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母と子 : R.S.トマス:詩の翻訳とコメント

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Academic year: 2021

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(1)

母 と子」

∼ R . S . ト マ ス : 詩 の 翻 訳 と コ メ ン ト ∼

"Mother and Son"and Other Poems

-Japanese Translations of 3 Poems by R.S. Thomas,"Farm

Wife","Mother and Son"and"Degas:WomanCombing"

Hiromi Sano

R,

S

.

トマスに華やかな恋愛詩 を期待す る ことは出来 ない。 しか しそれな りに、女性 や恋 愛、結婚生活 を描 いた詩 は散見 で きる。 その描 く女性像 は、あ りふれた よ うだが、時 に聖 なるヴ ィジ ョンを もた らす者 であ り、男 を受容 し甘やかす聖母 であ り、 また時 に邪 な誘惑 者 で もある。多 くの子 どもに とって、神 の庇護 の もとに置かれたエデ ンの園た る家庭 は、 トマスの場合、船員の父親 は不在がちで、母親 が独裁者 として君臨 してい る世界 だ った。 ち ょうど、D.H.ロレンスの 『息子 と恋人』(SonsandLouers)に同一 の構 図 を見 る ことが 出来 る。男の子 に とって母親 は、最初 の親密 な異性 であ り、母親 に とって息子 は、若 く魅 力的な異性 である。父親不在 の家庭 で、 ひ とり息子 としてひたす ら気難 しい母親 と向 きあ う日常。成長 した子 どもは、母烏か らの巣立 ちを切望す る。大学 に入学 した トマス も、窒 息 しそ うな現状 か ら逃亡すべ く、親 もとを離れてい く。彼 は自 ら、次の ように語 ってい る。

‥‥becausemymotherwasofadomineermgnatureIwasruledmainlybyher, Andbeing an onlychild Iwasthecenterofherattention forgood andill.

Consequently,goingtouniversitywassomethingofanescape.(NedThomasand JohnBarnie,"Probings-AnInterview withR.S.Thomas,MiraculousSimplicz'ly,

22-23.) ・・・母 は独裁者だったので、私 に対 す る彼女 の支配力 はな まなかではなか った。 ま た、一人 っ子 であった ことか ら、 よかれあ しかれ私 は彼女 の関心、の的であった。 それ 故、大学進学 は一種 の逃亡 であった と言 える。 この母親 の存在 の大 きさが、 トマスの女性 に対 す るイメージに苦 い影 を投 げか けてい る こ とは、想像 に難 くないが、以下 に紹介す る詩 に見 るように、通俗 的な美醜 の基準 か らは外 れた、ふ くよかな女性 を理想 とす るの も、母親 によって満た されなか った憧 れのイメー ジ 化 とも思 える。

R.

S

.

トマスの聖母 マ リアはた くまし く太 ってい るのだ。

(2)

164 清泉女学院短期大学研 究紀 要 (第17号 )

FARM WI

FE

Hersisthecleanapron,goodforfire Orlamptoembroider,aswetalkslowly lnthelongkitchen,whilethewhitedough Turnstopastryinthegreatoven,

Sweetlyalldsurelyashaymaking lnaJunemeadow;hersarethehands,

Humblewithmilking,butstillnow lnherwidelapasthoughtheyheard Aquietmusic,hersbeingthevoice Thatcoaxestimebacktotheshadows lntheroom'scorners.0,hersisall thisstrongbody,thesafeisland

Wheremenmaycome,sonsandlovers,

(3)

農 婦

その人 のエプロンは白い 刺繍す る 炉の火 にランプによ く映 える ふた りがゆっ くり語 らう キッチン この細長い台所で、 白い練 り粉 は でっかい天火の中、か ぐわ しくまた確実 に 焼 き上がるのだ まるで六月の草地が 干 し草 を作 るみたいに その人 の手 は 慎 ましく乳 を搾 る手 けれ ども今 その手 は沈黙の音楽 を聴 くかの ように 大 きな膝 に休 らっている その人 の声 を聞 けば とき 時間 さえも大人 しく 暗い部屋の片隅にひ き下が るのだ ああ、その人 は この道 しい体躯 その もの 安息の島 男達 はここに来て、息子 と恋人の二役で その人の眼の冷たい海 をじっ と見詰 める

(4)

166 清泉女学院短期大学研究紀要 (第17号)

MOTHER AND SON

Atnineo'clockinthemornlng Mysonsaidtome:

Mother,hesaid,from thewetstreets Thecloudsareremovedandthesunwalks Withoutshoesonthewarm pavements. Therearegirlsbiddableatthecorners Withteethcleanerthanyourwhiteplates; Thesharpclatterofyourdishes

lslesspleasanttomethantheirlaughter. Thedayisbuilding;beforeitsbrightwalls Fallindust,letmego

Beyondthefrontgardenwithoutyou Tofindglassesunstainedbytears,

Tofindmirrorsthatdonotreproach Mysmoothface;tohearabovethetown's Dinliferoarlnglntheveins.

