた 人々 の心 中を ご覧 に なり
︑彼 らの 賢愚 を識 別な さっ たの だろ う︒
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 下
︶
― 100 ―
﹇ 考察
﹈﹃ 古今 集﹄ 仮名 序は 歌の 起源 に立 ち戻 り︑ 歌の 理想 的な 姿を 古代 の帝 王と 歌の 関わ りか ら辿 る箇 所︒ 当歌 は春 の 花よ り︑ 宮中 から 見え る秋 の月 の美 しさ の方 が勝 ると 詠む
︒春 と秋 の優 劣を 論議 する 春秋 の争 いは
︑古 くは 額田 王 の長 歌︵ 万葉 集︑ 巻一
︑一 六番
︶に 見ら れる
︒
﹇ 参考
﹈当 歌は
﹁花
﹂と
﹁葉
﹂が 縁語 で︑
﹁雲 のう へ﹂ は宮 中と
︑月 があ る雲 の上 を掛 ける
︒
︵ 平石 岳︶ 古寺 月 202此 ころ の秋 も見 かて ら露 霜の 野寺 の月 に一 夜あ かし つ
﹇ 出典
﹈柏 玉集
︑八 六三 番︑ 二三 四七 番︒ 雪玉 集︑ 四七 三八 番︒
﹇異 同﹈
﹃ 新編 国歌 大観
﹄ナ シ︒
﹇ 訳﹈
古寺 の月 近 頃の 秋を 見る つい でに
︑露 が結 んだ り霜 が降 りる 野の 寺で 月を 見て 一夜 を明 かし たな あ︒
﹇ 考察
﹈出 典 は 203番 歌 と同 じ で︑ 当 歌の 第 二 句﹁ 秋も 見 が て ら
﹂は
﹃源 氏 物 語
﹄の 一 節
﹁秋 の 野 も 見 た ま ひ が て ら﹂ を 踏ま える
︒
︵ 風岡 むつ み︶ 203こ ゝに ても うき 人し もと 月や みん をし 明か たの 雲の 林に 榊 巻云
︑秋 の野 も見 たま ひか てら
︑雲 林院 にま ふて たま へり 云々
︒所 から に︑ いと ゝ世 中の つね なさ をお ほし あ かし ても
︑猶
︑う き人 しも とそ おほ し出 らる ゝ︑ をし 明か たの 月か けに
︑法 師は らの
︑あ か奉 ると て︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑一 二九
○番
︒源 氏物 語︑ 賢木 巻︑ 一一 六頁
︑一 一七 頁︒
― 101 ―
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 下
︶
﹇ 異同
﹈﹃ 新編 国歌 大観
﹄ナ シ︒
﹃ 承応
﹄﹃ 湖月 抄﹄
﹁ うき 人し もと そ│ うき 人し もそ とて
﹂︒
﹇ 訳﹈
︵ 古寺 の月
︶ こ こに いて も﹁ 憂き 人し も﹂
︵ つれ ない 人が 恋 し い︶ と思 っ て︑ 月 を見 る の だろ う か︒ 空 が 明け て 来 るこ ろ の 雲が 群 がっ てい る雲 林院 で︒ 賢 木巻 によ ると
︑︵ 光 源氏 は︶ 秋の 野辺 をも ご ら んに な り がて ら
︑雲 林 院に 参 詣 な さっ た 云 々︒ 場所 が 場 所と て
︑ひ とし お世 間の 無常 を夜 通し お考 えに なる につ けて も︑ やは り﹁ うき 人し もぞ
﹂と あの つれ ない お方
︵藤 壺
︶の こと を思 い出 さず には いら っし ゃれ ない が︑ その 明け 方の 月の 光に 照ら され て︑ 法師 たち が閼 伽を お供 え しよ うと して
︒
﹇ 考察
﹈﹃ 源氏 物語
﹄は
︑桐 壺帝 の崩 御に 伴い 里下 がり した 藤壺 と密 会し た光 源氏 が︑ その 心を 鎮め るた めに 雲林 院に 参 籠し た箇 所︒ 光源 氏の 心中 思惟 であ る﹁ うき 人 し も ぞ﹂ の出 典 は︑
﹁ 天の 戸 を おし あ け 方 の月 見 れ ば憂 き 人 しも ぞ 恋し かり ける
﹂︵ 新 古 今 和歌 集
︑恋 四︑ 一 二六
○番
︑よ み 人 しら ず
︶で
︑そ の 第 二句
﹁お し あ け方 の
﹂は 当 歌の 第 四句 に引 用︒
﹁ 雲の 林﹂ は群 がっ てい る雲 の有 様を 林に 見立 てて いう 語で
︑雲 林院 も掛 ける
︒
つき な み
﹇ 参考
﹈﹃ 雪玉 集﹄ の歌 肩に
﹁永 正九 七月 次﹂ とあ り︑ 永正 九年
︵一 五一 二︶ 七月 の月 次歌
︒
︵ 風岡 むつ み︶ 樵夫 帰月
柏
204斧 のえ をく たす も有 かあ かな くに 一夜 の月 に何 かへ るら ん 王 質事 実︑ 註于 春部
︒
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 下
︶
― 102 ―
﹇ 出典
﹈柏 玉集
︑八 三七 番︒
﹇異 同﹈
﹃ 新編 国歌 大観
﹄﹁ あか なく に│ あか なく の﹂
︒
﹇ 訳﹈
木こ り︑ 月夜 に帰 る
︵ず っと 眺め てい て︶ 斧の 柄を 腐ら せる ほど の時 間 が 経っ た の だろ う か︒ ま だ名 残 惜 し いの に
︑こ の 月夜 に な ぜ木 こ りは 帰る のだ ろう か︒ 王 質の 故事 は︑ 春の 部に 注が ある
︒︵ 52 番歌
︑参 照︶
﹇ 考察
﹈出 典は
︑斧 の柄 が朽 ちて いる のを 見て 長い 年 月 が経 っ て いた 事 に 気づ い た︑ と い う王 質 の 故事
︒当 歌 は 斧の 柄 が朽 ちる ほど の長 い時 間︑ 月を 眺め てい たわ けで もな いの に︑ なぜ 帰ら なく ては いけ ない のか と名 残惜 しく 思う 気 持ち を詠 む︒
︵ 廣瀬 薫︶ 樵客 帰月
同
205月 のう ちの かつ らも をの か薪 とや ゆく
! "
袖の うへ に見 るら む 酉 陽雑 爼︒ 見于 夏月 註︒
﹇ 出典
﹈三 玉和 歌集 類題
︑秋
︑樵 客帰 月︒
﹇異 同﹈
﹃ 三玉 和歌 集類 題﹄ ナシ
︒
﹇ 訳﹈
木こ り︑ 月夜 に帰 る 木 こり は月 の中 にあ る桂 も自 分の 薪に する つも りで
︑帰 る道 すが ら︵ 涙で 濡れ た︶ 袖の 上に 映る 月を 見て いる のだ ろ うか
︒ 酉 陽雑 爼︒ 夏月 の注 に見 える
︒︵ 119 番歌
︑参 照︶
― 103 ―
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 下
︶
﹇ 考察
﹈出 典は
