日本国憲法下における大都市制度―その展開と課題
―( 1 )
著者
寺 洋平
著者別名
TERA, Youhei
雑誌名
白山法学
号
12
ページ
207-222
発行年
2016-03-20
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00008052/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja日本国憲法下における大都市制度―その展開と課題―( 1 )
寺 洋 平
目次 1 .はじめに 2 .大都市制度の憲法的枠組み(以上、本号) 3 .大都市制度の種別とその概要 4 .大都市制度の展開と課題 5 .おわりに 1 .はじめに 平成11年 4 月から平成22年 3 月にかけて実施された、いわゆる平成の大 合併により、平成11年 3 月31日の時点で3,232であった市町村の数が、平 成22年 3 月31日の時点では1,727に大きく減少した1。市町村の数は、その 後も、さらに微減して、平成26年 4 月 5 日以降は1,718となっている(平 成27年 1 月 1 日現在)。市町村別の内訳は、平成11年 3 月31日の時点で、 670市、1,994町、568村であったものが、平成22年 3 月31日の時点では、 786市、757町、184村となっている(平成26年 4 月 5 日以降は、790市、 745町、183村)。この大合併の時期に、町村の市への編入、町村の合併に よる市の新設などの態様による市町村合併が進められ、その結果、市の数 が増え、その一方で、町村の数は大幅に減少した。 ところで、法律上、市となるべき普通地方公共団体が具えていなければ ならない要件は、①人口 5 万以上を有すること、②当該普通地方公共団体 の中心の市街地を形成している区域内にある戸数が(連たん戸数)、全戸 数の 6 割以上であること、③商工業その他の都市的業態に従事する者およ びその者と同一世帯に属する者の数が、全人口の 6 割以上であること、④ 当該都道府県の条例で定める都市的施設その他の都市としての要件を具えていることの 4 つであり(地方自治法 8 条 1 項)、従来、①の人口要件が 最も重視されてきた2。市の人口要件は、地方自治法制定当初は「 3 万以 上」であったが、昭和29年法律193号による改正により、現在の「 5 万以 上」に引き上げられた。ただし、昭和47年 3 月31日までは、継続的に「 3 万以上」または「 4 万以上」とする経過措置が講じられた。また、平成10 年12月から前記の平成の大合併の時期までは、市町村の合併を推進するた めに、市町村の合併の特例に関する法律(昭和40年法律 6 号・平成16年法 律59号)に定める市町村の合併については、市となるべき要件の特例とし て、人口要件が「 4 万以上」または「 3 万以上」に引き下げられていた。 市町村の合併の特例に関する法律(昭和40年法律 6 号・平成16年法律59 号)においては、さらに、平成11年法律87号(いわゆる地方分権一括法) による改正以降、現在に至るまで、市の区域の全部を含む区域をもって市 を設置する処分(地方自治法 7 条 1 項・ 3 項)のうち同法に定める市町村 の合併に係るものについては、当該処分により設置されるべき当該普通地 方公共団体が地方自治法 8 条 1 項各号に掲げる市の要件のいずれかを備え ていない場合であっても、同項各号の要件を備えているものとみなすこと とされている。 町となるべき普通地方公共団体が見えていなければならない要件は、都 道府県ごとに条例で定めることとされており(地方自治法 8 条 2 項)、そ れを受けて、各都道府県が町の要件に関する条例を制定している。町の要 件に関する条例においては、概ね市の要件に準じて、人口、連たん戸数、 職業分類、都市的施設等に関する要件が設けられており、人口要件は、 「 3 千以上」(岡山県、富山県)から「 1 万 5 千以上」(群馬県)の範囲で 設定されている3。 市および町の法律上の要件に即してみた場合、市、町および村の間に は、一定程度の規模の違いがあるものの、その較差は、最も重要な人口要 件でも、 5 万の範囲に収まるものである。他方、その実態という観点か ら、市である団体の人口についてみると、最も多い横浜市(神奈川県)が
