『平家物語』源頼朝礼讃記事異文考 : 画題奥州征
伐・上洛錦絵を読む
著者
信太 周
雑誌名
文林
巻
42
ページ
29-48
発行年
2008-03-20
URL
http://doi.org/10.14946/00001576
﹃平
家
物
語
﹄
源
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周
『平家物語』源頼朝礼讃記事異文考 一 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ に 展 開 す る 義 経 の 末 路 に 言 及 し て 、 早 川 厚 一 に よ る 、 ・ 義 経 と 頼 朝 と の 直 接 的 な 対 立 を 避 け 、 む し ろ 頼 朝 と の 対 立 に 巻 き 込 ま れ て い く 義 経 を 描 く 方 法 と 、 延 慶 本 を 初 め と す る ﹃ 平 家 物 語 ﹄ が 、 都 か ら 奥 州 に 逃 げ た 義 経 の 最 期 を 記 さ な い こ と と は 無 縁 で は な か ろ う 。 ( ﹁ ﹃ 平 家 物 語 ﹂ の 成 立 源 義 経 像 の 形 象 ﹂ ﹃ 名 古 屋 学 院 大 学 論 集 ( 人 文 ・ 自 然 科 学 篇 ) ﹄ 、 41 巻 1 号 ) と の 指 摘 は 興 味 深 い 。 も っ と も 、 ﹃ 吾 妻 鏡 ﹂ に も 収 録 す る ﹁ 腰 越 状 ﹂ を 欠 く 延 慶 本 等 が 、 ︿ 日 来 不 儀 の 聞 え あ る に よ つ て 、 た ち ま ち に 御 気 色 を 蒙 り 、 鎌 倉 中 に 入 れ ら れ ず ﹀ (﹁ 吾 妻 鏡 ﹄ 元 暦 二 年 五 月 廿 四 日 条 ) と の 記 事 に 反 し 、 平 宗 盛 父 子 を 護 送 し て き た 義 経 が 頼 朝 に 見 参 す る 場 面 を 設 定 し て い る ー こ と は 異 本 論 に 属 す る こ と で あ る が 、 こ の 場 面 、 頼 朝 と 義 経 と の 対 面 の あ っ た こ と を 記 さ な い 、 現 在 、 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ の 定 本 に 位 置 付 け ら れ る こ と の 多 い 高 野 本 の 該 当個 所 脚 注 で は 、 延 慶 本 な ど 広 本 系 諸 本 は 、 義 経 は 頼 朝 と 一 度 対 面 し た こ と に な っ て い る 。 こ の よ う に 一 度 も 対 面 が 許 さ れ な い こ と に し た の は 、 義 経 の 悲 劇 を 強 調 し よ う と す る た あ で あ ろ う 。 (梶 原 正 昭 ・ 山 下 宏 明 校 注 ﹃ 平 家 物 語 ﹂ 、 新 日 本 古 典 文 学 大 系 所 収 、 岩 波 書 店 刊 ) と 説 明 さ れ て い る 。 ︿ 義 経 と 頼 朝 と の 直 接 的 な 対 立 V に 関 す る 、 異 本 化 作 用 の 顕 著 な 例 と 言 え よ う 。 と こ ろ で 、 大 方 の ﹃ 平 家 物 語 ﹄ が 、 ︿ 今 日 陸 奥 国 に お い て 、 泰 衡 、 源 豫 州 を 襲 ふ 。 こ れ か つ は 勅 定 に 任 せ 、 か つ は 二 品 の 仰 せ に よ つ て な り 云 々 ﹀ (﹃ 吾 妻 鏡 ﹄ 文 治 五 年 閏 四 月 光 日 条 ) と あ る よ う な 窮 極 の ︿ 義 経 と 頼 朝 と の 直 接 的 な 対 立 ﹀ と も 称 す べ き 義 経 最 期 談 を 記 さ な い な か で (拙 稿 ﹁ 源 義 経 の 末 路 ー 画 題 義 経 蝦 夷 渡 錦 絵 を 読 む ﹂ 、 ﹃ 文 林 ﹂ 41 号 ) 、 義 経 最 期 以 後 の 頼 朝 得 意 の 場 面 を 画 題 と す る 錦 絵 が 目 に つ く 。 例 え ば 、 頼 朝 の 奥 州 征 伐 。 ﹃ 吾 妻 鏡 ﹄ に は 、 ︿ 義 経 、 泰 衡 に 襲 は れ 自 殺 す ﹀ (文 治 五 年 閏 四 月 岩 日 条 。 貴 志 正 造 訳 注 ﹃ 全 課 吾 妻 鏡 ﹂ 、 新 人 物 往 来 社 刊 の 記 事 見 出 し に よ る 。 以 下 同 じ ) 以 降 の 頼 朝 の 動 静 に つ き 、 ︿ 奥 州 追 討 の 宣 旨 を 重 ね て 請 ふ V (同 五 月 廿 五 日 条 ) 、 ︿ 宣 旨 を 待 た ず 追 討 を 決 意 す ﹀ (同 七 月 十 六 日 条 ) 、 ︿ 奥 州 追 討 軍 の 部 署 を 定 む V (同 十 七 日 条 ) 、 ︿ 頼 朝 奥 州 に 進 発 す V (同 十 九 日 条 ) 等 詳 細 な 記 事 が 展 開 す る 。 奥 州 征 伐 の 終 結 、 ︿ 泰 衡 の 残 党 討 滅 の 事 を 京 に 報 ず V (同 九 月 十 八 日 条 ) 、 ︿ 奥 州 合 戦 の 勲 功 賞 を 行 ふ V (同 廿 日 条 ) 、 ︿ 頼 朝 、 鎌 倉 に 還 向 す V (同 廿 八 日 条 ) 、 ︿ 頼 朝 鎌 倉 に 帰 著 、 消 息 を 京 に 進 ず ﹀ (同 十 月 廿 四 日 条 ) に 至 る ま で 延 々 四 ヶ 月 に 亘 る 遠 征 、 こ の 間 の 、 ︿ 頼 朝 白 河 の 関 を 越 ゆ V (同 七 月 廿 九 日 条 ) 、 ︿ 泰 衡 、 阿 賀 志 山 中 心 に 防 衛 す ﹀ ( 同 八 月 七 日 条 ) 、 ︿ 阿 賀 志 山 の 合 戦 ﹀