︑月 にあ る桂 を伐 り続 けて い る 男の 伝 説 で︑ その 故 事 は﹃ 万葉 集
﹄に も 見 られ る
︒当 歌 は月 の 桂 を高 貴 な女 性に 例え
︑桂 の木 を薪 とし て思 いを 燃や し︑ 叶わ ぬ恋 に泣 いて いる とも 解釈 でき る︒
︵ 廣瀬 薫︶ 有明 月 206お もへ とも 命な かき は有 明の かた はな から に世 を尽 せと や 荘 子︑ 天地 篇曰
︑寿
キ 時 ハ
則 多シ レ
辱︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑一 一八 七番
︒荘 子︑ 三七 三頁
︒﹇ 異同
﹈﹃ 新 編国 歌大 観﹄
﹃荘 子﹄ ナシ
︒
﹇ 訳﹈
有明 の月 あ れこ れ思 って も︵ 死ね ずに
︶寿 命が 長い のは
︑夜 明け の空 に残 って いる 有明 の月 のよ うに
︑見 苦し くて も長 生き し ろと いう こと だろ うか
︒ 荘 子︑ 天地 篇に よる と︑ 長生 きす ると 恥を かく こと が多 い︒
﹇ 考察
﹈出 典は
︑中 国の 伝説 上の 聖帝 であ る堯 が華 に出 かけ た時
︑国 境に いる 隠者 に︑
﹁堯 が長 生き する よう に︑ ある い は豊 かに なる よう に︑ ある いは 男子 が多 く 生 ま れる よ う に祈 ろ う﹂ と 言わ れ た︒ と こ ろが 堯 は︑
﹁ どれ も 必 要な い
﹂と 答え た︒ 引用 個所 は︑ 祈る 必要 がな い理 由の 一つ
︒
︵ 廣瀬 薫︶ 月前 行客 207更 ぬと もあ はれ をか はす 友し あら はの こり の月 に猶 やゆ かま し
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 下
︶
― 104 ―
朗 詠集
︒佳
︱
人尽
ク
飾二
於晨
︱
粧ヲ 一
︒魏
︱
宮ニ
鐘︱
動ク
︒ 遊︱
子猶
ヲ
行ク 二
於残
︱
月ニ 一
︒函 谷ニ
鶏︱
鳴ク
︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑二 七九 六番
︒和 漢朗 詠集
︑巻 下︑ 暁︑ 四一 六番
︒﹇ 異同
﹈﹃ 新 編国 歌大 観﹄
﹃朗 詠集 註﹄ ナシ
︒
﹇ 訳﹈
月下 の旅 人 た とえ 夜が 更け ても
︑心 を通 わす 友が いれ ば︑
︵ 旅中 の孟 嘗君 のよ うに
︶や はり 残月 のも とで 会い に行 くだ ろう か︒ 和 漢朗 詠集
︒宮 女た ちは みな 朝の お化 粧を して 美し くよ そお って いる
︒今 しが た︑ 明け 方を 告げ る魏 宮の 鐘が 鳴 っ た か らだ
︒旅 中 に ある 孟 嘗 君は 残 月 の 下で 歩 き 続け て い る︒ それ は 幸 い にも 鶏 が 暁の 刻 を 告 げ て 鳴 い た
︵た めに 関所 の門 が開 いた
︶か らだ
︒
﹇ 考察
﹈函 谷関 は秦 が東 方か らの 侵入 に備 えた 関 所 で︑ 絶壁 に 囲 まれ た 難 所︒ 夜は 閉 ざ さ れ︑ 鶏が 鳴 い てか ら 通 行人 を 通す 決ま りが あっ たこ とか ら︑ 夜に 孟嘗 君が 追手 から 逃げ てこ の関 を通 るた め︑ 彼の 食客 の一 人が 鶏の 鳴き 真似 を して 欺い たと する 故事 が﹃ 史記
﹄﹁ 孟 嘗君 伝﹂ に見 られ る︒
︵加 藤森 平︶ 月似 弓 208と はゝ やな まゆ み月 弓月 影は いか なる しな か有 明の 空 梁 塵秘 抄︑ 神楽 歌︒ 弓と いへ はし なゝ き物 を梓 弓ま ゆみ 月弓 品こ そ有 らし
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑一 三三 七番
︒梁 塵愚 案抄
︑巻 上︑ 神楽
︑弓
︒﹇ 異同
﹈﹃ 新 編国 歌大 観﹄
﹃梁 塵愚 案抄
﹄ナ シ︒
﹇ 訳﹈ 月
︑弓 に似 る 問 い た い もの だ な あ︒ 有明 の 空 に見 え て い る月 影 は 真弓 か 槻 弓か
︑ど の よ う な品 種 の 弓
︵に 似 て い る の
︶だ ろ う
― 105 ―
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 下
︶
か 梁 ︒ 塵秘 抄︑ 神楽 歌︒ 弓 とい えば
︑品 種に よる 差が ない もの よ︒ 梓弓 だの
︑真 弓だ の槻 弓だ のと
︑種 々あ るら しい
︒
﹇ 考察
﹈神 楽歌 によ ると
︑弓 には 多く の種 類が あ る が優 劣 の 差は な い︑ と する
︒そ れ で も 今見 て い る月 は
︑ど の よう な 弓に 似て いる か問 いた い
︑と 当 歌 は詠 む
︒﹁ 梁 塵秘 抄
︑神 楽 歌﹂ とあ る が︑ 現 存 する 後 白 河院 編
﹃梁 塵 秘抄
﹄に は 神楽 歌は 含ま れて いな い︒ この
﹁梁 塵 秘 抄﹂ は 巻末 の 引 用書 目 に ある
﹃梁 塵 愚 案 抄﹄ を指 す と 考え ら れ る︒
﹃梁 塵 愚案 抄﹄ は一 条兼 良が 著わ した 神楽 歌と 催馬 楽の 注釈 書で
︑康 正元 年︵ 一四 五五
︶以 前に 成立
︒元 禄二 年︵ 一六 八 九︶ 版を 使用
︒
﹇ 参考
﹈神 楽歌 の結 句﹁ 品こ そ有 らし
﹂は 重種 本系 の本 文︒ 鍋島 家本
︵﹃ 新編 日本 古典 文学 全集
﹄収 録︶ では
﹁品 もも と めず
﹂︒
︵加 藤森 平︶ 月似 鏡 209山 とり も音 にや たて まし ます 鏡そ れか と月 のす める 尾上 に 事 文 類 聚 後集
︑四 十 二 巻曰
︑昔
︑䟖
︱
賓︱
王︑ 結二
䳢ヲ
峻 卯之 山ニ 一
︑ 穫二
一ノ
鸞 鳥ヲ 一
︒ 王甚
タ
愛シ レ
之ヲ
︑欲
二
其ノ
鳴ン コ トヲ 一
而 不レ
能レ
致ス コ ト
︒ 乃シ
飾ル ニ
以二
金│
樊一
︑ 饗ス ル ハ
以二
珍│
羞ヲ 一
対シ テ レ
之ニ
逾︱
戚ム
︒ 三︱
年マ テ
不レ
鳴
︑其
ノ
夫│
人ノ
曰
︑﹁ 嘗テ
│
聞ク
鳥 見二
其ノ
類ヲ 一
而 後鳴
ク ト
︒ 何ソ
不二
懸テ レ
鏡ヲ
映一
﹂︒ 王 従二
其ノ
意ニ 一
鸞 覩テ レ
形ヲ