3,722,250人であるのに対して、最も少ない歌志内市(北海道)は3,833人 であり(平成27年 1 月 1 日現在4)、その差は3,718,417人に及ぶ。横浜市の 人口は一般的な府県と比べても全く遜色なく、47都道府県中、横浜市より 人口の少ない団体は、最も人口の少ない鳥取県(583,351人)を始め、37 府県にも上る。横浜市以外にも、人口が100万を超える市は10団体あり、 そのうち 2 団体の人口は200万を超えている。その一方で、人口 5 万未満 の市が259団体あり、そのうち、 3 万未満が82団体、 1 万未満も 3 団体あ る5。このように、市相互間における規模の較差には、きわめて大きなもの がある。 本稿の主題である大都市制度とは、実態としての市の規模・性質・機能 等の多様性とそれに伴う市相互間の行財政能力の違いを踏まえ、一定の規 模以上の市について、事務配分、財源配分、関与等に関し、一般の市と区 別した法制上の取扱いをするものである。大都市制度の在り方の問題は、 明治憲法の時代から、常に議論されてきた問題である。近年も、第30次地 方制度調査会による調査審議の対象とされ、その「大都市制度の改革及び 基礎自治体の行政サービス提供体制に関する答申」(平成25年 6 月25日) では、現行の大都市制度の見直しが提言されるとともに、新たな大都市制 度の創設が今後の検討課題として提示されている。本稿では、日本国憲法 のもとにおける地方自治制度として設けられてきた大都市制度を対象に、 各制度の内容の検討とその相互比較を行い、大都市制度の課題と今後の方 向性について考察することとしたい。 2 .大都市制度の憲法的枠組み 大都市制度は、地方自治制度の一部をなす。そして、大都市制度も、法 令により定められる実定法上の制度である以上、憲法を基礎とし、その枠 組みの範囲内で定められた制度でなければならない。そこで、大都市制度 について検討する前に、まず、大都市制度の基礎となり、その枠組みを形 づくる憲法規範の内容を確認しておきたい。
日本国憲法は、地方自治に関する一章(「第 8 章 地方自治」)を設け、 92条から95条までの 4 か条を置く。そして、その各条項において、地方自 治を担うべき主体を「地方公共団体」と定めている。憲法制定過程におい て、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)から日本政府に示され た総司令部案(いわゆるマッカーサー草案)では、地方自治に関する条項 (「第 8 章 地方政治(LocalGovernment)」86条~88条)中に、「府県 (prefectures)」、「首 都 地 方(metropolitanareas)」、「市(cities)」、「町 (towns)」、「徴税権ヲ有スル……下級自治体及法人(subordinatebodies politicandcorporatehavingtaxingpower)」という団体の種類が具体的 に定められていた。しかし、日本政府側は、「府県とか市・町とかいうよ うな団体の種別を憲法で固定してしまうことは、……、いささか窮屈では ないか」と考えて、すべて「地方公共団体」という一般的・包括的な用語 に置き換え、それが総司令部に受け入れられた67。そこでは、「地方公共団 体」の範囲ないし種類については、憲法で具体的に定めるのではなく、立 法に任せ、時代の変化に応じ、また社会的実体に即して法律で定めるのが 妥当であるとの考えがとられていた8。学説上も、憲法における「地方公共 団体」の種類や地域的範囲は必ずしも固定的なものと解すべきではないと の考え方9が、基本的には共有されてきた。 憲法により地方自治の主体と定められた「地方公共団体」とは何か。 「地方公共団体」の意義、種別、構成等の如何は、憲法解釈上の問題とし て、判例および学説の展開に委ねられている。そして、法制度としての大 都市制度の在り方は、直接または間接に、その解釈の内容により、規定さ れることとなる。 以下、このような観点から、憲法における「地方公共団体」という用語 の解釈をめぐる論点を中心に、それに関連する憲法解釈上の論点を取り上 げ、各論点に関する議論の状況を整理することとする。 ( 1 ) 日本国憲法は、「地方自治」を保障するとともに、「地方自治」を担 うべき主体を「地方公共団体」と定めている。すなわち、憲法は、「地方
