春来る鬼~摂津・播磨の場合
コタニケイセツ(古谷蛍雪)
はじめに
兵庫県の南部、摂津・播磨を中心とした地域には「鬼追い」といってオニが登場す る民俗行事が寺社仏閣に残っている。 これらの行事においての大きな特徴としては登場するオニが悪役とはみなされて いない場合が多いということである。 一般に「鬼追い」というと節分に行われる「豆まき」が思い起こされるであろう。「オ ニは外、福は内」といって、オニに豆を投げつける。そしてオニは逃げていくのであ る。ここではいうまでも無く、オニは「悪者」であり、追われるものである。また、同じ く節分において「ヒイラギの枝とイワシの頭を家の門などにつけてオニを除ける」と いうことを行う。明らかにオニは嫌われ者として扱われている。 一方では先に述べた悪役ではない「良いオニ」(と、いう言葉自体が矛盾を含んで いるように捉えられることがほとんどだろう・・・)も存在する。播磨地方で行われて いる「鬼追い」のオニがそうである。無論、この地方でも悪いオニが登場する鬼追い は存在する。 さて、この「良いオニ」がどのように良いのかという点について説明しておく。 まず、オニが「追われない」という点である。行事名は確かに「鬼追い」であったり 「ついな式」であったりする。これらの名称はオニが追われることを意味している。に もかかわらず、オニは追われる立場ではないのである。ここでのオニは舞台の上で 踊って、自然の恵みである餅と関わったりする。豆に打たれて逃げるオニの姿は見 られない。 もう一つの特徴はオニの性質、正体である。ここで登場する鬼は神の使いであっ たり、また神(仏)自身の化身だと伝えられる。 同じオニという名が付いているのにもかかわらず、良いもの、悪いものがいる。本 論文では良い「オニ」が登場する摂津・播磨の鬼追いに登場するオニについて考察 していきたい。 ーオニとは、何者なのかー第一章 「オニ」について
この論文では为に寺社仏閣の民俗芸能のオニについて取り上げるが、そのまえ に、まずオニ全体のことについて尐し触れておきたい。オニというものは相当に複 雑な性質を持っていてここでは詳細にまでふみこむことはここでは出来ない。以下、 オニについての基本的な事柄を述べていく。 普通、オニといえば「恐ろしい顔で頭には角、棍棒を持っていて、虎の皮のフンド シ」というイメージである。しかしこの論文でとりあげるオニの中にはそのようなイメージが当てはまらないものもいる。この一般的なオニのイメージは仏教や陰陽道の 影響によると言われている。
「オニ」ということば
『和名類聚鈔』によれば、「オニ」は「於爾」であって「穏」の訛りである、とされてい る。つまり、目にはみえないものとされている。また、「鬼」という漢字は「死人の寄 る辺無い魂」、つまり幽霊のことである。 日本においてもともと「オニ」の原像である「もの」、「しこ」という概念があった、と 言う説、中国から「鬼」という漢字が日本へはいってきてからオニが出来あがったと する説、いろいろな説がある。 また、一口に「オニ」といわれているものをみても、とても広範囲のものを一くくり にしている感じがする。例としていくつかのオニと呼ばれているものをあげてみる。 酒呑童子、般若、夜叉、飢鬼、雷神・・・ これらは同じ「オニ」という名で呼ばれるものだが、その性質に強い統一性が見ら れない。折口信夫の説
ここで折口信夫によるオニの見解を紹介する。折口は「オニ」は「大人」であるとす る巨人説を出している。更に「オニ」と「カミ」は同義であると唱えている。以下に折 口の「信太妻の話」から引用する。 聖徳太子の母君の名を、神隈とも鬼隈とも伝へて居る。漢字としての意義は近 くとも、国訓の上には、鬼をかみとした例はない。ものとかおにとかにきまってい る。 してみれば、此は二様にお名を言うた、と見る外はない。此名は、地名か ら出たものなるは確かである。其地は畏るべきところとして、半固有名詞風に、 おにくまともかみくまとも言うて居たのであらう。 つまり、「畏るべき」ものを「おに」とも「かみ」とも言った、ということである。◎追儺式
追儺式は日本では宮中行事の一つであった。オニに扮した舎人を内裏の四門を めぐって追いまわす、悪鬼をはらい、疫病を除く儀式である。これが後に民間の節 分行事となっていく。 この追儺式の起源は中国にあり、日本には七世紀末に伝わったとされる。◎オニと霊
オニと霊には共通点が見られる。ここでは霊を「死んだ人の魂」としておく。 ・来訪 いうまでもないが追儺式のオニは为に大晦日、節分といったある決まった日にあ らわれる。これについては霊も同じで毎年お盆にはあの世からこの世に戻ってくるとされる。また『徒然草』には大晦日のたままつりについて「なき人の来る夜とてた ままつるわざはこのごろ都にはなきをあづまの方にはなほすることにてありしこそ あはれなりしか」とあり、以前には大晦日、つまりオニが出現する時期に霊もやって 来ていたということがうかがえる。 ※大晦日も節分も時間(季節)の狭間である。秋田のなまはげ、比叡山の鬼追い が行われる日である。 ・力 折口説にあるように「畏るべき」ものがオニである。この点については霊もオニも 同じように人間の力の及ばない存在である。 二面性 オニも霊も共に人間にとって福をもたらす場合もあれば災厄をもたらすこともある。 例えば人々に祟りを為す怨霊もいれば、生きている子孫を見守る祖霊もいる。オニ の場合も節分行事によって悪いオニがいたり良いオニがいたりする。オニと霊は同 じものなのだろうか それでは次章から摂津・播磨の鬼の民俗芸能をみていこう。
第二章 摂津・播磨(兵庫県下)の民俗芸能のオニ