悲︱
鳴ノ
哀シ ム
︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑一 三三 三番
︒事 文類 聚後 集︑ 巻四 二︑ 鸞鳥 詩序
︒
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 下
︶
― 106 ―
﹇ 異同
﹈﹃ 新編 国歌 大観
﹄ナ シ︒
﹃ 和刻 古今 事文 類聚
﹄﹁ 何ソ
不二
懸テ レ
鏡ヲ
映一
︒
│何
ソ
不二
懸テ レ
鏡ヲ
以テ
映セ 一
也︒
﹂︒
﹇ 訳﹈
月︑ 鏡に 似る 山 鳥も 声を 立て て鳴 くだ ろう か︒ 山頂 で真 澄鏡 のよ うに 澄ん でい る月 に︵ 向か って
︶︒ 事 文類 聚後 集︑ 四十 二巻 によ ると
︑昔
︑䟖 賓の 王が 峻卯 の山 に網 を仕 掛け て一 羽の 鸞鳥 を獲 った
︒王 はそ の鳥 を とて も愛 し︑ その 鸞鳥 の声 を聞 こう とし たが 鳴か せら れな かっ た︒ そこ で金 の鳥 籠を 飾っ たり
︑珍 しい 食べ 物 を食 べさ せた りし て︑ その 鳥を ます ま す 可 愛が っ た︒ 三 年経 っ て も鳴 か ず︑ 王 の 夫人 が
︑﹁ 鳥 は同 じ 種 類の 鳥 を見 ると 後に 鳴く
︑と かつ て聞 いた こと があ る︒ どう して 鏡を 懸け て映 さな いの か﹂ と言 った
︒王 は言 われ た こと に従 い︵ 鸞鳥 に鏡 を見 せる と︶
︑ 鸞鳥 は自 分の 姿を 見て 悲鳴 し悲 しん だ︒
﹇ 考察
﹈﹃ 事文 類聚
﹄は 宋の 祝穆 が編 纂し た類 書︒ 前集 六〇 巻︑ 後集 五〇 巻︑ 続集 二八 巻︑ 別集 三二 巻︒ 淳祐 六年
︵一 二 四六
︶成 立︒
﹃ 藝文 類聚
﹄﹃ 初学 記﹄ の体 裁に なら い︑ 古今 の群 書の 要語
・事 実・ 詩文 を集 めて 分類 した もの
︒䟖 賓 は北 イン ドの カシ ミー ル地 方も しく はガ ンダ ーラ 地方 に在 った とさ れる 国︒ 当歌 は﹃ 事文 類聚
﹄の 故事 を踏 まえ て
︑鏡 のよ うに 澄ん でい る月 を山 鳥は 鏡と 見ま ちが えて 鳴く だろ うか と詠 む︒
﹇ 参考
﹈﹃ 和刻 古今 事文 類聚
﹄は 寛文 六年
︵一 六六 六︶ 版を 使用
︒﹁ 山 鳥︑ 友を 恋ひ て︑ 鏡を 見す れば
︑な ぐさ むら む︑ 心 わか う︑ いと あは れな り︒
﹂︵
﹃枕 草子
﹄三 九段
﹁鳥 は﹂
︶︒
︵大 杉里 奈︶ 月前 鐘 210此 ころ の月 に夢 みる 里は あら しね よと のか ねは 声を たゝ なん
― 107 ―
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 下
︶
小 学︑ 善行 篇︒ 至二
人︱
定︱
鐘ニ 一
然シ
︱テ
後ニ
帰レ
寝ニ
云云
︒
ヲ ネ ヨ トノ カ ネ ハ ウ ツ ナ レ ト
ヲ シ ヲモ ヘ ハ イ ネ カ テ ヌ カ モ
万 葉集
︑巻 四︒ 皆人 乎宿 与殿 金者 打奈 礼杼 君乎 之 念 者寝 不勝 鴨
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑一 三四
〇番
︒小 学︑ 善行 第六
︑四 六二 頁︒ 万葉 集︑ 巻四
︑六
〇七 番︒
ウツ ナ レ ト
ウ ツ ナレ ト
﹇ 異同
﹈﹃ 新編 国歌 大観
﹄﹃ 小 学﹄ ナシ
︒﹃ 万葉 集﹄
︵ 寛永 版︶
﹁打 奈礼 杼│ 打礼 杼﹂
︒
﹇ 訳﹈
月の 前の 鐘 近 頃の
︵美 しい
︶月 では
︑︵ 月 見で 夜更 かし して
︶夢 を 見 る里 は な いだ ろ う︒ 寝 よと 合 図 す る鐘 は 鳴 って ほ し くな い なあ
︒ 小 学︑ 善行 編︒ 亥の 刻の 鐘が 鳴っ てか ら寝 室に 帰る 云々
︒ 万 葉集
︑巻 四︒ 皆の 者寝 よと 合図 する 鐘は 鳴っ てい るが
︑あ なた のこ とを 思う と眠 れな いな あ︒
﹇ 考察
﹈﹃ 小学
﹄は
︑南 宋の 朱熹 の弟 子に あた る劉 子澄 の編
︒古 今の 書か ら教 学の 要旨 や修 養の 方法 など
︑小 学教 育に 関 する 部分 を 抄 録 した も の︒
﹃ 万葉 集
﹄の 第 二句
﹁寝 よ と の 鐘﹂ は︑ 晨朝
・日 中
・日 没・ 初 夜・ 中夜
・後 夜 の 六回 に 陰陽 寮で 鳴ら す鐘 の一 つで
︑午 後七 時 か ら 八時 頃 に 打ち 鳴 ら す鐘
︒当 歌 の 結 句﹁ 声を た た なん
﹂は
﹁立 た な ん﹂
︵声 を立 てて ほし い︶ では なく
︑﹁ 断た なん
﹂︵ 声 を絶 って ほし い︶ と解 釈す る︒
︵大 杉里 奈︶
柏
211雲 にあ ふあ かつ き月 にも れ出 てひ とり くま なき かね の声 哉 古 今序
︒ま へに しる し侍 る︒
﹇ 出典
﹈柏 玉集
︑九 一九 番︒ 古今 和歌 集︑ 仮名 序︑ 二七 頁︒
﹇異 同﹈
﹃ 新編 国歌 大観
﹄ナ シ︒
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 下
︶
― 108 ―
﹇ 訳﹈
︵ 月の 前の 鐘︶ 夜 明け 前に 雲に 出会 って 隠れ た月 から 漏れ 出る のは
︑澄 んで 聞こ える 鐘の 音だ けだ なあ
︒ 古 今和 歌集
︑仮 名序
︒前 に記 して いま す︒
︵ 57番 歌︑ 参照
︶
﹇ 考察
﹈古 今和 歌集 の仮 名序 の一 節﹁ 秋の 月を みる に暁 の雲 にあ へる がご とし
﹂を 踏ま える
︒
︵ 呉慧 敏︶ 月前 枕
同
212月 にも やみ る心 地せ ん三 の嶋 十の 洲を もつ けの まく らに 開 元 遺 事 曰︑ 亀︱
茲︱
国 進レ
枕ヲ
︒其
ノ
色若
二
瑪 瑙一
︑温
│
潤如
レ
玉︑ 製 作甚
タ
工ナ リ
︒枕
シ テ レ
之ヲ
而 寐ル 時ハ
︱
則 十︱
洲 三︱
嶋 尽ク
在二
夢︱
中一
︒ 帝因
テ
号ス 二
遊│
仙ノ
枕ト 一
︒
﹇ 出典
﹈柏 玉集
︑九 一八 番︒ 開元 天宝 遺事
︑巻 一︑ 遊仙 枕︒
﹇ 異同
﹈﹃ 新 編 国 歌大 観
﹄ナ シ︒
﹃ 開元 天 宝 遺事