(5)

母 と子

朝 の九時の こと 息子 は私 にこう言 った 母 さん、雨 に濡れた街路 か ら 雲 は去 り、太陽が裸足 の まま 舗道 の温 もりを歩 いてい るよ 街 の角で は、心優 しい乙女 らが 母 さんの白い皿 よ りも椅麗 な歯で笑 ってい る その笑 う声 は、母 さんの食器が潔癖 に触 れ あ う音 よ りも 楽 しげに僕 を誘 う 昼 は今、建築の真 っ最中 その光 の壁が たおれて土 に帰 る前 に、僕 を行かせて 母 さんの手 を離れ て、庭 の外 の世界へ と し み 涙 の汚点 のない鏡 を探 すために 無垢 な若 さを答 めない 僕 の鏡 をみつけるために 血 の中で立 ち騒 ぐ 街 の喧燥 を、 この耳でた しか めるために

(6)

168 清泉女学院短期大学研究紀要 (第17号)

DEGAS:WOMANCOMBI

NG

Sothehair,too, canbeplayed? Sheletsitdown andcombsasonata from it:browncello

ofhair,withthearm

bowing.Painter, whowithyourquick brush,gaveusthissilent music,thereisnothing thatyouleftout. Thebluesandgreens, theabandonedsnowfall ofhershift,thelight onhersoftfleshtellus from whatscoresheperforms.

(7)

くしけず

ドガ ∼髪 を櫛 る女∼

髪 もまた ひ こうして奏 けるものか その髪 をほ どいて 女が杭 る ソナ タ 毛髪 の 褐色 のチェロ と弓をひ く 腕 画家 よ 君が 自在の筆 で 活写 した、 この沈黙の 楽曲 完壁 な 君の描画 青 に、 また緑 に 女の指か ら奔放 に送 る 旋律 の雪が その柔膚の光が ひ 女の奏く曲をおしえて い る

(8)

170 清泉女学院短期大学研究紀 要 (第17号 ) ☆ Farm Wife まさに 「農家 の聖母」 のスケ ッチ とい う趣 の詩 だ。 ウェールズの農家 をしっか りと守 る 働 き者 の主婦。大 きな膝、が っ し りした体躯。慣 れた手つ きで彼女が焼 く菓子 は、天火の 中でゆっ くりと焼 き上が り、甘 いかお りを放 つ。 その ように、彼女 は成熟 の時 を司 どる女 神 の ようで もあ る。 その存在 は、彼女 を生 み出 した ウェールズの大地 に しっか りと根付 い ていて、神秘的で さえあるのだ。この女 のイメー ジ、存在感 は、"Degas:WomanCombing" に も同様 に見 ることがで きる。 いのちの静寂 を語 る彼女の声 は、威厳 に満 ちていて、何 ものに も容赦 のない この世 の「時」 さえ敬意 を払 う。 (`thevoice/Thatcoaxestimeback totheshadows/Ⅰntheroom'S corllerS') 時 間 に忙 殺 され、成 熟 を忘 れ た この 世 界 で、彼 女 の 周 辺 だ け は、大 地 の

「時」、太古の ままの成熟 と安息の 「時」が流れているのだ。

彼女 は男たちの安息の島 (`thesafeisland')だ。 しか し、それだ けで はない。彼女 は、無 意識の うちに も男たちを誘惑す る、危険 な存在 で もあるのだ。 それで も彼女 の眼 は冷 た く 澄 んで (`thecoldseasofhereyes')、彼 らの愛着 には無関心 に も見 える。母 であ り、恋人 で もある彼女 の存在。男たちは、息子 として恋人 として (`sonsandlovers')彼女 を した う。

`S()nsandlovers'には もちろん、D.H.ロレンスのエ コーが ある。母(Maria)で もあ り、 妻(Eve)で もあ り、危険 な誘惑者(theSerpent)で もあ るひ と りの女 の存在。彼女 の内部 で、二元論的対立 と葛藤 は解消 され、精神 と肉体、文明 と自然、時間 と非時間 は和解 し、 融合 し、完壁 な宇宙 を形成す る。 しか しこれ は、現実で はない。 ロレンス も描 くように、 母 も子 も、男 も女 も、 この宇宙 の対立 と矛盾の修羅場 で足掻 き続 けているのだか ら。 ☆ Motheralldson 母親 の庇護、支配か ら巣立 とうとす る息子 の言 い分が描 かれてい る。 これ を作者 自身 と その母親の関係 に読 み替 えることは容易だ。 母親 に とって息子 は、子 どもで あると同時 に、恋人で もあ る。息子 はこの愛情 に取 り込 まれ、 それ に応 えたい と望 む一 方、成長の後 は、母親か ら独立 した 自 らの世界 を求 める。 そ して ここに、母 と子 の修羅場 が生 まれ る。わが身 に も等 しい子 どもが今、 自分 を捨 てよ うとしている。母 はその気配 を敏感 に知 り、息子 の不実 をテ クテ ク と責 めるだ ろう。息子 は、母 のあ り余 る愛情 と彼 自身の愛着 ゆえに、裏切 りの罪 に悩 み、 自分 自身 を醜 く卑小 な 存在 と感 じつつ も、 自 らの世界 に、 ひ とりの男 として新 し く生 まれたい とい う願望 は、圧 倒的な力で彼 をつかむ。 ‥.letmego

