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中国語母語話者の日本語「たい」「たがる」の使用傾向 利用統計を見る

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中国語母語話者の日本語「たい」「たがる」の使用傾向

蘇  暁 萌・伊 藤 孝 恵 要  旨  本稿では、中国語母語話者と日本語母語話者の「たい・たがる」の使用状況を調査し、特に中国語母 語話者はそれをどう認識し使い分けているかを明らかにした。その結果、仮定的前提や推量の文末表現 が伴う場合や、従属節における「たい」の用法は、中国語母語話者にその根拠ともに十分理解されてい るとは言えず、語感や距離感といった「なんとなく」の感覚や、人称や視点といった、それぞれのもつ 判断基準で捉えているところが大きいことが分かった。また、目上の人に対する敬語表現の難しさが改 めて浮き彫りとなった。このようなことから、「敬語」「推量」「仮定」などを伴ったり、「視点」が考慮 される場合など、重文・複文についても、教育現場で扱っていくのがよいと示唆される。 キーワード : 中国語母語話者 日本語母語話者 「たい」 「たがる」 1. 先行研究と研究目的  中国語には、日本語の希望・願望を表す「たい」「た がる」の区別がなく、「想」のみで表せることから、一 般的に中国語母語話者にとって、日本語の「たい」「た がる」の使い分けは難しいと思われる。『日本語文法大 辞典』(2001)や、『日本語教育事典』(1997)といった 主だった辞典をはじめ、『総合日語』(2015、北京大学出 版社)のような中国で市販されている日本語教科書で は、「たい」「たがる」について、話し手か話し手以外の 第三者かという人称制限を中心に説明されている。その ため、日本語の「たい」「たがる」について、「たい」は 話し手(一人称)、「たがる」は話し手以外の第三者の希 望・願望を表すと理解している中国語母語話者は多いと 思われる。楊彩虹(2018)は、中国語では人称の別なく 「想」文で言い表せる理由として、日本語では「主観的 把握」を好む傾向があるのに対し、中国語では「客観的 把握」が好まれるためと述べている。また、楊力(2015) は、中国語の「想」と日本語の「たい」の間に、共通点 もあれば人称、時限、失礼の可能性などの点で相違も多 いと述べている。特に、三人称願望主体文では、日本 語母語話者の場合、ほとんど「たがる」の表現形式を使 わず、その他の表現形式を使って人の願望を伝えようと するという。実際、日本語母語話者の間で、「彼は行き たがっている」よりも「彼は行きたいようだ」「彼は行 きたいと言っている」など、三人称願望主体文において も「たい」を用いた表現を多く耳にする。彭佳・王忻 (2009)が「他の人の願望を第三者に伝える時の言い方」 について行ったアンケート調査、及びインタビュー調査 の結果によると、日本語母語話者と日本に留学している 中国語母語話者は、「たがる」を避ける傾向が強く、留 学経験のない中国語母語話者は避ける傾向はそれほど強 くはない上、半数近くが「たがる」を使用したという。 これには、母語である中国語の影響もあれば、教材の不 完全さもあると指摘されている。  『日本語教育事典』(1997)でも、過去の「た」や「ら しい」「だろう」といった話し手の判断を表す助動詞が ついていれば、話し手以外の感情でも「たい」が用いら れるとの記述があるが、このような人称以外による「た い」「たがる」の使い方は、中国語母語話者にとってど れほど理解されているのだろうか。呂秋鑫(2018)にお いて、主語が一人称で、実現の可能性が低い願望を表す 場合、中国語母語話者の「~たいと思う」の誤用率が高 く、それには教材の不完全さ、教師の説明不足と言語学 的な研究不足があることが指摘されている。  また、目上の人に対して直接「たい」で聞くと失礼に なることが、複数の文法書や中国の日本語教材に記され ている1。目上の人や敬意を払う存在に対しあからさま に願望の意向を問う表現は失礼だという考え方は、中国 語にはないものであり、中国語では「老师想吃米饭吗? (先生はご飯を食べたいですか)」は、不適切な表現では ない。  このように、「たい」や「たがる」に関する研究では、 日本語母語話者の間では、「たがる」の使用や目上の人 に対する疑問文での「たい」の使用が避けられる傾向に あることが示されている。これらについて、中国語母語 話者は、どの程度理解しているのだろうか。