営業秘密の保護--とくに従業者の雇用関係終了後の
競業禁止について
著者
盛岡 一夫
著者別名
K. Morioka
雑誌名
東洋法学
巻
24
号
1
ページ
p51-82
発行年
1980-10
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00006041/
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秘密の保護
ーとくに従業者の雇用関係終了後の競業禁止についてー
盛
岡
一
夫
一、はじめに 二、競業禁止契約がある場合 四三 、 、 (5) (4) (3) (2) (1 営業秘密 従業者の地位 制限の合理性 代償措置 雇用関係終了原因 競業禁止契約がない場合 むすび 一、はじめに 従業者は誠実に労務に服すべき義務を負うから、東洋法学
その結果として使用者の正当な利益を不当に侵害してはならな 五一営業秘密の保護 五二 い。すなわち.従業者は雇用期問申に知りえた使用者の営業秘密を不当に利用しない義務を負うことになる。この従 業者の秘密保持義務は、雇用関係終了後においても存続するか否か閥題となる。 企業闘の激烈な競争において.優位な地位を維持していくためには、優秀な技術等を開発することであり.それに は優秀な入材が必要になって、従来、終身雇用制が支配的であったが、従業者の引抜きなどが行なわれるようになっ た.従業者を引抜かれた企業にとっては、その営業秘密が再就職の企業において利用されることは大蓉なマイナスと なる.他方.従業者の側からみると.雇用関係終了後の再就職を制限される惹とは.職業選択の自由が制限されるば かりでなく.従業者の生計の道を奪われることになる。礁こに.使用者の営業秘密の防衛と従業者の生計維持との調 整が聞題となる、 わが国では終身雇用制が支配的となっているので、従業者の雇用関係終了後の競業禁止の問題について論じられる ことは少なかった。しかし.少数ではあるがこの問題に関する判例・学説があるので、これらの見解と.早くから競 業禁止に関して論じられてきた西欧諸国の判例・学説を参考にして.従業者の雇用関係終了後の競業禁止契約が有効 であるための要件について検討する。 この場合に競業禁止契約が有効であるためには.保護に値する営業秘密︵利益︶が存在し、これに関連して.従業 者がこの営業秘密を知ることのできる地位にいたこと.および、従業者の競業制限の範囲が合理的であることを要す る。制限が合理的であるか否かは、その制限の場所的・期間的範囲、対象職種、代償の有無等あらゆる事情を考慮し なければならない。そこでこれらについて順次検討してみよう。
二、競業禁止契約がある場合 ω 営業秘密 使用者が従業者に対して、雇用関係終了後に特定の企業に就職することを禁止するいわゆる競業禁止契約が有効で あるためには、まず、使用者が保護を受けるに値する営業の秘密を有していることを要する。 一般に雇用関係において、その就職に際して、あるいは雇用期間中において、雇用関係終了後における競業避止義 務を含むような特約が結ばれることがしばしば行なわれるが、従業者に対して、雇用関係終了後に特定の職業につく ことを禁ずる特約は、経済的弱者である従業者から生計の道を奪い、その生存をおびやかすおそれがあると同時に従 業者の職業選択の自由を制限するから、その特約の締結につき合理的な事情の存在することの立証がないときは一応 営業の自由に対する干渉とみなされ、特にその特約が単に競争者の排除、.抑制を目的とする場合には、公序良俗に反 ︵i︶ し無効である。 したがって、使用者は、従業者が雇用期間申に習得したすべての知識について雇用関係終了後の使用を禁止するこ とはできないのであり、禁止することができるのは特殊的知識である営業の秘密についてである。 従業者が雇用期問中に習得する一般的知識については雇用関係終了後にそれを使用することを禁ずることができな いが、使用者のみが有する特殊的知識は営業の秘密として従業者が雇用関係終了後に使用することを禁ずることがで ︵2︶ きる。そこで、特殊的知識と一般的知識に関する英米の判例・学説をみることにする。
東洋法学 五三
営業秘密の保護 五四 ωoξ一窪ぼおタω蒔鴇嘗8岸。”において、従業者は、雇用期間中に習得した一般的技能および知識︵σq窪の鍔欝ζ・ 騨器餌す。三①詠Φ︶は雇用関係終了後に持ち去ることができるのは明らかである。これに対し、この従業者は、使 用者が開発し、従業者に開示し、それを知らない競業者よりも有利な地位を占めるような機密の詳細なプランまたは プ翼セス︵8鉱幽留糞難聴誹答鼠蝕器餌℃欝誘漢翼8霧。 。舘︶を持ち去ることができないことも明らかであるとし、特 ︵3︶ 定の事件においては、このどちらの原則を適用するか明確なラインを引く必要があるとしている、 瓢禽欝誹難鴬欝緊載懸熊癬蘇 磯帥蓉圃ξにおいて、ωぎ曝卿は.営業の秘密、顧客の名称すなわち哲学的言語によっ て表現すれば︵欝零韓鎌噂簗鍵嚇凱欝囲岡懲懸鵬懸︶客観的知識といわれるすべてのものーこれは従業者によって 持ち去られてはならないものであむ.主人のものである、これが主人の意に反して移転されることを制限する場合 に、これを妨げる公益の法則はない。これに対して、ある人の才能、技能.機智.肉体的・精神的能力︵巷婆鼠碑 。。籔拝 階纂⑫馨ざ縫欝暴圃嚢羅霧欝一簿ぽ囲ξ︶ー哲学的言語によって表現すれば.客観的でなく主観的といわれる これらのすべてのものーーこれらは使用人︵従業者︶からはなされるべきではない。これらは主人の財産ではない. ︵喚︶ これらは使用人自身の財産であり.彼自身であるといっている。また露ぼ器露卿は、従業者自身の勤勉、観察およ び知能によって獲得した機械的技術的技能および知識︵露9鼠風8圃器瓢審魯鑓8﹃籔一繋伽犀ぎ註⑦緯⑩︶をイギリ スのすべての地方で長期間行使できないようにし、かくて彼をして新生活をはじめしめ、いわば彼から彼自身と彼の 家族との生活を維持する手段をうばうという理由で、雇用関係終了後イギリスにおいて七年間同種営業に従事しない ︵5︶ とした契約を不法とした。
<欝汐&8富09≦○魯Φ邑ミ。窪おきα評ぼ陣8鋤お09においては、従業者は雇用期間中に習得した経 験、知識、記憶および技能︵o巷巽富8ρ汀o註①凝⑨旨①蓉。蔓p 。&跨崔︶を、雇用関係終了後は持ち去ることが できる。ある人の才能︵8蜂&の︶、技術、機智︵留屡Rξ︶、 肉体的精神的能力︵3鎚き巴睾α導①導巴ぎ讐昌︶お よび雇用期間中に習得したその他の主観的知識は、使用者の財産ではなく、使用者との間で締結した制限的約束︵挙 の鼠鼠奉8黛Φ葛簿︶によって制限されないかぎり、これを使用し拡大する権利︵吋蒔窪8島①器飢o壱欝α︶は、 ︵6︶ 相変わらず従業者の財産であるとされている。 また、学説においても、従業者が雇用期間中に習得した一般的知識、経験、記憶、技能︵αq①ま邑ぼ。鉱①凝ρ賃マ ①ユ窪β欝①導oqΦ&。 ・匡一︶ は雇用関係終了後、自由に使用することができるが、特殊的知識︵ω℃①。篁臣○鉱亀− ︵7︶ αqΦ︶ である営業の秘密︵霞匙①器R簿︶については雇用関係終了後自由に使用することはできないとか、また、個 人の技能、知識、経験︵毬誘o轟一葵岸ぼo註①凝。磐αo巷毘露8︶ の使用は制限することができないといわれて い8︶。 もる わが国の判例においても、 ﹁被用者は、雇用申、様々の経験により、多くの知識・技能を修得することがあるが、 これらが当時の同一業種の営業において普遍的なものである場合、即ち、被用者が他の使用者のもとにあっても同様 に修得できるであろう一般的知識・技能を獲得したに止まる場合には、それらは被用者の一種の主観的財産を構成す るのであってそのような知識・技能は被用者は雇用終了後大いにこれを活用して差しつかえなく、これを禁ずること は単純な競争の制限に外ならず被用者の職業選択の自由を不当に制限するものであって公序良俗に反するというべき 東洋法学 五五
