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鹽専賣の概况並に香川縣下の製鹽業に就て(二)-香川大学学術情報リポジトリ

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Academic year: 2021

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(1)

岩 井 亀 治

八 曹川原下の覿泣伏況 て∵香川廊下晰仙柴の漕草及天意的地位 我が図に於ける製糖わ起濾、滑革等に放てはその記録が誠に乏しい梯である。零川願下の捜共に就ても吾人の 研究の乏しく且つ寡聞の蔑めか習記わ辿るべき滝のを知らない。韮には解下¢憺餌を測期的に三つ許りに区分す るに止む.るのみである。その第蒜鼓笛き階笛に屈するものであつて、今伺宕蹟或は官姓淡上約へられ詫ゐる盟 由であつて、各地把散華し.てゐる不良性田で参るJその多くは田畑又は苗画地に陸続せちれ、地力漸減し塩田左 しての慣侭漸次乏しくなカつ∼あるもめであつて、報造の年殆んど不明、中には数百年以上苗嘗ものもあるべし 遠望の冨る蒜二寒膏約墓前、、久志雲霞って築迅せられ賢所謂坂盛田が犬れで雪。血 ゐ恩田は僅かに攻担の敦四大渋紙裏革つて、産衣奔牌に比較すれぼ量に於て多しとは云へないけれども、揚げ濱 嘘面とも入歯瞳由ともらか琴いやうな番き陥昂の型を破つた故も斬新な附苗やあ・つて、而も年代的記繚の判然せ 古殿阿である.。扁して第三挽石壁甑鰹再転脆を採・つ・て以て明治年間乃至は敢壁に於て築造せられ舞急筒であつ 三九︶ 三九 磨専襲の概況並l=香川瞳下の製蟹発に就て

臨専薯の概況並に香川願下の教練業に放て

(2)

弟三懸 第山 兢 ︵四〇︶ 四〇 て、現在顆下枢嬰の蟹田は此の比較的斬らしき愚田に屈するものである。鼓には免れ等各鰹田の築造年譜沿革等 を記載する暇を待ないが、兎に角も香川脂下に近年に於て、斯く多数の恩田が築造せられた寄は、全く他にその 類を見ない奇しき事嘗であると思はれるのである。 然し楳地が如何に製盤上の天意を待てゐるかに想到する時は、有事蜜は或は寧ろ常然の現象かとも思はるゝの である。雅楽内地鹿田製膝上必要なる傭件は大警疲に置介することができる。即ち東條関係、地球的紺係、製 鮫物資需給踊係等である。而して苓川保は他の瀬戸内海滑樺地方に比して叫段と豊かに天意に輿かつて居ると恩 はるゝのである。即ち気候紺係に於ては叫ケ年中晴天迎糖日数の多き寄降雨最の少き寄、蒸教盈の多き寄、風多 き事、地理的閥係に於ては河川少き轟、潮水の濃度限き事、握岸に干潟多き寄、次に物資の需給紺係に於てはポ 茨の産地に距離速き嘉利あれども人口粥密、労働者比較的蓋富恵る革、腰の包装材料帆の生産豊富姦る寮、m 州に於ける肥料の夫れよりももつと大切な撒砂が近海に碧⋮に生産せらる1朝等である。是れ塊て常腺下が内地 鷹巣の中枢地として竣展を遮げたる主要なる原因洩りと思はるゝのである。 今鼓に我閣内地歴南中比絞的名ある鰹田開墾年代を参考までに禍ぐれぼ先の通りである。 赤 穂 腹 囲 天和寛奉の頃 延貿天和年間 約三首十年締 約二百充十年前 岡

(3)