また、「た い」単独での使用でなく、「たいと思う」のような文末 表現は中国語母語話者にとって難しいとされるが、ほか にも、推量や仮定といった文法表現と「たい」が組み合 わさった場合、やはり中国語母語話者にとっては難しい のだろうか。疑問文についても、孙若圣(2010)や陳丹 (2013)などにおいて目上の人に対する敬語表現につい 1 『初級を教える人のための日本語文法ハンドブック』(2000)『初級日本語文法と教え方のポイント』(2005)など。また、中国の大学の日 本語学科で広く使用されている『総合日語』(2015)+ にも「『V たいですか』の形で他人の願望を聞くのは少し失礼な行為になるので、注 意が必要である」(中国語原文:使用「V たいですか」这种问句询问第二、三人称的愿望也被视为不太礼貌的行为,应该注意)と明記されて いる。

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ては研究があるが、上下関係のない相手に対しては、日 本語母語者話者や中国語母語話者は、どのような表現を 使うのだろうか。  本稿では、中国語母語話者と日本語母語話者の「た い・たがる」の使用状況を調査し、特に中国語母語話者 はそれをどう認識し使い分けているかを明らかにする。 最後に、これらを踏まえ中国語母語話者への日本語教育 の示唆も行う。 2. 辞典の記述とそれに対する補足・批判 2. 1 辞典における「たい」「たがる」の記述  辞典により記述の量・内容に違いはあるが、辞典にあ る説明を整理すると以下の通りまとめられる。取り上げ た辞典は、『日本語学大辞典』(2018)、『日本語大事典』 (2014)、『日本国語大辞典』(2001)、『日本語文法大辞典』 (2001)、『日本語教育事典』(1997)、『日本文法大辞典』 (1971)である。 2. 1. 1 「たい」 ①話し手自身の願望を表す  「のんびりと旅行がしたい」「今はだれにも会いたくな い」などのように、文が終結する場合は、一般に話し手 自身の願望を表す。聞き手や第三者については、「彼は 早く帰りたかった」のような終止的用法はまれである が、物語や文学作品では、第三者の心中についても文末 で用いることがある。 ②前後関係から推測・判断できる場合や仮定的な条件に  おいて、話し手以外の希望・願望を表す  「彼も我々と一緒に行きたいのだろう」のように、第 三者の心中を推測して述べる場合にも用いられる。その 際は、話し手が他者の心中をそう判断したということが 示されるような間接的な引用や推定などの形をとるのが 一般的である。  また、「見たい所があったら、いつでもご案内します よ」のように、仮定的な条件の中では話し手以外の願望 についても用いられる。 ③文末において、「ある・である・れる・られる」など  に「たい」が付き、その実現を希望する意を表す  終止形は話し手の願望に用いられるのが通常であり、 話し手以外の者の願望には一般に「らしい」「ようだ」 「そうだ」「のだ」などの形式を付加させた終止形以外の 形が使われる。  「乗客に対する扱いは常にこうありたいものである」 などのように、「ある」「である」に付けて、「そうあっ てほしい」あるいは「そうであってほしい」というその 実現を希望する意を表す。「明日は、五時に来られたい」 のように、「れ・られ」「なされ」など敬語に付き、聞 き手に対する希望を表すこともある。このように、「た い」が他人の行動に関する話し手の希望・欲求を表す場 合や、「~てもらいたい」の形で用いられる場合は、相 手に対する要求や命令になることが多いという補説もあ る。 ④聞き手に対して、その意向を問うような場合  「君も一緒に行きたいかね」のように、疑問文におい ては、主語は2人称に限られるが、3人称を取るには、 「彼は水が飲みたいの?」のように、「の」を介する必要 がある。 2. 1. 2 「たがる」  「たがる」は第三者の願望・欲求を表すのが一般的な 使い方である。 ①第三者の願望・欲求を表す時に使う  一般には話し手が自分以外の人の言動から、その人が ある希望・欲求を抱いている状態だと判断した内容を表 す。話し手が観察者的な立場に立っているかについて は、事典によって異なる。また、『日本語文法大辞典』 (2001)においては、「その言動の主体が話し手である か、それ以外であるかの別なく使う」とあり、『日本語 教育事典』などのように「第三者」「話し手以外」かど うかといった人称については問わないとしている。