営業秘密の保護 五六 である。しかしながら、当該使用者のみが有する特殊な知識は使用者にとり一種の客観的財産であり、他人に譲渡し うる価値を有する点において有に述べた一般的知識・技能と全く性質を異にするものであり、これらはいわゆる営業 上の秘密として営業の自由とならんで共に保護さるべき法益というべく.そのため一定の範囲において被用者の競業 を禁ずる特約を結ぶことは十分合理性があると言うべきである。このような営業上の秘密としては、顧客等の人的関 係.製晶製造上の材料.製法等に関する技術的秘密が考えられ、企業の性質にょ勢重点の置かれ方が異なるが、現代 社会のkうに揺反に工業化した社会においては、技術的秘密の財産的価値は極めて大詠いものがあり従夢て保護の必 要性も大熱いと考えられる.即ち技術的進歩.改革は一つには特許権・実用新案権等の無体財産権として保護される が.これらの権利の周辺には特許権等の権利の内容にまではとむ入れられない様々の技術的秘密ーノウ・ハゥなど ーが存在し.現実には両者相俊って活用されているというのが実情である。従ってこのような技術的秘密の開発・ 改良にも企業は大きな努力をもっているものであって、右のような技術的秘密は当該企業の重要な財産を構成するの ︵9︶ である。﹂ としているゆ また、学説においても、従業者は雇用期間中に知識、経験.熟練を加えるのが通例であるが.その内容がその職務 の遂行にあたって通常に得られる一般的なものと、他方、そうでなくて、本来その使用者のみが有する独特の知識ま たは情報であって、使用者から従業者に対しそれが伝達ないし開示される場合には第三者に漏洩しないことをとくに 言い渡される特別的なものとがある。前者の一般的知識は、みずからが習得した知識、経験、技楠として従業者個人 に属し、使用者に属するものではなく、それは現在および将来にわたって従業者個人の生活手段をなすものである。
これに対し、後者の特殊的知識は、従業者の個人的知識を越え、かつそれに先在するもの、すなわち、その知識また は情報の創造ないし形成過程において本来的には当該従業者の努力は介入していない使用者所有の客顧的知識である ︵組︶ から、使用者の財産であって、全面的に従業者個人に帰属することはないと解されている。 このように、従業者は雇用期間中に経験を重ねて知識、技能を習得するのであり、これは従業者の主観的財産を構 成するものである。従業者は、他の使用者のもとにおいても同様に習得しうるような一般的知識、技能を身につけた ような場合は、雇用関係終了後自由に使用することができる。したがって、使用者は従業者に対して、この一般的知 識の使用を禁止することはできない。 これに対して、使用者のみが有する特殊的知識は、客観的財産であり、これは使用者のものであるから、従業者は これを自由に使用することはできない。すなわち、特殊的知識である営業の秘密は、雇用期間中のみならず、雇用関 係終了後においても、従業者は勝手に使用することができないものであるから、使用者は、これについては従業者の 使用を禁止することができる。 従業者が雇用期間中に習得した一般的知識は、従業者の主観的財産を構成するものであり、これは従業者の生活を 維持するために必要であるから、雇用関係終了後に使用することができる。これに対して、使用者のみが有する特殊 的知識は、使用者の客観的財産であって、これは従業者の生活を維持するために不可欠のものではないから、従業者 は雇用関係終了後に使用することはできない。 使用者は自己のみが有する特殊的知識は営業秘密として、従業者が雇用関係終了後に使用することを禁ずることが 東洋 法学 五七
営業秘密の保護 五八 できる。従業者の競業を契約によって制限することのできるのは、使用者に営業秘密が存在する場合である。 そこで、競業から保護されるに値いする営業秘密︵企業秘密嘗ao器自Φ邑とは何かということが問題になるが、 営業の秘密とは、事業に用いるあらゆるフォーミュラ、パターン、装置または情報の集合︵感霞欝三辞饗欝露v留鉱8 R8鷺鷺窺一霞Φ鷺篤霧露節織讐︶よりなるものであって.その使用者に.これを知らずにまたはこれを用いない競業 者よ参も有利な地位を占めることができるものである.それは化合物のツォー更畿ラ.物の製造、処理もしくは保存 ︵鷲︶ のプ灘セス、機械もしくはその他の装置のパターンまたは顧客リストなどであるといわれている. 営業秘密として保謹を受ける鵡とので熱る対象物として、磁饗蓉触は. ﹁秘密の機械、プ灘セス.フォーミュラ、 または工業的ノウ・ハウ︵非常に重要性がましてきた特許発明の従属物︶でもよい。これはいかなる種類の情報でも よい。これは科学的性質のアイディアでも.文学的性質のアイディア︵物語のプロットやテレビのシリーズの主題の ような︶でもよく、また宣伝方法のス買ーガンまたは示唆でもよい。最後に.対象物は、作業、金銭の出費またはト ライアル・アンド・エラーもしくは時間の消費の産物︵鷺o費9織麟δ樋F霧巽℃窪黛轡欝⑱無讐○器ざ 鍵織簿鑓一 震傷鶏8ざR讐Φ窪需&搾幾櫛窺慧糞⑫︶ であってもよい。秘密は保護されるための対象物の構成要素ではない。 しかし.そうであるときは、異なった事情において程度の異なった不完全な秘密が対象物の保護をうけるために十分 ︵鴛﹀ なものとする﹂という。 また、営業秘密とは、営業に関する秘密であり、その対象は、工業的なものと、商業的なもの、あるいは、ある企 業と独立して存在しうるものと、ある企業と関連してはじめて価値あるものを問わず、すべて営業に関するものが含
