いわゆる相続させる旨の遺言についてなされた最高
裁平成3年4月19日判決の残した諸問題に関する一考
察
著者名(日)
岡部 喜代子
雑誌名
東洋法学
巻
45
号
2
ページ
79-109
発行年
2002-03-01
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00000400/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.jaいわゆる相続させる旨の遺言についてなされた最高裁
平成三年四月一九日判決の残した諸間題に関する一考察
岡 部
喜 代 子
はじめに東洋法学
いわゆる﹁誰々に相続させる﹂という文言は、以下のような有利な点があることから、頻繁に利用されている。 ①登録免許税が安い.遺贈であると、一〇〇〇分の二五であるが、﹁相続させる﹂遺言であると一〇〇〇分の六 である.②所有権移転登記が簡便である。遺贈による取得であると、受遺者と相続人との共同申請であるが、相 続させる旨遺言であるとそれにより財産を取得した者の単独申請でよい。③農地の場合許可が不要である。④借 地・借家の場合賃貸人の同意が不要である。 相続させる旨遺言の以上のような利点は、この遺言による財産の取得が、相続による取得、すなわち、死亡を 要件とする一般承継であるところの財産の移転であることを根拠とする。このように、相続による取得であると 79いわゆる相続させる旨の遺言についてなされた 最高裁平成3年4月19日判決の残した諸問題に関する一考察 するならば、それによる財産の取得者は、取得した財産を遺産共有するはずで、したがって、遺産分割を経て、 はじめて単独取得できることとなると解されていた。一方、遺言者の意図は、遺言者の死亡により、相続させる 旨遺言の対象となった当該財産が、それを取得するとされた者に、遺産分割を要さずに、直ちに移転するという もの︵この効果を、以下﹁権利移転的効力﹂という。︶であった。 そこで、この相続取得と権利移転的効力という相矛盾する︵と考えられていた︶効果を、どのように解決する かについて、さまざまな説が存在した。 二 いわゆる相続させる旨の遺言の性質に関する学説・判例 ⑭ 遺 贈 説 遺贈であると解する立場である。遺言の効果発生により、遺産分割を経ないで、相続させるとされた者に対す る権利の移転が生ずるという効果を認めようとする解釈である。 理由として述べられているのは、①民法が認める財産処分行為は遺贈のみである、遺産分割方法の指定も相続 分の指定も財産処分行為ではない、②遺産分割方法の指定は遺産分割の基準を示すものである、③持戻免除の意 思表示によって相続分指定を含む遺産分割方法の指定と同様の効果を生じさせることができるので、相続分指定 ︵−︶ を含む遺産分割方法の指定という類型を認める実益がない、などである。 実務家にも支持がある。その理由として、①遺言者の意思、つまり権利移転的効果を生じさせたいと考えてい 80
る、②相続分については考慮の外であるという遺言者の意思は、九〇三条を使うとよく合致する、③相続人以外 ︵2︶ の者への財産処分との平灰を合わせることができる、などが挙げられる。 判例では、東京地判昭和六二年一一月二四日︵判タ六七二号二〇一頁︶がある。理由は、①直ちに権利移転の効 果を生じさせようとするのが遺言者の意思である、②民法は遺贈を中心に規定しているのだから民法の規定する ように意思解釈すべきである、ということである。
東洋法学
⇔ 遺産分割方法の指定説 これに対し、前記相続させる旨遺言の相続承継による利点を重視する立場は、遺産分割方法の指定説をとる。 この説も、権利移転の効果をどのように認めるかによって、いくつかの立場に分かれる。 第一は、権利移転的効力はない、遺産分割協議又は審判が必要であるとする立場である。遺言者の死亡により 対象物は遺産共有状態となる。取得者は、遺産分割協議・審判により目的物の所有権を取得することになる。相 ︵3︶ 続による一般承継をそのまま理論的に展開した説である。学説の支持も大きかった。 判例は、東京高判昭和四五年三月三〇日︵高民集壬二巻二号一三五頁、多田判決︶後、長期間この立場であった。 ︵4︶ ︵5V この立場には、相続分指定を含むと解する説が多いが、これに反対する説もある。 ︵6︶ 第二は、遺産分割を経ずに、取得者が目的物に対する権利を取得することができるとの立場である。判例にお いて、この見解の嗜矢となったのが、東京高判昭和六三年七月二日︵判タ六七五号二六六頁、武藤判決︶である。 81いわゆる相続させる旨の遺言についてなされた 最高裁平成3年4月19日判決の残した諸問題に関する一考察 判決理由は、遺言によって定められた遺産分割方法の指定以外の遺産分割は、協議によっても審判によっても不 可能なのであるから、遺言によって指定された相続人が遺言による財産取得の意思を表明した後の手続は無用で ある、そこで、遺言によって指定された相続人が当該財産に関する優先権を主張した時点で、その限度において 遺産の一部の分割の協議が成立したものと評価するのが相当である、というのである。その後、大阪高判平成二 年二月二八日︵判時一三七二号八三頁、日野原判決︶は権利取得時期を、遺言の効力発生時に早めた。 第三が、遺言の効力発生時に遺産分割が終了するとの立場である。前記武藤判決が上告された後に主張された。 遺産分割方法の指定が、フランス法の尊属分配に由来するものであるところ、尊属分配の制度は、尊属が遺言で 財産を分配すると、そのとおり遺産分割ができたことになる、日本民法の遺産分割方法の指定も同様の効果を有 ︵7︶ する、という。 日 特殊処分説 ﹁相続させる﹂との遺言は、遺言者の死亡と同時に遺産分割の協議を要さずに財産が移転する遺贈でない特殊の ︵8︶ 処分である、という説が主張された。理由は、①九六四条はこのような遺言処分を禁じていない、②遺言者の意 思に合致する、ということである。 82
三 最高裁平成三年四月一九日第二小法廷判決︵民集四五巻四号四七一頁、以下四二九判決という︶
東洋法学