ほか にも、『日本語教育事典』(1997)では、当人の言動を通 して、ある程度持続的な希望・願望の心情がとらえられ る場合に用いられるのが常であるとも記されている。 ②話し手自身の過去を振り返って、その時の心情を回想 するような場合や、他から伝えて聞いてそうであった かと推測するような場合  「あのころは休みになれば山へ登りたがったものだ」 などのように、話し手自身についても過去の自分や他者 から見た自分について客観視するような場合には、「た がる」を用いるとある。 2. 1. 3 「たい」と「たがる」  「たい」と「たがる」の違いについて項目立てて明記 されたものは、上述の辞典の中では、『日本語教育事典』 (1997)のみである。『日本語教育事典』において、「た い」は感情主に視点をおき主文において話し手自身の感 情しか表さないのに対し、「たがる」は感情主の外に視 点をおき、話し手自身の感情は表さないという相補関係 が見られるとある。また、従属節では、「『たい』は、従 属節の感情主と主文の主格が一致したときに、『たがる』 はそれらが一致しない場合に用いられるという原則」が あるとも述べている。ただし、「山田君は北海道に行き たい人を知っている。」「山田君は北海道に行きたがって いる人を知っている。」のように、特に連体修飾節では、 視点が感情主にあるのか感情主の外にあるのかによっ て、「たい」と「たがる」のどちらの使用も可能である。 2. 2 「たい」と「たがる」に関する解釈や批判  『日本語教育事典』(1997)にある「物語体の文章では、 過去のタを付ければ、話し手以外の感情を表すこともで

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きる」という記述に関し、方帆(2011)では、「『太郎は 水が飲みたい』のような使用頻度が低い文より、過去形 の『太郎は水が飲みたかった』という文に替えると、よ り使いやすく、さらに人称制限さえもここに存在しない ようになる」(中国語原文:和「太郎は水が飲みたい」 这样使用度不高的句子相比,若是变成过去式「太郎は水 が飲みたかった」,则会好用得多,人称限制在这里似乎 也不存在了)と述べている。しかし、「太郎は水が飲み たい」という文は、そもそも「使用頻度が低い」という より、上述した「たい」「たがる」の辞典の定義から外 れており、誤文と受け取れる。また、過去形「たかった」 という形は、方帆が述べるところの「使いやすさ」につ ながるのかどうか、疑問がある。  また、『日本語教育事典』(1997)では、「たい」と「た がる」の使い分けについて、「『たい』は、従属節の感情 主と主文の主格(同時に主題である場合が多い)が一致 したときに、『たがる』はそれらが一致しない場合に用 いられるという原則」があるとしているが、実際には、 この原則にそぐわないものもある。たとえば、「見たい ところがあったら、いつでも案内しますよ。」という仮 定的前提にある文などは、主文の主格と従属節の感情主 が不一致であるにもかかわらず、「たい」が用いられる。 中里(1992)も「従属節における『たい』と『たがる』」 で、「主文の主格と従属節の感情主の一致・不一致の原 則」に当てはまらない例として、「あなたが(田中さん が)行きたいのを、知っています。」などを挙げ、主文 の主格と従属節の感情主が一致しなくても、聞き手や第 三者の意向を「たい」で表せるとして矛盾を指摘してい る。中里は、連体修飾節に現れるものについて、「手に 入れたい本が見つかりますよ。」や「泣きたい気持ちは よく分かる。」「会いたい人には会えましたか。」などの 例から、「話し手が他者の心中を伝聞・推測・判断した 文末表現が修飾句の外にくる場合、および疑問文の場合、 「たい」を話し手以外にも用いることができると補足し ている。  また、中里は「たい」で修飾される名詞は話し手に とって具体性をもたない不特定なものになるのが自然で あることを提案している。この考えを用いれば、たとえ ば、水谷(1997)で紹介された「(「ほたる族」というの は)たばこを吸いたがる時、家のバルコニーに出る主人 に指すそうです」という上級の中国人学習者の不自然な 文も説明できる。つまり、「時」という不特定で具体性 をもたない名詞に付く場合、感情主が第三者であっても 「たい」を用いることになる。  ほかにも、澤田(2004)は、文の構造から主節文末の 場合と従属節の場合を分けて分析し、「内的描写」と「外 的描写」という概念で認知言語学の「描写の方向性」か ら「たい」と「たがる」の意味論に迫っている。