公共団体」の存立を予定し、かつ、保障しているということができる10。一 般に、憲法92条の「地方自治」ないし「地方自治の本旨」には、住民自治 と団体自治の要素が含まれると解されているが、そのうちの団体自治によ り、「地方公共団体」を国とは別個の独立した団体として設けることが求 められる。また、憲法による「地方公共団体」の存立の保障は、それを国 民の側についてみれば、憲法が、国民に対し、国民たる地位と権利ととも に「地方公共団体」の住民たる地位と権利を保障している11と解することが できるだろう。「地方公共団体」の存在そのものを否定・廃止すること は、当然、憲法の趣旨ないし「地方自治の本旨」(憲法92条)に反し、違 憲であると解される。 ( 2 ) 憲法92条から95条までの各条項中には、すべて「地方公共団体」と いう用語が使用されている。そこで、まず、それらの条項に定められた 「地方公共団体」の用語が、すべて同義であるのか、それとも、条文に よって意義が異なるのかが問題となる12。憲法学上、憲法学上、93条の「地 方公共団体」と94条の「地方公共団体」が同義であることは、異論なく認 められている。そのうえで、従来、とくに議論されてきたのは、92条の 「地方公共団体」と93条および94条の「地方公共団体」の意義の異同であ る13。 現在、通説とされているのは、92条の「地方公共団体」と93条および94 条の「地方公共団体」を同義に解する見解である14。その根拠としては、① 「地方公共団体」という同じ用語が使われていること、②92条は地方自治 の一般的な基本原則を定めた総則的規定であり、93条および94条は92条の 「地方自治の本旨」を具体化した規定である(すなわち、93条は住民自治 の原則、94条は団体自治の原則を具体化したものである)から、別個の内 容のものと解しえないこと、などが挙げられている。この見解において は、憲法92条ないし94条にいう「地方公共団体」とは、地方自治法(等) に定める地方公共団体(後出)のすべてを意味するものではなく、代表的 な論者によれば、そのうちの「[一定の]社会的実体を備えた一般的・普
遍的・基礎的な地方公共団体」のみを指すものとされる15。裁判例のなかに も、この見解と同様の立場をとるものがある(東京地判昭和39年 5 月 2 日 判タ162号149頁16)。 これに対し、92条の「地方公共団体」と93条および94条の「地方公共団 体」とを別意に解する見解もある17。その代表的な論者によれば、92条の 「地方公共団体」は、地方自治法(等)に定めるすべての地方公共団体を 意味するが、93条および94条の「地方公共団体」は、「地方自治の本旨を 実現するために欠くことのできないと考えらえる、いわば標準的な地方公 共団体」を指すものとされる18。 憲法92条は、「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治 の本旨に基いて、法律でこれを定める。」という規定であり、「地方公共団 体」を対象に、地方自治の保障を定めている。そのため、同条中の「地方 公共団体」を特定の範囲の地方公共団体と解した場合、それ以外の地方公 共団体には、地方自治の保障は及ばないということになりかねない。現実 には、地方自治法を始めとする各法律は、前記の両説にいう一般的・普遍 的・基礎的な地方公共団体ないし標準的な地方公共団体以外の地方公共団 体についても、「地方自治の本旨」に基づいて、その「組織及び運営に関 する事項」を定めているものと考えられる。しかし、それは単なる事実上 の取扱いなのではなく、憲法の保障がそこにも及ぶものと解するべきであ ろう19。そのような理由から、後者の見解が妥当であると考える。 ( 3 ) それでは、憲法によりその存立が保障され、憲法の地方自治条項 (とくに93条および94条)が適用されることとなる「地方公共団体」(憲法 上の地方公共団体)とは、どのような団体を指すのか。 地方公共団体(地方自治法上の地方公共団体)とは、通常、「国家の領 土の一定の区域をその構成の基礎とし、その区域内の住民をその構成員と し、国家より与えられた自治権に基いて、地方公共の福祉のため、その区 域内の行政を行うことを目的とする団体」、あるいは、「国の領土の一部を その基礎たる区域とし、その区域内において、その区域に関する公共事務