『平家物語』源頼朝礼讃記事異文考 ︿ 泰 衡 奥 方 に 退 却 、 国 衡 逃 亡 す ﹀ ︿ 国 衡 討 死 す V (同 十 日 条 ) 、 ︿ 泰 衡 を 追 ひ て 平 泉 に 向 ふ V (同 廿 一 日 条 ) 、 ︿ 泰 衡 、 郎 従 河 田 次 郎 に 誹 せ ら る ﹀ (同 九 月 三 日 条 ) 、 ︿ 河 田 泰 衡 の 首 を 持 参 し 、 諜 せ ら る ﹀ ︿ 泰 衡 の 首 を 昊 く ﹀ (同 六 日 条 ) 等 の 戦 況 報 告 は 、 お よ そ 奥 州 御 下 向 の 間 、 鎌 倉 御 出 の 日 よ り 、 御 還 向 の 今 に 至 る ま で 、 毎 日 御 差 膳 ・ 盃 酒 ・ 御 湯 殿 お の お の 三 度 、 さ ら に 御 解 怠 の 儀 な し と い へ ど も 、 つ ひ に も つ て 民 庶 の 費 を 成 さ し め ざ る と こ ろ な り 。 上 野 ・ 下 野 両 国 の 乃 貢 を 運 送 す る と 云 々 。 人 も つ て 欽 仰 せ ず と い ふ こ と な し 云 々 。 (同 十 月 一 日 条 ) と 総 括 す る よ う に 、 全 て こ れ 頼 朝 讃 嘆 の 記 事 た り え て い る 。 こ の よ う な 奥 州 征 伐 を 画 題 と す る 錦 絵 の 数 々 浅 井 牧 編 著 ﹃ 浅 井 コ レ ク シ ョ ン 全 集 1 ﹂ (浅 井 コ レ ク シ ョ ン 刊 ) に は 、 ﹁ 文 治 五 年 源 頼 朝 卿 奥 州 征 伐 ノ 図 ﹄ (芳 虎 画 、 推 定 弘 化 年 間 刊 。 図 版 A ) 、 ﹁陸 奥 国 白 川 表 大 合 戦 之 図 ﹂ (芳 虎 画 、 推 定 嘉 永 年 間 刊 。 図 版 B ) 、 ﹁ 源 頼 朝 公 奥 州 泰 衡 征 器 之 図 ﹂ ﹂ (芳 虎 画 、 元 治 元 年 刊 ) 、 ﹁ 奥 州 高 舘 合 戦 ﹂ (国 芳 画 、 推 定 嘉 永 年 間 刊 ) 、 ﹁ 奥 州 大 合 戦 之 図 ﹂ (芳 虎 画 、 推 定 嘉 永 年 間 刊 ) 、 ﹁ 奥 州 大 城 戸 大 合 戦 之 図 ﹂ (芳 虎 画 、 万 延 元 年 刊 )、 ﹁ 頼 朝 奥 州 平 泉 合 戦 水 責 之 図 ﹂ ( 国 芳 画 、 推 定 嘉 永 年 間 刊 ) が 収 録 さ れ て い る 。 他 に 管 見 に 入 っ た 錦 絵 は 、 東 京 都 立 中 央 図 書 館 特 別 文 庫 室 所 蔵 ﹁ 鎌 倉 勢 奥 州 進 発 之 図 ﹂ ( 国 芳 画 、 天 保 ・ 弘 化 期 刊 。 図 版 C ) 。 な か で 、 ﹁ 陸 奥 国 白 川 表 大 合 戦 之 図 ﹂ (芳 虎 画 ) と ■鎌 倉 勢 奥 州 進 発 之 図 ﹂ (国 芳 画 ) は 画 中 解 説 に 夫 々 次 の よ う に 記 す 。 鎮 守 府 将 軍 陸 奥 守 藤 原 泰 衡 朝 臣 は 秀 衡 の 次 男 に て 家 督 す 。 秀 衡 病 死 し て 後 、 鎌 倉 の 命 に よ つ て 義 経 公 を 討 奉 る と
い へ ど 、 大 将 軍 頼 朝 其 不 義 を 怒 り 奥 州 を 征 伐 せ ん と 文 治 三 年 七 月 廿 三 日 五 拾 二 万 余 騎 を 卒 し て 進 発 す 。 泰 衡 陸 奥 出 羽 両 国 の 軍 勢 五 十 七 万 騎 を 下 知 し て 防 戦 す 。 大 手 先 陣 畠 山 重 忠 大 木 戸 へ 向 ふ 。 搦 手 の 大 将 は 三 河 守 範 頼 公 と し て 攻 る 。 奥 州 の 副 将 軍 西 城 戸 太 郎 時 衡 ゆ う 軍 の 大 将 と し て 、 樋 爪 五 郎 尊 衡 知 勇 兼 備 の 良 将 に し て 鎌 倉 の 大 軍 を や ぶ る こ と 度 々 な り と い へ 共 、 天 う ん 利 な く し て こ と ぐ く ほ ろ び に け り 。 頼 朝 公 二 州 を た い ら げ お さ め 給 ひ し と そ 。 (芳 虎 画 ﹁ 陸 奥 国 白 川 表 大 合 戦 之 図 ﹂ ) 文 治 四 年 七 月 、 源 二 位 頼 朝 公 五 十 二 万 之 軍 兵 卒 シ 、 奥 州 泰 衡 征 伐 之 図 。 ( 国 芳 画 ﹁ 鎌 倉 勢 奥 州 進 発 之 図 ﹂ ) 文 治 五 年 で あ る べ き 頼 朝 の 奥 州 征 伐 の 肝 心 の 年 号 の 確 認 を 怠 る な ど 何 の 其 の 、 ﹃ 義 経 記 ﹄ に こ そ ︿ 重 忠 を 初 と し て 、 都 合 そ の 勢 七 万 余 騎 奥 州 へ 発 行 す ﹀ (巻 八 ) と 伝 え る も の の 、 ︿ お よ そ 鎌 倉 出 の 御 勢 一 千 騎 云 々 ﹀ ( ﹃ 吾 妻 鏡 ﹂ 文 治 五 年 七 月 十 九 日 条 ) の 筈 が 土 ハ に ︿ 五 拾 二 万 余 騎 ﹀ と 軌 を 一 に す る な ど 、 典 拠 は 不 明 な が ら 、 頼 朝 出 陣 の 晴 れ の 場 を 演 出 し て 余 り 有 る 。 