Beyondthefrontgardenwithoutyou Tofindglassesunstainedbytears,

(9)

Dinliferoarlngintheveins.

ところで、 この詩 には同時 に、聖書の一節 を思わせ る言葉が散 りばめ られて もい るのだ。 た とえば第1行 めの `Atnineo'clockinthemorning'は、マル コの福音書 によれ ば、 イ エスが十字架 につ けられた時間である。また12行 めの、息子 を世間か ら隔絶 してい る `the frontgarden'には、エデ ンの園のニ ュア ンスを読 み取 る ことが出来 る。息子 は神 としての 母 に守 られた楽園 を捨 てて、楽 しげな少女た ちが誘 う外界 へ と飛 び出 して行 く。 これ はア ダムの堕落 の始 ま りであ り、冒頭 の一行 に示 され るように、死 への旅立 ちで もある。(さ ら に考察すれ ば、 キ リス トの この死 は、次の復活 のために、必要不可欠 な ワンステ ップだ と も言 える・o ひ とりの人間の深層で、子 どもは一度死 に、蝶が羽化 す るように、独立 した新 しい人格が生 まれ る。)不 自由な神の碇 を去 り、気楽 な少女たち (誘惑者)へ と向か う少年 アダム。 しか しこの黄金の街 の誘惑 は、やがて灰色 の死 の街 の正体 を現 すのだ。 少女 らの 白い歯 と、母親がせ っせ と磨 き上 げた食器 (`yourwhiteplates')、少女 たちの 屈託 のない笑 い声 と、母親 の愛着が こもる食器 のカタカタ鳴 る音 (`Thesharpclatterof yourdishes')の対比 も面 白い。 ☆ Degas:WomanCombing トマスの妻 は画家 である。彼 はその影響で、絵画 に関心 を示 し、絵画がテーマの詩 をい くつか書 いてい る。 しか し トマス自身 も認 める ところによれば、彼 は本来、音楽好 きなの だ。 この詩 は、一枚 の絵 に想像 の音楽 を聞 くとい う内容 だが、絵画 と音楽 の こうした融合 に、 トマスの妻 に対 す る愛情 を読 み取 るような思 いがす る。 この作品 は、 ドガの 「髪 を椀 る女」 にインス ピレー シ ョンを得 て書かれた ものの よ うだ。 実際の絵 の中で ドガの描 く裸婦 は、片方の手 で豊 かな髪 をつかみ、 もう一方の手 に握 った 櫛 だかブラシだか を、 その髪 にあててい る。 トマスの詩 か らロマ ンテ イクな印象 を持 った 者 には、 この裸婦のむ きだ しの逗 しい背中に幻滅 を感 じないで もない。 しか しこの静止 し た画面が、詩人 の手 にかかれ ば、たちまち生 き生 きと動 き始 め、女 の髪 とブラシの こすれ あ う様 は、情熱的な楽 曲に変わ る。 また、 この詩全体が、言葉 の音 とリズム を巧 みに駆使 して表現 された楽譜、彼 の想像 の音楽 の楽譜 と読 む ことがで きる。

トマスは 「沈黙 の音楽」 とい う言葉 を好 む。`this silent music'("Degas: Woman Combing"), `A quietmusic'("Farm Wife")とい うよ うに。沈黙 (あるいは静寂 ) の 音楽 は、当然 キー ツを連想 させ る。人間の耳 には聞 こえない、心 だ けが聞 くことので きる 音楽。それ は、いのちの歌、宇宙 の息吹 きその ものか もしれ ない。"Degas: WomanComb-ing"は、 この静寂 と激情 が共存 す る、不思議 な作品である。

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172 清泉女学院短期大学研究紀要 (第17号)

[

使用 テキス ト]

(1) R.S.Thomas,PoemsofR.S.Thomas,TheUniversityofArkansasPress (Fayetteville),1985.

(2) William V.DaviS(ed.),MiylaCulousSimplicity,TheUniversityofArkansas Press(Fayetteville),1993.

参照

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