を行うことを存立の目的とし、その目的を実行するために、国法の範囲内 で財産を管理する能力を有し、また、住民に対し、課税権その他の統治権 的な支配権を有する団体」等と定義される20。これらの定義に含まれる地方 公共団体の要素は、①区域、②住民、③法人格である21。地方自治法上の地 方公共団体は、いずれも、その 3 要素を備えた団体であるが22、そのすべて がそのまま憲法上の地方公共団体と認められるわけではない。判例および 学説上、憲法上の地方公共団体と認められるためには、一定の基準ないし 要件を満たすことが必要とされてきた。 最高裁判所は、昭和27年の地方自治法改正(昭和27年法律306号によ る)による区長公選制の廃止とそれに代わる間接選挙制の採用23が憲法93条 2 項に違反するかどうかが争われた事案において、直接には憲法93条 2 項 にいう「地方公共団体」に関して、「右の地方公共団体といい得るために は、単に法律で地方公共団体として取り扱われているということだけでは 足らず、事実上住民が経済的文化的に密接な共同生活を営み、共同体意識 をもつているという社会的基盤が存在し、沿革的にみても、また現実の行 政の上においても、相当程度の自主立法権、自主行政権、自主財政権等地 方自治の基本的権能を附与された地域団体であることを必要とするものと いうべきである。」と説示し、「社会的基盤の存在」と「地方自治の基本的 権能の付与」という 2 つの基準を提示した(最大判昭和38年 3 月27日刑集 17巻 2 号121頁)。しかし、この判決において示された、憲法上の地方公共 団体の判断基準については、学説上、強い批判がある。 「社会的基盤の存在」という基準に対する批判は大きく、①共同生活と 共同体意識を基準とすることが不合理であること、②共同生活と共同体意 識という基準が明確性・客観性を欠くことの 2 点にまとめることができる だろう24。①の点に関しては、憲法上の地方公共団体は、「法定の権能を行 使せしめるべく設置される法的創造物」であるから、その存立は、地縁的 共同生活と共同体意識の存在だけでなく、他の要素も総合的に考慮して決 せられるべきである旨の指摘25が重要である。また、この基準を用いた場合
には、既存の地方公共団体が固定化され、時代の変遷に応じた新たな地方 公共団体の形成の可能性が阻害されるおそれがある26。②の点では、共同生 活と共同体意識という基準自体が不明確であり、客観性を欠くものである ことから、その存否の認定も、主観的なものにならざるをえない。判断の 主体が代れば、特別区に共同生活・共同体意識の存在が認められ、あるい は、都道府県・市町村について、その存在が否定される可能性もある27。 また、「地方自治の基本的権能の付与」という基準については、主に、 ①憲法上の地方公共団体に当たるか否かを、基本的権能を付与する法律の 規定によって判断するのは論理が逆であること、②沿革および行政上の実 態を基準にするのは問題であること、が批判されてきた。①の点に関して は、憲法上の地方公共団体に当たるか否かが、立法政策により決定される ことの問題性が指摘されている28。②の点では、地方自治についての考え方 自体が異なる旧憲法時代を含め、沿革とそのときどきの行政上の実態に依 拠することの適切性・妥当性が問われなければならない。また、沿革は、 どの時期を重視するかで、評価が変わりうる。 学説上は、憲法上の地方公共団体とは、「一般的・基礎的・普遍的な地 方公共団体29」あるいは「標準的な地方公共団体30」であるとされ、必ずしも 明確ではないが、①全国を通じて一般的・普遍的に存在すること、②憲法 93条および94条所定の組織および権能を有していること、③地域共同体と しての社会的実体を備えていることが、そのメルクマールとされている。 ( 4 ) 地方自治法は、地方公共団体を普通地方公共団体と特別地方公共団 体という 2 つのカテゴリーに分け( 1 条の 3 第 1 項)、都道府県および市 町村の 2 段階 7 種の団体を普通地方公共団体に区分し(同条 2 項、 2 条 3 項・ 5 項)、特別区、地方公共団体の組合および財産区の 3 種の団体を特 別地方公共団体に区分している( 1 条の 3 第 3 項31)。地方自治法以外に、 市町村の合併の特例に関する法律(平成16年法律59号)により、地方自治 法上の特別地方公共団体として、合併特例区の制度が定められている(同 法26条 1 項、27条32)。さらに、特別地方公共団体である特別区には、大都