ここで いわれる「内的描写」とは、心的世界を「内的に」描写・ 表出することであり、「外的描写」とは、それを観察者 の側から「外的に」描写することである。この認知言語 学の「描写の方向性」から見れば、人称制限が弱く、話 し手以外にも、「君は早く帰りたいの?」や「あの男の 子は泳ぎたいの?」といった、聞き手や第三者の内的な 意向や真意を問うという点から説明がつくとしている。 また、過去の自分の体験に思いを馳せて、「私は何かを 家に持ち帰りたがっていました。」という文も、「私の願 望」が客観視された結果の外的描写として述べることも 可能となる。ここから言えることは、第一義的には、「た い」と「たがる」は人称によって区別されているが、実 際には人称制限を受けない使い方も多いということであ る。 3.研究方法及び対象者  研究対象者は、中国四川省にある大学の日本語学科の 3年生 20 人(中国語母語話者)と日本の関東甲信越に ある大学の日本人学生 20 人(日本語母語話者)、合計 40 人である。中国語母語話者の日本語レベルは、N1 合 格者およびその受験予定者である。日本語母語話者は学 部1年生から4年生までである。  研究手順として、まず調査に先立ち、「たい」「たが る」に関する辞典や先行研究の内容を整理した。本調査 の前に、整理した内容を穴埋めの問題形式にして、中国 語母語話者と日本語母語話者各3人(合計6人)に対し てパイロット調査を行った。その結果において、日本語 母語話者の答えが3者3様で分散した問題を除外して本 調査の問題を作成した。問題文はすべて一文で、「たい」 や「たがる」が現れやすい希望・願望の文として、以下 の8つの項目、計 17 問を作成した。 ・一人称を主語とした「たい」の基本的な問題(問題 1, 2) (例)(僕は)酒を(飲む)   。) ・三人称を主語とした「たがる」の基本的な問題(問題 3, 4) (例)山田さんはショッピングが好きで、いつも買い物 を(する)   。) ・上下関係のない相手への疑問文(問題5, 6) (例)(目の前にあるチョコレートを食べたそうにして いる友だちに)このチョコレート、(食べる)   ?) ・目上の人に対する疑問文(問題7, 8) (例)課長、この資料を(ご覧になる)   ?) ・推量を伴う文末表現のある問題(問題9, 10) (例)山田くんはずっとあのカメラを見ているから、あ のカメラを(買う)   。) ・仮定的前提表現を伴う問題(問題11, 12) (例)田中さんが(行く)   ば、行かせてあげますよ。) ・「たい」「たがる」のどちらも使用可能な視点を伴う問 題(問題13, 14, 15) (例)私は鈴木さんが(知る)   ことを何でも教え

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てあげます。) ・主文の主格と従属節の感情主が一致した問題(問題 16, 17) (例)山田くんは僕が酒を(飲む)   と思ったはず だ。)  問題の配布方法は、パイロット調査も本調査も、中国 語母語話者にはメールで送付し、日本語母語話者には直 接手渡しした。  本調査では、「自分にとって、一番自然的な『希望・ 願望』を表す文を作ってください」という指示文の後、 各設問に使用する動詞のみ指定し、「たい」「たがる」の 使用は明記しなかった。  本調査の後、その後の調査への要請に応じてくれた中 国語母語話者5名に対し、本調査のフォローアップ・イ ンタビューを行った。 4.文法問題から見た「たい」「たがる」の中日の解答   の結果と考察  中国語母語話者、日本語母語話者の各解答の解答傾向 を図1、図2に示す。  問題1・2(「たい」基本問題)では、中日「たい」 はほぼ同数で、中国 36 例、日本 40 例である。問題2で は、中国語母語話者に「たい」「たがる」とも不使用が 4例見られたが、問題1では中日とも全員が「たい」と 答えており、主語を話し手とした基本的な「たい」の用 法については、おおよそ中国語母語話者も理解している といえる。  問題3・4(「たがる」基本問題)では、中日の「たい」 を含んだ表現(以下、「たい」系)数はほぼ同じく、中 国語母語話者 18 例、日本語母語話者 16 例である。しか し、同じ「たい」系であっても、日本語母語話者には単 独の「たい」(6例)以外に、「たい+引用」(6例)、「た い+推測」(2例)、過去形の「たかった」(2例)と多 様な形が見られた。