民俗芸能のオニはそのオニの前身について特に説明されていないことが多い。 また、説明されているものは「~の化身」といわれていて、ある者がオニへと永久的 な変化を遂げたのではなく、ある者の一時的な仮の姿がオニであると考えられてい るようである。以下、行事内容をあげていく。内容には『ひょうごの民俗芸能』、『長 田神社古式追儺式』を参照した。 なお、枞内は「行事名」、「所在地(市町村)」、「宗派」、「開基」、「本尊・祭神」の順 である。枞の次には鬼の名前、前身(ある場合)、持ち物を記した。●書写山円教寺 播磨
鬼追い 姫路市 天台宗 性空上人 如意輪観音 赤鬼 護法童子であり、毘沙門天の化身 左手に松明、右手に鈴 青鬼 護法童子であり、不動明王の化身 鉾 ・一月十八日に修正会の結願行事として行われる。場所は舞堂、本堂内にて。 舞堂に赤鬼、青鬼の順に現れる。鬼係(世話人)が舞堂の入り口の辺りで柳の 杖で床をたたく。それを合図として赤鬼は松明を高く振りかざしたり鈴を振ったりす る。同じく青鬼も鉾を構えて足を高く上げ、床を踏みしめ歩く。供物棚には鏡餅が供えられており、そこを中心として左方に回って二周すると鏡餅をはさんで二鬼は向 かい合う。赤鬼が松明で鏡餅を割るしぐさをして終わる。 その後、場所は本堂に移る。ここで鬼追いが行われる。赤鬼は鬼係が叩く鐘の音 を合図に松明を下げた状態で二歩進み鈴を鳴らす。赤鬼は本堂の四隅で鈴を振っ て松明を高く掲げ、鐘が鳴ると足を高く上げ床を踏む。青鬼は鈴が鳴っている間は 止まり、鐘の音を合図にして鉾を構えて二歩進む。赤鬼、青鬼は堂内を二周したあ と、交差する。本尊の前に戻った赤鬼は鈴を振って松明をかざしたり、おろしたりし て舞う。次に赤鬼・青鬼が対峙すると赤鬼は松明を横に高く掲げてそこへ青鬼が鉾 を合わせる。本尊前で赤鬼と青鬼は左右を向き、赤鬼は鈴を長く鳴らして須弥檀左 方へ移動する。その時に鐘が数度叩かれる。移動した場所から赤鬼・青鬼はは再 び踊る。最後に鐘が三度叩かれると赤鬼・青鬼は溜部屋へと戻っていく。
●随願寺 播磨
鬼追い(修二 会) 姫路市 天台宗 恵便 薬師如来 空鬼 薬師如来の化身 右手に松明 赤鬼 毘沙門天の化身 左手に松明、右手に鈴 青鬼 不動明王の化身 左手に松明、右手に鉾 男の子鬼 八人 、女の子鬼 八人 共に左手に五色幣、右手に竹の棒 乾元元年(1302)の記録が残る ・ 二月十一日に行われる。もとは一月七日の修正会の行事であった。本堂の扉 をすべて閉め、暗闇のなかで行われる。 鉦の音に合わせ空鬼が舞台の正面に向かって右より、左手で面を顔に掲げ右手 に松明を持って登場する。中央の本尊前に来て松明を上下させて礼拝する。つぎ に参拝者の方に向かって松明を上下させ礼をする。また、この時空鬼は真言を唱 えている。次に舞台正面向かって左から退場し、本尊の後ろを通ってから舞台正面 右に移る。 次に子鬼たち十六人が舞台正面向かって右から登場し二列になって行進する。 その間子鬼は竹の棒で激しく床を打つ。そして舞台正面向かって左より退場して本 尊の後ろを通って舞台右に移動する。その間は鉦と太鼓が連打されている。 その後、青鬼と赤鬼が舞台正面向かって右側より登場する。赤鬼の三つ目の鈴 の音に合わせて大きく力強く右足を出し、次の三つ目の音で左足を大きく前に出す。これを繰り返しながら歩を進める。本尊の前にくると三つ目の音で本尊に向かって 松明を振り下ろす。次に赤鬼・青鬼は左端へ移動、その後、再度中央に来る。そし て三つ目の音で参拝者に向かい松明を振り下ろす。右、左、と行き、舞台正面向か って左より退場する。その間鉦が連打されている。そして本尊の後ろを通り舞台右 に移る。 再び空鬼が現れ、本尊と参拝者に松明を振り下ろして退場する。次に子鬼が現 れて「ヤクヨケヤー」といって棒で激しく床を叩き、退場する。そして赤鬼の鈴の音に 合わせて赤鬼・青鬼が登場する。まず右から左に移動、次に左から右、右から左と 移動して退場する。 最後に赤鬼と青鬼が登場する。赤鬼は左へ移動し、中央に戻る。青鬼は中央か ら右に移動し中央に戻る。そして松明合わせを行う。今度は青鬼は左へ移動し、中 央に戻り、赤鬼は右へ移動し中央に戻る。そして最後の松明合わせを行う。 ・その後、餅まきが本堂にて行われる。
●八葉寺 播磨
鬼追い 姫路市(旧・神 崎郡香寺町) 天台宗 行基 十一面観音 赤鬼 腰に鈴・槌・赤い御幣 手には松明 青鬼 腰に鈴・草鞋・青い御幣 手には剣と松明 ・修正会の結願の日、一月七日に行われる。場所は本堂内である。 住職が楊杖(ようじ、趣旨)を読み終えると同時に鐘と太鼓が鳴らされ赤鬼が東の 入り口の扉を激しく叩き、左手に松明を掲げ、入場する。赤鬼は祭壇前で左足を前 に出し、掲げた松明を三度振り下ろし三礼を行う。そして東の端まで進む。 赤鬼が東の端につくと青鬼が剣を両手に持って入場し、祭壇まで進み三礼する。 それが終わると青鬼は剣から松明に持ち換える。 堂内の東南の角から赤鬼、青鬼の順番で左回りに二回まわる。堂内の四隅で鬼 は松明を三度振り下ろし、左から右、 右から左に三回松明を振る。その後、進行 方向に向きを変える。赤鬼が東南の角に戻り、右回りに西に帰る。この時に赤鬼と 青鬼は祭壇の前で交差する 。この動作を二回繰り返す。 最後は赤鬼は東、青鬼は西の、それぞれの出口から廊下に出て一巡する。この時、鬼は松明で欄干を打つような動作をすることもある。 ・この後、餅まきが行われる。 ・松明には厄除けの効能があるといわれている。
●神積寺 播磨