市地域における特別区の設置に関する法律(平成24年法律80号。以下「大 都市地域特別区設置法」という)に基づいて設置されるもの(同法 3 条、 10条など参照)がある。 普通地方公共団体とは、「地方公共団体のうち、一般的な性格を有する もの」であって、「その存立目的も一般的に公共の利益を図ることであ り、賦与されている各種権能も普遍的であるような標準的な地方公共団 体」をいい、特別地方公共団体とは、「一般的普遍的に存在するものでは なく、それぞれの存立目的をもつて存在するものであり、その構成、権 能、組織等についてそれぞれ特殊なもの」をいうとされている33。 学説上、一般的には、普通地方公共団体である都道府県と市町村は、ど ちらも憲法上の地方公共団体であることが認められている。しかし、都道 府県については、必ずしも、憲法上の地方公共団体としてその存立が保障 されていると解されているわけではない。 普通地方公共団体のうち、基礎的な地方公共団体である市町村(地方自 治法 2 条 3 項)が憲法によってその存立を保障された憲法上の地方公共団 体に該当するということについては、争いはない。もっとも、それは、 個々の市町村の現状をそのまま維持することを求めるものではなく、社会 経済情勢や行政需要の変化等に応じて、その規模を拡大すること等は可能 であるとされている。さらに進んで、市町村制度の変更も許容されるとす る有力な見解もある34。ただし、市町村の規模の拡大に関しては、基礎的な 地方公共団体としての実質が失われるおそれがあることに留意する必要が ある35。 都道府県が憲法上の地方公共団体に当たるかどうかは、具体的には、地 方自治法に定める都道府県と市町村の二段階構造(二段階制または二層 制)は憲法上保障されているかという問題のなかで併せて論じられてき た。そこで、これについては、項を改めて論述することとする。 特別地方公共団体のうち、地方公共団体の組合、財産区(および旧地方 開発事業団)が、憲法上の地方公共団体に該当しないことは、学説上、一
致して認められている。これらの団体の存立は、憲法により保障されたも のではなく、立法政策の問題であるとされる。合併特例区についても、同 様に解することができるだろう。 特別区が憲法上の地方公共団体に当たるかどうかは、従来、議論されて きたところである。特別区については、大都市地域特別区設置法に基づき 設置される特別区と併せて、後述する。 昭和31年法律147号による改正前の地方自治法には、都区制度と並ぶ大 都市制度として、特別市の制度が定められていた。特別市は、同法上、特 別地方公共団体に区分されていたが、特別市が設置された場合、それは都 道府県の区域外とされ、普通地方公共団体に代わるべき基礎的な地方公共 団体としての性質を有することとなるものであったことから、憲法上の地 方公共団体に当たると解されている36。 ( 5 ) 地方自治法に定める特別地方公共団体のうち、特別区については、 憲法上の地方公共団体に当たるか否かが争われてきた。 前出の最高裁昭和38年判決は、「社会的基盤の存在」と「地方自治の基 本的権能の付与」という憲法上の地方公共団体の基準(そのうちの後者の 基準)に照らし、特別区は憲法上の地方公共団体に当たらないと判断して いる。学説上も、同判決以前から、長らく、憲法上の地方公共団体に当た らないとする見解37が通説の地位を占めていた。この判例・学説の立場にお いては、都の特別区が存する区域については、都が広域的な地方公共団体 と基礎的な地方公共団体の性格を併有し、特別区は都の「内部的な構成団 体」と性格づけられることになる38。その結果、特別区の存する区域につい ては、憲法上の地方公共団体が都の一段階になるが、それは、二段階制の 例外として、あるいは、二段階の地方公共団体は不要であるとして、許容 されている。 これに対し、特別区は憲法上の地方公共団体に当たるとする見解39も主張 されてきた。その論拠としては、①法律上、特別区には市と同等の事務処 理権能が認められていること、②特別区の存する区域以外では都道府県と
市町村という二段階の地方公共団体が存在するのに、特別区の存する区域 では都という地方公共団体しか存在しないのは合理性を欠くこと、③特別 区住民による準公選運動は共同体意識の存在を示していること、などが挙 げられている。 昭和27年の制度改正後、都区制度については数次にわたる改正が行わ れ、これらの改正により、都から特別区への事務権限の移譲、都と特別区 との間の調整措置の見直しなど、特別区の自治権の充実・強化が図られて きた。とりわけ、昭和49年法律71号による地方自治法改正により、区長公 選制が復活し、また、平成10年法律54号による同法改正により、特別区 は、法律上、「基礎的な地方公共団体」と位置づけられることとなった (281条の 2 第 2 項。同改正による新設)。昭和49年改正後または平成10年 改正後の特別区は、最高裁昭和38年判決の基準に照らしても、憲法上の地 方公共団体に該当すると解されるようになっており40、現在、特別区が憲法 上の地方公共団体に該当しないとする見解を明確に主張する論者はみられ ない。 