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人間理解のための量的研究と質的研究に関する覚書 COVID-19に対応する医療従事者の視点から

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Academic year: 2021

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和洋⼥⼦⼤学 英⽂学会誌 56 号(2021)︓研究ノート

人間理解のための量的研究と質的研究に関する覚書

― COVID-19 に対応する医療従事者の視点から ―

角田ミラノフ道子

1 はじめに

1.1 問題の所在 現在(2021 年 1 月中旬)、新型コロナウィルス感染症が世界中に広がっており、各地で 何度目かのロックダウンと呼ばれる都市封鎖が行われ、人通りの減った街並みや、全身 を個人防護具で包んだ医療従事者の姿がニュースに映し出されている。 日本も、関東全域に 2 度目の緊急事態宣言が発令となり、「医療崩壊」、「救急受け入れ 困難」など医療現場の張り詰めた空気を伝える言葉が毎日のように聞かれ、医療現場の 過酷な状況が報道されている。 医療以外でも2020 年 4 月 7 日に発令された緊急事態宣言による飲食店の休業や、それ に先立つ形で始まった2020 年 3 月 2 日からおよそ 3 か月に及んだ全国一斉休校など、あ らゆる人が影響を受けている。特に、子どもにとって毎日を過ごす場所であり、学びの 場であった学校が休みになったことで、家庭の状況によって子どもの過ごし方や、学び の内容に格差が生まれることも問題視された。休校中の学校教員は、子どもの安否確認 や課題作成、学校が再開された後も、感染予防のための消毒、授業時間の確保のために 土曜日授業、長期休暇短縮などで対応しており、多忙を極めている。このような状況下 で、人々の気持ちが鬱屈してしまったり、心的外傷を受けPTSD(心的外傷後ストレス障 害)に悩む人も出ている。こういった状況を学術的に記録する場合、量的研究と質的研 究のどちらが適切なのか、これが本稿筆者の関心の中心にある。 1.2 研究の目的 上記の問題認識から、新型コロナウィルス感染症に対応する当事者である医療従事者 として、量的研究と質的研究を比較・例示しながら、研究目的によりどのような研究手 法をとることが可能かを明らかにすることを目的とする。 1.3 研究の方法

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上述の「研究の目的」を達成するため、本研究では以下の研究方法をとることとする。 まず、第 2 章では量的研究と質的研究の比較を行い、それぞれの研究手法の特徴を明ら かにする。続く第3 章では、COVID-19 の感染拡大の中、医療は現実にどうなっているの かを概観していく。そして第4 章では、第 3 章で描出した現状を学術的に記録していく方 法について、第2 章で検討した内容をもとに考察していく。

2 量的研究と質的研究の比較

2.1 研究アプローチ(手法)の前提の違い 研究アプローチの前提の違いについて黒田(2009:p.86)は、量的なアプローチをとる ような研究と質的なアプローチをとるような研究とでは、研究そのものに対する基本的 な前提が異っているとしている。黒田が述べたそれぞれの研究の前提を表1 に示す。 なお、質的アプローチ研究の場合の④〜⑥の前提については、量的なアプローチ研究 の前提である①〜③の前提を受けて、黒田が試みとして提示した内容である。 表1 量的なアプローチの前提 質的なアプローチの前提 ①研究対象は必ず存在するも のであり、その事象は手立て さえあれば、観察しうる絶対 的・客観的存在である。 ②事象は、秩序や規則性や一 貫性に支えられているので、 研究によって法則や一般性が 見出される。 ③この世界の事象は、したが って、因果関係からなる。物 事は全て何かによって決定さ れる。 ④研究対象の存在は絶対的なものでは無い、それさえも研究者 がとりあえず決定しているに過ぎない。さらに研究対象は本 来、観察できないものだ。あえて研究者流に対象を選択し、決 定し、観察しているに過ぎない。 ⑤事象は秩序や規則性や一貫性に支えられているのではない。 事象はそれがあるままに存在している。あるいは、“事象”とい う呼び名で指し示すことができないのかもしれない。単に研究 者が観察し、知覚し、認識するその仕方で自称とされているに すぎない。 ⑥世界の事象は因果律などで捉えることはできない。たとえ、 事象そのものの存在の意味や文脈のなかで捉えることができて も、それでさえも研究者によって決定されているにすぎない。 以下の表2 は、本稿筆者が表 1 をさらに簡略化したものである。 表 2 量的なアプローチの前提 質的なアプローチの前提 研究対象 必ず存在する 存在は絶対的なものではない 事象 法則や規則性、一貫性がある あるがままに存在している 事象との因果関係 ある 因果律などで捉えることはない