以上のような状況であったところ、最高裁は以下のような判決を下した。 [事案] 被相続人は甲野花子、相続人は夫甲野太郎、長女甲野松子、二女乙野竹子、三女丙野梅子の三名、乙 野二郎は竹子の夫である。遺言は四通あり、その内容は以下のとおりである。 遺言1 C∼Fの土地は﹁乙野一家の相続とする﹂ 2 A、Bの土地は﹁乙野の相続とする﹂ 3 Gの土地は﹁乙野二郎に譲る﹂ 4 Hの土地の持分四分の一を﹁丙野に相続させて下さい﹂ [一審]遺言1を乙野竹子・二郎への各二分の一ずつの共有とする趣旨と解し、遺言1と遺言3の乙野二郎に 対する分は遺贈、その他は遺産分割方法の指定とした上、分割方法の指定による取得部分につき、遺産分割を経 ていないので遺産共有の状態にあると法定相続分による共有を認定した。 [二審] ︵前記武藤判決︶遺言の解釈は一審と同一である。 [最高裁] ﹁﹃相続させる﹄趣旨の遺言、すなわち、特定の遺産を特定の相続人に単独で相続により承継させよ うとする遺言は、前記の各般の事情を配慮しての被相続人の意思として当然あり得る合理的な遺産の分割の方法 を定めるものであって、民法九〇八条において被相続人が遺言で遺産の分割の方法を定めることができるとして 83いわゆる相続させる旨の遺言についてなされた 最高裁平成3年4月19日判決の残した諸問題に関する一考察 いるのも、遺産の分割の方法として、このような特定の遺産を特定の相続人に単独で相続により承継させること をも遺言で定めることを可能にするために外ならない。したがって、右の﹃相続させる﹄趣旨の遺言は、正に同 条にいう遺産の分割の方法を定めた遺言であり、他の共同相続人も右の遺言に拘束され、これと異なる遺産分割 の協議、さらには審判もなしえないのであるから、このような遺言にあっては、遺言者の意思に合致するものと して、遺産の一部である当該遺産を当該相続人に帰属させる遺産の一部の分割がなされたのと同様の遺産の承継 関係を生ぜしめるものであり、当該遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからせたな どの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして被相続人の死亡の時︵遺言の効力の生じた時︶に直ちに当 該遺産が当該相続人に相続により承継されるものと解すべきである。﹂ 四 残された問題点 e 右四・一九判決は、前記一において述べた、相続させる旨遺言に関する相矛盾する要請をともに充たす内 容であって、画期的なものである。これにより相続させる旨遺言は、その効力を十分発揮することができること となった。すなわち、相続承継でありしたがって低い登録免許税率でありながら、遺産分割を経ないで権利移転 的効力が認められたのである。しかし、それであればこそ、理論的な困難がつきまとう。 ①相続分指定を含むか、②遺留分減殺請求権行使の可否・方法、③残余財産の分割に当たり相続させる旨の遺 言がどのように斜酌されるか、④放棄の可否・方法、⑤取得者が遺言者死亡前に死亡した場合の措置、⑥負担付 84
東洋法学
相続させる旨遺言の効力、⑦第三者に対抗するための対抗要件の要否、⑧寄与分算定上の制約になるかどうか、 ⑨包括相続させる旨遺言の効力、などである。 前記各問題点に関する、四・一九判決の態度は以下のとおりである。 ︵9︶ ①については触れていない。 ②については、﹁場合によっては、他の相続人の遺留分減殺請求権の行使を妨げるものではない﹂と述べ、可能 であることは明示するが、その性質、方法については不明である。 ③については、﹁遺産分割の協議又は審判においては、当該遺産の承継を参酌して残余の遺産の分割がなされる ことはいうまでもないとしても、当該遺産については、右の協議又は審判を経る余地はないものというべきであ る﹂というが、どのように参酌されるかは不明である。 ④については、相続放棄説のようである。﹁その者が所定の相続の放棄をしたときは、さかのぼって当該遺産が その者に相続されなかったことになる﹂という。 ⑤∼⑨については触れていない。 口 このような状況下で、﹁相続させる﹂旨の遺言に対する遺留分減殺請求の方法に関する最高裁平成一〇年二 月二六日第一小法廷判決︵民集五二巻一号二七四頁、以下二・二六判決という。︶が示された。ただし、この判決の判 示事項は、﹁相続人に対する遺贈と民法一〇三四条にいう目的の価額﹂であって、相続させる遺言に対する遺留分 減殺請求の方法ではない。 85いわゆる相統させる旨の遺言についてなされた 最高裁平成3年4月19日判決の残した諸問題に関する一考察 [事案] 遺言の内容は、いずれも相続人である、四女︵被告︶に不動産A∼Dを相続させる、長男の子四名に 不動産E、F、Gを相続させる、長女、二女、三女、五女に不動産Hを相続させる、妻︵原告︶に現金預貯金動 産一切を相続させる、というものである。 [判旨] ﹁相続人に対する遺贈が遺留分減殺の対象となる場合においては、右遺贈の目的の価額のうち受遺者の 遺留分額を超える部分のみが、民法一〇三四条にいう目的の価額に当たるものというべきである。⋮⋮そして、 特定の遺産を特定の相続人に相続させる趣旨の遺言による当該遺産の相続が遺留分減殺の対象となる場合におい ても、以上と同様に解すべきである。﹂ 判示事項ではないとはいえ、最高裁の判決がなされたので、実務的には相続させる旨の遺言に対する遺留分減 殺請求は、遺贈と同様の方法によって行われることになるであろうことが予想される。しかし、これがどのよう ︵−o︶ な意味をもつのか、どのような根拠に基づくのか、検討されなければならないであろう。 五 検 討 8 フランス民法 四・一九判決は、遺産分割完了説であるので、前記遺産分割方法の指定説の第三説、即ち水野、島津説の影響 があるものと思われる。そこで、尊属分配とはどのようなものであるかを見てみたい。 フランス法は﹁第一章相続﹂﹁第二章生前贈与と遺言﹂という編成を取っている。﹁第一章相続﹂では、相続の 86
東洋法学