まれ、営業に関し一定の制限された範囲の者にのみ知られ、そしてそれを知りまたは用いようと欲する者にただちに 知りまたは用いることができない状態的事業を意昧し、それはその秘密を保持することに競業上の利益があるもので ︵欝︶ あると解されている。 注︵1︶ ︵2︶ ︵3︶ ︵4︶ ︵5︶ ︵6︶ ︵7︶ ︵8︶ ︵9︶ ︵⑳︶ 奈良地判昭和四五年一〇月二一二日下級民集一二巻一〇号一三六九頁。 イギリスについては、︾旨ひ餌諭↓蕉旨o歴縮び①冨≦無↓声伽oωoR簿9おOや アメリカについては、男ββ8δUo鴇曾 法o簿婁穆竃H諮巴矯g8瓢8亀ぎo毒ぎo類汐浮o¢鉱齢&ω蒙霧9︾導韓一8おまを主に参照したQ ⑳爲客鋒寵o。①㎝︵お3︶ ωぽき好いぎζ8瓜。 。O蓉o︸︵おお︶一>。ρOo 。o 。︾譲餅 ︾爵陣拳oPいい薮霞o旨肪︵︶89︵お5︶一︾ρOo 。o o︾$c o 曽ω︾母刈$︵一〇〇㎝︶ 9Hぼ麩閃&○界α器建門Oo営℃o讐一8魯&6冠ρ傷空ζ霞厨︸鱒&,お9︵&魯お①凱ω毛℃一Φ簿g瞥︶即o 。謹 ↓q彗①びo事o一f勺し覇。 前掲奈良地判昭和四五年一〇月二三日 山P俊夫﹁労働者の競業避止義務ーとくに労働契約終了後の法律関係についてー﹂労働法の諸問題︵石井照久先生 追悼論集︶照二一頁以下。同四二二頁は、競業から保護されるに値する特殊的知識について、具体的には、﹁商品の製造方 法の秘密、顧客の信胴状況を一覧的に知りうる資料、あるいは企業活動の原則的または技術的問題に関する討議の助言な どは通常特殊的知識に属するものが多い。しかし一方、商品製造に関するものでも、勤務中に習得せぎるを得なかった情 報で、かつなんら使用者から明示的に守秘義務を課せられなかったもの、あるいは顧客のリストでもすでに一般に知られ ているものなどは、使用者がそれを特殊的知識であると主張することはむしろできないと考えるべきであろう。そして、 いずれにしろ、労働者が雇用期関中に習得する知識経験技価の多様性にかんがみ、それが前述の意昧における特殊的知識 東洋 法 学 五九
営業秘密の保護 六〇 であるか.それとも一般的知識であるかの分別を、上級管理職以外の一般労働者にそれを要求することは妥当でなく、防 衛せんとする企業固有の利益、ことにその中核をなす営業泌密については.その伝達ないし開示に際して、それが第三者 に対する不開示義務を伴うものであることを個別的に明示すべきであり.そうでないものについては労働者は原則として 守秘義務を負わない﹂と解される。 ︵葺︶ 図欝欝ぎ羅Φ講博膚嚢講讐欝8黛縫⑲慧ぴ︵一総。︶ ︵鴛︶ 聴難蓉斜禽絆焦欝噂﹂ ︵鴛︶ 小野羅延鴬業秘密の保護五五五翼. ω 矛ゴ者の地位 競業禁止契約が有播であるためには、従業者の地位を饗慰しなければならない、営業の秘密を知り得るような地位 にある上級蕾理職について制限することは合理的であるが、一般従業者についての制限は合理的でなく無効である. たとえば.百貨店の二階において婦人服生地販売を業とする会社の店員が、就職の際に雇用期間申はもちろん雇用 関係終了後も.同百貨店内の同業者に就職しないことを誓約した。ところが同階の一軒おいた隣の婦入服地販売店に 就職した事件において、 コ撫総契約に際しては喜びの余参前記誓約文など問題にしないで誓約書に署名捺印し.爾来 控訴会社の店員として六千円乃至一万円の給料を貰い.特別の知識、技術、経験を必要としない婦人洋服生地販売の 補助をなし来ったことが疎明され、右疎明に反する部分の原審並びに当審証人Hの証言は信用し難い。かように被控 訴人等は被傭者としては控訴会社の営業の主流にはない全くの手伝人であり.その地位も低く、しかも解雇されれば 容易に就職qを見出せないで直ちに生活に困難をきたす最も弱い立場にあり.仮りに他に就職しても所謂営業防害に
なるような地位にないことも明白である。かかる弱者に対して就職の制限を約束きせることは、たとい場所的に広島 百貨店内の服生地部︵十店以上ある︶に限定しても、被傭者の生活権を脅かし、個人の自由を拘束する虞が十分で、 傭主の利益を保護する必要につき特別の事情の認められない本件においては公序良俗に反し無効であると解するのが 相当である。このことは憲法第二二条に職業選択の自由の保障、同第二七条に勤労の権利を規定しており、旧憲法時 代と異り個人尊重の観念が遙かに進んでい惹現在、国民の権利の最大の尊重を要求している憲法第一三条の趣旨から ︵三︶ も首肯されるところである﹂とした判決がある。 雇用期間中に約一〇年間研究部に属し技術的秘密に関与していた従業者が、退社後まもなく、競業関係にある社会 の取締役に就任した事件において、 ﹁技術的秘密を保護するために当該使用者の営業の秘密を知り得る立場にある 者、たとえば技術の中枢部にタッチする職員に秘密保持義務を負わせ、右秘密保持義務を実質的に担保するために退 ︵2︶ 職後における一定期間、競業避止義務を負わせることは適法・有効と解するのを相当とする﹂としたものがある。 地位の低い単なる手伝人にすぎないような一般従業者については、競業禁止の特約を無効とすべきであるが、使用 者の営業秘密を知りうる地位にあった者には雇傭関係終了後、一定期間競業避止義務を負わせて、使用者の財産であ る営業秘密を保護すべきである。 注(1 ︶ 広島高判昭和三二年八月二八日高裁民集一〇巻六号三六六頁。 ︵2︶ 前掲奈良地判昭和四五年一〇月二三日。 ⑥ 制限の合理性
東洋 法
学 六一営業秘密の保護 六二 従業者に対して雇用関係終了後の競業禁止の特約が有効であるためには、それが合理的なものでなければならな い。たとえば、従業者に対して雇用関係終了後に、長期間日本国内において広い範囲の職種に就職することを禁ずる 特約は、従業者の生計を妨げるものであるから公序良俗に反し無効である。 ︵ま︶ ︵2︶ それでは、いかなる範囲において制限する場合に、特約は有効とされるのであろうか。フランス、イギリスおよび わが国の判例の発展をみることにする. ソランスでは二〇世紀初頭まで、競業禁止が場所的制限、期間的制限があるときは、一般的かつ絶対的 ︵鷺認驚籠 糞懸欝鑑鵜︶ なものではないから有効であるとしていた。たとえば、銀行員に対して雇用関係終了後二年間競業的企 業に就職した場合は、期闘が無期限であっても、場所が限定されているときや.場所が無制限であっても、期閥が限 ︵3︶ 定されているときは競業禁止契約は有効であるとしていた。また.化学技師に対して、五年間人造脂肪製造事業に就 ︵魂﹀ 職することを禁止した特約は有効としていた。 一九三八年の破殿院判決は、競業禁止契約が有効であるためには、従業者が職業活動を正常に行使することによ ︵5︶ り、規則的な生活手段を獲得する能力が確保されていることを要するとした。 その後一九五二年の判決は、雇用関係終了後一年間は銀行業.農業、運輸業および工業を営業目的とするものを除い ては、カメルーンの他の企業に就職しないとの契約について、当時カメルーンには右の四つの企業は存在していなか ったので従業者の再就職を不可能にするものであるとし、契約が有効であるためには、従業者が本来の職業分野で正 常に働くことが可能な状態︵蜀鷺絶瓢募臨.欝巽o巽8機簿鉱Φ影⑦簿︸、8馨竃嘆08霞○器籏ε二紙②馨礪o鷺の︶にお