ま た 、 ﹁ 奥 州 高 舘 合 戦 ﹂ ( 国 芳 画 ) と ﹁ 頼 朝 奥 州 平 泉 合 戦 水 責 之 図 ﹂ (国 芳 画 ) -﹃ 吾 妻 鏡 ﹂ に は 、 ︿ 泰 衡 が 平 泉 の 舘 に 著 御 。 主 は す で に 逐 電 し 、 家 は ま た 姻 と 化 す 。 数 町 の 縁 辺 、 寂 舅 と し て 人 な し 。 累 跡 の 郭 内 、 族 滅 び て 地 あ り 。 た だ 颯 々 た る 秋 風 、 幕 に 入 る の 響 を 送 る と い へ ど も 云 々 V ( 文 治 五 年 八 月 廿 二 日 条 ) と 記 す な ど さ し た る 激 戦 は う か が え な い 筈 が 、 ﹃ 絵 本 太 閤 記 ﹂ ﹁高 松 の 城 水 攻 め ﹂ ( 三 編 巻 之 六 ) の 場 面 を 投 影 す る 図 様 で あ る な ど は 、 当 時 、 ﹃ 太 閤 記 ﹄ の 画 が 大 流 行 し て い た こ と と 関 連 さ せ て 捉 え る べ き も の で あ ろ う (岩 切 友 里 子 ﹁太 閤 記 の 世 界 ﹂ 、
「平家物語』源頼朝礼讃記事異文考 ﹃ 浮 世 絵 大 武 者 絵 展 ﹄ 所 収 、 町 田 市 立 国 際 版 画 美 術 館 刊 ) 。 た だ そ れ に し て も 、 頼 朝 の 晴 れ の 奥 州 征 伐 ま た 人 々 周 知 の 関 心 事 で な け れ ば 、 成 り 立 た な い 見 立 て で あ る 。 奥 州 征 伐 後 の 、 建 久 元 年 十 月 か ら 十 二 月 に か け て 、 同 六 年 二 月 か ら 六 月 に か け て の 上 洛 も ま た 頼 朝 得 意 の 場 面 で あ っ た 。 こ の 両 度 の 上 洛 に 関 す る 錦 絵 は 、 浅 井 勇 助 ﹃ 近 世 錦 絵 世 相 史 ﹄ 第 一 巻 (平 凡 社 刊 ) に 、 ﹁ 源 頼 朝 公 上 洛 之 図 ﹂ ( 二 代 広 重 画 、 文 久 三 年 三 月 刊 ) 他 多 数 紹 介 さ れ て い る 。 た だ し 、 ︿ 文 久 二 年 九 月 七 日 、 家 茂 上 洛 を 明 年 二 月 と 達 す る V ︿ 同 十 二 月 十 五 日 、 一 橋 慶 喜 、 京 都 に 出 発 ﹀ ︿ 文 久 三 年 二 月 十 三 日 、 徳 川 家 茂 、 東 海 道 を 京 都 に 出 発 ﹀ ︿ 同 三 月 四 日 、 家 茂 、 徳 川 家 光 以 来 二 百 二 十 九 年 ぶ り に 上 洛 し 二 条 城 に 入 る V ( ﹃ 年 表 日 本 歴 史 ﹄ 第 五 巻 、 筑 摩 書 房 刊 ) 等 の 時 勢 と あ れ ば 、 こ れ 等 錦 絵 の 数 々 は 、 清 和 源 氏 末 商 た る 徳 川 家 茂 の 上 洛 を 源 頼 朝 の そ れ と 見 立 て た も の と 説 明 さ れ る の も 頷 け る 。 浅 井 勇 助 に よ れ ば 、 ﹁ 足 利 義 政 公 東 山 遊 覧 行 列 図 ﹂ (芳 虎 画 、 文 久 二 年 九 月 刊 ) も 、 家 茂 将 軍 上 洛 の 先 発 と し て 、 十 二 月 十 五 日 、 一 橋 卿 が 二 万 の 兵 を 率 ゐ て 、 入 洛 し た 。 当 時 の 新 聞 記 者 で あ つ た 浮 世 絵 師 の 早 耳 は 、 こ の 事 が 確 定 す る と 、 特 種 と し て 、 画 筆 を 揮 つ て 、 ヂ ャ ー ナ リ ズ ム を 発 揮 し 、 既 に 九 月 発 行 し て ゐ る 。 将 軍 を 頼 朝 と 呼 ぶ の と 、 区 別 す べ く 一 橋 卿 を 足 利 義 政 と し た 。 と 読 み 取 る べ き の 由 、 報 道 と し て の 錦 絵 の 一 面 を 伝 え る も の と し て 興 味 深 い 。 両 度 の 上 洛 を わ ざ わ ざ 意 識 し て 、 ﹁ 建 久 元 年 源 頼 朝 卿 上 京 行 粧 之 図 ﹂ (貞 秀 画 、 文 久 二 年 十 月 刊 ) と ﹁ 建 久 六 年 源 頼 朝 卿 上 京 之 図 ﹂ ( 二 代 広 重 画 、 文 久 三 年 二 月 刊 ) と 画 題 を 区 別 す る 錦 絵 も 見 ら れ る が ( 浅 井 勇 助 ﹃ 近 世 錦 絵 世 相 史 ﹂
第 一 巻 所 収 ) 、 参 考 の た め 、 ﹁ 源 頼 朝 公 上 洛 之 図 ﹂ ( 二 代 広 重 画 ) と 図 様 の 通 う 、 手 許 の ﹁ 源 頼 朝 公 上 京 之 図 ﹂ (国 綱 画 、 文 久 三 年 三 月 刊 。 図 版 D ) を 掲 げ て お く 。 東 京 都 立 中 央 図 書 館 特 別 文 庫 室 所 蔵 ﹁ 頼 朝 公 御 上 洛 駅 路 双 六 ﹂ (貞 秀 画 、 文 久 三 年 十 月 刊 。 図 版 E ) の く 上 り V の 図 様 が 頼 朝 の 昇 殿 拝 謁 の 場 面 で あ る な ど 、 子 供 の 遊 び 世 界 に ま で 家 茂 上 洛 と の 見 立 て が 成 り 立 ち 浸 透 す る に は 、 頼 朝 上 洛 の 晴 れ の 場 面 ま た 周 知 の こ と で あ っ た と し な け れ ば な る ま い 。 