開始から分割の終了まで、ほぼ日本民法と同様である。第二章は、第一節から第五節までは、贈与と遺言の一般 規定、能力、遺留分、贈与、遺言に関する定めが続く。第六節以降が特別の恵与に関する定めであり、第六節は、 贈与者又は遺言者の孫又は兄弟姉妹の子のために許される処分、第七節が尊属によって行われる分配、第八節、 第九節は夫婦財産契約による処分である。第七節中に贈与分配と遺言分配が定められている。また、遺言には、 ︵11︶ 包括遺贈、包括名義遺贈、特定遺贈しかない。 尊属財産分配とは、﹁父母その他の直系尊属がみずから自己の財産を推定相続人である子その他の直系卑属のた ︵12︶ めに分配すること﹂である。尊属分配には、贈与分配と遺言分配がある。共通する要件は、①尊属死亡の時点に おいて存在する子または直系卑属で相続権を有するすべての者を受益者としてなされなければならない、②分配 ︵13︶ は相続人間の平等の原則を守らなくてはならない、という二つであり、贈与分配には贈与の、遺言分配には遺言 の各要件を必要とする︵一〇七五条︶。贈与分配の効果は贈与として生じる︵一〇七七条の二︶。遺言分配はもっ ぱら遺産分割の効果を生じる︵一〇七九条︶。その結果尊属死亡のときに直系卑属は相続人の資格で受益する。直 系卑属は相続を承認しなければ遺産分割に与ることができない。また、遺言分配はもっぱら遺産分割としての効 力を有するから、直系卑属は遺言分配の利益を放棄するときには、もはや新たな遺産分割を要求することはでき ない︵一〇七九条︶。 分配のなされた財産は、相続分の前渡しとして直系卑属各自が有する遺留分から差し引かれる。ただし、分配 財産が無償先取の分与であり、かつ、相続分とは独立的なものとしてなされた旨の明示がある場合にはこの限り 87いわゆる相続させる旨の遺言についてなされた 最高裁平成3年4月19日判決の残した諸問題に関する一考察 でない︵一〇七七条︶。 分配に与らなかった者、または分配財産が遺留分に充たない者は、分配から漏れた財産でその遺留分を充たす ︵11︶ に足る財産が相続開始の時に存在しない場合は、すでになされた分配につき減殺の請求をなし得る︵一〇七七条 の一︶。 伊藤教授は、尊属分配について、生前処分としてなされれば贈与として効力を生じ、遺言処分としてなされれ ︵14︶ ば遺贈として効力を生ずるという。 島津教授によれば、﹁遺産分配の法的性質については、かつてさまざまな議論が行われたが、遺贈と分割との性 質を合わせ持った独特な法律行為とすることで、一旦は議論が落ち着いたかにみえる。しかし、尊属分配などを 含めた民法典の改正論では、形の上では遺贈であるが、遺言の全趣旨からみて遺言分配とみられる場合には、可 能な限り相続のレベルで問題の解決を図ろうとする傾向がみられるという。この理論によれば、遺産分配は、遺 産共有の状態を経ないで遺産分割の効果を生ずるものと捉えられている。﹂遺言分配の後各相続人の取得分を調整 ︹15︶ することは許されず、遺言分配の効果が生じた後相続人に許されるのは遺留分減殺請求だけであるという。 松川助教授によれば、尊属分配の法的性質は、﹁恵与︵つまり生前贈与と遺贈︶固有の要件に従いつつも、その 本質は分配であると理解されているという﹂。また、尊属分配は、主として、卑属たる相続人間の公平を志向して いる、単独相続の実現を目指したものではないことに注意を要する、贈与分配では必ず公証人が関与している、 ︵16︶ 遺言分配はあまり利用されていないといわれているが、遺贈と混同されているようである、ということである。 88
東洋法学
遺言分配の法律上の性質については、長らく争いがあったが、分割の効力があるという立法により決着を見たと ︵17︶ のことである。 山畠教授によれば、﹁フランス民法は、そもそも遺産分割方法の指定を一般的には認めず、ただ直系尊属が直系 卑属に対してのみ、ローマ法に由来する遺言分配とフランス古法に由来する贈与分配の二方式のいずれかによっ て遺産の分配をすることを認める。いわゆる尊属分配とよばれる特殊の恩恵処分であり、これは一般的な遺産分 配の制度ではないから、他の遺産分配方法たとえば遺贈との区別が全く問題とならない﹂。また、相続分指定の制 ︵18︶ 度はない。 尊属による遺言分配に対する遺留分減殺は、贈与分配の遺留分規定が準用される︵一〇八O条︶。そして、さら に、それは生前贈与に対する遺留分減殺の規定に従うこととされている︵一〇七七条の二︶。 以上によれば、遺言分配により、遺産分割の効力が生じ、かつ、それは遺言の効力発生と同時に生じるもので あることがわかる。しかしながら、その法律的性質が遺贈であるか相続であるか、すなわち、恵与であるか相続 であるかは問題である。遺言分配が体系上恵与の一種と位置付けられていること、遺留分減殺は生前贈与と同様 の扱いがなされること、フランス法には相続分指定の制度がないことからすると、立法により分割の効力が生じ ることが明示されたとしても、その法的性質は甚だ曖昧なものといわざるを得ないのではないだろうか。 89いわゆる相続させる旨の遺言についてなされた 最高裁平成3年4月19日判決の残した諸問題に関する一考察 ⑫ 立法経過 民法九〇八条は、改正前の一〇一〇条である。この条文の趣旨について、法典調査会において、穂積委員は、 ﹁分割ト云フコトニ付テモ或ハ分割者ノ間二財産上親族近親ノ間二成ル可ク面倒ヲ避ケマス為メニ分割ノ方法ヲ 定メルト云フコトモアリマス⋮⋮色々ナ斜酌ガアリ得ルソレ等ノ受ケル者ノ便利ヲ謀ッテ被相続人ガ之ヲ許スト ︵19︶ 云フノハ最モ必要ナコトデアラウト思ヒマス﹂と説明している。権利移転的効力を認めるかどうかについては触 れていない。また、相続分指定との関係については﹁相続分ノ割合ヲ定メルト云フノデナクシテ分割ノ方法ヲ定 ︵20︶ メルト云フコトヲ許シマスノモ甚ダ必要デアリマス﹂﹁相続財産ノ高ヲ極メルト云フ方ハ相続分ノ方ニナリマス其 ︵21︶ 相続ノ高二付テ是ハ斯ウ云フモノト云フコトハ方法デアリマセウ﹂と説明し、この両者が概念的には別のもので あるが関連しうるものであることも認めていると思われる。参照条文には、フランス法、ドイツ民法草案ともに あげられている。 梅博士は、一〇一〇条の趣旨を﹁被相続人ハ甲ノ財産ヲ以テ必ス太郎ノ手二在ラシメ乙ノ財産ヲ以テ必ス次郎 ノ手二在ラシメント欲スルコトアルヘク或ハ又相続人力被相続人ノ死後二於テ遺産ノ分割二付キ争訟ヲ醸スノ弊 ︵22︶ アルヲ慮リ予メ其方法ヲ定メ⋮⋮以テ相続人ヲシテ之二服従セシメント欲スルコトアルヘシ﹂と説明する。そし てその前段において﹁第二百五十八條二依レハ分割ハ共有者ノ協議二由リ其方法ヲ定ムルヲ本則トシ唯其協議調 ハサル場合二於テ之ヲ裁判所二請求スヘキモノトセリ然ルニ遺産ハ素ト被相続人ノ自由ノ処分権内二在リシモノ ニシテ且遺産相続ハ主トシテ被相続人ノ意思二依ルヘキモノトセルカ故二本条二於テハ被相続人力自ラ分割ノ方 90
東洋法学