大都市地域特別区設置法に基づいて設置される特別区も、地方自治法上 の特別区であるから、それが憲法上の地方公共団体に当たるかどうかは、 都の特別区の場合と同様に考えることができる。ただし、大都市地域特別 区設置法に基づく特別区の場合、特別区とこれを包括する道府県の間の事 務の分担、税源の配分その他特別区の設置に関し必要な事項は、特別区設 置協議会(同法 4 条)の作成する特別区設置協定書に定めることとされて いる( 5 条 1 項)。したがって、大都市地域特別区設置法に基づく特別区 が憲法上の地方公共団体に当たるかどうかは、具体的には、特別区設置協 定書の内容も踏まえて、判断されることになろう41。 ( 6 ) 領土内の特定の区域について、例外的に、憲法上の地方公共団体の 区域に属しないこととすることは、憲法上、認められるか。学説は、肯定 説と否定説とに分かれている。 肯定説は、憲法92条の「地方自治の本旨」を「全国の区域が原則として
註 1 総務省(自治行政局合併推進課)「『平成の合併』について」(2010年)など参照。 2 たとえば、平成12年法律138号による改正後の市町村の合併の特例に関する法律 (昭和40年法律 6 号)では、同法にいう市町村の合併については、市となるべき要 件の特例として、人口要件(「人口 3 万以上を有すること」)だけが市の要件とされ ていた( 5 条の 2 、附則 2 条の 2 )。また、平成22年法律10号による改正前の市町 村の合併の特例等に関する法律(平成16年法律59号)でも、同様に、同法にいう市 町村の合併については、人口要件(「人口 3 万以上を有すること」)だけが市の要件 とされていた( 7 条 1 項)。 3 町の人口要件については、「 5 千以上」(21団体)、「 8 千以上」(12団体)または 「 1 万以上」( 6 団体)のいずれかを定めている団体が多い(かっこ内は、該当する 団体の数)。もっとも、平成27年 1 月 1 日現在、すでにその区域内に村の存しない 団体(県)が13ある。 4 人口データは、総務省(自治行政局住民制度課)「住民基本台帳に基づく人口、 地方公共団体の区域に区分され、その各地域における公共事務が、多かれ 少なかれ国から独立に、その地方公共団体の事務として、その住民の参与 によって、処理される体制の存することをいう」と解したうえで、その趣 旨に照らし、特殊な理由により、特定の限られた区域について、どの地方 公共団体の区域にも属しないこととしても、同条に違反することにはなら ないとする42。そして、そのような区域の例として、「中央政府の所在地」 が挙げられている。 それに対し、否定説は、「地方自治」が憲法によって保障され、国民に は、憲法上の地方公共団体との関係において、その住民たる地位と権利、 長や議員を選挙する権利が与えられているのだから、すべての国民は、 (少なくとも 1 つは)憲法上の地方公共団体に属することが想定されてい ると解するべきであるとする43。すなわち、この見解は、国民の権利の観点 から、地方公共団体の区域に属しない区域の存在を否定するものである。 少なくとも、現に国民の居住する地域については、原則として、この見解 が妥当であると考えられる。
人口動態及び世帯数調査(平成27年 1 月 1 日現在)」(平成27年 7 月)による(当該 調査の結果については、 http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01gyosei02 _03000062.html に掲載されている資料を参照した)。 5 人口が 5 万未満の市が存在しうるのは、市の人口要件に関し本文で述べたような 経緯・事情があることに加え、地方自治法 8 条 1 項の定める市の要件が、市となる 際に必要とされる成立要件であり、存続要件ではないと解されているからである。 すなわち、市となった後にその要件を欠くに至っても、それだけで直ちに町村に戻 るわけではない。松本英昭『新版逐条地方自治法〔第 8 次改訂版〕』(2015年)114 頁など。 6 佐藤逹夫「憲法第八章覚書」自治庁記念論文編集部編『地方自治論文集』(昭和 29年)37~47頁参照。その間の経緯に関しては、併せて、高柳賢三=大友一郎=田 中英夫編著『日本国憲法制定の過程Ⅱ解説』(昭和47年)264~273頁など参照。 7 その修正は、当時、日本政府が、地方制度、特に府県制度の改革を考えていたた めであると指摘されている。