︵6︶ くものであるときにかぎられるとして、右の契約を無効とした。すなわち、競業禁止契約が有効であるだめには、従 業者が再就職するときに、従業者の属する職業分野で正常に働くことの可能性のあることを必要としている。 ︵7︶ イギリスにおける最古の判例といわれているのは一四一四年のいわゆる紺屋事件である。これは被告が原告の住む 町において六ヵ月間染色業に従事しないという特約をし、もしこれに違反した場合には違約金を支払うというもので あったが、被告がこれに違反した事件である。原告の違約金請求に対して、裁判所はこのような特約はコモン・買ー に反するとの理由で無効の判決をした。その後これと同様な事件において、すなわち徒弟が使用者にノッチンガムで ︵8V 四年間呉服商を営まないという特約をコモン・ローに反するとして無効とした。また、ケント州のカンタベリーまた はロチェスターの町で四年問小間物業︵富ぴ巽留魯禽︶ を営まないという特約をマグナ・カルタに反するとして無効 ︵9︶ とした判決があった。このように古い判例は、営業を場所的または期間的に制限しても、国家の利益に反し無効であ るとしていた。 このように古い判例は、いかなる営業の制限も公益︵公序陰鎮o℃&2︶ に反し無効とされていたのであるが、 菊。σq巽戸評霞層において、家屋の一部である店舗を二一年問賃貸するにあたり、その店舗で賃貸期問中指物業を営 ︵10︶ まないとする特約は、一定の場所と一定の期間に限定されているから有効であるとの判決がなされた。営業制限に関 ︵11︶ する最も重要な判決の一つであり、現行法の基礎になっているといわれているのがζ帥8ぎ一タ園2き箆のである。 これは被告がホルボーン・セント・アンドリウス教区にある製パン所を五年間賃貸するにあたり、その期間内は同教 区内において製パン業を営まないとし、もしこれに違反した場合には三日以内に五〇ポンドの違約金を支払うことを
東洋法学 六三
営業秘密の保護 六四 解除条件として、捺印金銭債務証書を与えたのであるが、この条件が有効か否かが問題となった事件において、一般 的に営業制限︵αQ墜鶏鋤π窃時鉱簿︶は無効であるが、部分的制限︵窟鍵動=窃曽鉱簿︶ は、それが合理的かつ有用な 契約であれば有効であるとした。その理由について、鷺四8圃¢総⇔賦卿は、 ﹁他人が二.一ーカッスルで行なうことが 鶴ンドンの商人にとっていかなる意味があるというのか︵壌訂艸3霧一欝凝鉱ぐε鵬欝鼠霧蓉器難ピ霧瓢宕壌簿酔 欝蕩圃臨触魯欝ぎ譲鞭爆難欝圃潟とといっている。 その後多年行われてきた一般的制限と部分的制限との区別を廃し、制限が有効であるか否かは合理的であるか否か によって決するのが唯一の方法であるとする判例が表われた、それはZ鶏驚鑑鐸ざ 窺鴬臨羅鷺Φ鑓⑫鑑蔓⇔騒瞭撃 識鋳欝嚢簿凶蕪δ鐙 であり、窺繋岡婦轟簿欝卿は.﹁公衆は各人がその営業を自由に営むことに利益を有する。個人 も同様である。個入の営業行為の自由に対する干渉および営業制限はそれ自体、他に何等の事情がないときは、公益 に反して無効である。これが原則である。しかし例外がある。営業の制隈および個人の行動の自由に対する干渉も具 体的事件の特殊な事情によって正当化することもできることがある、制限が合理であれば 合理とは関係当事者の 利益および公衆の利益からみて合理的であり、制限によって利益をうける当事者に適当す保護を与えると同時に、公 衆に対しても害をおよばさないようにすること それは特約を十分に正当化するものであり.かつこれのみが正当 ︵捻︶ 化する唯一のものである﹂と述べた。この事件においては、場所の制限がなく全世界におよび、期間も長期であった が特約を有効としている。 わが国における競業禁止契約に関する判例は明治時代からあった。製紙工に対し、雇用関係終了後に再就職する場
合には、前使用者の承諾を要するものとし、これに違反するときは損害賠償として一定の金額を支払う旨の特約は、 個人の営業を妨害し人身の自由を拘束することなどのおそれがないから公の秩序に反しない契約であり有効であると ︵1 3︶ している。また、神戸市において裁縫もしくは呉服商を営まないとの事項を目的とする特約について、 ﹁良民就職ノ 自由ヲ剥奪シ公ノ秩序二反スルモノニアラズシテ適法ノ雇傭契約ナリ、何トナレバ右営業ヲ為サザル契約ハ期間ニハ ︵猛︶ 制限ナシト錐モ区域ヲ神戸市ト限定シ場所二付キ制限アレバナリ﹂としている。 牛乳販売会社が配達人を雇う際に雇入れの時から二八年聞会社の営業区域である静岡市およびその隣接町村で牛乳 販売店を開かないことの特約について、コ定ノ営業ヲ為ササルヘキ義務ヲ負ハシムル契約ト錐其程度ニヨリ必スシ モ公序良俗二反スルモノニ非ス、而シテ本件契約ハ原番ノ認定スル牛乳販売ヲ営業スル被上告会社力大正二年二 月一七日上告人ヲ牛乳配達人トシテ雇人レタル際上告人ヲシテ解雇後二於テモ会社ノ営業区域タル静岡市及其ノ隣接 町村二於テ会社ノ存立時期ノ満了スル昭和二三年一二月一五日迄牛乳販売ヲ営マサルコトヲ約束セシメタルモノニシ テ斯ル期間区域ヲ以テスル競業禁止ノ特約ハ上告人ノ営業ノ自由ヲ過当二制限スルモノトハ認メ難ク此程度ノ制限ハ ︵お︶ 之ヲ約定スルモ未タ以テ公序良俗二反セサルモノト解スルヲ相当トス﹂と判示している。 最近では、使用者の利益と従業者の不利益を比較衡量して競業禁止の特約が合理的か否かを判断している。競業の 制限の合理的範囲を確定するにあたっては、 ﹁制限の期間、場所的範囲、制限の対象となる職種の範囲、代償の有無 等について、債権者の利益︵企業秘密の保護︶、債務者の不利益︵転職、再就職の不自由︶及び社会的利害︵独占集 申の虞れ、それに伴う一般消費者の利害︶の三つの視点に立って慎重に検討していくことを要するところ、本件契約 東洋 法 学 六五
営業秘密の保護 六六 は制限期間は二年問という比較的短期間であり、制限の対象職種は債権者の営業目的である金属鋳造用副資材の製造 販売と競業関係にある企業というのであって、債権者の営業が化学金属工業の特殊な分野であることを考えると制限 の対象は比較的狭いこと、場所的には無制限であるが、これは債権者の営業の秘密が技術的秘密である以上やむをえ ︵絡︶ ないと考えられ﹂るとしている。 ︵鴛︶ アメリカ契約法リステイトメントは、雇用関係終了後の拘東条項の有効性の主要な決定基準として.第一に当該拘 束条項が使用者の利益を保葵するために必要とする範囲内のものであるか否か、第二に当該拘束条項が従業者に対し て不当な圧迫を課しているか否かということであり.その適用にあたっては.場所、期間.対象職種が考慮されて ︵欝︶ いる。 右にみてきたように、競業禁止契約が有効であるためには.その競業の制限が合理的であることを要し.合理性の 判断に関しては.期間、場所および対象職種が考慮されている。競業禁止の規定を設けているスイス労働契約法も. 競業禁止契約は従業者の経済的生活を不当に臨難ならしめることのないように、期間、場所および対象職種について 相当な制限があるものでなければならず、特別な事情のある場合のみ三年をこえることができる旨定めている︵同法 ︵萄︶ 三四〇条盆︶。 ドイッ商法も商業使用人の競業禁止に関し同様の規定をしている。すなわち、競業禁止契約は.使用 者の正当な取引上の利益を保護するに足りない限度において拘東力を有しないとし.代償の額が場所、時期または対 象職種からみて従業者の生計を不当に困難ならしめる限度においても拘束力を有せず、雇用関係終了後二年以上の期 間にわたって競業を禁止することは禁じられている︵同法七四条3︶。