︵23﹀ 法ヲ定メ又ハ第三者ヲシテ之ヲ定メシムルコトヲ得ル旨ヲ定メタリ﹂と述べて、遺産分割方法の指定を、協議、 裁判とならぶ遺言による分割と考え、その後さらに協議、分割を要さないと考えていたものと解することができ るのではないだろうか。 遺産分割方法の指定に対する遺留分減殺については、﹁例ヘハ一万円ノ財産ヲ有スル被相続人力甲ノ財産ヲ以テ 太郎二与へ乙ノ財産ヲ以テ次郎二与フヘシト定メタル場合二於テ太郎ト次郎ト同等ノ相続権ヲ有スルモノトシ甲 ノ価九千円ニシテ乙ノ価千円ナリトセハ相続人力直系卑属ナランニハ次郎ハ更二太郎ヨリ千五百円ヲ受クヘク ︵24︶ ⋮⋮﹂というが、相続分指定が含まれているのかいないのか、遺留分減殺が相続分指定とどのような関係にある のかははっきりしない。ただ、遺留分を害する遺産分割方法の指定があり得る、と考えていることははっきりし ている。一〇〇六条の相続分指定に対する遺留分減殺については、﹁例ヘハ子三人アル場合二於テ其甲、乙ハ嫡出 子ニシテ丙ハ庶子ナリトセンニ被相続人⋮⋮力相続分ヲ定ムルニ当リ少クモ甲及ヒ乙二各総財産ノ十分ノニ、丙 ︹25V 二十分ノ一ヲ与ヘサルコトヲ得ス﹂と述べ、減殺を要すると解しているのかどうかも問題であるが、いずれにし ろ、相続分としての遺留分割合が確保されるとするのである。一〇〇六条の説明と一〇一〇条の説明を比較して みると、一〇一〇条においては具体的な金額をもって返還することとしているので、遺産分割方法の指定に対す る遺留分減殺は、遺贈に対する遺留分減殺に近いように思われる。 91いわゆる相続させる旨の遺言についてなされた 最高裁平成3年4月19日判決の残した諸問題に関する一考察 ㊧ 学 説 柳川勝二教授は、﹁被相続人力第千十一条ノ規定二従ヒ予シメ分割ノ方法ヲ指定シタルトキト錐モ遺産相続人ハ ︹26︶ 直チニ其分割部分ノ確定的権利ヲ有スルニアラスシテ其全体二付キ相続分二応シタル権利ヲ有スルモノトス﹂と いう。また、﹁如何様ニモ其方法ヲ定ムルヲ得ヘク其選択シタル方法ハ恰カモ共同相続人自身相互ノ間二協議シテ 分割ノ方法ヲ指定セル場合ト異ナラサル効果ヲ有スヘキカ故二仮令其内容二多少妥当ヲ失スルモノアリトスルモ 之二対シ不服ヲ唱フルヲ許サス﹂としたうえ、註において、﹁佛法ハ共同相続人ノ相続分均等ノ原則ヲ徹底センカ 為メ各共同相続人二於テ一物二付キ其一部分ヲ有スヘキコトヲ望メリ︵民法第八百三十二條︶從テ被相続人自身 力分割ヲ為ストキト錐モ右同條ノ規定二從フコトヲ要スト為スヲ同國學者ヲ通説トス⋮⋮然レトモ斯ノ如クスル トキハ経済上ヨリ見テ極メテ不利盆ナルヘシ例ハ被相続人力一筆ノ耕地ヲ有ストセハ此ノ土地ハ敷人ノ共同相続 人二均分セラレルヘカラス其結果殆ント無意味ナル小耕地ヲ生スルコトト為ルヘシ此故二濁逸ノ如キハ之ヲ共同 相続人ノ一人二譲リ其ノ者ヲシテ他ノ共同相続人二補償セシムルコトト為セリ西班牙亦然リ我民法ハ濁逸法二從 ヒ分割ノ方法ハ如何二指定スルモ被相続人ノ随意トセルヲ以テ斯ル経済上不利益ナル分配ヲ為スコトナカルヘク ︵27︶ 此点二於テ被相続人ノ分割方法指定ヲ認ムル寛盆アルナリ﹂と主張する。ドイツ法に従う説が、すでに大正七年 に現れていることは興味深い。 牧野菊之助教授は、﹁被相続人ハ相続人ノ性質目的其他種種ノ事情ヲ知悉シ或者ニハ甲ヲ与へ或者ニハ乙ヲ与ヘ ント欲スルカ如キ実際上ノ必要ヲ感スルコトアルヘシ﹂と、立法趣旨を説明したうえ、﹁被相続人力分割ノ方法ヲ 92
東洋法学
定メタルトキハ相続人ハコレニ反スルコトヲ得サルハ論ヲマタス﹂と述べて、相続人による遺産分割を予定する ︵28︶ ようである。 近藤英吉博士は﹁之によって、相続財産の分割に関して共同相続人間に生ずることあるべき紛争を予防し、被 相続人の経験に基き或は共同相続人の能力を判断して、適当なる財産の帰属を定むる利益があるのみならず、相 続財産をその性質、用法に従って充分に利用することを得せしめ、徒に之を細分して利用の効果を減殺すること ︵29︶ なからしむる点に於て、極めて有益なる制度として、ローマ法以来多くの立法例の採用するところである﹂、﹁之 によって各共同相続人の相続分が変更せられる結果を生ずるときは、分割方法の指定は、同時に相続分の指定と ︵30V して観察せらるべく、従って遺留分に関する規定に違反するを得ない﹂と述べて、遺産分割方法の指定に相続分 指定が含まれ得ること、遺留分減殺は相続分指定に対するものになると解するようである。その上で﹁分割の方 法として、被相続人⋮⋮が、相続財産に属する個々の物又は権利を、個別的に各共同相続人に帰属せしめたとき ︵3 1︶ は、分割を実行する余地はない﹂とも述べて、遺産分割を要せずして相続人は財産を取得するとするもののよう である。 永田菊四郎教授は、﹁被相続人は、遺言で、みずから分割の方法を定め、又はこれを定めることを第三者に委託 することができる﹂との記述の後、﹁この場合には、共同相続人は、必ず指定された方法に従って分割せねばなら ︵3 2︶ ぬ﹂という。 ︵33V 中川善之助博士も﹁分割方法の指定がなされている場合には、この指定に従って分割されなければならない﹂ 93いわゆる相続させる旨の遺言についてなされた 最高裁平成3年4月!9日判決の残した諸問題に関する一考察 とされる。また、﹁⋮⋮価額が法定相続分を超える場合は原則として法定相続分の変更であり、それは相続分の指 定を含む分割方法の指定ということになる﹂、遺留分を侵害する場合は﹁減殺の結果として⋮⋮全遺産の六分の一 を取得することになる﹂、そして被相続人のする分割方法の指定というのは、遺産に属する財産をどのように配分 ︵3 4︶ するかということに関する指示であって、手続としては、協議・調停・審判を要するという趣旨を主張している。 我妻博士は、﹁民法では、相続分の指定と分割方法を定めることを区別しているが、実際には、区別が困難であ ︵35V り、その必要もない。﹂と説明して相続分指定が含まれることを当然のこととし、遺留分の問題が生じることを認 める。遺言のほかに改めて分割を要するかどうかについては直接触れていないが﹁分割の方法を定める遺言がな ︵36︶ いときには、各共同相続人は、協議を開いて、分割方法を定めなければならない﹂とする。 山本正憲教授は、﹁被相続人は、遺言で分割方法を指定することができ、この場合にはその指定に従って分割さ ︵37︶ れなければならない﹂と、新たな分割が必要との趣旨を明示している。 以上のように、遺言による遺産分割方法の性質が、遺産分割の一方法であること、相続による承継に関する定 めであって相続分の指定を含みうるものであることは一致している。しかし、権利移転的効力については、立法 当初の考え方、そして初期学説は、遺産分割を要しない遺言による遺産分割を認めていたが、その後ドイツ法に 従う説が現れ、それが後の多数説、判例を形作ったようである。水野助教授の指摘するように債権的効力しか認 ︵3 8︶ めないドイツ法の影響を受けたものといえよう。こうしてみると、権利移転的効力を認めることは立法者意思及 び立法当時の考え方に反するものではないことがわかる。 94