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2.2 研究計画書段階における方法の違い 量的研究と質的研究では、研究の目的や対象が異なることは上述した。黒田(2009) をもとに研究計画書段階での違いを対称に一覧にしたものを表3 に示す。 表 3 量的な研究の研究方法 (研究計画書段階で考える内容) 質的な研究の研究方法 (研究計画書段階で考える内容) 研究デザイン ↓ 研究デザイン ↓ 対象者(母集団の特定,標本サイズ,標本抽出法) ↓ 研究参加者(または情報提供者)の条件と人数 ↓ データ収集の場および期間 ↓ データ収集の場および期間 ↓ データ収集方法 当該研究で使用する“測定尺度”の特定およびそ の信頼性と妥当性の検討 データ収集の具体的な手順;測定尺度を含む 調査票の配布方法および回収方法 ↓ データ収集方法 面接法:どのような面接ガイドを使用するのか 参加観察法:どのようなデータを参加観によ って得ようと考えているのか ↓ データ分析方法 使用する統計量 データ分析方法 選定する分析の方法 (黒田(2009:p.63)をもとに作成) 2.3 量的研究と質的研究 まず、量的研究とは、疫学や生物医学などの科学的実証主義の立場で研究されている 研究方法である。黒田(2009)は、「量的な研究では、数値データを収集し、統計学的な 分析方法を使用して分析する」としている。例えば、身長160cm や体重 50kg などの数値 データ、測定不可能と考えられるような現象の”不安”であったとしても、不安尺度を使 用して測定されれば「状態不安得点が 40 点」など、客観的で観察可能な数値データにす ることで、分析可能になる。 次に、質的研究とは、文化人類学的な見地から定性的データを取り扱い、研究者の学 問的基礎と切り離せない研究方法である。黒田(2009)によれば、質的研究の場合、言 葉や観察者が観察してフィールドノートに記した内容など叙述的な、文章的なデータが 収集されることになるため、量的な研究のように、統計学的な分析をすることはできな

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い。 最後に、量的研究と質的研究のそれぞれの研究方法について、黒田(2009:81)を参考 に対照表として表4 に示しておく。 表 4 量的なアプローチの研究 質的なアプローチの研究 ・記述的な研究 ・相関関係的な研究 ・準-実験的な研究 ・実験的な研究 ・分類整理、あるいはKJ 法 ・事例研究 ・グランデッドセオリー法 ・エスノグラフィ(民俗学史的研究) ・現象学的研究

3 医療現場の現況

2021 年 1 月現在、新型コロナウィルス感染症の感染者数は増え続けている。入院調整 が追いつかず、自宅待機中に死亡してしまう事例が各地で相次いでおり、「医療崩壊」、 「保健所崩壊」という言葉が現実として突きつけられている状況にある。現在の状況を 改善していくためには、感染者数を減らしていくしかないと、専門家や政治家が自粛に ついて強いメッセージを発しても、2020 年 4 月に発令された 1 度目の緊急事態宣言の時 のように人の活動は減少せず、いわゆる「会食」を通じたクラスターが発生し続けてい る。また、「自粛疲れ」、「コロナ慣れ」という言葉も聞かれている。 本稿筆者は現在医療従事者として総合病院に勤務しており、新型コロナウィルス感染 症を疑う症状がある患者への対応を行うことがある。発表される感染者数の増加と、当 院を受診する発熱者や風邪症状のある患者数の増加は一致した傾向にあり、新型コロナ ウィルス感染症の広がりを肌で感じ、日々、緊張が募っていく。 医療現場では、年末年始の会食や帰省は自粛を求められていたにもかかわらず、会食 によって新型コロナウィルス感染症を発症した人と日々接するという事実がある。その 発症者は、定量的に客観的な事象として捉えると、右肩上がりに伸び続ける感染者のグ ラフを構成する1 人であり、一要素である。 一方で、一年の仕事を終えて、久しぶりに同僚と語らいながら飲食を楽しみたいとか、 実家に帰省して、高校時代の友人に会いたいという思いは、「人間らしい」自然な感情で あり、理解できるため、その感染者を責める感情は沸き起こらない。ある人間の声に耳 を傾けることは、その人の「質」、すなわち定性的な特性を捉えその人がグラフを構成す る一要素ではなく、現実に存在する個人であることを実感するからである。