次に判例をみると、男・韓段節&8βピ巳.︿.ωおαQ象において、使用者からガラスの製造方法につき、それを 供与されていた従業者︵工場長︶に、雇用関係終了後イギリス国内において同種の職業に五年間就職しないとの特約 ︵20︶ を有効としている。これに対し、鵠①は①講ζo讐登ζ“<●留器び才において、エレベーター製造会社の従業者︵製 ︵21︶ 図部長︶に対し雇用関係終了後イギリスの国内において同種の職業に七年間就職しないとの特約を無効としている。 ζ霧象<。ギ・蕊留葺Ω。象ぽσqきα留題才09においては、洋服会社の外交員として買ンドン市内の一支店に雇 われていた者が、雇用関係終了後三年間ロンドンから二五マイル以内または雇用された支店から二五マイル以内の地 域において同種の職業に関係しないとの特約を、従業者の外交区域はその支店からニマイルの区域にすぎなかったの ︵22︶ で、二五マイルという制限は会社の保護に必要な合理的な範囲を超えているとの理由で無効としている。窯8び∼ U象①ωにおいては、弁護士業のように顧客との密接な関係を要するような業務の場合に雇用関係終了後使用者の事務 所から七マイル以内の場所では弁護士として開業しないとの特約は、期間において制限がないが有効であるとされて い23︶。 しる 営業の秘密が製造方法に関する極めて重要なものであり、その製品が全世界を市場とするような場合には、制限は 場所的に全世界に及び、時間的には従業者の一生を通ずるものであってもただち無効とすべきではあるまいといわれ ︵盟︶ たり、技術的秘密の保護は、場所的制限はそれほど意昧がないかもしれないし、また場合によっては対象職種の制限 もあまり意味がないこともあるから、それだけに期間的制限が長期にわたることは一般的に許されないというべきで ︵器︶ あるし、制限に対する代償が考えられなければならないといわれるように、営業の秘密がノウ・ハゥの場合には、場 東洋法学 六七
営業秘密の保護 六八 所的制限をすることは不適当な場合が多い。ノウ・ハゥは、ある国に限定されることなく、秘密に保持されている期 間は世界各国に対して効力を有するものであり、技術が公開されては、その技術的価値および経済的価値は失なわれ てしまうから、判例が、営業の秘密が技術的秘密である以上、場所的に無制限であってもやむをえないというよう ︵26﹀ に、場所的に無制限であってもこれを一概に不合理であるとはいえない。 競業禁止契約の有効・無効を決定する基準としては、期間、場所および対象職種がジ応されるが.これらの三要素 は単なる参照要素にすぎず.また、この三濤は同質の価値をもつものではなく対象職種が重要性を有すると解きれて ハ欝︶ いる.競業禁止は、従業者本来の職業活動.すなわち化学技師については化学技師としての活動、経理職員について は経理醗員としての活動を正常に行使することを妨げるものであってはならず.化学技師に対して、彼が取得した化 学上の知識・技術を活動することをやめさせ.経理職員に対して経理上の知識・技術を新しい職場で用いないように させることにはなんらの合理性がない。彼等にとって最適の載務はそれぞれ化学技師、経理職員としての職務であ り、他の職業活動を行なうことを強制し、化学技師.経理職員として無能化させることまで使用者は要求しうるもの ではなく、こうした使用者の要求を社会としても許要することはできない。雇用期間申に営業秘密を従業者に開示し た使用者が要求しうることは、営業秘密が競争企業で漏洩されないために、競争企業でそれぞれ化学技師、経理職員 ︵28︶ として再雇用されないことを求めるのを限度とすると解されている。競業制限の合理性の判断において、場所、期間 および対象職種の制限を、それぞれ別個に判断するのではなく総合的に判断すべきである。前述の判例において、競 業の制限期間が二年間という比較的短期間であり、制限の対象職種も比較的狭いときは、場所的に無制限であっても
︵29︶ 合理的範囲であるとしているのは妥当である。 なお、従業者が雇用契約終了後に、同業社に再就職した場合には退職金を二分の一に減額するとの特約につき、最 高裁は、 ﹁被上告会社が営業担当社員に対し退職後の同業他社への就職をある程度の期間制限することをもって直ち に社員の職業の自由等を不当に拘東するものとは認められず、したがって、被上告会社がその退職金規則において、 右制限に反し同業他社に就職した退職社員に支給すべき退職金につき、その点を考慮して、支給額を一般の自己都合 による退職の場合の半額と定めることも、本件退職金が功労報償的な性格を併せ有することにかんがみれば、合理性 ︵30︶ のない措置であるとすることはできない﹂との立場をとっている。退職金を二分の一に減額することは、従業者の足 止めを図ろうとする意図があり、間接的には競業避止義務を課したものであるが、他社への就職をある程度の期間制 限することは、職業の自由等を不当に拘東するものではなく、退職金の減額制は功労報償的な性格を併せ有すること にかんがみれば合理性があるとしたものである。 注︵1︶ 詳しくは、後藤清・転職の自由と企業秘密の防衛一三六頁以下参照 ︵2︶ 詳しくは、末延三次﹁雇傭に於ける営業制限の特約ー英米法における男Φの轡嵩ぽ魯無↓茜留の一問題ー﹂法学協会雑誌 五一巻二号一九九五頁以下・同五二巻二号二〇五三頁以下、砂田卓士﹁営業制限︵器鶏蝕馨無#&Φ︶英米法概論二 四五頁以下・同﹁菊①ω簿9馨象↓轟留の一研究﹂現代私法の諸問題︵勝本正晃先生還暦記念︶三九九頁以下、谷口知平 ・英米契約法原理︵普及版︶二四四頁以下、田中和夫。英米契約法︵新版︶二二八頁以下、有賀美知子訳.アメリカ知的 所有権法概説一八七頁以下参照 ︵3︶Ω∼b。①暴審謹。 。”q︾一§﹂﹂ホ
︵4︶Ω‘曽き黛奮90貴翼お。
。9類・・ 。零東洋法学 六九
︵5︶ ︵6︶ ︵7︶ ︵8︶ ︵9︶ ︵鎗︶ ︵難︶ ︵鴛︶ ︵慧︶ ︵擁︶ ︵欝︶ 営業秘密の保護 七〇 Ω︿.鱒零馨︸8G 。”φ題一80 。・㎝る ωQρ︸G 。88ぼΦお紹︶いΩ拶お認辱響謡ぢ ↓竃U器膀、。 。88︵に紅yざφ鱒霞oφ<︸び。9℃轡霧 ︾蓉肇︵一望o 。︶︸鼠○禽費一一拶蕊団拶αQい郊2“転憩 OO蒔暮の質切総竃一韓︵お8y9ρ艶箭o 。謡切お国轟’沁⑦欝一88 ︵麟憲y卜⊃轄 雛鉱o楚︸欝畢 困轡≦圃騨総︸︵慧瓢︶鵬譲雛義魯鱒鋒軍鋤転嚇一む 瓢難画欝.魏磨露鰻薦轟総欝麟篤 瓢簿岡懇麟ぼ叢鰯野︾ぼ鷺鍵階織霧⇔霧蔚︵蕊窯γ轡ρ鐙耕嬢覇 東京控民二判明治三三年︵裁判鷺不明︶新闘三号六頁 大断L民一判畷治四〇年七欝九羅新睡閥四八号五頁 大判昭和七奪一〇月二九謎民集二巻一九号桶九四七頁 営業の制隈が禽理的であるか否かを決める場含には.営業の譲渡の場合と.魔傭の場合とは区別しなければならない。 前者は営業譲渡人の競業を制眼しようとするものであり.後者は雇傭契約敢了後における従業者の競業を鋼隈しようとす るものであるからであ惹。右判例は.これを区別することなく.営業譲渡入の競業避止義務と.雇傭終了後の従業者の競 業避止義務とを同様に解しているから妥当でない。雇傭における営業制限が期聞と場所を制限する特約を有効と解する立 場は.商法第二五条の規定によって判断したものと考えられる。 イギリスにおいても古い判例は.営業譲渡の場合における営業制限の合理性と.雇傭関係の卦含における営業制限の合 理性とを区別していなかったのであるが.霞霧鍛繋窪q鄭婁卿は. 羅繋圃糞−2露階籔蝕醗の鎧蓉Q 。 霧儀︾踏欝燦惣賦馨Oρ評 20a§︷簿︵蕊緯︶︸○絹①において.両者を区別すべきであると指摘した。すなわち.徒弟の場含と.営業の譲渡窪た は組合の解散の場含とは.異なった考慮を要するとする。人は技術を習得して営業を営むために徒弟となるのであり、人 は営業の苦労にたえられなくなったり、営業から隠退したい場合などに営業を譲渡するのである。したがって、営業の譲 渡人と譲受人との間には.使用者と従業者との間におけるよりも、より広い契約の自由が存在することは明確であると述