﹄﹁ 進 枕│ 進 奉枕 一 枚
﹂﹁ 若│ 如﹂
﹁ 温潤
│温 温
﹂﹁ 製 作甚 工
│其 製 作甚 樸 素﹂
﹁ 枕之 而寐
│若 枕之
﹂﹁ 十洲 三嶋
│十 洌三 島四 海五 湖﹂
﹁ 夢中
│夢 中所 見﹂
﹁号
│立 名為
﹂︒
﹇ 訳﹈
月の 前の 枕
つ げ
︵仙 境で ある
︶三 嶋と 十洲
︵の 在り か︶ を告 げる 柘植 の枕 で︵ 眠る と︶
︑月 のも とで
︵そ れら を夢 の中 で︶ 見る よう な 心地 がす るだ ろう か︒ 開 元遺 事に よる と︑ 亀茲 国か ら枕 が献 上さ れ た︒ そ の 枕の 色 は 瑪瑙 の よ うで あ り︑ 温 潤 さは 玉 の よう で あ り︑ 製 作 は 甚 だ巧 み で ある
︒こ れ を 枕に し て 寝 ると
︑十 洲 三 島は す べ て夢 の 中 に 現 わ れ る
︒よ っ て 帝 は
︵そ の 枕
― 109 ―
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 下
︶
を
︶遊 仙枕 と名 づけ た︒
﹇ 考察
﹈当 歌の 結句
﹁つ げ﹂ は﹁ 告げ
﹂と
﹁柘 植﹂ を掛 ける
︒
﹇ 参考
﹈﹃ 開元 天宝 遺事
﹄は 唐の 開元
・天 宝時 代︵ 七一 三〜 七五 六︶ にお ける
︑宮 中瑣 事お よび 宮廷 内外 の風 情習 俗を 記 した もの
︒寛 永一 六年
︵一 六三 九︶ 版を 使用
︒そ の本 文で は﹁ 後賜 与楊 国忠
﹂と 続き
︑楊 貴妃 の従 兄弟 にあ たり 安 禄山 の乱 で誅 殺さ れた 楊国 忠 に 下 賜さ れ た︒ ま た︑ 五山 僧 の 月船 寿 桂︵ 生 没 一四 六
〇〜 一 五三 三 年︶ に は︑
﹁遊 仙 枕﹂ を題 にし た漢 詩﹁ 一枕 仙遊 青書 長︒ 十洲 三島 黒甜 郷︒ 明皇 未識 神山 路︒ 只愛 春風 睡海 棠﹂ があ る︒
︵ 呉慧 敏︶ 月前 蛩
柏
213き り
!
"
す をの か宿 りに あら して もか への 隙も る月 をた にみ ん
﹇ 出典
﹈柏 玉集
︑九 二九 番︒
﹇異 同﹈
﹃ 新編 国歌 大観
﹄ナ シ︒
き りぎ り す
﹇ 訳﹈
月下 の 蛩 き りぎ りす よ︑
︵ ここ が︶ 自分 の住 居で はな く荒 れて いて も︑ せめ て壁 の隙 から 漏れ る月 を見 るが よい
︒
﹇ 考察
﹈出 典は 214番 歌︑ 参照
︒﹁ あら し﹂ に﹁ あら じ﹂ と﹁ 荒ら し﹂ を掛 ける
︒
︵竹 田有 佳︶ 秋歌 中 214か への 底も さそ な雨 夜の 蛩ぬ れて 鳴よ ると もし ひの 影 月 令曰
︑季
︱
夏ノ
之月 律在
二
林│
鐘ニ 一
︑ 温│
風始
︱テ
至テ
︑蟋
︱
蟀居
レ
壁ニ
︒
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 下
︶
― 110 ―
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑三 七九 四番
︒礼 記︑ 上巻
︑二 四六 頁︒
﹇ 異同
﹈﹃ 新編 国歌 大観
﹄ナ シ︒
﹃ 礼記
﹄﹁ 律在
二
林│
鐘一
│ 律中
二
林│
鐘一
﹂︒
﹇ 訳﹈
秋歌 の中 雨 が降 る夜
︑壁 の奥 もさ ぞか し濡 れて いる のだ ろう
︒灯 火に 鳴き なが ら近 づく きり ぎり すが 濡れ てい るか らな あ︒ 月 令に よる と︑ 季夏 の月
︵六 月︶ の律 は林 鐘に あり
︑涼 風が 吹き そめ
︑蟋 蟀が 壁を 這う
︒
﹇ 考察
﹈﹁ 月令
﹂は
﹃礼 記﹄ の一 篇で
︑一 年の 暦 や 行 事に つ い て記 す
︒﹁ 林 鐘﹂ は中 国 音 楽 の十 二 律 の一 つ で︑ 八 番目 の 音を 指す
︒
﹇ 参考
﹈﹃ 礼記
﹄の 本文 異同 には 寛文 四年
︵一 六六 四︶ 版﹃ 礼記 集説
﹄を 使用
︒
︵竹 田有 佳︶ 水郷 月
柏
215は る
!
"
と 月に 見わ たす うち はし の絶 まを 雲に おも ふ空 哉 浮 舟巻
︒宇 治は しの はる
! "
と見 わた さる ゝに
︑柴 つみ ふね の所
! "
に行 ちか ひた るな と云 々︒
﹇ 出典
﹈柏 玉集
︑八 九二 番︒ 源氏 物語
︑浮 舟巻
︑一 四五 頁︒
﹇異 同﹈
﹃ 新編 国歌 大観
﹄﹃ 承応
﹄﹃ 湖 月抄
﹄ナ シ︒
﹇ 訳﹈
水郷 の月 月 の光 に照 らさ れ︑ はる かに 見わ たさ れる 宇治 橋の 絶え 間が
︑︵ 月 がの ぞく
︶雲 の絶 え間 に重 ねら れる 空だ なあ
︒ 浮 舟の 巻︒ 宇治 橋が はる かに 見わ たさ れる とこ ろに
︑柴 を積 んだ 舟が あち こち で行 き交 って いる など 云々
︒
﹇ 考察
﹈﹃ 源氏 物語
﹄は
︑久 しぶ りに 宇治 に訪 れた 薫が
︑浮 舟の 大人 びた さま を好 まし く思 い︑ 京に 迎え る準 備が 進ん
― 111 ―
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 下
︶
で いる こと を伝 えた が︑ 匂宮 との 秘事 を持 つ浮 舟が 泣き だし たこ とに とま どい
︑外 の景 色を 眺め てい る場 面︒
︵ 平石 岳︶ 社頭 月
同
216秋 の霜 こゝ に置 ける 光を も月 にそ みつ るふ るの 神か き
キリ ヲ ロ チ
ア ラ マ サ
イ ソノ カ ミ
神 代巻 曰︑ 其断
シ レ
蛇ヲ
剣︑ 号テ
曰二
蛇ノ
之麁 正ト 一
︒此
︑今 在ス 二
石 上ニ 一
也云 云︒ 朗 詠集
︑順
︒雄
︱
剣在
レ
腰 抜ク ト キ ハ
則 秋ノ
︱
霜 三︱
尺︑ 雌黄 自レ
口 吟ス レ ハ
亦 寒玉 一│
声
︒
﹇ 出典
﹈柏 玉集
︑八 六一 番・ 二二 五二 番︒ 雪玉 集︑ 四五 四八 番︒ 日本 書紀
︑神 代巻
︑九 六頁
︒和 漢朗 詠集
︑下
︑将 軍︑ 六 八六 番︒
﹇ 異同
﹈﹃ 新編 国歌 大観
﹄﹁ 月 にそ みつ る│ 月に はう つる
﹂︵ 柏玉 集︑ 八六 一番
︶︒
﹃ 日本 書紀
﹄﹃ 和 漢朗 詠集 註﹄ ナシ
︒
﹇ 訳﹈
社の 前の 月
ふ る
布 留 の社