な お 、 東 京 大 学 史 料 編 纂 所 錦 絵 デ ー タ ベ ー ス 所 収 ﹁ 源 頼 朝 大 仏 供 養 之 図 ﹂ (国 芳 ・ 広 重 画 、 天 保 ・ 弘 化 期 刊 ) は 家 茂 上 洛 情 報 よ り も 十 数 年 先 立 つ の で こ れ と は 無 縁 、 建 久 六 年 の 頼 朝 上 洛 の み が 題 材 の 錦 絵 で あ り 、 ま た 、 ﹁ 源 頼 朝 公 奥 州 発 行 之 図 ﹂ (貞 秀 画 、 元 治 元 年 一 月 刊 。 図 版 F ) は 、 馬 上 鳥 帽 子 姿 の 頼 朝 を 描 い て 奥 州 征 伐 の 図 様 と す る に は ふ さ わ し く な く 、 刊 行 年 か ら 見 て も 上 洛 の さ ま を 描 い た も の ︿ 発 行 ﹀ と あ っ て ︿ 征 伐 ﹀ ︿ 進 発 ﹀ で は な い な ど 、 ひ と ひ ね り も ふ た ひ ね り も し た 見 立 て が 成 り 立 つ あ た り 、 当 時 の 人 々 の 歴 史 教 養 、 関 心 の 深 さ が 見 て と れ る 。 二 江 戸 時 代 後 期 、 錦 絵 の 題 材 と し て も て は や さ れ た 頼 朝 の 奥 州 征 伐 と 上 洛 に つ き 、 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ 諸 本 の 記 事 展 開 や い か ん ー 整 版 流 布 本 で は 、 義 経 の 末 路 を 、 明 く る 四 日 の 日 、 大 物 の 浦 よ り 船 に て 下 ら れ け る が 、 折 節 西 の 風 烈 し う 吹 き け れ ば 、 判 官 の 乗 り 給 へ る 船 は 、 住 吉 の 浦 へ 打 上 げ ら れ て 、 そ れ よ り 吉 野 山 へ そ 籠 ら れ け る 。 吉 野 法 師 に 攻 め ら れ て 、 奈 良 へ 落 つ 。 奈 良 法 師 に 攻 め ら れ て 、 又 都 へ 帰 り 上 り 、 北 国 に 懸 つ て 、 終 に 奥 へ そ 下 ら れ け る 。 ( 巻 十 二 ﹁ 判 官 都 落 ﹂ 。 高 橋 貞 一 校 注 ﹃ 平 家 物
『平家物語』源頼朝礼讃記事異文考 語 ﹄ 、 講 談 社 文 庫 。 底 本 は 元 和 九 年 刊 本 ) と 記 す だ け 。 平 泉 で の 義 経 最 期 に ま で 及 ば な い 以 上 、 頼 朝 の 奥 州 征 伐 に 言 及 す る 余 地 な ど あ る 筈 が な い 。 さ ら に 、 ︿ か く て 建 久 十 年 正 月 十 三 日 に 、 頼 朝 卿 五 十 三 に て 失 せ 給 ひ し か ば 云 々 V (﹁ 六 代 被 斬 ﹂ ) に 至 る ま で 頼 朝 上 洛 の 記 事 は 見 当 ら な い 。 た だ し 、 高 橋 貞 一 校 注 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ 巻 十 二 ﹁ 六 代 被 斬 ﹂ 脚 注 で 、 ︿ 覚 一 本 等 に は 平 家 残 党 諌 伐 の 事 が あ る ﹀ と し て 、 補 注 で そ の 欠 文 を 補 っ て お り 、 そ こ に は 、 去 程 に 建 久 元 年 十 一 月 七 日 鎌 倉 殿 上 洛 し て 、 同 九 日 、 正 二 位 大 納 言 に 成 給 。 同 十 一 日 、 大 納 言 の 右 大 将 を 兼 じ 給 へ り 。 航 て 両 職 を 辞 て 、 十 二 月 四 日 関 東 へ 下 向 。 (略 ) 同 六 年 三 月 十 三 日 、 大 仏 供 養 可 有 と て 、 二 月 中 旬 に 鎌 倉 殿 上 洛 。 同 十 二 日 、 大 仏 殿 へ 参 ら せ 給 ひ た り け る が 云 々 。 と 両 度 の 上 洛 記 事 が 記 し と ど め ら れ て い る 。 流 布 本 形 成 に あ た っ て の 不 用 意 な 脱 文 で は あ ろ う が 、 そ れ に し て も 以 後 補 訂 さ れ る こ と も な く 、 頼 朝 得 意 の 場 面 の 再 現 に は ず い ぶ ん 冷 淡 な 構 成 と 読 み 取 れ る 。 一 方 、 平 泉 で の 義 経 自 害 に ま で 言 い 及 ぶ ﹃ 源 平 盛 衰 記 ﹄ で は あ る が 、 義 経 自 害 の 後 を 、 父 の 遺 言 を そ む き 、 安 衡 義 経 を う ち た り け れ 共 其 せ ん な く 、 源 二 位 頼 朝 奥 入 し て 、 や す ひ ら を ば 被 諌 れ け り 。 (延 宝 八 年 刊 ﹃ 源 平 盛 衰 記 ﹄ 巻 四 十 六 ﹁ 義 経 行 家 み や こ を 出 る 事 井 よ し つ ね 始 終 の 有 様 の 事 ﹂ ) と 簡 潔 に 記 す に と ど ま り 、 ま た 、 両 度 の 頼 朝 上 洛 の 記 事 を 収 め る こ と も な く 、 頼 朝 讃 嘆 に つ い て は 素 っ 気 な い 構 成 と な っ て い る 。 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ と ﹃ 源 平 盛 衰 記 ﹂ 流 布 本 の 行 文 か ら は 、 錦 絵 に う か が え る よ う な 頼 朝 礼 讃 な ど 読 み 取 る べ