東洋法学
四 遺産分割方法指定遺言の効果 前述のとおり、遺産分割方法の指定は、立法経過及び学説により、遺産分割の一方法と位置づけられており、 それは、民法が、遺言による遺産分割方法の指定を遺産分割の款に位置させ、協議・審判による分割と同等に扱っ ているという体系上の位置と一致し、肯定できるところである。こうしてみると、日本民法は遺産分割方法の指 定遺言による財産移転を相続による一般承継として位置づけているといえよう。このような点からすると恵与の 一態様という体系上の地位を有するフランス法の遺言分配をもって、直接の沿革と判断してよいかどうかについ ︵39︶ ては、若干躊躇せざるを得ない。しかしながら、フランス民法が、権利移転的効力を有する分割方法の指定遺言 制度を有し、立法者もその制度を参照し、立法者の意思としても権利移転的効力がないとは考えていなかったこ ︵40︶ とは、権利移転的効力を認める根拠になりうるものと考える。そして前述したように、四・一九判決により、実 務的にも相続させる旨遺言に権利移転的効力が認められることとなった。こうして、相続させる旨遺言により相 続させるべきものとされた目的物の所有権等は、遺言者すなわち被相続人死亡と同時に取得者に移転するのであ る。 そこでこの部分だけ見てみると、前主から当該財産のみを承継する特定承継であるところの遺贈と同様の効果 を生じるものであるので、権利移転の性質が相続承継であるとしても、遺贈と同様に取り扱うことができるので はないかということが問題となるのである。 95いわゆる相続させる旨の遺言についてなされた 最高裁平成3年4月19日判決の残した諸問題に関する一考察 国 遺留分減殺の対象 前記のとおり、遺産分割方法の指定が、相続承継であるということに着目すると、相続分指定が含まれる場合 もあることになり、相続分指定が遺留分を侵害するときは相続分指定に対する遺留分減殺を行うことになる。ま た、相続分指定が含まれないのであれば遺留分減殺の余地がない。 しかし、遺贈と同様の権利移転的効力を有することに着目するならば、遺贈と同様の取扱いをすることも可能 なのではないかということが問われる。すなわち、遺産分割方法の指定が権利移転的効力を有したことにより、 目的物は遺産分割を要さずに取得すべきとされた者に帰属する。その目的物は遺産分割の対象財産から外れるこ とになる。この点において、遺産性を有さない遺贈の目的財産と同様の性質を有する財産ということになる。そ こで、遺贈と同様に扱うことが許されると解することが可能になるのである。二・二六判決も同様の結論を述べ ︵40︶ る。遺贈と同様に扱うということは、遺留分減殺の対象は遺産分割方法の指定そのものということになる。 このように、遺産分割方法の指定に対する遺留分減殺を遺贈と同様に扱うことは、理論上当然ということでは なく、かつまた、理論的に認められないことでもないのであって、理論的に可能であるというものである。そこ で、その方法を選択することが望ましいかという問題となる。この点について水野助教授は、﹁遺産分割方法の指 定は、遺言者自身による遺産分割の効果を有すると解すべきだが、しかしそれは1現象面では 遺産の無 償処分という性格を併せ以ている。⋮⋮無償処分の制限を目的とする遺留分減殺請求の対象となることはむしろ ︵4 2︶ 当然﹂と主張する。 96
東洋法学
遺贈と同様に扱うことになると、遺贈に対する遺留分減殺と同様、遺留分額の算定は一〇二八条以下の規定に 基づいて行われ、その際遺産分割方法の指定遺言の目的物は、遺留分算定の基礎となる財産に加算され、減殺の 意思表示により遺留分侵害額に相当する目的物の共有持分が物権的に減殺者に移転することになる。そして再度 の遺産分割はなされない。残遺産があるときは残遺産の分割のみが行われ、相続させる旨遺言の内容は九〇三条、 九〇四条によって調整されることになる。 このような結果は、遺贈と相続させる旨遺言とが同時に行われた場合の処理が簡潔であること、遺留分減殺の 結果、目的物の共有持分自体が遺留分権利者に移転するので、遺留分権利者の現実の利益に合致すること、遺留 分減殺がなされても遺産分割を要することにならず、相続させる旨遺言に権利移転的効力を認めた趣旨によく合 致すること、法定相続分が多い場合は相続分指定があり、少ない場合は相続分指定がないという従前の考え方に 合致する、などから、その選択は是認できるものと考える。このように解するならば、減殺の順序も遺贈と同順 ︵43︶ 位となると解すべきである。 この説の問題点は、遺産分割方法の指定に対する減殺が条文にないこと︵一〇三一条は遺贈と贈与に対する遺 留分減殺のみを認める︶、遺留分減殺において寄与分を考慮できないということである。条文にない点は、そもそ も性質が異なるのでやむを得ないところである。いはば類推適用ということになろう。寄与分については、それ ︵44︶ を考慮して被相続人が遺産分割方法の指定を行ったのだとみるしかないであろう。 これに対し、相続承継であるということから相続分指定に対する遺留分減殺となると解すると、遺産分割によ 97いわゆる相続させる旨の遺言についてなされた 最高裁平成3年4月19日判決の残した諸問題に関する一考察 る調整を行うことになるので、早期に相続関係を安定させたいという遺言者の意思に反するほか、遺留分減殺に ︵45︶ より、相続分が物権的に移転するのかどうかはっきりしていないという欠点がある。しかし、遺留分減殺の結果 ︵46︶ 修正された相続分による遺産分割を行うので、寄与分を考慮できるという大きい長所がある 因 相続分指定の有無 そこで、相続分指定を含むかどうかを検討する。その前提として、相続承継・特定承継と相続分指定とがどの ような関係にあるかを整理しておかなければならない。 