これに対し、中国語母語話者には、 単独の「たい」(16 例)の比率が高く、「たい+引用」(1 例)や「たい+推測」(1例)などの形は日本語母語話 者と比べ少なかった。  また、問題3・4における「たがる」を含んだ表現(以 下、「たがる」系)の数は、中国語母語話者 14 例、日本 語母語話者 22 例である。その中で、単独の「たがる」 の数は中日同じく 10 例だが、日本語母語話者にはそれ 以外に「たがっている」(9例)、「たがっていた」(3例) という形も使用されており、中国語母語話者が「たがっ ている」(4例)や「たがっていた」(0例)を使用した 例は少なかった。これらのことから、第三者を主語とし た文において、「たがる」を用いるか、推測など話し手 の判断を伴う文末表現を加えた「たい」を用いるかは、 日本語母語話者の間では、ある種使い手の好みによると ころがあり、また、「たがる」を使用する場合も、いく つかの形のバリエーションをもっているといえる。それ に対し、中国語母語話者は、第三者を主語とした文では、 「たい」か「たがる」かの二者から選択しているような 傾向にある。この問題3、4については、「たい」を使 用した誤用が 16 例も見られたことから、中国語母語話 者にとって、「たがる」は「たい」より難しいと思われ る。  問題5・6(疑問形・上下なし)では、日本語母語話 者の「たい」の数は 32 例で、中国語母語話者は 22 例で ある。また、「たい」「たがる」のいずれも不使用の数は、 中国語母語話者 17 例、日本語母語話者7例である。こ のことから、友だち関係など上下関係にない相手に対し、 「たい」を直接用いて尋ねる疑問文は、中国語母語話者 より日本語母語話者の方に多く見られることが分かっ た。  一方、上下関係のある相手への疑問文の問題7・8で は、中日とも「たい「たがる」のいずれも不使用の数が 7割以上を占め、中国語母語話者が 28 例、日本語母語 話者が 31 例であった。目上の人に願望の意向を尋ねる ことは失礼にあたることは、初級の文法書だけでなく、 中国の日本語教材にも明記されている点であり、ある程 度中国語母語話者にも認識されているといえよう。しか し、中国語母語話者の方は「召し上がってくれないか な」、「召し上がってくださいませんか」、「召し上がって いらっしゃいますか」、「ご覧になってくださいません か」、「ご覧になるのでしょうか」など、願望の意向を問 う文となっていない例も多く見られた。  また、「たい」を使った例が中日とも9例もあり、そ のうち、問題7は中日とも6例あったことは注目すべき ことである。なぜ日本語母語話者の間でも、目上の人に 対する「たい」の疑問文が見られるのかについては、陳 丹(2013)では、「たい」で相手の願望を聞くと「聞き 手の私的領域」に踏み込むことになるとある。実際場面 では、先生などに対し「たい」を使って尋ねないが、文 法問題として願望文を作る作業となると、「たい」を使っ てしまったとも考えられる。または、日本の若者の間で は目上の人にも「たい」を使って聞く傾向に変わりつつ あるのだろうか。これについては、今後の課題とすると ころである。  問題9・10(推測問題)では、ほとんど全ての日本語 母語話者は「たい」系を使用していたが(39 例)、中国 語母語話者の使用はその半数程度であり、特に「たい」 の直後に「かもしれない」という推測表現が続く問題 10 では、中国語母語話者の「たい」系は8例しかない。  また、中国語母語話者の「たがる」系と、「たい」「た がる」のいずれも不使用だったのは、それぞれ9例見ら れたが、日本語母語話者の方はいずれもほとんど見られ なかった。  同様の傾向は、仮定的前提を表す問題 11・12 にも見 られた。問題 11・12(仮定的前提)では、両問題とも

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図1 図2 日本語母語話者の全員が「たい」を用いていたのに対し、 中国語母語話者はその半数ほどであった。このうち、問 題 11 は「たい」「たがる」どちらも可能な文(「田中さ んが(行く)  ば、行かせてあげますよ」)であったが、 中国語母語話者が 5 例、「たがる」を使用していたほか、 「行け(ば)」(4例)、「行かなけれ(ば)」(1例)、「行 けれ(ば)」(2例)など、「たい」も「たがる」も使用 せず、願望文として成立していない例が7例見られた。  