︵石 上 神 宮︶ の 垣根 に お りた 秋 の 霜が
︑月 の 光 に 照ら さ れ 輝い て い る︒ そ れは ま る で 当 社 に 祭 ら れ て い る
︑秋 霜に も例 えら れる 霊剣
﹁蛇 之麁 正﹂ が輝 いて いる かの よう に見 える なあ
︒
す さ の を の み こ と
や ま た の を ろ ち
を ろち の あら ま さ
神 代の 巻に よる と︑
︵ 素戔 嗚 尊が
︶八 岐大 蛇を 斬っ たそ の剣 を︑ 名付 けて
﹁蛇 之麁 正﹂ とい う︒ これ は今
︑石 上 神宮 に安 置さ れて いる 云々
︒ 和 漢朗 詠集
︑源 順︒ 雄剣 のよ うな 三尺 もあ る名 剣を 腰に 佩し
︑抜 けば 秋の 霜の よう に鋭 い光 を放 つ︒ 文字 消し に 使わ れた 雌黄 を口 に含 んだ かの よう に︑ 充分 に推 敲さ れた 美し い文 章を 吟じ ると
︑ま るで 澄ん だ玉 が一 声震 え るよ うに 響く
︒
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 下
︶
― 112 ―
くさ な ぎ のつ る ぎ
﹇ 考察
﹈﹃ 日本 書紀
﹄は 八岐 大蛇 退治 の場 面で
︑こ のと き大 蛇の 体内 から 出て きた のが 草薙 剣︒
﹃和 漢朗 詠集
﹄は
︑藤 原 伊尹 が文 武両 道に 優れ てい るこ とを 称え たも の
︒﹁ 雄 剣﹂ は 中国 春 秋 時代 の 干 将が つ く っ たと さ れ る雌 雄 二 剣の ひ と つ︒
﹁ 秋 霜﹂ は刀 剣 の 比喩
︒﹁ 雌 黄﹂ は 樹脂 の 一 種で
︑古 代 中 国 で 文 字 消 し に 使 用︒
﹁寒 玉
﹂は 清 ら か な 容 貌︑ 声
︑水
︑月 など の比 喩︒ 和歌 の﹁ 置け る﹂ は︑ 霜が 降り るこ とと
︑剣 を据 え置 くこ とを 意味 する
︒
﹇ 参考
﹈﹃ 日本 書紀
﹄の 本文 異同 には 寛文 九年
︵一 六六 九︶ 版を 使用
︒
︵ 平石 岳︶ 月前 神祇 217秋 の月 うつ りて すむ も石 清水 むか しの 袖の ひか りを そ思 ふ 神 社考 引二
本 朝僧 史一
曰︑ 世ニ
言
︑教
カ
所レ
見太
︱
神ノ
本︱
身於
レ
是弥 陀観 音勢 至ノ
三│
像 現二
袈裟
ノ
上ニ 一
云云
︒ 又 見于 続故 事談
︑四 巻︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑一 三六 二番
︒本 朝神 社考
︑一
︒続 古事 談︑ 四│ 一︒
﹇ 異同
﹈﹃ 新編 国歌 大観
﹄ナ シ︒
﹃ 本朝 神社 考﹄
﹁教 見太 神│ 教見 大神
﹂︒
﹇ 訳﹈
月の 前の 神祇 秋 の月 が岩 の間 から 湧き 出る 水に 映り 澄ん でい るに つけ ても
︑昔
︑僧 侶の 袖に 映っ た石 清水 八幡 宮の 後光 を思 うこ と だな あ︒ 本 朝神 社考 が引 く本 朝僧 史に よる と︑ 世間 では
︑教
︵と いう 僧侶
︶が 見た とこ ろに よる と︑ 八幡 神の 本来 の姿 が
︑こ こに おい て阿 弥陀 如来
・観 音菩 薩・ 勢至 菩 薩 の 三像 と し て袈 裟 の 上に 現 わ れ た︑ と言 わ れ てい る 云 々︒
― 113 ―
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 下
︶
ま た︑ 続古 事談 の巻 四に 見え る︒
﹇ 考察
﹈当 歌の 第三 句﹁ 石清 水﹂ は︑ 普 通 名詞
︵岩 の 間 から 湧 き 出る 水
︶と 固 有 名詞
︵石 清 水 八幡 宮
︶を 掛 ける
︒第 四 句﹁ むか しの 袖﹂ は﹃ 本朝 神社 考﹄ など に見 える 説話 で︑ 八幡 神の 本来 の姿 は阿 弥陀 如来
・観 音菩 薩・ 勢至 菩薩 の 三 尊 で あ り︑ そ の 姿 が 袈 裟 の 袖 の 上 に 現 わ れ た と い う 話 を 踏 ま え る
︒そ の 僧 の 名 前 を﹃ 本 朝 神 社 考﹄ で は
﹁教
﹂︑
﹃ 続古 事談
﹄で は﹁ 行教
﹂と する
︒
﹇ 参考
﹈﹃ 本朝 神社 考﹄ は林 羅山 の著 作で
︑諸 国の 神社 の 源 流 を考 証 し て神 仏 習 合を 非 難 し︑ 神 儒合 一 を 唱え た も の︒ 本 文異 同に は正 保二 年︵ 一六 四五
︶版 を使 用︒
︵ 廣瀬 薫︶ 釣夫 歌月
柏
218秋 の水 すめ らは 何を あら 磯の 月に そな れて うた ふ舟 人 文 選︑ 漁︱
父 辞︒ 漁︱
父莞
︱
尓ト シ テ
而 笑テ
鼓テ レ
枻ヲ
而去
ル
︒ 乃シ
歌テ
曰
︑﹁ 滄 浪ノ
之水 清メ ラ ハ
兮可
三
以テ
濯二
吾カ
纓ヲ 一
︒ 滄│
浪ノ
之 水 濁ラ ハ
兮可
三
以濯
二
吾カ
足ヲ 一
﹂︒
﹇ 出典
﹈柏 玉集
︑九 一一 番︒ 雪玉 集︑ 一五 三四 番︒ 文選
︑文 章篇 上︑ 七〇 頁︒
﹇ 異同
﹈﹃ 新編 国歌 大観
﹄﹁ 釣 夫歌 月│ 漁父 棹月
︵柏 玉集
︶│ 歌 題ナ シ︵ 雪玉 集︶
﹂︒
﹃文 選﹄ ナシ
︒
﹇ 訳﹈
魚釣 りの 男性
︑月 に歌 う 秋 の水 が澄 んで いる なら ば何 を洗 おう かと
︑荒 波に も慣 れて
︑岩 の多 い海 岸で 月に 歌う 舟人 だな あ︒ 文 選
︑漁 夫 の 辞︒ 漁 夫 は に っ こ り と 笑 い︑ 櫂 を 音 高 く 漕 ぎ な が ら 去 っ て 行 っ た︒ そ し て︑ 歌 っ て 言 う に は︑
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 下
︶
― 114 ―
﹁漢 水の 下流 の水 が清 らか に澄 んで いる 時は
︑そ の 水 で私 の 冠 の紐 を 洗 うこ と が で きよ う
︒漢 水 の下 流 の 水が 汚 く濁 って いる とき は︑ その 水で 私の 汚れ た足 を洗 うこ とが でき よう
︒﹂ と
︒
﹇ 考察
﹈出 典は 屈原 の﹁ 漁夫
﹂︒ 世の 清濁 を川 の清 濁に たと えて
︑世 に正 道が 行わ れて いれ ば宮 廷に 出仕 し︑ 世が 乱れ て いれ ば官 を辞 すこ とを 歌う