︵絡︶ ︵1 7︶ ︵娼︶ ︵珀︶ ︵20︶ べている。 その後、この区別は、鍍①ま霞霞貫誌ωζ巨a∼ω舞息ξ︵お♂︶H︸ρ認。 。において、≧臨霧舅卿がグッドウィル ︵αq8阜註δの買売の場舎と、主人と使用人︵謹霧お融きαω禽奉導︶または使用者と従業者︵①響覧2R磐α①導鉱28︶ の場含とは異なることを述べ、また、 同事件におい∼饗陣震卿は、グッドウィルの売買の場合は、譲渡人は競業を禁 止する契約を締結することにょり、譲渡人は有利な条件で売ることができるのであるから、使用者が従業者に競業禁止の 約東をさせる場合とは全く異なるとし、﹁彼の営業のグッドウィルは、われわれが現に生活している条件のもとにおいて は、同様な営業に従事しようとするすべての人︵使用人や徒弟を含めて︶の競争をやむをえずうけなければならない。そ のような場合における使用者は、彼のもっているもの︵グッドウィル︶の保護に努力しているのではなく、他の方法では安 全にすることができない特別な利益をうるためである。わたしは、使用人や徒弟の競業禁止の契約がただそれだけで裁判 所によって支持された例をみない。これが支持されたのは、使用人や徒弟がその就業や訓練︵o導覧2鱒Φ旨簿#伽ぎ一お︶ によって彼を営業において可能な競争者として備えるだけの技能と知識とを獲得したという理由によるものではなく、そ のような知識が使胴者の顧客に影響力をもっているとか、使用者の営業上の秘密を知っているとかの事情によって、もし 競業を許されるならば、使用者の得意先関係を利用しだり、機密の情報を利用したりするおそれがある場合である ︵篤 8鱒需臨鉱8乏①話巴一暑。鼻齢o鼠訂賎く鋤旨おoつ略貰。 。①響滋o器門、の嘗銭Φ8目8ぎ昌・門鼠評ωぎ8同導讐凶8。8詮? 緊芭辱呂邑濤α︶﹂と述べることにより明確にされた。詳しくは、拙稿﹁営業秘密と営業制限−営業譲渡における営業凝 限と雇傭における営業制限i﹂東洋法学一九巻二号一五頁以下を参照されたい。 前掲奈良地判昭和四五年一〇月二三日 菊①器鼠疑博○。糞嬉岳潔㎝一㎝︵餌︶M︵ぴ︶︵お認︶ 江口順一﹁アメリカ不正競業法における営業秘密︵↓峯留ω9話誘︶について﹂松山商大論集一五巻五号七一頁参照。 イタリア民法一二二五条は、期間の制限を上級職員には五年、その他の者には三年を超えることができないと規定して いる。 ω㎝8じ即○ 。刈︵密一〇 。︶ 東 洋 法 学 七一
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︵30︶ 営業秘密の保護 七二 囲} P①○ 。G 。︵お峯︶ }○謡斜 ︵お冨︶ 鱒︾奪P 誤Q O 末延・前掲二〇七五頁 田村諄之輔﹁競業禁止約款﹂労働法判例百選︵第三版︶五七頁 小野・前掲二六三頁.山鶏・前掲四二五頁︵註絡︶ 由購・前掲澱一九頁以下 由舞・前掲鰻一一三頁以下 播麟良承﹁営業上の秘密保持と不正競業し法律時報瞬五巻九号一六二頁、土井輝生﹁営業上の保謹と雇用契約の競業禁 止規.蕪判例研究工業所有権法︵申川・播族“︶鰻二五頁以下.照 燈判照和五二年八月九藤労働経済判例速報九五八号二五頁ω代償措置
従業者の競業禁止契約が有効であるためには、使用者に営業秘密が存在し.他方.その制限の範囲が合理的であっ て、従業者が本来の職業活動を正常に行使することのできるものでなければならないが、そこには利益が対立するこ とがある。この利益を調整するための解決方法として、代償措置が必要となる。 代償の支払の有無によって、競業禁止契約の効力を判断した判例をみると. コ般的に合理的な理由がないのに特 定の職業に就くことを禁ずる契約は、公序良俗に反するものと考えられるけれども、その禁止がある代償を受ける代 わりに課せられた場合は、それが相手方の窮迫に乗じたとか、差別待遇になるとか、これにより著しく独占的傾向を生じ、公正な取引が阻外される結果を来すとか、特別の事由がない限り、これを以って必ずしも公序良俗に反するも のとは認めがたい。ただこの場合でも代償を保有し続ける限り、職業の自由を制限されても巳むを得ないと謂うので あって、その代償は、これを随時返還して、該制限を免れることができるものと解すべきであって、これに反して、 一旦代償を受けた以上、これを返還しても制限を免れることができないと解することは、理由なく職業の自由を制限 ︵i︶ することに帰し、許されないと謂うべきである﹂としている。 右の判決は、代償の支払があるときは、特別の事由がないかぎり、その競業禁止契約は公序良俗に反するものでは ないとし、代償の措置を重視しているのである。しかし、代償金を返還すればいつでも競業禁止契約を解約しうると しており、これによれば従業者の利益は十分に保護しているといえるが、営業秘密を有する使用者の利益は保護され ないことになる。 また、 ﹁退職後の制限に対する代償は支給されていないが、在職中、機密保持手当が債務者両名に支給きれていた こと既に判示しだとおりであり、これらの事情を総合するときは、本件契約の競業の制限は合理的な範囲を超えてい ︵2︶ るとは言い難﹂いとして有効とした判決があるが、その判決中の機密手当については、在職申における機密手当の支 ︵3︶ 給が代償の支払いに該当するか否かは疑問であるといわれており。また、代償といいうるためには、禁止期間の長さ に応じて支払われることが必要であると考えられるから、在職中の機密手当の支払をもって代償の支払いありとみな ︵4︶ すことは無理であるといわれている。 代償措置の必要性について、次のようにいわれている。使用者・従業者それぞれの正当な利益が複雑にからみ合
東洋法学