問題 13・14・15(視点問題)は、感情主の心情に視 点をおいて内的にとらえるか、観察者として外的にとら えるかにより、「たい」「たがる」のどちらも可能な文で あるが、問題3つの解答を合わせると、日本語母語話者 の「たい」系の数は 53 例あり、中国語母語話者は 34 例 であった。「たがる」系については、中国語母語話者は 13 例あるが、全て辞書形の「たがる」で、日本語母語 話者は7例のうち全て「たがっている」という形であっ た。全体的に、日本語母語話者は感情主に視点をおいた 「たい」を好む傾向にあるのに対し、中国語母語話者は、 「たい」系が「たがる」系よりも多く使われているもの の、その割合は全体の半数強にとどまり、「たい」「たが る」のいずれも使用しない例も 12 例あった。特に、問 題 14 では、全ての日本語母語話者が、「田中さんが泣き たい気持ちはよくわかる」と、「たい」を用いているの に対し、中国語母語話者で「たい」を使ったのは 12 例 と、解答者数の6割にとどまる一方、「たがる」も5例 見られた。このことから、「たい」「たがる」のいずれの

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使用も可能な文でも、日本語母語話者は比較的「たい」 を用いる傾向にあり、特に、「気持ち」といった感情主 に視点を置きやすい被修飾名詞の場合は、「たい」を用 いることが分かった。一方、中国語母語話者の間に、「た い」「たがる」のいずれも使用せず願望の文として成立 していない解答が見られたが、視点の置き方によってど ちらも使用可能な文が中国語母語話者にとって難しいと いえる。  主文の主格と感情主が同じ三人称で、具体性をもた ない名詞にかかる問題 16・17(不特定・三人称・一致) では、日本語母語話者が全て「たい」系を使ったのに対 し、中国語母語話者は 28 例が「たい」系で、8例は単 独の「たがる」であった。  全体的に、問題形式における「たい」「たがる」の使 用状態から見えてくることは、「視点」を第三者の心中 に置いた「たい」は、中国語母語話者は日本語母語話者 よりも少なく、人称(三人称)によって判断しているケー スが少なからず見られたということである。また、文末 の推測表現を伴う文や仮定前提の文、「視点」に関する 問題は、日本語母語話者との違いが大きく表れた結果と なった。  「たがる」系についても、日本語母語話者は「たがる」 より「たがっている」を比較的よく使っているのに対 し、中国語母語話者は「たがる」の使用頻度が非常に高 かった。「たがる」が第三者のある程度持続的な心情を とらえていることが多い特徴から、「たがっている」と いう表現が多いことを、中国語母語話者は十分理解して いないと思われる。 5.フォローアップ・インタビューから見た中国語母語   話者の「たい」「たがる」の認識と考察  上述した通り、問題解答後の調査協力にも応じてくれ た中国語母語話者 5 名に対し、各問題の解答に注目し、 解答理由を尋ねるフォローアップ・インタビューを行っ た。ただし、紙面の都合上、本稿ではこのうち 3 名分の 結果を記載する。 表1(Dさん)  各問に対するD の解答とその理由は、表1の通りで ある。全体的に「たい」系で答えており、「たがる」は、 問題 16 のみである。その問題 16 も、「たい」を使おう と思ったものの、主語が三人称であるため、「たがる」 を用いたという。主文の主格や従属節における感情主の 主語が三人称の問題はほかにもあるが、ほかは、「願望 だから」(問題3、4)、「(「たい」が)慣用句のような 存在だから」(問題5、6、9、17)、「語感」(問題 10、 11)という理由で、「たい」を用いている。また、話し 手や他者の立場に立って「たい」を選んだという理由も あった(問題 12、13、14)。このようなことから、D は、 三人称の願望に「たがる」を用いるという認識はあるも のの、一人称を除く他者の願望を表す場合は「たい」を 用いる傾向がある。ただしそこに明確な基準があるわけ ではなく、人称による「たい」「たがる」の区別をして いるとも言い難い。D には、「食べたい」「会いたい」な どを、語感として慣れていて、一種の慣用句として捉え ているのは、普段、「たい」文に多く接しているからと も考えられる。また、他者の立場に立つ場合は、「たがる」 ではなく、「たい」を用いるという認識も持ち合わせて いることも分かった。目上の人に対する疑問文(問題7、 8)については、敬語表現と「希望・願望」の意味が混