︒当 歌の
﹁あ ら磯
﹂に
﹁洗 い﹂ を掛 ける
︒
︵ 廣瀬 薫︶ 臨水 待月
同
219水 に近 きう てな のう へに 待出 て月 は手 にと る光 とや みん 宋 蘇鱗 詩︒ 近キ レ
水ニ
楼︱
台ハ
先ツ
得レ
月ヲ
云云
︒見 于萬 姓統 譜︒
﹇ 出典
﹈柏 玉集
︑八 二五 番︒ 萬姓 統譜
︑巻 一二
︑蘇 鱗︒
﹇ 異同
﹈﹃ 新編 国歌 大観
﹄﹁ 臨 水待 月│ 谷月
﹂︒
﹃ 萬姓 統譜
﹄ナ シ︒
﹇ 訳﹈
水辺 に臨 み月 を待 つ 水 辺に 近い 高殿 の上 で月 が出 るの を待 って いる と︑ 月は 手に 取れ る光 のよ うに 見え るだ ろう か︒ 宋 蘇鱗 の詩
︒水 辺に 立つ 楼台 では
︑他 所よ りも 先に 月が 見ら れる 云々
︒萬 姓統 譜に 見え る︒
﹇ 参考
﹈﹃ 万姓 統譜
﹄は 明の 淩廸 知の 撰︑ 百四 十六 巻︒ 万姓 を統 括し た系 譜と いう 意味 で︑ 上古 から 明の 中頃 まで の人 名 を︑ 二十 一史 の列 伝や 通志
・統 志・ 郡邑 志な どの 書中 から 抜抄 した もの
︒
︵加 藤森 平︶ 布秋
引 滝
― 115 ―
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 下
︶
柏
220く れゆ かは いさ 此山 に待 出ん 月の ひか りも 布引 の滝 い せ物 語︒ いさ
︑こ の山 のか みに あり とい ふぬ の引 の瀧
︑見 にの ほら んと いひ て︒
﹇ 出典
﹈柏 玉集
︑八 二〇 番︒ 伊勢 物語
︑八 七段
︒﹇ 異同
﹈﹃ 新 編国 歌大 観﹄
﹃伊 勢物 語拾 穂抄
﹄ナ シ︒
﹇ 訳﹈
秋の 布引 の滝 日 が暮 れて いく なら ば︑ さあ
︑こ の山 の上 にあ る布 引の 滝で
︑月 が出 るの を待 とう
︒月 の光 も布 引の 滝︵ のよ うに 降 り注 ぐだ ろう
︶︒ 伊 勢物 語︒
﹁ さあ
︑こ の山 の上 にあ ると いう 布引 の滝 を見 に登 ろう
﹂と 言っ て︒
﹇ 考察
﹈﹃ 伊 勢 物 語﹄ は︑ 男が 有 名 な滝 を 見 に登 山 し た 話︒ 布引 の 滝 は六 甲 山 の南 側
︑神 戸 市 を 流 れ る 生 田 川 上 流 の 滝
︒
﹇ 参考
﹈﹁ ぬの びき の滝 とき きし は雲 ゐ より 月 の 光 のお つ る なり け り﹂
︵ 出観 集
︑四 一 九 番︑ 月映 滝 水︶
︑﹁ 山 か ぜ に雲 の しが らみ よわ から じ月 さへ おつ る布 曳の た き﹂
︵ 寂 蓮法 師 集︑ 三 四三 番
︒津 の 国の あ し 屋 とい ふ 所 にし ほ ゆ あみ け る時
︑ぬ のび きの 滝見 にま かり て︑ 月の 出づ るま であ りけ る︶
︒
︵加 藤森 平︶ 秋声 221お もひ わく 身に こそ とま れ秋 の声 木の まに 有と 誰か いひ けん
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑一 四九 五番
︒﹇ 異同
﹈﹃ 新 編国 歌大 観﹄ ナシ
︒
﹇ 訳﹈
秋の 声
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 下
︶
― 116 ―
秋 の声 は違 いが 分か るわ が身 に留 まる のに
︑秋 の声 は木 の間 にあ ると
︑誰 が言 った のだ ろう か︒
﹇ 考察 222﹈ 番歌 の出 典を 踏ま えて
︑秋 の訪 れは 木の 間で は な く︑ 雨音 な ど と枝 の 鳴 る音 と を 聞 き分 け ら れる わ が 身に 留 まる と詠 む︒
﹇ 参考
﹈﹁ い つ と ても 月 は かく こ そ あれ と て︑ 思 ひ わか ざ ら む人 は
︑無 下 に心 憂 か る べ き 事 な り︒
﹂︵ 徒 然 草
︑二 一 二 段
︶で は︑ 秋の 月を ほか の季 節の 月と 区別 する
︒
︵大 杉里 奈︶
柏
222た ち出 てし るへ き秋 の声 なら し只 月ほ しの 深き よの 空 秋 声賦 曰︑
﹁ 汝出
テ
視ヨ レ
之ヲ
﹂︒ 童︱
子ノ
曰︑
﹁星
︱
月皎
︱
潔ト シ テ
明│
河 在レ
天ニ
︑ 四ニ
無二
人︱
声一
々ハ
在二
樹 間一
﹂︒
﹇ 出典
﹈柏 玉集
︑九 四七 番︒ 古文 真宝 後集
︑四 三頁
︒﹇ 異同
﹈﹃ 新 編国 歌大 観﹄
﹃古 文真 宝後 集﹄ ナシ
︒
﹇ 訳﹈
︵ 秋の 声︶ 外 に出 て知 るこ とが でき る秋 の声 だな あ︒
︵ 雨音 で は なく
︶た だ 月 や星 が 輝 く夜 更 け の 空に
︵木 の 枝 が鳴 っ て いる の だな あ︶
︒ 秋 声賦 によ ると
︑﹁ お 前︑ 家の 外に 出て 調 べ て 見よ
﹂︒ 童 子 は言 っ た︒
﹁ 星や 月 が 白 く輝 い て 清ら か で︑ 天 の川 は 空に あり
︑あ たり には 人声 もな く︑ その 音は 樹の 枝の 間に 鳴っ てい る﹂ と︒
﹇ 考察
﹈﹁ 秋声 賦﹂ は歐 陽永 叔の 作で
︑風 雨や 人馬 の音 に聞 こえ たの は木 の枝 の鳴 る音 だと 分か り︑ それ を秋 の声 と捉 え て慨 嘆し た賦
︒
﹇ 参考
﹈本 文異 同に は元 文五 年︵ 一七 四〇
︶版
﹃魁 本大 字諸 儒箋 解古 文真 宝後 集﹄ 巻上 を使 用︒
― 117 ―
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 下
︶
︵大 杉里 奈︶ 秋関 223と ゝむ とも かへ りな れぬ る道 しあ れは 関の かた めや 秋に なか らん 朗 詠集
︒留 春不 用関 城固
︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑一 四八 九番
︒和 漢朗 詠集
︑上
︑春
︑三 月尽
︑五 五番
︒
﹇ 異同
﹈﹃ 新編 国歌 大観
﹄﹃ 和 漢朗 詠集 註﹄ ナシ
︒
﹇ 訳﹈
秋の 関所
︵過 ぎゆ く秋 を︶ 留め よう とし ても 帰り 慣れ た道 があ るの で︑ 関所 の固 めは 秋に は︵ 役に 立た
︶な いだ ろう か︒ 和 漢朗 詠集