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「G O T O トラベル」や「G O T O イート」などにより、人の移動が活発だったことや、 若者の自粛が進まないことが感染者数の減らない事態に結び付けられているが、他にも 北半球が冬季にあたり、寒冷による乾燥が新型コロナウィルスに有利に働いている季節 的要因や、市中感染が進んだことで、高齢者福祉施設で密な状態で生活している高齢者 に感染が広がっていることも、感染者数増加の理由とされている。 毎日報道発表され、グラフ化されている客観的なデータ分析は、現在の新型コロナウ ィスル感染症の蔓延度合いを明らかにし、専門家がデータを元に今後の社会がどのよう に行動したら、現状が改善するかを考える指針となっている。そして、医療従事者は科 学的根拠に基づいて患者に医療を提供しており、これら量的研究の冷静な視点があって こそ成立している。 一方、世界中から届けられるニュースや、毎日異なる感染者数を目にして、終わるこ とのない感染症との戦いに飲み込まれ、筆者自身、日常を見失ってしまう時がある。医 療従事者同士も苛立ち、感情的になる場面もある。だが、患者の恐怖や苦しみに触れ、 それを癒そうとするとき、目の前に存在するのは、得体の知れないウィルスではなく、 病に侵された弱き人間であり守るべき人なのだと自分を取り戻す。感情や共感という 「定性的なもの」が、患者のみならず、医療従事者をも救っている。毎日、この戦いに 忙殺されながらも、冷静さと患者への温かさを両方とも持ち続けるためには、この覚書 に示したように、現在置かれている状況とは何か、目の前に起こる事象を明確にし、当 該の事象にはどのような意味があるのかを研究者は問い、明らかにし続ける必要がある。 2020 年 6 月〜10 月期において、女性の自殺者が 50%増加したという衝撃的なニュース があった。人口動態統計における速報値であるが、自殺者が増加した因果関係は諸説述 べられており、1 つには女性は男性と比較して非正規雇用が多く、収入が不安定なので、 コロナによる経済苦が挙げられている。また、自粛や在宅ワークの推進によってドメス ティックバイオレンスが増加したことも要因と言われている。 軽症者が自宅待機中に急変し、死亡する事例も各地から報告され、その数が積み重な っている。感染者が増える中で、保健所が機能不全に陥っており、入院調整が行えてい ないことが原因とされている。これまで保健所を半減し、保健師を削減してきた政策も 要因だという意見もある。 正確なことは、のちに検証されていくだろうが、今速報として明らかになった物事に、 冷静に対峙していくことが、目の前の状況を改善させる力になるため、病院内で関連し た職種は、相談の機会を設けて末端の医療従事者でもできることを模索しながら実施し ている。 「トリアージ」という言葉をテレビや新聞で聞くようになった。患者の状態に優先順 位をつけ、治療していくという考え方であるが、現在は、重症化率や死亡率の高い高齢

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者は、人工呼吸器やエクモなどを使用せず、助かる可能性の高いものに譲るべきという 意味合いとなっている。これを聞いている高齢者や基礎疾患のある人は、どれほどの不 安を感じるか、想像するだけで胸が痛む。このような流れが、強いものや、優れたもの だけが価値があるという優生思想につながり、弱者に厳しい社会になることは何として も避けなければならない。 新型コロナウィルス感染症は、社会に存在していたが、平時には見えていなかった、 差別や偏見、格差を浮かびあがらせた。この非日常にあっても、研究者は、人間とは何 か、人間の存在する世界とは何かを、問い続けている。