七三営業秘密の保護 七照 い、これを明確に区別することができない場含、または企業活動と従業者の職業的能力の双方に特殊性がみられる場 合等においては、使用者が企業固有の特殊的知識を完全に保護するためには、競業避止条項は必然的に従業者の個入 的知識・技禰の利用に制約を加え、その正常な職業活動の行使をも抑制する性質のものとならぎるをえない。こうし た従業者の労働の趨由ないし職業的能力に対する不可避的な侵害については、代償措置をとることが唯一の妥当な解 決方法となる。そこで.代償措置は当歓特約の約因臼体を旛旗する。すなわち、代償措讐は当該特約が有効に成立し ︵謬︶ うるための要件そのものであウて.かかる蕎薄、誰件を欠く匹㌧ふ避止乗項は無効とされなくてはならないと. 一般的知識と特殊的知識とに区別し.荘用嘱は特殊的知識である営業の秘密について、従業者に対して雇用関係終 了後に.その使用を制限する徽とができる.しかし.一般的舛譲と特殊的知識とは複雑にからみ合い.実際上、爾者 を明確に区別することは困難な場合がある。また、使用者は.営業秘密を完全に防衛するためには代儀措置によって 解決する方法が最良であろう。今後、企業問の競争が激化し、営業秘密の保護の要誌が強くなればなるほど、営業秘 ︵6︶ 密の保護と従業者の生計維持との利益を謂整するものとして、代償措置が必要となる。代償措置の方法によると従業 者の生活も維持できるからである。 フランスでは.協約により競業禁止の期間等により、最後の給与の三分の︸あるいは三分の二とし、期間が二年を ︵7︶ 超えるときは全額とし、スライドしうるものとされており、西ドイツでは、、,㌧威使用人は最後の給与の二分の一以上 の代償を支払わなければならないとしている︵同商法七四条二項︶。競業禁止契約が有効か否かの判断基準として、 最も重要な有効要件である代債を定めるには、従業者の雇用関係終了後の禁止期間、禁止される対象職種等を考慮し
て、従業者の最後の給与の二分の一以上とし、とくに制限される範囲が広い場合には最後の給与の全額とすべきであ ︵8︶ ろう。使用者は営業秘密を完全に防衛したいと考えるならば、従業者の生活の維持をはかるために従業者の最後の給 与の全額とし、賃上げに対応してスライドしうるものとすべきであろう。 注︵!︶ ︵2︶ ︵3︶ ︵4︶ ︵5︶ ︵6︶ ︵7︶ ︵8︶ 東京地判昭和圏二年二一月二五臼下級民集一八巻一一・ご一号一一六九頁 前掲奈良地判昭和四五年一〇月二三日 田村﹁前掲﹂五七頁 三畠宗彦・﹁競業避止約款の効力﹂労働法の判例五五頁 山口・前掲四二八頁 田村・前掲五七頁参照 後藤・前掲一四七頁以下参照 後藤・前掲九〇頁は、代償が一括払いされた場合においては競業禁止の期間についての定めはなくても、格別の事情の ないかぎり、その期問は代償の額と競業の制限を受ける者の生計費の額とによって自ら定まるところである。その生計費 の額は、西ドイッの最近の立法の傾向からみて、最後の報酬の全額としてもよいが、最低限度の生活の保障という観点か ら、民訴法六一八条の規定にもとづいて最後の報酬の四分の三の額としてもよいであろう。つまり、この程度の額が毎月 の生計に必要な額とみて、その累計が与えられた代償額に達するまでの問は、競業の制限を受けるものと解される。 ⑤ 雇用関係終了原因 有効な競業禁止契約が適用されるのは、使用者の責任による場合ではなく、従業者が自発的に辞職した場合等であ る。辞職については、それがまったく従業者の自発的意思にもとづく場合と、形の上では辞職であっても辞職原因が ︵1︶ もともと使用者側にある場合とは区別しなければならないとされている。すなわち、従業者が使用者の責任に帰すべ 東洋 法 学 七五
営業秘密の保護 七六 き事由なく雇用関係を終了した場合に、競業禁止契約が適用され、再就職が制限されることになる。 ︵三︶ 由爲・前掲四三三頁以下参照 三 競業禁止契約がない場合 企業間の激烈な競争にともない、高度な技術の開発が進められるとともに.相手企業の従業者の引抜きも行なわれ ている.従撫奎鶯は雇用関係綬了後に前使用者の鴬業秘密を保持する縫論を負うか否力、ここでは.従業者に対して雇 用関係終了後の競業禁止の特約がない場合について考える慧とにする. 雇用関係終了後の従業瀞、窃の境.燕避止義務について洋瀬に詳じられたものは少なく、次に紹介する判決、学説ぐらい である.判例は、競,、縫止義務について. ﹁一般に労働者がパ偏関係継続中.右端ゴ9、負担している凱とは当然であ るが、その間に取得した業務上の知識、経験、技術は労働者の人格的財産の一部をなすもので、これを退職後に各人 がどのように生かし利用していくかは各人の自由に属し、特約もなしにこの自由を拘東することはできないと解する ︵i︶ のが相当である﹂とか、 ﹁被告会社退職後の競業避止ないし秘密保持の義務に関し、原被告間に特別の合意事項が存 しないかぎり.原告が被告会社を退職して、自営たると雇用たるを間わず、右経験及び技能を活かし被告と同種の製 造業務に従事することは、これによって被告のいわゆる製法上の秘密が洩れるからといって、毫も妨げられるもので ないし、したがって、原告が右経験及び技能を活かして被告と同種の製造業務に従事する意図をもって原被告間の雇 用関係を終了させるため意思表示をおこなうことは、右意図において被告のいわゆる製法上の秘密の洩れることが予 測されるからといって妨げられるのではないのはもとより、もはやこれに対し就業規則上の懲戒規定をもって律すべ
︵2︶ き事項に属しないといわなければならない﹂としている。 学説においても、 ﹁労働者が、使用されていた企業における仕事に従事していたことから知りえた事項につき、ど の程度に秘密を守る義務を負うかは、それぞれの契約内容や当該の職務の性質に応じて、具体的に検討すべきであり ︵特別の法令上の制限は別として︶、 一般的には、それぞれの契約の根底となる信義誠実の義務以上に、とくに重い ︵3︶ 秘密遵守義務があるとはいえない﹂とか、従業者は雇用期間申に知りえた使用者の業務上や技術上の秘密を不当に利 用してはならず、雇用関係終了後は、特約がないかぎり使用者と競争する仕事に従事することを妨げないと解されて い4︶。 しる 詳細に述べられたものとして、 ﹁原則として、労働契約の終了とともに当事者は契約上の一切の債権債務関係から 完全に解放される。労働者が新しい雇用を探し、新しい労働契約を締結し、あるいは自力で営業するのは彼の自由で ある。旧使用者は以後、彼に対してなにも要求することはできない。労働者は雇用されていた企業に従事していたこ とから知りえた事項についても、特別の法令上の規定ある場合を除いては、当然に守秘義務を負うわけでもない﹂と され、雇用関係終了後においては、上級管理職者についてさえ企業の特殊的知識に関して一般に守秘義務があるとは いえず、労働契約の終了とともに当事者は原則として一切の法律関係から解放される。例外として、競業避止義務を 設定することが合理的であるときにその制約は合法であるが、かかる例外的措置をとることについては特約によらな ︵5︶ ければならないと解されている。 以上の判例・学説は、雇用関係終了後は競業避止義務のないこと、また、例外として、制限する場合には特約によ 東洋 法学 七七