日本民法が定める遺言による財産処分の態様は、遺贈、遺産分割方法の指定、相続分指定の三種である。これ らが相互にどう関連するかについて、鈴木禄弥教授は﹁相続法講義﹂︵旧版︶において詳細に論じられた。﹁﹃甲に A家屋を与える﹄という遺言は、典型的な特定物遺贈であるが、遺産分割に際しA家屋を甲に帰属せしめる拘束 力をもつ点では、遺産分割方法の指定の意味をもつといえるし、さらに、この遺言が、﹃甲にはA家屋しかやらな い﹄ないし﹃甲には他の相続人に比しA家屋だけよけいにやる﹄、という意味を含むときは、それだけ甲の法定相 続分率︵額︶が修正されることになるから、相続分指定の意味をも含む、といえる。⋮⋮相続人間の遺産分配に 関する具体的な遺言の内容は、上述のようにしばしば二重・三重の性格をもち、それを遺贈・相続分指定・遺産 分割方法の指定のどれか一つであると解釈する必要はない。:⋮重要なのは、むしろ、遺言でなされているある 相続人へのある財産の割り当てがイ限定的なのか⋮シ台先取的なのか⋮⋮ハ中立的なのか⋮⋮を判定すること 98
東洋法学
︵47︶ で、結局、遺言者の意思解釈の問題である。﹂と論じている。ところが、﹁相続法講義改訂版﹂では、﹁なお、この 甲の遺言が例外的に 遺産分割方法の指定ではなくて 特定物遺贈と解されるべき場合にも、乙が結局取 得しうるのは、遺言が遺産分割方法の指定と解される場合と、ほとんど差はない。しかし、この場合には、乙は、 Aを相続以外のルートからえたことになり、それによってかれの法定相続分率が変更されたわけではないから、 この遺言は、相続分指定の意味はもたないこととなり、ただ、かれがAを特別受益として取得しているがゆえに、 かれの具体的相続分率が影響されるという法的構成を採られる点が、ωの場合と異なってくるのである﹂と全く ︵48︶ 改訂されている。 この点については、以下のとおり考える。民法は、遺贈を、相続人外の者に対して財産を取得させることがで きる︵民法は非相続人に対する遺贈を原則と考えている。︶制度としている。相続ではない財産移転としているの である。遺贈は、相続による承継ではなく、目的物を遺言の効力により受遺者に移転する特定承継なのである。 すなわち、相続とは別個の原因で財産が移転するのであり、遺贈の目的物は相続による移転から外される。した がって、遺贈自体は、相続分の適用のない部分となるのである。このような意味で、遺贈は相続分には全く関係 がなく、遺産分割にも関係がない。遺贈がたまたま相続人に対して行われたとしても、その性質が変わるわけで はないから、遺贈による財産取得は特定承継である。そして、遺贈による財産取得は、九〇三条、九〇四条によ り、調整される。遺贈に相続分指定が含まれることはありえない。これに対し、相続分指定は相続承継における 法定相続分と異なる相続分の指定であるから、相続承継のみにかかわるものである。前掲鈴木教授の﹁相続法講 99いわゆる相続させる旨の遺言についてなされた 最高裁平成3年4月19日判決の残した諸問題に関する一考察 義改訂版﹂の論述に全面的に賛成したい。 以上の通り、遺留分減殺について遺贈と同様に扱うということは、同時に、相続させる旨遺言には、相続分指 定が含まれ得ないということを意味することになる。もともとは、遺産分割方法の指定は相続による移転である から、相続分指定を含みうるものであったが、権利移転的効力を認められたことによって、遺贈と同様の扱いが 可能となり、遺留分減殺についても遺贈と同様に扱うことによって、特定承継と同様に扱うこととなり、その結 果、相続分指定も含まないこととなったと解することができる。 遺贈ではなく遺産分割方法の指定であるから、遺贈と同様に扱っても相続分指定があり得るのではないかとい うことが一応問題になりうるかもしれない。しかし、そう考えると途端に、遺留分減殺の対象は何なのか、どの ように遺留分侵害額を算定するのかという難問に突き当たる。前述の理論上の問題点のほかに、実務上も不可能 ︵49﹀ というほかはない。 ただ、ここで、以下のような点が問題となろう。たとえば、遺産一億円を有する被相続人が、法定相続分二分 一を有する相続人Aに一〇〇〇万円の甲土地を遺贈し、これ以外与えない趣旨であるとき︵いわゆる限定的な場 合︶、相続分指定が含まれると解するべきではないかという点である。この場合、甲土地は相続ではなく、遺贈に よりAに移転する。そして、その部分は相続ではないので、相続分指定の対象に入らない。それ以上与えないと いう相続分指定は、残遺産についてなされるものである。つまり、相続分指定としては、Aの相続分を零とする、 という内容なのであり、一〇分の一︵一億分の一〇〇〇万︶という指定にはならないのである。Aの遺留分が四 100
一 分の一であれば、相続分指定に対する遺留分減殺により、Aは、残遺産から一五〇〇万円相当︵一轟×州−一〇。O司︶ を取得することができる。 こうしてみると、相続分指定を含まないというのは正確ではないのであって、遺贈部分は相続分指定の範囲に 含まれないというべきであろう。もっとも、いわゆる先取的遺贈は九〇三条、九〇四条で同様の結果を生じさせ ることができるから、相続分指定と解する必要のある場合は極めて少ないであろうし、全遺産を割り付けた遺贈 も相続承継部分がないので相続分指定は含まず、前記限定的な場合のみ、残余財産部分に関する相続分指定があ り得るに過ぎない。ただし、その意思解釈は慎重を要する。 遺産分割方法指定遺言についての遺留分減殺を遺贈と同様に扱うという前記の考え方によれば、以上はすべて 遺産分割方法の指定遺言による財産取得について当てはまることになる。すなわち、相続分指定は含まれないと いうことになる。
東洋法学