右の外侮古く築造せられたるもの多かるべきも大腰三、四百年前築造せられたるむの多く、藩政の保護奨励に ょ少て、∴時盛嚢ありたるも近く交通磯細の畿達するに従って自然本発の戯止せられたもの少なくないのである。 二、香川懸他産業との比較 香川願は塊固稽の割合に耕地が頗る多く、従つて農産物の生産額が多い。就中米穿が第て二位を占めてゐる 食盟は第三位であつて第四位は果驚類である。試みに香川願の大正十四年慶の統計を見るに左の通りである。但 し蟹は敢近の見込額である。 永 拾 三 田 尻 撫 養 長州︵復赤地方︶ 鹿 兄 島 甚 徳 歴専賛の概況馳に香川願下の梨既発に就て 線 反 別

作付友別甘繹高

寛文年間 慶長年間 文政年間 安永年間 天保年間 明暦年問 天文叉天砲年間 同 上 慣 格 約三河五十年乃至三百九十年前 約二百七十二年前 約九十六年前 約首班十七年前 約三百三十四年前 約三百三十年前 約二百六十六年給 ︵四こ 四一

(4)

即ち鮫柴は燦下産業中頗る主要なる地位にあることを知ることができるのである。 三﹂香川殿下の製臓皿柴態 願下の製愚企巣状態は極めて多額多様であつて、′而も頗る複雑なる組絨の下にあること思らくは全図燈産地申 その顛を見ない.であらう、詳細な寄は到底短時間で述べ姦し難いのである。極めて概要のみを述べん。 鮫製造人は大鰭自作袈盤卦、小作製拉者、装備静負者の三位に院分することができる。而して自小作共、個人 経常もあれぼ又合祀経営もある合敵組絨の下に自作製捉をやつてをるもの1内でも探誠作柴は全然之を請負はし め煎熱作柴を自営せるものもある。小作狼煙発着には塩田地主の組織せる合資愈赦に依って経常せるものもある が、大部分は偶人経営の小作製愚者である。製臓皿請負老中には探鰯、煎蒸作発会部を請負ひ、小作料に村営する 請負料を支彿ひ、個人経常の小作製閣肌着と内容の違はないものもあるが、探誠作業請負は探牧したる舶水をその 濃度に應じ血走の慣格を以て買牧せらる1のである。今先に三豊部仁尾新藤蒜=こ郡の舶水偵格を参考までに記載 すべし。 蟹 田 泉 質 賠 り 絶 頂 額 帯三食 三入 一 ○ 三 九 六 C 九 二 三 セ ニ町 相田 一・七四八 ヽ ヽ ヽ ヽ 三忠一ヒ∵六 ○一ニニ 三二五二町 ー巾 光入九九、五四八 藍 容 七八六、九九三 斤 二八○、000 円 三四、〇九二、六六一 一玉、三三四﹁四三六 八、四五〇、00〇 一、一七一、九四三 小歩、襟容等凡てね合計 最近の状況に基き二等歴三等盟 約年分ミして計上 各種¢果留金部合計 ︵四二︶ 四二

(5)

備考 各比雷の慶開きは二分毎た之を計算するものとす。 次に製盟企業の規模単位並に生産状況を述べんっ 叫倉赦にて敏拾町歩の歴田を以て経営せる製歴者もあれぼ、一個人にて拾数町歩又は数町部の恩田を以て製塩 するものもあ少。或は更二人にて所謂登戸前即ち二町五、六反乃至二町五、六反の盟田を以て敦盛するものもあ る。現在坂出地方革質局管内即ち香川、愛媛桐原下の歴田反別、墜戸数製造人農を拐ぐれぼ左の如し。 至自室自割㌔ 孟 十十周八八七 雷 層 画 密曹 脅 脅密 室白 皮 五一 息二・一一 七六 五三−・ 鱗祝 辞張 紙兢 眈披 兢兢航号究 統 十腫 一■▲ −一一 一一■ 一■一 一・一 −一一− 九 九九 ニ 0 0 厚畢 三 ○ 六 土 ○ ′ 五雇 同 ヤ 四 四 四 七 五 五 暦 四 ○ ・セ セ ニ セ屈■ 十 三 三 三 四 四 四 九 九 九 三 ○ 一 度 四 ○ 八 三 四 ○屈 由 十 四 四 四 四 四 囲 五 ○ 九 入 五 六寵 同 十 九 四 四 五 五 五 五 九 九 ○ 四 ○ −一 度 六 0 0 四 七 ’玉属 同 五 玉 五 五 五 五 四 囲 玉 九五 六 厚 六 ○ 一 九 九 七厘 盤尊貿の概況並▲こ香川臨下の黎盟光に就て ︵国王︶ 四三