鬼追い 神崎福崎町 天台宗 慶芳上人 薬師如来 山の神 薬師如来の化身 右手に面と御幣、左手に松明 赤鬼 不動明王の化身 左手に松明 青鬼 文殊菩薩の化身 両手で剣、後に松明に持ち替える。 ※不動明王と文殊菩薩は薬師如来の脇士。 ・一月十五日の午後一時すぎから本堂と境内で行われる。もとは修正会の行事 であったと思われる。 祭壇の前に西から赤鬼、山の神、青鬼の順で北を向き、並ぶ。半鐘・太鼓・法螺 貝の音に合わせて赤鬼を先頭に山の神、青鬼が右回りに祭壇の周囲を三回巡る。 オニは左足から進み、音をドンと立てて歩いていく。 それぞれが部屋の角へ来ると左足を前、右足を後ろにして前後に重心を移しな がら待機し「ソーライ、ソーライ、ソーライ」の掛け声に合わせその場で舞う。舞い方 は左足を軸にして半回転し、それに合わせて松明を八の字に描くようにして右から 左に動かして後ろを向く。同様に次は松明を左から右に動かして元の方向を向く。 これを三回繰り返し次の角へ進む。 右回りを三周した後、祭壇の前に集まり東から赤鬼、山の神、青鬼の順に北を向 いて並び今度は左回りに三回巡る。 最後に赤鬼、山の神、青鬼の順に境内へ出て、本堂の東、正面、西、奥の院の 前で松明をもって掛け声にあわせ舞を行う。 ・終了後、餅まきが行われる。 ・松明には子供の夜泣き止めの効果があるとされる。●鶴林寺 播磨
鬼追い 加古川市 天台宗 聖徳太子 薬師如来赤鬼(親鬼) 左手に斧、右手に松明 青鬼(親鬼) 鉾 子鬼 四人 赤子鬼、青子鬼、共に樫の棒を持つ 文政十一年(1828)の記録がある。 ・一月八日に行われる修正会結願行事。場所は本堂内である。 宮殿(内陣」)裏で子鬼が床を叩いて音を出す。そして宮殿の両隅辺りに現れて 赤・青の子鬼が床を叩く。樫の棒を両手で持ち向かい合って床をドンドンと叩く。床 を棒で叩きながら右足から四歩でもとの位置に戻り相手の棒の上部を右、左と叩き、 床を叩いてから棒の下の部分を叩く。終わるとそれぞれが場所を入れ替わり、同様 に繰り返す。 次に前に赤鬼、後ろに青鬼(共に親鬼)という位置で行進を行う。東から出て西に 入る。太鼓に合わせて右、左、右と三歩、四股を踏むようにして進む。三歩目で伸 び上がる。途中まで進み観衆の中へ割り込んでいく。赤鬼は松明と斧を叩き合わ せ、大きな音を立てる。 八回目の行進の際に本尊の前辺りまで進み後ずさりして入り口に戻る。世話人の 合図で赤鬼、青鬼、子鬼がそろって吊り下げられた餅の下に集まり子鬼、青鬼、赤 鬼の順に餅をつついて落とす。これを「餅切り」という。
●蓮花寺 播磨
鬼踊 三木市 真言宗 法道仙人 十一面観音 赤鬼(親鬼、赤鬼は女性だといわれている) 松明、小槌 青鬼(親鬼) 二人 鉾、松明 剣、松明 黒鬼(親鬼) 松明、手斧 子鬼 四人 長い棒、短い棒 ・節分の日に近い日曜日に本堂で行われる。 赤鬼が松明を持ち結界南端から出て入り口に向かって松明を三回まわす。これ を三回繰り返して三歩右のほうに移動し南端の柱に松明の火を叩きつける。この 後、本堂外陣を走り抜け北端の柱にも松明を叩きつけ退場する。(清め)中央に錫杖を持つ世話役が立つ。赤鬼は松明を持って本尊を背にし横に移動し ながら踊る。鉾を持つ青鬼は赤鬼について動く。本尊の前で反転し本尊と向き合う。 移動しながら元に戻り、北端の柱に松明を叩きつけ、観衆に投げる。 次に子鬼が踊る。左手を腰に当て長い棒を水平に持つ。本尊の前まで一列で歩 き本尊に向かって深く礼をする。外陣中央で別れ、二人ずつ向き合う。左右とも逆 手で棒を持ち、右足で片足跳びをし、右側に棒をつく。次に左足で片足跳びをして 左側に棒をつく。次に二人が互いに棒を前に出して、右下のほうを打つ。片足跳び で反転し、相手を替え、左側を打つ。この動作を繰り返しながら右に円形に回る。 動作は鐘を合図としている。(四方拝) 黒鬼と剣を持つ青鬼が登場する。動作は先の赤鬼と鉾を持つ青鬼の踊りと同じ。 子鬼が踊る。舞台で散開し、長い棒の右下を床の一点に集め、歩いて円形に回 る。つぎに相手の棒を右、左と片足跳びで打ち合う。全体として円形に回る。(いな くい) 赤鬼と鉾を持つ青鬼が登場する。動作は前回の登場と同様である。 子鬼が踊る。このときは短い棒を持っている。舞台で散開し、二人ずつ向き合う。 右手の棒を額の上で水平に構え、左手は腰に当てる。棒を右回しにし、右足から 三歩、四歩目で右足を尐し出し、左足を後ろに蹴り上げ、棒を右肩に担いで、お辞 儀をするように上半身を傾ける。元の姿勢に戻って、棒を左回しにして左足から三 歩後退する。元の位置に戻り、右足を後ろに蹴り上げ、棒を右脇にかい込む。この 動作を繰り返す。次に、棒の両端を持ち、顔の前に垂直に立てる。右足を踏み出し、 左足を送るとしゃがみこみ、同時に右の方に棒を移して床を突く。立ち上がって同じ 動作で後退し元の場所に戻り、しゃがんで左に棒を落とす。右に直角に体を回し元 の位置に戻るまで同じ動作を繰り返す。(こめつき) 黒鬼と青鬼が登場。動作は先の黒鬼と青鬼の踊りと同じ。 子鬼が短い棒を持って踊る。舞台で向かい合った二人が棒を構え、小刻みに足 踏みをする。次に両手で棒を回す。棒を一回転させる間に体を直角に回し、棒を四 回転させて初めて元の姿勢に戻る。次にその場で片足跳びして足を上げ、棒をくぐ らせる。右足を上げ膝の下を右・左、左足を上げて左・右とくぐらせる。軸足を直角 に右に回してはじめの姿勢に戻る。踊りの際には「テンツー、テンツー」と、掛け声 がある。 親鬼全員が松明を持ち、踊る。動作は先の黒鬼と青鬼の踊りと同じ。 子鬼が短い棒を持って踊る。舞台で棒を持ち、中空の一点に集まるように手を伸
ばし、そのまま円く回る。次に片方は右足をあげて片足跳びで゙打ち込み、他方が 左足を上げて片足跳びをして両手で棒を水平にして頭上で棒を受ける。反転し、さ っきとは逆に打ち込みを行い、片足跳びをしながら全体で右に回る。(てんとう) 親鬼が全員、松明を持つ。赤鬼は餅の前に進んで松明を三回、回して餅を清め る。松明を捨てると腰の小槌を抜き、両手で持つ。横に二歩で立ち上がり、餅の前 に来て伸び上がる。元の位置まで戻り黒鬼と入れ替わる。黒鬼は手斧を両手に持 ち、赤鬼と同じ動作で餅の前に来ると三度ずつ餅を切る。斧を置き、赤鬼と同じよう に踊る。(餅切り) オニノツナ(天井に取り付けられた造花を上げ下げする綱)を解いてサクラハナ (造花)を観衆にとってもらう。(ハナトリ) 鬼の面を子どもにかぶせる。(面かぶり)