︒過 ぎゆ く春 を引 きと める のに
︑関 所や 城門 の固 めは 何の 役に も立 たな いこ とだ
︒
︵大 杉里 奈︶ 秋書 224天 とふ や鳥 のな かに も鳥 の跡 を秋 来る 雁に いか てつ けゝ ん 淮 南子
︒蒼 頡︑ 始視 鳥跡 之文
︑造 書契 云云
︒ 漢 書
︒蘇 武 伝 曰︑ 常︱
恵 請二
其ノ
守ル
者ニ 一
︑与
ニ
︱
倶ニ
得三
夜 見二
漢︱
使一
︑具
ニ
︱
自 陳レ
道︒ 教レ
使│
者ヲ
謂テ 二
単 干ニ 一
言ハ
︑﹁ 天 子
ラ
射二
上│
林ノ
中ニ
得二
雁ノ
足ニ
有一 レ
係二
帛 書一
︑ 言ク
武 等 在リ 二ト
某 沢ノ
中ニ 一
﹂︒ 使︱
者 大ニ
︱
喜テ
如二
恵カ
語一
以 譲ム 二
単︱
干ヲ 一
︒ 単︱
干 視テ 二 ラ
左 右ヲ 一
而 驚ク
︒謝
シ テ 二
漢︱
使ヲ 一
曰︑
﹁ 武等 実ニ
在﹂ 云々
︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑一 四九 三番
︒淮 南鴻 烈解
︑巻 八︑ 本経 訓︒ 漢書
︑評 林巻 五四
︑李 広蘇 建伝 第二 四︒
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 下
︶
― 118 ―
﹇ 異同
﹈﹃ 新編 国歌 大観
﹄﹃ 淮 南鴻 烈解
﹄ナ シ︒
﹃和 刻本 正史 漢 書︵ 二︶
﹄﹁ 謂 単干
│謂 単于
﹂﹁ 単 干単 干│ 単于 単于
﹂︒
﹇ 訳﹈
秋の 手紙 空 を飛 ぶ鳥 の中 でも 秋に 渡っ てく る雁
︵の 足︶ に︑ どの よう にし て文 字︵ が書 かれ た手 紙︶ を付 けよ うか
︒ 淮 南子
︒蒼 頡が 初め て鳥 の足 跡の 文様 を見 て︑ 文字 を作 った 云々
︒ 漢 書︒ 蘇武 伝に よる と︑ 常恵 はそ の看 守に 請い
︑そ の者 と一 緒に 夜︑ 漢の 使者 に会 い︑ みず から つぶ さに 事情 を 述 べ た︒ そ して 使 者 から 単 于 に︑
﹁天 子 が 上 林苑 内 で 射猟 し て 得た 雁 の 足 に帛 書 が 結 ん で あ り︑ そ れ に は︑ 武 らは 某の 沢中 にい ると 書か れて いた
﹂と 言う よう に教 えた
︒使 者は 大い に喜 び︑ 常恵 に教 えら れた 通り に言 っ て単 于を 責め た︒ 単于 は左 右の 者を 見て 驚き
︑漢 の使 者に 詫び
︑﹁ 武 らは
︑実 は生 きて いる
﹂と 言っ た云 々︒
﹇ 考察
﹈蒼 頡が 鳥の 足跡 を見 て文 字を 創作 した とい う伝 承か ら︑
﹁鳥 の跡
﹂は 文字 や筆 跡を 意味 する
︒ま た︑ 蘇武 の故 事 によ り︑ 雁は 手紙 を届 ける とさ れた
︒
︵ 呉慧 敏︶ 秋祝 225よ もの 国た へぬ 田面 も更 に今 年有 秋と しる しつ くら し 江 次第
︒不 堪田 申文 云不 堪国 云云
︒大 弁巻
レ
紙染
レ
筆
︑上
│
卿ノ
曰︑
﹁ 諸│
国申 当年 不堪 佃田 事﹂ 云云
︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑一 五〇 六番
︒江 家次 第︑ 巻第 九︑ 九月
︑不 堪佃 田申 文︒
﹇ 異同
﹈﹃ 新編 国歌 大観
﹄ナ シ︒
﹃ 江家 次第
﹄︵ 神道 大系
︶﹁ 不 堪田 申文 云不 堪国 云云
│ナ シ﹂
︒
﹇ 訳﹈
秋の 祝い
― 119 ―
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 下
︶
四 方の 国は 耕作 不能 だっ た田 地も
︑新 たに 今で は穀 物が よく 実る 秋だ と記 され るこ とだ ろう
︒ 江 家次 第︒ 不堪 田の 申文 によ る と︑ 不 堪 国云 々
︒大 弁 は紙 を 巻 き筆 を 染 め︑ 上 卿は
︑﹁ 諸 国︑ 当 年の 不 堪 佃田 の こと を申 す﹂ と言 う云 々︒
﹇ 考察
﹈当 歌は
︑凶 作だ った 田地 も稲 が 実 り︑ 朝廷 に 豊 作の 年 と 申請 で き る と祝 う
︒第 四 句の
﹁年
﹂は 古 代︑ 稲 作に よ り年 の区 切り を考 えた こと から
︑穀 物︑ 特に 稲︑ また 稲が 実る こと を意 味す る︒
﹇ 参考
﹈﹁ 不堪 佃田
﹂と は︑ 洪水 など によ り耕 作不 能と なっ た田 地︒ 荒廃 田︑ 荒田 とも いう
︒平 安時 代に は毎 年九 月七 日 に
︑諸 国 か ら当 年 の 不堪 佃 田 を中 央 に 報 告 さ せ る と い う 不 堪 田 奏 が 行 わ れ
︑そ の 報 告 を 不 堪 佃 田 申 文 と い う︒
し やう け い
﹁上 卿
﹂は 宮中 の公 事に おい て︑ 首席 者と して 臨時 に任 じら れた 者で
︑大 臣や 大・ 中納 言の 中か ら選 ばれ た︒
︵ 呉慧 敏︶ 秋神 祇 226秋 をへ て染 こそ まさ れ立 田山 紅葉 もあ かぬ 神や すむ らん 神 名帳 曰︑ 大和 国平 群ノ
郡
︑龍
︱
田ニ
坐天 御柱
︑国 御柱
︑神 社二 座︑ 龍田 比古
︑龍 田比 女︑ 神社 二座
︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑一 五〇 二番
︒﹇ 異同
﹈﹃ 新 編国 歌大 観﹄
﹁紅 葉も
│も みぢ に﹂
︒﹃ 延 喜式
﹄巻 九︵ 国史 大系
︶ナ シ︒
﹇ 訳﹈
秋の 神祇 秋 を経 過し て︑ ます ます 龍田 山は 色づ いた なあ
︒︵ 並 の︶ 紅葉 には 満足 しな い神 が住 んで いる のだ ろう か︒
へ ぐ り
神 名帳 によ ると
︑大 和の 国︵ 奈良 県︶ の平 群郡 の龍 田に
︑天 御柱 と国 御柱 の神 社が 二座
︑龍 田比 古と 龍田 比女 の 神社 が二 座あ らせ られ る︒
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 下
︶
― 120 ―
﹇ 考察
﹈﹁ 神名 帳﹂ とは 神社 とそ の祭 神 の 名 を記 す 帳 簿で
︑特 に
﹁延 喜 神名 式
﹂︵ 延 喜 神名 帳
︶を 指 すこ と が 多い
︒ま た