小嶋和司『憲法概説』(昭和62年)547頁、佐藤幸治 『日本国憲法論』(平成23年)552頁。 8 高柳ほか編著・前掲書266頁・272頁参照。 9 佐藤幸治・前掲書552頁など参照。 10 法学協会編『註解日本国憲法下巻』(昭和29年)1375頁、成田頼明「地方自治の 保障」田中二郎編『日本国憲法体系第 5 巻』(昭和39年)290頁など。かつては、異 説もあった。柳瀨良幹「憲法第八章について」(初出昭和27年)『憲法と地方自治』 (昭和29年)13~15頁。 11 佐藤功『憲法(下)〔新版〕』(昭和59年)1197頁。 12 憲法学の概説書、逐条解釈書等のなかには、この論点に言及していないものも少 なくない。 13 たとえば、樋口陽一=佐藤幸治=中村睦男=浦部法穂『憲法Ⅳ』(平成16年)252 頁[中村睦男執筆]、野中俊彦=中村睦男=高橋和之=高見勝利『憲法Ⅱ〔第 5 版〕』(平成24年)370頁[中村睦男執筆]など。この問題は、92条および95条の 「地方公共団体」と93条および94条の「地方公共団体」の意義の異同として論じら れることもある。杉村敏正「地方公共団体」清宮四郎=佐藤功編『憲法講座第 4 巻』(昭和39年)135~139頁、小林武=渡名喜庸安『憲法と地方自治』(平成19年) 138~140頁など。 14 法学協会編・前掲書1376~1377頁、1388~1389頁、成田・前掲論文295頁、手島
孝『憲法解釈二十講』(昭和55年)285頁、佐藤功・前掲書1200頁、杉原泰雄『憲法 Ⅱ』(平成元年)464~465頁、樋口ほか・前掲書253頁[中村]、小林=渡名喜・前 掲書140頁など。 15 佐藤功・前掲書1199頁。 16 この東京地裁昭和39年判決は、最大判昭和38年 3 月27日刑集17巻 2 号121頁(後 出)の差戻審判決である。同判決は、憲法95条の「地方公共団体」の解釈として、 「憲法第95条は憲法第92条ないし第94条にいう地方公共団体のみに適用される特別 法の制定につき所定の手続履践を要求しているものと解すべきであ[る]」と説示 し、92条から95条までの「地方公共団体」の語をすべて同じ意義に解している。 17 宮澤俊義(芦部信喜補訂)『全訂日本国憲法』(昭和53年)764頁、770頁、杉村・ 前掲論文138~139頁、鴨野幸雄「憲法上の地方公共団体と二段階制の保障」奥平康 弘=杉原泰雄編『憲法学 6 』(昭和52年)150頁、小林直樹『憲法講義下〔新版〕』 (昭和56年)435頁、456頁、471頁など。 18 宮澤(芦部補訂)・前掲書764頁、767~769頁、773頁。なお、同書において、95 条の「地方公共団体」がどちらの意味に解されているのかは、明らかでない。これ に対し、杉村・前掲論文138~139頁は、憲法92条の「地方公共団体」と95条の「地 方公共団体」を同義に解する。地方自治特別法の住民投票に係る地方自治法261条 および262条の規定は、特別区に適用されることとされ(同法283条 1 項)、地方公 共団体の組合に準用されているが(292条)、財産区には適用も準用もされていな い。杉村・前掲論文の立場からすると、地方自治法におけるこのような取扱いは、 憲法上、問題となりうることとなろう。 19 憲法92条の「地方公共団体の組織及び運営に関する事項」という文言を、「本条 が全体として、地方自治に関する根本原則を定める趣旨である点からいつて、 ……、地方公共団体全体の組織及び運営、すなわち、地方公共団体としてどのよう な団体を設け、その区分、系統をどうするかとか……というような問題まで含 [む]」と解する見解がある。法学協会編・前掲書1377~1378頁。このように解釈し た場合、結局は、92条の「地方公共団体」をすべての地方公共団体と解するのと同 じことになる。 20 前者は法学協会編・前掲書1374頁、後者は宮澤(芦部補訂)・前掲書758頁の定義 である。 21 塩野宏『行政法Ⅲ〔第 4 版〕』(平成24年)142~147頁、松本・前掲書20~21頁な ど参照。ただし、松本・同書は、地域的・空間的構成要素(場所的構成要素)であ