●高薗寺 播磨
鬼追式 加古郡稲美町 真言宗 法道仙人 十一面観音 赤鬼 左手に木製の斧 青鬼 左手に木製の鉾 ・二月九日と十日に本堂にて行われる。 南面する堂の右から左手に斧、右手に松明を持った赤鬼が出てくる。階段を上が り、松明をゆらゆらと動かしてひざを曲げ、伸び上がる。そのまますり足で小走りに 前進する。正面の右の角まで来ると松明を観衆に投げる。その後、新しい松明をも らって青鬼を待つ。青鬼も赤鬼と同じ動作を行い松明を投げる。その後、赤鬼と青 鬼は四股を踏むように移動する。半回転して観衆の方と本尊の方を交互に見たあ あと正面に来て背中合わせになり半回転してお互いに向かい合う。今度は赤鬼は 左手に、青鬼は右手に松明をもち、空いたほうの手でそれぞれの採物を持って腕 を水平に広げ松明と採物を垂直に持つ。この動作を「薬師さんに火をあげる」という。 さらに九日はこの動作を「餅つき」といい、十日は「餅きり」という。 背中合わせに戻り、元のように横並びに交互に移動して右の隅まで来ると赤鬼、 青鬼は順に松明を投げすり足で小走りに移動する。二回目は右から出るのは同じ だが本尊の前では向かい合わず、横に並んで正反対の向きで移動する。五回すむ と今度は左からでて同じことを四回繰り返す。最後に赤鬼が松明の代わりに「梅の 枝」(梅の古木に紅白の花をつけたもの)を担いで出る。九日は右から四回、左から三回の計七回、十日は右から五回、左から四回の計 九回の演舞を行う。 踊りがすんだ後は鬼役が面を脱いで本尊前に集まった子供たちに面をかぶせる。 こうすれば子供は無事・息災であるという。
●魚吹八幡神社 播磨
鬼追い 姫路市 ・ ・ 神功皇后 小鬼(善界) 松明(模造)と刀 棒突き(再来子)・赤 棒突きは赤、青ともに刀と鉾を持つ。 棒突き(再来子)・青 親鬼(赤) 松明(模造)と大槌 親鬼(青) 手鉾 ・春休み中の日曜日に舞殿にて行われる。 最初に赤、青の棒突きが舞殿で四股を踏みつつ鉾で床を突き、本殿に向かい、 拝礼をする。舞殿の左側に移動した赤、青の棒突きの四股に合わせ小鬼が本殿に 向かって拝礼をする。その後に小鬼は本殿を一周して舞殿の右側に進み、赤と青 の棒突きと正対する。棒突きの動作は右足を前へ、左足を後ろへ蹴り上げその時 に鉾を左足の前の床に突く。 次に拝殿中央に移動した小鬼に対し、舞台中央に移動した赤の棒突きが正対し て子鬼に向かって拝礼する。小鬼は赤の棒突きに向かい、反時計方向に松明を大 きく回す。そして小鬼は退場する。 次に赤の棒突きは舞殿右奥、青の棒突きは左手前に移動し四股を踏む。再度、 小鬼が登場し赤、青の棒突きの間をさっと本殿に進み本殿を一周し、舞殿の左側 に進んで赤、青の棒突きと正対する。舞台中央に移動した小鬼に対し、青の棒突き が正対し、小鬼に向かって拝礼する。小鬼は青の棒突きに向かって松明を大きく回 し退場する。 赤の棒突きは舞殿右奥、青の棒突きは左に移動して四股を踏む。登場した小鬼 は青と赤の棒突きの間を本殿に進み、本殿を一周し、舞殿に降りる。その時、青と 赤の棒突きが退場する。続いて小鬼の退場となる。 赤と青の棒突き、小鬼、赤と青の親鬼が登場する。赤と青の棒突きは舞殿の左 側で四股を踏む。小鬼は舞殿の左側で松明を回す。次に赤の親鬼は拝殿の右、青の親鬼は拝殿の左へ移動する。赤と青の親鬼は拝殿中央で背中合わせとなる。同 じ動作で拝殿を時計回りに一周する。赤の親鬼は松明を右肩から左肩へ胸の前を 通して移動させる。すぐに左肩の松明を胸の前を通し元に戻す。この時に青の親 鬼は構えていた鉾を床に向かって振り下ろす。次に赤の親鬼が拝殿中央に来ると 赤と青の棒突きと小鬼、続いて赤と青の親鬼が本殿を一周する。 赤の棒突きは拝殿右手前、青の棒突きは拝殿右奥、小鬼は拝殿左中央へ移動 する。赤と青の棒突きの四股に合わせて小鬼が赤と青の棒突きに向かって松明を 回す。全員が退場する。 赤の親鬼は拝殿左中央へ、青の親鬼は拝殿右中央へ移動する。赤と青の棒突 きと小鬼、続いて赤と青の親鬼が退場する。 ・最後に餅撒きが行われる。
●妙法寺 摂津
鬼追い 神戸市 真言宗 行基 毘沙門天 ジカ鬼(黒鬼、先頭の一人を「一人旅」と呼ぶ) 五人 右手に松明 太郎鬼(白鬼) 右手に木製の斧、左手に松明 次郎鬼(白鬼) 右手に木製の槌、左手に松明 ババ鬼(白鬼、槍持ち鬼、シリクジリ、クジリ鬼) 両手で槍を持つ 子鬼 二人 両手で杖を持つ ・一月三日、本堂南側の回廊で行われる。 ジカ鬼の一回目の踊りは一人旅を先頭にして回廊の東から西に、太鼓に合わせ て踊る。二回跳躍した後、松明を振りつつ、体の向きを変える動作を繰り返す。子 鬼の一回目の踊りは子鬼二人と松明持ちが登場する。松明持ちが二本の松明を 前に差出し、後ずさりしつつ「さっ さっ そら行け」「そら そら そら行け」と唱えな がら回廊を東から西まで行く。そのすぐ後を子鬼二人が横に並んで跳ね、床をコツ コツと突きながら進む。 太郎鬼、次郎鬼、ババ鬼の一回目の踊りは三人が続けて踊る。太郎鬼は回廊の 東端で右手の木製の斧を左手の松明に打ちつけ火の粉を飛ばす。この動作を「火 を切る」と呼ぶ。次に次郎鬼が登場、続いてババ鬼が登場する。三人の鬼は法螺 貝と太鼓の音に合わせて同じ動作で踊る。 ジカ鬼の二回目の踊りは一回目と同様である。子鬼の二回目の踊りは松明持ちの動作は変わらないが子鬼は横一列に並び、 差し出された松明を杖で叩きながら進む。 太郎鬼、次郎鬼、ババ鬼の2回目の踊りは前回と同様である。 三回目の踊りには子鬼が登場しない。ジカ鬼五人、太郎鬼、次郎鬼、ババ鬼の八 人が途切れることなく順番で登場し、ジカ鬼と同じ動作で踊る。この時、太郎鬼、次 郎鬼、ババ鬼は松明だけを持っている。 四回目のジカ鬼五人、太郎鬼、次郎鬼、ババ鬼の踊りはそれぞれ一回目と同じ 動作である。 五回目のジカ鬼の踊りは一回目と同じ動作。子鬼の踊りは二回目と同じ動作。太 郎鬼、次郎鬼、ババ鬼の踊りは一回目と同じ動作だが回廊の真中辺りで踊りを終 わる。 最後に餅切りが行われる。これは回廊の中央に置かれた鏡餅を太郎鬼が木斧や 木槌を使い、苦労の末にやっと切る、動作である。 ・松明の火は本堂の灯明を焚き火を経由させ、移されたものである。