@ 対抗要件の要否など その他の論点に関しては、原則的な考え方は相続承継におき、権利移転的効力に関する部分は遺贈と同様に扱 うことになろう。 第三者に対する主張に対抗要件が必要かどうか、という点については、相続分指定を含まず、遺贈に準じる扱 いをするべき権利移転と考えるならば、特定承継たる遺贈と同様、第三者にその権利取得を主張するには対抗要 101いわゆる相続させる旨の遺言についてなされた 最高裁平成3年4月19日判決の残した諸問題に関する一考察 件を要すると解すべきである。なぜなら、彼は、その物件を前主たる被相続人から直接取得したのであって、無 権利ではないからである。また、その権利移転の原因には、被相続人の意思が大きくかかわっているのである。 この二点において、相続承継とはいえ、権利移転に対抗要件を必要とする根拠がある。利益考量からしても、最 終的な権利取得であり、かつ、単独申請が可能であるにもかかわらずこれをしないでおいて、第三者に対抗でき ︵50︶ るというのは妥当ではなかろう。 囚 寄与分算定の基礎 寄与分算定の基礎から控除することは、 ︵51︶ 遺贈と同様に扱うことから認められてしかるべきであろう。 ㈹ 包括相続させる旨遺言の効力 全部包括相続させる旨遺言、﹁全財産をAに相続させる﹂という遺言は、相続分指定か、遺言分割方法の指定か。 理論的にはどちらもあり得るのであって、問題は、どちらと解することが遺言の意思に合致し、かつ、合理的な 意思解釈といえるのか、ということである。このような観点からは、一人の相続人が全財産を取得する旨の遺産 ︵52︶ 分割はありうること、全部包括遺贈と同様に考えれば権利移転効力を認めることができることからすると、遺産 分割方法の指定と解するのが遺言の意思に合致し、かつ、合理的である。遺留分減殺についても全部包括遺言と 同様に扱うべきである。 102
割合的包括相続させる旨遺言、例えば﹁全財産の四分の三をAに相続させ、四分の一をBに相続させる﹂とい う遺言は、相続分指定か、遺産分割方法の指定か。全財産の四分の三をAが、四分の一をBが取得する旨の遺産 分割は遺産分割として不完全であること、相続財産の一個一個について持分四分の三と四分の一の共有ないし準 共有により権利移転効力が生ずると解することは、不可能ではないが著しく不自然であることからすると、相続 分指定と解することが合理的であろう。 六 問題の背景
東洋法学
ところで、相続させる旨遺言に対する遺留分減殺を、遺贈と同様に扱うか、相続分指定に対する減殺と考える かという対立は、結局のところ、実際の問題としては、遺留分減殺によって遺産分割をやり直し、寄与分を考慮 するかどうかということに帰着するのである。そして、これは、遺言者の意思を重視するか、相続人間の公平を 重視するかという対立であり、さらに、当事者の自由を重視するか、家庭裁判所の後見的機能を重視するかとい う立場の違いに帰着する。 遺贈準用説の立場からは、次のような主張がなされる。﹁高齢化社会の到来、平均寿命の伸長、出生率の低下、 核家族の進行等で、親が死亡したときの子の年齢は四〇歳以上に達していること、さらに、不動産価格の異常な 高騰、均分相続主義の国民への浸透に対する反作用により、つぎのような現象が現れている。一九八六年の総理 103いわゆる相続させる旨の遺言についてなされた 最高裁平成3年4月19日判決の残した諸問題に関する一考察 府の調査でも、親の世話と相続について、﹃親の面倒を見る子供だけが相続する﹄一九・三パーセント、﹃親の面 倒を見た子が多く相続する﹄が三八・九パーセントで、双方で六割に近く、このような対価相続意識を持つ者は 年齢を問わず年々増加している。これに対し、﹃親をみる、みないにもかかわらず、均等に相続する﹄と答えた者 は一九パーセントで、二割にもたらない。対価相続意識を持つ者の九割が遺言の活用を考えており、このような ことが最近、遺言を利用する者を増加せしめた一因とも考えられる。また、このような状況は法定相続は遺言相 続を補完するものという民法の原則に近づきつつあることを示しているとも思われる。すくなくとも、相続法の 解釈としては、平等の相続分を受ける相続人の諸事情を考慮するよりも被相続人の意思を優先せしめる解釈をす ︵53︶ ることの方が実情に合うと考えられる。﹂ これに対し相続分指定減殺説は遺言の実情を、﹁遺言による相続財産の処分は必ずしも合理的なものとは限られ ない。我が国においても、近時遺言制度はかなり活用されるに至っているのであるが、被相続人が死期が迫り、 身体的に衰弱し、精神的に不安定な時期に遺一言をすることが多く、そのためか、一緒に居住し、被相続人の世話 に努め、またその遺産の維持増加に貢献した、当然遺言で配慮しなければならない妻や長男に対しては遺産を分 配せず、長年被相続人を顧みず、たまたま入院中に見舞いに来たに過ぎない二男や三男に多くの遺産を﹃相続さ せる﹄とした遺言の事例や、一旦は、遺言の維持増加に特別の寄与をした妻や長男に相当の財産を﹃相続させる﹄ との配慮をした合理的な遺言がなされていたのに、なんらかの心境の変化を来したのか、あるいは感情上の齪齪 があったのか、突如としてその遺言を取り消し、何ら遺産の維持増加に寄与をしていない二男や三男に多くの遺 104
産を﹃相続させる﹄との遺言をするような事例に遭遇することも多い﹂と把握したうえ、遺産分割の協議、調停、 ︵5 4︶ 審判を通じて、寄与分を含め遺産の合理的な分配をはかるのが妥当ではないか、と主張するのである。 四・一九判決、二・二六判決、いずれも遺言の効力強化の方向である。高齢化社会を迎え、遺言時代になろう としている現在、遺言者の意思を早期に実現することが求められているのではないだろうか。救済を要するケー スについては、個別の手だてを考えるということでまかなえないものだろうか。なお、検討してみたい。
東洋法学
4321
︵5︶76
︵8︶ 注 伊藤昌司﹁相続分の指定を含む遺産分割方法の指定﹂判タ六四三号一四四頁。 橘勝治﹁遺産分割事件と遺言書の取扱い﹂現代家族法体系5相続H五八頁。 山本正憲・注釈民法︵25︶二九三頁。 中川H泉・相続法︹第三版︺二三六頁、高木・口述相続法六二頁、有泉亨・新版親族法・相続法[補正第二版]一 六九頁等。 右近健男﹁特定の財産を特定の相続人に﹃相続させる﹄旨の遺言の意味﹂大阪府立大学経済研究三五巻二号二一四 頁。しかし、右近説は、理論的には含みうることを前提として、相続人の平等という観点から相続分指定は含まない と解すべきであるという。 久貴忠彦・民法講義8相続・一八一頁、加藤永一・新版注釈民法㈲五九頁。 水野謙﹁﹃相続させる﹄旨の遺言に関する一視点﹂法時六二巻七号八二頁、島津一郎﹁分割方法指定遺言の性質と 効力﹂判時一三七四号五頁、松川正毅﹁特定の相続人に﹃相続させる﹄旨の遺言は遺贈かそれとも遺産の分配か﹂法 学教室一三七号一〇〇頁。 瀬戸正二﹁相続させるとの遺言の効力﹂金法一二一〇号七頁、倉田卓次﹁﹃相続させる﹄の所有権移転効﹂公証制 105いわゆる相続させる旨の遺言についてなされた 最高裁平成3年4月19日判決の残した諸問題に関する一考察 ︵9︶ ︵10︶ 24 23 22 21 20 19 18 17 16 15 14 13 12 11 度百年記念論文集二六六頁。 