(6)

企業の畢位は所謂声管科し這蒸撃軒前に桝屋する愚尉反別並に附属建物であ毒その反別吟前表た依れ

ぼ紘冨二町二畝飴と雪が、蜜際は地方別完璧一種に分る1のである。即ち四警固窟て、翠築警ら

れねる恩田は大概重刷五町歩以上であるが、宗讐大部分は血町五、六戊経度で雪。尤も丸亀押に最近築

警られたる中央開墾株式脅祀の脇田八十飴町歩はーケ研の煎索警於て整せられて居るが、是れは菅新規

な施設の特例で雷。而して凍恵方面の欝竺戸前大概二町栗反程度を以て企業の軍位として居る。蓋発

着山人常の典麗反別誌表によれば攣均三町八反五畝歩とな畠が、嘗際に於て諾々である。国語方面は大概

三晶憲二人又竺人にて経営し、東畜方面は大概叫声諭妄二人して経営して居る。尤も凍蓑田璧ハに、怨讐

余業のものは一戸前を数人して経常して居るのである。

攻巌額高は如何程かと云ふに、年の豊凶により、或は輸血田の良否により大欒な差があるが、中庸陥瓜田に於け

撃 墜 盛 盟 拡 盟 製 出 田 場 法 度反 分 数 人 額 別 :坂 出 地 q 逼 方 五 入 専 ニ.五 澄 ヤ

,壱? 局 仝 管

内 曹八斤歩 八 一一 菅 ○ 三 ヽ 一 三 ○ 川 ヤ.㌔ 六 三 五 入 上 孟攣≡人斤;偲 ○ ヽ  ̄■ ニ 八 援 q d町 誰 ○ 一 出 岩∧貯妄聡 ニ平町平一 杯 副将入均タ 鍼 備 一夏・一年 地 歴亘五人弦 の 月齢常産 み 常 襲見 ¢ 反 藍込 反 別 反額 別 二 別 寸 考 町 三 す 第三特 発一班 ハ四囲︶ 四四

(7)

次に生産費即ち文相の主なるものは石決、労銀、′地代、包装材料等にして其の他終具機械費、納付費、資本利 子、雑費等である。退憾忽がらその詳細を牽表する寄を得ないが、田畑に比較して収額が著しく多額であると同 時に、小作料の如きも随分多額である。願下主要なる臓m田に於ける小作料最近年平均胡は大濃一町歩常一千五百 図位であるが、斯る多感の地代を誹っても、その純敬益は田畑の如きは到底比較にならないのである。尤も我が 国の製陶皿柴は既述の如く天候に支配せらるゝことが非常に多いので年の豊凶が収益に及ぼす影響は他農作物の比 でないので、その収益程度は年に依って非常に高下があるは勿論、製塩に要する物資の憤格の高低によつて大差 あることも勿論である。給記主要生産費の紙生産費に封する歩合を掲ぐれぼ大要左の通りである。 紙生産費に劃する主要生産費の千分率 る平年度葡は三等陵にて一ケ年約二萬斤である。夫れ故に著し叫人にて﹁戸紹紅紫せるものは一ケ年に左の程度 の収入がある諜である。 愛 戸 綿 器具費共他 歴専賛の将挽故に香川臨下の梨歴共に駅て 一町五段のもの 二町五段のもの 私 倍額 八、七三〇園 腹三十萬斤 倍額 仙四、五五〇園 腱五十馬斤 労 包 装 材 料 計 三三二 叫〇五 一、000 ︵四五︶ 四五

(8)