●明王寺 播磨
追儺式 神戸市 真言宗 不動明王 太郎鬼(親鬼) 左手に木製の斧、右手に松明 次郎鬼(親鬼) 木製の槌 ババ鬼(親鬼) 左手に木製の槍 子鬼 四人 樫の棒 ・修正法会の結願として一月四日に本堂(後、仮設舞台に変更された)にて行わ れる。 本尊壇(不動明王への祈り)の際に般若心経を唱えながらの牛王杖突きのテンポ が上がると子鬼四人が肩に担がれ登場する。そして左右二人ずつに分かれる。 牛王杖突きが済むと、親鬼の踊りが始まる。鬼が出るのは前後八回で、毎回そ の前に四人の子鬼が出て踊る。親鬼の四、五、六回目の踊りは餅割りである。子鬼は本堂に向かって左から右へ肩に乗って登場する。仏壇の前で二人づつ左 右に分かれ両端の踊り場で向かい合う。次に樫の棒を持ち太鼓の音に合わせて飛 び上がりながら三回床を突く。そして二人で棒を交差させ、左回りに相手の位置と 交代する。これを繰り返す。太鼓と法螺貝の合図で親鬼が入場し、子鬼は退場す る。 親鬼の踊りは大まかな順序や踊る回数には決まりがあるがその間の細かい動き については決められていない。太郎鬼の踊りは「走り松明」とも呼ぶ。太郎鬼は外 陣で松明をもらうと松明を振り回しながら踊り場を走り抜ける。そして、松明を柱や 縁に叩きつけ、境内に投げる。代わりの松明を受け取ると柱などに打ちつけながら 正面回廊を一周し、右側の回廊より踊り場に入りもう一度踊り場を通りぬけて左側 より鬼部屋に戻る。回廊の右端では松明と斧を打ち合わせる。そして三歩下がって、 四股を踏み外陣へ出る。次に松明を右から左へ振り回しながら右足を軸に百八十 度回転し、左を向く。そして左を向いたまま右足で三回、四股を踏む。 踊り場の右端から左へすすむ。両足を開き腰だけを振りながら進む。次郎鬼も同 じである。ババ鬼の動きはすり足で移動する。 左端へ行き外陣から回廊へ出る。松明と斧を打ち合わせる。左へ向いて四・五歩 後退し、右足だけで三回四股を踏む。松明を取り上げると、太鼓の右を通って退場 である。 二回目は太郎鬼、次郎鬼、ババ鬼の順で登場する。太郎鬼が太鼓の音に合わせ て踊り場の反対の端まで行き松明と持ち物を突き合わせる。一度腰を下げ、三回、 四股を踏む。方向転換をして振り返ったとき、次郎鬼を鬼部屋より外陣の踊り場に 誘導して斜めに構えて向かい合わせる。そして左端と右端にいた太郎鬼と次郎鬼 は相手側に進む。真中で中を向いてすれ違う。あとは太郎鬼と同じ動作である。 四回目の親鬼の踊りで太郎鬼と次郎鬼が中央で交差するとき、親鬼三人の餅つ きとなる。太鼓が連打され右から次郎鬼、太郎鬼、ババ鬼の順に北を向いて並ぶ。 右足で四股を二回踏み、三回目に餅をつく。太郎鬼が餅(この餅は「厄」に見立てら れている)を突くとき、両側の鬼が松明で餅を照らす。 五回目の親鬼の踊りのときは右からババ鬼、次郎鬼、太郎鬼の順に並び、次郎 鬼が槌で餅を突く。 七回目の親鬼の踊りのとき、踊り場の右端に太郎鬼、ババ鬼、次郎鬼と並び、ハ ナ(造花)を切って、それぞれに渡す。その後、子鬼と共に回廊に出てハナ・餅・蜜 柑を撒く。 八回目の親鬼の踊りは逆鬼と呼ばれ、これまでとは逆の左から登場する。次郎
鬼、太郎鬼、ババ鬼の順に登場する。また、退場も同じ順である。 ・太郎鬼が踊りに使う松明は子供の夜泣きのまじないとなるといわれている。
●多聞寺 播磨
鬼追い 神戸市 天台宗 慈覚大師 毘沙門天 太郎鬼 右手に松明、左手に槌 次郎鬼 右手に松明、左手に斧 ババ鬼 右手に松明、左手に鉾状の斧 子鬼 四人 樫の棒 ・修正会結願の日(一月五日)に行われる。場所は本堂南側に拡張した回廊であ る。 太鼓と半鐘が連打され鬼部屋からババ鬼が登場する。松明を回転させながら早 足で出てくる。踊りの途中で塩を盛った三方を受け取って自由に塩を撒く。 次に子鬼の踊りである。舞台の西端に、南北二人づつ、四人が向かい合う。太鼓 と法螺貝の音に合わせて手にした棒を三回打ち合わせてから左回りに位置を交代 する。この動作を繰り返す。 次に次郎鬼、太郎鬼、ババ鬼の順に登場する。舞台正面で太郎鬼が中央、東に 次郎鬼、西にババ鬼が並んで踊る。三方に盛った蜜柑や餅を撒く。 子鬼が踊る。 次郎鬼、ババ鬼の順に登場し、蜜柑と餅を撒く。 太郎鬼だけが登場し、踊りの途中で餅と蜜柑を撒く。 子鬼の踊り。 太郎鬼、次郎鬼、ババ鬼fが登場し、途中で蜜柑と小餅、鏡餅、福・禄・寿三巻の フクを撒く。 子鬼の踊り。 舞台の西側からババ鬼、太郎鬼、次郎鬼の順に登場する。踊り方はこれまでと同じだが東西が逆である。途中でハナ(桜を模した造花)を撒く。
●転法輪寺 播磨
鬼追い 神戸市 真言宗 西尊上人 阿弥陀如来 太郎鬼 左手に松明、右手に木製の斧 次郎鬼 左手に松明、右手に木製の槌 ババ鬼(天照皇太神) 左手に松明、右手に木製の槍 子鬼 四人 樫の棒 ・一月七日、本堂にて行われる。 一回目だけは子鬼が消防団員の肩に担がれて東西回廊から二人づつ登場する。 外陣の東西の端で二人づつ南北に向き合って踊る。<子鬼の踊り> 太郎鬼だけが踊る。この時だけ「走り松明」と呼ばれる松明を使う。本堂東側から 外陣に入って踊る。途中でハナ(造花)を投げる。退場は西側からである。 太郎鬼の踊りが終わると本堂内陣で待機していた子鬼が飛び出してきて踊る。 太郎鬼、次郎鬼は本堂の外陣を東西に踊り、ババ鬼は内陣と外陣の間を静かに 東から西へ移動する。<太郎鬼、次郎鬼、ババ鬼の踊り> 子鬼の踊り。 太郎鬼、次郎鬼、ババ鬼の踊り。 子鬼の踊り。 太郎鬼、次郎鬼、ババ鬼の踊り。餅切りを行う。 子鬼の踊り。 ・鬼が切った餅は檀家の人に分け与えられ、これを風邪薬とした。 ・鬼追いで使用された松明の燃え残りは魔よけとされる。●勝福寺 摂津