﹁座
﹂は 祭神
︑仏 像な どの 数を 数え るの に用 いる 接尾 辞︒ 当歌 は︑ 龍田 山が 更に 紅葉 した のは
︑そ の山 の神 であ る 龍田 姫が 並の 紅色 では 不満 なの かと 詠む
︒
︵竹 田有 佳︶ 秋歌 中 227朝 ほら け露 のか ゝれ るく もの ゐは 只し らき ぬの つゝ む春 かな い せ物 語云
︑其 滝︑ 物よ りこ とな り︑ 長さ 二十 丈︑ ひろ さ五 丈は かり なる 石の おも てに
︑し らき ぬに 岩を つゝ め らん やう にな ん有 ける
︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑四 三九 三番
︒伊 勢物 語︑ 八七 段︒
﹇ 異同
﹈﹃ 新編 国歌 大観
﹄﹁ つ つむ 春か な│ つつ む木 木か な﹂
︒﹃ 伊 勢物 語拾 穂抄
﹄ナ シ︒
﹇ 訳﹈
秋歌 の中 明 け方 に露 が掛 かっ てい る蜘 蛛の 巣は
︑ま るで 白絹
︵の よう な水
︶に 包ま れ︵ 濡れ
︶て いる 春の よう だな あ︒ 伊 勢物 語に よる と︑ その 滝は ほか の滝 とは 異な り︑ 長さ 二十 丈︑ 広さ 五丈 ほど の石 の表 面に
︑ま るで 白絹 で岩 を 包ん だよ う︵ に水 が流 れ落 ちて いる の︶ であ った
︒
﹇ 考察
﹈﹃ 伊勢 物語
﹄は
︑男 が布 引の 滝︵ 220番 歌︑ 参照
︶を 見物 して 和歌 を詠 む話
︒当 歌は
︑秋 の朝 露が 掛か った 蜘蛛 の 巣を
︑春 雨に 濡れ たよ うだ と詠 む︒
︵竹 田有 佳︶
― 121 ―
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 下
︶
228小 鳥つ くる 枝も 色
!
"
か り衣 花を 折た る野 への かへ るさ 松 風の 巻︒ 小鳥 しる しは かり ひき つけ させ たる 荻の 枝な と︑ つと にし てま ゐれ り︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑三 七九 六番
︒源 氏物 語︑ 松風 巻︑ 四一 八頁
︒
﹇ 異同
﹈﹃ 新編 国歌 大観
﹄﹁ 秋 歌中
│秋 二十 首﹂
︒﹃ 承 応﹄
﹃湖 月抄
﹄ナ シ︒
﹇ 訳﹈
︵ 秋歌 の中
︶ 小 鳥を 付け た枝
︵の 葉︶ も狩 衣の よう に色 とり どり で︑ 華や かな 衣装 を着 て︑ 野辺 で花 を手 折っ て帰 ると ころ だな あ 松 ︒ 風の 巻︒
︵ 若殿 たち は︶ 獲物 の小 鳥を ほん のし るし ばか り結 びつ けた 荻の 枝な どを
︑み やげ にし て参 上し た︒
﹇ 考察
﹈﹃ 源氏 物語
﹄は 源氏 やそ の取 り巻 きの 人々 が︑ 桂の 院で 饗応 をし てい ると
︑野 宿ま でし たの に狩 で大 物が 取れ な かっ た若 殿た ちが
︑小 鳥を 荻の 枝に 結 び 付 けて 桂 の 院に 参 上 した 場 面︒ 当 歌 の﹁ 枝も 色 々﹂ は 枝の 紅 葉︑
﹁ 色々 狩 衣﹂ は色 とり どり の狩 衣を 表わ し︑
﹁ 花を 折る
﹂は 衣装 を華 やか にす ると いう 意味 もあ る︒
︵ 平石 岳︶ 秋山 家 229露 もら ぬ岩 やの おく も尋 ねは や身 はか はほ りの 何な らぬ 世に 円 機活 法︑ 石洞
ノ
部ニ
曰︑ 李太 伯︑
﹁ 余︱
聞荊
│
州ノ
玉泉 寺︒ 近清 溪諸 山︑ 山│
洞 往│
々ニ
有二
乳︱
窟一
︒々
︱
中ニ
多玉 泉交
│
流ス
︒ 有二
白 蝙蝠
一
︒ 如レ
鴉
︒千
︱
載ノ
之後 躰如
二
白│
雪一
︒蓋
シ
飲乳
︱
水ヲ 一
而長
│
生ス
也﹂
︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑四 二三 六番
︒円 機活 法︑ 巻四
︑地 理門
︑石 洞︑ 乳窟
︒
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 下
︶
― 122 ―
﹇ 異同
﹈﹃ 新編 国歌 大観
﹄﹁ 秋 山家
│山 家﹂
︒﹃ 円 機活 法﹄
﹁李 太伯
│李 太白
﹂﹁ 玉 泉寺
│上 泉寺
﹂︒
﹇ 訳﹈
秋の 山中 の家
︵長 命の 蝙蝠 がい ると いう
︶露 がま った く漏 れな い 岩 窟の 奥 も 訪ね て み たい も の だ︒ わ が身 は 蝙 蝠︵ のよ う に 日陰 者
︶で
︑取 るに 足り ない 世の 中な のだ から
︒ 円 機活 法︑ 石洞 の部 によ ると
︑李 白は
︑﹁ 私 は 荊 州の 玉 泉 寺に つ い て︑ この よ う に 聞い て い る︒ 近く に 清 らか な 谷や 山々 があ り︑ 山の 洞に はあ ちこ ちに 鍾乳 窟が ある
︒洞 窟の 中に は美 しい 泉が 多く 交わ り流 れて いる
︒白 い 蝙蝠 がい て︑
︵ 大き さは
︶鴉 ぐら いも ある
︒︵ 蝙蝠 は︶ 千歳 にな ると
︑体 は白 雪の よう にな る︒ 思う に︑ 鍾乳 窟 の水 を飲 むと 長生 きす るの であ ろう
﹂と いう
︒
﹇ 考察
﹈当 歌は
﹁露
﹂に 副詞 の﹁ つゆ
﹂を 掛け
︑厭 世観 を詠 む︒
﹇ 参考
﹈出 典は 李白 の詩
﹁答
三
族 姪 僧中 孚 贈二
玉泉 仙 人 掌茶
一
﹂の 序 の一 節 で︑
﹃ 李 白集
﹄下
︑巻 十 八︵ 続 国訳 漢 文 大成
﹃李 白全 詩集
﹄3
︶に も収 録︒
︵ 平石 岳︶ 駅路 鹿 230こ ゝろ なき むま やの おさ もう き秋 にお とろ く程 のさ ほし かの 声 大 鏡︑ 第二
︑菅 家︒ 駅︱ノ
長 莫レ レ
驚ク コ ト
時ノ
変︱
改
︑一
│
栄 一│
落 是レ
春│
秋
︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑七 八〇 九番
︒大 鏡︑ 七六 頁︒
﹇ 異同
﹈﹃ 新編 国歌 大観
﹄ナ シ︒
﹃ 大鏡
﹄︵ 整版
︶﹁ 駅 長莫 驚│ 騎長 無驚
﹂︒
― 123 ―
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 下
︶