4 考察

学究の場において、量的研究と質的研究が二項分類の形式で語られることがあるが、 未知を既知のものにする学究への価値は、対立や相互批判の対象にあるのではない。研 究目的により、相応しい研究方法を選択できることで、現在生じている事象を明らかに するのである。それぞれ研究者の学問的基礎により、研究目的が異なり、それぞれに研 究の限界が存在しているとも言える 定量的に示されているデータの間に、相関関係があるらしいことが示されても、それ は相関の強さを示すものであって因果関係を示すのもではない。また、因果関係は様々 な角度から論じられ、明らかにされなければ、事象を客観的に読み解くことはできない。 さらに、人間とウィルスの「戦い」のように、動的な存在を研究対象にする場合には、 多面的に捉えて分析し、いくつもの因果関係を考えていく必要がある。 疫学や生物学などの量的研究は、収集されたデータによって事象を分析し、因果関係 や相関関係を示し、実態を解明し把握することに役立つ。しかし、情報を数値化して分 析していくため、事例ごとの詳細を表すことは難しい。逆に、文化人類学などで用いら れる質的研究では、対象事例を詳細に写して記述し、「姿」を明らかにすることはできる が、一般化し普遍性を求めることや、他の事例で再現することは困難である。

5 おわりに

5.1 結論 COVID-19 の感染が拡大する状況下で、人々の気持ちが鬱屈してしまったり、心的外 傷を受けPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩む人も出ている状況を学術的に記録する 場合、量的研究と質的研究のどちらが適切なのかという問題認識から、本研究は新型コ

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ロナウィルス感染症に対応する当事者である医療従事者として、量的研究と質的研究を 比較・例示しながら、研究目的によりどのような研究手法をとることが可能かを明らか にすることを目的としていた。 まず、第 2 章では量的研究と質的研究の比較を行い、それぞれの研究手法の特徴を明 らかにした。続く第3 章では、COVID-19 の感染拡大の中、医療は現実にどうなっている のかを概観した。そして第4 章では、第 3 章で描出した現状を学術的に記録していく方法 について第2 章で検討した内容をもとに考察した。 結論としては、感染者数の増減や医療現場の逼迫度を示すには、疫学的な立場から、 量的記述的研究によって状況を記述していくことが必要である。一方で、COVID-19 の感 染者や家族の心情や、医療従事者の抱える葛藤を示すには、質的研究により定性的デー タを記録、分析していくことが必要である。研究目的により、相応しい研究方法を選択 できることで、現在生じている事象を明らかにしていく必要がある。 5.2 今後の課題 現在(2021 年 1 月現在)、二度目の緊急事態宣言下であり、その渦中にあっての本稿執 筆であるため、情緒的な記述が多くなってしまった。また、より多くの文献・先行研究 を読み込み、量的研究と質的研究それぞれを詳細に理解する必要がある。文献からそれ ぞれの研究手法について明確にするのみではなく、実際にデータ収集を行い、現在の状 況を記述する必要があるだろう。

参考文献

市 川 誠 一 (2021 ) 「 感 染 症 と の 共 生 を 考 え る 」 , 『 保 健 師 ジ ャ ー ナ ル 2021 』 , Vol.77.No.1.pp.19-24,医学書院. ウォーカー,L. O.・アヴァント,K. C.(2009)『看護における理論構築の方法(第 1 版)』,中木高夫・川崎修一訳,医学書院. 北村英哉(2021)「差別や偏見はなぜ起こるのか?」,『保健師ジャーナル 2021』, Vol.77.No.1.pp.12-18,医学書院. 黒田裕子(2009)『看護研究 step by step (第 3 版)』,学研. 波平恵美子(2019)『質的研究 step by step -すぐれた論文作成をめざして ― (第 2 版)』,医学書院. ヴィクトール・E・フランクル(2002)『夜と霧』,池田香代子訳,みすず書房.

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謝辞

教育経験のない私を迎え入れてくださり温かくご指導くださいました拝田清先生、 Zoom 画面を通じていつも時間を共有してくれたゼミ生の皆さん、私に人間らしさを取り 戻させてくれる出会うすべての患者さん、ともに働く職場の皆さん、そして、私と一緒 に毎日を生きてくれる家族に、心より感謝申し上げます。

参照

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