追儺式 神戸市 真言宗 証楽上人 聖観音赤鬼(大鬼) 松明、斧 白鬼(大鬼) 松明、槌 黒鬼(大鬼) 松明 青鬼(大鬼) 松明 天狗(大鬼) 松明、槍 小鬼 四人 松明、カッタリコ(色紙を巻いた棒) ・一月七日、本堂跡の舞台にて行われる。 トンドを一周した赤鬼、白鬼が右手に松明を持って舞台右手から左手に進む。 (鬼踊り①) 松明とカッタリコを持った小鬼四人が舞台右手から左手に進む。(火振り) 大鬼五人が赤鬼、白鬼、青鬼、黒鬼、天狗の順に列を作り、右手に松明を持って 舞台右手から左手へ進む。この時、法螺貝と太鼓の音に合わせて移動しながら体 を三回、回し正面を向く。正面を向いたとき四股を踏む。これを繰り返し舞台の上を 移動する。(鬼踊り②) 小鬼四人が踊る。この時の持ち物はカッタリコで、これを支えにしながら飛び跳ね て円を描きつつ舞台右手から左手へ移動する。(鬼踊り③) 大鬼が踊る。内容は鬼踊り②と同じ。 小鬼による火振り。内容は前回と同じである。 大鬼が踊る。内容は鬼踊り②と同じ。 最期に餅切りを行う。お盆に載せられた餅が舞台の中央に運ばれる。餅の左手 に赤鬼、右手に白鬼が位置する。赤鬼、白鬼がそれぞれ手にした斧と槌で餅を切 る仕草をする。
●長田神社 摂津
追儺式 神戸市 ・ ・ 事代主神 一番太郎鬼 松明、小刀、太刀 青鬼 松明、小刀、太刀赤鬼 松明、小刀、太刀 呆助鬼 松明、小刀、太刀 姥鬼 松明、小刀、太刀 尻くじり鬼 松明、小刀、槍 餅割り鬼 松明、小刀、斧 ・二月三日、境内の特設舞台にて行われる。 ①:一番太郎鬼が舞台の東端に登場する。右手に持った松明を振り回しながら舞 台の定位置に向かう。直前で一歩ステップして西向きの姿勢で大股を開き上体を 左へ倒し、頭上左の位置で左手で松明をほどく動作をし、太鼓の音に合わせ体を 立て、明松を掲げる。法螺貝の音で松明を地面に平行にする。蹲踞の姿勢で松明 を目の高さまで下ろし、法螺貝の音が消えるとまっすぐさし上げる。法螺貝の音で 歩き出す。(ウーの舞) 舞台中央に来た時、神前に向いて四股を踏み、松明を振り下げ、また上げる。法 螺貝の音で松明を掲げ頭上で左に回す。太鼓の音に合わせて左後方に払う。次に 右手を左側からゆっくり回し、回しきったところで太鼓の音に合わせて右後方に払う。 それと同じに松明を正面頭上に持ってくる。(火を切る) ウーの舞を終え、元の自然体の形に戻る。法螺貝の音で東へステップし、四股を 踏み、松明を下へ振り下ろしながら腰を落とし、自然体に伸び上がり、右手の松明 を上へ掲げる。 法螺貝の音で西へステップしながら左足を大きく踏み出し、右手の松明を下へ振 り下ろしながら腰を落とす。伸び上がり、右手の松明を上へ掲げる。蹲踞の姿勢に なり、松明を目の高さに平行になるように下ろす。伸び上がってウーの舞を行う。太 鼓の音で自然体に戻って松明を上に掲げる。 法螺貝の音で体をやや西向きに、右手の松明を左上方から半円を描きながら振 り下ろす。ステップしながら回転して大きく西へ踏み出す。その間松明は右手で振り 上げられている。また、足を踏み出したときに松明を振り下ろす。そして自然体に伸 び上がる。以下は同種の所作パターンで東へ一歩、西へ一歩跳びウーの舞をして 回転しながら西へ一歩跳ぶ。 ②:一番太郎鬼の二回目の登場。東端から演舞を行う。あとは①と同じ要領である。 ③:②と同じ。 ④:赤鬼が登場する。舞台中央まで歩き一番太郎鬼と同じように「火を切る」。姥 鬼、呆助鬼、尻くじり鬼、青鬼が登場した後、一番太郎鬼が登場する。それぞれが
神前(北)に向かって松明をほぐす動作をした後、立ちそろった世話役が「がくや」と 声を掛ける。赤鬼だけが松明をゆっくり左回りに三回、回す。三回回しきったところ で太鼓の音で自然体に戻る。 ⑤:それぞれ東端から舞い始める。他は④に同じ。 ⑥:餅割り鬼が登場する。右手に松明、左手に斧を持つ。東端に到着する直前、西 向きの体勢になり 腰を落として法螺貝の合図で両腕を上げる。旋回を続けなが ら両腕を下ろす。ウーの舞を行う。 法螺貝の音で歩き始める。両腕は上下に振っている。中央まで来ると足を大きく 踏み込み、神前に向きを変える。腰を落とし、伸び上がる。 そのころに尻くじり鬼が東端に登場する。到着直前に西向きの体勢になり腰を落 として松明は下ろした状態で左手の槍の尻を床に突き立てる。法螺貝の音で左手 は槍を握ったまま体と共に松明を旋回させる。元の姿に戻り伸び上がる。太鼓の音 でウーの舞をして伸び上がる。 法螺貝の音で歩き始める。松明と槍を持った手を上下に振りながら後、六歩進み 松明を投げ捨てる。槍を持ち直して餅割り鬼に向かって構える。槍先で地面を払う ようにし槍を下向きにしたまま立ちあがる。 このとき中央では餅割り鬼が「火を切る」動作をする。左へ一回、右へ一回、終わ るとウーの舞を行う。 法螺貝の音で餅割り鬼と尻くじり鬼が同時に舞い始める。餅割り鬼は両腕を上げ たままで左へ跳び、大股を開いて腰を落とすと同時に両腕を振り下ろす。すぐに両 腕を斜め上に伸ばしながら立ちあがる。 その頃、尻くじり鬼は西向きで立っていた姿からステップして腰を落としてから伸 び上がる。 両者とも動作を二回繰り返した後、逆方向(東)へ一歩下がる。この時両者は大き くステップする。餅割り鬼は腰を落として一旦下ろしていた腕を斜め上方に伸ばしな がら立ちあがる。一方、尻くじり鬼は腰を落とし槍先で地面を払うようにし、体をの けぞらせた後、立ちあがる。この動作を繰り返しながら西へと進んで行く。 ⑦:④の様に五人のオニが登場する。ここで太刀渡しが行われる。太刀役はそれ ぞれの相手となるオニの前に立って一礼する。そして右足でオニの左足を踏む。オ ニの足を踏んだまま後ずさりしてオニの後ろに回る。肝入りは後から覆い被さるよ うに太刀役が鞘から太刀を抜くのを助ける。オニの足を踏んでいた右足をどけ前か