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表2(Kさん) 乱しており、D にとって、敬語使用の難しいことが感じ られる。  各問に対するK の解答とその理由は、表2の通りで ある。  全体的に、K は、「たい」と「たがる」の使い分けの 基準を、距離感や視点の違いにおいている。たとえば、 K は、一人称主語の問題(問題1)だけでなく、従属節 で感情主が三人称の文においても「たい」を使っている が、その理由として、「たい」は主語の視点に立ってお り、主語との距離感が近い場合に用いられるためと捉え ている。一方、三人称主語の基本問題(問題3、4)や 推測文の問題 10、不特定・三人称・一致の問題 16 では、 主語との間に距離感があり、客観視している場合に「た がる」を用いたとしている。つまり、K は、「たい」は 主語の視点から見ている感じがあるため距離感が近く、 「たがる」は客観視している感じで距離感があるという 認識の下、「たい」「たがる」を使い分けている。問題9 と問題 14 は、語感で「たい」を用いたとある。また、 目上の人に対する疑問文では、敬語に「たい」を用いた り(問題7)、希望・願望の意を離れた文になってしまっ たり(問題8)と、混乱が見られ、敬語や目上の人に対 する日本語表現の難しさがここでも現れた。 表3(Hさん)

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 各問に対するH の解答とその理由は、表3の通りで ある。  全体的に、一人称に「たい」、三人称に「たがる」を 使うという人称の意識が強いことが見て取れる。上下関 係のない疑問文については(問題5、6)、「たい」も 「たがる」も使えると前置きした上で、「たい」には親し さが感じられるが、「たがる」には距離感があると述べ ている。一方、目上の人に対しては、「たい」を使って 願望を尋ねるのは失礼だという認識をもっている。  これらのことから、H は、「たい」「たがる」を人称に よって使い分ける意識が明確であり、疑問文の場合は、 「たい」「たがる」の間に、相手との距離感の違いがある と捉えている。 6. 全体の考察と日本語教育への示唆  中国語に「たい」と「たがる」の違いはないため(楊 彩虹, 2018)、中国語母語話者にとって、「たい」と「た がる」の使い分けが難しいかもしれないと考え、本研究 を行った。本稿では、一人称を主語とした基本的な「た い」の用法については、おおよそ中国語母語話者も理解 していることが確認された。しかし、仮定的前提や推量 の文末表現が伴う場合や、従属節における「たい」の用 法は、中国語母語話者にその根拠ともに十分理解されて いるとは言えない。語感や距離感といった「なんとな く」の感覚や、人称や視点といった、それぞれのもつ判 断基準に拠っているところが大きいことが分かった。ま た、問題7, 8については、多くの中国語母語話者が目 上の人に対し「たい」「たがる」を用いた疑問文にして いなかった。とはいえ、敬語に対する正しい理解と使い 方が中国語母語話者の間で浸透しているとは言い難く、 目上の人に対する敬語表現の難しさが改めて浮き彫りと なった。  このようなことから、基本的な意味・用法をおさえた 学習者に対しては、「たい」を単独の文法として教える だけでなく、「敬語」「推量」「仮定」などを伴ったり、 「視点」が考慮される場合など、重文・複文についても、 教育現場で扱っていくのがよいだろう。  解答結果を見る限り、疑問文を除いて、中国語母語話 者は日本語母語話者より「たがる」を用いることが多かっ た。これは、問題1、2の「たい」の基本問題と、聞き 手に対する疑問文(問題5, 6, 7, 8)を除き、問題 文の感情主が全て三人称だったため、人称の影響を受け たこともあるだろう。フォローアップ・インタビューで は、中国語母語話者は、人称以外にも、語感や距離感、 視点といた基準をそれぞれ自分たちのもっていることが わかった。中国語母語話者が「たい」「たがる」を、そ れぞれの判断基準で使い分けており、しかもそれが必ず しも正しいとは限らず、問題によってはその基準が揺れ 動くこともあるというのは、「たい」「たがる」が教育現 場において学習者の間で十分理解されていないというこ とである。  「たがる」が第三者のある程度持続的な心情をとらえ ていることが多い特徴から、「たがっている」という形 が多いが、中国語母語話者の解答には、「たがっている」 の形が非常に少なかった。そのため、日本語教育現場 で「たがる」を教える際に、「たがっている」「たがって いた」という形での理解・運用練習も十分行った方がよ い。