88 心筋ミオシン重鎖遺伝子と心臓病 (循環器小児科)松岡瑠美子 心臓の発達過程における筋収縮機能,即ち:①発達 における筋収縮機能の仕組み,②発達,ホルモン,機 械的刺激もしくは薬物により引き起こされる筋収縮と 心筋アイソザイムの変化などの分子細胞レベル.での機 構を知るため,筋収縮の仕組みにおいて大ぎな役割を 果たしている心筋ミオシソ重鎖(MHC)遺伝子に着目 して実験,観察を行った..まずヒト心筋ゲノムMHC 遺伝子の単離を行い,この遺伝子がヒト染色体14番 q11.2−q13に存在することをつぎとめた1)2).従来ヒト
骨格筋MHC遺伝子は染色体17番に存在することが
確認されており,ヒト骨格筋MHC遺伝子と同様にヒト心筋MHC遺伝子も同じ染色体17番にあると考え
られてぎたが,実際は17番染色体上ではなく,14番染 色体上にあることを我々は確認した.この事実は,各 種筋細胞のMHC遺伝子は,それぞれ異なった染色体 上に存在する可能性を示唆するものである,実際我々は,その後ヒト平滑筋MHC遺伝子が染色体16番の
q123),さらにヒト堺筋B型遺伝子が染色体22番の q11.2に位置していることを確認し,各種筋細胞の MHC遺伝子は,それぞれ異なった染色体罰に存在す ることを証明した.次に我々は,ヒト心筋α一MHC遺 伝子の全アミノ酸配列の決定を行い,既に報告されて いるヒト心筋β一MHC遺伝子,ラット心筋αおよび β・MHC遺伝子の全アミノ酸配列との比較検討を行っ た.ラットではATPase,アクチン,ミオシン軽鎖な ど,ミオシン蛋白との結合部位を含む8ヵ所のdiver− gent areaが存在す、るが,ヒト心筋α一MHCでは LMM部分におけるdivergent areaが認められず, ラットおよびヒト心筋β・MHCとアミノ酸配列が等 しかった.このLMM部位は, thick mamentの形成 と関係しており,ショウジョウバエにおいてこの部位 の;nutationが起こると, sarcomereの構築に重要な 役割を果たすthick且lamentの完全な形成障害を起こ すことが報告されている.また,小さな動物で心拍数 の多いもの(ラット 350/分)は,大きな動物で心拍 数の少ないもの(ラビット 200/分)に比べ,同じレ ベルのα一MHCアイソザイムであってもより速い収 縮速度を有することがわかった. 心筋MHC遺伝子と心臓病に関してふれてみる. 1989年,・・一バード大学のSeidmanのグループにより 肥大型心筋症が多発する4世代,78人にわたる大家系 の家族性肥大型心筋症(FHC)の遺伝子の連鎖解析に より,FHCが14番染色体長腕q11・q12にある遺伝子と 密接な関係があると報告した4).さらに彼らは,14番染 色体上の長腕q11.2−q13の部位に心筋MHC遺伝子があることに注目し,FHCは心筋MHC遺伝子と深く
関連していることを示した.その後彼らは,25のFHC 家系を調べ,約50%にあたる12の家系における肥大型 心筋症の患者全例に,・β一MHC遺伝子のエクソンの点 突然変異を確認している5).心筋ミオシン重鎖はATP 活性部位,アクチンとの結合,ミオシン軽油との結合 部位など多くの重要な機能を持った頭部と,ミオシン 重鎖固有の太いフィラメントを形成する尾部,さらに 両三をつないでアクチン分子の上をミオシソ頭部が首 振り運動をするために折れ曲がるヒンジの部分に分け られる.FHC家系の肥大型心筋症患者における点突然 変異が,頭部とヒンジ付近に集中していること,この 近傍のアミノ酸配列がアメーバーから人類までかなり 正確に保存されていることにより,変異したミオシン 分子の機能に深く関わっている可能性が示唆される.上記の研究の他にα鎖のMHC遺伝子エクソン35の
点突然変異を示した我々の例6)を含め,現在いくつか のミオシン重鎖遺伝子異常が報告されている.さらに心筋MHC遺伝子は, T細胞受容体α鎖遺伝子
(TCRA)とNP(nucleoside phosphorylase)遺伝子 に近接していることが知られている.我々はこのこと に注目し心筋炎による心筋症の発症.と,心筋MHC遺 伝子またはT細胞受容体α鎖遺伝子の異常の有無と の関係を検討中である. 1)Matsuoka R, Chambers AP, Kimum M et al: Molecular cloning and chromosomaUocaliza・ tion of a.gene coding for hulnan cardiac myosin heavy−chain. Am J Med Gen 29:369−376,1988 2)Matsuoka R, Yoshida CM, K:annda N et al: Human cardiac myosin heavy chain gene mapped w}thin chromosome region 14qlL2・ q13.AmJMedJ32:279−284,1989 3)]Matsuoka R, Yoshida CM, Furutani Y et al: Human smooth muscle myosin heavy chain gene mapped to chromosomal region 16q12. Am JMed Gen 45:in press,1993. 4)Jarcho JA, Mcke瀧na W, Pare JAP et al: Mapping a gene for familial hypertrophic car− diomyopathy to chromosome 14q1. N Engl J Med 321;1372−1378,1989 5)Watkins H, Rosenzweig A, Hwang I)一S et al: Characteristics and prognostic implications myosin missense mutations in familial hyper− trophic cardiomyopathy. N Engl J Med 326: 1108−1114, 1992 6)松岡瑠美子,古谷道子,高尾篤良ほか:肥大型心筋 一1082一89 症における心筋ミオシン重鎖DNA遺伝子の制限 酵素による切断部位の多型.Jpn Circ J 55:183, 1991 特別講演 赤血球酵素異常による遺伝性溶血性貧血 本学輸血部客員教授 沖中記念成人病研究所所長 日本人類遺伝学会理事長 三輪 史朗 赤血球形態に特別な異常を認めない,遺伝性非球状 性溶血性貧血と呼ばれる1群の中から,ピルビソ酸キ ナーゼ欠乏(異常)症をはじめ,十数種の赤血球酵素 異常症が見出され,現在ではその病態が遺伝子レベル で論じられるようになってきた.ここでは,人類遺伝 学の立場から,これら疾患の発見と歴史,臨床,病態, 診断について述べるが,近年の病態の遺伝子レベルで の解析にも焦点を当ててみたい.