く も な い 。 浮 世 絵 師 を し て 駆 り 立 て た あ の 熱 気 は 何 に 拠 る の で あ ろ う か 。 写 本 と し て 伝 わ る の み 、 ど の 程 度 の 範 囲 で 読 ま れ た の か そ の 浸 透 度 は 心 許 な い が 、 簡 略 な が ら 義 経 の 最 期 ま で を 記 す 八 坂 流 二 類 本 と 四 類 本 は (拙 稿 ﹁ 源 義 経 の 末 路 ー 画 題 義 経 蝦 夷 渡 錦 絵 を 読 む ﹂ 、 ﹃ 文 林 ﹂ 41 号 ) 、 頼 朝 の 奥 州 征 伐 と 上 洛 に 言 及 す る 。 ち な み に 、 八 坂 流 二 類 本 と 位 置 付 け ら れ る 奥 村 家 本 ﹃ 平 家 物 語 ﹂ 巻 十 二 ﹁ 法 性 寺 合 戦 ﹂ の 一 節 は 次 の 通 り 。 判 官 を ば 終 に 討 奉 て け り 。 康 衡 頼 衡 此 由 を 鎌 倉 へ 申 た り け れ ば 、 鎌 倉 殿 い か ゴ は 思 召 れ け ん 、 さ ら ば 奥 を も 責 ら る べ し と て 放 生 会 を ば 七 月 一 日 に 引 あ げ 、 同 七 月 十 八 日 に 十 八 万 騎 ( 四 類 本 諸 本 は 十 万 余 騎 ) に て 鎌 倉 を 立 て 奥 州 に 発 向 し 、 七 月 よ り 合 戦 は じ め 八 月 九 月 三 ヶ 月 が 問 に 奥 州 羽 州 両 国 を 責 し た が へ 、 康 衡 頼 衡 を 先 と し て 戦 者 を 討 捕 り 落 行 者 を ば 助 ら れ け り 。 そ れ よ り 郡 々 に 代 官 を 居 を き 、 我 身 は い そ ぎ 鎌 倉 へ こ そ か へ ら れ け れ 。 去 程 に 鎌 倉 に は 此 二 三 ヶ 年 が 間 は 京 都 の 騒 国 々 の 乱 に 就 て 公 の 御 年 旦 ハも 奉 ら ね ば 其 恐 有 と て 、 公 の 御 年 具 奉 ら る 。 井 に 鎌 倉 殿 は 上 洛 と そ 聞 え し 。 同 十 一 月 七 日 の 日 都 に の ぼ り 六 波 羅 に 落 つ き 給 て 、 同 九 日 の 日 院 参 申 、 正 二 位 大 納 言 に あ が り 給 ふ 。 兵 衛 尉 十 人 靱 負 尉 十 人 共 に 計 人 を 召 つ か は る べ き 由 を 仰 下 さ れ け れ ど も 、 是 頼 朝 が 為 に は 余 に 過 分 の 至 な る べ し と て 十 五 人 を 辞 し 申 さ れ て 残 り 十 五 人 を 召 つ か は れ け る 。 同 廿 二 日 に 小 野 の 行 幸 の 御 供 仕 り 右 大 将 に あ が り 給 ふ 。 去 程 に 鎌 倉 殿 は 大 将 大 納 言 両 官 を 辞 申 さ れ て 、 同 十 二 月 三 日 の 日 鎌 倉 へ こ そ 下 ら れ け れ 。 ( 山 下 宏 明 編 ﹃ 八 坂 本 平 家 物 語 ﹄ 、 大 学 堂 書 店 刊 )
『平家物語』源頼朝礼讃記事異文考 ︿ 頼 朝 入 洛 す V ︿ 六 波 羅 新 亭 に 着 く V (﹃ 吾 妻 鏡 ﹂ 建 久 元 年 十 一 月 七 日 条 ) に 始 ま り 、 ︿ 頼 朝 院 ・ 内 に 参 上 す ﹀ ︿ 頼 朝 大 納 言 に 任 ぜ ら る ﹀ (同 九 日 条 ) 、 ︿ 頼 朝 任 大 将 の 院 宣 ﹀ (同 廿 二 日 条 ) 、 ︿ 頼 朝 、 両 職 の 辞 状 を 進 ず ﹀ (同 十 二 月 三 日 条 ) と 続 く 儀 式 を 書 き と ど め た な か に 、 確 か に 、 前 右 大 将 家 、 院 内 に 参 ら し め た ま ふ 。 数 剋 御 祇 候 。 御 家 人 十 人 成 功 に 募 り 、 左 右 兵 衛 尉 ・ 左 右 衛 門 尉 等 に 挙 任 せ ら る 。 こ れ 度 々 の 勲 功 に よ つ て 、 廿 人 を 挙 し 申 す べ き の 旨 、 仰 せ 下 さ る る と こ ろ な り 。 幕 下 し き り に こ れ 辞 し 申 さ る と い へ ど も 、 勅 命 再 往 の 間 、 略 し て 十 人 を 申 し 任 ぜ ら る と 云 々 。 (同 十 二 月 十 一 日 条 ) の 記 事 が あ る 。 八 坂 流 二 類 本 ・ 四 類 本 の 建 久 元 年 の 上 洛 に か か わ る 独 自 異 文 は 任 官 人 数 に 齪 齢 は あ る も の の 、 頼 朝 威 勢 の さ ま を 描 く ﹃ 吾 妻 鏡 ﹄ に 通 う 。 三 ﹁ 九 郎 判 官 都 ヲ 落 事 ﹂ (第 六 末 ) に 欠 落 箇 所 は あ る が 、 義 経 自 害 と そ れ に 引 き 続 く 頼 朝 奥 州 征 伐 記 事 の 見 当 ら な い 延 慶 本 に し て 、 最 終 巻 第 六 末 巻 尾 が 、 ﹃ 六 代 勝 事 記 ﹂ の 頼 朝 礼 讃 記 事 に 基 く 、 ﹁ 右 大 将 頼 朝 果 報 目 出 事 ﹂ で 締 め 括 ら れ て い る こ と が 注 目 さ れ て き た 。 ﹃ 六 代 勝 事 記 ﹂ 当 該 記 事 を 引 い て み る 。 征 夷 将 軍 二 位 家 、 西 海 の 白 波 を た ひ ら げ 、 奥 州 の 緑 林 を な び か し て 後 、 錦 の は か ま を き て 入 洛 。 黄 門 ・ 亜 相 を へ て 、 羽 林 大 将 軍 に 任 ぜ り 。 拝 賀 の 儀 式 、 希 代 の 壮 観 也 。 仏 法 を お こ し 、 王 法 を つ ぎ 、 一 族 の 奢 を し づ め 、 万 人 の