九 製盟方法の改箆 外囲に於ては既に洗べたる如く鮭に封する天然の資源豊かなる慮、極めて簡単に而も安慣に岩船皿の採掘又は醸 泉触湖を利用して探臆するも、我が闘の如く四所渥祥に断続せらる1に拘はらす複雑なる製臓芳法を行はぎるべ からざるは、誠に不幸の闊と云はぎるを得ないのである。而して現在の製臓語法にては贋大なる簡積の隠田を要 し、その生産額は既述せる如くその年の天保如何に依って移しき差がある。例へば大正十∴年鑑は貰に十叫憶八 百十閏嵩飴斤の収納をなしたるに、同七年は非常な不作で僅かに六倍七千萬飴斤に過ぎなかつたのである。斯の 如く豊凶の貴著るしきものありては、閣内に敷ける需給関係は直ちに棟街を失する次第セ、腰政の周に嘗る者の 苦心は襟にこの鮎に存するのである。而して二間に於ては外囲挺又は姦薦、関東州等の天日製陥琵比し、内地梅皿 は生産費が著しく多額に上るので、自然内地製靡は償格著しく高く、消費者側就中醸造家、エ、鎖共著へ或は水 産共著の如きは魔の高憤なることは斯業蟄展上多大に影響あることを構へ、常に墟偶の引下を要望して已まない のである。而して叫方製愚者はなるべく愚の賠償惜藤を引き上げ、製腐瓜収益を増加せんことを要望するのである 斯る問に立てる現在の盟務行政も亦多難なるべしと謂ふべきである。斯の如き状態なるを以て政府は常に輸血の園 浦なる需給調箇を計らんがためには、生成並に瞼移入亀の鋼箇等必要なる行政手段を執るのであるが、之が根本 的方策としては横越的に蟄墟方法の改艮を計らなけれぼならないのである。鮫客質放資我後二十飴年間、鎮座能 滞三懸 第一娩 ︵四六︶ 四六

(9)

率の増進生産費の減少、静質の改善等改良の事蹟相常見るペきものはあるが、袈腐芳法の根本的改艮としては何 重見るべきものな針を遺憾とする慶である。元来我が国の如く製盟故に閲し天意乏しき固に在っては、勢ひ枚械 力による製閣議を案出するより外注はないのである。勿論我が国に於ても機械製塩に関する畿明はないのではな 一い。・然しながら何れも在米の数瞬哀筐に判する改良又は補充に過ぎないのである。中には比較的新規の横械的製 造法を教義したものもあるが、元来鰹柴の性質が機械的製鰹の琶行に容易ならざる雷、之が葦施を見るとと能は ぎる次第で、避憾此の上もないことである。要するに完全なる椀種袈艶迭を黎明する事は、即ち我が国に於ける 製愚上の二剃紀耳を劃する謀であつて、陥仙の配給は頗る人亀的となり、需要に封する調箇は無論のこと、寄撃蜜 柴の運用も始めて容易となり、佃技術の進歩に伴って愚僧引下の目的をも達するであらう。然るに現在の状況に ては果して何時、斯る完全なる機械製痙洩が章明せらる1か中々容易に見常がつかない状況であ各、其れ故に常 嗣の問題としては、在来の臓笛袈胸語法並に鰹党組織等に極力改良を施し、如上.の目的の幾分たりとも達成する ことは常用者並に臓糞者共に窮大なる茸任を感じ、種々の施設の下に努力して居る次第である。 何故府に於て軽機械製鮫法の某日に向つては、夫々の観閲を設け、鋭意之が研究に努めつ∼あるのみならす、 斯の如き専業は元来は、国家的のものではあるが、政府は民間特法家の研究にも多大の期待を持つものである。 歴軍資の概況巣に香川廠下の製盟邦lこ就て ︵四七︶ 四七

(10)