がみで太刀を水平にし、ゆっくりとオニの前まで進み出る。オニの正面で立ちあが り、肝入りが太刀役を手伝って太刀をオニに渡すオニは太刀を受け取ると左肩に 担ぐ。 オニはウーの舞を行い、舞台中央まで行き、左右に「火を切る」。その後自然体に なりそれぞれのオニが定位置にそろうまで待つ。 ⑧:五人のオニがそろうと世話役の「がくや」の声で松明を左に回し三回「火を切」 る。その後五人のオニが一斉に舞う。舞い方は④と同じ。 ⑨:太刀役がそれぞれ相手のオニの前に立ち、一礼して右足でオニの左足を踏む。 オニは左肩を低くし、担いでいる太刀を太刀役に渡す。このとき肝入りが太刀役を 補助する。太刀役は受け取った太刀を自分の肩にちょっと載せ、右足を引いて鞘 に三分のの二ほど入れる。ゆっくりと体を三回転し、オニに正対した時に完全に太 刀を納める。オニは左手に松明を打ち付け、舞台を降りる。 ⑩:餅割り鬼と尻くじり鬼が登場する。動作は⑥と同じ。 ⑪:赤鬼、姥鬼、呆助鬼、青鬼、一番太郎鬼が登場。④と同じ動作。(お礼参り) ⑫:餅割り鬼と尻くじり鬼が登場する。前回と同様に神前に向かって舞う。両者が 舞台中央に来た時、世話役の「たちまっそ」の掛け声で両者が場所を入れ替わり、 観衆の方を向く。一通り舞、「たちまっそ」でまた入れ替わる。西側の餅割り鬼は松 明を捨て木斧を右手に持ちかえる。東側の尻くじり鬼は松明を捨て腰の木槌を右 手に持ち替え、餅割り鬼と向かい合う。 ⑬:餅割り鬼と尻くじり鬼が向かい合い、次に背中合わせとなり、両者の槌と斧を 交換する。餅割り鬼が木槌を構えて拝殿に下げられた日月の餅、六十四州の餅を 割ろうと構える。その後、舞台に置かれた十二ヶ月の餅を割ろうとする。餅に近づき 右、左、餅の間を叩く。 再び餅割り鬼と尻くじり鬼が持ち物を交換する。木斧を持った餅割り鬼が再び日 月の餅、六十四州の餅を割ろうとして構え、十二ヶ月の餅に近づき割る。 着替え終わった他のオニ達に両側から抱えられ二人のオニは西端から舞台を降 りる。 ・松明の燃えの残りは境内で有料で授与される。これを一年間玄関に吊るし、厄 除けとする。
長田神社追儺式の様子(写真右が餅割り鬼):2005 年 2 月 3 日著者 撮影
●常勝寺 丹波
鬼こそ(鬼追い 会式) 丹波市(旧・氷上 郡山南町) 天台宗 法道仙人 十一面千手観 音 鬼(赤) 松明持 鬼の名は持っているものをあらわしている。 刀持 鬼(青) 槍持 錫杖持 法道仙人 ・二月十一日、本堂にて行われる。 住職に先導され、法道仙人、松明持、槍持、刀持、錫杖持の順に右回り進む。一 巡めに本尊前に来ると松明持、槍持がそれぞれ掛餅に向かって切る真似を三回行 う。これを餅切りという。 二順目は外陣に上がる。正面に来た時に松明持と槍持が向き合い松明と槍を三 回突き出す。これを「火供え」という。次に三回、交差させる。これを「火合わせ」とい う。再び内陣に降り、後戸から外縁に上がる。外縁も同様に右回りに回る。 鬼が本堂を進む際には反閇を踏みながら進んでいく。 ・鬼こその最後には松明が観客に投げられる。これを竈にくべると悪い虫が入らないといわれている。 ・丹波地方に唯一現存する鬼追いの行事である。
●御井神社 但馬
追儺祭 養父市(旧・養 父郡大屋町) ・ ・ 御井神 鬼 三人 左手に木鉾、右手に木箱 ・一月十四日に広場で行われる。 参詣者一同が広場中央で焚き火を囲み、円陣を作っているところへ一番鬼が拝 殿内から飛び出してくる。鬼は円陣内に入り、左回りに回り始める。参詣者たちは 「まいそんやー、とんそいやー」とはやしながら鬼が持つ木箱を松明で叩く。回り終 わると拝殿から渡りの間に入り、二番鬼に面、持ち物を引き継ぐ。これが三番まで 続く。 ・この行事は「神の依り代である木箱に火を通して触れる信仰」と理解されている。第三章 摂津・播磨のオニについての考察
◎播磨六台山(播磨六台寺)
中世の播磨の地誌『峰相記』に記されている、朝廷・国衙と特別の関係を持って いた六つの天台宗寺院。 ・姫路市 円教寺 随願寺 八葉寺(旧・神崎郡香寺町) ・加西市 一乗寺 普光寺 ・福崎町 神積寺 『峰相記』にはこの六つの寺が公家や武家の御願所となっていて、国司の役所で 宮中行事に合わせて最勝王経の講讃などを勤めたり、酒見寺(加西市)において 雨乞いの儀式が行われたことが記されている。普光寺、一乗寺以外には鬼追いが今に伝わっている。 この中でも円教寺は「西の比叡山」と呼ばれている大寺院である。また、円教寺よ り西の地域には「良いオニ」が登場する鬼追いが目立たない。 ◎比叡山と鬼 ここで日本天台宗の中心である比叡山について触れておこう。ここに兵庫県の追 儺式のオニにつながりそうな事柄がある。 ・比叡山の鬼追い(修正会) 大晦日に行われる。ここには怒りなど、人間の負の感情を象徴したオニが登場す る。このオニは最初は悪者として登場するが、最後には仏の力によって改心する。 つまりオニがまったくの悪者ではなく、改心することができる存在としてとらえられて いる。 ・角大師の伝説 比叡山中興の僧、良源(912~985)にまつわる話である。 良源が夜更けに一人で部屋にいると、世間に疫病を流行らせている厄神がやっ てくる。厄神は良源にとりつくが、良源はそれを払いのける。 その翌日、良源は弟子を集めて「鏡に映った私の姿を描き写すように」と伝え、鏡 の前で禅定(瞑想)に入った。すると良源の姿は骨ばかりのオニに変化した。その 時に一人の弟子が姿を描き写した。禅定を終えた良源はその絵を見て、それを御 札にし、民家に配って貼り付けるように、と指示した。 この御札は厄除けの利益があり「角大師」とよばれ、今でも天台寺院で見かける ことがある。そのお札には二本の角を持つ骸骨のようなオニが描かれている。 また、「鬼大師」という話も伝わっている。この話は良源が宮中に赴いたとき、女 官に懸想されないようにオニの姿となった、というものである。この姿も御札や像と なって今に伝わるがこちらは角大師よりも更にオニらしい姿(地獄絵のオニを想像 してもらえたらよい)で「厄除けのお大師様」と呼ばれている。