愁 を な だ め 、 不 忠 の も の を し り ぞ け 、 奉 公 の も の を す \ め 、 削 繁 校 注 ﹃六 代 勝 事 記 ・ 五 代 帝 王 物 語 ﹄ 、 三 弥 井 書 店 刊 ) あ へ て 親 疎 を わ か ず 、 ま た く 遠 近 を へ だ て ず 。 ( 弓 こ の 記 事 を そ の ま ま に 取 り 込 み 、 続 け て 、 ユ ・ シ カ リ シ 事 共 也 。 此 大 将 十 ニ ニ テ 母 ニ ヲ ク レ 、 十 三 ニ テ 父 ニ ハ ナ レ テ 、 伊 豆 国 蛭 ガ 嶋 へ 被 流 給 シ 時 ハ 、 カ ク イ ミ ジ ク 果 報 目 出 カ ル ベ キ 人 ト ハ 誰 カ バ 思 ヒ シ 。 我 身 ニ モ 思 知 給 フ ベ カ ラ ズ 。 人 ノ 報 ハ 兼 テ 善 悪 ヲ 定 ム ベ キ 事 有 マ ジ キ 事 ニ ヤ 。 何 事 ノ オ ハ セ ム ゾ ト 思 給 テ コ ソ 、 清 盛 公 モ ユ ル シ 置 奉 リ 、 池 尼 御 前 モ イ カ ニ 糸 惜 ク 思 奉 給 ト モ 、 我 子 孫 ニ ハ ヨ モ 思 カ へ 給 ハ ジ 。 ﹁ 人 ヲ バ 思 侮 ル マ ジ キ 物 也 ﹂ ト ゾ 、 時 人 申 沙 汰 シ ケ ル 。 ( 北 原 保 雄 ・ 小 川 栄 一 編 ﹃ 延 慶 本 平 家 物 語 ﹂ 、 勉 誠 社 刊 ) と 書 き 加 え た 態 の 頼 朝 礼 讃 で 終 る 延 慶 本 の 構 成 -延 慶 本 に お け る 他 の ﹃ 六 代 勝 事 記 ﹄ 記 事 引 用 で 章 段 こ そ 違 え 流 布 本 に ま で 引 き 継 が れ て い る 箇 所 の あ る こ と は 諸 注 指 摘 す る と こ ろ で あ る が 、 肝 心 の ﹃ 平 家 物 語 ﹂ 全 巻 の 構 想 を 裏 付 け る べ き 記 事 が 後 述 大 島 本 を 除 い て 、 古 態 本 と さ れ る 延 慶 本 の 独 自 異 文 で 引 き 継 ぐ も の が な い な ど 、 異 本 論 の 根 本 義 に か か わ る 課 題 で あ る 。 そ れ に し て も 、 承 け る べ き 具 体 的 な 記 述 を 欠 い て の ︿ 奥 州 ノ 緑 林 ヲ ナ ビ カ シ テ 後 ﹀ (延 慶 本 ) と の 総 括 に は 違 和 感 覚 え る が 、 ﹁ シ ン ポ ジ ウ ム 平 家 物 語 の 終 わ り 方 ﹂ ( ﹃ 軍 記 と 語 り 物 ﹄ 35 号 ) で 、 早 川 厚 一 は 延 慶 本 を 担 当 、 伊 豆 流 離 中 か ら 征 夷 大 将 軍 が 予 測 、 予 祝 さ れ て い た と の 頼 朝 の 造 型 は 古 態 本 と し て の 延 慶 本 終 結 部 と ︿ み ご と に 照 応 す る ﹀ と
「平家物語』源頼朝礼讃記事異文考 読 み 解 い て い る (﹁ ﹃ 平 家 物 語 ﹄ の 成 立 -延 慶 本 の 終 結 部 か ら ﹂ ) 。 佐 伯 真 一 ﹁ 源 頼 朝 と 軍 記 ・ 説 話 ・ 物 語 ﹂ (﹃ 平 家 物 語 遡 源 ﹄ 、 若 草 書 房 刊 ) も 、 延 慶 本 の 頼 朝 勝 利 を 説 い て の 結 末 に つ き 、 ︿ 古 態 論 と し て こ れ ら の 記 事 が 古 い 段 階 に 存 在 し た か 否 か は 別 と し て 、 ま た 、 個 別 異 本 固 有 の 問 題 は 別 と し て 、 作 品 自 体 と し て こ れ を 結 末 と し な け れ ば 成 り 立 た な い と い う ほ ど 本 質 的 要 素 と は 認 め ら れ な い 云 々 ﹀ と そ の 独 自 異 文 で あ る 所 以 に 言 及 は す る も の の 深 入 り す る こ と な く 、 頼 朝 体 制 樹 立 へ の 寿 祝 の 表 現 の 出 発 点 が ﹃ 平 家 物 語 ﹄ 等 に 認 め ら れ る と 説 く 。 ︿ 奥 州 ノ 緑 林 ヲ ナ ビ カ シ テ 後 v の 落 ち 着 き の な さ に こ だ わ る な ど は 珀 ハ末 に 過 ぎ る と い う こ と で あ ろ う か 。 と こ ろ で 、 大 島 本 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ 巻 十 二 末 尾 の み 延 慶 本 に 通 う こ と が 指 摘 さ れ て き た 。 か く て 平 家 の 子 孫 底 を 振 失 給 ぬ 。 又 鎮 守 府 将 軍 藤 原 秀 里 が 末 葉 、 秀 衡 が 子 息 通 衡 、 康 衡 等 、 さ せ る 朝 敵 を も 平 げ ず 、 奉 公 も な け れ ど も 、 出 羽 奥 州 両 軍 を 管 領 し て 国 司 の 下 知 に し た が は ず 、 追 伐 す べ き 由 の 勅 宣 に よ て 、 文 治 五 年 七 月 、 源 二 位 卿 発 向 せ ら れ 、 康 衡 不 日 に 退 治 す 。 加 之 本 朝 の 外 、 東 海 は 毛 人 嶋 、 西 海 は 鬼 か い 嶋 に 至 ま で 打 と り 畢 。 前 代 後 代 に も 有 が た し 。 希 代 不 思 儀 将 軍 也 。 (北 川 忠 彦 ・ 西 浦 甲 佐 子 ﹁ 天 理 図 書 館 蔵 大 島 本 平 家 物 語 巻 十 二 (翻 刻 ) ﹂ 、 ﹃ ビ ブ リ ア ﹄ 79 ) 頼 朝 礼 讃 を 以 て 結 び と し て 軌 を 一 に す る こ と ー た だ し 、 奥 州 征 伐 に の み 絞 っ て の 讃 嘆 は 延 慶 本 と 相 違 す る 等 ﹃ 六 代 勝 事 記 ﹄ の 引 き 写 し と は 断 じ え ず 、 ま た 、 江 戸 時 代 初 期 の 写 本 と さ れ る 大 島 本 に あ っ て 、 ﹃ 参 考 源 平 盛 衰 記 ﹄ (元 禄