る「区域」と人的構成要素である「住民」は同じであるが、法制度的構成要素につ いては「法人格」と「自治権」の 2 つを挙げている。 22 特別地方公共団体と 3 要素との関係につき、塩野・前掲書147頁注 2 、155頁参照。 23 昭和27年改正により新設された旧281条の 2 第 1 項は、「特別区の区長は、特別区 の議会の議員の選挙権を有する者で年令満二十五年以上のものの中から、特別区の 議会が都知事の同意を得てこれを選任する。」と規定していた。 24 共同生活および共同体意識の観念との関係で、中川剛「地方公共団体の意義」雄 川一郎=塩野宏=園部逸夫編『現代行政法大系第 8 巻』(昭和59年)23~27頁参照。 25 小嶋・前掲書546頁参照。 26 大石眞『憲法講義〔第 3 版〕』(平成26年)307頁参照。 27 現に、多くの関連文献中に、特別区について共同体意識の存在を認め、あるい は、市町村等についてその存在を否定する記述がみられる。 28 磯部力=小幡純子=斎藤誠編『地方自治判例百選〔第 3 版〕』(平成15年) 5 頁 [阿部泰隆執筆]など参照。裁判例として、東京地判昭和37年 2 月26日下刑集 4 巻 1 = 2 号157頁(前出)。 29 佐藤功・前掲書1198~1199頁。 30 宮澤(芦部補訂)・前掲書764頁。 31 平成23年法律35号による改正前の地方自治法( 1 条の 3 第 3 項)には、特別地方 公共団体の種類として、地方開発事業団も定められていたが、同改正により地方開 発事業団の制度は廃止された。ただし、経過措置として、平成23年法律35号の施行 の際現に設けられている地方開発事業団については、なお従前の例によることとさ れている(同法附則 3 条)。この規定により、 1 団体(青森県新産業都市建設事業 団)が、現在も存続している。その限りで、特別地方公共団体の種類としての地方 開発事業団は、存在するともいえる。同改正においては、また、地方公共団体の組 合のうち、全部事務組合および役場事務組合の制度が廃止されている。 32 合併特例区は、市町村の合併の特例に関する法律にいう市町村の合併(同法 2 条 1 項)を行った合併市町村(同条 2 項)において、合併後の一定期間、期間を定め て、合併市町村の区域の全部または一部の区域に、 1 または 2 以上の合併関係市町 村(同条 3 項)の区域であった区域をその区域として設置することができるもので ある(同法26条 1 項)。合併特例区の設置期間は、 5 年を超えない範囲で、その規 約に定めることとされている(31条 1 項・ 2 項)。なお、平成27年 4 月 1 日の時点 で、合併特例区は設けられていない。
33 松本・前掲書21頁、29頁。 34 法学協会編・前掲書1376頁、1382~1383頁注 8 、宮澤(芦部補訂)・前掲書763頁。 35 佐藤幸治・前掲書552頁など参照。 36 法学協会編・前掲書1376~1377頁、1389頁、田上穣治編『体系憲法事典』(昭和 43年)653頁[成田頼明執筆]など。 37 法学協会編・前掲書1376頁、1382頁注 6 、田上編・前掲書653頁[成田]、俵静夫 『地方自治法〔第 3 版〕』(昭和50年)52頁、74頁、80頁、清宮四郎『憲法Ⅰ〔第 3 版〕』(昭和54年)85頁、佐藤功・前掲書1201頁、宮澤(芦部補訂)・前掲書768頁な ど。 38 俵・前掲書52頁、408~409頁など参照。最高裁昭和38年判決では、「22年 4 月制 定の地方自治法をはじめその他の法律によつて[特別区―筆者]の自治権に重大な 制約が加えられているのは、……、23区の存する地域全体にわたり統一と均衡と計 画性のある大都市行政を実現せんとする要請に基づくものであつて、所詮、特別区 が、東京都という市の性格をも併有した独立地方公共団体の一部を形成しているこ とに基因するものというべきである。」と説示されている。さらに、昭和27年の地 方自治法改正に関する立案担当者の解説として、宮澤弘=岸昌「改正地方自治法解 説」『改正地方自治法解説』(昭和27年)106頁~109頁参照。 39 杉村・前掲論文139頁、手島・前掲書286頁、杉原・前掲書467~468頁、樋口ほ か・前掲書250~251頁[中村]、野中ほか・前掲書369~370頁[中村]、小林=渡名 喜・前掲書147~148頁、戸松秀典『憲法』(平成27年)470頁など。 40 たとえば、長谷部恭男『憲法〔第 6 版〕』(平成26年)452頁、戸松・前掲書470頁。 41 その点に関し、松本・前掲書31頁、1588~1589頁参照。 42 宮澤(芦部補訂)・前掲書763頁。 43 佐藤功・前掲書1197頁、宇賀克也『地方自治法概説〔第 6 版〕』(平成27年)38~ 39頁。成田・前掲論文291頁も、否定説の立場をとる。塩野・前掲書151頁は、否定 説の立場を前提としつつも、「首都の一定地域についていわば国の直轄とすること が憲法上認められるかどうかの問題は残る」という。