○角大師:比叡山横川にて 2006 年 1 月 3 日著者撮影 摂津・播磨で良いオニが出てくる追儺式が行われる寺院は天台宗が半数ほどで ある。また、播磨には有力な播磨六山があることを考え合わせると比叡山の鬼追 い、良源の変身伝説が関わっていることが考えられる。さらに良源には「元三大師」 という呼び名もあり、これは良源が一月の三日に没したことに由来する。ちょうど、 鬼追いが行われる季節である。 また、良源と円教寺の開基、性空上人は比叡山で顔を合わせている。このため、 比叡山の思想が性空によって直接に播磨地方にもたらされたとも考えられる。 延暦寺がある滋賀県内にはもうひとつ僧がオニに変身したと伝わる寺院がある。 大津市の石山寺である。この寺の僧、朗澄は死後、オニの姿(金色のオニ。但し現 在行われているお祭ではなぜか青色のようである)となり仏法の守護となったとい われている。なお、同じ大津市にある園城寺(三井寺)にはオニではないが死後、 鼠の姿となって比叡山を襲撃した僧がいたと伝えられ、こちらは悪者として伝えら れている。 僧が変身するという話が大津市には三つもあるが比叡山延暦寺の良源の伝説の 存在がかかわっているのではないだろうか。
鬼追いの分布
摂津と播磨の境である神戸市垂水区(旧・明石郡)には鬼追いが目立つ。ここで 取り上げたものでは明王寺、多聞寺、転法輪寺が神戸市垂水区のものである。 「境」の地に鬼追いがあることは注目される。村境などの境界は内と外の接点で あり、そこから厄神などが侵入してくるような不安定な場所であると考えられてきた。 境で鬼追いを行うことによって外部から来る悪いものを防ごうとした、ということが考えられる。 摂津と播磨の境ということは、国と国との境というだけではなく、「畿内」と「畿外」 の境でもあった。また、山陽道が通っている辺りでもあり、特に現在の神戸市垂水 区に鬼追いが三箇所も残っているということは殊にこの辺りを「境」として重要視し ていた、ということになるのではないだろうか。
農耕とのつながり
摂津・播磨のオニの民俗芸能を見ると、オニの動作には農耕を思わせるものがあ る。 まず、床を突く動作が多く見受けられる。折口信夫の説では春に来る鬼(神)がそ の土地の精霊を圧服するといわれる。床を突く動作は精霊への圧服のように見え るが、行事を一通りみると、精霊を圧服するという意味の他に大地を活性化する、 という意味も含まれていそうである。「床を突く」動作は土を耕す動作の模倣であり、 それによって新しい年の実りを予祝しているのではないだろうか。 農耕に重要な、太陽を表すものも見受けられる。 まず、松明である。本論文で取り上げたほとんどの鬼追いにおいて松明が使われ ている。松明の火は太陽の日につながると思われる。 オニについても太陽を表しているといえよう。登場するオニには「赤鬼」や「赤い 色」のものがある。赤色は日本の文化の中では太陽の色とされている。日の丸を 思い出してもらえればわかり易いだろう。さらにオニが踊るとき、舞台の東側から登 場し、西へ移動するという動作も太陽の運行を思わせる。 餅に関しても、鏡餅は太陽につながっていくものである。しかし、餅を割る動作が 行われることを考えると、餅は太陽だけを意味しているわけではないようだ。餅を割 る動作は行事の最後のほうで行われることを考え合わせると、耕す(床を突く)→収 穫(餅を割る)という流れ、つまり餅は来るべき年の実りを表していると考えたほう がしっくり来る。まとめ
摂津・播磨に分布する鬼追いには神の使い、仏の化身とされているオニが登場 する。これらのオニは追われる存在ではなく、厄を払ったり、農耕における実りを予 祝する存在である。人々にとって良い存在であるということはオニが使った松明に 厄除けなどの効果が見出されている場合があることを考えるとわかり易い。 鬼追いに登場するオニには仏の化身、神の使いといういわれが伝わっているが、 冬(一月、二月)を中心として行事が行われていること、予祝と思われる内容が見 受けられることから、折口信夫の「春来る鬼」という概念と重なる部分が多い。つま り、この論文で取り上げたオニというものは新しい年を予祝するためにやってくる祖 霊、という折口の学説に当てはまるのではないだろうか。参考文献 兵庫県民俗芸能調査会『ひょうごの民俗芸能』神戸新聞総合出版センター、 1998 馬場あき子『鬼の研究』ちくま書房、1988 『折口信夫全集 第二巻』中央公論社、1975 山田恵諦『元三大師』延暦寺、1979 神戸市教育委員会『長田神社古式追儺式』神戸市教育委員会、1994 比叡山延暦寺ホームページ http://www.hieizan.or.jp/ (アクセス日時 2007 年 12 月 12 日) 蓬莱山普光寺ホームページ http://www2.ocn.ne.jp/~fukouji/index.htm(アクセ ス日時 2007 年 12 月 17 日)