ただし、塩月秀平判事は本判決判例解説において、コ般承継をもって相続人の原則的な意思解釈とし、また、こ れに対する遺留分減殺請求のあり得ることを説示しているところからみると、本判決が、果たして、相続分を超える 場合の﹃相続させる﹄との遺言を遺贈と解して法律関係を繁雑にすることまでを意図していたものと理解できるかは 疑わしい。﹂と述べる︵最高裁判所判例解説民事篇平成三年度一二一頁︶。 野山宏判事は本判決判例解説においては、﹁本判決は、いわゆる相続させる遺言による相続も遺留分減殺の対象と なることを主論においてはじめて明示的に認めた判例としても重要性を有する﹂︵法曹時報五二巻一号二七六頁︶と、 また、床谷教授は、﹁遺留分減殺の対象となる場合に遺贈の場合と同様に解すべきと判示しているが、多くの点で遺 贈の取扱いに準じることについては異論もあり得る﹂︵本件判批私法判例リマークス一九九九上八七頁︶と、指摘し ている。 法務大臣官房司法法制調査部編・フランス民法典 家族・相続関係 。 山口俊夫・概説フランス法上五四二頁。 山口・前掲五四二頁、松川正毅﹁フランス法における尊属分配﹂比較法研究四九号一四〇頁。 伊藤昌司﹁共同相続人への遺言処分﹂法雑三六巻三・四号七九八頁。 島津・前掲六頁。 松川・前掲比較法研究四九号一三九頁。 松川・前掲法学教室一三七号一〇一頁。 山畠正男﹁相続分の指定﹂家族法体系W二七〇頁。 法典調査会民法議事速記録七[商事法務研究会版]五八一頁。 前掲速記録五八一頁。 前掲速記録五八二頁。 梅謙次郎・民法要義巻之五・コニ四頁。 梅・前掲一三四頁。 梅・前掲一三五頁。 106
東洋法学
39 3837 36 35 3433 32 31 30 29 28 27 26 25 ︵40︶ 梅・前掲二二頁。 柳川勝一マ日本相続法註釈上六三五頁。 柳川・前掲六四四頁。 牧野菊之助・日本相続法論一二〇頁。 近藤英吉・相続法論下六〇七頁。 近藤・前掲六〇八頁。 近藤・前掲六〇九頁。 永田菊四郎・新民法要義第五巻相続法一六七頁。 中川善之助・民法大要親族法・相続法二四二頁。 中川善之助・相続法[法律学全集]一七三、一七四、二一六頁。 我妻栄・改正親族・相続法一九六頁。 我妻・前掲一九七頁。 山本・前掲二九三頁。 水野・前掲八二頁。 伊藤教授は、﹁フランス法の尊属分割の主は贈与分割であり遺言分割は従であるが、贈与分割から切り離して遺言 分割だけを窃み取る﹂ことは適当でなく、﹁受益者に限定のない尊属分割は、法の矛盾である﹂という︵伊藤昌司﹁特 定の遺産を特定の相続人に﹃相続させる﹄趣旨の遺言の解釈﹂ジュリスト平成三年重判八三頁︶。 体系上の位置、条文の体裁は、むしろ、ドイツ法に近いのである。その二〇四八条は、遺産分割の一種として被相 続人の分割指定を認め、﹁被相続人は、終意処分によって分割のための定めをすることができる。被相続人は、特に 第三者の公平な裁量に従って分割を行うことを定めることができる。この定めに基づいて第三者が行う指定は、それ が明らかに不公平であるときは、相続人を拘束しない、この場合、指定は、判決によって行う﹂と規定し、ドイツ民 法は債権的効力しか認めない︵以上、太田武彦・佐藤義彦編、注釈ドイツ相続法三九三頁、三九四頁︶。ドイツ法は、 遺贈も債権的効力しか有しないのであるが、これは物権変動において形式主義を採る結果であると説明されている ︵阿部浩二・注釈民法㈲一四四頁︶。そうであれば、分割方法の指定遺言について債権的効力を有する理由が物権変動 107いわゆる相続させる旨の遺言についてなされた 最高裁平成3年4月19日判決の残した諸問題に関する一考察 ︵41︶ 4342 ︵44︶ ︵45︶ ︵46︶ 論によるものか、遺産分割方法の指定独自の理由によるものかは、別途検討されなければならないであろう。 相続させる旨遺言は遺産分割方法の指定遺言の一態様である。そこで、権利移転的効力を有するのは相続させる旨 遺言のみであるのか、遺産分割方法の指定遺言全部であるのか、という問がありうる。しかし、これは、遺贈におけ ると同様、物権変動論に従うのである。即ち、他の障害がないかぎり遺言の効果が発生した時に権利が移転する。目 的物が特定していない場合は、特定したときに権利が移転する。この意味では相続させる旨遺言に限る必要はなく、 遺産分割方法の指定全部が、障害のない限り権利移転的効力を有すると解してよい。 水野・前掲八三頁。 有地亨コ﹃相続させる﹄旨の遺言と目的財産の帰属、二遺言の対象となった土地の合筆、分筆及び一部処分と遺 言の効力﹂私法判例リマークス一九九一下八六頁、加藤永一﹁﹃誰々に相続させる﹄旨の遺言の解釈﹂判タ六八八号 三四七頁、島津・前掲七頁、半田吉信﹁四・一九判決判批﹂ジュリスト九九六号一〇九頁、西口元﹁﹃相続させる﹄ 遺言の効力をめぐる諸問題﹂判タ八二二号四八頁、反対、瀬戸・前掲九頁。 右近教授は、限定承認の場合、財産分離の場合に不都合が生じると批判する︵四二九判決判批・判例評論三九五 号四〇頁︶。 沼邊愛一﹁﹃相続させる﹄旨の遺言の解釈﹂判タ七七九号一六頁、森野俊彦﹁遺言 ﹃相続させる﹄旨の遺言に ついて﹂判タ九九六号一四五頁、青野洋士﹁﹃相続させる﹄趣旨の遺言と遺産分割﹂現代裁判法体系一一巻二〇〇頁。 伊藤教授の、﹁相続分の指定が減殺されたら何故に遺産分割方法の指定も減殺されることになるのか、不可解である﹂ ︵伊藤昌司・前掲判タ六四三号一四七頁︶との批判は重要な指摘である。相続分指定に対する減殺によって減殺され るのは相続分指定であるが、遺産分割方法の指定にどのように影響を及ぼすかは問題である。遺産分割方法の指定は 影響を受けず、後に減殺によって修正された相続分によってさらに遺産分割がなされ、調整されるのみであるという のが最も簡潔である。一方、指定相続分が実質的な権利であるとの考え方から、減殺により減殺者に帰属した一部相 続分が、目的物上の共有持分として、減殺者に属することになるとの解釈があり得るかもしれないが、困難であろう ︵注49参照︶。 沼邊愛一﹁﹃相続させる﹄旨の遺言の解釈﹂判タ七七九号一六頁、森野俊彦﹁遺言 ﹃相続させる﹄旨の遺言に ついて﹂判タ九九六号一四五頁、青野洋士﹁﹃相続させる﹄趣旨の遺言と遺産分割﹂現代裁判法体系二巻二〇〇頁。 108