文林 四十二号 二 年 成 立 ) に も 採 録 さ れ る こ と の な か っ た 稀 書 延 慶 本 の 直 接 参 照 な ど も 草 々 に は 想 定 し が た い と こ ろ で あ る 。 巻 一 か ら 十 一 ま で が 一 方 系 、 巻 十 二 の み 灌 頂 巻 を 特 立 さ せ な い 故 を 以 て 八 坂 系 と さ れ る 大 島 本 で あ る が 、 巻 十 一 後 半 か ら 巻 十 二 前 半 へ の 展 開 は 整 合 し 、 ︿ 別 本 な が ら き ち ん と 前 巻 に 接 続 ﹀ す る (北 川 忠 彦 ﹁ 大 島 本 平 家 物 語 巻 十 二 を め ぐ っ て ﹂ 、 ﹃ 天 理 図 書 館 善 本 叢 書 ﹂ 月 報 43 、 八 木 書 店 刊 ) と あ っ て は 、 単 な る 寄 せ 本 で 片 付 け る わ け に は ゆ く ま い 。 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ 諸 本 研 究 に お け る 系 譜 法 の 限 界 ー 小 西 甚 一 に よ る 、 従 来 は ﹃ 平 家 物 語 ﹄ の 本 文 系 譜 を 立 て よ う と す る 無 益 の 試 み が し ば し ば な さ れ た け れ ど も 、 説 話 性 を も つ 作 品 の ば あ い 、 書 誌 的 な 原 因 に よ る 本 文 変 化 と 同 性 質 の 系 譜 を 設 定 す る こ と は 、 そ も そ も 不 可 能 な の で あ る 。 ﹃ 平 家 物 語 ﹄ な ど の 本 文 批 判 は 、 勅 撰 集 や 和 文 日 記 の 類 と 別 な 原 理 の も と で お こ な わ れ な く て は な ら な い 。 (﹁ 制 作 ・ 享 受 ・ 伝 承 ﹂ 、 ﹃ 日 本 文 藝 史 ﹄ 皿 、 講 談 社 刊 ) と の 厳 し い 論 難 の あ る こ と は 銘 記 せ ね ば な る ま い 。 四 ︿ 近 世 中 期 に 江 戸 の 地 で 人 々 が 頼 朝 と い う 人 物 に 関 し て ど の よ う な 知 識 を 有 し て い た の か を 明 ら か に す る 上 で ﹀ 有 効 な 資 料 と し て 翻 刻 紹 介 さ れ た (黒 石 陽 子 ﹁ ﹃ 頼 朝 一 代 記 ﹄ に つ い て ﹂ 、 ﹃ 叢 ﹂ 16 号 ・ 17 号 ) 、 画 工 ・ 作 者 未 詳 ﹃ 頼 朝 一 代 記 ﹄ (延 享 元 年 刊 ) は 、 ︿ か く て 頼 朝 を ご る 平 家 を ほ ろ ぼ し 、 せ い む を お さ め 給 ひ し 事 ひ と へ に 正 八 ま ん の を う ご 也 と て 、 み つ か ら 八 の 字 の が く を 遊 ば し 鳥 居 が け 給 ふ 。 今 に つ る が を か へ 参 け い 申 す 人 此 が く を は い す と い へ り V と
『平家物語』源頼朝礼讃記事異文考 結 ん で い る 。 同 題 の 、 南 仙 笑 楚 満 人 作 ・ 鳥 居 清 長 画 ﹃ 頼 朝 一 代 記 ﹄ ( 天 明 三 年 刊 ) 、 二 世 南 仙 笑 楚 満 人 作 ・ 歌 川 貞 秀 画 ﹃ 頼 朝 一 代 記 ﹄ (天 保 六 年 刊 ) と 刊 行 が 続 く な ど 、 以 て 頼 朝 に 寄 せ る 関 心 の 高 さ が う か が え よ う 。 う だ い せ う よ り と も 公 ぢ せ う よ り こ の か た あ ま ね く 一 天 下 を お さ め 、 く わ ん 大 な ご ん く ら ゐ 二 位 に の ぼ り 給 ひ 、 万 人 に じ ん せ い を ほ ど こ し き み の し ん き ん を や す あ た て ま つ り 、 そ の \ ち せ う ち ぐ わ ん ね ん 正 月 十 三 日 お ん と し 五 十 三 才 に て せ い き よ ま し く け る 。 や が て わ か ぎ み 左 中 ぜ う よ り い へ あ そ ん よ り と も 卿 の 御 ゆ ひ せ き を つ が せ 給 ひ 、 御 ぐ わ い そ な れ ば ほ う で う と ほ ー み の か み と き ま さ す な は ち こ れ を ほ さ し か ま く ら 二 代 し や う ぐ ん と あ ほ ぎ ま ゐ ら す る 。 る い だ い な み し つ か に し て し よ み ん ば ん ぜ い を と な へ 、 げ ん け ち や う き う は ん ゑ い と し ゆ く し 、 ぶ け い つ と う の て ん か と な り 、 五 こ く も お の つ か ら み の り 、 か み い ち に ん よ り し も ば ん み ん に い た る ま で よ ろ こ び た の し む こ と か ぎ り な し 。 