本書は,量子情報処理の分野で先駆的な成果を上げ,ま た常にこの分野の先頭を走っている著者が,その研究の ベースとなっている量子光学と量子情報物理の基礎的事項 に関して解説した教科書である. 量子光学はなかなかわかりにくい.おそらくそのわかり にくさは,われわれが直接触れられる「こちら」の世界で ある古典論的世界と,「あちら」の世界である量子論的世 界の乖離が,普通の量子力学より大きいことから来ている のではないかと思う.えてして「あちら」の世界も「こち ら」の言葉で無理やり理解しようとしがちだが,「あちら」 の世界は「あちら」の言葉のままで,翻訳せずに理解しな いと,正しい物理には到達しないことがある. 本書は 2 章から構成されており,第 1 章:量子光学,第 2 章:量子情報物理となっている.この本のハイライトは 2.3 節「基本的量子情報処理としての量子テレポーテー ション」であり,この節での実験の内容を正しく理解する ために必要な項目が順序だって並んでいる,という構成に なっている. 第 1 章の最初,1.3 節までは量子力学の復習だ.1.2 節で 調和振動子の量子力学的取り扱いを復習しながら,後に なって重要な役割を果たす事項がさりげなく提示されてい る.1.3 節の電磁場の量子化で最も大事なことは,電場と 磁場を生成消滅演算子で表す,という普通の量子化をもう 一歩進めて,x ˆ共t兲, p ˆ共t兲 という,一見位置と運動量である かのように見まごう演算子にまで変換することである.量 子光学では,この 2 つの演算子をあたかも実在する物理量 であるかのように扱う.これを著者は「量子光学の因習」 と称しており,この意味を理解していないと「大火傷」す ることもある,と警告している. 1.4 節では量子光学の実験で重要な役割を果たすビーム スプリッター(BS)の量子光学的扱いについて詳しく述べ られている.BS のハミルトニアン,BS のユニタリー変換 といわれても,いきなりだと面食らうだろう.後の章のこ とを考えて,ここで慣れておくのがよい. 1.5 節∼1.7 節は一連の節と考えられる.コヒーレント状 態からスクイーズド状態に発展し,さらに密度演算子と進 む.これらの節での最重要事項は,まるで禅問答のような 「スクイーズされた真空場」という状態である.これは真 空ではない.偶数個の光子状態の重ね合わせであり,光子 流である.ちゃんと干渉もできる. 1.8 節は第 1 章のひとつのハイライト,バランス型ホモ ダイン測定だ.後の量子テレポーテーションの実験のコア 部分となる.「あちら」の世界の様相を「こちら」の世界 に映しだす測定である.1.9 節は 1.8 節の追加説明的な内容 だ.量子光学というとすぐフォトンカウンティングを連想 しがちだが,バランス型ホモダイン測定の優位性が主張さ れており,この点も重要だ. 1.10 節は数学的な道具としてのウィグナー関数の導入で ある.道具と割り切って最初は慣れることを優先し,厳密 な理解は後回しにするとよいだろう. 1.11 節は第 1 章のもうひとつのハイライト,量子エンタ ングルメントである.ここまでの知識を総動員して,量子 エンタングルメントとは何であるか,が解説されている. ここまできて量子光学的考え方に慣れてくると,EPR パ ラドックスのどこがパラドックスなのかわからなくなる. 第 2 章は量子情報処理,特に量子テレポーテーションに 主眼が置かれ,解説されている.2.1 節は一般論,2.2 節は 量子情報処理の光学系による実現法のまとめである.そし て 2.3 節で,著者らの行っている量子テレポーテーション および量子テレポーテーションネットワークの実験の原理 の詳しい解説にたどりつく.全体のハイライトだけあっ て,この節をちゃんと理解しようとすると骨が折れる.こ れ以前の記述はこの章の解説のためにあるといってよいだ ろう.2.4 節は量子エラーコレクションの基礎で,量子情 報処理系にリアリティーを加えている.最終の 2.5 節は展 望である. この本の内容の本当のところを正しく理解しようとする と,やはり量子力学の教科書を傍らに置いて,復習しつつ 読み進めないといけないだろう.量子力学再入門のきっか けを作る,という使い方もできる本である. (東京大学 志村 努) 46(46) 光 学
「量子光学と量子情報科学」古澤 明著
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