十 輿望劉慶物苦汁剖由癒東 欧洲に於ける世界的大蔵乳中、各種薬品の輸入杜絶し概略暴騰に常り、数瞬皿の副産物たる苦汁の利用製薬事業 各地に勃興し、大正四年末より大正五年に亙り垂向潮に達せ少。元来苦汁の製薬上に於ける横倍は、往時既に試 験む了したるものなるも、多額の生産費を聾するを以て、之がエ柴的啓発起らず、従って苦汁は僅かに豆腐製造 用、撰穂用外二、三の用途に極めて少食利用せられたるに止まり、八、九歩まで放案の状況な少しを以て、憤絡 も叫有償五餞乃至十鏡位の程度であつたが、苦汁製薬事業の勃興常時既に十五、六戌位となり、漸次騰度し普通 七八十鋳、最高−圃以上に上つたのである。 常時苦汁より製出せられたる薬品は臭素、腰化加虫、硫酸背土等を主なるものとし、夫れに次いで果敢膏土、 晒粉、副産座等であつた。然るに是れ等薬品株何れも平時に於ては輸入品多く頗る安憤なるを以て、時局法規後 典して有利に機捜し得るや頗る疑問とする彪であつたが、果して臭素、整化加里の如きは需用並に偶格漸次減少 低廉となり、各製熊倉赦の内維棉困難なるもの摸出するに至った。爾来経済界の不況其の他程々の原因により、 浮沈定まらす幾多の欒過と治長を経て、今日に至ったのであるが、叫時垂向嗣に達した時には、個人経営又は倉 敷組紙の製葵愈赦を合せて、坂出地方軍資局局管内に二十飴ケ朗に達したのであつたが、今日存摸せる紫燕桝は 傭十一ケ期その資本金額約百萬園である。其の内ニケ朗の小規模のものが愛媛解にあつて、他は全部香川保内に 第三令 弟一版 ︵四八︶ 四八

(11)

現在苦汁隻別記の如く主笑tて製薬用と七て利川せちれつ1あるが、苦汁の貯蔵慶庵めて少く、貰季苦汁の生 産多せ時には比蚊的苦汁の利用少き篤に過剰に格少、自然激棄を飴儀なくせらるゝこと多く、之れに反し、冬季 の他以紹より薗研き粉の材料とせられ、最近は餅拍粉の代用にもせらるゝのである。 に至ったので、ゴム事業の勃興に件ひ需用著しく増加を来し引いて多量に製造せらる1に至った讃けである。そ ぐれぼ左の通りであつて、狭酸マグネシヤが主賓なるものとなつてをる。これは近年ゴム製途上に使用せらる1 あるのである。而して鼓近は製品の種類も多少欒って釆たのである。最近に於ける製品並に⊥ケ年の生産額を拐 品 名 果 酸 苦 土 硫 酸 苦 土 塊 化 加 盟 燈 化 石 次 カーサラ・イト 苦汁予キ ス 苦汁固形物 腰巻覚り凝血凝に香川蘭下の梨墜発に就て 量 数 叫、山〇八、九三八斤 八二ニ﹁七五〇 叫○、三一二 二∵八七五 二二三、七五〇 一八二、000 由九頓、七三土 二、六七五、三五七 額 二七五、七三六、八東〇厘 二八、七五〇、000 鵬、一五五、00〇 七〇〇、000 叫九〇、00〇 一五、六八三、≡八〇 二彗〇九八﹂六大○ 三≡七、三仙三、八九〇 ︵四九︶ 四九

(12)

筋三、巻 傍一 ︵玉e︶ 五〇 に於ては苦汁の生産少きに拘はらず、需用激増の焉め勢ひ争奪哉を起し、従って偶絡も高騰を来す状況である8 甥在坂出地方寄欝局管内﹂ケ年の苦汁生壁向は約三十五萬石であつて.その内利用せられて居るものノは約十五 萬石位に過ぎないので、約年分放棄せらるゝ繹で珍る。今後一厨是れ等苦汁利用数薬事発の蟄建を計ることは、 単に敦盛副利を増加するのみならす、願下に於ける副産柴の一つとし宅相常の位置を占むるに至るべきものと恩 ふのである。就て・は新薬螢菜上、原料苦汁貯蔵施設並に購買組織上或は叉製菓技術、製品の放資方法等幾多研究 の飴地ありと認めちる1のである。︵完︶

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