め で た し ー 。 ( 二 世 南 仙 笑 楚 満 人 作 ﹃ 頼 朝 一 代 記 ﹂ 巻 尾 。 九 州 大 学 文 学 部 国 文 学 研 究 室 所 蔵 、 国 文 学 研 究 資 料 館 提 供 電 子 複 写 版 に よ る ) こ れ 等 清 和 源 氏 末 喬 と 称 す る 徳 川 氏 崇 敬 に 発 す る 頼 朝 礼 讃 記 事 の 数 々 画 題 奥 州 征 伐 ・ 上 洛 錦 絵 ま た 一 連 の も の と し て 捉 え る べ き こ と で あ ろ う が 、 こ の よ う な 風 潮 は ﹃ 平 家 物 語 ﹄ 享 受 に も 退 跡 を 示 し て い る 。 原 典 を た く み に 通 俗 化 し た と 評 さ れ る 、 秋 里 籠 島 著 ﹃ 源 平 盛 衰 記 図 会 ﹂ (寛 政 六 年 刊 ) 、 高 井 蘭 山 著 ﹃ 平 家 物 語 図 会 ﹄ (前 編 文 政 十 二 年 刊 、 後 編 嘉 永 二 年 刊 ) は 、 夫 々 、 末 尾 建 礼 門 院 御 往 生 の 記 事 を 承 け て 、 抑 右 大 将 頼 朝 卿 は 、 治 国 平 天 下 の 計 を め ぐ ら し 、 平 氏 の 恨 を 義 経 一 人 に 蒙 ら し め 、 追 討 の 宣 旨 を 蒙 り 滅 さ れ し 事 は 、 深 き 思 慮 あ る 計 略 と そ し ら れ け る 。 文 武 い ち じ る し く て 、 な ど か 北 條 梶 原 如 き の 読 を 用 ひ 給 は ん や 、 今 六 百
文林 四十二号 余 歳 の 後 、 武 門 の 繁 栄 は 、 此 将 軍 の 胸 中 よ り 出 た る 箒 の 全 と そ 思 は れ け る 。 (﹃ 源 平 盛 衰 記 図 会 ﹄ 巻 六 ﹁ 法 皇 大 原 御 幸 ﹂ 、 日 本 歴 史 図 会 所 収 ) 平 家 二 十 余 年 栄 花 の 夢 も 、 こ \ に 至 つ て 覚 尽 し 、 源 氏 の 世 は 今 を 日 の 出 の 盛 に な り 、 そ れ よ り 以 来 幾 千 年 も 、 源 氏 よ り 天 下 を 治 め 給 ふ 事 、 建 に 目 出 き た め し な り 。 ( ﹃ 平 家 物 語 図 会 ﹂ 巻 十 二 ﹁ 御 往 生 ﹂ 、 日 本 歴 史 図 会 所 収 ) と 結 ぶ 。 平 家 滅 亡 を 記 念 す べ き ⊥ハ 代 の 死 、 ︿ 三 位 禅 師 斬 ら れ て 後 、 平 家 の 子 孫 は 永 く 絶 え に け り ﹀ 等 を 承 け て の 結 び と し て な ら と も か く 、 誠 に 唐 突 な 末 尾 と 言 わ ざ る を え な い が 、 ま た こ の よ う な 頼 朝 礼 讃 で の 締 め が 好 ま れ た 時 代 だ っ た と い う こ と な の で あ ろ う 。 と こ ろ で 、 大 島 本 ﹃ 平 家 物 語 ﹂ 巻 十 二 末 尾 の 頼 朝 礼 讃 記 事 に 関 る 疑 問 i 近 世 初 期 書 写 と 推 定 さ れ る だ け で 、 改 変 者 及 び 改 変 時 期 が 不 明 な だ け に 、 唐 突 な 延 慶 本 回 帰 と も 、 近 世 中 期 以 降 顕 著 な 頼 朝 礼 讃 の 反 映 と も 決 め 付 け る わ け に は い か な い 。 た だ 、 ﹃ 平 家 物 語 ﹂ が 版 本 で 流 布 し て い た 時 代 、 あ え て 異 本 作 成 に 踏 み 切 っ た 動 機 は 何 か 、 ま た 改 変 の 動 機 は 何 で あ れ 徳 川 氏 崇 敬 の 潮 流 の な か で 広 く 読 み 取 ら れ る こ と も 可 能 で あ っ た 筈 が 、 現 存 天 理 図 書 館 所 蔵 本 一 種 の み で と ど ま っ た 所 以 は 等 、 課 題 は 尽 き な い 。 貴 重 な 錦 絵 の 調 査 及 び 写 真 掲 載 に つ き 、 浅 井 牧 氏 ・ 岩 切 友 里 子 氏 ・ 浅 井 コ レ ク シ ョ ン ・ 東 京 大 学 史 料 編 纂 所 ・ 東 京 都 立 中 央 図 書 館 特 別 文 庫 室 に 格 段 の ご 配 慮 を い た だ い た 。 記 し て 厚 く お 礼 を 申 し 述 べ る 。
-σっ 寸 1 囎 纒 ≠ 罪 騨 騒 ﹃ 朧 § 懸 肝 ﹄ (図版A)芳 虎 画 「文治五年源 頼朝卿 奥州征 伐 ノ図」(浅 井 コ レク シ ョン所蔵)
11 ÷ f 寸 寸 1 (図版B)芳 虎画 「陸奥国 白川表 大合戦 之図」(浅 井 コ レク シ ョン所蔵)
-專 ー 昭 羅 ≠ 罪 緊 聴 ﹃ 龍 § 脈 肝 ﹄ (図版C)国 芳画 「鎌倉勢奥 州進発之 図」(東 京 都立 中央図書館 特別 文庫 室所蔵)
目 十 1 等 1 (図版D)国 綱画 「源頼 朝公上 京之図」
ー ト 寸 i 蝋 蹄 需 罷 ≠ 鐸 緊 聴 ﹃ 龍 鼻 懸 軒 ﹂ (図版E)貞 秀画 「頼朝 公御上洛 駅路双 六」(東 京 都立 中央 図書館 特別文 庫 室所 蔵)
11 十 図 ∼ oO 寸 1 (図版F)貞 秀画 「源 頼朝公 奥州発 行之 図」