営業秘密の保護 七八 らなければならないとの見解である。 これに対し、雇用関係終了後も信義則上、競業避止義務が存続するとの見解がある。それは、 ﹁一般的にいえば、 労務者が雇用関係の継続申に知りえた使用者の業務上や技術上の秘密を不当に利用してはならないという義務は、雇 用関係の終了後にも、信義則上の義務として存続するといえる。然し、この義務をあまりに広く認めると、労務者で あった者の経済的・社会的活勇、木当に妨げることになる。従って.雇用関係終了後の競業避止義猛については.雇 ハ暮﹀ 傭契約に伴って特約された場合にのみ、しかも合理的な範魍でこれを認めることにしなければならない﹂とする. 野罫鱒薯欝黛∼欝伽O騰漂贈繋鷺講において、従業者は明示の異約がなくても使用者の営業秘蜜を保持する黙 ︵7﹀ 示の義務があるとし、この義務は亙用期間申のみでなく、雇用関係終了後も負うとしている、 スイス労働契約法三一二条&は、従業者は就業中に知りえた製造上の秘密.営業上の秘密のような秘密尊項を労働 関係継続申に利用しまたは漏洩してはならないとし、従業者は労働関係終了後においても使用者の正当な利益の保護 のために必要なかぎり秘密保持義務は存続する旨定めている。 従業者が雇用関係に基づいて開示されまたは知り得た営業上の秘密を.雇用期間申に漏洩することが信義則に反す るということについては疑問の余地がない。問題となるのは.従業者が雇用関係終了後においても競業避止義務を負 うか否かという点である。 前述のように否定説は.使用者の営業秘密に関しては雇用関係終了後において.一般に守秘義務がないとし、雇用 契約の終了とともに.当事者は塚則として一切の法律関係から解放され、雇用期間申に知り得た知識を以後新しい企
業においてみずからの職業活動のために利用することも、みずから企業を起して活用することもまったく自由である としている。 しかし、当事者間の相互信頼性のきわめて強い継続的契約関係、とくに雇用契約においては、その終了とともに一 切の法律関係から解放されるのではなく、その終了後においても、その雇用期間中に知り得たことを秘密にすべき義 務は信義則上の義務として残存し、使用者の営業秘密を不当に他人に漏洩したり、また自分で利用することは許され ︵8︶ ないであろう。継続的契約関係においては、その終了後においても信頼関係を破壊しないようにすべきであるから、 雇用関係終了後においても一定範囲内において競業避止業務は残存する場合があると解する。したがって、雇用関係 修了後は、営業秘密に関して守秘義務がなく、雇用期間中に知り得た知識を自由に利用することができるとの見解は 妥当でない。 契約によって緊密な関係に立った者は、その終了後においても、相手方がその契約関係にあったことのために不当 ︵9︶ な不利益を蒙らないようにしてやる義務があるといわれているように、従業者は、特約がなくても雇用関係終了後に おいて、営業秘密を使用することはできないと解すべきであろう。従業者の競業避止義務は、雇用関係終了後におい てもなお存在するのであるが、それは雇用期間中と比較すると弱いものである。特約がなくても、従業者は雇用関係 終了後に営業の秘密を使用することができないのであるが、使用者が従業者に対し競業活動に制限を加えるときは、 なるべく狭い範囲に制限し、また、制限されても生活できるだけの保障をすることを要する。 注︵三︶ 金沢地判昭和四三年三月二七日判例時報五二二号八三頁。 東洋 法学 七九
︵2︶ ︵3︶ ︵4︶ ︵5︶ ︵6﹀ ︵7︶ ︵慧︶ ︵9︶ 営業秘密の保護 東京地判昭和四七年二月一日労働判例一九七三年二月一日号六一頁 石井照久・新版労働法二五二頁 有泉亨・労働基準法一二二頁以下 山目・前掲四一七頁以下 我妻栄・債権各論︵申巻二︶五九五頁.幾代通・注釈民法︵賂︶四一頁 oo鱒2畷撫 o卜凝瓢蕊回︵鐙餐︶ 土井離欝掲騨三三、翼参照 我妻・債権各論上巻三七頁 八○ 四。む す ぴ 従業者の雇用関係終了後の競業禁止に関しては.使用者の営業秘密の防衛と従業者の生活維持との両面から考慮し なければならない問題である。従業者は雇用関係にある場合には競業避止義務を負うが、雇用関係終了後においても 同様の義務を負うか間題となる。雇用関係終了後は使用者との利益は対立するからである。使用者が自己の企業の従 業者に対し、雇用関係終了後に競業的活動を禁止することは例外的に認めるべきである。 競業禁止契約が有効であるためには.次の要件を具備することを要する。 ①使贋者に競業から保護されるに値する特殊的知識たる営業秘密が存すること。 ② 従業者が雇用期間申に営業秘密を知りうる地位にいたこと。 ③ 従業者の競業制限の範囲が合理的であること。この合理的範囲を確定するには、制限される期間、制限される
場所および制限の対象となる職種の範囲を総合的に判断すべきである。この三要素のなかでも、とくに対象職種 の範囲が重要であり、従業者がその本来の職業活動を正常に行使することができることを要する。 ④代償措置がとられていること。使用者のみが有する特殊的知識は使用者の客観的財産であり、これは営業秘密 であるから従業者は自由に使用することはできない。これに対し、従業者が雇用期間中に習得した一般的知識は 従業者の主観的財産であり、これは従業者の生活を維持するために必要なものであるから、従業者は雇用関係終 了後にこれを使用することができるものであって、使用者はこの使用を禁ずることはできない。しかし、特殊的 知識と一般的知識とは明確に区別することが困難であって、両者を区別することができない場合もあり、また、 使用者が特殊的知識たる営業秘密を完全に防衛するためには、従業者の一般的知識についても制限しなければな らない場合もある。このような場合に、従業者の雇用関係終了後の生活の維持も考慮し、代償措置をとることに よって、競業の制限をすることが最良の解決方法である。 ⑤ 右の要件を具備する場合に競業禁止契約は有効になるのであるが、この有効な競業禁止契約が適用されるため には、従業者が自発的に辞職した場合等であって、使用者の責に帰すべき事由なく雇用関係が終了した場合にか ぎられる。 以上は、競業禁止契約のある場合であるが、競業禁止契約がない場合に、雇用関係終了後の競業的活動を制限する ことができるか否か問題となる。雇用関係終了後の競業避止ないし秘密保持義務に関する特約がないかぎり、従業者 が雇用期間中に習得した知識、経験を活用して、雇用関係終了後に同種業務に従事することも自由であり、また、使 東洋 法 学 八一
営業秘密の保護 八二 用者の特殊的知識に関しても守秘義務があるとはいえないと解されている。しかし、従業者は雇用関係終了ととも に、使用者と一切の法律関係から解放されるのではなく、使用者と密接な関係にあった従業者は、使用者が不当な不 利益を.好らないようにする義務、すなわち、雇用関係終了後においても使用者の正当な利益の保護のために必要なか ぎりは秘密保持義務は存続すると解する。従業者は雇用関係終了後は.雇用期間中よりも競業避止義務の度合いは弱 いがなお一定の範幽内において存翫すると解する。特約がなくても.従業者は雇用関係終了後に営業秘密を使用する ことはできないが.使用者が従業者に競業活祷の制限をするときは.なるべく制限の範鰯を狭くし.また従業者が雇 用関係舵ゴ後に競業の制限をされても生活できるだけの生計斑み十分に支払うことなどによって.生活の保障を琢慮 ︵蓋︶ することが必要であろう︵九とえば、彙後の給与の全癒、を支払う︶。 注 (隻 ) 営業秘密は、①従業腰による侵害のほかに.②第三者による侵害.③契約蟻..煮による侵害から保護しなければならな い。②③については、拙稿﹁ノウ・ハウの概念とその保護﹂特許法50講増補改訂版︵紋谷暢男編︶三鰻頁以下、同・﹁ノ ウ・ハウの救済し工業所所有権法の基礎︵中山信弘編︶二三二頁以下を参照されたい、