また、「たがる」には批判的なニュアンスが含まれ ることがあることなどから、日本語母語話者の間で「た がる」の使用が避けられる傾向にあることが先行研究で 示されていた。本研究においても、三人称主語の単文 や、視点の置き方で「たい」「たがる」のどちらも使用 可能な場合でも、日本語母語話者は中国語母語話者より も「たい」を使う傾向にあった。このことから、「たが る」の代わりに、「たいと思う」「たいのかもしれない」 といった表現もあることを併せて教えることも必要だと 考える。 7. 今後の課題  今回は、「たい」「たがる」の多岐に亘る使い方につい て見たかったので、文法問題という形で調査した。しか し、自然な産出傾向をみるためには今後は会話分析が必 要である。また、調査対象者の日本語力の段階に合わせ た調査も行うと、「たい」「たがる」のより段階的な習得 過程とその問題が明らかになるはずである。  また、今回は文の構造の観点から、解答の傾向を分析 することができなかった。たとえば、推量の文では、「彼 は彼女に会いたいから来たのでしょう」(問題9)いう 文末で「わたし」の推量を表す場合と、「山田君はあの カメラを買いたいのかもしれない」(問題 10)という「た い」に直接推量の表現がつく場合と、同じ推量の文でも その構造の観点から解答傾向の違いを分析することもで きたはずである。目上の人に対する疑問文である、問題 の7と8を見ると、「たい」を使った例が中日とも9例 もあり、そのうち、問題7は中日とも6例あったことか ら、文法問題という問題形式が影響しているのか、また は、日本の若者の間では目上の人にも「たい」を使って 聞く傾向に変わりつつあるのだろうか。今後は日本語母 語者の使用傾向も詳しく見ていきたい。 参考文献 1. 日本語教育事典. 縮刷版. 社団法人日本語教育学会. 1997. 2. 山口明穂, 秋本守英. 日本語文法大辞典. 明治書院. 2001. 3. 日本国語大辞典. 第二版第八巻. 小学館. 2001. 4. 松村明. 日本文法大辞典. 明治書院. 1971. 5. 日本語学大辞典. 日本語学会. 東京堂出版. 2018. 6. 佐藤武義 前田富祺. 日本語大事典. 朝倉書店. 2014.

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7. 市川保子. 初級日本語文法と教え方のポイント. 第 二刷. スリーエーネットワーク. 2005. 8. 庵功雄 高梨信乃 中西久実子 山田敏弘. 初級を教え る人のための日本語文法ハンドブック. スリーエー ネットワーク. 2000. 9. 中里理子. 従属節における「たい」と「たがる」. 言 語文化と日本語教育. 1992, No.3, p.12-23. 10. 澤田治美. 認知言語学的アプローチ「たい/たがる」 の主語の人称制限をめぐって. 月刊言語. 2004 Vol. 10, p74-80. 11. 水谷信子. 水谷信子の新・誤用添削教室会話編(12) 12 月号講評--動作の主語と「たがる」の用法. 月 刊日本語. 1997, Vol.10(2), p82-83. 12. 彭佳, 王忻. たがる句式的失礼阴影——从中国日语 学习者的使用偏误说起. 杭州师范大学学报 (社会科 学版). 2009, Vol.2, p108-112. 13. 方帆. 从人称来看たい和たがる的用法. 科教文汇 (中旬刊). 2011, Vol.1, p148-149 14. 楊彩虹. 日本語と中国語の助動詞の対照研究-「タ イ」と”想”、”要”、”愿意”、”肯”を中心に-. 立 命館経済学. 2018, Vol.56(5), p159-171. 15. 呂秋鑫. 中国人日本語学習者の「~たい」の習得に 関する研究--「~たい」の実現不可能の意味機能 を中心に. 2018. 16. 楊力. 中日両語の願望表現についての対照研究  「想」文と「たい」文を中心に. 2015 陳丹. 关于 愿望表达形式「たい」的探究. 吉林省教育学院学 报. 2013, Vol.29, p9-10. 17. 孙若圣. 论助动词たい在谈话中的敬语表现. 长春理 工大学学报. 2010. Vol.15, No.12. 18. 陈林俊. 表示评价语气的「~たい」的用法分析. 语 法园地. 2012, Vol.11. 資料

参照

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